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2015-06-11 00:01
以前、記事【追われる生活】2012-11-11の書き出しに、以下のことを書きました。
『多くの現代人(以前、こ日本人)は、生まれてから暫くの間、幼少の頃までは、余裕のある生活・・・時間がたっぷりあって、色々な新しい事に興味関心を持って飽きるまでやる事が出来た時期があったのではないでしょうか?
それが、小学校、中学校、高校と進むにつれて追われる生活に変わって来ます。勉強に追われ、部活動に追われ・・・。・・そして、社会人になれば仕事に追われます。その『追われる生活』は年を取って退職するまで続きます。・・・・・完全にドロップアウトしない限りは、「何かに追われる」感じは拭えないまま退職まで突き進む人が多いのではないでしょうか?』
この記事に対しここの常連のguyver1092さんから、以下のようなコメントを頂きました。
『(前略)・・・人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だったそうです。貨幣経済が発達するに従って生活設計が考えられるようになりました。・・・(以下略)』


歴史的に考察すれば、他の動物と同様に、当初、原始人はみんなその日暮らしだったと考えられます。食料の余剰生産と、食料の保存技術によって、食料を生産しなくてもいい層が出現し、その中の一部が、他の人に食糧生産をさせて、「その日暮らし」から脱して、支配者になっていきます。このように考えると、その日暮らしを脱した人間は、他人から搾取するずるい人間だったと言えるかも知れません。

私のイメージでの、「その日暮らし」は、日々無計画にその日その日を惰性的に漠然と生きている・・・と言うイメージが強かったのですが、辞書で引いてみると「定職が無く、日雇いなどの日給で生活すること、その日の収入で細々と生活すること」と言う意味が最初に出てきます。
つまりその日暮らしは大きく2種類定義されます。
1. その日の収入で、その日をやっと暮らして行くこと。食べるだけがやっとの生活・・・経済的に貧しいイメージ(英語で言うところのHand to mouth life)
2. 将来の展望も無く、目的も計画もなく、その日その日を赴くままに流されて過ごすこと・・・時間を浪費するイメージ、フーテンの寅さんのイメージでしょうか?(英語で、Improvident life? Or ,Wasting life?)

曰く「人間は他の動物とは違ってパンのみでは生きられない。生まれたからには人間として何らかの足跡を残すべきだ・・・」

その日暮らしといえば、「蟻とキリギリス」のキリギリスのイメージでしょうか。その日暮らしに関して現代社会の価値観はネガティヴです。何も目標を持たず淡々と日々を過ごしていく事に、多くの人がネガティヴな評価を下します。(ただ、最近はその評価も変わってきました・・・)

「その日暮らし」に対し「長期的な目標を持って、それに向かって邁進する」事に現代社会は大きな価値を与えます。
しかし、その「大きな長期目標を持って、それに向かって邁進してきた人々」が環境問題を深刻にしてきた張本人ではないでしょうか??
その目標が、「大金を儲ける」であったり「自然を開発する」であったり、「(何らかの分野で)世界一になる」であったり・・・様々な「目標」;言い換えると「野望」・・・によって環境は破壊され続けてきました。勿論「その日暮らし」の人々も環境を破壊してきたし、社会を駄目にしてきた部分も沢山あるでしょう。特に2番目の意味で「目標や理想も無く、毎日遊んで暮らしている怠惰な資産家(・・やその家族・・)は、一人当たりの環境破壊のレベルも非常に大きいでしょう。
「目標」を持った野心家達が、多くの「その日暮らし」の労働者を雇い、彼らの生活を良くする為という名目で、自らの野心達成の道具として使い、環境を破壊してきた・・・と言う構図が考えられます。
典型的な例を挙げてみます。
いわゆる「未開の地」でその日暮らしをしてきた原住民は、環境破壊をあまりしていませんでした。殆ど循環型生活に近い「持続可能な生活」を営んでいたと考えられます。そこに入り込んだ「先進国」の野心家たちが、彼らを「文明化」と言う名の下に、自分の欲望の為に利用して、「未開の地」を開発し、環境破壊が一気に進みました。その後、原住民も生活の為にその「開発作業」に従事し、環境破壊の片棒を担ぐようになるのです。


第一の意味でのその日暮らし・・・・細々と日々の食料を得る生活・・・を人類全てが営んでいれば、環境問題もここまで大事にはならなかった筈です。その日暮らしを否定し、「大きな長期目標」を持って「自己実現」してきた輩たちが、現代の環境問題を深刻にしてきたのです。
(自家用飛行機で遊びまわるように)資産家がお金を浪費して遊んで暮すというのは論外ですが、そうではない意味において、その日暮らしは、卑下すべき生活ではないと考えます。ただ、理性ではそう考えても、現実にはその日暮らしにはネガティヴな反応をしてしまいます。まして自分のこととなると許せない部分もあるでしょう。(達観出来ないと言うべきでしょうか??)。

興味深い事は、高度経済成長が終わり、その後のバブルもはじけて暫く経った現在、「その日暮らし」は、れっきとした一つの生き方、価値観として、認められるようになってきたように感じます。目標に向かってあくせく働いて、社会の歯車になり、結果として社会の害悪になるよりは「その日暮らしのほうが遥かにいい」・・・と言う考え方の人が増えてきたように感じるこの頃です。それは環境にとっては望ましい方向でしょう。「経済成長」を推進するよりは、慎ましい「その日暮らし」へのシフトのほうが遥かにまともだと言う事です。

注意すべきは、お金が無いことにより、目標を持った野心家の欲望実現の為に利用されないように気を付けなければなりません。
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【2015/06/11 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

食料の生産性
爽風上々
ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、食料生産の効率について一言。

食料生産者一人が何人の食料を作り出すかということは、歴史と地域により大差があるのですが、生産力が上がるに従い余剰食糧が発生し、それが不労階層を生み階級化が進んだというのは事実でしょう。
それが先進文明地域では古代文明の発生期にあたり、遅れたところでは現在でもそのままということもあります。

日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。そのような社会では階層の分化も緩やかになり、極度の富の集中ということも難しいと考えられます。

なお、以前の奴隷制度の話の時も触れようかとも思ったのですが、実は農業生産力の低い社会では農業生産を奴隷にさせても成立しません。奴隷も食事はしなければならないので、いくら奴隷をたくさん所有しても余剰生産が少ないからです。
奴隷制度の高度に発達した古代ローマは小麦の生産力が非常に高かったものと考えられます。

食料生産に携わらなければならない人間が少なくなると確かにその人たちの仕事が必要となります。
工業になるのか、商業になるのか、サービス業になるのか、どちらにしても環境破壊につながりそうです。
してみると食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

かといって人為的に生産性を下げることは難しいところです。
しかし、現在の食料の生産力というものは石油をはじめとするエネルギーに依存しているということがあります。これが減衰したらどうなるか。食料の生産性も落ちるということです。こんなに恐ろしいことはないと思っているのですが、まだしばらくは来ないというのも事実です。
以前から言っているように、「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」では困るのですが。

Re:食料の生産性
雑草Z
>ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、

いえ、ストライクです。この手の議論をしたかったのです。

>食料生産の効率について一言。

非常に参考になりました。

>余剰食糧が不労階層を生み階級化が進んだというのは事実

この議論ですね。

>日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。

ただ、稲作の生産性は、麦より遥かに高く、当時の(当時からのヨーロッパの農業大国)フランスなどと比べても、江戸のほうが食料供給は上手くいっていたようです。石川英輔氏の「大江戸省エネ事情」にありました。思うに昔の日本人の性質にも因ったのではないでしょうか?・・・つまり西欧の白人ほど、支配欲や搾取欲が無かったのではないでしょうか?

と、言いつつ
>食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

は賛同致します。おっしゃる通りだと考えます。そしてなお且つ

>人為的に生産性を下げることは難しいところです

もその通りでしょう。でもやはり食糧生産への石油投入は早急に止めるべきですね。

>まだしばらくは来ないというのも事実です。
>「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」

石油が高騰するのはまだ10年以上先かもしれませんが、環境負荷や人口圧、耕地の限界などにより、10年以内に深刻な食糧危機がやって来る可能性も低くないと見ますが・・・どうでしょう?


米の生産性
爽風上々
米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。
ヨーロッパでは昔から家畜の使用も多かったのでさらにその差は広がるでしょう。

逆に言うと、それだけの人員をかけてもその人々が食べていくだけの生産力もあったということです。したがって、世界的に見ても非常に多い人口密度となりました。

ただし、日本の農業生産性が低かったとしてもそれは社会的な要請によるものかもしれず、第二次大戦後の高度成長期には農村から都会への労働力移動が大規模に起こったのですが、その間、さほど農業生産性が向上したとも思えないのですが生産量が減ったとも言えません。結局、江戸時代から昭和初期までは農村の労働力が都会に出ても職がないという事情で農村に留まらざるを得なかっただけで、あまり日本の農業生産性というものとは関係がなかったのかもしれません。

日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。日本の食料自給率は40%と低いものですが、これをわずか200万人で賄っているというのは相当な生産性ということもできます。
1億3000万人の40%といえば5200万人ですが、その食料を200万人で賄うということは、26倍の生産性ということになります。
もちろん、これは石油などの化石エネルギーの補助を受けてのことですから、なくなれば激減でしょう。

それがどの程度か、人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。

Re:米の生産性
雑草Z
>米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。

知りませんでした。教えて戴き、有難う御座います。米をやってこそ、農業、家庭菜園レベルを越えられる・・・と考えていましたし、米をやっている方から、「米は簡単だ。田植えをすればあとは自然に伸びていくからやってみな・・」みたいな事を言われていましたが、小さな面積での畑作さえ面倒に感じているこの頃です。米は当分挑戦しない方が良さげです。

>日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。

これは危機的状況ですね。最近若い人の就農も増えていきますが、日本の農業潰しのTPPが心配です。

>人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。

小農が増えて、半○半農と言うライフスタイルが定着すればいいと思いますが、日本政府は国際競争力をつける為に大規模農業政策を取ってますね。現代の大規模農業は石油漬け農業で無ければ維持出来ません。これでは、半○半農と言うライフスタイルは構築できません。農業に関しては、国際競争力なんて事よりも、先ずは国の自給自足体制を作る事が最重要と考えています。

政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。「持続可能な社会」なんて新たなビジネス創出としか考えていないようです。

農業あれこれ
爽風上々
米が生産性が低いということではなく、あくまでも人手がかかるということです。
逆に言えば同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。
味も良く、最近読んだ本にあったように、「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」だそうです。

米が手がかからないというのは、あくまでも現在の機械化・除草剤農法であるからでしょう。田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

農業を産業として成り立たせるためには国際競争力がなければならないというのも現在のところは逃れられぬ現実です。しかし、これはあくまでも現在の現実であり、明日の現実は何になるのかを分かっている人はいません。
燃料の高騰が起こるだけで崩壊する「現実」です。そんなもの、何が「現実」なんでしょう。「まぼろし」と言うべきでしょう。

農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。家庭菜園を必ずやるような社会、もちろんそれだけの土地も必要ですが、東京集中でなければ可能かもしれません。実際、我が家も自宅だけでは無理ですが家内の実家も含めれば二家族の野菜はかなり供給できます。
まあ米はちょっと無理でしょうが。

俺に 構うな・・
団塊親爺の遺言
 これは私の家内に言う 言葉です

日々の人生・・

人の人生は 人それぞれですが 尊重します

仕事で 疲れて 帰って来た時 何をしたいのか・・

私の人生と 家内の人生は 全く違います・・

俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

私は 帰って来た時には 自分の好きな事をして過ごす

人は 生きる事を 保障されてはいません

活きる事は 食べる事 どの様なものを食べますか・・

内の奴も やっと無農薬の食べ物の理解が・・

支配するのは どっち・・



真に持つべき長期的目標
guyver1092
「大きな長期目標」を持って「自己実現」するのも、正しい目標なら大いに自己実現するべきですね。
 私は、文明崩壊を避けるため、枯渇性資源の消失を予測し、更新性資源の範囲で生きる文明への転換を図る目標ならば賛成します。

Re:農業あれこれ
雑草Z
>同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。

はい、更に稲作栽培は、連作障害も無く、水で流すので地下水のくみ上げなどによる塩害も無く、理想的な穀物栽培だと思っておりました。

>田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

腰が曲がった原因が田の草取りが主因だとは知りませんでした。水を張りっぱなしにした稲作では田の草取りも必要なく、結構楽かな・・・と考えていました。
実は、東京から福島県にIターンして、自給的有機無農薬農業(ほぼ自然農業に近い)を人力でやっている方と知り合いで、
かなり以前に取材に行った事もあります。残念ながら、東京第一原発に比較的近い村だった為に、3.11以降は石川県の金沢に引っ越されました。私同様3.11以前から原発に反対されていた方でした。
 ...そんなこんなで「いつかは稲作」と考えておりましたが、甘かったかも知れません。
>「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要

ならば、暫くは挑戦しません。まあ、他にも有機無農薬稲作をやっている方は何人か知っているので、「手間のかからない稲作」を探ろうかと思います。
兎も角、園芸にかける時間を他に使いたくなったので暫くは、園芸は縮小して、手間暇かけずにこじんまりやる積りです。

>「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」

そうでしたか・・・。これまた初耳の情報です。日本の風土に合った優れた稲作歯は大切ですね。麦に変わったのも戦後のアメリカの意向ですね。日本ではやはり麦では無く稲作にすべきですね。

>農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。

これって、基本中の基本の筈ですよね!?欧米の国々もそこのところは良く分かってますね。そして、それらの国々の「意向、戦略」でアジアやアフリカの国々の農業は、嗜好品などの換金作物中心に変えられました。つくづく欧米の支配志向の白人は質が悪いですね。

兎も角どの家庭も自分の家で食べる物の多くを自分で栽培するような社会で無ければ脆いでしょうね。『半○半農』です。

Re:
雑草Z
>俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

独立独歩でいいですね。私はものぐさな面がありますから、日々の雑用を全部やってくれるような パートナーもいいな・・・と思ってます(笑)

>支配するのは どっち・・

奥深い表現です。
現政権は、農業やるにも大規模で無ければ参入させないとか、機密保護法で直ぐ逮捕しようとしたり、マスコミに圧力をかけたり、挙げ句に国民をアメリカ財閥の侵略戦場に送ろうとしている・・・そこまでされる筋合いか・・・と怒っています。現政権は早急に倒さなければ、日本は崩壊ですね。

Re:真に持つべき長期的目標
雑草Z
guyver1092さんが正論です。全くおっしゃる通り・・・
 この記事を書いたのは、現実には
「大きな長期目標」を持って「自己実現」している人の自己実現の野望の殆どは、社会を良くない方向、環境破壊の方向に進めた・・・と言う事です。

然るに、例えば現政権を見るに、本当の理想的な意味での長期展望は全くなく、目先の人参に向かって自己実現している、実体は「その日暮らし」なのかも知れません。最近の状況は正に行き当たりばったりの支離滅裂その日対応です。彼等に日本は任せられません。guyver1092さんがいつもおっしゃるところの
「政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。」
特に現政権ではひしひしと感じます。

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2015-06-05 00:01
~夢は要らない。希望があれば~

 現代社会では「夢と希望」と言うように、『夢』と『希望』はひとくくりで語られる事が多々ありますが、かなり違った概念かと思います。
『夢』とは、将来実現したらいいなと思う願望のこと(実現性が高いかどうかは関係ありません。)
一方『希望』を『夢』と差別化を明白にして定義すれば、「将来に対する期待。先行きの明るい見通し。」となりましょう。


簡単に言えば、『夢』とは、実現性があろうが無かろうが、「願望」です。別の言い方をすれば「野望」でしょう。「自己実現の目標」になる場合もありましょう。現代社会では、よく若者に「夢を持て」と言いますが、『夢』を持つことは、必ずしも本人にとっていいことではありませんし、まして社会が良くなることと個人が夢を持つことの相関関係はないのではないでしょうか?(勿論、調べてみたわけではありませんが。。。) 「社会に大きく貢献し、社会を良くする。」と言った夢でさえ、現実に社会を良くするかどうかは極めて怪しいでしょう。それは、多くの政治家を例に出すまでもない事でしょう。(・・・と言うか、現代の政治家の多くが、「社会を良くする」と選挙で言いまくったとしても、本当にそんな志を持って政治家になったかどうかは怪しいものです。単に権力や利権、名声を手に入れようと考えただけかも知れません。)
「夢を持つ」とは、近代~現代に確立した極めて現代的今風な価値観ではないかと考えます。つまり、眠っている間に見る『夢』を「願望」の意味でも使うようになったのは、近年になってのことではないでしょうか?「願望」の意味で「夢」が一般になったのは、近代になってからだと思うのですが、誰かお分かりの方がいれば教えてください。
そして、現代人は『夢』に縛られ、自分の、そして他人の『夢』に苦しめられていると思うのです。

それに対し、『希望』は、人間に必要なものだと考えます。希望があればこそ、人間は生きる力が湧き、人生は楽しいし、充実します。希望は人間の活力の元、生きる糧、と言えましょう。
夢が無くても希望があれば生きていけます。しかし逆に、夢があっても希望が無ければ、生きることは苦しいし、自殺する可能性も大いにあるでしょう。
そう、人間には希望があれば、夢は要らないのです。



さて、ここまでは、ちょっと哲学的な価値観を書きましたが、ここから視点を変えて、社会、環境の側面から、夢と希望を論じてみます。
夢は、漠然とした個人の「願望」で留まっている間は、社会に対してほとんど影響はないでしょうが、個人が一旦「夢」を現実のものとしようと努力を始めると、社会に影響を及ぼします。夢の実現の為に努力する人々を現代社会は褒め称えます。
それに対して私は、「夢の実現」とは、「周りを巻き込んだ自己満足」と考えます。それが社会の役に立つ場合もあるでしょうが、環境破壊など、社会に悪影響を及ぼす場合のほうが遥かに多いと思います。環境も多くの人間の『夢』によって破壊されていると考えるのです。
文明が始まって以来、人間は多くの「夢」の実現の為に環境、文明、社会を破壊して来たのです。新大陸の発見、様々な化学物質の発明、原子力の平和利用、遺伝子組み換え・・・・
批判を覚悟で書かせて頂けば、現代の末期症状の環境問題は、多くの人々の大小さまざまな「夢の実現」の過程でもたらされたものだと考えています。だから、「夢の実現」は文明崩壊に通じると考えています。
「原子力の平和利用」などという狂った輩の『夢』、自己実現のための嘘っぱちのプロパガンダに踊らさなければ・・・人類は、今日のように放射能の恐怖に怯えることはありませんでした。

・・・と、ここまで「夢」にネガティヴなことを書き連ねさせて戴きましたが、言いたい事は、「夢の実現」と言うことは、それだけでは立派なことでも褒め称えるべき事でもないという事です。その「結果」が社会に(長期的視野で)良好な状態をもたらすのであれば、褒め称えればいい・・・と言うだけで、社会貢献との相関関係は、正の相関関係と言うよりも負の相関関係になるのではと考えるのです。
現代人は『夢』に大きな価値を置き過ぎなのです。「夢の実現」には、誇大な価値があるように洗脳されているのです。現代社会の精神的刷り込みだと考えます。

だから敢えて言います。

「個人の欲望の夢によって環境が破壊されてきた・・」
「夢は要らない、希望こそ生きる糧」
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【2015/06/05 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

私の人生は人のお役に経つのか?
団塊親爺の遺言
 私たちが産れ もの心が付いた時には何代にも続く金貸したちの体制が敷かれ その流れの中でしか生きられ無い

末っ子の私は小学校へ上がる迄は田舎の叔母の処に預けられた
畑仕事の忙しい大人たちを後目に私は野山や小川で独り遊び
野山では木の実を小川では泥鰌や鮒等と遊び 厳冬の時期には
家の傍の松の木を丸太の棒で叩くと眠っていた雀たちがバラバラと落ちて来た 大人たちはそれらをストーブの上で焼き食べていたが私は可哀そうで食べられなかった 夏の夜は何時も家の前で焚火をし蛾等の虫が火に集まり害虫対策をしていたのを想い出します そんなある日にドラム缶に真っ青な液体が在りそれが
農薬=毒物で近寄るなと教えられました

次の日には小川から生き物の姿は見られません・・
焚火もしなくなり毒物を撒く時代に 人糞から化学肥料へ
土は痩せ 岩や石だらけの畑に成り経費が懸かり生活を維持
出来ずに農家を止める跡取りの姿は憐れでした

現在、それらの農薬も効果が無く成り全国で毛虫や病害虫が
大発生の現状の原因は生態系を壊し深刻な問題を起こす事で
更に薬剤で儲けようとする金貸しグループ 二人に一人は癌に
成る世界を産み出しています

