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2014-12-11 00:01
人は目先の事に捉われがちです。遠い将来よりも先ずは明日のこと。・・・ある意味当然の行動でしょう。
今食べるものが無くて飢えていれば、来年何百倍の大きさになる魚の稚魚を食べてしまうでしょうし、来年一粒万倍になる穀物の種も今食べてしまうでしょう。ある意味仕方ない事です。しかしそんなに逼迫した状況でなくとも、目先の個人の利益を優先してしまい、大局的には取り返しがつかないくらいの被害を受けている事がしばしば起こっています。意識するとしないとに拘わらず、環境問題よりも社会問題よりも、先ずは目先の自分の利益の為に行動している人が大半です。・・・勿論、目先の個人の利益よりも環境の事、社会のことを優先する人もいるでしょうが、ほんの一握りの人々です。

前回の衆議院選挙同様、今回の衆議院総選挙も景気対策が争点の主になってきています。他のもっと重要な争点・・・集団的自衛権の立法化や原発再稼働や原発の輸出など、これからの日本の存亡にもかかわるような大きな争点があるにも関わらず、相変わらず景気対策に主眼が置かれています。自民党は、景気対策以外の重要問題を争点にすれば分が悪い事は明らかなので、経済政策を隠れ蓑の争点としています。アベノミクスは早晩失敗することは目に見えています。もうすでにかなり馬脚が見え始めています。選挙が終われば、次々にアベノミクスの失敗を示すデータが明らかにされるでしょう。だから他の政党はそのアベノミクスが、失敗であることを繰り返し繰り返し主張しています。その野党の主張は間違いではありませんが、自民党と一緒に経済対策ばかりを論じている姿には、情けないものがあります。国民の多くも目先の景気対策に注目している・・・と考えて、のことなのでしょうが、そんな事よりももっと大切な争点がいくつもあるのです。

実際に、成長の限界に近づいた日本では経済は行き詰っています。経済的に大変である人は沢山いるでしょうし、そんな彼らが、(恒常的には上向くことの無い)経済を上向かせることを、政治に期待してしまう事にも一理あるでしょう。しかし、そんな目先の利益ばかりが一国の政治に反映されるのは非常にまずいでしょう。・・・多数の人々の目先の利益が優先になるように選挙に反映され、政治に反映されているのが現代民主主義選挙の実態でしょう(実情は、利益はごく一部の人に集中しています。)。その結果、環境はますます悪化し、社会は崩壊の方向にどんどん進んでいます。

過去にも、目先の利益に囚われ、大局的に考えられなかった結果、多くの文明が滅んできました。目先の利益に囚われた多数の人々の思惑の結果として事業が行われ、その結果、環境が破壊され・・・循環が断ち切られ、社会全体が大きな被害を受けて滅びていったのです。イースター島の悲劇は典型例でしょう。もっと大きな文明崩壊の例も沢山あります。インダス文明、エジプト文明、メソポタミア文明・・・・。目先の利益を追求しているうちに環境を悪化させ文明が崩壊してきました。

そして、現代社会も、日本に限らず多くの国が目先の利益を優先して、破局に向かっているのです。環境が悪化し人間が住めなくなったら、社会が崩壊したら、個人の目先の利益も何もないでしょう。その意味で、地上の人間は一蓮托生なのです。

多くの様々な情報を瞬時に得ることの出来るようになった現代だからこそ、過去に学び、目先の利益にだけ囚われないで行動したいものです。少なくとも、公の行動や政治、選挙に関しては、将来の人間社会全体の持続可能性を考えて、大局的に考えて行かなければ、大変な事になるでしょう。破局は直ぐそこに迫っているかも知れないのです。・・・(自戒も込めて。)
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【2014/12/11 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

選挙の争点は国民の程度を表す
爽風上々
景気対策だけで選挙を戦うというのは、今に始まったわけではなくバブル以降ずっとそれで続いていると言えます。
まあ、それ以前も箱物の誘致だけであったり、急行の停車駅であったり、はなはだしいのは選挙期間中の飲食接待だけで票を集まるということまでしていたので、一応政策と言えるようなものになっただけでも進歩と言えるのかもしれませんが、その実態は国債を乱発して公共事業と言う名の土木建設につぎ込むだけの白痴とも言える施策だけだったようなものです。

それとはちょっと違ったのは小泉の郵政選挙ですが、これも通じるところはやはり景気対策でしょう。

国債発行残高の推移を見るとバブル前にはなんとか償還も見える程度であったのが、瞬く間に非現実的とも思える額に跳ね上がります。これもその当時の景気対策選挙で勝利した自民党政権がやったことです。
それがすべてまったく逆効果で今の惨状となっているのに、「誰もその責任を問わない」ばかりかまだ足りないと言っている。

そういった議員を選ぶのは有権者です。日本がおそらく急激に没落することに近い将来なるでしょうが、誰のせいでもなく有権者の責任です。自民党にはこれまで一度も投票したことのない私にも連帯責任はあるのでしょう。

オイルピークを過ぎ人類文明全体の衰退も見えてきましたが、その出現のはるか前に日本の没落は始まりそうです。

破局は農畜産業から
団塊親爺の遺言
 今の政治家の行いに何等の同調は出来ませんね
金が無いから様々な税を懸ける 増やす 見掛けの体裁を図る
馬鹿でも出来る方策しか執らない 一般庶民は青息吐息です

私たちも生活が苦しいから税金も年金も払わないで良いのか・・
是非ともそうさせて欲しいものです 散々浪費していざ困ったら
年貢を上げる・・昔の地頭の遣り方と同じ・・

農畜産業ですが相変わらず密飼い状態で輸入飼料等に頼る経営
糞だらけの最悪の環境で動く事も太陽も見ずに抗生物質入りの
餌で育てられ続けています こんな家畜の飼育法に補助金を出し
自然放牧や自然農法へは補助金は出ません 家畜の環境に合った
自然放牧飼育をすると人は糞出しや家畜の病気の心配から解放
され経営者は持続可能な健全経営に・・今ヤギの除草隊が各地で
活躍しているそうです 日本の河川周りには相当量の雑草が在り
これ等を生かす家畜たちの活躍が期待出来ます 健全に育てた
家畜たちのもたらす卵や乳は全く今の流通している味覚とは違う
のです 今、鳥ウィルスとか家畜の伝染病に凄い経費が懸けられ
ているにも関わらず薬剤で抵抗力の無くなった家畜たちは死んで
います それらを食べている私たちも家畜たちと同じく抵抗力や
免疫が無く成り病が蔓延しています 他の産業と違い農業は原点
に還らなければ取り巻き連中に食い物にされるのです

今の農畜産業は殆んど利益は出ません 儲かっているのは薬剤の
企業と税が入る国だけです 私たちは健康に生きてこそ人生

この儘では金や利益の為に私たちが殺されると想っています

  

現状認識
guyver1092
 景気政策について期待したいのは分かりますが、過去の滅びた文明人とは違い、現代人ははるかに多くの情報もありますし、知識の蓄積によって現状を分析することも十分可能であるにもかかわらず、ぶち上げたアドバルーンに騙されるのは、ある意味、現代人の資格がないとも言えますね。
 もっとも日本人が重視している景気対策が空手形であると気がつかないのは、知性が疑われます。
重視しているはずの経済対策の良否がわからない程度の知性では、もっと大事なことが自分たちにどのような影響を及ぼすのかも予測できないのかもしれませんね。

Re:選挙の争点は国民の程度を表す
雑草Z
>景気対策だけで選挙を戦うというのは、今に始まったわけではなくバブル以降ずっとそれで続いていると言えます。

そう言われればそうかも知れません。自民党はそうだったでしょうね。でも野党は必ずしもそうだったのではないような記憶ですが・・定かではありません。

>逆効果で今の惨状となっているのに、「誰もその責任を問わない」ばかりかまだ足りないと言っている。

そうですね。おっしゃる通りです。今の政治家の大半は、目先の利益誘導しか考えていませんね。責任は問われるべきです。

>自民党にはこれまで一度も投票したことのない私にも連帯責任はあるのでしょう。

その理由を是非ともお聞かせ下さい。自民党に投票して無くて、政治家でも無い爽風上々さんが、自民党が行ってきた政策の連帯責任がどこにどのくらいあるのでしょうか?・・・特に 上々さんの事を問うているわけでは無く、この手の物言いをする方が沢山いますが、いつも疑問に思うからです。勿論それぞれ違うかも知れませんが、どのような理由から責任があり、だからどうすべきだとお考えですか?


Re:破局は農畜産業から
雑草Z
>散々浪費していざ困ったら 年貢を上げる・・昔の地頭の遣り方と同じ・・

言い得てます。全くその通りです。

>馬鹿でも出来る方策

ですね。そして逆効果です。やらない方が遥かにいいですね。

>こんな家畜の飼育法に補助金を出し自然放牧や自然農法へは補助金は出ません

畜産でもそうですか?・・・酷いものです。農薬会社や薬剤会社と癒着しているのでしょうね。

>今ヤギの除草隊が各地で活躍しているそうです 

いい情報有難う御座います。それは一石二鳥ですね。ヤギに輸入穀物を食べさせて、河川敷に除草剤を撒くような生態系を無視した愚かな方策は直ぐに止めるべきですね。

>農業は原点に還らなければ取り巻き連中に食い物にされるのです

そうですね。昔・・・江戸時代は勿論、そこまで遡らなくても、戦前の農業は今と比べれば遥かに健全でしたね。ほぼ、有機無農薬でした。・・・アメリカの化学会社、農薬会社が農業を駄目にしましたね。早く有機無農薬に戻るべきですね。

農業の現場を観てのご意見、非常に参考になりました。ありがと言う御座います。

Re:現状認識
雑草Z
>日本人が重視している景気対策が空手形であると気がつかないのは、知性が疑われます。

空手形の景気対策とは上手い表現ですね。アベノミクスの実体を突いています。アベノミクスどころか、バブル以降の景気対策の実体ですね。

>もっと大事なことが自分たちにどのような影響を及ぼすのかも予測できないのかもしれませんね。

他の深刻な問題から目を逸らして、景気対策ばかり追い求めていたら、取り返しのつかない事になりますね。日本ばかりか、世界の存亡にかかわる逼迫した大きな問題が横たわっているのですから。

民主政治と国民の責任
爽風上々
選挙をするようになってもう40年になりますが、その始めの頃にはさすがに今のような経済の真実というものを考えることもなかったのは当然です。
しかし、自分自身は幼稚ながらも、その頃から当時の自民党政治の政策が労働者や農民、中小企業などのための方向には全く向いておらず、すべて大企業と地域のボスのような人々のためのものであることは分かっていました。そんなわけで自民党の候補には一度も投票したことはないのですが、他の政党の候補も同じようなものと言うことには当時は気がついていませんでした。

国民の政治に対する責任というのは、「それが民主主義だから」としか言いようがないですね。
たとえ反対する政党であっても選ばれた以上はその統治に従いますし、その政治の間違いは批判はしますが、その結果の責任からは共同体の一員として逃れることはできないと思います。

しかし、もうそろそろそれにも疲れました。
もちろん、具体的な行動はできないのですが、心の中では「日本人」の一員であるということを返上して「地球人」であるという気構えで、日本人の連帯責任からは逃れたいと思うこのごろです。

Re:民主政治と国民の責任
雑草Z
コメントを読むと、爽風上々さんの選挙に対するスタンスのほうが、私よりも遥かに真面目だったと感じます。私は選挙の争点に着目し始めたのは、小泉郵政選挙だったり、民主党が台頭してマニフェストが話題になった頃からです。それ以前は、イメージで、金持ち(ブルジョア)の為の政治を行う自民党以外の革新系、共産党や社会党に投票していました。(緑の党系にも投票しましたが・・)

>他の政党の候補も同じようなものと言うこと

そうではない候補が多くなれば政治も変わるでしょうね。

>その結果の責任からは共同体の一員として逃れることはできない

その結果からは逃れることが出来無くとも、それに責任があるとは考えません。逆に被害者ではないかと思います。自分が支持しない政府の政策によって、労働者としてこつこつ働いていたところから搾取された挙げ句、破綻しても、共同体の一員としての責任がある・・・と言われたら理不尽過ぎます。私はそこまで人間が出来ていません。

>「日本人」の一員であるということを返上して「地球人」であるという気構えで、

それに私も乗っかりたいと思います。・・しかし私は、(外国人の多くと比べて、)まだ日本人のほうが信頼を置けるんじゃないかと言う気もしています。

日本人として
爽風上々
まあ国籍を捨てるわけにも行きませんので「心の中では」というだけのことですが。

日本人の一員という意識が急激に薄れてきたのは、東日本大震災のあと、言葉だけでは「絆」と言いながら、福島県産の農産物は忌避するとか、福島県からの避難者を避けるとかいった醜い話が報道されるようになってからです。
このような人々と同じ日本人と言われたくないという意識があります。

さらに、「ヘイトスピーチ」をめぐる問題、さらにそれに関してネット上で飛び交っている醜い意見など、特にそのような人々が反対する議論をする人(そちらの方がはるかにまともな人ですが)を「非国民」呼ばわりをするのを見ると、それならこっちから日本人は返上だという気になります。

日本人の共同体の一員としての責任というのは、あくまでも自分がその共同体として生きていくという意識がある場合だけだと思います。
これまではいくら政府の方針が間違っていると確信していてもそれほど声も上げずに黙っていました。
そのような態度を取っている以上はそれだけの責任もあると思います。
まあ今では自分のブログなどで思うところを述べていますので、いくらかは責任は免れているかもしれませんが。

Re:日本人として
雑草Z
私も「絆」「食べて応援」キャンペーンは大嫌いです。どちらも政府、東電の原子力政策の失態から目を逸らし、賠償を少なくする為のキャンペーンに見えます。「美味しんぼ」バッシングにも呆れました。「美味しんぼ」の作者は、現地取材して事実に基づいて描いています。偉いと思います。バッシングは、東電と政府の「事故収束キャンペーン」の一環でしょう。

私は21世紀になってから日本を再評価し、世界の中では日本に住んでいてよかったと思っていました。現在住んでいる会津地方も好きで、終の棲家にする予定でしたが、3.11以降、移住も少し考えています。会津地方は、福島第一原発から100km(以上)離れており、間に山も沢山あるので、放射能汚染は、隣県の宮城や栃木県並みで、会津の人の多くは原発事故を「対岸の火事」と捉えています。しかし、東電の費用をケチッたいい加減な事故処理では、いつ放射能が大量に漏れ出すか分かりませんからね。

話を戻しますと、私は会津が好きで日本も好きですが、だからと言って福島県や町、日本政府の酷い政策に連帯責任を感じて運命を共にする気は毛頭ありません。(これも「心の中」ではと言うだけですけどね。実際ぼんやりしていると、望む望まぬとに関わらず、政府や自治体の失策の被害をもろに被りますね。)

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2014-11-11 00:01
ここの常連のguyver1092氏の3連載記事の最終回です。暴走する経済成長志向を、これまでとは全く違った観点・・貨幣のシステムの変更・・によって、脱しようと言う一見奇抜で難解な・・・しかし理に適う提言です。

ごく一部にしか知られていないのですが、シルビオ・ゲゼルという経済学者がいました。彼は実業家として成功しますが、国家の政策の失敗による経済混乱を見て心を痛め、後に、実業家としての体験を踏まえつつ経済学を学び、独自の経済理論を構築しました。その理論の中に「自由貨幣」があり、これは金本位制の経済政策の失敗による経済混乱をヒントに貨幣の機能につき考察し、貨幣制度の欠陥に対する対応策として提示されました。
彼は貨幣の機能として、交換機能、貯蓄機能、尺度機能があり、このうち交換機能と貯蓄機能が互いに衝突し、経済を混乱させていると考えました。この対策として考えられたのが減価する貨幣(自由貨幣)です。もう少し具体的に言うと、人間社会(文明)は、分業により効率よく資源を採取、加工をし、それを交換することにより成り立っています。そして交換をスムーズにするために交換の媒体として貨幣が発明されたのですが、貯蓄機能により貨幣を溜めてしまうと、交換が行われなくなり、社会全体への資源供給が滞り不況になるというものです。
減価する貨幣は、物質がエントロピーの法則に従い劣化する速度に合わせて価値が減少するように設計された貨幣です。目的は、お金の機能の内、貯蓄機能を取り去り、貨幣の死蔵を防ぐことです。有名なところで、オーストリアのヴェルグルという町で、世界恐慌時に利用され、経済の混乱から立ち直るのに役立ちました。
減価する貨幣を採用した社会はどのような社会でしょうか。
ヴェルグルの奇跡

上記のページによると、減価する貨幣は貨幣の量としては少なく済むようです。地域毎にその社会が必要とする資源の量に見合った最小限の貨幣額というものがあり、以前に準備した貨幣量・・現行システムの貨幣量・・は、資源に対して多過ぎたのでしょう。・・・これは人間が真に必要なものは貨幣ではなく資源であることを表していると言えるでしょう。
たとえば人が二人しかいない社会を考えてみれば明らかです。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。交換が行われないならどうなるでしょうか。貨幣を所有している者は最終的に飢え死にし、資源を持っている者は資源の再生産が出来る限り、生き続け、貨幣のない人と無主の貨幣が残るでしょう。
言い換えれば減価する貨幣は、資源(商品)の量と自然と一致すると考えられます。減価する貨幣を採用した社会は、インフレもデフレも無い、安定した消費の社会と考えられます。さらにヴェルグルの例では、人口の三分の一ほどもいた失業者とその予備軍がほぼゼロになり、インフラ整備も進んだところから資源の公平な分配もできる社会のようです。
減価する貨幣の社会では、なぜ経済が安定し、公平な分配のできる社会になるのでしょうか。ヒントは「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」p395あたりから紹介されているリッチとプアの実験です。さまざまな働きに対しての報酬がモノと貨幣の場合を比較した実験で、モノの場合は、異なる働きに対して、報酬が均等でも不公平とはあまり感じないのに対し、報酬が貨幣の場合、均等に分けると圧倒的に不公平と感じるとの結果です。被験者に対するアンケートでは、モノと貨幣では価値が違い、貨幣のほうがはるかに重要であるとの意見が圧倒的です。「モノは贈り物との側面がある。モノは賞味期限がある。食料を均等に配分するのは、コミュニティのなかで絆が深くなる。」等です。この実験の結果は、ゲゼルの炯眼を示す実験でもあるでしょう。減価する貨幣は人にとって、モノと同じである、又はモノの引換証であると認識されるからこそ経済の安定及び資源の公平な分配がされるのでしょう。減価する貨幣は人に、貨幣は資源価値の乗り物であることを理解させ、くだらない偽物の価値から脱却させるのでしょう。
その他に重要な相違は、減価する貨幣の社会では貨幣の貸し手と借り手の力関係が逆転するということがあります。【ゲゼルのロビンソンクルーソー物語】で論じられていますが、モノの場合は、時間とともに劣化していくのが当たり前ですから、あまった資金を借りてくださいとお願いすることになり、これは現在の社会では、お金を貸してくださいとお願いされるのと立場が逆ということです。この場合、金利ゼロで借りてもらえれば十分得ということになります。【定常社会の会計基準】にも書いたとおり資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムであり、商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムです。マイナス金利の減価する貨幣の社会では、資本の拡大再生産はできなくなり、資本主義は存在できない=成長しない社会になります。つまり、減価する貨幣を使用する社会にするだけで、罰金のように税金を取らず、猜疑心の塊となって社会を監視し、強権的にすべての人を押さえつけなくても定常社会が実現できるということになります。無理やり押さえつけていないので、物質(商品)のある範囲で柔軟に変化できる社会でもあるとも考えます。
さて、【定常社会の会計基準】で議論した「定常状態の社会システム、エントロピー発生の低い社会システム、自然環境の状態を財務諸表の何かに組み込む」は、減価する貨幣の社会ではどうなるでしょうか。定常状態の社会システムは減価する貨幣を採用すればそれだけで実現できると考えます。エントロピー発生の低い社会システムは、原材料の損失、売れ残り等を費用として売上から控除できないような会計・税の制度が考えられます。自然環境の状態を財務諸表の何かに組み込むについては、「エンデの遺言」P245で紹介されているヴェルグルで、人々が積極的に植林を始めたという事実を少し変えれば実現できると考えます。生きている樹木の引換証としての兌換貨幣を作ればよいのです。樹木は生きていますから成長します。その成長する分をプラス金利とし、更に自然環境を維持する分のプレミアとしての加算をしておくのです。木を切ってしまえば、自然環境分のプレミアは消滅し、成長しなくなったのでそこからマイナス金利とするのです。このように貨幣の一部を生きた生態系を表すものとすれば、財務諸表の資産の部に自然環境が搭載されることになります。
減価する貨幣の社会でも人がもっとたくさんの資源(商品)がほしいと願えば、手に入れた資源を使って資源を拡大再生産し、経済成長も可能でしょう。モノは使う、食べる等するものですから、限度はあるでしょうが、人の消費する資源が地球の容量を超えることはあるかもしれません。この回避策としては、エコロジカルフットプリントに応じて税金を増減させ、景気を冷やす方法が考えられます。また、樹木の引き換え貨幣を使う場合であれば、資産に一定以上の引き換え貨幣の蓄積を義務付ける等が考えられます。
減価する貨幣はヴェルグルの例からすると、導入までは難しいかもしれませんが、導入すれば人々の圧倒的支持を受け、文明崩壊への道から人類社会を救済することが可能と考えます。
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【2014/11/11 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

単純化した思考実験で見えてくるもの
雑草Z
>たとえば人が二人しかいない社会を考えてみれば明らかです。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。

この思考実験は非常に有意義ですね。普段気付かない貨幣の本質を知らしめてくれます。
 2人が3人になり4人になってもみんな知り合いの閉じた世界で、・・・他の人々は食料なり衣類なりを生産しているとすれば・・・貨幣だけを生産し、貨幣しか持っていない人間は一番弱い立場でしょう。・・・と言うよりも、貨幣だけ生産している人間など、その小コミュニティでは不必要であり、相手にされないでしょう。
それが、不特定多数のマス-社会では、朽ちない貨幣を製造する銀行が、取引の間に入って利子を儲け、権力を手に入れるわけですね。即ち、銀行は、中間搾取業者と言う事になりましょうか。ある意味詐欺ですね。

 結局銀行は、お金の余った人が資本を合法的に増やす為に作ったからくりと言う事になりましょうか。
民間が貨幣を作り、政府紙幣でないところが納得のいかないところです。

Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
guyver1092
 分業により文明社会になったのに、分業による交換の媒介物として発明された貨幣が、交換の邪魔をするということは、貨幣の性能が悪いということになると考えます。これは貨幣の持つ機能が内部に矛盾を含んでいるせいでしょうね。その性能の悪さに付け込み、収入を得、権力までも手にするということは、間違いなく搾取者ですね。中間かどうかは、私は疑問で、影の支配者という気がします。「資本を合法的に増やすからくり」は言いえて妙ですね。

Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
雑草Z
>分業による交換の媒介物として発明された貨幣が、交換の邪魔をするということは、貨幣の性能が悪いということになると考えます。

なるほど、物と同様に腐らないお金は、貨幣の性能として優れているのでは無くて劣っていると言う事ですね!・・つまり
>貨幣の持つ機能が内部に矛盾を含んでいる

ですね。目から鱗です。

>中間かどうかは、私は疑問で、影の支配者

そうですね。私が「中間搾取」と表現したのは、物の交換の「中間、間」に入って、交換の度に搾取種るという意味です。銀行やお金の仕組みを自分達の利益誘導の為に作った連中は、確かに影の支配者ですね。…あまりにもずる賢い事をしているので、表舞台には出て来れないのでしょう・・・彼らが表舞台に堂々と出てくるような時代になったら世も末ですね。
【ヴェルグルの奇跡】は、「エンデの遺言」にも載っていましたが、あそこまで成功するとは予想外です。そして案の定、金融業の犬の政府にいちゃもんをつけられて止めさせられてしまいましたね。残念です。ヴェルグルの奇跡を再び起こすには、どうすればいいでしょうか?

矛盾を抱えるお金。
でなしNo.146
>彼は貨幣の機能として、交換機能、貯蓄機能、尺度機能があり、このうち交換機能と貯蓄機能が互いに衝突し、経済を混乱させていると考えました。

私にもこの視点はすごく新鮮でした。交換機能と貯蓄機能に拮抗作用があるとは。

状況によってはあまり気づきにくい点だと思いますが、恐慌(不景気)になった時には問題が顕在化するわけですね。

実際、交換機能・貯蓄機能・尺度機能のどれも過剰(極端)な状態となれば拮抗しそうな気がしました。

そう考えるとお金って、矛盾の上に成り立った魔法のような存在なんですね。

また、
リンク先の記事も拝見しましたが、恐慌を脱するために地域で回せる公債のような「老化する通貨」を使用したというのは非常に興味深いです。

地域通貨もうまく利用していけば、より公平な分配と労働状況が実現できると思いますし、【ヴェルグルの奇跡】のような過去の事例を集めて検討していけば成功精度が高いシステムをを企画立案することも可能だと思いました。

Re:Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
guyver1092
 ゲゼルは本当に炯眼ですね。エジプトとか、ブレクテアーテを知っていて、参考にしたかどうか興味のあるところです。
 中間について分かりました。交換の間に巧妙に入り込んでそれと分かないよう搾取していますね。
 減価貨幣を導入するのは、経済特区を利用するとよいのではないでしょうか。この場合、必要と感じることは、税金もこれで収められるようにすることではないでしょうか。地方税の額を超えた分は、地方交付税の交付をその分返上するとかすると政府も文句をつけにくいかもしれませんね。

Re:矛盾を抱えるお金。
guyver1092
 私も初めて知った時は、目から鱗が落ちた気がしました。分配される商品は時間とともに価値が低下していき、最後には消費して無くなるのに、対価として支払われるお金が無くならないのは、本当はおかしいことです。矛盾の上に成り立つ魔法のようなものとは、お金の本質を表しているよう感じます。
 地域通貨として、減価する貨幣を地方公共団体の中で、税金も含めて利用する社会実験は必要なことと感じます。地方の政治家の誰かが、実験する価値を認めれば、特区制度を利用して大手を振って実験出来るのではないでしょうか。この実験を通じて、改良をしていく必要はあると考えます。

Re:Re:Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
雑草Z
>減価貨幣を導入するのは、経済特区を利用するとよいのではないでしょうか。この場合、必要と感じることは、税金もこれで収められるようにすることではないでしょうか。地方税の額を超えた分は、地方交付税の交付をその分返上するとかすると政府も文句をつけにくいかもしれませんね。

当方で質問して置きながらなんですが、ここまで具体的な方策の御提案が為されるとは予期しませんでした。ここまでいいアイディアがあったとは驚きです。
 このような導入こそ、経済特区で実験してみる価値が十二分にありますね。それこそ、

>大手を振って実験出来る

ですね。勿論この減価貨幣の発酵主は、その特区のある地方自治体でしょう。これが上手く行けば政府紙幣の発行にも結び付けられそうですが如何でしょう?・・・日本銀行のような民間企業はあってはならないと考えるのですが。

Re:Re:Re:Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
guyver1092
 経済特区は、国が認可をするようですので、過去のアメリカのように、地方分権の力が強すぎると言うことを理由に認可されない可能性もあります。また、経済特区の目的に合わないと言うかもしれません。
 この認可が下りないということならば、政府は日本経済の崩壊よりも、現在の支配者の儲けを優先しているということになるのでしょう。

Re:Re:Re:Re:Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
雑草Z
よくある経済特区と言うのは、経済活動を活発にして、売り買いを増やす為のような、あんまりいいイメージは持っていませんでしたが、政府はそんな経済特区が好きなんでしょうね。

ヴェルグルの奇跡があるからこそ、政府は減価貨幣の導入に及び腰になるかも知れませんね。今の政府は、人々の生活よりも経済成長にプラスになる事を第一に考えそうです。

>地方分権の力が強すぎると言うことを理由に認可されない可能性もあります。また、経済特区の目的に合わないと言うかもしれません。

と言う事ですね。日本の官僚や政治家を見てもこのような事を言いそうな輩ばかりです。

>政府は日本経済の崩壊よりも、現在の支配者の儲けを優先しているということになるのでしょう。

ですね。
 

Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:単純化した思考実験で見えてくるもの
guyver1092
 経済特区以外では、やはり選挙ですね。選挙で地域通貨を活用し、経済のマイナスの波の防波堤にしようという考えの政党を育てて、地域通貨を合法化し、導入するのが一番確実と考えます。
 日本人がどこまで分かっているかが問題ですが。

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2014-11-05 04:52
ここのサイトの大きな主題は脱経済成長です。
経済成長志向の愚かさについてはここのサイトでしつこく論じてきましたが、会計基準や法律の側面から論じた事は殆どありませんでした。私の着想になかったからです。その側面・・・法律、会計基準の面からの脱成長論を、ここの常連の HN guyver1092氏に論じて戴く第2回目です。


+  +++    +++++      +++++    +++  +

現代社会は貨幣経済社会です。貨幣を中心に動く社会ですから、貨幣に対する仕組みを変えれば社会を変えることが出来ると考えます。では、文明崩壊を起こさない社会を構築するためには、どのようなシステムが必要でしょうか?
第一に、有限の地球上での無限成長は不可能ですから、人間社会を定常状態にとどめるための会計基準等を作り、これに従った社会システムを作る必要があると考えます。
第二に、72億人以上にも増えてしまった人口を無理やり処分せずにソフトランディングさせるためには、社会の維持のための資源の消費は最小限になるような社会システムが必要と考えます。社会システムは、維持するコスト(エネルギー収支的な言い方をすればエントロピー)が少ない=エントロピーが低いシステムのほうが優れていると考えられます。またエントロピー発生の低い社会にしなければ、分配する資源不足による社会不安を原因とした人口の制御不能の縮小を招き、文明崩壊に至る可能性が大きくなると考えます。
第三に、現代社会の税法等では、人間社会の入れ物である自然環境の状態を表す方法が何も無いので、企業等には文明崩壊の危機が理解できず、『社会のエリート層が大災害の警告に対して「業務は平常通り(business as usual)」的なアプローチを、手遅れになるまで強く勧め続けたとしている。』との行動をとらせない仕組みを組み込む必要があると考えます。

まず、人間社会を、定常状態にとどめるための税制を考えてみます。歴史を紐解いてみると、未開社会で、過剰となった富を使いつくす祭りがあることに気がつきます。この祭りをポトラッチといいますが、ポトラッチは余分な資源の蕩尽という部分があり、贅沢は悪だとの考えからすると異常なことになりますが、「資本主義の終焉と歴史の危機」にも紹介されているとおり、贅沢の反対の禁欲は、実は強欲なのです。禁欲し、余らせ、蓄積した資本を投資に回して拡大再生産をするのが資本主義ですので、余剰は使い切るのが正しいと考えます。
未開社会の贈与経済と過剰化‐過少化のサイクル


よく、累進課税は儲けたことに対する罰金のようだという主張がありますが、定常社会を実現しようとするのなら、自己再生産の分を残した余剰は、罰金のようにすべて税金として徴収してしまう方法が考えられます。このような税制にすると、金利はゼロにならざるを得ないと考えられます(資本主義の終焉と歴史の危機による)。ただ、このような税制を取った場合に、資源の消費最小の社会になるか疑問が残ります。理由は、資源の消費を最小にしようが無駄遣いしようが、利益は罰金のように徴収されてしまい、資源消費最小社会を実現しようとの動機は生まれず、結果として、実行されない可能性が高いと考えます。ただし、この場合、税金に取られるぐらいならと考え、労働者、取引先の下請け等に利益を分配するのならば、結果的には資源の公平な分配になり、文明崩壊は少なくとも遠くなるのではと考えます。
現代文明は崩壊の道を辿っている NASA出資の研究結果

企業等の法人はこれで成長を止めることは可能と考えますが、個人事業主等はどのように考えればよいでしょうか。仕事を引退した後の生活のことなど考えると、蓄財を認めないのは飢え死にせよというのと同じになると考えられます。また、会社と違って、子供の養育等、人類自身の再生産のための費用のように数十年に渡って必要なものは、どのように考えるべきでしょうか。これについては、個人事業主も企業と考え、「総売り上げ-費用」で「利益」を求め、利益はすべて税金として徴収するとし、費用の中に、自己に対する給料と、企業としての自己再生産の分の費用を含めるようにすればよいと考えます。
さて、個人事業主も会計上は企業と考えれば、拡大再生産しない仕組みに取り込めると考えますが、個人事業主の労働者としての部分及び労働者等、己の労働力しか売るものがないものはどのような税制にすべきでしょうか。自己再生産といっても、贅沢と、そうでないとの境界をどう考えるか、子供の養育等、貧困層ほど、子供の学習能力が低いことを考えれば、社会の再生産という点で、余剰分をいくらからと一律に決めて徴収するのは、あべこべの結果になる可能性が考えられます。 【子供の貧困


私の結論は、労働者としての部分の金銭に関しては累進課税とし、蓄財は認めますが、相続は認めず、全て税金として徴収するのが良いと考えます。生産設備、及び、会社等への出資金等は除きます。理由は生産設備等の相続を認めないとすると、事業の継続が不可能になり、永久に縮小再生産になってしまうからです(地球の再生産能力までは縮小させる必要はあるでしょうが)。ちなみに労働者部分の金銭の相続を認めないというのは、ポトラッチの考えを基にしています。ポトラッチは年一回が基本でしょうが、これを人間の再生産のサイクルである相続時にリセットするとの考えです。

二番目のエントロピー発生の少ない社会にする制度は、原材料の損失、売れ残り等を費用として売上から控除できなくすれば実現できると考えたのですが、利益は認めない社会が前提ですので、これは意味がありません。ただ、石油資源は永久にあるわけではないので、石油の枯渇に伴い、資源を安く大量に入手できる社会はいつまでも続くはずがないと考えられ、枯渇が始まれば、自然と低エントロピー発生社会になるのを待つしかないのではと考えています。
人間社会の入れ物である自然環境の状態を、財務諸表(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書等)に計上する方法は私には思いつきませんでした。財務諸表の何らかに人類の存続基盤の状態を計上することが出来れば、『社会のエリート層が大災害の警告に対して「業務は平常通り(business as usual)」的なアプローチを、手遅れになるまで強く勧め続けたとしている。』のような愚かなことはしないでしょう。しかし、貨幣というものは、元々取引の相手方の信用を考慮しなくてもよいようにできていますので、豊かな自然環境が人間社会の存在基盤といえども、その安定性(信用)を表すことは不可能ではないかと考えます。次善の方法として、個別に自然環境の安定性を評価し、経済活動を制限する加算税を増減させるしかないのではないかと考えます。
これまで考えてきたことの前提は、リディア王国を発祥とし、古代ギリシャで国際的に通用するようになった不滅(と考えられ、扱われる)の貨幣を前提として考えています。地上の全ての物質は、エントロピーの法則に従い拡散、滅失します。しかし、エントロピーの法則に反し、価値の変わらないものであると人々に誤認させる貨幣を利用する限り、貨幣を持つほうが有利です。結果として、貨幣に対して強い需要が生まれ、金利というプレミアが当然と考えられるでしょう。
さて、不滅(と考えられ、扱われる)の貨幣を前提として、このような制度にした場合、当たり前に考えられるのが所得隠し等の不正です。不正を暴くためには強力な監視システムが必要となりますが、このようなシステムを維持することは社会維持の費用が高い=エントロピーが高いと言え、あまり良いこととは考えられません。また、このような社会は国民を監視し、強力に統制する息苦しい社会で、指導者の独裁になりやすく、独裁者の意思を変えさせることに成功すれば、成長社会に簡単に戻る可能性の高い社会と考えられます。また非常に変化しにくく、何らかの変化に対応するのが非常に難しくなるのではないかとも考えます。現実問題として不滅の貨幣を前提とする限り、文明崩壊しない社会システムは実現不可能ではないかと考えます。


参考文献:
「エンデの遺言」河邑厚徳+グループ現代著 NHK出版 
「エンデの警鐘」坂本龍一+河邑厚徳著 NHK出版
「シルビオゲゼル入門」廣田博之 アルテ
「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」 NHK取材班 NHK出版
「資本主義の終焉と歴史の危機」水野和夫 集英社新書

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【2014/11/05 04:52】 | Sustainability トラックバック(0) |

貨幣システムを変えれば社会も変わる!?
雑草Z
>貨幣を中心に動く社会ですから、貨幣に対する仕組みを変えれば社会を変えることが出来ると考えます。

なるほど、余り例を見かけないけれど、画期的なシステム変更ですね。以前からguyver1092さんは、腐るお金のようなゲゼルの主張を紹介していましたが、その時は良くわかりませんでしたが、最近、「エンデの遺言」等を読んで、ゲセルの主張の偉大さを認識する事が出来るようになりました。

ゲゼル主義
guyver1092
 自由土地については、現代の社会状況から考えて、おかしいと感じますが、貨幣に対する洞察は素晴らしいですね。
 私は「エンデの遺言」を読んで、人の世の矛盾の根本がわかった気がしました。

Re:ゲゼル主義
雑草Z
>自由土地については、現代の社会状況から考えて、おかしいと感じますが、

「自由土地」の事にゲゼルが言及している事は初耳です。ちょっと教えて下さいますか?・・・そしてどこがおかしいと感じるかも教えて下さい。

>私は「エンデの遺言」を読んで、人の世の矛盾の根本がわかった気がしました。

同感です。私も現在の貨幣制度の酷さを痛感しました。
マルグリット・ケネディの「現代社会の病的なまでの経済成長への強制力の原因を知ったとき、私は、怒りに打ち震えました。」に感情移入します。(p87)
この事を私も記事にしたいと感じております。



自由土地
guyver1092
 シルビオゲゼル入門の第二章に紹介されていますが、「自然的経済秩序」で主張している改革の二本の柱の内、一本だそうです。
 自由土地は三種類あり、第一種自由土地とは、まだ誰も開墾していないが、簡単に開墾し、農地に出来る土地を言います。第二種は、平たく言うと不在地主が安く貸してくれる土地、第三種は、化学肥料等をふんだんに使うなど、さまざまな条件により実質上新たな土地が出来るのと同じ効果が生まれる場合を言います。
 自由土地があれば、工場と、農業が労働者を取り合い、賃金が上昇し、結局は資源の分配に繋がるという考えのようです。
 私がおかしいと感じるのは、第一種自由土地を開墾するという点です。自然環境の劣化になりますし、考えなしの環境破壊は、思わぬしっぺ返しが必ずあります。「滅亡へのカウントダウン上巻p119」あたりに森林破壊により、花粉媒介者が減り、不作になる例が紹介されています。また第三種自由土地も、現代の考えからすると、無理な増収は地力の使いつぶしでやってはいけないことです。

不滅の通貨と見せかける社会。
でなしNo.146
>現実問題として不滅の貨幣を前提とする限り、文明崩壊しない社会システムは実現不可能ではないかと考えます。

この点については、私もそう思っていて、以前も記事になっていたと思うのですが、世界経済は成長率が2%を切ると破綻するという興味深いお話があって、低成長では金融業界の手数料が支払えないという理由も納得でした。
(違っていたらすみません。)

その他でもこちらのブログで複利の愚かさを論じる記事があったりして、「不滅の通貨」どころか「預けると増える」ような社会では金融業界が肥大するのは当然の帰結だったのかもしれません。

だって、何の価値も与えない「預けて放っておく」という行為でお金が増えるのですから、どこからともなく湧いてくるようなお金が必要になり、手品のようにお金を増やすしかありません。

その手品のタネが金融関係のもろもろの制度(投資関連、銀行法など)であると考えております。

また、定常社会での会計基準は興味深いですね。
「環境負荷による課税(一定割合の懲罰的資産の没収)」的な項目は必要だと思いました。

Re:自由土地
雑草Z
実は、
>自由土地については、現代の社会状況から考えて、おかしいと感じますが、

と言う部分が引っかかって質問したのですが、

自由土地の概念は、予想外の内容でした。 そしてguyver1092 さんの御意見にに賛同できました。即ち

>私がおかしいと感じるのは、第一種自由土地を開墾するという点です。自然環境の劣化になりますし、考えなしの環境破壊は、思わぬしっぺ返しが必ずあります。

との事ならば、全くその通りですね。

>第三種自由土地も、現代の考えからすると、無理な増収は地力の使いつぶしでやってはいけないことです。

も全く同感です。ゲゼルには、環境負荷の視点からは考えなかったのでしょうか?

