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2015-12-29 18:14
福島県は、大きく分けて西側から、会津、中通り、浜通りに分かれます。(このような福島県の地理は、3.11福島第一原発事故以降、広く日本中の人に知られる事になったと思います。)私の住む会津地方は、福島県の西の部分40%ほどの面積、約5400k㎡です。福島県の半分の面積にも満たないのですが、会津地方よりも大きな都道府県は全国で26だけです。なんと21もの都道府県が会津地方よりも小さいのです。関東では比較的大きく感じられる千葉県よりも大きいのです。そして、人口は約27.5万(2015年現在)。千葉県の県庁所在地である千葉市一つだけの人口の数分の一です。人口密度は、約51人/ k㎡ 日本の人口密度337人/ k㎡ のおよそ 1/6.6です。北海道よりも(少し)少ないのです。現在の日本の人口は12688万人ですが、会津並みの人口密度でしたら、そのおよそ6.6分の1の1919万人となります。鎖国していた江戸時代初期の人口と同じくらいになります。人口が少ない事を心配する人がいますが、そんな心配は無用でしょう。逆に人口が少なければ自給自足が出来るかも知れないし、食料不足にならなくていい・・・と喜ぶべきでしょう。
福島県の食糧自給率が80%ほどですから、福島県の中でも人口密度が少ない農業地域の会津の食料自給率はカロリーベースで考えても軽く100%を超えているでしょう。(北海道の200%以上と推測します。)


ここで、会津地方が独立国になれる可能性について考えてみましょう。

先ずは水。水道水が無くとも地下水にも恵まれています。何よりも各地に沢山の湧水が出ています。飲み水に限らず農業用水なども豊富にあります。水の心配は無用でしょう。
会津地方は山に囲まれています。海のない山国では致命的に不足しがちと考えられている塩も、会津には沢山あります。西会津町や北塩原村など各地に塩分を沢山含んだ温泉があります。北塩原村の大塩裏磐梯温泉では、かつては塩を生産していました。最近また塩の生産を始めたようです。つまり、会津は水、塩、食料は豊富にあるのです。
熱帯産のバナナやチョコレートはありませんが、他に美味しい果物は沢山あるし、日本古来の美味しいお菓子も沢山あります。(地熱を利用すれば熱帯の作物も十分に栽培可能でしょうが・・。)
エネルギーはどうでしょうか?会津地方は豊富な自然エネルギーで溢れています。水力、地熱・・・。電気だって十分に作れます。喜多方市の大和川酒造では「会津電力構想」を掲げています。電力は東京電力によって首都圏に持って行かれている水力発電だけでも十分余るでしょう。更に地熱発電も可能です。柳津の西山温泉にある地熱発電所は、地熱発電所の発電量としては日本一なのです。
会津地方は食料と同様、他の地域に売るほどの発電能力があるのです。


過疎化が心配・・・なんて事を言う方が沢山いますが、それは現代の洗脳だと考えます。人間が暮らすのにはこのくらい余裕のある人口密度でいいのです。東京のような人口過密の巨大都市は、交通が遮断されて孤立した場合、大変です。数日もしたら大混乱となりましょう。そして、食料不足、エネルギー不足になれば、大都会から大量の人々が脱出を図って地方になだれ込むでしょう。会津地方にも「もう来ないでくれ」・・・と言うほどに人が流れ込むやも知れません。現在も、会津の各地にIターンで都会からやってきて住みついて、農業などに従事している人達が少なからずいます。彼らは時代を先取りしているのかも知れません。

心配しなければならないことは、福島第一原発とか新潟県の柏崎刈羽原発の事故でしょう。(放射性廃棄物が桁違いに多く集まっている青森県六ヶ所村も・・遠くとも心配です。)
PM2.5などの粒子も心配ですが、会津よりも前に、西日本の他の地位のほうが大変な状況になるでしょう。

以上、政治的な可能性は別として、水、塩、食料、エネルギー・・・物理的には会津は独立国になれるでしょう。不自由を厭わなければ、鎖国(外部閉鎖)だって可能です。
・・・と、ここまで書いて来ましたが、言いたいことは、会津を独立国家にしようと言うことではありません。21世紀のこれからは、地方自治体が鎖国して自給自足できるくらいの機能を備えていることが大切だと言うことです。
それもなるべく狭い地域の単位で・・・今回述べたような都道府県レベルでも大き過ぎるでしょう。市町村やさらに小さな地域のコミュニティ、果ては各家の単位で自給自足出来る事が好ましいと考えます。現在、日本、世界中は、グローバル化に踊らされて、国際競争、国際分業なんて事ばかりに視点が行きがちです。その結果、地域の機能が偏ってしまい、他の地域に依存する社会になってしまっています。だから、輸送機能が麻痺しただけで大パニックに陥るのです。
実は「グローバル化」なんて既にかなり時代遅れになっていると考えます・・と、言うよりも、それは世界中の富を集めたい一部の強欲な人々の野望の為のプロパガンダ、洗脳でしょう。
グローバル化に進む世界に勝ち続けなければ、生き残れない・・・等と言う、トーナメント戦のような経済競争に踊らされるよりも、いざという時に自給自足できるような地域作りが大切だと考えます。
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【2015/12/29 18:14】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

グローバル化
爽風上々
国際的大企業のグローバル展開ということは、高度な情報化もさることながら、絶対的な条件としては安価な輸送費というものが必要不可欠のものでした。
船舶輸送というものは非常に効率がよく当分の間は廃れそうもありません。とは言え港からの配送のための自動車や鉄道輸送は燃料を浪費しますので燃料費高騰の影響は強いでしょう。

それにしても、すべてのグローバル化の根底には化石燃料があります。もしも地球上での化石燃料の存在量の初期値が10分の1であったなら、この石炭・石油時代というものも数十年前には終焉を迎え、世界の人々もこれほど野獣化することもなかったでしょう。地球環境の歴史の偶然なのですが、罪作りな偶然だったといえます。

会津地方の自立は可能なことでしょう。他と独立した地形であることはうらやましいところです。熊本県内では人吉盆地と天草諸島は可能でしょうがそれ以外の地方は難しいところです。
こちらにも福岡の過剰人口がありますので、独立を守ろうとしてもそちらからの難民が多数押し寄せる可能性が強いと思います。
まあそういった事態になる前に理性的な地方自立の方向性を確立するべきでしょうが。

Re:グローバル化
雑草Z
>すべてのグローバル化の根底には化石燃料があります。もしも地球上での化石燃料の存在量の初期値が10分の1であったなら、この石炭・石油時代というものも数十年前には終焉を迎え、

そうですね。他のところにも書きましたが、石油は最初から無ければ良かったと思います。
現状では石油にはもっと重税をかけるべきですが、アメリカ始め、石油メジャーの傀儡の政府ですからね。

>世界の人々もこれほど野獣化することもなかったでしょう。

最悪の野獣が石油メジャーのドンですからね。

>熊本県内では人吉盆地と天草諸島は可能でしょうがそれ以外の地方は難しいところです。

そうですか?各地で食料に限らず、生活用品からエネルギー源に至るまで、地産地消を推し進め、自立可能な場所を増やして行くべきですね。其方でも論じましたが、21世紀は
グローバル化の逆に、ローカル化の時代にすべきですね。

食糧の自給
爽風上々
日本の食料自給率は40%未満と言われています。単純に考えれば食料輸入が止まれば5000万人程度の人しか生きていけないということでしょう。
しかし、これには裏があり食糧輸入の大きな部分は畜産飼料用の穀物であるので、それの比率が下がればより多数の食料に回せます。
逆に、化学肥料の輸入も止まるとすれば日本の農業生産性もがた落ちとなり、生産量も下がります。
あれやこれやを計算すると6000万人分程度ではないかと言う数字が出ています。

まあ半分しかキャパシティーが無いということですね。

とはいえ、日本国内でも地域ごとに考えると食料自給率が100%を越える地域と言うのは存在します。逆にほぼ0%という地域も東京などがそれに当たります。
自給率の高い地方でも商品作物の生産がほとんどであり、それだけで自立できるわけではありませんが、可能性は十分にあります。

Uターン、Iターンとか、地方移住ということを考える人も無いわけではないようです。年金受給者などでとりあえず最低限の収入はある人が少しでも農業生産を行うという方策も考える必要があるかもしれません。


Re:食糧の自給
雑草Z
食糧の自給は主権国家にとって非常に重要な事だと思うのですが、日本ではないがしろにされていますね。食料自給率が日本より低い国は、揚げるのも難しいくらいですね。バチカンやシンガポールのような都市国家、ソマリアやルワンダのような紛争による飢餓国家・・・イスラエルもか?

>自給率の高い地方でも商品作物の生産がほとんどであり、それだけで自立できるわけではありませんが、可能性は十分にあります。

日本も付加価値とか言って商品作物を沢山作っていますが、食糧自給も出来ないのに外貨を稼ぐ商品作物を作るって、かつての欧米の植民地だった国と同様の事をしてますね。

>年金受給者などでとりあえず最低限の収入はある人が少しでも農業生産を行うという方策も考える必要があるかもしれません。

そうですね。老後の海外旅行とか趣味の講座何てよりも、少しでも自分の食べるものを自分で生産した方が、いいですね。食料問題だけでなく本人の健康にもいいでしょう。

兎も角、会津のように自立可能な地域をグローバルスタンダードの国際競争に巻き込んで自給できない国にするのではなく、自立可能な地域を増やす方向が大切ですね。


大都市圏の老齢化問題
爽風上々
今は地方の過疎化地帯に行けば周辺部では歯止めのない人口減少ですが、地方都市段階では高齢者増加による介護施設増加と「葬儀社」の異常な増加が目立つところです。
うちの方でも主要産業は老人介護と葬祭業になっています。
ところが、現在は若者の多いように見える大都会がもうすぐとんでもない高齢者社会になるようです。
しかも、そちらでは田舎のように介護施設がどんどん増えていってもとても追いつかず、入所困難者が急増する見込みのようです。

そのうちに、否応なしに都会の年寄りが地方の介護施設へIターンということになるのでしょう。
まあ高額年金受給者たちが来れば少しは地方の金回りも良くなるのかもしれませんが。

本当は、そこまで行かない年金生活者が地方の生産活動に少しでも参加できる方策を整えるというのが、前にも触れたように緊急の課題ですが。

Re:大都市圏の老齢化問題
雑草Z
>地方都市段階では高齢者増加による介護施設増加と「葬儀社」の異常な増加が目立つところです。

都市どころか、今は一万人レベルの町でも介護施設と葬儀社はあるところが多くなってきてますね。十数年前までは、田舎では老人介護も葬式も自宅が一般だった事もあり、葬儀場も無かったし、介護施設も空き待ち状態でしたが、今では過当競争になって、客のほうが選べる状態になってきています。

>現在は若者の多いように見える大都会がもうすぐとんでもない高齢者社会になるようです。

その話は初耳ですが、言われてみればそうなりそうですね。そして、田舎ですら何年も要したのですから

>田舎のように介護施設がどんどん増えていってもとても追いつかず、入所困難者が急増する

見込みは当たりそうですね。更に爽風上々さんの仰るように

>否応なしに都会の年寄りが地方の介護施設へIターンということになるのでしょう

限界集落の問題なんて、都市の脆弱性と比べれば大した問題では無いと考えていましたが、確かに様々な意味で地方の時代になるでしょうね。都市のスラム化のほうが深刻な問題になりそうです。

>年金生活者が地方の生産活動に少しでも参加できる方策

まだ小さいですが、あちこちで地方自治体やNPOレベルでそのような活動は行われ始めたようです。そこに国がしゃしゃり出てへんなスタンダードを持ちこまないで欲しいと考えています。



自給自足の機能
guyver1092
 各地方が独立して存続できるほど基本的資源が自給できることは、とても素晴らしいことと思います。石油等の地下資源には量としての限界が必ずあり、現在のような石油漬けの社会は永久には不可能です。いろんな予想がされていますが、オイルピーク論が正しいとすれば、あと数十年で人間一人当たりの石油消費量は減ることになるので、現在のような長距離の物質の輸送は、最終的には不可能になるのでしょう。現在のような広範囲での物質の交換は、そうなった場合には贅沢なことになるのでしょうね。
 現在ももしもの時のためとして、保険という商売が成り立っています。おっしゃる様に産地の災害等のための保険としても、地域ごとの資源の自給体制は視野に入れておくべきでしょうね。

Re:自給自足の機能
雑草Z
グローバル化は、移動の為の豊富な安いエネルギーが前提であり、かつ環境汚染環境破壊問題の先送り、肥大化ですね。
21世紀こそローカル化に戻るべきであり、グローバリズムこそぢ大錯誤だと思います。

>現在のような長距離の物質の輸送は、最終的には不可能になるのでしょう。

こそ、21世紀の共通認識にすべきです。

>地域ごとの資源の自給体制は視野に入れておくべきでしょう

はい、もっと積極的に地域毎の自立は確保すべきだと考えます。


団塊親爺の遺言
 本年も宜しくご指導お願い致します

自立の出来る地方を目指しての考え方に大賛成です

自然の恩恵を利用し活きてゆくのが一番ですね

地熱や温泉施設の排水熱を利用した技術を向上させる事で
様々なビニールハウスや畜産施設の燃料費を減らし家畜の
飼料等を全てを周りで生産したり社会から出る賞味期限切れ
の食糧や野菜クズ等を利用する事で大幅に輸入飼料や肥料は
減らせるのにね・・大手企業の言いなりでは実現しない

本当に自立しようと想うなら 他人の造ったレールを走るな
地域に根差した伝統や味や空気こそ財産と想う 
故郷に帰り大手資本に駆逐された様は余りにも悲しい・・

 内の家内は近くの介護施設へ週に3日程働きに行くが中身は
至れり付くせりの完全介護の個室で管理され何も考えない日々
を過ごすそうです 私は言った それじゃ~動物園の檻の中の
猿と変わらないのではと・・そういえば施設で亡くなった叔母に
見舞時に言われた 死ぬ前に一度で善いから自分の畑にと・・
叔母の身内の反対で出来なかった叔母の夢・・悔いが残る

Re:本年も宜しくご指導お願い致します
雑草Z
これからも色々宜しくお願い致します。

>地熱や温泉施設の排水熱を利用した技術を向上させる事で
様々なビニールハウスや畜産施設の燃料費を減らし家畜の
飼料等を全てを周りで生産したり社会から出る賞味期限切れ
の食糧や野菜クズ等を利用する事で大幅に輸入飼料や肥料は
減らせるのにね

全く仰る通りです。そうやって遠くからの輸入は無くすべきですね。

>大手資本に駆逐された様は余りにも悲しい・・

そうですね。大手資本が入り込むときには地域との協力を謳いますが、侵略して地元から利益を吸い取るのが目的ですね。


無理な延命措置よりも、人間らしく自然と共生して行きたいものです。

 重く考えさせられるコメントでした。有難う御座います。

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2015-12-11 23:47
機械に不具合が生じ、危険性が現れたらすぐに止めるでしょう。それが公共交通機関であったり、公共のインフラであったりしたら尚更です。そのまま稼働し続けて、大参事に繋がったら大変です。・・・・現実に、そのような大事故が起こり、世論の大きな批判を浴び、重大な責任問題にまで発展することもあります。「予防原則」で、危険になる可能性が無視できなくなった時点で、稼働は停止するべきでしょう。


さて、現在深刻な状況が続く中国の大気汚染は、この12月に「赤色警報」が出されました。2013年に警報システムが導入されてから初めての4段階の最悪である警報とのことです。このような重度汚染の状況では、心臓病・肺疾患患者が症状が悪化するのはもとより、健康な人にも被害が出、多くの北京市民が呼吸器系等の疾患を抱えています。全ての人が屋外活動を控えるべきだとされ、小中学校も休校になりました。中国の大気汚染はもうかなり前から深刻化していて大きな問題になっています。PM2.5の被害は日本にまで及んでいます。大気汚染のもととなる経済活動の大規模縮小が必要でしょう。
現在、大気汚染の問題は中国が最も取り上げられていますが、大気汚染源は中国だけではありません。20世紀半ばに12000人の死者を出したといわれるロンドンスモッグ事件をはじめとして世界中で問題になってきました。日本でも四日市喘息が有名です。2011年の原発震災では大気中に大量の放射能が放出されました。この事故に限らず、他も色々な原発事故がありました。事故が起こらなくとも原発は大気中に放射能を放出し続けてきました。

一方海洋のゴミ問題も深刻な状況です。2010年のメキシコ湾原油流出事件や、2011年の日本の原発震災による放射能の海洋への垂れ流しに限らず、日々世界中で海洋は汚染され続けています。特に最近マイクロプラスチックによる汚染が問題視されています。生態系への悪影響が懸念されています。もう手遅れに近い状況かも知れません。海洋汚染となる経済活動、工業活動は停止すべきでしょう。

大気と水の汚染は人間に限らず、全ての生物にとっての脅威でしょう。大気汚染と海洋汚染が止まるまで、殆どの経済活動を止めるべき…という単純明快な結論が出ないのが不思議です。「子供が思うほど簡単ではない、経済、社会的な理由があり、そう簡単には止められるものではない。」という大人が大多数でしょう。しかし、そうでしょうか?現在の世界の大気汚染と海洋汚染は危機的状況です。このままでは文明崩壊に止まらず、大量絶滅も時間の問題です。それも、今世紀中の事でしょう。大気汚染と海洋汚染の影響は世界の全ての人間のみならず、全ての生物に及ぶのです。電車の1台や2台が止まるのとは訳が違うのです。経済活動と天秤にかけて、経済優先になるのは現代社会の狂気の洗脳というべきでしょう。
それによく考えてみて下さい。人間は衣食住があれば生きていけます。特に十分な食料。世界の大気汚染と海洋汚染の大きな原因は、それ以外の産業による部分がかなり大きいのです。・・・・そして「それ以外の産業とは、言い換えれば「+αの産業」もっと言えば「不要な産業」といえるのです。実際には人間が生きるためには必要ないばかりかないほうが豊かな人生を送れるものも少なくないでしょう。
単に強欲な資本家がもっと儲けたい、財産を増やしたい…という、単純明快な事に、色々な「理論」、言い換えれば「屁理屈」を付けて「経済には難しいことがあり、簡単にはいかない」と言っているだけではないでしょうか?(例えばトリクルダウン理論)

現代の政策は「技術で解決」が主流ですが、技術には限界がありますし、副作用(更なる別の環境汚染)もあるのです。百歩譲って、技術で解決できる可能性があるとしても、その「解決技術」が確立するまで産業活動は停止して然るべきでしょう。正に現在は人類の存亡の危機なのです。環境汚染に待った無しです。

本当に必要最小限の活動以外は、産業活動を止めるべき時期なのです。時機を逸したら、生態系が破壊されつくして、人類も他の多くの生物も滅亡するでしょう。
先ずは直ぐに止めるべき・・・声を大にして言い続けなければならないと感じています。
このような危機意識を持っている人間は私だけではないでしょう。最近指数関数的(・・ロジスティック関数的)に増えていると感じていますし、それが一縷の望みです。
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【2015/12/11 23:47】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

環境汚染
爽風上々
二酸化炭素の上昇と言う、あるのかないのかも怪しいものには大袈裟な国際会議で各国首脳まで集めた茶番劇をやっているのに、今この時も健康をむしばみ続けている環境汚染に何もしようとしないのは怪奇現象です。

中国やインドだけではなく、急激に経済成長が起こっているところではどこも危険な汚染が進行し、住民の生命の危険も増していますが、資源収奪の現場での重金属汚染などもひどいものです。こちらは経済成長と言う撒き餌もないだけにさらに残酷な状況になっています。

環境汚染は絶対に許さないという国際ルールを確立しなければなりません。COP21などよりはるかに対応が急がれる急務でしょう。

Re:環境汚染
雑草Z
二酸化炭素の濃度上昇はあると思いますが(近藤邦明氏のHPの解説は完全に間違っています。)植物の栄養ですから地中貯留とかの対策は狂気の沙汰ですね。二酸化炭素を汚染物質と呼ぶのはおかしな事です。
 それは兎も角、
 予防原則と言うのなら、先ずは大気汚染と海洋汚染を止めるべきですね。待った無しの危機的状況です。北京などで、大気汚染の為に部屋を閉め切って空気清浄機を回し続けるっってどれだけ異常な事でしょう?