神様や仏様が居るかどうかは判りませんが こんな私が発見した
病害虫だけが堆肥化する天然粉が全国から問い合わせが在り
昔の様に蛍や様々な生き物たちの居る自然回帰の一歩に成る様な・・
今年の毛虫大発生には打つ手は無いそうですが 天然粉が活躍しています 
嘘の様な 夢と希望の持てる話で申し訳ありません 
我が家の12年目の無農薬栽培(プランター)の果樹類たちが
大豊作の様相~やはり善い事には夢と希望が少し在っても・・
まあジジィの云う事 許されよ

  夢は今の大企業をギャフンと云わせる事

  希望は昔の生態系を取り戻し本物の味を取り戻す事



昔ながらの醸造技術がある、そして…
ST
先祖が培ってきたスピリッツもあるのですョ。日本は、バイオアルコールや藻オイルの研究は捨てちゃって、飲用アルコールの分を例えば「糠やフスマ、おからを使った発酵による肥料生産」に全面的に切り替えるとかすればいい…
その生産の際消費するエネルギーは純国産の再生エネルギーで賄う様にする…
とかも実現出来ないでしょうかね…今後はその手の方向に資本を注ぎ込むべきだと考えています。「人間も生物」なのですから…


Re:私の人生は人のお役に経つのか?
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

色々なエピソードを添えたコメント、興味深く読ませて戴きました。
 一見、記事の主題とは違ったコメントのタイトルですが、このタイトルこそ、この記事の本質を上手く突いたタイトルです。お見事です。
 そう、多くの人達の夢、特に資本家や開発に取りつかれた人達の夢が、環境を破壊し、生態系を壊して来ました。彼等の人生は、「お金儲け」に成功して夢を実現したのかも知れませんが、社会の役に立つどころか、社会の害悪、社会に悲惨な結果をもたらしました。

>もの心が付いた時には何代にも続く金貸したちの体制が敷かれその流れの中でしか生きられ無い

その事に気付かずに幼少時代を過ごし、大人になって暫くしてその事実に気が付いてその酷さに唖然としたものです。

>そんなある日にドラム缶に真っ青な液体が在りそれが
農薬=毒物で近寄るなと教えられました 次の日には小川から生き物の姿は見られません・・

酷いものですね。第二次世界大戦中に毒ガスを作っていた企業が、生き残り、更に儲ける為に作った代物が農薬であって、農業に使うべきものではありませんでした。

>土は痩せ 岩や石だらけの畑に成り経費が懸かり生活を維持
出来ずに農家を止める跡取りの姿は憐れでした

農事行政や農協が化学会社に踊らされて、農家が騙されたと言う構図でしょうね。

>夢は今の大企業をギャフンと云わせる事

こう言う夢なら素晴らしいですね。
大企業は裏から卑劣な手で来ますからお気を付けて下さいませ。一人ではなかなか立ち向かえませんね。その意味で「大きな夢」ですね。

>希望は昔の生態系を取り戻し本物の味を取り戻す事

私も希望は同じです。(味の事は良く分かりませんが・・・)百年前の生態系に戻れればこんなに嬉しい事はありません。  

Re:昔ながらの醸造技術がある、そして…
雑草Z
    STさん

これまた、記事との関連が良く分からないコメントですが(・・・ 上の団塊親爺の遺言さまのコメントに対するコメントですね?)内容は面白く、興味深いものでした。

>バイオアルコールや藻オイルの研究は捨てちゃって、

大賛成です。

>「糠やフスマ、おからを使った発酵による肥料生産」に全面的に切り替えるとかすればいい…

これ、素晴らしいアイディアですね。こう言う「夢」こそ社会は必要としているし、十分に実現出来る技術ですね。

>その生産の際消費するエネルギーは純国産の再生エネルギーで賄う様にする…

>今後はその手の方向に資本を注ぎ込むべきだと考えています。

これまた大賛成です。このような企業(起業)こそ、現代社会に必要ですね。人類が生き残る為に必要な21世紀の企業(起業)です。
ST さん、起業しませんか?

知性
guyver1092
 夢も希望も、その実現を図った結果に何が起きるかを予見できる知性が必要ですね。
 強欲な現代人に、このような知性を求めるのは酷かもしれませんが。

夢も希望も
爽風上々
夢も希望もありませんというのが決まり文句の芸人もいました。
また、「I have a dreame」という言葉で演説をしたマルチン・ルーサー・キングJrも記憶に残ります。

このような類似した言葉の微妙な語感の差というものは決まったものではなく、個人により違いはあるものですが、私の場合は「夢」よりも「希望」という言葉の方により強い「実現のための意思」というものを感じてしまいます。

しかし、「夢」といいながら無理やり実現の道をたどったものもあります。「夢の超特急」などというものも現実に日本各地を走り回るようになりました。

そこを踏まえて私の「夢と希望」をお示ししておきます。

私の「希望」はこれから来るであろう大激動で苦しみ嘆く人々をできるだけ少なくしたいということです。そのために、自分ながら微力すぎて情けないほどですが、ブログでの発信を心がけています。

私の「夢」は社会が完全に循環型エネルギーだけで運用できる定常社会になること。これは実現性はほとんど無いことを自覚しています。これには今は自分ではできることは事実上ありません。自分自身でも化石エネルギーで安楽な生活を送っているのが事実であり、それをすぐに捨てる気にもなりません。
それでありながら、定常社会を夢見るのはまさに「夢」です。

愚か者が資本を独占するという異常…
ST
これを打破するには…とにかく私は資本無しの清貧状態なので。
ファンド化して多くの賛同者から資本を集めるしか手がない。
更に賛同者の中でも特に協力して頂ける方を募らないとなぁ…

アイデアなら色々浮かぶのですが実際起業となると問題山積。
特に循環型エネルギーはちと躓き気味だし、農業も停滞中…

何より「本当の知性」を持った人を探し出すのが困難な状態。
全世界が白痴状態に近いのですからねぇ、又「日本も然り」…

まずは「雑草の言葉」の様なブログが増え、閲覧者が増えないとなぁ… 私独特で抱えている大問題は難問中の難問ですしね。

ぶっちゃけ言うとそれが清貧の最大の原因なので最優先課題…
課題と夢が叶う一石二鳥のアイデアもなかなか無いのが実情、
でも「瓢箪から駒」ってのもあるから努力は続けたいですネ。

起業を考えるのそれからしか出来なそう、その上今50代だし…


Re:夢も希望も、その実現を図った結果に何が起きるかを予見できる知性が必要ですね。
雑草Z
>夢も希望も、その実現を図った結果に何が起きるかを予見できる知性が必要ですね。

そうですね。特に 個人が『夢』を持つ事は、社会にとってはいい事でも悪い事でも無く、その実現を図ったとき。社会にもたらされるものでその評価は決まりますね。

しかし、多くの夢が実現性が低かろうとも『自己実現』の範疇であり、その個人のエゴが、環境問題を引き起こして来た・・・と言うのが記事の要旨です。
『希望』は、実現したい『望み』と言う意味では無く、例えば『生きる希望』、『明日への希望』のように、『心の支え』の意味で書いたのですが、皆さんには伝わらなかったようです。

兎も角、 guyver1092 さんのおっしゃる通り、

>実現を図った結果に何が起きるかを予見できる知性が必要

と言うのがこの記事の結論ですね。本文のまとめよりしっくりくるかもしれません。結論をしっかり上手くまとめて頂き感謝します。

Re:夢も希望も
雑草Z
>類似した言葉の微妙な語感の差というものは決まったものではなく、個人により違いはあるものですが、私の場合は「夢」よりも「希望」という言葉の方により強い「実現のための意思」というものを感じてしまいます。

『希望』を「物事が実現する事を待ち望むこと。」と言う(第一義的)意味と考えれば、爽風上々さんのおっしゃる通りだと思います。ネットで検索しても「実現可能な事に対する望みが『希望』で実現不可能、または可能性が低い望みが『夢』と出て来ました。ここにコメント下さった方はみんなそんな意味で捉えたようです。私は、上のguyver1092さんのコメントへのお返事にも書いたように、「明日への希望」「生きる希望」のような、「将来の明るい見通し」、「こころの支え」の意味で使わせて戴きましたが、伝わらなかったようです。でも、ここは哲学や文学表現のサイトではないので、その解釈で議論しても大した意味はありませんね(笑・・苦笑かな?・・・)


さて、爽風上々さんの今回のコメントの主題、
>そこを踏まえて私の「夢と希望」
について

>私の「希望」はこれから来るであろう大激動で苦しみ嘆く人々をできるだけ少なくしたいということ

以前上々さんが、
「将来の世界崩壊で、苦しむ方々の慟哭が、かなりリアルに感知出来る(・・想像出来る・・)」
のような事を書かれていたのが、非常に印象深く記憶に刻み込まれています。私も同じ未来を予測していますが、爽風上々さんに言われると、現実感が増します。

>ブログでの発信

などで効果があるのは「正当な恐怖心」を持つように、悲惨な現実を包み隠さず示す事だと思います。

>私の「夢」は社会が完全に循環型エネルギーだけで運用できる定常社会になること。

定常社会にならなければ「崩壊してお仕舞い」を迎える事になりましょうから、

>実現性はほとんど無いことを自覚

してても、「実現」を目指すべきなんでしょうね。

私は出来る範囲で、化石エネルギーなどのエネルギー浪費からは離れるようにしています。自転車通勤(ときに徒歩)エアコンを使わない。真夏でも真冬でも暖房の中心は体温としてエアコンは使わない。風呂の水の再利用(洗濯&畑の水)。・・・それをお薦めとして、多くの人にも発信していますが、自己満足の範疇かも知れません。

Re:愚か者が資本を独占するという異常…
雑草Z
なかなか本質を突いた意味深なコメントタイトルです。

実は似たようなタイトルで記事を書きたいとかなり前から考えていました。近々書こうと思います。

>ファンド化して多くの賛同者から資本を集めるしか手がない。

否、他にも方法はあるかも知れませんよ。

>「雑草の言葉」の様なブログが増え、閲覧者が増えないとなぁ…

それは望むところですが、当サイトは、3.11以降ある時期から、(某広告代理店等によって)逆SEO対策され、更に偽サイトまで作られたので、このままでは閲覧者を増やすのは難しいです。

>それが清貧の最大の原因なので最優先課題…
課題と夢が叶う一石二鳥のアイデアもなかなか無いのが実情、

何か色々ご苦労されていらっしゃるようですね?私とも共通するところが色々あるようです。

私は現在の仕事は早期退職しようかとも考えています。これを御縁に、まあ、話しだけで終わるかも知れませんが、ご一緒に起業のアイディアその他考えてみませんか?
もしかしてひょっとして少しでも
「瓢箪から駒」
って事もないとは断言出来ませんし・・・。
このコメント欄のHNの「雑草Z」のところにアドレス入れて置きますから、宜しければ是非メール下さい。
若しくは非公開(秘密)でコメント戴いても構いません。その際は、アドレスも入れて下さいませ。

>「瓢箪から駒」ってのもあるから努力は続けたいですネ。

いい発想、心掛けですね。そう、未来予測なんてどうなるか誰も分かりません。STさんがおっしゃるところの
>「瓢箪から駒」ってのもあるから
と考える事がまさしく今回の記事で私が言いたかったところの『希望』です。



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2014-05-17 09:42
 誰でも考え方、価値観は、自分が生きている時代に大きく影響されると言います。「大きく影響を受ける」・・・と言うよりも、「その時代と共に生きて、その中で価値観が培われ、形成されていく」・・と言うべきでしょう。
一方、現代の「自由社会」では、何でも自由な考えをしてよく、「自由な教育」を受けて、多様な価値観が認められ、多様な価値観が育っている・・・と漠然と考えている人も多いのではないでしょうか。
しかし実際は、現代社会の一般的な価値観こそ、非常に特殊な環境で作られた、極めて偏った、自然の摂理に相対する価値観と言えるのではないでしょうか?
普通にまかり通っている経済成長主義、進歩主義や科学万能主義、唯物論等です。

多くの人が普通に考え、よく口にする
「人類は進歩して未来になればどんどん理想に近づいていく」
とか、
「人は日々成長していかなければならない」
「人間は無限の可能性を秘めている。何事もやってやれない事はない。」
・・・・・・・・・・・・・・・
と言った、生き方や道徳観念にも通じる価値観も、実は高度経済成長、工業化、・・・と言う時代背景によって作られて来たものでしょう。
これらの価値観が普遍性を持っているように語られているうちに、環境はどんどん破壊され、気付けば文明崩壊に至っていた・・・と言う事になって仕舞うでしょう。
経済成長にいつまでもしがみついているのは愚の骨頂です。これからはポスト高度経済成長時代・・・よく言われているような「低経済成長時代」ではありません。「縮小の後の定常安定経済時代」の価値観に変わっていくでしょう。そう変わらなければ、人類は破局を迎えるでしょう。
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【2014/05/17 09:42】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

身に覚えが・・・・
guyver1092
 子供のころを中心として、身に覚えがあります。
曰く「科学技術は永遠に発展し、人類は銀河すべてに広がる。」「人間はもっともすぐれて正しい生物で、他の動物とは一線を画している。」など等。
 全く悪質な洗脳ですね。理想というものは、確かにあるのでしょうが、この地球上という限界を理解しての上での理想でない限り、実現は不可能でしょうし、洗脳された現代人では、生命圏の永続という正解を選べないのは明白でしょうね。
>「人は日々成長していかなければならない」
これだけを取り出せば、正解といえるかもしれませんが、この前提は、無限の経済成長があるのでしょうね。
>「人間は無限の可能性を秘めている。何事もやってやれない事はない。」
この三次元宇宙の限界を超えることは、物理的に不可能です。見果てぬ夢を追う姿は、人によっては美しいと映るかもしれませんが、この世の制約から考えると、人類を滅ぼすための努力かもしれませんね。

Re:身に覚えが・・・・
雑草Z
>「科学技術は永遠に発展し、人類は銀河すべてに広がる。」「人間はもっともすぐれて正しい生物で、他の動物とは一線を画している。」など等。

このような事は、子供に限らず、20世紀には一般に語られていた事だと思います。20世紀の子供達の大多数は、科学技術の限りない進歩を信じていました。未来に行けばいくほど素晴らしい世の中になるように思い込んでいました。・・・今でもそのような人は沢山いる事でしょう。
 でも、今考えれば、未来は、期待よりも不安が大きいですね。22世紀まで現代文明が続くとは殆ど期待出来ません。

>見果てぬ夢を追う姿は、人によっては美しいと映るかもしれませんが、この世の制約から考えると、人類を滅ぼすための努力かもしれませんね。

正にこの、最後の文、完璧です。この記事の主題そのものを的確にわかり易く述べています。有難う御座います。

現代の人々はこの事に気が付くべきです。

長いものに巻かれた結果
団塊親爺の遺言
 子供頃の道徳教育を思い出しました
長いものには巻かれよ・・ 他人様に迷惑を懸けるなと
そして大人に成り理不尽な社会の仕組を見ています
綺麗ごとを言いながら金を巻き上げる社会に変遷しました

今年三月に青梅市の梅林の一万本が全て伐採 その数年前には
梅農家もウィルスに遣られたと全伐採 畑の土迄総入れ替え
これが今の害虫対策の化学薬剤に依る結果です
いつも最後は薬剤の効かないウィルスたちが残ります

一本の樹も助からない今の害虫対策・・次は三保松原が
標的になりました この全敗の薬剤対策はいつまで続ける
のか・・? 一つも良い実績の無い農薬剤メーカーたちに
私たちの自然が壊されています そして私たちの食べ物も
全てが薬剤で造られています この仕組の流れは何処から
生れているのか・・? 原発と同じく生命の問題です 


Re:長いものに巻かれた結果
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 そうですね。理不尽な社会にも関わらず、日本人の多くはそんな長いものに巻かれていますね。

>青梅市の梅林の一万本が全て伐採 その数年前には梅農家もウィルスに遣られたと全伐採畑の土迄総入れ替え

このお話は、団塊親爺の遺言さまが前にも話されておりましたが、本当におっしゃる通り酷い話だと思います。おっしゃるように

>これが今の害虫対策の化学薬剤に依る結果

だと思います。狂っています。

>この仕組の流れは何処から生れているのか・・? 原発と同じ

経済成長至上主義のような現代社会の病んだ部分ですね。私が考えが及ばなかった分野の非常に参考になるご意見有難う御座います。

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2014-04-05 00:01
先日、日帰り温泉に置いてあった一年ほど前の週刊誌に、読んでみたい内容の見出しがありました。「1年たたずに辞める新入社員たち」。・・見出しの上にはサブタイトルとして「君たち、社会をなめていないか?」とありました。
内容の半分は、「自分の能力を過信する若者」「辛抱が足りない世代」等、ありふれた内容で、特にコメントする必要も感じないのでスルーします。(ネットで検索してみたら、私がスルーした内容が多くの議論の的になっているようですが、特に記事に取り上げる積もりはございません。)
私が関心を持ち、明らかに筆者と違った意見を持ったいくつかの部分・・・筆者や企業の経営陣、採用担当者たちに持った違和感の部分・・・だけ書かせていただきます。

記事によると、近年増加しているのが「社会貢献至上主義」の新入社員との事。
1年弱で大手メーカーを去ったA君の例が書かれています。
「僕の企業選びの第一の基準は『社会貢献』でした。東日本大震災後、ボランティア活動に参加して、その思いを強くしたんです。当然、就活では、貢献度の高いと思われる会社を受けました・・・(中略)・・・しかし、入社してみて愕然としました。先輩の話を聞いていると、『どうやったら製品が売れるか』と言う話ばかり。『それより被災地の暮らしでしょう』と力説したら場が白けました」
そこに記者の補足説明が入ります。「従来なら『若気の至り』で片付けられる逸話だが、A君は、先輩たちへの違和感に耐えられず、会社を本当に辞めてしまった・・・」。

また、大手採用担当者の談として
「会社説明会や採用面接で、『何か質問は?』と聞くと、『御社のコンプライアンスはどうなっていますか?』とか『エコロジーに対するスタンスは?』と質問してくる学生が必ずいる。それでいて、業務や売上に関する質問は一切出ないこともあります。そんなにこだわりたいのならば、NPOに行けと言いたくなりますよ。」
とありました。
ここでまた記者の補足「実際、大手製造業の人事部長は、『コンプライアンス馬鹿』の対処に困っていると言う・・・」。

私はこれらの批判をする記者や採用担当者のほうがおかしいと考えます。
最初の「社会貢献至上主義」の意識を持った社員が急増していることは、社会的には好ましい状態と言えましょう。(勿論、ただのポーズでは話になりませんが・・)。A君の言動が「若気の至り」であり、そこからだんだん企業戦士に成長していくことが、「大人になること」と言いたいのであれば、社会を悪くする強欲なエゴイストになることを奨励していると言えましょう。実際、現在の日本の企業の多くは、A君のような人物を落ちこぼれ、若しくは問題社員として扱い、「大人の企業戦士」になることを強制します。そして、バリバリの企業戦士が会社のトップに上り詰めるようなシステムになっています。(単に強欲な経営者が、強欲な社員を好むと言うことでしょう。)実際大手のトップを見ると、儲け至上主義の強欲な元企業戦士が蔓延っています。あの会社も、その会社も・・・・
だから多くの会社に、しっかりした企業倫理が根付かないのだと思います。その典型的な例が、次の「コンプライアンス馬鹿」の話でしょう。
コンプライアンス[compliance・・・この横文字は、個人的にあまり好きになれませんが・・・]とは、簡単に言えば、「企業が社会規範や倫理・法令を遵守すること」です。重要な情報です。会社のコンプライアンス体制や、エコロジーに対するスタンスを質問する学生を、「コンプライアンス馬鹿」と切り捨てる企業の面接官こそ最低だと思います。そのような企業も自社の宣伝では、「社会貢献」、だとか「企業の社会責任」「エコ」を売り物にしているのではないでしょうか?ダブルスタンダードと言えましょう。その企業は、金儲けの為にコンプライアンスやエコを利用しているだけといえましょう。・・それは、企業の経営陣や採用担当者が強欲な高度経済成長時代の遺物で溢れているからでしょう。