Re:不滅の通貨と見せかける社会
guyver1092
 以前、「欲望を強欲に変換するシステム」という文章で、「現在の人類の採用している経済システムは、貨幣について管理通貨制度、貨幣を使って行う経済活動については資本主義です。」と書きましたが、この制度の考えの根本には、不滅の貨幣があったのです(ちなみに、この当時は利息が増えるお金は当たり前と感じていました)。働きもしないのに増えるのは本来おかしなことですね。増えるお金の習慣を法律等の社会的枠組みとして整理してきたのが、会計基準だと考えています。
 定常社会の会計基準は、「資本主義の終焉と歴史の危機」を読んで考えなければと思いました。結局は、ポトラッチという過去の知恵を借りることになりました。いろいろ詰めなければならない点もあるでしょうが、基本は拡大再生産のための設備投資を禁止すれば経済成長は止まると考えます。ただ、本文にも書いたように、強欲な現代人が、このような制度を運用できる気はしません。

Re:Re:自由土地
guyver1092
 特に第一種土地を開墾するのは、森林破壊そのものですね。ゲゼルの時代は、まだ、人類の力が小さく、世界は無限と感じる時代でしたので、流石のゲゼルの知性も、そこまでは及ばなかったのではないでしょうか。

Re:Re:不滅の通貨と見せかける社会。
雑草Z
でなしNo.146 さんのおっしゃるところの

>何の価値も与えない「預けて放っておく」という行為でお金が増えるのですから、どこからともなく湧いてくるようなお金が必要になり、手品のようにお金を増やすしかありません。
>その手品のタネが金融関係のもろもろの制度(投資関連、銀行法など)であると考えております。

の部分こそ、guyver1092さんのおっしゃるところの会計基準ですね。まさしく、電子マネーを含めて広義で流通しているお金が増え続けるように会計システムが出来ているのですから、自ずと経済成長の方向へ誘導される訳です。即ち、現行の会計システムは破局へ突き進む推進力を持っているわけですね。恐ろしいシステムです。

>基本は拡大再生産のための設備投資を禁止すれば経済成長は止まると考えます。

なるほど、そうですが確かに制度確立には困難が伴いそうですね。難題です。やはり正当な恐怖心が必要だと考えます。

国際会計基準について
でなしNo.146
そういえば、会計基準についてなのですが、たしか日本は未だに完全には国際会計基準を批准していなかったような記憶があります。

会計基準について、グローバル化している企業は資金調達面から自主的に国際会計基準を採用しているところもあるようで、定常社会にするにはこの国際会計基準を全世界に適用するようにしつつ、制度の抜本的な改革が必要となると思います。

そこでの大きな壁は各国が足並みをそろえることになると思います。

声を上げて集まったは良いけど、結局骨抜きのモノができあがることが多いようですし、結局そこも利権(意味不明なお金の発生)の温床になってしまうような事態は避けたいものです。

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2014-01-29 00:01
望む望まざるに関らず、21世紀は成長型社会から、縮小へ向かう社会に変わる事は間違いないでしょう。降りなければならない時代がやってくるのです。何故なら、現在、経済レベル=物資の浪費レベル のフローは持続可能なレベルをとっくに超えているからです。成長の限界はすぐそこまで来ているのです。このことはこれまで繰り返し言及してきました。
降り方を考える場合、当然ほとんどの人は、混乱が出来るだけ少ないようなスローランディングを望むでしょう。しかし、私は降りるのは、急速である方がいいと考えています。転ばない範囲で出来るだけ素早く降りるのです。【降り方を考える】で述べました。その降り方の方法についてもう少し具体的に言及すべきかと考えていましたが、保留にしてきました。しかし最近、具体的方法を示す必要は無いという考えに達しました。即ち、降りる高さのみ、高さの制限を決めて(持続可能な限界以下)あとはそれぞれに任せた方が良いと言う考えに至りました。
降りるための合意には、【正当な恐怖心】が必要ですが、その合意の元でいざ、縮小へ向かって降りる場合、政府(国際政府)の役割は、基本的に枠組み(限度)を定めて、規制するだけでいいでしょう。具体的方法は、その枠組み内でそれぞれが・・・民間企業、地域社会、コモンズ、・・・が行いそれぞれの環境での「最適解」を見出せばいいのです。
経済縮小、工業縮小に際して、資源浪費型企業や財界や富豪を中心に(さらに彼らの代弁者である【高度経済成長時代の遺物】の政治家などからも・・)反発が出るでしょう。政府の役割は彼らを制御し、規制することと、大きな枠組み(限度)を決める事です。政府の役割と言いますが、実際には自然科学の研究者達が限界値を示し、その限界値の下で、どれくらいの余裕を持たせるかを政府が決める形になりましょうか。・・・限界に挑んでハイリスクを負うのは懸命ではありませんから、限界値の下の余裕のあるところまで達成目標を下げるべきでしょう。
そして、目標を決めたらその目標達成方法はそれぞれが決め、最適解を生み出せばいいのです。
今までの科学技術は、人間の限りない欲望を満たす方向に進んで来ましたが、これからの技術は、人類社会が生き延びる為の枠組みをはみ出さないように作られるのです・・当然の事でしょう。これこそが技術の見せ所です。当然物質的な量の多さを「豊かさ」の基準にはしません。
経済、工業等の縮小が必要だとの共通合意が形成されれば、人々はそれに向けて積極的に取り組むでしょう。そのための技術革新は正に世の為、社会の為に使われるのです。具体的に今までの社会で使われていた物事それぞれの代替案を考えてから降りるのでは無く、経済規模、エネルギー消費量、資源消費量の限度を決めて、あとはそれに合うようにそれぞれが創意工夫を行うのです。

具体的な代替案を決めてしまう事には2つのリスクが考えられます。一つはもっといい方法があるかも知れないと言うことです。たとえ出発時点で最良の方法だったとしても、途中からもっといい方法が見つかるかも知れません。そのとき一々政府にお伺いを立てるのは非能率過ぎますし、官制談合の利権構造も出来てしまいます。この意味で、政府は小さな政府が理想です。もう一つの短所は、・・・これが最大の理由ですが・・代替案が無くても縮小しなければ人類は滅びてしまうのです。良い方法があろうが無かろうが、限界より下に降りなければ人類社会は持続できないのです。その前提を忘れてはならないからこそ【正当な恐怖心】が必要になるのです。
経済縮小に舵を切る為の必要条件は、『正当な恐怖心』と結論付けていますが、この正当な恐怖心こそが、社会縮小に進む為の原動力、にもなると考えています。つまり、正当な恐怖心が共通認識となれば、それが縮小社会への移行のモチベーションとなり、社会全体がその方向へ舵を切る事になるでしょう。
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【2014/01/29 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

ジンバブエの経済失政
guyver1092
 ジンバブエで、かつて経済の失政により、ジンバブエドルがすさまじいまでのハイパーインフレで価値を減じましたが、ジンバブエは、農業生産は十二分にあったので、いつの間にか混乱は収まり、貨幣としては米ドルが流通するようになったそうです。
 経済成長から下りる場合も、必要な資源さえ分配出来れば、自然に落ち着くところへ落ち着くのかもしれませんね。

Re:ジンバブエの経済失政
雑草Z
>ジンバブエは、農業生産は十二分にあったので、いつの間にか混乱は収まり

やはり食料自給は大切ですね。降りるときの準備、スローランディングの必要条件でしょうね。

>経済成長から下りる場合も、必要な資源さえ分配出来れば、自然に落ち着くところへ落ち着くのかもしれませんね。

経済成長だけから降りるのならばそうでしょうね。でも、高度経済成長時代の遺物が厄介ですね。負の遺産としての原発は現代文明が続く限りずっと重い足かせとなるのでしょうね。原発は議論の余地が無く、現代文明の大きな失策ですね。

 兎も角、降りるに当たって日本がしなければならない事は、食料を中心とする自給自足体制の確保でしょうね。
今回のguyver1092さんのコメントは、降りる準備を考える機会になりました。これを機に、降りるに当たってやるべきことを考えてみたいと思います。

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2013-10-29 00:01
世界は近い将来・・・21世紀中に【グローバル崩壊】する事になる可能性が非常に大きい事を前回論じました。ここのサイトで繰り返し論じているように、グローバル化の大きな問題点は、『問題の先送りによる肥大化』です。地球規模までに肥大化してしまった問題が地球全体に蔓延してしまったら、もうよそへ押し付けるわけにはいかず、環境が耐え切れなくなって地球規模に崩壊する・・・これが(私の定義するところの)グローバル崩壊です。現在、世界中がグローバル化の方向に進んで歯止めが効かない状況です。経済のグローバル化推進派の連中は、あたかもそれが世界の自然の流れ、自然の法則のようにプロパガンダしてます。しかしそれは自然の法則ではありません。少なくとも、経済的に安価だという理由で、(実際には環境破壊による外部不経済を内部化していないだけですが・・)物資運搬に大量のエネルギーを投入して遠くまで(地球の反対側の地域まで)運んで使う・・・などと言うことは、自然の摂理に反することであり、自然の流れの筈がありません。グローバル経済は、大量のエネルギーを無駄に投入して、資源もエネルギーも浪費して、廃棄物を増やしているのです。「エントロピーの増加を加速している」と言えましょう。とんでもない環境破壊をやっているのです。

 さて、今回は、グローバル化のなれの果ての姿としてのグローバル崩壊を、個人、若しくは(小さな)地域でブロックする事が可能かどうかを考えてみます。
現在、グローバルな流れに対抗して、地産地消などのローカル化を主張する人達が増えてきています。普段より「地産地消、自給自足」していれば、グローバリズムの波に飲み込まれずに済み、グローバルに経済が破綻しても自分達だけは生き残れる・・・と言うわけです。・・私も彼らに賛同しています。この方向こそ、人類の向かうべき方向だと確信しています。・
しかし、正直言えば、小地域で地産地消しても、グローバル崩壊から免れる事はかなり難しい事でしょう。石川英輔氏の【2050年は江戸時代】のようなスローランディングは理想ではありますが、実現は非常に困難でありましょう。
グローバル崩壊に対して、自給自足している地域が、ローカルな閉じた空間を維持できるか・・・と言えば、それは相当困難であると言わざるを得ません。
例えば、食糧不足になれば、地産地消、自給自足している田舎の地域に、食えなくなった都会の人々がなだれ込んで略奪が起こるかも知れません。食料だけではなく様々な物資の略奪によって戦争に発展する可能性も高いでしょう。
それでも、経済的なグローバル崩壊だけなら何とかなりそうですが、グローバル崩壊はそれだけではありません。グローバルな環境負荷による崩壊もあるのです。環境破壊、環境汚染をローカルな地域が排除することは非常に困難でしょう。例えば原発事故が起こり、放射性廃棄物が大量に漏れ出して世界中に広まった場合、小地域で防御する事は出来ません。大気汚染、川の汚染、海の汚染・・・みんなそうです。

 以上、自給自足、地産地消をする小地域はグローバル崩壊に関しては、時として無力である事を論じました。何かあった場合、孤立を保つことは不可能に近いと言う事です。つまり、グローバルな崩壊から、地球上のある地域が、その崩壊をブロックして、自分達だけの身を守る事は困難なのです。
 「正当な恐怖心」を共通認識として持って、経済成長の浪費を止めて環境負荷の小さな質素で堅実な自給自足的生活に改めた人々も、経済成長の誘惑に負けて、環境負荷の大きな浪費生活をしていた人々同様に、グローバル崩壊の「とばっちり」をもろに喰う場合も多いでしょう。場合によっては先に滅んで仕舞うかも知れません。正に【人類存亡のパラドックス】です。

 この矛盾は解決困難な問題であることは歴史が証明しています。即ち、持続可能な生活をしていたNA(アメリカ・インディアン)は、開拓者精神を持った持続不可能な生活を欲する西欧の人々に滅ぼされて仕舞いました。NAだけではありません。世界中の持続可能な生活をしてきた先住民達が、持続可能でない生き方を是とする、戦闘能力にのみ長けた西欧の白人に植民地化されたり滅ぼされてきました。
だから、グローバル崩壊を免れて、スローランディングする為には、世界中で同意して、全ての国、地域で、一斉に脱グローバル、脱成長に舵を切るのが理想です。
しかし、そんな理想的な世界的合意を得ている余裕は現代社会にはもうないでしょう。自給自足できる地域は、直ぐにでも脱グローバル化、脱成長に向かって進むべきでしょう。進みながら、グローバル崩壊の影響から少しでも免れる可能性のある方向を模索していく事になりましょうか。脱グローバル化、脱成長に向かったコミュニティーこそ、グローバル崩壊の波紋が及びにくいような方法を考案していくことが重要課題です。思いついた方はお知らせください。
 

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【2013/10/29 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

経済と環境について
でなしNo.146
グローバル化でやっかいなことは雑草Zさまが書いたように先送りによる肥大化で、経済と環境での連鎖的な崩壊が止められないことです。

経済は金融が世界中に人為的に張り巡らされ、実態経済と信用取引経済が出来た結果、あるところが崩壊すると連鎖的に崩壊し、株などの「信用取引」から「労働者」へ思っていたよりも早く悪影響を与えます。

リーマンショックでは影響は半年後くらいなどと言っていた経済学者もおりましたが、結局は1ヶ月も経たないうちに人員整理が始まりました。

現在でも、あちこちで小さな火の粉が火薬に燃え移ろうとくすぶっているような状態です。

ちなみに経済をリセットする方法があって、私はその一つが世界大戦(戦争)で、とどさくさにまぎれてほとんど何でもアリになると思います。

そして、そこは勝った方がルールを決める世界であり、環境に大きな負荷をかけて景気回復を進めることでしょう。

ですが、環境はリセットなどできません。
連鎖的な崩壊が世界規模で起きれば人類は激減することになり(崩壊の程度によりますが)、壊れた環境を戻すには何世代もの時間が必要です。

以前も書いたかもしれませんが、NAは9世代後の世界を慮って行動しろという格言があったそうです。

まさに環境に配慮して、持続可能な社会の教えだと思います。

また、グローバル崩壊の影響から少しでも免れる可能性について、何かしら手がないか考えてまいります。

Re:経済と環境について
雑草Z
    でなしNo.146 さん

>経済と環境での連鎖的な崩壊が止められないこと

これこそが大問題で現代の最大の課題ですね。

>現在でも、あちこちで小さな火の粉が火薬に燃え移ろうとくすぶっているような状態

まさに現状をよく表わしていますね。

>経済をリセットする方法があって、私はその一つが世界大戦(戦争)で、とどさくさにまぎれてほとんど何でもアリになると思います。

そうですね。その何でもありで支配階級から人権無視の暴挙が行われる恐れが高いですね。そんな危機の一方、パラダイムシフトのチャンスでもありますね(犠牲が大き過ぎるかも知れませんが・・・)
大恐慌も経済をリセットする方法の一つでしょう。

>勝った方がルールを決める世界であり、環境に大きな負荷をかけて景気回復を進めることでしょう。

大二次世界大戦も正にその典型例ですね。

>環境はリセットなどできません。

そう、これが最も大切で深刻な問題です。

>グローバル崩壊の影響から少しでも免れる可能性について、何かしら手がないか考えてまいります。

何か考えついたら是非ともお知らせください。・・・やはり地産地消のローカル化が基本でしょうか。


免れる
guyver1092
 文明崩壊が始まれば、運よく生き延びることはできるでしょうが、一つの国として文明の維持は不可能でしょうね。
 南米あたりの古代文明で、文明崩壊を起こしても完全壊滅まではいかずに、文化として色濃く残っている文明はあるそうですが。

 経済危機なら、地域通貨で、かつ、物質を担保として成り立つ通貨なら、かなり影響を排除できると考えます。

Re:免れる
雑草Z
>文明崩壊が始まれば、運よく生き延びることはできるでしょうが、一つの国として文明の維持は不可能

    このguyver1092さん のコメントの通りだと思います。
グローバル崩壊は一国のレベルでは防ぎようが無いけれども、個人、若しくは小地域で免れるような対策はあるか・・・と言う事が実は今回の記事の主題です。一つ前の記事【グローバル崩壊】は、そのイントロです。
個人、若しくは小さなコミュニティ地域の対策としては、自給自足的ローカル化しか有効な方法はないでしょう。(あれば是非お知らせください。)しかしそれは、本文にも書きましたように、グローバルな環境汚染、環境破壊には、あまり有効ではありません。結局グローバル崩壊を避けて生き残る個人、地域は運に因るのかも知れません。しかし、山奥で自給自足、閉鎖的ローカル化で暮していれば、生き延びる可能性は高くなるとは思います。その可能性の高さはどのくらい有為か・・・と言う事を考察しようと言うのが主題です。

>経済危機なら、地域通貨で、かつ、物質を担保として成り立つ通貨なら、かなり影響を排除できると考えます。

guyver1092 さんのその持論を裏付けるような事も書かれている書物を読みまして、次回書評をアップする予定です。guyver1092 さんの参考文献も是非お知らせください。


Re:Re:免れる
guyver1092
 危機の規模により、小さなコミュニティーが生き延びたり、完全壊滅したりすると考えています。小さいコミュニティーがたくさんあり、国家がそれを食いつぶすことが出来ないうちに、国家としての機構が壊滅すればコミュニティーが生き延びる可能性が高いと考えています。つまりは破局が来るまでに中央集権をとどれだけ制限できるかによるのではないかと・・・・

 参考の書籍は、エンデの警鐘、エンデの遺言、シルビオ・ゲゼル入門です。

Re:Re:Re:免れる
雑草Z
>小さいコミュニティーがたくさんあり、国家がそれを食いつぶすことが出来ないうちに、国家としての機構が壊滅すればコミュニティーが生き延びる可能性が高いと考えています。つまりは破局が来るまでに中央集権をとどれだけ制限できるかによるのではないか

なるほど!guyver1092 さんのこの考察は、今回の記事への私の想定を越えた優れたアンサーです。非常に示唆に富んだお応えです。目から鱗です。壁を乗り越えられるような感覚さえ湧いてきます。ここまで明快な御回答を得られた事に驚きです。これでこの記事は完結したようにさえ感じます。改めて修正記事を書きたい感じです。guyver1092 描いて頂く方がいいでしょうね。

Re:Re:Re:Re:免れる
guyver1092
 このアイデアの元ネタは、ネットで老化貨幣を調べているうちに
http://blogs.yahoo.co.jp/hpwyn965/34724644.html
の類のページを見つけ、考えつきました。
 現在日本政府は、地域通貨について何ら意思表示をせず、地域それぞれの活動を黙認している状態だそうです。黙認していて、いざ支配者の生贄にしようとするときは地域通貨を禁止するつもりなのかと勘繰りたくなります。
 地方としては、地域通貨を完全合法にしておけば、国家としては滅びても、部分として生き延びるチャンスが大きくなると考えています。
 また、地方分権が進めば、太陽エネルギーを固定する生態系を完全破壊しようと言う経済的圧力も小さくなると考えられますので、場合によっては、国家としても崩壊を回避できるかもしれません。

Re:Re:Re:Re:Re:免れる
雑草Z
 御紹介の老化貨幣のサイトを読ませて頂きました。
guyver1092さんが良く話題にされるゲゼルの自由貨幣理論の実践例について書かれ、面白く興味深く読ませて頂きました。

>地方としては、地域通貨を完全合法にしておけば、国家としては滅びても、部分として生き延びるチャンスが大きくなる

も納得です。

 しかし、ここに書かれていた事は、今回の guyver1092 さんのアイディアのような事については触れていませんね。あくまでも考えるきっかけになっただけで、
>小さいコミュニティーがたくさんあり、国家がそれを食いつぶすことが出来ないうちに、国家としての機構が壊滅すればコミュニティーが生き延びる可能性が高い

は、改めて guyver1092さんのオリジナルである事が分かりました。

>地方分権が進めば、太陽エネルギーを固定する生態系を完全破壊しようと言う経済的圧力も小さくなると考えられますので、場合によっては、国家としても崩壊を回避

う~ん、希望が見えてきましたね。出口が見えなかった自分が驚いています。
この方向で検討したいですね。 

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2013-10-11 00:01
前回の記事 【『経済成長』考 <前半>】 の続きです

さて、前段で仮定した社会では、極相林の生産力の上限まで人口が増えた場合、人々はどのような反応をするでしょうか。自分たちの財産である極相林が劣化することは、自分の財産の減少であると認識し(会計の貸借対照表上、資産額が減る)、江戸時代享保あたりの日本人のように人口増加をやめる選択をしたとすれば、社会システムに人口の暴走を止めるマイナスフィードバックをかけたということになるのではないでしょうか。
 極相林の劣化を資産額の減少とする基準は、江戸時代後期の社会の、森林は畑であり、財産であったことと共通する価値基準と見ることが出来ると考えます。これに対し、現代社会は会計基準をはじめとした法律上には、人間社会の入れ物である自然環境の状態を表す方法が何も無く、全く無価値であることと対照的です。
現代社会の自滅的行動を制限し、文明崩壊を防ぐ方法を見つけた気がします。何らかの方法で、会計の貸借対照表に人間社会の入れ物である自然環境を組み込めば良いのです。貨幣自体を自然環境の太陽エネルギー蓄積能力に連動させる、またはエコロジカルフットプリントと税金を連動させ、環境悪化すればするほど税金が高くなり、景気を抑制する等が考えられます。

ここまで考えた経済成長は、現在の石油文明の経済成長とは根本の部分で違っています。違う部分は一人当たりのエネルギー消費量の増加です。ここまで考えてきた経済成長では、社会全体の規模拡大のみを考えており、一人当たりのエネルギー消費量の増加は考えに入っていないのです。
社会の拡大と、一人当たりのエネルギー消費の拡大が同時に起こる我々の知る経済成長が始まったのは、産業革命当時のイギリスです。この当時のイギリスの社会を分析し、なぜイギリスで産業革命が起こったかを考察したページを見つけました。

何故イギリスで産業革命が起こったのか?>  
『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』産業革命と国の「仕事力」

貨幣進化論ではいろいろ条件を挙げ、考察して結論は不明としていましたが、このページによると労働者の賃金が高かったこと及び安い石炭価格により、労働賃金を機械に置き換えようとしたとあります。
しかし同時期のフランスの例を考えれば「嘘ではないが事実すべてでもない」でしょう。動機としては正しいでしょうが、真の理由としては、労働者の高賃金により、市場がもともと大きかったからこそ工業製品が売れ、投下資本の回収が出来て、拡大再生産に繋がったのだと考えます。これは現代日本の経済成長がストップした時期と賃金の増加が鈍った時期から考えても明らかだと考えます。経済成長は安いエネルギー価格と高い労働者賃金によりはじまり、高くなったエネルギー価格と、安くなった労働者賃金により終わるのです。
 加えて言うなら、石炭価格が安くなったのは、石炭のエネルギー産出比が大きかったからでしょう。たとえばその当時のイギリスにあったのがシェールオイル、またはタールサンドであったなら燃料価格は安くならず、結果として産業革命は起きず、森林の消失によりいずれは文明崩壊を起こしたでしょう。また、現代日本では画期的な技術革新によりエネルギー及び資源の利用率が劇的に高まれば、その恩恵が社会の隅々までいきわたるまでは経済成長できる期間も延長するでしょうが、これは物質、物理法則の制限により現実には非常に難しいでしょう。
消費支出と可処分所得
国民可処分所得推移
賃上げ率と賃金水準上昇率


上記リンクを三つ合わせて考えてみると、91年までは日本の家計の可処分所得が順調に伸びていたのが、92年には伸び率が減少しています。しかしそれに先立ち、賃金の伸び率は90年を頂点として低下を続けています。この差は、サラリーマン世帯の可処分所得が減って、資本家等の世帯の収入が増え、結果として国民全世帯の可処分所得は増えたということなのでしょう。この可処分所得と賃金の増加率の減少の時期のずれと経済成長率の低下(下記リンクによると91年から経済成長率は大きく低下します)から考えると、資本家等の収入が増えることは国全体の経済成長には寄与しないということがうかがえます。経済成長率にもっとも大事なことは国民の多数派を占めるサラリーマン世帯の可処分所得の伸び率であると考えられます。実際に可処分所得の総額のグラフと経済成長率のグラフを重ねても一致しませんが、経済成長率と賃金の伸び率のグラフを重ねると傾向として良く一致します。

経済成長率の推移

それでは、可処分所得の総額のグラフと傾向として一致するグラフは何になるでしょうか。それは日本の一次エネルギー消費量及び、経済の規模であると考えられます。

増大する日本のエネルギー消費量

経済規模は国民の可処分所得と相関関係があり、突き詰めると入手した一次エネルギーの総量という、物理的なものに制限されるのです。

景気回復を実感できない理由

もし経済成長をしようと考えるのなら、サラリーマン世帯の可処分所得を増やさなければ何をしても無駄と考えます。
 
 さて、今までの考察では、現在いろいろ言われている以上の結論は出てこない気がします。今までと異なる視点から考え、いわば立体的な視点から見なければ、経済の真実は見えてこないでしょう。たとえば万年単位で経済というものを見てみればどうでしょうか。
人類が交換(経済の発生)を始めたのは約7万5千年前で、この頃は物々交換でした。その後、交換の増大とともに、都市の発生(分業)、原始貨幣の発生、貨幣(硬貨)の発明、貨幣の物質からの切り離し等を経て現在社会に至ったわけですが、注目すべきは分業と考えます。分業は都市の発達した初期から行われていたのですが、メソポタミアのウルクでは職業が120種類あったようです。そして現代日本では、2011年版職業分類によると17209種類まで職業が細分化しています。ところで人間も生物の一種類ですから、食料が必要です。狩猟採取の時代は狩人という一種類の職業で食料を得ていたのが、現代では2万近くの職業がなければ食料を得られなくなったということになります。経済が成長するという事は文明が発達することと不可分で、分業の細分化と考えます。
さて、分業はなぜ発生したのでしょうか。

分業と企業の論理

上記のページに限らず、効率化のためと説明されています。しかし行きすぎによる弊害も下記リンクのように言われているようです。

組織構造改革に見られる問題点

私の結論は出ました。経済成長とは、分業の発達過程と考えます。そして重要なことは、現代に至って、行き過ぎた分業による効率悪化が起きてしまっていることです(雑草Zさんはこれを浪費ととらえていますね)。この分業の行き過ぎは、文明の暴走と考えて良いでしょう。最も効率のよいところまで文明を後退させなければ、人類は文明崩壊という悲惨な結末しかないでしょう。

参考
槌田エントロピー理論
貨幣進化論
ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか


以上、このサイトの常連である HN guyver1092さんに書いて頂いた記事<『経済成長』考>を2回に分けて掲載させて頂きました。この記事はもともと一つの記事であったものです。
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【2013/10/11 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

経済成長とは、分業の発達過!?
雑草Z
 今回の記事は、中身の濃いguyver1092さんの記事の中でも、内容的にも最も大作になったと思います。リンクのページも合わせて読むとかなり時間もかかります。私自身、経済成長に関しては色々考えていましたが、今回の記事には今まで考えた事が無かった切り口からの洞察もあり、かなり参考になりました。コメントも一回では無理だと思いますので部分別に何度かに分けて描かせて頂きます。今回は最初と最後の部分に関するコメントです。

guyver1092さんが以前から示唆されていたように、極相林の生産力の上限が人口や経済成長の上限である事は非常に大切な事であると再認識致しました。これを越えるとフロー収支は赤字になり、自然環境が破壊されていきますね。社会の持続可能性が無くなると言う事ですね。多くの人が認識すべき重要事項でしょう。

>江戸時代後期の社会の、森林は畑であり、財産であったことと共通する価値基準

これほど重要な価値観が、短期的な経済成長の為に壊されてしまった事は、日本人にとっても世界中の人類にとっても最も大きな痛手です。後悔する日も近いでしょう。

>経済成長とは、分業の発達過程と考えます。

これはまた、guyver1092さんらしい大胆な考察です。

>行き過ぎた分業による効率悪化が起きてしまっている

と言う事に関しては同意致しますが、

>分業の発達過程

に関してはちょっと考えてしまします。

現代は、不要な(・・と言うよりは「あってはならない」)仕事の創出や物の生産、サービスの供給(押し売り)によって、経済成長を続けようとしているとは言えましょうが、

>経済成長とは、分業の発達過程

は、かなり踏み込んだ洞察でインパクトがあります。今のところ賛成とも反対とも言えません。

興味深いと思います。
でなしNo.146
>経済規模は国民の可処分所得と相関関係があり、突き詰めると入手した一次エネルギーの総量という、物理的なものに制限されるのです。

この箇所は完全に同意いたします。

僕は、現代の経済成長の正体は、政府(国)が税収(財源=国力)を充実させるための詭弁だと思っています。

実際に、国民のサラリーマンレベルが所得が増えていた時代は経済成長こそが幸せになる(欲望を満たす)近道という刷り込みが可能だったと思いますが、現在では資本家層(役員レベル以上)の所得は景気などによって増減しますが、サラリーマンレベルは好景気を感じることはほぼできなくなったと考えております。
ちなみに、付け加えると不景気になると影響を受けやすいという状況です。

なお、この意見についても、記事中にて同じような趣旨の箇所(部分一致ですが)があり、概ね同意するところであります。

結論とされた行き過ぎた分業については、前回の記事と今回の記事を踏まえた上で、分業過程が経済成長であるということでしたら、そういう側面は間違いなくあると思います。

もちろん分業最適化による持続可能な社会形成には、人口調整の問題などもセットで解決していくべきだと考えます。

記事を通して読ませていただいて、人口と経済・環境への影響について・エネルギーについて、洞察を深めることに加え新しい視点を得ることができました。ありがとうございます。

江戸時代の価値基準
guyver1092
 江戸時代は森林も畑云々は経済学では外部経済、外部不経済として把握されているようですがこれを内部化する、具体例の一つとして考えていただければと思います。
 実はこの会計法等は、企業に代表される現代人の思考を制御していると考えています。「欲望を数値に変換する装置」の続編として書くつもりでいます。
 「分業は文明の発達過程」は「ヒトはなぜ人間になれたのか」で都市と集落の区別のくだりで思いつきました。階級(分業)があり、必要な物を交換し合い、これを管理する機構が整った複雑な社会が都市だそうです。

でなしNo.146さん、お久しぶりです。
guyver1092
 いろいろ賛成していただきありがとうございます。この記事は、正月ごろからずっと考えていたのですが、「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」を読んで新しい視点を見つけ(後で気がつきましたが、「貨幣進化論」にもヒントはありました)やっと形になったのです。
 人口調節も考えなければならないものですね。とてつもなく難しそうと言う気はしますが。


雑草Z
>階級(分業)があり、必要な物を交換し合い、これを管理する機構が整った複雑な社会が都市

この定義は非常に面白いですね。納得致します。そしてそれ故にやはり都市は、社会の持続可能性を破壊していると思いますが、如何でしょうか?

>会計法等は、企業に代表される現代人の思考を制御していると考えています。

なるほど!「制御」ですか。経済の枠組みを規定言う事でしょうか。会計法等によってどこまで社会を変えられるか(・・guyver1092 さんの記事を読んでいるとかなり出来そうな気がします。)御呈示頂けることは非常に興味深いです。
>「欲望を数値に変換する装置」
の続編、非常に期待しております。


>経済成長は安いエネルギー価格と高い労働者賃金によりはじまり、高くなったエネルギー価格と、安くなった労働者賃金により終わる

なるほど、これは言えていますね。歴史も証明しています。そして現在その終末状態が日本に限らず、世界中で起こりつつあると言えましょうか。

>政府が税収を充実させるための詭弁
雑草Z
    でなしNo.146さん

 のコメントの中の

>現代の経済成長の正体は、政府(国)が税収(財源=国力)を充実させるための詭弁だと思っています。

は、非常に面白いと思いました。guyver1092 とはまた違った観点からのユニークな発想で、なるほど一理あると思います。現在進行形の世紀の愚策、アベノミクスが正にそれですね。まあ、安倍本人は、それで本当に経済が上手くいくと思っているのでしょうかね。




文明
guyver1092
 都市の機構は文明そのものと考えられるのでしょうね。文明は野放しにすると、自滅に向かうようですね。たとえば江戸時代の日本は、植物の生産性を上限に自己制御したと考えられるのではないでしょうか(石川英輔氏の意見です)。
 持続可能性を歴史的には、ほとんど壊してきたのではないでしょうか。

Re:文明
雑草Z
 確かに

>都市の機構は文明そのもの

と考えられますね。つまり、

>文明は野放しにすると、自滅に向かう

を言いかえれば

「都市は野放しにすると、自滅に向かう」

となりますね。激しく同意です。そのように考えると、江戸の町は大都市にも関わらず持続可能性を維持した稀な素晴らしい例ですね。その持続可能性が、明治維新で少し破壊され
、第二次世界大戦の敗戦後にアメリカによって完璧に破壊されましたね。
 江戸と比べれば、現在日本中の都市が行っているリサイクル運動や緑化、都市計画など、幼稚な子供だましレベルですね。

まさしく子供だましですが
guyver1092
 その幼稚な子供だましにころっと騙されてしまうのがなさけないですね。弱肉強食の世の中ですので、日本国民には、ころっと騙される程度の頭では食い物にされるだけと理解して、賢くなってほしいものです。

弱肉強食が人間の本性か?
雑草Z
 アメリカが手本を作った自由主義、アメリカ型資本主義はまさしく弱肉強食ですね。それを世界中に押し付けているのがグローバリズムの隠された本質ではないでしょうか?・・ただ、主導者はアメリカと言うよりも多国籍企業と言うべきでしょう。各国の政府は多国籍企業の傀儡となり下がりました。


>狩猟採取の時代は狩人という一種類の職業で食料を得ていたのが、現代では2万近くの職業がなければ食料を得られなくなったということになります。経済が成長するという事は文明が発達することと不可分で、分業の細分化と考えます。

この議論の流れを読むと確かに

>経済成長とは、分業の発達過程

と言えるかも知れませんね。然し、分業と言うよりも、やはり無駄で不要な仕事と言った方がしっくりくると思います。
金融業をはじめとして、食料生産など基本的な産業に直接関係ない「都市型」の職業とは、寄生、若しくは中間搾取と解釈してもいいかも知れません。如何でしょう?



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2013-10-05 00:01
現在、日本は低成長時代を迎え、政党は与党も野党もこぞって経済成長による日本の再生などと主張しています。与野党とも、経済成長が無限にできるとの前提での主張のように思われます。しかし、たとえば水槽で飼える魚の数の上限は、水槽の大きさにより決まります。地球も巨大であることを除けば、水槽のように閉じた系であるので、この中で生き物が安定して存続できる数の上限は決まっているはずです。その有限の世界の中で無限の経済成長をすることが可能なのでしょうか。
そもそも経済とは何でしょうか。経済とは現在「人間の活動の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動」、「衣食住など物財の生産・流通・消費にかかわる人間関係の全体である。」等と定義されています。この定義にしたがい、過去と現在を考えてみます。
人類は約20万年前に現生人類に進化したと考えられていますが、初期人類時代は基本的に狩猟採取による自給自足社会でした。上記の定義によるとこの時代はまだ経済がないことになります。
交換(経済社会)が始まったのは約7万5千年前の火山による急激な寒冷化の時代に、生存戦略として始まったという研究成果があります(『なぜ人類になれたか』参照)。具体的には、食糧難のときに助けてもらった場合、余裕が出来た時に返すという、時間差での交換だと考えられているようです。現在でもアフリカではこのような助け合い(交換)がなされているそうです。
また経済成長とは、ネットで検索すると『経済の規模が拡大することを、経済成長という。国の経済規模は、GDP(国内総生産)の大きさで表される。』等の文章が見つけられます。上記の水槽の例から、また、歴史的にもイースター島のような文明崩壊の例から考えるとこの経済成長には物理的な制限があると考えざるをえません。
しかし、日本の江戸時代は日本という閉じた系の中で限界まで経済成長した後、少なくとも江戸周辺の武蔵野では、疎林であった所に森林を育てました。歴史から考えて経済成長は最終的に文明を環境ごと破壊する悪しき存在であるとは言い切れないようです。
そこで思考実験として、文明崩壊しない経済成長が存在しえるかどうかを検討してみました。
検討内容は文明崩壊に向かう経済成長を悪い経済成長、文明崩壊を起こさない経済成長を良い経済成長と定義し、現代社会[悪い経済成長]と、これの対比として、貨幣の代わりに資産として森林を溜める社会を仮定し(税法、会計基準を変える等をして)[良い経済成長]、この二つを対比させてみることにしました。この二つを取り巻く環境は、現代そのままで、森林を破壊して農地にし、これを収奪しきって、砂漠として放棄し続けている状況としてみました。
 悪い経済成長は、森林を破壊し、都市と農地に変換しており、農地は損耗のため放棄されます。「経済の規模が拡大する」との定義から考えて、人類社会の外にある森林を、人類社会の中に取り込み、収奪した残りを砂漠として廃棄しています。したがって、農地の損耗を補える条件を備えた森林が無くなれば(農地が、人類の人口を支えられないぐらいまで減少すれば)、文明維持に必要な人口を維持できなくなり、文明は崩壊するでしょう。
それに対し、良い経済成長は、廃棄された荒れ地を森林に変換して蓄積するので、理屈上はもう一度農地にすることも可能です。したがって、良い経済成長は文明崩壊を起こさないであろうと考えられます。しかし、財産として蓄積した森林をもう一度農地にし、損耗したら廃棄するのはまさにマッチポンプで、実際に行うには無意味です。また、地球の面積が有限ということを考慮すれば、森林を増やす速度と、農地を廃棄する速度が同じになった時点で経済成長はできなくなります。地球の面積という、物理的な制限により、経済成長はどうあがいても不可能であろうという結論になります。
 ここまで考えたところで、私は森林とともに1万数千年の間存続し、ただの一種類の生物も絶滅させなかったといわれる縄文時代を思い出しました。縄文人は、生態系と対決せず、溶け込む狩猟採取生活をしていたと考えられています。しかし縄文人は少なくとも、三内丸遺跡周辺では栗を栽培していたようです。森林自体が農地であったとも考えられるでしょう。日本列島に最初に縄文人がたどり着いたところから、日本全土に広がるまでを考えてみます。縄文人の数がゼロから最盛期には26万人まで人口が増えています。≪人口の超長期推移≫また、交易も行われていたようです。≪縄文時代の再考


縄文時代も経済成長をしていたのです。

そこで縄文時代を参考に、極相林自体が農地であり、人間が生態系の一部として存在している社会でかつ、現代のような貨幣経済である社会を仮定してみます(森林自体も金額で表せる)。このような社会であれば、新天地全てが、入植者の財産と見ることが出来ます。この社会では、経済成長は人間が、その地域に広がることそのものとなります。財産としては、広がる前も、広がった後も価値として全く変わらないことになります。この社会では、極相林の生産力の上限までなら人口を増やすことが出来切るでしょう。しかし、人口が森林の生産力(太陽エネルギーを固定できる能力)を超えると、過去の滅びた文明と同じく、生態系を劣化させ、養える人口が減少し、最終的には文明崩壊するでしょう。文明崩壊を回避するためには、森林の生産力を超えないように人口のマイナスフィードバックをかけなければならないということになります。
以上の考察をまとめると、経済成長は、理屈上は、ある一定の条件下では成長でき、場合によっては生態系も豊かに出来るでしょうが、無限に続けることは不可能であるとの結論が導き出されます。


以上、ここのサイトの大きな主題である「反経済成長」に関して、このサイトの常連である HN guyver1092さんに書いて頂いた『経済成長』考の前半です。私とは違った切り口での議論の展開となりました。この続きである後半は次回アップする予定です。

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【2013/10/05 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

無節操な経済成長
雑草Z
 ここのサイトでは繰り返し経済成長志向の愚かさを強調していますが、私の切り口とはちょっと違った議論の展開で興味深いです。

 政治家の殆どはいまだに「経済成長」を叫んでいますが、明らかに過剰な部分ですね。
その対策はもう既に、guyver1092さんのおっしゃるところの
>マッチポンプ
的なものばかりです。日本に限らず世界中
>[悪い経済成長]
ばかりが進行していると言えましょう。
かなりGDPの低い、いわゆる「未開」の地でも、「良い経済成長」が行われているところは殆ど無いと思われます。いわゆる「先進国」によって、文明崩壊への導火線に火を点けられてしまったと考えますが如何に?

、「良い経済成長」
guyver1092
 現実には「良い経済成長」は存在できないと考えています。しようとすれば理論的に矛盾したことをしなければならないですし。
 地球は一つで、交換可能な貨幣ですべてつながっているのは明白ですし。おっしやるように文明崩壊と言う爆弾の導火線には、火が付いているとしか考えられないですね。

Re:「良い経済成長」
雑草Z
経済成長をした後、生態系に悪影響が無く、逆に生態系が活気を帯びて定常状態が続いた場合、良い経済成長と言えましょう。その定常状態出の経済規模は、勿論現在と比べて桁違いに低いレベルです。guyver1092 さんも言及されている江戸時代の日本ですね。国民全体に良識があれば可能かもしれませんが、資本主義社会、モラルハザードでもやった者勝ちの自由経済では実現は無理でしょう。既に持続可能なフローは越えていますし・・・。
短期的に見た見掛け上の「良い経済成長」はあっても長期的にはやはり経済成長は破局に至るでしょう。

 guyver1092 さんとの記事を読んで再認識した事は、「経済成長自体」を目標にする事自体が非常に愚かな本末転倒だと言う事です。インフレターゲットなど以ての外。アベノミクスは愚の骨頂です。資本家や金融業の為の政策です。近い将来必ず破綻するでしょうね。

目的と手段
guyver1092
 現代人は明らかに目的と手段を取り違えてしまったようですね。昔は「幸せになるために経済成長しよう。」であったのが、小泉時代から「経済成長のために痛みを我慢しよう。」になりました。
 TPP反対と言って自民党は大勝しましたが、現在TPPは推進で、さらには、聖域を命がけで死守すると言っていたのを聖域放棄もやむなしと言い出しました。
 日本の農民はマゾばかりなのでしょうか。選挙の前、どこかの県農協が共産党支持に変わったようですが、少なすぎたようですね。
 全国の県農協が共産党を支持していればまた結果も違ってきたでしょうが、このままうやむやのうちに日本の農業は壊滅するのでしょうね。 

Re:目的と手段
雑草Z
>現代人は明らかに目的と手段を取り違えてしまった。

これは、かなり愚かな事ですが、経済成長がその典型例ですね。
 「地球温暖化防止の為に二酸化炭素を減らす」と言う事も、いつの間にか「二酸化炭素排出削減」が目的のように唱えられ、「二酸化炭素地下貯留」のような理性のある人間が考えれば明らかに愚か過ぎる事をやろうとしています。既に実験されています。結局これも「経済の為」なのでしょう。
『目的と手段の取り違え』をテーマとして記事が描けますね。

>小泉時代から「経済成長のために痛みを我慢しよう。」になりました。

言われてみれば、「痛みを伴った改革」は経済成長が目的だったとも言えそうですね。しかし、「経済成長の為に」の言葉で色々犠牲にされて来たのはもっと以前の高度経済成長期からではなかったでしょうか?・・・近いところでは中国も「経済成長」の為にとんでもない犠牲を払って来ましたね。「経済成長至上主義」は世界を破局へ導く宗教のようです。

>このままうやむやのうちに日本の農業は壊滅するのでしょうね。

それは困ります。自国の農業が破壊されて食料危機が来ない筈がありません。食料不足までのカウントダウンが始まったと言えましょうか!?

Re:食料危機
guyver1092
 今まで、自民党が本心を隠して、うやむやのうちに悪事を働くパターンは、「これこれの条件が満たされない限りはしない」と言って選挙に勝ち、反対意見をごちゃごちゃと話し合っているうちに反対意見を言う者はいなくなり、あとは地位の高いものが「苦渋の決断をする」という物ですが、何度でも騙されるということは、実は本心は苦しむのがうれしくてしょうがないのではないかと感じてしまうのです。
 食糧危機は、現代日本にとってとてつもない破壊力をもっているのは自明の理でしょうが、マゾヒストはそれさえも嬉しいのかもしれませんね。

Re:Re:食料危機
雑草Z
>自民党が本心を隠して、うやむやのうちに悪事を働くパターンは、「これこれの条件が満たされない限りはしない」と言って選挙に勝ち、反対意見をごちゃごちゃと話し合っているうちに反対意見を言う者はいなくなり、あとは地位の高いものが「苦渋の決断をする」という物

なるほど、面白い、そして真を突いた御指摘ですね。自民党のやり方も詐欺的ですね。

>食糧危機は、現代日本にとってとてつもない破壊力をもっているのは自明の理

それでもTPPに参加して、関税を無くし、海外の食料の入り放題にして儲けようと言うのですから、酷いものです。それなのに彼等は「日本の為にTPP参加」と謳っていますね。モラルハザードです。

モラルハザード
guyver1092
 実は企業にモラルを求めることは、八百屋で魚を買おうとするようなものだそうですよ。戦前に、日本政府が金解禁という失政をしたときに、それに乗じて私腹を肥やしたのが財閥の三井です。今回のTPP参加も企業は推進の立場です。日本を奈落の底に落として、自分たちだけはその反動で天に昇れると信じているのでしょうね。

Re:モラルハザード
雑草Z
>企業にモラルを求めることは、八百屋で魚を買おうとするようなもの

なるほど、そこまで酷いのでしょうね。そんな酷い会社に限って大企業にまで「成長」するのでしょうか。

>戦前に、日本政府が金解禁という失政をしたときに、それに乗じて私腹を肥やしたのが財閥の三井

参考になる情報有難う御座います。確かに今回のTPP参加も非常に似ていますね。TPPを強く推進している経団連の会長の住友化学はモンサントと提携したようですし・・。

>日本を奈落の底に落として、自分たちだけはその反動で天に昇れると信じている

発想が典型的多国籍企業型と言えましょう。最低の人種です。

Re:Re:モラルハザード
guyver1092
 後半で触れていますが、会計基準にはモラルは書いていないですよね。余裕のあるうちは、社会の目を気にしますが、「自社がつぶれる」となればモラルなどはゴミくずに見えるのでしょう。労働基準法もゴミくずです。本来基準をその通り運用すれればまだまだモラル低下を矯正する部分も出てくるでしょうが、公務員バッシングで人員削減され、まともな調査が出来ず、猛獣は野放しだそうです。さらには、労働基準法を改悪して、労働者は使い捨ての資源にしようと画策しているようです。なお、日本国民は自分たちが使い捨てになるのを望んでいるとしか思えない選挙結果です。

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2013-07-23 00:01
 成長の限界による歪みで、深刻な環境破壊が世界中に起こっています。このままの状況が続けば、制御不可能な崩壊が始まるでしょう。世界は一刻も早く成長経済の呪縛から解放されて、脱成長社会にシフトしなければなりません。このブログの大きなテーマです。
その方法を考えいくといつもいきつくのは「正当な恐怖心」です。このまま、循環しない地下資源を掘り起こして工業製品を作り続け、廃棄物を環境中にばら撒きつづければ、人類社会は崩壊し、悲惨な状況になるでしょう。そのような「正当な恐怖心」を持つと言う事です。

これまで、この正当な恐怖心を共有する事以上に有効な方法を考えつきませんでした。しかし「正当な恐怖心よりも有効な方法を考える」と言う事自体おかしな発想である事に気が付きました。現代社会のシステムに対して、恐怖心が無ければ、パラダイムシフトする必要性も感じないでしょう。持続可能な社会にパラダイムシフトするためには、現代社会に対する正当な・・非常に大きな・・恐怖心が必須条件でありましょう。
まだまだ大方の人々が、その恐怖心を持ち合わせていないようです。だから、経済優先の政党が支持されるのでしょう。
勿論私も子供の頃はそんな恐怖心は持ち合わせていませんでした。もっと人間の理性を信じていたと思います。そう、世界の多くの人々が、人類、生物特有のオプティミズムを持ち合わせ、根拠もないのに何とかなると思っているのでしょう。若しくは、人類が絶滅するのはまだまだ気の遠くなるような先の時代だと考えているのでしょう。曰く「このまま行けば、人類は滅びるかも知れない。何千万年か先に・・・」
でもそんな長いスパンでの話では決してないでしょう。今世紀中の問題です。100年前の世界と今とでは、これだけ大きく変わっているのです。それをいまだに「発展」と呼んでいる人が大多数ですが、子供の頃からオプティミストだった私もそんな楽観は出来ません。ここ百年で出てきた世界的に大きな問題を科学技術の力で解決出来ていない例は、枚挙に暇がありません。
石油化学製品の廃棄物の問題、放射性廃棄物の問題、自然、生態系の破壊・・・これらの問題は解決されるどころかどんどん悪く、酷くなる一方です。
例えば、緑の革命で、食料を一時的に増産した結果が、人口の更なる膨張を産み、土地を荒廃させ、これからもっと深刻な食糧危機がやってくる可能性がかなり高いのです。緑の革命をいまだに高評価する人々は理性が足りな過ぎであると言えましょう。

現代社会で「経済成長[growth]」 と呼ばれるものは、浪費による膨張であり、膨張は持続可能性が無いばかりか、問題を先送りして肥大化させているばかりだと言う事に気が付くべきです。その結果として悲惨な未来が待っているのです。「成長」と言う名の膨張は、無限連鎖(ネズミ講)のようなもので、指数関数的に大きくなって資源を食い潰し、廃棄物を吐きだし続け、最後は悲惨な破局が待っているのです。理性ある人々の多くはそれにどんどん気付き始めています。
破局の滝つぼに向かっている現代社会から持続可能な社会に移行する為には、それに対する「正当な恐怖心」が必要です。この恐怖心無しに上手く経済システムを根底から作り変えて、楽しみながらパラダイムシフトする・・・なんて事は困難な事です。仮にそれが出来たとしても、正当な恐怖心が無ければ、成長経済(膨張経済)にしようとする輩が次々に現れてくる事は歴史を振り返れば確かです。
先ずは、現代社会の膨張システムに対する正当な恐怖心・・・かなり大きな恐怖心を持つ事から始めてパラダイムシフトを考えていくべきだと考えます。つまり、正当な恐怖心は、パラダイムシフトの基本、原動力と言えましょう。

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【2013/07/23 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

腐ったマス塵
guyver1092
 現代人の情報処理能力は、文明破壊者の手先であるマスコミの長年にわたる洗脳によって壊滅的レベルのようです。

http://openblog.meblog.biz/article/17706210.html#more

 上記のリンクの中の次のページ
http://togetter.com/li/531293を見る限り、一般人には何の危機感もないようです。
 このような国民ばかりであったからこそ、自民党が大きな支持を受けて圧勝したのでしょうね。
 上記のブログの最後に皮肉で
>で、ウナギが消えたら? 自民党政権はどうせ「菅直人のせいだよ」とデマを吐くのだろう。そして多くの国民はそのデマを信じるのだろう。
( ※ 実際、国民の多くは、自民党のデマを信じる体質になっている。だから次の選挙でも、自民党が圧倒的多数を取る。)
 と書かれていますが、文明崩壊が起きた時、自民党がデマを流せば、やっぱりそれを信じるのでしょうね。
 

Re:腐ったマス塵
雑草Z
 「正当な恐怖心」に関しては、guyver1092さんとじっくりと議論したいと考えていたところです。   

 御紹介のサイトのウナギの絶滅の例のようにguyver1092さんの御指摘の通り、現在日本では、そして世界中でも確かに危機感を感じていない人が大多数かと思います。しかし、来るべき文明崩壊が迫っても、日本の自民党や、財閥、多国籍企業の傀儡政権のデマを信じるでしょうか?
今回の原発事故で、自民党や民主党などの政府の流す情報を信じない人もかなり増えました。さらにTPP参加で酷い目に合えば、政府のデマは信じなくなるのではないでしょうか?・・・その時が自民党の崩壊時期かも知れません。

 さて、私がguyver1092さんに御意見を求めたい事は、上の記事にも書いたように、正当な恐怖心はパラダイムシフト、持続可能な社会への大転換の為の必要条件ではないかと言う事です。その大前提が無ければ、今のままの社会の暴走を危惧する必要はないからです。だから先ず、人々が正当な恐怖心を抱いた上でランディングの仕方を検討すると言う方向しか考え得る有効な方法は考えつきません。そして、大多数の人が正当な恐怖心を持つようになれば、自ずと社会は大転換の方向に進むでしょう。・・・問題はその時期が間に合うか・・・?・・という時間の問題かと考えます。どうでしょうか?guyver1092さんが以前言及されていた、腐るお金(時間と共に価値の下がる貨幣)のような手段で、自然に大転換する事は可能でしょうか?