>資源収奪の現場での重金属汚染などもひどいものです

確かにそれも酷い状況です。他所からの資源収奪ですね。

>環境汚染は絶対に許さないという国際ルールを確立しなければなりません。COP21などよりはるかに対応が急がれる急務でしょう。

全く仰る通りです。既に遅すぎるかも知れませんが、今からでも早急にルールを作るべきです。しかし、その大元が、国よりも権力を持っている超国家企業だから質が良くないですね。財閥解体のような事をすべき時期なんですが・・。

確かに、

止められないのは文明の暴走
guyver1092
 不滅の貨幣と拡大再生産の経済システムを使う限り、文明の暴走は不可避と考えています。経済成長を求めるのならば、真に役立つ環境破壊対はしてはいけない禁じ手です。真に環境対策をする代わりに、二酸化炭素のみに問題を矮小化して、対策と称して無駄に地下資源を燃やし、経済成長を行うのが目的でしょう。
 残念なことに、政府がマスコミと一体となって国民を誤った方向に洗脳を続けているので、個人の力ではなかなか対抗できないですね。

Re:止められないのは文明の暴走
雑草Z
>不滅の貨幣と拡大再生産の経済システムを使う限り、文明の暴走は不可避と考えています。

私も拡大再生産が諸悪の根源と考えています。そしてこれは単に強欲な人間が資産を増やす事を最大の目的としている事に起因していると思います。

>不滅の貨幣

を拡大再生産に並列にして加えたところがguyver1092さん独特の持論ですね。私も段々感化されて来ました。不滅の貨幣は現在電子マネーとなってより質が悪くなっていると考えてよいでしょうか?



管理通貨制
guyver1092
 私は、管理通貨制度になって最悪の通貨の基礎が出来たと考えています。電子マネーは、流通速度がけた違いにアップしたと考えて良いのでしょうか。速度が速くなったのであれば、地球環境に対する破壊力もアップしているので、より悪性の度合いが進行したと言えるのではないでしょうか。

Re:管理通貨制
雑草Z
なるほど、管理通貨制度になって、不節操に通貨を発行出来るようになってしまったのですね。「管理通貨」と言う言葉とは裏腹に、電子マネーで止め処なくマネーサプライがされている現状ですね。そして、それが現在の限界に達した地上での見掛けの経済成長策でしょうか?

 ・・・・
 ところで、この議論は、一つ前の記事
「減価する貨幣とインフレターゲットの違い」のコメント欄で議論した方が相応しいですね?

汚染の広がり
爽風上々
日本では中国の大気汚染ばかりが報道されるようですが、他の途上国の都市での汚染も広がっています。
インドの都市がひどいということも徐々に知られるようになってきました。

原因は自動車の急増と火力発電からの汚染物質排出による他、家庭での石炭や薪燃焼と言う影響もあるようです。

水資源も汚染されており、ただでさえ水不足が広がる中で使える水が汚染されてしまえばより影響は大きくなるでしょう。

ブラジルでは金鉱山からの水銀汚染で中毒者も出ているとか。水俣病の教訓など何も生きていないことが分かります。

日本は環境汚染対策技術に自信を持っているようですが、それで解決できるかどうかも分かりません。
石炭・石油の燃焼による窒素や硫黄の酸化物、微細粒子を除去する技術は開発してきましたが、今後の化石燃料の品質は悪化することが予測できます。さらに困難になるかもしれません。

また、放射性物質のトリチウム(水素同位体)は水との分離が難しいために排出せざるを得ないということが福島でも問題になっていますが、このような分離困難な有害物質は他にもあるでしょう。

途上国でのエネルギー資源の大量使用はいずれ化石燃料の供給減少につながり、供給不安から燃料価格暴騰につながると考えていましたが、それよりも早く環境汚染の問題拡大に現れてしまいました。
社会の変革を迫るということでは、どちらも同じような作用を示しますが、人間の健康にとってははるかに厳しい事態になってしまいました。
痛みは大きくなりましたが、化石燃料の使用を全世界で制限するような国際間の取り組みが急務です。

汚染と微生物
団塊親爺の遺言
 人類の欲望はブラックホール 金と権力を持つ資本家は世界

制覇を目指し今日もテロ集団等に武器を売り腹心の多くの部下

たちを、こき使い シコタマ儲けているのでしようね・・

自然破壊を余りにも続けた結果 抗生物質等の効かない生物が

登場・・薬だ 医者だと泣き喚いても・・手遅れかも

汚染すれば様々な 病原菌類の温床に・・

自然は絶妙なバランスで私たちが活きられる

環境を造って来たのにね・・

人類は自らの手で 死の道を選ぼうとしている

こんな悪魔の手先の様な連中が造った偽装社会

人間らしく生きる事 するとこんな 爺々にも

多くの仕事が舞い込み 若者たちに教えている

仕事を通し お互いが感謝しながらの人生は

楽しく 遣り甲斐の在るものです・・

支配されたり指図されるのが嫌いな我儘爺々の生き方

健康で身体が動けば 死ぬ迄働けるのです

健全に生きるのには本物の食べ物を摂る事

残念ながら・・本物の食べ物が少ないのが現状

それなら身体に蓄積される毒素類を排泄する事で

私には肩こりとか変な病に侵されずに生きて来ました

化学薬剤に頼らない生活 自然に寄り添う生き方

我儘爺々の戯言 許されよ・・

  

Re:汚染の広がり
雑草Z
>他の途上国の都市での汚染も広がっています。

世界中汚染だらけですね。
日本も、局地的には、水俣や四日市等、汚染の酷かった時期と比べて良くなっていると言っても日本全体で見れば、汚染は酷くなっている事でしょう。確かにインドも酷そうです。

>このような分離困難な有害物質は他にもあるでしょう。

年々新たな化学物質が合成されていますから、ダイオキシンよりも猛毒が作られてしまう可能性も低くないでしょうね。

>それよりも早く環境汚染の問題拡大に現れてしまいました。

はい、前にも爽風上々さんと議論致しましたが、エネルギーや資源の枯渇(に近づく事)より先に汚染の問題が深刻化すると思いますし、資源不足よりも汚染問題のほうが遥かに深刻だと考えています。

>痛みは大きくなりましたが、化石燃料の使用を全世界で制限するような国際間の取り組みが急務です。

化石燃料(石油、石炭・・)が現代の環境汚染の殆どの原因と言えますからね。



Re:汚染と微生物
雑草Z
>人類の欲望はブラックホール 金と権力を持つ資本家は世界

そうですね。そして欲望が強く、自分の利益しか考えないものだからこそ、不正な方法でお金を儲け権力を握っています。

>こんな悪魔の手先の様な連中が造った偽装社会

が超国家企業となって国家さえ支配しようとする酷い社会になって来ました。


>自然は絶妙なバランス

本当に微妙で巧妙なバランスがあるのに、人間はいい加減な技術でその微妙なバランスを破壊してきました。その付けが大きくなって返っています。

普通に人間らしく生きる事が困難になって来ている現状ですね。


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2015-06-23 00:01
週末にちょっとした仕事でビジネスホテルに連泊してきました。ホテルに泊まる度にいつも湧きあがる同じ思いを、記させて戴きます。
今回の部屋は13階にありました。いつもエレベーターは使わずに階段を探すのですが、今回のホテル(全国チェーン)の階段は非常用だけでした。非常用でも普段も使える階段があれば使うのですが、今回のホテルの非常階段は、屋外に付いていて、内側からロックされていて階段側からは中に入れない仕組みでした。更に内側から出るときもプラスチックのカバーを外さないと開けられない仕組みで「非常時以外使用しないで下さい・」と書かれていました。確かに外から勝手に入られたら不用心ですが、だったら普段用に屋内に階段があればいいのです。階の移動は全てエレベーターで移動しなければならなかったので、13階から14階に行くのに、階段があれば1回上るだけなのに、エレベーターの上行きボタンを押すとわざわざ1回からエレベーターが上って来た事もありました。エレベーターは反対側にエレベータ-と同じくらいの重さの重りが付いているとは言いますが、それでも非常にエネルギーの無駄です。そうやってエネルギーを浪費をする事を何とも思わずに、運動不足だからとスポーツクラブに通っている輩も沢山いるんでしょう・・・。

最近は、エコだとか省エネだとか言うようになって、部屋の備え付けの備品類も、無駄を減らす努力はしているようですが、まだまだ・・に感じます・・・と言うよりも、現在の日本では、これ以上省エネ、省資源を実行すると、「サービスが悪い」と言いだす客も多いのでしょう。例えば、髭剃り用のカミソリ。初日に使って次の日も使おうと考えて置いて置くと、ホテルに帰ると新品に取り換えられています。2,3日なんだから同じもので十分なのに新品に取り換えられるのです。私は、新品に取り換えられるのが嫌なので、使用したものを捨てられないように隠して出掛けます。いいカミソリなら、ホテルで使ったのを持ち帰って家で数週間使えます。それに対し、歯ブラシは直ぐにブラシがぐしゃぐしゃになってしまう粗悪品が多く、自分で用意した携帯ケースのものを使い、ホテルの据え付けを使わない事が多いです。まあ、朝晩2回しか使わないのであれば、あんな粗悪品でも仕方ないのかとも思います。
エアコンも最近は、客が入室してから自分でつけるようになってきました。・・いい傾向です。しかしビジネスホテル以外のホテルや旅館などは、いまだに客が入室する前から付いていて「適温」に調整してあるホテルが多くあります。そうして無ければ「気遣いの足りない旅館だ」と悪い印象を持つ客が多いのでしょうか。・・・私は逆に、入る前から冷房や、暖房をつけている旅館には、いい印象を持てません。二度と使いたくないと感じます。
(・・思い出しましたが、栃木県のお気に入りの「北温泉」は、標高が高い場所にあり、3月始めでも氷点下の寒さですが、部屋に暖房は炬燵しか無く、震えながら酒を酌み交わして談笑しました。それ故に「お気に入り」です。(江戸時代の旅籠っぽい感じも好きです。)

ホテルの話しに戻ります。兎も角、ホテルは、非常に無駄な浪費ばかりしていると言う事です。しかし、そう感じる私のほうが稀少な存在で、今の日本人の多くはそんな事よりも過剰なサービスを歓迎するのでしょうか?・・後輩に聞いてみたら、「いやあ、ホテルはホントに勿体ない事ばかりしていますよね。例えば・・・」と言う返事が返って来て、ちょっと安心しました。バブル世代より後の世代(悟り世代??)は、「勿体ない」と言う意識を持っている人が多いのかも知れません。

仕事の内容も、別にしなくてもいい浪費に感じます。(まあ、私が行かなければ他の者が代わって行くだけでしょうが。)日本中のビジネスホテルの大半の宿泊客は、「自己満足」の、若しくは本人も役に立つとは思っていないけれど生活のための仕事だからと割り切ってしている(単なる浪費、環境破壊の)仕事の為に泊まっているように思います。まあ、こんな事を書くと「心の病だ」と言われるかも知れませんが、私は逆に、こんなホテルの無駄を無駄と感じないのであれば、それこそ現代の病、感覚が壊れていると思うのです・・。
ホテルに泊まる度に現代社会の資源浪費を痛感します。ホテルは現代社会の浪費の象徴と感じるのは私だけでしょうか?
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【2015/06/23 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

ホテル非常階段
guyver1092
 非常階段が内部にないのは、部屋の数を最大にするためでしょう。階段を作らなかった分、部屋数を増やすことが出来るので、その分良く儲かるのでしょう。
 昔は、ホテルは豪華な場所とのイメージを持っていました。豪華な場所では、貧乏くさいのは禁止なのでしょうね。この場合の天秤は、一時の満足と、文明崩壊を秤にかけ、一時の満足を取ったのでしょうね。

浪費の象徴
東京珈琲
ホテルは修学旅行で泊まったくらいなので実際にはあまり分からないですが無駄が多いのですね。
エレベータ、エスカレータもそうですが僕は自動販売機が浪費だなと思います。昼夜休まず稼動し続け、売っているアルミ缶やペットボトルも無駄なものです。
使い捨てになりやすい100円ショップの商品なども見過ごせません。
連立するコンビニエンスストアも必要あるでしょうか。
歯ブラシなんかも柄と頭部を分解できるような設計にして頭部だけでも販売するとか、そういった配慮を企業側に求めます。物を長期間使うということをもっと考えるべきです。
少し考えただけでも沢山ある無駄なものですが、気づいた人から不買したり利用しないようにしていくしかありません。


ホテルのウラ。
でなしNo.146
>こんなホテルの無駄を無駄と感じないのであれば、それこそ現代の病、感覚が壊れていると思うのです・・。

同感です。
私が大学生の時、ホテルで主に結婚式場のアルバイトをしたのですが、あまりの浮世離れした消費ぶりに唖然としました。

式が終わってテーブルの料理をガンガン回収してバケツに放り込む作業は「食べ物を大切にしろ」と教わった私には精神的に重労働でしたね笑

とにかく、もったいないという精神状態では続けていられないので、あまり長くは続けませんでした。

以前に比べて、無駄な消費を悪とする流れが生まれてきていると思いますが、まだまだですね。

社会がバブルを知っている世代から、その後の世代、そして先送りされた様々な負債を理不尽に背負う世代に移ったら「無駄な消費を嫌う」雰囲気が醸成されると思います。

それまで社会があれば、ですけれども。

Re:ホテル非常階段
雑草Z
>非常階段が内部にないのは、部屋の数を最大にするためでしょう。

なるほど、そう言う訳だったのですか!?・・・しかし、内部に階段の無い高層ビル・・・って怖いですね。
階の移動の基本は階段です。

>この場合の天秤は、一時の満足と、文明崩壊を秤にかけ、一時の満足を取ったのでしょうね。

ホテルに限らず、それが現代社会の「選択」ですね。そしてそれが諸悪の根源・・・。

Re:浪費の象徴
雑草Z
>自動販売機が浪費だなと思います。昼夜休まず稼動し続け、売っているアルミ缶やペットボトルも無駄なものです。

全くその通りですね。日本の自販機だけで原発数基分の電力を使っていると言いますから、狂っています。自販機は禁止にすべきです。

>そういった配慮を企業側に求めます。物を長期間使うということをもっと考えるべきです。

 東京珈琲さん、お久し振りのコメント有難う御座います。
若い世代(『悟り世代』でしょうか?)がこのような感覚を持っている事は、非常に頼もしい事だと思います。

Re:ホテルのウラ。
雑草Z
>「食べ物を大切にしろ」と教わった私には精神的に重労働でした
>もったいないという精神状態では続けていられないので、あまり長くは続けませんでした。


このまともな感覚こそ非常に大切ですね。物の浪費を奨励する戦後のアメリカ指導や広告代理店によって日本民族の多くが浪費者に変えられましたね。バブルを懐かしむ世代には嫌悪を感じます。

>以前に比べて、無駄な消費を悪とする流れが生まれてきていると思いますが、

世の中を破滅から戻せるかもしれないこの流れは非常に大切です。その流れに逆行しようと消費を煽る現政府や大企業、広告代理店は潰れ無ければならないと考えます。出なければ社会、地球が潰れます。

>先送りされた様々な負債を理不尽に背負う世代

そう言う「悟り世代」の出現はいい流れかなと考えていますが、社会に従順過ぎても、強欲な輩にいいように利用されてしまいますね。

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2015-06-19 00:00
『迷信』とは、合理的・科学的では無いと考えられる事を信じる事・・と説明されています。
 更にWikipedia 等には「一般的には社会生活をいとなむのに実害があり、道徳に反するような知識や俗信など」とあります。

昔から迷信の例は枚挙に暇が御座いません。その中にはかなり迷惑なものもありますが、逆に迷信によって保たれた生態系もあるのです。例えば、ある場所の木を切ると祟りがある・・・と言う迷信によって、その地域の木は伐採を免れ、森の生態系は維持されている・・・と言う地域もありました。その「迷信」を作った人は、生態系の事をしっかり考えて、「有効な」迷信を作り出す、賢い策士だったと考えます・・。

さて、現代人は、迷信家は昔の人や未開の地の人に多いと考えがちです。科学の発展した現代では非科学的な迷信を信じる人が少なくなった・・・と漠然と考え、「迷信」を信じている人達を「遅れている」と言います。

しかし本当にそうでしょうか?
現代も科学的根拠に乏しい、後の世の人から「どうしようもない迷信」と評価されそうな物事で溢れかえっています。
質が悪いのは、それらの実質「迷信」が「迷信的」と認識されていない事でしょう。

その代表例が「経済成長」です。GDPの増加で定義される「経済成長」によって、高度経済成長時代から、様々な問題が一挙に解決するような事が言われてきました。社会福祉の問題も、貧困の問題も、挙げ句に環境問題さえ、「経済成長」が解決する・・・と言う輩はいまだに沢山いますし。「経済成長」志向はいまだに社会の主流なのです。しかし、GDPの増加で定義される「経済成長」はそれらの大きな問題を解決しないどころか、更に拡大してきました。「経済成長信仰」こそ現代の最悪の迷信でしょう。

その「経済成長信仰」と関連があることで、現代社会で、ポジティヴな素晴らしい意味を持つと考えられている概念が沢山あります。「進歩」、「発展」、「開発」・・・等がそれです。現代社会では、どの言葉も好ましい概念のように扱われる事が主です。(最近ようやく「開発」にはネガティヴは響きを感じ取る人が増えて来たように思います。)