この記事の締めくくりとして「今の若者は自分の価値観で納得できないと働かない。しかし、生まれたときからそこそこお金があって、好きなことができる環境で作られた価値観であるので、お金を稼ぐと言う目的は労働というモチベーションに繋がらない。民間企業の目的が利益を上げることだと気がつかない。」とまとめています。
あたかもそのように述べている、企業のマネージャー、経営陣や人事採用者、アナリシスト、が新入社員の頃(・・・高度経済成長時代やバブル期・・?)は、お金を稼がないと生活できなかったような言い草ですが、そうではないでしょう。確かに就職したての頃は貧しかった人もいたでしょうが、その後彼らは、生活していくには十分なお金を稼ぐようになっても、さらにもっと稼ごう、もっと儲けようと、強欲にお金を求めてきたのです。つまり生活のためと言うよりは、より贅沢をする為の金儲け、マネーゲームの為の金儲け、・・・をしてきたと言えましょう。そして、自分達の余生をもっと贅沢する為に、金儲けの上手い人物に後任を託す・・・と言う構造でしょう。・・・「強欲のスパイラル」とでも申しましょうか?「貪欲に金儲けを考える人間こそ最高、社会貢献や企業倫理、環境問題に拘る人間は落ちこぼれ」的な発想こそ、社会を駄目にするでしょう。
こんな強欲な高度経済成長時代の遺物のような人たちに、「社会貢献したい」という意識の高い若者が批判されてはたまりません。


この記事にはまた、出世、給料、車、旅行、全てに興味がない「悟り世代」と呼ばれる新入社員についても描かれています。そして「よりタチが悪い」と決め付けています。彼らの、「お金のために嫌なことをしたくはない。我慢をしてまで稼いだお金で買いたいものなどない。」と言うスタンスが批判されています。しかし、物欲がないことが、批判の的にされるっておかしくないでしょうか?物欲が無い人間が駄目人間と言う評価は、この狂った経済成長至上主義に洗脳された発想でしょう。このような「悟り世代」(・・彼等は悟っていると言うよりも興味関心の持つ場所が違うだけだと思います。)は、バリバリの企業戦士よりも環境にかける負荷は少ない筈です。強欲な企業戦士達よりも遥かに好感を持てますし、共感します。無理やりに、若しくは嘘や大げさな文句を並べて粗悪な品やサービスを提供する仕事を「会社に与えられた仕事だから」と言う理由で、正当化することこそ社会を腐敗させると言えましょう。

この記事の途中の見出しには、「その若さで何を悟るのか?」とか「新入社員に大人の常識は通用しない」と書いてありましたが、社会貢献したい、企業倫理を大切にしたいという純粋な若者に対して、「会社の儲けの為ならなんでもやれ・・・」ということが「大人の常識」なのでしょうか?
この記事のサブタイトル「君たち社会をなめてないか?」と言う言葉は、利益優先の経営陣や「コンプライアンス馬鹿」などと言っている採用担当者にこそ、そっくりお返しするべきです。

 このような若者が急増していると言うことは、社会がよくなる兆しとも考えられます。これらの若者によって、利益優先の会社は批判され、コンプライアンスのしっかりした、真の意味で社会に貢献している企業のほうが生き残る時代が来ているのかも知れません。

このような事を書くと「そんなに世の中甘くは無い。そんな理想論を振りかざしていたら企業が潰れてしまう。」等と反論する輩が沢山いる事でしょう。それに対する当方のお返事は
「そんなに世の中広くは無い(地球にキャパは無い)。企業の論理で企業の利益のみ追及していって、たとえライバル企業を倒していって巨大になっていったとしても、ある日突然制御不可能な減退が起こって会社は潰れてしまうでしょう。」
今の時代の新入社員達が、大企業に入って、会社の為に我慢して「社会貢献とは程遠いやりたくない仕事(悪事も含む)」をやって会社で出世することを望んだとしても、現在の若い新人社員が、定年と呼ばれる年齢になる以前に、現存する企業の殆どは、成長の限界に達した地球という船と一緒に沈んでしまうことになる可能性が大です。その沈没は、企業倫理も何も関係なく、経済成長の原動力として、会社の為に働いてきた企業戦士たち・・・直ぐ辞める若者を馬鹿にする人達・・・の働きによって為されて来た行為の結果なのです。
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【2014/04/05 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

連想
guyver1092
 タイトルから連想されるのとは全く違う内容で、予想を裏切られ、愉しかったです。
 過去の記憶から思い出すのは、どこぞの修道院が何らかの必要があり、企業を経営することになった話です。修道院ですからいろいろ戒律があり、儲けだけを考えた経営をせず、法令順守、倫理順守の経営しか出来なかったにもかかわらず、優良企業まで成長したということです。急がば回れとはこういうことを言うのでしょうね。
 この記事を書いた記者、このような若者を否定する企業の理論は、これこそが人類社会に潜む、自滅の因子でしょう。地球環境を守るため、二酸化炭素排出を削減しようという題目により取られる対策が、二酸化炭素排出を増やす対策しか出でこない原因は、これらの企業理論と言うことでしょうね。『経済成長』考の前半で議論しましたが、この記事は、企業は儲けるために存在し、基本的にそれ以外はゴミくずと考えているという考えが間違っていないとの証拠ですね

Re:連想
雑草Z
    guyver1092さん

 毎回の記事へのコメント、感謝致します。
今回の記事はタイトルだけ見るといつもと毛色が変わっているので、コメント頂けないかな?とも考えました。愉しく読んで頂いたとの事、何よりです。

>過去の記憶から思い出すのは、どこぞの修道院が何らかの必要があり、企業を経営することになった話

guyver1092さんは引き出しを沢山持っておられますね!?・・殆どの記事に、想起する過去に読んだ本がある事に毎回驚いています。

>法令順守、倫理順守の経営しか出来なかったにもかかわらず、優良企業まで成長したということです。

これぞ、コンプライアンス優先の企業の成功例ですね。このような企業こそ成長して台頭して欲しいですね。

>『コンプライアンス馬鹿』の対処に困っている

などと言う人事部長のいる会社とは正反対の好ましい企業です。コンプライアンスをここまで馬鹿にするような企業はこれから真っ先に滅んで欲しいものですし、現在、そうなる兆候が見られますね。

>急がば回れとはこういうことを言う

この人事部長に噛みしめて欲しい言葉ですが、彼には通じないでしょうね。

>これこそが人類社会に潜む、自滅の因子

そんな事に気付かずに、いつの間にか会社が衰退していって、気付いた時には既に遅し・・・って感じでしょうか?

>『経済成長』考の前半

読み直ししてみましたが、文明崩壊に向かう悪い経済成長、が、件の人事部長のいるような現在の多くの企業。文明崩壊を起こさない良い経済成長が、社会貢献至上主義、コンプライアンス優先、エコロジーに真に配慮する企業と言う事になりましょうか・・・・勿論「成長」は目的を達成したある一定レベルまででストップ・・・それが本当の企業倫理の在り方でしょう。

洗脳されていない状態。
でなしNo.146
私もこれからの時代は利益の追求ばかりの企業より、当たり前のことを積み重ねられる個人が評価される世の中になる考えています。

>「会社の儲けの為ならなんでもやれ・・・」ということが「大人の常識」なのでしょうか?
多くの企業は、素直に言うことを聞いて利益をあげる奴隷のような人間を必要としているのが現状ですし、一部の経営者はそういうバカを利用して甘い汁を啜ることを好むようです。

また、ブラック企業は搾取の構造を持っていますし、そもそも資本主義が穿った見方をすれば搾取主義なわけで。。。

資本主義=お金が人を幸せにするのだ。と刷り込まれて(洗脳されて)きた企業戦士の人には、洗脳されていない状態のお金ってそんなに価値があるの?的な思考回路に腹が立つのでしょう。

なんだか、ヘンな宗教にひっかかった人が教義を否定されてムキになって潰しにくる感じに似てる気がします。
(視点によっては会社(国)なんて、搾取の器ですし。それの強烈なのがブラック企業と呼ばれます。)

ただ、これからの時代、ウソがあまり通用しなくなっていくことでしょうし、人の心を理解する余裕のある企業(人)にしか、人(客や社員)が集まらなくなっていくと思われます。

大人の会社に侵入社員として入ってしまったら、スッパリ辞めて新しいスタートを切ることは英断だと思います。
(洗脳される前に辞めれて良かったじゃん、って言ってあげたいですね。)


この類の記事はおそらく使えない侵入社員に腹が立っている経営者向けに(こびて)書かれた記事なので、この記事を読んだ新人さんで影響を受けている人がいたら、

社会の不条理を「当たり前におかしい」と言える感性を曲げる必要はない

と教えてあげたいですね。

今の時代、諸子百家的に各自がその視点から持論を展開できるネットが発達してよかったと思います。

この先、金儲けよりも次の世代にうまくバトンを渡せる(自分の役割を十分に果たし世の中を良くする)ことに興味を持つような人を増やしていきたいものです。

石の上にも三年
団塊親爺の遺言
 私も様々な仕事を何度も変わり田舎から東京へ
何の為に生まれて来たのか・・? 何故に此処に居るのか
本当に自分の仕事なのか・・? 我慢強くない自分が
いました 良く今迄生きて来られたものだと我ながら感心

世の中の流れは理不尽のオンパレードで信頼感が在りません

最近又、家畜の伝染病が広がっています ワクチンを使って
居る処は被害は無しとか・・全く信じられません
餌にも畜舎にも多種多様の薬剤を混入し動物の生態を無視した
飼育方法は即刻止めるべきです 全ての食品がこの有様 
それらを永年食べて来た私たち 身体も頭も遣られて当然
本来 家畜たちは自然の中では頑強な生き物です
結果は又、ウィルスのせいにして埋めてお終い・・

今の若者たちは本物の自然の味も知らず育てられ
老害の既得権益者の造った今の社会支配を変えて欲しい
世の中の大半の利潤が1%の人間に吸い上げられる仕組
変な病気が増え続け 誰が儲けているのか

私も若者たちに見捨てられない様に生きていこう
 

申し訳ありません
guyver1092
 『経済成長』考の前半ではなくて、『経済成長』考の前半のコメント欄と書くつもりだったのです。ここで、私は企業は儲けるために存在し、基本的にそれ以外はゴミくずと考えていると述べたのですが、本文の良い経済成長、悪い経済成長でもすんなりと意味合いが収まりますね。考えてみれば、儲け優先の理論が中心にあっての企業の行動、その結果の経済成長ですから、おさまっても当然なのかもしれません。

Re:連想
雑草Z
    でなしNo.146 さん

>私もこれからの時代は利益の追求ばかりの企業より、当たり前のことを積み重ねられる個人が評価される世の中になる考えています。

そのような社会のほうが真っ当であるし、住みやすい社会ですね。実際その方向に向かっている兆候が現れているのがいいですね。現在の日本を代表する企業の殆どは建前と本音が大きく違っていて、醜い部分が顕著です。

>そもそも資本主義が穿った見方をすれば搾取主義なわけで。。。

いや、穿った見方で無くとも、資本主義[capitalist society]は、資本家の為の社会であり、資本家が如何に儲けるか・・を追及する社会ですね。だから、「労働資本」とかいう言葉も普通に使われています。これは労働者を他の物の資本と同等に扱った言葉ですね。

>洗脳されていない状態のお金ってそんなに価値があるの?的な思考回路に腹が立つのでしょう。 なんだか、ヘンな宗教にひっかかった人が教義を否定されてムキになって潰しにくる感じに似てる気がします。

上手い例えですね。理想を自分の頭で考え、資本主義に洗脳されない人がどんどん増えて行けば、社会もよくなるでしょうね。・・そうならなければ早晩・・・21世紀中に現代文明は崩壊するでしょうね。

>ただ、これからの時代、ウソがあまり通用しなくなっていくことでしょうし、人の心を理解する余裕のある企業(人)にしか、人(客や社員)が集まらなくなっていくと思われます。

そのように予測する方がいて、心強いです。現代(21世紀初頭)は、資本主義社会の末期ですね。重い末期症状で身動きが取れなくなりつつあります。

>大人の会社に侵入社員として入ってしまったら、スッパリ辞めて新しいスタートを切ることは英断だと思います。

職を失う不安に勝って、辞めるのですから、まさしく「英断」ですね。非難するどころか、偉いと思います。

>洗脳される前に辞めれて良かったじゃん、って言ってあげたいですね。
>社会の不条理を「当たり前におかしい」と言える感性を曲げる必要はない と教えてあげたい

いいですね。是非「立派な英断だ」と褒めてあげたいですね。

実感のこもった勇気づけられるコメント、有難う御座います。





 

Re:石の上にも三年
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

>石の上にも三年 

このタイトルは、私の書いた本記事のタイトル同様、いい意味で予想を裏切る内容ですね。流石です。

 これまでの頂いたコメントなどから、漠然とですが、団塊親爺の遺言さまは、東京郊外あたりで育った方かと感じていましたが、そうではなかったのですね。
もし宜しければ、生まれ故郷を教えて戴けますでしょうか?

>何の為に生まれて来たのか・・? 何故に此処に居るのか
本当に自分の仕事なのか・・? 我慢強くない自分が
いました 良く今迄生きて来られたものだと我ながら感心

興味深いお話ですね。お差支えの無い範囲で、そのあたりの事をお聞きしたいと感じます。

>世の中の流れは理不尽のオンパレードで信頼感が在りません

全く以ておっしゃる通りです。モラルハザードばかりです。子供の頃は、もっとまともな社会だと思っていました。・・・今ふと、この辺りの事を記事にしたいと思いました。

>本来 家畜たちは自然の中では頑強な生き物です 結果は又、ウィルスのせいにして埋めてお終い・・

なるほど、深い洞察です。ワクチンが解決しているような虚構の宣伝をして、本質的な問題に触れていないと言う事ですね。

>世の中の大半の利潤が1%の人間に吸い上げられる仕組

このシステムは絶対に変えるべきですね。末期症状の資本主義は、もうほころびがあちこちからでて、修正不可能ですから崩壊も間近でしょう。21世紀中に新しい時代がやってくるでしょうね。


Re:申し訳ありません
雑草Z
    guyver1092さん

>『経済成長』考の前半のコメント欄

も読み返して、当時の議論を思い出しました。

>私は企業は儲けるために存在し、基本的にそれ以外はゴミくずと考えている

この部分も、その通りだと思い返しました。

>本文の良い経済成長、悪い経済成長でもすんなりと意味合いが収まりますね。

そうですね。殆ど抵抗なくそこの部分の整合性がありましたよ(笑)・・・ただ、「良い経済成長」も、成長を続ければ、「負の面が大きくなってくるし、そもそも不可能であるしその必要もない」と言う点は大きな相違点で重要な部分ですね。

 

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2013-02-11 00:02
~何故平気でいられるのか?~

 日本に限らず、世界中の殆どの国家が、いまだに「成長戦略」を政治、国家戦略の重要な部分に置いています。それにもかかわらずバブルの崩壊やデフォルトなどの経済危機が世界的な広がりを見せています。世界中の多くの自然が消滅し資源も減少しています。そして何よりも資源の開発と浪費によって、深刻な環境破壊、環境汚染が地球の至る所で起こっています。様々な問題が対症療法的にしか解決されずに肥大化されて先送りされて来ました。資源の奪い合いも激しくなってきています。毎年毎年数え切れないくらいの生物の種が絶滅しています。そう、成長の限界に達した今世紀は、様々な危機が互いに絡み合って次々に【複合大崩壊】が起こるでしょう。様々な要因が複雑に絡まっているとも言えそうですが、簡単に言えば、根本原因は、「工業化」と「経済成長主義」でしょう。
何故人類は、高々数百年前に始まった工業化と経済成長を絶対視するのでしょう?・・・人類の持っている楽観主義は一つの大きな要因でしょう。【短い経験】に描いたように「いつの頃からかは分からないけれど、現在まで人類は進歩を続け、世界経済は成長を続けてきた。これからも浮き沈みの波はあっても、科学は進歩し続け、経済も成長し続ける・・・」みたいな進歩と成長神話が漠然と人々の心にあるのでしょう。

石川英輔氏は『大江戸リサイクル事情』の中で次のように表現しています。
「人間の判断力とは、ある傾向が3年続けば当分続くと思い、5年続けば半永久的に続くと思い、十年続けば未来永久に続くと思う程度の浅はかなものである」
定量的な事を言及する事は困難ですが、妙に言い得ています。
 日本でば、いまだに「高度経済成長期」と呼ばれる時代を追いかけているような感じです。バブルもはじけて20年以上経ちますが、それでも「我が国は、経済大国であり、工業立国の先進国である」と大部分の国民が「自覚」しているようです。成長戦略としてのお馬鹿な景気対策をいまだに国を挙げて行っています。(新政権は、財政政策、金融緩和、成長戦略の「三本の矢」なんて旧態依然としたを言っていますが、その矢は飛ぶ方向も定まらず、多くが国民めがけて飛んで来るでしょう。)

現代人の壊れた感覚】で、持続可能でない異常な浪費社会に生まれ育った現代人の、自然の摂理に対する感覚が麻痺し、欠如した人々を描きましたが、石川英輔氏は『大江戸リサイクル事情』で、「大変な事になるから起こる筈が無い」という因果関係が逆の本末転倒な狂った発想をする現代の人々を紹介しています。
バブル時代の「日本の土地価格は上がり続けて値下がりしない」という土地価格神話の根拠を銀行家は「日本の産業は成長を続けるしかないから、面積の増えない土地は値上がりするしかない、万が一それが行き詰ったら大変な事になるから、政府は何とか行き詰らないような政策を続けるだろう」のように言っていたそうです。・・おそらくこれで、原発の5重の防御壁…のように経済成長や土地価格は完全防御されていると思っていたのでしょう。つまり、日本人は勤勉で日本製品もいいし技術の蓄積もあるから日本の経済は強い・・万が一危機になったら直ぐに「強い政府」が財政、金融政策で何とかしてくれる・・・と考えていた人々ばかりだったのでしょう。・・・しかしそれは、原発の5重の安全防御壁のように簡単に破れてしまったのです。

またある学者の講演で
「太陽エネルギーだけでは今の数分の一の人口しか養えない。森の思想とか植物の思想と言う人は、そこへ行く前に何十億もの人間をどう始末するか教えて欲しい」と話していたので驚き、「正直、教えて差し上げる気にもならなかった」と述べています。
この学者の発想は、ステレオタイプの経済成長主義者、原発推進者などの発想です。ここのサイトにも似たようなコメントをよこす輩が時々います。完全に自然の摂理に対する洞察が欠如しています。物質的にほぼ閉じた系である地球は、外部から入ってくるエネルギーは太陽光だけなのですから、望む望まざるに関わらず、最終的には太陽エネルギーの範囲で暮らさなければならないわけです。それを考慮せずに地球の中で「エネルギー開発」をして、地球の資源のポテンシャルエネルギーを使えば使うほど、資源は枯渇に向かい、地上のエントロピーは増加して、地球は汚染されるのです。それなのに現代の多くの政府は、この学者の理屈のように考え、次々にエネルギーを開発し、一時的に食料を増産して更に人口を増やし、問題を肥大化させて先送りしているだけです。

現代社会に住む人々は、短期的に成功した工業化経済成長社会の現代社会は、過去数十年続いた「実績」から、永遠に続くと考えていて、危機が訪れても、政府が何とか対策を講じて続けさせてくれる・・と、特に意識しなくても漠然と考えている人が殆どでしょう。
でも、理性で考えればそれは不可能な事で、このままではいつか制御不能な崩壊が始まるでしょう。だから、出来るだけ自然を残して環境を汚染せず、「その時」に備えるべきです・・。

話はちょっと脱線しますが、小学校に入学の頃、・・2,3年生になっても・・小学時代はまだまだずっと続く・・・と「半永久的」な感じがしたものです。それが、6年生の卒業式当日になってやっと、小学生活にも終わりが来る事を実感しました(笑)・・・本当に最後の最後まで、人間は「終わり」を実感出来ないものかも知れません。それが必ずしも悪いことだとは思いません。逆にいい場合も沢山あるでしょう。しかし、もしも確実に悪いことが起きると知っていたならば、全員避難している事でしょう。問題なのは、「破局」がいつ訪れるか分からない事と、本当に破局がやってくるとは実感出来ない人が大部分であると言う事です。・・理性で考えれば確実にこのままの経済成長はあり得ないのに・・・
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【2013/02/11 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

因果関係が逆
guyver1092
「大変なことになるから、起る筈がない」
 ほとんどの人がこのようなたわごとを信じていましたね。バブル真っ盛りのころ、どこかの企業の重役のたった一人が、これはおかしいと主張したところ、首になったとどこかで読みました。
 子供のころ、テレビの何かの喜劇で「世界をボクを中心に回して!」というセリフで笑わせるシーンがありましたが、バブルのころは「物理法則を人間の都合で変更させて」と言っているに等しい主張がまじめにされていました。
 件の重役はまだ首にされ続けているようですし、喜劇はまじめなドラマと解釈されているようですね。
 バブル崩壊後20年たっていますが、「不況は永久に続く」という人はどこにもいないのは不思議ですが。


