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2011-03-11 00:01
「ダサい」と言う言葉は、色んなニュアンスがあります。「田舎くさい」とかそんな意味もありますが、そのような意味ならこれからは寧ろ歓迎されるかも知れません。
これからこの記事で扱う「ダサい」の意味は、「かっこ悪い」「クールじゃない」「まともじゃない」と言う意味で使わせて戴きます。

・・・と、言う事で
これから今世紀の間に非常にダサイ恥ずかしい事と言われるようになるであろう概念を思いつくままに列挙してみます。

経済成長、進歩主義、資本主義、自由市場主義、科学万能主義、工業化、グローバリズム、・・・
巨大開発プロジェクト、地下資源開発、石油化学工業・・・
原子力発電、宇宙開発、ニーズの開発、土地開発、エコノミスト、エコ替え、エコポイント、低炭素社会、オール電化住宅・・・・・
発展途上国、先進国・・・「発展途上国が先進国を目指す」なんて表現を冗談以外で使えば、最高に恥さらしな言葉になるでしょう。・・・・・

以上の概念を、本気で語る人はまだまだ少なくありません。今のところ現代社会の主流の概念と言えるでしょう。しかしそれは現代の詐欺的価値観に洗脳されているからです。冷静に理性で考えたら恥ずかし過ぎる概念です。もう既にこれらの概念は恥ずかしい事と考える人もどんどん増えています。
以上の言葉が社会的に恥ずかしい概念とみなされるようになった時、これらの言葉を連呼してきたマスコミ、エコノミスト、政治家達は、「そんな過去に自分は無関係」・・・の振りを決め込むでしょう。しかし現代はメディアが溢れています。彼らの恥ずかしい過去は記録されて残るのです。だから彼らは愚かだった過去をしっかり反省して清算するか、お払い箱になるしかないでしょう。こんな事を本気で主張して来た人達に世の中は任せられませんし、彼らの主張に賛同する人はどんどん減って行くでしょう。

考えてみれば、上に挙げた恥ずかしい思想を連呼している政治家やマスコミ、業界人、財界人、資本家達の他の言葉も殆どみんな恥ずかしい思想です。彼らの発言は将来的にパロディーとして残って行く事でしょう。

以上の概念は、確実にこれから時代遅れになって行く思想でしょうが、それは時代の流行ではなく、本来いつの時代であろうと、愚かな概念だった筈です。つまり昔から愚かで恥ずかしい思想であった筈です。発言するのも憚られるような、愚かな思想に深く考えずに洗脳されてみんなで乗っかって行った事が「近代化」の正体と言えましょう。強欲な金持ち達、金融資本家達に煽られて、その気になってしまったという事です。人類に理性と良識があるならば、そのような破局へ向かう思想が百年も二百年も支持され続けることはないでしょう。
だから経済成長志向をはじめ、上に羅列したような概念は、現代の徒花であり、もうすぐ、愚かで恥ずかしいパロディと考えられるようになるでしょう。
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【2011/03/11 00:01】 | 雑談 トラックバック(0) |

以前読んだ漫画
guyver1092
 以前読んだことの有る漫画で、人間には衣食住が必須であるが、衣食住に麻薬も必須にしてしまえと考えたキャラが書かれたのを読んだことがありますが、これらは、まさにこのキャラの考えたことそのものですね。
 麻薬は、必要量がどんどん増えていきますが、経済成長等も終わりがありません。即ち、いずれ破たんします。

>衣食住に麻薬も必須にしてしまえ
雑草Z
    guyver1092さん

 経済成長と言う名の膨張志向は、生物が本能的に持っているのかも知れませんが、それを本能として持っていて実際に膨張しているとすれば、それはまさしく癌細胞でしょうね。

>いずれ破たんします

理性で考えれば誰でもわかる筈なのに、口から泡を飛ばして経済成長を連呼する輩ってどういう神経をしているのでしょう?・・・きっと癌細胞の神経のようなものでしょうね。 

ご無事ですか?
BEM
太平洋岸の被害と原発の報道ばかりになっていますが、内陸の雑草さんの地方は被害に遭われていませんか?
地震の規模はかなり大きかったと思われますが、岩手、宮城、福島の内陸方面の報道はほとんどされていないので、情報がまったく入りません。
ちなみに北海道では太平洋岸の街では津波で大きな被害が出ました。
札幌市は震度3で揺れは大きくはありませんでしたが、時間が長かったくらいでしたよ。

ハイ、無事です。
雑草Z
    BEMさん

 御心配戴き有難う御座います。
私の住んでいる会津地方は福島県でも西部で震源からは比較的遠いので、物が落ちたり壊れたりした被害はありましたが、命に関る被害は今のところ聞いていません。
 私の想像ですが、地震の揺れの周期が大きく、建物の固有振動数と合わなかった為、あまり共振が起こらず、震度の大きさに比べ、阪神大震災ほど沢山の建物の倒壊は起こらなかったのではないでしょうか?

 その代わり地震の後の津波の災害が大変でした。そして、原発・・・

 震度6弱の大きな地震を初めて体験しましたが、子供のころと違い、現在揺れている地震自体の恐怖よりも、浜の原発の事が非常に気がかりでした。・・・メルトダウンだけは起こらないように祈ったのですが・・・

大地震の後に災害復旧に頑張るときに、もっと最悪の原発事故を恐れなければならないなんて、狂気の沙汰です。
今も余震が起こりましたが多過ぎて慣れっこになってしまいました。

  +++  +++   +++   +++   

今回の原発事故については、【狂気の科学技術】2011-01-11
のコメント欄の後のほうで議論しています。原発に憤りを感じているのであれば、宜しければ、そちらにコメント下さいませ。


Anthony
雑草さんの無事を知り、ホッとしました。


御心配頂き有難う御座います。
雑草Z
    Anthonyさん

 被災のお見舞い有難う御座います。
Anthonyさんは、阪神大震災で生き埋めにされたのでしたね?・・私は地震の真っ只中で揺れが大きいほどに浜の原発が心配でした。
 最悪の想定のメルトダウンを起こした可能性も高いので不安です。
 現在、半径 10km とか 20km の範囲内で避難・・・とか言ってますが、炉心溶融を起こしたのなら、そんな狭い範囲じゃあ済まないのではないかと思います。
・・・杞憂であって欲しいのですが・・・ 


天地 はるな
私も雑草さんが無事でほっとしています。
今回の地震は、巨大すぎて、ぼーっとして、テレビを見ています。
地震発生当時から夫が、
「あそこは、原発があるのに、大丈夫かいな・・・」と言い続けていましたが、やっぱり、被ばくした方が出ましたね。
これからも余震に御注意ください。


余震の心配はしていませんが・・
雑草Z
    天地 はるなさん

 心配して頂き有難う御座います。感謝致します。
余震はしょっちゅう起こっていますので、慣れっこになったというか、殆ど避難していません。パソコン打ってる最中に余震が来ても打ち続けています(笑)

 やはり心配は原発です。政府も原子力安全・保安院も結構隠蔽しています。炉心溶融・・・って非常に大変な事です。原発事故としては最悪の範疇です。

 今回の原発事故関係のコメントは、現在
【狂気の科学技術】2011-01-11 のコメント欄で議論していますから、お手数ですが覗いて見て下さい。コメント戴ければなお幸いです。


おから
雑草さんは、福島県ということで、心配していましたが、ご無事で、よかったです。
原発が、大変なことになっていますね。

テレビを見ていると、胸が痛みます。
少しでも、自分にできること、していこうと思います。

何事もなく、普通に生活できていることが、すごくありがたいことなんですね。



>何事もなく、普通に生活できていること
雑草Z
    おからさん

御心配して頂き有難う御座います。
大津波の災害は非常に胸が痛みますが、それでもまたみんな頑張って災害から立ち直れると思いますが・・・原発災害だけは、炉心溶融して放射能を大気中にばら撒かれたら・・・と思うと暗雲が立ち込めます。広島に落とされた原爆より遥かに多い(数百倍?)放射能の量に達するかも知れません。福島県を超えた広い土地放射能汚染されるかも知れません。勿論作物も放射能汚染されるでしょう。
 電力利用の制限、供給不足・・・なんて大した事ではないでしょう。原発は即座に廃止すべきです。
→【狂気の科学技術】 (01/11)
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-550.html#comment4424

【大地震よりも、遥かに恐ろしい2次災害。】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-539.html

明日からまた何事もなく生活出来る日が続けられればそれで満足なのですが・・・


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2010-08-21 09:34
今年の北半球の夏は、いろいろなところで猛暑が続いているようです。
今年の世界全体の平均気温が異常に高いのかどうかは、Climategate事件以来、公表されてきた世界の平均気温が信頼出来ない事がわかったので何とも言えません。(それ以前のしっかりしたデータを見ればいいのかも知れませんが、しっかり積分して求めた値ではないようです。)
そう言えば、この夏の猛暑を、二酸化炭素地球温暖化が原因だ・・・と言うニュースやネット記事は見かけなくなりました。Climategate事件でいんちきがばれて、世界のマスコミは慎重になったのでしょうか?例えば温暖化の証拠として危機を煽ったホッケースティック曲線では、20世紀末の世界の平均気温が急上昇しているようにデータがいじられましたが、その結果、それ以降、21世紀に入った最初の10年間は温暖化の傾向を示せなくなりました。(・・とても間抜けに感じます・・)それと同様に、今年の夏の世界の平均気温が異常に高くなった・・・と騒ぐと、来年以降の温暖化の傾向を示すのが苦しくなる・・・と悟ったIPCCや日本、世界の御用気候学者達は、簡単に平均気温が上がったと発表するのをためらうようになったのかもしれません(笑)。所詮、将来の気候予想のような複雑系カオスの未来予測なんて、信頼に足る予測ができる筈が御座いません。特に二酸化炭素温暖化説は、ダイレクトな因果関係ではなく、途中に色々な因子が沢山存在するので、(だからスーパーコンピュータで計算するわけでしょうが・・・いい方を変えれば「風が吹くと桶屋が儲かる」的な因果関係と言う事です。)沢山あるパラメータのいくつかをちょっといじっただけで結果は大きく違ってくるでしょう。コンピューターによる信頼性のある予測は不可能です。今回のロシアの猛暑は、異常気象とは言えるでしょうが、大気中の二酸化炭素増加による地球温暖化が原因・・・とまでは言える筈が御座いません。そんなことを軽率に言う人間がいなくなってきた事だけでも、Climategate事件は無視の出来ない事件だったと言えるかも知れません。


さて、そんな中、今年のロシアでの猛暑は記録的だと言われています。このままいけばロシアの観測史上最も暑い夏・・という事になりそうです。
猛暑の影響で、森林火災が多発しています。旱魃が続き、穀物の3割くらいが壊滅状態になったと言われています。その為、ロシア政府は穀物の輸出を停止しました。・・そのことに対して色々批判はあるようですが、先ずは自国の食糧確保は当然の政策でしょう。
一方、色々なメディアは、ロシアのGDPがどの位下がって景気回復が阻害されるとか、世界の穀物相場が上がるとか、そんな事を議論していますが、すぐに経済の話になるのにはうんざりです。そんな事を騒いでいる場合ではないでしょう。食糧不足が問題です。日本はロシアとの穀物取引はあまり無いようですが・・・もっと沢山穀物取引があって、日本にも深刻な影響があったほうが、問題をしっかり捉えてよかったと思います・・・・食料の自給自足は主権国家として、当然の政策ではないでしょうか?どの国だって、先ずは自国民の食料優先でしょう。(・・現実には、自国民の食料よりも嗜好食品の輸出を優先しているように見える国家も無いわけではありません・・嘆かわしい事です。)
二酸化炭素による地球温暖化はいい加減な説でも、異常気象は増えているようですし、収奪農業で農地の収穫率は下がっていますし、開発によって農地も減少しています。食料不足は深刻になってきているのです。もっと食料問題について真剣に考えるべきでしょう。永続可能な農業で食料自給率を増やす、地産地消が原則・・・と言うことをしっかり実行に移すべき時期です。今回のロシアの穀物輸出停止がどのくらい世界の食糧事情に影響するとかしないとかの問題ではなく、このような兆候が沢山出てきている今こそ、問題が深刻になる前に、各国、自治体ごとの自給自足体制を確立して行くべきときでしょう。

 ロシアの記録的な猛暑のニュースでは色々な事を考えさせられます。

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【2010/08/21 09:34】 | 雑談 トラックバック(0) |

マスコミの変わり身の早さ
地球温暖化対策
>そう言えば、この夏の猛暑を、二酸化炭素地球温暖化が原因だ・・・と言うニュースやネット記事は見かけなくなりました。

マスコミは情報を出すだけで、解説はいらないですよね。ネットを見ればいいのだし。

Re:マスコミの変わり身の早さ
雑草Z
    地球温暖化対策さん、初めまして。

 マスコミも独自でしっかり検証して解説するならば意味はあると思いますが、「大本営発表」をそのまま垂れ流すから、政府なり権威の御用組合になり下がってしまってますね。
 マスコミも正しいと感じた方向へ、変わり身が早いのは、いい傾向だと思います。「二酸化炭素の増加によって今年は猛暑になりました」なんて言わなくなった事はマスコミの成長と考えるべきでしょう。

地球温暖化対策さんのHPをちょっと訪問してみましたが、なかなかしっかり作られたHPですね。御一人ではなく、複数で運営されているのでしょうか?

ブログのタイトルが誤解を受けるかもしれません。
<地球温暖化対策凍結運動>
とか、せめて
<地球温暖化対策を考える>
としたほうがよろしいかと・・。

当方は、温暖化の主因が二酸化炭素かどうか・よりも・・それはそれで検証が大切ですが・・二酸化炭素削減に特化した対策が、ギャグ効果=とんでもない逆効果 で、環境破壊を加速しているので、対策凍結には賛同いたします。

当方のスタンスは

【二酸化炭素温暖化対策の大罪】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-480.html

などに書いています。
 


地球温暖化対策
>御一人ではなく、複数で運営されているのでしょうか?