Re:Re:腐ったマス塵
guyver1092
 手おくれになった後では流石に気がつくのは歴史的に証明されていますから、手遅れになる前に気がつけるかということで考えてみたいと思います。
 私が選挙権を得た後の選挙で、結果として人類にとって良い方向に進んだと感じた選挙はありませんでした。今回の選挙結果も自民の圧勝で、さらに文明崩壊に一歩近付いたと感じます。敢えて良かったことを探してみれば、存在自体がカムフラージュの、自民の亜流の一部が壊滅したことでしょうか。真に原子力反対である共産党が増えたのもよいことと感じます。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/177/177-0826-v006.htm

 選挙結果以外で私の危惧している事は、ネトウヨの存在です。ネトウヨは少しづつ増えていて、更に行動が過激化していることです。彼らについての私の評価は、「現実を正しく認識する知性と、精神力に欠けた人々」です。彼らは日本の閉塞を外国人等のマイノリティの所為と信じて疑いませんが、これは地球の物理的大きさと資本主義の性質であることを、理由は不明ですが全く無視しています。日本の閉塞の直接の原因は、日本の真の支配者が地球の物理的大きさと資本主義の性質を理解できず、成長の余地のあった時代の政策を闇雲に強行していることですが、これを理解できないのは知性が欠けている証拠ですし、真の支配者に逆らうのが怖くてマイノリティに噛みついているのであれば精神力に欠けています。
 日本人の精神力と知性のレベルが、「有限の地球上で無限の経済成長は不可能」という事実を、受け入れることが出来るかどうかが問題でしょう。自然エネルギー云々と言っている以上、日本人の精神力と知性は、わたしにはあまり期待できません。もし、受け入れることが出来れば、パラダイムシフトの原動力になるのではとは感じます。
 文明崩壊防止のタイムリミットに間に合うかどうかは、私にはわかりません。
 地球の有限性を理解し、科学的な思考が出来れば、エントロピー的に正しい腐るお金等を使えば、前門の虎たる文明崩壊は退治できるように考えています。後門の狼である、経済成長を正義とする国が残るであろうことはこれらは無力でしょう。こちらを退治するには、やはり日本と同じ問題を抱えているでしょうから(経済成長の限界)、それらの国でも、反経済成長の勢力が一定以上になるよう、情報を伝達することぐらいしか思いつきません。

Re:Re:Re:腐ったマス塵
雑草Z
    guyver1092さん

 要望にお答え頂き有難う御座います。

>結果として人類にとって良い方向に進んだと感じた選挙はありませんでした。

そうですね。毎回期待外れと言うよりも、最初から期待出来ない感じですね。

ネトウヨに関してもguyver1092さんの御指摘のように、

>日本の閉塞を外国人等のマイノリティの所為と信じて

いますが、その理由は、自分の身近な体験や、その手の指導者の「教育」=「洗脳」によるものでしょう。
 彼らよりも、アベノミクスなどを本気(若しくはポーズで)推進している現政権の閣僚や官僚、財界人等でしょう。旧態依然とした彼らこそ、 guyver1092 さんのおっしゃるところの

>「現実を正しく認識する知性と、精神力に欠けた人々」

若しくはその振りをして儲けようと企んでいる強欲な人々でしょう。
 ネトウヨの人々は、「教育」に感化され易いのですから、環境教育や成長の限界教育もしっかり行えば、分かるのではないかと思いますが、如何に?

さて、私が guyver1092 さんに問いたかった事は、

>文明崩壊防止のタイムリミットに間に合うかどうか

等ではありません。当方の問いかけが下手だったのかと思いますが、

「正当な恐怖心」は、持続可能な社会へのパラダイムシフトの為の一方法では無く、パラダイムシフトの為のモチベーション、原動力として、必要な事ではないかと言う事です。
どのようなライディングの仕方であろうが、脱成長ライディングの方向に向かう為には、「正当な恐怖心」を共通理解とすべきであると言う事です。如何でしょうか?

>反経済成長の勢力が一定以上になるよう、情報を伝達することぐらいしか思いつきません。

との事ですが、それが極めて重要な事かと思います。

Re:Re:Re:Re:腐ったマス塵
guyver1092
 こちらこそわかりにくい書き方をして申し訳ありません。

>もし、受け入れることが出来れば、パラダイムシフトの原動力になるのではとは感じます。

「正当な恐怖心」については、上記のとおり考えており、「現実を正しく認識する知性と、精神力 」があり、現実に向き合うことが出来た人たちの正しい方向へ向かう原動力になると考えています。
 感度が鈍く、「有限の地球上で無限の経済成長は不可能」と聞いても理解できない人もいますが。

さらに踏み込んで・・・
雑草Z
>「現実を正しく認識する知性と、精神力 」があり、現実に向き合うことが出来た人たちの正しい方向へ向かう原動力になると考えています。

その通りかと思いますが、現在既に 「正当な恐怖心」を持った人々だけではマイノリティですから、先ずその認識を多数派にしなければならないと言う事です。

経済界の「人間の生活と自然保護、動植物の生活とどっちが大切か」みたいな問題のすり替え、誤魔化しでは無く、「生態系を壊してしまえば、人類も生きてはいけない。」と言う前提から「無限の成長の先にあるものは、エネルギーの暴走と資源の枯渇、始末のできない廃棄物の増加・・・」などに対する「正当な恐怖心」です。
現在のマスコミ、「腐ったマス塵」は経済危機ばかり煽って無理な経済成長を推進しようとしています。そしてそれに踊らされている強欲な人々が多い「危機的現状」を回避する為には、もっと、「経済成長の先にある恐ろしい未来」を発信し、早く主流な共通認識とならなければなりません。

「正当な恐怖心」なくして持続可能な社会へのパラダイムシフトは不可能ではないかと言う結論ですが、如何でしょうか?

Re:さらに踏み込んで・・・
guyver1092
>「正当な恐怖心」なくして持続可能な社会へのパラダイムシフトは不可能ではないかと言う結論ですが、如何でしょうか?

 私もそう思います。現実を正しく認識すれば恐怖するしかないと考えますが、理由は不明ですが(推測はできますが・・・)意地でも認識したくないのが真の支配者と臆病ものですね。
 地球の大きさ、拡大再生産の性質、エコロジカルフットプリントを考えれば、もうすぐ詰むのは火を見るよりも明らかでしょうに・・・・

認識は同じと言う事で・・。
雑草Z
 今回のコメントのやり取りに限らず、以前よりguyver1092 さんも私も、正当な恐怖心を持つべきだと考えていたと思います。ただ、今回、どんな形でパラダイムシフト、経済縮小にランディングするにしろ、「正当な恐怖心」がその大転換の為の必要条件、大前提、原動力になると言明した訳です。
 ロナルド・ライトやジャレド・ダイヤモンドが特別な賢人では無く(ジャレドは逆に甘過ぎますが・・)しっかり現状認識すれば、誰もが正当な恐怖心を持つ筈だと考えます。

>意地でも認識したくないのが真の支配者と臆病もの

そう言う見方も間違いではないでしょうが、旧態依然とした経済成長主義に洗脳された彼等は、考える事が無くて成長の限界を認識出来ないのでしょう。
そのような支配者は即刻引退して貰うべきですね。彼らが居座れば居座るほど、世界は崩壊に引きずり込まれますね。

『臆病者』は、彼らでは無く私(達)かも知れません。「恐怖心」いっぱいですから・・・。
「深刻な事態」を認識しない彼等は、『臆病者』ではなく『愚か者』ではないでしょうか?
 
 兎も角、現状をしっかり認識出来て『正当な恐怖心』を持った人々は、それを多くの人に伝え、共通認識して貰う事が大切だと考えます。認識の出来てない人々にとっては、暗い話になりますが・・・。これが今のところ考え得る最も有効な方法だと思います。 guyver1092 さんは如何でしょう?
『正当な恐怖心』を持った人が主流派にならなければ世界はお仕舞いでしょうね。あとは間に合うかどうかの時間の問題ですね。

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2013-01-11 00:01
 グローバル化が進む一方、成長の限界の兆候が世界中で現れ始めて来ました。【劇的変化】が起こりつつあるのです。GDPの増加で定義される『経済成長』に支配された極めて特殊な狂った時代【特異で短命な時代】は幕を閉じようとしています。
人口増加、都市化、工業化、食料不足、廃棄物、汚染、環境破壊などの問題がそれぞれ許容範囲を超えてしまい、人口、工業、経済などの制御不可能な破局がやってくるのです。
2050年は江戸時代】に描かれたような理想的なスローランディング;大刷新は、制御不可能な衰退が始まってからでは遅いでしょう。早く『成長の呪縛』から解放されて、ランディングの準備をしなければならないでしょう。
では、具体的にはどうすればよいか?・・・スローランディングにする為には、飛行機の高度を下げておかなければなりません。人口もエネルギー消費も資源の消費も桁違いに減らさなければならないでしょう。再生可能な資源やエネルギーの使用も、再生可能なレベルまで消費を減らさなければ再生不可能になってしまいます。輸送の為のエネルギーも極力減らさなければなりませんから、物資の移動はグローバル化の逆にローカル化しなければなりません。食料以外の資源もエネルギーも地産地消しなければなりません。ここのカテゴリー【Sustainability 】などで繰り返し述べてきた事です。
原発の廃炉作業は早急にする必要があるでしょう。経済も工業も制御不可能な縮小を始めたら、廃炉作業はますます困難になるばかりです。
また、世界の中の一部の国だけが、そうしようとしても、他国や多国籍企業の邪魔が入るでしょう。・・・そう、今や国家以上の影響力を持つ多国籍企業を、真の非営利組織にでも変えられない限り、解体するしかないでしょう。戦争になればまた大きな環境破壊を伴い、人間の生活出来る空間は縮小します。軍事力を保持する事も大きな疲弊になるでしょう。だから各国、軍備を縮小して廃絶に持って来なければなりませんが、各国がそれぞれ侵略の恐怖を抱えていると、軍備を廃絶する事は出来ません・・・。
同様に一個人や小さな地域だけでスローランディングを試みようとしても、その外界からの影響は多大でしょうから、難しいでしょう。

・・以上のように考えてくると、困難な問題が山積です。とてもスローランディングは望めそうにありません。それぞれの国家のエゴを捨てて、世界で協力してスローランディングに向かう為のいい方策はなかなか見つかりません。・・・今のところ考えつくのは「恐怖心」です。経済成長による世界の崩壊の怖さをしっかり理性で認識すれば、世界で協力して、スローランディングに向かう可能性も見出せるかも知れません。

多くの人々が、正当な「恐怖心」を持って、成長経済の呪縛から解放されて、数々の困難を乗り越えてスローランディングの合意・・・縮小経済を自ら選択する事が出来るかどうかが人類の運命の分かれ道でしょう。これが人類の21世紀最大の課題でしょう。
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【2013/01/11 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

国内の経済は縮小中です
アルテミス^^
おはようございます。

雑草さんの述べられている恐怖心による制御には賛同できませんがスローランディングは必要ですね。

以前の記事にもコメントしようと思いましたが、こちらの記事を拝見して、「あ、書こうと思っていた記事が書いてある」って思いました。

たまに時間があるときに国内の経済の動向チェックで紙の消費量と原油の消費量を調べたりするのですが、ここ数年は明らかに減少傾向がみられます。原油のほうはLNGへの移行やハイブリットカーや低燃費の車種が増えたことによる恩恵もあると思いますので何とも言えませんが、お隣、中国の資源消費量の伸びをみると目が飛び出るほどのインパクトを受けます。

今後中国はソフトランディングを模索する時期が来るかと思いますが難しい対応を迫られそうですね。(共産主義においての自由経済国家だから)

いずれにしても、10~20年後の日本を考えるだけで一気に高齢化が進むことは人口ピラミッドや出生率から明白な事実となっておりますから、その為の制度やインフラの見直し、ひいては生活方法のソフトランディングは必須だと、私も感じます。

Re:国内の経済は縮小中です
雑草Z
>国内の経済の動向チェックで紙の消費量と原油の消費量を調べたりする

それは大切な事ですね。お薦めのサイトがあればご紹介下さい。

>今後中国はソフトランディングを模索する時期が来るかと思いますが難しい対応を迫られそうですね

 中国は、日本が半世紀前に通り過ぎた高度経済成長時代を通っているところですからGDPの伸びは著しいでしょうが、現在の国民一人当たりの資源、エネルギーの消費量は日本のほうが遥かに大きいでしょう。ソフトランディングは中国に限らず世界中の国にとってかなり困難な事になるでしょう。
 日本も全く準備は出来ていません。原油や紙の消費量が多少の減少傾向くらいでは、焼け石に水です。新政権はインフレターゲットなどの政策で、どうしようもない経済成長戦略を立てています。


>恐怖心による制御には賛同できませんが

 楽観は否定しませんが、おそらくアルテミスさんも甘く見ているのでしょう。このまま経済成長を無理に続けようとすれば、悲惨な崩壊が始まるでしょう。

>正当な「恐怖心」

とは、それを想像出来る理性と言う意味です。どれだけ危険で怖い事であるかは知る必要があります。それが理解出来無ければ、馬鹿な経済成長策の呪縛からは中々解放されないでしょう。成長と言う名の限りない膨張に正当な恐怖心が無ければ、成長の呪縛からは脱する事が出来ないと考えますが、それ無しに他にいい方策があるでしょうか?

少しずつタイムスリップするのも…
ST
うーん、経済のウェルランディングは結局の所、エネルギー及び食糧に収束するのです。
それに従い資源浪費量も変わる。ハイテクがエコロジー、エコノミーの排他をどう克服し「江戸時代的な」ロハスに持っていけるかが存続の鍵かと…
重厚長大から軽薄短小の方向でいいが兎に角、エコ・ロハス最優先主義で政治・経済が回ってくしか方法無さそうです。
例えば公共工事に必ずエコロジーの視点を入れる事とか、ロハスに対する税控除とか、
戦時中の「贅沢は敵」が復活してもサスティナビリティの向上に寄与するならそれも良し。
対局の軍事(防衛費)と戦争、それをけしかける「恐怖への誘導・陽動」も実は最大の“敵”なのでしょうね…
うーん、「正しい不安」「予測を誤らない努力」「なぁなぁ」主義の撲滅…
少しずつタイムスリップするのも手かも…
それも困難な現実を見据え、どうするかにかかっている。
まぁ、一種の極論かも知れないがそれしか無いとしたら…


Re:少しずつタイムスリップするのも…
雑草Z
 【2050年は江戸時代】のコメントでも申しましたように、私は
>タイムスリップ
と言う言葉には不可能な荒唐無稽さを感じて使いたくありませんが、STさんのおっしゃりたい事は、勿論十分に伝わっています。現代科学の示す軽率な「進歩」に逆行する方向=持続可能なまともな方向 への軌道修正と言う事ですね。

>経済のウェルランディングは結局の所、エネルギー及び食糧に収束する

なるほど、後は人口との兼ね合いですね。現時点で経済のウエルランディングは可能だと考えますか?

>エコロジー、エコノミーの排他

とはどういう事でしょうか? 具体的に御説明を・・・

>「贅沢は敵」が復活してもサスティナビリティの向上に寄与するならそれも良し。

私もそう思います。「贅沢は敵」のほうが、「消費は美徳」よりも遥かにまともな考え方だと思います。消費を煽らないと成り立たない社会は異常です。

>困難な現実を見据え、どうするかにかかっている。 

成長戦略を進めるほど、問題は肥大化し、恐ろしい破局がやってくる事、ソフトランディングは困難になっていく事を理解し、ランディングの方向、方法を理性でしっかり判断する時期ですね。

最大の敵、真の敵
guyver1092
 内なる敵は、日本の多国籍企業とその走狗である官僚組織ですね。自民党政権に戻りましたが、相変わらず真に必要なポイントだけは外した、企業だけ肥えさせる経済政策しかする気はないようです。外は外で、外国の多国籍企業とその走狗の高級官僚が、日本を食い物にするため、TPPに参加させようと日本政府に命令しているようです。
 ヨーロッパでは、国際金融取引税で多国籍企業に首輪をつけようとしているようですが、うまく行ってほしいです。なるべく多くの国がこれを行えば行うほど、文明崩壊の推進者の力を削ぐことになると考えます。

http://www.afpbb.com/article/economy/2908936/9728926

 正当な「恐怖心」を人類が共有できれば素晴らしいと感じますが、現実の地球ではどうも、この恐怖に耐えるために他国の領土を切り取る事を画策する国家があるようです。

Re:最大の敵、真の敵
雑草Z
guyver1092さんはお気付きの事と思いますが、この記事は一つ前の記事、【2050年は江戸時代】で石川英輔氏が示したランディングを受けての私のアンサー記事です。guyver1092さんは不満との事でしたが、guyver1092さんの予想するシビアさは私よりも深刻でしょうか?

>相変わらず真に必要なポイントだけは外した、企業だけ肥えさせる経済政策

国民全体の事は考えていませんね。富を不公平に再分配して、富める者にもっと儲けさせる格差拡大政策ですね。

>外国の多国籍企業とその走狗の高級官僚が、日本を食い物にするため、TPPに参加させようと日本政府に命令している

なるほど、もうアメリカと言う国の問題では無く、アメリカの大企業とか多国籍企業の陰謀ですね。
 そこで、ご紹介のページとなるわけですね。FTT(金融取引税)はイギリスなどが導入を渋っているようですが、EU全体で導入して欲しいものです。そしておっしゃるように多くの国で導入して欲しいものですね。記事に書いてあるように強欲資本主義を抑制する効果があるでしょうね。課税率はもっと挙げてもいいと思います。消費税よりも金融取引税をしっかり取るべきだと思います。・・そう言えば日本にもそのような税はあったような記憶ですが、今はどうなのでしょう?

>この恐怖に耐えるために他国の領土を切り取る事を画策する国家があるようです。

そうでしたね。その他にも他の民族を絶滅させようとする(ジェノサイド)計画を持っている国もあると言われていますね。ただでさえソフトランディングは困難なのに、これは大きなパラドックスですね。正当な「恐怖心」が無ければ、経済成長の呪縛からはなかなか解放されないけれど、この正当な恐怖心を持ったら今度は他の民族を絶滅に追いやったり土地を奪おうとしたり・・・打つ手無し・・・でしょうか?
非常に難しい問題ですが、guyver1092さん、何かいい方法有りましょうか・・・?
以前の記事
【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】2008-1-9  http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-262.html

でも検討しましたが、やはり人類の遺伝子は、膨張して滅びるようにプログラムされているのでしょうか??

「エコロジー、エコノミーの排他」の部分…
ST
“排他”と言うより「二律背反、相克」と表現したほうがイイと思います。
両者が逆に近い条件を必要とするため同時に満たす事の困難さを所謂「ハイテク」が克服出来るか否か…
もし出来ないとしたらまさに「ローテク江戸時代方式」を取らざるを得ません。
必然的にハイコスト=エネルギー浪費に繋がる以上、その「相克」を「調和」させなければ実現が不可能では? とも考えられます。しかしながらハイテク化予算を「エコロジー・ロハスに傾斜配分
(かなりキツイ傾斜の)」で経済資源を配分すれば決して不可能ではないと考えます。
今までの原発のような大量の資源(地下資源、エネルギー等)を使用しないと構築できず、
ランニングや事後処理のコストがかかり設置後のメンテに資源と資金が大量に必要でそこに
“シロアリが巣食える”ような構造を許してはならない。と考えています。
日本のテクノロジーはエコロジー、ロハス、かつ「エコノミーでもある」方向に特化すべきかと…
最先端研究に資金をつぎ込むならそれが最も有用な方向ではないでしょうか?
下手な方向への投資はまさに「貴重な“虎の子”をドブに捨てるようなことになってしまいます。

それとジェノサイドですが今は階層ジェノサイドの様相を示していますね、民族差別に変わる「判りにくい差別」です。
富裕層は支持しますが一方貧困層(いや中間層にとっても)にとって「もってのほか」で
最悪の90%人口削減(案?)は富裕層の約半分でさえ“切り捨て対象”になるのです。
狂気の沙汰の案としか思えません。

Re:「エコロジー、エコノミーの排他」の部分…
雑草Z
    STさん
御説明有難う御座います。言われてみれば、文脈的にも当然判って然るべきところでした。気が付かずにお手数お掛け致しました。でも、今回のコメントに新たな展開の内容もあって、議論が深まりました。

分野によっては

>「ローテク江戸時代方式」

も捨てたもんじゃないと考えます。エネルギーの投入が殆ど無いものが沢山ありますからね。

>下手な方向への投資はまさに「貴重な“虎の子”をドブに捨てるようなことになってしまいます。

現在、このようなドブに捨てるような行為が沢山されているようで、非常に残念であり、憤りも感じます。

>今は階層ジェノサイドの様相を示していますね、民族差別に変わる「判りにくい差別」です。

なるほど、
「階層ジェノサイド」とはよく表現しています。今のところジェノサイドまでは行ってなくて「階層差別」ですが・・。

>最悪の90%人口削減(案?)

の計画が、デマかどこまで具体化しているか判りませんが、欧米の話でしょう。だからきっと原子爆弾のように、人種差別的な要素もあるでしょうね。人口を減らす為にこのような事態にならない為にも、少子化は止めるべき事では無く、寧ろ加速すべきだと思っています。有史以来超指数関数的に増えてきた人口は異常レベルです。これ以上増やすべきではないでしょう。

パラドックス
guyver1092
 FTT(金融取引税)の類は、国際連帯税に含まれるのですね(今回初めて知りました)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%A3%E5%B8%AF%E7%A8%8E

http://www.acist.jp/index.php?option=com_content&view=article&id=222:2012-12-24-15-04-10&catid=48:domcampaign&Itemid=65

 いろいろな政党から超党派で研究をしているようですが、研究だけのようですね。

 恐怖心による侵略に対しては武力で対抗ということがすぐに頭に浮かびますが、これもパラドックスを含んでいますね。自分たちが飢え死にする恐怖からの侵略は、情け容赦のないものに必ずなりますが、それに対抗する武力を備えようとすると、自らの生存基盤を貨幣にかえて対抗しない限り、守りきれるものでもないでしょう。そこまですると、今度は自分が侵略しない限り自分が飢え死にします。正当な恐怖心を持つのは必ず必要ですが、正当な知性がない限り、安易な「自滅がゴール」である対策しかできなくなるようですね。人類に出来るかどうかは別として、対策は「知性を磨くこと」しかないように思います(正当な知性があれば、文明崩壊を回避した文明と同じ方法が導き出せるはずです)。

 環境いっぱいまで増加する遺伝プログラムは人類というよりは、生物の遺伝子に組み込まれている気がします(バイオスフィア水槽の生物の増減)。人類以外の生物は自然の摂理に従うようプログラムされているので、長い目で見れば安定して絶滅したりはしないのでしょうが、人類は癌細胞化しているので、自然の摂理が働かないようですね。


雑草Z
>FTT(金融取引税)の類は、国際連帯税に含まれるのですね(今回初めて知りました)。

私も初めて知りました。ただ、ご紹介のリンクページに国際連帯税は、

>国連のミレニアム開発目標達成のため革新的資金メカニズムの一環

とありますから、用心しなければならないかも知れません。どうでしょうか?

>正当な恐怖心を持つのは必ず必要ですが、正当な知性がない限り、安易な「自滅がゴール」である対策しかできなくなる 

食料問題、人口問題は、エゴで他者を犠牲にして自らが生き延びると言う選択肢が出てきますから非常に危険ですね。更にはおっしゃるようなパラドックスもあり、非常に解決困難な迷宮のような問題です。今社会の主流は

>安易な「自滅がゴール」である対策

に思われます。

>環境いっぱいまで増加する遺伝プログラムは人類というよりは、生物の遺伝子に組み込まれている気がします
>人類は癌細胞化しているので、自然の摂理が働かない

仰る通りだと思います。やはり、非常に微妙で解決困難な問題ですね。『暴走する文明』の原題 "A Short Story Of Progress" を想起します。この出口が見えない大問題の方向性、一つの(甘い)理想例が、「2050年は江戸時代」です。それに対する一つの私のアンサーが今回の記事ですが、guyver1092さんのアンサー例が、今回のコメントかと思いますが、まとめて記事として頂くのもいいですね。

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2012-12-23 00:01
 あるドイツの歴史学の大家が、「日本と言う国は変わらないように見えて、あるとき劇的に変化すると見ている」と言ったそうです。彼は、ドイツも脱原発を決めるまでに長い間市民の反原発運動があったから、日本も緑の党のような政党が現れて躍進し、脱原発に舵を取り、大きく変化する時が来るとの見解のようです。・・しかし、私にはドイツはまだ「劇的」な変化を遂げたとは思えません。その変化はまだまだ甘く、お話になりません。変化の始まり、途上と言えましょう。アラブ諸国の革命や、ラテンアメリカ諸国の反米、反帝国主義派の台頭も大きな変化ですが、まだまだ『劇的変化の前段階』くらいにしか考えていません。
それでは『劇的変化』とはどのくらいの変化を考えているかと言えば、狩猟生活から農耕生活への変化、手工業から大量生産体制に変わった産業革命のような大きな変化・・・人類の歴史上それほど度々は起こっていない『パラダイム・シフト』とも呼べるレベルの変化です。21世紀はまさしくパラダイムシフトの世紀だと考えています。どんなパラダイムシフトかと言うと、GDPの増加で定義される経済成長主義からの脱却、真の安定方向への大転換です。農業革命や産業革命が人類の膨張を起こしたとすれば、今度の脱成長革命は、その膨張を止める革命です。
否、それは夢想だ、経済成長はずっと続く・・・という考えはじきに否定されるでしょう。
人類がそれを認めずに、「成長」と言う名の「膨張」を続けようと無理を続けようとすれば(・・現在の世界各国の状態です。)文明崩壊に至り、やはり経済成長は止まります。マイナス成長・・転落になります。つまり、人類が望む望まざるに関わらず、経済成長は幕を閉じます。人類が意図的に上手く幕を引けば、それだけ崩壊の衝撃が減るのです。
これは、予言と言うよりも理性で考えて当然の帰着点です。
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【2012/12/23 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

二次関数の幻想、シグモイド関数の現実
guyver1092
 今回の選挙では、すべての政党が二次関数の幻想を訴えていましたが、個別の主張ではシグモイド関数の現実から見て、妥当な主張をしている政党もありました。
 実際に勝った政党は、最大限二次関数の幻想をふりまいた政党です。意識しているかどうかは別として、マスコミは明らかに文明崩壊を選ぶよう仕向けましたし、国民も破滅志向を選びました。
 私は政府とマスコミが一体となって愚民化政策を行ってきており、今回の選挙結果もその結果が出ていると考えています。これが失敗しているのならば、かつてのモンゴルのように一気に勢力が入れ替わったでしょうが。(与野党がと言う意味でなく、原発政策でという意味です)

指数関数の幻想、シグモイド関数の現実
雑草Z
>個別の主張ではシグモイド関数の現実から見て、妥当な主張をしている政党もありました。

それはどの政党ですか?日本の未来でしょうか。ジグモイド関数と言う言葉は使っていないでしょうが、その意味の事を言っているのは理性的ですね。緑の党もそんな理念を持っていますが、今はグリーンエネルギーの推進に躍起なのが残念な部分です。ただ、既にジグモイド関数では無く、無理をして持続可能な限界を超過してしまっている状態でしょう。

>二次関数の幻想

おっしゃりたい事は勿論十分に伝わっていますが、「2次関数」ではないですね。「指数関数」ですね。若しくは、「等比数列的増加」でしょう。ただ、経済や人口増加に「2次関数的成長」だとか環境問題、廃棄物の問題に「2次関数的増加」などと言う言葉を平気で使っている連中も結構いますから、政治家や財界人達の中には、2次関数と指数関数の区別もつかないで使っている連中も相当いるやも知れません。今回当選した議員の中にもいますね。そういう意味では彼等は「2次関数的幻想」を抱いているとも言えましょう。

ギャップの問題…
ST
物凄く端的に言えば「発散可能な妄想」と「収束しかし得ない現実」とのギャップの問題なのでしょう。
もっと簡単に言えば地球の質量は決して発散などしませんので、あとは太陽の気長な資源供給に従うしか無いのです…
宇宙さえ「果ては無いが限りがある」存在なのですからね。

Re:ギャップの問題…
雑草Z
    STさん

 時折頂くようになったコメントは短い中に真を突いています。

>物凄く端的に言えば「発散可能な妄想」と「収束しかし得ない現実」とのギャップの問題

短く上手まとめましたね。そして、「発散可能な妄想」は、20世紀以降の人々のほうが沢山抱いていると思います。それ以前は限られた土地なり空間を有効に利用する事で、有限性を考えながら暮らしていたと思います。特に「グローバル化」を「発散可能」と捉えているお馬鹿者には困りますね。地球規模での収束を考えるべきです。

>太陽の気長な資源供給に従うしか無い

ここのところをみんなしっかり認識すべきですね。太陽エネルギーを「無限のエネルギー」と捉えるのはかなり愚かですね。莫大とは言え、光合成をはじめとする地球上の生態系の循環に十分に供給されなければならないので、循環を壊さずに利用するには様々な制限がありますね。現代の太陽光発電や風力発電はそれを無視している部分が多く感じます。

赤面
guyver1092
 ありがとうございます。いつの間にかすり替わってしまったようです。

 私の考えている妥当な政策とは、TPP反対と食料自給率向上政策です。未来の党、共産党、社会民主党、国民新党、新党大地が主張しています。

http://www.jcp.or.jp/pc/index.php?_ucb_v=2&_ucb_u=http%3A%2F%2Fwww.jcp.or.jp%2Fweb_policy%2F2012%2F11%2F2012-03.html

上記のページに『東日本大震災は食料の確保が人間の生存や社会の安定に欠かせないことを改めて突きつけました。今年に入り国際的な食料価格の高騰が再燃するなど、21世紀の世界は、「食料は金さえ出せばいつでも輸入できる」時代ではなくなっています。』とのくだりがありますが、これは少なくとも地球上の農地の広さの限界を認識しての政策と考えました。
 実は、理由が書いてあるのを見つけたのは共産党ですが、結果から考えて他の党も同じことを少なくとも潜在意識では認識しているのではと考えます。

>TPP反対と食料自給率向上政策
雑草Z
    guyver1092さん

 参考になる興味深いページの御紹介有難う御座います。ご紹介のページは、共産党のマニュフェスト(民主党がこの言葉の信用を失墜させたので、今回の選挙では「アジェンダ」と言うべきでしょうか。)ですね。
 農業に関して中々しっかりした事を書かれていますね。しかし、共産党も、経済成長策を捨てきれないところが残念です。

>TPP反対と食料自給率向上政策です。未来の党、共産党、社会民主党、国民新党、新党大地が主張しています。

これらの党は、同時に原発政策に関して、他の党よりもしっかりした脱原発を主張していますね。

>食料自給率向上政策

に関して、この共産党のアジェンダには、

>食料自給率の50%台への引き上げを国づくりの柱に位置づけ、

と書かれていましたが、やはり食料自給率は、100%を目指すべきです。現実路線として50%台としたのでしょうが、それはあくまで短期・・数年以内の引き上げ目標にすべきです。日本に食料が入って来なくなるxday を見据えるべきです。エネルギー能率的にも、海外からの食料輸入はおかしい事です。その部分、残念ですが、「経済が強い日本を取り戻さなければ日本は沈む」等と言っている時代錯誤(いつの時代に主張しても愚かな事ですが・・・)の政策を実施しようとしている与党よりは遥かにまともです。


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2011-04-23 00:22
人類が現在消費しているエネルギーの質も量も愚行と呼ぶべきレベルでしょう。持続可能にするには、質的には原子力を筆頭に、使用すべきでないエネルギーの種類がありますし、量的には桁違いに減らさなければならないと確信しております。人類が、その歴史と比べ、半永久的に利用可能なエネルギーは太陽エネルギー起源のエネルギー、若しくは地熱のエネルギーだけでしょう。太陽エネルギーの最も優れた畜エネルギーの方法は、光合成による炭水化物であると確信しています。そして、その炭水化物を最も有効に使う内燃機関は生命体です。その最たるものが人力であると考えています。【人力のススメ】等で論じています。炭水化物をエネルギー源とする人力は、環境問題も起こさないし、食料にもなるし運動にもなって一石二鳥どころか、一石三鳥、四鳥・・・最も有効なエネルギーの使い方であると確信しています。

            +  +++    +++++    +++  +

非電化工房は友人から紹介されてかなり以前から興味を持っていました。何故か私の住んでる町からは遠くにあると思っていました。今年の1月に<自然の摂理から環境を考える>の記事にちょっと触れられていて、栃木県の那須にあることを知りました。早速友人を誘って地震が起こる直前の3月6日に非電化工房の見学会行って参りました。見学会参加者は今回は我々を含めて17名でした。

非電化工房がどのくらい当方の理想に近いかこの目で確認したいと思っていました。・・人力の利用と非電化はかなり共通点があると言えましょう・・。脱原発に有効な代替かどうかはかなり懐疑的でしたが、(原発に代替は全く必要ないのですが、代替のアピールとして有効かどうか・・と言うことです。)それも確認したいと考えていました。期待があまりなかった・・と言えば嘘になりますが、冷めたニュートラルな目で確認したいと考えておりました。

先ず、電気でなければ無理だ・・・と考えられる冷蔵庫さえ非電化にしたという事に大きな関心がありました。・・・私の考えが及んだのは、断熱膨張の利用かな・・・と言う事でしたが、実際は想像の及ばなかった放射冷却の利用でした。年間を通して晴れの日が多いモンゴル辺りでは非電化冷蔵庫で、4℃くらいまで冷えるというから驚きです。放射冷却でそこまで冷やせる事とは思いもしませんでした。

「非電化テーマパーク」は、まだ半分も完成していませんでしたが、副代表の藤村研介さんの案内で非電化工房の敷地内を一通り見学しました。その後、非電化工房代表の、藤村靖之氏(日本を代表する発明家の一人で非電化工房のアイディアから実現まで全てを仕切ってきたと考えられる人物)のお話があり、その後交流会で、自己紹介等がありました。見学に来られた方々はそれぞれ色々な目的があって、みんなそれぞれ多岐にわたって話していました。私と一緒に行った2人の友の1人(以前非電化工房の存在を私に教えてくれた人物)は大いに感化されたようです。もう一人のエンジニアの友は感化された部分もありましたが、ちょっと宗教じみたものも感じたとの事です(笑)。・・・電気漬けの生活に慣れてしまった現代人からは、非電化工房はこのように見られる部分もあるのかも知れません。
家に帰ってから、非電化工房で買ってきた藤村靖之氏の著書(辻信一氏と共著の「テクテクノロジー革命」)を読みました。槌田敦さんの本のように非常に興味深く面白く読めました。藤村氏も脱成長、反グローバル化など、私と同じ主義思想の持ち主であることを確認しました。一気に読み終えた3月10日に、また近々訪問して非電化製品も購入して来よう!記事にもしよう!(3月17日付けの記事にしようと考えていました。)・・・と考えているうちに、原発震災が起こってしまいました。

藤村氏は反原発派ですし(・・後日お伺いしたお話では、反原発運動40年とのことです。・・だから『非電化』と言うことにも納得出来ます。) 原子力や放射能にも非常に詳しい方です。海外にも頻繁に行き、海外に在住していた期間も長い方なので、海外に避難されてしまっただろうか・・・もう非電化工房見学会やセミナーなどは当分お休みだろうか・・と想像していました。・・・震災から何日も経って、少し落ち着いてから非電化工房のHPを開いてみたら、予想に反して、非電化工房は相変わらずやっていました。(流石に3月2回目の見学会[3月21日]は中止したようですが、)原発震災後初の見学会が4月3日にあったので、早速また行って原発事故のお話や非電化のお話を聞き、書物や非電化製品を購入してきました。

     +  +++    +++++    +++  +  

藤村氏は、グローバリズムと電脳化に対するアンチテーゼとして、ローカル化と非電化を掲げています。だからといって悲壮感を持たずに楽しみながら非電化する事によって、脱成長も目指しているようです。

藤村氏は
お金を持っている人しか実現可能とは言えない、お金とエネルギーの大量消費による豊かさの実現
に対し
誰でも実現可能なお金もエネルギーの消費量も小さい非電化による豊かさの実現
を提示して、どちらがいいかみんなに選択して貰おう・・・と言う方法論を示しています。つまり強制ではない方法です。前者はお金を持っていないと得られない豊かさ、後者は、お金を持っていなくても得られる豊かさと言う事です。方法論としては上手い方法だと思いますが、実際には、成長の限界を超えてしまった現在、前者の選択、即ちお金とエネルギーの大量消費による豊かさの実現 は不可能でしょう。
つまり好むと好まざるとに限らず、お金もエネルギーもほとんど消費しない方法による豊かさの実現しか選択肢はない筈です。・・・実際、藤村氏も、そこは明らかにわかった上で、人々に強制ではなく理性、意志で選択して貰う・・・と言う方法論を取るためにこのような選択肢を用意したのだと考えます。
非電化の理念は、非電化製品の発明、供給だけに留まらない事・・・もっと大きな脱成長も視野に入れた壮大な理念があることがわかり嬉しく思います。脱原発にも大いに貢献する理念です。
非電化の発想は社会構造のパラダイムシフトに、早期の実現可能性を示し、大きな役割を担っていると考えます。

オール電化住宅やら深夜電力利用の温水器など(・・発熱に電気を使う事は非常に非能率なエネルギーの使い方です。)非効率な電気の使い方は、全て原発を利用する為、原発に大きく依存させ、原発漬けにして脱原発出来なくする電力会社などの原発推進派の策略です。冷やされたり暖められたりしている飲料水の自動販売機、テレビや電気の点け放し・・・など、電力の浪費の為に電気の需要が大きく見積もられ、原発を止めない口実にされているのです。なんと愚かな事でしょう。原発をしてまで電気を使う価値があるものなんてありません。脱原発の為にも非電化製品は有効な代替の提示になると確信致しました。・・・私は使用を減らすことで対応できると考えていますが、非電化の代替のほうがもっと早く沢山の賛同を得られるのではないかと思いました。

発電量確保の為には原発が必要か?・・・などと言う愚か過ぎる議論は止めて、直ちに原発を全廃し、電力を利用するものはAO機器など必要最小限とし、他は非電化製品の利用を考えるべきでしょう。それこそが賢い科学技術の利用法と言うものです。


今回の原発震災は多くの人々の生活を大きく変えてしまいました。当方の生活も大転換の時期を迎えているように感じています。永続可能な社会への大転換のための具体的な大きな示唆が非電化工房にありました。
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【2011/04/23 00:22】 | Sustainability トラックバック(0) |

非電化工房
guyver1092
 ホームページ見ました。私の所からは遠いので、直接行く気にはなりませんが、欲しいと思えるものもあります。すでに類似製品を購入済みのものもあります。手回しラジオは、ラジオ、ライト、サイレン一台三役をすでに準備してあります。浄水器もアウトドア製品を購入済みです。自作のほうが良かったかと少し後悔していますが。
http://tokyo.cool.ne.jp/meguro15/CS/Program/filtration.htm

 この工房のコンセプトである安い、というのはエネルギー産出比的に理にかなっていると考えます。自然エネルギーを集めるのに、あまり金をかけ過ぎては、産出比がマイナスになりかねませんからね。
 冷蔵庫について、槌田氏の本で、吸収式冷凍機利用の冷蔵庫が紹介されていましたが、凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。
 スターリングエンジンも興味があります。熱源を選ばないという点が良いですね。ある一定以上の廃熱を出す工場はこれを利用した発電機を必ず備え付けることを義務付ければ、量産効果でかなり安くできそうな気がしますし、ひょっとしたら追加の燃料なしで原発が不要なほどの電力が出てくるかもしれません。エネルギー産出比的には、太陽エネルギーのみ利用の社会になった場合は却って無駄に資源を利用することになるかもしれませんが、今、原発を追放する力の一つになればそれで意味があると考えます。

Re:非電化工房
雑草Z
guyver1092 さんも非電化製品に興味を持っていらしたのですね。そして、既に非電化製品を持っていらっしゃっているとの事、素晴らしいですね。さらに自作されようとしていらっしゃったようですね。私は自分で自作は出来そうにありません。非電化工房では、ときどきワークショップを行って自作で非電化冷蔵庫や太陽熱調理機兼生ゴミ乾燥機などを作って持ち帰るようです。藤村氏の素晴らしいところは、それら非電化製品は誰でも作れて普及させることが目的であり、特許を取らないところです。

>槌田氏の本で、吸収式冷凍機利用の冷蔵庫が紹介されていましたが、凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。

これ、非常に興味あります。またまた記憶が無いのですが、どの書物に書かれていたか教えて頂けますか?

>スターリングエンジンも興味があります。熱源を選ばないという点が良いですね。ある一定以上の廃熱を出す工場はこれを利用した発電機を必ず備え付けることを義務付ければ、量産効果でかなり安くできそうな気がしますし、ひょっとしたら追加の燃料なしで原発が不要なほどの電力が出てくるかもしれません。

なるほど、鋭い洞察です。そこまでは思いつきませんでしたが、可能性はありますね。かなり検討の余地がありそうです!・・guyver1092 さんは藤村さんと同じような発明家タイプなのかも知れませんね。

>太陽エネルギーのみ利用の社会になった場合は却って無駄に資源を利用することになるかもしれませんが、今、原発を追放する力の一つになればそれで意味があると考えます。

その点に関しましては、私も全く同じように感じ、考えております。




Anthony
TVで藤村さんが紹介されている番組をタマに見ることがありますが、「ヘンなエコおじさん」「変人」として扱われることが多いので、残念です。


吸収式冷凍機
guyver1092
 資源物理学入門の220ページに載っています。これは一切動力を使いませんので、故障と言えば、錆びて穴が開くぐらいでしょうか。太陽熱でこれを利用した冷蔵庫を作ろうとすると、太陽の追尾装置が必要になりますので、ここが稼働部分となり、故障しやすい部分となるでしょうし、コストもそれなりにかかる気がします。(ゼンマイ式のキッチンタイマーほどの仕掛けででわりと安く作れそうな気がしますが)

 今回の統一地方選挙で、災害に強いまちづくりが争点の一部になったようですが、彼らの言う災害に強いまちとは、どのようなイメージなのでしょうか。私は、いろんなものを分散して持つことが災害に強い街だと感じますが。たとえば電力なら、巨大発電所ではなく、小規模の物を(小水力発電所とか、スターリングエンジンの廃熱利用発電とか) 大量に用意して利用するのをイメージします。水洗トイレは災害時には役立たずですが、バイオトイレの類の人力駆動の物は役立ちそうに感じますし、ソーラークッカーが生活の中に溶け込んでいる社会なら、ガス、電気が無くても晴れていれば調理できます。災害に強い街と言うからには、便利を捨てて、いざという時に強い、タフな生活基盤を用意しておくことこそ最強の対策と感じます。

そうでしたか!
雑草Z
    Anthonyさん

 オール電化住宅だとかIHクッキングヒーターだとか、エネルギーの浪費としか思えない電気の使い方を平気で行う現代人は、非電化をまがいもの扱いしか出来ないのでしょうね。現代の洗脳でしょう。原発してまで電気を作って使おうと言う考えの方が完全に病んでると思います。

Re:吸収式冷凍機
雑草Z
    guyver1092さん

 ご回答有難う御座います。早速、
>資源物理学入門の220

見てみましたが、「加熱型冷凍器」=「ガス冷蔵庫」でした。これが、「吸収式冷凍機」と同じものなのでしょうか?
附章 に書いてあったのでこの本を読んだ時、残しておいて読まなかったのかも知れません。

>凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。

と、guyver1092さん御自身のアイディアを付け足したあたりが素晴らしいですね。さらに、

>ゼンマイ式のキッチンタイマーほどの仕掛けででわりと安く作れそうな気がします

と、追加されていますが、素晴らしそうなアイディアに感じますが、どのようなシステムか想像が湧きません。

>私は、いろんなものを分散して持つことが災害に強い街だと感じます

>災害に強い街と言うからには、便利を捨てて、いざという時に強い、タフな生活基盤を用意しておくことこそ最強の対策

おっしゃる通りだと思います。全面的に賛同いたします。この発想は、反グローバル化=ローカル化 に通じる思想ですね。エコタウンと言うものも、このような発想で、自分達のコミュニティーの中で何でも自給自足出来るタフさが必要ですね。これからのまち作りに必要な発想でしょう。 

 

 

吸収式冷凍機
guyver1092
 資源物理学入門には、加熱型冷凍器と書いてありますね。このシステムを初めて知ったのは槌田氏の本だったのは間違いなく、別の本には吸収式冷凍機と書いてあったのだと思います。これは同じものだそうです。
 ゼンマイ利用の追尾システムですが、私はあまり機械には詳しくないのですが、朝ゼンマイを巻いて、そのほどけていくスピードが太陽の移動速度に対応して方向が回転するようにすればよいとイメージしていました。

Re:Re:吸収式冷凍機
雑草Z
    guyver1092さん 素早い御回答有難う御座います。

「加熱型」 と 「吸収式」では何となく原理が違うように感じましたが、吸収力の高い液体に冷媒を吸収させて発生する低圧を利用する事と、その為に冷媒を加熱蒸発させると言うところで同じものなのですね!