Re:因果関係が逆
雑草Z
>「大変なことになるから、起る筈がない」

これを私は『本末転倒』と表現しましたが、正確に言えば、
guyver1092さんの表現されたように『因果関係が逆』ですね。本文も修正させて頂きます。有難う御座います。

>バブル真っ盛りのころ、どこかの企業の重役のたった一人が、これはおかしいと主張したところ、首になったと

これは非常に興味深いエピソードですね。当時の殆ど全ての経済アナリストよりも遥かに理性と洞察力のある唯一の優れた重役だったわけですね。彼はおそらく、おかしいから、投資を控えるべきであるとか主張したのでしょう。彼の主張通りに会社が投資を控えていれば、その会社も損失を抑える事が出来たのではないでしょうか?・・・つまり優れた理性を持ち、結果論としても正しい事を主張した唯一の重役を、バブルが続くと考えたその他の愚かな重役達によりクビにされたわけでしょう。酷いものです。

>件の重役はまだ首にされ続けているようですし、

彼について、その後の事などもっとご存知の事があれば、是非教えて下さい。これぞ、エコノミックファシズムでしょう。

>「不況は永久に続く」という人はどこにもいないのは不思議ですが。

ごもっともな発想です。今も「バブルよ再び」と柳の下の泥鰌を願っている強欲な人が沢山いるのでしょう。今の日本の政府もそのステレオタイプです。今の日本で再びバブルを起こすのは難しい事ですし、仮にまたバブルを起こせたら、その後にもっと悲惨な未来が待っています。バブルなんて起こしている場合ではありませんね。



破局の型
ほとけの提言
「破局」がいつ訪れるか分からない事と、本当に破局がやってくるとは実感出来ない人が大部分であると言う事です。→

私も、その事をフェイスブックで毎日訴えていますが、友達260名のなかでも分っていただける人は数名しかいません。できる限り、その事に気が付いてもらいたいのですが、戦後長い間の教育、マスコミ等による洗脳で目を覚ましていただけません。破局がどんな型でくるのか分りません。できる事なら化石燃料の枯渇、経済の破綻くらいで破局が来る事を願います。その他の破局例えば、核戦争、地球環境の破滅等生物が滅亡するような破局は最悪です。終わりです。

Re:破局の型
雑草Z
>友達260名のなかでも分っていただける人は数名しかいません。

う~ん、そんなもんですか?彼等は短い過去の経験を元に、若しくは、
>「大変な事になるから起こる筈が無い」
という人類の力を過信した思い込みで、当分は(何千年か?、何万年か?、それ以上かは)人類は安泰だと漠然と思っているのでしょう。それ以上のまともな根拠は無いでしょう。
もっとも、彼等からすれば私たちが杞憂で終末論を唱える悲観主義者か何かだと思っているのでしょうね。

>できる事なら化石燃料の枯渇、経済の破綻くらいで破局が来る事を願います

『2050年は江戸時代』のような甘い破局は中々ないでしょうね。石油の枯渇の前に経済の破綻がやってくるでしょうが(・・日本の現政権のままでは間近かも知れません。)核戦争が起こらずとも、愚かにも無計画に作り過ぎた原発は、事故が起こらずとも放射能漏れは避けられない事でしょう。現在、森林もどんどん減っているし、陸地も海も汚染が半端ではありません。毎日絶滅している生物の種も、異常に多いペースです。かなり悲惨な破局が訪れると考えられます。
破局の型は、はっきり分かりませんが、本文にも書きましたように複合型の崩壊になると考えています。

RE:件の重役はまだ首にされ続けている
guyver1092
 このエピソードについては、これ以外は全く知りません。いまだ首にされ続けているというのは、このような先見の明をもつ人なら、国の国家戦略を練る部署にスカウトして、中心となって働いてもらうべきところを、政府は、あろうことかもう一度バブルを起こそうなどという狂った政策を取っていることにに対する皮肉です。

Re:RE:件の重役はまだ首にされ続けている
雑草Z
>政府は、あろうことかもう一度バブルを起こそうなどという狂った政策を取っていることにに対する皮肉

なるほど、guyver1092 さんのいつものブラックジョークですね。今回は皮肉とは気が付きませんでした。

今の政府は本当にもう一度バブルを起こそうとしているのですから、非常にお馬鹿ですし、それを支持する国民が多い事にも失望します。今回の政策によって、見掛け上の「経済成長」があっても、それは税金の投入で大企業を儲けさせたに過ぎないでしょうね。投入税金以上の効果は望めず、格差を広げるばかりでしょう。国はデフォルトになる危険を背負ってまで、搾取主に税金をばら撒きたいようですね。

百年もたない
地下水
 今気になるホーキングの話です。「今のオーバーテクノロジーで文明は環境を破壊して百年もたない。予測では二百万の文明が宇宙にはあるが、同様に百年もたないので、互いに通信する間が得られていない。」
 気になります。(^^;

今から100年もったとして…
ST
マルコーニが電波の発射を成功させたのは100年ちょっと前、それを考えると200年程度で「崩壊」と言う事なら
大体言われた事は合ってると思うのですが、しかしねぇ…
オーバーテクノロジーに到達して例えば「核戦争」となり
どうにか“復活の日”から立ち直る文明がもしあれば…
電波ででも「通信出来る」とは思いますよ。
それよりも「文明の進み方」が違いすぎて片方にとっては
電波でさえ「過去の遺物」のため困難なのかも知れません。
それにしても「ローテクで数万年以上続いてきた」のに技術が進んだら数百年に寿命が縮んでしまうとしたら“技術”って人間達は「一体何の為に」発展させて来たのでしょうね。

Re:百年もたない
雑草Z
    地下水さん

 私も以前より百年は持たないと考えています。今世紀に文明崩壊は始まると考えています。ここのサイトの記事で何度も言及しています。
【複合大崩壊】2012-02-17
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-618.html
とか、
【21世紀に文明が崩壊する根拠】2010-03-09
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-481.html
とかで、はっきり言及しています。ホーキング氏は、有名な研究者ですから、発言にインパクトがあると思いますが、理性のある人の多くがこのままでは21世紀中に文明崩壊に至ると考えているのではないでしょうか?

>オーバーテクノロジー

という表現は、現状をしっかりと表現していると思います。さらに付け加えれば、安全性も確認されていない、費用対効果さえ破綻している似非テクノロジーのオン・パレードです。

>予測では二百万の文明が宇宙にはあるが、同様に百年もたないので、互いに通信する間が得られていない。

私はこの予測はまともな根拠のないでたらめな数値に感じます。データがないので統計的な推測も生物学的なアプローチも不可能でしょう。


たとえば、200万の文明があったとしても、それらの文明全てが百年持たないとは言えないでしょう。それぞれ条件も違うし、みんな持続不可能なところまで突き進むほど愚かと言い切れるのでしょうか?・・この発言はブラック・ジョークではないでしょうか?・・・もしホーキング氏が冗談抜きでそう考えているのなら、私はホーキングさんを信用できません。パラノイアだと考えます。  

Re:今から100年もったとして…
雑草Z
    STさん

 上のコメントにも書いたように、私は文明の衰退は、100年どころか今世紀末まで持たないと考えています。
ただ、「100年もつ、もたない」の解釈にもよりますね。
私は
「人口も経済も制御不可能な縮小をして、文明が衰退する」
といった意味で言ってますが、

「人類が一人残らず絶滅する」という意味ならば、確実性は低くなると考えます。さらにシビアに「地上の生物が全て絶滅する」という意味ならば、今世紀中にそこまではいたらないでしょう。

>「ローテクで数万年以上続いてきた」のに技術が進んだら数百年に寿命が縮んでしまうとしたら“技術”って人間達は「一体何の為に」発展させて来たのでしょうね。

 そもそも、発展ではなくて「破局に向かって突き進んでいた」と言えるかも知れませんね。発展の仕方が間違っていたのでしょう。このことは、記事にしたいと考えています。


 

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2012-11-11 00:01
多くの現代人(日本人)は、生まれてから暫くの間、幼少の頃までは、余裕のある生活・・・時間がたっぷりあって、色々な新しい事に興味関心を持って飽きるまでやる事が出来た時期があったのではないでしょうか?
それが、小学校、中学校、高校と進むにつれて追われる生活に変わって来ます。勉強に追われ、部活動に追われ・・・。大学時代は、比較的余裕がある時代だと言われますが、二十歳の頃、余裕を持って生活している現代人は殆どいないように感じます。その証拠に社会問題と取り組む大学生はあまりいません。(ボランティアに取り組む学生は増えて来ましたが、アイデンティティの確立の為や自分のキャリアの一部として考える学生も多いように感じます。)・・そして、社会人になれば仕事に追われます。その『追われる生活』は年を取って退職するまで続きます。・・勿論その間に暫しの休暇を取る人もいます。数日から数カ月、数年に及ぶ人もいるでしょう。・・・それでも絶えず焦燥感があり、完全にドロップアウトしない限りは、「何かに追われる」感じは拭えないまま退職まで突き進む人が多いのではないでしょうか?
現代は、石油をはじめとするエネルギーを膨大に使う事によって、利便性を確保しています。かつては人間が手作業でしていた仕事の多くを機械に任せる事が出来るようになりました。炊事、洗濯から移動手段まで、機械にやって貰える便利な時代になりました。資源を大きな代償として、その時間が浮いた筈です。しかしその浮いた時間をまた別な追われる事柄に使って、余裕は増えていません。それどころか、昔よりも現代のほうがこの「追われる感じ」は強くなって来ました。例えば江戸時代は、炊事、洗濯に多くの時間が取られても、仕事の時間も少なく、大らかで、毎日余暇の時間が十分に取れた・・・と言う研究報告もされています。そう、昔のほうが余裕があった場合が多いのです。この観点から考えても、現代の暮らしが昔よりも豊かだとは決して言えないでしょう。

一口に「追われる生活」と言っても、社会的に追われる部分と、自分自身に何かを課して自分で自分を追い詰める部分とがありますが、その二者の間には明確な区別は無く、多くの場合、両者の要素が混ざっています。そして、はっきりとした目標がなくとも「追われる」感じが付きまといます。そのプレッシャーに耐えられずに、ノイローゼや鬱など心のバランスを失う人も沢山いて、現代の社会問題になっています。
一方、追われる生活を楽しんでいる人も沢山います。追われる生活が『充実』と感じる場合も非常に多く、ある意味人間には「追われた感じ」も必要な事とも言えましょう。
しかし、絶えず日々の雑事に追われる生活をする事によって、現在人類は大きな大きな代償を支払わなければならなくなりそうです。身近な小さな問題から大きな社会問題まで、「これは良くない」と思う事も、「常に追われている」から、看過してしまっている事ばかりです。社会問題には無関心か、関心があっても、世間話程度の批判で終わってしまいます。自然の摂理も忘れてしまって、若しくは自然の摂理に反する事に気が付いていても黙認してしまって、経済、工業、の暴走を許しています。その典型例が原発です。

このような「『追われる生活』が、為政者や財界の強欲な人々によって意図的に作られている」と言った陰謀論まで言及する積りはありませんが、追われる生活を強いられている一般市民の多くは、追われているが故に、社会の矛盾、不公平に対して、声を上げることなく甘んじて受け入れてしまっている状態です。このままでは本当に文明崩壊に至るでしょう。日々の雑事に追われた生活から一歩足を踏み出して、しっかり声を上げる事が必要でしょう。
(※3.11以降、市民のサイレントマジョリティの多くが声を上げるようになったのが画期的な事です。)
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【2012/11/11 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

追われているという感覚ではなく
アルテミス^^
おはようございます。

読み応えある記事ありがとうございます。
ほんとそう思います。一般人は焦らせるように社会がメディアが政治が仕向けていると言っても乱暴すぎるかもしれませんが、過言ではないかと感じます。

この問題は、働いている層によってもばらついていると感じます。ボランティア活動は本人の人生観にも関わってくるので何とも言えませんが、参加したくてもなかなか参加できない人も沢山いると感じます。かくいう私もその一人ですが・・。

テレビや携帯を手放せば意外と焦燥感は減ると感じます。が雑草さんの仰るとおり、身の回りのものが便利になったにも関わらず、乗り物も充実したのにも関わらず、余った時間はどこへやら・・・?という感は否めませんね。

昨日は溜まっている畑仕事を、諦めて、久しぶりに読書と近くの山の散歩に当てました。のんびりと、でも、あっという間の有意義な時間でした。

生活設計
guyver1092
 NHKの「なぜヒトは人間になれたのか」という番組のDVDで見たのですが、人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だったそうです。貨幣経済が発達するに従って生活設計が考えられるようになりました。そして現在、資本主義は明らかに行き詰っています。自分の努力で何とかしようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないのかもしれませんね。

Re:追われているという感覚ではなく
雑草Z
    アルテミス^^ さん

 また、通常と違った感じの文を書いてみましたが、そんな文章にまたアルテミスさんが最初に反応下さいましたね。有難う御座います。

>テレビや携帯を手放せば意外と焦燥感は減ると感じます。

確かに大量に送りこまれる情報が焦燥感を煽っているでしょうね。情報に世界全体が煽られ踊らされ、焦らせられ、競争させられている部分は大きいですね。

>溜まっている畑仕事を、諦めて、久しぶりに読書と近くの山の散歩に当てました。

このような時間をいつでも取れれば、追いつめられないかも知れません。でも社会のシステムにも大きく起因していますね。自由競争社会に追い詰められているとも言えましょう。



Re:生活設計
雑草Z
guyver1092

>人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だった

なるほど、これまでの人類の歴史の99%以上はその日暮らしでしたでしょうね?・・人間も幼少期はその日暮しですが、「その日暮らし」が悪い事のように考えられているのも現代の洗脳の一つなのかも知れませんね。

>そして現在、資本主義は明らかに行き詰っています。

この社会システムが焦燥感を生んでいるのでしょうね。

>自分の努力で何とかしようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないのかもしれませんね。

なるほど、貨幣経済から作られた自由競争経済システムが、焦燥の枠組みを作り、その中で個人が努力しようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないような強迫を産む・・・と言うシステムかも知れません。・・・何かguyver1092さんの短いコメントの中に、問題の本質が見えて来たようです・・・有難う御座います。


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2011-01-29 00:01
「経済のトレンド」と言えば、投機目的の経済動向の話題のようですが、・・投機的短期のトレンドの話ではありません。・・でも敢えてそんな誤解を呼ぶようなタイトルにしてみました。(笑)
・・・「経済」と言う概念自体に対する時代のトレンドを考えた場合、投機で使う「長期」と言う言葉はどれも短期過ぎる話です。そうではなくて、世紀にわたる「長期」の話です。つまり経済がどのようなものである(べき)か・・と言う「トレンド=潮流」のお話です。
現在の経済のトレンドは、「成長志向」です。「トレンドではなくて、永遠のテーマだ。」と言う経済学者や財界人などは山ほどいるでしょう。しかしそれは、ここ数十年の「短い」経験をもとに考えた軽率な発想です。成長志向は高々ここ1,2世紀の間の「トレンド」に過ぎないのです。経済学では経済成長を『公準』のように扱っているようですが、こんな概念が公準であってはたまったものではありません。ここ100年ばかりの見識の狭い経済学者達が「公準」に祭り上げただけで(それに乗っかる人々も愚かですが・・)こんなものは打ち上げ花火のようなトレンドです。そのうちみんなから見向きもされない「トレンド」になるでしょう。・・1,2世紀もの長い期間トレンドであったこと自体が近代人類の恥部だと言えましょう。
世界の主流である「経済成長主義」は、現在は圧倒的多数派でありますが、安泰では無くなって来た事は多くの人がうすうす肌で感じているところでしょう。それどころか大きく揺らいでいます。【経済成長路線は難攻不落ではない】で述べました。現在最大勢力である経済成長主義は、実は砂上の楼閣なのです。バラ色の夢がある事のように思い込ませられているだけの、実質、無謀で不可能な概念です。この、経済成長主義者の信念はそのうちに揺らいで崩れ去るでしょう。

 現在、環境問題はかなり優先されるようになってきました。ここのところ環境問題を重要視することは日本だけではなく、世界の趨勢になってきています。多くの企業も環境問題に力を入れている事を売りにしています。・・実際に効力があるかどうかは疑わしいものに溢れていますが、一応スタンスとしては環境に配慮しています。そして環境を無視した経済活動、工業は非難されるようになって来ました。政治家でも企業人でも、あからさまに「環境問題はどうでもいい、無視していても良い、経済最優先!」という態度の人は見かけなくなってきました。勿論、ポーズだけで、そのようなスタンスの輩はまだまだ世に溢れていますが・。
 しかしそんな世の潮流とは裏腹に実際に解決した環境問題は、ほんの一握りの局地的なものばかりです。全体として環境問題はいまだに悪化の一途を辿っています。それは環境に配慮したということを大げさにプロパガンダしているだけで、実際は殆ど効果が無かったり逆効果のものが多いからです。対症療法的なものばかりで根本原因には目をつぶっていたからです。
 その根本原因は何か・・・それは成長主義という名の膨張主義です。いくら省エネ製品を沢山作っても、エコポイントや補助金を付けたりしても、グリーン・ニューディール政策を実施しても、環境は悪化の一途を辿るのみです。経済成長という名の物質的膨張、物資の浪費がある限り環境問題は解決しないのです。だんだんだんだん自然環境も人間の住める環境も破壊されていく一方です。経済成長を前提に環境対策を行っているからです。つまり環境対策も経済効果ばかりに注目しているからです。
環境問題の根本原因が経済成長戦略にあることに気付いた人も次第に増えています。ネットや書物を見ると脱成長の支持に名乗りを上げた人々も増えています。経済成長に意義を唱える団体も沢山現れています。緑の党をはじめ、反経済成長の政党も現れ、議員にも当選するようになって来ました。

脱成長に関する会議も開かれるようになりました。

第1回「脱成長」国際会議は2008年フランスのパリで
第二回「脱成長」国際会議は2010年にスペインのバルセロナで開かれました。
(正式名称は、 『地球生態環境の持続可能性と社会的公正の為の経済的脱成長に関する国際会議』 です。)まだそれほど大きな会議ではなく、日本の政治家やマスコミは無視を決め込んでいるようですが、近い将来取り上げざるを得ない状況になるでしょう。
ヨーロッパ人の一部の知識人の間では、脱経済成長がホットな話題になっているようです。、経済成長を公準としたどうしようもない経済学と違い、最も理性的な経済の評価だから当然の成り行きと言えましょう。
様々な国で経済成長主義に反旗を翻す人が確実に増えています。
だからこれから 脱成長が 大きなトレンド=潮流 になる事は間違いないでしょう。
 経済成長を主張することが恥ずかしい事になるのも時間の問題でしょう。・・きっと21世紀中の遠くない日までにそんな価値観が世の趨勢になるでしょう。『経済は膨張させるべきものではない。』・・・と言う価値観が多数派になるのです。
 つまり、経済よりも環境が大切であることが社会の価値観として確立しつつある現在、環境問題の根本原因である成長志向という名の膨張志向は、愚かな思考と見なされるようになるでしょう。何故なら本当に愚かだからです。(笑)
 現在経済成長を声高に連呼している大部分の政治家も、経済学者も、経済評論家も・・・経済成長を主張していたことを恥ずかしい事として、そんな過去を誤魔化したり隠したりする時代になるでしょう。何故なら、確かに経済成長フェティシズムは恥ずかしく愚かな志向だからです。
 以上は個人的な希望的推測のように見えるかも知れませんが、極めて理性的な推測であると確信しています。根拠のしっかりした預言とも言えましょうか。
環境が破壊され、崩壊の危機が迫った地球上の社会で、脱成長は唯一の理性的な解決策だからです。問題は、崩壊の規模がどれくらいの段階で脱成長の合意が得られるか?間に合うか・・・と言うことだけです。一刻も早く脱成長の合意に至り、経済成長路線から脱する事が大切です。
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【2011/01/29 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

脱成長こそ「成長」の源ですね。
power
雑草Zさん

逆説的かもしれませんが、脱成長しなければ「成長」する
ことはないという(笑)

工業化社会からサービス産業化社会(日本も含めた多くの
先進国)になろうが、工業化社会からサービス産業化
社会への過渡期(中国・インド・ブラジル・ロシアなど)
だろうが、農業林業水産業社会(アフリカ諸国など)
だろうが、物資やサービスの浪費を続けていたら
いくら省エネ製品を作ったりサービスの質を良くしたり
(ここでいうサービスの質とは、対価に見合った質と
いう意味。要は、高級サービスで高単価)しても、行き詰まる
(既に、行き詰っているが・・・)だけであるという。