基本的には、私一人ですが、秘密基地で9人のすばらしい仲間がアドバイスしてくれています。

>ブログのタイトルが誤解を受けるかもしれません。

検索対策であります。


>環境破壊を加速しているので、対策凍結には賛同いたします。
地球温暖化対策で自然破壊が進んでいるという現実をこれから書き込んでいきます。いろいろな意見の方々と手を取り合って、凍結運動が広がることを願っております。

私にできることは限られていますが、ブロガーの力を結集できればいいと思います。

CO2に特定した削減対策の愚
雑草Z
 現在、地球温暖化対策 と言えば 二酸化炭素削減
に特定される傾向がありますが、それが多くの愚策となってます。
 エコ替え、エコポイントの「エコ」は「エコロジー」ではなく「エコノミー」になっています。その「経済的」と言うのも「節約」の意味ではなくて「経済活性」の意味で逆効果です。そして最高に愚かなのが
 二酸化炭素地下貯留 と 原発 でしょう。
お金の浪費どころか、地球環境をずたずたにする最悪の対策になっています。・・実質対策とは言えません。
 詳しくは
【二酸化炭素への換算・・】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-462.html
等にかいています。 

残暑お見舞い
上々
北陸も今年はひどい暑さで大変な思いをしています。

それにしても記録的猛暑と言う報道は毎日のようにされていますが、本当に今年は枕詞「地球温暖化」がほとんどかぶせられていないですね。見事なまでの対応です。

公式にはクライメイトゲイトの影響はほとんどないなどと言う結論づけをしていますが、実際はかなり危ういと思っているのでしょう。

さて、例のエコカー補助金は打ち切られると売上30%減になるとか、自動車業界が泣きついております。恥ずかしいと言う感覚はないのでしょうか。
しかし、この補助金での売り上げ増はすべて買い替え需要の前倒しでしかないので、補助金が延長されても同様です。どちらにせよ今後の自動車売り上げは激減するのは間違いないでしょう。

「地球温暖化対策」さんのブログ、私も読ませて頂きたいと思っています。

>クライメイトゲイトの影響
雑草Z
    上々さん

 暑中お見舞い申し上げます。上々さんにとってはこの猛暑よりも冬の雪、寒さのほうが堪えるでしょうね。
 夏が暑くても冬も寒ければ平均気温は上がりませんね。
 現在の地軸の傾き(約23.4°)は、傾きの周期では大きい方だから、夏と冬との寒暖の差が激しいと言う事もあります。

>記録的猛暑と言う報道は毎日のようにされていますが、本当に今年は枕詞「地球温暖化」がほとんどかぶせられていないですね。

最近は懲りずに「二酸化炭素で温暖化」と、ステレオタイプに叫んでいるのは、企業のCMが殆どですね。特に電力会社の原発のCM。実際原発が環境にい発電である・・・なんて信じている愚かな政治家が多い事にはがっかりです。管直人さんもそうらしいです。


>公式にはクライメイトゲイトの影響はほとんどないなどと言う結論づけをしていますが、実際はかなり危ういと

IPCC支持派が何だかんだ言っても生のデータを出さない時点でアウトでしょう。信頼できる筈が御座いません。

>自動車業界が泣きついております。恥ずかしいと言う感覚はないのでしょうか。

最低ですね。結局、税金を投入されて車を売ってるだけですからね。

>補助金での売り上げ増はすべて買い替え需要の前倒しでしかない

そうですね。そして「前倒し」と言う事は、使える自動車をスクラップにしているのですから、資源の無駄遣いと廃棄物の増加をもたらしました。結局全然環境にはよくなく、「エコ」と言っても economy、 それも、税金で自動車会社の経営を潤すだけのものです。自動車会社もゼネコンや特殊法人同様、国の寄生虫になってきたのでしょう。成長の限界が近づいてきた現在、多くの企業が国の税金の寄生虫になり下がってきています。こんな愚策を繰り返していたら国の借金は膨らむばかりで国家財政は破綻しますね。


 

エコカー補助金
Anthony
僕は、16年モノの軽四に乗ってます。

これが、エコカーです。



Re:エコカー補助金
雑草Z
 おっしゃる通りです。
そのような方こそ補助金を貰う権利があるべきです。
基本的にはエコカー補助金は反対ですが・・・

最も重要なこと
guyver1092
 最も重要なことは食料問題という意見に賛成です。というか過去のコメントで常連の統一見解ですよね。
 森林破壊が異常気象を呼ぶというのを聞いたことがありますし、ヒートアイランドも地球全体の気象を歪めているのかもしれませんね。気象はカオスだそうですので、この春のアイスランドの噴火のせいかもしれませんし。

 あと数年したら地球温暖化論争に決着がつくかもしれないそうですね。ただ問題は、地球が寒冷化したら、食料問題が一気に人類の生存に脅威(資源としての食料の争奪戦争)となるかもしれないのが心配です。

>食料問題
雑草Z
 やはり食料問題は最も深刻な問題でしょう。そしてこれこそ成長主義の弊害、限界の代表例でしょうね。生態系の破壊とも密接な関係にあります。

>気象はカオスだそうですので、この春のアイスランドの噴火のせいかもしれませんし

確かにその可能性も否定出来ませんね。一般には火山の爆発は寒冷化の原因とされていますが、火山の放出物が空気中を漂って遠くに行った場合の振る舞いはどうなるかよくわからないでしょう。

>森林破壊が異常気象を呼ぶというのを聞いたことがありますし、ヒートアイランドも地球全体の気象を歪めているのかもしれません

同感です。はっきり言える事は、異常気象は色々な要因があるのに、CO2に矮小化してはいけないと言う事ですね。

>数年したら地球温暖化論争に決着がつくかもしれないそうですね。

複雑系カオスですから、はっきり断定までは難しいでしょうが、今のとんでも対策は早く止めないと地球環境はますます破壊されていきますね。

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2009-07-29 00:31
昨年に続いて、【夏の暑い日に思う事】を書かせて戴きます。

先日、近くの家の駐車場の自動車のウインカーが付きっぱなしだから、知らせてあげようと無人の自動車に近づいたら何とエンジンも掛けっ放しでした。その旨も伝えたのにそこの家の主はウインカーだけ切ってエンジンは切りませんでした。暫くしてその車で子供と一緒に出かけたようです。・・・エアコンを掛けて涼しくして置いた快適な自動車で出掛けよう・・と言う事でしょう。アイドリングも20、30分続けていたのではないでしょうか。・・・エンジンを掛けっ放しでもアイドリングして動かなければガソリンは減らないとでも思っているのでしょうか?・・いくら炎天下に置いてあったとしても、ドアを開放して1,2分置けば十分ですし、あとは出発してからエアコン掛ければ十分ですし、渋滞しない田舎町では窓を開けておけばエアコンもあまり必要ないでしょう。
政府も「エコカーに減税とか補助金」なんて逆効果のエコ対策する前に、アイドリングに罰金を掛けたほうが、よっぽど人々の意識も高まるだろうし環境汚染も防げるでしょう。

 さて、この酷い暑さの原因を考えると、地球の温暖化による要因は大きくない・・と感じます。こんな田舎町でさえ、都市化によるヒートアイランド効果と言うべきでしょう。・・・安易な都市計画の失敗・・と言うべきでしょう・・・私の住む地域も、どこもかしこもコンクリートで固めて太陽の照り返しが強くて、逃げ場がないと言う感じです。・・・いや、逃げ場はエアコンの効いた締め切った空間・・と言う感じです。周りが暑いから窓を閉め切って自動車やエアコンが熱を出し、ますます暑くなっていく。
地球温暖化よりも都市化が原因と言える証拠は、近くの林の木陰に行けば、かなり涼しく感じる事からも明らかでしょう。(・・この林については改めてまた近いうちに記事にさせて戴きます。・・)

エアコンも人間社会の酷いドーピングの一つでしょう。・・子供のうちからエアコン漬け、冷暖房漬けで育ったら、ひ弱な人間に育ってしまうでしょう。
寒さに強く、暑さに弱い私ですが、この夏我が家ではまだエアコンを使っていません。・・・流石に扇風機は使っていますが・・・扇風機だけで夏は過ごしたいものです。・・・もし家が林で囲まれていたら、扇風機も無しで過ごしてみたいものです。扇風機だって日本では第2次世界大戦後に普及したものではないでしょうか?・・・本来、夏でもうちわで過ごせるでしょう。・・・エアコン無しでもやっていけるような地域づくりをするべきでしょう。・・日本の中でも比較的暑くない東北地方あたりからその手の運動を起こしたいものです。
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【2009/07/29 00:31】 | 雑談 トラックバック(0) |

こんにちは(^^
BEM
雑草Zさんの会津地域はかなり暑くなるんですか?
北海道だと旭川、富良野、北見が盆地で、寒暖の差がものスゴいですよ。
冬のマイナス20℃から夏の30℃超え。悠に50℃はあります。

しかしこのエンジン付けっぱなしは酷いですねえ。北海道の場合は冬の暖気運転が似たようなもので、出掛ける20分前くらいにエンジンをかけて車内を暖める。そのためのリモコンスターターを付けている人も結構いるようです。
で、薄着をしてヒーターをガンガンかけている姿もみかけられます。

でもエンジンのためには1、2分暖気運転をすれば充分だそうですね。
私はがっちり着込んで、エンジンをかけて直ぐに出発するくらいです。

北海道の夏はほとんどエアコンは必要ないのですが、コマーシャルのせいか、大型電気店のせいか、けっこうエアコン売れているようです。
ところが、今年は全然気温が上がらず、この時期で扇風機の在庫がたくさんあるそうで、エコポイントも冷夏には勝てないってニュースで言ってました。

そういえば京都の古民家はうまく風を取り入れることができ、その仕組みを見直してるようで、やはりコンクリートで固めた住居は日本の風土には合わないんじゃないでしょうか。


松田まゆみ
都会のあのムッとする暑さというのは、やはりヒートアイランド効果とエアコンからの熱がかなり大きいと思います。かつては一般家庭ではエアコンがないのが当たり前でしたが、エアコンが普及するにつれますます暑くなったように感じます。みんなが一斉にエアコンを止めたら、どの位気温が下がるのだろうかなどと考えてしまいます。ヨシズによる日除けとか打ち水なんかも、昔の人の知恵でしたよね。

BEMさんも書かれていますが、北海道ではエアコンなどほとんど必要ありません。ところが小さなお店などでもエアコンを入れているところが多いですね。寒いくらいのところもあり「必要ないのに・・・」と思ってしまうこともよくあります。


Anthony
亜熱帯の大阪(笑)ですが、室内温度が32度以上になった時だけ、エアコンのお世話になります。

我が家の基準




風を取り入れる工夫。
雑草Z
    BEMさん

 北海道の気温などの情報有難う御座います。50度以上の寒暖の差って凄いですね。・・・やはり高緯度地方の寒暖の差は大きいですね。

会津の冬は雪は沢山降りますが、普通-20℃以下とかにはなりませんね。・・ただ、東北地方と言えども盆地の夏の気温はかなり高くなります。・・・日本の過去最高観測気温・・に近いくらい上がった事もあった記憶があります。

北海道ではエアコンは使って欲しくないですね・・・法律で禁じてもいいと思います…マニフェストにどうですか?(笑)

>京都の古民家はうまく風を取り入れることができ、その仕組みを見直してるようで、

日本のかやぶき屋根の家もそういう涼しさがあるでしょうね。冷暖房完備・・・の前に冷暖房無しである程度快適に過ごせる家を作るべきですね。



この暑さだけでも・・都市計画は軽率そのもの
雑草Z
    松田まゆみさん

 日本では、小さな街でも市街地は安易にコンクリートとアスファルトで固め過ぎですね。・・・小さな田舎町でもヒートアイランドは起こっているのを感じます。・・こうやってコンクリートなどで塗り固めて、暑くしてエアコンを買わせてますます暑くする・・・って本当に愚かです。


>ヨシズによる日除けとか打ち水

エコポイントなんて言ってないで、こう言う事こそ奨励して欲しいですね。

本当に夏は亜熱帯になる勢いですね。
雑草Z
    Anthonyさん

 いや、ホント、大阪とか名古屋とか北九州とか、日本の東京以南の大都市は、夏はヒートアイランド現象で亜熱帯より暑いようなイメージですね。

 エコ替えなんてふざけた逆効果の事を言う前に
Anthonyさんのお家のように、室温32度まではエアコン禁止…のほうがよっぽどエコですね。



Anthony
ヒートアイランド現象・・・

昨年は室温40度越えた日もあった。

うちは準工業地域なんで、工場の廃熱もある室外では45度のところもある。

熱帯やな==




解ってやっている?
guyver1092
>政府も「エコカーに減税とか補助金」なんて逆効果のエコ対策する前に、アイドリングに罰金を掛けたほうが、よっぽど人々の意識も高まるだろうし環境汚染も防げるでしょう。

 前回、雑草Zが公共工事で言われたように、目的が違うのでしょうね。エコエコと唱えつつ、その実、反エコの消費拡大が目的でしょうね。クーラーが普及するようになって、日本人の肌は水分の量が減って皮脂の量が増えたそうです。つまりは肌が汚くなったそうです。原因はクーラーによる乾燥だそうです。ここで冗談を一発。

クーラーは美容の天敵とのキャッチフレーズでクーラー撲滅運動を全国展開しよう!

ps 「暴走する分明」半分まで読みました。またコメントさせていただきます。

ヒートアイランド現象
雑草Z
    Anthonyさん

 40℃を超えるって異常ですね。
都会をコンクリートやアスファルトで固めまくってエアコンをバンバンかけて、異常な暑さにして、さらにエアコンを使いまくる・・・・エアコンはまさに麻薬みたいなもんですね。
 室内温度が32度以上のエアコン日・・・はひと夏で何日くらいあるのでしょうか?

>解ってやっている?
雑草Z
    guyver1092さん

政府のエコ対策は、ecology じゃなくて economy 、
それも、
『節約、倹約』の意味ではなくて、「経済活動」の意味の
economics しか考えていませんね。
「エコ対策」の基準は、economics の側面から考えているとしか考えられませんね。

>エコエコと唱えつつ、その実、反エコの消費拡大が目的


彼らはそれだけ環境問題を甘く見ているのかも知れません。環境問題を悪化させていますね。
 やはり、持続可能な社会を作る為には、現政治家の大部分を一掃する必要があるでしょうね。

文明は、破局の方向へ暴走している事は確かですね。



 

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2008-09-29 00:14
 『野蛮人』を辞書で引いてみると、
  1 未開人。蛮人。
  2 粗野で教養がない人。不作法で粗暴な人。
とあります。
 要するに自称『文明人』『教養人』から見た、未開の人たち、非文明人に対する一種の差別的表現でしょう。・・・まあ歴史的な使い方の変遷はあるようですが、ここでは単純に以上2つの意味や、「蛮行を行う人」の意味で考えます。

 自称『文明人』『教養人』は、『文明人』『教養人』と言う言葉こそ『野蛮人』の反対語だと信じているでしょう。
 でもその『文明人』の『文明』が地球規模の環境破壊を引き起こしました。
 『教養人』の『教養』って、その『文明』を是とする『知識の詰め込み』、『洗脳』に近いものがあると思います。
 『文明の利器』を使いこなしている『文明人』の多くは、単に使い方を知っているだけで、その機械の原理なんて知らない人が大部分でしょう。パソコン、テレビ、携帯電話・・・原理を知っていても、その生態系への影響まで思いを巡らせなかったり、無視したり・・・。
 『知識人』の『知識』も単なる『博識』の場合が多く、マスコミなどが垂れ流す情報を鵜呑みにしていたり自分で本質を見極める『洞察力』があるわけではありません。
 いわゆる『専門家』の意見と言っても、自然の摂理に対する洞察力は、彼らが『野蛮人』と呼ぶ未開の地の人々にかなわない場合が多いのではないでしょうか。

 「野蛮人に文明を!」などと言って、いわゆる未開の地に『開発』と言う名の自然破壊行為を平然と行おうとする自称『文明人』こそ、排除されるべき『野蛮人』ではないでしょうか。いまだに開発だとか経済効果だとかしか語れない経済界の人々などは、その手の愚人の代表格でしょう。
 生態系や自然の摂理を考えられずに「自然を切り開いて開発する」「経済をグローバル化する」なんて行為こそが『蛮行』です。
 『野蛮』と言う単語に必ずしもネガティブな感覚を持っている訳ではありませんが、私自身が考えるネガティブな意味での『野蛮人』は、
  1. いまだに経済成長や開発に心身を注いでいる人
  2. 生態系への悪影響も考えられずにゴルフをやっている人間
  3. 限られた資源をひとりで沢山浪費する権利があると考えている金持ち 
    ・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・
   ・・などです。
 現代の『文明人』『教養人』にこそネガティブな意味でのどうしようもない『野蛮人』が溢れていると考えています。だから悲惨な環境破壊が進み、人類は絶滅に向かって進んでいるのです。

 自称『文明人』による『未開の場所、未開の人を文明化する』と言う思い上がりの行為こそ『蛮行』です。彼らが未開の地と呼ぶ場所こそ地球の生態系をしっかり守っている最後の砦でしょう。
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【2008/09/29 00:14】 | 雑談 トラックバック(0) |


Anthony
その昔、北海道の炭鉱で働いていたという年配の人と話をしたことがある。

なんでも、かなり儲けていたらしく、お金の使い道に困って、家の電灯やTVをつけっ放しにしたりして消費していたとのこと。


これって、なんなんだろうと思った。

>これって、なんなんだろう??
雑草Z
    Anthonyさん

 訳の分らぬお金の使い方ですね・・・今は貧しくとも電灯やTVをつけっ放しにする人も多いですね。

 そういう浪費を最高の贅沢と言うのでしょうか?

学生時代、夜中に突然私のアパートを訪ねて来たアルバイト仲間が言いました。
 「ここの近くに美味しいコーヒー屋さんがある。夜中に突然そこの一杯のコーヒーが飲みたくて、車を飛ばしてはるばるやってきた・・今はその帰り・・こう言うのを最高の贅沢・・って言うんだよね。」

 イヤミな奴ではなかったので不快な感じはなかったけど、こんな事に車を使うならガソリン1ℓ10000円でもいいですね・・・ガソリン代も高いほうが最高の贅沢に相応しいってもんだ。
 


Anthony
>夜中に突然そこの一杯のコーヒーが飲みたくて、車を飛ばしてはるばるやってきた

明日にでも死ぬってのなら理解できるのだが...


