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2011-12-11 00:02
初夏に植えて7月頃から沢山実を付けて楽しませてくれたアイコは、大体9月頃枯れてしまいましたが、(・・アサガオにやられたのかも知れません。【アサガオトマト】・・)鉢に植えてテラスの上に置いた一つのアイコだけ、12月に入っても枯れずに実を付け続けています。いまだに花が咲いているのには驚きですが流石に実の育ちは悪くなり、なかなか赤くならないようになりました。最盛期にはこの一つの鉢で1日10個くらい収穫出来ましたが、今では色が赤くなり切っていない実をせいぜい週に5個くらいの収穫です。それでも、雪が降り始める12月にアイコを収穫出来るとは思いもよらない嬉しい誤算です。

冬のアイコ3


冬のアイコ2


冬のアイコ3


冬のアイコ4

干し柿を吊るした奥がアイコの鉢↓(左奥が柿の木)

冬のアイコと干し柿


本日、昨夜のお風呂の温かい残り水をアイコの鉢にやろうとバケツに汲んでテラスに行くと、蝶のようなものがひらひら落ちてきました。今頃蝶ではなかろう、落ち葉だろう・・・と落ちた先を見ると、蝶が止まっていました。急いでカメラ付き携帯電話を持って来て撮影致しました。昨年は、11月半ばに大根の葉にしがみついてる季節外れの蝶を見ましたが、【晩秋の蝶と大根】今年はそれよりも3週間も後の12月初旬に飛んでいる蝶を見ました。
本日は風が非常に強く、蝶も花や地面の雑草に必死でしがみついていましたが、いつの間にやら強風で飛ばされてどこかに行っていまいました。

枯葉のように舞う冬の蝶1


枯葉のように舞う冬の蝶2


枯葉のように舞う冬の蝶3


 会津の地で、放射能汚染が心配なく、
 木の実が普通に食べられる事を祈って、3.11以後に植えた木苺の苗↓
こんな冬に実がなっているのも驚きです。
冬のラズベリー

 人から頂いたブナの木もかなり高くなりました。(2m超)↓
冬のブナ


 
12月4日 日曜日 10時前に撮影



因みに冬の朱色の薄いアイコは、見掛けと違って非常に甘いです。夏場の真っ赤なアイコに引けを取りません。さらに暫く置いておくと赤くなって甘味もさらに増します。ほうれん草なども冬は寒さに耐える為に糖分を沢山作ると友達から聞きましたが、アイコも同じ原理なのでしょうか。
 こんなにトマトが美味いとは吃驚です。今年食べたどの果物よりも美味しいと感じました。冬のアイコは感動ものの美味しさです。今年も色々な果物を食べましたが、このアイコがずば抜けて美味しかったと感じます。上手く育てれば半年間以上楽しめるでしょう。
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【2011/12/11 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


ねこばばってわたしかな?
((((ノ・。・ノ
もしかして、東北地方のねこばばって、、、わたしのことかな??あさぎまだらでしたw^ー^w
と、カフェから飛んでやって来ましたが|・。・=

持病がありまして、というか発覚してからは自分の命というものを考えるようになって2年くらい経ちますか・・・。
でもこれがかなり学びになりまして、限りある命の中で、オペもせずに温存を測っております。
でもねこれって結構樂しいんですよ。

写真のチョウは、アカタテハか、ヒメアタカテハ(越冬をします)のタテハチョウの仲間ですにゃ。長年、自然観察をしてきたのでね。たぶんそうだと思いますにょ。



ねこばばさんて、あなたさまでしたか?
雑草Z
 写真の蝶の情報有難う御座います。この蝶の名前を知りたいと思っていたところです。ネットで見てみましたが、確かにアカタテハのようですね。そういえば子供の頃、昆虫の図鑑でタテハチョウの仲間は散々見た記憶があります。
 越冬するのですね?・・・驚きです。会津地方のような雪国でどうやって越冬するのでしょうか?

・・・アサギマダラもタテハ蝶に分類されるのですね。昔、この蝶を日本の国蝶のオオムラサキと勘違いしていました。
アサギマダラのほうがきれいですね。会津地方も吾妻山の麓などに沢山群れて棲んでいましたが、最近は見に行ってません。あさぎまだらさんのお住まいの辺りでは見掛けますか?

初めてのコメント有難う御座いました。お身体のほう大切になされて下さい。


アルテミス^^
こんにちは

この写真の蝶々は、私の地方でも見かけます。
トマトが美味しいのは寒さもあるのでしょうが、雑草さんの愛情が伝わっているのでしょうか?というより、会津の地方で今月まで屋外で栽培できているのは素晴らしいですね^^b

日中日当たりが良く、雨があまり当たらないような環境だからでしょうか…?

ブナの木もいいですね♪


Anthony
あさぎさんも登場ですね。

 あの~その~、干し柿、美味しそうです。



http://anthony3b.blog108.fc2.com/


=・ん・=
ん・=こんばんや♪ご挨拶が遅れました。山形のあさぎまだらです。

やっぱりねこばばになるのでしょうか?・。・?
これはアンソ兄ちゃんのほうが知ってらっしゃると思うので、もしかしたら私のほうが偽物なのかもしれません。

山形です。トマトは夏に庭で育ててましたが、雪が降ってきているので摘みとって、室内の出窓に放置しております。赤くなったら冷凍にして、潰してピューレにしてしまおうかとw

アサギマダラはね、身体に毒がありますので綺麗なようで、それが結構渡り鳥たちにとっては美味しくないのだそうです(爆)磐梯山より山形の蔵王の方に飛来してきますので、夏の暑いお盆前あたりに東北へ来るんじゃないのかな?最近では北海道にまで飛んでいくようですから。
アカタテハ(タテハチョウ仲間)は越冬するので、例えば冷凍庫に入れても気温が15度以上になれば再生するのですよ=^ー^=v全国的に生息しております。
樹木の風の当たらなそうな隙間や、木造の家の隙間や、岩壁の下などにシールのようにペッタンコになって越冬しますよ。
オオムラサキは、鮫川村に多いのではなかったかな?もっと大きなサイズで真っ黒に紫ですから。

アンソ兄ちゃんは、虫が苦手だったと思うのでやっぱり干し柿がいいのですね つ・m・ノ我が家でも干し柿をカーテンのように釣り下げておりますよ。食べるよりも、作ることのほうが樂しいのです♪



アイコが甘いのは・・
雑草Z
    アルテミスさん

 このタテハ蝶の仲間は、大きく分けるとアゲハ蝶の仲間のようですね。羽を広げているのは、風に飛ばされないように必死にしがみついているからでしょう。

>トマトが美味しいのは寒さもあるのでしょうが、雑草さんの愛情が伝わっている

う~ん、愛情を注いで作っているとは言えませんね。11月頃からは水をやるときに、前日の風呂の残り湯など少し暖かい水をやっているくらいでしょうか・・・愛情と言うよりも、冷たい水だと吸収力も下がるようですから、少々暖かめの水をやって、温めてあげようと言うだけです。風呂に人間の垢など栄養分があるのかも知れません・・・実際は風呂の残り湯などに時々少々液肥等を入れたりしているだけです。
でもやはり寒いと糖分を沢山作って甘くなると言うのは本当じゃないかと思います。

>会津の地方で今月まで屋外で栽培できているのは素晴らしいですね

ホント、これは驚きです。テラスの上は多少暖かめなのでしょう。

>日中日当たりが良く、雨があまり当たらないような環境

確かにそんな環境です。



干し柿は作ったから・・・
雑草Z
    Anthonyさん

>あの~その~

あさぎまだらさんの事以外書く事無ければ無理に書かないで下さいな。ついでにHPのアドレスをべたで貼り付けないで下さい。

実際家の干し柿は固めで美味いですが、今年は放射能の影響で、心配していたのですが、作った人がいたもので・・。


雑草Z
    あさぎまだらさんは山形県にお住まいですか。
 アサギマダラは、渡り鳥のように移動するのですね!
アサギマダラは珍しい事もあってか、アゲハ蝶よりもきれいだと感じます。

>樹木の風の当たらなそうな隙間や、木造の家の隙間や、岩壁の下などにシールのようにペッタンコになって越冬

それは初耳です。昆虫が幼い頃から大好きだった私は、昆虫は春に卵から孵って、成虫になり、夏から秋にかけて卵を産んで、冬には死んでしまうと言う先入観を持っていました。だから、小学校の5,6年の頃、同級生からカブトムシやクワガタが越冬すると言う話を聞いたときも、眉唾かと思っていました。
 蝶は一冬だけでなく、二冬も三冬も越冬する事ってあるのでしょうかね?

>例えば冷凍庫に入れても気温が15度以上になれば再生する

と言うのも凄い話です。変温動物だからこそでしょう。




Anthony
すんません。URLハズスのを忘れてました。

その昔は渋柿をなんとか食べられるように干して食べていましたが、今では濃縮された味が気にいっています。

関西では、干し柿は正月の縁起物というイメージも強いです。

僕は硫黄で蒸し欲しした福島の「あんぽ柿」が好きです。



干し柿
雑草Z
    Anthonyさん

>関西では、干し柿は正月の縁起物というイメージも強い

それは面白いですね。東北地方でもそんな事があるのでしょうか?・・・聞いてみます。

>硫黄で蒸し欲しした福島の「あんぽ柿」が好き

地元でしたが、あんぽ柿を硫黄で蒸す事は知りませんでした。
 子供の頃毎年福島市飯坂(温泉で有名な場所)の親戚からあんぽ柿を送って来ましたが、オレンジ色で柔らかくて甘過ぎて、家族みんな食べるのを余していました。小学生の私にも甘過ぎました。家で更にストーブや天日で干して食べましたがそれでも駄目でした。私は干し柿とか干し葡萄のように干した果物は生の果物のように好きではありません。
干し柿なら黒くて硬くなったもの(写真のような干し柿)が好きです。

・・でも今年は放射能がちょっと心配です。
日常生活のこんな楽しみまでも奪ってしまう原発って酷いものです。




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2011-10-11 00:01
 今年この会津の地では、暑い夏が過ぎて秋になったと思ったら、いきなり晩秋の雰囲気になりました。

10月6日(木)の夕方に久し振りに今年2度目の清水を汲みに行ったら、
山道の道端のところどころに栗の木が生えていてあちこちに栗が沢山落ちていました。

栗のほとんどは、他の人が採ったか、動物に食べられた後のようで、
ほとんどのいがの中には中味が入っていませんでしたが、
それでも中には栗の実が入っているのもありましたし、
いがから飛び出たであろう栗も拾えました。
ほんの一時間足らずで大きな袋一杯の栗が拾えました。

子供の頃の栗拾いを思い出し、郷愁的な懐かしさを感じました。


栗1

↑子供の頃は、
このような栗の口を両方の靴で踏んで開けて中の栗を取り出しました。
そうしないといががかなり痛いのです。
手で取ろうとしたら、いがが刺さって、その痛みも思い出しました。

でも・・・子供の頃と今年とでは、目に見えない大きな違いがありました。それは勿論放射能・・・・

栗2

まだいがが緑色の栗は、中が茶色になっていなくて白っぽく、
小学生の頃、皮をむいたら、茹でずにみんなでそのままで食べました。
渋いけど、甘味があって美味かった記憶がよみがえりました。


栗3

↑このように、いがの中味がない栗が大部分。
中味が先に飛び散ったか、落ちた時に飛び散ったか・・・
若しくは先入者(・・人、熊・・)が採ったのでしょう。


栗の木

↑ 栗の木


行き止まりの広域林道

↑悪名高き広域林道のどん詰まり
・・実は、ここは【一人で頑張った気骨のある地主のお話
                  の広域林道のどん詰まり


秋の田園

↑今は稲刈りの真っ最中・・・空には白い月が登っている。
・・ここ会津美里町の米からの放射性物質の検出量は、会津の中でも低い方で、ほとんど検出されていないけれど、それでも放射能被害は様々な形で多くの人を心配させている話題です。


実は、会津地方の栗からはセシウムが検出されています。微量で、20Bq/kg くらいですが、気分のいいものではありません。子供には食べさせない方がいいかも知れません。原発は子供達が秋の木の実を採る楽しみも奪ってしまったばかりか、それらを食べるのにも気を使わなければならないのです。とんでもない事です。
 東京都で、子供たちを野外に連れ出して教育している保育園の先生が「道端で採ったのびるでのびる味噌も作ってあげられない」と東電前で抗議していた映像を思い出しました。現代の子供は昔の子供よりも恵まれていないと思います。そして更に未来の子供のほうがもっと悲惨になりそうです。

ここの栗は、おそらく私が子供の頃は、林道も通っていない山奥で、主に動物が食べていた栗でしょう。・・・そんな栗を人間が簡単に採れるようになった事は決していい事ではないでしょう。人間が簡単に手の届かない場所に自然の恵みが沢山あってこそ、生態系は維持されるでしょう。
 必要のない公共工事で山奥まで荒らされる事も耐えられない事ですが、更にどうしようもないほど酷い原発事故が起こってしまいました。政治家や官僚がゼネコンやプラント会社、電力会社と癒着して税金をかすめ取る為に、日本の豊かな自然を破壊し放題です。酷いものです。・・・利権構造がここまで酷いのならいっそのこと、税金が無い方がまだましかも知れません。私が栗拾いを楽しんでいた子供の頃、利権目的のこんな酷い公共工事や、何のメリットもなく人類を破滅に導くだけの原発を推進するような原子力邑の悪党どもがのさばる国になっているとは、夢にも思っていませんでした。


撮影日 2011年 10月10日
(上の説明の水汲みの日に写真を取らなかったのですが、
久々にした栗拾いの郷愁感が頗る良かったので、
3日後の秋晴れの休日に改めて栗の写真を撮影に出掛けて撮ってきました。)

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【2011/10/11 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


Anthony
都会に住んでいると、全然、の変化がないです。

ただ、カレンダーと気温の上下だけの季節の移ろいです。(悲しいけれど)

 
 かろうじて、ベランダのプランターの紫蘇に花が咲いたんで、秋かなと....







アルテミス^^
雑草さん撮影日が未来になっていますよ~♪(誤字が多いので人のことはいえませんが)それとも2012年もこのような自然が保たれるようにを意図して載せられたのでしょうか?!

栗いいですね、我が家も家内が栗きんとんをこさえてくれて美味しく頂きました。ちなみに生で食べたことはないです^^;

一番下の夕刻5時頃に撮影したと思われる写真が、月とともに少し寂しげな雰囲気を醸し出して、いいですね。

<人間が簡単に手の届かない場所に自然の恵みが沢山あってこそ、生態系は維持されるでしょう

同感です、悲しいかな人間は生態系を壊してばかりですね。

Re:
雑草Z
    Anthonyさん

  おはようございます。
田舎の山の森林は、季節の変化が如実に現れますね。
紅葉が秋らしさを知らせてくれます。
やはり田舎が人間が棲むべき場所かと思います。

  ××××

・・・紫蘇っていいですね。

Re:
雑草Z
おはようございます。    アルテミスさん

 日付の御指摘有難う御座います。早速
 2012年 → 2011年 に戻させて頂きました。どう言う感覚だったのでしょうね、自分??

 栗きんとんはとても美味しいですね。アルテミスさんも拾って来られたのですね?
 一つ二つなら生で食べてもいけますよ。
一番下の写真の撮影時刻確認したら、16時55分でした。アルテミスさんの勘はぴったりですね。
毎年の秋の郷愁を誘う風景ですが、今年は放射能がばら撒かれた事で暗さが強く感じます。
 田舎の田園風景は将来に引き継ぐべき大きな遺産ですね。




Anthony
紫蘇の花をはじめて見ました。白くてとても小さな花です。

実を収穫するのが楽しみです。





アルテミス^^
雑草さん

こんばんわ^^
丁度同じような時間に月を眺めていたので予想できたのでした。こちらから眺める月の雰囲気ととても似ていたので。

栗生で1つ食べてみます^^Anthonyさんの紫蘇も良いですね。私も畑に放置していたら、いつの間にか花が咲いていました。花見をしごきとってその香りを楽しむのがマイブームです。

田舎の田園風景や山野の風景はもちろん後の世代に残して行きたい遺産ですね。昔ながらの趣きのある町並みは個人的に好きです。

Re:
雑草Z
    Anthonyさん

 紫蘇の花は可憐ですね。だけれども紫蘇は雑草のように強く逞しいですね。・・家の庭では紫蘇が自生しています。毎年種が自然にはじけ、沢山の紫蘇が花を咲かせ実ります。
 実の収穫は、アルテミスさんのおっしゃるように
花実を親指と人差し指の間でしごき採るのですよ。・・その方法は、昨年母から教えてもらいました。

Re:
雑草Z
    アルテミスさん

>丁度同じような時間に月を眺めていたので予想できたのでした。

なるほど!・・・会津と静岡では、経度も緯度もそんなに違わないので、月の高度もあまり変わらなかったかも知れませんね。より低緯度の静岡のほうが、南中高度は高いだろうけれど、より東の会津のほうが早く登るでしょう。それが上手く相殺して、同じくらいの高度に見えたかも知れませんね。

栗を生で食べるときには、まだ青いがに入って、皮が焦げ茶色になる前の白っぽい栗がより美味しいですよ。

>花実をしごきとってその香りを楽しむのがマイブーム

その感覚良く分かります。手の指に紫蘇の匂いが付いていい感じですね。・・・手に色も付きますね(笑)





Anthony
>花実を親指と人差し指の間でしごき採る

 この方法でやっってみます。

 実を集めて佃煮か油漬けにしたいです。





Re:
雑草Z
    Anthonyさん

 しごき採るとき、力を入れ過ぎると茎が切れてしまいます。力加減ですね。手の感触はいいですよ。
 

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2011-07-05 00:11
~左下り観音~

会津三十三観音の存在は、以前から知っていましたが、特に興味はありませんでした。
どちらかと言うと、日本古来の神を祀った、神社のほうが仏閣よりも好きでした。
昨年、会津三十三観音のパンフレットをお蕎麦屋さんで頂き、会津三十三観音巡りもやってみたいな・・と思うようになりましたが、そのパンフレットに、ひと際目を惹く魅力的な観音堂の写真がありました。第二十一番札所 左下り観音堂です。他の典型的な観音堂とはかなり違った雰囲気です。崖を背にして建ててあり、かなりな高床式に見えます。田舎の名もないような観音堂は小さい小屋くらいのものが沢山ありますが、この観音堂は結構大きいかも知れません。少なくとも高さはありそうです。その一方、この高床式の建物も、実は意外と小さいかも知れない・・とも感じました。・・写真からだけではわかりません。兎も角、会津三十三観音の中で一番行ってみたいところでした。

今年はまだ清水汲みも鎮守の森巡りもしていませんでしたが、雪解けの季節に原発震災が起こり、それ以来清水汲みにも神社等にも行く気になれないでいました。しかし、もうそろそろお参りと気分転換に行ってみようと思っていました。清水のほうは、ガイガーカウンターを購入してからと言う事で、平日の午後に休暇を取って左下り観音堂に行ってみました。

左下り1

この立て看板が立っている場所から、1kmくらい山道を登った場所にあるようです。

左下り2


現れた建物は、想像以上に高い建物で、三層(三階建て)になっていました。
登ってきた東側から観た観音堂 ↓ 高さ13mとの事

左下り3

 一階の床の下も十分に立って歩けそうです。

左下り4

逆に西側から観たお堂↓

左下り5

 東側に戻って、三階部分に上る道を登ってきたところ。↓

左下り6

 三階建てであると良く分かります。↓

左下り7


↓ この中に首無し観音像?
 