しかし、これらの概念が好ましいと考えられるようになったのは、それこそ20世紀くらいから・・現代になってからではないでしょうか?・・・と言うよりも現代以前は「進歩」や「発展」「開発」等と言う概念は頻繁に使われなかったのではないかと考えます。

大胆な仮想を書かせて戴きます。「経済成長」は当然として「進歩」「発展」「開発」のような言葉も、この時代(20世紀後半から21世紀はじめ)の迷信(のようなもの)であった・・・と評価される時代が来ると考えています。これらの概念がセットとなって、環境を破壊して来たのです。これらの概念を変えない限り文明崩壊、破局は今世紀中にやってくるでしょう。
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【2015/06/19 00:00】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

科学と迷信
爽風上々
迷信というものが正体を暴かれるというのは、たいてい科学的な検討をされてのことですが、迷信にも一部の真実というのも科学の目で見てのことでしょう。

経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが、「経済成長」というのが科学的なものかどうかというのは非常に疑わしいものです。
経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。
その資本家の立場から言えば経済成長は必須でしょう。そうでなければ誰かの取り分を侵害して配当をひねり出さなければなりません。まあその状態になっているのが最近の日本経済です。

そうしてみると、経済成長を「迷信」というのも半ば当たっていて、半ば嘘が混じっているのかもしれません。
迷信というよりは詐欺です。

江戸時代以前でも経済成長というものはあったと考えれらます。新田開発というものは経済の拡大という意味ではそれにあたるものだったでしょう。
しかし、大幅なものはやはり日本では明治以降の技術革命によるものだったのでしょう。
してみると、やはり経済成長には化石燃料エネルギーを用いる科学技術の発展との関係が密接に関わっていたように思います。
それが無ければできなかったかというとそうでもないのですが、この圧倒的な進展のスピードというものはエネルギー依存の科学技術の発達と不可分です。

儲け主体の技術開発であったために、極度の環境破壊を引き起こしましたが、では儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。
やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。
環境を温存してもエネルギー依存の文明では必ず破綻するというのが避けられないからだということdす。

もちろん、現在の文明は環境を守ってはいませんので、その意味でも続けることができないのですが。

自然に学ぶ
団塊親爺の遺言
 今の文明は進化どころか崩壊へ・・
一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

コンクリートやアスファルトに覆い尽くされた今の生活
全国で生態系が壊され 毛虫の大発生 毛虫たちの天敵が居なくなり 
この様なおぞましい光景がそちらこちらで見うけられる様になりました 
人間は大量の化学薬剤で対抗し益々生態系が壊される事態に 
さぞかし蜜蜂たちも他の虫たちも減った事でしょうね・・

昔、狼が居た時は自然界はコントロールされていた

先人たちが、此処より下に住居を造るべからず

自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界
 
   病気は減ったか 争い事は無く成ったのか・・

益々、酷い世界へ・・金の懸かる生き方を強制される生き方は
本当に正しいのか・・? 暑さ寒さにも住居を成るべく地下へとか・・
暴風雨からも護られ省エネ生活も出来る 屋根の上では菜園造り 
米糠と貝と岩だけで今年も病害虫の被害無しの豊作の我が家 
もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・

Re:科学と迷信
雑草Z
>経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが

爽風上々さんも、経済学が科学じゃないのではと考えてることをうれしく感じます。そう、経済学はまやかしばかりです。まあ、カール・ポランニーとか日本の室田武さんとかは、素晴らしい経済学者だと思いますし、彼らの経済学こそ社会科学の一つと認めますが・・。

>経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。

この事実こそ普及したいものです。お互い微力ながら流布しましょう。

>迷信というよりは詐欺です。

そう言われれば、身も蓋もないですが(笑)全くその通りです。

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。 やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。

ここが爽風上々さんと私の明白な相違点であることはお互い以前より認識しているところですが、

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかった

その為には石油を使わないことが必須条件で、経済規模はその程度にしかならなかったわけですから、そもそも爽風上々さんの懸念されるエネルギー問題は起こりません。

だから、環境負荷の問題とエネルギー問題を切り離しては考えにくいと思います。

Re:自然に学ぶ
雑草Z
>今の文明は進化どころか崩壊へ・・

全く酷いものですね。

>一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

私も団塊親爺の遺言さんと同じように、その時代まで戻ってやり直し・・・工業化もせず経済も成長もせずに、定常安定系を目指す・・・ができたらどんなにいいかと考えます。

>自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界

そうやって経済成長を推進してきた連中は非常に薄っぺらいですね。人類を苦しみの方向へ導いています。

>金の懸かる生き方を強制される生き方

これが経済成長の本当の姿ですね。悲しいくらい愚かで酷いものです。

>もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・

根本的に変えないと駄目ですね。


環境温存の延命策
爽風上々
人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。
食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

ましてや、快適な生活などというものを求めればさらにその影響は大きくなります。
「環境に配慮した快適な生活」などというものも迷信でしかないというのも避けられない事実でしょう。

さて、話を経済学に戻しますが、迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、近代から現代のすべての時代で最強の体制として君臨した資本主義は動かすことのできない真実であり、すべての経済学はその細部を解析するだけの学問として成り立ってしまっても仕方のないことでしょう。
その根本に間違いがあるとなれば、それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。
そのような死に物狂いの力はバカにできる物ではありません。
結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないものなのでしょう。

Re:環境温存の延命策
雑草Z
>人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。

今度は極端な話になりましたね?

先のコメント

>儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが

との整合性が判りません。

>食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

環境の改変が即、環境破壊と言えば極論になると思います、生態系をしっかり確保していれば、いわゆる環境汚染や環境破壊と一緒にする必要はないでしょう。

>迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、

そうですね。そこが大きな問題です。たかが10年、200年なのですが。 仕方が無い・・と言うのは科学ではありませんね。単に飽和するまで、末期までの過渡期の条件付きの「限られた真実」なのですが・・・。

>それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。

ここは仰る通りです。その連中が現代社会を酷い方向へ導いています。

>結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないもの

原発事故のように実証が現れても、認めようとしませんでしたが、21世紀は、恐怖の証拠としてカタストロフが次々現れ、認めざるを得なくなるでしょう。・・・しかし安倍さんを見てると、それでも認めないんでしょうね。



こんばんは

自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、思ったこともありませんでした。

米粉美味しいですよね。

そういえば昨日は誕生日だったんですよ。
雑草Zさんの誕生日はいつですか?
ハンドルネームで呼ぶのは、不思議な感じがします。

環境破壊
爽風上々
半ば意識はしているのですが、「環境」という言葉をいくつものレベルで使い分けていますので、分かりにくくしてしまいました。

人間が現れる前のまったく手つかずの状態が「自然環境」とするならば、そこに少しでも人間が住むようになればその数にしたがって環境は改変されたでしょう。それを「環境破壊」と呼ぶこともできますし、その意味で私が使っていることもあります。

また、よく不動産屋が使っているような「高級住宅街のすばらしい住環境」などといった意味での「環境」という意味でも使ってしまうのは、自分自身が「快適環境」にこれまでずっと慣れ親しんでしまったために無意識に出てしまうのかもしれません。

そのため、このいくつかのコメントの中でもその両方の意味が混在しています。
「人が住むだけで壊れる環境」というのは前者の究極の自然環境の意味ですし、「環境を守っての開発」はもちろん後者に近い(イコールではありませんが)意味で使っています。

自分でも混乱しますので、外から見れば分かりにくかったのは申し訳ありませんでした。



関連して
guyver1092
 関連して、現代の迷信をもう一つ紹介します。それは、「技術革新に限界はない」です。この技術革新が無限であるとの迷信は、無限の経済成長を信じるためには、どうしても必要なようです。水野和夫氏の「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ等では、必ず技術革新により無限の経済成長は成ると書かれています。

Re:こんばんは
雑草Z
>自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、

「開発」や「進歩」、「発展」事体、広い意味を持った概念ですが、現在頻繁に使われている用法・・目的語等を付けて「土地開発」、「工業、技術、経済の進歩」「地域の発展」と言った概念は、ネガティヴな意味に考えられる時代が来るであろうと言う事です。

現在の社会の常識は、多くが洗脳であり、何らかの目的に意図的に誘導されている場合も多いと思います。社会の「常識」は疑ってかかるべ木でしょう。

さん 初のコメント有難う御座いました。これからも宜しく。

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2015-05-29 23:49
ここの記事は、素数日の6日に1回の割合で更新する事が定着していました。これまではほぼその通りに更新していました。しかし今回は久々・・・1カ月振りの更新です。・・・これまで、間1回落とし、12日振りと言う事はありましたが、1カ月振りと言うのは初めてです。環境問題、社会問題に関しては一通り書くべきことは書いてきました。・・日々の雑事にも追われるし、ネット監視で逆SEOされているようだし、暫く休んでリセットして新たに別な形で出直そうか・・・・とも刹那、考えましたが、・・・ここに書くべきことは尽きてはいません。まだまだあります。。。。

一生の中で、漠然とでも人生をリセットしたいと考える事は、多くの人にあることでしょうか。…自分の人生のある時期以降をリセットして、そこから先をはじめから、もう一度やり直したい・・・と。
私自身、そう思った事はかなりあります。重要な分かれ道で、別の選択をすべきであった・・・出来る事なら過去の自分に手紙を書いて、「ここではこの選択ではなく、あちらの選択をしないと後悔するぞ・・・」と知らせたいと考えたこともあります。・・・・同じ人間は、過去が全く同じなら、その先も同じ軌跡を辿る筈で、別の人生は無かった、過去に戻っても同じ未来を辿る筈・・・第一過去に戻ることも出来る筈が無いし、勿論過去に手紙なんか出せる筈も無い・・・もしそれが出来たのならば、その手紙を過去に既に受け取っている筈・・・でも、当然そんな未来の自分からのアドバイスの手紙を受け取った事などありません。そんな事を考えるだけ無駄でしょう。タイムスリップものの矛盾が大嫌いな私も、主観的になると、不合理な妄想にとり憑かれてしまったようです。・・・。
更に、もし人生をある時期までリセット出来たとすれば、現在の自分の全て・・・人間関係・・家族も友人も変わってしまいます。リセット希望の後の人生を全否定する事となります。しかし、リセットしたいと思っても、失いたくない部分もあるのも事実です。
一方、自殺したいほど人生に絶望した人ならば、何の躊躇も無く人生をリセットしたいと思うかも知れません。


およそ環境問題でも社会科学でも文明論でもない、いつもと違った書き出しになってしまいましたが、以上は単なるアプローチです。

さて、現代は地球の環境・・・生態系 も、社会構造も行き詰まっています。地球環境の深刻な状況を考えると、個人的な鬱など取るに足らない事です。地球の環境問題、成長の限界を考慮すれば、文明崩壊しない為にはもうリセットするしかないと考えます。・・・
21世紀に入り地球上での経済、工業の成長は、限界を迎えています。それでも、「経済成長」に捕らわれた人々は、築き上げたものを破壊して、再び経済成長を・・・と言う破局ループに嵌っています。これはある意味リセットです。例えば、規格変更や経済ルールの変更(TPPなど)もリセットの一形態ですし、恐慌やデフォルトもリセットと呼べましょう。・・・ただ、経済をリセットできたとしても、環境はリセット出来ません。使われてしまった再生不可能資源は戻って来ませんし、生態系の循環をしない人工化学物質は、生態系に蓄積されます。
環境破壊は残ったまま、経済のみがリセットされるのです。だから、経済のリセットが繰り返される度に、環境の代償は大きくなるのです。・・・21世紀にもなってそんな簡単なことがわからない政治家、官僚、エコノミストが数多くいるようです。


社会体制をリセットすると言う話は、社会革命の話に通じるでしょうけれど、その話は他の方にお任せいたします。


地球環境をリセットする事を考えます。(やっと本題です。)
先ず、地球環境はいつまで遡ってリセットするのが望ましいかと考えれば、人類の文明が始まる前・・・が理想でしょう。現在の環境問題は全て人類が起こしたものです。人類の文明の発生以来、他の生物の種の絶滅は、桁違いに多くなり、自然環境、生態系が破壊されてきました。そこで、人類がいなければ良かった・・・と言う話にもなりますが、人類抜きの環境問題はまた別の話となりましょう。ここでは人間を中心とする生物の生態系で考えます。人間が他の動植物と生態系の中で共生していく為の「環境」です。

悲しいかな、人類はこれまで、「進歩」と言う名の欺瞞の階段を登りながら、下の段を蹴落としてきました。後戻りは出来ないように過去のものが破壊されて来たのです。【登って来た梯子を蹴落として来たから・・】だから、現在、文明のリセットは非常に難しい状態です。一度滅びるしかない・・といった状態です。環境のリセットはなお更困難でしょう。・・・結局のところ、この限界を迎えた環境の状態で、戻るのが可能なところまで引き返して、後はこれ以上環境破壊しないようにするしかありません。(環境再生には限界があり、他の環境破壊に繋がる場合もあります。)

先ずは、原発の放射性廃棄物。今日本では福島第一原発の事ばかりが問題になっていますが、日本には17箇所、50機以上の原発があります。現在は1機も稼働してなく、これから何基再稼働されるかは判りませんが、これから再稼働されようがされまいが、今世紀中にそれら全ての原発の廃炉処理が為されなければなりません。全機の廃炉処理がスムーズに済むとは思えませんし、廃炉処理後の数万年に及ぶ管理も全機まともにいくとは思えません。六ヶ所村に集められた使用済み核燃料をはじめとする放射性廃棄物だけで、北日本全部どころか、地球全体が深刻な放射能汚染されてしまうだけの放射能があります。六ヶ所村の再処理施設も、日本中の原子炉も、程度の問題で、必ず放射能漏れは起こすでしょう。(・・・既にかなりの放射能漏れを起こして来ました。)日本中が放射能の危険地帯になってしまう可能性は全然低くはないでしょう。

続いて毎日毎日新たに作られる化学合成物質。ダイオキシンのような毒も色々発生させるでしょうし、これまで生産された化学物質だけで世界中の生態系を破壊するかも知れません。

エネルギーや資源の枯渇も問題ですが、私は様々な害毒物質による汚染がよりシビアになると考えています。これまで自然界に放出された人工的な汚染物質の深刻さはこれからどんどん明らかになってくるでしょう。もう既に生態系の限界を越えて、リセットにでもならなければ、現代世界は終焉を迎える事になるやも知れません。そして、当然ですが、汚染物質のリセットなど出来っこありません。手遅れでない事を祈るばかりです。
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【2015/05/29 23:49】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

リセットとは
爽風上々
異例の長いお休みで心配していましたが、復帰されることができたようで安心しました。

リセットとはゲームのような話ですが、何事につけ実社会では簡単にリセットできるものはないのかもしれません。
過激なリセットとは革命になるのでしょうが、あちこちに大きな傷を残します。
やはり徐々に変えていかなければならないのでしょうが、それには構成する人々すべてが「変える」という意思があっての上のことであり、それがなければ何も動きません。

最近読んだ水野和夫さんの本では、ハードランディングの予想として中国のバブル崩壊からの世界危機が挙げられていました。こういった予測を皆が共有してその対策を考えるという方向であれば、徐々に修正するソフトランディングもありうるのでしょうが、政財界の主流はいまだに経済成長回復の幻想に憑りつかれている状況ではほとんど希望はないでしょう。

そのようなときには「リセット」と叫びたい気になるのも分からないではないのですが。

環境汚染物質の…
ST
除去、或いは「無毒化」に将来は大変大きなコストをかけないと生態系の維持が不可能な状況になってしまっています。
でも、これには皮肉な事に「更なる科学の発展」が必要です。
要は「資源(資本を含む)」の振り分けバランスかと思います。
うーんと、最も単純化すると最優先が環境でその間逆の典型は「戦争」なのではないかなぁ… その間に森羅万象が挟まると言う事ではないでしょうかね。その中にはどうしても強制的にリセットしなければ解決不可能な問題が存在すると思ってます。
その中でどうしても絡んで来ざるを得ないのはやはり貧困と格差、ひいては人権の問題になると思います。現在の経済システムそのままでは到底解決は不可能で「大転換」も必要だと思っています。「東洋思想」をもっと取り入れる方向が良いのでは?

Re:リセットとは
雑草Z
   爽風上々さん

ひと月も休んでいたのに、早々のコメント有難う御座います。心配して頂き、感謝致します。

>リセットとはゲームのような話ですが、

ゲーム世代の現代の若者は、リセットする事に慣れていて、何か失敗しても直ぐにリセット出来ると勘違いしている者が多いかも知れません。ある意味プラス思考とも言えます。個人的な生活なら悪い発想ではないかと思いますが、環境、生態系、そして社会は簡単にはリセットできないし、リセットしようとすると、大きな犠牲を伴う事、そしてそれでも大してリセットできない事は肝に銘ずるべきですね。

>過激なリセットとは革命になるのでしょうが、あちこちに大きな傷を残します。

の通りです。

>それには構成する人々すべてが「変える」という意思があっての上のこと

この意識を持って貰う事に少しでも貢献出来れば・・・というのが、当方や爽風上々さんのブログですね。

>ハードランディングの予想として中国のバブル崩壊からの世界危機

この可能性は高そうです。しかし、中国だけでは無く、アメリカ、インド、中東…世界中が成長の限界に達した今、どこがトリガーになっても不思議ではありません。

>政財界の主流はいまだに経済成長回復の幻想に憑りつかれている状況ではほとんど希望はないでしょう。

ソフトランディングは絶望的であると感じています。それが今回の記事の動機の一つだと思います。


××××   ××××   ××××   ××××

恥ずかしながら、当方はリセットしたいと願った事が何度もあります。爽風上々さんは、リセットしたいと思った経験は御座いますか?
 

Re:環境汚染物質の…
雑草Z
    STさん

 かなり久々の更新に関わらず、直ぐのコメント感謝致します。

>皮肉な事に「更なる科学の発展」が必要です。

それは本当に皮肉ですね。更なる科学の発展に支払う更なる環境の代償と、新たな科学技術による環境回復との比較と言う事になりましょうが、これまでは代償が大き過ぎました。

>最も単純化すると最優先が環境でその間逆の典型は「戦争」なのではないかなぁ… その間に森羅万象が挟まると言う事ではないでしょうかね。

なるほど、そのように単純にまとめる事も出来ますね。そして、おっしゃるように

>現在の経済システムそのままでは到底解決は不可能で「大転換」も必要

全く同意です。早急に「大転換」が為されなければ、破滅の可能性がますます高くなります。

>東洋思想」をもっと取り入れる方向が良いのでは?