これを防ぐには、全世界で皆が「遊ぶ」ことが必要です。

電気などのエネルギーを使わない「スポーツ」や
生涯学習という意味での「勉強(高等遊民?)」を
することぐらいしかないでしょうが、この方が「成長」
するのではないか?(知識・教養が身に付き、身体も
鍛えられるという意味で)と。

技術革新においては理数系教育にもっと予算を
割いて技術者を輩出すれば、「できるだけエネルギーを使わず
環境に負荷が掛からない」製品やサービス
を発明することは十分可能(しかも、今よりも遥かに少ない
労働時間で)であると思うので、極少数の
方々がそういった立場に就き大多数の方々は「遊ぶ」
ことがメインになっていくでしょう。

冷酷な言い方になってしまいますが、本当の意味で「成長」
するには大多数の方々は働く必要がない(技術革新に
より、生活必需品と教養娯楽に必要な製品やサービスは
極少数の方々が働けば十分賄えてしまう)のです。



新産業育成や既存事業の拡大も×
power
雑草Zさん


経済成長には新産業育成や既存事業の拡大が必要だ!!
などとよく言われますが、両方とも×です。

どちらも、完全に限界に達しています。

新産業育成においては、ここ10年ほどの間で出てきたのは
ITを利用したサービス(ブログ・SNS・ミニブログ
・ネット広告・オンラインゲーム・スマートフォン・
ネットブックなど)ばかり…

共通しているのは、「どうでもいい内容ばかり投稿して
いたりどうでもいい動画を見ていたりうざい広告が表示
されるだけだったりと、大多数の人に
とっては無くても困らない上に時間と金の無駄になる
だけのサービス」だという(笑)

私も人のこと言えませんが、ITを利用したサービスは
娯楽性が非常に高くやり始めると中毒になりやすい
(オンラインゲーム中毒など)ため、IT技術者は
消費者に「時間と金の無駄使い」をさせているだけで
経済成長を抜きにしても有害の方が多い(真面目に
議論している雑草Zさんの様なブログなどの方が
遥かに少ない)のです。


既存事業に拡大については、以前、あるテレビ番組で
売上も利益も驚異的に伸ばした畳職人が紹介されていた
のですが、24時間365日交替で畳が完成した直後から
24時間以内に顧客の元へ届けるというサービスを開始
しただけ…という内容で、そこまでしてすぐにでも畳が
欲しい人なんていないだろうと思ってしまいました。


新産業育成は「時間と金の無駄使いのITを利用した
サービス(笑)」、既存事業の拡大は「そこまでする必要性
もない(緊急を要しない)サービスを作っただけ(笑)」

経済成長を抜きにしても、バカバカしい。

こんなバカらしいことをしなければ経済成長できない(笑)
というのは、既に経済成長なんて無理
だということが実証されてしまったということです。
(物理的に考えれば、理論上、無理なのは明らかなのだが)


狩猟採取民
guyver1092
 『文明崩壊』によると、狩猟採取民でさえ、より多くの獲物をとれるようにするため、過去に森林を焼き払ったことがあるようです。現在の狩猟採取民はそんなバカなことはしませんが。ジャレド氏は、長い間に足るを知るようになったと推測しています。現代人の主流ががこの域に達しない限り、文明崩壊は不可避でしょうね。

Re:脱成長こそ「成長」の源ですね。
雑草Z
    powerさん

>逆説的かもしれませんが、脱成長しなければ「成長」する
ことはないという(笑)

 現在の「経済成長」の定義である「国民総生産の増加」のような実質「経済膨張」と言えるものから「脱」しないと、社会の真の成長がないと言う事ですね。「社会の真の成長」と言うものはまた哲学的な話になるとは思いますが、兎も角「膨張」と言う名の「成長」は早く脱するべきですね。

>工業化社会からサービス産業化社会(日本も含めた多くの先進国)になろうが、・・~・・いくら省エネ製品を作ったりサービスの質を良くしたりしても、行き詰まる(既に、行き詰っているが・・・)だけであるという。

おっしゃる通りです。まさしくこの部分が現在の経済成長主義者、エコノミスト達の限界であり、彼らの考えの及ばない点であります。ここまで考えられない人達が社会の指導者だと言うところが大問題ですし悲しいところです。

>これを防ぐには、全世界で皆が「遊ぶ」ことが必要です。

 素晴らしいご提案です。科学技術が発展しても経済成長する為に労働時間が減らないと言う事はおかしな事ですね。楽しむ事よりも経済成長を優先すると言う狂った発想がまかり通っていますね。

>電気などのエネルギーを使わない「スポーツ」や 生涯学習という意味での「勉強(高等遊民?)」を することぐらいしかないでしょうが、この方が「成長」するのではないか?

そうですね。エネルギーを使わない「スポーツ」もいくらでもあるでしょうし、高等遊民的な学習もいくらでもあるでしょう。

>「できるだけエネルギーを使わず環境に負荷が掛からない」製品やサービスを発明することは十分可能(しかも、今よりも遥かに少ない労働時間で)であると思う

そうですね。これこそ本当に役立つ科学技術でしょう。

>冷酷な言い方になってしまいますが、本当の意味で「成長」するには大多数の方々は働く必要がない(技術革新により、生活必需品と教養娯楽に必要な製品やサービスは極少数の方々が働けば十分賄えてしまう)のです。

そうですね。新たな開発と言う意味ではそういう部分もあるでしょうね。ただ、エネルギーを浪費出来ない分大量生産、は出来ないわけですから(・・やる必要もないし、するべきでもありませんが・・)人力はかなり必要になるでしょう。
 農業も機械を使えない分、人力の小農が主体になるでしょうので、農業だけ考えてもやる事はけっこうあるでしょうね。土木事業もみんな人力主体ですから、遊んでばかりはいられないでしょう(笑)

しかし兎も角、エネルギーや資源を浪費しないで遊ぶ分には、成長成長とあくせく働くより遥かに社会の為でしょう。
いいお題を戴きました。
 


Re:新産業育成や既存事業の拡大も×
雑草Z
    powerさん

>経済成長には新産業育成や既存事業の拡大が必要だ!! などとよく言われますが、両方とも×です。

おっしゃる通り。この辺りも私はpowerさんと全く同じ意見です。・・まあ、人力と言う古くて新しい産業は必要ですが、「行き詰ったら新産業の開拓」と言う考え方は駄目ですね。この辺りもエコノミストの発想の限界でしょう。

>私も人のこと言えませんが、ITを利用したサービスは 娯楽性が非常に高くやり始めると中毒になりやすい

私も人の事は言えません(笑)。ただ、情報発信と言う意味で、脱成長革命の達成までは必要なツールでしょうね。

>こんなバカらしいことをしなければ経済成長できな(笑)
というのは、既に経済成長なんて無理 だということが実証されてしまったということです。

そうですね。もうかなり以前から経済成長は無駄と無理と不必要と不合理、不条理によって為されていますね。とんでもない事です。こうやって気づいた人からみんなで経済成長の理理不尽さを訴えて行けば、それがトレンドになりましょう(「トレンド」なんて言葉で表すと軽薄に感じますが・・・人類の思考の方向と言う意味です。人類が舵を切らなければならない方向に間違いありませんね。)



Re:狩猟採取民
雑草Z
    guyver1092さん

>狩猟採取民でさえ、より多くの獲物をとれるようにするため、過去に森林を焼き払ったことがあるようです。

確かに狩猟採取民族もそのような事はしていたでしょうね。
『文明崩壊』のどの辺りに書いてありましたか?(毎度すみません・・・確かにこの辺りは頭に残っています。)
『暴走する文明』にもマンモスを必要以上に大量に殺してマンモス絶滅の原因になった・・と言うような事が書いてありました。

>ジャレド氏は、長い間に足るを知るようになったと推測しています。

その推測は当たっているでしょうね。「足るを知った」古代人なのにいつの間にかまた「足るを知らなく」なってしまったのでしょう。そのきっかけは農業であったり、産業革命であったりでしょう。槌田敦さんは農業により余剰の食物が出来た事が支配階級の出現である・・と言うような事を書いていますね。

>現代人の主流ががこの域に達しない限り、文明崩壊は不可避でしょうね。

おっしゃる通り、もう十分に足りているのだから「足るを知る」べきですね。

 

新産業育成の弊害(追加)
power
雑草Zさん


雑草Zさんも感じておられることだと思いますが、ここ10年ほどのITサービスを利用した新産業育成においては「時間と金の無駄使い」以外の弊害がでて来ています。

ペニーオークション・クーポンサイト(バードカフェおせち問題で登場したグルーポンなど)・携帯電話用のSNS(グリーなど)などの、情報弱者を喰い物にした「詐欺的ビジネス」の横行です。

芸能人やスポーツ選手などの「有名人」を使ってTVCMなどで
ガンガン宣伝して、情報弱者から金を巻き上げ(グリーなどは月10万円を超える請求も出ている。プログラムを変えればいくらでも胴元に有利にできる、ネット上のガチャガチャやクジ引きなどで被害者多数。架空のアイテムなのに1回300円の課金など超ボッタクリ)るITを利用した新産業が幅を利かせているのです。


法律の不備を突いているとはいえ、経済成長のために詐欺行為し放題。グレーゾーンだから何をしても許されると勘違いしている。

ITを利用した新産業が出る前も詐欺的ビジネスはありましたが、最近は不況にかこつけてさらに酷い状況になっています。

経済成長のためにこの様な詐欺的ビジネスを横行させようという輩は、経済成長を抜きにしてもバカです。害の方が大きいので。

何としてでも経済成長をっ!!というスローガンが倫理まで狂わせてしまったと思えてなりませんね。新産業育成を考えている方々も本当は頭が悪いのかも知れません。

Re:新産業育成の弊害(追加)
雑草Z
    powerさん

>TVCMなどでガンガン宣伝して、

無料のゲームサイトなどはどうやってお金を儲けているのかと思っていましたが、なるほどそういう事でしたか。

>情報弱者を喰い物にした「詐欺的ビジネス」

その通りですね。ところで、

>情報弱者

と言う言葉は、世間で最近使われるようになった言葉ですか?・・それとも power さんの造語でしょうか?

詐欺行為やそれに近い事を行っている人々は、自分達が楽して沢山儲けようとやっている事で、社会の経済成長の為とは思っていないでしょう。そして、彼らの非合法に近い儲けは、国民総生産などにカウントされない可能性も高いと思いますが、このように詐欺的行為で儲けた輩があぶく銭をぱっと使うことによって、確かにGDPの増加に貢献するでしょうね。つまり彼らが意識しようがしまいが、こんな詐欺行為でさえ経済成長には貢献するわけですね!
 これが非常に特殊な例であるわけではなく、今日の経済成長の原動力なんてこんな詐欺まがいの事が沢山あるのでしょうね。経済成長の牽引者である金融業などの商売の本質も、この手の詐欺とあんまり変わらないでしょうね。

>最近は不況にかこつけてさらに酷い状況になっています。

それは言えますね。なり済まし詐欺もこの手の詐欺も根はあまり変わらないでしょうね。酷いものです。

>何としてでも経済成長をっ!!というスローガンが倫理まで狂わせてしまったと思えてなりませんね。

全くその通りですね。これまで世界中で経済成長の為に色々な事を犠牲にして来ましたが、その結果社会は、更なる経済成長を脅迫するようになりました。悪循環です。

>新産業育成を考えている方々も本当は頭が悪いのかも知れません。

私もそう思います。このような目先の経済効果しか考えない政治家が多過ぎます。今こそもっと大局的なものの見方が必要ですね。



使われれば経済成長に貢献!でも・・・
power
雑草Zさん


情報弱者・・・新聞やTVなどの「マスコミ」の情報を何の疑いもなく信じ込む人です。情報の正誤の判断が出来ない人のことを指します。

昔から使われている言葉です。


グリーなどはTVCMで「無料です!」とガンガン宣伝をして情報の正誤が判断できない人達(特に、小学生以下の子供)を騙して、ぼろ儲け(経常利益率50%を超えています)しています。

アイテム課金なども携帯電話の利用料金と一緒に引き落とすことで、情報弱者の方々が簡単に金を使うようになっています。
クレジットカード払いや課金前に暗証番号入力を求めるなどの手続きが一切ないため、「無料です!」のフレーズをまともに信じて利用すると後日とんでもない額の請求額になるという・・・

こういった「詐欺的ビジネス」で稼いだ金であっても使われれば経済成長に貢献!するからという理由で、「詐欺的ビジネス」を正当化する人がいるからタチが悪いですね。

Re:使われれば経済成長に貢献!でも・・・
雑草Z
    powerさん

 なるほど、
>新聞やTVなどの「マスコミ」の情報を何の疑いもなく信じ込む人

の意味で使われていたのが、ITビジネスが活発になってからは、ITに詳しくなくて情報産業の情報を信じてしまう人の意味で使われるようになってきたわけですね?
・・・私は「情報弱者」は、コンピューターやネットにアクセス出来る環境になくて、握れる情報が少ない事によって経済競争などに負けて行く途上国の人々とか貧困層の人々などを示す言葉と認知していました。言葉は日々変化しますね。

>アイテム課金なども携帯電話の利用料金と一緒に引き落とすこと

そんな事が出来るシステムであるとは変ですね。携帯電話サービス会社が共謀しているのではないかと勘繰りたくなります。

>「無料です!」のフレーズをまともに信じて利用すると後日とんでもない額の請求額になる

それでも非合法ではないのですか??

>経済成長に貢献!するからという理由で、「詐欺的ビジネス」を正当化する人がいるからタチが悪い

そこまで酷い人はあまりいない・・・とは言えませんね。確かにいます。詐欺的ビジネスを黙認して自分達もそんな隙間を見つけて儲けよう・・・と言う輩が沢山いるのも事実です。本当にタチが悪いですね。
 やはり新産業の育成も既存事業の拡大もこれ以上やる必要はないものばかりですね。


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2010-10-17 00:01
 人間は楽観的な部分と悲観的な部分とを両方持ち合わせています。その割合は人それぞれで、楽観的な部分が大きい人がオプティミスト[楽観主義者)]、悲観的な部分が大きい人がペシミスト[悲観主義者]と呼ばれます。しかし実際は人をどちらかに固定する事は出来ません。環境の変化によって・・時と場合によって・・一人の同じ人間がオプティミストになったりペシミストになったりします。
私自身その両方を持ち合わせていて、どちらにも固定は出来ません。基本的に楽観主義は沢山持ち合わせていると思います。しかし、環境問題の厳しい現実や成長主義の破局性を知ってしまってからは、現代社会に対して悲観的な部分を大きく持っています。どう考えても、現代社会の開発や工業化、経済成長主義は破局へ向かって突き進んでいるからです。子供時代のような基本楽観主義ではなくなりました。一方、社会構造の現実に悲観するようになって、個人的な事に対する悲観は減ってきたようです。社会があまりに酷い構造であるから個人的な事など些細に感じてしまうからでしょうか。

 現在のように基本的な社会構造をそのままにしておいて、小手先の環境対策・・環境対策商品に補助金を出したり、大量に作ってリサイクルしたり、環境フェスティバルを開いたりしても根本解決になる筈もなく、逆効果であったり問題を先送りしているだけですから、悲観的にならざるを得ません。しかしあくまでここで述べている事は悲観論ではなくてシビアな現実です。つまり、ここのサイトでは、現代文明に対してかなり辛辣に批判して、破局に向かっている事を述べていますが、それはシビアな現実を大げさに煽っている積りは毛頭ありません。現実を直視して考察した結果です。・・・勿論定量的な事は正確に予測できる筈は御座いませんが、定性的な事は大筋で間違っていないと思います。

 だからシビアな事をしょっちゅう描いています。悲観論からは何も生まれない・・・と言う方がいます。確かにそれは一理あります。しかし、深刻な現状を知らずにお気楽に、話にならないどうしようもないような小手先だけの対症療法的な対策を打ち続けても、現状は破局に近付くばかりです。そんな盲目的な似非楽観主義が蔓延っているから、「持続可能な開発」とか「新経済成長戦略」とか言う怪しい戦略が次々に現れて、これまでの路線とちょっとだけ内容を変えて、根本的な事は変わっていない破局への道を辿り続けているのです。
 いまだに道路建設もダム工事も毎年どこかで行われ、もう十分過ぎるほど固められた地面が更に過剰にコンクリートやアスファルトで固められ、植物が生えられない地面にして生態系を破壊し続けています。世界中で森林伐採も進み、海も川も湖沼も汚染され続け、毎年数え切れないほどの生物が絶滅しています。・・非常に深刻です。

極端に負の部分しかないと言える原子力発電もいまだに止まりません。止まるどころか、地球温暖化対策の名目で、またどんどん計画が進行しています。一方で、放射性廃棄物が増え過ぎて、もうどこにも持って行きようが無くなっています。だから「プルサーマル」と言う、再処理の名のもとに一時凌ぎの核燃料の再利用を始めました。・・・その結果ここから出る放射性廃棄物は一段とレベルが高い超高レベル放射性廃棄物となってどんどん量産される事になります。・・・たかが発電にこんな酷い放射能を出す事が許される筈が御座いません。・・極めて深刻です。

 このような深刻な現実は枚挙に暇が御座いません。これらの環境破壊、環境汚染が複合的に襲って来ているのです。・・・環境問題に関しては、現状を把握していれば楽観的ではいられる筈が御座いません。・・・どれもこれも、経済の為・・と言うどうしようもない経済成長フェティシズムによるのです。
 悲観主義から述べているのではなく現実を直視して理性で考えれば非常に深刻であるのです。だから、それらのシビアな現実を発信続けるのです。それが悲観論と映るとすれば、現実を直視しいないからと言わせて頂きます。このまま行けば、非常に悲惨な環境カタストロフィーが待っているのですから・・。先ずはその現実をしっかり見据えてから、進むべき方向を考えなければ、小手先の対症療法的な効力のない対策で、ただ破局に向かって突き進むだけです。
先ずは深刻な現実を直視する・・・そこから考え始めなければ持続可能な社会にシフトは出来ないでしょう。そして本当の現実を直視すれば、先ずは成長路線を脱する事に合意が得られるでしょう。そのシビアな現実に、勿論悲観的にならざるを得ない部分はありますが、それは結果であって、ここの記事は悲観主義から発信しているのではありません。

 遠くない将来に、経済成長路線は破綻し、脱成長路線が主流になってくると予測しています。・・これはオプティミズムかも知れませんが、その時まで破局しない事を願っています。
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【2010/10/17 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

悲観論
上々
私なども傍から見ると悲観論者に見えるのでしょうね。
悪いことを予想するのが悲観論で、良いことばかり考えるのが楽観論ならどちらも現実的ではありません。

どのような事態になって行く可能性があるかを場合ごとに考え、それに備えて行かなければいけないので、あり得る事態とその起こる確率を想定する必要があります。
例えば原子力発電ではそれ自体の炉心事故(チェルノブイリ)は起こった場合の損害は相当ありますが、確率はまだ低い方でしょう。しかし、原発を狙ったテロや戦争の危険性を考えるとこちらの確率は算定が難しいもののかなり上がります。

忘れてはならないのは幸いにして悪い事態が起こらず良いと思われる事態が続いたとしてもその結末がどうなるかも考えなければならないと言うことです。
例えば明日から急に日本人全体が貯蓄を取り崩しどんどんと消費をするようになったとしたら、景気は一気に回復し夢にまで見たインフレ状態になるでしょう。
しかしその結末も明らかです。

こういう状況を「人間万事塞翁が馬」と言います。

自分自身では決して悲観論者ではないと思っていますが、起こり得る事態はできるだけ述べて行くということが必要です。

Re:悲観論
雑草Z
 要するに、経済成長神話を信じられるお気楽な人々から見れば、「脱成長しないと滅びる」などと主張している輩は悲観論者なのでしょう。経済成長主義者は、自分たちこそ多数派の正当な宗教、脱成長派はカルトとでも思っているのではないでしょうか?