左下り8

回廊の崖に面した暗い側(南側)から、東側を写す↓


左下り9

回廊の崖に面した暗い側(南側)から、更に西側に進むと洞穴が!・・↓

 建物と背中の崖で挟まれた部分の洞穴

左下り10

この洞穴には、石に頭巾をかぶせたお地蔵さんが沢山!
この不思議魍魎感覚が堪らない!。


左下り11

一番奥の首無し地蔵 ↓

左下り12

 その奥は断崖絶壁 ↓

左下り13

 北側に戻ると、京都、清水の舞台のような感じ

左下り14


左下り15


左下り16

 清水の舞台から、遠くの会津盆地を臨む。
 このくらいまばらな家並みが、きっと適正な人口密度・・
 これ以上の大都市は、持続不可能でしょう。

左下り17

 三階部分から、下へ降りる階段 ↓

左下り18

降りて行くと、続けて一階に下りていける構造 ↓

左下り19

 一階部分から、更に床下(地階?)に降りて行ける↓

左下り20

 一階床下の地階部分 ↓
 胎内くぐり・・・床下も十分に立って歩ける高さ!(3mくらいありそう。)
左下り21

 山の北側の県道から、左下り観音堂を臨む。3階部分のみ、見える。
・・上から16番目の、三階の清水の舞台から撮った写真
 の真ん中あたりに見える下の建物付近の県道から撮影・・↓

左下り22

 期待を遥かに上回る素晴らしい観音堂でした。
 三階の舞台で、遅い昼ごはんを食べたりして、小一時間以上はいましたが、
 我々以外は誰も訪れて来ませんでした。

2011年6月30日 木曜日 午後 撮影


 左下り観音の色々な側面を上手く撮影した写真を沢山載せているHPを見つけましたので、リンクしておきます。
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【2011/07/05 00:11】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


Anthony
ここが千年以上前に建てられたというのが、すごすぎます。



Re:
雑草Z
    Anthony さん

 本当に千年以上前に建てられたのなら凄いですね。・・・雰囲気はある感じもしますが、いつ建てられたとしても何度も修復されているのでしょうね。・・・洞窟の赤い服を着せられた石のお地蔵さんは、どう見ても最近・・・昭和以降に置かれたものではないでしょうか?

 そう言えば、遅い昼飯食べているときに夕立がやってきましたが、何と、雨漏りしませんでした!
 食料を持って来て、半日くらい読書などして過ごすのも最高の贅沢でしょう。・・・アルコール類も飲めばまたいいでしょうね。・・・でも流石に夜は泊まりたくは無いですね。


アルテミス
雑草さん

おはようございます
この建物も趣があって良いですね。写真からも木造建築の素晴らしい技術が理解できます。

木は100年かけて硬くなり、300年くらいは持つということを専門家の方から聞いたことがあります。(愛工房という画期的乾燥法を開発した方です)この建築技術が廃れようとしている後ろには、本当によい物を表に出すと都合が悪い利権団体の存在が見え隠れするのですが、気のせいでしょうか?
木の素晴らしさはかなり矮小化されている気がします。

写真から感じますが会津の自然はやはり良いですね。
見た目には変わらないけど、福島大学の線量計の数値を見ていると0.4~0.5μシーベルト/時くらい常に表示されています。
ほんと見た目ではわからないけれど、放射性物質という見えないチリが今もふりつもっているのだと思うと、いたたまれない気持ちになります。

雑草さんも内部被ばくだけはお気を付け下さいネ


Anthony
ここで宴会したくなるような場所ですが、僕は高所恐怖症なんで、かなり飲まないとダメですね。

というよりも、酔わないかもです。


今回は、画像が重ならないように慎重にスクロールしましたが、ダメでした。

Re:
雑草Z
     アルテミスさん

>木は100年かけて硬くなり、300年くらいは持つ
>木の素晴らしさはかなり矮小化されている

確かにそれは言えるかもしれません。そして、朽ちて自然に戻る事も素晴らしい事です。・・それと比べて人工物質は、デメリットだらけで駄目ですね。

>写真から感じますが会津の自然はやはり良いですね。

そうですね。世界一広いブナの森も残っていますし(・・ちょっと分散しているようですが、白神山地よりも広いのです。)豊かな大自然が残っています。ここを放射能汚染地帯にはしたくありません。

>福島大学の線量計の数値を見ていると0.4~0.5μシーベルト/時くらい常に表示されています。

今のところ、会津の各地は、福島市の数分の一レベルですが、これからも予断を許しません。

>雑草さんも内部被ばくだけはお気を付け下さいネ

はい、有難う御座います。まあ、みんな多少は内部被曝しているでしょうが、増やさないようにしたいものです。・・・4月に飯館村とかに放射線測定に行って参りましたので、ちょっと被曝多いかも・・?

 

Re:
雑草Z
    Anthonyさん

>ここで宴会したくなるような場所ですが、

確かに・・・でも、流石にそれは気が引けるかも・・。
しかし、地元の行事とか三十三観音めぐりとかで訪れた人が煮炊きや飲み喰いしたような跡がありました。・・上から9番目の写真の中ほどに写っている竹箒のあたりです。

>今回は、画像が重ならないように慎重にスクロールしましたが、ダメでした。

??・・・・写真の画像が重なってしまう・・と言う事でしょうか?・・それなら、下に画像が無い部分で、上に重なった画像をクリックすれば消えます。


 


Anthony
>写真の画像が重なってしまう・・と言う事でしょうか?・・それなら、下に画像が無い部分で、上に重なった画像をクリックすれば消えます。


それをせずに、そろりそろりとスクロールさせていくと、9割くらいは、成功するので。(笑)



清水寺みたい
BEM
素晴らしい!
そんな昔の建物なんですね。
みると木を組んでいるだけで釘は使っていないようで、それが何百年も建っている要因であるとも言えますね。
確かに古いものですが、日本建築の素晴らしさとでも言えましょうか。
830年というのはにわかに信じられませんが、だとすれば日本ではいつからこれだけの建築技術ができたのでしょうね。
とても興味深いです。

Re:ゲーム感覚
雑草Z
    Anthonyさん

>それをせずに、そろりそろりとスクロールさせていくと、9割くらいは、成功するので。(笑)

何を遊んでらっしゃるのですか?!・・・そのゲーム感覚わかります(笑)。
 高所恐怖症と何か関係あるのでしょうか?

Re:清水寺みたい
雑草Z
    BEMさん

いや、ほんと、3階の舞台のところは清水寺を小さくしたような感じです。
 清水寺よりも古くて荒れた感じです。清水寺のように人が沢山いなかったどころか、小一時間ほど滞在して、他に誰も来ませんでした。・・・こんな凄いところなのに・・まさか原発事故が原因とも思えません。・・

>木を組んでいるだけで釘は使っていないようで、それが何百年も建っている要因であるとも言えますね。

確かに釘は見当たりませんでした。・・後から(最近)つけた鎖はありましたが・・。

>830年というのはにわかに信じられませんが、

3.11と震源が近かった、貞観地震があった頃に建ったと言う事ですね。歴史を感じます。

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2010-10-29 00:01
~大山祇神社~

昨年11月29日の記事のコメントで HN上々さんから、私の地元会津地方の西会津町野沢に大山祇神社の本社がある事を教えて頂きました。(・・その時まで、神社に本社、分社がある等と言う事もよく知りませんでした。・・)今年中に訪れて報告したいと考えて、この秋、まだ寒くなる前に訪れてみました。

遥拝殿(下宮)は野沢の村の外れにあり、そこから更に山を4kmほど登った所に本社(奥宮)がありました。


 ↓遥拝殿(下宮) 参拝客もまだいます。このあたりには
    みやげ物屋や本社参拝者の為の小さな宿も何件かありました。
大山祇神社1

 ↓参道の入り口   はじめは参道沿いにも民家があって、
            車が一台くらい通れる幅の道があります。

大山祇神社2

  直ぐに舗装はなくなって山道の雰囲気になってきますが、
                      林道の雰囲気です。

大山祇神社3



大山祇神社4

 ↑道沿いの草原に とかげ(かなへび)がいました。
  久し振りに見るカナヘビです。
 カナヘビは小さい頃から大好きで、見つけると嬉しくなります。
 例によって携帯電話のロースペックのカメラで撮影したので、
 10cmくらいの近くから撮影しました。
 

大山祇神社5

 ↑不動滝の所に建っている祠 と 
              ↓不動滝

大山祇神社6



大山祇神社7

  ↑ 不動滝に降りて行く回り道はこのような小道で、山道の雰囲気です。
    やはりこのような道がいいですね。

大山祇神社8

  ↑このような道祖神が何箇所かにありましたが、
   新しく作られたもののようで、悪くはありませんが、蛇足の感もあります。

大山祇神社9

 ↑このような分岐点は何箇所かありました。
 幅広く作られた林道のような道(左)を行くか・・
 人が歩いてしか通れない細い山道のような道を行くか・・・
 勿論細い山道を選びました。
 車も通れるような林道のような道は興ざめです。

大山祇神社10

 ↑細い山道のほうは、
   このように沢を歩いて横切るところもあっていい感じです。

大山祇神社11

 ↑202段の石段・・・この上が本社と思いきや、本社はまだまだ先でした。

大山祇神社12

 本社が近づいてくると杉並木が立ち並んでいます。
 樹齢は500年くらいまであるようです。
 この杉並木の間を歩いて行くのはなかなかいいものです。

大山祇神社13



大山祇神社14



大山祇神社15

 ↑この広い石段を登ると手水舎があり、本社へ登る石段にきます。
 手水舎の豊富な水が石段まで伝わって流れています。
 ↓水の豊富なきれいな清水が沢山流れている手水舎
  今まで見た中で最高の手水舎でした。
  非常に美味しい水でした。
  この手水舎が一番気に入りました。


大山祇神社16



大山祇神社17

  いよいよ本社です。

大山祇神社18



大山祇神社19

 思いの外、小さ目の本社でしたが、
  杉の大木に囲まれて、荘厳な雰囲気を醸し出していました。

CA331673.jpg




 登山というよりもハイキングコースというイメージで、写真を撮りながら歩いても小一時間で本社に着きました。
 午後3時頃遥拝殿を出発した時は、前後に何組かの人がいて、登山の恰好で登っていましたので、当然本社まで行くものだと思っていました。山から下りてくる人にも何人かすれ違いました。しかし分岐点で、広いほうの道ではなく、狭い山道のほうを選んで歩いているうちに、直ぐに誰ともすれ違わなくなり、前後にも人がいなくなりました。本社に着いたときは、そこには誰もいませんでした。帰りも誰ひとりにも遭いませんでした。

一生に一度の願いは三年つづけてお参りすれば、なじよな願いもききなさる「野沢の山の神様」といわれているそうです。
「三年続けて」の意味が、毎年一回三年続けて・・・という意味なら簡単過ぎます。こんな事で願いが叶うなら、楽過ぎます。
「三年回欠かさず毎日」の意味ならば、時間的にきついでしょうが、他に仕事だとか用事が無ければ夏場は大変な事でもないでしょう。ただ、雪が積ったらかなり大変でしょう。
でも、この「3年続けて」の意味は、毎年一回3年続ける・・・という意味でしょう。


 因みに、本社の更に奥の山頂に奥の院が祀られている祠があると、ある方から教えて頂いていました。ただ、その道は知っている人と行かないとわからないし、道も崖から落ちる危険性のある道だと聞きました。この日はその道らしきものもわかりませんでしたが、いつか知ってる方に案内して頂いて奥の院まで行ってみたいものです。


           2010年9月26日 日曜日午後 撮影
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【2010/10/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

大山祇
上々
良いところですね。杉の大木が何とも言えぬ雰囲気です。
門前には店もあり結構繁華な神社のようですが、奥まで行く人はいないかな。
「出会い」という言葉を見てなぜか熊との遭遇を思ってしまいました。今年は危なそうですが、そちらは大丈夫でしょうか。北陸は相当出ています。

さて、途中の滝は不動滝とか、実は母の実家の近くにも不動滝と言う大きな滝があります。調べてみたら全国に100以上の不動滝があるようです。滝の雰囲気がなにかお不動さんを思わせるものがあるのでしょうか。

山菜採取禁止の立て札で、よく採れるということが判っちゃいますね。

Re:大山祇
雑草Z
    上々さん、


 杉の大木は、今年7月29日にアップした隠津島神社のほうが大きく高いのがありましたが、杉並木の長さは断然こちらの大山祇神社の参道のほうが多かったです・・・何せ長い道ですから・・・つまり杉の木の数も大山祇のほうが遥かに多かったです。本社が近づいてきてから、500mくらいは大きな木の杉並木の細い山道が続いたような記憶です。・・杉並木というよりも杉の森に細い山道が付けられていた・・という感じです。

 門前のお店は写真に写っているところばかりでなくもっとありました。夏場の午前中から昼頃はもっと混んでるのではないでしょうか?
 私が登り始めたのが午後3時頃ですから、他に本社まで行く人がいなかったのでしょう。でも、登り始めの頃すれ違った人達はきっと本社まで登って来た人でしょう。昼前に登り始める人が多いのだと思います。
 山登りの感覚ですから午後、夕方近くから登る人はあんまりいないのでしょう。

 熊は今年は会津地方でも結構出ています。ついこの間も私の住む町の山の近くで熊が出た事がニュースになっていました・・・確か全国版でも放送した記憶です。今年は山のクヌギとか餌になるものが少ないようです。

「不動滝」という名の滝は会津地方だけでも何箇所か有ります。今年の1月29日の記事の写真も小さいながら不動滝です。
 
確かに山菜取り禁止の立て札は逆効果の面もあるでしょうね。
 ・・・ちょっと話はそれますが、無駄な公共工事の典型である広域林道などを作って、地元の人も山菜取りが便利になった・・・などと説明していますが、実情はよそから車で山菜取りに来る人が増えて困っているようです。おまけにゴミの不法投棄場にもなっています。本当に迷惑な自然破壊の公共工事です。

 
 素晴らしい神社のご紹介有難う御座いました。地元にこんな凄いところがあるとはご紹介されるまで知りませんでした。
地元では、「おおやまのかみ」とも呼んでいるようです。
「祇」の字は「かみ」っても読みそうですね。
 


上々
大山祇神社は山の神でもあり、海の神でもあり、戦の神でもあるので相当守備範囲は広そうです。
祇の字は祇園の祇でもあります。

参拝する方々はよくわかっていて奥まで行くつもりの人は朝早くから来られるのでしょうね。それも若いうちだけなのかも。年を取ったら麓だけであきらめざるを得ないのでしょう。無理に車で連れていくというのも良し悪しになります。
車で行けるようにしてしまったら雰囲気もおしまいでしょう。

さて、熊ですが元々どんぐりの裏作の年に当たる上に猛暑で相当量が少なくなっているようです。かなり腹を空かせているせいか、いきなり人間に襲いかかる(ように見える)場合も多く、射殺される熊も相当数に上っています。かわいそうなものですが、自分が出会う可能性もありますので、そうとばかりも言っていられません。

不動滝の名前の由来として、近くに不動尊の祠があるなんて紹介してある所もありますが、これは逆でしょう。不動滝と言う名前をつけたので祠を作ったと言う可能性が強いと思います。やはり滝の形状から連想されたのでがないかと思います。長野南部の不動滝も、この写真のように高く、水量も多い堂々とした滝です。

湧水の手水舎が素敵です
でなしNo.146
手水舎が湧水で、しかもその水が美味いとは、すばらしい神社ですね^^

最近になって、あるお方に利き水を教えられたせいか、水道水と湧水の違いがバッチリわかるようになりました。

美味い水を飲むと体の調子が良くなります。
(プラシーボ効果ですかね^^;?)

神社の杉の木も荘厳でいいですよね。
個人的には、杉がにょきにょき立っている風景が好きで神社めぐりをしているフシがあります。
(今は新潟県の神社仏閣をめぐっております)

社と杉の清浄な雰囲気や荘厳な雰囲気は、守るべき日本の文化です。
こちらの某神社においては、観光のためなどの理由で、本社のすぐ横や鳥居と参道の間にアスファルトの道路が通っているのをみると残念な気持ちが湧きます。

Re:祇
雑草Z
>山祇神社は山の神でもあり、海の神でもあり、戦の神でもあるので相当守備範囲は広そうです。

「大山祇」 だから、単純に山の神と思ったら、そう簡単ではないのですね。『祇』の字は、氏神を祀るの意、土地の神の意味のようですね。

>参拝する方々はよくわかっていて奥まで行くつもりの人は朝早くから来られるのでしょうね。

そのようです。登山の恰好であったり、修業の恰好であったりします。かなり前から熟年登山が流行っていますが、百名山登山などと比べたら遥かに楽だと思います。

>車で行けるようにしてしまったら雰囲気もおしまいでしょう。

おっしゃる通りです。それは止めて欲しいものです。広いほうの道はやっと車が通れるくらいの幅があります。ジープタイプの車でないと難しいでしょうが、神社関係者や工事関係者は車で登っているのかも知れません。

>不動滝の名前の由来として、近くに不動尊の祠があるなんて紹介してある所もありますが、これは逆でしょう。不動滝と言う名前をつけたので祠を作ったと言う可能性が強いと思います。

>滝の形状から連想されたのではないかと思います。

ああ、なるほど、言われてみればそうですね。
あの男性的で逞しい滝の感じが不動明王を連想するわけですね。 

Re:湧水の手水舎が素敵です
雑草Z
そうなんですよ、でなしさん。

 この手水は後ろの崖の間から沸いてくるのですが、水量もかなり多く、樋の中を流れて手水になる以外にも多くの湧水量があり、写真左手のようなきれいな泉になっています。樋を伝わって手水になった清水も、どんどん出てくるので、水が溢れ出ています。

 ここの湧水はかなり美味しいので、いつか機会があれば他の会津の美味い湧水と比べてみたいと考えています。今のところ一番おいしいのは磐梯の龍ヶ沢湧水などです。それと同じくらい美味しく、長持ちする湧き水かも知れません。
 因みに売っている水は、効き水で比べればわかりますが、かなりまずいです。美味しいと評判の地域の水道水などと比べても断然不味いですよ。水道水よりも不味い水を買ってまでよく飲みますよね。

 この大山祇神社は、新潟県境にある西会津町にありますから、新潟からは行きやすいでしょう。是非本社まで訪れてみて下さい。わかれば奥の院まで探検すれば面白いでしょうね。
 そしてこの素晴らしい手水を飲んできて下さいませ。
 汲んで持って来たいとも思いますが、片道4kmです。リュックを背負って、20ℓくらい汲んできたいところですが、水を汲んだ後の帰り道は重労働でしょうね。・・それだけの事をしても汲んでくる価値のある湧水かも知れません。清水としては全然有名でなく、殆ど人に知られていないのがいいですね。

清水
上々
google mapで付近の地理を拝見しましたが、あの環境なら水質に問題ないかもしれません。
湧出量が十分ならさほど汚染もされないと思われます。
ただし、容器が汚いとすぐに悪化しますので注意を。

全国数々の名水がありますが、そこに小汚いポリタンクを持って行って汲んでいる人を見るとぞっとします。中にはそれを使って食べ物商売をする人もいるようで、くれぐれも十分加熱する食品だけに限ってほしいものです。

長持ち清水
雑草Z
上々さん

付近の地理をみて水質を判断出来るなんて凄いですね。

当方は清水汲みはかれこれ8年くらい続けています。
会津地方の磐梯町には、強清水[こわしみず]という有名な清水がありますが、残念ながらそれほどいい水ではありません。味も今一ですし、汲んで一週間ほどで腐り始めます。
 一方本当になかなか腐らない水が存在します。(塩素や農薬がたっぷり入っているわけではありません・・笑)
 私が同僚から「冷蔵せずに一年以上腐らずに持つ」という清水の話を聴いたときは信用しませんでしたが、試しに汲んで密閉しておいて1年以上置いても飲めました。
 その方のお話によると地下に何十年も寝ていた清水だそうです。硬水で有機物を含まないから長持ちするのでしょうか?・・上々さんのご意見をお聞かせ下さい。

 

湧水
上々
水質判断なんてとんでもない。ただ、上流に民家があると地下水と言えど汚染されている可能性があるかと思っただけです。
水が腐るかどうかというのは、細菌が入り込む可能性があるかどうかと栄養素があるかと言うことです。
有機物があるともちろんだめですが、無機イオンがあってもそれだけで生育できる細菌があり、その菌が生えてくるとその代謝物を使って他の菌も生育し、一気に腐って来ると言うことになります。
したがって、汚染菌がある状況では硬水(マグネシウム・カルシウム等が多い)の方がかえって腐りやすいかもしれません。
おそらくRO水(逆浸透膜でろ過した純水)の方が当然腐りにくいでしょう。

また湧出量も大事で、阿蘇の湧水池なども人里の中にありながら大量の湧出量があるため汚れも薄まるせいかなかなか腐らないということもあります。

それよりもとにかく汲んでくる容器ですね。きれいに洗うのは当然ですが、殺菌までできるといいんですが。

腐らない水の保存の仕方
雑草Z
>無機イオンがあってもそれだけで生育できる細菌があり、その菌が生えてくるとその代謝物を使って他の菌も生育し、一気に腐って来ると言うことになります。

なるほど、そういう事ですね。よくわかりました。有難御座います。上々さんは、キノコやカビなどの菌類だけではなく細菌類にもお詳しいのですね。


 会津地方の昭和村には、銘水が10か所以上御座いますが、そのうち2か所は1年以上腐らない水です。もう少し近くの今年から汲み始めた磐梯の銘水である龍ヶ沢湧水も、まだ1年以上は試していませんが、1ヵ月以上は持ちました。(夏場に1ヵ月以上持つ水は1年以上大丈夫なようです。)