そう、確かにその通りですね!西洋文明的な自然に対する開拓者精神こそ、環境破壊の根本原因でしょう。やはり東洋的な自然との融和、人間は自然の一部だと言う発想こそ大切ですね。

リセットのための絶対条件
guyver1092
 まず、現在の経済成長を主張する指導者、支配者に退場してもらう必要がありますね。それと同時に、国民も有限の世界で無限の成長を求めるとどうなるかを理解しなければなりません。
 最も重要なことは、足るを知るということと、定常社会は素晴らしいことを理解することですね。

革命の難しさ
爽風上々
社会の混乱と矛盾が増大していき少々の手直しではどうしようもないと感じられたら一気に革命(リセット)という思いになるのも仕方のないことでs。
しかし、どのような構造が良いのかといった見通しもないままでは革命が成功したとしてもすぐに崩壊するのも目に見えています。

最大の革命であったソビエトロシアでも専制絶対主義王政を打倒してできたのは、専制共産党支配としか言いようのないものでした。

しかし、大まかな社会構造すら革命前に構想することは至難の業ですし、ましてや社会の細部にいたるまでのあれこれをすべて設計することなど決してできることではありません。
その意味でも革命ということがうまく進む可能性は極めて引くく難しいものでしょう。

なお、中国のバブル崩壊についてですが、世界経済における重要度は極めて高く他の国の問題よりもはるかに大きな影響を及ぼすと思います。
もちろん、中国が発火点になるのか、他の国の火が中国に燃え広がるのか、様々な可能性がありますが、最後には中国の崩壊で決定的になるのかもしれません。
しかも、あちらの国も我が国同様自浄作用ということがない国情のようですので、不可避になりつつあるともいえます。

Re:リセットのための絶対条件
雑草Z
おっしゃる通りです。この
>リセットのための絶対条件
は、確かに絶対条件であるとともに、この事自体がある意味、考え得る可能な、理想のリセットであると思いました。地球も社会も振り出しに戻る事は出来ないので、guyver1092 さんが示されましたこれらの条件こそを、リセットと定義し直すほうが現実的な目標になると思いました。

>足るを知るということと、定常社会は素晴らしいこと

これは本当に素晴らしい事で、みんながこう言う意識を持っていれば深刻な環境問題など起こらないし、平和な社会を築く事が出来るのだと思います。逆に「ハングリー精神は文明崩壊へ続く」です。そう言えば現代社会に蔓延る価値観は、文明崩壊奨励のようなものが多いと思います。一種の洗脳でしょう。

環境のりセットは不可能でも、価値観のリセットは可能であるし、それが唯一の道かも知れません。非常に参考になるご意見、有難う御座います。



Re:革命の難しさ
雑草Z
なるほど、爽風上々さんのコメントを読むと、革命の難しさを痛感いたします。

>最大の革命であったソビエトロシアでも専制絶対主義王政を打倒してできたのは、専制共産党支配としか言いようのない

結局、どんな社会でも、それを自分の利己的な欲望に利用しようとするサイコパス的な輩がいる為に、理想社会とは程遠いものが出来上がってしまうのでしょうか。

>なお、中国のバブル崩壊についてですが、・・・最後には中国の崩壊で決定的になるのかもしれません。

これも爽風上々さんの予想が妥当性が高そうです。そして、暴走する中国経済は、現在は世界の経済の牽引作用があると必要性が強調されていますが、長い目で見れば(大して長期ではありませんが・・・)ただ世界を破局に導いているだけですから、痛みが深刻でも、早いところ崩壊しなければ、世界の環境が持ちません、生態系も心配です。中国に限らず、大混乱になろうとも、早いところ現代社会の体制、暴走する資本主義、経済成長主義は崩壊しなければならないと思います。それが現代のリセットでしょうか。望む望まざるに関らず、21世紀中でしょうね。


ハングアップとリセット
爽風上々
コンピュータ類(電卓やゲーム機も含め)も以前のものは能力も不十分であり、時々ハングアップと言って何をしても動かなくなり、奥の手でちょっと奥の方にあるリセットボタンを押して初期化ということが良くあったものです。

この場合のリセットとは「初期化」ということと同意味ですが、メモリーの状態をもとに戻し異常となった動きを解消するということになります。

しかし実社会では「リセット」するといっても事は簡単ではありません。初期化といってもどの状態を指すのかも明らかではなく、そこに戻せば大丈夫などということもあり得ません。
おそらく、理想的なリセットというと農業社会が始まる寸前と言うことになるのでしょうか。約1万年前の状態ですが、社会全体をそこに戻そうとしてもその時の地球全人口は数百万人でしょう。現在の99%の人間もリセットしなければなりません。

現在の世界はハングアップしているも同然なんですが、そんなにうまくリセットということもできません。ほとんど不可能であっても、不愉快なことばかりであっても、一つ一つ解消していかなければならないのでしょう。

Re:ハングアップとリセット
雑草Z
>理想的なリセットというと農業社会が始まる寸前と言うことになるのでしょうか。

私が記事に描いた
>人類の文明が始まる前・・・が理想
と、っ共通しますね。そしておっしゃるように

>社会全体をそこに戻そうとしてもその時の地球全人口は数百万人でしょう。。

これが非常に深刻な問題ですね。 さまざまなドーピングによって、人口が過剰に増えました。自然農法、有機農法時代の農業で増えた部分ならば、まだ持続可能かもしれませんが、化学農業の部分は、再生可能でない資源を用いてますし、持続は不可能でしょうね。これも
>ハングアップ
は間近でしょうね。

>現在の世界はハングアップしているも同然なんですが、そんなにうまくリセットということもできません。

この深刻な問題に取り組む事こそ最優先な筈です。




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2014-12-05 00:27
子供の頃、父の仕事の関係で岩手県一関市に住んでいた私が、長期休業中に家族で福島県の会津に里帰りするとき、列車の乗り換えの為に途中下車した仙台駅ビルの映画館で『猿の惑星』の映画広告のポスターをしばしば目にしました。最初目にしたのが『猿の惑星』、続いて『続・猿の惑星』それから『続々猿の惑星』『続続続猿の惑星』と・・・長年に渡ってポスターを目にしてきました。(今ネットで調べてみると、『続猿の惑星』の次からは『続続・・・』では無く『新・猿の惑星』『猿の惑星・征服』と続くようですが、当時は確かにサブタイトルか何かで『続続・・・』『続続続・・・』と宣伝されていた筈です。何故なら内容よりも『続続』、『続続続』まであったタイトルが最も印象深く残っていたからです。)以降、何らかの作品の「続編」と言う謳い文句を目にする度に『猿の惑星』を想起したものです。「続編が出来ても『猿の惑星』のように『続続続』まではなかなか続くまい」と(笑)。仙台駅では映画を見るほどの時間的余裕は全くありませんでしたが、時間があっても観てなかったかも知れません。子供の頃から映画館で映画を見ると言う習慣、発想はなく、映画はテレビで放映されるのを待って見ていたからです。テレビなら料金はかかりませんから・・・。確かに第一作の『猿の惑星』と、次の作品『続・猿の惑星』はテレビで放映されたときに見た記憶があります。テレビで初めて観たのは中学生の頃でクリスマスの日だったのを記憶しています。


ここを読んでる方で内容を知らない人もいるやも知れませんので、第1作『猿の惑星Planet Of The Apes』の粗筋をごく簡単に紹介致します。


・・・1972年に打ち上げられた宇宙船が1年6カ月後にある惑星に不時着します。浦島効果で、地球時間では2000年経った設定になっています。そこでは類人猿の猿やゴリラが支配し、人間は虐げられて、家畜や奴隷のような扱いを受けています。言葉(英語)を話すのも類人猿で、人類は言葉もしゃべりません。・・・ラストシーンで主人公の宇宙船の船長は、海岸の砂に埋もれた自由の女神像を発見し、そこが地球だと気付き、滅んでしまった人類の愚かさを嘆き、泣き叫びます・・・。

テレビで観たとき、不時着した惑星が地球と似た環境で、空気も水もあり、人間が宇宙服無しに歩きまわることが出来、更に人間が食べられる食料もあった時点で、地球と気付かないのはおかし過ぎると思いました。哺乳類の人間や類人猿がいる地球以外の惑星などに不時着する可能性なんて限りなくゼロに近いでしょう。更に、猿たちが主人公と同じ英語で話している時点で、地球と気が付かなければおかし過ぎると感じました。地球以外の不時着した惑星の住人の言語が、自分達の話している英語だったなんて話は出来過ぎです。そんな可能性などないと言っていいでしょう。このような矛盾だらけのナンセンスなストーリーには興ざめでしたが、主題とは関係ないので、まあ仕方無しとしましょうか。


つい先日、第一作『猿の惑星』がBS放送でテレビ放映されていました。私はここのところずっと、フィクションにはあまり興味がありません。読む書物も視聴するテレビ番組もノンフィクション中心です。 『猿の惑星』は、はじめから終りまでじっくりと通して観た記憶はありませんが、それでも子供の頃からテレビで2,3度観ている筈です。そんなこんなで今更ながら観たいとは思いませんでしたが、食事をしながら最後のほうを少し観ました。そしたら、以外に面白く、予想外に興味深いセリフをいくつか発見することが出来ました。


以下、類人猿(オラウータン?)の科学者の大御所に当たる人(猿)が、彼等に伝わる『聖典』を主人公の宇宙飛行士の人間に読み聞かせている内容です。

「人間は悪魔の手先、心を許すな  霊長類でありながら・・ 
人間は気晴らしや欲望の為に殺す  その土地を奪う為に同胞を殺す
人間を増やすなら・・・あらゆる土地を砂漠に変える
避けよ  彼等は死の使いである・・・」


以上、言い得てます。確かに人間に当てはまるでしょう。野生の動物にとってだけではなく、人間同士の関係に於いても言えましょう。西欧の白人たちは大航海時代以降、他の土地の原住民達を類人猿のように扱い、土地を奪い奴隷にしてきました。


類人猿の科学者の大御所、権威が、自分の言葉で続けます。

「わしはお前らの来るのを死神のように恐れていた
禁断地帯は昔は楽園だった。人間どもが砂漠にしてしまったのだ」


これまた大いに言い得ています。共感を呼びます。既に人類は多くの土地を不毛の砂漠にして来ました。そして現在もそれは進行中です。人類は「開拓者精神」で「未開の地」と呼ぶ大自然を「開拓」してきましたが、他の動物にとっては非常に迷惑な話です。「迷惑」どころか生活圏を破壊され、存亡にかかわる問題です。・・・実際に人間によって絶滅させられた動物の種は数え切れませんし、現在でも日々絶滅され続けています。西欧の大航海時代以降の短い期間に、他の動物たちばかりか、絶滅させられた人間の民族も沢山ありました。本当に人類は死の使いなのかも知れません。


禁断地帯で自由の女神を発見し、そこが地球だと気が付いた主人公の人間が、人類の愚行を嘆き叫ぶシーンでこの映画は終わります。そのシーンは核戦争があった事を示唆しているのでしょうが、現代は核戦争以外にも、人類が滅んで仕舞うような様々な問題が複合的に沢山あります。核戦争がなくても、放射能汚染は深刻です。これまで原発で作られてきた使用済み核燃料の放射能は、プルトニウムをはじめとして、2000年経ってもあまり衰えない核子が何種類もあります。それらの放射性物質を2000年もの間外部に漏れないように管理するのは至難の業・・ほぼ不可能と言えましょう。人類が原発を稼働してからまだ半世紀ほどしか経たないのに、既に色々な場所で放射能漏れは日常茶飯事です。化学物質は日々新たに合成され続け、環境中に放出され続けています。その中には、ダイオキシンのような猛毒も含まれているのです。そして、経済成長志向は、地球資源の浪費をもたらし、環境を破壊し続けています。
人類の自滅によって台頭した『猿の惑星』の支配者たる類人猿は、一見人類よりも愚かに見えるかもしれませんが、その類人猿達の人間に対する批判は、お門違いでは無く、一つ一つ的を得ているのです。類人猿達はその人間の愚行の後追いをしているように描かれているのです。
子供の頃テレビで観た時には、荒唐無稽でナンセンスな物語だと思って観ましたが、現在見返すと、人間の愚かな面をよく描き出しています。私は現在、2000年後までに現代文明が続くとは考えていません。人間の愚行によって2000年後どころか、百年以内(21世紀中)に現代文明は終焉を迎えるでしょう。
2000年後、類人猿に支配されるとは全く思いませんが、人類は絶滅してしまっているか、細々と暮らしている可能性はかなり高いと考えます。環境から資源を収奪し尽くして、イースター島の悲劇のような事を経るでしょう。早々と現代文明が幕を閉じ、人類が滅んだとしても、2000年後までに放射能汚染、化学物質汚染が除去される可能性が高いとも言えないでしょう。2000年後あの映像に映し出されていたくらいの環境であれば、よしとすべきだと考えます。(実際に地上のどこかでロケした筈ですから、あれは1970年頃の地球の一部実体ですが・・・)2000年後に地球が不毛の地になっていない事を望みます。

以上、今回改めて、第1作『猿の惑星Planet Of The Apes』の再放送(再再再放送?(笑))の終わりの部分を観て感じた感想です。

類人猿に支配される心配などする必要は全くないでしょうが、人類の自滅の可能性は十分に高いので、滅びないようにパラダイムシフトする必要性を人類の共通認識すべきでしょう。
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【2014/12/05 00:27】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

SF
爽風上々
私もフィクションはほとんど読まないのですが、その中ではSFと歴史小説だけは若い頃から読む方でした。
猿の惑星はちょうど中学生から高校生の時代で、生意気盛りでしたから映画が評判になっても、ありふれた「終末もの」で大した内容でもないと評していた覚えがあります。

もちろん映画も見には行かずあとになってテレビで一度見たくらいでしょうか。
人間がすべて滅びるような事態になった時に猿が生き残るというのはかなり難しいことでしょう。ゴキブリが繁栄しているというなら分かるのですが。

とにかく、このまま行けば(温暖化論者の言い方のようですが)あっという間に危機的な状況になりそうです。文才があればそれを種にしたSFがいくらでも書けそうですが残念ながらちょっと無理です。
そうこうしているまにSFではなく現代小説になりそうです。

猿の惑星。けっこう好きです。
でなしNo.146
猿の惑星は僕もけっこうチェックしている映画で、数年前にもリメイクされていましたし、最近も映画がやっていましたね。

最初の映画のラストシーンが印象的ですし、環境破壊で人類が滅ぶというストーリーの他に、凶暴な猿が立場の弱い猿を虐げるあたり、人類の醜悪な部分そのもののような気もします。

現代社会への警告とも言うべきメッセージはいろんなところに散らばっていて、けっこう発見のある映画だと思っています。

まぁ、映画を作ること自体が、けっこうな環境破壊にもなるんですが、そのあたりのバランスもふまえて、人々に環境破壊の愚かさを浸透させてほしいですね。

話は変わりますが、どこかの掲示板で原発について将来の人から見たら狂気の沙汰というお話があって、妙に納得した(既視感が湧いた)一言があったんです。

オレらが公害を見て「昔の人はバカなことしてた」ってのと同じ感覚じゃないか?
っていうのがソレなんですが、その感覚をリミットまでふると最後の自由の女神の残骸をみた男のような戦慄になるのかもしれません。
(公害と放射能汚染は比べ物になりませんが。。。)

思い出しました
guyver1092
 第一作の映画を見た記憶がよみがえってきました。人類の凶暴さと愚かさを表しているのでしたね。一説によると、作者が旧日本軍の捕虜となった体験を昇華させた作品とも言われているようですね。
 本文にもあるように、人類衰退後の地球が作中のような状態であれば、猿たちは人類よりも優れているということになりますね。旧日本軍云々が本当ならば、猿たちの行いが優れすぎている気もしますが。
 流石に人類の行いに対する警鐘の部分は覚えていませんでした。

Re:SF
雑草Z
 確かにSFは面白くて引き込まれる作品もありますね。一方、不合理が多過ぎて突っ込みどころの多い内容だと、嫌気がさしますね。その代表がタイムスリップものです。過去があって現在が確定しているのに、過去に行って未来を変えるとか、必ず矛盾が生じ、どう考えてもつじつまがあいません。

猿の惑星は、

>ありふれた「終末もの」で大した内容でもない

かも知れませんが、この前見たら、子供の頃には気が付かなかった新たな発見がありました。
子供の頃は、自然条件で砂漠が出来ると思っていましたから、類人猿の言葉

>禁断地帯は昔は楽園だった。人間どもが砂漠にしてしまったのだ

も、その部分を観たとしても記憶に無かったし、当時は架空の未来の話に感じたと思います。でも実際は、多くの文明が人間の浅はかな開発により、砂漠化で終焉を迎えてきましたし、現在も進行中ですので、砂漠化は現実の人間の愚行でした。その他諸々、今回のほうが、類人猿の指摘する人間の愚行に対してはリアリティを感じました。

>ゴキブリが繁栄しているというなら分かるのですが。

進化論が真実だとして、無脊椎動物のトップに君臨する昆虫は、色々な能力が高く、環境悪化にはかなり対応出来そうですね。

>あっという間に危機的な状況になりそうです。

あまりにも問題が多過ぎて対処しきれないでしょうね。経済対策なんてやっているどころではありません。

>SFではなく現代小説になりそうです。

そうですね。フィクションを観るどころではありませんね。

Re:猿の惑星。けっこう好きです。
雑草Z
>数年前にもリメイクされていましたし

リメイク版の内容はどうですか?そう言えば私はテレビで、『続・猿の惑星』までしか観ていません。(観たとしても記憶にありません。)やはり第1作が一番傑作なのでしょうか?

>凶暴な猿が立場の弱い猿を虐げるあたり、人類の醜悪な部分そのもののような気もします。

類人猿は、チンパンジーとオラウータンとゴリラがいて、丁度人間の人種に対応していましたね。確かに人間の醜悪な部分を反映しています。あれを他人事(他猿事)として観ては駄目ですね。

>どこかの掲示板で原発について将来の人から見たら狂気の沙汰というお話があって、妙に納得した(既視感が湧いた)一言があったんです。

同感です。ここの記事にも同じ事を書いてきたと思います。原発も、地球からの過剰な資源収奪も、経済成長志向も、大量生産大量消費も、みんな将来の人々から見たら、狂気の愚行そのものでしょう。イースター島を馬鹿にしてはいられません。

>オレらが公害を見て「昔の人はバカなことしてた」ってのと同じ感覚じゃないか?