>朝ゼンマイを巻いて、そのほどけていくスピードが太陽の移動速度に対応して方向が回転するようにすればよいとイメージしていました。

了解です。加熱部分を太陽光で凹面鏡なり凸レンズなりで加熱するときに太陽の動きに合わせて焦点を合わせると言う事ですね。イメージ出来ました!有難う御座います。

 今回の原発震災は代償が大き過ぎましたが、だからこそ、これをきっかけに、
  非電化、ローカル化→脱原発→脱石油→脱成長 
 の流れを作りたいものです。guyver1092さんのコメントで、この記事でそう言った議論を出来てとても有意義です。


こんにちは。
BEM
雑草さん、いつもありがとうございます。
ご指摘の原発地図の訂正をしましたので、よろしかったらお使いくださいm(^^)m

いつもながら文章の内容、構成は素晴らしいですね。
原発事故という不幸な事が起きないと生活様式を考えられないというのは非常に残念なことですが、震災前を比べると企業の真剣さ、本気さがやっと出て来たかもしれないと一縷の希望も出てきました。
これだけの事故で希望という言葉も虚しいものがありますが。

温暖化対策で及び腰で二酸化炭素25%削減なんてとてもできないと言っていたのがウソのようです。
やれば出来るんですよ。
というかエネルギーを消費しない生活にならなければいけませんね。

Re:こんにちは。
雑草Z
>原発事故という不幸な事が起きないと生活様式を考えられないというのは非常に残念なことですが、震災前を比べると企業の真剣さ、本気さがやっと出て来たかもしれないと一縷の希望も出てきました。

事故以来重苦しい憂鬱な感覚が続いていますが、この事故によって反原発運動は確実に盛り上がりました。ドイツでは原発撤廃が決まりましたし、日本でも10基くらいは凍結や白紙撤回になりましたから、大きな犠牲でありましたが意味はありました。
 以前【大事故までやめない積もりでせうか?】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-194.html

と言う記事を書きましたが、その大事故が私の在住の県で起こってしまいました。これだけ大きな犠牲を払ってしまったのですから、是非とも原発は全廃に持って行きたいですね。

>エネルギーを消費しない生活にならなければいけませんね。

そうですね。エネルギー消費は必要最小限でしょう。その為の方策の一つが非電化でしょう。



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2011-02-17 00:01

現代社会では、「人間には無限の可能性がある」のような価値観が人類の永遠の真理のように言われています。「やってやれないことはない。」「やる気になれば何でも出来る。」のような表現が好まれ、それがさも素晴らしいことのように言われています。それに対し「人間には限界がある」という表現はネガティヴなものとして受け止められる場合が多いようです。
「人間には無限の可能性がある」のような価値観は人類が古来ずっと持っていたと漠然と考えられているかも知れませんが、決して人類が昔より持っていた普遍の価値観ではないでしょう。それどころか、この膨張志向の社会が産み出した徒花とも言えるのではないでしょうか?
限界を乗り越える達成感のみが人間の幸福であるとすれば、そして限界を乗り越えられないことを敗北と考えて苦痛であるとすれば、人間はなんて悲しい存在でしょう。限界が存在するのは当然ですし、それで人間が不幸になるわけではありません。限りある範囲で工夫してやっていく事のほうが、やり甲斐も感じるのではないでしょうか?
限界をしっかりわきまえていない人間が今日の社会問題、環境問題を産み出したとも言えましょう。
これまで人間は数々の限界を乗り越えて上手くやってきたから、これからも十分にやっていける・・・といった楽観論も蔓延っていますが、それは認識ミスです。限界を乗り越えたのではなく、単にまだ限界に達していなかっただけです。今まで工業も経済も人口も膨張出来たのは、限界を超えて来たからではなく、まだ人間活動の規模が地球の許容量に比べて小さかったからに過ぎません。

以下ここの記事【脱成長元年】に戴いたコメントです。(HN ピノコさんより・・)

「もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。
でも、洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。だから、不安ばかりが募っていく。女が子どもを産まなくなった(産めなくなった)のも、その表れだと思います。」

現代の人々誰しもが、限界に達していると知っているとすれば、もう転換の期が熟したと言えましょう。・・・即ち、膨張を止めると言う人類史上初の大転換の時期を迎える準備が出来たということです。「大転換」と表現致しましたのは、このパラダイムシフトは、農業の発見や産業革命と並ぶ、若しくはそれらを凌ぐ大きな転換を意味するからです。
そう、現在多くの人々が、地球に対する人間活動の容量が限界に達したことを感じ取っているのです。「経済成長、限りない成長」なんて連呼しているのは、金融資本家や財閥、その傀儡である政治家達でしょう。・・・大衆もそのように叫ばれると、現状を脱したいという欲求から、経済成長政策に同調してしまう人は沢山います。「洗脳された旧い観念のつまった頭」とは膨張社会に慣れ切って、これからもまだまだ経済成長が可能だと考えているお目出度い人達の事でしょう。彼等は、もう既に限界に達している地球に気づかないのか、気づいていても、自分達の築いてきたものが崩れるのが嫌で、ずるずると膨張路線を引きずっている状態です。つまり限界が見えない愚か者、若しくは見えても見えない振りをして突き進もうとするドンキホーテが社会を動かして、大衆はそれにかき乱されて、社会は「成長」という名の崩壊路線をひた走っているのです。
困ったことに、社会を動かしている人々の殆どが経済成長フェティシズムであるということです。それは、経済成長が自分達にとって都合がいいからでしょう。経済成長を煽ることは更なる金儲けの手段なのです。投資家なんてまさに経済成長の落とし子と言えましょう。彼らは経済成長を煽って、無理に経済成長をしようと画策しています。その為に政府を操って公共事業だとか補助金だとかと税金を湯水の如く投入させています。その手法は、外見上は違っていても、使い古された方法であり、見せかけの経済成長を達成し、その結果国家を借金漬けにし、環境も社会も破壊しているのです。挙げ句の果てにそれでも成長出来なくなれば、株式などを売り抜けた後に、いきなり不況を作り出し、恐慌にして経済を一端ダウンさせてリセットし直して、そこからまた成長の階段を上り始めるというとんでもない事までやっています。・・そのような資本家、財閥などの金持ちの横暴が世界中で蔓延ってきました。そんな強欲な金融資本家達は、経済成長志向時代という 歴史の中の特異な時代=狂気の時代 の生き残りと考えていいのではないでしょうか? ・

努力すれば努力するほど大崩壊に近づいていく経済成長路線という名の膨張路線にずるずるしがみつく事はもう止めるべきでしょう。もう降りる時期です。そして、限界から目をそらして、逆効果になる対策=経済刺激策・・・をすることは、現実逃避ですし、状況を更に悪化させるばかりです。薬漬けのドーピング社会に、もっと有毒なドーピングを施しているだけです。そんな逆効果の対策は早くお仕舞いにして、地球の容量と現状をしっかり見極め、限界を認識すべきでしょう。そこから永続可能な社会への移行が始まるのです。
問題は…「出来るか否か」ではありません。「間に合うか否か」です。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/02/17 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |


ぴのこ
雑草Zさん、ありがとうございますe-266

>困ったことに、社会を動かしている人々の殆どが経済成長フェティシズムであるということです。
>彼らは経済成長を煽って、無理に経済成長をしようと画策しています。その為に政府を操って公共事業だとか補助金だとかと税金を湯水の如く投入させています。

本当に、現在社会を動かしている人たちに可能性はないですよね。。。
後は、私たちが本当に何を求めているのか?何を実現したいのか?をみんなではっきりさせて、みんなで実現に導く行動をしていくことe-420それしか道はないんだろうなぁと思いますe-53

私は、これからは、みんなが本当に心から笑い合える社会になったらいいなぁと思いますv-354お互いに信頼でき、安心でき、みんなに役割があり、どんなこともみんなの中で解決し、実現できる場をつくっていきたいv-344

雑草Zは、どんな社会にしたいですかv-278


間に合うか
guyver1092
 南十字星通信によるとロイター電が2028年(わずか17年後!)には世界市場に出回るアブラの量は現在よりも一日につき約3万バレル減り、7万バレルほどに減ってしまうだろうと伝えているそうです。すぐさま対策を打つべきでしょうが・・・
 洗脳された人間は考えることを放棄していますので、啓蒙の方法がない有様です。短期的な景気の話をしていてもどこかの『惑星開発委員会』のメンバーに経済を良くするためにと言われるとどんなバカげたことでもご無理ごもっともと、経済を悪化させることを主張します。ちょっと突っ込んで話したところ、経済のことをいう割には、需要曲線供給曲線のグラフと消費者の所得に関連があることを理解していませんでした。

期待半分
雑草Z
    ぴのこさん

>もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。

このコメントを読んだ時、遠くない将来に、人類は成長経済を止める共通合意に達する事が出来るかも知れないと感じました。
勿論この『限界』とは今の景気対策の方法が限界であり、新たなニューディール政策のような景気回復方法がある・・・という意味ではありませんね。(そのような意味で言っている人はごまんといますがお門違いです。)
「地球全体で成長の限界にある」という認識ですよね?
その限界を感知している人はまだまだ少ないように思いますが、ぴのこさんがそう感じられたという事は、少なくともぴのこさんの周りの方々は誰しもそう感じているという事でしょう。・・きっとぴのこさんの周りの方々はしっかりした洞察力のある方々なのでしょう。・・・でも今はそれは特殊な環境かも知れませんね。非常に恵まれた環境と言えましょう。本当の意味で時代に必要な方向を知っていると言えましょう。
 私自身は結構楽観主義ですがそれでも脱経済成長が間に合うかという事に関しては(楽観的に考えても)かなりシビアな見方をしています。それでも、

>限界が来ていることは誰しも感覚的には知っている

というコメントにはインパクトがあり、この記事を書くきっかけになりました。有難う御座います。さらに続くコメント、

>洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。

は的を得た鋭い洞察だと感じました。こんな事で現代に経済成長フェティシズムが蔓延っているのでしょうね。

>雑草Zは、どんな社会にしたいですか?

膨張社会が止まって、永続可能限界レベル以下まで下がる事が希望です。その後の価値観に関してはまた違う次元の話かと思います。

  + +++ +++++ +++++++ +++++ +++ +

コメントを使わせて戴いて、その旨ご連絡せずにすみません。<自然の摂理から環境を考える>にTBしようかとも思いましたが、ぴのこさんが書かれている記事を見つけられませんでした。そちらで、ぴのこさんはどのグループに所属されているのでしょうか?



Re:間に合うか
雑草Z
    guyver1092さん

 本文の締めに

>問題は…~…「間に合うか否か」です。

と書かせて戴きましたが、正確に書けば

「どの程度間に合うか」「文明崩壊をどの程度で食い止められるか」という事ですね。ここのサイトで何度か論じている事で、上のコメントのお返事にも使わせて戴きました。
guyver1092さんと共通認識の部分ですね。違いがあるとすれば、程度問題でしょう。どちらがより悲観的か・・・いい方を変えればよりシビアな現実を直視しているかという事でしょうか(笑)

>洗脳された人間は考えることを放棄していますので、啓蒙の方法がない有様です。

景気の事ばかり考えてそのものの良し悪しに関しては放棄してしまっているという事ですね。忙し過ぎるという事もありましょうが、成長時代の奴隷という事になりましょう。この崩壊にひた走る社会構造に対してはシビアな目が必要ですね。

   +  +++    +++++    +++  +

『惑星開発委員会』のメンバーとは、比喩ではなくて面識のある方々なのですか?・・どう云う実態なのでしょうか?


Re:『惑星開発委員会』
guyver1092
 以前にも書きましたが、『惑星開発委員会』とは小説『百億の昼と千億の夜』に出てくる敵の組織で、目的はヘリオ・セス・ベータ型開発という、宇宙を破壊し、消滅させるために、文明に滅亡の因子を加えて文明を発達させる開発を行った存在です。この結果、宇宙のすべての文明は滅び、宇宙規模の熱的死が起こり、宇宙が破壊されるという結末に至ります。
 この場合は比喩の表現で、資本家とか政治家を指します。
彼らの言うとおりに物事が進むと、文明崩壊は確実と考えていますので。


ぴのこ
雑草Zさん
コメント使っていただけてとっても嬉しいですi-237
ありがとうございますi-189

記事に引用いただいたコメントの背後にあるのは、現代の若者の意識潮流がすでに変わっていることから書かせていただきました。
例えば、無駄遣いに対する「もったない><」という意識が復活してきていると思います。それも、若ければ若いほど。
そして、お金じゃないものに価値を感じる人も増えています。こちらも、若ければ若いほど。

この若者の持つ感覚こそが次代の社会の主流になるんじゃないかと思います。その意味で脱成長を実現できる可能性が“ある”と思っていますi-189

そして、実現していくには、国民のそれに対する危機感の喚起と同時に、今の経済の価値指標であるお金以上の充足のカタチを見つけて提示していく必要があると思いますi-179

何事も、新しい可能性の提示なしに、古いものを捨てることはできませんから、可能性を感じる新しい可能性・ものを生み出せてこそ、みんながついてくる=世の中を変えられると思っていますi-80
私の実現したい社会というのは、その新しい可能性の部分ですi-87

PS
自然の摂理ブログは、みんなでやっているので誰の記事などはみんなあまり気にしていませんので、TBはご自由に貼って下さいねi-278
私は、火力発電を追求しているグループにいますi-185


Re:Re:『惑星開発委員会』
雑草Z
    guyver1092さん

 以前にも書いて頂いたときに比喩かと思ったのですが、先のコメントに

>経済のことをいう割には、需要曲線供給曲線のグラフと消費者の所得に関連があることを理解していませんでした。

と書かれていたので、直接『惑星開発委員会』のメンバーとお話されたのかと思ったのです。

>この場合は比喩の表現で、資本家とか政治家を指します。

という事は、直接資本家や政治家と話された時の事と理解して宜しいでしょうか?

>彼らの言うとおりに物事が進むと、文明崩壊は確実と考えていますので。

おっしゃる通りです。政治家と資本家にエコノミストも入れた方がいいですね。いわゆる現代社会の指導者一般でしょうか。guyver1092さんの比喩はブラックテイストで、ちょっと考えなければならない部分があったりしていいですね。


Re:現代の若者の意識潮流
雑草Z
    ぴのこさん

>無駄遣いに対する「もったない><」という意識が復活してきている

この辺りは歓迎すべきところですね。これは主に環境問題の提起の機会増による環境意識の高まりでしょうか?

>お金じゃないものに価値を感じる人も増えています。こちらも、若ければ若いほど。

この辺りも本当ならば歓迎すべきところです。これはぴのこさんが肌で感じる部分でしょうか?それとも統計のデータからでしょうか?・・また、いつの時代と比べての事なのでしょうか?

例えば第二次世界大戦以前と比べれば現代のほうが明らかに「勿体ない」という意識はないでしょう。1970年代も今よりは勿体ないという意識はあったでしょう。・・・と、するとバブルの頃、若しくはほんの数年前と比べて潮流が見えてきた・・・という事になりましょうか?それはただ単に経済的に余裕があったかどうかの違いかも知れません。
 それにぴのこさんのおっしゃる事は日本など「先進国」と自負している国の中のいくつか限定ではないでしょうか?・・・例えば中国は、現代のほうが遥かに無駄遣いするし拝金主義になっています。

>今の経済の価値指標であるお金以上の充足のカタチを見つけて提示していく必要があると思います

これも現代はあからさまにお金の価値を煽る部分があるからでしょう。20世紀はもっとお金の話は下世話なものだという無言の共通認識みたいなものがありました。これは裏を返せば、お金に対する価値観が崩壊してきたとも見て取れますが、それならば提示する必要はもはやないでしょうね。

>みんなが本当に心から笑い合える社会になったらいいなぁと思いますお互いに信頼でき、安心でき、みんなに役割があり、どんなこともみんなの中で解決し、実現できる場をつくっていきたい

この辺りは、新しい価値観というよりも人間が昔から普遍に望んで来た事ではないかと思います。つまり、新しい価値観というよりも、ここ数十年の競争社会の中で置き去りにされてきた部分かも知れません。

Re:Re:Re:『惑星開発委員会』
guyver1092
 分かりにくい書き方をしてすみません。話をしたのは私と同じ一般人です。彼らの言うことは、新聞、テレビ等マスコミを通じて聞こえてくる、『惑星開発委員会』の主張とまるきり同じだったからです。洗脳されきっていました。需要曲線供給曲線のグラフから、消費税増税するとデフレが進むということが理解出来ないようでした。「いずれは消費税増税しなければならない」というのが、その人の結論です。

Re:Re:Re:Re:『惑星開発委員会』
雑草Z
    guyver1092さん

 こちらこそ読みが甘くてすみません。

>彼らの言うことは、新聞、テレビ等マスコミを通じて聞こえてくる、『惑星開発委員会』の主張とまるきり同じ

了解です。マスコミの報道、主張を鵜呑みにする人は多いですね。報道くらいはまともにして欲しいのですが、彼らの考えや立場があるから難しいのでしょうね。かなり体制よりの世論を作り上げていますね。アラブ諸国の反体制運動を見てもそうですが、やっぱりネットの力が大切ですね。・・ネットには加減な情報も溢れていますから真偽眼が必要ですね。

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2011-02-05 00:02
~降りた後の楽しみはいくらでもある~

登山では登るときの方が降りるときよりも遥かに体力が必要です。物理的に考えても、登る時は重力に逆らって上に登って位置エネルギーを貯えるわけですから、エネルギーを必要とします。体力の消耗も登りのほうが大きいでしょう。自動車や自転車で走れるいい道であれば、登りはそれなりにエネルギーを要しますが、下りは殆どエネルギーの投入は必要ありません。登りに対して下りは時間も掛かかりません。同じ道なら下りは上りの半分以下の時間の場合もよくあります。
危険という意味では登りと下り、どちらが危険かは一概には言えません。時と場合によるでしょう。降りるときは、崖から足を踏み外さないように、斜面を滑り落ちないように、転ばないように注意することが必要な場合もありましょう。でも、一端下まで降りてしまえばあとは危険もありません。ひと安心で楽チンです。

ゲーム(・・ギャンブルやスポーツなども含んで広い意味での『ゲーム』・・)の場合を考えてみましょう。ゲームをやり続けて勝ち続けることは難しい事ですが、ゲームから降りる事、即ちゲームの参加を止めることは非常に簡単です。ただ、抜けて止めればいいだけです。負けている場合は、勝たなければ借金を払えない、勝っているときはもっと勝ちたい・・・もっとゲームを続けたい、と勝っていても負けていても、もっと続けたいと精神的に止めたくない理由は色々あるでしょうけれど、物理的には非常に簡単なことです。精神的に止めることに抵抗感があるのは、麻薬のような依存性 [addiction]があるからでしょう。その精神は経済成長を続けようとする精神に共通するものでしょう。

ゲームによって大儲けをする主催者や胴元、ゲームが強い人、団体がゲームから抜けようとする人を、飴と鞭を使い分けてゲームに踏みとどまらせようとします。曰く、
「ゲームから抜けたらもう戻れないぞ、ゲームは面白いぞ、今は負けていても、我慢して粘り続ければ勝てるぞ、さあ、勝つ為の方法を教えよう・・だからゲームを続けましょう・・。」・・・どれもこれも実際は主催者や胴元自身が儲ける為の方策です。経済成長志向にも似たような事が言えるでしょう。
経済成長の為には新たな製品を昨年よりは今年、今年よりは来年と、より多く買わせ続ける策略を練り、努力を続けるのです。その為には現在使っていてまだまだ使えるものさえ廃棄させる努力をするのです。他の会社の製品よりも魅力があってコストパフォーマンスもある製品を開発し続けようと努力するのです。自分の会社なり個人が経済的に成長(=膨張)を続けようとすることは、大きなストレスがあるのです。それに比べて降りる事は何の努力も要りません。ただ止めればいいだけです。・・・降りると困るのは、生活していけなくなるからです。そしていわゆる「負け組」という烙印を押されるのです。負け組の烙印を押されない為、そして、いわゆる“いい生活”をしていくために人間はひたすら経済という山の、より高いところを目指して登り続けようとするのです。
経済成長で儲ける金融資本家や、彼らに洗脳されて経済成長が大切だと考えている連中が、経済成長が止まること、経済が後退することの危機を煽り続けているのです。
でも、資源に限りのある有限な地球では、当然山の高さにも限りがあります。そして、既に経済の山の山頂に近づいているのです。これから先、もっと高い位置まで登る為には、山を高く積み上げてから登るという、とんでもない労力をかける必要があるのです。それが、国家が行ういわゆる「経済刺激策」の本質でしょう。もしももっと簡単に更に上に登る余地があるのなら、国家が経済対策などを行う必要はありません。国家が経済対策を行った時点で、自由資本主義経済の理念に反する事になりましょう。

そんな無理な努力をするよりも、山を下って、持続可能な平らな土地まで降りて、そこに落ち着いたほうが遥かに楽でしょう。つまり、無理のない高さまで降りて、そこで定常状態を保つのです。そう、山もゲームも経済も、降りることは辛くはないのです。無理しなくても理性で考えれば明らかです。
「人間は常に成長を続ける生き物だから、そんな同じレベルの場所にずっと留まってはいられない。人間は目標に向かって成長を続けるものだ・・・」と言うステレオタイプの反論は沢山あるでしょう。
でも、経済成長の実態は経済膨張です。膨張が素晴らしい事とは言えないでしょう。ただ漫然と食べ続けてぶくぶく太ることが目標なんて愚かな発想です。同じ事をするのに、より少ない資源、より少ないエネルギー消費で行うことのほうが、よっぽどやり甲斐のある挑戦でしょう。
経済成長路線を降りる事がさも大変に感じるのは、そのように思わされている事と、そのような仕組みに社会が作られてしまったからです。そんな構造を改革することこそが、永続可能な社会への真の構造改革と言えましょう。

そう、難しく考えなくても、山だろうがゲームだろうがギャンブルだろうが経済だろうが降りることは全然難しいことでは無いのです。成長し続けなければならないと言う膨張志向の強迫観念を捨て去ればいいのです。登り続ける事が目標とされた洗脳時代が終わりを告げようとしています。その後に来るべき時代のほうが遥かにまともで住みやすい社会でしょう。降りた後の楽しみ、気楽な生活はいくらでも考えられるでしょう。
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【2011/02/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |


y.suzuki
 ご無沙汰していました。(多忙&体調不良のた)
そして、ブログのコメントありがとうございました。

 ちょうど、いま取り組み始めたブログテーマとも重なっているテーマだと思います。洗脳と気づかないように洗脳させられてしまっている=常識あるいは定説が崩れ始めだ時代になりつつあるのを感じています。そういう洗脳を解くのは可能性がありそうな事実です。

 ツイッターなどでも環境、政治の矛盾に対してのつぶやきが多く、世界適にもウィキりークスの外交文書暴露事例があるように、普通の人が事実に基づく認識を構築できる基盤ができてきたようです。

 この普通のひとのまともな実感を集積していく仕組みができれば、つまり知の結集ができれば可能性はもっと多高くなると思います。 


草の根的なネットの情報網
雑草Z
    y.suzuki さん

 お久し振りのコメント有難う御座います。

>普通の人が事実に基づく認識を構築できる基盤ができてきた

 鈴木さんがこのコメントを投稿した丁度その頃、私もそちらの記事のコメントに、草の根的なネットの情報網の大切さを書き込んだところです。お互い同じ事を考えていて、ほぼ同時に相手にコメントしたわけです。
 そう、ITの発達によって、マスコミでなくとも一般の人々が情報を発信できる環境になり、マスコミとは違って検閲やタブーのない情報を発信できるようになりました。勿論それだけいい加減な情報も溢れていますから、今こそ情報の本質を見抜く眼が大切ですね。

>この普通のひとのまともな実感を集積していく仕組みができれば、つまり知の結集ができれば可能性はもっと多高くなると思います。

その通りだと思います。そして、その仕組みはもうあちこちに出来ていますね。 るいネット こそまさにその重要な先駆者のひとつですね。期待しております。 


y.suzuki
ありがとうございます。多次元中継のようでそこが空間を越えたネットのすごいところですね。

 この「ゲーム」をおりることは、全方位的に自然の摂理に則った生活がもとめられますので、そこを創っていく楽しさというか、充実がまた可能性の一つになるのだろうと思います。



登るための努力
guyver1092
>これから先、もっと高い位置まで登る為には、山を高く積み上げてから登るという、とんでもない労力をかける必要があるのです。

 同感です。現在の政府の行っている経済対策はまさにこれで、最も素晴らしい比喩ではないでしょうか。
 この山は無理して積み上げたものですから不安定で、積み上げる努力を止めれば特に努力もしなくても自然に崩れていくでしょう。気をつけなければいけないのは、大規模な崩壊です。一番良いのは崩れる前に、降りることでしょうが、登っているのが60億人ですから簡単ではありません。
 以前にも書きましたが、準備を行ってから降りる必要があるでしょう。余裕はあまりないでしょうが。

>この「ゲーム」をおりること
雑草Z
    y.suzukiさん

 経済成長政策は、もう限界に近いところまで上り詰めているます。さらに高いところに登ろうと苦しい挑戦をしてますが、その挑戦する事自体が社会を崩壊させる原動力になるのですから、これから降りる道を選ぶべきである事は、火を見るより明らかでしょう。

>「ゲーム」をおりることは、全方位的に自然の摂理に則った生活がもとめられますので、そこを創っていく楽しさというか、充実がまた可能性の一つ

人々は、降りる事の恐怖を煽られ続けていますが、それは愚かな洗脳である事を認識し、登り続ける事の恐怖をもっと認識するべきでしょうね。

降りた後の生活は無理のない生活ですから、登れないところを無理に登ろうとする暴挙よりも遥かに楽しく、充実させる事が出来るでしょうね。

Re:登るための努力
雑草Z
    guyver1092 さん

>この山は無理して積み上げたものですから不安定で、積み上げる努力を止めれば特に努力もしなくても自然に崩れていくでしょう。

そうですね。現状はもうあちこちで崩れ始めているのを応急修理しながら、(登っている場合ではないのに)更に高いところまで登ろうと山を積み上げている状態です。その積み上げる為の材料を山の下の方から取っているから、下部はもっと不安定になる・・と言う悪循環・・

>気をつけなければいけないのは、大規模な崩壊です。一番良いのは崩れる前に、降りることでしょうが、登っているのが60億人ですから簡単ではありません。

そうですね。お互い今までにも何度も論じたように、崩壊は免れ無いでしょうが、その崩壊を最小に食い止めるように降りなければなりませんね。沢山の人間がみんな精一杯高いところまで登っているので、みんなで安全に降りる事は至難の業です。降りてしまえば楽なのですが、下りる途中に崩れる恐怖が大きく横たわっています。 

降りることの大切さ
power
雑草Zさん


経済成長だけでなく、勝ち続けることを止めることが必要ですよね。

人間は本能的に競争意識を持つせいか、完全なる趣味のスポーツであっても勝敗を物凄く気にする人が多い様に感じますが(以前は私もそうでした)これも気にしない様にすることが必要です。

プロスポーツ選手ならともかく、完全なる趣味のスポーツまで勝敗をいちいち気にしていたらそれだけでストレスが増えます。

これぐらい楽?にならないと、行き着く先は「破滅」でしょうね。

完全なる趣味のスポーツほどではないですが、生涯学習(ここでは、通信制大学や趣味としての資格取得を指します)であっても試験の成績(ABC評価や点数など)を物凄く気にする人もいるほどですからね・・・



Re:降りることの大切さ
雑草Z
    powerさん

>勝ち続けることを止めることが必要ですよね。

そうですね。なかなか核心を突いていると思います。私もその通りだと思います。
確かに勝つことに拘るのは、人間、動物の本能の部分も大きいと思いますが、みんなが勝つことばかりに固執し過ぎると生きにくい世の中になるでしょう。他人は大部分敵になってしまいます。勝ち負けは相対的なものですから、勝てば必ず負けるものがいます。そして負けるものがいるからこそ勝ったものが光る事が出来る訳で、敗者の存在と言うのも大切ですよね。現代社会は、名誉などばかりでなく、経済的にも勝者と敗者の格差が大き過ぎますね。天国と地獄ほどの差があるものも沢山あります。
自由経済と言う名の資本主義社会の弱肉強食の本質でしょうね。プロスポーツの中にもこの競争社会の本質が見えますね。人々も極端な勝者賛美は止めるべきだと思います。
競争は全否定は出来ませんが、極端な競争社会は決していい社会とは言えませんね。
 


ぴのこ
(上の方々に続けて・・)
そもそも何をもって、勝ちなのか?
何のための勝負なのか?というのも、疑問です。

例えば、お金(経済)もその指標のひとつですが、みんな、それだけを求めているのか?
本当に求めているのは何なのか?

勝負する、闘う、その目的と本当に得たいものが、大衆レベルの実感ではお金ではなくなっていますよね。

それをもっと、社会の場で明らかにしていきたいな~って思います♪


真の構造改革。
でなしNo.146
>経済成長路線を降りる事がさも大変に感じるのは、そのように思わされている事と、そのような仕組みに社会が作られてしまったからです。そんな構造を改革することこそが、永続可能な社会への真の構造改革と言えましょう。

まさにその通りだと思います。
経済成長路線を支えている一つの大きな要因が石油ですが、現在では石油なしでは1ヶ月も生きれないような社会だと思います。

最近、ガソリンもジリジリと値上がりはじめましたね^^
食品の値段も上がってますし。

年始に予想してた事態が早くもやってきたかという感じですが、これで終わりではありません。

早く石油に依存しない仕組みを作る必要があると思います。

何もしなければ事態は悪い方向(いや、むしろ気づき始める人が増えるからいい方向?)に行くでしょう。

「なんでガソリンがあがってんのか?」という問いに行く前に「高くなった!」と煽るマスコミのせいで思考停止に陥らないように注意ですね。

原因は石油だけではありませんが、現実を見てみると今の世の中の雰囲気は閉塞感が加速してると思います。
新しい価値感が浸透する下地が整ってきているのではないでしょうか^^

古い構造を廃して、本当の意味で持続可能な社会となるような構造改革を進めていきたいものです。

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2011-01-05 00:01
21世紀も10年が過ぎました。一世紀を一区切りとする考え方はあまり馴染みませんが、21世紀がどんな世紀になるか21世紀に入って既に10年経った今考えてみます。
20世紀までの人類の歴史は膨張の歴史と言えましょう。そして20世紀に既に人間活動のフローが持続可能な限界を過ぎてしまいました。ストックが無くくなってきている21世紀はもう膨張を続ける事は出来なくなるでしょう。
つまり21世紀中には、人類の膨張の歴史は終わりを告げる事になりましょう。人類が有史以来初めて経験する、グローバルに縮小する世紀・・縮小の世紀・・と言う事になりましょう。人口も経済も物質消費レベルも・・・縮小する事になりましょう。資源もエネルギーも、もう持続可能なレベルをとっくに超えて、ストックを切り崩している状態ですから、縮小を始めるのは時間の問題です。・・それがいつからか…と言う事は定量的な話になりますから、はっきりは(誰も)わかりませんが、21世紀中と言う事は確実でしょう。・・・早ければ今年から始まるかも知れません・・後の時代から考えれば既に始まっていると言えるのかも知れません。日本など先進国と呼ばれる国々では、既に何年も零成長に近い状態を経験していますし、自由主義経済の市場原理主義にとって掟破りの国の補助や税制の優遇によってやっと見せかけの経済成長を続けている国は日本ばかりではないでしょう。・・少なくとも兆しは十分に現れています。
エネルギー開発とか新しいマテリアルの開発とか言われているものも、元々物質に関して閉じた系と考えられる地球にある資源の消費でしかありません。省エネ、省資源によって多少限界を伸ばせるかも知れませんが、せいぜい数日~数年レベルでしょう。【ただの資源の食い潰し】2010-07-25 【閉じた系】2009-03-09 で論じた通りです。

あとは、縮小の仕方の問題でしょう。・・・・ハードランディングか、ソフトランディングか?この事は【降り方を考える】・~ソフトかハードか~・ で論じました。
ストックまで使い果たして限界になって、突然の制御不可能な衰退を始めれば悲惨な結果になります。・・・現在のところその見通しが高いでしょう・・。しかしその前に人類が意図的に縮小を始めて、持続可能なレベルまでソフトランディング出来れば、持続可能な定常社会を構築出来る事になりましょう。持続可能なフローの限界を超えてここまで来てもまだ無理な成長を考えている現代社会では、完全なソフトランディングは無理でしょう。肥大し過ぎた経済規模と環境負荷により、環境破壊と回復の差し引きが環境回復のレベルまで降りるまでのこれから暫くはさらに環境は悪化します。ハードランディングにならざるを得ないでしょう。逆説のようですが、出来るだけソフトランディングする為には縮小の合意が決まったら急いで急激な縮小をする事が必要でしょう。ここのところは【降り方を考える】・~ソフトかハードか~・ で論じた通りです。上手くハードランディングさせて、墜落を防ぐ事が最重要課題となるからです。

早晩、人類は成長の限界を認め、これからは縮小の時代である事を受け入れる筈です。何故なら、それは極めて理性的な唯一の結論だからです。そして、希望が持てるのは、書物やネットにも脱成長、縮小の大切さを論じるものが確実に増えてきた事です。早く脱成長元年を迎えたいものです。21世紀の最大で最重要な問題は、脱成長が人類社会の崩壊に間に合うかどうかです。脱成長縮小路線は、望むと望まざると、人類社会に必然としてやってくるものですが、出来るだけ早く人類が選択する事を熱望してやみません。脱成長元年が今年ならば大変嬉しい事です・・・と脱成長元年まで言い続けたいと思います。これを持ちまして新年のご挨拶に代えさせて頂きます。
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【2011/01/05 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

唯一の結論。
でなしNo.146
明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

唯一の結論はやはり,「縮小」になると思います。
ソフトでもハードでもどちらにしろ,人類がたどる道は規模の縮小しかないことは明白な事実です。

経済に関しても,調べれば調べるほど砂上の楼閣的な事実があぶりだされ,息も絶え絶えの感がいなめません。

連鎖倒産する寸前を連想させます。(あえて「連鎖倒産」を使わせてもらいました^^)


また今年も石油と食料品が高くなるんだろうな…と予想します。
おそらく、経済成長に疑問を持つ人がさらに増えていきますし、「何かおかしい」と気づける人もどんどん増加するはずです。
非常に楽しみな一年が始まります。

ハードランディングさせなければならないにしても、できるだけソフトにシフトさせたいものです。

Re:唯一の結論
雑草Z
    でなしNo.146さん

 こちらこそ今年もどうぞよろしくお願い致します。

>ソフトでもハードでもどちらにしろ,人類がたどる道は規模の縮小しかないことは明白な事実

そうですね。そこの議論無しに「経済成長」を連呼する政治家や財界人達は狂っています。人類を崩壊の方向へひた走らせていますね。そこが「洗脳」「フェティシズム」と呼ぶ由来です。

>経済に関しても,調べれば調べるほど砂上の楼閣的な事実があぶりだされ

経済の専門家ではない人々がその事に十分に気がついても、経済の専門家たちがその事実に気が付かないとは、まさに狂気の経済学者たちと言えましょうね。

>連鎖倒産する寸前を連想

おお、上手い例えですね。細々と持続する事の方が、膨張しようとして倒産するより遥かに賢い選択である・・と言う事をしっかりわきまえるべきですね。

>マスコミはどんな言い訳を使ってくるのだろう。 非常に楽しみな一年が始まります。

マスコミやマスコミに登場する評論家達は、経済成長路線に対する疑問を抱かない時点で論外ですね。正月のテレビやラジオの番組で景気回復を討論しあっている様には呆れます。きっと将来「恥ずかしい映像」と言う事になるでしょう。



縮小経済社会の展望
上々
将来、安定的には太陽光エネルギーMAXの定常社会しかないのですが、(宇宙空間の太陽光まで集めてと言うのは無し)そこに至るまでは紆余曲折でしょう。しかし、MAXが決まってしまえばその最大構成人数もおのずと決まって来るし、できることも決まってしまいます。まあかなり閉塞感の強い社会でしょうが、仕方が無いでしょう。

現在の産業社会ですべてが同率に縮小していくことはあり得ず、すぐに止めるべきもの、最後まで残すべきものはあると思います。
今ある産業の中で何を残すか、今の政治にその選択ができるはずもないのですが、市場原理に任せるとだいたい最悪のものが残りそうですので、なんとかそれができる政治にしなければいけないところです。

FAOの統計で、全世界の食品価格が昨年12月は史上最高値を記録したそうです。
だんだんとそこに向かっている。それが判っていれば納得できるのですが。


Anthony
明けましておめでとうございます。

今年も勉強させてもらいに、ここに来させてもらいます。





ぴのこ
雑草Zさん、あけましておめでとうございますv-237
今年もよろしくお願いしますi-261

年末は、中身のないコメントで失礼しました><。
今回は、コメントさせて下さい~!!

もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。でも、洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。だから、不安ばかりが募っていく。女が子どもを産まなくなった(産めなくなった)のも、その表れだと思います。

実際に、限界がきた時どうなるのでしょうか?
略奪戦争になるのか?それとも、日本人は縄文体質を色濃く残しているから争いにならず助け合えるのか?

何度想像してみても、イメージが沸きません。。

もちろん、私もすこしでもソフトランディングできるようにと願います。
きっと“縮小したら、もっと充足できそう”というイメージが必要なんでしょうね。
こういう充足イメージを考えるのは楽しいですね^^
大量生産・大量消費の贅沢に変わる可能性☆たくさんありますもんね♪

雑草Zさん、実現させるために発信し続けて下さってありがとうございます♪


ちなみに、私は大阪の自然の摂理ブログメンバーです。
(以前かっし~さんが送ってくれたメッセージカードにも写真を載せていただいています。お花と一緒に写していただいたかと思います。)
本格的に追求をはじめたのはまだ一年目のひよっこi-274でまだまだ勉強不足ですが、本年もよろしくおねがいしますi-267


Re:縮小経済社会の展望
雑草Z
    上々さん

>安定的には太陽光エネルギーMAXの定常社会しかない

これ、非常に大切な部分ですね。物質に関しては閉じた系である地球は、エネルギー保存則とエントロピーの法則から出てくるこの結論をしっかり踏まえてエネルギー政策について考えていかなければなりませんね。我々の間では合意出来ているこの結論を考えられない科学者は似非科学者と考えるべきでしょう。似非科学者が蔓延り過ぎです。

>宇宙空間の太陽光まで集めてと言うのは無し

このような事を実行しようとしている科学者が多い事も困ったものです。狂気の沙汰です。

>現在の産業社会ですべてが同率に縮小していくことはあり得ず、すぐに止めるべきもの、最後まで残すべきものはある

そうですね。直ぐに止めるべきものは、縮小と言うよりも即座にストップすべきですが、抵抗も大きいでしょうね。

>市場原理に任せるとだいたい最悪のものが残りそうです

おっしゃる通りです。市場原理主義は「適正」を反映しているのではなく、「エゴ」を反映している部分が大きいでしょうね。

 縮小に関する様々な展望有難う御座います。これからの考察の参考にさせて戴きます。  


雑草Z
    Anthonyさん

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

 勉強と言うわけではなくても、興味をもって読んで戴ければ幸いです。・・・ってあんまり面白いとは言えない記事かな?

成長の限界
雑草Z
    ぴのこさん

 あけましておめでとうございます。
1つ前の記事【狂気の沙汰】へのコメント返しを受けてのコメント、わざわざ有難う御座います。

>もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。でも、洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。

なるほどそうですね。とても参考になるご意見です。例えて言えば、花火が無くなって来た時、寂しくなる不安から、残りの花火をかき集めて来て花火を打ち上げ続けているのが現在の状況と言う事になりましょうか。
 その不安を捨象して旧態依然とした経済成長路線にしがみつくのは本当に愚かですね。・・・みんな(・・とは言わずとも十分に多くの人が・・)感知しているのなら、方策はありますね。希望がちょっと見えてきました。新たな記事を書くときのヒントとさせて戴きます。有難う御座います。

>実際に、限界がきた時どうなるのでしょうか?

持続可能なフローの限界はとっくに過ぎていますから、ストックも限界が来ると言う事ですね。・・・これはとても悲惨でしょう。制御不可能な崩壊が始まりますね。・・・だからその前に自らの意思で縮小路線に入るのが人間の理性であると思います。犠牲無しの完璧なソフトランディングは無理でしょうが、ハードな難着陸を犠牲を最小限に抑えて切り抜けたいものです。

>何度想像してみても、イメージが沸きません。。

誰もまだ経験していない事なので、想像出来なくても当然でしょうね。グローバルな限界ではなくて、局所的な限界に突き当たった過去の社会は沢山あります。イースター島とか・・その地球規模現代版・・・とでも言いましょうか?・・まあそれでも漠然としてますね。

それを切り抜けた場合、

>大量生産・大量消費の贅沢に変わる可能性

これは可能性と言うよりも確実にあるでしょうね。大量生産大量消費の物質レベルの過剰を「豊かさ」なんて言ってる(現代)社会はかなり発想の貧しい社会と言えるでしょう。

これからお互いポスト成長社会を考えて行きましょう。
そう言えば、先日の「なんでや劇場」もそんな話題になりましたね?。そこでも言わせて戴きましたが、そちらの共通認識の(代表氏の)考える潮流は、「日本の人々は1970年代以降はそれ以上の物質的豊かさを追求しなくなった」と言う事でしたが、それはそれである程度まで当たっていると考えます。しかし一方、限りない物質的欲望を追及している人間も現代日本にもごまんと存在します。だからやはり当日も言及したように、そこには成長の限界からの環境圧力が大きく存在しましょう。つまり、成長の限界によって望む望まざるに関らず、人類は全体として物質レベルの豊富さを追及できない・・と言う厳然たる事実・・環境圧をしっかり考慮しなければ片手落ちになりましょう。・・そこまで含めて『潮流』と考えれば考える事も出来ましょうか・・。

       +  +++    +++++    +++  +

HN『ぴのこ』とは手塚治虫の漫画のキャラクターからですね?そのキャラクターが好きなのですか?それとも、雰囲気とか似ていてそう呼ばれていらっしゃるのですか?
私の家にも手塚治虫の漫画の単行本は結構あります(笑) 
今年も宜しくお願い致します。
 

脱成長宣言
上々
たびたび取り上げますが、石井吉徳先生のHPでもヨーロッパで脱成長宣言が出され、NGOだけでなく政府内でも検討が始められているとの報道の紹介がありました。
まあここで話し合われているような定常状態までの縮小というようなところまでは考えていないでしょうから、かなり進んでいると思って良いでしょう。

一足飛びに定常状態の社会といっても無理ですし、少なくとも石油はこれまで使った量と同じくらい、石炭はもっと多く残ってはいますので、それを徐々に使って行きながら下げて行くイメージです。
問題はあとどれだけのエネルギーをいつまで使って行くかの計算根拠と世界的同意です。

石油も石炭も劣悪な品質のものまで入れると莫大なものになり、量的な試算が難しくなります。石油では比較的まともなものだけだとあと1兆バレルと言われていますが、タールサンドのようなものまで入れると7兆バレルと言う話もあります。しかも人類は低品質のものから使うと言うことは絶対にしませんので、結局後世代に付けを回すのは一緒になってしまいます。
また埋蔵量の推定もこれまで極めて恣意的に、また政治的に有利なように操作されているということですので、(だいたい実際を上回るように)本当の埋蔵量は不明確です。

また高速増殖炉と核融合の話は棚上げしておかないと話が進みません。本当にできるようになったら入れてあげるねということにしておかねば。

そこまで決めても肝心の「あと何年で使い果たすか」については同意が得られる可能性は薄いでしょう。まだ産れていない世代に残すエネルギーを誰が決めるのでしょうか。
自身の話だけで言えばあと40年持てばもう良いや、なんですが、まあ子供の世代まで入れればあと60年。
孫が生まれればもっと長くと思うようになるかもしれません。
この期間が長くなればなるほど今使えるエネルギーは少なくなります。

とはいえ、このような話が各国の思惑を乗り越えて決まるなどと言う可能性は全くないでしょう。完全無欠の独裁的世界帝王になれば別ですが。

日本の支配階級
guyver1092
 日本の支配階級が、年始にいろいろ言っていますが、少なくとも私の理性から考えると気違い沙汰のことを言っています。まあ、彼らの価値判断基準からすれば私の(ここの常連の)言うことは気違い沙汰なのでしょうが。

 現実問題として縮小経済を実行するには、江戸時代の振袖火事後の幕府の経済政策が参考になるのではと考えています。この火事までは江戸の日本は経済成長していたはずですから。すべてにわたって質素倹約しろとの命令が出されていたので、生活が一変したはずです。実際には物価も上がったのかもしれません。石川英輔氏の本のどれかに乗っているかもしれませんね。(ちなみに私は探してもいませんし、学校で習ったことも忘れきっています。)
 その他キューバも参考にできるでしょう。人類の英知の見せどころと考えています。見せてもらえる確率は非常に低いと思いますが・・・・

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2010-10-11 00:01
~経済成長がシフトダウンした理由~
最近、経済成長主義を批判し、脱成長を主張する人が増えてきました。勿論脱成長派はまだまだマイナーな存在です。現時点では世の主流は圧倒的に成長派です。しかし、脱成長派が確実に増えている事も確かです。それは理性で考えれば当然の事だからです。

さて、最近脱経済成長路線を主張する書物なども増えていますが、その論調の多くが最近の経済成長率の低さ、(若しくはダウン)を人間社会の潮流として捉えているのが特徴です。即ち、もう物資は十分に揃ったから更に新しいものは買う必要が無くなり、人間はこれ以上の物質的豊かさを求めなくなってきた・・・という事です。
確かにその傾向がある事は認めます。そのような好ましい傾向は時折、様々な場面で垣間見られるようになりました。現在の先進国での商品は本当に必要があるから買うと言う場合よりも、必要はないけれども買うという行動にシフトしています。企業に踊らされて買わせられているのです。無理に作られた似非ニーズによって買わせられている部分もかなり大きいでしょう。ものが溢れかえった現代社会で、最近の人間は物欲が小さくなって来たと言います。若者の車離れの傾向も見られるようになりました。非常に好ましい傾向です。
 しかしそのような人間社会の潮流だけで語る事・・・人間の意向の問題としてのみ語る事は片手落ちでしょう。成長の限界という観点があまり考慮されていない場合が多いようです。グローバルになった人類の活動は、成長の限界によって常に大きく制限されているのです。開発も経済活動も人口増加も伸びなくなって来たのは成長の限界が近づいてきた、若しくは持続可能な限界を超えてしまった事が大きな要因としてあるのです。
わかり易い典型的な例をいくつか挙げてみます。
先ずは
再生可能な資源の典型例のひとつは水産資源でしょう。現在、魚を必要以上に取り過ぎて、水産資源が減っています。最近まで水揚げ高が増えてきたのは、底引き網等、魚を大量に獲る手段が開発されて普及したからであって、決して水産資源が増えてきたわけではありません。魚はどんどん減っています。
水産資源のような生物の場合、太陽光などと違い、ストックとしての絶対量が減れば減る程、次世代=再生量 も減ってくるので減少スパイラルが始まるとまたたく間に資源のストックも減少します。世界中の海域や湖沼、河川で、絶滅したり殆ど見られなくなってしまった魚介類の例は枚挙に暇が御座いません。つまり再生可能な資源も再生の速度を上回る消費によって再生不可能な方向に進むのです。この結論は至極当然の帰着でしょう。
もうひとつ、再生可能な資源の典型例として、森林についても同じような事が言えるでしょう。

再生不可能な資源については言うに及ばないでしょう。
今話題のレアアース類は勿論、地下資源は全て枯渇に向かっています。鉱物の純度も低くなり、同じ量の鉱物を製錬するのに以前の何倍もの鉱石を精錬しなければならなくなりました。
現代文明を支えている石油も、【石油ピーク説と現代社会について (1)】、【石油ピーク説と現代社会について (2)】で論じた通りでしょう。早晩・・もうすぐ・・石油文明は終わるのです。そして有効な代替エネルギーは無いのです。


経済成長は、GDPの伸びで定義されます。定常状態でのGDPの伸びは零です。資源が減った事による資源の高騰で、GDPが増える・・という矛盾はあり得ますが、経済成長する為には、物資のフローが増えてGDPが増えなければなりません。・・・
現在先進国と呼ばれる国で、経済成長が止まりそうな国が多いのは、物資の消費速度が伸びなくなったという状態ですが、これは人々が賢くなって足るを知ったからだけではないでしょう。限られた資源の枯渇が近づいてきて資源が高騰したり、手に入りにくくなってきているのです。成長する空間が無くなって来たのです。つまり、人類は地球からの制限を大きく感じるまでに成長してしまったのです。だから人類が望む望まざるに関らず、これ以上の成長を続けようとする行為は自殺行為なのです。
地球規模で考えれば、物資のやり取りはゼロサムゲームです。人類の活動範囲がグローバルになり、人類の行う経済のゲームはゼロサムゲームを実感するまでに達したのです。