 さて、私が清水を汲んでくると、よく知りあいや親せきにお裾わけしていたのですが、そのうち3,4件は私が汲む清水の固定客になり、毎回沢山お裾わけしています。そのため最近夏場には月に2回くらいのペースで汲みに行かなければ追いつきません。
 家ではペットボトル飲料はあまり飲まないのですが、長年かかって2ℓペットボトルを中心に集めて頂き、200本以上集まりました。それぞれの家で清水を飲んだ後は、口を逆さにして水を全部切るように置いておいて頂き、キャップはキャップで別に洗って保存して頂いております。ポリタンクで用意される方は熱で煮沸消毒されて乾かしてからキャップを付けて私に渡しています。

 汲む方の当方は、空気が残らないように、キャップの口ぎりぎりまで水を入れるように工夫をしています。

 やはり汲む場所が一番大切ですね。何故か美味しい清水は腐りにくい水が多いようです。・・しかしやはり汲み立てのほうが美味しいですね。数か月経つと不味くなります。売ってる水が不味いのはそれも原因でしょう。水が美味いか不味いかは、同じ温度にして同時に同じようなコップに入れて飲んで比べればわかります。 

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2010-09-29 00:01
~諏訪神社~

9月1日水曜日の午後、私の住む町の神社が焼けました。
出火原因は特定されていないけれど不審火らしいとの事。
毎年、年が明けると直ぐ、0時過ぎに元朝参りに行っていた神社です。
つまり個人的に一番慣れ親しんだ神社でした。けっこうショックでした。
旧町内の方の多くも慣れ親しんでいた町を代表する神社です。
古い趣のある建物でした。
新たに建て直されても、あの古い風情は帰って来ないでしょう。
残念です。

焼けた諏訪神社1

焼けた諏訪神社2

焼けた諏訪神社3

焼けた諏訪神社4

以上
2010年9月4日土曜日午後 撮影


↓ありし日の諏訪神社  2009年7月撮影

諏訪神社鳥居

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【2010/09/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

神社の建物
上々
残念なことになってしまいましたね。
人が住んでいない社や祠は何があるか判りません。
まあ怪我をされた人がなければ何よりです。

まあ慰めになるかどうか判りませんが、もともと神社においては建物というものは仮のもので、山や森林や神木が御神体ですので、なんとか元通りに復興ができれば信仰には変わりがないかと思います。(特に諏訪神社は御柱が最重要ですが)

Re:神社の建物
雑草Z
怪我人は無かったようです。

>人が住んでいない社や祠は何があるか判りません。

なるほど、そうかも知れません。この諏訪神社も例大祭などのときは何人か神主さんが中で儀式を行っていました。私は普段人が住んでない神社の魑魅魍魎感が好きです。

>もともと神社においては建物というものは仮のもので、山や森林や神木が御神体ですので、なんとか元通りに復興ができれば信仰には変わりがないかと思います。

言われてみれば確かにそうですね。しかし私の場合は信仰心はあるかどうかは微妙ですが、誤解を受けるような表現ですが、古い神社の怪しいたたずまい、神秘的な雰囲気が好きなのです。

>特に諏訪神社は御柱が最重要

とは、どういう事なのでしょうか?

いつもこのシリーズへの素早いコメント、有難う御座います。

御柱大祭
上々
御柱をご存じないということは諏訪神社でも他の地方は違うということですね。
長野県の諏訪大社(上社・下社)では7年に一度御神体の大木(御柱おんばしら)と言います。を山から切り出して運び境内に立てるのですが、長野県内の諏訪神社も各地で小規模ながら同様の祭をしています。

どちらかというと神社そのものよりもそちらの方が重視されているようです。

Re:御柱大祭
雑草Z
>7年に一度御神体の大木を山から切り出して運び境内に立てるのですが、

そのニュースは何度か見た事がありましたが、長野県の諏訪神社でしたか!・・・そう言えば、「諏訪」って長野県の地名ですから、長野県に大社があるのですね!
 会津の諏訪神社ではそんな風習を見た事も聞いた事もありませんがひょっとして私が知らないだけかも知れませんので、町の人何人かに聞いてみようと思います。

 同じ名前の神社でも、地方によって風習がかなり違うとすれば、面白い事ですね。

 上々さんのこのシリーズへのコメントには、いつも新しい発見があり、楽しみにしております。



一応諏訪神社で
上々
御柱祭は7年目に一度ということで、満で言うと6年ごとに行われると言ったほうが正確でした。今年(2010年)に行われ、事故で亡くなった方も居ましたが、前回は2004年に行われています。
一応全国の諏訪神社でも同じ時期に小祭が実施されることが多いようですが、絶えてしまっているところもあるのでしょうね。

諏訪神社も出雲や阿蘇と同じように古代の豪族の勢力の中心でした。宮司の諏訪氏は戦国時代末期まで勢力を保っていましたが武田氏に敗れました。
長野に多い「沢」のつく苗字は「SUWA」と関係があるという説もありますが、俗説でしょう。

Re:一応諏訪神社で
雑草Z
>一応全国の諏訪神社でも同じ時期に小祭が実施されることが多いようですが、

私の住む町内では、諏訪神社のお祭りとして盛大に秋祭りが行われます。町の町内ごとに太鼓台や山車を出して、道路に出店も並びますが、御柱祭は行われないようです。

>長野に多い「沢」のつく苗字は「SUWA」と関係があるという説もありますが、俗説でしょう。

面白い説ですね。逆に、元々沢の多い地形だから 「すわ・・諏訪」と言う地名とか神社名が出来たとも考えられますね。

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2010-08-29 00:01
~八坂神社~
数年前から、鎮守の森の木々は、杉も悪くはないけれど、やはり広葉樹がいいと思うようになりました。最近 HN 地下水さんから頂いたコメントによりますと、日本では昔、ツブラジイの森であったところが多く、神社ではその植生を残し・・・つまり天然林と言う事でしょうか・・飢饉のときなどに米の成分と近く、生で食べられるこのコジイを守ってきた・・・と言う事です。ますます広葉樹・・・ツブラジイの仲間のブナやシイの木の古木の生えた神社が好きになりました。
そう言えば去年、私の住む町に、そんな広葉樹の巨木がいくつも生えている神社を見つけました。小さな集落の端にあるこじんまりとした、地元の人にもあまり知られていないような神社の鎮守の森ですが、広葉樹の御神木が壮大で、印象深く記憶に残っていました。今のところ私の知る私の住む町で、一番の鎮守の森はこの八坂神社の鎮守の森です。いつか写真を撮って来ようと考えていましたが丁度いい機会と考え、今回写真を撮って来ました。

 ↓集落内の道、西側から
  鎮守の森の手前には畑が見えます。

八坂神社1

 ↓北側から入り口の鳥居を臨む。
  広葉樹の巨木に寄り添うように杉が立っています。 

八坂神社2

 ↓東側・・夕日が後ろの西側から差し込んでいます。

八坂神社3

 ↓目が金色に塗られて怖い表情の狛犬

八坂神社4



八坂神社5



八坂神社6

 神社を取り巻く広葉樹はブナ科の木のようですが、ツブラジイでしょうか?
 ↓やはり根が地表に出ていて大きく張っていると、「古木」「巨木」の感じが出ます。

八坂神社7



八坂神社8



八坂神社9



八坂神社10



八坂神社11


                      2010年8月28日夕方撮影


因みに、
 一番上の写真の北側の集落内の道の
  反対側のこの神社の南側を通る道を2kmほど東に進むと
  昨年12月にアップした
  目薬清水の沸く沼の点在する 廣瀬神社 があります。
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【2010/08/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

八坂神社
上々
今度は八坂神社ですか。神社各系統何でも揃っているようですね。
八坂神社は京都の本社が有名ですが、元は祇園神社と呼ばれていたそうです。
朝鮮半島からの渡来人と関係がありそうですが、地方の末社はそういった関係ではないかもしれません。

何と言ってもシイの大木ですね。
細かくは何と言う木か分からないのですが、こういった広葉樹は見ているだけで落ち着きます。

Re:八坂神社
雑草Z
    上々さん

 いつもこのシリーズへのコメント有難う御座います。
実は 八坂神社 と言う名を見るのは多分初めてで、マイナーな神社かと思っておりました。しかし、もしかしたら上々さんならご存知かな?・・と期待していたら、案の定でしたね!?上々さんのコメントの感じからすれば、結構勢力のある神社のようですね。いつも色々教えて頂き有難う御座います。

>何と言ってもシイの大木ですね。
>こういった広葉樹は見ているだけで落ち着きます。

そうですね。やはり鎮守の森の御神木、古木、大木は、広葉樹のシイの木の仲間が荘厳ですね。


Re:Re:八坂神社
地下水
 写真の太い樹はブナ科コナラ属のアカガシの木肌に近いのではと思います。この実は鳥の食べ物ですね。
 ツブラジイは寿命が百年までなので古木と言う程太くはなりません。細長く、すべすべした木肌をしているのはツブラジイかもしれません。
 日本で食べ易いシイノキと言えば、ほとんどがツブラジイかスダジイですが、スダジイは古木になります。写真の比較的木肌に縦割れが入っているのはスダジイかもしれません。スダジイはツブラジイより多少味が落ちますが、ほとんど同じで実が大きいです。
 マテバシイは味が落ちますが飢饉の備えに各地に植えられました。写真の細長い樹はマテバシイかもしれません。

>鎮守の森の木々は、杉も悪くはないけれど
 古木の杉木立も気持良いものですが、森林研究所のメタセコイヤの並木も気持良いものでした。

ブナ科の木
雑草Z
 またまた、ブナ科の木について、ご説明、有難う御座います。
 木肌などを見て、樹木の種類が想像がつくとは、地下水さんも相当ブナ科の樹木に精通された方なのでしょうね。

>ツブラジイは寿命が百年までなので古木と言う程太くはなりません。

そうだったのですか?・・・意外です。ではあまり太くもならないのですか?

>日本で食べ易いシイノキと言えば、ほとんどがツブラジイかスダジイ

「食べ易さ」とは、木の実のドングリの部分でしょうが、どのようにして食べるのが美味しいのでしょうか?・・・穀物として主食に出来る可能性はあるのでしょうか?

>森林研究所のメタセコイヤ

メタセコイヤの実は食べられるのでしょうか? 

Re:ブナ科の木
地下水
 いえいえ、あちこちの神社や植物園でツブラジイやスダジイを拾って集めて植えたことがあるだけですよ。11月上旬にスダジイは枝ごと落ちていて集めやすいです。ツブラジイはもう少し早くて、一粒ずつ落ちています。
>ではあまり太くもならないのですか
 植物園の様な平地では、そこそこの樹になりますが、山の上の神社などでは、細長く育っていました。
>どのようにして食べるのが美味しいのでしょうか
 ツブラジイやスダジイやマテバシイは、そのままフライパンでフタをして炒って食べれば香ばしくて、クッキーみたいな甘みが少し出て美味しいです。おやつですね、主食にもなりますけれど。
 アカガシなどは水から煮てアク抜きしてから炒って食べればいいですよ。
>メタセコイヤの実は食べられるのでしょうか
 メタセコイヤはアケボノ杉なので、杉と同様でもちろん食べれませんね。アケボノ杉も日本の気候に合っていて、高く清々しく、少ししっとりした感じさえあります。

メタセコイヤはアケボノ杉なので
雑草Z
>神社や植物園でツブラジイやスダジイを拾って集めて植えたことがある

 ・・・と言う事は、種、即ちドングリを拾ってきて植えたと言う事ですね!?木を苗からではなく種から植えるっていいですね。

>そのままフライパンでフタをして炒って食べれば香ばしくて、

その食べ方、気に入りました。試してみたいです。先ずはツブラジイやスダジイやマテバシイを探す事ですね。季節は丁度秋になりますね?これからの季節ですね。

>メタセコイヤはアケボノ杉

そうなんですかあ!・・日本に合ってると言うのはどういう部分ですか?

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2010-07-29 00:01
~隠津島神社[おきつしまじんじゃ]~

猪苗代湖の南側の湖南の森の中になかなかいい神社がある・・・と、親しくしている方から聞いて、早速まだ梅雨の明けきらぬ7月のはじめ[7月1日]に行ってみました。森の中にある現地に着いたのがもう日暮れの頃で、小雨が降っていて霧がかかり、それはもう神秘的な風景でした。こんなに素晴らしい幻想的な神社の風景を見た記憶は御座いません。残念ながら、その霧のかかった夕暮れの薄暗い風景は携帯電話のカメラで写真を撮っても暗過ぎてよく写りませんでした。
 梅雨が明けた晴れた日[7月18日]のお昼に出直して写真撮影して参りました。この晴れた日のお昼は、過日ほどの幻想的な風景ではありませんでしたが、それでも境内の背の高い杉の巨木などが、角度によっては空の高い位置にある日光をも遮り、また別な角度では木漏れ日が差し込み、荘厳な後光が差し込んでいるように見えました。巨木が林立するこの鎮守の森の中は、真夏の暑さとは無縁で、涼しく感じました。最近人里が暑いのは、コンクリートで固められているからだと言う事を間接的に痛感いたしました。
 因みにこの隠津島神社があるのは、郡山市湖南町ですから、同じ福島県でも会津地方ではなく、中通地方になります。しかし、会津地方と接する地区ですし、山も深く、雪も沢山積りそうですし雰囲気的にはここは会津地方です。

 ↓ 神社の北側・・2kmほど手前に参拝道がありました。
  車道と並行して数十メートル走り、鳥居を抜けるとまた車道に合流していました。
 いわゆる旧街道です。

隠津島神社1

 ↓神社の横(敷地内)の湿地 管谷地

隠津島神社2

 ↓神社入り口の鳥居・・・杉の巨木が何本も立っていて壮大です。

隠津島神社3



隠津島神社4

 鳥居をくぐって中から外を覗いても、杉の巨木の大きさに圧倒されます。

隠津島神社5

 屋久島の杉を想起します。(・・屋久島に行った事はありませんが・・・)

隠津島神社6

 ↓木の下の日蔭のシダ類の葉も非常に大きく育っています。
 大きさも形も植え込みのソテツのようです。

隠津島神社7

 神社の林は15haあり、杉や雑木林の天然林との事ですが、

隠津島神社8

 この鎮守の森は周りの森と繋がっています。 

隠津島神社9

 木漏れ日の中の杉の巨木のシルエット

隠津島神社10

 ↓木の間に本殿が見えて来ました。

隠津島神社11

 本殿の社の建物自体はこじんまりとしていて普通の社の雰囲気です。

隠津島神社12



隠津島神社13



隠津島神社14

 ↓社の裏手の横の方に得体の知れないものが祀られていました。
 ヘビ神様と風穴はここより上ですが・・

隠津島神社15

 ↑の横にある
 ↓社の裏手の小高い丘(山?)にある風穴堂とへび神様入り口の鳥居。

隠津島神社16



隠津島神社17

↓坂道を登っていくと先ず最初に現れる 御神岩とされている 烏帽子岩

隠津島神社18

風穴堂までは、鳥居がいくつかありました。

隠津島神社19

へび神様の祀られている風穴堂

隠津島神社20

この辺り一帯にある多くの風穴から、
夏は冷風、冬は暖風が吹き上げるので、
神風穴 と称されるとの事

隠津島神社21

 風穴の岩の上に風穴堂などいくつかの社が建てられています。

隠津島神社22


隠津島神社23

 風穴堂は高床式で、高床の下に大きな風穴の岩があります。

隠津島神社24

 ヘビ神社の鈴の下の賽銭箱の横に
 ヘビにお供えする積りでしょうか?
・・賽銭箱の横に卵が沢山供えられていました。

隠津島神社25

 布の幕をめくって覗いてみますと、ヘビがいました!
 昼間の明るい時だから気付きましたが、
 過日は、日没あたりに来たので暗くて気付きませんでした。

隠津島神社26

ヘビは、丁度ねじれた木に作られたようです。それに顔を描いたようです。
「ツチノコ」ってこんな感じでしょうか?

隠津島神社27

床の板を挟んでその下は風穴の岩。

    2010年7月18日(日)お昼過ぎに撮影
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【2010/07/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

すごい神社
上々
またすごい風情のある神社ですね。
郡山と言うと新幹線の駅のイメージがあり、会津とは離れた感じがしていましたが、西端は猪苗代湖に近いのでしょうか。
縁起をみると宗像大社から由来するようですが、宗像大社は海上交通の守護神ですが、湖の舟運に関わりがあったのでしょうか。

それにしても見事な杉の大木です。
樹齢千年以上でしょうか。こちらの白山比め神社の杉も大木ですが、手入れもされているのでしょうか。

しかし、神社シリーズなかなか尽きませんね。

これは…素晴らしいです^^
でなしNo.146
すごい杉ですね!!

杉の森にもやがかかっている時期なんて、とても幻想的な情景なんじゃないでしょうか^^
他にも杉がにょきにょきはえているものや木漏れ日の写真などを見ると一度行ってみたくなりました☆

ウィキで調べてみたら、鎮守の森は原生林と書かれていました。

お供え物といい、長い間、地元の人から愛されてきた神社なのですね^^

写真でも十分迫力が伝わってきますが、実物を見たら感動すると思います♪

Re:すごい神社
雑草Z
    上々さん

いつも鎮守の森シリーズへのコメント有難う御座います。
そして、写真の看板の内容の解説も有難う御座います。
歴史の知識が乏しい為に、書いてある内容の背景など全然わからないもので、いつも上々さんの解説で、そう言う事なのか・・・と新たな発見があります。今回も、宗像大社って全然知りませんでしたが、

>宗像大社は海上交通の守護神ですが、湖の舟運に関わりがあったのでしょうか。

に、なるほど、と思いました。神社の看板も、知識が豊富な方が読むと深い発見も沢山ありますね。

さて、先日の大雨被害で全国に放送された郡山市ですが、猪苗代湖の南側で会津若松市と接しています。郡山市は広い市で、郡山市湖南町はその名の通り猪苗代湖の南岸の地域です。
 猪苗代湖は日本の湖では大きいほうから数えて2,3番目ですが(・・霞ケ浦を湖と見なすかどうかで変わってきます・・)3つの市町の領域になっています。
 北半分が磐梯山と野口英世で有名な猪苗代町。
 南半分の西側が会津若松市湊町。
 南半分の東側が郡山市湖南町です。

>手入れもされているのでしょうか。

人里離れた場所にあり、神主も住みつかなくなり、現在は無人のようですが、本殿には記帳用のノートが用意されたり、管理に来る人はいるようです。

>神社シリーズなかなか尽きませんね。

会津地方だけにしようと考えていたのですが、この隠津島神社は非常に気に入ったのでアップ致しました。これからも会津を中心にしながらも、会津の周りで魅力的な神社があればアップしたいと考えています。神社シリーズは上々さんの貴重なコメントを読んで、学ばさせて頂いています。これからもコメント宜しくお願い致します。




是非行かれて下さい。
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 やっぱり、霧やもやのかかった黄昏時が最高ですね。

>鎮守の森は原生林と書かれていました。

鎮守の森は、昔から神聖な場所できも切られずにそのままの場所も多く、原生林と言わずとも、天然林が結構あるようですね。
でも、ここ隠津島神社の鎮守の森は、神域として、数百年来斧を入れた事もなく、倒木も朽ちるままの状態だそうです。

>お供え物といい、長い間、地元の人から愛されてきた神社

人里離れた場所にあり、本殿前に置かれた記帳を読むと、結構遠くからも参拝に来ているようです。この日、郡山市在住の方から聞いた話によると、何故か最近ここは、水商売とか芸者さんとかがお参りするところになってるそうです。そう言えば、私が写真撮りに訪れた2度目の時も、芸者さんらしき方が2人で御参りに来てました。

でなしNo.146 さんは、確か新潟県にお住まいの筈ですが、機会があったら是非訪れてみて下さい。雨っぽい日が神秘的です。

宗像大社
上々
実は九州には宗像さんと言う名字の方もいらっしゃり、宮司一族の末裔だろうかと思ってしまいます。

宮司さんというと今では単に神社の管理者かという感じですが、各地の大社がその地域の支配層と一体であった時代にはそれとイコールだったわけで、阿蘇・出雲・諏訪などかなり遅い時代まで豪族であった時代もあります。

宗像大社は海運を司る神であったと言うことなので、当然宗像一族もその関連の豪族だったでしょうが、それがなぜ猪苗代湖畔かという思いはありますね。
遅れた時代には陸運も司ったとありますので、その関係でしょうか。

Re:宗像大社
雑草Z
 「宗像」って苗字が軍事一族の名字なのですね?言われてみればそんな感じの漢字ですね。この字にはどんな意味が込められているのでしょうね?