P

粋な浪費?
雑草Z
     Anthony さん

 この手の浪費や環境破壊を、粋だ、オシャレだ、カッコイイ・・・と思ってやる輩がどこにでも転がってますね。
 ゴルファーなんてみんなこの類でしょう。

こいつらこそ、ネガティブな意味での『野蛮人』ですね。


Anthony
車でドライブってのが、昔から嫌いでした。

移動手段としての道具としてしか、ガソリンを消費できないのです。

P

>車でドライブ
雑草Z
    Anthonyさん



現在のような自家用車が溢れ、みんなが気楽にドライブを楽しむ時代って、20世紀後半から21世紀前半にかけての一時的な事で、
「こんな無駄な野蛮な事をやっていたんだ・・」
って言われる時代が来るでしょうね。
Anthonyさんのその感覚こそ、現代人が持つべき感覚だと思います。
 数十年前にアメリカのくるま社会は異常だと思っていたのに、日本もそうなってしまいました・・。
 私もかつてはドライブもしましたが、現在は通勤に車を使う事も愚行だと思っています。
  
 

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2008-07-29 00:12
 今年は例年よりは過ごしやすい夏かな?・・・と思っているうちに、暑くなってきた。暑い日はエアコンがよく効いているデパートや喫茶店、または職場に行くのが一番か??・・クー ルビズなんて言ったって、27℃前後の設定温度は十分に涼しいし、今でもギンギンに冷やしているデパートや喫茶店も数多い・・・町の図書館も冷やし過ぎ・・・気温が30℃以下ならエアコンなんて全く必要ないのに、設定温度が25℃以下とかっておかしい・・。
 この暑さ、地球温暖化かな?とも思うが、CO2が原因とかはあまり思えない。3原子分子であるCO2は、確かに赤外線を吸収する。それも地表から最も多く放射する波長帯を・・・それがCO2温暖化説の根拠の大きな部分なんだろうけど、CO2温暖化説の証拠はあまりにお粗末。・・・まあ、その事は以前にシリーズで書いたし(カテゴリー【CO2】)今回の主題はそんな事ではないので、省略するけど、最近の都市部の暑さは、確かにヒートアイランド効果など、都市化による部分が大きいと思う。私の住んでいる田舎町ですら、こんなにコンクリートだらけでは暖められるし、上昇気流が起きて、夕立ちも激しく降るだろう・・・コンクリートに固められているので、激しい夕立の後は水の逃げ場も川だけ・・川は溢れて道は水浸し・・・
 このコンクリートと車や工場、エアコンの出す熱で、都市が暑くなる・・・と考えるのがごく普通ではないだろうか?・・・だってこんなに暑くても、森や林の中は涼しい。川辺だって、護岸工事でコンクリートで固められていなければ実に涼しい・・・夏の暑さの原因をCO2のばかりにするな!!・・・そして、CO2対策と称して、税金を湯水の如く使ってギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)の対策をするな!!・・・と言いたい。・そう、現在のCO2対策は逆効果のものが多い・・・道路工事やめたり、車を作らなかったり使わなかったり、森林伐採をやめた方が、どれだけ効果的だろうか・?・・経済活動を控えて、経済成長をやめるのが1番!!
 私は寒いのは比較的平気で、この寒い東北地方でも、冬でも暖房はあまり必要ないし、真冬でも寝るときは暖房なしで布団だけで十分。
・・・しかし暑いのは不得意だった。エアコンは数年前まで重宝していた・・・・子供の頃はエアコンなんか必要なかったのに・・
 ・・・エアコンて、非常に非能率的な機械だ・・・ エアコンを夜まで入れて、夜に外に出てみると、エアコンなんか必要のない温度になっている事がよくあった。・・エアコンを入れる為には、部屋を閉め切りにして、さらに日差しも入らぬように窓から日が差し込まないようにしたほうがいいからカーテンを引いて暗くして、昼間っから明かりを点ける・・・何と言う不経済・・・と言うよりもエネルギーの無駄遣い・・・部屋に熱が籠りやすい状態にして熱を抜く・・・非常に非能率・・・だから、外が涼しくなってもエアコンを止められない・・・もっとも、大都会ではどこもかしこもエアコンで冷やしていてその熱気(熱力学的には取り出した以上の熱・・・部屋の中を冷やした分以上の熱)を外に出すから、各オフィス、家ではますますエアコンを強くする・・・悪循環・・・もっ と自然の風を利用した効率のいい方法を考えるのが科学ってもんだろう(ヒートポンプの熱効率はいい・・なんて低レベルな話ではなくて・・・)・・・自然をうまく利用して、あんまり物資やエネルギーを使わないでやるのが本当の賢い科学。
 科学などと言わなくとも、昔ながらの打ち水とか、家を植物で覆うなんて方法は好きだ。もっとも、大都会の摩天楼ではどっちも効果はあまりないだろうけど・・・昔のように夏は縁側で涼む・・・そんな大らかな、人口も少なく土も緑も神社も森も多い町がいい。
 暑さに弱い私であるが、この夏は家のエアコンを極力稼働しないで過ごしてみよう・・と思う。一昨年、昨年と意識して家のエアコンつけなくしたら、夏の日に使った日はほんの数日間だけだった・・今年は0日に・・・なんてプレッシャーかけて喫茶店やネットカフェに入り浸ってもしょうもないな。・・・なるべく使わない。使うとしても設定温度は30℃くらい。家で暑がりは私だけだから、私がOKなら大丈夫・・か?
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【2008/07/29 00:12】 | 雑談 トラックバック(0) |

蚊帳
おかっぱ頭
 夏になると、子供の頃蚊帳を吊って寝ていたのを思い出します。雑草様はそういう経験おありでしょうか?
私はずっと祖母と寝ていたのですが、蚊帳の中で祖母が団扇で扇いでくれる風の心地良かったのを記憶しています。
椅子に上って、朝晩吊ったり外したりするのも大好きでした。
エアコンなど勿論無かった時代、あの風の柔らかさは今でも忘れられません。

古き良き時代の夏の一コマ・・
雑草Z
    おかっぱ頭さん

 私の家には蚊帳がなかったので、自分の家で蚊帳を吊った記憶はありませんが、親戚の家には蚊帳があって、時々泊まりに行って従兄とかおばあちゃんと蚊帳に寝るのは楽しみでした。それだけでキャンプに行くような楽しみでしたね。蚊帳や蚊取り線香って夏の風物でしたね。その時代と比べて現代は何か良くなったのでしょうか?文化が破壊されてそれと共に環境が破壊されて、住みにくくなっただけなのかも知れません。
 おかっぱ頭さんのコメントはほのぼのとノスタルジーを誘いますね!?。
 エアコンをつける為に部屋を外から遮断して閉め切るという発想が貧しいですね。
 そう言えば、昔は夏に家の中にウンカや羽蟻や蛾など沢山入って来たものです。・・・それが自然で、ちょっとくらい虫が布団についていても気にしませんでした。
 現在の家は、出来るだけ自然を遮断しようとしているようで嫌ですね。愚かです。自然から遮断されたら人間も滅びるでしょう。

拙宅(長屋)も蚊帳でした
ぐっちゃん
表も裏も開けっ放しでした。うつ伏せに寝ながら遥か生駒山の麓まで見渡せたものですが。それができなくなったのは、蚊より怖いものが入って来るようになったからです。

大学の
東京珈琲
僕の通っている大学の教室はすごく寒いです
地下だし別に冷房つけなくてもいけるんじゃないかと思うんですが、毎日毎日鳥肌が立つくらい寒いんです
冷房の設定温度を見てみたら、24度でした
びっくりしました
生徒か先生かは知りませんが、設定した人はちょっとひどすぎます
環境学科がある学校とは思えませんね

エアコンをやめて、蚊帳に戻したいですね。
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 夜に寝ながら遠くの山まで見渡せたなんて、凄いですね。ある意味贅沢です。
 私の家には蚊帳がなくて網戸だけで対応していたのは何故だろう・・?って考えてみましたが、親がものぐさだったのか?(笑)蚊に刺されるのをあんまり気にしなかったのでしょうかね?でも、よく夜中に蚊に刺されて起きて、明かりを点けて家族で蚊取りしたのを思い出しました。・・血を吸った蚊を手でつぶすのは気持ちが良かったですね。(笑)
 よく聞く、蛍を取って来て蚊帳の中に放す・・と言うのもやってみたかったですね。・・子供の頃は、ホタルも近所の田んぼの周りや小川に沢山沢山いました・・

>蚊より怖いもの

って何ですか?気になります。泥棒とかの侵入者・・・? 

その旨伝えましょう。
雑草Z
    東京珈琲 さん

 学校とか図書館とか公共施設で、いまだにエアコンでギンギンと冷やしているところがありますね。・・・それがサービスだと勘違いしている人たち・・・24℃でも昔よりは設定温度を上げたのかも知れませんが、甘過ぎますね。

 環境学科がある大学なら、是非ともその学科の先生にその旨伝えて、エアコン設定温度を上げるように提案してみて下さい。きっと大学に掛け合ってくれるでしょう。・・大学だって経費節減になるし・・・
 因みに私は、そう言うところで、さり気に密かに設定温度を上げる事があります。こちらは客ですから文句は言われません・・言わせません。・・でも私は本文の記事にも書いたように暑がりですから、暑い外から冷え切った部屋に入ると気持ちいい・・って妥協することもよくありますけどね・(笑)・・


Anthony
僕の部屋のベランダの戸を開けると、裏の建売住宅のエアコンの室外機からの熱風が入ってくる。

なので、ウチも窓を閉めてエアコン・・・


こういう連鎖が、都市を暑くするのだ!


P

その通りですね
雑草Z
    Anthony さん

 そう、最近都会の夏が暑すぎるのは、Anthonyさんがコメント下さったような事による、都市の構造の問題なんですよね。CO2地球温暖化なんてあんまり関係ないんですよね。
 私の住む田舎町ですら、コンクリートで固められ過ぎて、照り返しで日中は暑くてかないません。
「ネコも熱中症でやられてしまう・・・」ってなもんです。

 


Anthony
建設現場にて炎天下にいるんですが、気温が40度以上あります。

日陰の百葉箱での気温は35度でも、実際は・・・


ああ、倒れる~~~


P

暑い中、コメント有難う御座います。
雑草Z
    Anthonyさん

 
 気温が40度以上ですか?砂漠みたいですね。やはり、都市化って言うのは色々な意味で砂漠を作りますね。
『コンクリート砂漠』って都会の殺伐さを表現した比喩だけではなく実際の事ですね!?
 現場の様子がありありと想像されて暑さが伝わってまいります・。
 水分を沢山とって、無理をなさらずに・・・倒れないで下さいね。 

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2008-05-29 00:03
前回の、【花より作物】に続いて、植物の話の雑談  

 私は、基本的に光合成をする緑色植物は好きだし、必要だと思う。木でも雑草でも・・・
カーボンニュートラル〔カーボンオフセット〕とか言って、一年草は、また水と二酸化炭素と無機物に分解されるから、あってもなくても同じだなんてうそぶいている輩が多くなったこの頃だけど、何をおっしゃるウサギさん!!草が水と二酸化炭素まで分解される間には多くの段階があり、小動物、虫や微生物のエネルギー源となる。つまり生態系をしっかり支えるのだ。
カーボンニュートラルだからと言って、焼き払ったり除草剤を撒くことの何と愚かなことだろか!!?

 ここんところの地球上の植物と動物の量のバランスから考えても植物は不足に違いない。・・まあ動物が多過ぎると言っても、人間とその食用の食肉用の家畜だけが多過ぎるのだろうけれど・・・それは兎も角、植物はもっと増やさなければバランス的にも大変危険だ!!

 だけど芝生だけは大嫌い。芝生だけは駆逐したい。私は、植木屋が刈り込んで全体的に四角く整えたり丸く整える植木は嫌いだが、手入れされた芝生はもっと嫌い。生えっ放しで伸ばしっぱなしの芝生ならまだいいが、何だあの刈り込んだ芝生は!??光合成の能力を何分の一まで弱めるほどに、下の土がかなり見えるくらいに刈り込んでいる。あのエンジンで動く芝刈り機を見ると人間の愚かさが身にしみる!!こんな芝生を素晴らしいと思う人間の感性はいかれちまっている・・。

 芝生が嫌いな他の理由は、最も嫌いなスポーツであるゴルフも想起してしまうからだろう。(まあ、ゴルフはスポーツと言えるかどうかも怪しいが・・。)

 公園だって、河川敷だって、雑草を生やしておけばいいものを・・・芝生を植えて、お金と手間ひまかけて手入れする愚かさよ!!!


 ・・などと書いてきたが・・・実は私の家の庭にも芝生が生えている・・・父が植えた芝生である。・・・父は、遊んだり地面に座ったり寝転んだり出来るように芝生を生やしたがった。だから、芝生を植える前は芝生に似ているけどもう少し柔らかくて緑の濃い雑草を生やしていた。・・・私はこっちは嫌いでもなかった。と言うより、幼い頃はこっちを芝生と呼んで親しんでいた。この草の中には青ガエルもイナゴもコオロギも、ミミズも・・様々な生き物が潜んでいた・・・
 そして、知り合いが本物の芝生をどこからか持って来てくれて、それを植えたら、父の念願かなって芝生はがんがん生え、増えていった・・・家庭菜園の畑まで領土を伸ばしていった。
 いつの間にやら芝生はたんぽぽやスギナよりも勢力を誇った。勿論殺虫剤や除草剤を撒いたりはしなかったし、芝刈りもあまりしなかったので、よその芝生よりはずっと長くて、中の生態系も普通の芝生よりはそこそこあるだろう・・。
 父が施設に入ってからは手入れはしていないから、結構伸びっぱなしだ。でも芝生はやはり父の負の遺産だと思う。(・・って父はまだ生きているが・・・)
 父のいぬ間に芝生を駆逐してやろうと思う今日この頃・・・・まあ、父が戻って来ても芝生を世話する体力もないし、もう文句を言う気力もないだろう。(その前に戻ってくるかどうか・・・?)
かく言う私も芝生の駆逐はめんどくさい・・
 芝生のかわりに現在少数勢力の、たんぽぽやスギナ、クローバーやタンポポなどが生えて勢力を伸ばして欲しいものだ。
 芝生をみんな掘り起こして畑にしたいものだ。
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【2008/05/29 00:03】 | 雑談 トラックバック(1) |

レス、失礼しております。
nao
ジェフ・ポーカロって庭の芝生に農薬を撒いている最中に倒れて亡くなられたのですよねhttp://www.google.com/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fblogs.dion.ne.jp%2Fhanemone%2Farchives%2F7163078.html%23more&hl=ja&mrestrict=xhtmlchtml&inlang=ja&client=ms-kddi-jp&q=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7#more#more
僕もゴルフは嫌いですが、正確に言うとゴルフを商売道具にしている奴らが大嫌いなんです。


芝生の農薬で死ぬって・最低ですね。
雑草Z
    nao さん

 お忙しい中、コメント有難う御座います。確か失踪中ではなかったかと・・(笑)

 さて、興味深い記事のご紹介有難う御座います。
私はドラマーはあまり詳しくないのですが、ジェフ・ポーカロは、学生時代の友達が好きだったので、とても上手いドラマーなんだなって記憶があります。彼は、ジョン・ボーナムより遥かに上手いと語ってました。・・・勿論私は、ジョン・ボーナムのパワードラムの方が遥かに好きですが(笑)

 TOTOは、大ヒットした4枚目あたりのアルバムの曲より、何てったって1stの ”Hold The Line ”です。この曲のギター・リフは最高にカッコよく、歴史的な超名リフだと思います。ギター・ソロの弾きまくりもグッとくるフレーズの連続で鳥肌もんです・・かなり久しぶりに聞きたくなったけど・・音源はどこだ!

 私は能天気なゴルファーはプロも素人もみんな嫌いですね。道端などで素振りの練習している奴らの不快な事・・・エアギターでもやってくれた方がずっと好感持てます。(笑)
確かに
>ゴルフを商売道具にしている奴ら
は最低ですね。


Anthony
ゴルフって日本にはあってはならないスポーツです。

こんな狭い国土には不必要。

投機目的だけの会員権。

造成後の農薬地獄。

あんなもん、いらんわい!