>あり得る事態とその起こる確率を想定する必要があります。

政府や経済人達はその辺がいい加減と言うか、誤魔化していますね。費用対効果なども滅茶苦茶です。

>原子力発電ではそれ自体の炉心事故(チェルノブイリ)は起こった場合の損害は相当ありますが、確率はまだ低い方でしょう。しかし、原発を狙ったテロや戦争の危険性を考えるとこちらの確率は算定が難しいもののかなり上がります。

まあ、確率が高くないとはいえ、原発事故は一基でも大きければ巨大な国が滅びるレベルですから大変です。チェルノブイリだけでなく、スリーマイル島の事故も考えれば、大きな原発事故も何年かに一度の割合で世界のどこかで起こるわけです。それに一切事故が起こらなくても、放射性廃棄物は溜まる一方です。その処分の事を考えると・・・放射能の崩壊は時間のみの関数で技術で放射能を減らす事は出来ません。だから悲観的に成らざるを得ません。原発の産み出すものの期待値は計算するまでもなくマイナスでしょう。シビアな負の遺産が溜まる一方です。

>幸いにして悪い事態が起こらず良いと思われる事態が続いたとしてもその結末がどうなるかも考えなければならない

本当にその通りですね。でも、現代の「民主主義」は、目先の事ばかり見ています。

>起こり得る事態はできるだけ述べて行くということが必要

そうですね。二酸化炭素温暖化説のみ、考え得る事態が様々な角度からしつこく検討されていますね。・・皮肉です。


歴史
guyver1092
 歴史はある原因についての結果は一つです。たとえば、イースター島は文明崩壊を起こして、悲惨なことになりましたが、悲惨なことになったのと同時に、文明崩壊を避けたということは起こりえません。(歴史の伝え方に問題があり、逆のことが伝えられているということはありますが)
 事実を認められない楽観論者が多数派であれば、歴史を歪曲して伝えるということが起こるのでしょうね。

Re:歴史
雑草Z
>歴史はある原因についての結果は一つです。

何だか凄い断言ですね。ちょっと同意しかねます。しかし、その後の記述を読むと、なるほどとも思えます。もう少し何か別な言い回しとか条件があるのではないでしょうか?

>事実を認められない楽観論者が多数派であれば、歴史を歪曲して伝えるということが起こる

これはこれまでにも多々ありましたね。
このあたりの楽観者は、自分達の都合のいいように解釈しているのでしょうが、彼らがいくらタイタニックは沈まないと言い張っても、巨大な氷山にぶつかれば沈むのです。

GDP
上々
また少し寄り道ですが、GDPにおいては無駄なことでも計算に入りますので、全くの浪費も意味があります。

この辺は家計の収支や、企業の成長とは全く異なり、企業では業績アップを常に求め続けていますが、その方法を間違えて売り上げは上がってもコストがそれ以上かかるようなことをすると倒産につながります。

しかし、GDPではそうではないようです。(誰もそんなことは言いませんが)GDPの求め方自体も相当あやふやなようで、数字が異なる結果が結構あちこちにあると言う話も聞きますが、とにかく何か間違ったことをしてしまい、その修復のために金を使ってもGDPの増大にはなるはずです。

そんなわけですから、無駄を省けと言う人間はそれだけでGDPの縮小を主張しているのに他ならないので、排除すべきなんでしょう。

悲観論者に見えるかもしれない私であっても、さらにひどい破局を避け明るい未来を目指す楽観性があると言うことを再掲し、むりやり話題を戻しておきます。

ペシミストかリアリストか。
でなしNo.146
>このような深刻な現実は枚挙に暇が御座いません。これらの環境破壊、環境汚染が複合的に襲って来ているのです。・・・環境問題に関しては、現状を把握していれば楽観的ではいられる筈が御座いません。・・・どれもこれも、経済の為・・と言うどうしようもない経済成長フェティシズムによるのです。


以前にも書いたかもしれませんが、価値観をひっくり返すというのは幕末(倒幕)に似ているのかもしれません。

私は脱成長路線にシフトさせることは幕末の志士達よりも難しい仕事への挑戦だと思いますが、絶対に成すべきことだと思っています。


環境の面からも限界が近づいている一方で、経済の面からも限界に近づいています。
「環境と経済」は「資源と生産(消費)」という関係に読み替えられるかもしれないので、一方が限界に近づけば他方も限界に近づくのかもしれません。

どちらも今はドーピングして支えている状況の中で、クスリが切れた時の反動が恐ろしい…

こうした問題を憂う人達は悲観論者と言うより、現実主義者なのだと思います。

経済成長至上主義者よりずっとまともだと思うのは、私も脱成長支持の人間だからですかね^^;

Re:GDP
雑草Z
 全く同じ製品でも高く売れた方がGDPは上がります。物が早く壊れ次の製品が売れるほど上がりますし、災害が起こっても、その為にお金回りが良くなれば上がります。
そんなGDPが豊かさの指数であると言う発想は非常に貧弱ですね。私はGDPが一番表現しているものは、「景気のよさ」ではなく「浪費レベル」だと考えています。GDPは浪費指数と呼ぶべきでしょう。以前記事にしました。
【GDPは何の指標か?】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-238.html

>GDPの求め方自体も相当あやふやなようで、数字が異なる結果が結構あちこちにあると言う話も聞きますが、

言われてみればそういう事もあるでしょうね。何を重複として省くかなども、明確には決められないでしょう。

>無駄を省けと言う人間はそれだけでGDPの縮小を主張しているのに他ならないので、排除すべきなんでしょう。

現実に社会の色々な場面でそういう事がありますから怖いですね。「消費拡大」なんて事を恥ずかしげもなく語るエコノミストや政治家、マスコミが普通に沢山いる世の中は狂っていると言えましょう。

>さらにひどい破局を避け明るい未来を目指す楽観性があると言うことを再掲

お互いそういう事を目指す楽観性は持ち続けたいし、持ち続けられる状況が見いだせればいいですね。
起こり得る最悪の事態もしっかり述べて、その上でそれを回避する方策をお互いに述べていきましょう。改めて宜しくお願いします。


Re:ペシミストかリアリストか。
雑草Z
 経済成長神話は、悪魔の思想として葬り去らねばなりませんね。21世紀中には成し遂げられるでしょう。・・どこまで早く成し遂げられるか・・・ですね。社会が脱成長に脱皮するのを見届けたいものです。

>「環境と経済」は「資源と生産(消費)」という関係に読み替えられるかもしれないので、一方が限界に近づけば他方も限界に近づくのかもしれません。

その洞察はかなり妥当と解釈出来るでしょう。経済は環境を食い潰しながら成長して来た部分も否定出来ませんからね。

>こうした問題を憂う人達は悲観論者と言うより、現実主義者

なるほど、言い得ています。そこですね。私が記事で主張しようとしていた事を明確に言及して下さいました。有難う御座います。

初めまして。
power
雑草Zさん


初投稿となります。powerと申します。

貴ブログを拝見し感銘を受けました。
悲観論とのことですが、経済成長を前提としている
資本主義は崩壊せざるを得ないだろうと私も思っております。

資本主義は「ムダ・ムラ・ムリ」がないと成り立ちません。
生活必需品&健康で文化的な最低限度の生活に必要な
趣味や教養娯楽だけでは経済成長ができず、必要のない
無駄な公共事業などに金や人員を投入し続けて
需要が無くなれば法律改正などで無理やり需要を作り
出して(以下、略)といった、傍から見れば馬鹿馬鹿しい
とも思えることも「経済成長のために」だの「豊かになるため」
だのの名目で正当化されています。

これは、やはりおかしいのだと私も感じておりました。
必要のない無駄なことをし続けなければ成り立たない経済
システムは最初から破綻しているのだと思うのです。

雑草Zさんのご意見をお願い致します。



楽観論者
上々
悲観・楽観と言う考え方をほとんどしたことが無かったので、何か違和感を感じていましたが、もしかしたら「悪い予想をするのは皆悲観論」といった極めて低級な論者が居るんじゃないでしょうか。
まあちょっとまともに相手をするのもアホらしい話ですが。

暇つぶしに良く見る一般向けの掲示板がありますが、(仕事がほんとに暇なんです)そこに最近結婚式を間近に控えた若い女性が、「晴れの確率が高いのでこの日に決めたのに雨の予報が出て、晴れのつもりで色々プランを考えていたのにみな潰れてしまいそう」と本気で焦って書き込みをしていました。
普通、晴れ・雨どちらでも対応できるように両方のプランを考えるだろと思いましたが、どうやら雨用プランを全く考えていなかったようです。
結局、天気予報を覆し何とか雨が降らずに無事結婚式は終わったようですが、これと同じように雨の時にはどうしようと言うことを全く考えないのは政治や経済の指導者としては全く無能です。

本当のことを言えば、嵐の場合を想定して準備しておけば、たまたま晴れればホントにラッキーと喜びも数倍になるものと思います。

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2010-07-01 00:01
コロンブスの新大陸発見と言う名のヨーロッパ人によるアメリカ大陸侵略開始、アジアなどへの植民地主義的な大航海時代から500年ほど。産業革命から300年くらい。経済成長なんて概念が出来てからはまだ、高々100年です。その間に確立されてきた・・・と言うよりも世界中に蔓延ってきた現代社会的価値観・・・科学万能主義、地域の開発と工業化、金融資本主義、経済成長主義に現代人は縛られ過ぎています。・・洗脳されていると言えましょう。多くの現代人が、それらの、ここ数百年で作られてきた価値観が、あたかも未来永劫続く価値かのような錯覚さえ抱いています。
日本では、バブルの時代には過去数年間株価が上がり続けたから、これからもそうなる・・・株価は上がり続けると証券会社の社員達や経済アナリスト達が、株の購入をどんどん進めました。その後アメリカでも、数年続いたから住宅価格はどんどん上がる・・と低所得者層にサブプライムローンを奨めました。・・・彼らの中には商売としてやっていただけではなく、本当にそれを信じていた輩も多かったようです。でも結局バブルは崩壊しました…右肩上がりの経済がずっと続く筈が御座いません。
 長い目で見ると経済は右肩上がりになる・・何故なら経済は成長続けているからだ・・・と云う方も沢山いますが・・・と言うよりもいまだに現代社会の主流ですが・・・、この世の中に・・少なくとも地球上には・・限りなく成長続けるものは御座いません。20世紀までは限界に達していなかった…と言うだけの話でしょう。指数関数的に成長する特徴のある経済は、限界に達するのはすぐで、このまま経済成長主義を推し進めていけば、21世紀中に限界に達することは間違いないでしょう。・・・先進国のトップを走っているように見える国では、税金を投入して成長しているように見せかけているだけで、見方によっては既に経済成長は止まってしまったとも考えられています。・・それらの国々が更なる成長を無理に模索する事によって、地球環境はどんどん破壊されているのです。G20金融サミットなんて、そんな愚かな会議の象徴の一つでしょう。

1000年以上続いて崩壊した文明など色んなところに存在したと考えられています。その時代にその文明の中で生きた人々の殆どは、その文明が永遠に続くと思っていても、いつの間にか衰退をはじめ、崩壊していたのです。
高々数百年続いたからと、理に適わない概念を、あたかも自明の永遠の真理の如く考えるのは大きな間違いです。特に経済成長のように「成長」とは定常状態ではありません。定常状態ではないと言うことは、不安定である事です。成長状態に安定はないでしょう。肥大し過ぎたらいつか壊れる、破裂する・・・と考えるのが理に適っているでしょう。
 高々数百年で形作られた理不尽な価値感・・・経済成長主義をそろそろ理性で評価して、その洗脳から解き放たれる時期でしょう。
もう文明崩壊までの猶予は殆どないと考えるのが理に適っているのではないでしょうか。
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【2010/07/01 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

時間の概念
上々
現在の産業社会が始まったのはヨーロッパの産業革命からだとしても300年ですか。大したものじゃないですね。
これまでにない気候異変なんて言ってもせいぜい数十年無かった程度で、その前のことなんて誰も思い出さないんですから。

そもそも人間社会の成長が始まったのが一万年ちょっと前からで、その頃から急激に温暖化したおかげで文明社会がスタートできたわけで、夢か幻のようなものでもあります。

一人の人間が実際に自分で体験できる時間はせいぜい50年ちょっとしかないので、今80や90歳で亡くなっている人達はめったに見られない発展と言う社会変化を目の当たりにできたという経験をしてきたわけです。まあ幸せと言うべきか。
今30歳くらいより下の世代は逆に混乱と縮小と言うこれもめったに見られない社会変化の体験をしなければならないと言う意味ではすごい世代かもしれません。

八万年前に一度滅びかかった人類がどのように行動しまた滅亡の危機に瀕するか、一つの歴史観としてまとめてみる価値はあるかもしれません。

知性の限界
guyver1092
 「21世紀は警告する」で読んだのですが、半砂漠の民は干ばつを自分たちが作り出しているのを絶対に認めないそうです。
 現代の先進国を自認している日本人は、なんてバカなのだろうと思うでしょうが、日本人も程度としては変わらない愚かさを持っていますね。以前にもコメントしましたが、過去に積み上げてきた知恵を利用できないようでは、真に先進国とは言えないでしょう。過去に積み上げてきた滅亡の知識を活用して滅亡を避けてこそ先進国であり文明人でしょう。

Re:時間の概念
雑草Z
    上々さん

 そうです。現代の工業化社会なんて、大したものじゃないばかりか、将来は愚行の失敗例と評価されると思います。・・・それまで文明が続いていればのお話ですが・・。


>これまでにない気候異変なんて言ってもせいぜい数十年無かった程度で、その前のことなんて誰も思い出さないんですから。

この上々さんの表現は、鋭いですね。
過去の歴史はかなり眉唾かも知れませんね。過去の地球の気温の変動も、信頼性は高くないでしょう。地球の歴史が45億年と言うのも、どこまで信頼できる事やら・・。

>今30歳くらいより下の世代は逆に混乱と縮小と言うこれもめったに見られない社会変化の体験をしなければならないと言う意味ではすごい世代かもしれません。

上々さんもそう思われますか!?望む望まざるに関らず、今世紀の早いうちに、人間社会、経済の縮退はやってくるでしょうね。
 その事に関してもっと記事を書くべきだと思っています。

Re:知性の限界
雑草Z
    guyver1092さん


>日本人も程度としては変わらない愚かさを持っていますね。

いや寧ろ、日本人や欧米人など、自ら先進国と思っている国の人間の経済成長、開発主義のほうが遥かに愚かではないでしょうか?

>過去に積み上げてきた滅亡の知識を活用して滅亡を避けてこそ先進国であり文明人でしょう。

おっしゃる通りです。まだ結論の出ていない(・・と言うよりもほぼ失敗は目に見えている・・)開発主義、金融資本主義、経済成長主義を絶対的価値観のように扱っている現代社会は狂っています。人間はこんなにも愚かなのだろうか?と人間の理性を疑います。



人間の知性
上々
かなりの知性を持っている人でも社会を縮小させることを皆に納得させられる人はいないでしょう。
せいぜい自分だけは隠遁生活を送り著作を発表する程度のことしかできないのではないでしょうか。

自分が欲望を制限することすら難しいのに、他人の欲を捨てさせるなど、まずできないことであるのは間違いなく、そのために社会全体としては滅亡に向かったとしても誰も止められないことになります。

人間の理性
雑草Z
 成長の限界を人類は納得できるのではないでしょうか?
そこから、人類は自らの意思で縮小していかなくても、縮小していくことを納得することは可能かと思います。
成長を無理に続けて言った場合の、資源枯渇や環境破壊による制御不可の崩壊の恐怖を感知する事が大切でしょう。このままでは、大惨劇が確実にやって来るという理性による恐怖。

>八万年前に一度滅びかかった人類がどのように行動しまた滅亡の危機に瀕するか、一つの歴史観としてまとめてみる

も有効になるでしょう。
人間は理性ではわかる筈です。問題は現実的に社会をどうやって大転換するかで、そこには大きな恐怖、成長の限界による大崩壊という共通認識が必要でしょう。


恐怖
上々
申し上げたのは現在のような危機の認識がほとんど無い状況で認識させるのは難しいということで、眼前に危機が現れたら誰にでもわかるでしょう。
ただそうなってからでは遅いので、今まさに納得させながら始めないといけないのですが。

そのためには石油大高騰という事態がかえって早くやってきた方がその後のためには良いだろうということは言えます。

理性の認識
雑草Z
    上々さん

素早いお返事有難う御座います。その日のうちにお返事もらうのも珍しいですね。
おっしゃるように、現状は危機の認識が甘過ぎますね。
だから、エコ替えだとか二酸化炭素削減だとか、景気と連動したお気楽で逆効果の対策を行っているのでしょう。

>眼前に危機が現れたら誰にでもわかるでしょう。 ただそうなってからでは遅いので、今まさに納得させながら始めないといけないのですが。


全くその通りです。ここは共通認識の部分ですね。
先に書いたことは、人間の理性の力で、その危機が始まる以前に、理性でその危機が起こる必然性を想像し、方向転換の方向にしなければならないということです。・・それが難しいのですけどね。
 上々さんのおっしゃるように

>石油大高騰という事態がかえって早くやってきた方がその後のためには良いだろうということは言えます。

も全く賛成です。今回の海底油田の事故もかなり悲惨で、それだけでも現在の石油採掘は困難な状況が始まっていることをしっかり悟るべきですね。この海底油田事故の詳細情報をしっかり公開してもっと世界中で議論を発展させるべきだと考えます。
 事故の話はまた別の事だろうとも言われそうですが、石油ピークとこのような事故は密接な関係がありますね。【石油ピークと現代社会について】の記事からも明らかです。
二酸化炭素排出量削減などと言うのなら、この事故を機に、世界中の海底油田を凍結するくらいの措置がなされてもいいと思います。
 チェルノブイリ級の原発事故がまた起こるまで、原発も止まらなさそうです。・・起こってもそこから議論が始まって、なかなか止まらないでしょうね。
そういう意味では人間の理性もかなり麻痺していますね。
上々さんのおっしゃる事のほうが現実味は高いでしょうね。
でもそこで、方策を考えていきましょう。

ただいま帰省中
上々
今ちょうど家に帰っていますので、いつでも見られます。

海底油田の事故は現実に影響が出ているようで、規制が厳しくなりそうで、そのために開発中止等の事態にもなりそうです。

原発の受注関係の話では、日本のメーカーが運転に責任が持てないために受注競争で競り負けているという話もあります。
日本では建設まではメーカー責任でやってもそれ以降は運転者の電力会社責任らしいので、メーカーにそのノウハウがないとか。
まあ無理に受注しない方が良いと思いますが。

私は、東京からコメント書きました。
雑草Z
>海底油田の事故は現実に影響が出ているようで、規制が厳しくなりそうで、そのために開発中止等の事態にもなりそうです。

それは当然の結果でしょうね。あれだけ海を汚染しているのだから、大犯罪でしょう。BP社の株価が下がったとか報道されていますが、ここまでの環境破壊をしておいて、潰れないのはおかしいですね。BP社はもうどうやっても償い切れない罪を犯したとも言えましょう。


 あんなに危険で、コストもかかり、半永久的に後処理をしなければならない原発を受注する・・と言うのが、おかしいですね。どの国でも利権がらみなのでしょうね。
民主党政権は自民党政権と同じかそれ以上に原発推進で、がっかりですね。 

 昨夜は東京の反原発の共同事務所に初めてお邪魔して、事務所に泊めて頂きました。
だから今日の午前中の2つのコメントのお返事は水道橋のネットカフェからです(笑)今夜帰ってきて、これは家からかいています。

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2009-03-21 00:02
 物事には限界があります。その限界が明確か不明確かの違いはあるでしょう。だから、はっきり限界線を引けない場合もありますが、それでもアバウトな限界ラインは存在するでしょう。(宇宙に限界はあるかとかそんな議論は今致しません。)
勿論、科学技術にも限界があります。その限界をしっかり認識するのも大切な科学です。限界を調べてそれに沿った方法を提示するのも科学でしょう。

 色々な条件を考慮した場合、現実の問題として人類は有限の地球上で生きていくわけですからその生活にも自ずと限界があるのは自明でしょう。
いつ頃からの流行かわかりませんが・・・産業革命以降でしょうか?20世紀に入ってからでしょうか?・・・現在も
「人類の無限の可能性」
 とか
「人類に、科学に、限界はない」
などと言う言葉が頻繁に使われています。無限の可能性を追求する事がロマンのある素晴らしいことでもあるように語られています。まるで限界論は可能性を自ら狭めるマイナス思考の如く言われます。その言葉とともに、無限の経済成長みたいな事さえ疑いもなく使っている人の何と多い事でしょう。これらの言葉は実は非常に危険な言葉でしょう。有限の世界の中で無限の成長に挑めば破局は免れません。【成長は破綻への道】です。
 これまでの社会が『無限の可能性』の思想の元にどれだけ破壊されていった事でしょう。

 例えば人間の体が、どんどん成長を続けたら大変です。10代までの成長期の勢いでどんどん指数関数的に体が大きくなり続け、山のように大きくなって、富士山よりも大きくなったら、食べ物だってすぐになくなるし、住むところも衣服も作れないでしょう。人類の数もほんの数人で地球は満杯。・・・・そこまで来る前にとっくに人類は滅んでしまうでしょう。・・・こんなお馬鹿なステレオタイプの例を出すまでもなく、『無限の成長』などと言う可能性は危険極まりありません。・・限界があるからこそ人類も地上の生物も永く滅ばずに生きて来れたのです。
 人間の体も大人の体になれば、あとは成長しないからいいのです。・・・だんだん衰えていくのは悲しい事ですが、それが自然の摂理と言うものです。・・・
 