 会津地方にも、多くはありませんが「むなかた」と呼ぶ苗字の方はいます。「宗像」と「宗形」です。どんな違いがあるのでしょうね?

>宮司さんというと今では単に神社の管理者かという感じですが、各地の大社がその地域の支配層と一体であった時代にはそれとイコールだったわけで、

なるほど、神に仕える者が支配者だったわけですね。だから各地にこんなに沢山色々な名前の神社が建っているのですね。会津地方だけでも神社の数は本当に多いです。ある程度大きいものも結構な数がある事を最近知りました。

>宗像大社は海運を司る神であったと・・・・それがなぜ猪苗代湖畔かという思いはありますね。

水運の神と考えれば猪苗代湖も関係あるのかな・・・とも思いますが、猪苗代湖はそんなに昔からあった湖ではないですからね。でも、この辺りは湖や沼が沢山あった地方らしいです。

>遅れた時代には陸運も司ったとありますので、その関係でしょうか。

その可能性が高そうですね。

 上々さんの色々な御推測、興味深く、非常に参考になります。有難う御座います。





はじめまして
「蜂に刺される」とネットサーフィンをしていたら
こちらにヒットしました。
ブログを呼んでいたら共感するところが多く
コメントしようと思いました。

実は屋久島在住です^^。
屋久島の森はもっともっと素晴らしいですよ(笑)。
島に住んでいると地球の自然の豊かさ素晴らしさを実感します。
台風や雷もすごいなぁ~と感動します・・・(本当ですよ)
その分、季節毎に色々な虫もたくさんいて大変ですが・・・(笑)
今朝、蜂にさされてまだ痛いです…
蜂の巣にうっかり近づいた、私が悪いのです(笑)

関東より屋久島に移住しました。
移住理由は主人が化学物質過敏症を発病したため
都会での日常生活が困難に。
発病のおかげて色々なことを見直すことができ、
本当によかった思っています。
合成洗剤、化学繊維衣類、プラスチック・・・
世の中に化学物質って多すぎ・・・
地球や体に良くないもの・・・
人という動物が一番の害獣では・・・と。

「エコ」って流行ってますが、全然「エコ」ではないでから。
節約、時短することが「エコ」って思っている人多いですね。
まったく関係ないわけでもないですが、ズレていることが多いです。

屋久島に移住してきた方は環境に対する意識が高い人が多いです。
その反面、もともと住んでいる方はとても低いことが多い…。
生まれた時からある環境が当たり前と思っているようで。


ついつい長文になってしまいごめんなさい。
陰ながら応援していますので
マイペースで更新頑張ってください^^。



>はじめまして
雑草Z
 はじめまして、コメント有難う御座います。
「はじめまして」がHNで はじめまして・さん・・・と呼ぶのも変ですね。何か他の適当なHNを付けて頂いたほうがいいですね。
 台風や雷にも感動出来るっていいですね。色々な虫とも共存して下さいませ。

>合成洗剤、化学繊維衣類、プラスチック・・・
世の中に化学物質って多すぎ・・・

このあたりは主に石油から作りますね。石油は正に人間社会のドーピングですね。使うべきではないですね。化学物質の使用については厳しく禁止しないと、腐らずにあちこちにばら撒かれて大変な事になってますね。

>「エコ」って流行ってますが、全然「エコ」ではない

「エコ」って言葉が空々しく聞こえますね。本来の意味のecology ではなく、殆ど実質 economy の意味になってしまっていますね。

>人という動物が一番の害獣では・・・と。

そうですね。人間の膨張主義が環境問題を深刻にしています。ここ100年ばかりの人間活動の異常な膨張で地球の生態系はこれでもかとばかりに痛めつけられています。それは勿論人間にも跳ね返ってきますね。開発に取り憑かれた文明人は、ガイア地球の癌細胞ってところですね。

思い切って屋久島に移住されて本当に良かったみたいですね。都会は早く脱出した方がいいでしょうね。しかし、多くの人が屋久島(=大自然が沢山残っている田舎・・)に移住したら自然が破壊されるし、屋久島の自然の事を考えると微妙なところですね。
人間の環境負荷を早急に桁違いに減らさなければ大変な事になりますね。


>屋久島に移住してきた方は環境に対する意識が高い人が多いです。 その反面、もともと住んでいる方はとても低いことが多い…。

これは、屋久島に元々住んでいる方の方が環境を破壊していると言う事でしょうか?・・・具体的にはたとえばどんな事でしょうか?

 
  


屋久島のA子^^
「はじめまして」あらため「花」です^^。
「花(自然)」とたわむれ会話しているのが大好きです。
植物から元気をもらっています。


>屋久島に元々住んでいる方の方が環境を破壊していると言う事でしょうか?・・・具体的にはたとえばどんな事でしょうか?

「破壊」というほど大げさなものではないですが…

地元民しか知らないような釣り場に空き缶やゴミが放置されていたり・・・。

除草剤を使っていたり。
島内の夏場の植物は高温多雨で超~~っ急成長。そのため手におえず使ってしまうのもわからないでもないですが・・・。
草が茂りすぎると蛇や蜂、害虫(害は人ですが・・・)などが住みやすい環境になるので。

果樹園や畑に化学肥料を使用しています。
本当の土の成分がこわれてしまうのに・・・
今年の梅雨は多雨のため生育不良のため多く使用しているらしいです。
移住者で畑をしている方は有機やEM菌(有用微生物群)を使用しているところが多いです。

水道の塩素濃度が高いと思います。特に夏場。
豊かな自然のため水が腐りやすいから・・・と耳にしたことあります。うちは塩素系洗剤の使用していないので濃度があがるとよくわかります。移住してきた敏感肌の方が都会にいるより肌があれてきた・・・と。役場の職員の方はほぼ地元出身者。水道関係の方も同じほぼ地元出身者。環境に対する正しい意識が乏しいです。

ちょと思いあたったことはこれくらい。

また時々コメントしますね~
以前のブログも少しずつ読んでいるところです。
更新を楽しみにしています^^。

屋久島の島民
雑草Z
 お返事有難う御座います。HNもしっかりあらためて頂いて恐縮です。
 ただ、HNは「花」さんですか?それとも 
「屋久島のA子^^ #」さんですか?
「屋久島のA子^^ #」さんが仮の本名で、HNを「はじめまして」から「花」に改めた・・・と考えるのが妥当でしょうか?

それは兎も角、質問にしっかりお答え頂き有難う御座いました。色々な例をかいて頂き、イメージが出来ました。

地元の方もみんなではないでしょうが、環境意識の低い人が多くて嫌ですね。どこの場所でも、田舎の人が都会の人よりも環境に対する意識が高いわけではないですね。

屋久島で除草剤や化学肥料は使って欲しくないですね。
思いがけなく意外だったのは

>水道の塩素濃度が高い

と言う事です。屋久島って水が豊富なところですから、水道なんて必要ないと思っていました。それが塩素たっぷりなんて・・・残念です。
 まさか用水路として U字溝なんて入ってませんよね?

以前のブログも読んで戴き恐縮です。有難う御座います。何か興味がある記事があれば、そちらにもコメント頂ければ嬉しく思います。
 屋久島の自然を大切に見守って下さいませ。

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2010-06-29 00:01
 先月に引き続いて冬期間雪で行きにくかった、山の中にある大きめの神社をアップしたい・・・と思っていました。
しかしそんな折、平地の田んぼの真ん中に、気になる小さな鳥居を発見しました。田園風景の中に神社や祠がある事は珍しい事ではないでしょうが、四方を田んぼに囲まれて、小さな赤い鳥居だけ見えて、神社が全く見えない鎮守の森がとても印象的でした。どんな神社があるのか、祠があるのか、気になっておりました。6月27日の日曜日はあいにくの雨でしたが、出掛けたついでに行って参りました。


旧塩川町(・・現喜多方市・)かと思いきや、
ここは湯川村のようです。丁度境界線あたり・・。
↓北側を走る県道から、鎮守の森と赤い鳥居が見えます。
後ろには日橋川の堤防が見えます。
田んぼの中の稲荷神社1

赤い鳥居がはっきり見え始めました。

田んぼの中の稲荷神社2

鳥居の右前と左後ろに太い御神木らしき木がありました。
鳥居の左手前には、太い木が倒れています。


田んぼの中の稲荷神社3

写真では分かりませんが、雨が降っています。

田んぼの中の稲荷神社4



田んぼの中の稲荷神社5

鳥居をくぐると狐の置物が祀ってありました。
どうも、お稲荷さんのようです。
左側にカップ酒が供えてあります。

田んぼの中の稲荷神社6



田んぼの中の稲荷神社7



田んぼの中の稲荷神社8

鳥居の中の境内(?)には、桑の実が沢山実っていました。
勿論、撮影後に、しっかり熟した黒くなった実を頂きました。

田んぼの中の稲荷神社9

↓神社の中から鳥居の外を臨む。

田んぼの中の稲荷神社10

↓鎮守の森の西側から撮影

田んぼの中の稲荷神社11

↓後ろの南側の堤防の上から撮影

田んぼの中の稲荷神社12

↓同じく堤防の上、南西側から撮影

田んぼの中の稲荷神社13

どの地図にも載っていないくらい小さな祠でした。
(神社が詳しく載っているネットのマップル地図にも載っていませんでした。)
どうやら稲荷神社のようです。
神社ではなく、こんな小さな祠に、
結構大きな鎮守の森がある事が嬉しく思いました。

四方を田んぼに囲まれていましたが、
北東側に多少草地がありました。・・休耕田かも知れません。




6月27日 日曜日 午後1時過ぎに撮影。
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【2010/06/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

原風景
上々
結構ちゃんとした鳥居とその割にかわいらしい祠の取り合わせが面白いですね。
ほとんど個人の所有のような気もします。
稲荷信心の方が作ったのでしょうか。
その一帯がまさに日本の原風景を形作っているのが見事です。

Re:原風景
雑草Z
    上々さん

 確かに、鳥居だけ見るともう少し大きい神社の建物があるような感じが致します。
 確かにお稲荷さんの置物が置いてある小さな祠は、個人の家の庭先などに置いてあるのに似ています。

>ほとんど個人の所有のような気もします。

なるほど、そこまでは考えませんでしたが、周囲の田んぼの持ち主かその先祖が作ったのかも知れませんね。

 お稲荷様自身は自然(動物)崇拝だから古いと思いますが、このような祠を作る人も現代もいるのでしょうか?

 私は個人の庭先などにあるお稲荷さんの祠は、昔からあったものを祀ったのかと思っていましたが、新しく作る場合もあるのでしょうかね?

>その一帯がまさに日本の原風景を形作っているのが見事です。

このような日本の原風景はずっと残って欲しいですね。
県道や堤防が、ちょっと宜しくない感じもします。

 ******   ******    ******    *

いつも鎮守の森シリーズにコメント有難う御座います。
元々は、冬に行けなかった、上々さんから教えて頂いた大山祇(山の上の本社)などをアップしようかと考えていたのですが、この神社が気になっていたので、この小さなどの地図にも載っていない稲荷神社にしました。


庭先の祠
上々
最近はないでしょうが、ちょっと前までは金持ちが自家の敷地内に信心する神仏の祠を作ると言うのは結構あったんではないでしょうか。
私の家内の親戚の家にも江戸時代か明治時代に建てたらしいお稲荷さんがあったのですが、その家が跡継ぎなく絶えたため家屋敷を売却しようと言うことになったのですが、そのお稲荷さんを撤去するのが大騒ぎでした。
一応、その地方の稲荷神社の元締めのような所にお願いして魂抜きの神事をしてもらってから取り壊したんですが、その後何も起こっていないのでまあ良かったんでしょう。

地域の住民が氏子となっている氏神様などは歴史も古いものもあるのでしょうが、こういったお稲荷さん、やお地蔵さん、お不動さんといったものは個人的に作ったものもあるかもしれません。

Re:庭先の祠
雑草Z
    上々さん

またまた興味深い情報有難う御座います。

 裏庭にお稲荷さんが祀ってある小さな祠がある親戚があるので、先ほど電話して聞いてみたら、、2代前(本人の祖父)が、家を建てるときに作ったとの事。だから全然古いものではなく、50年位前の物なのかも知れません。漠然と、昔からそこにあった祠を建て替えたのかな・?・・などと思っていたのでちょっと興ざめです。
ただ、昔,近所のそのような祠をいくつかみんなでお参りして歩く日があったという習慣があったと聞いていたので、もっと伝統があるものかどうかもう少し他の方に聴いてみる積りです。

お稲荷さん
上々
特にお稲荷さんは祟るとか言って、解体するにも業者が嫌がると言うことはあるみたいですね。

まあ建てる人は信心深かったんでしょうが、今となっては邪魔なだけかもしれません。何にも気にしなければ良いのでしょうが、やはり少し気になるし。

なお、魂抜きのお祓いは意外にお布施も低額でやって頂けたようでした。これは神社・寺社にもよるかもしれません。

考えてみれば、東京のど真ん中のビルの屋上などにも結構祠や社がありますね。工場などでもボイラーの機械の所には荒神様が祭ってあったりしますし。
そういった信仰心と言うものはなかなか無視できないものがあります。

その後談
雑草Z
>今となっては邪魔なだけかもしれません。

そう思っている人が、祟りを恐がっているのが面白いですね。
 後日談と言うか、昨日お稲荷さんが祀ってある祠がある親戚に電話したとき、彼が、もっと年上の母に聞いたほうが詳しく分かるとの事で、その後確認しました。
 家を建てるときに作ったのではなく、家を建てるときに、祠も建て替えたそうで、その前はもっと立派な祠があったとの事。
そして、以前は七所詣り〔ななどこまいり〕と言って、そのようなお稲荷さんの祠のある家を7か所お供えをしながら回って歩く習慣があって沢山お供え物もあったそうです。

 自然崇拝の神道っていいですね。
 自分の家にも小さな祠があったら、魑魅魍魎とした雰囲気があっていいなと思いました。

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2010-05-29 00:02
会津若松市の東山温泉は、古くからの歴史ある温泉地です。

 その、東山温泉には、温泉神社もありますが、ほかに、温泉街に大きな鳥居があり、その先は道を横切って裏山の上まで続く、羽黒山湯上神社があります。
その存在に気付いた去年あたりから、いつかここに登って、神社まで行って確かめてみたいと思っておりました。
雪も融けて暫く経った先日、登って参りました。

 大きな鳥居をくぐって道を横切った先の山への登り口に、石段は1225段、往復1時間・・と記されていました。・・実際写真を撮りながらゆっくり登って約30分で上の神社まで辿りつきました。
石段を数十段上がる度に反対側へ折り曲がるジグザグの道で、途中、石段沿いに観音像などが掘って、番号が付けられていました。ちょっと素人の作のような感じの観音像もありましたが、それはそれで味がありました。
あんまり人が登っていなくて、石段の上に去年の秋の枯れ葉が溜まって、それを掃きとっている方もおりました。


 ↓温泉街にある入り口の表示・・・登った後から見つけて撮影

東山;羽黒山湯上神社1

 ↓大きな鳥居・・・大きなしめ縄にぶら下がっている紐よりも人間のほうが低い
          これも下りてから撮影。
   後ろに見える裏山に石段が続き、上のほうに羽黒山神社があるのです。
   あの裏山全部が鎮守の森でしょうか??

東山;羽黒山湯上神社2


↓二つ目の鳥居の向こう側に、道を挟んで案内板。

東山;羽黒山湯上神社5



東山;羽黒山湯上神社6

 

東山;羽黒山湯上神社7

 ↓道を挟んで、山道の石段を登るとある3つ目の鳥居
 ここから長い山道がジグザグに続く

東山;羽黒山湯上神社8

 長い石段が続く・・・

東山;羽黒山湯上神社9



東山;羽黒山湯上神社11

 観音像に番号が書いてある。20ヶ所くらいはあったような・・
旅館の名前が書いてあったりするから、温泉街の寄贈かも知れない。

東山;羽黒山湯上神社12

石段はまだまだ続く・・・

東山;羽黒山湯上神社13



東山;羽黒山湯上神社14

 身代わり観音

東山;羽黒山湯上神社15

 ↓最初の祠・・・まだ本殿ではない。

東山;羽黒山湯上神社16

 ↓さらに暫く行くと本殿が見える。
  右側は手水舎

東山;羽黒山湯上神社17




東山;羽黒山湯上神社18

 入り口の扉が鍵が閉まっていなかったので、開けてみる。

東山;羽黒山湯上神社19

 中はこうなっているのです。
  使わないときは奇麗に白い布で覆ってある。
 賽銭箱がやたらと大きい。

東山;羽黒山湯上神社20

 ↓さらに裏山の4つに枝分かれした珍しい木

東山;羽黒山湯上神社21

 ↓下り道で、木の間の下の方に温泉街を臨む。

東山;羽黒山湯上神社23

 ↓冬の倒木と思われるこんな木の下もくぐりました。

CA331075.jpg



   2010年 5月15日土曜日夕方撮影


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【2010/05/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

味がありますね^^
でなしNo.146
東山の奥にこのような場所があるとは思いませんでした。

清浄な気配や、あやしい雰囲気も伝わってくる写真も、素敵です^^

仏都会津と言われるようですから、探索してみるとかなりたくさんこういう場所が残されているのでしょうね!

ちょっとしたお寺好きの私としては、一度行ってみたくなりました。

裏山の奥の高いところにある神社
雑草Z
    でなしNo.146さん

>清浄な気配や、あやしい雰囲気

そうなんですよ。あんまり人が歩いていないで、石段には冬を越したと思われる枯れ葉が溜まっていて、ところどころにある観音像などは、下手な感じもあって、ほどほどに荒れた感じもいいです。

>ちょっとしたお寺好きの私としては、一度行ってみたくなりました。

是非機会があればおススメです。山寺の荒れ寺・・・って感じです。でも、一応神道の神社ですよ!!お寺ではありません。・・・と言いつつ、観音像などもありましたから神仏混合でしょうか?

>仏都会津と言われるようですから、

そうなんですね!?

>探索してみるとかなりたくさんこういう場所が残されているのでしょうね!

そうですね。昨年からどんどん見つけています。まだまだ沢山あるようで楽しみです。

会津
上々
地図で見ると会津若松市街から近くのようですが、こんな山奥のようなところがあるんですね。
羽黒山湯上神社と言うのは調べてみたら東京にも末寺があるようで驚きました。
出羽三山の羽黒山とは関係がないのでしょうか。

会津は直ぐに奥深い山がある。
雑草Z
    上々さん

 会津若松市は会津盆地内にあり、人口も十数万で、山に囲まれた地方都市です。特に東側は直ぐに山になります。・・その為、会津若松市内では、東の方向へ行く事を「上る」といいます。
 ネットの地図で見ると温泉街から続く長いジグザグの石段が分かりますね・・本当に長い感じです。
 石段の写真はもっと沢山撮りましたが、似たような風景が延々と続くので、あまり載せませんでした。


>出羽三山の羽黒山とは関係がないのでしょうか。

あるような感じもしますが、見当もつきません。それこそ上々さんに教えて戴きたいところです(・・当方が地元なのですがね・・・汗)

 


 

若松
上々
会津方面にはまったく土地勘がありませんので、なんとなく猪苗代湖からそのまま会津若松につながっているかのような気がしておりました。
その間に結構高い山があるんですね。

今、Google Earthでどのように見えるかを試してみました。
本当に便利になったものです。

土地勘
雑草Z
    上々さん

 殆ど行った事もない遠くの土地勘はなくて当然ですね。
私も九州でも長野県でも、どの市一つとして土地勘は全くありません。それに対して、上々さんの

>なんとなく猪苗代湖からそのまま会津若松につながっているかのような気がしておりました。

は、あながち間違いでもありません。猪苗代湖の北側を走る国道49号線などは、猪苗代湖から会津若松市内までは下って行くだけです。(標高差300~400mくらい)

 ちなみに猪苗代湖はおよそ、北半分が猪苗代町、南半分の東側が郡山市、西側が会津若松市です。

猪苗代湖と会津若松市内の間には(北部を除く)、東山などの山が連なっていますが、その代表が背炙山(せあぶりやま)です。名前も凄いですね。羽黒山神社の裏山からも見えまして、写真も撮りましたが、記事にはアップしませんでした。

 神社が結構しっかり記載されているMAPPLE地図を見ると、猪苗代湖の周りにも神社が結構あるので、そのうちいくつかを今年中に訪れてみようかと思います。

 石川県の金沢方面も結構沢山神社がありそうですね。熊本と比べてどうですか?

