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2015-01-17 00:01



5,6年前からでしょうか。・・石川英輔氏の『大江戸シリーズ』を色々購入して読みました。中毒的(一つを読み終えるとまた他のが読みたくなる状態)に嵌りました。『大江戸えねるぎー事情』 、『大江戸リサイクル事情』、『大江戸生活事情』、『大江戸しあわせ指南』・・・・。この『大江戸シリーズ』にも同一作家の著作物にありがちな、どれを読んでも貫かれている思想の金太郎飴状態が観られます。大江戸シリーズの根底に流れる石川英輔氏の哲学に共感する私としては、この金太郎飴状態も含めて、大江戸シリーズを麻薬のように愛読してきました。(一人の作家の作品には、この金太郎飴状態は寧ろ大切なことでしょう。それが個性であり、そこに惚れた読者がファンになるのでしょう。著作物に限らず、音楽や美術、学術論文等などにも言える事です。)

石川英輔氏は、大江戸シリーズの前口上(プロローグ)などの中で、「決して江戸時代がとても素晴らしく、桃源郷のようだったと思っているわけではない。・・今も昔も地上に天国がある筈は無く、人間は多くの愚行を重ねて生きてきた・・・」のように述べています。そして、「現在の価値観だけが正しいわけではない・・」と間接的、消極的、そして控えめに江戸時代を肯定するような書き方をしていますが、その実、本編の内容は、現在よりも江戸時代のほうが賢かった・・・と言える実体をこれでもかと示します。そう、環境問題でも社会問題でも、江戸に学べば解決出来る事が沢山あると言う事、そして解決のために、新たな価値観を模索する必要はなく、江戸時代の価値観は十分に持続可能な社会を維持できた・・・と言う事が『大江戸シリーズ』の本のどれにも共通して流れています。そして、その理性的な洞察は、的を射ていると感じます。更に石川英輔氏の江戸に対する深い愛情も伝わってきます。
例えば『大江戸生活事情』のプロローグには、「明治維新は一種のクーデター政権だから、旧政府が悪ければ悪いほど自分達を正当化出来る。その為、過去の時代を一種の暗黒時代のように教えて、欧米を正しいお手本とする方針をとった。」とあります。これには目から鱗でした。なるほど、その通りだと思いました。
 「大江戸シリーズ」のどれを読んでも・・エネルギー事情でも、リサイクル事情でも・・・同じ事をするのに、確かに現代のほうが時間効率はいいのですが、一方現代は持続可能でない方法ばかりです。それに比べ、江戸時代のやり方は時間と手間は掛ったかも知れませんが、持続可能[sustainable]な手法ばかりです。
現在の政府が行っている(環境対策等の)政策の中で、江戸時代よりも優れている・・・と言い切れる政策は見出せません。
江戸時代のほうが遥かに優れていた・・・と言う政策はリサイクルでも省エネでも、交通でも、農業でも・・・いくらでも見出せます。現代の科学技術と言うものは、つくづく一面的で、中途半端で、デメリットの多いものだと痛感します。
現在行われている環境対策;エコ替え、ペットボトルなどのリサイクル運動、原子力をはじめとする石油代替エネルギーの大半・・・は、環境問題を解決するどころか、環境問題を悪化するものばかりです。「エコ」は「エコ」でもエコロジー[ecology;生態環境] 対策ではなく、エコノミー[economy;経済]対策だからです。日本に限らず現代の人々は、経済成長という愚かな主義に洗脳されて環境を破壊し続け、自分たちで自分たちの首を絞めている状況です。それに対し、江戸時代の人々の多くは、地球の循環に即した一種の理想的な持続可能社会を作っていたのです。江戸時代のほうが現代人よりも遥かに自然の摂理に通じていたように感じます。
現代の技術を全否定する積りはありませんが、破局に突き進んでいる現代社会は、どうしようもない対症療法的付け刃の政策を続けるのではなく、今こそ江戸に学ぶべきなのです。
江戸に学ぶべきことは非常に多いのです。「大江戸事情シリーズ」を全部制覇しよう・・・とは申しませんが、環境問題や社会問題を論ずる場合に限らず、誰でも、石川英輔氏が調べて描いた、彼のライフワークとも言える「大江戸(事情)シリーズ」の一つでも読んでみる価値は十分にあると思います。強くお奨めします。


余談ですが、石川英輔氏の小説家としてのデビュー作であり、出世作でもある『大江戸神仙伝』も大江戸シリーズの一つと言えるでしょうが、こちらは私がお奨めの「大江戸(事情)シリーズ」ではありません。ノンフィクションでは無くSF(恋愛)小説です。このタイムスリップものは続編などもあり、合わせて「大江戸神仙伝シリーズ」とも言えましょう。(他に『大江戸妖美伝』、『大江戸遊仙記』など・・)フィクションに対する興味が失せてきた私には、それほど面白いとは感じず、途中で読むのを止めました。(特にタイムスリップものは矛盾だらけであまり好きになれないものが多いのですが、そんな中では悪くないと思います。)高校、大学生くらいだったら、面白く読めるでしょう。・・・私もまたいつかトライしてみようかとも思います。(お奨めの文明論の一種とも言えるノンフィクションの「大江戸事情シリーズ」に対して、こちらのSF恋愛小説は「大江戸情事シリーズ」と言った方が語呂もいいし対応関係も完璧かも知れません。・・(笑))これまで私が石川英輔氏のSF小説の中で最後まで一気に読めたものは、【2050年は江戸時代】だけです。これは非常に面白く読めましたし、参考にもなりました。

 「大江戸情事シリーズ」は小説にしても、江戸時代の優れた知恵をここかしこで紹介していますので、そこは読みどころです。彼の作品を読むと、石川英輔氏は、つくづく江戸時代を愛しているものだと言うことが伝わってきます。そして、多くの現代社会の問題を解決するためにも、多くの人に江戸時代の優れた知恵、技術、文化、粋、・・・を紹介したいのだと思います。非常に共感致するところです。

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【2015/01/17 00:01】 | 書評 トラックバック(0) |

石川英輔氏
爽風上々
石川さんの本はデビュー作の「SF三国志」など読んだもののそれからはご無沙汰で、久し振りに大江戸神仙シリーズの一冊を読んだのですが、内容に反発を感じることもありあまり読まなくなりました。

エッセイシリーズがあるとは知らなかったのですが、図書館で探して読んでみようかと思います。

無批判に江戸時代は良かったというようなことを書いている人もいますが、その欠点も認識された上の姿勢のようなので読む価値はありそうに思います。

江戸時代に人口は約3倍に増えたようです。新田開発も盛んでさまざまな技術の発展もあり、また戦争のない状況が生産増加をもたらしたといえます。
矛盾はどの社会にもあり、それが噴出することもあります。今年の大河ドラマもなんとなく見ていますが、幕末の変革を求める志士と言われる人々の求めたものはなんだったのか、諸外国の中でやむを得なかったとは言え、間違った方向に突き進んだのかもしれません。