実際は公害は収まってはなくて、「環境問題」として遥かに深刻に拡大しています。

>その感覚をリミットまでふると最後の自由の女神の残骸をみた男のような戦慄になる

なるほど、非常に上手い言い回しです。


Re:思い出しました
雑草Z
>人類の凶暴さと愚かさを表している

子供の頃テレビで観た時には、人間社会を風刺しているとは思っても、人間はここまで凶暴で愚かだとは思わなかったと思います。でも実際は、人間のほうが更に酷い部分もありますね。

>作者が旧日本軍の捕虜となった体験を昇華させた作品

調べてみると、作者が日本人の捕虜になった時の経験・・・らしいですが、これこそステレオタイプの欧米の白人の傲慢さですね。自分達は「理性のある文明人」でアジアやアフリカの黄色人種、黒人は野蛮人」そう決めつけて、アジアやアフリカを支配して、自分達の価値観を押し付けて西洋化し、世界をグローバルな破滅に導いているのでしょう。

>人類衰退後の地球が作中のような状態であれば、猿たちは人類よりも優れているということになりますね。

guyver1092 さんもそうお考えになりますか。おそらく原作者も映画監督もそこまでは考えなかったと思います。でも、2000年後にあの状態なら、猿のほうが優れてますよね。

>流石に人類の行いに対する警鐘の部分は覚えていませんでした。

これまた私と同じですね。最近再放送を見直しして、こんなセリフがあったんだ・・・って発見しました。

素敵な真実
団塊親爺の遺言
原発事故の終息の40年後は想像も出来ない世界かも・・

今の環境破壊と複合汚染等が此の侭 進行すると本当かもです
私たちは進歩しているのか・・ いや確実に滅亡に向かっているのでは・・と想う今日この頃 ふとネットで眼にした14歳の
少年の病の探究への旅物語を見て今の食べ物は何なのか そして
今の社会は何処へ導かれるのか・・良いものは否定される社会

素敵な真実 https://www.youtube.com/watch?v=U6AqSfrT9lE

今の支配層は私たちを動物園の檻の中の猿位にしか思っていないのでしようね

支配層の人間たちは安全な食べ物を採り 多くの人類には大量生産の危険な餌を与え人体実験場の様です 日本の皇族関係者は無農薬の栽培をしていますし薬物治療も殆んどしていません

私たちの多くが無農薬・無肥料の自然栽培を実践する事で何かが
変わるかも知れません せめて食べ物だけは摂理に沿うものを
採りたいものです

  

Re:素敵な真実
雑草Z
>原発事故の終息の40年後は想像も出来ない世界かも・・

そうですね。3.11の原発事故は、実際には収束していませんし、これから大変な事態になる可能性も小さくないでしょう。40年後では福島第一原発の周囲には人が住めることはないでしょう。

>私たちは進歩しているのか・・ いや確実に滅亡に向かっているのでは・・と想う今日この頃

私も同じように感じています。人類は日々進歩しているわけでは無いですね。破局の方向へ向かっている可能性が大だと思います。

ご紹介の『素敵な真実』は、最初のほうを観ていたら、画像が止まってしまいました。ネット環境が良くなって時間が取れましたらまた観てみます。

>私たちの多くが無農薬・無肥料の自然栽培を実践する事で何かが変わるかも知れません

有機無農薬で、石油などのエネルギーを殆ど投入しない農業に戻れば、農業から社会構造も変わるでしょうね。破局の道から引き返す為の非常にいい方法だと思います。 

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2014-05-23 00:01
『成長の限界』の続編 『限界を超えて』[Beyond The Limits 1992] には、
資源の消費量や汚染の排出量が持続可能な限界を超えて増大していることを示す兆候に対して、人類社会がとり得る対応は三つあるとあります。
(以下引用)
一つは、その兆候をごまかし、否定し、混乱させる方法である。たとえば、もっと高い煙突を建てる。有害な化学物質を、内密に非合法な方法で他人の領土に捨てる。雇用の確保や債務の返還を理由に、無理を承知で魚や森林を過剰に利用し、実際には雇用と債務返還の基盤である自然システムを危機に陥れてしまう。既知の資源を不注意に浪費し続けながら、もっと多くの資源を捜し求める。資源不足に反応して上昇する価格を抑制したり、コストを環境や遠くに暮らす人々や将来の世代に押しつける。政治的に微妙すぎるという理由で人口増加の問題を議論しないままにする。・・・こうした対応(もしくは非対応)は、限界によって引き起こされた問題への取り組みを否定するものであって、間違いなく時間とともに問題を悪化させる。

二つ目の対応は、限界からくる圧力を、根本的な原因には手をつけず、技術もしくは経済的解決策で緩和しようとするものである。たとえば、自動車の走行距離あたりの汚染排出量や、発電1kw当たりの汚染量を削減する。さらなる資源を捜し求め、資源をより効率的に利用し、資源をリサイクルし、ある資源を別の資源で代用する。下水処理や治水、土地の施肥など、これまで自然が果たしていた機能を人間の資本や労働で代替する。・・・これらはただちに必要な方策ではあるが、殆どは一部の圧力を一時的に軽減するだけで、その根本にある原因をどうこうするものではない。

三つ目の方法は、一歩さがって、現在の社会システムの構造そのものを変える必要があるという事実を認めることである。
    (引用終わり)

勿論、3つ目の方法が最善の方法で、二つ目の方法はひとつ目の方法よりはましだけれど、第一、第二の方法は共に根本解決にはならないという主張です。私も一つ目の対応と二つ目の対応は大差ないと考えます。場合によっては、第二の対応のほうが、問題がより深刻になると考えます。第一の方法よりも被害が表に出てくるのも遅く、問題の先送りの期間が長くなり、問題はより肥大化し破局の局面で助かる可能性もより低くなるかも知れない・・・とも考えます。兎も角、ここのサイトでは、一つ目の対応と二つ目の対応は区別しておらず、三つ目の方法意外は根本解決作にはならない、問題の先送り、肥大化、深刻化となり、文明崩壊に至るしかない・・・と、繰り返し主張してきました。

さて、本書は1992年に発行された本ですが、それから20年以上も経ったのに、日本をはじめ世界の殆どの国が、いまだに第一、第二の方法で対応しようとしています。第三の方法・・・現代のシステム構造では不可能だから変えなければならない・・・という合意には至っていません。
本書『限界を超えて』Beyond The Limits の前のほうの章には、限界を超えた地点からの引き返しの実例として、オゾン層破壊の例が挙げられています。オゾン層破壊に対し世界的に協力して対処し、かなりの効果を挙げた・・・のような記述です。しかし私は、この対応も、二番目の対応・・・小手先の解決策に過ぎず、問題の深刻化までを先送り出来たとしても、根本解決には至っていないと考えます。

3つの対応に目を通すと、現代社会はいまだに一つ目、二つ目の対応で言及されている「愚かな」対応が、脈々と続いていることを再認識させられます。二つ目、三つ目に近い対応をしているようでも、それは見せ掛けで、実質一つ目の対応、若しくはそれ以下の愚かな対応になっている例も枚挙に暇が御座いません。例えば、自動車の燃費向上をして、補助金まで出して自家用車を買わせて使わせ、公共交通機関を潰しています。エコ換え、エコポイントと称して電化製品をより大きな製品に交換し、より資源を浪費しています。太陽光発電、風力発電等の代替エネルギーもその類で溢れています。
アベノミクスの成長戦略なんて、最悪の対応の見本市みたいなものです。第一の対応を読んで、アベノミクスはそのまま、若しくはもっと酷いと感じるのは私だけでしょうか。アベノミクスが低レベルだと感じるのは、第一の対応に記されている、「兆候をごまかし、否定し、混乱させる方法」はアベノミクスの場合、誤魔化しているのではなく、そこまで考えが及ばないのだと思われるからです。「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がないとしか思えません。その意味で確信犯と言えます。具の極みと言えましょう。未来予測はあてになりませんが、アベノミクスに関しては、必ず失敗する・・・と言えるでしょう。実際には成長には限界があるのですから・・。

日本に限らずアメリカ然り、中国然り、インド然り・・・他の多くの国も殆どがまだまだ第三の対応に舵を切る話が出ていません。物質、エネルギー、経済・・・のフローは成長の限界を既に超えています。20世紀後半に超えたと考えられています。破局に至るのは時間の問題です。破局の兆候もそこここに沢山現れています。それなのにまだこのような愚かな対応をとって問題を先送り肥大化、深刻化しているのであれば、いっそのこと、もっと顕著に確認出来る前兆・・・人々が恐怖心を抱く前兆が始まって、大半の人が現在のシステム、経済成長志向が愚かであることに気付き、一気にシステム変更したほうが良いとさえ思えます。そうなれば経済成長の洗脳から一気に抜け出し、大きく持続可能な方向に舵を切るでしょう。・・・しかし非常に大きな犠牲は避けられないでしょう。始まった崩壊は歯止めが聞かない可能性も高いでしょう。システムにはタイムラグが内在していますから、手遅れになって仕舞う危険性もあります。どこまで犠牲が大きくなるか・・・絶滅は避けられるか・・・という問題になりましょうか。21世紀の現在でも、まだ第三の方法にシフトする合意が出来ていない事に戦慄を覚えます。
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【2014/05/23 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

現代社会と江戸時代
guyver1092
 この記事に関して、現代社会と江戸時代を比べてみるとよくわかりますね。現代はほとんどの対策が1で、緑の革命等が2ですね。
 対して江戸時代は2で時間を稼いで、3を主にしていますね。江戸時代の2は、かまどの改良、干鰯の利用、遠洋漁業、植林でしょうか。3は一人当たりの木材利用の上限を定めたこと、晩婚化等で人口抑制したこと等ですね。
 3は行わなければなりませんね。しないと確実に文明崩壊が未来に待ち受けている事でしょう。

Re:現代社会と江戸時代
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど,現代社会と江戸時代を比べてみると、現代日本の対応の愚かさが嫌と言うほどわかりますね。

>現代はほとんどの対策が1で、緑の革命等が2

おっしゃる通りです。しかし別の見方をすれば、緑の革命も、実は欧米の途上国支配が目的だったかも知れませんね。つまり、エコ替えの類かと・・・

>江戸時代の2は、かまどの改良、干鰯の利用、遠洋漁業、植林でしょうか。

遠洋漁業は別として、その他の対応は、緑の革命よりも遥かに優れてますね。

>3は一人当たりの木材利用の上限を定めたこと、晩婚化等で人口抑制したこと等ですね。

ここまで江戸時代の人々が出来たのは、素晴らしいです。民主主義では無くて封建制度のなせる業でしょうか?現代人も出来る筈ですね。・・・金融資本主義では無理でしょうか?
正当な恐怖心は必要でしょうね。

>3は行わなければなりませんね。しないと確実に文明崩壊が未来に待ち受けている事でしょう。

その通りですね。現代社会が出来ないとすれば、その理由をguyver1092さんはどうお考えでしょうか?

もう一つご意見を御伺い致しますが、アベノミクスは、本文に書いたように、
>「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がない

とおもわれますか?、安倍総理自体はそんな概念ないと思いますが、取り巻きの経済学者、財界連中もそんな低レベルの輩のそろい踏みでしょうか???
兎も角高度経済成長時代の遺物はさっさと引退させる事ですね。

Re:Re:現代社会と江戸時代
guyver1092
 私の考える、現代社会が3の対策をとれない理由は、排水口が取水口の下流にあること、会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)、何が最も大切かが分からなくなっていることと考えています。
 アベノミクスには、私も「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がないと考えています。安倍総理は、日本人の、豊かになりたいという欲望に付け込んで、破滅への道を、豊かになるための道と思い込ませることに成功しました。これは、1で言う、ごまかし、否定し、混乱させることそのものと感じます。

Re:Re:Re:現代社会と江戸時代
雑草Z
    guyver1092さんの言う通りでしょうね。

>排水口が取水口の下流にあること

なるほど、全くご指摘の通りです。排水溝が致命的な汚染をしていても、取水口はいつもきれいなところを探して水を取り入れるのが現代流エゴイズムでしょうね。

>会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)

そうか、会計法が強欲を助長するのですね。

>何が最も大切かが分からなくなっていること

結局江戸時代よりも遥かに愚かだと言う事ですね。

>破滅への道を、豊かになるための道と思い込ませることに成功しました。

多分、安倍自身は、破局への道だとは考えが及ばないのだろうし、全員でないにしろ、日本全体は豊かになると信じているのでしょうね。思考力無さ過ぎです。


、会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)、何が最も大切かが分からなくなっていることと

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2014-04-29 00:01
猛スピード、(時速150kmくらい・・)で走っている自動車が突然目の前一面(10m先・・)に大きな強固な壁が現れたら、衝突は免れないでしょう。・・・もしも、技術革新で、時速9150kmから5mで止まることが出来るブレーキが存在したとしても、乗っている人間へのダメージは、物理的に回避不可能です。非常に大きなダメージとなるでしょう。
その危険性を知っているからこそ、普通の人は、車の運転で、見通しの悪い場所ではスピードを出しません。状況に応じて適切だと思うスピードで運転します。「いざ」と言う時に対応出来るように運転するのです。危険を察知してから、その危険に遭遇する前に危険を回避できるように行動するのです。
然るに、現代社会では、「進歩」という美名の変化は良いことであるという思い込み、社会の洗脳・・・によって、危険性を考慮し慎重に前進していくのでは無く、出来るだけ早く前進しようとしています。誰よりも早く前進しようと競争しているのです。
社会は日進月歩で変化しています。そして、ある日、持続可能な限界を超えてしまった事に気付くのです・・・「限界」は超えられないから限界というのですが、持続可能な限界は見かけ上は一時的に限界を超えることが可能なのです。そして、限界を超えて暫くしてから超えてはならない一線を越えてしまったことに気付くのです。それは、遅延があるからです。
例えば、汚染物質が環境中に放出されてから、人間の健康、自然環境にはっきりとした影響を及ぼすまでには遅延が存在します。汚染物質が大気や川や土壌を通って食物連鎖に入り込み、人間の体内に入ってその人間に病気の兆候が現れるまでには長いタイムラグがあるのです。場合によっては、その遅延の長さは数十年以上にもなるでしょう。

 放射能汚染など、典型的な例でしょう。世界中に何百とある原発のたった数基(スリーマイル1基、チェルノブイリ1基、福島第一3基)の原発の放射性物質の数分の一が漏れ出ただけで、あれだけの汚染が生じ、被害が出ています。もしもこれからシビアアクシデントが一度も起こらずに、廃炉にする事が出来たとしても、廃炉作業中に被曝する人は出てきますし、廃炉後数万年もの間、廃炉からの放射能漏れが起こらないことなど想定出来ません。もう現在の時点で、人間の手には負えない数の原発、放射性廃棄物を作ってしまったと言えるかも知れません。原発による被害は、寧ろ廃炉作業が始まってからのほうがシビアと言えるかも知れません。・・・大いなる遅延です。

ダイオキシンなど化学物質の被害も収まったわけではないでしょう。これからどんどん「遅延」の影響が出てくるでしょう。

開発と言う名の自然破壊によるダメージの人類への影響もこれからどんどん出てくるでしょう。遅延による被害で、もう既に文明は崩壊を免れない・・・と言う危惧を拭い切れません。
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【2014/04/29 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

何が足りないのか
guyver1092
 自動車を運転しているときは予測できても、人類全体の有り方として現代の経済システムの未来を予測できないという問題ですね。
 現代の経済システム全体として予測が出来ないということは、すべてを考慮するだけの知性が足りないということでしょうね。江戸時代の享保改革以後の社会では、排水口が上流に移すことが出来たので、経済成長をゼロに抑え、何とか存続の道を選べました。現代人は、経済システムを複雑化しすぎて、排水口がどこにあるかもわからない状態なのでしょうね。世界の因果関係を多数派が理解できなければ雑草Zさんの危惧通り、文明崩壊する可能性はかなり大きいでしょうね。

Re:何が足りないのか
雑草Z
    guyver1092さん

 おっしゃるように

>すべてを考慮するだけの知性が足りない

とも言えましょうが、全てを考慮しなくても、安全をかえりみない急速な『進歩』は、危険であるということぐらい気付くべきですね?!
原発の放射性廃棄物に代表されますように、危険から目を背けて、短期的経済効果ばかり追い求めている・・・と、言ったところが現在の世界の為政者の主流ですから困ったものです。彼らのような高度経済成長の遺物はみんな政治の場から退けるべきですね。

>現代人は、経済システムを複雑化しすぎて、排水口がどこにあるかもわからない状態

なるほど、確かにそれは言えそうです。その場合、慎重に進まなければならない筈なのに、実際は先を争って、開発競争をしています。狂った社会です。

>世界の因果関係を多数派が理解できなければ雑草Zさんの危惧通り、文明崩壊する可能性はかなり大きい

財界、資本家の御用聞きが政治家をやっている限り、文明崩壊に突き進んで行きそうです。

今の世の中
団塊親爺の遺言
原料の仕入れがてら農家の現状を聞いて来ました

今の食品は殆んどのものに薬剤が使用され
雑草さんの種の話にも在る様にF1の種は育苗の
段階から全てが薬剤で無菌状態で育てられます
苗つくりは半作の作り方を知る者は居ず 全て他人任せ
の経営です 一つの薬から三つの病が生れる

無菌状態で温室育ちの子供が自然に放り出されると
どうなるか・・? 又、家畜たちもスシヅメの環境で
日光浴も運動もさせない飼育方 これらは誰が指示し
誰が責任者なのか・・? そして周りの知り合いには
うつ病や癌や原因不明の体調不良の者が増えていました

これらは私たちが気付かない内に世の中に広まり
従わない者からは買い上げをしないシステムに
食べ物の中身はこの半世紀で危険なものに
輸入飼料等に頼らず無農薬の飼料を造り酪農経営に転換
した私の仲間もいます そのミルクの味は想像してください
無農薬・無化学肥料の自然栽培の食べ物しか食べられない
子供たちが増えて来ているそうです体に良い野菜は
今の世の中には出回りませんね 出来た傍から売れ在庫が
無くなる無農薬栽培の仲間は大組織からは村八分だけど
自然の恵みで作物が採れる喜びを語ってくれました

薬剤が無ければ食べ物が出来ない世の中 
農業を全く知らない一部の者たちに支配された様です
この大組織のトップ連中には莫大な賄賂や配分が在るのでしよう
私たちの生命や健康を壊す事で儲け様としているとしか・・ 

Re:今の世の中
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 大変貴重な現場の情報、有難う御座います。非常に参考になります。

>苗つくりは半作の作り方を知る者は居ず 全て他人任せ
の経営

苗作りこそ、農業の醍醐味の一つの筈なのに、それをバイオ企業に握られて、苗を購入すると言う構図は良くないですね。苗作りが「他人任せ」では、委託栽培のような感じですね。

>うつ病や癌や原因不明の体調不良の者が増えていました

工業的になってきた現代農業に末期症状が現れてきたという事でしょうか。

>これらは私たちが気付かない内に世の中に広まり

そうですね。「まさか」と思うようなあまりに酷い戦略です。知らないうちに農家は種採りせずに種や苗を購入するようになりました。酷いものです。マスコミもしっかり追及すべき問題です。

>従わない者からは買い上げをしないシステム

業界と癒着した政府がこのシステムを維持しているのですからどうしようもありませんね。

>無農薬の飼料を造り酪農経営に転換した私の仲間もいます

素晴らしい事です。それに続く人々がどんどん現れる事を期待します。

>無農薬栽培の仲間は大組織からは村八分

これも酷いものです。大手アグリバイオ企業は社会がどうなろうと自社の利益優先ですね。

何だか世の中は狂った方向に暴走してますね。この暴走を早く止めなければ、社会は地獄に突入ですね。



   