『成長を続ける事は出来ない』と言う当然のことを受け入れる事は敗北でも何でもありません。それも自然の大切な大切な摂理です。
 20世紀あたりに流行った『無限の可能性』なんて言葉にロマンを感じて踊らされる事はもうそろそろ改めるべきでしょう。21世紀は限界をしっかり認識し限界とうまく付き合う世紀にすべきでしょう。それが人間の理性と言うものでしょう。
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【2009/03/21 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


BEM
子ども達には、君たちには無限の可能性がある!なんてくさい事を言ってしまいますが、成長を続けなければいけない!というのは、よく大企業トップが口にしそうな言葉ですね。
私はそんな大きな会社というのは、強迫観念のように成長し続けなければいけないと考えている事に、なんだか哀れささえ感じてしまいます。
巨額の負債を抱えて倒産してしまう企業は、成長しなければいけないと思い込んで無理をした結果なんだと思います。

もうちょっとゆるゆる生きていきたいんですけど~(^^;

>君たちには無限の可能性がある!
雑草Z
 確かに運命論でなかったら、未来の方向は無限の可能性がありますね。でもそれって、当然過ぎて何の示唆にもなりません(笑)・・・この言葉は子供達に「夢を持て・・」なんて時に言う決まり文句のようになっています。

>強迫観念のように成長し続けなければいけないと考えている事

それ自体辛い事ですが、何よりもその辛さを克服して成長すれば地球環境はより悪くなると言う事を考えなければなりませんね。


>もうちょっとゆるゆる生きていきたいんですけど

そうしたいものです。

限界にを超えようとするから世の中きついのかも知れません。現在考え方を変えれば緩く生きられるのですけどね。

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2009-03-13 00:02
 地球は外部の宇宙とエネルギーの交換はするが、物質は交換しない【閉じた系】と考えられる事は前回述べました。
だから地球上で行われている変化はグローバルに考えれば、物質的にはゼロサム[zero-sum]・・差し引きゼロ・・と考えられるでしょう。
ゼロサムゲームとは、全体の利得の総和がゼロになる状況のゲームです。
 例えば仲間内の賭け事がゼロサムゲームの代表例でしょう。ある物の価値が変わらないと考えた場合、その物の売買もゼロサムゲームと考えられるでしょう。

 さて、地球上での経済活動や開発はゼロサムゲームではなく、人間にどんどん利益を産んで行く・・・と考えられてますが、本当にそうなのか考察致します。

 固定市場に於けるパイ取り合戦は、典型的なゼロサムゲームと言われます。それに対し市場が拡大すれば、ゼロサムゲームではなく、全体としてはプラスの利益が出ると言われます。株式はその代表と言われ、経済成長社会において、お金を生み出す素晴らしい仕組みのようにさえプロパガンダされています。しかしそれはかなり軽率と言うものでしょう。・・・市場拡大と言っても勿論地球上での事。
新しく経済圏に取り入れられる人、社会、物事は、今まで経済価値が付けられていなかったのに、経済価値が付けられたから、人間社会にプラスの利益をもたらしたと考えていいのでしょうか?

 例えば新しい良質な地下資源が沢山採掘、精錬されたとしましょう。・・人間社会にとって、今までなかった資源が使えるようになった訳ですから、一見人類全体の財産が増えたように感じますが、その資源はもともと地下にあった物です。人類の歴史がいつまでも続くとすればいつか採掘される資源です。・・・先に使われてしまっただけの事です。・・・もしかしたらもっと後に採掘されたほうがもっと有効利用されたかも知れません。・・そして使ってしまったら、厄介な廃棄物になるのです。・・・リサイクルすればよい・・と言う考え方は熱力学的素養の欠如です。リサイクル活動は、エネルギーの浪費であるばかりでなく、地上に高エントロピーをまき散らしているのです。・・・エントロピーの増加分だけマイナスサムと言うべきでしょう。

 また、例えばそれまで経済圏に取り込まれずに自給自足的な暮らしを営んでいた人々。欧米から見て、野蛮な異文化社会・・が欧米の経済圏に組み込まれた場合、その組み込まれた社会は欧米に搾取されて来ました。欧米から見れば、ゼロサムではなく利益が増えましたが、経済圏に取り込まれた、異文化社会は欧米から搾取された事になりましょう。・・・結局全体で考えればゼロサムです。いや、欧米人に搾取され、命まで奪われた人々の事を考慮すれば、ゼロサムどころかマイナスでしょう。
 
  ゼロサムゲームと呼ばれているものの本質を考えてみると、実際はゼロサムではなくて、全体ではマイナスになっているのではないでしょうか?。そのゲームに使う別の浪費があるからです。
 例えば賭け事、ゲーム参加者のみを一つの系と考えた場合、主催者(胴元)の取り分がマイナス・・・と言う話は当然ですが、そんな事ではありません。主催者の取り分も系に含めて考えてもマイナスでしょう。・・・ゲームに使う道具やエネルギーの消費があるからです。・・・ではそこまで系に含めて地球全体で見ればゼロサムではないか?・・・と言えば、それでも違います。・・・元には戻らないものがあるのです。・・それはエントロピーです。増大したエントロピーの分だけマイナスサムです。そして、そのエントロピーの増加分だけ排熱として宇宙に放出してやらなければ、地球のエントロピーが増えて、使えない廃物が増えるのみです。経済活動の拡大はエントロピーの増大を早めて、熱死[heat death] に向かう速度を加速しているだけです。

 つまり、経済成長がゼロサムゲームからの脱出だと考えるのは近視眼的な見方で、逆に地球全体で熱力学的に考えればゼロサムゲームどころか、だんだんだんだんエントロピーが増える分、マイナスサムであり、自然の循環に乗らない活動は、地球に高エントロピーを貯め込み、地球を熱死に向かわせているのです。

 物質的にゼロサムな地球は、現在高エントロピーの処理をし切れずに、廃棄物がたまる一方です。だんだんだんだん資源が劣化して行くのです。


開発、経済活動によって、子孫にインフラなどの財産を残している事も否定しませんが、それらの活動は、ゼロからプラスを産み出しているのでなく、かなりのマイナス的なもの・・・環境破壊、高エントロピーも産み出しているのです。代償をしっかり払わされているのです。エントロピーと言う言葉を使わなくても、払った代償の大きさ・・悲しい現実・・から目を背けるべきではないでしょう。地球上での活動は、エントロピーの増加分だけマイナスサムゲームなのです。増加したエントロピーを太陽エネルギーが地上に作り出す循環に乗せてやり、排熱として地球外の宇宙に放射してやっとゼロサムと言えるのです。



因みに、余談になりますが・・
 低エントロピーである太陽光をエネルギー源として、地球上での水循環などが起こり、高エントロピーである廃熱を宇宙空間に放出する事によって、地球が熱死[heat death] せずに、定常状態を保つ・・・と言う理論は槌田敦さんの著書(幾つもの本に載っています。・・・槌田敦さんの書物は結構金太郎飴状態です・・・笑)から学びました。彼のオリジナルな発想か他の方がオリジナルかはわかりませんが、画期的な素晴らしい理論だと思います。読んだとき目から鱗の感がありました。
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【2009/03/13 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

むしろマイナスですよね。
でなしNo.146
経済活動で便利と感じる時が多いという側面は認めますし、快適過ぎるくらいの日常は先人達の様々な積み重ねの上に成り立つものだと思います。

…ただ、経済活動やら文明化やらで「今まで必要なかったもの」を必要不可欠に(洗脳?)してしまうシステムは、やはりマイナス的な要因が濃いように思われます。

このマイナス分は人類が滅びて「ゼロサム」になるものなのでしょうか…

その視点も非常に大切ですね
雑草Z
    でなしNo.146

 今回の記事は、人間社会での経済活動など様々な活動が、閉じた系でも物理的に、ゼロサムゲームではなく、エントロピーの増加の分マイナスサムゲームである事を述べたのですが、説明が雑で、ちょっと別解釈されたかも知れませんね。

 でなしNo.146 さんのおっしゃるような、

>経済活動やら文明化やらで「今まで必要なかったもの」を必要不可欠にしてしまうシステムは、やはりマイナス的な要因が濃い

もその通りだと思います。ここの過去記事で、私も同じような主張をしています。


>このマイナス分は人類が滅びて「ゼロサム」になるものなのでしょうか

意図されている事はその通りだと思います。ただ、地球全体の系として考える場合、人間の活動はエントロピーを増加させた分地球に負の遺産を残した事になりますから、マイナスサムでしょう。生態系を考えてもマイナスサムですね。・・・そして何より恐ろしいのは、人類は地球を熱死[Heat Death] に向かって突き進ませているという事です。
 

 

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2009-02-21 00:02
 現代は昔ほど重労働をしなくて良くなった・・・科学の進歩で大きな力を使う力労働は機械がやってくれるし、煩雑な事務処理はコンピュータがやってくれる・・・便利な世の中になった・・・と言われますが、本当にそうでしょうか?・・・最近こそ不況でワークシェアリングも脚光を浴び始めましたが、それでもいまだにほとんどの業種で労働時間は過剰に思えます。定職に就いていれば、週に5日以上1日8時間以上、・・・と言うのは当たり前で、起きている時間の半分以上が労働時間・・・と言う人も沢山いるでしょう。日本も高度経済成長時代よりは労働条件が改善された・・・と言ってもそれは正社員の場合だけです。派遣社員の労働条件は高度経済成長時代の正社員よりは色々な面で良くないでしょう。
パーキンソンの法則】よろしく、いまだに目一杯働いてくたくたになって家に帰る人が大勢います。・・帰る家があるだけましだ・・・なんて状態です。
 日本では現在、高度経済成長時代以前よりも1人当たりのGNPが10倍以上にもなりました。しかしそれでもさらなる成長を目指して労働時間はそれほど短縮されてはいません。
 人間社会には、出来るだけ働いて努力して経済成長させよう・・・と言う(国や企業、団体の)意志が働いているようです。GDPの伸びを減らして、その分労働時間を短縮してゆったり余裕をもって生活しよう・・・なんて発想にはなかなかならないようです。・・・余暇も出歩かせてレジャー産業などを成長させよう・・と言う動きは沢山ありますが・・・

 狩猟採取時代には、人は1日平均3時間くらいしか働かなくても良かった・・・と言う研究報告も為されています。・・・あながち間違いでもないでしょう。動物の生活を見ても1日中必死に食べ物を探し回る・・・と言うのは過酷な条件下の特殊な場合のみでしょう。・・・自然破壊された現在こそ食べ物に困る野生動物も沢山出てきていますが(山の食べ物が減って人里に下りてくる動物達とか・・)人間以外の動物はある意味いつだって働いていません。働かされているのは人間の奴隷となった家畜などの一部のみでしょう。人間も狩猟採取時代は・・・人口が増え過ぎる以前は、食べたい時に食べ物をその辺の森林や川・海から採取したり、捕まえて食べると言う、ある意味気楽な生活だったでしょう。・・・勿論現代よりも大変な面もあっただろうし、現代とは別の大きなリスクがあったのも事実でしょうが、現代がそれよりも素晴らしい・・・と思うのは「文明」による洗脳かも知れません。


便利になったと言われる社会で、こんなに働かなければならないのは何故でしょう?。・・・人間の性[さが]とも言えなくはありません。人間は出来るだけ努力するから・・・と言う部分もある事は否定しません。大きな要因でしょう。・・・でも、そう言う個人の意思だけではない事もまた事実です。

 先ず第一に競争による市場原理主義を挙げます。・・・どんなに便利になって生産コストが安くなっても、市場原理主義は競争です。他よりいい製品、安い製品が選ばれます。・・・だから、競争に勝つ為にみんな必死に働きます。

 続いて、経済成長主義・・・恐慌に突入した現在は変わってきたとしても、どこの企業でも目標は対前年度より何パーセントか売上を伸ばす事・・成長です。・・・現状維持やマイナス成長を目標にする事は本当に特殊な場合で、ほとんどないでしょう。・・そう、現代社会で経済成長は暗黙の了解なのです。毎年毎年成長させて、ちょっと後戻りしようものなら一大事とばかりに危機感を募らせます。毎年成長・・・と言うのは大きなプレッシャーで労働時間短縮などは出来ないでしょうし・・・不可能な事ですから・・。

 そして、第3番目に搾取構造・・・楽して人の何倍(何十倍、何百倍、何千倍・・・)も富を蓄えたいから、労働者に低賃金で長く働かせる・・搾取構造です。・・・・この搾取構造は昔から存在しました・・・搾取構造がなければ人類はもう何百年も前から、そんなに働かなくても暮らして行けたでしょう。

 兎も角、労働者の権利が色々確立された現代社会においても、労働者は起きている時間の半分以上・・・8時間以上も働かなければならない構造となっています。


 競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質・・・これらの構造を一掃すれば労働時間を飛躍的に短縮できるでしょう。・・・だって物もサービスも溢れ過ぎているのですから・・

・・・人間は労働しなければ堕落する・・・と言う人もいるでしょうが、社会の事を落ち着いて考えられないほど労働に追われた生活をしているから、社会の悪も直せないのでしょう。・・そう言う意味においても長時間労働は社会にとってもマイナスでしょう。
 労働時間を短縮して、社会について十分に考える時間を作るべきです。・・・そうすれば現在社会の酷い構造も見えてくるし、しっかり社会改革も出来るというものです。みんな仕事に追われ過ぎています。遊んでも、家族サービスしても、社会活動、ボランティアなどに参加しても、仕事に費やす時間を減らして、社会構造を深く考える余裕も持ちたいものです。

やり甲斐を持てる仕事・・・と言う観点からも論じた方が良いかも知れませんが、それはまた機会があれば・・
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【2009/02/21 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


nao
毎日毎日毎日毎日毎日毎日残業ですorz、、、、、。
しかも八時間ピッタリで帰る人の仕事で、、、、、。

今はマシですが、去年、精神を病んで閉鎖病棟に入院した時は、正に搾取構造のせいでした。
なんせ、一日中パソコンにへばりついて一切、仕事をせずに毎月20万円の売上金を盗んでる所長の負担が全て僕の所に、、、、、。
それが嫌で都会から逃げて無責任でいられる派遣の仕事を選んだのに又しても、、、、、。
もう、しんどい、、、、、。

小コミュニティ主義。
でなしNo.146
>競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質の一掃

まさにその通りだと思います。

なぜに、わざわざ海外から安いという理由で輸入するのか…ホント、疑問です。
(まぁ、輸入関係でも、技術的に自国で作れない医療関係のものとかは例外かもしれませんが…)

単純に考えて、石油と金融のなせる業。


話を戻します。
企業側は長時間使えて、安い労働力がほしいんですが、そんなご都合主義は今すぐやめてほしいですね。

自分が搾取される側になると慌てて抗議するくせに、搾取している時はニコニコしているなんて神経おかしいと思います。

さらに、経済成長という宗教じみた信仰やら、競争市場原理主義でビジネスというらせんから降りないと死ぬまで競争の中に身をおく異常さも、よく考えればおかしいとわかるはずなんですが…

人間が生きるのに必要な労働時間って8時間って多すぎますよね。
現体制を維持するのに必要な労働時間というのが本当のところですね。

私も、本来人間が生きていくのに8時間も働く必要はないと思います。


仕事に魂を食い尽くされず、もっと気持ちに余裕を持って、「人間、持ちつ持たれつ」の気構えで取り組むべきでしょう。

まぁ、それには各地域ごとの小コミュニティを活性化させ、近隣のネットワークを構築する必要があると思いますが^^


現状・・
雑草Z
    naoさん

 毎日お疲れ様です。同僚に仕事を押し付けてろくに仕事もしない給料泥棒見たいな人は、大抵の職場にいるようですね。給料分くらい仕事をしない方はやっぱりやめて貰うべきでしょうね。

仕事が生き甲斐である必要はありませんが、
 搾取されながらも生活の為に仕方なくしんどい仕事をやらせられて、精神を病んでいく沢山の人々・・・これが市場原理主義と経済成長で得られた資本主義社会の現状です。


BEM
う~ん、いつもながら雑草Zさんの文章にはその内容もさることながら、よく分かりやすくまとめられていると感服させられます。

今回の記事を考えるとつくづく労働ってなんだろう…と考えさせられます。日曜日は休んで、1日8時間程度の労働というのも欧米から伝わったものですよね? もともと日本人は休みの習慣はなかったと聞いた事があります。
戦前、日本人は安い賃金で休みも取らず働くので、アメリカの労働者が仕事を奪われると抗議をした事もあったとか。

自分や周りの集落単位で食べる分だけ働けば良かったのに、歴史の中で文明が起きてからはすでに搾取構造が出来上がったように思えますね。

>物もサービスも溢れ過ぎている
それなのに、まだまだ物もサービスも今以上に求めている人は主に搾取する側の人達でしょうか。自ら物を作ろうとしない人達が求めるのだから困ったものです。
社会構造を深く考える余裕…自分も持ちたいですし、子供達にも考えさせたいです。

>ご都合主義
雑草Z
    でなしNo.146さん

 社会構造が上手く出来ていれば、労働時間は今の半分以下で、もっと生きやすい豊かな暮らしが出来る筈ですね。

その為に

>競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質の一掃

でしょう。・・・財界人たちはそう簡単にはいかないから世界中で苦労している・・・と言うでしょうが、それは、資本家達が利権を求めて搾取構造や成長を前提とした金融構造を作って来たからでしょう。『複雑な経済』の本質は単純な『エゴイズムの欲望』でしょう。・・・勿論きれい事だけでは済まされませんが、搾取して大儲けしたいと言う欲望が資本主義=金権主義を助長し、多くの一般庶民にとって社会を住みにくくしていますね。


>現体制を維持するのに必要な労働時間というのが本当のところ

その通りだと思います。



さて、記事の主題とは少し違いますが(根っこは一緒です。)コメントのタイトルと前半に述べておられる


>小コミュニティ主義

は、全面的に同意致します。グローバリズムの方向ばかり言ってる多くの経済評論家たちは、非常に軽率に感じます。



Anthony
正社員の人が、うらやましい。

残業手当が、うらやましい。

長時間働いても、掛け持ちして仕事をしてるから、残業手当は関係ない...



自分の場合・・・
原田
僕の場合ですが、働き過ぎって、何よりも
「面白くない」です。頭の中が「効率」の二文字に覆い尽くされ、「結果」しか興味がなくなり・・・。そして、「これだけやってるんだから、しんどいんだから、代償に金がもっとほしい。」となっていきます。
 時間や、体力を少し余裕があるようコントロールにしておくと、単純な労働でも楽しんだり、工夫したり、充実感を感じられます。(だらだらと仕事をするというのではない。)仕事をすること自体が快感になるのです。その状態になる労働時間は、いまのところ、1日6から7時間労働(休憩時間含まず)を5.5から6日ぐらいですかね。
 それ以上は嫌です。

 知人(会社経営者)が言っていたのですが、貨幣経済を無くせば今の生活レベルで、労働時間を半分にはできるだろうと言っていました。 貨幣にかかる労働、ホワイトカラー(税金、銀行、金のやり取り、事務作業、インク、紙、株やらなんやらが不要になる、労働力と資源が余る。)がブルーカラーに回せるからだとか。
 富の再配分をどうするかという問題はありますが、一理あると思います。
 

庶民が楽に生きられる社会
雑草Z
    BEMさん


>歴史の中で文明が起きてからはすでに搾取構造が出来上がったように思えますね

 そうですね。国の王とかが搾取構造の頂点だったのでしょうね。・・・だから王室が残っている国が多いという事は、ある意味社会はまだまだ遅れているという事でしょうね。
 搾取構造も人間社会の性[さが]と言えるのでしょうか?・・古来より搾取階級に対する被搾取階級の闘争があり、搾取構造を破壊して行ったのでしょうけど、次々に新たな搾取階級が出現して搾取を続けています。現代の搾取階級のメインは資本家でしょうね。


>まだまだ物もサービスも今以上に求めている人は

狂った経済論理に洗脳されているのでしょうね。経済成長だとか市場原理主義だとかはみんな、搾取階級やそうなりたい人々の限りない欲望から生まれた、彼らにとって都合のいい主義でしょうね。


 社会は子供の頃に想像した以上にいい加減で不公平で、悪のはびこる世の中でした。


>社会構造を深く考える余裕

これは、子供の頃;高校生か中学生の頃から考えて欲しいと思います。しかし、それぞれの時代にやる事があり過ぎて、深く考えている時間がありませんね。中学も高校も色んな事に追われて、じっくり考えている余裕がない事自体が問題です。
ゆとり教育・・とは本来社会の事などを考える余裕を持つために使うべきなんでしょうね。・・そう言うものを目指すべきでしょう。



搾取構造と不公平
雑草Z
    Anthonyさん

 正規と非正規の条件の違いは不平等過ぎますね。正規になったとたんに仕事をさぼっても身分が保障されたりして・・・
21世紀になっても労働条件が良くなっているとは思えません。搾取構造が庶民の生活を圧迫している事は明らかです。


労働時間は減らせますね。
雑草Z
    原田さん

はじめまして。コメント有難う御座います。

>働き過ぎって、何よりも 「面白くない」
>時間や、体力を少し余裕があるようコントロールにしておくと、単純な労働でも楽しんだり、工夫したり、充実感を感じられます。


の感覚はとても共感出来ます。やはり余裕が必要ですね。1日5,6時間しっかり働けば、

>富の再配分

さえしっかりすれば、十分豊かになれる社会システムは作れる筈です。(人間のエゴにより富の再分配は難しいですし、肥大化し過ぎた経済や人口の問題も深刻です。)



 知人の方がおっしゃっているように必要労働時間と言うのは、現在の半分以下に出来ますね。記事にも書きましたが、搾取構造、成長強迫、市場原理主義などを改善すれば、労働短縮は十分に可能ですね。要らないホワイトカラーが多過ぎる事は確かです。その分の仕事の多くは消せますね。・・・消した方が環境の為にも社会の為にもいい仕事・・・って多過ぎます・・・・そんな仕事の為に身を削って働いている人の何と多い事でしょう!?