訂正
爽風上々
デビュー作は「SF三国志」ではなく「SF西遊記」でした。最近よく三国志関連のものを読んでいたのでなんとなくそちらを書いてしまいました。

地球の大きさ、日本の大きさによる制限
guyver1092
 さまざまな制限の中で、最大限太陽エネルギーを利用してきたのが江戸時代ですね。
 江戸時代の技術力による太陽エネルギー固定能力の範囲では、三千万人の人口を養うのも多少の余力があったようです。「貝と羊の中国人」によると、かなりの余裕があり、この余裕のおかげで明治維新の経済発展があったとのことです(槌田氏も同様なことをどこかで書いていました)。
 当然経済発展は、庶民の富を吸い上げて行われたので、比較的小規模な農民等は没落したそうです。また、環境破壊も進んで、足尾銅山鉱毒事件等が起きたようです。

Re:石川英輔氏
雑草Z
私は「大江戸神仙伝シリーズ」(別名「大江戸情事シリーズ(笑)」)を、中古で数冊購入し、そのうち2冊読んでみましたが、どちらも前のほうだけ読んで止めてしまったのは、大して面白いと感じなかったからです。(例によって、タイムスリップものの矛盾も嫌いですし・・)

爽風上々さんは

>内容に反発を感じることもありあまり読まなくなりました。

との事ですが、どんな部分に反発を持ったのでしょうか?興味があります。


一方、お奨めの、「大江戸事情シリーズ」は、私の紹介の仕方が誤解を招いたのかも知れませんが、エッセイではないと思います。学術論文のような固い書き方ではありませんが、読みやすく書かれた文明論(江戸時代と現代の比較)の類だと思います。比較文明論とも言えるのでしょうか?
 タイトルの項目の内容に関する江戸時代の紹介でもあり、データを調べ、現在と比較して考察しています。例えば、「大江戸えねるぎー事情」では、同じ作業をするエネルギー量を、石油の量に換算して比べています。江戸時代のほうは、人力も石油換算しています。(そうしないとほぼゼロJになってしまいますから・・。)文章には彼の思想も反映されてはいますが、エッセイや随想の類では無いと思います。江戸時代の余り知られていない知恵も様々紹介されていて、興味を持って最後まで読めます。大江戸神仙伝」のように眠くはなりませんでした。



Re:地球の大きさ、日本の大きさによる制限
雑草Z
>最大限太陽エネルギーを利用してきたのが江戸時代

そうですね。風力、水力から薪炭や人力に至るまで太陽エネルギーと考えられますね。それ以外のエネルギーを殆ど使わなかった事が、江戸時代の素晴らしさですね。

>この余裕のおかげで明治維新の経済発展があったとのことです(槌田氏も同様なことをどこかで書いていました)。

言われてみれば私も槌田敦さんの書物でそんな事を目にした記憶があります。江戸時代の余力は結構あったのですね!?・・・現代のほうが真の意味の余力は無いでしょうね。

>比較的小規模な農民等は没落したそうです。また、環境破壊も進んで、足尾銅山鉱毒事件等が起きたようです。

なるほど、明治維新以降、現代に繋がる環境破壊と格差問題が起こった・・・とも言えそうですね。・・とすればやはり明治維新は本当は日本にとって良くなかったのかも知れませんね。




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2014-07-29 00:00
成長の限界3部作の書評をこの春に書きました。この3部作のテーマ、主張は全て一貫していて大きな違いは無いので、前回当初は、三部作全部をまとめて書評を描こうと思いました。しかし、第1部成長の限界-Limits To Grouth の書評だけで十分な量になりました。だからそれを踏まえて、時系列に沿って第2部、第3部の書評を書く方が意味があると考えました。そして、何よりもう一度第2部、第3部を読みなおすことにも意味があると考えましたので、第2部 限界を超えて-Beyond The Limits 第3部 Limits To Grouth The 30-Year Update を再度熟読してからそれぞれ書評を書く積りでいました。
 実は、前回第一部の書評を書いてから、直ぐに第2部 限界を超えて-Beyond The Limits の再読を終えました。成長の限界3部作は、理に適った内容で、主張は熟知していた積りでしたが、再読の段階での新たな発見もあり(・・忘れていたのかも知れません・・・)部分的に新鮮な感覚を持ちながら読むことが出来ました。そして、この第2部だけでも1回の書評にするには多過ぎる内容だと感じて、書評を書かずにいました。しかし、このままではまた部分的に色々内容を忘れてしまいそうですし、機が熟した感もありますので、改めて、前作第1部 成長の限界-Limits To Grouth との比較の部分中心に簡潔に総論を書かせて頂きます。今回新たに興味を持った個別のテーマに関しては、また別な機会に折に触れて取り上げて行こうと考えています。

先ず、第2部 限界を超えて-Beyond The Limits- の 第1部 成長の限界-Limits To Grouth との決定的な違いは、この第2部が書かれた1,990年代には、既に「成長の限界」を超えてしまったと言う事です。つまり、タイトル、 限界を超えて-Beyond The Limits- は、行き過ぎてしまった現状を表していると言う事です。・・・それなら何故、その後も、経済も人口も、その他色々と、更に成長を続けているのか・・・と言う疑問が湧く人もいるでしょうが、その超えた限界とは「物理的に持続可能な限界速度」即ち、スループットが限界を超えたと言う事です。スループットが限界を超えても、暫くは成長を続けることは可能です。資源のストックと汚染物質のシンクの容量があるからです。スループットが限界を超えたと言う事は、ストックが減り続け、シンクに溜まった汚染物質が増えて、シンクの残り容量が減って来るという事です。その時・・・完全にストックが無くなるとき、完全にシンクが満杯になるとき・・・が近づいてくれば、人口も工業も経済も制御不可能な減退に陥るのです。
監訳者の茅陽一氏は後書きで、タイトル -Beyond The Limits のbeyond は、「限界を超えてしまったと言う意味であると同時に、人類は直面する「限界を乗り越えることが出来ると言う意味にとるべきであろう」と書いています。そこには条件として、単なる技術革新のみではなく、構造改革が必要だ・・・とは記されていますが・・・そのような漠然とした希望を提示しても、人間のオプティミズムを助長するだけかと感じました。(・・・「単なる技術革新のみでなく」と言う表現に、逆に技術革新にもかなり期待している感じが致しました・・・)そのような期待を抱かせるよりも、しっかりと正当な恐怖心を抱き、限られたストックがそこを突くまで、限られたシンクが溢れ出すまで・・・と言う限界を示して、もっと悲壮感を持って、直ぐにでもスループットを減らす努力をするほうが大切だと思います。・・・余裕はない筈です。

前作、第1部 成長の限界-Limits To Grouth が、『悲観論者の警告』と批判され、一連の批判的広告が出された時期もありました。そのような数々の攻撃を受けたことを意識して、第2部 限界を超えて-Beyond The Limitsでは、努めて前向きな姿勢、希望を示そうとしていますが、未だに経済成長を推し進めようとする政策決定者やそれを支持する人が多数派です。そのような連中は、シビアな現実に直面しなければ方向修正に同意しないのではないでしょうか?
前作、第1部成長の限界-Limits To Grouth では、最初に幾何級数的成長に関してしつこいくらいページを使っていましたが、この第2部 限界を超えて-Beyond The Limitsでは、最初に 行き過ぎ[overshoot]に関してページを費やしています。1972年に第1部 の成長の限界が発行されてから20年経って、オゾン層の破壊の場合のように、限界を超えた地点からの引き返しが出来た例などを示していますが(・・・オゾン層の破壊の問題は、まだ解決したとは言えませんが・・・)、殆どの問題は、1972年よりも悪化していて、次々と限界を超えている・・・と言った内容ですし、その為には脱成長が必要である事を述べていますが、最後は哲学的問題、道徳的問題、愛の問題に及んで締めています。この最後の総括に対しては、評価が微妙です。