アンチ・ゴルフの会
雑草Z
    Anthonyさん

ここんところの続けての投稿有難う御座います。

Anthony's CAFE の編集長も副編集長も、私と同じくらいゴルフがお嫌いなようでうれしい限りです。

 おっしゃるように

>投機目的だけの会員権。
>造成後の農薬地獄。

 最低ですね。

 ゴルフをするような最低の政治家が洞爺湖サミットに出席して、CO2削減とか寝言を言うな!!。
 ゴルフ場潰して森林に戻すなり農地にする方が先だろう!!・・・って、あんな生態系の壊された土地を森林や農地にするのも大変なんだけど・・・

アンチ・ゴルフの会、会員募りたいですね!! 

 

 


Anthony
サラリーマンをしていた頃、上司や得意先にゴルフをよく誘われた。

ゴルフをやらないからと断ると、変人扱いされた。

「ゴルフはまっとうな社会人のたしなみ」なのだそうだ。

だから、僕はリストラに追い込まれて....(笑)


ゴルフなんて、スポーヅじゃないのだ!「亡国の遊戯」なのだ!


P

疑いもなくゴルフをやる馬鹿ども・
雑草Z
    Anthony さん

>「ゴルフはまっとうな社会人のたしなみ」

 なんて思っている人間が、動かしているような会社はむしずが走りますね。やめて正解ですよ。骨がある社員でしたね。(笑)
 

 会社に限らず、その手の人間が政治家や官僚になり、社会を動かしているから社会は良くならないどころか、とんでもない事があって当然ですね。

 余暇にまで、環境破壊NO1,生態系破壊しまくりの、ゴルフを選ぶ人間の感覚事態、破壊されていますね。

ゴルフやるほどのアホでなし・・・

  ××××
 
ところで・・

コメントの最後の
   P
は、どのような意味でしょうか? 

P
Anthony
の意味は「Pochi」(ランキング・クリック・ポチっとな!)の略だったとですが。

現在では、何だろう?

ポジティブ?


P

放送禁止用語かと思いました(笑)
雑草Z
     Anthony さん

 ピー ってか??

positive thinking でいきませう。!!

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2008-04-05 00:13
 指数関数的増加、または等比数列的成長というのは、成長の限界などの説明の時に良く引用される原理です。この極めて理に適った自然の原理に対して人間の感覚はなじまないと言うか対応出来ないようなことを色んな本に書いてありますが、私はそうは思いません。人間(や他の動物)の感覚は指数関数的増加に対応しているように出来ていると考えます。
 つまり、入力 x、出力 y として、 入力 x の指数関数的に出力 y が出力されたとき、人間の感覚はちゃんと出力 y の対数的に入力 x を感じ捉えるのではないかと考えます。
 面倒な表現になってしまいました。言い直すと、指数関数的自然の世界を眺める人間(や他の動物)の感覚はそれに対応するように対数関数的な感覚になっているのではないかと言う事です。

・・これでも分かりにくいでしょうか?。

 じゃあ、具体例で述べてみましょう。
 例えば音階。音は半音上がる毎に振動数は、2^1/12=1.059463・・・・倍になります。1オクターブなら、振動数は2倍ずつになります。つまり振動数は音階が上がる毎に指数関数的に増加します。この半音を人間は等間隔と感じるならば、まさしく音の高さに対する感覚は、対数関数的と言えるでしょう。同じ音程を同じ間隔として捉えることが対数関数的と言うことです。「同じ間隔」という感覚が曖昧と言うのなら、それが耳を通した脳に同じ差として感じさせると言うことです。転調を考えればわかりやすいでしょう。あるメロディーの音をすべて同じ高さだけ(=同じ数の半音分だけ)ずらして聞いても同じメロディーに聞こえます。また、ある和音構成音を全て同じ高さだけ(=同じ半音の数だけ)ずらしても同じ響きの和音に感じます。つまり、同じ振動数の比ならば、同じ音程に感じることは音楽の基本です。
 これで、耳と脳は十分に指数関数的なものを対数関数的な感覚で捉えていると言う事になるでしょう。
 音に関しては、高さだけでなく大きさも、例えば音量の単位のdb(デジベル)なども、対数関数です。確か明るさの単位も対数関数でしょう。(星の明るさの何等星と言うのも対数でしたね。)

 酸性度の指標として使われているpH(ペーハー)も、何となく非常に人為的な感じは致しますが、まさに対数です。これを対数で表示しなかったらかえって分かりにくいでしょう。つまりpHは、人間の感覚にマッチした表現方法だと言うことです。
 数を指数表示したときにその指数部分だけで数を表現するのは、非常に感覚的に優れた方法でしょう。それが対数関数的表示法で、対数関数的人間の感覚にマッチしているということです。

 等比数列を幾何数列[Geometrical Progression]と呼ぶのは、等比数列的に大きくなっていくものを順に並べると視覚的に美しいからではないでしょうか?(これは私の推測ですので間違っていたらご指摘お願いいたします。)

 以上、人間(や他の動物)は、自然界の指数関数的傾向に適応する為に、感覚が対数関数的になっていると言うのが私の主張です。


 さてそこで、
成長の限界  人類の選択[Limits To Growth /the 30-year Update]
 (30年アップ・デート版)
   Donella H Medows , Dennis L Medows , Jorgen Randers  著 
    枝廣淳子 訳

の話になります。
 この本自体は非常に名著だと評価致していますが、今回はこの本に多少もの申します。この本には、
「ほとんどの人は、成長とは直線的なプロセスだと思っているので、あっという間に非常に大きな数になる幾何級数的な成長に惑わされてしまう」・・・という一節があります。 確かにそう言う面は否定出来ませんが、それは人間社会が数を定義し使いはじめた時に等差数列的に使いはじめたからであって、もともとは人間の感覚は、寧ろ等比数列、指数関数に対応する頭・・対数関数的になっているのではないかと考えます。

 だから、前回の記事の「池を覆う悪性のスイレン」の例も、ある日スイレンが池の水面の4分の1を覆っていて次の日に2分の1を覆っていたら、その翌日には全面を覆うと言うことは、感覚的にわかるのではないかと思います。わかると言うよりも、普通にそう感じるものでしょう。感覚的に分からないとしたら、それは人工的な線形関係に慣れてしまって頭で数値で等差数列的に考える為ではないでしょうか?少なくとも視覚的には等比数列的に感じる筈です。
 直線的なプロセス的感覚と言うのは、算数教育の弊害ではないかと私は考えます。・・・だからと言って、小学校から指数関数を教えよ・・って事を主張するつもりは有りません。(私は、小学生にも分かりやすく教える自信はあります。・・上の記事のように分かりにくくはなくです・・笑)等差数列的数の取り扱いはそれはそれで非常に有効ですし・・。でも、pHなどの例にもあるように、対数的数の取り扱いが自然界を記述するときに非常に有効なのは、自然界が指数関数的世界で、それに対応する生物は対数関数的感覚を持っているからではないでしょうか。
 これは客観的事実のようで、主観的捉え方の話になってしまうのですか・・

    +++++++   ++++++   ++++++   ++++++
 
 さて、最後にこの対数関数的感覚を使った小話というか、応用・・を一つ

 人間の金銭感覚も対数関数的感覚であるとすると(考えればそれは結構理に適っていると思います。)金持ちがお金を儲ける事ほど非効率な事はないという事になります。

 対数関数的感覚でいえば、例えば年収が増える場合、対数の底が何であろうと(1以外の正の数・・笑)その一定の底で対数を取った時に同じ差の場合同 じ満足度の差と考えます。
 具体例でいいます。年収100万円の人が、年収200万円に増えたときと、年収1億円の人が年収2億円に増えたときの満足度が同じと言うことです。・・・同じ1億円で、年収倍増という同じ程度の喜びを年収1億円の金持だったらたった1人、年収100万円の人だったら100人もかなえさせられます。
 そしたら、金持ちの年収を増やすことの方が、能率は悪いですね。つまり金持ちをさらに儲けさせる事ほど達成感のないものはないと言うことになりましょう。(笑)
 
 いや、冗談ではなく・・・この手の話は世の中にいくらでも転がってます。指数関数的世の中を対数関数的感覚で議論しないからおかしな事になっている問題が多々見受けられます。
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【2008/04/05 00:13】 | 雑談 トラックバック(0) |


5.2のために17
>人間の金銭感覚も対数関数的感覚であるとすると

そんなに難しく考えなくても、人間にはちゃんと満腹中枢がありますよ(笑)。
胃袋ではなく金袋を持ち歩いて物理的に現金を詰め込むようにすれば、自ずと意識改革するのではないでしょうか。

お金に関しては、満腹中枢が機能していない現実
雑草Z
    5.2のために17さん

 満腹中枢は大切ですね。仰るとおり、物理的に現金を持ち歩けば、お金に対する満腹中枢も機能するかも知れませんね。・・目に見える財産を沢山ため込む事をステータスシンボルと思っている金持ちも沢山いますね(笑)。
 5.2のために17 さんのご意見はごもっともですが、それは、ペーパーマネーや電子マネーの危険性に対する対策で、対数関数的金銭感覚の事とはまた別の次元ですね。
 格差是正の為には、金持ちに回る金を貧困層に回さなければならないと思います。それが次の記事の主題ですが、丁度4月9日アップ予定の次の記事の内容を先取りしたようなコメントです(笑)。

はじめまして
通りすがり
はじめて書き込みさせていただきます。よろしくお願いします。

人間の感覚が対数的であるという指摘は、心理学の「スティーブンスのべき乗則」「ヴェーバー・フェヒナーの法則」と関連が深いと思いますので参考にされてはいかがでしょうか?(すでにご存知かもしれませんが…あしからず)

またちょっと気になったのですが、幾何級数という言葉は決して死語ではないと思いますよ。数学・自然科学分野の論文検索でも大量に引っかかるので、まだまだ第一線の用語と感じます。(数学論文のヒット数に関しては「超幾何級数」によるところも多いですが)

指数対数は自然を表現するときの基本ですね。
雑草Z
    通りすがりさん

 はじめまして、こちらこそ宜しく・・・と、言いたいところですが「通りすがり」・・というHNでは、もうコメント戴けないかも知れませんね(笑)。以前にも同じようなHNの方からコメント戴いた記憶有りますが、「はじめまして」と言う事は違う方ですね?

人間も、おそらく他の動物も、視覚も聴覚も味覚も対数関数的でしょうね。これは、生物に限らず世界のつくりが指数関数的に出来ているからでしょうね。・・・不明瞭な議論ですが・・。
 さて、「スティーブンスのべき乗則」「ヴェーバー・フェヒナーの法則」と言うのは全く知りませんので、機会があれば読ませていただきます。対数的感覚と言うのは、昔から考えている事ですが、ある意味自明な事でしょうから・・線形関係と言うほうが特別な関係である事は、本文に書いた通りです。


>幾何級数という言葉は決して死語ではない

確かに死語ではないですね。表現が不適切かも知れませんでしたね。
大げさで紛らわしいので、死語にすべき表現とでも言い換えましょうか?
高校の教科書に出てくるように、
「等比数列」
と言えば済むものを、
「超幾何級数」なんて言われた日には、どんなに凄い数の概念なのかと恐縮してしまいます。(笑)
どうしてこんな表現を使うのでしょう?
確かに本文にもかいた通り
Geometrical Progression
の直訳ですが、英語のほうでも日本語のように
Equal Ratio Progression
とでも表現したほうが、よっぽど明瞭でしょう。
第一「級数」って、
「数列」の意味と「数列の和」の意味を混ぜこぜに使ってませんか?
 まあ、「幾何級数」のほうが表現的に重みがありましょうか?

 ×××× ×××× ×××× ×××× ××××

 本サイトは、環境問題、反経済成長のサイトですので、この本文のカテゴリーは【雑談】にしましたが、この手のお話は好きですので、またご指摘等あれば、宜しくお願いします。

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2008-04-01 00:12
 Xを入力変数、yを出力変数として、
 抵抗が一定のもとでの電流と電圧の関係のように、y=mX
 のような比例関係で増加するものって自然界には、殆ど見当たりません。
 比例関係でなくとも、比例定数 k がついて   y=mx+k
 の形の線形関係のものもあまりないでしょう。
 自然界に存在するものに直線はあまりありません。直線が人工的な感じがするように、線形関係って非常に人工的な関係の感じが致します。
   
 それに対して、指数関数
 y=a^x  の形って自然現象の基本の一つでしょう。
この形に増えるものの特徴は、増加率がそのときの存在量に比例するということです。この方がごく自然に理性的に受け入れられる増加の仕方でしょう。

 よくある例がバクテリアの増え方です。
 例えば、バクテリア1個体1時間あたり1回分裂して2つになるとします。
 はじめに1個体(バクテリアの数は、「匹」でも「個」でも変だから、「個体」にします・・笑)だったバクテリアは、1時間後に2個体、2時間後に4個体、3時間後に8個体・・・・10時間後に1024個体[=2^10・・・2の10乗]となります。20時間後には、1024の2乗で1048576個体[2^20=(2^10)^2]、1日=24時間後は、それに2を4回掛けて、16777216個 体です。
 つまり、バクテリアは24ステップで1600万倍以上に増殖するのです。
 
 生物は、食料と増える空間が十分にあり、生存環境が良好なら、このように増えるのが自然の摂理です。理に適っています。
 これに対して線形の増加というものは理に適っていないので非常に考えにくいでしょう。つまり、現在の個体数が1であっても10000であっても、1時間後の増加量が同じ数・・例えば1個体・・という事は、かなりの強制力がなければ起こり得ないでしょう。1ステップで2つに分裂する筈の10000個体のバクテリアのうちたった一つしか分裂しない訳ですから・・。

 つまり、指数関数的増加というのは、それぞれ1個体当たりの増加率が一定という極めて理性的な増加の仕方です。
 放射性元素の崩壊は、増加ではなく減少の例ですが、きれいに指数関数的に減少していきます。生物と違って、崩壊前の元素に、古い、新しい(若い、年とった)の区別がなくて、極めて確率的なだけであるところが面白いところです。

 もう少し高等な生物なら、雄と雌がいて、分裂ではなく、親の個体も生き残り、ある程度経つと死ぬというちょっと複雑な形になりますが、それでも基本形は指数関数でしょう。
 
 指数関数的な増え方をするものの特徴は、既に存在する量(個体数)に比例して増えていくものです。言い方を変えれば1個あたりの増加率が(確率的に) 一定と考え得るものです。だからそれ自体が自己増殖するもの・・生物はすべてこの例に当てはまるでしょう。・・・勿論食料とか空間とか十分にあって、生存環境も良好な場合です。

           ++++++   ++++++   ++++++   
 
 さて、生物以外に人間社会で指数関数的増加傾向のあるものが何かと考えてみます。

 先ず、自己増殖性を持っているものから考えます。銀行での預金(複利の元利合計)は勿論指数関数です。資本の自己増殖性からくる考え方でしょう。
 例えば工業資本、工場で大量生産をすれば新たな工場を作る資本が貯まります。それだけではなく、自己増殖性を持った工業製品も沢山あります。製鉄所が作る鉄鋼が新たな製鉄所も作るし、他の工業製品の部品も作ります。工場で作った製品で儲けた資本の使い道にもよりますが、その何パーセントを事業拡大に回すかを固定すれば、指数関数的増加になるでしょう。
 
 次に自己増殖性を持っていないものを考えます。自己増殖性を持っていないものでも、自己増殖性を持っているものに比例して増えるものは、指数関数的に増えるでしょう。
 例えば、食料の消費量は、指数関数的に増える人口に比例していますから、人口と共に指数関数的に増えます。
 金属資源や石油や石炭などの地下資源の消費量は、人口にも比例しますし、一人当たりの消費量も増えているので、(人口)×(一人当たりの消費量の平均)に比例するわけです。これも指数関数的増加傾向を持っている事になります。
 ゴミ、廃棄物の量も同様に、人口と一人当たりの消費量に比例しますから、指数関数的増加傾向を持っていることになります。 