神社
上々
石川県には白山神社の本社の白山比(しらやまひめ)神社、以前に話題にした能登一之宮の気多大社を筆頭に、数多くの神社があります。
今住んでいるのは金沢市の隣町ですが、近くには日吉神社あり、八幡神社あり、大変な数です。
やはり、非常に歴史が古いところですので、そのためでしょうか。
熊本ももちろん古くから開けたところで、阿蘇神社系列など多いのですが、八代平野は干拓地で江戸時代以降に開けたところですので、数は少ないようです。
また、浄土真宗の門徒が非常に多い土地柄ですので、その影響もあるのかもしれません。

Re:神社
雑草Z
    上々さん

 伝統があって素敵なところにお住まいですね。
私は北陸には行った事がありません。昔から行ってみたいと思っていたのですが・・・
 金沢あたりは是非一度訪れたいなと思っています。
上々さんは、石川県に来られてまだそんなに経っていなかったと思いますが、冬の寒さを考えなければ、なかなかいいところに住んでいらっしゃる感じでしょうか?

>白山比(しらやまひめ)神社

なんて名前は全く聞いた事もありませんでした。


>干拓地で江戸時代以降に開けたところですので、数は少ないようです。

なるほど、今残っている神社の多くも江戸時代以前からあったと言う事でしょうか?

神仏混合が広く行われていても、やはり仏教が強い地域では、神社が少ないものでしょうか?




白山
上々
石川県に来るまでは白山についてもあまり知りませんでしたが、夏近くなっても積雪が残り、平野から見てもなかなか神々しい山で、信仰を集めたのも当然かなと思います。
北陸中部を中心に2000社以上の白山神社というのがあるそうで、一応現在はその総本社となっているようです。
東京の文京区白山というのもなじみのある場所ですが、そこも元は白山神社から名前が来ているそうです。

たまたま昨年秋に白山比め神社も訪れることがあったのですが、杉の巨木が茂る林の中の社でした。
すぐそばに加賀一の宮という北陸鉄道(ローカル私鉄)の駅があったのですが、鶴来と言う駅からそこまでの区間は初詣シーズン以外は一日数十人と言う客数だったために昨年末に廃止になってしまいました。
ちなみに、北陸鉄道石川線(金沢市野町駅から白山市鶴来駅まで)には昔東急や京王帝都で走っていた電車が走っており、鉄道ファンには嬉しいところです。井の頭線で走っていた電車もあるようで、大学時代の通学電車でした。

なお、熊本県八代平野の干拓は江戸時代もさることながら、明治以降も広く行われ、最後の干拓地入植は昭和も戦後になってからです。すでに神仏習合が終わった後になったせいかもしれません。

北陸と神社
雑草Z
    上々さん

「白山」と言う名前からの印象通り、白山と言うと、全体が真っ白の三角形の山の写真が直ぐに思い浮かびます。 なるほど、白山自体が神々しい感じで信仰の対象として、ふさわしい姿なわけですね。

>北陸中部を中心に2000社以上の白山神社というのがある

それは凄い数ですね。会津では見掛けた記憶が御座いません。

>杉の巨木が茂る林の中の社でした。

おお、それはいい感じですね。北陸石川県は是非訪れてみたいです。
 能登半島にも古い神社が多くありそうですね。


>昔東急や京王帝都で走っていた電車が走っており、鉄道ファンには嬉しいところ

古い車両が再利用されていると言う事ですか!?大学時代の通学電車にそんな遠くの地でまた乗れるなんて、セピア色のノスタルジーが蘇りますね。素敵です。

>最後の干拓地入植は昭和も戦後になってからです。

 なるほど、そのような土地なら神社も少なくて当然かもしれません。

 冬は寒くて雪の降り積る「裏日本」の北陸ですが、なかなか素敵なところですね。
 
 私は最近は旅行はあまりしませんが、する時も東北地方中心です。(東北が好きです。)でも、北陸は是非行きたくなりました。私の住む会津地方からだと新潟県を回って行くのが近いようです。

 



 

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2010-03-29 00:02
 雪国の冬にふさわしそうな神社を思い出して行ってみました。
そこは谷底の滝壺の近くにある神社です。谷底に向かって参道の階段を下りて行きます。谷底に着いてからも川に沿って長い参道を上流に向かっていきます。鎮守の森も、いつものこんもりした森と言うよりも、参道に沿って広い範囲に細長く伸びています・・・特に鎮守の森と言うよりも、河畔林と言う感じです。
 滝も前回(1月)アップの不動滝よりもずっと大きな白糸の滝です。そして、こちらにも不動尊も祀ってあっりました。神社と観音堂と不動尊を祀ってある3つのお堂がありました。更に稲荷を祀った小さな祠も幾つか並んでありました。
 白糸の滝とは言いますが、白糸の滝・・と呼ぶには幅広い滝です。岩肌に沿って枝分かれして糸のようになって落ちる滝なので白糸の滝なのでしょう。でも雪解けの頃は、白糸の滝と呼ぶには幅の広い滝になる事でしょう。

白糸神社1;道しるべ

   ↑雪の不動川林道をちょっと奥へ歩いて行きますと
   ↓不動尊の旗が立った参道が谷底の方へ伸びています。

   
白糸神社2;参道遠景


白糸神社3;参道降り口

   ↑ここから階段を谷底の方へ降りて行きます。雪道です。
   ↓谷底に着くと、手前に疣神様があり、奥に一番目の鳥居が見えます。
    ここからまだしばらく歩きます。

白糸神社4;参道疣神

   ↓一番目の鳥居

白糸神社5;参道1つ目の鳥居



白糸神社6;参道の倒木

   ↑倒木が参道をふさいでいます。上にまたがって越えました。
   ↓不動川の橋を渡る。谷の斜面には長いつららが生えていました。
    奥に白糸の滝と白糸神社が小さく見えます。

白糸神社7;不動川

   ↓2番目の鳥居の下の奥に3番目の赤い木の鳥居が見えます。

白糸神社8;参道の2つ目の鳥居

   ↓3番目の赤い鳥居の下の奥に4番目の鉄の赤い鳥居が見えます。

白糸神社9;参道の3つ目の鳥居

   ↓4番目の鉄で出来た赤い鳥居・・これが最後の鳥居・。

白糸神社10;参道の4つ目の鳥居

   ↓境内全景  手前右が手水舎、その左奥が白糸神社
          白糸神社より手前左側が休憩所、川と木を挟んで
          その左奥が不動尊のお堂
          一番左に半分見えるのが観音堂

白糸神社11;境内全景



白糸神社12;白糸神社遠景

   左←休憩所 と 右→手水舎 の間の奥↑に見えるのが白糸観音

白糸神社13;白糸神社

   ↓白糸神社の右横に 小さな北向稲荷の祠が並んでいました

白糸神社14;北向稲荷



白糸神社15;不動尊のお堂

   ↑↓不動尊が祀ってあるお堂。不動尊は見えませんでした。
     千羽鶴が沢山飾ってありました。

白糸神社16;不動尊と千羽鶴

   ↓観音堂;会津三十三観音の一つとの事

白糸神社17;御観音堂

          ↓不動川の白糸の滝を挟んで、
   手前 左←が不動尊のお堂 、  右→が白糸神社

白糸神社18;不動尊と白糸神社



白糸神社19;不動滝と白糸神社



白糸神社20;不動滝と滝壺


撮影:2月21日 日曜日午後 天気晴れ



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【2010/03/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

寒そう
上々
白糸神社は残念ながらグーグルマップには記載されていないようです。
それにしてもまだ残雪がすごいですね。
しかし、赤い幟が全く痛んでいないようなので、きちんと管理されているのでしょうか。
参詣の人が多いようには見えませんが。
滝の見事さと相俟って、なかなか厳かなお社と拝見しました。

参拝者は他に見かけませんでした。
雑草Z
    上々さん

 鎮守の森シリーズに、この頃いつも、真っ先のコメント有難う御座います。

 この場所は会津若松市の、白虎隊で有名な飯盛山の裏のほうにあります。5年ほど前に近くの山に行ったときに見つけました。これが3度目ですが、いつも我々以外参拝者には誰にも遭いません(笑)。・・でも、お祭りの日もあるらしく、その日は参拝者も多いとか・・・。

 因みにグーグルマップでは、
「中小田代山甲」・・・(近くの地名です)・・・で検索すると出てきました。「中小田代山甲」と記された場所から南東に500mくらいのところにあります。倍率を調整すると「白糸神社」とも表示されました。
滝の名称は「滝沢不動滝」 、観音堂は「滝沢観音」のようです。この記事に写真をあまり載せなかった滝沢観音が、会津三十三観音第十八番札所として有名なのかも知れません。

 このシリーズを始めてから気付いた事ですが、情緒があり、歴史もありそうな地元の神社仏閣で知らないところが結構ありました。色々行ってみたいと思っております。

 

方向違い
上々
結構市街地に近いところなんですね。もっと山奥の方かと思い見当違いのところを探していました。

こういった神社での行事や、そもそも神社自体どこにあるのかも、地元のお年寄りの方は知っているのかもしれませんが、特にこういった知識はあまり伝承されなくなっていますね。
神頼みというのは今では半ば否定されるような言葉ですが、現代でも神に頼むしかないことはたくさんありそうです。


短歌の勝手な解釈をしてみました
路傍の石ころ
雑草Zさん

こんにちは。

 御地の福島県までお参りに行くのは大変なので、画面の写真に手を合わせて参拝させていただきました。静かそうな良いところを見せてくださいまして、ありがとうございます。

 御観音堂に合掌しまして、額に掲げてある和歌を観賞し、勝手な解釈をしてみました。
 特に流麗で上手いといえる墨痕ではありませんが、この短歌は字余りとかなく形式を踏襲していて、典型的な 「自然観照」 の歌です。「観照」とは観賞や鑑賞ではなく、どちらかと言うと 「直感に重きを置いた客観」 によりものごとの本質や現象の意味を捉えるというふうな意味だと思います。
 
 「変体仮名」 といわれるものが用いられているので、変体仮名を漢字に復元して書き表すと、たぶん次の通りだと思います。

 た支さわ能 
   於ちて奈かるる
        多きの水

 可かるすえすえ
    みろくなるらん

 「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。現在の 「の」 は乃の字を崩したものです。江戸時代までは現在使われているひらがな以外のひらがなが使われていました。それを変体仮名と申します。数が多すぎて、不統一で、あまりに煩雑なので、明治政府が整理しました。そして現在の平仮名となったのです。
 意味を考えて現代表記に改めますと、多分次のようになると思います。

 滝沢の 落ちて流るる 滝の水
       掛かる末々 弥勒なるらん

 この短歌は、「かかるすえずえ」 が2通りに読めそうで難しいところですね。かくある状態が何時までも……、とも読めなくもないし、滝のしぶきの水が木の梢に掛かる……、とも読めます。和歌は余分な表現を削り落して、言外の意味を含ませる 「極小値の文学」 ですので、難しいものです。

 で、私の勝手な解釈です。

「苔むした老杉の生い茂るこの滝沢は素晴らしいところだ。ここの沢は夏でも干ばつでも枯れることはなく、清冽な真清水が常に流れている。その滝の水が岩をうがち、はね跳び、しぶきの水が流れのほとりの草を潤し、木々の梢をしっとりと濡らしている。本当にいいところだ。
 弥勒菩薩は五十六億七千万年の後に、この世界を浄土という理想の世界にしてくださるというけれども、この豊かな水資源の恵みをもたらせてくださるこの滝沢こそが、じつは浄土の世界ではなかろうか? そうだ、こここそが弥勒の浄土そのものなんだ」

「かかるすえずえ」 をかくある素晴らしい状態や環境が未来永劫よの末までと解釈した場合は、素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて、深い意味のある短歌だと思います。

 額の左端に数名の名前のようなものが書いてあるのですが、観音堂建立の奉納者でしょうか? 判読できないのでわかりません。この和歌の作者の雅号なりがないので、詠み人知らずの作者不詳でしょうか? それはともかく、これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌ですね。

良いものを見せてくださり、ありがとうございました。 

追伸、もし間違っていたらゴメンなさい。本当のところはどんな思いでどんな意味をこめて詠んだのかは、これを詠んだ作者に聞かなければ分かりません……。



正解者に拍手
上々
路傍の石ころさん 読解正解のようです。
会津三十三番札所のHPを見ると、各札所に御詠歌があり、18番滝沢のものはまさに御解釈の通りでした。

なお、そこで見たところ、赤い幟は神奈川の方から団体(講?)で多くの方が訪れ奉納していくそうです。
結構、広く信仰されているようで驚きです。

神社仏閣の伝承
雑草Z
    上々さん

 この場所は市街地から林道に入って少し行ってすぐのところを下りていく感じのところにあります。

 おっしゃるように、大きな一部の神社仏閣を除いて、このような場所の行事はあまり伝承されてなくて、知られていませんね。寂しい事です。・・・と言っても私も最近までそれほど関心ありませんでしたが・・・。

 神頼みも悪くないと思いますが、文化として伝承していきたいものですね。日本には、このような神社仏閣が高い密度で存在する事が素晴らしいと思う今日この頃です。


 調べてみると、不動尊も結構あるものですね。
 不動尊ばかりでなく、不動川、不動滝、不動湯・・・という地名も沢山ありますね。会津地方だけでも、お不動様関連の場所は沢山あると思います。神社、不動尊、会津三十三観音・・・巡ってみたいところは地元会津だけでも沢山あります。
 

解釈有難う御座います。
雑草Z
    路傍の石ころさん

>「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。

なるほど、そう言う事ですか!・・私はこの字や他の変体仮名なども読めない字がありましたので、解釈どころか、まともに読めませんでした。(苦笑)私の苦手とする分野です。・・路傍の石ころさんが現代表記にして下さっても、御説明読まないと後半の意味が掴めませんでした。路傍の石ころさんの解釈を読んではじめてなるほど・・・と思いました。
 特に

>「かかるすえずえ」

の解釈に感動致しました。二通りの解釈を教えて戴き感謝いたします。私は二通りどちらも意味する深い掛け言葉なのかと思います。

>素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて
>これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌

なのですね。本当に深い意味です。ここのブログの主題にも通じますね。

 ここまで深く解釈して表現出来る為には、弥勒菩薩に対する知識など、仏教や和歌や歴史に造詣が深くなければ出来ない事ですね。流石、国文学を修めた方ですね。有難う御座いました。

 

歌詠み
雑草Z
    上々さん
    路傍の石ころさん

 昨年までは会津三十三観音詣りにはそれほど興味はありませんでしたが、こうやって馴染んでいくうちに、してみたいと思うようになりました。今年の夏あたりに時間を見つけて会津三十三観音を巡ってみたいと思います。


 他の地域にもあるのかどうか分かりませんが、会津では、亡くなった人の霊を弔う意味で、歌詠みと言う習慣があります。七日毎に近所の人が集まって、四十九日までみんなで三十三観音の歌を詠むのです。三十三観音には京都あたりの有名な三十三観音を詠む「西国三十三観音」とかもありますが「会津三十三観音御詠歌」もあります。1人の人の打つ小さな鐘の、ちーん、ちーん・・と言う音に合わせて詠むのですが、会津の地域によって、詠むイントネーションも微妙に違います。あの厳かで味わいのある歌詠みの雰囲気が昔から好きです。

歌詠み
上々
御詠歌と言う言葉は知っていましたが、実際に詠じる習慣というものが残っているとは知りませんでした。
一度その雰囲気を味わってみたい気はありますが、よそ者には難しいでしょうね。

東京近郊の私の実家では親戚も集まれないので四十九日までの七日毎の法要も告別式の後にまとめてやってしまったほどで、不信心も甚だしいものでしたが、九州の家内の実家では親戚もまとまっているせいもあるのか、七日ごとに集まって念仏を上げるようです。
北陸も信仰が篤い土地柄なので、色々あるんでしょうね。

歌詠み・・
雑草Z
    上々さん

 私が住んでいる町内では、まだ歌詠みの習慣が残っていますが、会津地方でも、歌詠みを省略する地域も増えて来たとの事です。
 歌詠みは正座して行います。三十三観音の歌を全て終わった後に「南無阿弥陀仏」も、小さな鐘を打ちながら拍子をつけてゆっくり唱えるのですが、その頃になると、足がかなりしびれます。その為に、腰の下に小さな座布団を折ってしいたり、あぐらをかいて歌を詠む人もいます。
 歌詠みの本は、町内会の人が何冊も持ってきて、2、3人ずつが同じ本に目を通しながら読みます。本ではなくて、筆で写本したものも沢山あります。だから、本によって微妙に歌詞が違っていたりします。各町内会にずっと伝わっている書物のようです。
 仏壇のある部屋やその周りの廊下などに所狭しとひしめき合って座って歌詠みをします。玄関から溢れ出てしまいそうなくらいの場面も何度か目にした事があります。
 ・・すたれなければいいなと思う、いい習慣だと感じます。

 北陸にも歌詠みの習慣あるかも知れませんね。お知り合いに尋ねてみて下さいませ。



 

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2010-01-29 00:02
 雪国の冬の神社や鎮守の森の雰囲気は中々いい感じでしょう。・・・それを写真に撮って記事にする・・・昨年の秋頃から計画していました。・・・神社の候補はいくつかありました・・・。
正月に福島県の湧水の本を見ていたら、頭無のお不動様の水・・・というのが載っていました。山の中の小さなお堂・・という感じで独特の雰囲気です。湧水も湧き水というよりも滝の水のようですが、澄んでる感じです。この磐梯山の麓にあるお堂に行って、奥にあるという滝を見て、その水を飲んでみたい・・・と思いました。

毎月末29日にアップし始めた『鎮守の森シリーズ』には、自然崇拝である神道の神社と鎮守の森を載せたい・・・と考えていたのですが、神社仏閣に詳しくない私は、不動尊が神道か仏教かの区別がつきませんでした。ネットで「不動尊」を調べてみると、「不動明王」の尊称で、仏教の信仰対象との事です。・・つまり不動尊が祀ってある建物はお寺と言う事になるのでしょうか?・・まあ、実際は神仏混合で、両方祀ってある場所も結構あるようですし、兎も角行ってみました。・・・確かに鳥居はなかったので、神社ではないようですが、冬の厳かな雰囲気がいい味を出して気に入りました。
       

 この道の右手の林の中にあるようです。
   ↓ 奥の山は磐梯山
頭無不動1:磐梯山

 磐梯山のほうへ坂道をずっと上ってから、右折して東側にちょっと下りました。

頭無不動2:道

頭無不動3

 頭無(ずなし)不動尊のお堂

頭無不動4

 

頭無不動5



頭無不動6

 ↓お堂の右手の林に入っていくと、水が流れていて不動滝があります。

頭無不動7

 ↓お地蔵さんもあります。

頭無不動8

 ↓頭を雪で覆われた地蔵?

頭無不動9

 眼を病む人が滝の水で眼を洗って治したと言われる。
昔は、囲炉裏で焚く火で屋内に煙が充満して眼が悪くなり易かったとのこと。


頭無不動10

 滝の周辺には、眼の病が治った人が奉納した剣が沢山立っていた。

頭無不動11


頭無不動12

 かなり小さな滝で、落差も3mくらいな感じでした。

頭無不動13



頭無不動14

 ↑↓滝の両側に像が置いてあった。
 ↓左側に座っているのが不動尊であろう・・・だけれど、頭はあった・・・
 大きさは、地蔵くらい(赤ん坊くらい)で小さい。

頭無不動15

    1月18日月曜日夕方撮影

20年くらい前に訪れたと言う人(母)によると、その頃は、不動滝の水は不動尊の境内を流れ、食べられる植物も豊富でもっと雰囲気があったようです。お堂の裏に、人間ぐらいの大きさの頭のない不動尊もあったとの事
その後、リゾート開発かなんかで荒らされたらしいのは残念な事ですが、現在も十分に雰囲気はありました・・。
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【2010/01/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

信心
上々
ほんとに雰囲気のあるところですね。
それがわずか200年ほど前の創建というのにも感じるところがあります。
ちょっと現世利益だけに傾くところはありますが、それだけ信心深い人が江戸末期にもまだ居たというところが。

今では信仰心が深いというとかえって危ない(?)ように見られる風潮もありますが、素朴な信仰心というものと考えさせられる水の流れでした。

>素朴な信仰心
雑草Z
    上々さん

 この滝の水は、結構澄んでいて美味しく飲めました。
 
 いつも案内板の写真の文章まで読んで下さってのコメント有難う御座います。・・上々さんは古文書もかなり読めるのではないでしょうか?