本書でも、定量的な内容に関しては、予測不可能であるといい、定性的な事を見て欲しいと主張しています。確かに複雑系カオスの問題ですから、どんなシステム・ダイナミクスを用いようと定量的な予測は正確には出来ないでしょう。然し、逆に言えば、定性的な本書の結論は、システム・ダイナミクスでコンピューターを用いて解析しなくても、理性で判断出来る内容です。コンピューターの導入は、研究に信頼性を持たせる為の権威付けの道具としての役割があったのかも知れません。コンピューターは定量的な事を解析する事に大きな意味があるでしょう。・・・と言っても、複雑系カオスの未来予測は不可能でしょうが・・。

本書の研究内容、本書が提示した内容は極めて理性的で、納得のいく内容です。多くの人々が理解すべき内容です。しかし、結論や警告の仕方が慎重すぎる・・・と感じました。それから、研究スタッフは、信頼が置ける理性的な方々と感じましたが、この研究を依頼したローマクラブの面々や日本の監訳者などは、いま一つ信頼出来ない感じが致しました。

20世紀後半に、様々な物事のスループットが成長の限界を超えてしまったので、社会が安定した定常状態に移行する為には、先ずはダウン・・・縮小をしなければならないという事は、共通認識すべきです。その為にも本書は必読の書・・・とは言わないまでも、主題は理解しておくべきです。
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【2014/07/29 00:00】 | 書評 トラックバック(0) |

人間のオプティミズム
guyver1092
 マルサスの、「人口は食料の供給力を常に上回る速度で増加する」との警告を打ち破ったと賞されているポーローグですが、破滅の因子がそのように評価しているだけで、当人は人口抑制の必要性を十二分に認識し、人類には人口抑制の努力が不足しているとの考えでした。
 破滅の因子にとって、技術革新による、猶予期間の創設は、問題の拡大及び、事態の深刻化のための手段となっていますね。

Re:人間のオプティミズム
雑草Z
ポーローグ の名前は知らなかったので調べてみたところ、
小麦等の高収量品種を中心とした新しい農業技術を開発して緑の革命を指導した人物だったのですね。彼がどう考えていたかはわかりませんが、緑の革命によって、人口が増え続けても食料はその上で増産を続けられると考える事は愚の骨頂ですね。
 これまでここのサイトでは、緑の革命を批判してきましたが、化学肥料を大量に必要とする緑の革命は、経済成長には寄与するでしょうが、持続可能な社会を築く妨げになりますね。緑の革命こそ人類の浅はかさを証明する典型例だと思います。

余談ですが、 guyver1092 さんは日本を破綻に導こうとしている指導者達を
>破壊の因子
と呼ぶのですね。初出ですが、言い得ていますので、これからどんどん使われる表現になるのでしょうか。

Re:Re:人間のオプティミズム
guyver1092
 私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」です。技術革新は、享保時代前後の日本のように、時間稼ぎに使うべきと考えています。
 技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていないですね。
 ちなみに私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。今回は支配者と、それを支持する一般人を指しているつもりです。

Re:Re:Re:人間のオプティミズム
雑草Z
>私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」

私も全く同じ考え方です。私の緑の革命に対する評価を的確に表現して頂いた感じです。有難う御座います。

>技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていない

これまた、現代の技術革新の本質を突いてますね。私が現代偽っ術に抱いていた懐疑、ネガティブな評価をズバリ表現して下さっていますね。
この事を主題に記事を書きたいとずっと考えていました。guyver1092さんのこの主張を、結論として、描いてみようと思います。感謝致します。

>私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。

了解です。その方がより広範囲に用いることが出来ますね!

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2014-03-17 00:12
成長の限界 3部作
成長の限界 The Limits to Growth 1972年
限界を超えて Beyond The Limits1992年
成長の限界 人類の選択 Limits to Growth The 30-year Update 2005年


を全て読み終えての書評を書こうと思います。最初に購入したのは、最新の第3部『成長の限界 人類の選択』でした。2007年5月に、東京三省堂書店で、非常に気に入って購入しましたところ「成長の限界」の続編である事が分かりました。何度も読んだ名著『暴走する文明』と共に購入致しました。そして同じ年の10月に、第2部、『限界を超えて』を購入しました。これまた非常に名著だと感じているデヴラ・デイヴィス著『煙が水のように流れるとき』と共に購入致しました。振り返れば、どちらも、同時にかなり気に入って、その後繰り返し読む事となる、自分の中での不朽の名著と共に購入した事になります。
読書の遅い私は、実際に読み始めたのは年が明けた2008年1月で、考えた挙句、第2部の『限界を超えて』を先に読み、それが読み応え十分で、もっと読みたいと感じたので、引き続いて同じ1月に『成長の限界 人類の選択』も読み始めました。

元々の第一部、『成長の限界』は暫く購入しませんでした。理由は、当然この手の内容は新しい方がいいに決まっていると思ったからです。実際第一部は一番薄く,装丁も活字も古っぽく、あまり読む気になれませんでした。しかし一方、この第1部こそが発表当時、最も世界にセンセーションを巻き起こしたと思われ、かつ発表当初は第2部以下を作る予定でも無さそうだったので、歴史的意義と当初の内容がどうだったか、そしてよく言われる「『成長の限界』の予言は外れた」というような批判に関して、検証したかったから購入を決めました。・・・・続編を読んで感じていた事は、「予言が外れた」も何も、そんな予言はしていない筈だと思っていましたから・・・第3部を購入してから既にかなり経ちましたが今年の1月にやっと第一部を読み始めました。そして3月に2度目も読み終えました。

3部作を読んで改めて、「一冊だけ読むならどれを推薦するか?」と問われれば、最新の現状を踏まえて描き、シミュレーションも最新になった最新版の第三部『成長の限界 人類の選択』と答える事になると思います。しかし主張的には第1部の『成長の限界』でも殆ど変りませんから、現代人はどれか1冊は読む必要があると強く思います。そして、3部全て読む事もそれはそれで意義が深いと感じました。(枝葉末節的な事ですが、ちょっと皮肉に感じた事は、成長の限界3部作の本自体も、第一部から第2部、第3部と後になるにつれて段々と厚く、ページ数も増えて「成長」している点です・・苦笑。)

3部作3つ読んでの総合的な書評を書こうと思ったのですが、第2部と第3部は読んでから久しく、具体的な内容は忘れている部分もあるので、書評を書くには、もう一度読み直す必要があると思いました。なので、以下、今年になってから2度読んだ、第一部『成長の限界』の書評を簡潔に書かせて頂きます。