 さて、ここで問題があります。地下資源の生産量は、指数関数的に増えてきましたが、地下資源は、生産と呼ぶのは間違いで、ただ、地下に眠っているはじめから存在する資源を掘り出しているだけです。言わば倉庫の在庫品を消費しているだけです。だから「消費」と表現させて戴きました。同様に、廃棄物の捨て場も、人口の広がりもみんな有限な地球で行われていることですから、指数関数的増加は、続けられる筈がありません。資本の自己増殖性などというものも、資源があってのお話です。資源に限りがあるのですから、資本の自己増殖性も、無限に続く筈もなく、頭打ちになるものでしょう。
 指数関数的増加は、バクテリアの増え方で見たように、時間の関数として、すぐに規模が桁違いに途方もなく大きくなり続けるのですぐに限界に達します。それが「指数関数的成長」と言う名の脅威です。経済成長は、前年比何パーセントで定義している通り、指数関数的成長を期待されています。工業資本だろうが、なんの資本だろうが、有限の土地、資源の有限の地球上で、指数関数的な無限の成長が出来る筈はありません。無限の指数関数的経済成長を期待している多くの人々は愚か者に違いありません。

 いや、指数関数的増加は一時的なもので、ちゃんと途中で成長はやめて安定する・・という学者も沢山います。・・・そりゃそうでしょう、有限の地球で指数関数的増加を続ける事は不可能です。間違いなくすぐに限界に達します。・・・安定に達した・・・と言うよりは、限界に達して、これ以上増加は物理的に無理・・と言うべき場合のほうが多いのではないでしょうか?例えば、現在の経済と人口の規模・・・20世紀あたりは地域によって、超指数関数的に増加した時期がありました。そして、現在はどう考えても行き過ぎです。・・恐いのは、行き過ぎてもなおいまだに成長している事です。『安定』するためには、大きなダウンを経なければならないのです。


 よくある話としてフランスにあるなぞなぞをちょっと改作してみます。
 あるところに池がありました。ある日、この池に悪性の睡蓮が数本生えていることに気づきました。翌2日目は睡蓮の数が2倍に増えていました。そのままにしておくとスイレンは毎日2倍に数が増える事がわかりました。(池を覆う面積も2倍になるものとします。)この睡蓮が池を覆い尽くすと池に住む他の生物を窒息させてしまいます。長い間睡蓮は、ほんの少しにしか見えなかったので、そのままにしておきました。50日経っても 池の0.1パーセントくらいしか覆っていませんでした。55日経って3パーセントほどになりました。それから4日後の59日目に池の半分を覆ってしまったので、慌てて睡蓮を抜く計画を立てはじめました。でもその翌日の60日目に睡蓮は池を覆い尽くし、池の生物は窒息して死滅してしまいました。
 もしも、池の面積が2倍でも、あと1日長く持つだけです。・・そう、2倍ごとに一日なのです。この池の面積の1000倍の面積の湖でも、さらにたったの10日で、睡蓮は水面を覆ってしまうのです。
 これが、指数関数的増加の恐ろしいところです。 増加率が目立ち始めたと思ったら、いきなり桁違いに増えて行きます。量が多いと気付いた時には、手に負えないほどの増加率になっている事がしばしばです。少し前には途方もなく遥か先に存在していた筈の限界をあっという間に超えてしまうのです。
 

    ××××  ××××  ××××  ××××  ××××

余談です。
 この記事の参考文献は一応

成長の限界  人類の選択[Limits To Growth /the 30-year Update]
 (30年アップ・デート版)
   Donella H Medows , Dennis L Medows , Jorgen Randers  著 
    枝廣淳子 訳

 です。

このシリーズなどや経済学の本には
私が用いた『指数関数』の変わりに、『幾何級数』という用語がしばしば使われています。
 私はこれには2つの理由で、違和感があります。
 
 先ず、『幾何級数』なんて死語ではないでしょうか?死語ではなくても、非常にレトロでレトリックな感じが致します。『等比数列』もしくは百歩譲っても『等比級数』と表現すべきでしょう。・・・『級数』は『数列の和』という意味です。バクテリアの分裂のときは、前の個体が別れて残っていないわけですから、『級数』ではありませんし、子供や卵を産む動物や種や胞子で殖える植物も、親の個体はずっと生き続ける訳ではないので、中途半端な『数列の和』でしょう。第一『級数』と言う言葉も『数列』と同意で使われることもある曖昧な言葉で、死語に近い存在でしょう。
”Geometirical Progression” もしくは ” Geometric Series”  を直訳したと言う事は十分に解りますが、何故敢えてこの分かりにくい死語のような言葉を日本の翻訳者達は使いたがるのでしょうか?


 続いて、何故『指数関数』でなく、『幾何級数(=等比数列)』を使うのでしょうか?
 勿論『数列』は、不連続分布に、『指数関数』は連続分布に用います。
そして、人口やバクテリアの数は、整数を扱っているので、厳密には連続関数ではありません。しかし連続分布に近似出来るくらい十分に大きな数を扱っています。先に挙げたバクテリアの例では、考えやすくするために全個体そろえて、1ステップ(1時間)毎に2倍ずつ増えたので、等比数列的発想ですが、実際は、バクテリアの分裂だろうが、人間が子供や卵を産むときだろうが、「せーの」で一斉に分裂したり、子供を産んだりしているわけではありません。少しずつ殖えるのです。バクテリアの例なら、0.5時間なら√2倍ずつ殖えるのです。・・・だから、数列で扱うのは非常に抵抗があります。放射性元素の崩壊だってミクロに見れば数えられる粒子の崩壊ですが、量として扱います。等比数列でなんか扱いません。指数関数で扱います。 

 以上、本題には全く関係ありませんが、私は『指数関数』を用いるべきだと思います。『指数関数』でなく『幾何級数』を用いるのは、ちょっと抵抗を感じます。
勿論、等比数列が、幾何学的視覚に訴えるだろうことは容易に想像がつきます。

何か特別な理由があるのが分かる方がいれば、教えて下さい。


 『成長の限界』には、この幾何級数的成長の部分で、もう一つ私が納得出来ない部分があります。それは、
「ほとんどの人は、成長とは直線的なプロセスだと思っているので、あっという間に非常に大きな数になる幾何級数的な成長に惑わされてしまう」・・・という一節です。
まあ、確かにそう言う面は否定出来ませんが、それは人間社会が数を定義し使いはじめた時に等差数列的に使いはじめたからであって、人間の感覚は、寧ろ等比数列、指数関数に対応する頭になっていると思います。この事について次回書かせて戴きます。
 つまり、指数関数的増加と言うのは、私ならずとも良く用いる原理で「成長の限界」などでも扱っていますが、次回は、その逆関数である対数関数についての人間の感性や社会に関する私の洞察を書かせて戴きます。
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【2008/04/01 00:12】 | 雑談 トラックバック(0) |


サーシャ・ルビニコフ
『成長の限界』やマルサスの『人口の原理』などでも指数関数的増加関数がよく扱われますね。
人口学者のジョエル・E・コウエン氏は、非常に悲観的な人で、『人類の未来は、レミングの行進(ネズミ科のレミングは個体数が増えすぎると海などに身投げして個体数を調整するといわれています。ただ、科学的な根拠はありません。ただ離散しただけとも言われています)かもしくは、ノアの大洪水によって一掃されるかのどちらかであろうか?
有名な叙事詩に出てくるように、我々は誰一人として生き残ってはいけなかったのだ』といっています。

私も個人的な意見としてはコウエン氏に賛同ですね。アマゾンの熱帯雨林の保護を訴える人や密猟を阻止しようとする人達には厳しい意見かもしれませんが、違法伐採や密猟をしなければ生きていけない人達が現に存在しているのに、ただ取り締まるだけでは金持ち達の戯言です。
人身売買も然りで、モルドヴァやアルバニア、チェチェンでは公然と人身売買が行われていますが、彼らには仕事もなくEUの移民規制によって国外に行くことも難しい現在で、彼らはどうやって生きていけばいいのでしょうか?
イタリアで五共和国(イタリアの北部五州の独立を目指す過激派組織)に所属しているアルバニア人は、人身売買を行ったとして逮捕された事件がありました。
その時に彼が言った言葉は、『お前らがリビングで砂糖入りのミルクを飲んでるときに、祖国では何人もの人が飢えで死んでる。血塗られてない砂糖なんてないんだ』だそうです。

大抵の人は、白か黒の二元論で解決したがりますが、物事はそんなに単純ではないと思います。
話が逸れてしまいましたが、言いたかったことは『人間とは真に合理的な生き物ではないから、たとえ正しいことを言ってもそれを実行するほど賢明ではない』ということです。


性善説ではいられませんね。
雑草Z
    サーシャ・ルビニコフさん

確か2度目のコメントですね。有難う御座います。

細かい事ですみませんが、
>『成長の限界』やマルサスの『人口の原理』
は、本文後半に書いたように
「指数関数的増加」ではなく「幾何級数的増加」を使ってますね。何故「指数関数的増加」を使わないか不思議です。
ついでにもう一つ、マルサスの論理では、食料増産は、等差数列的(線形的)と言っていますが、根拠のない事ではないでしょうか?不合理に感じます。お分かりでしたら教えてください。

 人間の指数関数的増加を理解すれば、コウエン氏のように悲観的に成らざるを得ないでしょう。ただし

>我々は誰一人として生き残ってはいけなかった

とは思いませんが・・。

 後半は、書きたい内容は理解しますが、今回の記事とはあまり関係のないコメントですね?

>『人間とは真に合理的な生き物ではないから、たとえ正しいことを言ってもそれを実行するほど賢明ではない』

は、その通りだと思います・。正しい事をすぐに実行していたら、これほど矛盾に満ちた世の中にはならなかったでしょうね。だから、持続可能な社会を築く事に楽観的ではいられません。 


sio_sh
幾何級数は算術級数の対義語(?)として用いられ対数を幾何級数に取ると算術級数に等しいわけで、ようは線型と指数関数の違いなわけですが、ここらの同値性が理解できるだけの数学力がない人間にとってはたしかに紛らわしいだけかも。まあわざとわかりにくく書くのは数学の常套手段です、昔から。昔はそういう難しい本を理解できる人間だけがついてこれて専門家になればよかったが、学力低下と数学の需要(ITや経済方面など)の増加でわかりやすい本が増えてきたんでしょう。

指数関数的成長だって微分方程式で定義することもできるが、ワンステップおきに計算すると幾何級数になるわけで、ようは表現様式の違いにすぎない。たしかに成長などという具体例あてはめれば無理がでてくるかもしれないが純粋数学として定義するなら微分方程式も級数も変わらない。オイラーの公式も級数と微分方程式の証明があるじゃないか。

たしかに地球は有限ですが、こういう話でなぜ地球に引きこもることが前提として論じられているのかがわからない。タイプ1文明では埋蔵資源を使ってるだけなのでドレイク方程式の科学文明の持続期間というのはタイプ1文明とタイプ2文明の以降において重要となるがここで失敗すると絶滅や大幅後退の可能性もある。

タイプ2文明は惑星間文明だが、これもキャパシティが増えるだけで太陽系内の資源やエネルギーも有限なので、恒星間文明を築ける壁を突破できない場合同様の問題が生じるわけですが。

Re:
雑草Z
>幾何級数は算術級数の対義語(?)として用いられ

余談の部分へのコメントですね。
「幾何級数」同様、Arithmetic Progression も「算術級数」と訳すのは、レトロでレトリックな感じがすると言う事です。「等差数列」と言う単純で感覚的にも勝る日本語があるにもかかわらず、死語のような直訳に私は違和感があると言ったまでで、主題とは関係の無い些細な「余談」の部分です。

>指数関数的成長だって微分方程式で定義することもできるが、ワンステップおきに計算すると幾何級数になるわけで、ようは表現様式の違いにすぎない。

 表現は違えど、そのあたりの事は本文にも書いていますよ。それらを踏まえての感覚的な余談です。    


>こういう話でなぜ地球に引きこもることが前提として論じられているのかがわからない

地球の重力圏から脱出するのには非常に大きなエネルギーが必要です。地球外から資源を運び込むには、EPR的に逆効果で、地球の資源の枯渇及び環境負荷を増やすだけでしょう。人類が他の惑星に移住するなんてのは、更に困難な事でしょう。もしも他の惑星に移住可能だとしても、それは限られた数の人間でしょうし、それも当分実現の見込みはありませんから、当分の間はこの手の議論では地球を閉じた系と考える方が妥当でしょう。



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2007-09-17 00:01
 幼い頃、銀行に貯金すると、お金を預かって管理してくれるだけではなく、手数料を取るどころか利息までつけてくれる事が不思議で、父親に尋ねたことがある。
父は答えた。
「そのお金を他の人に貸してもっと沢山の利子を取って、その差額を銀行は儲けるのだよ。銀行からお金を借りた人は、そのお金を使って事業をし、お金を儲けて銀行に利息をつけて返すのだよ。だから、銀行は親切なのではなくて、かえってズルいくらいなんだよ。・・それが資本主義というものさ・・」
・・・と・・・・幼い頃のアバウトな話で、少し違った会話だったろう。それで納得したのかしなかったのか・・、ただそんな仕組みで利子が入るなんて凄い事だと思ったけれど、なんか漠然としっくりこなかった記憶が残っている・・・

 後に大人になって、これが経済成長の大きな象徴であると気付いた・・・だから、素晴らしいと勘違いしてしまうのだろう・・・



 この幼い時の私の疑問に現在の私自身が答えてみようと思う。


**************************
 
 先ず、預金者からすると、利子がつかないよりはついた方がとっても得をしたように感じるだろう・・・高度成長時代と呼ばれた時代は金利も高かった・・・でも実際その高度経済成長時代は、銀行の金利よりも物価の上昇のほうがもっと高い「インフレ」状態で、貨幣価値は下がる一方で、銀行に貯金しても、実質は損してたのだけど・・・・

 お金を貸した会社が潰れたりして、銀行も損したりもしているのだろうが、結果として銀行が長い間生き残り、沢山の利息を儲けて”成長”し、預金者にも率の高い利息を払えると言う時代は、経済が大きく成長する事が前提だろう。・・・

 ある意味銀行は中間搾取業だけど、それは置いといても、こんなシステムが出来てからまだホンの数百年で、それだけでしっかりしたシステムだと考えるのは軽率だ・・いつまでもこんな事が続けられる訳はない。
 
 幼い頃の私の疑問は、勿論、持続可能な社会なんて想定しての事ではなかったけれど、銀行が存在して、高い利息が払える社会は危険である。地球の有限性を考えても持続不可能だ。

 銀行にお金を預けて利息を貰った者が得な気持ちになるし、貯金する気にもなる・・大きな魅力だ・・でも、それだけの為に、社会が持続出来ない方向に進んでいる。経済がどんどん膨らんで、仕舞には爆発するだろう。環境問題が悪化の一途を辿っている・・・。

****************************

 だから私が、幼い私に同じ質問を受けたらこう答えたい・・・

「利子が沢山貰えるのは銀行が危ない事をやってるからさ・・・社会の貴重な財産を使っているから出来るんだよ、一時的な事で、こんな事がいつまでも続くわけがないな・・・続ければ続けるほど、社会の財産が食いつぶされて環境が壊されていくんだよ・・・世界銀行なんてその代表・・・だから、お前がおかしいと思うのはごく当然の事さ・・・」 

 子供に教える内容としては不適切かも知れないけれど、その相手は自分自身だから教えたいように教えてよしとしよう(笑)

 持続可能な社会に移行出来るのなら利子なんて無くなくっても全然大した事ではない。移行措置としての役割をしっかり果たせるのなら、それが銀行のこれからの存在意義かも知れない。
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【2007/09/17 00:01】 | 雑談 トラックバック(0) |


コウタ (深紫)
この前銀行で利子が25円付きました。

飛行船再結成。
世界が動く!!


直@元楽器屋店員
滋味居・頁は指が動くのだろうか?
深紫再結成の時も二位の黒い金持ちが高速道路の星が弾けなかったんですよね。
それはともかくロバ後工場の歌声を期待してます。

このようなコメントを戴くと・・・
雑草Z
 続けてお二人から、本文の記事とほとんど関係ない(転がる?転がらない?)固い岩系のコメントを戴きましたが、お二人はお互い知り合いではないですよね??
コウタ氏のコメントを受けて直氏がコメントしたというところでしょうか?