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2014-02-11 21:30
数年前から、日本の都市周辺の街の衰退が目立つようになったと感じます。何年か前、結構好きだった街を十数年振りに訪れて見たら、その変わりように寂しい感じが致しました。ゴミゴミして(学生時代は気にならなかった面もあるでしょうが・・)街が古くなって、壊れ窓現象もあちこちに見られ、「スラム化」と言う言葉が頭をよぎりました。
「街が古くなって」と言っても、古都や昭和以前の古いレトロな街並みならば大歓迎です。そうではなくて、1970年代の高度経済成長期から1980年代のバブルの時代まで、急速に人口が増え、無秩序な開発優先によるスプロール現象によって「都市化」した街が、衰退して荒れてきた感じがしたのです。日本でもいよいよ都市の衰退が始まった・・・と肌で感じました。中心部から廃墟化してくるこの現象は文明崩壊の予兆とも感じました。

近代都市計画は、数十年後の人口増加や工業化、経済成長などの予測にもとづき、都市成長を前提として、道路・宅地・公共施設などの需要を計算して都市のインフラがつくられました。このときの「予測」が曲者です。国の官僚も自治体の役人も、等比数列的「予測」をし、それに基づいてインフラを整備してきました。その中心が土木公共工事です。それこそ、土地には「限界」があるのですから、等比数列的(指数関数的)成長など続く筈がありません。勿論インフラ整備が追い付かないくらい「成長した」時代も短期的にはありましたが、バブル期の末期にさえ「過剰な需要予測」をしていた官僚達は、税金の無駄使いをしていた「確信犯」でなければかなり無能な連中です。本来ならば責任追及されて然るべきでしょう。責任追及されなかった事もあって、現在でも膨大な税金を投入して巨大な再開発事業が為されている都市も結構見受けられます。そして、箱ものを沢山作る再開発事業の多くが失敗に終わっています。膨張を止めて縮小し始めた都市は、巨大に膨らんでしまって膨大な費用のかかるインフラを抱えてしまい、その管理が大きな問題となっています。

人口増加、経済成長を前提に拡大の為の器を作る都市計画は既に時代遅れです。(アベノミクスはそれを狙っているから愚の骨頂です。)都市への人口集中が薄らぎ、都市の成熟を目指した都市型時代に入ったと言われて久しいですが、現在の日本は、さらに人口減少が進み、都市を縮小し、都市部を広げていった郊外から撤退する時期に来ています。縮小、撤退を前提とする時代に入ったのです。『都市の縮退』と呼ばれています。「縮退」と言う用語は、国交省の造語と言われますが、響きがネガティヴなので(・・統計力学用語の「縮退」[degenerate]を想起しますが、個人的にはネガティヴな感じは致しません。・・)最近ではコンパクトダウン、コンパクト・シティ政策、市街地のダウン・サイジング・・と言った言葉が使われるようになったようです。都市のダウンサイジングは必要な流れであると思いますが、巷で言われているダウンサイジングはまだまだ甘過ぎると感じています。
このサイトではかなり以前に『都市考』としてシリーズで論じてきましたが、・・【都市の存続条件】,【循環型都市 】・・・現代の都市は、周りの遥かに大きな地域の環境(田舎、山、海、森林・・)に依存して成り立っています。周りの環境から資源を吸収し、廃棄物を出して、その存在を保っているのです。外部とのやり取りが途絶えたら、都市は、新陳代謝が出来なくなった生物のように、すぐに死を迎えるでしょう。・・・
都市はどのくらいまで縮小すべきかと言えば、ずばり、自給自足出来る規模にまででしょう。即ち、コンクリートで固められた、いわゆる「都市化地域」はあまり無く、生態系もしっかり維持された田園地帯や森や林もある都市にまで縮退すべき・・と言う事です。・・・「それはダウンサイジングでは無く、逆都市化、田舎化だ!」・・と言うのならば、否定しません。今流行りの、ただコンパクトに縮小しただけで、生態系と調和せず、自給自足も出来ないような「コンパクトダウン」しただけの都市ならば、その都市は滅びる事でしょう。・・・定量的な未来予測は「禁句」としている私ですが、周りの環境に依存し収奪する現代型の都市は、21世紀の早い時期に終焉を迎えるでしょう。


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【2014/02/11 21:30】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

縮小の目安
guyver1092
 アマゾンて見つけたのですが、「滅亡へのカウントダウン」と言う本の書評で、地球の定員は20億人ほどとの記述があるようです。これからは石油が使えなくなっていくのは確実ですから、都市を維持する輸送力の低下は不可避です。あとは、農業のエネルギー産出比がどの程度になるかですね。この比率により、農村に必要な人口と農民が支えられる人口が計算出来ます。あと、気をつけなければいけないのは、地力を収奪していないかをかなり厳しく見積もらなければならないと考えます。理由は、古代文明は地力を収奪しすぎて自滅しているからです。ちなみにその跡地はほとんどが砂漠だそうです。
 いずれにしても、現在のドーピングされた頭で思考する現代の指導者に任せておいては、碌なことにならないでしょうね。

Re:縮小の目安
雑草Z
>地球の定員は20億人ほどとの記述

これは、guyver1092 さんとこれまで何度か議論しましたが、生活の仕方にも拠るでしょう。今のアメリカや日本並みの生活なら、それこそ10億でも過剰でしょうね。

>石油が使えなくなっていくのは確実ですから、都市を維持する輸送力の低下は不可避

日本の政府も都市の行政も、この点をしっかり把握してないからいまだに縮小を無視した都市の再開発のような事が為されています。将来重いお荷物になる事は目に見えてます。

>地力を収奪していないかをかなり厳しく見積もらなければならない

その通りですね。アメリカはかなり地力を落として表土が流出してますね。このアメリカの指導の元、戦後日本の農業も地力を落とす方向に来てしまいましたね。アメリカのアグリバイオ会社は最悪です。

>現在のドーピングされた頭で思考する現代の指導者に任せておいては、碌なことにならない

経済成長時代の遺物は一掃しなければなりませんね。

 * *** ***** *** *

センセーショナルなタイトルにちょっと警戒しつつ

『滅亡へのカウントダウン』の書評観てみましたが、まともな内容の本のように感じます。しっかり『成長の限界』を踏まえているようです。

guyver1092さんは、読まれる御予定ですか?


Re:センセーショナルなタイトル
guyver1092
 『滅亡へのカウントダウン』は買うつもりです。この本は最近、『文明崩壊』の類の検索ワードを検索した時に引っかかったのをカートに保存してあるのです。

 話は少しずれますが、以前に『古代日本の超技術』というタイトルの本が引っかかったことがあります。本の説明とか、書評を読んだところ、まともな本でした。少し迷って、結局買いましたが、それなりに楽しめました。特に二章の日本古来の木造加工技術と、三章の"呼吸する"古代瓦は、技術の退化を論じていて、唸るものがありました。

Re:Re:センセーショナルなタイトル
雑草Z
 センセーショナルなタイトルと書きましたが、このくらい書いても気がつかない人の何と多い事!!ノストラダムスの予言の類とは違って理性で考えれば大きな確率で起こり得る恐ろしい差し迫った現実なのですが・・・

 ・・では、私も購入致しましょう。書評も書く事になるかも知れませんね。・・ guyver1092 さんが書かれたほうが説得力があるかも知れませんね。

その前に、この本の前提となる「成長の限界」三部作の最初の一冊も最近読み終わりましたので、書評を描く予定です。

>『古代日本の超技術』というタイトルの本

も読む価値がありそうですね。槌田敦さんの本を大体読んでしまった後は、次に読むべき物が無いような、一瞬残念な感じでしたが、そんな事は無く、読むべき名著は沢山あって、時間が足りないですね。


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2014-01-23 00:01
東京都知事選挙の告知日は本日1月23日です。立候補予定者も顔を揃えました。東京にオリンピックを招致した事を何よりの自分の手柄と誇っているような愚かな都知事が辞職した今、都政を、そして日本の政治を大きく変えるチャンスです。脱原発を主張する候補者が2名になり、票が割れる事が心配です。出来れば細川護煕氏と宇都宮けんじ氏で連合して、一本化して欲しいと言う要望も出ています。(片方が知事に立候補して、もう片方が副知事候補になるとか・・・。)この二人のどちらが都知事にふさわしいか、と言う事は今回の主題ではないので触れません。兎も角、脱原発を強く主張するこの二方のどちらかに是非知事になって欲しいと考えます。日本の脱原発のステージが一気に進むでしょう。

 脱原発候補のうち、現在有力視されている細川護煕候補に対するネガティブキャンペーンが、細川氏立候補の可能性が出てきた頃から、あちこちで活発に行われるようになりました。
その最たるものが、
原発のない東京都で脱原発を単独争点にするのは如何なものか?・・・というものです。「脱原発は都知事選の争点ではない。」と言い切るものさえいます。その他、細川氏が高齢だとか、オリンピックは辞退すべきだと言ったとか、色々ネガティブな情報が広められていますが、それらは全て、脱原発を主張する人物に都知事になって欲しくない原子力邑の輩によるネガティブキャンペーンでしょう。テレビで、ラジオで、そして新聞で、「脱原発だけで都知事選はおかしい。福祉や地震対策、オリンピックや少子化問題など重要な争点が他にも色々ある」と言いような内容がしつこく繰り返されています。しかし、原発とその他の問題では、問題の重みが違い過ぎます。原発は国家の存亡に関わる危険極まりない存在です。それだけに留まらず他の国家にも償い切れない損害を与えることにもなりかねません。細川氏も宇都宮氏も脱原発を争点の中心に置いても、それだけを争点にするわけでは無いと思いますが、仮に脱原発の単独イシューでも十二分に重い争点になる筈です。

 原発のない東京都で脱原発を第一の争点にすることはおかしな事でしょうか?
福島第一原発で作った電気は全て東電の電力供給地域、関東、首都圏に送電されていました。つまり3.11の原発事故は、首都圏の電気を作る為の発電所が事故を起こしたのです。東京が無関係の筈はありません。それどころか、東京がその電力を必要としなければ、福島第一原発の事故はなかったとも言えましょう。・・・実際は、原発が無くても電気は足りますし、ない方が発電効率も良く、電気代も安くなりますから、首都圏の電力需要は原発推進のための口実と言えますが、どちらにしても福島第一原発事故は首都圏の電力需要が根本原因の一つと言えましょう。脱原発は東京都知事選の最大の争点として十二分ですし、シングル イシュー ポリテクスとしても全く違和感はありません。原発問題と比べれば、オリンピックの開催など取るに足らない問題ですし、オリンピック開催を今から辞退しても大した問題ではありません。それどころか、原発事故の未収束を理由に今から辞退しても、細川氏が言ったように、日本はしっかりした素晴らしい国であると世界の理性ある人々から認められる事でしょう。
日本の広いとは言えない領土で、17ヶ所に50基以上ある原発が長きにわたって稼働されてきたのです。日本中の原発の燃料プールの使用済み核燃料はほぼ満杯状態なのです。どの原発も大事故を起こす可能性が無視できるほど低くはないのです。そして、稼働中に大事故を起こさなくても、全ての原発が安全に廃炉作業を終えるとは思えません。作業員もかなり足りない筈です。第一、人間に被曝労働をさせていい筈がありません。原発は背負いきれない負の遺産なのです。はっきり言えば、今すぐ原発の撤廃を決めて、廃炉計画を立てても、廃炉作業には困難が続くでしょう。放射性物質が大量に在るので、日本中どこも人が住めなくなってしまう可能性も低くないのです。日本の生き残りの可能性を少しでも高くするために、一刻も早く原発全機廃炉を決定しなければならないのです。
小泉元総理はかつて郵政民営化を単独争点として、解散総選挙を行って圧勝しました。脱原発は、その郵政民営化よりも遙かに大きな争点でしょう。国家の存亡に関わるのですから。安部総理はオリンピック誘致の際に、福島第一原発の事故は収束し、完全に制御されているなどと大嘘をつきましたが、福島第一原発事故はいまだに収束していません。まだまだ正念場が続くでしょう。

前代未聞の深刻な原発事故を起こした日本の国の首都の知事が脱原発を宣言することは、非常に大きな意味があります。政府等の情報を鵜呑みにして、いまだに原発に関して楽観視している国民もその深刻な危険性、大きな問題に気づくでしょう。そして、世界の国々にも大きなインパクトを与えるでしょう。現在止まっている原発の再稼働を阻止して廃炉に持ち込む為の大きな追い風になるでしょう。東京に脱原発の大きな象徴の都となって欲しいものです。もう既に、欧米の多くの国は脱原発で日本の先を行っていますが、これから原発を導入しようとしているいわゆる途上国の国々も覚醒することでしょう。
単に自分達の利権を守りたいだけの原子力村主導の、政治家、マスコミを使った大量のネガティブキャンペーンに騙されずに、是非とも脱原発都知事を誕生させて、世界に脱原発を宣言して欲しいと願います。
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【2014/01/23 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

沖縄で負けた
guyver1092
 政府は沖縄市長選で負けたので、東京都知事選では「負けられない」と、非常識なことを始めたと週刊誌に書かれるほど、必死のようですね。
 反原発候補は一本化してほしいですね。また、参議院選と同じ轍を踏む恐れが高いと感じます。

Re:沖縄で負けた
雑草Z
>政府は沖縄市長選で負けたので、東京都知事選では「負けられない」と、非常識なことを始めた

脱原発派、特に細川氏へのネガティブキャンペーンや無視が酷いですね。今回の記事は、田原総一朗がラジオで、「都知事選の争点は原発以外にも沢山ある・・」とか言っているのを聞いて書き始めましたが、彼もどうしようもないと思いました。NHKもかなりの偏向放送ですし、多くの新聞も酷いものがあります。・・東京新聞はそうではないようですが、読んでいません。ネットで見れる小泉氏の本気の応援演説は非常に上手く説得力があるのに、大手テレビ局は流しません。マスコミは自分で自分の役割に終止符を打っているようです。(政府の御用組織になり下がったようです。)
>反原発候補は一本化してほしいですね。また、参議院選と同じ轍を踏む恐れが高いと感じます。

確かに参議院選では脱原発政党が乱立して駄目でしたね。推進派はわざと争点にしないようにしましたし・・今回の都知事選も同じ穴を狙っているように感じます。
 反原発候補の一本化を出来ないうちに公示日になってしまいましたが、二人の候補は結構差別化はされていますね。即ち細川氏は脱原発のシングル・イシューに近いのに対し、宇都宮氏は脱原発以外の政策を色々演説しています。脱原発以外の争点は特に差別化はないように感じます(宇都宮氏の争点は弱者救済には特化して差別化になっていますが、どこまで届くでしょうか・・?)


生きる事
団塊親爺の遺言
自然の中の生存権 経済も政治も関係無し

生命が生きる事に理屈は要りません
何一つ解決出来ないものに頼ろうとする世界
人や生き物は理屈で生きるものでは在りません

一部の人間の利益の為に変節する社会構造
何万年も人が生きられ無い猛毒が傍に在るのです
折角、造り上げた安住の地から逃げ惑う人々
それは、今迄の安住の生活全てを投げ捨てる事
私には出来ません 明確に原発反対を支持します

人間だけが利権に群がります 
人の造るものは必ず崩壊します
自然に沿った生き方こそ後悔の無い人類の生き方

ウランや紙幣の印刷の権利を持つ世界の支配財閥に
ひれふする様な今の世界は淘汰せねば成りません
寒さや暑さに莫大なエネルギーを使う今の世界
全ての社会構造が一部の人間たちに振り回される
利益や値段も彼らの思いの儘です

まずは私たちの活きられる世界を造るべきです

Re:生きる事
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

>何万年も人が生きられ無い猛毒が傍に在るのです
>折角、造り上げた安住の地から逃げ惑う人々

たかが、発電で何万年も近づけない場所が出来るなんて狂気の沙汰です。原発を推進する人々は利権を求めた強欲な人間でなければ本当の馬鹿でしょうね。

>ウランや紙幣の印刷の権利を持つ世界の支配財閥にひれふする様な今の世界
>全ての社会構造が一部の人間たちに振り回される

現代社会が、昔よりもより良くなったなんて言えませんね。寧ろ悪くなった部分のほうが多いかも知れません。自分達の利権を守る為には放射能をばら撒く事も厭わないようなどうしようもない利己主義者に世界が滅ぼされようとしています。

>まずは私たちの活きられる世界を造るべきです

そのような時代が来ればいいですね。その方向に努力しましょう。





NHKは原発推進派の巣窟
guyver1092
 中日新聞で30日のニュースで見つけました。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2014013090112440.html

ニュースは消えてしまうので、多くなりますが、コピーを貼り付けておきます。

NHK「脱原発発言やめて」 東洋大教授がラジオ降板

 NHKラジオ第一放送で30日朝に放送する番組で、中北徹東洋大教授(62)が「経済学の視点からリスクをゼロにできるのは原発を止めること」などとコメントする予定だったことにNHK側が難色を示し、中北教授が出演を拒否したことが分かった。NHK側は中北教授に「東京都知事選の最中は、原発問題はやめてほしい」と求めたという。

 番組は平日午前5時から8時までの「ラジオあさいちばん」で、中北教授は「ビジネス展望」のコーナーでコメントする予定だった。

 中北教授の予定原稿はNHK側に29日午後に提出。原稿では「安全確保の対策や保険の費用など、原発再稼働コストの世界的上昇や損害が巨額になること、事前に積み上げるべき廃炉費用が、電力会社の貸借対照表に計上されていないこと」を指摘。「廃炉費用が将来の国民が負担する、見えない大きな費用になる可能性がある」として、「即時脱原発か穏やかに原発依存を減らしていくのか」との費用の選択になると総括している。

 中北教授によると、NHKの担当ディレクターは「絶対にやめてほしい」と言い、中北教授は「趣旨を変えることはできない」などと拒否したという。

 中北教授は外務省を経て研究者となり、第1次安倍政権で「アジア・ゲートウェイ戦略会議」の座長代理を務めた。NHKでは、2012年3月21日の「視点・論点」(総合テレビ)で「電力料金 引き上げの前に改革を」と論じたこともある。

 中北教授は「特定の立場に立っていない内容だ。NHKの対応が誠実でなく、問題意識が感じられない」として、約20年間出演してきた「ビジネス展望」をこの日から降板することを明らかにした。

 <NHK広報局の話> 中北さんに番組に出演していただけなかったのは事実です。詳細は番組制作の過程に関わることなのでお答えを控えます。

(中日新聞)