本書の前半は、「幾何級数的成長」に関して、これでもかとばかりにしつこく書かれています。「幾何級数的」という死語に近いわかりにくい言葉を用いたのは、原本を直訳したからでしょうが、「等比数列的」若しくは「指数関数的」と言った方が分かり易いでしょう。高校の数学程度で十分に理解可能な「等比数列的成長」を(読者を無知扱いするように)ここまで長くしつこく書かなければわからない事では無いと思いました。だから個人的には端折って読みたいと感じた一方、ここまでしつこいのも「あり」かとも思いました。何故なら世の中の「成長」はリニアな比例関係みたいなものは人工的なもの以外には殆ど無く、実際は次の成長が現在の量に比例する事による「等比数列的成長」をするのが理に適いますし、実際限界に近づくまでには指数関数的増加が普通に観測されます。(有限性を考えれば「ロジスティック関数」ですがその事に関してはまた別の機会に述べたいと考えています。)兎も角、「幾何級数的成長」が世の中を直ぐに「成長の限界」に導くという事が本書の主題でした。だからこの薄い第1部は、もっと薄くしようと思えば出来た筈です。本書はこの主題から、非常に重要な結論も導いています。それは、多くの人々がいまだに盲目的に頼りにしている、技術革新では、破局を防ぐというよりも、寧ろ単に破局の時期を少しだけ遅れさせるに過ぎないという結論です。シミュレーションでもその結果を示しています。この事を大きく評価できます。・・・ただ、残念な事は、この「先延ばしによって、解決策を模索する時間的余裕が生まれる」みたいなことも書かれています。個人的には、その時間的余裕は、問題を先送り、肥大化してもっと深刻な事態になる筈だと考えます。
原子力に関してもあまり否定的には述べていません。1972年の著作ですから、仕方が無いのかもしれませんが、「若しかしたら、エネルギー危機を救える技術になり得る」ような雰囲気にはがっかりです。先見の明がなかったようです・・・但し、放射能や放射性廃棄物のリスクに関しては言及しています。

本書は、1970年代に開発されていたシステム・ダイナミクスと言う方法によって、世界モデルを構築し、コンピュータ・シミュレーションを通して記述しています。システム・ダイナミクスとは簡単に言えば、構成要素各間の複雑な絡み合い、相互関係、フィードバック関係を考慮したモデル化です。現在はもっと進化して普及したコンピュータ・シミュレーションの方法かと思います。このコンピューター・シミュレーションの最も優れた点の一つは、定量的な記述だと思います。「成長の限界」では様々なシミュレーションを行ってはいますが、定量的な事に関しては、かなり慎重に記述されています。即ち、初期条件やシステムのパラメータで大きく変わるから、定量的な事は当てにはならない、結果として定性的な事に着目して欲しい・・・と繰り返されています。私も未来予測に関しては、定量的な事は当てにならないと散々指摘してきましたが、(CO2温暖化がその典型例です。) 実は本書が指摘している定性的な事は、コンピューターが無くても十分に予測可能です・・・と言うか、コンピュータに初期条件等を入力する段階で大体見えていた筈です。・・・人口や資本の「等比級数列的成長」は必ず破局を迎える・・・技術革新があっても、資源が現在の可採埋蔵量の数倍になろうとも、根本的解決にはならず、破局を数十年先延ばしするだけ・・・と言った結論は、コンピュータ・シミュレーションに頼らなくとも理性で考えれば明らかでしょう。
やはりコンピュータ・シミュレーションの大きな役割は定量的な事・・・と考えますが、現在のコンピューターですら定量的な未来予測は当てになりませんから、1970頃の全地球の世界モデルの定量的な事は確かに当てにならなかったでしょう。・・・それでもコンピューター・シミュレーションを主張の根拠にしたのは、人々の支持を得る為にテクノロジー神話に頼ったと言えるかも知れません。定量的な事に関しては殆ど断言を避けていますが、一つだけ繰り返し述べている定量的な予言らしきもの[推定]は、人類自らの意志による「成長の抑制」が無い限り
「今後100年以内に地球上の成長は限界に達し、人口と工業力の突然の制御不可能な減退が起こる」と言う事です。
この本が発表されたのは1972年ですから、今後100年以内とは、2070年までと言う事になりましょう。だから巷で批判されているような「成長の限界の予言は外れた」と言う書き込みなどは、まだ結論が出ていないので外れたとは言えません。言いがかりに過ぎないと言えましょう。
唯一、序論の扉に記された、当時の国連事務総長ウ・タントの言葉、
「軍拡競争の抑制・人間環境の改善・人口爆発の回避・および開発努力に必要な力の供与を目指して世界的な協力を開始するために残された年月は、おそらくあと10年しか無い、このような協力が10年のうちに進展しないならば、私が指摘した問題は驚く程度までに深刻化し、我々の制御力を超えるに至るであろう」
と言う1969年の発言が、外れた予言と言えるかも知れません。(・・『開発努力』は要らないどころか、逆効果かと思いますが・・・)しかしこれはあくまでウ・タント氏の引用であって、本書で「予言している事」ではありません。それにこれすら「外れた」とはまだ言えません。成長の限界の行き過ぎはシステム固有の遅延・・・例えば、化学物質の人間や動植物などへの影響は、化学物質が放出されてから、生体内に取り入れられて食物連鎖によって生体濃縮されて悪影響が出るまでにはかなりの時間的な遅れが生じます。・・・の為にもうとっくに人間の制御力を超えてしまっているのかも知れません。

『成長の限界』に対するもう一つのネガティヴな意見は、成長の限界をMIT[マサチューセッツ工科大学] 研究チームに依頼した「ローマ・クラブ」の存在です。
本書の最後に、「ローマクラブは1970年当時の会員数は約70名で、現に政府の公職にあるものは含まれず、いかなるイデオロギーにも偏せず、特定の国家を代表するものでもない。」
とありますが、このクラブの設立に大きな役割を演じたのは、ヨーロッパ財界の有力な国際派、イタル・コンサルタント社長であり、オリベッティ社の副社長・フィアット社の重役を兼任していた人物と記されていますから、財界主導の胡散臭さも感じます。更に、日本からは、東大教授・日本経済研究センター理事長・経済団体連合会会長・関西電力会長・東京電力会長・日立製作所会長・・・等がメンバーとして招請を受け、参加していたとのことですからかなり原子力ムラの主要構成員と似てます。「経済優先」策に走りそうな連中ばかりが主要メンバーです。彼らよりももっとまともなメンバーが構成員であったら、「幾何級数的成長の脅威」が現在もっと世界の人々の間に浸透し、もっと脱成長の方向に進んでいたかも知れません。そうならば残念な事です。
・・・しかし、その依頼先であったMITのチームは、当時、システム・ダイナミクスの研究が最も進んでいて、当時の最高レベルのスペックのコンピューターを使えた事でしょう。そして、MITのDennis L Medows 博士達の研究チームもいい研究をしたと感じます。その研究結果の報告にもなっている「成長の限界」は、理に適った非常にまともな「洞察・結論」を出しています。私は、本書に関して、これまでの議論では、色々文句も付けてきましたが、個人的な総合評価は全然低くはありません。40年以上も前に書かれた書物ですが、その理念は今も古くはなっておらず、私の評価は「不朽の名著」です。本書には、まだまだ「名言」や興味深い内容が書かれていますので、折に触れて紹介したいと考えています。
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【2014/03/17 00:12】 | 書評 トラックバック(0) |

ワールド3
地下水
 私は子供用の地球のなおし方で、ワールド3のシミュレーションを見ましたが、やはり工業経済が等比級数的資産運用である限り、どの条件のシミュレーションでも今世紀中に、特に2060年頃からハードランニングせざるを得無い様です。
 工業による資源や地下水の枯渇と土壌汚染、工業的農業による森林資源の減少に伴う土壌の貧弱化が、裏の原因として続くからでしょう。
 エアコンと自動車の生産使用を制限し、建物の保温性を向上し、一子制の世界人口計画を施行し、広葉樹林を再生拡大して藻場を再生するなど、強い対策を世界に強いて、少しでも土壌汚染と破壊を和らげるしか無いようです。
 成長の限界は定量的に限界と対策の効果を明らかにした意義はありますが、地球白書の様に原因や対策の詳細を深めていない所に今後の課題が残ります。