 確かに私は飛行船マニアで滋味居・頁 中毒でしたが、今回見るかといいますと、その可能性はかなり低いと思います。・・今回は希望しても見れるものでもなさそうですが・・・

 飛行船が爆発した直後あたりからのファンなので、飛行船本体は見ていませんが、
 乗組員と言うか艦長の 頁は 河馬泥流 と一緒のときに2回、乗組員の 驢馬後 と一緒のときに4回程見ています。
 私は、かなりの白蛇ファンでもあり、泥人 河馬泥流 も大好きです。
 今世紀に入って黒烏と一緒に来日すると言う話のときも切符を買いましたが、頁は腰を悪くして来ませんでした・・・(笑) ・・嗚呼 幻の頁&黒烏

***********************

 このようなマニアックなコメントを戴くと、その手のサイトを立ち上げようか??なんて気になってしまいます。こうき氏に頼もうかしらん???


 コウタさん 
 初めてのコメント有難うございます。深紫の黒い金持ち が大好きなんですよね?!
 世界は持続可能な方向へ動いて欲しいものです。


 直さん
 初めてではなく、もしかしていつもはHN nao さんですか?? 元楽器屋店員との事ですが、いいですね!!好きな楽器はやはりギターですか?
 コメントの中の ”二位の黒い金持ちが”の、”二位の”の意味がよく分かりません。解説して下さい。
深紫に関してはそんなに詳しくないもので・・・・


PS
お二人とも重金属もお好きですか?

ご意見に同感です
小林一朗
いろいろ読ませていただきました。
雑草さん(でよいのでしょうか?)のご意見・ご認識に同感です。

よかったら、ぼくのブログ(日本持続可能社会新聞/あまり更新していませんが)に立ち寄っていただければ幸いです。

【環境問題の考え方】その1 エクセルギーの考え方とその用途
http://blogs.dion.ne.jp/p_e_a_c_e/archives/4114271.html#more
ここで、エントロピー論に加えて、散逸構造論の観点から環境の定常性について論じました。ページの下のほうです。

ニコラス・ジョージェスク=レーゲン その1
http://blogs.dion.ne.jp/p_e_a_c_e/archives/4722823.html#more
日本のエントロピー学会と交流の深かった、脱成長経済思想の元祖ともいえるレーゲンについて、数回書きました。

金利こそが、拡大再生産システムの根本原因なので、それを変えるために政治に関っております。そのことがわかっていた唯一の政治家が中村敦夫だったので、2004年に一緒に「みどりの会議」から参院選に出馬し、以降、後継団体の共同代表をやっております。脱成長社会の実現をめざしています。

散逸構造
雑草Z
散逸構造は、純粋にそれ自体、私にとって抗し難い魅力を感じます。物理の研究者だったら、最も研究したい分野です。
数年前に散逸構造の概念を提唱したイリヤ・プリゴジンが亡くなったニュースを偶然新聞の片隅に発見したときには感慨深いものがありました・・・・・



 小林一朗さん、ご訪問有難う御座います。
一朗さんのブログ<日本持続可能社会新聞>のご紹介の部分、訪問して読ませて戴きました。

>エントロピー論に加えて、散逸構造論の観点から環境の定常性について論じました

 環境問題の本質がこういう観点から論じられるというのは、私にとって幸運かも知れません。槌田敦さん系ですか?


 進化経済学、複雑系経済学の一派が、

>今後の経済学の主要テーマを持続可能性に置くつもりはからきし無いらしい

と言うのは困ったもんですね。愚か者達ですね。自然の摂理に対する洞察力、直観力がないのでしょうか?それとも学者としてのプライドのない単なる御用学者なのでしょうか?

 エネルギー保存則から、
>「使ったエネルギーですらなくなることはない」という思い込みがあり、そうした誤解が有限なる資源への慎重さを奪ってきた

そこまで馬鹿なのでしょうか?と言いたいところですが、現実にやっていることを見るとそう解釈するしかないですね。


初めて目にした『エクセルギー』と言う概念も興味深く読ませて戴きました。
あちらにコメント欄がないので、こちらにコメントさせていただきます。

例題の
>熱効率80%の電気湯沸器で15℃の水1kgを100℃に昇温した際のエクセルギー効率

についてですが、エクセルギーの計算は、投入するエネルギー445kJではなく、実質効率として使われるエネルギー356kJを用いるべきではありませんか?

> 0.124 × 445kJ = 44kJ 
 
では、数値的にも違いますね?単なる記述ミスでしょうか?
 
 さらに、その場合、エクセルギー効率は 実際の熱量計算は必要なく、
エネルギーとエクセルギーの相関係数 と 熱効率を用いて 0.124×0.8≒0.1
でいいですよね?

そこで、疑問と言うかしっくりいかない部分ですが、

>環境温度15℃、物体温度100℃のときのエネルギーとエクセルギーの相関係数(有効比)が経験的に得られており、その値が0.124

 有効比が経験的に知られているとは、どういうことでしょうか?この相関比0.124に論理的な裏付けがなければ・・・つまり計算で算出されなければ、このエクセルギーという概念は、物理量としては弱いものに感じます。如何お考えですか?


 今度散逸構造について色々語りたいものですね。最近の研究がどんなところなのかも教えてください。楽しみにしております。  

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2007-09-03 00:03
 隣町の柳津町では大きな花火大会があります。8月10日あたりです。花火大会は好きではないので日にちは覚えていませんが、この花火大会も憂鬱です。花火を見学する人だかりになるあたりに、密かな沢ガニの住処があります。この沢ガニの住処が踏まれたりして荒らされないか心配です。
 8月6日の午後にそこを見にいったら、丁度夕立ちの後で、コンクリの道まで大きめの沢ガニが出ていて、頼もしくも感じましたが、人に踏まれないか心配です。・・・・ 
 花火大会の後の8月13日、墓参りの後に現場に行ってみると、沢ガニの現場はゴミが散乱していて、沢ガニはとっても小さなのを数匹見つけた程度でした・・・

 気分が沈んだまま、家族と会津の奥の早戸温泉に行く事にしました。早戸温泉は、10年以上前は、おんぼろで、きしむ階段を下りて行って、茶色っぽい湯につかる、地元のご老人が入りに来る混浴の情緒ある(ある意味凄い)温泉でした。その後経営者の高齢か何かが原因で、町に経営が変わって、和風の洒落た感じに立て直された温泉センターになりました。階段のかわりにエレベータで下りていくところが情緒がなくてお馬鹿です。私は昔のさびれた感じの方が好きです。

 ・・・それは兎も角、その温泉の露天風呂に行くと、そこの外の只見川のダムの堰き止め湖の様な流れのない部分に、黒い固まりがいくつも浮いていました。・・・藻でしょうか?ヘドロでしょうか?大きさは、直径4mくらいまでの円形や、幅0.5~2mで、長さは、長いもので5mくらいの細長い形だったり、それが渦を巻いたり・・・。そんな塊がダム湖に小宇宙のように、30~50塊くらい浮いていたのです。
こんな感じです。


070813_1747~0001.jpg

070813_1745~0001.jpg




 これはなんでしょう?

 川の水も淀んで汚いのに、それに輪をかけてこの黒い塊で川が汚くなって嫌だなって感じました。・・・その時です。露天風呂の近くの塊が、マスゲームのウエイブのように、端から順に光っていきました。


070813_1744~0001.jpg

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「ええっ?」って立ち上がって覗き込むと、それは、沢山の小魚が端から順に跳ねているのです。・・・・そう、この黒い塊は、魚の群だったのです。一匹が、10cm前後くらいの流線型の細い魚です。ウグイか何か清流の魚でしょうか?それが何百、何千(何万までいくでしょうか?)と集まって、組織構造を作っていたのです。いやあ、吃驚です。
 観察していると色々楽しめました。一つの塊から、細い突起が伸びて、別のグループの塊にドッキングし、どんどんそちらの塊に合流してさらに大きな塊になったり、その逆に分裂したり・・・・飛び跳ねるのも、端から順にウエイブのように光りますので、全体として、一匹の大きなアメーバのような生き物に見えるのです。 
 露天風呂に一緒に入り合わせていた地元の方は、
「春の産卵時期は群れることもあるが、夏にこんなに群れているのは見たことがない。きっと鳥に狙わた時に、固まっていると自分が食べられる可能性が低いから、集団防衛として群れるのだ」・・・とか言っていました。
「鵜飼の鵜などが野生化して、ずっと西の方からやって来るのだ」とか・・・
 そして、
「温泉の近くにいるのは、人間が近くにいると鳥が寄って来ない事を知っているからだ、」とも言っていました。

 それは流石にないではないでしょうか?。さらに、固まっているより散った方が、捕まりにくいのではないか?・・とか色々考えました。・

 一匹が跳ねると集団でパニクって(?)次々連鎖的に跳ねるのだろうか?・・・とか、こういう魚で、集団心理を研究したら面白いだろうな?とか、意志がある魚の振る舞いと、無意志の分子・・例えば油の振る舞いも全体で見ると同じような形の動きがあって、共通点があるな・・・とか、色々、昔、統計に凝っていた頃、調べてみたいなと考えていたことなど思い出しました。散逸構造も調べたいな・・・・
    
 
 まあ、それらは兎も角、たとえ川の上流から集まって来たとしても、これだけの密な魚の群の塊か、40も50も出来るほどの魚が、只見川のこの周辺にいたことを嬉しく思いました。こんなに密な、こんなに沢山の魚の群を見たのは初めてです。魚の養殖場でもこんなに沢山の魚を見たことはありません。これが魚の危機的な状況なら困りますが、これだけの壮大な魚の群を見れたことが、今年見た光景の中でも、最も印象に残る光景です。
 また、早戸温泉に行って、この魚の群の塊を見てみたいものです。


     ※写真は、温泉を出てから外に出て撮影しました。  
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【2007/09/03 00:03】 | 雑談 トラックバック(1) |
2007-08-01 22:31
今回の参議院選は、年金問題が一番の争点でした。それと比べると憲法第九条改憲問題は、それほど争点になりませんでした。
そして、格差問題は結構争点になっていましたが、その対策をいまだに「景気対策」なんて事を言っている候補者がいるのには・・予想通りでしたが・・呆れました。格差問題は、富の分配の不公平の問題です。そう言っていた候補者も何人もいましたが、相変わらず「経済成長」が解決法なんてことを首相をはじめ、多くの政治家が言ってるのですから、低レベルです。それは格差を助長する可能性の方が高いでしょう。富の分配さえ公平にしっかりやれば、日本人は物質的に十二分に恵まれています。(恵まれているという表現は、不適切ですが・・・。)これ以上経済のために環境破壊のペースを早めるのは愚の骨頂です。富の分配の不公平の問題に限らず、解決法は、社会構造の改革しかないでしょう。現在の社会構造は破局に向かってまっしぐらです。持続不可能な事は、論ずるまでもないでしょう。(って、いままでこのブログでは何度も論じていますが・・) 
    
 選挙に限った事ではありませんが、こんな事やっているうちに、日本人、否、世界の人々は滅びるのでしょうね。古代文明が滅びた教訓が生かされていません・・・。

 今回の選挙では、はじめて後援会のようなもの(応援する会)に入りました。東京地方区から立候補した川田龍平氏です。去年ある会合で、丁度共に出席してお遭い致しました。その後、今年の1月に誕生パーティと言う名の東京地方区からの立候補表明の会に出席し、正式に応援する会に入りました。公示前の応援、戦略会議などは顔を出したりしましたが、しっかりと応援らしい応援はしませんでした。・・・・

 結果は、5人区の東京で最下位ながらも当選致しました。客観的に見ても本人のイデオロギーやスタンスがしっかりしていて、応援スタッフがみんな社会の事を第一に考えて無償で運動した事が功を奏したのでしょう。社会のことを本気で考える良識のある人物は、誠意を込めて運動すれば当選すると言う、選挙の光の部分を感じました。(実際は、ろくでもない奴も沢山当選していますが・・・)
遅ればせながら、おめでとう御座います。

 実名を公表して薬害エイズ訴訟に望み、苦節の末に国に謝らせた経験のある川田龍平さんは、厚生省をはじめ官僚機構の酷さ、杜撰さ、を熟知していて、官僚体制を一掃しよういう意志を感じられます。官僚を利用しようという他の多くの政治家とはスタンスを異にします。
 川田龍平さんと言えばどうしても、薬害エイズ訴訟のイメージから、医療、福祉、社会保障の分野で活躍すると思われます。
 確かにその通りなのですが、持続可能な社会と言う事に関しても、かなり意識の高い方です・・・そう言う団体に属していますから・・・その部分にも期待したいものです。
 タブーに負けず、本質的な環境政策を考えている方で、経済よりも環境優先は当然と考えている方です。
 ただ、日本のアル・ゴアになって欲しいなどと言う応援もありましたが、あんな言行不一致なパフォーマーにはなって欲しくはないと思います。(環境優先の契機になると言う意味ではいいのですが・・)環境問題の本質をしっかり捕らえて、怪しい環境対策を看破して、しっかり持続可能な方向を目指して欲しいと思います。
 個人的にはあまりお役に立ちませんでしたが、改めて御目出度う御座います。これからですね。 
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【2007/08/01 22:31】 | 雑談 トラックバック(0) |
2007-06-06 00:01
 小学校の5、6年生の頃、友達の家の裏山に、その友達を含めて3人でクリスマスツリーの為のもみの木をとりに行った事があります。のこぎりを持って行きましたから、
 もみの木の枝を切って来るんだな?そんな事して大丈夫なのか?
などと、子供心に心配したものですが、本物のもみの木にクリスマスツリーを飾った事なんてなかったので、期待感もかなりありました。
 裏山で、すぐにそこそこの大きさのもみの木を見つけました。太さ10cm、高さ3,4mってところでしょうか?子供だったので、大きく見えたけれど、実際はもっと小さかったかも知れません。でも、横に張った枝は、いわゆるクリスマスツリーの様ではなく、やはり木の先端がツリーにふさわしいと3人とも思った筈です。すると2人の友達は、その樅の木を下の方で切りはじめました。私も「こんな事していいのだろうか?」と思いつつも、交代でのこぎりを引いていました。
そして倒れた木の先端1m弱くらいの部分を切り取って、残りの部分は放って置きました。・・・私は2本目を切るには躊躇してあんまり大きい木はやめようと提案したくらいだったと思います。そうやって3本の樅の木を切り倒して、先端の1m弱くらいのところを3人それぞれ持ち帰りました。とんでもないことをするガキです。ちょっと心が痛んだものの、得意になって樅の木を持ち帰ったと思います。父や母も吃驚したけれどそんなに叱られた記憶はありません。椅子を逆さにしてそこに樅の木を縛りつけて、色々飾りつけました。クリスマスが過ぎて、年を越して春くらいまで持ったと思います。その後細かく切って穴を掘って焼きました・・・・。

 その時罪悪感があったから、今でも覚えていて、もうそんな事は2度としませんでしたが、今思えば、本来ならば父や母にもの凄く叱られるべきだったと思います。
「こんな事をしても大丈夫だった、大して叱られもしなかった・・・」と言う経験が、モラルハザードを加速するのではないでしようか?

× × × × × × × × × × 

 自分の小学時代の思い出の後は、もっと遡って
 福島県で、いろいろな企業を一族で経営していたある一族の長、はじめに財を成した人物の噂話です。確かな話ではありませんが、その人物の育った同郷の人物と言う人から聞いた話なので、あながち根も葉もない話でもないでしょう。どこにでもよくある類の話です。

× × × × × × × × × ×

 その人物は、ある町のチンピラでした。町をぶらぶらしては、ちょっとした悪さをしていました。そして金を儲けようと、高度経済成長時代に、会津の奥の山の木を何の許可もなく、勝手にどんどん伐採しては売り裁いて大きな財を築き上げました。
(会津の山奥って、現在世界一のブナの原生林がある所です。)
 そしてそれで儲けたお金を資本にいろんな会社を作ったり乗っ取ったりして、同族会社を大きくして、福島県の財界人になって行ったそうです。・・・こんな人物は、犯罪者、詐欺師のようなものでしょう。
 財を成した人が全てこのような人物ではありませんが、日本全体でもこんな感じの財閥も多いのではないでしょうか?
 アメリカだって、ヨーロッパだって、そんなモラルのない人物だからこそ財を成していった例が数限りないでしょう。どこが共産主義国だか分からない現代の中国の億万長者も、似たような事で財を成した人物が多数います。そして、このような人物が政治家と癒着して政治を行っている場合も珍しくないのが世界の今の社会です。・・・酷い話です。

× × × × × × × × × ×

 私がこの福島県の人物の話を聞いたのは15年ほど前の事で、その後何年かしてこの一族は、会社を追放されたとニュースでやっていました。・・・良かった事と思いましたが、こう言うことがないとモラルハザードは加速致します。
 
 勝手に山の木を切って売るような人物が世の中を動かして環境破壊をどんどん加速させている現実があります。これは大きなモラルハザードです。昨今ニュースを賑わしている多くの人物もモラルハザードである事が何と多い事でしょう・・・・木を1本切って、クリスマスツリーにした時点で、厳しく叱り、罰すべきです
     
 
 
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【2007/06/06 00:01】 | 雑談 トラックバック(0) |
2007-06-03 00:01
日本で最もポピュラーな虫、小さい頃、ほとんどの誰もが遊んだ虫は何でしょう?
トンボ?チョウチョ?それは捕まえたり観察するだけで、一緒に遊ぶというイメージではないでしょう。一緒に遊ぶならカブトムシでしょうか?でも男の子はカブトムシで遊ぶよりクワガタで遊んだ方が面白いのではないでしょうか?(虫にとってはいじめられている感じでいい迷惑でしょうね・・・苦笑)しかし、女の子にも人気があると言うのなら、てんとう虫でしょうか?