一方、収入を下げてまでも、ゆったり暮して行こうとか社会に貢献しようと言う人も増えてきました。好ましい傾向です。・・・しかし収入を下げても・・というのはある程度余裕のある層のお話です。一国の中でも、国同士の関係でも、二極化が進み格差が開いている社会では、富裕層の多くは相変わらず物を買いまくっている輩が多く、増えてきている貧困層は、物をあまり買えなくなってきています。物資の所有はゼロサムゲームだから当然の帰結です。否、マイナスサムゲームかも知れません。地下資源のような再生不可能な資源は段々廃棄物になり、使えなくなってきていますし、再生可能な資源も乱獲によって減ってきているのです。経済活動が地球規模になる以前のように、利用されていなかった手つかずの自然領域をどんどん経済圏に組み込んで行って経済成長を続ける事が出来なくなったのです。そんな時代は終わったのです。(・・実ははじめからゼロサムゲームだったのです・・)中国をはじめとするいわゆる新興国の経済成長は続いているではないか・・・と反論が来そうですが、それは、最後で最悪のあがきです。これまでの先進国の例のように環境から搾取して、環境を犠牲にして、経済成長を推し進めているだけです。将来、そのしっぺ返しは何倍もになって跳ね返ってくるでしょう。どの国も今世紀の早いうちに成長の限界にぶつかるでしょう。
成長の限界の前に、人間社会の潮流として物質主義から脱出しているというのなら非常に好ましい状態です。しかし、残念ながら、それよりも人類の無節操な行動によって成長の限界に近付いてきた事、持続可能な限界を超えてしまった事による制約が大きいでしょう。人類の理性で成長の限界より前に経済活動を持続可能な方向に軌道修正出来ればそれほど素晴らしい事は御座いません。最高の解決方法です。しかし今のところその解釈はかなり楽観的です。・・オプティミズムは必要ですが、その楽観によって、対策がゆるくては、現文明が破局を迎える事になるだけです。・・・既に物資のフローは再生可能な限界を超えて消費超過になっているのですから、もっとシビアに現実を直視して考えて然るべきでしょう。つまり成長の限界による制約がどんどん現れてきてそれによって経済は成長出来ないと言う要因です。・・つまりそれは、社会、環境の破局の兆しでもあるのです。人類が望む望まざるに関らず、地球のキャパによって成長の限界に突き当たって成長出来なくなってきているのです。
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【2010/10/11 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

成長とは
上々
19世紀から20世紀にかけてはヨーロッパ社会、その後アメリカと日本の成長の時代と言えるわけですが、それら先進国の国民の生活を豊かにさせたという点に加えて、そのような豊かな国民の人口自体が非常に増加したということも成長を大きくした要因と言うことができます。

これらの国でも18世紀までは人口の増加は一部を除けばそれほど進んでいたとはいえないでしょう。医療・衛生面でもまだ未開同然であったこともありますが、なにより食糧供給の面で不十分であったためです。
それが急激に増加するようになったのはやはり窒素肥料の合成法開発による農産物増産のためと考えられます。

最初はそれらの人口を食べさせるだけでも経済は成長していったと思われますが、増えて行った人々がそれぞれ活発に活動していき、色々な面でどんどんと成長していった。
この点は人口が増えなければ国は不活化すると言う少子化問題に対する論点の当たっている点ではあります。

しかし、グローバル化が行き着いた先はどこにも未開地が無く伸びようがない世界であったということです。
成長に対する制約は資源でもあり、環境でもあります。一番大きな制約は土地でしょう。どこに行っても人間だらけの地球ではどんなにがんばっても生物多様性など守れるはずもありません。せいぜい動物園を作りましょう程度のものです。

しかし、ここで出ている数々の問題点は先進国に大きく責任があるものであり、現在の開発途上国の不満が大きいのも当然です。今後色々の面で双方が衝突する場面が増えてくるでしょう。様々な危険性をはらんでいるところです。

欲望の枯渇
guyver1092
 経済成長のみを考えれば、本質的に必要な物(衣食住)は、少なくとも先進国においては十二分に供給されていて、これらを扱う商売はもう限界(これ以上もうからない)ということがありますね。
 趣味等、遊びの部分では、少なくともそれぞれ各人の収入の範囲では、ほしい消費財はもうすべて手に入れているような状態でしょうね。このような状態の中で消費財を売っていこうとすれば、それぞれが持っている消費財を陳腐化させて買い替えをさせるという方法しかありません。この陳腐化の方法とは、自動車でいえばモデルチェンジです。しかし現在では、大企業が貨幣の大部分を集めすぎて、消費者が消費をしようにもできないという事態もあるかと考えます。少なくとも消費者の財布に制限されてた欲望は枯渇しているのでしょう。
 労働分配率を上げて消費者にお金を回せば使えるお金が増えた分だけ消費は拡大し、経済成長できるでしょうが・・・・・
 地球全体を見れば無駄に消費をして資源の枯渇に拍車をかけるという事態になってしまうでしょう。

 現在の人類の資源の消費を考えると、先進国は減ったといってもまだまだ消費しすぎでしょう。私が考えるに、衣食住以外にお金をつぎ込むべきものは、太陽エクセルギー(有効エネルギーとも言います)の回収システム(如何に石油を使わず持続的に農業をするかも含めてです)のみです。人間には遊びが必要ですが、このシステムを考えるを競うのも楽しいのではないでしょうか。

経済成長の要因
雑草Z
    上々さん

 上々さんの御指摘、ごもっともです。
人口増加が経済成長の大きな要因であり、人口が増える余地が無くなって来た事も成長の大きな要因であると私も思います。実はその事も書こうと考えていたのですが、記事が長くなったので書き落としてしましました。しかし、上々さんが非常に納得のいく上手いまとめ方をされて下さいました。

>急激に増加するようになったのはやはり窒素肥料の合成法開発

これは上々さんならではの観点ですね。私の抜けている部分でした。なるほどそうかと思います。そして、

>最初はそれらの人口を食べさせるだけでも経済は成長していったと思われますが、増えて行った人々がそれぞれ活発に活動していき、色々な面でどんどんと成長していった。

この表現で、ここ数世紀の成長の大きな要因を的確に表現していますね。


>人口が増えなければ国は不活化すると言う少子化問題に対する論点の当たっている点ではあります。

これは経済成長主義が破局に繋がるという事の証の一つですね。飽和するまでのねずみ講のような論理です。指数関数的増加の後にやってくるものは、上々さんのおっしゃるところの

>どこにも未開地が無く伸びようがない世界

ですね。

>成長に対する制約は資源でもあり、環境でもあります。一番大きな制約は土地でしょう。

ここの分析も上々さんならではですね。一つの的確な見方かと思います。土地の利用の飽和も深刻な問題です。開発の余地が無いのに経済の為(・・という名の利権・・)に開発して、環境破壊がされています。


Re:欲望の枯渇
雑草Z
    guyver1092さん

>欲望の枯渇

 とは、またguyver1092さんならではの面白い表現ですね。言い得て妙です。

>本質的に必要な物(衣食住)は、少なくとも先進国においては十二分に供給されていて、これらを扱う商売はもう限界

全くその通りだと思います。いわゆる先進国では今でも十分に過剰ですね。


>それぞれが持っている消費財を陳腐化させて買い替えをさせるという方法

広告代理店をはじめとするイメージ戦略、ニーズの創出という洗脳がどんどん出てきたわけです。市場原理主義のダークサイドです。

>地球全体を見れば無駄に消費をして資源の枯渇に拍車をかけるという事態になってしまう

ここの部分が一番重要で、実は
無駄な消費による地球からの制限=成長の限界
が既に人間活動に大きく制限を加えていると言うのが本記事の主題です。舌足らずだったかもしれませんが、人間社会の潮流として、成長戦略から降り始めた部分よりも、現時点では成長の限界からの制約のほうが大きいと言う事です。
 脱成長を主張する最近の書物やサイトが、地球のキャパから来る成長の限界という最も制約を受けるファクターの部分にはあまり触れずに、人類社会の兆候としてニーズの減少からの脱成長を論じているものが多く感じましたので、成長の限界を根底に置いて論じなければならないと言う意味でこの記事を書きました。

>お金をつぎ込むべきものは、太陽エクセルギー(有効エネルギーとも言います)の回収システム(如何に石油を使わず持続的に農業をするかも含めてです)のみ
>人間には遊びが必要ですが、このシステムを考えるを競うのも楽しい

非常にguyver1092さんらしい独創的な発想です。もう少し具体的に検討したい部分ですね。 

生活の豊かさ
上々
前のコメントではついつい「豊かな生活」なんて書いてしまって、本音が出ました。
生活の豊かさとは何かと言えば、精神的なものはおいておくとしても、衣食住の豊かさであることは間違いありません。
衣食について言えば、昔とは比べ物にならないほどの良質でバラエティー豊かな物を享受できます。
また住については日本ではまだ不十分とはいえ、日本の以前の状況よりは広く快適にはなっています。
特に家電製品や自動車などは生活の様式自体の変質を起こすほどに浸透しています。この辺は「電化社会の罠」と言う文章を書いているのですが、まだ完成しておりません。

このような衣食住に関する商品が欲望の対象とならなくなったと言うのはどういうことか。決してそれらを享受することを止めたと言うわけではないはずです。
しかし、電化製品などは通常の買換え需要以外には強制的買い替え政策等を除けば、確かに自分自身でも「欲しいものがない。」のは確かですね。

もし、このようなものがあれば多少無理をしてでも買いたいというものを想像してみると、普通の物はないですね。
強いて言えば、ドラえもんの道具でしょうか。どこでもドアとか、タケコプターとか、スモールライトとか。
その位インパクトのあるものなら買っても良いかと思いますが、結局もはや通常のものには食指が動かなくなってしまったということでしょうか。

してみると、現在の科学技術も実は行き着くところまで行き着いたということなのかもしれません。

それがちょうど資源制約の明らかになる現在と重なったと言うことも歴史の皮肉の一つと言えるのでしょうか。


Re:生活の豊かさ
地下水
 人間の本当に消費したいものは何でしょうね?
 欲しいものは例えば「癒し」だと思います。渓流、木陰、木漏れ日、そよ風、お花、波の音、お散歩、お茶、果物狩り、談笑、お風呂、清潔、防虫、安眠・・・。必ずしも自然に負荷をかけて大量消費するものと重ならないのではないでしょうか。

Re:生活の豊かさ
雑草Z
    上々さん

>生活の豊かさとは何かと言えば、精神的なものはおいておくとしても、衣食住の豊かさである

なるほど、ずばりと来られましたね。そして

>自分自身でも「欲しいものがない。」のは確か

実感しますね。私も売っている製品でこれと言って欲しい商品は直ぐには思いつきません。

>強いて言えば、ドラえもんの道具

なんだか上々さんらしからぬご発言ですが、言いたい事は伝わってきます。ドラえもんの道具はよく知りませんが、

>その位インパクトのあるものなら買っても良いかと思いますが

と言う事ですね。

>現在の科学技術も実は行き着くところまで行き着いたということなのかもしれません。

そう思った事は御座いませんでしたが、言われてみれば確かにそうかも知れません。そして、それ以上のインパクトのあるものは、実用化したら負の面も沢山あって非常に危険なものでしょうね。文明崩壊に導く道具かも知れません。

>それがちょうど資源制約の明らかになる現在と重なったと言うことも歴史の皮肉の一つと言えるのでしょうか。

皮肉と言うよりも、もしかしたら僥倖かも知れません。・・その為には成長の限界からの縛りを痛感して、文明崩壊して行く以前に降りる事でしょう。エコカー補助金やエコポイントのように必要のないもののニーズを作り出して買わされているうちに環境カタストロフィーが始まれば、本当後悔し切れない愚かな皮肉ですね。

>「電化社会の罠」

期待しております。完成したらこちらで載せて頂けるのでしょうか?当方が先日書いた【電気依存社会】とはまた違った切り口のような感じで、楽しみです。


Re:Re:生活の豊かさ
雑草Z
    地下水さん

>間の本当に消費したいものは何でしょうね?

「消費」と言えば、食料品のようなものでしょうから成長(増加)の必要は全くありませんね。定常状態で地球のキャパに余裕があって永続出来る範囲で無ければなりませんね。
地下水さんのおっしゃるように、自然に負荷をかけて大量消費するものではないでしょうね。・・・それは経済成長主義者と言う名の金融資本主義家の戦略でしょうか?

>渓流、木陰、木漏れ日、そよ風、お花、波の音、お散歩、お茶、果物狩り、談笑、お風呂、清潔、防虫、安眠・・・。

いいですね。本当にそれらがあれば十分に幸せです。

タイムマシン
上々
ドラえもんの道具と言うのは、ずっと子供の付き合いでアニメを見ていましたので、結構なじんでいました。
中でも本当にあれば良いなと言うのはタイムマシンか、自分が行けなくても昔の時代の様子を見られる道具ですね。
歴史の本当の所がどうなのか、知りたいところがたくさんあります。まあ現代の出来事でも本当の所は判らないことが多数ですので、仕方のないことですが。

さて、生活が「豊か」というのは、絶対的な判断でもあり、相対的な判断でもあります。現代の中流以上の(こう注釈を入れなければならなくなったのは確かでしょう)日本人の生活は昔であれば王侯貴族の生活で、しかもかなりの面では彼らが持たなかったものも所有しています。(テレビ・エアコン・冷蔵庫等)
昔の王侯貴族は使用人や奴隷にさせていたことを、今の人はエネルギーを使って機械にさせています。
ただし、それは成果としてみれば人がやっても機械がやっても変わるものではなく、単に自分の時間が持てると言うだけです。

生産性が向上し、おそらく奴隷制が確立したためにブッダ・キリスト・孔子の大思想家たちが思索する時間ができました。
今はもっと多くの人間がそれ以上の時間の余裕を持てているはずですが、凡人の哀しさでしょうか。

ちょっと話がずれましたが、現代の「文明の利器」は人に時間の余裕を作り出すものと、新しい文化を作り出すものの両方があると言うことです。
そして、すでに時間の余裕は十分すぎるほど作られ(その代わりに余った時間?はお金を稼ぐのに費やされ)、作り出されるべき新しい文化は大衆迎合の低俗なものばかりになってしまったという現実です。

Re:タイムマシン
雑草Z
 やはり、ドラえもんはお子さんと一緒に見られていたのですね。私が子供の頃はやっていませんでしたが、もう2~30年続いているのでしょうね。
 タイムマシンの話は矛盾だらけで、つじつまが合わないので好きではないのですが、
 確かに昔の時代の様子は観たいものですね。自分自身の子供の頃の様子も観てみたいですね。

>歴史の本当の所がどうなのか、知りたいところがたくさんあります。

 未来予測は、明日の天気でもよく外れるし、エコノミストも外してばかりですが、過去の事も不確実な事ばかりだと思います。
地球の歴史も生物の進化の過程も怪しい事ばかりです。
 そんな長いスパンで無くとも、色々な「史実」と呼ばれているものも怪しいものが沢山あるでしょう。

>生活が「豊か」というのは、絶対的な判断でもあり、相対的な判断でもあります。

そうですね。絶対的な部分が結構あるようですが、実際は相対的な事で一喜一憂しているのではないでしょうか?

>ちょっと話がずれましたが、

いえいえ、歴史に造詣の深い上々さんならではの歴史的考察を興味深く読ませて戴きました。

>生産性が向上し、おそらく奴隷制が確立したためにブッダ・キリスト・孔子の大思想家たちが思索する時間ができました。

特にこのあたり、鋭く、面白い洞察ですね。その意味では思想家達も「哲学」と言う贅沢をしていた事になりましょうか?

>すでに時間の余裕は十分すぎるほど作られ(その代わりに余った時間?はお金を稼ぐのに費やされ)、作り出されるべき新しい文化は大衆迎合の低俗なものばかりになってしまった

このあたり、確かに現状を反映していますね。それこそ、「生活向上に伴って発生した『皮肉』」と言えそうです。 

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2010-08-13 00:12
・~ソフトかハードか~・

 21世紀に入って暫く経って、いまだに経済成長主義者が世の中の絶対多数派で世の主流ですが、それでもいい加減、経済成長主義の愚かさに気付いてきた人は増えて来たように感じます。人間の感覚から言って指数関数的に成長しなければ感じられないし(金融などの)意味もなさなくなるような経済成長を続ける事は不可能であるし、その不可能を追い求めれば破局が待ち受けている事は、理性で考えれば直ぐにわかる筈です。ちょっと足を止めてしっかり考えれば、経済成長を続ける事が、人類の幸福に繋がる筈がない事には簡単に気付く事でしょう。そして、現代文明の脆弱性に身震いする事でしょう。
これからあと100年も経済成長は続けられる筈も御座いません。せいぜい長くても数十年がいいところでしょうから、21世紀は降りる世紀、その降り方を考える世紀になる事に間違いありません。何故なら、経済レベル=物資の浪費レベル は持続可能なレベル、成長の限界をとっくに超えているからです。

降りるのであれば、誰しもソフトランディングしたいと思うでしょうが、その為にはすぐさま降りはじめなければならないでしょう。降りはじめるのが遅れれば遅れるほど、ソフトランディング出来る可能性は小さくなっていくでしょう。勿論今現在世界では、降りる合意は出来ていません。合意まではまだまだ長い道のりでしょう。(個人的には、そんなにかからないかとも思いますが・・。)それに経済縮小をはじめたとしても、ソフトランディングしようと徐々に経済縮小していく場合、縮小をはじめてからも暫く環境は悪化します。【経済縮小政策の効果の一試算例】で論じたように(・・非常にアバウトな計算で、定量的には信頼出来ませんが・・)年に数パーセントの経済縮小でも、肥大し過ぎた経済規模と環境負荷により、環境破壊と回復の差し引きが環境回復のレベルまで降りるまでのこれから数十年間はさらに環境は悪化します。(・・そして再生不可能資源は無くなる一方です・・)だから、【崩壊は突然顕著になる】でも論じたように、ソフトランディングは極めて難しく、ハードランディングする事になりましょう。そのハードランディングの衝撃の大きさが問題です。最悪なのは、制御不可能な崩壊が始まるまで、降りる政策をはじめず、急激なハードランディングをはじめることでしょう。ハードランディングというよりも墜落と言った方がより当てはまるでしょう。この場合、人類は他の多くの生物も巻き添えにして絶滅してしまう可能性も高いでしょう。
その崩壊はいつ始まってもおかしくない状態ではないでしょうか?・・・それこそ今回のメキシコ湾の原油流出事故だって引き金になるかも知れません。・・・
さて、何年先のことかは分かりませんが制御不可能な崩壊をはじめる前に降りる合意が出来たとします。・・・その場合、ソフトランディングを目指すべきであると大多数の人は考えるでしょうが、その時はそんな悠長なことを言ってられない状態になっている可能性が極めて高いでしょう。何故なら、現在の世界の指導者達は、本当に危機を目前にしてやっと経済成長の愚かさに気付くだろうからです。(・・・だから現在の指導者達は早く一掃しなければなりませんが、それは別のお話ですから今は論じません・・・)環境破壊のレベルが差し引き環境回復のレベルまで落ちるまでは、環境負荷は高まる一方ですから、経済縮小の合意が出来ても、ソフトランディングしようと慎重にしているうちに、環境カタストロフィーが始まってしまい、墜落する可能性だってあるのです。

では、どうするか・・・混乱は覚悟で一挙にシフトする事です。降りる合意が出来たら、墜落しない範囲で、転がるように素早く降りることです。轟音を響かせ噴火をはじめそうな火山の火口から、今にも溶岩流が流れ出して追いかけて来ることを想定しながら、出来るだけ早く山を下るのです。経済規模で言えば、年2~3%の縮小では危険でしょう。突然吹き出た溶岩に飲み込まれてしまうかもしれません。一挙に年10%以上の縮小を行うのです。最初の一年は半減以下でも構わないでしょう。・・・と言うよりも理想は、数年以内で持続可能なレベル以下まで一挙に下げる事です。つまり、国によっては一年で10分の1以下のレベルまで経済を落とすのです。「無茶だ」なんて言ってる余裕はありません。勿論金融業などは潰れるでしょうし、資本家も致命的な打撃を受けるでしょうが、経済縮小しても物資、資源は残るのです。・・・残るどころかかえって浪費が無くなるでしょう。持続不可能な経済成長主義の象徴とも言える金融制度と資本主義が崩壊する事は、持続可能な社会の達成の為には通らなければならない道でしょう。
人口は数年で持続可能なレベルまで下げる・・・と言うわけにはいきませんが、持続可能なレベルまで減少するまでは、出生率は低く押さえられて然るべきでしょう。(・・・現在の日本の出生率は低くていい筈なのに、『少子化対策』という世紀の愚作で出生率を上げようとしています。(・・・現在のマスコミと政策による世論操作は本当に行き当たりばったりで視野の狭い愚作です。・・・)これから数世代間は、出生率も1前後(1カップルで1人という事)で仕方が無いでしょう。そうやって人口も持続可能なレベルまで減らすべきでしょう。相対的に高齢人口の割合が増えてもそれは移行期のやむを得ない事です。

おそらく、「成長の限界」が出た1970年代に経済成長を止めていれば、現在はこれほど深刻な危機には至らなかったでしょう。そんな忠告を全く無視して経済優先とばかりに経済成長戦略を推し進めた結果、環境負荷、エコロジカル・フットプリントは持続可能な限界を超えてしまいました。環境カタストロフィーがいつ始まってもおかしくない状況です。だからこそ、持続可能なレベル以下まで早急に下げなければなりません。定量的な事は断言出来ませんが、もうそんなに猶予は無い筈です。だから一挙に降りるべきであると考えるのです。
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【2010/08/13 00:12】 | Sustainability トラックバック(0) |

文明の暴走
guyver1092
 何度かコメントしていますが、解っていても止められないのが暴走ですから現代文明はすでに暴走しているのでしょうね。
 暴走でないと主張するなら、大好きな科学技術ですべての問題を解決する技術を示すべきです。最も、真の科学者なら、不可能は不可能というでしょうから、疑似科学者を連れてくるでしょうが。
 一気にシフトするなら、準備を整えてからしましょう。すなわち食料として家庭菜園と、煮炊き用の太陽炉、雨水タンクも良いでしょうし、バイオトイレの類も必須でしょう。服は今あるものを大事に使えば十分でしょう。荷物の運搬手段として、自転車とか、自転車にひかせるリアカーも用意しましょう。

Re:文明の暴走
雑草Z
 やはり、制御不可能な崩壊が始まるまで、文明の暴走は止められないとお考えでしょうか?


>大好きな科学技術ですべての問題を解決する技術を示すべきです。

殆ど部分的な解決方法しか提示されていませんね。それも全体から見ると全く解決になっていないどころか逆効果ばかりですね。

>疑似科学者を連れてくるでしょうが。

現在の開発推進派、疑似環境対策推進派は似非科学者ばかりですね。


>一気にシフトするなら、準備を整えてからしましょう。すなわち・・・・・・用意しましょう。

この準備、いいですね。私が本文で描いた一気のシフトよりももっと一気かも知れませんね。即ち、数ヵ月後なり一年後なり指定した日に自家用車の使用を禁止→また数ヵ月後に農業での石油使用の禁止→石油利用の禁止 と言った具合にどんどん一気に利用を禁止していくのですね。
 勿論抵抗が大き過ぎて簡単には行かないでしょう・・・だから崩壊まで文明の暴走は止められない・・・と悲観論になってしまうのですが・・
選択肢は二つ
 ・制御不可能な崩壊まで暴走するか
 ・人類自らの手で止めて降りるか



Re:Re:文明の暴走
guyver1092
 脱経済成長を支持する人が人類の多数派にならなければ破局の可能性は高いでしょうが、資本主義の暴走により、経済システムが生物の生存環境が残っているうちに崩壊すれば、かつてのキューバのように強制的に脱経済成長を強いられ、結果として文明崩壊を回避できるかもしれないと考えています。

>即ち、数ヵ月後なり一年後なり指定した日に自家用車の使用を禁止→また数ヵ月後に・・・・・・
 私が考えていたのは禁止ではなく、指定した日以後定期的に(一年とか二年おきに)、原油に何パーセントの税金をかけるので、こんなものを準備しておけば・・・・・
と考えていました。

Re:Re:Re:文明の暴走
雑草Z
 なるほど、資本主義の暴走により、現在の資本主義のシステム崩壊が生態系の壊滅より早ければ、強制的に脱成長を強いられる事になりましょうね。その可能性は高いですね。ただ、その場合、資本主義経済システムの復活を図ろうとする動きは強くなるでしょうね。資本主義金融経済システムの崩壊と共にいくつかの環境カタストロフィー・・・・農業や水産業の大打撃による世界的な食料不足、チェルノブイリ級の原発事故、今回のような大きな海底油田事故、化学物質による汚染被害の拡大・・等で、これから何度も痛めつけられて、文明崩壊の危機を実感しないと降り方を議論する段階まで世界が合意するのは難しいかも知れません。

 ただ、脱成長派はこれからどんどん超指数関数的に増え、これから数年で、1割以上の人間が脱成長派になると思います。しかし、それから先は、ジグモイド関数的に伸び悩むかも知れません。兎も角、人間の理性を信じれば、あと何年かすれば、脱成長の議論が頻繁にされるようになると思います。

 現在の地球の環境破壊の酷さを直視すれば、一気にパラダイムシフトする必要があるでしょう。強欲で愚かな財閥や資本家を封じ込めなければなりませんね。
 税金も一つの方法ですが、禁止も必要になるでしょう。
 辛いですけど、ジェットコースター的ダウンになるでしょうか。

民主的方法
上々
石油や資源が先行き不安であるからと言ってもまだある段階で禁止はできないでしょうね。
税金のかけ方、使い方で誘導するしかないと思います。とはいえ、これも下記のように実現不可能ではあるのですが。

実現すべきは「食べていけるだけの社会+少しの余裕」です。
江戸時代がイメージされます。

まずエネルギー依存の工業・運輸に高率の税金をかけます。この時点で民主体制では実現不可能です。国民のほとんど全員に反対されるでしょう。
その収入で都市住民の地方移転と地方の農業・最低限の工業の基盤作成を行ない、さらに積年の大愚行の忘れ物の国債償還をできるだけ行ないます。

企業や経済発展志向の高所得者は海外に逃れるでしょう。
できるだけ人口を減らす必要がありますので、海外移住は望むところです。

まだ細部は固まりませんが、全体のイメージはできるでしょうか。
このような政策で100年先の日本の生き残りを図る指導者は何と呼ばれるでしょうか。日本のポルポトか、日本の毛沢東でしょうか。

誰がその役をできるかですが。

実現方法
雑草Z
    上々さん

 ここのサイトは、持続可能な社会を実現する為には、これはしてはいけない、こうしなければならない・・と言う事を書いていますが、それを実現する具体的方法に関しては殆ど書いていません。それはかなり難しい事です。ここに沢山コメントを頂いている上々さんだからこそ、その部分には気付かれていらっしゃった事でしょう。

さて、今回の上々さんのおっしゃるところの

>実現すべきは「食べていけるだけの社会+少しの余裕」です。

は私も理性的に妥当な判断だと思います。
洗脳された現代社会から言えば貧困ではないか・・・といわれそうですが、現代のワーキングプアとの違いは、あんまり働かない事でしょうね。つまり、お金を稼ぐ労働を尊いものだと考えない事でしょうか?


>企業や経済発展志向の高所得者は海外に逃れるでしょう。
できるだけ人口を減らす必要がありますので、海外移住は望むところです。

いやあ、恐れ入りました。上々さんの考え方と私の考え方は似ているとは思っていましたが、ここまで一致するとは思いませんでした。・・「優秀な人材の海外流出」なんていいますが、それは勘違いで「貪欲なエゴイストの海外放出」になると考えています。・・実はこの内容をいつか記事にしたいなと考えていませた。

>まだ細部は固まりませんが、全体のイメージはできるでしょうか。

はい、しっかりイメージ出来ます。細部についても固まった部分ら書いて頂けますか?

>日本の生き残りを図る指導者は何と呼ばれるでしょうか。日本のポルポトか、日本の毛沢東でしょうか。

ここのご推測は、歴史にお詳しい上々さんならではの一流の皮肉ですね・・・人類の生き残りをかけて尽力して、挙げ句は非情な独裁者呼ばわりされるのでしょうね。・・・ポルポトなんて、昔は、カンボジアの非情な独裁者で大量虐殺者・・みたいな情報しか流されていませんでしたからそう思っていましたが、当初は理想に燃えていたのかも知れません。世紀の変わり目頃にNHKでやっていた「20世紀の映像」という番組にポルポトが映った時、そう感じました。徹底してやらなければならないでしょうけれど、ポルポトや毛沢東のようにやったらやはりまずいでしょうね。

実現不可能と思われる降りる方向への誘導、石油をはじめとする資源の掘り出しの禁止方法は、やはりこのまま使い続けた場合、上り詰めた時の崩壊、環境カタストロフィーの恐怖を知って頂く事でしょう。私がここで恐怖を煽っているように見えるのも、その恐怖を感知しているからでしょう。預言者としての上々さんはどうお考えでしょうか? 

預言者再来
上々
私は預言者にはなれそうもありません。まだ神の言葉が聞こえてきません。
いろいろな情報を総合して判断していると、こうなったら困る、大変だと言う方向がうっすらと見えるにすぎません。
それでもどうやらその方向性を取る可能性が強いのではと思えてしまいます。

それと、どうも想像力が強いもので、数千年・数万年・数十万年前のことでもありありと見えるように感じてしまいます。数千年に一度の巨大地震や数万年に一度のカルデラ噴火も今起こったらどうなるかと言う想像をしてしまいます。
それと比べれば高々数百年の内に起こって衰えてしまう(であろう)石油文明など泡のように感じてしまいます。

それでもその泡のはじけ方によっては戦争と言う悲惨な終結を迎える可能性が強いとなっては放ってもおけないか。

8月15日の周辺では年に1度だけですが、戦争特集で色々の番組をテレビでやっていました。もう65年もたっているので、経験者もほとんど残っておらず、しかもほとんどが被害者だけです。
被害者だけで嫌だ嫌だといくら言っても戦争は防げません。

戦争から何年経ったと言っているだけでなく、次の戦争まであと何年かと言う予測ができないものでしょうか。

Re:預言者再来
雑草Z
上々さんの定義では、預言者とは

いろいろな情報を総合して判断して、こうなったら困る、大変だと言う方向が見える方の事だと解釈しています。だからその意味では上々さんは預言者でしょう。

>高々数百年の内に起こって衰えてしまう(であろう)石油文明など泡のように感じてしまいます

そうかも知れませんが、その石油文明の真っ只中(もしかして晩年)に生きている我々に襲いかかってくる可能性が高い危機は、

>数千年に一度の巨大地震や数万年に一度のカルデラ噴火

ではなく、やはり石油がもたらす環境汚染や環境破壊ではないでしょうか?確実に今世紀中に文明崩壊の危機のレベルまで深刻になるでしょう。

>被害者だけで嫌だ嫌だといくら言っても戦争は防げません。

非情でシビアな現実ですね。

飢餓
上々
私が真に恐れているのは食糧の不足から世界的な飢餓に陥り、戦争に発展することです。
申し訳ないけれど、雑草Zさんの環境破壊に対する警戒心とはここが異なるかと思います。
私も資源の有限性に関する危機に考えが及ぶ以前は環境破壊に対し危険視をしておりました。しかし、これはあくまでも「健康で文化的な生活を送る人間に対しての危機」であり、その存立が危ぶまれている場合は問題の大きさが相対的に軽くなってしまいます。

私がカルデラ噴火のような巨大自然災害の話を持ち出しているのは、かえってそのような災害でほとんど一瞬のうちに命を奪われる方が食糧の奪い合いの戦争で命を落とすよりまだ幸せと言えるかもしれないと考えるからです。

飢餓による戦争と言うのはこれまでもずっとその歴史を積み重ねており、現代でもアフリカの局地戦はその側面があるのかもしれませんが、現代の食料の大生産国(=先進国でもあります)がその基盤であるエネルギー依存の肥料農薬が使えなくなった場合の世界戦争というのはまだ起こっていません。
それが起こった時と言うのが本当の人類の危機になります。食糧危機の戦争と言うのは非戦闘員がどうのこうのと言うことは言っていられません。殺し合いの効率化を競う戦争になるでしょう。

黙示録に近くなってきました。預言は控えておきます。

Re:飢餓
雑草Z
    上々さん

 食料危機は私も大きく懸念するところです。
今までも、カテゴリー【食料と人口】等に何度も書いています。確かに食料問題は環境問題とは言えないかも知れませんが、人口や経済との絡みで環境問題と一緒に考えていました。生態系の問題とは切っても切り離せないでしょう。

 さて、食料争奪戦の戦争の危機は上々さんをはじめ、今までも何人かの方かコメントで御指摘して来た事です。世界事情にお詳しい上々さんの懸念は当たる可能性も高いでしょう。だから異論と言う訳ではありませんが、私の見解では戦争よりもそれぞれの国内で暴動が起こり、発展すれば内戦状態までなると思います。食料不足になったら、それで儲けようと食料を貯め込み、高く売りつけようとする投資家が出てきます。そして、財力のあるものは食料を十分に購入出来、格差社会の底辺にいる多くの人々が飢餓の危機に瀕するからです。そのような事態で、財界の傀儡の政府が他国に戦争を仕掛けないで、国内の暴動の鎮圧に武力を使うかもしれません。
 内戦を通り越して戦争になったら、核施設への攻撃も考える事になりましょうが、その場合、実質の核戦争です。勝っても負けても放射能汚染で安全な食料の絶対量は減るでしょう。


>かえってそのような災害でほとんど一瞬のうちに命を奪われる方が食糧の奪い合いの戦争で命を落とすよりまだ幸せと言えるかもしれない

かなりシビアな見方ですね。世の大多数の人もそこまでシビアに考えて、「足る事を知る」べきだとも思いますが、

>カルデラ噴火のような巨大自然災害

はあって欲しくない事です。

そこまで食料危機をシビアに考えるなら環境破壊のシビアさも同等くらいにも考えられるのではないでしょうか?

>あくまでも「健康で文化的な生活を送る人間に対しての危機」

環境問題をそのレベルで論じる場合もあるでしょうが、当サイトではあまりそのレベルでは論じていません。少なくとも今回の【降り方を考える】では人類の存亡の危機を想定しての記事です。環境問題の本質は生態系の破壊と考えていますが、それは人間の生存環境も破壊されると言う意味で使っています。それはこれまでの議論でもお分かり頂いている事と思います。。『環境問題』と言ったから語弊があったのかも知れません。
兎も角、経済でも人口でも成長主義のもとでは、食料の深刻な問題が必ず起こるでしょう。

>食料の大生産国(=先進国でもあります)がその基盤であるエネルギー依存の肥料農薬が使えなくなった場合の世界戦争というのはまだ起こっていません。

これは本当に避けたいものですね。元を辿れば

>エネルギー依存の肥料農薬

の農業が人口の急増を招き、それが石油ピークと共に終焉を迎える訳ですね。正に社会へのドーピング効果ですね。人口(出産の数)は減らしていく方向に進まないと食料危機は非常にシビアになるでしょう。その人口を減らす方向が、出産の自粛ならいいのですが、「戦争で減らす」では悲惨過ぎます。

>飢餓による戦争と言うのはこれまでもずっとその歴史を積み重ねており、

歴史にお詳しい上々さんのこの洞察はその通りだと思います。そして飢饉が来そうな兆候はここのところ色々出ていますね。今年も世界の色々な場所でシビアな兆候が出てきました。  

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2010-05-25 00:03
有限の地球で、無限の経済成長を続ける事は無理である事は当然の事です。現在、人口も経済レベル(GNP)も十分に膨らみ過ぎて、近い将来、経済は望むと望まざるとに関わらず、縮小せざるを得なくなるでしょう。経済成長をしようと対策を練って、あがきながら制御出来ずに縮小していく場合には、大混乱が起こるでしょう。それこそ文明崩壊レベルでしょう。このまま自動的に崩壊が始まるまで成長路線を進む事が一番愚かな選択肢ですが、現在の世界はその最も愚かな選択肢を選んでいます・・いつになったら気付くのでしょう?。
 経済成長主義の過ちに気付いて、人類自らの意思で、経済を縮小していく場合には、しっかりと文明が生き残る可能性も高いでしょう。

・・・その経済縮小の試算をしてみましょう・・・・
 環境負荷を 経済規模=GDP にほぼ比例すると考えて試算してみます。

 例えば、地球の環境再生回復能力を年間 a
現在の地球に対する環境負荷を年間 2a とします。
つまり、現在の地球の環境負荷は、地球の再生能力の2倍と考える訳です。(もっと詳しくやるのなら、環境負荷の部分も再生可能な部分と不可能な部分があるから区別するほうが良いでしょう。・・しかし、複雑にしても焦点がぼやけますので、今回はこの単純な仮定で押し通します。

例えば、現在は、差し引き、年間  2a - a = a  だけ環境が悪くなっていくと考えるのです。(・・この差し引きが持続可能な限界を超えた・・と言われる部分です。)

環境負荷が100aになったらゲームオーバー、つまり、地球環境が再生不可能になり、ガイア地球が死んでしまう・・即ち地球上の人類を含む生き物が死滅してしまうと考えましょう。もしくはそこまででなくとも、人類が生存出来ない環境になってしまうと考えてもいいかと思います。地球環境崩壊トリガーとでも呼びましょう。つまり、地球環境崩壊トリガーとは、この値まで環境負荷のストックが溜まれば、カタストロフィーが始まり、崩壊が止められなくなってくる値とでも定義しましょう。(実際は、もう、100aなんて残ってないかも知れません。)


 経済成長率を年3%として計算してみます。(方程式を立てても解けない方程式なので、数値を代入して調べました。 )
 38年後の環境負荷は、6.15aで、現在の2a のほぼ3倍にもなります。これが指数関数の恐ろしいところです。
 38年後までの環境負荷の合計は138.3aで、回復する分は38aですから、差し引き100aを超えてゲームオーバーになります。つまり38年で人類は絶滅と言う事です。



 次に 、経済縮小の合意に達し、経済縮小政策を始めると仮定致します。
 これから年3パーセントで経済を縮小させていくと考えます。
すると、23年後の一年間の環境負荷は、0.99aで、地球の再生回復能力aを下回り、これ以降環境は回復していく事になります。・・つまり、ここで人類は持続可能な経済レベルまで落とすのに成功した・・・と言える事になるでしょう。・・
 この23年後までの環境負荷の合計は、33.57a で、回復する分の23aを引くと、およそ10aとなります。つまり現在の地球の残された余裕の10%程度までしか環境を荒らさずに、それ以降環境は回復していくと言う事です。・・でも、年間 3%縮小しても、現在の年間の10倍の環境破壊まで達すると考えると、それもなかなか大変です・・他の条件は変えずに地球環境崩壊トリガーだけを 10a 以下にすると、23年以内に地球環境が崩壊し、人類が生存出来ない環境になってしまうと言う事です。・・その可能性も小さくないと考えます。
 さて、さらに計算を続けると、54年後の環境負荷は、0.19a で現在の5分の1くらいになります。
54年後までの環境負荷の合計が、53.79a で、それまでの環境回復54aとほぼ同じくなります。
これは、54年後にやっと現在の環境破壊レベルまで回復すると言う事です。 ・・経済縮小しても、道のりは遠いと言う事でしょう。
 まとめますと、この条件の試算では、年間3パーセントずつ経済縮小して行くと、23年までは環境負荷は増えて行き、10a になります。それから環境は回復をはじめ、54年後に現在のレベルまで回復し、それ以降もっと環境はよくなっていく・・・と言う事です。

 以上の簡単な試算でも分かるように、成長率が+3% と -3%では、雲泥の差が生じますね。
因みに年3%の増加で環境負荷が増える場合、環境負荷と回復の差し引きの値が環境トリガー 100a を超える38年後の1年間の環境負荷はおよそ6aでしたが
 逆に、年3%で経済縮小する場合、38年後は、年間の環境負荷はおよそ0.6aになり、年3%の増加の場合と比べて、10分の1です。環境負荷と回復の差し引きは、8aほどです。地球環境崩壊トリガーの8%ほどです。十分に余裕がある事になります。

 早急に経済成長を止めて、経済縮小を始めれば、文明崩壊を免れる可能性があると言う事です。・・若干希望の持てる試算結果になりました。

勿論、あくまでこれは一つの試算例です。成長率がマイナスになると崩壊までの時間が長くなり、地球環境崩壊トリガーに至らずに持続可能な社会を築く事が可能だと言う事で、その希望もあると言う試算例です。勿論要因はもっと沢山有り複雑でしょう。単純化し過ぎましたが、年3%の経済成長と経済縮小では、これほど大きな違いがあると言う事です。
 ここで論じている事は、世界中の大部分の経済人や経済学者が言うように、経済成長すれば、社会は幸福になる・・・と言うのとはまるっきり正反対です。経済成長は破滅への道であり、経済を縮小して行けば、持続可能な社会にランディング出来る可能性があると言う試算例です。

 用いた仮定や数値がかなりアバウトで、定量的な事は信頼出来る筈も御座いませんが、(・・でも信頼出来なそうな値ではないように感じます・・)定性的な本質的な事は結構説明出来ていると思います。

これ以上のシミュレーションを色々なパラメータを用いて計算する事もそれはそれで意味はあるでしょうけれど、基本的な事はこれでも十分感じ取れるでしょう。
 一刻も早く  経済縮小政策=環境負荷縮小政策  に同意して、経済縮小を始めれば、崩壊を免れる事が出来る可能性が高まるのです。

経済発展して、環境負荷を地球にかけている場合ではないのです。
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【2010/05/25 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

はじめまして!
仙田
自然の摂理は最強と最近思いました。
自然の摂理に逆らって持続できるものはないかなと。。。
おからさんのブログから来ました。
新潟で「降りてゆく生き方」の上映をしている者です。
いつか観てくださいね。
新潟でもそのうちあると思います。


雑草Z
    仙田さん

「降りてゆく生き方」

と言う映画は多少興味がありましたし、新潟なら近くていいかとも思いました。あなたの自然の摂理に対する拘りも伝わりました。

 ただ、おからさんは、わざわざ昔の関連記事を探してコメントを下さいましたが、あなたのようにあまり関連のない(少し関連ありますが・・)最新記事に、「はじめまして!」と書かれて記事の内容とは別の宣伝文だけ書かれてもね・・。機会があれば・・とも思いましたが、ちょっとその気も失せました。
 

森林面積
guyver1092
 過去に森林の消失に焦点をあててコメントしたことがありますが、あまり変わらない結果ですね。指数関数的な経済成長を有限の地球上ですると、何を焦点にして考えても大して違わない結果になるのでしょうね。
 対策は、江戸時代と同じく、倹約(マイナス成長)と、更新世資源の回復といったところでしょうね。現代なら何が最も必要かということを理論的に数値化できるので、江戸時代よりも環境を早く回復させることは能力的にはあるでしょうが、実行に移すという点では、あまり期待できないですね。
 理由は相変わらず選挙となると、候補の口から出る言葉は、経済成長一本槍で、環境を主張するものは泡沫候補にもいないということです。
 日本の定員削減が始まったら、こういう人々から削減対象にしてもらいたいと思います。

関連のないコメント
仙田
コメントは、その記事に対してのものですものね。
伝えたいメッセージを関連の少ない記事に対してしてしまって失礼いたしました。


『降りてゆく』の意味
雑草Z
    仙田さん

 そうですね。ここのコメント欄は記事に関してのコメント及び、そのお返事の欄です。
 記事に関してのコメントの後に、ついでに別の事を書くのなら有りかも知れませんが、他の宣伝等のみのコメントなどはお断り致します。

 この地球上でこの人口でこの経済規模ならば、これからは、望む望まざるに関らず、殆どの人が、降りてゆく生き方をしなければならないでしょうね。
そう言う意味でここのサイトの主題と「降りてゆく生き方」は通じるものがありますね。
 まあ映画を見ていないので何とも言えませんが、『降りてゆく』の意味が、脱経済成長などを意味すると考えた場合です。・・・

>倹約(マイナス成長)と、更新世資源の回復
雑草Z
    guyver1092さん

>指数関数的な経済成長を有限の地球上ですると、何を焦点にして考えても大して違わない結果になる

その通りですね。単純な等比数列として考えても、スーパーコンピューターを使った二酸化炭素温暖化説の脅威よりも、ずっと遥かに脅威です。

>対策は、江戸時代と同じく、倹約(マイナス成長)と、更新世資源の回復といったところ

そうですね。それが大切なのに、全く逆効果の事しかしていない現代社会の各国政府です。

>候補の口から出る言葉は、経済成長一本槍で、環境を主張するものは泡沫候補にもいない

・・・いや、泡沫候補ではそろそろ出てきてますよ・・・地方自治体レベルでは・・・
でもまあ、今になっても
 経済成長戦略なんてばかり言っている人類は本当に愚かな存在なのでしょうか?? 