技術革新
guyver1092
 技術革新で出来た余裕を有効に使えば、確かに時間稼ぎにはなるでしょうが、人間の業と言うべきか、根本の対策は取られた例がほとんどありませんから(ティコピア島、日本が数少ない例)、おっしゃるように問題の肥大化にしかなっていないのは歴史の事実でしょうね。
 現代日本が、もっとも見えやすいですから、現在、問題が爆発寸前と感じます。感じているのは私だけではないでしょうが。
 MIT研究チームはやはり、学者という職業柄、技術に希望を持ってしまうのでしょうかね。

Re:ワールド3
雑草Z
子供用の本、ビデオなどで、成長の限界を教える事は大切ですね。「子供には夢を与えたほうがいい」といいますが、実現不可能で文明を崩壊に導く「経済成長し続ける社会」を教え込む事こそ最悪だと考えます。そんな事を「夢」と教え込む社会は愚かですね。成長の限界を教えれば、夢が無くなるわけでもないし、しっかりした制限の中にも夢はいくらでも抱けますよね。

ワールド3は『成長の限界』で使用されたシミュレーションモデルですから、それが導く結論は『成長の限界』と同じですね。

>工業経済が等比級数的資産運用である限り、どの条件のシミュレーションでも今世紀中に、特に2060年頃からハードランニングせざるを得無い

例え技術革新があっても、新たに資源が開発されても、本文中にも書きました通り、それは限界を先延ばししただけで、根本解決にはなりませんからね。寧ろ問題の先送り、肥大化です。この事はシミュレーションしなくても理性でわかる部分でもありますね。ワールド3のシミュレーションならではの結論はやはり、

>2060年頃からハードランニングせざるを得無い

と言う定量的な部分でしょう。この事はしっかり受け止めるべきだと思います。

>エアコンと自動車の生産使用を制限し、建物の保温性を向上し、一子制の世界人口計画を施行し、広葉樹林を再生拡大して藻場を再生するなど、強い対策を世界に強いて、少しでも土壌汚染と破壊を和らげる

一刻も早くこのような政策にシフトすべきですね。アベノミクスのように「経済成長を再び」のような愚かな政策は、成長の限界に到達するのを早めるばかりの逆効果、最低の愚策です。

>成長の限界は定量的に限界と対策の効果を明らかにした意義はありますが、地球白書の様に原因や対策の詳細を深めていない所に今後の課題が残ります。


なるほど、貴重なご意見有難う御座います。成長の限界3部作では、それぞれに対策等も述べられていますが、確かに具体的では無いかも知れません。(世界全体を記述し、個別な具体策には触れない方針だと思います。)原因に関してもあくまで地球全体での概況ですが、マサチューセッツ大学の開発した同じワールド3のシミュレーション結果ですので、その内容の紹介の範囲とそれを受けての意見が異なるのだと思います。「地球白書」「地球のなおし方」も参考に読んでみた方がいいかも知れませんね。ご紹介とご意見、有難う御座います。


Re:技術革新
雑草Z
現代人は、技術革新を誇大評価し過ぎる嫌いがありますね。

>技術革新で出来た余裕を有効に使えば、確かに時間稼ぎにはなるでしょうが根本の対策は取られた例がほとんどありませんから

>問題の肥大化にしかなっていないのは歴史の事実

そうなんですよね。おっしゃるように、技術革新によって、限界に挑戦するような無謀な事ばかりやって、明らかに問題を先送りし、肥大化しているのに、それが評価されているからぞっとします。その典型例が食料問題で、緑の革命など、最悪の例だと思いますが、関係者はノーベル賞などを貰っています。愚かな対策と言うだけでなく、利権なのでしょう。

>MIT研究チームはやはり、学者という職業柄、技術に希望を持ってしまうのでしょうかね。

いや、彼らよりもローマクラブのメンバー(財界人も含まれている)の中に技術革新に希望を持っている連中がいたように感じます。後書きのほうに書かれています。
私よりは、技術革新に希望を持っているとは思いますが・・(笑)
成長を止める事に対する各界からの批判を想定して、予測と言い回しは非常に慎重です。その結果コンピューターシミュレーションの結果を用いなくても理性で説明出来る記述が多く見受けられます。多数の人々に「正当な恐怖心」を持って貰う事こそ本書の役割だとも思うのですが・・・

不安を煽り 儲ける
団塊親爺の遺言
全国の梅の樹が全滅 疫病とかウィルスとか?

家畜にも 変な病気が・・ 最近はこんなニュースが
聞こえて来ます 何か一つでも成長が有れば素晴らしい
社会に成っています 薬剤企業や政府は疫病とかウィルスが
原因とし対策に苦慮しています 今、解決策は無し・・

日本の農業のレベルはこんなものです

画一的な管理 それらを食べる私たち
食べるものも病気なら それらを食べなければ生きられ無い
私たちも同じです 車や電化製品の進歩は認めます

   しかし食べ物は 退化しています

もう薬剤無しの無農薬の食品は近くには見当たりません
ホルマリン漬けの様な 食べ物しか在りません
幼い子供たちは本能的に食べないものです

薬剤に負けないウィルスが蔓延り 打つ手がありません
薬剤メーカーと政府は結託し利益の分配です

今 無農薬や無肥料で作物を造る人が増えています

自然に任せる 自然の恵み 本当に旨い これが幸せ

こんな今の薬剤だらけの食べ物は要らない

自家採種の種 手に入りました 早速、撒いてと・・
これは 成長とかでは無く 当たり前の事ですよね 

  

Re:不安を煽り 儲ける
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 自家採種の種を手に入れたのですね!?昔は当然だった自家採種の種も最近は入手しずらくなりました。種は、固定種で自家採種が当然と考えられますが、それが難しい世の中ってかなり狂っていると思います。
団塊親爺の遺言さんはどこから自家採種の種を入手されたのですか?・・最近の大規模農家は殆ど自家採種はしないようですからね。細々と農業をやっている方からでしょうか?それとも家庭菜園をやっている方からでしょうか?何の種ですか?
大切に育てて是非とも自家採種して、繋いで下さい。
 かく言う私も、昨年、固定種の専門店、埼玉県飯能市の野口種苗店の固定種の種を買って来て蒔きました。自家採種はまだ成功したかどうかわかりません。昨年採種した種を植えてみないと・・・。
今年はミニトマトも固定種を植えますが、トマトの種は小さく、寒天質に覆われて、自家採種は難しそうに感じていましたが野口さんはトマトの自家採種は簡単だと言ってましたので、ちょっと安心しました。 

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2013-11-05 00:01
今年の5月の連休に、親しくさせて頂いていた方が1冊の本を貸して下さいました。その本を貸して下さった方は、その書物の著者の一人である多辺田政弘さんとお知り合いで、昨年丁度道で出逢ったときに多辺田さんを紹介して下さいました。その多辺田さんとは、その後も何度か集会等で出逢うことがあり、挨拶程度の面識だけありました。その後彼の言動を知るに従いシンパシーを感じていました。紹介して下さった方が、多辺田さんは、槌田敦さんとも共著で書物も執筆されていると教えて下さいましたので、機会があればお話してみたいと思っていたところです。