Re:NHKは原発推進派の巣窟
雑草Z
>ニュースは消えてしまうので、多くなりますが、コピーを貼り付けておきます。

有難う御座います。そうして頂いたので助かりました。ここでそのまま議論できます。

さて、
>「東京都知事選の最中は、原発問題はやめてほしい」と求めたという。

東京都知事選中に「原発問題は、重要な論点ではない」と言う事を報道する事は、いいのでしょうか?・・・それこそ脱原発派のネガティブキャンペーンでしょう。

>原稿では「安全確保の対策や保険の費用など、原発再稼働コストの世界的上昇や損害が巨額になること、事前に積み上げるべき廃炉費用が、電力会社の貸借対照表に計上されていないこと」を指摘。

この内容に間違いはないわけですから、都知事選であろうがなかろうが、話していい筈です。いまだにこの基本的事実を知らない人が多い事こそ問題です。推進派の「原発止めたら電気が不足する」とか「経済が破綻する」みたいな嘘こそ言っては駄目でしょう。

>NHKの担当ディレクターは「絶対にやめてほしい」と言い、中北教授は「趣旨を変えることはできない」などと拒否した

中北教授こそまともで良識派ですね。それに比べ、NHKのディレクターは姑息で卑劣ですね。名前を出すべきです。NHKの新会長もクズみたいな方のようです。NHKのニュースを観ても、かなり政府、財界寄りで、かつくだらないニュースをトップに持ってきたりしています。唖然とする内容の報道が多過ぎます。NHKもお仕舞いですね。受信料の不払いをみんなですべき時かも知れません。
マスコミが増すゴミ化している中、中日新聞(や東京新聞)は頑張ってますね。
いい情報有難う御座いました。

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2014-01-05 23:03
現代の経済成長主義の社会が存続する事は不可能です。近い将来(・・定量的な未来は予言出来ませんが、遅くとも21世紀中でしょう。)転換を迫られる事は間違いありません。既に(GDPの増加率で定義される)経済成長は限界に近づき、各地で歪みが出て来ています。それでも無理やりに経済成長を達成しようとすれば、恐怖に満ちた大崩壊が起こるでしょう。この事は、昨年暮れの記事【恐れ】、【本当の恐怖を体験するまでは降りられないか?】に描きました。それを避ける事・・・ソフト・ランディング(=衝撃が少ないように徐々に経済縮小する事)する事も既に難しい状況であることも述べました。然し兎も角、その衝撃を出来るだけ小さくするソフトランディングに近づける事が大切です。当方のスタンスとしては、出来るだけ早い時期に素早く経済を縮小するのがよいと考えてます。3.11の原発震災より以前に【降り方を考える】で述べています。そう、この期に及んで「更なる高度経済成長」を・・などと主張する事は愚の骨頂であり、今は素早いソフト・ランディングで経済縮小を目指す時べきなのです。

経済が縮小すると、社会に大混乱が起きて、沢山の企業が倒産するのではないか?・・多くの人々が職を失うのではないか?と不安に思う人も沢山いる事でしょう。だから反対する人が現在の主流派でしょう。・・・確かに現在存在する企業、職業の中には無くならざるを得ないものも沢山あるでしょう。・・でも、それらの仕事は本来無くてもよい、あってはならないものだったのです。仕事と言うよりも、単に財閥や資本家達の強欲を満たす為のシステムだったのです。だから、これらの仕事が必要だと最後まで抵抗するのは、その事によって普通の人の何倍もの・・何百何千倍も稼いでいた財閥や金融資本家、多国籍企業の経営陣達でしょう。彼等のような存在は縮小社会には必要ないのです。縮小時に大災害が起こるとすれば、それは成長時(膨張時)にやってはならない事をやったからで、そのまま問題を先送りして更に膨張を続ければ、もっと悲惨な状況を作り出すのです。典型例が原発です。経済縮小は、生態系がしっかりしている時期にやれば問題はないのです。だから生態系が壊され始めている現代は急を要するのです。

山も登る時よりも下りるときのほうが楽です。高いバベルの塔を高く高く積み上げていって崩れないように補強を重ねるよりも、塔の上のほうを解体して低くして補強した方がどっしりと安定します。・・補強も楽に出来ます。
経済成長路線から降りる事は、経済成長を維持する事と比べれば、難しい事でも面倒な事でも危険な事でもないのです。寧ろ遥かに楽でしょう。そして縮小の過程でも、楽しむ事も出来て豊かな経験も出来るでしょう。いずれ大多数の人々が経済成長洗脳から解き放たれてみんなで降り方を考えて行く時代になるでしょう。問題はその時期です。脱成長に舵を切る時期が遅ければ遅いほど、経済成長志向社会の崩壊時の災難は大きくなり、時期を逸すれば再起不能に陥るでしょう。「経済成長神話」と言う人類の歴史上最悪のカルトが、崩れるのが21世紀です。(この神話は高々300年しか続かなかった事になりましょう。)一端崩れ始めると、崩壊は速く「経済成長」を肯定する事の酷さが共通認識となる事でしょう。そして、「縮小安定」が共通認識となるでしょう。

ここのサイトでは、経済成長主義の愚かさ、経済縮小の必要性についてはしつこいほど繰り返し説明し主張して来ました。今年は一歩進んで(降りて)縮小社会への降り方や理解などについて論じていきたいと考えています。今年も宜しくお願いします。
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【2014/01/05 23:03】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

歴史からみると
guyver1092
 歴史的には、文明崩壊に準ずる、経済崩壊による国家の崩壊(ローマの滅亡等)の時代には、貨幣経済が縮小し、分業も縮小するそうです。つまりは、縮小がいやだと言っても、経済崩壊、文明崩壊が始まれば必ず、縮小します。
 実は、現在、ユーザー車険等、それまで代理人に任せていた者を自分でするという、本人申請花盛りです。つまりは、分業の縮小はすでに始まっているのです。

Re:歴史からみると
雑草Z
    guyver1092 #さん

 またまた興味深い情報とその洞察、有難う御座います。
分業と経済成長の関係に関しては一度記事にして頂きましたね。

>文明崩壊に準ずる、経済崩壊による国家の崩壊(ローマの滅亡等)の時代には、貨幣経済が縮小し、分業も縮小する

なるほど、経済崩壊に際しては、自分の割り当てられた分業だけやっていたら間抜けですね。色々なものを失わないように一人で色々しなければ大変です。
 だから、人間にとって根本的に必要な仕事以外は消えて行くと言う事ですね。

>現在、ユーザー車険等、それまで代理人に任せていた者を自分でするという、本人申請花盛りです。つまりは、分業の縮小はすでに始まっているのです。

なるほど、鋭い洞察です。既に経済の縮小も始まっているのでしょうね。流れに逆らってインフレターゲット等の経済対策を進めるアベノミクスってどれだけ愚かな政策か、気付いている人も少なくない今日この頃かと思います。株価の暴落やデフォルトも各地で起こりそうな感じです。

新年のご挨拶
アルテミス^^
雑草さん

こんばんは
遅くなりましたがあけましておめでとうございます!
私もご挨拶に参りました。

「降りる方が楽」
確かに短期的に見ると大変なこともあるかと思いますが間違った方向だったと認識ができてくれば降りることも必要だと感じます。

まぁ、今の状況は降りるに降りられない?と私はみております。

ところで降りていく生き方という映画があるようなのですがご覧になりました?私はまだ見ていないのですが興味があります。

おくらばせながら本年も宜しくお願いします^^

Re:新年のご挨拶
雑草Z
    アルテミスさん

 お久し振りです。新年の御挨拶ありがとうございます。

>今の状況は降りるに降りられない?と私はみております。

なるほど、実情を観た的確な洞察だと思います。記事の主題に使えそうです。有難う御座います。
昨年暮れにある企業に勤めている昔からの友人と話をしたとき、アベノミクスの経済成長策を批判したら、彼は「それでも今は、多くの企業が苦しいから、先ずは景気が良くなって欲しいの・・。」旨の事を言いました。これまた多くの企業の本音かも知れませんが、そうやって仮に景気が良くなって拡大再生産が出来ても、財政出動が終わればもっと酷い状況が待ってます。アベノミクスは、問題の拡大再生産をしていると言えましょう。愚策です。庶民はますます苦しくなるでしょうね。早く止めるべきです。

本年も宜しくお願いします。



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2013-12-29 20:24
前回【恐れ】に描いた事は、21世紀(前半)には陥るであろうと言う深刻な事態です。その深刻な事態を完全に回避する事は殆ど手遅れで、防ぐ事は不可避に近いと考えています。遠くない将来(21世紀の遅くない時期に)人類には、非常に大きな禍が降りかかるでしょう。出来るだけその衝撃を抑える有効な方法は、経済成長を止めて、社会を縮小する事しかないでしょう。縮小社会へスローランディングがこのサイトのテーマの一つですが、その合意の為の必要条件は、人々が【正当な恐怖心】を持つ事です。即ち、社会の成長志向は破局への道であり、現代の末期的成長志向社会のままでは、環境破壊、環境汚染、資源枯渇、戦争、巨大事故等が次々と誘発され、【複合崩壊】が起こると言う事を共通認識とすべきであると言う事です。然し、現在の世界はいまだにその方向に進んでいません。(そのような考え方を持つ人は増えて来てはいます。)例えば日本では、環境汚染や破壊、大事故が起きても、それでも経済成長・・・と考えている人の何と多い事でしょう。国民が景気対策を強く望み、「成長戦略」なんて事が政策の中心に置かれている現代は本当に狂っています。経済縮小のような、「生活レベルを下げる」事には同意できない人で溢れています。・・・彼らの言う「高い生活レベル」とは、実際は物資とエネルギーを大量に浪費する「高い浪費レベル」に他ならないのですが・・・。18世紀の産業革命に始まった石油・石炭などのいわゆる「化石燃料」を用いた大量生産大量消費の拡大再生産型消費社会は、成長の限界を迎えつつあります。資源の枯渇よりも先に廃棄物によって生態系がズタズタです。それでも、「いつか科学が解決する」と言う科学万能主義の楽観によって、問題が先送り・肥大化されてきました。現代社会は砂上の楼閣そのものです。
 このままでは、本当の崩壊…財政悪化や資源の枯渇・・・だけならまだいい方でしょう。環境汚染による環境悪化は、生態系を破壊し、人間やその他の生物が棲めない地域を拡大し、福島第一原発事故以上の巨大災害・・原発震災のように、天災を人災が巨大化する・・・・も各地で起こるでしょう。
そう、世界中の人々が震えあがり身の毛もよだつ恐怖・・・阿鼻叫喚、悪夢のような恐怖が次々に起こるのです。・・そこまできて人々は、やっと経済成長主義の愚かさに気がつくのでしょうか?・・・そこまで来れば人類の意思とは無関係に制御不可能な崩壊が始まり、社会は縮小していくのです。。そのまま人類が滅びてしまうのか、一部が生き残って持続可能な社会を作るか・・どのくらい生き残るか・・諸条件によって大きく変わるでしょう。
21世紀は、非常に辛い・・最も悲惨な世紀になる可能性は小さくないのです。
望むと望まざるに拘わらず、21世紀中には現在の拡大成長社会は終わりを告げるのです。
ならば、悲惨なハードランディングにならないように一刻も早くスローランディングに入るべきなのですが・・・・体験しなければわからないのでしょうか?

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【2013/12/29 20:24】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

現代社会
guyver1092
 石油の巨大と言ってよいエネルギー産出比に支えられた現代社会は、過去のどの文明よりも環境に対する破壊力が巨大ですね。キューバのカストロ首相の孫が、貧乏くさいのはいやだと言ってアメリカに亡命したとか・・・ 古代ギリシャでは、環境破壊と経済的繁栄について、プラトンを除くすべての市民が経済的繁栄を取ったとか。
 今降りないと、現代文明の巨大な破壊力は、それこそあっという間に生態系を破壊しつくし、巨大なエネルギー産出比により支えられている人口は過去のどの文明崩壊よりも悲惨な事態を引き起こす可能性が高いですね。
 以前にも書きましたが、現代版振袖火事が起こってほしいですね。

Re:現代社会
雑草Z
>キューバのカストロ首相の孫が、貧乏くさいのはいやだと言ってアメリカに亡命したとか

それはとても残念な話ですね。カストロ首相の孫の言うところの「貧乏くさい」と言うのは、物質的、エネルギー的に大量消費出来ないと言う事でしょう。物が掃いて捨てるほど沢山あり、エネルギーが湯水の如く使える状況が「豊か」と感じる発想が「貧しい」と思うのですが、精神論はさて置き、、現代の人間がその物質的「豊か」な生活をみんなが続けることが可能な筈が無いのですがね。

>古代ギリシャでは、環境破壊と経済的繁栄について、プラトンを除くすべての市民が経済的繁栄を取った

これも環境破壊が生態系の破壊に繋がり、人類も生存出来なくなると言うところまで考えが及ばなかったからではないでしょうか?

>現代版振袖火事が起こってほしいですね。

「振袖火事」については知らなかったので調べてみましたら、この火事を契機に江戸の都市改造が行われ防災への取り組みも行われたと言う事ですね!?
福島原発事故は、十分に現代の「振袖火事」=「明暦の大火」になり得た筈ですが、パラダイムシフトには至っていませんね。それどころか、まだ経済成長主義が蔓延り、原発推進さえ続いています。・・東京、首都圏に人が棲めなくなるような大災害でも起こらない限り、大刷新の「現代版振袖火事」には成り得ないのでしょうか?

guyver1092 さんに、「現代版振袖火事」と言うタイトルの記事を書いて欲しいと思います。

×  ×××    ×××××    ×××  ×


<<雑草の言葉>>は、ここのところ記事の更新も遅れ気味になり、内容も繰り返しが増えて来たので、一度終了にする事も考えました。しかし、現在、描く内容はまた色々ありそうですので、今暫く続けようと思います。guyver1092 さんに支えて戴いている部分も大きいですね。記事もまたときどき書いて頂ければ幸いです。脱成長、経済縮小について色々な角度から方法を検討出来ればと考えています。勿論それ以外の事もアップしていこうと考えています。来年もどうぞ宜しくお願いします。

雑草の言葉
東京珈琲
あけましておめでとうございます。
いつも読ませて頂いていますので、個人的には終わってほしくないです。
このような記事も勉強になって良いですが、もう少しラフな記事でも良いと思います。前みたいな鎮守の森とか写真付の記事も好きです。魚取りした時のとかも。

崩壊は近いですが、人々は何かが起こらなければ行動はしないでしょう。誰かがなんとかしてくれる、もしくはなるわけがないと思っている。
恐怖心が大切とはその通りと思いますが、どうすれば分かってもらえるのか分からない。
訴え続けた所で興味のない人々は耳をかさない。自分の欲望で一杯で周りなんか見ていない。何も悪いことをしていなくても日本に生まれた時点で環境破壊に加担している。
いっそ崩壊して無に帰した方が綺麗になるのではと考えてしまいます。

Re:Re:現代社会
guyver1092
 あけましておめでとうございます。
 東京珈琲さんおっしゃるように肩の力を抜いた記事をもっと入れるのは良いことだと思います。また、更新の回数を月一回にするとか。閉鎖して、これまでの積み重ねが消えてしますのはよくないことだと思います。

 現代の振袖火事について少し考えてみたのですが、思いつきませんね。思いつけば協力はさせていただきます。



Re:雑草の言葉
雑草Z
    東京珈琲さん

明けましておめでとうございます。
新年の御挨拶とコメント有難う御座います。

>崩壊は近いですが、人々は何かが起こらなければ行動はしないでしょう。

福島第一原発事故の後、行動する人は増えましたが、いまだに経済成長主義を降りて縮小社会に大刷新するべきだと考える人は少数派です。

>恐怖心が大切とはその通りと思いますが、どうすれば分かってもらえるのか分からない。

政府が経済成長を降りると決めればいい訳ですが、現代の国会議員達は、逆に「高度経済成長を再び」と叫ぶ頭の固い、強欲な高度経済成長時代の遺物ばかりですからね。やはり市民運動から盛り上げるしかないかも知れません。本文にも描いたように、もっと大勢の人が悪夢のような恐怖を味わうまでは、パラダイムシフトは難しいでしょう・・・しかし、困難なだけで他の方法は皆無ではないと思います。・・本当に恐怖を体験するのではなく疑似体験とか・・。

>いっそ崩壊して無に帰した方が綺麗になるのではと考えてしまいます。

古代文明の崩壊のように、人工物が壊れて人間の文明が自然に飲み込まれてしまい、また大自然に帰るのならば歓迎ですが・・・砂漠化は免れないでしょうね・・・・世界中どこもかしこも廃棄物、化学物質と放射能まみれになるのなら、人類だけでは無く生態系も暫くは再起不能なくらいに壊されるでしょうから、どの古代文明の崩壊よりも遥かに悲惨な文明崩壊に至るでしょう・・・。出来るだけスロウランディングにすることです。

>もう少しラフな記事でも良いと思います。前みたいな鎮守の森とか写真付の記事も好きです。魚取りした時のとかも。

有難う御座います。検討いたします。 

Re:Re:Re:現代社会
雑草Z
   guyver1092さん

 あけまして、おめでとうございます。昨年中はお世話になりっぱなしでした。今年も宜しくお願い致します。

現代版、振袖火事の記事は、無茶振りだったかも知れません。SF小説のようになって仕舞いましょうか?。すみません。guyver1092 さん独特の記事であれば他の何に関してでも歓迎です。

ステージを進めて、降り方をもう少し具体的に考えていきたいと考えています。勿論「正当な恐怖心」は必要条件でしょう。guyver1092さんも御提案があれば、是非ご投稿下さい。


団塊親爺の遺言
 あけましておめでとうございます
私の古い脳細胞にも若い皆さんの考え方を知る事により
頑固ジジイに成らずに世の中を見渡せる様になりました 感謝

今の資本家や支配者も様々な矛盾から雑草さんの云うように
今の体制環境を変えなければ搾取する強欲な者たちは持たない者たちに
嫉まれ恨まれ粛清されそうな世界の様相です世界のデモ等を見ても
支配者たちは私たちの様に自由に散歩も出来ないでしようし 自然の素晴らしさも知らず家族一緒に自由な旅も警護の者が付かねば不可能かも知れません

私は食べ物から社会を見ようと永年食べ物を味わい見て来ました 子供の頃は畑の作物を学校帰りに一寸拝借と泥や埃を取って丸かじりの悪ガキでした 何でも旨かった しかし今の店の食糧品は全て薬剤仕立て 雑煮の三つ葉は香りも味もせず苦いだけ 病害虫に遣られると薬剤処理した食品ばかり これでは私たちの体内で人体実験をしてるも同然、様々な病気が増えるのも当然の事です 薬剤メーカーと医者や国すらもそれらを薬剤治療で対処しようと化学薬剤が安易に体内へ注入される始末 薬が合えば良いが大半は完治せず一生薬を飲めと 
   
    健康は食に在り 今年もこれで行きます

今の食べ物は私たちの知らない内に殆んどが薬剤を含み国は
税金の採れる薬剤メーカーを応援し薬剤で管理するのが簡単
と考えている様です 私の天然粉も農薬登録をしろと
人は食べなければ生きられません 何らかの病気が生れる様な
今の社会の仕組は既得権益の絡みか壊す事で利益を上げる
者たちの天国の様です 本年も宜しくお願いします
   