 ちょっと解らない事が色々あったのですが・・・・お分かりでしたら教えて下さい。
先ず、不動尊を祭ってあるこのような所も「お寺」・・・と言うのでしょうか?
それから、鎮守の森・・・って神社じゃなくてお寺の場合も言うのでしょうか?・・調べてみた感じでは、お寺では鎮守の森・・・って言葉は使われてない感じでしたが・・・

 +  +++    +++++      +++++++

 冬の神社や鎮守の森も趣があっていいですね。・・・金沢あたりにも冬らしい趣のある神社が沢山あるでしょうね。 
 例の西会津野沢の大山祇神社の写真等も、是非上々さんに見て頂きたいと思っているのですが、まだ行ってません。次回あたりにアップしたいと思っています。宜しくお願い致します。

お不動様
上々
古文書が読めるなんてとんでもない。崩した筆文字など全く読めません。楷書で書いてあればなんとか意味は取れます。

さて、お不動様を祀ったお堂というのは仏教施設であるとは思いますが、お寺ではないですね。お地蔵様も地蔵菩薩ですので仏教ですが、地蔵堂もお寺とは言えないと思います。
まあ体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるものでしょうか。

鎮守という言葉は守るということで、古代の官名でも鎮守府というものがあります。
それから転じて地域を守る神様のことを鎮守の神と言うようになりました。おそらく神社に限って使われているのではないでしょうか。

こちらは写真を楽しみにするばかりで、全然発信しないですね。すみません。

神社仏閣について興味深いお話有難う御座います。
雑草Z
    上々さん

 なるほど、地蔵・・って日本の昔話にも沢山出てくるので、神社同様に、日本の古来の信仰のように感じてましたが、仏教なのですね。・・・とても日本的な感じがしますけどね。
不動尊もそうですが、なるほど・・。

>体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるもの

と言う上々さんのご説明に納得です。

やはり、鎮守の森は神社に限って使われるようですね。
このあたりの上々さんの知識は豊富ですね。色々教えて頂き感謝しています。

・・こちらこそ、自分でアップした写真について質問してすみません。これからもアップした写真の解釈等よろしくお願い致します。

信仰
上々
弾丸避け祈願というのは切ないですね。
皆さん無事に帰って来られたのでしょうか。

土着信仰とか、現世利益とか、マイナスイメージがありますが、こういった祈願とか、体の不調をどうにかしたいとか、そのような心と信仰の結び付きは否定できないものがあります。
現代はあまりそのような信仰を持つ人は居ないようですが、かえってカネカネという風潮であったり、地位が高ければ良いと思ったり、自分でもいまさらお不動さんやお地蔵さんにすがる気持ちはありませんが、それで良いのか分かりません。

お参り
雑草Z
    上々さん

 ここのお不動さんは、眼の病にご利益がある・・・と言う事から始まって、戦争中は弾丸除け、近年は交通安全・・・・ってどのような共通点があるんでしょうね?
適当でしょうか?

 そもそも不動信仰ってどんなものなのでしょうか?

・・・そう言えば、不動さんに行った時も、お参りはしましたが、特に何を祈願した・・・と言う事はないですね。
 (形式的に、敬って?・)・・ただ、お参りしただけですね。

次からは何か祈願致しましょうかね?
食料危機が来ませんように・・・とか・・??

 

不動明王
上々
不動明王は五大明王(明王というのは如来の化身で実働部隊?のようなもの)の中心的存在で仏教に従わない魔を武力で従わせる役割のようです。(ウィキペディア知識ですが)

平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多いそうです。
本来は戦勝祈願の方が近そうですね。
非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

仏教も意外と過激ですね
雑草Z
    上々さん

 仏教はキリスト教やイスラム教ほど排他的ではなくて、どちらかと言えば日本の神道に近い感じかな・・・と思っていましたが、意外と好戦的な神もいるのですね。

>仏教に従わない魔を武力で従わせる役割

とは、過激ですね。確かに不動像は、片手に剣を握ってますね。でも、ここの頭無不動の滝に座って祀ってある不象像は、穏やかな顔に見えます。

>非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

なるほど、そう言う事ですか。わかりました。・・・弾丸避け・・は関連ありそうですが、目の病とか、交通安全とか、武力派とはあんまり関係なさそうですね。

お地蔵さんは何のご利益があるのでしょうか?

菩薩信仰
上々
釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間は、仏がいない状態なので、菩薩が救済する役割を担います。(観音菩薩、地蔵菩薩等)
中でも地蔵菩薩は世界の隅々まで目を届かせ、特に子供など弱いものを救うとされているので、特に庶民の信仰を集めました。

特に幼くして亡くなった子供や水子の救済をしてくれると信じられていました。
そこで、寺院や地蔵堂だけでなく、道端にも小さなお地蔵さまが多いわけです。
悲しい話ですがほんの少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実があります。

お地蔵さん
雑草Z
    上々さん

>釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間

このあたりの事は学んだ事もないのでよくわかりません。宗教も映画や小説のように、物語や背景を知っていないと全然わからない部分が多いですね。

 なるほど、地蔵も菩薩の一つなんですね(・・菩薩自体がどういう存在か判りませんが・・笑)、お地蔵さんって一か所に沢山並んでいる事も多いですから、固有名詞ではなく、ああいう雪だるまみたいな像の総称かと勘違いしそうです。


>少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実

この悲しい現実が自然なのでしょうね。幼児の死亡率が低くなった分、出生率も下がるのほうが合理的ですね。・・その意味でも少子化は理に適っていることで、憂えるべき事ではありませんね。

 他の像が、大抵お堂にあるのに対して、地蔵像は、道端とかにもあるのがいいですね。
 ここの頭無不動像のように不動明王が外の自然の中にあるのも珍しいのでしょうか?それとも普通の光景なのでしょうか?

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2009-12-29 00:01
  鎮守の森の中に小さな沼が点在する神社があります。
会津地方の河沼郡や大沼郡には、その名が示す通り、沼が多かったようですが、水田の整備や開発でかなり埋められたようです。
河沼郡会津坂下町には、田んぼの真ん中に見える森の中に廣瀬神社があります。その鎮守の森の中には幾つかの沼が「神沼」として点在しています。
明治以前は神が座す霊地として、林木が大いに繁茂し、48の沼が存在して「四十八瀬神社」と呼ばれていたそうです。(江戸時代初期あたりは廣瀬神社周辺は、「山崎湖」という湖だったという記録もあるそうです。)きっと現在の鎮守の森より遥かに大きな森があったのでしょう。現在はこのこんもりした鎮守の森の中に、竈沼[かまどぬま]とか親沼とか数個だけ沼が残っています。この沼にはトゲチョ(イトヨ)が棲んでいる筈ですが、近年水が汚濁ってなかなか発見できません。・・絶滅寸前かもしれません。・・・他に川エビかと思われる生物も見かけた事があります。もう少し澄んだきれいな水の沼に戻り、イトヨも川エビも沢山見かけられればいいなと思います。
会津坂下町を代表する清水は何故かその沼の一つの水です。ここの沼の中で一番きれいと思われる目薬沼の水で、境内の手前にある小屋の中の井戸の中を満たしています。目の疾病に効能があるといわれています。

  写真は11月23日 月曜日 勤労感謝の日に撮影

廣瀬神社1:鎮守の森

 田畑の真ん中にこんもりと鎮守の森が見えます。
        (西側から東側に向かって撮影)

廣瀬神社2:鎮守の森

 左後ろ(西北西)の方向の殆ど雲に隠れて麓だけ見えるのが磐梯山
 ↓磐梯山の手前にアスパラ畑が見えます。
      (もちろん今年のアスパラは終わってます。)

廣瀬神社29:磐梯山

 磐梯山を背にした神社の入り口には、
地元の農産物直売所があります。ここはアスパラの産地です。
 夏場には美味しくて安いメロンも売っています、
 大抵の人が箱で買っていきます。
 この辺では、この直売所の中の井戸水が一番美味しい。
 冬場は閉鎖しています。

廣瀬神社3:農作物販売所

 

廣瀬神社4

  磐梯山を背にして、アスパラ畑の側から写した鳥居。
             (東側から西側に向かって撮影)
 この写真の右のほう(北側)に入り口と農作物直売所がある。 

廣瀬神社5

 鳥居の下のしめ縄にも意味がありそうな・・ 

廣瀬神社6

 鳥居をくぐると早速両側に沼が見えます。 
 ここにトゲチョ(イトヨ)が棲んでいる筈ですが・・・
 緑色のネットが興ざめです。

廣瀬神社7

 鳥居をくぐって境内までは2つの橋がありました。
 上↑一つ目の橋  と  下↓2つ目の橋

廣瀬神社8

 並木を挟んで神社の右手に、
 目薬沼の上に建てられた小屋がちらりと見えます。

廣瀬神社9

 2つ目の橋の南側(左側)に一番大きな沼[親沼]がありました。

廣瀬神社10

 しっかり狛犬が2匹います・・

廣瀬神社11



廣瀬神社12

 ↓本殿の北側(右側)に倉庫のような建物

廣瀬神社13

 倉庫のような建物の右手(東側)に、目薬清水が湧いている小屋があります。

廣瀬神社14・目薬清水

 小屋の中を覗くと

廣瀬神社15・目薬清水

  手前に四角い清水の手水、その奥に
 円錐状の蓋に丸い穴を開けて柄杓で清水を汲めるようにした
 清水の湧き出し口がありました。

廣瀬神社16・目薬清水

 柄杓がいい味出しています。清水も澄んでいます。
 目薬沼と思われる沼は周りに見当たりませんでした・・。
 小屋全体が、小さな目薬沼を覆っているのかも知れません。

廣瀬神社17・目薬清水



廣瀬神社18・目薬清水



廣瀬神社19


廣瀬神社20

 ↑本殿の左後ろ(南側)にも、鳥居が見えます。

廣瀬神社21:南側鳥居

 裏(南側)の鳥居は木で出来ていて、趣があります。
 やはり大きなしめ縄が張ってあります。

廣瀬神社22:南側鳥居



廣瀬神社25:横側

 ↑神社の側面・・・本殿(右)

廣瀬神社26

 ↑↓ 神社の裏側

廣瀬神社27:裏側


 一番大きな親沼   
  ↓北側の敷地内から南側の田んぼに向かって
   
廣瀬神社28:神沼
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【2009/12/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

廣瀬神社
上々
雑草Z様
 なかなかのどかな風景で良いですね。
 廣瀬神社という名前からこれは軍神廣瀬中佐関連かと思いましたが、奈良の廣瀬大社と同様、水の神を祭ってあるようです。
 沼や清水が豊富なところなんでしょうね。

 大規模な灌漑ができる以前はこういったところが農業の盛んな場所だったんでしょう。
 やはり火山の地層と関係があるのでしょうか。

のどかでいい風景なのですが・・
雑草Z
    上々さん

全体としてはなかなかいいロケーションなのですが、中に入ってみると、ちょっと殺伐として荒れた感じがします。
 沼は、トゲチョ(イトヨ)の生息地として保護されている筈なのですが、水質が悪くて、イトヨも絶滅したかも知れません。農薬などが流れ込んでくるのでしょうか?
 目薬清水は飲めるくらいきれいですが、かと言って汲んできてまで飲む感じではありません。直売所の中の井戸水はきれいで美味しく汲んできて飲む価値があります。

 廣瀬神社って、水の神を祭ってあるのですね。・・この辺を廣瀬地区と云うから「廣瀬神社」かと思っていましたが、逆に水の神の廣瀬神社があるから廣瀬地区なんですね。

>やはり火山の地層と関係があるのでしょうか。

 鋭いですね!1611年に会津坂下町が震源と思われる慶長の会津大地震と云うのがあって、あちこちの川が堰き止められて、沢山沼が出来ました。廣瀬神社周辺は山崎湖と云う湖だったという記録があるそうです。

 上々さんは神社にお詳しいですね。今回も神社に関する様々な情報有難うございます。


>沼や清水が豊富なところなんでしょうね。

「河沼郡」と云う位だからそうなんですが、我が会津坂下町を代表する目薬沼がこんなじゃ駄目ですね。廣瀬地区の井戸水は美味しいのですが、上下水道整備で地下水も悪くなって来ているようです。側溝整備なんて不必要な税金の無駄遣いです。目薬清水ももっときれいになって欲しいと思います。


湧水
上々
湧水がきれいで豊富にあるのは大変な財産のはずなんですが、それを忘れてしまってはだめですね。

阿蘇山の南麓や外輪山には豊富な湧水が数多くあり、多くが名水と呼ばれています。
アメリカの平原の地下水のように使用とともにどんどん水位が下がるようではいけませんが、適度に、上手く利用して行くことが自然を暮らしに活かすというものでしょう。

まあ、今の地方では過疎化のために荒れてしまうのはやむを得ないこともあるでしょうが、また人が戻ってきた時にきれいに復活させることが肝心です。

山間部にはいい清水が沢山残っています
雑草Z
    上々さん

 会津坂下町で一番有名な(・・って全然有名じゃないですけど・・)目薬沼の清水は、みんなが汲みにくるくらいきれいで美味しい清水であって欲しいし、廣瀬神社の沼沼にはイトヨや川エビが棲むくらい澄んで欲しいです。(・・あんまり澄んだ水だと逆に生物は棲みにくいかも知れませんが・・)その為には、周りの川などの水もきれいじゃなければならないでしょう。農薬を流さず、U字溝などを埋め込まず…大げさな上下水道工事も行わず・・がいいでしょう。


>阿蘇山の南麓や外輪山には豊富な湧水が数多くあり、多くが名水と呼ばれています。

それはいいですね。九州って仕事で2回ほどしか行った事ありませんが、阿蘇の温泉や湧水巡りをしてみたいと思います。九州は東北地方よりは開けた感じがしますが、中・南部には自然が沢山残っているようですね。九州北部を除けばすぐに自給自足圏に出来そうですね。

 会津地方も、会津坂下町など平野部は結構荒らされていますが(・・坂下町でももっといい清水がある筈です・・探しておきます・・)山間部にはいい温泉や清水も沢山あります。ブナの森には、素晴らしい清水が点在しています。 

南九州
上々
雑草Z様
 南九州は意外に山が浅いので簡単に人の手が入りやすいという難点があり、原生林は少ないように思います。
 以前拝見した会津のブナ林の方が自然に近いように見えます。

 ただし、ひとたび何かあるとそのような人間の小賢しい営みは吹き飛ばすような自然の力を感じさせるとことがあり、火山の噴火の跡や水害の被害も随所に見ることができます。
 それを見ると人間なんて借り住まい、一回カルデラ噴火でもあれば全部おしまい、という気持ちになります。

自然を敬う
団塊おやじの遺言
今年も本当に勉強させて貰いありがとうございました
自然は代々伝えるもの 決して今の時代に生きる人間だけの物では無い 
雑草さんの訴えは しっかりと心に沁み込みこんだ一年でした 
自然は残すべきもの 敬うもの そして次の世代へ繋げるもの・・
資源開発に名を借り未来の子供たちの財産迄 喰い潰す今の社会 
人間の欲望の汚さを露呈した時代に・・
21世紀は今の子供たちの時代 来年も 雑草の言葉
に習い生きて行くつもりです 良いお年を~

山の自然林
雑草Z
    上々さん

 南九州と言うと、鹿児島以外には宮崎県でしょうか?・・熊本県の阿蘇山付近は地図で見ると結構北のほうにありますが、これは南九州に含まれますか?
 九州で比較的山が深そうなのは、地図で見ると熊本県と大分、宮崎との県境付近ではないかと思いますが、どうでしょうか?

 日本で山が深いのはやはり本州の真ん中あたりの中部地方付近でしょうが、かなり開発されてしまった感もありますね。
 東北地方の山間部は比較的開発が遅れてましたがそれでも自民党政権下の土建政治でかなり荒らされました。
 福島県と山形県にまたがる飯豊連峰あたりは山が深くて、ちょっとしたトレッキング感覚では行けません。このあたりも(・・原生林と呼べるかはわかりませんが、)まだ自然林は結構残っています。
 東北地方は比較的自然林が沢山残っていると思います。大切にしたいものです。


 確かに自然の脅威は恐ろしいですね。でも、それは人間があまりコントロール出来るものではないのである意味仕方ありませんが、「開発」と云う名の自然破壊は止めたいものです。

自然を敬う心
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 御久し振りのコメント有難うございます。団塊おやじの遺言さまのおっしゃるように、

>自然は残すべきもの 敬うもの そして次の世代へ繋げるもの・・

ですね。全く以てその通り!
子供たちには第一に自然を敬い愛す心を育てなければならないと思います。
 自然開発なんてしなくても人間は生きていけますし、実際は「自然開発」という名の「自然破壊」ですからね。開発なんて要りません。

>自然を敬う

・・という事が21世紀最も大切にしなければならない重要な事ですね。

 こちらこそ来年からも宜しくお願いします。良いお年を!
 

一年間ありがとうございました。
BEM
鎮守の森が今年最後の記事でしょうか。
私のお気に入りのブログに入れるコメントもこちらが今年最後になります(^^

つくづく北海道とは歴史に違いがあるなと感じます。
こちらはまず神社がその地域の重要な場所であるように少し小高い所に作られている事が多いようです。
今私の住む発寒は平坦な場所なので、ちょっと違い街の中心部になってしまっています。

未だに神社周辺の森を残しているのは素晴らしいことですね。
日本は八百万の神がいるということですが、神社以外の場所ではあまりに多くの森を失ってしまいました。
なぜこれほどまで自然に敬意を払わなくなったのでしょうね。

もうかなり末期的な地球の環境ですが、雑草Zさんをはじめこちらのブログに来ている方々(私を含めて)のような人間が増えればまだまだ望みがあると信じています。

2010年はどんな一年になるでしょうね。
期待も含めて、良いお年をお迎えください(^^)/

こちらこそ・・
雑草Z
    BEMさん

 
 はい、これが今年最後の記事です。確か昨年も最後の記事に年納めのご挨拶戴きましたね。有難うございます。
当方の記事は2008年から 4で割って1余る日 にアップしているので、2月を除いて毎月29日が最後の記事です。そしてここのところ、29日の記事は鎮守の森にしています。


>こちらはまず神社がその地域の重要な場所であるように少し小高い所に作られている事が多いようです

なるほど、言われてみればこちらでも小高い所に作られている場合もありますが、その場合珍しいな…と感じてました。・・考えてみれば小高いところにあるほうが敬う感じはありますね。でも、小高い所がない平野部や盆地では、木の上が小高い所なのでしょうね。・・・御神木は大きくて高いですよね。


>未だに神社周辺の森を残しているのは素晴らしいことですね。
 
以前にも書きましたが、平野部でちょっとした森が残っているところは公園か河川沿いか鎮守の森かいぐね(屋敷林)です。・・・いぐねについても記事にしたいと考えています。会津盆地を山の上から観て、写真に撮って森の種類や散らばりを調べたいと思っています。

>日本は八百万の神がいるということですが、

この包容力のある多神教がいいんですよね。一神教は危険です。
 鎮守の森を大切にする事は自然を大切する事につながっていますね。自然崇拝の文化を大切にしていきたいですね。


2010年は景気は良くならずにグローバル資本主義批判が噴出するのではないでしょうか・・?(そんな記事をもう予約済みです。・・)・・期待しています。


 では、良いお年を!!
  