本書、「循環の経済学」をお借りしたときにその本に、多辺田政弘氏の他、私が著書を読んだことがある2人が執筆者に加わっていたので期待が高まりました。手に入る著者はほとんど読んでしまった槌田敦氏、槌田敦氏の明快な原発論と同じくらい(ある意味それ以上に)興味深く読めた名著「原子力の経済学」の著者、室田武氏です。・・・余談ですが、「原子力の経済学」は1981年に発行された書物ですが(私の持っている「新版」は1986年発行)今読んでも非常に参考になるかなりの名著であると評価しています。定量的なことも納得のいくように記述されています。3.11以前・・20世紀にここましっかり原発の経済性を正確に書いていた書物は殆ど無いのではないでしょうか?原子力関係者は真摯に読むべき本であったと思います。
本書は、章ごとに上の3人を含む5人の方が一人ずつ章を担当して執筆しています。(室田武氏は二つの章を執筆されています。)はしがきも多辺田政弘氏が書かれていて、そこには「エントロピー学会の有志による循環経済学グループ、3E会[Entropy , Ecology , Economy 研究会]の3年あまりの研究成果である」と述べられています。(この研究会には他にも3人の方が参加していたようです。)
本書を多辺田氏が著した「はしがき」から読み始めて、室田武氏の著した第一章に入った直後には、この本が痛く気に入り、この本を貸して下さった方に頼み込んで、本書を譲り受けました。(お礼は要らないとのことで頂戴した形です。)この場をお借りして再度御礼申し上げます。)
「循環の経済学」という響きは悪くありませんが、上述のような形で本書に出逢わなければ、そして著者が誰か分からなければ、敢えて本書を読むことは無かったと思います。今日「循環の経済学」という言葉からは、「経済に関する循環」即ち、お金に関する循環、若しくはせいぜいリサイクル程度の事という印象を拭いきれません。私の興味関心のある自然の循環;大気の循環・水の循環・生態系の循環・養分の循環・・・を考慮した経済学ではないのではないか・・と感じてしまいます。しかし、本書は正にその自然の循環を考えた「循環の経済学」でした。

前置きが長くなってしまいましたが、ここから少し、本書の内容に関して書かせて頂きます。
はしがきから引用させていただきながら本書の主題をまとめさせていただきますと、
今日「市場の失敗」と呼ばれている公害や環境問題等の「外部不経済」を市場経済に内部化しようとの試みがなされてきましたが、それは単なるコストの問題であって、不可逆性を伴う環境破壊は、容易に内部化できません。本書はこのような問題意識のもとに、物質循環を回復し、豊かにしていくには、どのような条件を社会システムに埋め込んでいけば良いのか、どのような禁止則を市場経済に設定していけばいいのか、経済行為における自由則を生かしながら、どうやってその自滅から救うのか、と市場経済の扱い方を研究した論文集です。自然の循環を経済学に取り入れて脱市場を指向する真の「環境経済学」と言えましょう。
本書の初刊が発行されたのは、1995年ですが、内容は全く古さを感じさせません。・・・と、言うよりも寧ろ現状はまだまだ本書の内容に追いついていない状況です。既に崩壊の危機に瀕している現代社会に於いて、本書は非常に示唆に富んだ内容にも関わらず、残念ながら現代社会はまだ本書の内容を検討できるくらいにもなっていません。手遅れになる前に(・・既に手遅れの感は拭いきれませんが・・)今こそ本書を検討吟味する時期でしょう。猶予はありません。どうしようもなく薄っぺらな内容の市場経済に関する経済書が、次々とベストセラーになる一方、このような真を付いた環境経済学の書物がまだまだ脚光を浴びていないのは、現在世界を牛耳っている指導者達が、成長経済で儲けようとしていて、いまだに環境破壊に繋がる経済理論が重要視されているに過ぎないからでしょう。しかし、市場中心の「狭義の経済学」は破綻目前です。そして、生命系を含む循環を中心に据えた「広義の経済学」としての「循環の経済学」が必要な時であるのです。欲望を地域共同体から解放してしまった為に肥大化して社会から突出してしまった経済をもう一度社会に埋めもどす必要があるのです。・・私が数年前から関心をもって著書を購入しましたがまだ途中までしか読んでいないカール・ポランニーの考え方です・・・この、私が最も興味関心を持っている経済学者、カール・ポランニーの名も本書には随所に出てきて引用されている点も非常に気に入っています。(・・・本書の著者も、カール・ポランニーにはかなり影響されているようです・・・・ポランニー・に関してもいつか記事として取り上げたいと考えています。)

本書の6つの章と著者は

1.エントロピーと循環の経済学    室田  武
2.自由則と禁止則の経済学      多辺田政弘
3.市場経済と資源リサイクル     鷲田 豊明
4.ごみ発電の経済学         室田  武
5.経済循環と地域通貨        丸山 真人
6.物質循環による持続可能な社会   槌田  敦


です。タイトルだけ見ると魅力を感じない章もありましたが、どの章もタイトルから期待できる以上には読み応えのある内容でした。(槌田敦氏と室田武氏の記事に関しては、期待通りというべきでしょうか・・・。)

本書の内容に関して、今回はさわりだけ簡単に書かせて頂きましたが、特に興味深かった章を中心に、内容の紹介やそれに対する見解、スタンスなどをこれから何回かに渡って論じたいと考えています。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2013/11/05 00:01】 | 書評 トラックバック(0) |

持っているはずでしたが
guyver1092
 読んだはずですし、持っているはずですが、中身を覚えていません。どこかにしまいこんで見つかりません。気長に探すことにします。

アドレス変えましたね!
東京珈琲
ご無沙汰しております。
メール送ったらエラーで返ってきましたのでこの場を借りてメールの内容を記します。

下記のURLブログにて、微生物が放射性物質を無害な物質に変えるとありますが、僕はこういうのまだ疎いので分からないのですが信じてもよいのでしょうか?
http://golden-tamatama.com/?no=1192

返信はメールにてお待ちしております。
確認したらコメント削除願います。秘密コメントは受け付けないようでしたので。

微生物が放射性物質を無害な物質に変える可能性について
雑草Z
    東京珈琲さん

 お久し振りです。お元気ですか?
一応この場で御返事します。確かに今回の記事とは関係がないので、削除してもいいかも知れませんが、そちらにメール出来ないかも知れないのでこの場で御返事します。

微生物が放射性物質を分解、消失させるから、福島の除染に効果がある・・・の類の事は、3.11の直後から色々なところで話に出るようになりました。

物理学の常識からは、放射性物質の放射能は放射線を出して崩壊しなければ無くならず、放射性物質の崩壊は確率論的に時間だけの関数として現れます。
 放射能とは、原子核の中性子等が安定状態よりも多くある状態ですから化学変化では変わらないもっと小さな原子核の話です。微生物がどんな酵素を持っていたとしても、彼らが出来るのは化学変化・・分子の分解・合成ですから、分子の構成要素である原子の原子核の内部まで変化を及ぼす事は普通に考えれば不可能です。