・・・・今まで挙げた虫は全部、虫の最高位に君臨すると言われている昆虫です。・・・・でも私が思うに、子供が一番遊んだポピュラーな虫は、同じ節足動物ではありますが、昆虫には属さないダンゴ虫ではないでしょうか?ダンゴ虫で遊んだことない人を知りません。いたら知らせて下さい!(笑)・・・ダンゴ虫に親しまない子供の時代が来たら嫌ですね。・・・都会ではもうそんな子供も増えているのでしょうか?
 団子虫は、自分で好きな昆虫を採取に行ける年齢になる以前からごく身近にいる頗る面白い虫でしょう。危険を感じると本当にまん丸くなって、指ではじくと転がっていきます。
 私は何故かその名前をかなり大きくなるまで知らずに、「マル虫」と呼んでいました。

 皆さんはダンゴ虫とワラジ虫の違いをご存じでしょうか?ある時期生物の分類が好きだった私は、同じ石をめくると一緒に住んでいたダンゴ虫とワラジ虫が、分類学上結構違うのに驚いた記憶があります。・・・それはさておき、私は幼い頃、ワラジ虫を、形のいびつなダンゴ虫と思い、ちょっかいを出しても丸くならないのを不思議に思い、指で無理に丸く閉じさせようとして、ブチッと節が割れた事があります。何度かやってみましたが丸くならずに節が割れてしまいました。・・・・知らないって怖いですね。・・・・それ以来、団子虫よりやや平面的な、上から見ると船形のこのワラジ虫を、私は「丸くならないマル虫」とか呼んでいました。ダンゴ虫の一種か奇形と思っていたと思います。

 ダンゴ虫は、遊んだことがない子供を探すのに苦労するくらいみんな子供の頃には接触する虫ですが、一方、ダンゴ虫が一番好きだという人は聞いたことがありません。石の下などにミミズやムカデやヤスデと一緒に住んでいて、何となく住んでいる所が汚いイメージで、「便所虫」なんても呼ばれるからでしょうか?     
 今でも結構至る所にいて、汚いイメージがあるので、好きな虫にあげる人はいませんが、もっともっと少なくて稀少価値があれば、こんなに面白い虫はかなり人気が出るのではないでしょうか?

 最近ちょっと驚いた事に、うちの近所の小学生の女の子がダンゴ虫を飼っているとの事です。ダンゴ虫を飼っている子供なんて初めて聞きました。ダンゴ虫さえもペットにする時代が来たのでしょうか? (って、私の知る限り一人だけですが・・・笑)20年くらい前でしょうか?カエルをペットにする子供が現れてそんな時代になったのか?とちょっと違和感を感じたものですが、今度はついに便所虫と呼ばれている虫の1種、ダンゴ虫をペットにする子供が現れました(笑)。でもこの子は、純粋にダンゴ虫が面白いからペットにしたのでしょうね。だって団子虫は本当に面白い、不思議でほのぼのする虫ですから。・・・虫のアルマジロです。ペットにする子供が、もっともっといても不思議ではありません。ダンゴ虫は、子供にとって実は隠れた人気ナンバーワンの虫でしょう!!


余談ですが、ダンゴムシとワラジムシの違いを載せようとフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を検索してたら、『ダンゴムシ駆除薬剤・・』なんてHPが載ってました。
 以前【蟻退治】でもかかせて戴きましたが、なんでこんなお茶目なダンゴムシを退治する必要あるんでしょうか?ダンゴムシ駆除の方法について真剣にアドバイス受けている掲示板等もあって唖然とします。庭の石の下にダンゴ虫がいて、時々その辺歩いたり家に入って来ただけで大騒ぎするのは愚かです。確かに気持ち悪いと言う見方もあるかもしれませんが、薬剤を使う必要は全くないでしょう。この人達は幼い頃ダンゴムシで遊んだことがないのでしょうか?・・・現代の日本人に増えてきた、清潔好き、虫嫌いにはうんざりです。うちの近所の小学生の女の子を見習って欲しいものです。



このブログは、環境問題中心に書いていきますが、これからも時々こういう雑談も書こうかと思います。
 
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【2007/06/03 00:01】 | 雑談 トラックバック(0) |


プードル
失って初めてその大切さというかありがたみ?というか…わかるコトって多いデスょね…(>人<)
確かに虫が苦手で出てくるとつい怖くて騒いでしまう自分がいます…

どのような虫が苦手ですか??
雑草Z
 連日のご訪問有難う御座います。

虫が出てくると怖くて騒ぐとの事ですが、虫にとっては自分達よりずっと大きくて危険な人間のほうが怖い筈ですよ。
 例えばどのような虫が怖いのでしょうか?
ま、まさかダンゴ虫や蟻???・・・まさかね??
 怖くないように訓練して下さいね!!!!なんて事ないです。

 ダンゴ虫や蟻がいなくなるようならもうそこは死の砂漠でしょうね。

ワラジムシとは知りませんでした。
おかっぱ頭
我が家の庭の腐葉土の中にミミズと共に棲みついているのはてっきりダンゴムシだとばかり思っていましたが、この記事を読ませて頂いた後、違っていた事が分かりました。次の日早速指でつまんだり手の平で転がしたりしてみたのですが、まったく丸くならないのです。
さすがにブチッとは・・可愛想で出来ませんでしたが・・これがワラジムシなのですね!初めて知りました。見た目はダンゴムシなのに!そうと分かればダンゴムシも見つけたくなり、あちこちの石を持ち上げてようやく見つけました。
確かに似てはいますが、比べてみるとダンゴムシの方が厚みがあり光沢もありますね。クルッと丸くなる様は大人でも楽しいです。
ミミズも面白いです。土の中に垂直にもぐっているミミズがいますが、土をどかした時のあの格好と言ったら滑稽としか言いようがありません。
蜘蛛の巣の美しさに見とれてしまう事もあり、狭い庭でさえこんなに楽しい発見があるのに、それを薬剤で断ち切ってしまうのは本当に愚かな事だと思います。



汚い虫のようですが、役割は清掃屋
雑草Z
 私が小さい頃家の周りには、ダンゴ虫の方が沢山いて、ワラジムシのほうが少数派だった記憶がありますが、おかっぱ頭さんの庭ではワラジムシが多数派なのですね。(笑)

 ワラジムシをぷちっとするのは無知な幼子でも気持ちのいいものではありません。チョッとした後悔があったと思います。

 なるほど、ダンゴ虫だけでなく、ミミズもお茶目なんですね。彼らを、汚いと嫌がる人も沢山いますが、逆に生ゴミや枯葉のはじめの清掃者、つまり、生物どうしのつながりから言えばはじめの分解者ですよね。必要な存在でしょう。

 蜘蛛だって、殺虫剤で殺すどころか、殺虫剤の代わりに、害虫の駆除にも使えますよね。安全な殺虫者です。

 言われて見て蜘蛛の巣を見たら、本当に美しい幾何学模様でした。蜘蛛の巣を美しいと感じた事は初めてです。教えて戴き有難う御座いました。

 化学薬剤の殺虫剤を使うことは、環境モラルハザードではないでしょうか?


 いつもほのぼのとする自然を愛でるコメント有難う御座います。新たな発見や感慨深いものがあります。
     

団子虫?
ラグナロク
団子虫? 確かにちょっと気味悪いとも思いますが、可愛くも見えますね。 そんな団子虫をなぜ毒薬で殺さないといけないのか放置すれば済むのに 
 正直な話、僕も過去団子虫を殺したことがありましたが、そのうち辞めました。
 この記事を読んで昔団子虫を殺したことをひどく後悔して自分はなんて可愛そうなことをしたんだと思い知らされました。
  いい記事ですね。 和みましたよ。

環境問題とはあまり関係ありませんが
雑草Z
 今回の記事は、環境問題のブログの趣旨に合わないかとも思いましたが、ダンゴムシを飼っていると言う子供の話を聞いて、自分も幼い頃遊んだ団子虫の事をかいてみたいと思って描きました。
 幼い子供は、虫と遊んで、殺してしまった事を後から後悔したりして、自然の摂理を体感していくのかも知れません。コンピュータゲームのようにリセット出来るものではありませんから・・。
 ラグナログさんお久しぶりのコメント有難う御座います。
「和みました」と書いて戴いたので、団子虫の事をかいてよかったと思えました。こちらもラグナログさんのコメントを読んで和みました。また時折、このような軟らかい記事をかいて見ようかと思います。

はじめまして
cantama
屋上緑化と無農薬栽培の研究をしている者です。
我が家の屋上ではダンゴムシがとても多く、今年は特に苺の被害が多くなりいろいろ探索していて立ち寄りました。
たしかにはじめのうちは気にならなかったダンゴムシくんたちも最近は目に余るようになり赤くなった苺はほぼ全滅状態です。ホームセンターで売っているニーム配合の天然虫除け粉を使ってみても私には効いても(アレルギー症状)虫には効果が少ないようでした、しかも二週間毎に使用となると金額もかさむし‥。
最近青蛙を放していますが、サイズからして食べるとも思えないのではたして自然界では天敵はなんなのかしら?
しかたがないのでつまんではザリガニ池に投げ込んでます。
なお我が家最寄のホームセンターにはダンゴムシ観察セットなるものが売っておりました。



屋上緑化と無農薬栽培なんて素敵です!
雑草Z
ようこそ、はじめまして!!

 ダンゴムシって害虫ではないと思ってましたが、苺の実を食べるのですか?そう言えば、子供の頃、低い苺の草の実についているのを見たような記憶も・・・!?

 >つまんではザリガニ池に投げ込んでます。
との事ですが、同じような事が私も思いつく方法ですね。
 ダンゴムシは動きが素早いわけでもないので、苺の鉢(屋上栽培ですから、鉢かなんかで栽培ですよね?)をどかして、箒で掃いて一気に塵取りででも取って、池に投げ込んで、壊滅とは言わないまでも、沢山駆除出来ないのでしょうか?
お役に立たないかも知れません。すみません。

 ダンゴムシ観察セットなんて売っているのですか??!!

青蛙を放してみたなんてのも素敵ですね。
 これが東京の屋上で行われているとは、素晴らしいと感激してしまいます。
ザリガニ池も屋上ですか?
 その屋上訪問してみたいものです。少なくとも写真を見てみたいですね。
都会では屋上緑化は素晴らしい利用法ですね。
その屋上で、無農薬栽培も研究なさっているのでしょうか?
 頗る興味があります!!!!
 

  

ダンゴムシ被害
あらら
こんにちは

うちもダンゴムシの被害が激しいです。

被害にあってるのは、花壇の「花びら」。
パンジー、ビオラ等の花びらが壊滅状態です…

早起きして、花壇を覗き込んでみたらいるわいるわ…
花びらに群がるダンゴムシ…
食べ終わった花のガクの中で二匹のダンゴムシがくっついて丸まってるのをみてイラッとして、片っ端から指で弾き飛ばしました(泣)

気長に指で弾き飛ばして下さい。
雑草Z
    あららさん

 はじめまして、ダンゴムシの被害って思いの他あるもんなんですね。
 でも、あららさんのように殺虫剤なんか使わずに指で弾き飛ばす程度で十分ではないでしょうか。
 「沈黙の春」ではありませんが、殺虫剤で虫を殺すのはかなり危険な事で、結局人間にとっても悪い影響のほうが遥かに大きいでしょう。だから、 あららさん、指で弾いて頑張って下さいね。

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2007-05-30 00:01
SF映画によくあるパターンとして、宇宙人が地球にやってきて、地球を征服しようとする映画があります。地球に円盤や宇宙船でやってきて、地球を攻撃したり、地球人を虐殺したり、奴隷にしたり、騙したり・・・こう言う映画を作るのは、ハリウッドなどを中心に欧米諸国が得意としてきたところでしょう。(日本などでもそんな映画があったでしょう。)

 1、2年前にそんなハリウッド映画のCMをテレビで見かけたときふと思いました。この映画を作っているアメリカ人達は、自分達(の先祖)がやってきた事と同じような侵略を映画にしているのではないでしょうか?
 そう、宇宙船ではなくただの船でアメリカ大陸にやってきたヨーロッパ人、アフリカにやってきたヨーロッパ人、アジアにやってきたヨーロッパ人、自分達を文明人と呼んだ彼等が、「未開の地」にやってきて、原住民の土地を奪い、虐殺し、騙して奴隷にして本国に連れ帰り・・・・。アメリカインディアン(NA)にしても、アフリカの先住民族にしても、その他多くの原住民にとって、ヨーロッパ人が行った侵略行為はみんな、宇宙人の侵略と同じように悲惨な事が沢山あったのではないでしょうか?

 宇宙人の侵略から、自由と独立と平和を勝ち取る戦いに挑む映画を作って、見てきた欧米人達は、一方で自分達より弱い民族を虐待し彼等から略奪を繰り返してきました。

 このような映画を作っている欧米人、見る欧米人・・・彼等のうちどのくらいの人が、宇宙人の侵略映画は、自分達の過去のパロディーだって気付いているのでしょうか?
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【2007/05/30 00:01】 | 雑談 トラックバック(0) |


チルドレン
あなたの言っていることは正しいと思います。       これからもいっぱい宇宙人の話を書いてください。          応援してます。

オモロいコメントですね。
雑草Z
 ご訪問&応援有難う御座います。?
 真意を量りかねるコメントですね。若しかして本物のチルドレンですか?
宇宙人の映画の事を書いたのであって、宇宙人は勿論比喩で、残念ながら基本的に宇宙人のことはこれからも書かないでしょう。

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2007-05-03 11:26
 かつて恐竜は、地上の王者のようにふるまっていたにも拘らず、滅びてしまいました。恐竜は体が大きかったけれど知能が低くて滅びてしまった愚か者のように言われます。恐竜が滅びたとき、すでに地上に現れていたという哺乳類は生き延びて、恐竜に生存競争で勝ったと言われています。そして、その頃はまだ出現していなかった人類は、その恐竜に勝った哺乳類の頂点に君臨しているつもりですから、恐竜とは違って賢いと思っている人が多いでしょう。誰が言い出したのか、一般にそう言われている事はよく耳にします。しかし本当にそう考えていいのでしょうか?