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2009-11-29 00:02
 会津地方に、まだ訪れた事のない由緒のある大きな神社がある・・・という事で、猪苗代町の土津[はにつ]神社・・・と云う所に行ってみたました。この神社の裏側の北側には500mくらい続く並木に囲まれた小径もありました。・・・東に続く小径を行けばもう一つ、古い由緒のある桜で有名な神社がある・・・という事で、水路に沿って歩いて行ってみたら、確かに岩椅[いわはし]神社がありました。さらにそこから山道を下っても小さな神社がある・・・という事で、歩いて行ってみました。小さな神社があと二つあって、その下の山道が終わって町の道に合流する部分にも町の神社がありました。
5つの神社それぞれに鎮守の森らしきものがありましたが、その鎮守の森が全部繋がって大きな林になっていました。(最後の町の神社までは繋がっていませんでしたが・・・)全行程1kmくらいの中に神社が5つもあり、その鎮守の森が繋がっている・・・ってなかなかいい感じです。
昔はこのように鎮守の森どうしが繋がっているところは沢山あったのでしょうけれど、どんどん神社のごく近くの周りだけ残して木が伐採されて行ったのでしょう。・・・鎮守の森が連なった風景を残したいものです。


一番大きな土津神社[はにつじんじゃ]
    ・・・ここは訪れる人も多い。

神社の小径1;土津神社



神社の小径2;土津神社



神社の小径3;土津神社

  土津神社は紅葉の名所でもあるようです。

神社の小径4;土津神社

  ↓手水舎

神社の小径5;土津神社



神社の小径6;土津神社



神社の小径7;土津神社

   ↓正面に向って左側・・・西側・・手水舎から登る道

神社の小径8;土津神社

   ↓正面に向かって左の後ろ側
     裏にも色々な建物があり、
      さらに後ろ〔北側〕に並木のある小径が続いている。 

神社の小径9;土津神社

  ↓鳥居の前の水路・・・水路に沿って上流に歩いて行くと次の神社がある。
  
神社の小径10;土津神社

  ↓水路に沿って上流に歩いて磐椅神社に来る。

神社の小径11;磐椅神社

  ↓ここから磐椅神社[いわはしじんじゃ]

神社の小径12;磐椅神社

   鳥居の前に御神木

神社の小径13;磐椅神社

  ↓杉の木の途中から桜が生えている

神社の小径14;磐椅神社

  この神社が一番歴史があって由緒正しいとの事ですが、
  色んな宣伝の立札があちこちにあり、
  商業的過ぎる感じでちょっとばかり期待外れの感じでした。
    

神社の小径15;磐椅神社

  ↓ここから山道を下る
   道の両端の木が植樹されたような杉である事や
   道の周りがきれいに刈り取られ過ぎている点が気に入りません。
   殺伐とした感じです

神社の小径16;

  ここから大山神社・・・小さな神社

神社の小径17;大山神社

  参道の草を刈り払いし過ぎて殺伐とした感じ・・・

神社の小径18;大山神社

    ↓雪囲いされた神社本殿
      一年中雪が濃いされているのでしょうか??

神社の小径19;大山神社

   ↓さらに山道を下る
    木の枝が払われ過ぎ・・・もっとうっそうとした森のほうがいい・・

神社の小径20

  ここから無名神社
  ↓木々の後ろに荒れた感じの神社が見えて来た

神社の小径21;馬頭観音

   ↓神仏混合のようで、神社の名前はわからないが
     馬頭観世音・・と書いてある。

神社の小径22;馬頭観音

    鳥居もあるしどう考えても神社・・・

神社の小径23;馬頭観音



神社の小径24;馬頭観音

   京都、清水寺のミニチアのよう
・・・・でも、荒れ寺の雰囲気もある・・・

神社の小径25;馬頭観音

  入り口は正面ではなく
   正面向かって左横〔東側〕にあった。

神社の小径26;馬頭観音

  あんまり管理されていないようで、魑魅魍魎としていい感じ。
   ・・・今回の一番のお気に入り
  ↓下って行くと鳥居の下に小さな滝があった・・・きれいな飲めそうな水

神社の小径27;諏訪神社

   ↓滝から流れ出す小さな小川の前にお地蔵さま

神社の小径28;諏訪神社

  ここから諏訪神社
  ↓神社の裏側

神社の小径29;諏訪神社

  ↓道だと思って正面に回ると鳥居がある。

神社の小径30;諏訪神社

  御神木2つの間をくぐって本殿がある。

神社の小径31;諏訪神社

   一応町中の神社。こちらも一応雪囲いされている

神社の小径32;諏訪神社


 山の小径沿いに神社がぽつりぽつりとあるところを歩くのは情緒があります。
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【2009/11/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


Anthony
こういう道を歩いてみたいです。



徒歩で神社巡りが出来る!
雑草Z
    Anthonyさん

 お寺巡りってよく聞きますが、神社巡りもいいもんです。
 最初の神社までは、徒歩ではきついですが、(自転車で参りました。)5つの神社を徒歩で回れるっていい感じです。道も、車道ではなく、山道みたいな感じがいいです。・・・車が通れるようにしないほうがいいと思います。

大山祇
上々
大山祇神社は西会津野沢に本社があるそうで、その分社でしょうか。
「大いなる山の神」という意味だそうです。
ただし、同名の神社は伊予三島にもあり、そこは海の神だそうです。

それにしても神社が集まっている場所と言うのは面白いのですが、ちょっと荒れているようですね。
人手が入っているのは仕方がないけれど、手の入れ方に少し問題があるような。

Re:大山祇
雑草Z
    上々さん


おお!大山神社ではなく、大山祇神社・・・って言うのですね。
ネットで調べてみたところ、確かに愛媛県の瀬戸内海の島と西会津町にありますね。西会津町のほうは、私の家から、今回の写真の猪苗代町と反対側の西側20kmくらいのところにあります。・・・会津地方にも大きい神社が沢山あるもんですね。西会津の大山祇神社は、HPに拠りますと、
「遇拝殿がムラのなかにあり、そこから歩いて一時間ほどの大倉山八合目に本社、山頂に奥の院が祀られています。」
とあります。いいですね!!是非行ってみたいです。行ったらまた『鎮守の森』シリーズに29日にアップしたいと思います。宜しくお願いします。・・・来年になりそうです。手前に「鳥追い観音」と言うのもあって、そこは一度行ったことがあります。



>人手が入っているのは仕方がないけれど、手の入れ方に少し問題があるような。

そうですね。自然が好きじゃない人が、「邪魔な」木や枝を切って、「邪魔な」下草を刈った・・・って感じですね。殺伐とした雰囲気があります。

馬頭観音石碑
上々
馬頭観音の石碑は動物供養の意味合いで作られたことが多いそうです。昭和20年の日付なので、軍馬の供養なのかもしれません。
会津も昔は優秀な馬の産地だったですよね。

土津神社と磐椅神社は神官が居られるようですが、他の三社は無住でしょうか。
管理者がいないとどうしても手が回りきらないかもしれません。



Anthony
きっと、空気が、おいしいんだろうなぁ~~




Re:馬頭観音石碑
雑草Z
    上々さん


 実際に行かれていないのに写真だけで、色々推測出来るなんて神社仏閣にお詳しいですね。・・・色々情報有難う御座います。


>昭和20年の日付なので、軍馬の供養なのかもしれません。

なるほど、そう云う可能性は思いつきもしませんでした。

>会津も昔は優秀な馬の産地だったですよね。

そうなんですか?・・・知りませんでした・・・ただ、私の住む町は、馬刺しの産地です。


>他の三社は無住でしょうか。

神官がいない神社は、神官のいる神社が管理している・・と最近聞いたのですが・・・。
すさんだ感じの神社は嫌ですが、馬頭観音のところの荒れ寺みたいな雰囲気は嫌いじゃないです。

空気
雑草Z
    Anthonyさん

 ここに限らず、田舎で植物の茂った場所は大抵空気がいいですね。

馬刺し
上々
会津でも馬刺しを食べるのですね。
熊本と長野は良く知っていますが、会津は知らなかった。

ちなみにどうも生肉は苦手で数切れは食べますがあまり多くは頂けません。それでも家内の親戚で熊本で肉屋をしている人があり、実家に行くと結構貰ってきていたりします。

荒れ寺も良いのですが、どうも最近は物騒で都会では空き家に入り込んでしまう人も居たりしていけません。

Re:馬刺し
雑草Z
    上々さん

 私の住む町の肉屋さんは大抵馬刺しを売りにしています。
店ごとにたれは違います。辛子にんにくみそのたれが美味しいです。一番おいしい近くのお店のご主人が何年か前に倒れていつでも美味しい馬刺しが食べれなくなりました。

>荒れ寺も良いのですが、どうも最近は物騒で

そう言えば、最近お賽銭泥棒が頻発する為か、賽銭箱がなくて、神社の戸の窓から投げ込むところが増えてますね。

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2009-11-25 00:01
博士山ブナ林2
 

 ブナの木は日本で愛されて来ました。ブナの木が市町村の木に指定されている自治体も沢山あります。
日本一のブナの原生林は、秋田県と青森県の県境に位置する白神山地・・・と思われています。確かに白神山地のブナの原生林は、人が入ったり切られたりしないようにしっかり管理されているようで、素晴らしいブナの原生林のようです。
 しかし、ブナの原生林の日本一の面積を誇るのは、福島県の会津地方の南会津の地域、会津美里町(旧会津高田町)と昭和村、柳津町にまたがる博士山から只見町の浅草岳のほうに連なるブナの天然林です。・・・しかし、道路などで分断されています。数年前まで天然ブナ林の伐採も行われていました。林野庁では6年ほど前に南会津のブナの伐採は一切しないと宣言致しました。しかし、現在も必要のない林道建設でブナが伐採されています。
 それでも、これだけのブナの原生林の地帯は世界にはもう残っていないとの事です。・・・(・・日本も外国の原生林をかなり伐採してきました。・・)
 だから、この南会津のブナの原生林は、現在世界で残っているブナの原生林地帯の中で最大の面積だそうです。只見町には諸外国の人々もブナの原生林を観察に訪れています。一方、博士山のほうも見事なブナ林がありますが、そんなに人は観に来てないように感じます。

紅葉も終わった晩秋の日、(11月15日日曜日)冬越しの為の素晴らしい清水を汲みに昭和村に出かけたときに、南会津地方の東北部にあたる博士山のブナの原生林と清水が湧く矢の原湿原の写真を撮影して参りました。・・もう、紅葉の時期は過ぎ、殆ど落葉していました。残っている葉も色あせていますが、落ち葉で埋まった山の表面も素敵です。
私は、一応博士山ブナを守る会の会員です。でも10年以上前に会員になったばかりの頃はブナの木がどの木かもわかりませんでした。(汗)
(追加の一文)・・・と、云う事で、ブナの森の写真には、ブナ科のミズナラやコナラなど、ブナの木以外の木も写っています。・・・・


博士山ブナ天然林1

 ↑山の上のほうでは、もう、紅葉・・・ブナは黄葉でしょうか?
   ・・・も終わり、山肌は一面落ち葉で埋もれています。
 
博士山ブナ林3

 ↑↓わずかに枯葉が落ちずに枝に残っています。

博士山ブナ林4


博士山ブナ林5

 ↑↓木の下のほうに苔が生えているのも年季を感じます。

博士山ブナ林6

 ↓雨水が流れて小川になってます。 

博士山ブナ林7

 ↓国道401号線・・・この道にブナ林が分断されています。 

博士山ブナ林8;分断国道401


博士山ブナ林9;分断国道401

↑↓道の両側に枯葉がいっぱいです。
   国道401号線はまあまあ車も通りますが、
   この他に全く不要な林道建設が為されています。
   いつかその林道工事の酷い実態も写真でアップしたいと思います。

博士山ブナ林10;分断国道401

 ↓苔に覆われた大きな岩・・山の森の岩はこうでなければなりません。

博士山ブナ林11


博士山ブナ林12

 ↑↓樹齢何百年と思われる大きな太いブナの木も沢山ありました。
   ・・・嬉しくなりました。

博士山ブナ林13

  大きなブナの木は森の主・・・って感じです。
  夏場は多くの鳥や動物も集まりそうです。

博士山ブナ林14


博士山ブナ林15

↑↓大きな木の近くの枯れ葉の中からは小さな若い木もどんどん生えてます。

博士山ブナ林16


博士山ブナ林17


博士山ブナ林18

 ↑↓標高が低くなると、枝に葉も沢山残っています。(・・昭和村側・・)

博士山ブナ林19


 ↓以下、矢ノ原湿原にて

   雨っぽかった空模様も、矢ノ原湿原に着くと、からりと晴れました。

博士山ブナ林20; 矢ノ原湿原1
博士山ブナ林21; 矢ノ原湿原2


博士山ブナ林22; 矢ノ原湿原3

 このブナ林の下にきれいな清水が流れて、湿原付近で沢山湧き出しています。

博士山ブナ林23; 矢ノ原湿原4


博士山ブナ林24; 矢ノ原湿原5

 雲一つない空に伸びるブナの木

博士山ブナ林25; 矢ノ原湿原6


博士山ブナ林26; 矢ノ原湿原7

 ↓この写真のちょっと右側(下)に素晴らしい代官清水が湧き出しています。

博士山ブナ林27; 矢ノ原湿原8

 代官清水は私の清水番付第一位です。

博士山ブナ林28; 矢ノ原湿原9

 ブナの森があっての湿原でしょう。
 あんまり人手を加えずにこのまま自然が保たれて欲しいものです。

博士山ブナ林29; 矢ノ原湿原10


博士山ブナ林30; 矢ノ原湿原11

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【2009/11/25 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

ブナ林
上々
会津のブナ林、本当に素晴らしいですね。
白神山地ばかりが有名なので知りませんでしたが、写真からだけでも伝わってきます。

特に樹齢数百年の木は良いですね。

ミズナラ?
kageie
いつも楽しみに拝見しております。経済が不況の今が、環境問題を解決するチャンス!と同感させられる記事が多いですね。
さて、今回の記事で少し気になった点があったのでコメントさせていただきます。

ブナ林の写真ですが、一部ミズナラが混じっているようです。ブナの樹皮はなめらかですが、縦すじが入り薄い表皮があるのはミズナラのようです。現物を見ていないので断言はできないのですが、その他の樹種も混じっているようです。

ブナは根が浅く、土壌の発達した傾斜の緩い場所(贅沢)に生育していますが、急斜面や土壌が浅い場所にはミズナラ、コナラなどが生育したいる場合が多いです。

参考までに。

世界一の一部、拝見させて頂きました。
おかっぱ頭
 またまた見応えのある風景ですね。
 雄大なブナ林、神聖なるものを感じます。
 これから山には雪が積もり、長く厳しい冬を越した後には木々が一斉に芽吹いて、また生命が動き始めるのですね。
 写真の青い空と木々と地と、その地中深く・・と辿って行くと分かるのは、素晴らしい「循環」と云う二文字です。壊したくない風景です。

原生林には古木も多い。
雑草Z
    上々さん

 早速のコメント有難う御座います。
 上々さんとのお約束の写真です。
遠くから森の全体像みたいな写真も撮れば良かったと後から思いました。
・・・勿論ブナ林の全体像は一枚の写真に収められませんが・・
  もっと遠景を数枚入れたかったと思います。

 樹齢数百年・・・と思われる大木はかなりありました。凄いと思いました。
 天然林は色んな樹齢の木が混ざっていていいな・・と思います。

Re:ミズナラ?
雑草Z
    kageieさん

 はじめまして・初のコメント有難う御座います。
記事も以前より見て下さっていたようで、有難う御座います。

 さて、ご指摘の件ですが・・・・・・
 本文にも書きましたが、私は植物の名前に疎くて、
ブナを守る会に入って長くなりましたが、はじめはどれがブナの木かもわかりませんでした。(汗)
 実は今回も、写真を撮りながら、葉っぱも幅が広いのから細いのまで、どう考えても違う種類・・・と思われる数種類の木の写真を撮りました。・・・ブナにも何種類もあるのか、別な種類か判断がつきませんでした。私の知っているブナの葉は細いほうだったな・とか・・。
 もともと天然林は、単一樹種ではなく、色んな種類が混ざっていて当然だから、混ざっていてもブナの森と呼んでもいいだろう・・・と、アバウトに写真を載せました。・・・今回は、記事の内容的にもしっかりした検証は必要ないかな・・・と・・・(苦笑)
 そしたら案の定・・ご指摘がありました。
・・・きっと kageieさんの御指摘の通りでしょう。有難う御座います。

>縦すじが入り薄い表皮があるのはミズナラのようです。

と、云う事は、例えば、矢ノ原湿原の写真
下から2つ目の湿原に向かって生えている手前の木とか
下から6つ目の青空の中の木の写真(二つのうち下のほう)とかでしょうか?
 それから、樹齢数百年の山の主もそうでしょうか??

ブナの木を知らない方に間違った写真をブナと紹介してしまっては、申し訳ないですね。

 ミズナラ・・とはナラの木の一種ですか?

ナラとブナは近い種類なのでしょうか・・・ともにどんぐりみたいな実が成りますね?

これを機に、色々コメント戴けると幸いです。宜しくお願い致します。

神聖なるもの
雑草Z
    おかっぱ頭さん

>雄大なブナ林、神聖なるものを感じます。

そうですね。太い古木など、特に神々しく見えます。・・・しめ縄は張ってなくとも、御神木・・と言う感じがしました。やっぱり『主』のイメージです。・・・それが、沢山ありました。・・それがブナでなくとも・・(笑)

>これから山には雪が積もり、

雪の積もる深さまでブナの枝は折れてしまうそうです。だからブナの木の一番下の枝の高さが冬の積雪量だ・・・と言う説明を受けたことがあります。


>素晴らしい「循環」と云う二文字 

そうですね。自然の循環は素晴らしく新鮮なものですね。  

お礼
上々
雑草Zさん
本当にありがとうございます。
南方の森林と比べ、木々の下に分け入っていくことが容易にできそうでわくわくします。
どうも九州の林は下草も多く、何か居そうで、ちょっと怖い感じがします。

落ち葉が多いような気がしますが、季節のせいでしょうか。
分解が遅いとそのまま雪が隠してしまうのでしょうか。
小動物が見られても良いような雰囲気ですが、その形跡はあるのでしょうか。

分からないことばかりです。

ブナ・ミズナラ・コナラ
kageie
雑草Zさん
このHPに似合わないコメントですみませんでした。
これからも専門性は気にせず、自然の写真をどんどん載せてください。

こんなことを書きながら矛盾しておりますが、少しフォローさせてください。

>下から2つ目の湿原に向かって生えている手前の木とか

これだけコナラのようです。

>下から6つ目の青空の中の木の写真(二つのうち下のほう)とかでしょうか?
>それから、樹齢数百年の山の主もそうでしょうか??

こちらはミズナラのようです。

ブナはブナ科ブナ属、ミズナラ・コナラはブナ科コナラ属のいずれも落葉広葉樹です。ミズナラとコナラは親戚で、ブナは遠い親戚といったところでしょうか。ブナとミズナラはやや標高の高いところで共存していて、コナラはそれよりも低い場所に多いようです。ただし、日本海側に近い雪の降る地域では、これらが共存している場合もあります。

コナラ・ミズナラは皆さんがよくイメージするドングリ(ロウソクの炎型)を着けますが、ブナは少しイメージが違います。巻いたイガイガの殻に入ったナッツのような感じです。

ドングリもこんなに種類があります↓参考までに。

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/fagaceae/fagaceae.htm

東北地方は冬の始まりです。
雑草Z
    上々さん

>南方の森林と比べ、木々の下に分け入っていくことが容易にできそうでわくわくします。

そうですかあ?・・東北に住んでいるものには気付かない感動があるものですね。

 でも、夏場は東北の森も下草が沢山ありますよ。

>落ち葉が多いような気がしますが、季節のせいでしょうか。

はい、ここのブナの森は落葉広葉樹が殆どです。(・・植林した杉などもあって場違いな感じです・・)そして、紅葉の時期が終わって葉が大体落ちました・・・下草も枯れて積もってます。

>分解が遅いとそのまま雪が隠してしまうのでしょうか。

はい、その通りです。雪に埋もれた枯葉はなかなか腐りません。翌年春・・夏近くまで雪の下に冷凍保存されます。・・・発酵もするでしょうが・・

>小動物が見られても良いような雰囲気ですが、その形跡はあるのでしょうか。

はい、夏場は沢山いますが、今頃は大抵冬眠とかに入ってるのではないでしょうか。
 国道401号線沿いのここのブナ林では、うさぎをよく見かけます。クマの親子にも遭った事があります 。勿論鳥類は沢山います。・・・ここはイヌワシもいる事で有名です。
博士山ブナを守る会は、イヌワシを守る会でもあります。・・・確か九州ではイヌワシも絶滅したのではなかったでしょうか?・・・でも、暖かいところのほうが動物は沢山いるのでしょうね!?