 数か月前、私の職場の同僚から、御紹介のHPのように、微生物を使って福島県の除去に成功した方の著書を戴いたので一応読みました。その内容は荒唐無稽と言うよりもある程度の説得力はあって、全否定は出来ないかと感じました。・・・即ち、初めて地上に現れた微生物は放射線等を活動のエネルギー源として取り入れていた・・・とかそんな内容です。
 次にその本を下さった同僚は、放射能除去の現地見学会と説明会があるから、是非出席して欲しい・・・とお誘い下さいましたが私は行きませんでした。
 するとその方は微生物を使った放射能除去作業等を録画したDVDを貸して下さったので、観てみました。その内容は、ご紹介の記事にもありますように「最大90%除去」のような事を言っているのですが、最初の測定値と菌を散布後の測定値がアバウト過ぎました。
 実際放射線量の測定をした事があればわかりますが、放射線量は、測定地がちょっとでも…1mでも・・・ずれれば大きく変わることなどよくある事です。それなのに、微生物散布前の測定場所に目印も置かず、それどころか、散布前のデータはその地域の発表されている平均値を使ったりしていました。
対照実験もしっかり為されていませんでした。即ち、近くの線量が同じくらいの値の場所の、一方には微生物の繁殖した液体を撒き、もう一方には微生物の入っていない液体(ただの水とか・・)で実験して比べる必要があるのにされていませんでした。非常に杜撰な実験で、恣意的に測定値や方法を変えれば、「最大90%除去」・・実際は、「測定値が最大90%減った」というだけの事・・は簡単に達成できると思いました。
 ご紹介の記事のデータも怪しい・・・眉唾の可能性も低くないと思います。

 以上、否定的な事を書かせて頂きましたが、もしも厳正な実験のもとで誰が行っても、放射性物質が顕著に減った・・・と言うデータが得られるのであれば、理論は後から来るかもしれません。放射性物質に関する現在の常識も間違っているかも知れません。

 あまり効果が無いとしても、現在行われているゼネコンによる、一軒当たり何百万円もかかる放水による除染作業とか草刈りよりは、微生物を撒くほうがましだと思います。

Re:持っているはずでしたが
雑草Z
実は、今回の書評及び本書は、guyver1092さんに最も読んで頂きたいと思って書いたのですが、そうでしたか・・・既にお持ちで、読んでいたとは吃驚です。・・・相変わらずguyver1092さんの読書の量と質は共に半端じゃないですね。
 私は本書の存在を、今年頂くまで知りませんでした。guyver1092さんは、どう言うきっかけで本書を読まれたのでしょうか?
 そう言えば、本書を読んでいる最中にもところどころにguyver1092さんの記事や議論に出てきた事のある内容が何箇所もあり、その内容に関してguyver1092さんと議論したいものだと思っていました。議論の内容を想定しながら読んでいました。

私はこれに勝る経済書は殆どないと考えていますが(・・経済書自体、馬鹿にしてあまり読んでいませんが・・、そうそう、ポランニーの著書は同じくらいいいかも知れません・・)guyver1092さんは、他に本書に匹敵すると思う経済書は存在しますか?

眉唾ものですか。
東京珈琲
今回の記事とは関係のない内容なのですが、コメントを返して頂きありがとうございます。

これが本当なら物理学、医療、仰るようにゼネコンも、色々な所でおまんまの食い上げになりますね。なにかしらの力が研究を妨害していてもおかしくないと思います。
常温核融合を微生物がしていたらワクワクするのですけれどね。
無理な話でもないと僕は思います。この世界全てがエネルギーですし、今の人間の科学もまだまだ未発達です。
その内分かる時が来ると思いますので、気長に汚染されながら待つとします。

Re:眉唾ものですか。
雑草Z
    東京珈琲さん

お元気なようで何よりです。
「微生物で放射能除去」と言う発想そのものが物理学の常識を逸脱していると思いますが、それでも厳正な実験で「結果」が得られたのであれば、検討に値すると思います。これが本当に出来たら非常に素晴らしい事ですからね。人類の歴史を通しての大発見だと思います。
 しかし、前述のように、私が見せて戴いたビデオを見る限り、実験があまりにも杜撰で、「科学的な実験」とは到底言えないようなものでした。私も実験は得意ではありませんが、あれでは「検証」に値しません。よくも恥ずかしくも無くあんな実験を公開するものです。
 ご紹介のページの謳い文句も、「最大90%除去」のようなものでしたが、その手の宣伝文句は、詐欺的商法と似ているとさえ思えます。本当に「効果」があるのなら、もっと厳正な実験を行うべきです。

>これが本当なら物理学、医療、仰るようにゼネコンも、色々な所でおまんまの食い上げになりますね。なにかしらの力が研究を妨害していてもおかしくないと思います。

それよりも遥かに素晴らしい世紀の大発見です。これが本当なら、世界の救世主です。

>常温核融合を微生物がしていたらワクワクするのですけれどね。

そうですね。この場合、「常温核融合」ではなく、「放射線の吸収とか、中性子の吸収による核の安定化」というべきでしょう。文章にすると客観的に、ますますあり得ない事ですね。(笑)

兎も角、現代の原子核物理学が間違っていればあり得ない事ではないですし、その可能性は否定出来ません。  



Re:Re:持っているはずでしたが
guyver1092
まだ見つかりませんし、内容も覚えていないので何とも言いようがありません。もう一度買うことにします。

Re:Re:Re:持っているはずでしたが
雑草Z
    guyver1092さん

本書「循環の経済学」に関しては、guyver1092 さんと議論したい部分が沢山あります。丁度、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」のように、本書を引用しながらguyver1092さんと議論する事を楽しみにしております。
 ・・ジャレドと言えば、ジャレドの「昨日までの世界」はもう読まれましたか?・・・当方はそこまで手が回らなくて購入もしていません。
 guyver1092 さんとは、同じ良書を読んで、共通認識のもとで議論したいものです。
 ・・・楽しみにしております。
 

 

 

昨日までの世界
guyver1092
 上巻の90ページぐらいまでしか読んでないです。何となく面白くないですので・・・
 ここぐらいまでの内容は、「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」の人類祖先の生活のあたりに近いでしょうか。


Re:昨日までの世界
雑草Z
    guyver1092さん

 そうでしたか。それは残念です。すみません。
「銃・病原菌・鉄」のほうが面白いかも知れませんね。もしかするとジャレドは「文明崩壊」以外はそれほど面白くないのかもしれませんんね!?
guyver1092さんとしては、「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」のほうがお薦めでしょうか?

先にも書きましたように、guyver1092 さんとは、同じ良書を読んで、共通認識のもとで議論したいと思っております。

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2013-07-11 00:02
この春、種やバイオ産業に関する本を3冊読みました。
 まだ肌寒い初春、最初に、『遺伝子組み換え企業の脅威[モンサント・ファイル日本語版]』を読んで、多くの知識を得、モンサントの悪行が想像以上に酷く、モラルハザードの域である事が分かりました。本書は告発本としても非常に名著だと思います。続いて、4月末からの連休に野口勲氏の『タネが危ない』を読みました。日本でただ一店、いまだに固定種を中心に扱っている種屋さんの書いた本です。[モンサント・ファイル日本語版]と重複する分も含め、雄性不稔等を利用したF1品種の作り方など、種に関するまた違った様々な知識を得ました。これまた名著でした。
 初夏になる頃、最後に読んだ『自殺する種』は、この3冊の中では比較的期待していなかった1冊でした。先の2冊とは少し違った先入観がありました。それは・・著者が、日本消費者連盟勤務だった事で、あんまり専門知識のない方の著書か・・?と思った事と、ネットの書評に、「内容が間違いだらけ」とあったからです。一方このネットの書評は逆に本当かどうか確かめる興味も湧きました。何故なら、他の人のレビューは概ね高評価であったにも拘らず、この書評だけ極端に低評価であり、同時に、緑の革命を批判した本書の内容を酷評し、逆に緑の革命をかなり高評価しているので、このレビュアーは、理性の無い人物か、アグリバイオ会社のまわし者かも知れないとも思ったからです。この時点で、このレビューアーは信用ならないとも思いました。この、酷評が、逆に読むモチベーションを高めたとも言えましょう。モンサント批判には、必ずと言っていいほどこの手の輩が湧いて出るようです。実際読んでみて、私の評価も他の多くの高評価と同じように非常に素晴らしい本だと結論します。内容のちょっとした間違いなどは気にならない名著です。