 恐竜と人間を客観的に比べてみたいと思います。
 人類は、恐竜が滅びたと言われる白亜紀末期(約6500万年前)にはまだ姿を現していません。どこから人類と呼ぶのかは、議論のあるところでしょうが、類人猿から人類が別れたのが1000万年前というところらしいです。現生人類である「ホモ・サピエンス・サピエンス」が誕生したのが、15万年前と言われています。さらに人間らしい歴史を持ってからは、せいぜい1万年と言うところでしょうか?
 まあ、多めに見積もって、15万年を人類の歴史と考えてみます
 その間に人類は体も少しだけ大きくなったようですが、特にここ100年くらいで一人当たりの消費エネルギーが一気に何百倍にも増えました。つまり恐竜ほど体が大きくないので、必要な活動のエネルギー(食料)は少なくて済む筈なのに、実際は活動に使うエネルギーは異常に増えています。異常繁殖して人口も持続可能な地球の許容量以上に増えています。


 恐竜は、三畳紀の始め(約2億5000万年前)から白亜紀末期(約6500万年前)まで存在したと言いますから、恐竜の時代は1億8000万年ほど続いたことになります。現生人類の歴史はせいぜい15万年ですから、人類の歴史はまだ恐竜の1000分の1程度です
 そして、環境破壊、環境汚染によって、人類が滅びる危機はこれから100年くらいが正念場ですから、結局人類の歴史は恐竜の歴史の1000分の1ほどで終わってしまう可能性がかなりあるわけです。
 楽観的に考えても、人類の歴史があと1万年続くとはなかなか考えられません。つまり、恐竜の歴史の長さの 0.1%を越えるのは、ほぼ無理でしょう。


 恐竜が滅びた原因もいろいろ考えられていて、まだ定説はないようですが、
隕石衝突説、彗星遭遇説、温度低下説など、外的要因によるという説がほとんどです。恐竜自らが原因を作ったと言う説はあまり見当たりません。周りの環境の変化についていけなかったから、順応性がなく、愚かだとも言われています。
 しかし、あれだけ巨大な動物が、人類の1000倍の期間生き延び、その間に、数が過剰になって食料不足になったりしたという話はあまり耳にしません。(勿論、揺らぎの範囲で、短期的、地域的には何度もあったでしょう。)。・・・それに比べて人類は、地球のキャパシティを越えて異常繁殖しています。食料分配も非常に偏っていて、飢えている人が10億人もいると言われています。このままいくと間違いなく食料不足は深刻になります。ここまで来て、本来なら絶滅の恐れを感じて早急な対策をするところでしょうが、まだ経済成長などと言うカルトまがいの事をのたもうている人類は、とても賢いとは思えません。と言うよりかなりの愚か者と言うべきでしょう。

 人類が滅ぶとすれば、この21世紀が最も危険です。滅ぶ原因も自ら作り出した環境問題によるでしょう。・・核戦争、核廃棄物汚染、森林伐採や化学物質の農薬などによる砂漠化等からの食料不足、・・・
 
 恐竜は、体ばかり大きくて、知能が低くて滅んでいったと言っている人類は、より小さな体なのに、恐竜よりも資源やエネルギーを浪費して環境を破壊しています。
 自らの作り出した環境問題によって、恐竜の生存年数の歴史の千分の一未満の歴史で幕を終えようとしている人類は恐竜より遥かに愚かと言わざるを得ないでしょう。

 

 ※過去の地上の歴史、地球の年齢だとか、恐竜の生存期間だとか、人類の誕生だとか、は、かなり大雑把な概数ですが、それでも私はあまり信じていません。これらの数字を、本当のこととして扱うのは抵抗があります。年代特定法は、厳密なようで実はいい加減です。だからこれらの数値は、一桁くらい違う可能性が十分にあると考えます。
・・・・それでも、人類は恐竜の歴史の長さを超えることは不可能でしょう。恐竜の歴史の1%も無理でしょう。
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【2007/05/03 11:26】 | 雑談 トラックバック(0) |

はじめまして。
RYO
ランキングからやってきました。僕は最初は経済発展なんかやめて、原始時代の生活に戻ればなんとかなるだろうと思っていました。でも本を読んでみると、「継続可能な経済発展」という言葉が出てきました。確かに今ある優れた技術は経済発展なしではありえなかったと思います。



環境問題の本質を掴んで下さいね。
雑草Z
 ご訪問とコメント有難う御座います。
「原始時代の生活に戻れば」と言うのは、中々大変ですが、持続可能なレベルまでは経済レベルを下げるべきでしょう。現在の経済成長神話はとんでもないものです。
「持続可能な経済成長論」は、今盛んに世界で論じられていますが、それは本質的に矛盾を内包しています。調べてみて下さい。このブログでも近いうちに取り上げる予定です。
環境問題は、かなりの似非科学が出回っていますので、それを見極める事が大切でしょう。


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2006-12-09 23:10
 残念ながら日本はこれから食糧不足がやってくると予想してます。これは今まで【食糧自給】のところなどで何度も述べています。食料自給率を100%に持っていく事は独立国家の当然の義務だと思いますが、その事については散々書いたので,今日は個人の庭の使い方について雑談させて頂きます。庭をコンクリートなどで固めたりするのは以てのほかですが、鑑賞のための手入れの大変な人工的な花よりも、庭にはもっと野菜や果実のような食べ物を植えよう!という雑談です。 
 私に花を愛でる気持ちはあまりありません。特に、あの、過保護に大事に大事に育てられた、花屋さんで人気のあるような華奢な美しさを誇るような大きな花は好きではありません。しかし、放って置いてもよく育つ雑草の可憐な小さな花は結構好きです。花屋さんには申し訳ないけれど、花畑なるものはそろそろやめるべきかな?等と思う今日この頃です。
 まあ、兎も角、「花より団子」ならぬ「花より果実」(って花が咲かなきゃ果実はならないけれど・・)をモットーに、果実と木の実と野菜と雑草の入り交じった昆虫等の虫が沢山棲み、鳥が訪れる雑木林のような庭が私の理想です。昔の田舎の、あまり手入れされていない庭って感じでしょうか?
 
 父が定年になって引き上げてきて、10年程前に私も合流した現在住んでいる家は田舎町にあります。父は花と芝生の、よくあるような小ぎれいな庭にしたかったようですが、私は、果実のなる木や草を植えてあとは芝生よりも雑草を!という感じで父の希望とは逆です。母は、「何でもいいから自分で世話しろよ!」って感じです。私は、手をかけなくてもよさそうな果実の苗木を数本植えました。現在父は介護施設に入っているので、庭は大体自分の思い通りに出来るのですが、ものぐさな私はほとんど庭はいじりません。
  それでも、自然農法の如く、果実の木に美味しい実は成り、芝生に混ざって雑草もはびこっています。私の理想の雑木林のような庭に近づいています。

 しかし、野菜を植えるとなると話は別で大変です。家庭菜園として、しっかり取り組まないといけないでしょう。・・・私を含め家族にそれをやれそうな人は見当たりません。母も最近庭いじりしなくなって来たし、・・それなのに今では、私の家の庭では僥倖としか言い様のない事が起こり、畑がつくられ、そこで育った野菜も食べているのです。

  この話題は「花より団子」ではないので改めて次回へ   <続く>
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【2006/12/09 23:10】 | 雑談 トラックバック(0) |

枇杷熟れ、桑熟れ、椋熟れて・・・。
天地 はるな
昔は、(といっても大昔ではないのですが)身近なところに、いろんな食べられる木がありました。

公園などにも、実のなる木を植えればいいのにと私も思います。
「少年に枇杷熟れ桑熟れ椋熟れてとどめにムベの熟れゐし昭和」
私の子どもの頃はこんな感じでした(^▽^)/

http://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/200505230000/

あちらこちらに実のなる木
雑草Z
 私の育った岩手県一関市の郊外でも、学校帰りに桑の実をとって食べたり、栗拾いをして、母が栗ご飯を炊いてくれたり致しました。友達の農家の家ではちゃごみ(俵ぐみ)や柿取りをして、沢山戴いたし、野山ではアケビや山苺を散々とりました。びっくりしたのは木になる干し柿でした。
 私も公園にも実のなる木があればいいなと思います。子供は喜びます。イチョウの木は沢山ありますけどね。銀杏取りは臭くて処理も大変で一苦労です。この前子供達と取ってきました。ただいま処理中。


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2006-11-19 00:54
 数年前まで在宅看護を受けていた父は、最近は介護施設に入りっぱなしです。毎週末にそこに子供と洗濯物の交換等にいきます。(近くなので勿論自転車で・・)はじめは面倒でしたが、今は毎週の習慣となっています。昨日も、日中に行って来たところです。
 老人介護施設は老人ホームのように老人達が生活していますが、老人ホームとの違いは、介護施設ですので、自分で歩いて生活するには不自由な方ばかりです。色々なことを忘れてしまって、あまりホームシックにもならず、家に帰りたいという方も少ないように感じます。

 それは兎も角、この施設の人たちが集まる広間の大きなTVで、時折、ニュース番組などで、諫早湾干拓だとか不正株取り引きの裁判だとか沖縄普天間基地移設問題とかやっているのを目にします。
 不思議な感覚です。ここにいる人達も昔はこんなことであくせくしたのでしょうか?老人ホームに入らなくとも、人は年老いると、幼少時代のように活動範囲も思考範囲も狭まります。広大な敷地も豪邸も株券も権力も必要ありません。ただのんびり余生を暮らせれば十分でしょう。淋しいことと感じるかも知れませんが、これを淋しいと感じることが現代人の捕らわれなのかもしれません。それで十分ですし、それが自然の摂理です。それなのに社会をわざと複雑に見せ、世の中をかき乱す無茶苦茶な人間達の営みのニュースをやっているのです。
 人間は年老いるからこそ若いうちに大きな花火を打ち上げたいのかも知れません。しかしとんでもない暴発をする花火を打ち上げる人々が沢山います。人の虚栄心や功名心を否定するつもりは御座いません。しかし、高々100年足らずの人生の為に自然が何億年もかけて作り上げた完璧な系を破壊し、ダムや原発や基地など巨大事業をして、戦争を仕掛けて人々の生活をかき乱して不幸に陥れ、何をしたいのでしょうか?こんな環境破壊をしてまで、栄華を極めるという目的、満足するという価値観は、自然の一部である人間の本質ではないような気がします。高々数百年の歴史の経済成長と云う価値観の中でそれが人生の目的と思い込んでしまった人々が増えてきたのでしょうか?こんなとんでもない事をした人々も年老いて、今までやってきた事が必要なくなるのでしょう・・というより始めから必要なかったのです。しかし後には大きな負の遺産が残されるのです。動物として持ち合わせている自然のバランス感覚が鈍り、等身大の自分達の姿が見えなかったのでしょう。彼らは他の人々の営みを邪魔して、時には絶って、自分の人生を総括せずに亡くなっていくのでしょうか?
 昔は老人ホームにペーソス等を感じていましたが、最近は、老人介護施設を訪れる度に、自然の摂理から外れたとんでもない愚かな事をし続ける経済界などが存在している事が不思議に感じます。
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2006-11-07 00:26
 お腹が空いている時に、食べると旨い。特に高級なものでなくても、納豆にみそ汁、白いご飯・・・粗食と云われている物や庶民的なものの方が実はおいしい。毎日空腹を満たす程度に美味しいものを食べているだけでも幸せな筈です。
 世界中には満足に物を食べれない人が10億人以上います。お腹一杯食べれるだけで本当に幸せです。他に何の贅沢を・・・

 自分の生活に必要な衣・食・住 しか望まない人は愚かでしょうか?
 
 現代人、自分達を先進国と呼んでいる不遜な人々は、
 『人間は、パンのみに生きているのではなく、人生には他の目的がある。』 
なんて言葉で夢とロマンの物質を求め、地球を破壊してきたのではないでしょうか?
必要な 衣・食・住 
 +α のためにとんでもない事をしている人
が沢山現れてこの悲惨な環境破壊が起きたのです。
 
 現代の絶滅の危機が『ある種の夢の達成』の結果です。
リゾート開発、大型公共工事・・・こんなとんでもなく酷い事をせずに、ただご飯を有り難く美味しく戴いて欲しかったと思います。 

 私の目標は、いつまでもみんなが美味しくご飯を食べれる事。差しあたって何十年か先にも、家のまわりに雑草が生い茂る草むらがあり、虫の声が聞こえ魚が泳ぐ里山があり、納豆とみそ汁でご飯が食べられる世の中だったら、満足
 そうならない可能性を大いに危惧しています。
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【2006/11/07 00:26】 | 雑談 トラックバック(0) |
2006-11-05 12:23
 福島県では前知事のゼネコン汚職事件を受けて新知事の選挙が始まりました。また、例によって選挙カーでの名前の連呼も始まりました。こんな選挙運動を恥ずかしく思わないのでしょうか?
 政策を話すのならまだしも、名前を連呼して、「お願いします」。の繰り返し・・。時々、やる気や熱意のある事をアピールする・・。立候補するくらいですから、善くも悪くもみんなやる気はあるのです。
 問題は、政策の筈です
 名前の連呼をすると言うのは、「サブリミナル効果」に近い狙いなのではではないでしょうか?「サブリミナル効果」は法律で禁じられています。多くの人が変だと思っている筈です。私などは、いつもエネルギーの無駄遣いだなと思っています。選挙カーでの名前の連呼は禁止にしたらどうでしょうか?騒音でやかましいと思っている人も多いでしょう。それくらい我慢出来るかも知れませんが、化石燃料は勿体無いし、若しこんな事で当否が決まるとすれば、不合理です(政治は不合理だらけですけれど)。選挙公報や、政見放送などだけでも十分な筈ですし、お金の掛からない選挙で公平です。
 財力のない候補は、県内隅々までは選挙カーによる名前の連呼は出来ませんし、ポスターも満足に貼れません。 

 昨日、とってもユニークな知事候補が、一人で軽自動車を運転して私の住む町に選挙運動にやって来て、色々ユニークな政策をスピーカーで訴えながらゆっくり走って行きました。かなり変わった事を言いながら走って行くので(しっかりした意見も沢山入っていました。)人が外に出て笑って見送ったりしていましたが、ずっと政策を話していました。
名前とやる気と「お願いします」の連呼よりもよっぽどいいと思いました。
 ちなみに彼は、TVの政見放送では、「♪だぁれのためでもありゃしない。みんなあんたのためなのさ♪」なんて古いアニマルズの曲を替え歌にしてところどころ挿入しながら、大変ユニークな政策を次々に述べていて楽しませて戴きました。賛成出来ない変な政策も沢山ありましたが、あまり政策を話さずにやる気と経歴などばかり話す候補者と比べるとずっといいと思いました。   
 
 去年のいわゆる郵政選挙の時、車で赤信号待ちのときに、この地区の自民党系の候補者の自動車が後ろからやって来て、しつこく候補者の名前を連呼しながら隣の車線に車を止めました。停車しても隣でがんがん名前を連呼してうるさかったので、その車のいる右側の窓を全開にして、丁度持ち合わせていた中で最も激しい JUDAS PRIEST の「名曲」をカーステレオのボリュームをフルにして、がんがん掛けました。すると、隣の車は、連呼をやめておとなしくなりました。こちらの車に危ない人が乗っていると思ったのではなく、きっと「名曲」に聞き入っていたのでしょう(笑)。ちなみに私は郵政民営化には反対だったわけではありませんが、車で名前の連呼だけをするような候補者には勿論投票しませんでした。(そうじゃない候補が、あんまりいないのが淋しいと思います。)そのとき掛けたJUDAS PRIEST は、”Painkiller "(鎮痛剤)という曲です。シチュエーションバッチリでした。


 今回の福島県知事選挙で最も残念な事は、
持続可能な社会を目差す事を目標に掲げた人が一人もいない事です。
日本はそういう意識が非常に低いと思います。国会議員には一人もいません。

しかし、各地方の議員の中にはポツリポツリですが
持続可能な社会を目指す方が現れている 
             事も嬉しい事実です。
 
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【2006/11/05 12:23】 | 雑談 トラックバック(0) |

私もそう思ってました!
社枯
確かにあれは、サブリミナル効果を狙ってるのではないでしょうか?!でなければ、名前と「よろしくお願いします」の連呼は何なんでしょうか?
正直うるさいだけです。もはや選挙活動と呼べるかどうかも危うい行為だと思います。名前の連呼だけだったら、燃料を浪費してまでやらなくていいです。
候補者たちは、何回名前を連呼できるかで競ってるのでしょうか。「よろしくお願いします」とか、「頑張ります」で人を簡単に納得させられると思ったら、大間違い……!ではないでしょうか??

名前の連呼を恥ずかしいと思わない輩
雑草Z
 名前の連呼で票を獲得しようと言うのは、何ともレベルの低い事です。それも、候補者が乗っていない車で、雇われたりした人が、ただマイクで名前を連呼するだけではなく、窓から手を振っている場合も多々あります。
 そんな行為を恥ずかしいと思わないような候補者に政治家になる資格は有りません。有権者は、最低、名前の連呼だけしている候補には投票しない姿勢を持つべきです。

 ところで社枯さんは、結構以前の記事にコメント下さいますね。古い記事まで読んでくれて有難う御座います。 

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