泡沫候補
guyver1092
 地方のレベルでは泡沫候補の中にいたのですか。私の近くでは、そのような主張を聞いたことはありません。
 私の近くは遅れているようですね。まあ日本の平均かもしれませんが。

当選者もいますよ。
雑草Z
    guyver1092さん

 私の近くの選挙区にもいませんが、政治参加を目指している脱成長を掲げる「緑の党」系の団体が日本にも存在します。・・泡沫候補・・と呼ぶのは失礼かと思います。
そして、その中から何人かが当選して地方議会の議員をしていますよ。
 地方選挙だけでなく、前回の国の参議院選挙にも1人立候補して、初当選致しました。・・・しかし彼は当選するとすぐに、その団体を脱退してしまいましたので、彼が「緑の党」系の団体に支援されて参議院議員になった事を知っている人は少ないようです。

頭がゲームオーバーです。
BEM
今回の試算は私には難しくて思考停止してしまいました(笑)

このままの経済成長が続いて人類が生存できない環境となる・・・。
現実的に考えると人間ってかなりしぶといものだから、どれだけ過酷な環境になったとしても数百年、数千年単位で絶滅することはないような気がします。
絶滅して欲しいのは現在の経済至上主義なんて人達なんですが。

ノギャルだとか、ケバケバな女の子達が農作業を体験しているとかありますが、妻に言わすと男以上に女は逞しいとか。
開拓の村に行った時、養蚕の様子を展示しているものを見ていた若い女性が「絶対ムリー!」と言って出てってしまいました。

数字だけを動かして儲けようとしている人間はどれだけの変化に耐えられるでしょうか。庶民は草を食べてでも結構生き抜くかもしれませんよ♪

失礼しました
guyver1092
 そうですね。失礼なことをしてしまいました。
 地方議員で当選している人もいるのですか! 国政に出て当選した人はなぜすぐにやめてしまったのでしょうか。
 絶対数ではまだまだ足りないですが、この傾向が進めばよいですね。

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2010-05-21 00:02
人間は、どんなに素晴らしいものに対しても、長く使っているうちに慣れるものです。・・いや、大して長く使わなくても、結構早く、数日で慣れてしまうものです。
どんなに文明の利器を開発して利便性を追及しても、慣れてしまうのです。そして、パーキンソンの法則よろしく、発明された文明の利器を目いっぱい使う事を工夫して(・・実は「工夫」と言う名の「無駄」)それが日常生活になっていくのです。そして、現在一時的に色々な物がどんどん手に入るから、打ち上げ花火のように、物を浪費しているだけです。

 お風呂を例に考えています。・・・「文明の利器」なんて呼べる程のものではありませんが・・・
薪を燃やして燃料に使っていた頃は、普通の一般家庭で、入浴は2~3日に一度でした。ガスで沸かす風呂が出来て、次第に毎日入浴する習慣になりました。そしてシャワーが出現して、朝シャンなんてお馬鹿な習慣も現れました。シャワーを浴びるのもお風呂の使用と考えると、一日に複数回お風呂を使用する人々が沢山出現しました。ドーピングと考えていいでしょう。根底には極端な清潔症などがあるようです。
では、一日複数回お風呂に入っていた人が、また2~3日に一度の入浴に戻るのは無理か・・・と言われればそんな事は無いでしょう。登山などで、2~3日山小屋やテント生活して風呂に入らなかった経験が何度かありますが、なんて事はありません。3日ぶりくらいに入るお風呂は気持ちのいいもので、感動があります。(・・それが山の温泉ならまた格別です。・・関係ありませんが・・)状況がそうなれば、2~3日に一度のお風呂の生活何て直ぐに慣れるものでしょう。

自家用車、電子レンジ、・・・みんなそんなものでしょう。・・まあ、携帯電話やパソコンのドーピングにはどっぷり浸かってしまった人が多いので(私もです。)なかなか抜くわけにはいかないと感じるかも知れませんが、それだって、そういう状況になれば、案外簡単に抜けるものでしょう。
そして、肝心な事は、そのような状況は早晩必ず来ると言う事です。例えば、消耗品である自家用車を現在のような状態で使って行く事は不可能でしょう。燃料の石油も有限ですし、材料の地下資源も有限です。共に枯渇に向かっています。ハイブリッドカーにしようが、燃料電池車にしようが、電気自動車にしようが、状況は変わりません。・・いや、かえって資源を浪費する可能性が高いのです。
エコロジカル・フットプリントが持続可能な限界を超えてしまった現在、望む望まざるに関らず、人類はある程度まで利便性を抜いて行かざるを得ない状況です。それに気付いている人が少ないのか、または経済界が口封じしているだけでしょう。
「文明の利器」と言うドーピングを続け、どんどん開発して慣れて行き、持続不可能になって滅びていくより、どんどん文明の利器を抜いて行って慣れて、十分に持続可能なレベルで社会を構築した方が人類ははっぴいに違いありません。経済成長なんてふざけた破滅への思想は早急に脱却しなければならないでしょう。

 これからの社会は利便性の追求ではなく、人間が慣れる事が出来るレベルまで文明の利器を如何に抜いて行くかを考える時代にシフトして行く事になるでしょう。
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【2010/05/21 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |


おから
一日一回ですが、いつの頃からか、毎日入るようになりました。
一日でも入らないと、なんだか、身体や、頭がかゆくなってくるような気がします。
毎日の入浴中、マッサージローラで、コロコロしてますが、そのおかげで、腰痛もかなり楽になりましたが、雑草さんのブログを読んでいると、考えさせられることが多いですね。


お風呂はドーピングか・・?
雑草Z
    おからさん

また、違う記事へのコメント有難う御座います。

>一日でも入らないと、なんだか、身体や、頭がかゆくなってくるような気がします。

便利な生活に慣れてしまったのですね。・・・私流に言うと、ドーピングされてしまったと言う事になります。
 私も現代社会に色々ドーピングされていますが、今の人口でのこの物質消費レベルでは、持続出来ずに破局へ突き進んでいる事が問題ですね。
 望むと望まざるとに関らず、世界中の先進国と自惚れている人々の今の生活は維持出来ないのですから、ドーピングは抜いて行くしかないですね。
・・・かと言って、お風呂がどれほどのドーピングか・・?と問われれば、場合にも依りますが、あまり大した事が無いとも言えなくもないですね。・・温泉の出るところに住んでいる人は、一日何度入っても、お湯の浪費にはなりませんし・・(かえって有効利用かな・・?)

できるだけ早いほうがよい
guyver1092
 現在の環境、資源の制約が限界に近い今、できるだけ早くから、贅沢ができなくなる時代を考えに入れて、経済縮小していくべきでしょうね。
 江戸時代の元禄のころの倹約令を参考にすべきでしょうね。

Re:できるだけ早いほうがよい
雑草Z
    guyver1092さん

 そうなんですよね。あんまり猶予はありませんね。
人間が自らの意思で経済縮小しなければ、制御不可な文明崩壊が始まるでしょうね。
 これから、年に数%ずつ経済縮小しても間に合わないかも知れません・・・その簡単な試算を次回アップ致しますので、guyver1092様のコメント、是非お待ち致しております。

風呂
上々
最近は毎日入るのが普通になりましたけれど、50年近く前、母の実家に行くと薪で焚く五右衛門風呂だったですが、毎日などは贅沢と言われ、2-3日に一度だったですね。

昨年より単身赴任の一人暮らしになったのですが、風呂が追い焚きできない構造で、毎回お湯を捨てることになり、もったいないので冬場は2日に1度にしました。
まあ、結構慣れるもんであまり気にならなくなりました。
(周囲の人は気がついたかどうか)

昔のヨーロッパでは労働者階級はほとんど風呂には入らなかったとのことですので、大丈夫なのかも。


岩蔵テルテル
お久しぶりです。おかげさまでTK大学1年生になってます(笑)

私は現在19歳ですが、テレビなどでも言われているように「最近の若者はクルマに興味が無い」というのは、私を含めて事実だと感じています。
友人などの間でも、旅行やアウトドアなど、必要な時にレンタカーすれば十分という意見が多数派です。クルマの個人所有が当たり前の時代は、そう長く続かないと思いますよ。

高度成長期やバブル期のような「派手な便利さ」が無くても、IT系の発達によりそこそこの便利さで楽しむことを私たちの世代は分かりかけているように思えます。確かに両方ドーピングではありますが、パソコンやネット文明を維持させるくらいの資源なら、大切に有効に使えば200年以上はあるのではないでしょうかね。


少し気になったことですが

>昔のヨーロッパでは労働者階級はほとんど風呂には入らなかったとのことですので、大丈夫なのかも。

とのコメントがありましたが、昔のヨーロッパの労働者階級の衛生状態は大変悪かったため、結核などの病気が蔓延していたという話を聞いたこともあります。決して大丈夫ではなかったのではないかと思います。(少なくとも私はダメです。毎日風呂は欠かせませんw)

Re:風呂
雑草Z
    上々さん

 50年前と比べ、人口も増え、1人あたりの資源やエネルギーの消費量も目に見えて増えて、持続可能性はますます遠のいて行きますね。
 風呂一つ考えても、薪と石油のどちらを使うのが環境負荷が少ないかは別としても、水とエネルギーの消費量はどんどん増えてきたわけです。
 一日複数回は入らないまでも(・・温泉では複数回入りますが・・笑)一日一回が普通になってしまいましたね。


>毎回お湯を捨てることになり、もったいないので冬場は2日に1度にしました。

このような感覚は結構大切だと思います。確かに冬場も毎日お風呂に入りたくなりますが、・・熱いお湯で温まって寝るのはいい気持ちですが・・激しい運動でもしない限り、一日おきでも十分でしょうね。

 これこそ「慣れ」でしょうね。
 現代社会のドーピングを考える上でお風呂の例は、適してましたね。

 日本でも海外でも、昔の人はそんなにお風呂に入らなかったのではないでしょうか?それに慣れると十分平気になるのでしょうね!

 それに、お風呂が無くても簡単に川で行水が出来たでしょうね。・・・ある意味今より贅沢です。

 

>ドーピングのレベル
雑草Z
    岩蔵テルテルさん


>「最近の若者はクルマに興味が無い」というのは、私を含めて事実だと感じています。

そうなんですよね。数年前にその話を耳にした時、不思議な感じが致しましたが、とってもいい傾向ですね。
 日本の車メーカーも若者の車離れ対策に躍起になっていますね。・・・エコ替えよりも十分にエコなのですけどね(笑)

>パソコンやネット文明を維持させるくらいの資源なら、大切に有効に使えば200年以上はあるのではないでしょうかね。

それは人口規模にもよりますが、200年で枯渇するならそれはそれで問題です。


>昔のヨーロッパの労働者階級の衛生状態は大変悪かったため、結核などの病気が蔓延していたという話を聞いたこともあります。

これが事実だとしても、お風呂の習慣よりも、トイレとかの問題のほうが大きかったのではないでしょうか?

>少なくとも私はダメです。毎日風呂は欠かせません

おおっ!・・現代人のスタンダードにドーピングされてますね?(笑)
いざ、断水したり、植物観察に(・・確か趣味でしたよね・・?)山に泊まり込んでみたりすると結構平気なものですよ!


 *  ***    *****      *******

 御久し振りのコメント有難う御座います。大学では何を専攻するお積りでしょう?

 


岩蔵テルテル
>200年で枯渇するならそれはそれで問題です。
石油は200年程度かもしれませんが、天然ガスは地球の脱ガス作用により、ほぼ無限に近く産出し続けるという説もあります。
資源が枯渇するならそれまでで諦めるしかありませんが、枯渇しない場合、際限なく汚染がまき散らされる恐れがあるので、そちらのほうが怖い気がします。
どちらにせよ、ドーピングのレベルを段階的に下げていく方法を早急に考案しなければならないことに変わりはありませんけどね。

石油について、ネタですがこんなブログ記事も見つけました↓
http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20100325
こちらの記事と比較してみていると何が幸福で何が不幸だか、考えさせられます。。。


>お風呂の習慣よりも、トイレとかの問題のほうが大きかったのではないでしょうか?
言われてみれば確かにそうですね。
でも、毎日工場労働してまったく風呂に入らないというのはいかがなものかとも思いますし、たまには風呂に入って体温を上げたほうが健康にいいとも言いますし。。。


>断水したり、植物観察に(・・確か趣味でしたね・・?)山に泊まり込んでみたりすると結構平気なものですよ!
ええ、何度かキャンプや林間学校で2,3日風呂なしの生活を経験したりしてます。髪がゴワゴワになるとか、汗臭くなるとか、問題が無いわけじゃないですが、みんなが同じ状況なら結構何とかなりましたね(笑) まぁ、東京に住んでいるとそうもいきませんけど。


* *** ***** *******
大学の学科振り分けは2年進学時ですが、地球科学を学ぶつもりです。もともと鉱物や岩石に興味がありましたし、TK大には例の件(笑)で一般の方にもすっかり有名になったM教授などもいますので。


天然ガスピーク
上々
アメリカではすでに天然ガス生産も減少していると言う話もあり、天然ガスの生産量減少は気体のためか石油よりも急激のようです。
天然ガスは石油よりは長く持つという期待があったのですが、どうやらそうも行かないようです。

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2010-01-17 00:02
 現代社会のシステムでは、人類社会が崩壊してしまうと言う危機感を持ち、持続可能な社会に移行する事に関心を持つ人が増えてきました。その中で、科学技術だけで何とかする・・・という軽率なお気楽な方々は別として、(・・こういう方々が環境問題の指導者の中にも多い事は困ったものです・・)環境問題の根本解決には、経済成長を脱しなければならない・・と気付いてきた人も多いように感じます。その事は今年最初の記事【兆し】に書きました。
今回は、持続可能な社会への移行を考えている意識の高い人の中で、持続可能な社会の為に必要だと考えられている共通項についてまとめてみたいと思います。書物、ネットのサイト、それからここにコメントを下さる方との意見のやり取りなどで感じる事は、脱経済成長・・・と言うディープな部分で一致している人の多くは、他の持続可能な政策についても結構一致している事が多い事がわかったからです。
持続可能な社会の構築・・と言っても具体的にどうするか?・・が問題ですが、まともに考えている人の間には多くの一致点がある事がわかり、方向が見えてきます。前提が同じだから、方策論も似てくる事はある程度当然かも知れませんが、絶妙な一致に、大局的な方向はしっかり決まっていると感じる事が多くなったからです。


1.脱経済成長、経済縮小;
  この事はここのサイトの主題のひとつで散々述べてますから改めて書きませんが、持続可能な社会の必要条件に間違いないでしょう。ここの部分で一致している方々についての共通点を他に探した・・・とも言えます。


2.人口の安定、または縮小; 現在の人口でも継続不可能なドーピングによって支えられているので、人口増加策なんて愚の骨頂、もっと人口が減ってから安定すべきだという考え方。経済縮小を考えている場合、人口の縮小も考えているという事は、ある意味当然かもしれません。
・・・経済規模は (1人当たりのGDP)×(人口) ですから。

3.生態系の保全; 循環型社会とは、人間の工業的なリサイクル活動を主とするのではなく、生態系の循環をしっかり確保し、人間はそれを守り、補助的役割を果たす。

4.自給自足型の小自治体;国家単位ではなく、都市国家のような小自治体ごとの自給自足(いわゆる小さな政府ではありません。)自治体の規模も小さく抑える。反グローバル化として、輸出輸入は控え、物質的交流は必要最小限に抑える。小さなコミュニティ毎に自給自足の体制にする。

 
 以上4つの他にも共通項はあるでしょうけれど(重要な共通項があればお知らせください。)大きく以上の4つによって、持続可能な社会のアバウトな全体像は掴めます。共通でない部分もありますが、自給自足コミュニティー毎にそれぞれ個別の対応を取ればいい部分もあるでしょうし、共通で決定しなければならない事も出てくるでしょう。
 持続可能な社会を目指す方向性としては真新しくもない当然の方向だと思いますが、以上の4点はアバウトに共通認識する部分でしょう。大雑把ですが意外としっかりした方向になりますね。あとは、富の分配の問題だとか、コミュニティーが他のコミュニティーに征服されないようにはどうすればよいかとかそういう大きな問題も幾つか出てくるでしょう。そういう部分を解決しながら持続可能な社会に移行して行く事になるでしょう。

 ここに挙げた事はまだまだアバウト過ぎますが、それでも検討の価値がある部分でしょう。今は検討の価値のない経済成長路線の洗脳から早く脱して、この手の検討に入って然るべき時でしょう。
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【2010/01/17 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |


guyver1092
>3.生態系の保全; 循環型社会とは、人間の工業的なリサイクル活動を主とするのではなく、生態系の循環をしっかり確保し、人間はそれを守り、補助的役割を果たす。

 これが一番重要と思います。江戸時代、少なくとも江戸周辺は、生態系が豊かになったそうですので、同じ、またはより洗練された仕組みを作ればより豊かな生活ができるでしょうね。石油にドーピングされた世界を基準にすれば不満大爆発でしょうが・・・

 ちなみに江戸時代末期、滋賀県のあたりは、森林破壊寸前となっていたと、どこかで読んだ記憶があります。このことはこのあたりで、人口が環境の養える限界以上だったことを示しているのでしょう。二番目の人口について、現在は知識の積み重ねによりエコロジカルフットプリントという指標も考え出されているので、これと現実を参考に適正人口を決める必要があるでしょう。

 四番目について、栄養塩の循環の範囲に、人が集まると考えればその範囲で自治体を作るというのも自然な流れでしょうね。私としては、頭からこの範囲と決めてしまうのではなく、自然に集まる範囲で決めればよいと思いますが。(ちなみにこの栄養塩の循環する範囲とは、川を意識しています。)
 輸出入については、石油がなくなれば自然と小さくなくなるでしょうが、「文明崩壊」によると江戸時代、北海道の鮭を本土に輸出したせいで北海道の森林は痩せてしまったとのことで、石油がなくても栄養分の収奪はあるらしいです。
 これについての解決策として、栄養分の輸出入について等価の(栄養分的な意味で)物質が交換されることを前提にすれば許しても良いかもしれません。この原則がが守られるなら少なくとも食料品の輸出入はかなり大きくても問題がないのではとも思います。

 まともに考えれば、前提となるエネルギー・物質・循環について同じような結論に達するでしょうから、考えた結果も共通してくるでしょう。

まともに考えれば行きつく共通結論
雑草Z
    guyver1092さん

 1番目は当然として、2番目から一つ一つに具体的な事まで言及しているコメント有難う御座います。いい議論が出来そうです。
 環境問題の本質は生態系の問題ですね。確かに生態系の循環を保ち、維持する為には、他の条件も必要になりますね。

1.経済成長優先・・では生態系が破壊されますし
2.人間が多過ぎても生態系は成り立ちません。
3.輸出、輸入でも生態系は破壊されますね。

結局4つの条件は相互に繋がっていて切り離せないという事になりましょう。

>エコロジカルフットプリント

は、経済規模同様
(1人当たりの環境負荷)×(人口)
ですから、おっしゃるように人口問題の指標になるでしょう。そして、やっぱり他の条件の指標にもなるでしょうね。

>栄養塩の循環の範囲に、人が集まると考えればその範囲で自治体を作るというのも自然な流れ

 なるほど、自給自足の自治体については、自然な流れを尊重するのはいい事かも知れませんね。・・・大河文明を想起します。

>栄養分の輸出入について等価の(栄養分的な意味で)物質が交換されることを前提にすれば許しても良いかもしれません。

でもその場合、輸出輸入にエネルギーを使い過ぎますね。やはり食料は原則地産地消でしょう。

>まともに考えれば、前提となるエネルギー・物質・循環について同じような結論に達するでしょうから、考えた結果も共通してくるでしょう。

 そうなんですよね。この手のまともな考え方をする人が増えてきた感触はあるのですが、一方それがわからないで(・・考えないで・・)経済成長、少子化対策、科学技術で何とかしよう、グローバル化・・・という現代の成長戦略に洗脳されて、どっぷり浸かっている人のほうがまだまだ多いんですよね。・・・よく考えればわかる筈ですが・・・・

 ・・・非常に参考になる長いコメント有難う御座いました。もし、他に重要な共通項を思いついたらお知らせ下さい。 

またまた地産地消
上々
以前にも話のあった、地産地消の厳密な意味での履行になりますね。
江戸時代でもあまり物資の移動がなかった頃はそうだったのでしょうが、徐々に動き出すとどんどんと崩れてしまいました。

なお、食物だけではなく人間は食べるだけでも最低限の燃料が必要です。石炭を使いだす前のヨーロッパでは煮炊きをする薪にも欠乏したことがあったそうです。(中世末期のスペイン)
それでも食べることはできなくなります。

薪を使う為には・・
雑草Z
    上々さん

 ヨーロッパでは、食物を調理する為と暖をとる為の燃料としての薪を取る為に森の木を切り過ぎて、木がなくなったから、石炭を使い始めた・・と読んだ事があります。(槌田敦さんの本だったか・・?)その当時は、貧乏な庶民が煤が沢山出る石炭を使い、木は贅沢品だったとか・・。
・・・でも、石炭のような地下資源は地球内部にあるエネルギーの貯蓄ですから、使わない・・・となるとやはり薪・・・と言う事になりましょう・・・そうすると、森が減らないようにする為にはやはり人口が桁違いに減らなければなりませんね。

北海道
guyver1092
>でもその場合、輸出輸入にエネルギーを使い過ぎますね。やはり食料は原則地産地消でしょう。

 江戸時代の鮭の輸出により、北海道の森林が貧栄養価したことが念頭にあります。江戸時代は帆船で輸送しているので、現代的なエネルギーとしてはゼロと考えられるからです。
 本土の人々が蛋白源として本土で取れた何らかの資源を利用していれば当然北海道の貧栄養価はなかったので地産地消は当然原則と思っています。
 江戸時代に、北海道から鮭を輸入する代わりに、肥料を輸出していればよかったのにということです。

 薪について、やっぱりメタン発酵と、太陽炉でしょうか。

地産地消原則
雑草Z
    guyver1092さん

>江戸時代の鮭の輸出により、北海道の森林が貧栄養価したこと

なるほど、史実をもとにした実践的なご意見ですね。よくわかりました。そういう事も考慮すべきですね。そして、おっしゃるように、

>本土の人々が蛋白源として本土で取れた何らかの資源を利用していれば

ですね。理想は小地域ごとの地産地消でしょうね。


>薪について、やっぱりメタン発酵と、太陽炉

ちょっと話が見えないのですが、具体的にどういう事か、ご説明頂ければ有難いと思います。


guyver1092
 すこし前提を飛ばしてしまいました。上々氏の「なお、食物だけではなく人間は食べるだけでも最低限の燃料が必要です。」についてです。薪を燃やす代わりに、屎尿からの燃料と、太陽光を利用して燃料にすることが必要ではないかという意見です。

熱の確保
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど、そういう事だったのですね。
太陽光は熱として使う時にそのまま凸レンズとかパラボラ凹面で集めたほうが効率的ですからね。・・太陽光発電して熱で使うなんて効率が悪過ぎます。
ただ、煮炊きするくらいの高温は、蓄熱も難しいでしょうから、太陽光を直接利用できない時(夜間、雨天時・・)は、屎尿からの燃料も有効かもしれませんね。
それらの利用は一考に値しますね。いいアイディアです。

燃料
上々
屎尿から燃料化と言うのは有効でしょうね。
作るのはちょっと大変そうですが。
現在の食料自給率から言えば、出てくる屎尿をすべて「日本の」農耕地に戻せば当然農地は過剰栄養になってしまい、流れ出した栄養分で河川や海の過栄養状態がひどくなります。
それ以外に使わなければいけないのですが、現状では下水処理で必死に無機化をしていますが、N、Pはそのまま出てきますね。
まあこの辺は今までの技術が有効に活かせるかもしれません。

肥料
guyver1092
 余った肥料は、山を豊かにするのに使うべきと考えます。日本の山地は、農地の何倍もあるので使いきれると思います。
 最近、日本の山は貧栄養化しているようです。豊かな山は食料、肥料の貯金であると考えていますので、いざというとき、助かると考えます。また、山が豊かになれば、海も豊かになると読んだことがあります。上手に肥料を施して、貯金をしておくべきと考えます。

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2010-01-09 00:02
最も重要な環境問題は何か・・?の答え方が最近見つかりました。生態系の問題であります。人間が生態系を破壊する行為が環境問題と言えるのではないでしょうか。

簡単に言えば、  環境問題=生態系の問題  環境破壊=生態系の破壊
 と言えるという事です。
人間が生態系を破壊しない事、即ち生態系が維持される条件をしっかり守れば、環境問題はすべて解決と言っても過言ではないでしょう。逆に言えば、人間が生態系を破壊する行為そのものが環境破壊なのです。
種の保存と言った、そのままの問題は言うに及ばず、食料問題、汚染問題、気候変動の問題、全て生態系の問題に帰着出来るでしょう。

 環境問題はあくまで人間にとって生活しやすい環境の問題だ・・人間以外の生物の事は関係ない・と言う反論もあるでしょうが、生物は全てつづれ織りのように繋がっています。生態系がしっかり維持されなければ結局人間も滅びるのです。生態系を破壊しても人間は生きていける・・・と言う人がいますが、かなり軽率といえましょう。生態系の破壊された都会が維持出来ているのは、その周りの広大な自然、生態系があるからで、その周りとの交流(・周りから食物などの物資を取り入れ、ゴミなどを周りに廃棄する・・)が絶たれれば、生態系が破壊された都会は持続不可能で、数日でパニックに陥り崩壊するでしょう。


 食物の事を考えてみても、生態系の食物連鎖が断ち切られたら、人間も生きていけません。現在人間は食物連鎖のピラミッドの頂点にいる・・と考えられていますが、人間が食べる他の生物がいなければ人間も滅んでしまいます。その人間が食べる生物自身も生きる為の条件・・・自分たちの食料が生態系にしっかり確保されなければ生存できません。・・・こうやって食物連鎖を辿っていけば、連鎖の途中のどの生物も連鎖の中の役割を担っていて、どの種も抜け落ちればその循環が途切れてしまう危険性を孕んでいます。

食物連鎖の事ばかりでなく、生態系の維持は人類が生存出来る為の必要条件です。
環境汚染物質とは、生態系にとって有害な物質の事を云います。
砂漠化が何故問題かと言えば、生態系が破壊されてしまうからでしょう。砂漠とは、ただ熱い土地を指すのではなく、生態系が破壊されてしまった土地を指す言葉です。いくら暑くても生態系豊かな熱帯雨林のジャングルを砂漠とは言いません。逆に都市部は周りとの交流を絶たれれば人間を含む生態系は破壊され、コンクリート砂漠になるのです。

元来、エコロジー[ecology]とは、生態学を指します。そして、人間も生態系の一員であるから、人間生活と自然との調和、共存を目指す考え方がエコロジーの基本です。
環境問題と言えば、生態系の維持を何より優先して考えるべきでしょう。
経済の為に生態系を破壊するなんて事は本末転倒もいいところでしょう。
生態系破壊の巨大工事は全て許されざるものです。
生態系に循環しない放射能、化学合成物質は全て使用禁止にして然るべきです。
二酸化炭素は生態系の循環になくてはならぬ物質です。多過ぎると地球が温暖化して確実に生態系が破壊される・・と言うのなら排出量を考慮すべきでしょうが、そこのところが曖昧です。

 以上のように生態系の維持は人類が最も心掛けなければならない事であり、生態系に優先する人間の行う事業なんてものはないのです。世界で行われている生態系破壊の巨大事業は全て環境破壊であり、逆効果です。
以上の事から帰着出来る環境対策の基本は
生態系の維持は全てに優先させるべき
と言う事でしょう。これがサステナビリティ革命の大きな柱の一つでしょう。
(もう一本は脱成長です。)
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【2010/01/09 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

生物種の大絶滅
上々
これまでに生物の大絶滅と言われる事件が地球史上数回起こっているそうです。
近いところでは(?)6500万年前の恐竜絶滅の時ですが、もっとすごいのもあったようです。

現在が最新の生物種絶滅であると言っている人達も多いそうです。確かに人類が関与して絶滅させている種が相当数に上っています。
これらは人類が取り尽くして、あるいは有害物により、というものもありますが、大多数は人が住む環境を作るためにそれらの生物が生息できる環境を変えてしまったためと考えられます。

やはり、環境維持のためには人類の生息数削減しかないのでしょうか。

最新の生物種の絶滅期
雑草Z
    上々さん

 種の絶滅に関しては、どこまでを種とするか、どこまでの微生物まで含めるか・・などによってカウントの仕方が異なるでしょうし、人類が現れる以前の事との比較で、勿論記録なども残ってませんから、かなり曖昧である事は間違いありません。それでも現代の種の絶滅は正に大絶滅期と呼べるものでしょう。
 それに、この地上から絶滅しなくても、ある地域で種が絶滅する事も大変な事に違いありません。その土地固有の遺伝子を持っていたでしょうし・・。
 一説には、人類の影響の小さかった1万年前は100年に1種のオーダーだったのが、現在は1日に100種のオーダーだとか・・・。・・・信頼性はそんなにない数値でしょうが、この数値がどちらも2桁くらい違っていても現代の生物絶滅の速度は、大絶滅期・・と呼べるでしょう。
 食物連鎖のピラミッドの頂点にいると言われている人類が多過ぎる事は確かですね。食物の事ばかりでなく、人間活動による環境破壊が酷いですね。
 単純に人口ではなく、
(人口)×一(人当たりの環境負荷)
つまり当然人類活動の環境負荷の総和が問題になるのでしょうが、それは桁違いに減らさなければならないでしょう。その為には、人間活動の制限は当然のことながら、人口も一桁は減らさなければならないでしょうね。少子化対策は世紀の愚策です(・・日本ばかりでなく、世界の政策には世紀の愚策が沢山ありますが・・)

単純明快。
でなしNo.146
>最も重要な環境問題は何か・・?の答え方が最近見つかりました。生態系の問題であります。

まさにその通りだと思いました^^

「循環型社会を作る」より「生態系に影響を与えない社会を作る」と言う方が明らかにイメージがしやすくメッセージ性が強いと思いました。

今後の課題は、生態系への負荷を最低限に抑える社会構造作りですね。

そういった方向に人類が舵を切れるかが、将来の明暗を分けると思われます。

次世代の子ども達に無責任と批判されないためにも、なんとか私達の世代で解決する方向に持っていきたいものです。

イコール
雑草Z
    でなしNo.146さん

 最も重要な環境問題
と言うよりも寧ろ、本文にも書いたとおり環境問題そのもの
  環境問題=生態系の問題

とも言えますね。


>「循環型社会を作る」より「生態系に影響を与えない社会を作る」と言う方が明らかにイメージがしやすくメッセージ性が強いと思いました。

なるほど、そうですね。[生態系に影響を与えない」と言う事は非常に大切な方法論ですね。そしてもっと能動的に
「生態系に即した社会を作る」
つまり共生ですね。
「自然との共生」と言う表現もありますが、人間も自然の一部ですから
ただの「共生」でいいでしょう。
生態系は全てに優先!


文明の形
guyver1092
 大雑把に言うと、ヨーロッパ文明は自然との対決により、自然を支配するという考えが根底にあり、アジア文明は、自然と調和するという考えが根底にあると読んだことがありますが(厳密に考えると一概には言えないようです)人間の浅知恵で自然を支配し、人間の認識できる時間で自然を改変すると、自らの存在基盤を切り取って食べてしまうということになるのでしょうね。
 このままの文明の方向では自滅するという恐れを一定以上の人が認識したため、環境保護運動が盛んになり、二酸化炭素を削減とも言い出したのでしょうが・・・
 経済成長の道具にされても気がつかないのでは、まだまだ認識が薄いといわざるを得ないですね。

 そういえば、ヨーロッパの自然は過去の氷河期によって生物相が薄くなったままなので(ピレネー山脈だったと思いますが山脈が南方の生物の侵入を阻止しているのだそうです)、自然の生産力が小さいのだとも読んだことがあります。
 槌田氏の本によると江戸時代は自然を豊かにした世界でも稀有の例だとありましたが、文明の形として生態系を豊かにして、その一部として人類が生活するものであれば、その範囲内での経済成長も可能でしょうね。(山脈の南の動植物なら氷河期の以前にはいたので、外来生物の害としては無視できると思われるのでそれらををヨーロッパに移植して生物相を豊かにするとか)


自然を何の対象とするか・・。
雑草Z
    guyver1092さん

 ヨーロッパも昔は、アミニズム信仰などもあって、自然崇拝もあったのでしょうが、キリスト教徒に侵略されて行くうちに自然崇拝から、自然征服思想に変わっていったと言う事ですね。キリスト教には、征服して管理し、飼いならす事が神から人間に与えられた使命であるという考えがあるようです。それを「スチュワートシップ」と言うそうです。
 地球を一つの生命体ガイアとして考えた場合、この手の「開拓者精神」は、がん細胞のようなものだと思います。どんどん無節操な細胞分裂を繰り返し、地球の体を破壊してきました。

>文明の形として生態系を豊かにして、その一部として人類が生活する

それが理想的な方法ですね。そこに経済成長は必要ないでしょう。

経済成長
guyver1092
以下に差し替えてください。

 少し表現が不適切でした。経済成長というよりは、生態系の豊かさに比例して人間社会(この場合はヨーロッパ)も豊かになるといいたかったのです。ただ現実問題として、現在のヨーロッパからスタートと考えるとすでにドーピングで膨れすぎているので、縮小しかありえないでしょうが。

>地球を一つの生命体ガイアとして考えた場合、この手の「開拓者精神」は、がん細胞のようなものだと思います。どんどん無節操な細胞分裂を繰り返し、地球の体を破壊してきました。

 実は以前、これに関して極悪非道の冗談を思いついたのですがあまりに非道すぎて、発表は差し控えたいと思います。



BEM
種を絶滅させるまでに至らなくてもヨーロッパでは片っ端から木を切ったり、地中海、中国なども文明が発祥した所ではほぼ同様に環境破壊=森林伐採が行われ、別の土地を求めて行きました。
人類は地球のガン細胞であるというのは私もよく考えていて、もっともだと思います。

ある程度の人間が集落を形成してしまうと、必然的に生態系を変えることになってしまうのでしょうね。
二酸化炭素排出量上位を占める国(経済大国と成長中である国)と、生態系を破壊している国はイコールと言っても良いでしょうから、まずは経済成長をストップ! というと中国、インド、加えてこれらの国の成長を待ち望んでいる日本、アメリカ、ヨーロッパの国々が待った!をかけるでしょうね。

いつもは楽観的な私ですが、現在の経済至上主義と環境問題を考えた時に新年から非常に悲観的ですが、人類が適正の数に減るまでこのまま突っ走るのではと懸念しています。
都市に住む人間はギリギリまで金でなんとかなる! って考えている人間は多いんじゃないでしょうか。

地球の自然治癒力はガン細胞(人類)を極限まで減少させるのではないでしょうか。

guyverさんの悪い冗談、教えて欲しかったです(^^

生態系の豊かさ
雑草Z
    guyver1092さん

>生態系の豊かさに比例して人間社会も豊かになる

そうですね。決して経済(GDP)と豊かさは比例しませんね。そもそも現在、
 豊かさ=物質的豊かさ=物がどんどん手に入る
というような物欲的で短絡的な発想になっているから狂っているのでしょう。

確か、槌田敦さんは経済成長をGDPの増加率とは別の定義の仕方をして、それなら成長可能だ・・・と論じられていたと思いますが、私はそれでも無限の成長は必要ないと考えます。

 是非、極悪非道の冗談教えて下さい。・・本気ではなく、ブラックジョークと言う事ですから、あまり問題はないと思いますが・・・BEMさんもお聞きしたいようですし・・楽しみに致しております。 

楽観主義者の悲観
雑草Z
    BEMさん

>いつもは楽観的な私ですが、現在の経済至上主義と環境問題を考えた時に新年から非常に悲観的です

いよいよ本格的に我々のお仲間入りですね(苦笑)。私も心の底にはいつも楽観を持ち合わせていますが、地球の現状を直視すると悲観的に成らざるを得ません。
 実際、ここまで環境問題が深刻化しているのに、経済優先で有効性の怪しい、または逆効果の対策ばかりやっている政府なり社会を見ると人間の愚かさを痛感しますが、一方、脱成長社会の必要性を理解する人もどんどん増えています。その事を新年の記事に致しました。

>地球の自然治癒力はガン細胞(人類)を極限まで減少させるのではないでしょうか。

う~ん、意味深な洞察ですね。ブラックジョークと言えないから怖いですね。
 

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2010-01-05 00:02
 資本主義社会は資本家が資本の増殖を目的に無節操に利益を追求する事を是認する社会です。資本主義の目的は簡単にいえばお金儲けにある・・といえましょう。その為に労働者や土地までを商品化して、資本のあるものが労働者の何倍もの・・・百倍、千倍、一万倍以上にお金を稼げるというシステムを築きました。そしてそれを正当化する為に色んな資本主義経済の理論が作られていきました。
 しかし最近、脱経済成長路線のレベルまでは賛同しかねるけれども、現在の自由無節操なグローバル資本主義経済には、警鐘を鳴らす人が増えてきました。資本主義、経済成長の先鋒だったような経済人の中にもグローバル資本主義を批判する人が増えてきました。日本でも「資本主義は何故自壊したのか」とか「断末魔の資本主義」といった本が、かつてはグローバル資本主義の推進派、権化だったような人々によって書かれています。

 資本主義批判は、社会主義国が現れるずっと以前からありましたが、ソ連をはじめとする社会主義国崩壊の後暫くは、資本主義否定はかなり弱まり、資本主義が人類社会の最終形だ…などと言う極論まで現れました。20世紀末は資本主義の隆盛みたいな感じでした。そして、大資本家、財閥に有利なように累進課税が緩くなり、大資本による多国籍企業の為のグローバル資本主義が正当化されていきました。この辺の理論は資本家達の我田引水としか思えないのですが、アメリカを中心とする資本主義体制の経済学者たちは、それを「公正」、さらには「正義」とさえしてきました。
 その結果、実体の伴わないマネーゲームが横行し、非常に大きな格差を生み、環境も大きく破壊されてきました。人々は市場原理主義では社会が良くならない事を痛感した筈です。(・・実際には市場原理主義でもなく、大資本家による不正市場ですが・・・)

 実体の伴わないバブル経済が膨張し、当然の帰着として今回の恐慌が起こりました。アメリカを中心に、市場介入を強化しながらこのグローバル資本主義体制の立て直しに必死になっていますが、世界から反発されてきた強引なアメリカのグローバル資本主義は確実に衰退しました。アメリカの市場原理主義は失敗した・・・との見方が世界の主流になってきています。
 一方、一端主流になったグローバル資本主義を続けようとする圧力は続いています。それを止めるのは並大抵のことではないでしょう。しかし、このままグローバル資本主義を膨張させては、社会が崩壊してしまいます。グローバル資本主義に封印をするのは早ければ早いほど被害が少なくて済むのです。この恐慌を機に、景気回復・・・などと言う対症療法ばかりに走らずに、根本的な解決・・サステナビリティ社会への転換を考えるべきでしょう。
その為には、このグローバル資本主義に封鎖をして、公正で地域と多様性を大切にした社会を・・・という議論も頻繁に行われるようになりました。それを一歩進めて、資本主義に終止符を打って、パラダイムの転換を図る・・・と言う議論も起こっています。
 この動きはどんどん大きくなるでしょう。・・財力の大きな財閥や資本家に潰されたり誤魔化されたりしないようにしなければなりません。
 今年は是非とも反グローバル資本主義の動きが強く顕著になって欲しいものです。

 でも、経済人に限らず多くの人々はそこまでで止まってしまいます・・経済成長の洗脳が強い為か、やはりどうも経済成長までは否定出来ない人が多いようです。先ずは成長ありきの成長を前提とした経済のシステムにどっぷり浸かって、そこから議論を始めているためか、そこまでは否定し切れない洗脳された人々で溢れています。・・・そこが経済学者を信頼できない点であり、ここのサイトでも何度も言及している部分です。【経済学に疎くとも・・】、【エコノミスト】、【エコノミスト2】。
 脱資本主義と脱経済成長は異なる概念ですが、グローバル資本主義の否定から、一般の資本主義を脱する動きになり、そこから一挙に脱経済成長へ・・と言うシナリオで進みたいものです。
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【2010/01/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

グローバル資本主義の建て直し
guyver1092
<アメリカを中心に、市場介入を強化しながらこのグローバル資本主義体制の立て直しに必死になっていますが、・・・

 大方の見方のとおり、うまくいかない可能性大と思います。これらの対策は、私の目には過去日本が散々やってきた将来の所得の先食い政策に見えます。資本主義社会が地球に対して大きくなりすぎた現在では、「暴走する文明」の言う、「むきになって、失敗したやり方を変えない。」という破滅への暴走そのものと思います。

<グローバル資本主義を続けようと言う圧力

 資本主義のシステム内に組み込まれた生活手段(平たく言えば職業のことです)全てが圧力になると思います。以前言った呪縛であり、自縄自縛です。
 自分自身がこの圧力を出さないためには、自給経済部分をもつということが一番と思いますが・・・
 雑草Z氏の言うように政府は潰しにかかるでしょうね。(というか過去からずっとその政策だった)
 ブラックジョークで言った「政府は人類滅亡を図っている」というのも、意図は如何であれ、行動としてはそのとおりなんですね。

新年あけましておめでとうございます
かっし~
昨年は、ご無沙汰してしまいましたが、いつも“自然の摂理”のブログに来て頂き、ありがとうございます。

雑草さんのブログは、いつ見ても、単なる“エコ”ではなく、幹がしっかりされた事実追求をされていらっしゃいますね。
資本主義の欺瞞性については、私も同感です!!
まだまだ経済のことは勉強中ですが、モノが売れなくなった時代・・・マネー経済に胡散臭さを感じてしまう、日本の一般人の感覚・・・このあたりが、今後の可能性にも繋がってきているのかなと感じています。
上辺に躍らせれるのではなく、本質部分の追求を今年もぜひ宜しくお願いします★

自然の摂理ブログでも、今、新春特別企画を実施中です。
これからの環境問題に答えを出していくためにも、世の中の大きな潮流、根本は何なのかの事実追求が欠かせません。
それらを構造的にとらえていこうということで、≪潮流1~9≫シリーズをアップ中です★

こちらもご覧頂ければ幸いです。
きっと、雑草さんにも気に入って頂けるのでは??と感じています。

今年も、宜しくお願い致します♪


資本主義の呪縛からの解放
雑草Z
    guyver1092さん

>将来の所得の先食い政策

この表現をguyver1092さんは以前も使われていましたが、金融資本主義の先物取引的な面を良く言い得てた表現だと思います。

>むきになって、失敗したやり方を変えない

「暴走する文明」からの引用有難う御座います。高々100年レベルの金融資本主義の見かけの成功に拘るのは本当に愚かな自縛ですね。・・・資本主義体制の下での職業を

>資本主義のシステム内に組み込まれた生活手段

と言うのも上手い表現です。ロナルド・ライトのように絶妙な言い回しです。・・実際に大きな圧力であり、人々が後戻りが出来ないと感じる足かせですね。

>ブラックジョークで言った「政府は人類滅亡を図っている」というのも、意図は如何であれ、行動としてはそのとおり

そうですね。ブラックジョークにならずに実際に行ってますね。資本家の傀儡ですからね。日本の自民党もそんな権化でしたが、政権が代わって少しは良くなってきました。

今回のコメントは次の記事の参考になりました。この

>自縄自縛

をテーマに記事を書きたいと感じました。


雑草Z
    かっし~さん

 兆しが見えておめでとうございます。お久し振りのコメント有難うございます。
 社会主義国の多くが崩壊した後勢いのよかった資本主義ですが、アメリカ流金融資本主義の相次ぐ失敗で、脱グローバル資本主義を唱える人が増えてきました。・・いい兆しです。

   +++++   +++++   +    +++++++++

かっし~さんの糞尿シリーズのファンでしたが、その後新しいテーマに取り組んでいらっしゃいましたね。
 最近はそちらの記事にもご無沙汰してましたので、また訪問したいと思います。
 ちょっと質問ですが、
自然の摂理ブログ とデザインの統一感のある
金貸しは、国家を・・ブログとの関係はどういうものなのでしょう。メンバーも運営も共通なのでしょうか?
金貸しは、国家を・・ブログ
は、タイトルは何ですが(・・変わっている?危険?・)内容は良質でいい記事が読めますね。参考になる記事が沢山あるようです。
 

ありがとうございます☆
かっし~
雑草さん、金貸しブログもご覧頂いているんですね♪
ありがとうございます♪

金貸しブログも、自然の摂理ブログも、“るいネット”http://www.rui.jp/という認識形成サイトの衛星ブログになるんです☆
るいネットでも、毎日いろんなテーマの投稿がされていますが、それを、各テーマに分かれて深く追求し、どんどん発信していこう、ということで、衛星ブログも運営しています。
なので、他にも、家庭や、農業、経済、生物、歴史etc色んなテーマの衛星サイトがあるんですよ♪

自然の摂理ブログのメンバーの中にも、金貸しブログにも参加している者ももちろんいます。
るいネットの方も、ぜひ来て下さると嬉しいです♪

ネットの力
雑草Z
    かっし~さん

>“るいネット”

は 自然の摂理ブログ でも大きくリンクされていて、また当方の記事をTBして頂いた事もあり、数年前から関心を持っていました。まだシステムなどよくわかりませんが、脱市場原理主義、脱金融資本主義のパラダイムシフトに大きな役割を果たすサイトだと思います。このようなサイトが日本にある事を心強く思います。

 ちょっと質問ですが
「認識形成」、とか「共認」と言うのは、どのような事を指すのでしょうか? さらに『類』が意味するところは・・?
あまり耳慣れない表現でしたので・・。


 本日るいネットを訪問したところ、
当<雑草の言葉>が≪お勧めサイト≫に登録されていました。有難うございます。

 最後にまた質問ですが(・・質問ばかりで失礼!・・)
かっし~さんは、≪潮流1~9≫シリーズで記事を書かれていますか?・・
>kasaharaさん
てかっし~さんなのでしょうか?
金貸しブログ(・・誤解を受けそうな名前ですね・・笑)にも同じシリーズがありますね。

類農園とかにも興味関心があります。

類ネットは幅広く多岐にわたる窓(衛星サイト)があって奥深く感じます。環境問題や社会正義など一つの筋が通ってますね。
それを 『共認』 とか 『類』 と言う表現で象徴されているのでしょうか?

これからもよろしくお願いします。


かっし~
いえいえ♪こんなにたくさん、質問して頂いて、逆に嬉しいです☆

①「認識形成」の意味
これは・・・雑草さんも既に言われている、
>脱市場原理主義、脱金融資本主義のパラダイムシフト
とほぼ同義です。
今までの旧い観念を脱し、新しい観念に基づいた社会を作っていこう。
そのために、新しい認識を、学者やマスコミ、政治家に任せるのではなく、自分たちの手で作っていこう。
この活動そのものを、認識形成と言っています。
雑草さんのされている、このブログの発信も、同じです♪
なので、私も含めて、自然の摂理のメンバーみんなが、雑草さんも同じ認識形成を担う仲間だと感じています。
るいネットのオススメサイトに紹介させて頂いているのも、その意味もあるんです♪

②「共認」の意味→るいネットの定義集も参考に http://www.rui.jp/ruinet.html?i=400&t=6
相手と自分は、本来別々のものではなく、イコールなもの。
お互いを認め合い、その中で充足を感じて、昔の人々は生きていた(江戸時代の循環型社会が成り立っていたのも、これが根本にあったからなんです)
そして、こっちの方が、今の人々も本当に安心出来ますよね♪
るいネットの“るい=類”は、これらに基づいて、“仲間”という意味も含めているそうですよ

③(おまけ☆)>kasaharaさん
では、残念ながらありません☆(あんな素敵な記事がかけたらいいのですが・・・)

私の方は、今、新エネルギーについて、いろいろ調べているところです。
今年もボチボチ記事を書いていくと思いますので、またよろしくお願いします♪

PS.雑草さんは福島の方なのですね♪(写真に磐梯山が写っていたので)
個人的に福島の友達も多く、何度も遊びに行きました
福島弁の暖かい雰囲気が大好きです☆



共認
雑草Z
    かっし~さん

 素早い丁寧なお答え有難うございます。

①なるほど、「認識形成」の前に「新たな持続可能な社会を目指す」等の言葉が入るのですね。

②「共通認識」の省略語かな・・と感じますが、るいネットの新たな造語でしょうか? 、 それとも生物学的、人類学的用語でしょうか?

③ かっし~さんはいつも『かっし~』のHNで投稿されていたので、違うかな?とは思いましたが、
≪潮流1~9≫シリーズ にHNがなかったもので、こういった主題に対しては別のHNを使ってるのかと思ったのです。

>新エネルギーについて

ならば、糞尿も関連ありますね(・・糞尿は「新」とは言えないでしょうか?・・)自然の摂理ブログのメンバーの磯貝さんも取り上げて下さった事がありますが、最も有効なエネルギーは人力・・というのがこちらの主張です。一考を!

新たな記事楽しみにしております。

  
  + ++  +++   ++++

類ネットのメンバーは西日本の名古屋辺りが中心でしょうか?
私は東京より西には滅多に行きません。かっし~さんはどちらにお住まいでしょうか?