最初の2冊も素晴らしい内容で、購入してまで読む価値が十分にあると思いますが、お薦めを1つだけに絞れと言われれば、躊躇なく、「自殺する種」と答えます。近代化農業の問題点をしっかりと暴き、巨大アグリバイオ企業を告発する著者の勇気と正義感には、信頼が置けると感じました。
確かに、『自殺する種』と言うタイトルなのに、ターミネーター・テクノロジーに関しては、わずかしか書かれていません。このタイトルは、インパクトを強くする為に付けたタイトルかも知れません。しかし、「タイトルに偽りあり」とは思いません。逆にタイトルで損さえしているのではないかと思うほど充実した内容でした。サブタイトルの「アグロバイオ企業が食を支配する」のほうが内容的には合っているでしょうが、それでもまだまだ本書の全容は示せていません。何故なら、内容はターミネーター・テクノロジーを象徴とする、遺伝子組み換え企業の数々の悪行を暴露するばかりに留まらず、種による食の支配戦略、工業的近代化畜産(クローン技術も含む)の大きな危険性、工業的農業の破綻、日本農業の欠点や食の未来の展望(・・近代化農法は破綻し、有機に戻らなければならない・・)にまで及び、環境を考慮した広く高い見地から述べているからです。(現在の世界の指導者に足りない部分です。)この小さな文庫本サイズに、遺伝子組み換え企業の悪行や食の支配、それに対抗する手段としての有機農法などについて有意義な内容が盛り沢山で、それでいて内容的には拡散している感じは受けず、一つの筋があって、引き込まれるように読めました。

先ず最初のほうに、途上国が何故飢えるかの理由を、
「世界銀行が指南して来た開発モデルに従い、IMFの『助言』に従って自給自足農業を犠牲にしていったから・・」と、世界銀行やIMF、WTOを先進国(特に米国)の「回し者」と切り捨てているところから気に入りました。まさにその通りだからです。内容は更に遺伝子の特許化とシュマイザー裁判、破綻に直面する農業の近代化の虚構などへと次々に踏み込んでいき、読み応えがある内容が満載でした。
日本消費者連盟と言う組織も骨がある組織だと感じました。大企業の顔色を伺う今日のマスコミと対極にあり、真実を隠さずしっかりと伝えています。詳しい内容に関しては、本書を読むのが一番です。文庫本サイズで、一挙に読み通せます。それぞれの内容は、ここのサイトで今まで何度か取り上げています。・・・【トレーター技術】、【マッチポンプ企業】、【シュマイザー裁判】【農業の近代化】・・・これからも何度か取り上げようと考えています。安田節子氏のHPも積極的に参考にしていこうと思います。


この書評を書こうと思ったきっかけは、件の低評価の書評です。モンサントなど巨大アグリバイオ企業は、色々な場面で会社に都合の悪い事があると、ネガティヴキャンペーンを張ったりして、汚いやり方をするようです。だからこそ安田節子さんを応援します。この低評価の書評を逆に利用して、本書をもっと世に知らしめたいと思いました。
 また、それとは別に、これを機に、これからも時々書評を書いて行こうかと考えています。


 最後に繰り返しになりますが、以下の3冊
『遺伝子組み換え企業の脅威[モンサント・ファイル日本語版]』 
          (・・・安田節子さんはこちらにも関わっています。)
『タネが危ない』  野口勲著 日本経済新聞出版社
『自殺する種』 安田節子著 平凡社

は、どれも読みやすく3冊とも非常にお薦めの本ですが、一冊絞れ・・・と言うのであれば、私は『自殺する種』を推薦します。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2013/07/11 00:02】 | 書評 トラックバック(0) |

絶賛暴走中
guyver1092
 現代のバイオ産業による種子が世界を席巻している様子は、私に、板皮類が世界の海を席巻した後、絶滅したのを思い起こさせます。
 板皮類はデボン期末になると、浅い海のほとんどを占めるほどの数でしたが、種類としては数種類ほどしかいなかったそうです。その原因は「それぞれの環境に高度に適応した結果、成功したモデルをよりより効率よく製造するために標準化していったのではないか」と考えられているそうです。これは環境が激変すれば対応できない、いわば非常にもろいあり方で、板皮類の絶滅の原因の一つではないかとのことです。
 つまりは何らかの少数の要素の変化で、世界中の食料が一気に激減する危険が高いということです。
 人類は将来を予測することが出来たので文明を発達させることが出来ましたが、破局を避けるために保険をかけることは(バイオ産業に頼らず種子の多様性を確保しておく)ことはなぜかできないようですね。

Re:絶賛暴走中
雑草Z
    guyver1092さん

 毎度興味深いコメント有難う御座います。感謝致しております。
 さて、今回のコメントの
>、板皮類
とは、聞き覚えの無い名前でした。ネットで調べてみると、確かに古代魚として、辞典などで見た記憶がありました。
guyver1092さんは、随分とマニアックな知識をお持ちですね。
>絶賛暴走中
と言うタイトルも最高に面白いですね。脱帽です。

絶滅理由が、
>「それぞれの環境に高度に適応した結果、成功したモデルをより効率よく製造するために標準化していったのではないか」と考えられている

と言う御紹介の説を、今日の農業、バイオ産業に結びつけて考える発想に、なるほどと頷いてしまいました。

>破局を避けるために保険をかけることは(バイオ産業に頼らず種子の多様性を確保しておく)ことはなぜかできないようですね。

これは、人類が自家採種していたつい近年まではどこでも普通にやっていた事です。一部の強欲な輩が金の力で、多様性を壊してまで儲けたいと言うのが実情でしょう。

 関連して、この『自殺する種』には、一見不必要で持ってない方がいい特異的な遺伝子が生命継承に必要であると言う興味深い例も書かれていました。それは、鎌形赤血球症です。アフリカなどではこの遺伝子を持った人が多く、赤血球の形も鎌のような三日月形になって毛細血管などに詰まりやすく、重症の貧血を起こす病気だそうです。しかし、鎌形赤血球の人はマラリヤにかからないそうです。鎌形赤血球にマラリヤの原虫が入り込むと赤血球に穴があいて原虫が生育する為に不可欠なカリウムイオンが外に飛び出し、鎌形赤血球が自己破壊すると共に中の原虫も殺すそうです。何だかとても凄い話です。
 遺伝子の多様性は生命の継承に必要ですね。環境が大きく変化しても、誰かが持つ特異遺伝子によって生き延び、生命の継承が為されるのですからね。

このような事まで言及されている安田節子氏著の『自殺する種』は、頗る名著です。お薦めです。




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