>分からないことばかりです。

 上々さんは本当に九州地方の方って感じですね。
私は逆に南方の九州の事のほうが分からない事ばかりです(笑)

因みにそんなに高くない博士山でも、ピークを挟んで国道401号線の両側にゲートがついていて、12月から3月くらいまでの、4か月以上くらいは閉鎖されます。
 会津の南西にある浅草山とか会津駒ヶ岳、燧ケ岳(尾瀬にある東北地方の最高峰です。)などは、6月でもかなり雪が積もってます。・・数mの木が雪に埋もれていたりします。

東北地方の山の上のほうの冬は長いです。 

ブナの仲間にはドングリがなる・・
雑草Z
    kageieさん

 ブナやナラに関する知識、教えて戴き有難う御座います。
写真のブナではない木についても教えて戴き感謝です。色々よく解りました。

>このHPに似合わないコメント

ではありませんよ。・・・リラックスの話題でも、明らかに間違ったことを書くのは信用を失います。ブナではない木までブナって呼んだら、だめですね。・・・まあでも、ミズナラもコナラもブナ科・・・と言う事で・・ご紹介のリンク先、ドングリの種類のところにも記されていました。・・・ブナの仲間はみんなドングリみたいな実がなる・・・と聞いた事がありましたが、栗もその仲間だったのですね!?・・確かに葉の感じも似てますね。


>ブナは少しイメージが違います。巻いたイガイガの殻に入ったナッツのような感じです。

はい、有難う御座います。ブナの実は熊も好物と言いますし、古代人は食べたとの事ですから、今度食べてみようと思います。
 

 
kageie さんのご指摘を生かし、
 記事の文も誤解がないように一部ちょっと書き換えて置こうと思います。
 また、何かありましたら、ご指摘戴ければ幸いです。
 



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2009-10-29 00:01
 神社の周りには神が降臨すると言われる御神木のある鎮守の森が必要ですが、鎮守の森だけではなく、清水もあるべきですね。
 神社の参道のわきなどにある、柄杓が備えて、水が出て溜めてある施設は、手水舎[てみずしゃ、ちょうずや]と言うとの事です。参拝者が拝礼の前に手や口をすすいで身を清めるところだそうです。子供の頃は何も考えず、単なる水飲み場だと思っていたのですが、宗教的な意味もある施設なのですね。手水の起源は、かつては聖域を訪れる際に周囲に流れる河川の水や湧水で身を清めた事に由来するそうです。しかし、川の水が汚染され、清流や湧水が確保出来なくなったために、それらに代わる施設として境内に御手洗場を設けるようになったのが起こりと言われているそうです。
 最近の神社は・・特に神主が常時滞在していない無人の神社は・・手水舎の水が枯れている場所も多く、ちょっと寂しい感じがいたします。
神社の境内に手水舎があるのは、それはそれで趣があっていいですが、やはり古来のきれいな川や湧水があれば、もっと趣深いですね。そのような場所もまだ各地に残っているようです。そして、ここ、会津の地にも無人の神社で、清水が湧き出ている神社があります。

この場所は、12年ほど前に、もともと清水が湧き出る場所を探していたところ紹介された場所です。(当時は北会津村、現在は会津若松市に合併されました・・)神社の横に伏流水が湧きだす清水です。イトヨもいて、なかなか趣のある清水です。
教えてもらってからは、時々訪れて、お参りをした後、柄杓で一杯水を汲んで飲んでいました。
久しぶりにここを訪れたら、鎮守の森が以前より削られたようです。林自体もう少し広がりがあったような記憶です。清水が溜まっている泉も金網の柵で囲われていました。・・・子供が落ちると危険・・・と言う意味もあるかも知れませんが、金網で囲むのは趣も無くなるし考えものです。・・鎮守の森が削られて行くのは悲しい事です。

さて、この鎮守の森には、普通の(大きな)石の鳥居をくぐって、神社があるほか、横に木で出来た小さな赤い鳥居があって、お稲荷さんが祀ってあります。・・・これも普通に見かける光景でしょう。そして、もう一つ・・・観音堂もあります。・・・そう、神仏混淆[しんぶつこんこう=神仏習合]で神社と寺が一緒に祭られていたのが、明治時代の神仏分離で、同じ敷地内で二つの建物に分けられたのかも知れません。・・・変遷の歴史を調べるのも面白いですね。

 観音堂は、会津三十三観音の一つで、観音巡りも為されているようです。・・・殆ど見かけませんが・・・


田村山1

  ↑↓田んぼの向こうに鎮守の森が見えます。

田村山2

  ↑田んぼをはさんで県道に面しているほうは、
     神社の裏側で、清水が流れ出る泉があります。

  ↓上の写真の後ろ側の神社、観音堂の入り口
    正面の鳥居の向こうが、住吉神社
    右手のお堂が観音堂の養泉寺

田村山3

    

田村山4

  ↑↓正面は住吉神社・・・(初めて名前を知りました・。)

田村山8;住吉神社

  ↓定番の二匹の狛犬迎えてくれます。  

田村山9;住吉神社

  ↓住吉神社の裏手
    囲われている社・・・貴重な建造物か?

田村山15;住吉神社後ろ



田村山5

  ↑↓住吉神社の左手(南側)には
   小さな赤い鳥居の先に稲荷神社がある。

田村山7:稲荷神社



田村山6

  ↑↓住吉神社の右手(北側)には
    観音堂、養泉寺がある。
      (こちらの名前も初めて知りました。)

田村山10;養泉寺



田村山11;養泉寺

  平地にあるのにどうして『・・・山』って言うのでしょうね?
   ・・・今度調べてみたいですね。
    ・・・誰かおわかりでないでしょうか?

田村山12;養泉寺



田村山13;公園の置物

  ↑12年以上前から目を赤く塗られた動物の置物
    (・・ちょっと不気味・だけど、魑魅魍魎とした雰囲気を醸し出している。)
  ↓滑り台・・・枯葉も滑り落ちて、下の部分に溜まっている。
    ※神社は地元の子供の遊び場も兼ねる事多いですね。
   

田村山14;滑り台



田村山16;景勝清水の由来

  ↓神社の裏手に湧き出る清水

田村山17;景勝清水1



田村山18;景勝清水2



田村山19;景勝清水3

  ↑↓清水は、柄杓で汲んで、一杯だけ飲むのがいい・・

田村山20;景勝清水4



田村山21;景勝清水5

  ↑↓沢山湧いてくる清水が流れ出しているごく短い沢。
      ・・・この沢は、ほんの数mで沼に通じている。
    ↓沢の中でも水が湧いている。

田村山24;景勝清水8



田村山22;景勝清水6



田村山23;景勝清水7

  泉から沢に流れ出した清水は、沼に溜まる。
    ・・・トゲチョ(・・イトヨの会津の方言)も住んでいる筈・・
  
田村山25;景勝清水9



田村山26;景勝清水10

  さらに沼の水が、用水路に流れ出していく・・・
   結構な水量・・・沼の中でも水が湧いているのだろう。

田村山27;景勝清水11



田村山28;御神木1

  ↑↓神社の入り口右手の稲荷神社の手前にある大木
     ・・・ここの鎮守の森で一番大きな御神木

田村山29;御神木2



田村山30;御神木3



田村山31;御神木4

  黒っぽくシルエットに見えるのは、
     鎮守の森から外を撮っているから・・

田村山32;御神木5


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【2009/10/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

鎮守の森
上々
かなり昔になりますが、某大学教授の講演で鎮守の森だけが元来の植生を残しているだけで、他の田畑・山林などすべてが人の手が加えられているものだと聞かされました。
今住んでいる石川県の気多大社の森も全く手つかずの原生林ですが、その樹木の種類は意外に広葉樹が多いことがわかります。
日本の南は本当に照葉樹林帯なんだなと思わせられます。


>鎮守の森だけが元来の植生を残している
雑草Z
    上々さん


 う~ん、なるほど、山奥は別として、人里では、元来の植生を残しているのは鎮守の森の一部だけかも知れませんね。

>気多大社の森も全く手つかずの原生林

それは凄いですね。ネットで調べてみたら、気多大社って随分大きな神社のようですね。そしてその鎮守の森は「入らずの森」と呼ばれているとの事ですね。
「古くから神域として信仰の対象となり、住民の出入りが禁じられてきました。」
とあります。いいですね。訪れてみたいです。・・・そう言えば私は石川県は訪れた事がありません。能登半島とか素敵ですね。

 今回記事にした鎮守の森は、本当に小じんまりした集落の鎮守の森です。それはそれで趣がありますが、原生林とは言い難いでしょうね。・・いつか会津地方の大きな鎮守の森も取材して記事にしたいです。


>その樹木の種類は意外に広葉樹が多い

 手つかずの原生林・・とまではいかなくても天然林は東北地方でも、広葉樹が圧倒的に多いですね。
やはり人工林と言えば杉などの針葉樹を想起しますね。
広葉樹を切って杉を植えた日本の林業の政策は失敗ですね。
この時期、紅葉した広葉樹に混ざって植樹された杉の木の多いところは興ざめです。

 ところで、日本に山奥・・なんてあんまりありませんが、確かに私の住む会津地方にもブナの天然林なども残っています・・ブナの天然林として残っている森の中で世界最大と言われています。

上々さんは、石川県の方だったのですね。再度のコメント有難う御座います。非常に参考になったコメントでした。これからも宜しくお願い致します。

神社の森
上々
石川県には仕事の関係で今年から来ているだけです。
家は九州にあります。
鎮守の森は確かに原生林とは言えず、特に人が出入りすれば下生えは大きく影響を受けますので、違っては来ますが、樹木種はそのままかも知れないと思います。
気多大社の入らずの森は外から見ただけですが、確かに大木もあり、下生えも色々な植物があるようで、植物に興味のある人にとっては面白そうな様子でした。
私はどちらかと言うとキノコ(真菌類)が興味対象なんですが、それも各種ありそうでした。でも入れないのが入らずの森なんですね。
東北地方のブナ林というのは実際に見たことはないのですが、きれいなものなんでしょうか。一度拝見したいものです。

山号といいまして…
でなしNo.146
お寺に「~山」とある場合、そのほとんどが山号と呼ばれるものです。
(普通に山の名前を取っている場合もあります)

起源やら、意味などはあまりよくわかりませんが、意外と街中のお寺にも山号を持つお寺は多いようです。

ところで今回の記事は、画像が多くて、非常に興味深かったです^^

なぜか、古い動物の置物に妙にひきつけられました。
とってもいい味出てますね!


Anthony
うちの近所には住吉神社の総社である「住吉大社」があります。

で、最近、知ったのですが、短い期間ですが、ここに都が置かれていたそうです。



Re:神社の森
雑草Z
    上々さん



 開発のときに、配慮されて残される鎮守の森ですが、周りが伐採されて、小さくされてしまったところも沢山ありますね。御神木となる大木だけ残して切られてしまった鎮守の森もありますね。御神木さえ邪魔だから切る・・・とか云う話もよく耳にしますが、実際開発なんてもう必要ないですね。 開発=破壊 

>私はどちらかと言うとキノコ(真菌類)が興味対象なんですが、

そうですか。観察の対象としてですか?食の対象としてですか?
 私は食の対象としてはワラビなどは採りますが、キノコは種類が多く、毒かどうかの区別がつかなくて自分では取りません。観察が対象なら、真菌類と言うとカビや酵母菌なども興味の対象でしょうか?


>東北地方のブナ林というのは実際に見たことはないのですが

 東北のブナの森は、青森県と秋田県境付近にまたがる白神山地が世界遺産として有名ですが、会津のブナの森も見事です。会津のほうが総量としては多いようです。
 会津のブナの森も記事としてアップしたいと思いました。(冬になる前に写真を撮って来ようかと思います。)



 九州の方なら、石川県は雪が多くて寒く感じますよね?・・暖かい九州より暮らしにくいと感じますか?

『山号』・・と言うのですね。
雑草Z
    でなしNo.146さん

 確かに神社ではなくて、お寺、観音堂のほうの名前が「田村山」でしょう。昔は山に作ったからでしょうか?・・・その山の名前、例えば「田村山」はどこから付けるのでしょうね?・・・興味あります。

>なぜか、古い動物の置物に妙にひきつけられました。 とってもいい味出てますね!

はじめてここを訪れた12年くらい前に、この、目などに血のように赤いペンキを塗られた動物の置物を見た時は、しょうもない悪戯をする輩もいるものだと思いましたが、・・漠然と中学生くらいかなと思いました・・・年季が入るとこれはこれでちょっと不気味な趣があって悪くないかと感じます。・・・訪れる度に確認します(笑)・・・このお寺の公園には滑り台の他に、定番の寂しいブランコもありますが、こっちの置物に気を取られてブランコの写真は撮り忘れました(笑)
 神社やお寺の寂しい(不気味な)公園もいい味出していますね。鎮守の森には邪魔・・・とも言い切れないかと感じます。これからは、鎮守の森に公園があったらそこの寂しいうらびれた遊具もアップしようと思います。・・・他に定番はシーソーですかね?(笑)

「住吉神社」と言う名前
雑草Z
    Anthonyさん

 神社の名前ってその土地土地の固有名詞ではなくて、祀ってある神などの名前だったんですね。

稲荷神社は当然お稲荷さんを祀ってあると思っていましたが
諏訪神社、八幡神社、愛宕神社、熊野神社・・・どれも全国に沢山ありますね。


「住吉神社」をネットで引いたら
「全国に約600ある」
と書かれていました。随分沢山ありますね。その総本山が「住吉大社」ですね。大阪の街中にあるようですが、鎮守の森には天然林で、生態系が豊かなのでしょうか?

PS
「鎮守の森」シリーズは、Anthonyさんのコメント(南方熊楠の事などもコメントされていました)から名付けました。


Anthony
鎮守の森は空襲で焼けたので、鎮守の林程度ですが、天皇家に献上する米を作る田とか畑があります。



大阪は空襲がありましたね。
雑草Z
    Anthonyさん

 空襲で焼けたのは残念ですね。天然林は半世紀ぐらいでは復活は無理なのでしょうか?・・

>天皇家に献上する米を作る田とか畑

は無農薬有機栽培なのでしょうかね?

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2009-09-29 00:02
 時々、鳥居だけあって、神社が見当たらない風景に遭遇致しませんか?
 私の通勤路にもあるんですよ。・・・この鳥居の奥の見えない所に神社があるのだろうか・?・・・と思っていましたが、自転車通勤した日の帰りに確かめてみました。

      夏の日 ・・ 8月19日水曜日撮影です。



  ↓ 県道からはポツンと鳥居だけが見えます。
佐良志奈神社1

  ↓指定村社・・と言うのでしょうか?
          「指定村社佐良志奈神社」・・と記されています。
佐良志奈神社2

 

  ↓鳥居まで続く道路は、参道・・・と言うよりも農道・・と言う感じです。
                      ・・・舗装されているのが興ざめです。
佐良志奈神社3

   以上3つ ↑↑ は、朝撮った風景です。
   以下 ↓・・↓ は、夕方撮った風景です。
                            右後ろに見えるのは磐梯山

佐良志奈神社4

  ↓鳥居の中から覗く風景
    ・・・・正面の林の中に神社があるのでしょうか?
       ・・・神社があるようには見えません。

佐良志奈神社5


佐良志奈神社6

   ↓鳥居をくぐってしばらく行くと、道は舗装じゃなくなって土が見えて、
     感じは良くなりましたが、ますます農道の感じです。
      正面の森が鎮守の森でしょうか?ただの植林地でしょうか?

佐良志奈神社7

  ↓この森の中に神社が隠れていたらいいな・・・と期待して近づきました。
    正面には参道が見当たりませんが、
     鳥居をくぐった正面に入口はないのでしょうか?
佐良志奈神社8

  ↓森のふもとにあった石碑・・・ちょっと期待は高まります。
                (『・・山』ってこの低い小さな丘の事でしょうか?)
佐良志奈神社9

  ↓藪の奥に参門らしきものが隠れていました。・・・やはり正面でした。
     草が刈り払いされていなくて荒れた感じですが、
                           ・・・それも悪くないかも・・。
佐良志奈神社10

  ↓ありました・・・神社です。
佐良志奈神社11


佐良志奈神社12

  無人ですが、管理はされているようです。

佐良志奈神社13

 妖しいけれど・・ほっとする風景でもあります。
       魑魅魍魎が住んでいるのでしょうか?  

佐良志奈神社14


  ・・・鎮守の森・・って結構残っているもんですね。
     これからも林の中に神社を見つけるのが楽しみです。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/09/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


えりざべす
雑草Zさん.

魑魅魍魎に呼ばれてやって参りました.
空気を感じる風景をありがとうございます.



祭りのお囃子が聴こえる・・
団塊おやじの遺言
祈りやお祭りで大勢の人たちがお参りに来ていたのでしょうね
でもこの様な伝統も継ぐ人たちが減ってきているんですね
管理されていた人たちも高齢化で・・間も無く秋の収穫祭などがあると思いますがその時には
年寄りたちが力を合わせて祭りの準備 そして自然の恵みなぞに感謝の祈り・・日本の良き風習
少し手を入れてここに子供たちが遊ぶ姿があると好いですよね~
皆で守りたい鎮守の森 由緒のある神社 楽しい思い出の作れる神社
この写真の状態では入るのに不気味な感じ・・が~
やはり地域の人たちで子供たちの遊べる様な場所に 枝などを少し伐採し明るくして
風の通りを良くするとご先祖様や神様も喜ぶ様な・・
当たり前だった皆で守る風習が寂れてきているんですね  

魑魅魍魎が呼んでくれましたか・・!?
雑草Z
    えりざべすさん

 荒れ神社・・・って感じがしますが、
 このような魑魅魍魎が住んでいるような空気は悪くありません。
   子供の頃からこう言う雰囲気好きです。
 

昔は祭りのお囃子が聴こえたでしょう。
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 なるほど、昔は多くの人がお参りに来ていたでしょうね。
そして、祭りの日はより多くの人が集まったでしょう。
元旦参りなんかもここに来ていたのでしょうね。
 現在は・・・人々がお参りに来るのでしょうか?


>管理されていた人たちも高齢化で・・間も無く秋の収穫祭などがあると思いますがその時には年寄りたちが力を合わせて祭りの準備 そして自然の恵みなぞに感謝の祈り・・


・・・そういう習慣もまだ残っているのでしょうか?
近くの神社の方から聞いたのですが、有人の神社の神主が無人の小さな神社や祠を管理していて、年に一度そこでお祭りもするそうです。・・・お祭りと言っても、その名の通り、神社の神様を祭るだけの地味なものらしいですが・・ここの神社も近くの有人の神社の神主が管理しているのでしょうか??


>ここに子供たちが遊ぶ姿があると好いですよね~

そうですね。こう言う雰囲気の神社で子供を遊ばせたいですね。・・・昔は神社で子供の遊ぶ風景は普通に良く見る風景でしたが、この頃神社で遊ぶ子供の姿はあまり見ませんね。
子どもは、公園で遊ぶより神社で遊ぶほうが楽しいと思います。

>この写真の状態では入るのに不気味な感じ・・が~

私はこんな感じも好きですが、小さな子供は大抵ちょっと引きますでしょうね。・・・でも、冒険みたいな楽しさがあるかも知れません。


>当たり前だった皆で守る風習

そう云う風習は廃れて欲しくないですね。


とても良い雰囲気ですね。
BEM
鎮守の森まで随分距離があって、唐突に鳥居がポツンとあるようにしかみえませんね。
その鳥居もなんだか足が短くてバランスが悪いですね(笑)

まだこういう風景が残っているって素晴らしいなあ♪
畑に囲まれた鎮守の森だけは開発の手が入らないでしょうね。やっぱりバチが当たるの嫌ですもんね。

一枚目の写真からバックに写っている山が気になりましたが、磐梯山なんですねえ。
とても綺麗な山です。調べると標高1819mと大きな山なんですね。
きっと天気の良い時は素晴らしい姿なんでしょう。
こんなところを自転車通勤できるなんて羨ましいです(^^)/

会津には無人の鎮守の森が沢山残っています。
雑草Z
    BEMさん

>唐突に鳥居がポツンとあるようにしかみえませんね。

そうなんですよ!・・・「あの鳥居は何?」
と聞いても大抵「分からない、どうなんだろうね?」
・・と言う事で調べてみました。


>一枚目の写真からバックに写っている山が気になりましたが、磐梯山なんですねえ。

BEMさんは山好きでいらっしゃいますね??・・・この写真は、磐梯山をほぼ南(・・南南南東くらい・・)から撮ったので整った山の形に見えますが、120年くらい前の大噴火(1888年)で、裏磐梯(北側)は半分くらい吹っ飛んでえぐられています。・・いつか磐梯山の北側の鎮守の森の背景に裏磐梯の写真もアップしたいですね。

 
>まだこういう風景が残っているって素晴らしいなあ♪

こう言う風景は日本中色んな所に残っているのではないでしょうか?・・北海道はどうですか?・・会津地方には、この手の鎮守の森が沢山残っています。私の通勤路でもこの夏いくつか見つけました。
これから時々、月末29日には、鎮守の森のような、森や林の木の残る風景をアップしようと思っていますのでよろしくお願いします。
 

 

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