こちらの新年最初の記事【兆し】に書いた、脱成長を論じたり掲げる団体、ネットワークには、類ネットも念頭に置いておりました。
 実は「メルマガ・るい」も最近配信を申し込みました。
 これからもコンタクトを取っていきたいと思います。よろしくお願いします。


今年は更に深い年になりそうですね♪
かっし~
>こちらの新年最初の記事【兆し】に書いた、脱成長を論じたり掲げる団体、ネットワークには、類ネットも念頭に置いておりました。
実は「メルマガ・るい」も最近配信を申し込みました。

ありがとうございます!!
嬉しくて、他のブログメンバーにもお知らせしてしまいました♪

るいネットのメンバーは、全国にいらっしゃいます。
毎週3回、このるいネットを元に、みんなで集まって追求を深める場≪なんでやサロン≫を開催しています。
このサロンは、東京と大阪での開催なので、サロンにも参加しているメンバーは、この近郊が多いですが・・・
遠方のため、るいネットだけに参加されている方もいらしゃいいます。
新潟で学習塾を経営されている方も、よく投稿して下さっているんです☆

ちなみに、私は今は大阪でサロンにも参加しています♪
そこで自然の摂理メンバーと追求を深めていったりしてるんです☆

今年は、年始から雑草さんと、こんな深いお話が出来て、さらに、つながりを深めることが出来、光栄です☆

今後も、このようなお話が出来るよう、お互いいききさせて下さい☆


兆しの次の段階を実感出来る年である事を!
雑草Z
    かっし~さん

 またまた長い丁寧なお返事有難う御座います。
るいネットのメンバーが全国にいる事は心強いですね。

>毎週3回、このるいネットを元に、

随分頻繁に活動されていますね。非常に魅力を感じます。
サロンに参加してみたいと思います。ごくたまにビジターみたいな感じでの参加も可能でしょうか?


 楽しみにしていた糞尿シリーズ(・・呼び名が変ですね・・笑)が終わって、かっし~さんとも疎遠になっていましたが、今回コメントをやり取りした事を機に、また色々議論していきましょう。・・ずっと気になっていた類ネットに関しても教えて頂き有難う御座います。類ネットについてはもっと知りたいと思っているところでした。類ネットは、日本にサステナビリティ革命を起こす一翼を担う存在になるだろうと考えております。

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2010-01-01 00:01
 現代社会の主流はいまだに成長路線です。経済成長に洗脳された人間が世界に溢れています。成長路線の中で、世界の環境は破局に向かって悲惨になっていくばかりです。
 そんな中で、成長路線に疑問を持つ人々が増えてきました。…当然の帰着です。有限な地球上で、破局に向かってひた走っている文明の暴走を止めるには、成長路線から脱却するしかない事は明らかです。成長路線とは根本的な公理でも前提でもなく、単なる一つの根拠のない原理です。その狂信的な成長と云う洗脳から解放される事は必須です。
だから、理性で考えれば、無限の成長原理は否定されて然るべきものです。
脱成長を主張する書物もどんどん出版されています。経済成長批判はマスコミではタブー扱いされていても・・・単にマスコミ人が経済成長に洗脳されているだけかもしれませんが・・・ネットでは、その愚かさを論じるサイトも増えてきました。そして脱成長はどんどん賛同も得てきています。

 脱成長路線を掲げる団体も沢山現れてきました。政党としても現れています。・・日本でもぽつりぽつりと地方議会の議員に少しずつ増えています。そのうち国会議員にも現れるでしょう。(・・自民党が衰退して、脱成長を掲げる団体が民主党の対抗馬にまでなってくる可能性も大きいとみます。)
このブログにコメントを下さる何人かの人は、経済成長の愚かさを十分に知っていて、脱成長路線を支持しています。
勿論脱成長路線の支持者はまだまだマイノリティです。ほんのわずかでしょう。・・でも、あちこちに現れている感触が出てきました。・・どんどん多くの人が成長路線に反旗を翻すようになってきました。それをやっと最近実感しています。これから暫くは(超)指数関数的に増えていくでしょう。

 近い将来(遅れている)マスコミでも、タブー視されていた成長路線の愚かさがしっかり論じられるようになるでしょう。

 世の中がサステナビリティ革命に向かって少しずつ動き始めた今日この頃です。これから大きく動いていくでしょう。そしてその為の脱経済成長路線への変更の兆しも見え始めました。
あとはどこまで社会が疲弊してからパラダイムシフトが起こるか・・・人類社会崩壊までに間に合うか・・・の問題でしょう。

 兆しは十分に出ているのです。まだまだ可能性が低くとも、人類社会の崩壊の前に、「サステナビリティ革命」が大きくなって成功する期待が持てるようになりました。そして、本物の「サステナビリティ革命」に必要な条件は脱成長路線です。
「脱成長なくしてサステナビリティ革命なし」


これは私の期待的予測ですが、『預言』とも言えるのでしょうか?
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【2010/01/01 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

脱成長の見通し
上々
政府はまた新たな成長戦略とか言い出しており、さらに傷を深めようとしておりますが、一方で持続社会ということにも目を向ける人が増えているのも事実でしょう。

現在はまだニセ持続社会の話も蔓延しておりますが、ちょっと考えれば化石燃料を使う持続社会など有り得ないということは誰でも気が付くはずですので、その少しでも興味を示した人達に本当の持続社会の意味を教えていくということで道が開けそうです。

今まで化石燃料に乗っかったとはいえ色々な開発技術の蓄積はあります。江戸時代と同じ生活にはならないでしょう。使える技術、使えない技術の選別は必要になるでしょうが。

まあ近いところから、できることから始めて、本当の持続社会の実現を目指しましょう。

脱成長の動き
雑草Z
    上々さん

 日本に限らず殆どの国で、新たな成長戦略が練られていますね。その目玉がグリーンニューディールをはじめとするCO2温暖化対策などエコを利用した経済成長戦略ですね。
 おっしゃるように、その中にも使える技術もあるでしょうから、全て否定することはないかも知れませんが、先ずは成長ありき・・・の技術開発は要注意ですね。新たな技術など要らないところに不要で環境汚染となるギャグのような技術が次々に作り出されている現状です。


>現在はまだニセ持続社会の話も蔓延しておりますが

困ったもんです。いずれ淘汰されるのでしょうが、様々な権威が偽持続社会をアピールし、多くの大衆もそれを鵜呑みにする風潮は変えなければなりませんね。・・・勿論現在のマスコミにその力は殆どないので、ネットがその大きな役割を果たすでしょう。その動きがある程度大きくなればマスコミも動き出すでしょう。


>化石燃料を使う持続社会など有り得ない

これも至極当然なことですが、石油の代替エネルギー利用と称した、石油と独立出来ない似非代替エネルギーが流行って困ったものです。電気、燃料電池(水素エネルギー)・・も今のところいわゆる化石燃料なしで独立出来ませんし。

 経済成長に洗脳された人が世界の主流の時代はまだしばらく続くでしょうが、それが危険な概念・・と言われる時代が来るでしょう。実際非常に危険な破滅に向かう思想ですから。
今年も恐慌は続くでしょうが(さらに酷くなる・・)、脱成長の動きはかなり活発になると思います。

 脱成長派はまだまだ非常にマイノリティですが、確実に増えていると思います。

   ****
 
 新年早々コメント有難うございます。今年も脱成長などの議論をしていきましょう。宜しくお願いします。  

文明崩壊と大量絶滅
guyver1092
 あけましておめでとうございます。

 グリーンニューディールをはじめとするCO2温暖化対策などエコを利用した経済成長戦略がそれなりに効果を上げ、大多数の人が、幻想から(あるいは呪縛から)開放されず、成長路線をひたすら突き進むことになれば、確実に文明崩壊及びPT境界上の大量絶滅の再現でしょう。

 ただ私としてはそこまでの破局は来ないのではないかと考えています。文明崩壊以前に(生命圏としての地球にとっての致命的なまでの環境破壊の前に)資本家の強欲に端を発する経済システムの崩壊が始まるのではないかと予想しています。このときにかつてのソ連やキューバのような対応を人類が取れるかどうかが、まさしく運命の分かれ道と考えます。

 わかっている人間がそれぞれ個人的にでも対策を打っていれば、そのときに人類の手本となって地球を救うことになれるかも知れないと考えています。

希望の兆し
雑草Z
    guyver1092さん

 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
                           * **  ***

 新年の記事として、サステナビリティ革命の兆し、そして、その必要条件としての脱成長路線の兆しについて書かせて戴きましたが、guyver1092さんはその方向性にさらに希望の持てる予測をしていますね。新年にふさわしい内容です。
 つまり、
>生命圏としての地球にとっての致命的なまでの環境破壊の前に
(グローバル)資本主義が崩壊するという事ですね。・・・実際今回の恐慌でアメリカ的金融原理主義やバブル経済は大きなダメージを受けたわけですから、その可能性も大きくなってきましたね。既にアメリカの金融は崩壊が進んでいるし、資本主義も崩壊の兆しはあちこちに始まってますね。・・目出度い事ですね。・・


 その時、ソ連崩壊時のキューバのような対応が取れれば理想的ですね。キューバの例はサステナビリティ革命の方向に希望を持たせてくれますね。
 ソ連の対応・・・とはどのような対応を指しているのですか?

>わかっている人間がそれぞれ個人的にでも対策を打っていれば、そのときに人類の手本となって地球を救うことになれるかも知れない

 なるほど、いい筋書きです。しかし、その場面で財力や軍事力に物を言わせた政権や財閥が自給自足的な生き方を始めた個人から強奪していく方向を阻止しなければなりませんね。早いところ財閥や軍を解体して中央集権的政治を止める必要があるかもしれません。
                                 * **  ***

実は資本主義の崩壊の方向については次の記事の主題です。
そちらでも議論致しましょう。
今年もguyver1092さんの独自の鋭い視点と冴えたブラックジョークのコメント戴ければ幸いです。
 

ソ連
guyver1092
 わかりにくいことを書いてすみません。政府がしたことではなくて、ダーチェのことです。

ダーチャ
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど、以前コメントに書いて下さった
田舎の簡易別荘と菜園の事ですね。ソ連末期の食料調達も難しかったロシア国民の自給自足の手段ですね。

 ソ連崩壊前後のダーチェの事などを書いたお薦めの書物とかありますか? 


Anthony
あけましておめでとうございます。

今年もよろしくです。




雑草Z
    Anthonyさん

 新年は兎も角
兆しがあって目出度いと感じます。

自給自足
上々
食べるだけ作るという自給自足であっても日本ではほとんど実現の可能性はないですね。
まあ私らみたいな田舎暮らしの人間にとって見れば近くの空き地に種でも蒔けば野菜ぐらいは取れるでしょうが、東京の企業づとめの人ではどうしようもないでしょう。
その人たちの仕事をどうするかというところから変わらなければ。

いくら勤めの傍ら家庭菜園で野菜作りと言っても、昼間は自動車を作ってますというのでは、ブラックジョークです。

自給自足への挑戦
雑草Z
    上々さん

 この過剰な人口、工業化のドーピングの進んだ社会では、大半の日本人が自給自足を実現するのは不可能に近いでしょう。しかしその方向に進む事は大切でしょう。・・・そうすれば少子化対策も世紀の愚策である事にも気づくでしょう。
 東京のようにあれだけ狭い土地に1千万規模の人口がいれば、自給自足は無理ですが、それでもキューバの都市のように自給自足に挑戦するのは意味がある事でしょう。駄目なら駄目でその理由がしっかりわかるし、適正人口も見えてくるというものです。
首都圏の人の多くは電車を利用してますが、田舎で土地があっても自動車使い放題で自給自足・・・ってのもそれはそれで問題ですね。

>その人たちの仕事をどうするかというところから変わらなければ

全く以てその通りですね。だからこそグローバル資本主義からは早く脱却しなければなりませんね。・・

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2009-12-21 00:03
現在行われている地球温暖化対策に反対なのは、二酸化炭素温暖化説を否定しているからではありません。確かに懐疑派で、二酸化炭素温暖化主因説は信じてはいませんが、さりとて完全否定派でもありません。しかし、現在行われている二酸化炭素削減対策にはほとんど大反対です。二酸化炭素地下貯留、原子力発電、エコ替え、省エネカーの補助金&減税、風力発電、太陽光発電、排出権取引…グリーンニューディールなどの政策はすべて環境対策というよりは経済対策です。
地球温暖化対策ばかりではありません。
 汚水処理の為の大規模下水処理施設、ゴミ処理施設、ODAの開発援助、・・・すべて賛成出来ません。
これらを総称して私はギャグ効果・・・ギャグのような逆効果・・と呼んでいます。明らかに逆効果のものもあるし、効果が怪しかったり、収支のわけのわからないものに溢れています。環境を守ろという呼びかけのイベントも、往々にして経済対策になっている事が多く、環境負荷を多く掛けているイベントも沢山あります。
そのようなギャグ効果の怪しい対策ではなくて、現在すぐに出来る環境対策で、一番効果がある方法はどんな方法か・・?と問われれば、考えるまでもなく明らかな方法は、「止めること」に違いありません。
 予防原則という意味でも、止めることが一番の対策でしょう。
 原発による放射性廃棄物の処理も有効な方法は見つかってないし(これからも不可能でしょう・・)石油化学製品の廃物処理も有効な方法は確立されていません・・・ならばどうするか…それは止めることです。それが一番確実な対策です。この方法ならお金もかかりません。・・・その環境問題を発生させていた仕事に就いていた人々への生活保障・・という本末転倒の事にお金がかかるくらいでしょう。


 ダムを造ること、河川工事、海岸工事、森林伐採・・・すべて凍結して止めるのが一番の環境対策です。
先ずはストップ・・・これに限る・・・これが最良の予防原則に違いありません。

 たとえば、生ごみ処理や糞尿の処理は、止める…というよりも上手く自然の循環に回すことが最良の方法である場合があります。…このように個別の問題では、止めることよりも有効な方法があるかもしれませんが、総合的に考えれば止めることが最も確実で有効で費用もかからない方法でしょう。

 地球温暖化対策も、石油などの消費を減らすことが有効な方法でしょう。工業や経済活動は現状を維持して、または成長を期して、その上で二酸化炭素を減らそう・・・なんて言ってるから逆効果の対策だらけになってしまうのです。
工業活動の多くを止めて、不要な経済活動も止めれば、排出する二酸化炭素の量も自ずと減るでしょう。その結果、NOx ,SOx の排出も減り酸性雨対策にもなりますし、ゴミ問題も環境汚染の問題もかなり解決するでしょう。・・・地球温暖化・・・は重要性の高い環境問題ではないと考えますが、産業活動を控えることによって、色々な環境問題が軽減し解決する方向に向かうのです。
 様々な環境問題が起こったら、対症療法的な出口での対策を練るのではなく、その原因を止めればいいのです。…そんな簡単な基本的なことをやらずに、対症療法的な対策ばかりを行うのは、経済効果を考えているからに他なりません。先ず、原因となった経済活動を放置し、さらにその対策としてお金のかかる対策を提案する・・・まさに経済の為の環境対策です。
 
 原発は放射性廃棄物を必ず放出しますし、プラスチックや石油化学物質は自然に分解されずに残り、有毒であることは明らかです。地球温暖化の二酸化炭素との因果関係のように不確実なのではありません。
 ならば一番有効な対策は、元から断つ…環境負荷の大きい物質を出す産業活動を止めるべきなのです。
 止めることをせずに、お金のかかる出口での対策をしているものはすべて経済対策というべきでしょう。

 止める勇気、これが現代社会に一番必要なことで、それ以上の環境対策はないでしょう。
ごく当然のことだと思うのですが・・。
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【2009/12/21 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

資本主義の呪縛
guyver1092
 常識で少し考えれば、当然の結論ですが、出せないのですね、ほとんどの人が。

 あとどれだけの人が呪縛から解かれたらパラダイムシフトが起きるのでしょうか。

 私が起こりうるのではないかと期待しているのは産業界の自滅です。具体的には、自分たちの儲けのために、労働者への賃金をさらに削り、ものを買う金がなくなり、デフレスパイラルになって経済は縮小、労働者等は、自衛のため、農家から家庭菜園を借りて、自給経済が自然に増えていくとのシナリオです。
 あまり確率が高いとは思えませんが。 

>産業界の自滅
雑草Z
    guyver1092さん

 止めること・・・と言う選択肢を選べないと考える事は、成長絶対主義の洗脳ですね。止まる事が考えられないほどに社会システムがドーピングされてしまった・・とも言えるでしょう。おっしゃるような
>呪縛
でしょうね。

>起こりうるのではないかと期待しているのは産業界の自滅

はいいですね。可能性が低くとも、あり得ないとは言えませんね。非常な痛みを伴うでしょうが、このまま成長志向が続いて起こる大崩壊よりはいいでしょう。私も期待したいところです。

>自衛のため、農家から家庭菜園を借りて、自給経済が自然に増えていくとのシナリオ

が特にいいですね。私も似たような事を考えます。
いつも有意義な面白いストーリー有難うございます。
現代のシステムに縛られた人には絵空事に映るでしょうが、
それこそが、
呪縛、洗脳
なんですよね。

そろそろのんびりしても良いのでは。
BEM
戦争が終わって復興、高度成長、バブル…と、日本は走り続けてきた感があります。
ここらでガツガツしない、ゆったりした将来を目指しても良いんじゃないか?って最近思うんですよ。
物で溢れて、食べ切れないほどの食糧を輸入して、使い切れないオモチャ(クリスマスが近いですからねえ(笑))に囲まれて、まだ満足できないか? って。

二酸化炭素を出さないようにするには成長を止めるという考えは至極真っ当な意見だと思うのですが、テレビでそんな事をいう人は全くいませんよね。
誰もが経済対策、経済成長、科学技術なくして日本の将来はないとか、日本は立ち止まる事が許されないようです。

環境対策予算も結局は公共投資という経済対策ですものね。
大都市に住む人間ほど止まる勇気はないでしょうね。

そろそろのんびり・・ですね。
雑草Z
    BEMさん

 企業が生き残り、成長を続けるために、溢れて収容しきれない物をもっともっと作って売りつける…消費拡大なんて続けていたら、地球の生態系の環境は壊れてしまって人類社会も崩壊する事は明らかでしょう。


>ここらでガツガツしない、ゆったりした将来を目指しても良い

そうですね。物があっても使う暇がないくらいに時間的にも追いつめられています。
 以前は、「持ってる事」自体に満足したり自慢したりする人も沢山いたようですが、最近は要らない物は買わない・・というごく真っ当な考え方をする人も増えてきたように感じます。
 そこを、景気対策・・とばかりにテレビなどマスコミで購買意欲をそそる・・・マスコミは浪費を煽る企業の手先が大多数です。

 日本に限らず世界中一度立ち止まって・・食料など必要最小限の生活物資だけ供給して・・・ゆったりしっかり考える時間があればいいですね。

必要なのは「止まる勇気」ですね。・・実は簡単な事だと思うのですが・・。 

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2009-12-17 00:03
バブルの時代には過去数年株価が上がり続けたから、これからもそうなる・・株価は上がり続ける・・と証券マンや経済アナリスト達が、株の購入をどんどん進めました。・・・彼らは商売としてやっていただけではなく、本当にそれを信じていた輩も多かったように感じます。でも結局バブルは崩壊しました…右肩上がりの経済が続く筈が御座いません。
 「いや、長い目で見ると経済は右肩上がりになる。・・・何故なら長い目で見れば経済は成長を続けているからだ」・・・と云う方も沢山いますが(・・最近はかなり減って来ましたが・・)それも高々数十年の事でしょう。世の中に・・・少なくとも地球上には・・成長を続けられるものなどある筈がありません。
必ず株価は上がると言って儲けた伝説の投資家の話とかありますが、彼はそういう時代に生きただけの事です。そんな人間をカリスマ視しても仕方ありません。ちょっとずる賢い、運が良かっただけのギャンブラーだったのでしょう。

 だから経済成長を続けようとしても、必ず恐慌という経済破綻があって見掛け上のリセットがあるわけです。財閥、金融資本家達の中にはそれを知っていて、恐慌前に株などを売り抜けて、恐慌時は我慢し、また経済成長が始まったら儲けよう・・・という輩が沢山いるのではないでしょうか?今回の恐慌を分析する多くの経済学者や経済人は、資本主義経済の自律的な(・・という建前の意図的な・・)調整のプロセスを経て、また経済は成長すると信じている輩が多いように感じます。

 彼らはそうやって、この恐慌を乗り切りまた経済成長を煽ってさらに儲けよう・・・と画策しているようですが、これは周期現象では御座いません。経済成長から恐慌までの一連の流れは地球環境を疲弊させます。恐慌で環境はリセットされないのです。付加価値という名のもとに、破壊された自然、荒らされ続けた自然はそう簡単に復元出来ないのです。
 これまで過去に経済成長と恐慌を繰り返してきたからって、また恐慌の後に経済成長が実現し、好況が来る・・・という経済学者、財界人の読みは、短い経験での短絡的なロジックで、信頼に足りません。仮にまた経済成長がやってきたとしたら、環境はもっと悲惨になるだけでしょう。そろそろこの歴史の浅い、持続不可能な資本主義社会の不条理から離れないと危険です。人間が生きていける環境が破壊され続けて行くのです。エントロピーの法則から考えても
歴史は繰り返す
・・と言うのは間違いです。寧ろ
歴史はいつまでも繰り返さない
と肝に銘じ、早くこの金融資本主義から脱し、持続可能な社会を築くべきでしょう。

歴史が繰り返すのは循環型社会の限定された場合です。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/12/17 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

生態系の成長
guyver1092
 過去、地球の生態系は確かに成長してきました。それこそ何億年もかけて。ですから地球の生態系の成長の範囲なら確かに成長を続けられるでしょう。
 この成長の速度は人間の目から見ると止まっていまが。
 
 現在の経済成長は生態系の成長のそれこそ億倍もの成長速度でしょう。そんな無茶な成長を続けられるわけないですね。

 私としては、過去から現在までの不況対策の効きの低下からして、今回の日本の不況は相当長期間(10年とか20年とか)になると考えています。原因は過去の日本の経済対策により、経済の血液である貨幣が、巨大企業への一方通行になり、日本中の家計がいわば干上がっているからだと考えています。

 しかしものは考えようでこのまま石油ピークによる原油の値上がりが始まるまで日本が不況のままなら、経済活動の活発化による開発も少ないということになるので自然環境の破壊も少なく、日本人にとってはかえって幸福なのではと考えています。

地球は有限ですから
雑草Z
    guyver1092さん

地球は有限ですから、生態系の成長にも限界があるでしょう。ですから、地球の生態系の成長も無限には続けられないでしょう。人類が幅を利かす前、10万年前くらいには、地球の生態系は十分に成長しきっていたのかも知れません。


guyver1092さんの予想通り、今回の不況は長くかかるでしょうね。・・・そしてそのまま資本主義社会が崩壊するのもいいでしょう。


>日本が不況のままなら、経済活動の活発化による開発も少ないということになるので自然環境の破壊も少なく、日本人にとってはかえって幸福

 私もそう思います。簡単に不況を脱したら、また愚かな経済成長を続けるだけで、環境はもっと破壊されるでしょう。
このまま、不況が長引いて、経済成長を追わない社会にパラダイムシフト・・・が理想ですね。

不況の効果
上々
不況になるとまだましで、好況になった時が最も危ない、ということは真実でしょうね。
全く、罪作りな経済体制だと思います。
日本だけでなく、世界のあちこちで、好況になったがために崩壊時の混乱が大きくなる事態が繰り広げられています。

それでも景気回復を求め、選挙でも候補を選ぶ最重要ポイントに景気対策を求める国民(日本人だけじゃないでしょうが)を見ていれば、現在の政府の行く末も分かり、その後のさらなる混乱も予測がつきます。


不況はチャンス
雑草Z
    上々さん

>好況になったがために崩壊時の混乱が大きくなる事態が繰り広げられています。

全くその通りで、そういう事をしっかり言及できない経済学者は、どうしようもないと思います。

 選挙でもみどりの党的な政党が支持されるようになってくればいいと思いますし、その方向に進むでしょう。・・ただし、みどりの党的な政党の中も玉石混合です。利用してやろう・・という輩や話にならない団体や個人も結構います。

恐慌時こそパラダイムシフトのチャンスでしょう。 

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2009-11-13 00:03
 日本では、自動車が売れなくなってきて、若者の自動車離れなどという事も言われるようになってきました。
 最近、自動車のCMと言うと、エコ替えの呼びかけと、その為の、補助金、減税がメインです。補助金で国が購入代金の一部を負担するから、税金も減額するから自動車を買い替えよう!・・と呼びかけています。
燃費のいいガソリンと電気のハイブリッドカーに買い替えても、廃車するには廃棄場所が必要ですし、ハイブリッドカーを作る為に多くの地下資源を使い、環境も破壊するのです。トータルで考えれば、現在使っている製品を大切に使うほうが環境負荷が小さい場合のほうが圧倒的に多いでしょう。その事は、容易に判断が出来る筈です。
例えば仮に、ハイブリッド車に買い替えれば、トータルで考えても現在の車を使い続けるのと比べて、10年使えばハイブリッドカーへ買い換えたほうが総合的に環境に良い・・・などというデータがあったとしても、やはり買い替えないほうがいいのです・・・10年以内に技術革新で、もっと燃費のいい車が出るのですから・・・自動車会社も、10年以内に、またもっと燃費のいい車へ「エコ替え」しよう!というキャンペーンを張るでしょう・・・結果、その短期間ハイブリッドカーを使った事は、環境負荷も多く掛けたし、個人の出費も税金も浪費したと言う事になりましょう。
これらの内容は、まだ「エコ替え」などという言葉が流行る以前に【買い換えは環境対策ではなく、経済対策】という記事に書きました。まさかここまで臆面もなく、なりふり構わず補助金や減税を餌に大々的に「エコ替え」キャンペーンを前面に出すとは自動車会社も末期症状ではないでしょうか。自動車会社も生産台数も多過ぎるんです。こんな肥大化した環境破壊会社を放置しておくわけにはいかないでしょう。

補助金として税金をそんなものに投入していいものでしょうか?補助金という名のばら撒きには反対ですが、本当にエコな物事に補助金を・・というのなら、公共交通機関や自動車を持たない家庭にこそ補助金を渡すべきでしょう。しかし、そう言う「経済効果」の少ない補助金はなかなか出しそうにありません。「エコ替え」は環境対策ではなくて、自動車会社の利益を中心に考えた経済対策だからです。
これから、燃料電池車だ!電気自動車だ!・・・と新しいエコカーを量産するたびに、補助金という名で税金を投入する積りでしょうか?・・・こんな事を続けていたら、資源の枯渇を早めるだろうし、環境は悪化の一方を辿るでしょう。ギャグのような逆効果です。自動車会社も、もう補助金や減税無しには会社を維持出来なくなる体質になるでしょう。民主党政権にはこのような愚策は断ち切って欲しいと思います。
・・・膨大な国の借金を増やし、肥大化し過ぎた自動車会社を温存させる・・・という「エコ替え、減税、補助金」政策は国の愚行です。

 この手の政策を実行するから、自動車会社も更なる自動車の生産を考えるのです。自動車社会は持続不可能なのですから、本来、業種転換などもしっかり考えるべき時期ではないでしょうか?
遠くへの移動、輸送というのはなるだけ少なくしたほうが、エネルギーも使わないし、環境負荷も少ないのです。自動車社会はその逆の社会・・破局へと続く持続不可能なドーピング社会です。
持続可能な社会では、自家用車はあってはならないものでしょう。【自動車社会は持続可能か?】でも言及しています。

 自動車離れ・・・というのは持続可能な社会の構築のために歓迎すべき事でしょう。エコ替えとその為の減税、補助金は、この自動車離れを阻止して、国の借金を増やす、愚策です。環境対策に名を借りた対症療法的な経済対策です。
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【2009/11/13 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

自動車社会からの脱却
上々
目の前の不況対策でとにかく最大の産業である自動車につぎ込むというのは分からないではないのですが、その先を考えると最悪です。
石油資源の減少ばかりではなく、他の資源も限りがある以上、できるだけ自動車は安楽死させる方向で考える必要があります。
電池自動車や水素自動車など、石油資源節約になるかどうかも怪しい上に希少金属資源の問題もあるようです。

とはいえ、現状で車が使えなくなったら即、経済は大混乱になるのも確かです。
そこを見越して政策を決める必要がありますが、自民党同様に民主党にも期待はできそうにありません。

まず、自動車を最後まで使わなければならないのはどこか、地域内の貨物輸送、地方の公共交通機関が補完できないところの最小限の移動は必要性が残ります。
それ以外の特に都会での移動手段としては自動車を早急に閉め出さなければいけません。
長くなるので、またいずれ

Re:自動車社会からの脱却
雑草Z
    上々さん


>できるだけ自動車は安楽死させる方向で考える必要があります。

これまた全くの同意見ですね。
【自動車は安楽死させる方向で】というタイトルの記事もいいですね。もともと自動車社会は、自動車会社の戦略によるもので、その弊害なんてしっかり議論される前に自動車社会にさせられた・・・って感じですね。

>電池自動車や水素自動車など、石油資源節約になるかどうかも怪しい上に希少金属資源の問題もあるようです


全くその通りで、トータルで考えれば環境負荷も現在のガソリン車よりも良くないかも知れませんね。


>現状で車が使えなくなったら即、経済は大混乱になるのも確かです。

そうですね。おっしゃる通りです。でも、長い目で見れば、即自家用車の使用を停止したほうが、現状維持よりは社会にとって遥かにいいでしょうね。

>自動車を最後まで使わなければならないのはどこか・・・・特に都会での移動手段としては自動車を早急に閉め出さなければいけません。

 なるほど、しっかり具体的に考えていらっしゃいますね。


>長くなるので、またいずれ

期待しています。早く読みたいですね。・・・宜しければ、その内容でここのサイトに記事をお書きになりませんか?。

自動車についてとその他
guyver1092
 最近、雑誌で読みましたが、現在のハイブリッドカーの電池は寿命が10年ほどでしかなく、取り替えるとなると4~50万円(だったと思います。あまり記憶に自信はないですが)かかるとのことでした。つまりはハイブリッドカーの寿命は電池の寿命でほぼ確実に終わるということです。誰も他人が10年乗った車に車体価格プラスのお金を払わないでしょうからね。
 つまりは確実に資源の無駄遣いであると考えられます。

 いきなり自動車を廃止すると、これは確実にハードランディングになる可能性が高いですね。今の人口を支えているのは、巨大な輸送力ですから(世界中から集めている)、これがなくなったら確実に日本人の多くは餓死するでしょう。人口の計画的な減少と(産児制限)それにあわせた輸送力の削減その他経済の構造、食料の自給のための政策が必要でしょうね。

自動車についてとその他2
guyver1092
 先ほどハードランディングと書きましたが、環境が破綻してではないので不適切ですね。経済と流通が混乱しての、なんといったらよいのか適切な言葉が思いつきませんが・・・

>いきなり自動車を廃止すると
雑草Z
    guyver1092さん

ガソリンと電気のハイブリッドカーのバッテリーシステムは、技術革新で安く小さくなってきている・・とはいいますが、やはり普通の車のバッテリーよりは遥かに大きく高価でしょう。沢山電気を使いますからね。・・ハイブリッドカーのオーナーはバッテリーシステムの交換は覚悟しておくべきでしょう。普通の車のバッテリー交換と同様に交換すべきで、中古車に出す必要はないと思います。(交換回数も1回くらいで済むでしょう・・・)でも、そのシステムの環境負荷もかなり大きいでしょうし、自動車会社はバッテリー交換時期に、もっといい「エコカー」に交換する事を提案するでしょうね・・・結局エコカーの乗り換えを頻繁に行って、より大きな負荷を環境にかける事を提案しているのが「エコ替え」の正体でしょうね。・・・「エコ替え」じゃなくて、「お金と資源の無駄遣い環境破壊替え」ですね。

 確かにいきなり自動車を廃止すれば日本人に限らず世界の人間が大いに困るでしょうね。

>人口の計画的な減少と(産児制限)それにあわせた輸送力の削減その他経済の構造、食料の自給のための政策が必要でしょうね。

全くその通りだと思います。景気対策なんてやってる場合じゃないんですけどね。

>ハードランディングの定義
雑草Z
    guyver1092さん

>環境が破綻してではないので不適切


おっしゃりたい事はわかります。
「ハードランディング」とは通常、制御不可能な環境圧によって社会が大混乱して破局を迎える状態に使いますからね。

でも、『ランディング』とは、そもそも持続不可能な現代社会から持続可能な社会への「ランディング」という事ですから、意図的にランディングしても、ハードランディングはあるでしょう。だから、

>いきなり自動車を廃止すると、これは確実にハードランディングになる可能性が高い

という表現は間違っていないと思います。
自動車廃止は持続可能な社会への必要な移行措置ですから・・・。まあ、私が定義する訳ではありませんが(笑)
経済が暴走している現代社会は、この調子でいけば、意図的にランディングしようとしても、かなりのハードランディングになるでしょうね。


車社会の終焉
BEM
すでにヨーロッパの国ではドイツなど自動車大国はあるにせよ、都市部から車が閉め出されるようになってきており、自動車優先の社会ではなくなっていくのでは?と考えます。
世界の中では日本とアメリカが一番車に頼っているかもしれません。
なんらかの自動車産業に携わる人口も日本は10%を超えるということも聞きます。

日本国内では昨年から既にハードランディングといえるほど、トヨタすら業績を悪化させているくらいですから自動車業界は厳しい状況で、それに絡む業種も軒並み影響を受けているでしょうね。

私はこのまま車を使う年数が伸び、2台持っている車を1台にする、使用が少ない家庭はカーシェアリングをするなど、徐々に車の総量を減らす方向になれば、様々な公共事業も要らなくなると思います。
そんな自動車に優遇措置をするのは全く納得できません。
温暖化防止というような曖昧なものは除いても、車にしても家電にしても購入できる人を優遇するというのは全く馬鹿げていると感じています。

車を持っていない人が一番のエコだと思います。

早く車社会に終焉を!
雑草Z
    BEMさん

 
>世界の中では日本とアメリカが一番車に頼っているかもしれません。

アメリカがダントツに一番でしょう。何せ大都会でも鉄道があまりなく、50km以上遠くの郊外から自動車通勤している人がざらにいるのですから狂ってます。・・でも、日本もアメリカ並みに狂ってきましたね。
 20年ほど前、自家用車で学校の送り迎えをしてもらっているアメリカ人の子供が多い事に違和感を感じましたが、日本でも最近多くなってきましたね。それも高校生が結構いますね。高校は学校が遠い・・事も多いのですが・毎日親に送り迎えして貰う高校生って恥ずかしい・・と感じないのでしょうか?

>徐々に車の総量を減らす方向になれば、様々な公共事業も要らなくなると思います。

そうですね。車の為に道を広げて舗装し、高速道路を作り、駐車場を作り・・・車が環境破壊の主役ですね。


>車にしても家電にしても購入できる人を優遇するというのは全く馬鹿げていると感じています。

同感です。本当におかしなシステムです。環境対策である筈がなく、経済対策・・・それも車会社優遇対策・・・です。折角環境負荷の少ない車離れする人が増えたのに、どうにか車に繋ぎ止めようと国が率先して対策をするのですから、呆れるばかりです。・・・環境に良くないに決まっているのに、「エコ替え」・・・て詐欺ですね。


>車を持っていない人が一番のエコ

その通りですね。一般に、マイカーを持って普段運転する人は、他に色々環境に配慮して生活しても、車無しで、他のエコな事に気を遣わない人よりも遥かに環境負荷は大きいでしょうね。
補助金出すなら車を持っていない人でしょう。


 この手の話題は、今までにも何度かBEMさんと、ここやBEMさんのサイトでコメントのやり取りをして、意見が一致してますね。
 

ちょっと貧弱な続き
上々
なんか、思わせぶりなことを書いてしまってすみません。
大した内容があるわけではないのですが。ぼちぼち

昭和30年代が良かったなんて、知らない人達の変な感想がありますが、当時はほとんどの人が歩ける範囲で暮らしていたので、非常にコンパクトに暮らしていた。すなわち、狭い家でごちゃごちゃと暮らしていたわけです。
それが自動車を使うようになって、郊外へ、より広い家へと広がっていった。そうすると子供でも老人でも車でなければ動けなくなった。
歩いて行ける範囲にあった小さな店や病院もつぶれてしまった。
これで車がなくなったら当面は何もできなくなります。
また、駅やバス停から歩いて行ける範囲の小さな家に移り住まなければなりません。
それでも、なるものはそうなるでしょう。

続き・・面白く読ませて戴きました。
雑草Z
    上々さん


>当時はほとんどの人が歩ける範囲で暮らしていたので、


 そう云う生活がいいですね・・持続可能な社会の条件ではないでしょうか?
 昭和30年代は、食料自給率も高く、日本への輸送が止まっても何とかやって行けたのではないでしょうか?
その後日本は、加工貿易・・・という自滅の方向へ突き進んでしまったのでしょう。
私もトータルでは現代日本よりも昭和30年代の日本が貧しいとは思いません・・少なくとも精神的には。

>非常にコンパクトに暮らしていた。すなわち、狭い家でごちゃごちゃと暮らしていたわけです

 現在の高層団地のほうが、面積当たりの密度はさらに大きいでしょうね。
 ほとんどの人が歩ける範囲で暮らせなくなったのは、上々さんのおっしゃるように、自家用車の普及が原因ですね。パーキンソンの法則ですね。


>また、駅やバス停から歩いて行ける範囲の小さな家に移り住まなければなりません。


狭い範囲に住むか、(一応・)不便な田舎に住むかは選択ですね・・
アメリカ人のように大きな家に住む事は異常であると考えます。自然界からの過剰な搾取行為の1つですね。


>それでも、なるものはそうなるでしょう。

この結論、頗る納得です・・・一寸もっとシビアに言えば
「そうならなければ滅びるでしょう。」

なかなか読み応えある内容でした・・・続きを楽しみにしています。

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2009-11-05 00:02
庭の花壇にしても、道端の花壇にしても、わざわざ野生には生育しない人手の必要な植物を植えるから、毎年手入れが必要になるのです。タンポポ、つゆ草、ススキ、月見草、昼がお・・・・そのようないわゆる「雑草」であれば手入れは必要ありません。そこに最適な草が生えるのですから・・・


天然林はそのまま放っておいて定常性を保ちますが、人工林は手入れしなければ荒れてしまいます。(その後、放っておけば長い年月をかけて天然林になるのでしょうが・・・・)
そして森としての機能は、天然林のほうが遥かに上回ります。光合成量、生態系の豊かさ、保水性、土壌を肥沃にする作用・・・・


治水にしても、自然の川の周りを固めまくって、川筋を変えたり、大袈裟なダムを作り過ぎて、管理に四苦八苦しています。そのダムも、何年か後には底が埋まってしまうから、堆積物を掘り出さなければなりません。
 原発に至っては、細心の注意を払っても事故ばかりです。挙句の果ては、使用後の核廃棄物を半永久的に管理しなければなりません。・・・原子の安定を破って無理な事をした代償はあまりにも大きいのです。

 今の世の中、多大な労力、エネルギーを投入しなければ、すぐに崩れてしまう定常性のもとに成り立っているから、管理が面倒くさくて難しく、危険なのです。人為的にしっかり管理しなければ定常性を保てない・・・と言う事は、その定常性が不安定だと言う事です。自然を大きくいじって征服してやろうと言う西洋的開拓者精神は破滅と背中合わせの思想でしょう。現代社会には必要のない大げさすぎるやり方が蔓延しています。しっかり管理しなければならない現代社会の大きく自然をいじるやり方は全て脆弱な好ましくないシステムと言うべきでしょう。・・・その手の欧米の自然征服思想が現在の環境問題を引き起こして、切迫した深刻な状態にしてしまったのですから・・。

それもこれも、社会に「経済成長」と言う破局へ突き進む洗脳が蔓延しているからでしょう。

・・・基本的に自然を大きくいじらない事が真の環境対策ではないでしょうか。自然の循環を助けるくらいが丁度良いのです。
簡単な管理で十分に安定するシステム・・・それは自然の循環に逆らわない、自然の循環を補助する程度のシステムでしょう。
本当に有用な科学技術とは、自然の循環を解析して、それを上手く邪魔しないように利用する技術、ちょっとばかり補助するシステムを構築する技術ではないでしょうか?
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/11/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

治水の話題
上々
治水の管理は難しい話で、今ちょうど八つ場ダムや川辺川ダムの問題が焦点になっています。
誰しも洪水で家が流される事態は避けたいのは当然ですが、100年に一度の大洪水にとまで言われると、どんな巨大なものになるのか分かりません。

川辺川ダムは九州で地元だったので、色々とニュースがずっと流れていましたが、どうも治水効果と言うところも疑問があるようです。
球磨川の中流域で毎年洪水で浸水する地域がありますが、ここもダムの治水効果があるのかどうか、不明です。
それよりも、この地域は家が数軒しかないところです。ダムを数百億かけて作るより家を移転させた方が安くつくのではと思ってしまいます。

韓国で、北朝鮮がダムから急に放流したために流された事件がありましたが、これもダムが無ければかえって無かった事態です。日本でもダムの放流での増水は時々あります。

どの程度の水害を受容しなければならないか。政治が決めなければいけないことですが。

治水も河を大きくいじらない事が基本でしょう。
雑草Z
    上々さん

なるほど、治水のお話は難しいですね。治水をめぐる紛争は昔から沢山あったようです。

>100年に一度の大洪水にとまで言われると

河川事務所などは、すぐに「予防原理」・・何かあったらどうするんだ・・・とダム作りなどを進めて来ましたが、民主党が言っているように、緑のダム・・・のほうがいいでしょう。・・・緑のダムの考え方は昔からありますが、やはり森林、特に天然林の保水機能は素晴らしいものがあって、ダムは作るものではないと思います。写真の景勝清水のようなきれいな湧水も森林があっての事でしょう。・・・私は山の清水大好きです。

治水・・・と言っても、最近のダムは殆どゼネコンなどに儲けさせることが目的の利権構造である事は明らかですしね。


>これもダムが無ければかえって無かった事態です。

この事件のように明らかな場合でなくとも、河川の氾濫や土砂崩れも、ダムがなければそれほど酷くならなかったであろう災害は多いと思います。

ダムの弊害というものは大きいと思います。八ツ場ダムに限らず、私は、現在民主党政権が見直し中の143のダムなどのほとんどを中止にすべきだと考えます。2009/10/1
【肥大化してしまったゼネコン】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-440.html
に書きました。

文明の宿命
guyver1092
 複雑な管理を要する技術は成長する巨大文明の宿命だと感じます。かみそりの刃のような高度かつ繊細な技術を使わないと成長を維持するだけの切れ味が出ないのでしょう。当然繊細な刃を維持するには高度な技術を持って研ぎ続けなければなりません。

 その挙句、自分の足元まで切り取ってしまったのが現状ですが。


巨大文明の宿命
雑草Z
    guyver1092さん

またしても鋭い洞察ですね。
まさしく、現代文明の必然的な帰着、アキレス腱についての記事ですが、guyver1092さんは、それを独特の言い回しで表現されております。
 その繊細な刃による切り口が、私とはまた違った個性を感じます。
 この
>複雑な管理を要する技術は
自分達の首を絞めて、追い込んでますね。早く抜け出さないと身動きが出来ない状態に陥り、文明は滅びるでしょうね。

利水については
上々
ダムの理由づけの大きいところでは利水がありますね。
最近は水不足で問題になることが、四国以外では少ないようで、大きく取り上げられていませんが、これは農業衰退と工業用水節水のおかげで得られた僥倖みたいなもので、食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要があるかと思います。

>利水
雑草Z
    上々さん

>食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

なるほど、言われてみればその可能性は高いでしょうね。
でもそれをダムでまかなうのがいいのか?・・・と考えた場合、出来るだけ脱ダムのほうがいいと考えます。現在の巨大なダムは、あまりにも大げさで人工的過ぎて、コンクリートで固めまくっています。生態系もズタズタで、挙句に森林の緑のダムの機能も大きく低下させています。そして、数十年で埋もれてしまい、それを放流すればまた問題が起こります。
 やはり小規模で、あまりコンクリートで固めないダム・・ダムというよりも溜め池とか堤とか小規模で自然を残したものを沢山作った(残した)ほうが効果的だと思いますがいかがですか?・・2つ前の記事、【鎮守の森2~手水~】に写真を載せた景勝清水も、水飲み場から、小さな泉、沼・・・溜め池に溜まって、それが農業用水として用水路に流れて行きます。こう言う自然を荒さない小規模な利水・・がまだ各地に残っていますが、日本のダム行政は、このような小集落の工夫を潰していったのでしょう。


>世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要がある

そうですね。リスク分散という意味だけではありませんが、小規模の治水、利水システムを大切に育てていく必要があると思います。それも出来るだけ固めずに自然をいじらない方法で。
 

溜め池
上々
小規模な溜め池を数多く作るというアイデアは考えたことがなかったので、ちょっと意表をつかれた感じです。
確かにトラクターを走りまわらせる大規模農業でなければ、地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれないですね。

長い用水路を作り水を引いて田畑を開発というのも江戸時代の新田開発以来のことかもしれません。それで農業生産増加が可能となり、その結果人口も増えた。
江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。そうすると適正人口はさらに少ないのかも。

小コミュニティー
雑草Z
    上々さん

>地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれない 

 持続可能な社会は、小さな地域毎の自給自足が原則だと思います。その小さな地域に適する自然を大きくいじらない小さなシステムがいいでしょうね。

>江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。

確かに自然の採集、狩猟生活なら3000万人は多過ぎるでしょうね。ただ、江戸時代の農業などは、完全な循環型で、化学肥料のように一時的に収穫量を上げて土地をダメにするドーピングとは違うので、許容範囲かと思います。
・・・でも人口はもっと少ないに越した事はないですね。おっしゃるように、3000万人以下のほうが好ましいでしょうね。・・・対外国の「国力」という事を考えなければの話です。
 確実に言える事は、現在の1億人以上の人口は持続不可能であるから、日本の少子化対策は世紀の愚策・・・という事でしょうね。民主党でも新しい少子化担当大臣が決まりましたが、少子化担当省・・・というのは、少子化を食い止めるのではなく、少子化を進め、それに備えた社会システムを作る省庁にすべきでしょう。・・・彼女はわかってんでしょうかね? 