 ところで原田さんはどちらからいらっしゃいましたか?

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2009-02-17 00:01
 現代社会・・・少なくとも日本は、物質的に豊かになったと言われます。物が溢れている事に間違いはないでしょうが、作り過ぎて物が有り余っている事に『豊か』と言う表現を使うことには違和感があります。それを『豊か』と表現する事自体が精神的に貧しい現れではないでしょうか。

『衣食足りて礼節を知る』と言う格言があります。意味は、読んで字の如くですが、
『衣食足りて』をちょっと拡大解釈して「経済的に十分である」とか「生活のゆとりがある」と解釈する場合も多いようです。
いくら日本でも「経済的に十分である」と言う表現は万人には使えないでしょうが、いい物を食べられるとかいい衣服を着られるとかは別として、必要最低限の衣食くらいは足りている人が大部分でしょう。
でも「衣食が足りた」・・だけでは満足も出来ない人間がほとんどでしょう。現代社会において、衣食足りて満足出来るのは、よっぽど世の中を達観している仙人か何かでしょう・・・

現代の日本では「衣食足りても礼節を知らず」の傾向が増えています。
「衣食足りて」も「生活のゆとりがあるか」・・と問われれば、多くの人が「ゆとりがあるとは言えない」と答えるでしょう。「生活のゆとりを作る」為にお金を稼ごうと必死で、その為に逆に時間的にも精神的にもゆとりが無くなります。何せこの自由経済の現代社会は何をするにもお金がかかります。余暇を楽しむ為にさえ沢山のお金を使わなければなりません。つまり『衣食は足りて』も『限りない物欲』は満足しなくなっています。経済成長と言うドーピングによって、物欲はどんどんエスカレートしていくだけです。・・・勿論有限の地球は人類の限りない欲望に対応しきれる訳などなく、どこかで破局を迎えるのは明らかです。
「仙人のような質素な暮らしをしよう!」とは申しません。・・でもある程度の「衣食」・・・物質的充足・・・が満たされたら・・・程度問題にはなるでしょうが・・・物質的所有の追及は止めて、金儲けではない方向を目標にすべきでしょう。そしてその為の規制をかけるべきでしょう。
 自己中心的な考え方をやめて、限りない欲望は捨てよう・・・などと呼びかけても、そうするのは人のいい善良な市民だけで、エゴイスティックな金の亡者はますますお金を貯め込もうとするだけです。・・・現代社会もまさにそういう状態でしょう・・・「搾れるだけ搾りとれ・・」とばかりに搾取階級は容赦なくお金を絞り取ります。
 極端な累進課税・・・ある金額以上はすべて税金・・・みたいな制度【収入頭打ち制度】を作って、お金を一人で沢山所有する事は悪だ・・・と言う社会評価を下すべきでしょう。・・・有限の地球上で一人で沢山の富を持つ事は許されません。『金持ちは限られた資源をひとりで多く使うから悪だ』・・と言う評価は妥当でしょう。

『衣食足りて、節度を知る』です。その為には
物質主義=拝金主義  から脱却しなければなりません。
貪欲な物欲=社会悪
こうしたモラル的社会通念は、実は人間が生存環境を守るための防衛行動ではないでしょうか。


『衣食足りたらそれ以上仕事はしないで社会活動』と言うのが理想でしょう。
『衣食足りたらそれ以上仕事はしないで寝て暮らす』も悪くありません。
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【2009/02/17 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


nao
「衣食足りたら趣味に走る」
先日、久しぶりに楽器店を覗いたら、酷いもので、安物ギターのオンパレードでした。あれでは真面目にコツコツと仕事をされているクラフトマンは報われません。
現在、問題なのは偽物、安物を右から左に横流ししているブローカーだけが大儲けして、匠の仕事が大幅に減っている点にあると思います。 消費者の方々も、そろそろ安物に手を出すのを止めて、貯めたお金で良いものを買ってもらいたいものです。そして職人さんに儲けて貰って、そのお金で新たなる芸術の挑戦。その為の費用になればいいな、と思ってます。
百の安物より一の高級品を。
そうすれば物に対する感謝の気持ちが芽生え、衣食足りて礼節を知りえます。

ユートピアです^^
でなしNo.146
>衣食足りたらそれ以上仕事はしないで寝て暮らす。

まさに、ユートピアです!

しかし、
一般的な動物の世界は当然のごとくやってますね(汗)

肉食動物でも、お腹一杯の時は目の前の動物に見向きもしません。

欲望を極限まで求めた人間って、そういう意味では動物以下なんですよね^^;


話は少し変わりますが、最近取りただされて、賃金問題で評価が落ちているワークシェアリングですが、これは、地域コミュニティを巻き込んで行かなければ成功はしないと思います。

言わば、「村ごとワークシェアリング!」
(と言うか、そもそも昔の日本の村はきちんとワークシェアして循環してたと思うのですが…)

日本全国に、こういう村や町ぐるみで人々が助け合い、食や職を譲り合うシステムが構築された時、自給率やら諸問題の大部分が解決の方向に向かうでしょう。

衣食足りて礼節を知る。
実にいい言葉だと思います^^


BEM
環境、エコなどが叫ばれてる昨今、江戸時代のリサイクル社会に学ぼうというのもありますが、江戸っ子は宵越しの金を持たない。というのもありますよね。
今は必要以上のお金を持っている人がもの凄く多いような気がします。
ちょっと違いますが、70も80も過ぎたお年寄りでも老後の不安と言って沢山のお金を溜めている人がいるようで、死ぬまで安心して暮らせない日本社会の表れでしょうか。

自営業を選んだのは自らの選択ですが、ジリ貧の我が家では最近、贅沢も望まないし、旅行も新しい車も要らないから毎月お金の心配をしないでゆったりと生活できたら、多くを望まないのになんて思ってます。
それにしても国も雇用主も、もうちょっと富の分配というか、適正な労働の価格を考えて欲しいです。

でなしNo.146さんのご意見頂戴したいです。
地域単位で助け合えば大きな資本がなくても皆が生きていける社会ができると私も思います。先進国は肥大し過ぎですね。


Anthony
衣食足りて....

ここ数年間は衣料品はフリーマケットの古着か、ユニクロでしか買ってません。

もともと、ブランドものは嫌いだし、食べることのほうが、いいかな。

CD・レコードも21世紀になってから数枚しか買ってません。(笑)



>「衣食足りたら趣味に走る」
雑草Z
     nao さん

 現在でもそういう生き方をしている人はよくいますね。それも悪くない生き方かも知れませんが場合に依りと思います。
使い捨ての安物を沢山作る事には反対ですが、安物も一概には否定出来ません。
クラフトマンが機械を使わず手作業する事には賛成です。

>「村ごとワークシェアリング!」
雑草Z
    でなしNo.146さん


>欲望を極限まで求めた人間って、そういう意味では動物以下

人間の限りない欲望が諸悪の根源ですね。環境問題もそこから生まれています。・・・実は似たような内容を次の記事で書いてます。

衣食足りたらあんまり欲を張らない事ですよね・・・欲張り過ぎると衣食もままならなくなって来ます。


>賃金問題で評価が落ちているワークシェアリング

これはやっぱり経営者側も含んだワークシェアリングにしないから出てくる不満で、ある意味搾取階級のエゴですね。


>「村ごとワークシェアリング!」

は斬新な素晴らしい発想だと思います。これは
「村ごと自給自足の地産地消」
と言う考え方と合わせて考えれば、まさに持続可能な社会のモデルになるでしょう。

おっしゃるように昔はみんなこうだったのですよね。



雑草Z
    BEMさん

>毎月お金の心配をしないでゆったりと生活できたら、多くを望まない

それですね。まさにそう言う事が今回の主題です。
その為にはそんなに貯えがなくても安心して暮らせる社会でなければなりませんね。


>死ぬまで安心して暮らせない日本社会の表れ

そこなんですね。日本の社会福祉行政のいい加減な事。年金だってあんな滅茶苦茶な使い方しているから、あと数年で破綻しそうなんですよね。・・・集めた年金をあのように使う事は犯罪レベルですから、当事者は責任を取るべきです。


>国も雇用主も、もうちょっと富の分配というか、適正な労働の価格を考えて欲しいです

資本主義の行き着くところはこう言う労働の買い叩きかも知れません。弱肉強食の市場原理主義は恐慌でその冷酷性を発露していますね。


食が先
雑草Z
     Anthony さん

>食べることのほうが、いいかな。

やはり食は衣の前に来るでしょうね。食、衣の後に住でしょうか?

 あまり買わないで節約するのはいい事なのに

『消費拡大』
を企業どころか政府も謳う現代社会は狂ってます。病んでます。・・・末期症状ですね。

 

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2008-01-05 00:02
日本の自然崇拝の中で最も基本になるのは、森やそこに生える木に対する崇拝でしょう。
 日本の神社には、必ず森や林があります。神社の神殿や拝殿というものは、7世紀頃出来たものらしく、それ以前は森そのものが神様だったようです。神様をあの神殿に閉じ込める事は出来ない筈であり、神様は空から時々木に降りてくると考えられていたのです。御神木にはしめ縄が張ってありますが、それは、この木に神様が降りてきますよという印なんだそうです。
  参考;[森の思想]が人類を救う  梅原猛 著 


 森は人間に多くのものを与えてくれます。食べられる木の実や草、水、様々な動物、道具にすぐに加工出来る木、燃料となる木、身を覆うもの・・・狩猟採取時代には人々が生活する為の全てのものを森が与えてくれていたのではないでしょうか?だから、森に感謝し、森やそこにある木を崇拝するという事は、古代の人々にとって至極当然のことだったのでしょう。
 崇拝する森を聖域とし、森を荒らす事を厳しく制限したからこそ、古代狩猟採取社会を長く維持出来たのでしょう。逆に、森を大切にしなかった古代人は、そのうち生活に支障をきたし、滅んでいったのではないでしょうか?イースター島の文明崩壊も、木を乱伐して切り尽くしてしまった事が大きな原因です。つまり、森を崇拝することは、迷信でも何でもなく、人類が生きる為に必要なものを供給してくれる森に対しての感謝であったのでしょう。


 現在でもよく、開発で御神木を切るとかいう話がありますが、とんでもない話です。ご神木を切ってまでも進めなければならない開発などない筈です。・・・と言うより開発は長い目で見れば人々の生活を悪くするものばかりです。森を潰すと言う行為は、社会の為といいながら、一時の自分の利益しか考えない人間の浅はかな行動ではないでしょうか?。

 神社とそこの森は、いつの時代でもしっかり守るべきでしょう。
 科学と合理主義の時代と言われている現代も例外ではなく、森の存在は持続可能な社会の維持の為の必要条件です。
 神社とその御神木を大切に守っている間は、日本もまだ大丈夫のような気が致します。
 人間はもっと謙虚に森を崇拝しなければ、きっと滅びてしまうでしょう。 

    ×××× ××××  ×××× ×××× ×××× 

 子供の頃、正月に従兄弟と一緒に、従兄弟の父親の伯父に連れられて、神社周りをした記憶があります。そこら辺の神社、お稲荷さんを祀っているだけの本当に小さな祠みたいなものから、比較的大きくて神主さんもいるようなところ、無人だけれど鳥居がやたらに沢山あるところまで、片っ端から回って見て歩きました。子供心にそれがとても面白い探検でした。小学生の頃の正月の思い出での中で、はっきり記憶にあるのはこの時の事だけかも知れません。その頃はまだ、神社とお寺の区別がはっきりつかなかったと思いますが、その日回ったのは全部神社だったような気がします。
 当時から別に信仰心はなかったけれど、この薄暗い神社の魑魅魍魎の感じがたまらなくいい雰囲気でした。あの古い瀬戸物で出来たお稲荷さんも、この雰囲気の演出には持ってこいでした。

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  私の友達に、趣味で、神社を巡ってこま犬を研究している人物がいます。以前は、正直、彼の狛犬の話はあまり興味がありませんでした。(ワイン好きのエンジニアの友人のワイン談義よりはましでしたが・・・)。ある日、彼と会ったとき、仕方がないから彼に付き合って神社で狛犬を実際に見て回ったことがあります。彼の解説を聞いているうちに、狛犬も中々面白いものだと感じました。口にくわえているものから、口の開き方、前の足で押さえているもの、など色々バリエーションがあるのです。きっとこれは、子供の時、神社めぐりをしたときと同じあの感覚があるのではないかと感じました。

・・・そう、神社のあの古からの魑魅魍魎が住み着いている感覚が好きだったのです。時々、道端に神社を見つけたときは、道草をして覗いてしまいます。

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 各地に沢山残っている神社とその森を守っていくことは、日本人にとって大切な慣習ではないかと思います。森に、神が降り立つ御神木が無くなり、魑魅魍魎の気配がなくなったら世も末かも知れません。

 この正月中に一日神社巡りをして見ようと思います。 
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【2008/01/05 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


sitb
はじめまして

僕も環境問題に興味があるのでこのブログはすごく参考になります。

これからちょくちょくコメントすると思うので、どうかよろしくお願いします。

環境問題の本質と有効な対策
雑草Z
はじめまして、コメント歓迎いたします。

 ここ数年、環境問題に関する関心が急速に高まっていますが、ギャグのような逆効果の似非環境対策だらけです。しっかりしたまともな対策は遅れて間に合わないペースです。もっと自然の摂理に沿った本質的な環境対策を早急にすべきです。

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2007-12-29 00:02
 現代人は迷信深い人間なんてあまりいやしない・・・と思いきや
 TVなどに、自称、霊感のある人だとか霊視が出来るとか占い師だとか予言者だとかが頻繁に出て来て、正式な職業名は分からないけど、彼等、彼女らが人気を博している。彼らの出る番組の視聴率はいいらしい。
 そんな風潮にはかなり辟易・・・している人は結構いるだろう。
ギボアイコ、ホソキカズコ・・・エハラとかいう男もいたような・・・。
もしも万が一霊が存在したとしても、お前らには見えないよ・・・こんなのをTVなどに出すマスコミも、真実もモラルもありゃしない。マスコミが持ち上げなけりゃ彼らはただの街角のハッタリ屋・・


 しかし、それとは全く質の違う昔から言われている、現在”迷信”と呼ばれているものの中には、全否定すべき事ではなく、しっかり受け止めるべき部分もかなりあるように思う。

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 学生時代の同級生に埼玉の秩父の奴がいて、人好きするタイプのカッコイイ好青年だった。彼の秩父弁が気に入って、自分も真似してちょっとばかり使ってみたもんだ。
 彼があるとき、
「秩父の山には狐が棲んでてさ、人間を観察したり見守ったりしてるんよ。何かが起きるときは、そっと現れて知らせてくれることもあるんよ。・・・俺はガキんときからお稲荷さんを信じてるんさ。・・・」
みたいな事を言った。実際の、狐との不思議な体験談も語った。・・・お婆さんか誰か身内が亡くなった時も狐が知らせてくれたみたいな・・・具体的なことは忘れてしまったが、それを聞いていたこちらは、 
「ふうーん」
と頷いてみせてはいたものの、よくあるただの偶然が神秘的に感じただけ・・・柄に似合わず、迷信深いところもあるもんだ・・・・・ってなくらいだったか。

 でも一方、その話している様子は、妙に好感の持てるものがあり、そんな事で彼を馬鹿にするような感情は沸かなかった・・・同じ内容でも話す人物と話し方によるもんだ・・彼自身実際どのくらい信じていたのだろうか??

 ・・・彼がそんなことを話したのが、意外なようでもあり、逆に妙に自然な感じもして、深く記憶に刻み込まれた・・・


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 環境問題も酷い症状を呈しはじめたこの頃、彼の言っているような事を信じるのも悪くないと思っている。・・それはアイヌやアメリカインディアンの『自然崇拝』にも通じる思想かも知れない。

 そう言う迷信を笑い飛ばして、森や林や海を開拓していった者達が、こんな酷い自然破壊を作り出した。もう少し”迷信”を尊重し、自然崇拝していたら、自然破壊もこんなに酷くはならなかっただろう。
 先人達の言い伝えを『迷信』と言って切り捨て、『経済と開発』を無条件で信じている現代人。それが合理的だと思っているのだろうけど、その合理主義が、世界の人類をまとめて破局に突進させている・・・、『経済と開発』は、迷信に遥かに劣る最も愚かな信仰であろう。


 秩父の山の中にはまだ狐達がちゃーんと棲んでいて、お稲荷さんも崇められていれば嬉しい・・・
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【2007/12/29 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


mao
江原さんが本当に霊が見えるかはわからないですが、癒し効果をいただけるので、私は結構好きです。迷信でもその話を聞いて、多くの人が幸せになるための力を生むことができるなら良いかなと思ってます。雑草様は人気の霊感者はお嫌いでしょうか。

本人の尊厳
雑草Z
    maoさんお久しぶりです。

>迷信でもその話を聞いて、多くの人が幸せになるための力を生むことができるなら良い

 は、反対しません。今回の私の記事の主題に通じます。


 しかし、TV等に出てくる霊視が出来ると言う輩は、詐欺の部類だと思います。亡くなった本人がいない事をいい事に、その人が言ってもいない事を、その人の霊だと言って、出鱈目を話す事は本人に対する名誉毀損にもなるでしょう。本人に成りすまして話す行為は完全な詐欺行為でしょう。詐欺師は話が上手いものです。人を騙すのが商売ですから。

 江原って奴は、テレビ等でほとんど見た事がありませんでした。私が行く髪切り屋さんが、
「その手の霊視する人の中では、エハラという人の話は、癒される」
と言ってたのでエハラの存在を知りました。(その髪切り屋さんこそ、癒される感じがするから、そこに行くのですが・・霊とは無縁な世間話です・・。)

「江原」で、検索したらこんな記事を見つけました。↓

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1050757.html

詐欺師の金儲けと売名。TV局の視聴率確保という構造ですかね。



mao
リンク先拝見させていただきました。雑草様の言われる内容が真実である可能性が高いわけですね。世の中真実を知ることは悲しいことが多いですね。勉強になりました。

迷信そのものをなくしてしまえば…。
ハイパーポン太
 迷信その物をなくそうとすれば、それだと毛沢東の文化大革命になってしまいますね。

 ついでに言うと、江原が詐欺師なのはもう決定事項でしょう。とある女優の父親を霊視して、霊界からの言葉を伝えていたわけですが、実はその父親が生きていました!という落ちですから。細木とともに、このインチキも永久追放してほしい限りです。

先人の知恵
雑草Z
>迷信その物をなくそうとすれば、毛沢東の文化大革命になってしまいますね

その通りだと思います。【唯物論】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-257.html
で言及した通りです。
 文化大革命で彼らが「迷信」として切り捨てたものの中には、偉大な先人の知恵が沢山あったのです。
例えば、「森の木を乱伐すると祟りがある」とかは、昔の賢人が鋭い直感で、生態系の事を考えて、でも説明するよりも「祟り」と言ったほうが、当時の人には効果があったからそう云ったのでしょう。・・・そして実際木を乱伐して、祟りがありました。・・・迷信ではありません。
寧ろ科学信奉のほうが迷信かも知れません。

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