江戸時代
上々
ちょっと出典がどこか忘れてしまったのですが、江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。
石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。
現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということですので、そこが危うくなれば生産力どころか、生存力?も危うくなります。
そうなれば人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。


持続可能な循環型社会
雑草Z
    上々さん

>江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。

そうですか?・・・循環型社会は人間がちょっと油断すると、循環が断ち切られる事もあるでしょうから、その可能性も小さくないでしょうね。
槌田敦さんの本などには、戦国時代の頃までに日本の森林は結構破壊されたけれど、それに危機感を持って、江戸時代の政策で復活した・・・ という事が書いてありました。


>石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。

石炭、石油は(・・人類の歴史のスパンでは・・)再生しないので、それらのエネルギーはドーピングの部類でしょうね。持続不可能です。だから、上々さんのお考えのように、出来るだけ人口が少ないほうがリスクは少ないでしょうね。

>現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということ

その通りだと思います。
私が

>対外国の「国力」


という表現で意味しようとした事は、
人口を減らして、生産も落とす事が持続可能な社会の必要条件ですが、一国だけでそう言う事をしても、他の国に(経済的な意味も含め・・)征服されてしまう・・・という事です。
【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-262.html

に書いた通りです。この事をクリア出来れば、確かに人口は少ないほうがいいですね。



世界全体で考えれば確かに

>人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。

ですね。基本的に私も同意見です。 

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2009-11-01 00:02
 環境問題に関してはよく、「出来る事から始めよう」みたいな呼びかけが為されています。まあ、何もやらないよりも、先ずは出来る事から取り組んで行こう・・と言う事は悪い事ではないでしょう。
「出来る事から」と言う意味も、色々レベルがあります。
  ① ちょっと電気や車の使用を控えて減らす・・・と言う事も「出来る事」ですが、
  ② 原発の分(日本で言えば30%程・・)電気の使用を減らして原発をなくす、自家用車を所有しない・・・と言う事も、出来なくはない「出来る事」です。

さて、人類の地球に対する環境負荷が、持続可能な範囲を大幅に超えて久しい現在、
  ① のような、ちょっと減らす程度では、持続可能な社会に戻る事は出来ません。

  ② のように、大きな努力を必要とする「出来る事」のレベルじゃないと持続可能な社会に戻る為事は出来ないでしょう。

 「出来る事から始めよう」・・・と言う場合の「出来る事」とは普通①のような場合で使うでしょうけれど、そんな
 浅いエコロジー運動[shallow ecology movement]では、
 環境悪化のペースを若干遅らせる効果があるだけで、現在の環境問題の根本解決にはならないのです。
 深くて長期にわたるエコロジー運動[deep ecology movement]でなくては、持続可能な社会への移行は望めないでしょう。
私がこのサイトにこれまで書いて来た事は、深いエコロジー運動[deep ecology movement]に通じる思想です。・・・そんな言葉を知ってからまだ数年ですが、確かに私の主張はディープ・エコロジーに通ずるでしょう。・・
 ディープ・エコロジー論についてはしっかり読んだことがないので、少し研究してからこのサイトでも、ディープ・エコロジーの思想についても多少紹介して行こうかと考えています。・・・まあ、これまでの私の考え方とあまり相違はないとも思いますが・・。


持続可能な社会への移行の為には、「大きな努力を必要とする」と表現しましたが、現在の持続不可能な社会に溢れている沢山の無駄な仕事をしなくて済むわけですから、今まで以上に大変な住みにくい社会ではなく、そんなに働かなくて済む楽な社会だと思います。・・・移行が早くて、ソフトランディングの場合のお話ですが・・・。
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【2009/11/01 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

できる事からの次は?
BEM
私も常々変な言葉だなあと思っていました。
特に環境問題ではよく耳にしますね。
小さな子供でもできること、気軽にできる、誰でもできるボランティア、エコ。
レジ袋、割り箸などでもよく使われ、エコキャップの活動でも免罪符のように使われていたような気がします。

な〜んか違うだろ。
と思っていましたが、できる事から初めて、次の段階に進んでいるんだろうか?
エコキャップで考えてみると・・・キャップを集める→ペットボトルを買わない→自販機のものを買わない→原発の新設をやめる。
ちょっと飛び過ぎかも知れませんが、何事も何のためにやっているかを見失っちゃダメですよね。

我々にとって住みやすい社会を作る事は結構たやすいものかもしれませんね。
大きな企業や一部の人にとっては腹立たしいかもしれませんが♪

できること?
guyver1092
最初のコメント削除してください。

 ソフトランディングするためには、経済がマイナス成長するように、今までより大きな経済成長するために長年かけて組み立ててきた経済の仕組みを根本から作り直すということになると思います。

 その仕組みに手をつけずに、それぞれ個人が勝手にできることをするのみで成り行きに任せるようなことをして、ソフトランディングできるはずがないと考えます。

 提唱者の狙いは、ちょっとの努力でできることをして、本当にしなければいけない努力をしなくても良いような幻想を抱かせて、本当は経済成長を目指す、まやかしではないかと考えています。

 ブラックジョーク
 もし年末に経済のもう一段のそこが抜けたら、「ディープエコロジーがこの世にあるから経済の底が抜けるのだ。」と騒ぎたて、日本がハードランディングするよう画策する黒幕が日本の政府の後ろにいる。


>な〜んか違うだろ。
雑草Z
    BEMさん

>できる事から初めて、次の段階に進んでいるんだろうか?

そうですね。出来る事から始めよう・・・ばかりで何年も何十年も経ってしまったようです。レジ袋や割り箸の廃止なんて、20世紀に完了させておくものでしたね。


>ペットボトルを買わない→自販機のものを買わない

の後は確かにちょっと飛び過ぎかもしれませんね。

→使い捨てのペットボトルや缶の廃止

でしょうか?
でも、環境問題対策には飛躍が大切ですね・・・今回の主題にも通じます

兎も角、原発は飛躍してでも何でもすぐに止めるべきでしょうね。


>何事も何のためにやっているかを見失っちゃダメですよね。

全くその通りですね。エコキャップ運動なんかやってる時ではないですね。・・・こんな事で環境問題が解決に向かっていると思われたら大変です。
 

>我々にとって住みやすい社会を作る事は結構たやすいものかもしれませんね。

そう、無駄な努力はしなければいいのですからね。その為には利権構造を壊し、金融資本家や搾取階級を排除しなければならないでしょう。

経済成長路線は、金融資本家の洗脳
雑草Z
    guyver1092さん

>長年かけて組み立ててきた経済の仕組みを根本から作り直す

もともと経済成長路線は、不可能な環境破壊のシステムですから、早く根本から変える必要がありますね。
・・こんな理不尽なシステムを鵜呑みにしてきた近代、現代の政府も人々も理性というものはどこにいったのかと思います。経済成長の洗脳の歴史を調べて記事にしてみたいと考えています。

最後のブラックジョークはまたまた切れの良いジョークに終わらずに実際に在りそうな事ですね。
それも日本に限らず、世界中に経済の行きずまり、恐慌までも、ディープエコロジー思想のせいにしようとする輩が沢山いるでしょう。

>ハードランディングするよう画策する黒幕

その事の重大さに気付いてか気付かずか、ハードランディングさせようとしているように思える勢力もありますね。 

しっかり考えよう
上々
この話も私もいつも思っていたこととピッタリですね。

今皆が信じさせられているインチキ環境問題ではできることから始めようでも、まあ始めなくてもどうせ問題にもならないことなので、良いようなもんんなんですが。

問題が大きければ大きいほど何から最初に手をつけて解決しなければならないのかを、まず良く考えて決めなければいけないのは当然です。
一見できそうもないことでも、やらなければならないことは実施していかなければいけない場合があります。
これからの世界で、経済縮小という問題は、できそうもないことの最たるものですが、資源・エネルギー供給問題という人類の最難題に直面している現在は、どうしても考えなければいけないことでしょう。

そんな時に簡単にできることだけやっていて良いわけがないはずです。

>簡単にできることだけやっていて良いわけがない
雑草Z
    上々さん

 2つ連続のコメント有難う御座います。


「出来る事から始めよう」

という一見もっともらしいキャッチフレーズも、環境問題に関しては無力だ・・・とその言葉の胡散臭さを感じている方が私以外にも何人もいて嬉しく思います。

>一見できそうもないことでも、やらなければならないことは実施していかなければいけない

現在の環境問題に関しては、まさにそうですね。「出来る事から・・」なんて、プチエコ、シャロウエコロジー運動ばかりやっていても解決になる筈がありませんね。
 社会の構造改革をしてパラダイムシフトしなければ駄目でしょう。
21世紀の現在、エコ替えだとかエコポイントだとかどうしようもない低レベルなインチキ環境問題対策をやっている政策にはがっかりですね。


>経済縮小という問題は、できそうもないことの最たるものですが、資源・エネルギー供給問題という人類の最難題に直面している現在は、どうしても考えなければいけないことでしょう。

そうですね。人間が理性で意図的に経済縮小してソフトランディングしなければ、
 資源や廃棄場の枯渇で、望まなくとも負のフィードバックが起こり、制御不可能な経済の破局が起こるしかないのですけどね。
 後者の場合、大きな環境破壊が起こり、文明崩壊、人類の存亡にかかわるでしょう。

 人類はどこまで理性があるのでしょうね。

 
 

できること…
でなしNo.146
>現在の環境問題の根本解決にはならない

一般の人々は「気づくことからはじめよう」が第一歩ですかね^^

個人のレベルで「できること」をやっていては環境の悪化は止められませんが、その意識が集まって大衆が「現状が非常に危険な方向へ向かっている」ことを大なり小なり理解しはじめれば、大きな変化が起こると考えます。(いつぞやの政権交代のように)

ただ、マスコミなどに洗脳されている人々が気づけるか…これは何かしら象徴的な事件がないと気づけないと思います。。。

パラダイムシフトを早めるためにも何かできることってないものですかね…

気づくことの内容
雑草Z
    でなしNo.146さん

>気づくことからはじめよう

その気づくべき内容は、現代の拡大成長路線では破局に向かっているから、大きく方向転換しなければならない・・・という事でしょう。


本文にも書きましたとおり、
現在の政府やマスコミの言っている「できること」は、
① 現在の経済路線は維持して、そのなかで身近なエコに取り組もう・・・というシャロウ・エコロジーです。
例えば、ペットボトルのリサイクル運動などに身を投じるのは、忙しさの中で本質が見えないかも知れません・・・そこで気づく場合もあるでしょうけれど・・・
「エコ替え」「エコポイント」・・・路線も愚策の極みです・・・経済対策に他なりません。

②のように「出来る事」の意味を「可能な事」と捉えて、拡大路線を止めて、パラダイムシフトに向けて動くことが有効な「出来る事」でしょう。

 はじめの小さな一歩から始まる事は同じでも、それでいいと言うのと、大きな目標があるのとは違いますね。


>パラダイムシフトを早めるためにも何かできること

拡大路線が破局への道・・・と気付くことから始めて、拡大路線のシステムを変える事でしょう。もっと過激に言えば拡大路線の構造破壊でしょうね。
 その為の具体的アプローチは色々あるでしょうね。
例えば、「エコ替え」じゃなくて「エコ止め」・・・今度記事にしたいと思います。

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2009-10-21 00:03
 予防原則[Precautionary Principle]とは、深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする制度や考え方のことです。科学的な不確実性をもとに、対策を拒否、または遅らせる動きを防止すると言う目的もあるでしょう。

 最近、予防原則と言えば、地球温暖化対策を想起する人も多いのではないでしょうか?・・全世界的な深刻な問題とされていますし、二酸化炭素地球温暖化説懐疑論もあるから、予防原則と言う大義名分が必要なわけです。
 さて、私も二酸化炭素温暖化説懐疑派です。(・・否定派ではありません。あくまで懐疑派です。・・・確かに二酸化炭素温暖化説は科学的に決着のついた問題ではありません。・・科学的決着は当分つかないでしょう・・・) その予防原則が理に適ったまともなものならば、それはそれでいいと思いますが、その予防対策は、とんでもないものばかりです。
 
 原発、二酸化炭素の地下貯留、ハイブリットカーなどへの買い替え補助金・減税、エコポイント・・・どれも更なる環境悪化をもたらすギャグ効果(・・ギャグのように愚かな逆効果・・)な対策ばかりです。・・・環境対策・・・と言うよりも経済対策と言うべきものばかりです。

 何故そんな愚かな対策になってしまうのか・・・?答えは簡単でしょう。環境問題も金儲けの手段にしか考えていない人々が政府を動かしているからです。
 そして、そんな有効性の乏しい対策が堂々と論じられているのは、大気中の二酸化炭素(・・や他の温室効果ガス・・)に特定して減らせばいい・・・という本末転倒な論理がまかり通っているからでしょう。
 二酸化炭素を減らせば放射性廃棄物には目をつぶる・・・先進国が途上国に原発を作って、それで地球温暖化防止に貢献した・・・とする愚かな論理・・・どう考えても二酸化炭素より放射性廃棄物のほうが危険です。・・・と言うより原発こそ予防原則で直ぐに禁止すべきものでしょう。この事は以前【確実に危険なものには適応しない理不尽な「予防原則】にも書きました。
 二酸化炭素地下貯留然り・・・二酸化炭素を発生させてしまっても、空気中に出さなければいい・・・とエネルギーと地下資源を大量に使って無理やり地下の地層に押し込める・・・普通の人なら馬鹿馬鹿しい・・と考える方法でしょう。勿論そのうち漏れ出したりして、また深刻な環境問題に発展するでしょう。
 以上二つの二酸化炭素対策は実際には二酸化炭素もかなり排出しますから、二酸化炭素削減の効果があるかどうかも怪しいところです。

 二酸化炭素排出量を確実に減らし、しかもコストがあんまりかからない方法は、もっとシンプルでしょう。・・・それは、森林を保全する、木を植える、石油を使う量を減らす・・・石油文明社会で石油の使用量を減らす・・・・産業活動の縮小・・・経済縮小に他なりません。

 経済を縮小して石油の消費量を減らせば、二酸化炭素のみならず、窒素酸化物 NOx , 硫黄酸化物SOx ・・も削減できます。・・・つまり酸性雨の原因を減らせる事になります。
 経済縮小によって森林破壊や廃棄物問題をはじめとする環境問題の多くがかなり解決出来るでしょう。
 
化学物質だって作らなければいいのです。

 最も有効な予防原則・・・は経済活動を出来るだけ減らす事です。それに勝る予防原則はないでしょう。

 実際現代社会がこんなに深刻な環境問題を抱えてしまったのは、石油や鉱物などの地下資源の大量消費にしろ、原発にしろ、化学物質にしろ、それが人や生態系にどれだけの打撃を与えるかの検討無しに見切り発車してしまって起こった問題です。だから、予防的措置・・・として、先ずは工業生産を一端止めて、使用していいものかどうか検討するのが真っ当な措置でしょう。安全性が確認されるまで使用しない・・・それが本当の予防原則と言うものでしょう。

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【2009/10/21 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

予防原則の胡散臭さ
上々
いつも的確なお話ありがとうございます。
予防原則なるものはあちこちで飛び出してきますが、どうも都合のいい時にだけ持ち出されるもののようで、その論者たちの説は一貫しません。
原発にしても風力・太陽光発電にしても予防原則を考えるなら極めて危険なものばかりです。
その中で一番予防する必要のないものが二酸化炭素による温暖化のように感じます。

しまった
guyver1092
 前回のコメントは、今回の記事にこそふさわしかったですね。失敗でした。

 二酸化炭素削減だけについて考えれば、本質はおっしゃるとおりと思います。周辺を言えば、汚染物質(化学物質)が光合成を阻害することは多々あるので、これを規制すれば効果の増進になるでしょう。


・・・なるほど槌田氏の毒物等物品税は良く考えてありますね。石油類のみを規制するより効果的と思えます。

 木を植えるのはしっかり監視しないと、砂漠拡大になります。熱帯雨林の伐採後にユーカリを植えると、ユーカリを切った後は、砂漠になります。ご用心を。


 予防原則としては、教育に経済成長に対する疑問を教えるのはとても効果的と思います。私の経済成長に対する疑問は実は、中学校で経済成長のモデルを習ったときに芽生えました。

>予防原則の胡散臭さ
雑草Z
    上々さん

 はじめまして、初のコメント有難う御座います。


>予防原則・・・どうも都合のいい時にだけ持ち出されるもののようで

 そうですね。経済効果があって、利権が絡んでいるときに出てきますね。・・・儲けになるからやる・・・と言う輩が牛耳ってます。



>原発にしても風力・太陽光発電にしても予防原則を考えるなら極めて危険なものばかり

やはり抜群に危険なのは原発でしょう。・・・放射能はまともに安全な処理の方法がないのですから。・・どれも、費用対効果を考えれば有効ではなく、更なる石油の無駄使いですね。


>一番予防する必要のないものが二酸化炭素による温暖化

 本文にも書きました通り、二酸化炭素温暖化対策はギャグみたいな逆効果の対策が蔓延ってますね。


本当に危機だと考えるなら、早急に工業活動、経済活動を縮小すべきでしょうね。

本末転倒な論理
雑草Z
    guyver1092さん

 温暖化の危機を叫んで、二酸化炭素だけ減らせばいい・・・という主客転倒な、愚かな対策で溢れていますね。
・・・それによって環境汚染は悪化する一方です。

>木を植えるのはしっかり監視しないと、

そうですね。失敗例はそこここにありますね。天然林を保存するのが先でしょうね。

>予防原則としては、教育に経済成長に対する疑問を教えるのはとても効果的

そうですね。それをやって行けば、経済成長の洗脳から抜けられるでしょう。・・・ただ、経済界べったりの政府ではそれを認めないでしょうね。・・・先ず教員が経済成長の愚かさを分かっていなければなりませんね。


>私の経済成長に対する疑問は実は、中学校で経済成長のモデルを習ったときに芽生えました。

へぇ、経済成長の理論を中学でやりましたか?・・・教科書に書いてありましたか?・・それはその先生の独自の授業ですかね?・・・私は経済成長のモデルを学校で習った記憶はありません。中学でそれに気づかれたのは素晴らしい洞察ですね。・・・本来なら、みんな気づくべきでしょうね。いい大人が経済成長論を振りかざすのは、本当に軽率です。・・・それが、国の指導者であったり学者であったりするから始末に負えません。・・・人間ってそんなに愚かな存在なのでしょうか?

経済成長のモデル
guyver1092
 中学だったと思うのですが、そういわれると自信がなくなります。
 習ったことは、資本主義とは、お金を集めてそれを三つにわけ、労働力と、原材料、設備投資に振り分け、製品を作り、売り払って得た金を、労働力と、原材料、設備投資、資本準備金に振り分け、以下これを繰り返すというものでした。

 その当時の疑問は、いっぱいになったらどうなるのか?というもので、自分で考えても何に対していっぱいになるのかわかりませんでした。この回答を得たのは、「21世紀は警告する」からでした。いっぱいになるのは、消費者の払える額に対してでした。経済成長といっても、経済の枠と経済の実質と二つに分かれておりそれぞれ成長するのだとか。そして必ず経済の実質のほうが成長が早く、経済の枠を超えた瞬間、経済の枠を壊してしまうとのことでした。そして番組では、人類は過去二回これを経験していて、第一次世界大戦及び第二次世界大戦であると。


 自分の理解に直してみると要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

地球の生態系の限度
雑草Z
    guyver1092さん


>要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

これはいわゆる「大不況」とか「恐慌」の事ですよね?・・・それは現在主流の多くの経済学者の言っている事と同じですよね?・・ちょっと混乱しませんでしたか?

経済成長が怖いのは、消費者の消費出来る限度云々の話ではなくて、
 有限な限りある資源の地球で、持続可能な地球のキャパを超えて経済成長続けたら、その負荷に人間を含む生物の生活環境、生態系が滅茶苦茶に破壊される・・・と言う事です。・・・guyver1092さんもそのお積りで今までコメント下さいましたよね?

子供のころの理解
guyver1092
 まあ子供の頃の理解の記憶ですので現在の私の理解とは違います。経済システム限定の話です。

>>要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

 すみません。当時の理解のことです。言葉足らずのコメントしてしまいました。
 今はおっしゃるとおり、経済の外にもいろいろ超えられない枠があるのを理解しています。

了解です。
雑草Z
    guyver1092さん


 いや、言葉足らずではなくて、そう言う意味で書かれていましたね。こちらこそ解釈違いで舌足らずでした。
 現在のお考えとは違う事を確認出来て良かったです。

上っ面の対策…
社枯
>原発、二酸化炭素の地下貯留、ハイブリットカーなどへの買い替え補助金・減税、エコポイント

どれも根本的な解決策ではないですよね。
やはり表面上の対策に走っているような感じがします。
それって、"問題"を"問題"として真剣に受け止めていないって事の表れだと思います。
そうやって問題の核心から目を背け、"とりあえず"的な対策に走ったり、「ここぞ」とばかりに利益を得ることに夢中になっていては、いずれ…取り返しのつかないことになりますよね。というか、もう取り返しのつかないところまで来てしまっているのかもしれないですよね…。

>どれも更なる環境悪化をもたらすギャグ効果(・・ギャグのように愚かな逆効果・・)な対策ばかりです。・・・環境対策・・・と言うよりも経済対策と言うべきものばかりです。

「おっしゃる通り。ごもっとも」と頷く直前、不謹慎ながら吹き出してしまいました(ギャグ効果の箇所。すばらしい切れ味です)。
まさしく、と思います。
取り繕ったり、うわべだけの対策ではなく、切れ味の良さを感じさせるほどの抜本的な対策を打ち出してほしいです。

>以上二つの二酸化炭素対策は実際には二酸化炭素もかなり排出しますから、二酸化炭素削減の効果があるかどうかも怪しいところです。

本当に無駄な対策ですね…。お粗末だと思います。

>それは、森林を保全する、木を植える、石油を使う量を減らす・・・石油文明社会で石油の使用量を減らす・・・・産業活動の縮小・・・経済縮小に他なりません。

そうですよね。本当に削減して問題を解決するつもりなら、こういったことが対策として一番に出てくるべきだと思います。
環境問題さえ利用して金儲けをしようとする輩が牛耳っているせいで、ギャグのような対策を打ち出しているんですね。

>それが人や生態系にどれだけの打撃を与えるかの検討無しに見切り発車してしまって起こった問題です。

個人にも言えることだと思いますが、安易な行動というのは恐ろしいですね。
目先の利益にとらわれ、後先考えずに行動すると「こんなはずじゃなかった」って結果になるものだと思います。

Re:上っ面の対策…
雑草Z
    社枯さん

>どれも根本的な解決策ではないですよね。
>やはり表面上の対策に走っているような感じがします。


対症療法的対策ですね。・・・それも、問題をさらに大きく悲惨なものにしています。マッチポンプ的です。メインは経済効果ですね・・・環境悪化は加速するでしょう。。


>切れ味の良さを感じさせるほどの抜本的な対策

これはやはり、経済活動、工業生産の縮小でしょう。・・・そうじゃない方法がある・・・と主張する人がいても、その方法が本当に有効だと検証されるまでは、活動停止にすべきでしょう。・・・それが真の予防原則です。


>安易な行動というのは恐ろしいですね。
>目先の利益にとらわれ、後先考えずに行動すると「こんなはずじゃなかった」って結果になる

現代の経済活動、工業化は、「目先の利益にとらわれた安易な行動」
と言うべきですね。目先の利益で必ず後から大きなしっぺ返しがあるでしょう。環境負荷をしっかり考慮に入れてない安易な工業化、都市化、公共工事などによる環境破壊はかなり酷過ぎます。


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2009-10-13 00:13
 現代の無節操な自由経済社会には、不要な仕事が溢れています。石油や地下資源によってドーピングされて永続可能なレベル以上に膨張してしまった経済や人口・・・そして、自由市場経済というシステムにおいて、この異常な人口がそれぞれ文明的な快適な生活と呼ばれる、ドーピング漬けの生活を望むが故に、様々な不用な仕事が創造されています。
これら不用な仕事を止めなければ永続可能な社会にシフトは出来ないでしょう。

 不用な仕事はやる必要がないのに、そんな仕事こそ、労働時間も多めになって残業も増えるのです。・・・必要ないものやサービスを無理に売りつけるのですから、なかなか売れず、労働時間も増えるのは当然です。・・・無駄な努力と呼ぶべきかも知れません。・・・そんな無駄な努力、やるべきではない努力をしなければ生活が出来ない人であぶれてしまう現代社会のシステム・・資本主義、市場原理主義は異常なシステムと言うべきでしょう。
 必要のない仕事に労働の価値を見い出さずに、社会の仕事の絶対量を減らせば、一人当たりの仕事時間も当然減るでしょう。・・・・不用な仕事を上手くカットすれば、特に不便も発生せずに、仕事の総量は現在の半分以下に出来るでしょう。・・・つまり、1人当たりの労働時間はずっと減らせるわけです。

 汗水たらして労働するのは自分や家族の為で、それが社会の為にも繋がる・・・と言う事は、よく言われる現代の一般的な価値観ですが、それも現代社会の洗脳の一つでしょう。
・・・現代社会において「社会の為」・・と言うのなら仙人のような暮らし、自然農法などによる自給自足的な暮らし、若しくはホームレスのような暮らしでしょう。つまり、地球に負荷をかけない暮らしです。他の、一見「生産性の高い」と言われている仕事は、大局的に見れば、地球から資源を搾取して、廃棄物を増やし地球に負荷をかけて、環境破壊しているものが多いでしょう。そういう意味で、ホームレスほど環境負荷をかけていない人はなかなかいないでしょう。

 もっとも、しっかり労働もしないで、人が稼いだお金を浪費して贅沢している連中は言語道断です。・・・例えば投資家達・・・ただのギャンブラーであるくせに世界の中心で世の中を動かしている気で偉そうにしている人々です。
・・人に労働させておいて搾取する輩や共同作業で自分だけ手を抜く輩は論外です。


 労働によって不用な物やサービスを作り出して、社会に貢献している・・・と胸を張って言うような価値観はそろそろ見直す時期に来ているでしょう。

 持続可能な社会を築くには、出来るだけ必要のないものやサービスは作らずに、生産活動は控え目に・・・こういう事を是とする社会に移行する必要があるでしょう。

「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/10/13 00:13】 | Sustainability トラックバック(0) |

不要な仕事雑感
guyver1092
 ハードランディング後なら不要な仕事はなくなっているでしょうが、これでは意味ないですね。少なくとも財界はハードランディングをするため日夜努力しているようですが。

 ギャンブル経済が失地回復を狙って活動して結局失敗し、経済のみが痛手を受け、お金の信用がなくなれば不要な仕事もなくなるでしょうが大多数の人々は不幸になるでしょうからやはり意味がないですね。この場合地球環境はハードランディングほどのダメージはないでしょうが。
 ※最近、年末にかけてバブルが発生するとあおっているエコノミストがいるようです。

 無駄な仕事の結果、日本のフードマイレージ世界一を達成してますね。たぶんいろいろな物流も無駄に走り回っているのではないでしょうか。

 無駄なことをすればするほど税金とか補助金で企業が儲かるようになっているのかもしれませんね。

 そういえば槌田氏は牛乳パックの回収は資源の無駄使いといっていますし、武田教授は容器リサイクル法は無駄に資源を浪費させるための悪法といっていますね。

 思い出したのですが、「成長の限界」に優秀な工作機械が導入されたら労働時間を短縮するのが一番賢いといてありました。

>不要な仕事雑感
雑草Z
    guyver1092さん


 ユニークだけども的確で本質を突いた面白いコメント有難う御座います。 


>ハードランディング後なら不要な仕事はなくなっているでしょうが、これでは意味ない

そうですね。ハードランディングの後には人間が疲弊しきって不用な仕事は消えるでしょうね・・・勿論ハードランディングの衝撃が大きければ、文明崩壊で、草木も生えないかも知れませんね。・・・そうならない為の予防です。


>※最近、年末にかけてバブルが発生するとあおっているエコノミストがいる

証券会社などと組んで投資を煽っているのでしょうね・・・金融周辺は、今も実体のない経済で稼ごうと言う輩で溢れていますね。・・・この事も記事にしてもいいかな・・・とも考えていました。

>少なくとも財界はハードランディングをするため日夜努力している

そう、彼らは自分のあり余る財産を増やしてもそんなに満足度は変わらない筈なのに【対数関数的感覚】そんな事の為に地球に対する環境圧を増やす努力をしているから始末に負えません。


>経済のみが痛手を受け、お金の信用がなくなれば不要な仕事もなくなるでしょうが

どんな改革も痛みを伴うでしょうから、この路線が比較的ましかも知れません・・・おっしゃるように

>地球環境はハードランディングほどのダメージはないでしょう


>無駄なことをすればするほど税金とか補助金で企業が儲かるようになっている

 実際のバブル経済、経済成長論理の本質でしょうね。



税制の見直しも面白いかもしれません。
でなしNo.146
マスコミはよく「ものを買わなくなった」とか言いますが、もう必要なものは十分まわりにあるから、「いらない」んですよね。

よくよく言い回しを検証してみると催眠術をかけようとしているのか?と思えてくるほどです。

また、
>しっかり労働もしないで、人が稼いだお金を浪費して贅沢している連中
ですが、

日本の税制では、汗水たらして物を3億円利益を出すとだいたい半分は税金でもっていかれます。

株で3億円利益がでてもかかる税金は2割ほど(笑)

つまり、どうせ大きなお金を儲けるならば、株の類で勝負するべきという事になります。

…これってまともじゃないですよね。
一応、金融の流れを促進するとかいろいろ説明はされていますが、まさに「資本主義」的な税制です。

まぁ、汗水たらしても3億円も利益を上げるような会社はかなり環境に負荷をかけてるハズですから、同情する余地はないのですが、投資家と呼ばれる連中にはパラダイスのような制度はおかしいと思います。

いらない仕事が多すぎる現在、もう一度必要なものといらないものを税制ともども見直してみるべきです。

要らないものは買わなければよい
雑草Z
    でなしNo.146さん

>マスコミはよく「ものを買わなくなった」とか言いますが、

だから「ニーズ」を作り出す・・・って、主客転倒ですね。狂ってます。・・・物を買わなくなったら、生産中止すればいいだけの話です。・⇒・それではメーカーが困るから・⇒・景気活性化・・・本当に愚かな流れですね。・・・実際、資源は限りあるのだから大切に使うべきですね。必要がなければ作らない・・・という選択肢が一番妥当でしょう。・・・その選択肢がないのが、経済成長主義でしょう・・・・社会破滅の理論です。


>言い回しを検証してみると催眠術をかけようとしているのか?

洗脳ですね。経済成長を基本と受け入れるように洗脳されてしまったマスコミなどによる大衆の洗脳。


>投資家と呼ばれる連中にはパラダイスのような制度

>一応、金融の流れを促進するとかいろいろ説明はされていますが、まさに「資本主義」的な税制

 アメリカに習っているのですね。結局資本家の為の社会・・・Capitalist Society ですね。財閥などが傀儡の政治家を利用して作った制度ですね。

>もう一度必要なものといらないものを税制ともども見直し


guyver1092さんと大体同じ意見ですね。私も賛成です。やはり「法の規制」は重要です。


無駄は無駄
社枯
「どんな事も無駄にはならない。無駄なんて何一つない」
といった言葉がありますが(この言葉の言わんとしている事も納得なのですが)、
"本当に"無駄なもの(ムダな無駄)は、やはり"無駄"でしかないと思いますし、何より無駄はカットすべきだと思います。

>汗水たらして労働するのは自分や家族の為で、それが社会の為にも繋がる・・・と言う事は、よく言われる現代の一般的な価値観ですが、それも現代社会の洗脳の一つでしょう。

とても納得です。
このような価値観で"ムダな無駄"を正当化するのは、これまた無駄な行為だと感じます。
専門家ではないので不用意な事は言えませんが、特に日本人はこういった(一見)真面目?な考え方をする傾向にあるのかな、という気がします。
かく言う私もれっきとした日本人なのですが。

全くの余談ですが、私の母も生真面目です。
「汗水たらして働いて得るお金じゃないと残らない」
「悪銭身に付かず」
といった事をよく言っている気がします。
母は「ギャンブル」や「一攫千金」という言葉にすごく嫌悪感を持っているようです。

まぁ私もギャンブルは好きではありませんが、兎も角、
不用な仕事に無駄に汗水をたらす必要はないと思っています。

>一見「生産性の高い」と言われている仕事は、大局的に見れば、地球から資源を搾取して、廃棄物を増やし地球に負荷をかけて、環境破壊しているものが多いでしょう。

そうですね。生産性が高いほど、何かを犠牲にしている可能性が高そうに思います。

>そういう意味で、ホームレスほど環境負荷をかけていない人はなかなかいないでしょう。

なるほど、確かにそうですよね。
そういった視点で考えたことがありませんでした。
また少し視野が広がりました。

>「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。

とても斬新な印象を受けますが、まさしく正論だと思います。「分相応」じゃないですけど、何事もキャパを超えるってのは、その分何かを崩壊させる恐れをはらんでいるものなのではないか、と思いました。

Re:無駄は無駄
雑草Z
    社枯さん

 

>「どんな事も無駄にはならない。無駄なんて何一つない」
といった言葉がありますが(この言葉の言わんとしている事も納得なのですが)

確かにこの言葉の意味する事に一理ありますが、おっしゃるように、無駄なものは無駄・・・ですね。現代社会は、もの凄い無駄に溢れていると思います。


>母は「ギャンブル」や「一攫千金」という言葉にすごく嫌悪感を持っているようです。

まっとうなお考えのお母さまですね。現代社会は、ギャンブラーで上手くお金を集めた人を「成功者」などと呼んでますが、ギャンブラーはギャンブラーですし、違法行為や法律ぎりぎりのグレーゾーン、法に反さなくてもモラルに反する行為で儲けている人々が「成功者」を自覚している場合が多いようです。

>何事もキャパを超えるってのは、その分何かを崩壊させる恐れをはらんでいる

まさに現代の環境問題を深刻にしている原因はそこにありますね。そこが本質でしょう。


>「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。

って、絵空事や現実離れ・・・ではなくて段々そのような価値観が広がって行くと感じている今日この頃です。

   +++++++++++  +  +++ +++++++

別々の記事への連続のコメント有難う御座います。これからも宜しくお願い致します。 

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2009-09-25 00:22
先日の記事【政権交代】の最後に

今回の一気の政権交代劇は、ある日トリガー値を超えた社会は、一機にパラダイムシフトを起こし得る・・・と言う事を確認出来ただけでも有意義でした。
・・・勿論そんなに猶予はないのですが・・

と書かせて戴きました。今回はその、脱経済成長路線への移行について論じさせて戴きます。


持続可能な社会への移行には
 経済成長路線を否定する新たな政党が台頭してきて、政権を取るか、政権与党の中に経済成長路線を否定する画期的なリーダーが現れて、国家が脱経済成長路線に変更する事が起こることが必要です。

 

 今はどちらも絵空事のように感じるでしょうが、経済成長路線で社会がますます酷くなってくれば、気づく人も増えてくる事でしょう。勿論、財界、資本家、産業界の大反対はあるでしょうが、破局の兆しが見えてくれば見えてくるほど、そうせざるを得ない事に気付くでしょう。・・・いつまでも気付かない輩も沢山いるでしょうけど・・
何よりそれは日本だけではなく、世界的な現象になるでしょうから、沢山の人間に支持されてくるでしょう。

 先ず、「経済成長路線を否定する新たな政党の台頭」  について述べますと
現在そういう活動を始めた団体は存在します。所属している人間が1000人足らず、賛同する人もその数倍としても、現在日本に1万人いない・・・と仮定します。支持される理がある団体であれば、指数関数的より速く、超指数関数的に支持する人間は増え始めれば、脱成長を掲げる政治団体が政権を取る事も夢ではないでしょう。・・まあ、革命なんてはじめは数人の人間が始めるものです。キューバ革命では、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラをはじめとして、キューバへ乗り込もうとした革命軍はたったの82人で、上陸直後に政府軍の襲撃を受けて、残ったのは12人のみでした(生き残ったのは17人という説もありますが)こんな少人数から始めて抵抗運動していても、地道に民衆の支持を取り込んでいけば革命が成功するのです。・・・流石に私も、チェ・ゲバラの映画をいくつか見て、こんな20人足らずの人数で乗り込んで革命を起こして成功するのは、凄いなあ・・と驚きましたが・・。
私が危惧する事は、その団体が掲げる政策目標を、脱成長一本に絞らずに広げ過ぎて、他の政党との差別化が明確にならない事です。「エコ、社会正義、民主主義、非暴力・・・」などは大切な概念だとしても、実行するか表向き掲げるだけかは別として、他の政党だって掲げる政策目標でしょう。これらを「脱成長」と並列して掲げるべきではないと思います。・・・差別化を図るのは、『脱経済成長』です。第一にそこに焦点を絞る事が、結局支持者を増やす事になると思います。

次に「政権与党の中に経済成長路線を否定する画期的なリーダーが現れて国家が脱経済成長路線に変更する可能性」  を考えます。
・・・これはソビエト連邦に現れたゴルバチョフのような存在です。台頭するまでは体制に従う振りをして、我慢する人物です。若しくは、経済成長路線を否定する新たな政党に感化されて、方向転換する指導者です。・・・ここで注意すべきは、もしそれまでの成長路線を目指していた与党が方向転換する場合、政党内には抵抗勢力がひしめいていて、政策が骨抜きにされたり引き戻されたりする事でしょう。・・やはり政党自体を一度潰して、生まれ変わるくらいの改革が必要になるでしょう。


以上描いたこと・・・今の段階では絵空事に見えるでしょうが、経済成長路線は人類社会を破滅に向かわせているのですから、一刻もはやく脱しないと、人類社会は破滅するでしょう。経済成長路線の愚かさに気付いてくる人は増えてくるでしょう。
 破滅が先か?パラダイムシフトが先か?
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【2009/09/25 00:22】 | Sustainability トラックバック(0) |

パラダイムシフト
guyver1092
 近頃の脱経済成長の考えを持つ人々の増加は、バブル崩壊以後のことではないでしょうか。特に増加が著しいのは、小泉構造改革が始まってからではないですか?

 何が言いたいのかというと、財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた結果、以前の一億総中流時代は政府が「このままの日本の枠組みを守っていけばもっと豊かになれる」との幻想を振りまいていれば、国民のほぼ全てがそれを信じ手いたところ、バブル崩壊以後、このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきたのではないかと考えているのです。

 つまり政府は自らの失政によって(政治的な)自滅の種を撒き散らしたのではないかと。※資本主義の当然に内包する性質というだけのことかもしれませんが・・・

>地道に民衆の支持を取り込んでいけば革命が成功するのです。

 そのとおりだと考えます。

 支持を取り込む手段として、脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば指数関数的に支持者を増やすことができるかもしれませんね。

 江戸時代の家庭のかまどは化学工場でトイレは肥料工場だったとか。それぞれ灰もし尿も収入になったようです。このような自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。

>脱経済成長の考えを持つ人々の増加
雑草Z
    guyver1092さん

 1990年代に経済成長論理は狂っている・・・と言っても、頭から考える気がない人ばかりでした。・・・人類が築き上げて来た歴史を否定する事になる・・・とか。
 私も情報が乏しく、他に脱経済成長を主張する人も知りませんでした・・・電車の中で遭ったドイツ人の学生一人くらいです。

 マスコミも経済成長路線ですから、そういう情報は発信しないのでしょう・・・・そんな中で、やはりネットの力は凄いですね。こうやって、guyver1092さんのように私の発信した脱経済成長の記事に同意のコメント下さる方も何人かいますし、経済成長の愚かさを主張する他のサイトも見受けられるようになってきました。・・新聞やテレビよりもネットのほうが遥かに新進的ですね。(サイトに因りますが・・)

さて、 guyver1092 さんのおっしゃるように、

>このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきた

のは確かですね。しかしそれでもまだ「景気回復」・・と言っている人が圧倒的に多いですね。短い経験(・その人が生まれて以来・・・もしくはここ200年ばかりの人類の歴史を振り返って・・・)をもとに、景気刺激策をすれば景気が回復する・・・と云う幻想・・・

 そんな人々は、自民党には「ノー」を言ったけれど、経済成長にはノーを言ってませんね。そして民主党に期待しています。・・・公共工事みたいなものに対する期待は減って、無駄遣いと考える人が増えて来たのはいい傾向ですね。・・そこから次のステージ・・・脱成長の方向に向けばいいのですが・・。


>脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば

勿論、物質的な豊かさではありませんね。・・・物が不必要なくらい溢れている状態を物質的に豊かだ・・・と表現すること自体おかしな話です。豊かさをGDPなどで示すこと自体が経済成長論の洗脳ですね。


>自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。

 豊かになるならずに関わらず、循環型社会にならなければ資源は枯渇し廃棄物は増え、社会は崩壊しますね。
 時間的空間的ゆとりからくる精神的ゆったりした生活、環境破壊などの恐怖から解放された生活・・・これでも十分かと思いますが、しっかり大衆にアピールする方法が必要と云う事ですね。

 

豊かさ
guyver1092
 もちろん物質的な豊かさではありません。私のイメージしているのは江戸時代的な豊かさです。多くの人が江戸時代を封建主義で切り捨てごめんと思っているようですが、事実はむしろ現代より民主的なぐらいだったようです。
※明治維新後、江戸時代的に自由を模索した民衆は政府による徹底的な弾圧を受け、その不満を廃仏毀釈運動にぶつけ、放心状態を経て後人形になったとか。(新潮45で読みました)


 その他江戸末期よりも、明治維新後のほうが食生活が貧しくなった証拠もあります。
※骨格とか歯を比較した研究結果をニュースで聞きました。

>豊かさ
雑草Z
    guyver1092さん

 素早いお返事有り難う御座います。江戸時代から明治維新にかけてのお話はとても参考になります。
・・私は江戸時代の鎖国肯定派です。・・・鎖国したからこそ、日本は実質第2次世界大戦後まで欧米列強に占領されて植民地化されなくて済んだわけですからね。

 江戸時代は循環型社会として非常に優れていた事は私も認めるところです・・・これから世界が目指す循環型社会の一つの模範になるでしょう。

>灰もし尿も収入になったようです

 江戸時代でなくとも、50年くらい前まではトイレの汲み取りは農家の人が野菜を手土産にやって来た・・・と父などから聞きました。・・・短期間に化学肥料・・と云うドーピングに取って代わられてしまいましたね。・・・化学肥料は土地の微生物を殺し、更なる大量の肥料の追加を求めますから、まさしく麻薬ですね。

 江戸時代的封建制度の下での庶民の生活の実態は、良く解りません。 guyver1092さんの言う通りかもしれませんね。・・しかし武士の身分が一番・・・と云うのは戴けません(笑)
 でも現在は民主主義と云う名の下での実質金権主義ですから、どっちがいいかはわかりませんね。
 兎も角GDPを国民の豊かさの指標にするようなお金市場主義の洗脳からは脱したいものです。

脱経済成長に一票!
BEM
同感です!
私は政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと感じます。
ネットからというのも実感として感じます。新聞、テレビのマスコミはおっしゃっている通り既に取り残されているという印象さえあります。何せスポンサーあってですから昨今の広告収入減はますます言いたい事が言えない状況を作り出すかもしれませんね。

いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。
そうなれば給料も上がらずデフレに拍車をかける事も考えられますが、江戸時代のような生活だって良いじゃないですか。新しいものを作らなくても直す商売だって大切でしょうし、本当に今は不要なもの(商売)が多すぎると感じます。
iPodのソフトやWiiの新しいゲームとかも、あ~アホらしいと感じています。

以前雑草Zさんからもコメントをいただきましたが、「私のマニュフェスト」という記事で「新しい製品開発の制限」という項目に目を向けていただきました。今回の「脱成長路線への移行の道」という事と共通するものがあるような気がしました。

ところで、上のコメントに対してですが、guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが、『武士は食わねど高楊枝』という言葉があるように、私は武士もかなり摂生した生活をしていたのではないかと思います。まだまだ勉強不足ですが、江戸時代はヨーロッパのような酷い社会ではなかったと考えています。

脱成長諸々
雑草Z
    BEMさん

>政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと

そうですね。そういう動きも歓迎です。それが政党や団体になったり、それを主張する政党や団体の支持に回ったりしていく事になるでしょう。

>いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。

そういけばいいのですが、庶民にも生活がありますから、社会システムとして財界からのプレッシャーを弾き飛ばすような政府でないと庶民の生活が追い詰められますね。
guyver1092さんの一番最初のコメントにある

>財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた

と云うような事の反省に立ってです。格差問題、2極化の原因はここにありますからね。・・・財界(・・酷い響きです・・)と云う存在自体を無くす必要があると思います。


>「新しい製品開発の制限」

はBEMさんの素晴らしい提言ですね。脱経済成長路線への移行として大切な政策になるでしょう。これはちょっと前の記事【ドーピングを抜いていく】とそこの guyver1092さん とのコメントのやり取りでも言及しています。

>guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが

私の書き方が誤解を受けたようです。一般論として、江戸時代の身分制度、士農工商の一番上、封建制度の上に立っていたのが武士(軍人)と言う事は・・は戴けない・・・と云う事です。(・・財力のある商人の力もあったようですが・・やはり江戸時代も金の力は大きかったようです。)
 武力や財力による政治支配からの脱却・・と云う事は難しいけれど重要ですね。

江戸時代の身分制度
guyver1092
 蛇足になりますが、BEM氏と雑草Z氏のコメントに引用されましたので江戸時代の身分制度について。

 士農工商についてですが、これは幕府が決めたのではなくて、学者(儒学者だったと思います)が言ったことだそうで、実際は自由に職業を変わることができたようです。なぜ子供が親の仕事を継ぐことが多かったかの理由は、職業訓練のせいだそうです。他人と親とでどちらがより熱心に訓練してくれるかというと当然親ですよね。

 武士とそれ以外の間も、養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

 BEM氏のおっしゃるように武士も裕福ではなくて、ツツジの生産農家(鉄砲隊)、足軽隊だったと思いますが、傘の生産工場、地方の武士は実質農民と、いろいろ副業に精を出していたようです。(石川英輔氏の本による)

>江戸時代の身分制度
雑草Z
    guyver1092さん

>士農工商についてですが、・・・実際は自由に職業を変わることができたようです。

それは知りませんでした。面白いですね。小中学校の教科書からは、士農工商の身分がはっきり分かれていたような印象でしたが、結構フレキシブルだったのですね。

>養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

なるほど、面白いですね。・・・実際武士の株を買ったのは、豊かな商人とかだったのでしょうかね?

>武士も裕福ではなくて・・・いろいろ副業に精を出していたようです。

貧乏侍が傘を作っているようなシーンは時代劇とかでよく目にした記憶がありますね。・・・そう考えると、江戸時代も民主主義とか人権みたいな考え方もしっかりしていたのかも知れませんね。・・・明治維新以降に民主主義や人権が確立した・・・と云うのも明治政府のプロパガンダの虚構かも知れませんね。江戸時代よりも現代のほうが遥かに民主主義である・・・と云うのも洗脳なのかもしれませんね。江戸時代のほうが良かったかも知れませんね。

 非常に裕福な農家・・・ってのもあったのでしょうか?
庄屋・・は身分的には農民なのでしょうか?
・・考えてみれば江戸時代の事は色々基本的な事もあまり知らなかったですね。


 江戸時代の面白い情報、色々有難う御座いました。

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