Re:
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。新年早々長文のコメント有難う御座います。


>搾取する強欲な者たちは持たない者たちに嫉まれ恨まれ粛清されそうな世界の様相です

搾取して富を貪る強欲な人々がやっている事は酷過ぎますね。粛清されて然るべきな輩もいますね。

>子供の頃は畑の作物を学校帰りに一寸拝借と泥や埃を取って丸かじりの悪ガキでした 何でも旨かった

そのような古き良き時代に戻れるものなら戻って、原発のような理不尽な代物のない世界を構築したいものですね。

>食べ物から社会を見よう

と考えた事はありませんでしたが、社会を見分けるいい方法の一つでしょうね。

>今の社会の仕組は既得権益の絡みか壊す事で利益を上げる
者たちの天国 

本当にモラルハザードが蔓延っていますね。大刷新が必要です。 

雑草z 様 今年もよろしくお願いします
ばあちゃんの畑
私も拝見して勉強させて頂いておりますが、内容が難しくて ばあちゃんがつぶやくととんちんかんになりそうなので遠慮しています。いつも難しい事ばかり考えていると お疲れになると思いますので癒しの空間も作って頂けたらと思います。よろしくお願いします。
私も畑にいて なかなか暖かくならなかった春や いつまでも暑かった夏 そして急に霜がきた秋 結構暖かい日もある今 何か以前と変わってきていると感じています。地球が何か訴えているような…。
私もより持続可能な自給菜園プラスαを頑張ってみようと思っています。

Re:今年もよろしくお願いします
雑草Z
    ばあちゃんの畑さん

 こちらこそ、宜しくお願い致します。ばあちゃんの畑さんからのコメントが来なくなって寂しく思っておりました。まだ見て戴いていたことは、驚きと共に嬉しく思います。

今年は、”降り方”を主たるテーマにしたいと考えています。でも御助言のように、身近な事や地元の事も記事にしようと思います。地産地消、自給自足も重要ですね。自給的畑作について、色々御助言下さい。

 どのような内容も、平易に説明出来ないとすれば、それは説明する側がしっかり理解していないからだと考えます。内容がわかり易く伝わるように記事の表現を考えていきたいと思いますので、コメント宜しくお願いします。

>持続可能な自給菜園プラスα

も楽しみに致しております。

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2013-12-23 00:50
殆どの人が心の奥底に漠然とした恐怖を持っています。色々なものを失う恐怖、人を失う恐怖、死への恐怖、ニヒリズム、ペシミズムを伴った感覚・・・もっと具体的に、将来への不安、職を失うことへの不安、信頼を失う不安・・・。
いつの頃からでしょうか。私は、人間、生物の生存環境が壊れてしまうことへの不安が大きくなり、この不安は漠然としたものでは無く、確信のようなものになりました。それ以降、他の不安は二の次と言う感じです。
未来予測は当てになりません。特に定量的な事に関しては、予測はあくまでも予想の域です。ここに書く事は、定量的にはどのくらいの事か、いつのことかははっきり言えませんが、(言えば巷によくいるいかがわしい予言者と同類になるでしょう。)21世紀中には起こるだろうと考えています。以前記事にした【2050年は江戸時代】に描かれているような『大刷新』になるのなら願ったり叶ったりなのですが、現実にはもっと恐怖の未来が待っていると考えています。
私も楽観的でありますから、この確実に来るべき大崩壊が、「まだ暫くは起こらない」とタカをくくり目を背けたいところですが、もう既に前兆は至る所で起こっています。・・・前兆と言うよりも、もう始まっているとも言えましょう。
今まではっきり口にしていなかった・・・しかしここの記事に書き続けてきた、崩壊のシナリオ、起こるであろうと半ば確信している事を2013年の終わりに記しておきます。



日本の食料自給率は致命的に低い水準ですが、近い将来、日本に入ってくる食料は減り始めるでしょう。何故なら世界中工業化を目指して、農地は潰され、海の魚も減って来たからです。そして、工業的な農業によって、太陽エネルギーを生態系に取り入れる役割の農業が、現在ではそれ以上の(化石)エネルギーを投入しています。持続不可能な農業、食料生産によって、世界の食糧生産は減少に転じ、自国の食料確保が先決ですから、日本に輸出する食料は減るでしょう。
そう、食料危機が始まるのです。日本の都市に住んでいる人から食料が不足し、都市はまともな機能を出来なくなるでしょう。大都市は真っ先にスラム化して人口はどっと田舎に流出するでしょう。漁師でも猟師でも無い多くの人々が海や川で魚をどんどん捕り、山で木の実を採りあさり、動物も捕って食料にし、木を切って燃料とし、あっという間に山ははげ山となり、川や沼や湖の魚、野山の動物や食べられる植物は、激減し絶滅もあるでしょう。食料などの略奪も始まるでしょう。勿論ゴミの収集は無くなり、至る所ゴミだらけ(・・ゴミの絶対量は変わらない・・と言うよりも減ってくるでしょうが、遠くの見えないところに持って行けなくなり、目の前にゴミが溢れ出すのです。もうそうなれば、社会は崩壊です。
現在でも不足している原発作業員がもっと不足し、原発も管理出来なくなり(今でも管理出来てませんが・・)福島原発に限らず日本中の原発で放射能漏れやもっと深刻な事態となるでしょう。・・・それまでに全ての原発で廃炉作業が完了していればいいのですが、それは望むべくもない事です。悪くとも全ての原発の廃炉作業の前段階は終わっていればいいのですが・・。
他の危機も次々に起こるでしょう。【複合大崩壊】です。
食料不足と放射能をはじめとする色々な物質による汚染、中国からのPM2.5・・・それ以外にも様々な環境破壊が考られます。21世紀中に日本の大部分の地域が住めない場所になって仕舞うかも知れません。・・では海外脱出か・・・日本が棲めない場所になった時、海外の多くの地も棲めない場所になっている事でしょう。


・・・これが、私の拭え切れない恐れです。・・杞憂では無く、誰もしっかり理性で納得のいくように否定する事は出来ないと考えてます。21世紀になって、同じような危機感を持つ人が増えてきたのではないかと感じています。
だから、ここの記事のような主張になるのです。

『経済成長などは止め、縮小しなければならない。生態系が何よりも大切』
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【2013/12/23 00:50】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

憂鬱ですが 
guyver1092
 憂鬱ですが、かなりの部分が当たるでしょうね。人類及び日本人はそんなにバカではないと思いたいのですが、現在の議員及び政党の主張を聞く限り、破滅に至る道しか選択しかしないと考えられます。
 特に食糧ですが、間違いなくおっしゃる通りになるでしょうね。現在、世界の耕地面積はほぼ一定だそうです。森林面積は減少傾向だそうですが。

http://www.shinrin-ringyou.com/forest_world/menseki_gensyou.php

 つまり、森林を農地に変え、それまでの農地は砂漠になったので放棄した結果、面積が一定だそうです。農地に出来る条件の森林が無くなれば、後は食糧生産は減少する一方となるでしょう。上記のホームページによると減少に歯止めがかかったということですが、中国が増えているというのが信用なりませんね。おそらく植林した面積の身をカウントし、根付いて森林になった面積ではないのではないかと考えていますが。

Re:憂鬱ですが
雑草Z
    guyver1092さんもやはり同じように予測していらっしゃるのですね。
 理性で考えれば誰でも同じ結論に辿りつくと考えますし、このように考える人は増えて来ているとは思いますが、まだまだ少数派ですね。・・・日々の雑事に追われて考えに至らなかったり、人間、動物のオプティミズムでしょうか?強欲優先でしょうか?・・・guyver1092さんはどのようにお考えですか?
持続不可能な現代文明の崩壊は免れないでしょうが、少しでもスローランディングに近づける為にはどうすればいいでしょうか?・・・やはり正当な恐怖心を持つ事は必須でしょうね。

>中国が増えているというのが信用なりませんね。

中国の森林がしっかり増えれば黄砂やPM2.5も減る筈です。guyver1092さんの推測のように、植林した面積のみカウントしているとかそんな感じでしょうね。あの人口と工業優先政策では、植林も追いつかないでしょう。先ずは、経済と工業の縮小です。

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2013-09-05 00:01
8月23日に東京に五輪を誘致する出陣式を行ったと言うニュースをたまたま目にしました。東京都知事はいざ知らず(彼は立場上と言うよりも、非常に積極的です)、総理大臣まで出席していて不快でした。2020年のオリンピック誘致にまた東京が立候補すると言う話は知っていましたが、気分のいい話でもないし、特に関心もありませんでしたがこの時期に東京が立候補するとは、何とも情けないお馬鹿な話です。また最近マスコミなどが盛り上げている様子なので、調べてみると、この9月7日にブエノスアイレスで開かれるIOC総会で開催都市が決定されるとの事です。このIOC総会へ100人規模の大応援団を送り込むと言うから呆れるばかりです。私費で休暇を取って行くなら別ですが、公費で公用としていくわけです。安倍総理まで出席して、自ら「復興の為の五輪の招致」を訴えると言うからどうしようもありません。震災復興と言うのならば、五輪開催のための積立金4000億円を、被災者の為に直接使った方が効果的に決まっています。


福島第一原発の汚染水漏れ対策で、オリンピック誘致どころではない筈です。福島の現場や東電に視察、対策に奔走するならいざ知らず、東京都にオリンピックを誘致する為にいそいそとアルゼンチンまで出かける安倍総理は何を考えているのでしょう?。きっともう福島原発事故は過去のものにしたいのでしょう。

さて、踊らされている国民やスポーツオタクは別として、どんな人が誘致したいのか・・と言えば、オリンピック及びその誘致で利権のある、儲けたい人々でしょう。土建屋、放映権を購入して売る電通をはじめとする広告代理店、経団連、スポーツ産業、彼らと癒着のある政治家・・・みんな利権の「甘い汁」を狙っています。そして、それに呼応するように大手マスコミも殆ど東京誘致キャンペーンをしているようです。マスコミも情けない限りです。東京都にもオリンピック誘致反対者は沢山いるし、反対運動も行われているのに、マスコミは報道しません。
現政権は勿論、アベノミクスの一環として、オリンピック誘致に積極的です。「高度経済成長を再び」と言うアベノミクスは、時代錯誤も甚だしく、成長の限界が見えているこの時代に、高度経済成長を再び願う事が何を意味するか、日本、世界の現状を全く洞察できないようです。失敗は目に見えています。中央のゼネコンなど一部を潤わせて、1970年代以降増え続けている日本の借金が膨らむばかりです。そして更なる環境破壊が進むでしょう。

誘致推進派は「子どもたちに夢と感動を」とか謳っていますが、莫大なお金をかけてオリンピックを東京でやらなければ子供が夢とか感動が持てないと言うのなら、それこそ大変です。スポーツ選手の活躍=メダルを取ったり上位に入る事、そうでなくとも、オリンピック選手が競技を真剣に行う様子を見せる事・・・でしか感動できない人間になったらそれは異常です。世も末です。スポーツ以外でも、お金をかけなくても感動する事などいくらでもありますし、さりげない日常生活で感動を見つける生活をする事のほうがよっぽど子供達の感性は磨かれるでしょう。猪瀬東京都知事は、「東京五輪がいやならどうぞ、引きこもっていてください。復興への使命感がある人、世界のアスリートから生きる意味を学びたい人、日本の選手の活躍を眼の前で見つめたい人、やりたい人でやりますから。」
とツイッターで書きこんだそうですが非常に身勝手な物言いです。ここまでどうしようもない人物だとは呆れるばかりです。都の税金を一切使わず、自然も破壊しないなら、彼の言い分にも若干の「理」はありますが、税金を湯水の如く注ぎこんで「興味のない人は引き籠れ」は通用しません。オリンピックに反対している人の多くは、オリンピックの予算を別の福祉等に使えと主張しているのです。更に、「復興への使命感がある人」がなんで東京オリンピック誘致に賛成しなければならないか、ロジックが破綻しています。オリンピックを誘致して観るよりも震災地へ出向いてボランティアをするほうが遥かに復興に貢献しているでしょう。そして、「世界のアスリートから生きる意味を学びたい人」って何なのでしょう。世界のトップクラスのアスリートからのほうが、他の人からよりも生きる意味を学べるという考えこそ、偏見の塊でしょう。

オリンピックの開催地は、IOC総会で委員約100人の投票で決まるとの事です。IOCの委員が良識ある人々だとは思えません(どちらかと言うと利権まみれの強欲な人々と同じ穴の狢に感じます。)オリンピック開催地も国家間や大企業等の思惑が盛りこまれて決まるでしょうから、東京になる可能性が低くはないでしょう。言える事は、どこに決まろうと、そこの都市の市民、国民の大多数が歓迎する事にはならないと言う事です。オリンピックの盛り上がりも、20世紀末から21世紀初頭がピークで、これから盛り下がっていく事でしょう。2020年のオリンピックも、ここ数回のオリンピックよりも盛り下がるでしょうし、そうなるべきだと考えます。とんでもない「大失敗」のオリンピックになる可能性も孕んでいると考えています。・・・勿論利権に預かる大企業、多国籍企業や広告代理店、マスコミは盛り上げようとするでしょうが、挙国一致でオリンピックを招へいするようなお馬鹿な事はやるべきではないし、そういう時代ではありません。オリンピックは単なるエンターテインメントの一つに落ち着くべきです。日本なら、オリンピック誘致よりも、その優れたアニメ文化で盛りあがった方が遥かにいいと考えます。
私が「打ち上げ花火」と呼んでいるオリンピックに象徴される経済効果を狙ったイベントは、これからもどんどん行われようとするでしょうが、段々その実態・・・効果が無くなって来て、環境破壊する悪影響のほうが多い・・・「花火の燃えカス堆積状態」に世界中の人が気付き始めています。
現在のような、国家の威信を賭けた大々的にやるオリンピックは時代錯誤です。21世紀の間に縮小化して、そのうち消えるでしょう。あと10回もつでしょうか??
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2013/09/05 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

オリンピック誘致
guyver1092
 誘致派の本音は、以下のページの成功する社長を実践したいのでしょうね。

http://www.directbook.jp/brm/index_adw.html?ts=adw_d-brm.sales.img_D00905

Re:オリンピック誘致
雑草Z
なるほど、社員には恐れられ嫌われているけど、儲かっている会社の社長ですか・・。それでも利益が社員に還元されなお且つ社会貢献しているならば、いい会社だと思います。しかし、現実の社会では、もっと酷い連中・・単に自分の会社、自分自身の利益しか考えない強欲な連中が社長の会社が蔓延っている場合が多いですね。経団連の会長なんて典型的ですね。

 ところで、guyver1092さんは、オリンピックは21世紀にどうなるとお考えでしょうか?

興味がなかった
guyver1092
 興味がなかったので考えたこともありませんでしたが、現代文明を支えている石油のエネルギー産出比の低下から考えると、雑草Zさんのおっしゃるように縮小は避けられないでしょうね。あと何回できるかまでは解りませんが。

Re:興味がなかった
雑草Z
    guyver1092さんや私のようにオリンピックに興味の無い人が増え始めていると思うのですが、それでも無理やり盛り上げようとする輩が多いですね。利権につなげたい連中も沢山いるのでしょう。
 原発の汚染水問題よりもオリンピックを優先にする政治家やマスコミの神経はおかしいですね。原発震災からの復興の為にオリンピック・・・という発想が狂ってますが、その理由で逆に日本は候補地としてアドバンテージがあったのかもしれません。日本に限らず、そのような事でまた別の利権を狙っている連中がいるのでしょうね。
 オリンピック関連のニュースは芸能ニュースの類で十分だと思います。トップニュースになる事自体異様です。

今世紀中にオリンピックは廃れるでしょうね・・・それどころでは無くなるでしょう。

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2013-08-11 00:01
二十四節季で、「大暑」は7月23日頃ですが、今年の東北は、その頃はまだ梅雨の真っ最中でした。空には雲が大きく張り出して、時々雨を降らせ、最高気温も30℃に達しませんでした。今年の東北地方は、梅雨が明けたのは遅く、8月に入ってからでした。
東日本では統計的に、8月10日頃の「立秋」が気温のピークで、このころを境にして気温は下がり始めるようです。つまり、「立秋」とは、気温が下がり始めると言う意味での秋の始まりを意味するようです。

 さて、今年の夏も猛暑と言われています。日本各地で蒸し暑い真夏日や熱帯夜が続いています。豪雨による土砂災害等も連日報道されています。熱中症の被害も報道されています。3年前【最近夏が暑いのは・・・】2010-8-9 で、冷房や都市計画の無謀さによるヒートアイランド現象の愚を描かせて頂きました。それから3年経って、日本は相変わらずエアコンをガンガン稼働して暑さを凌ごうと言う愚行にあまり変化は見られません。周りの気温をもっと上げる愚行を主な暑さ凌ぎの対策としています。原発依存もさせたいようです。とんでもない事です。この事を一番主張したいのは今でも同じですが、既に3年前に言及していますので今回は、『冷房依存』に関して描かせて頂きます。

ここ数年は「クールビズ」も定着し、夏場は軽装で、エアコンの設定温度も高く・・となっていますが、そんな事にはお構い無しの、クーラーの効かせ過ぎ、使い過ぎによる無駄使いもいまだに沢山見受けられます。
熱中症の被害は今年も次々に報道されていますが、その陰に報道されていない逆の被害も存在します。それは、クーラーの冷え過ぎによる被害です。学校や職場で、クーラーが効き過ぎて体調を壊したと言う話は日常茶飯事です。熱中症の事例よりも身近なところでよく耳にしますが、それは殆ど報道されません。みんなが低い温度設定に慣れているからとそんな低い温度が不快な人も我慢して、厚着をしたり膝かけをしている場合も珍しくありません。そんな事までしてエアコンを運転するって、狂気の沙汰です。クーラーをかけると寒いと言う人がいるならば、クーラーは使うべきではないでしょう。30℃以下でクーラーを使う必要もないでしょうし、エアコンの設定温度は、一番高い設定温度を希望する人に合わせるべきでしょう。
非常にまずいと思う事は、クーラー無しでも夏を過ごせる人・・・元々殆どの人間がそうだった筈です。さらに、熱帯地方に住む人々は、もっと暑い温度でも冷房は必要としなかった筈です。・・・がクーラーの効いたオフィスや学校で、冷房に慣らされて、暑さに弱く、クーラーが必要な体質になる事です。生まれたての赤ん坊の頃からずっと、冷房の完備した部屋で過ごし、少しでも暑いと冷房を入れる習慣がついてしまっているのは恐ろしい事です。「暑さに対する免疫が出来ていない」と言えましょう。これでは熱中症になり易くなっても当然です。「冷房ドーピング」若しくは「冷房依存症」とでも言うべきでしょう。
私の部屋では、この夏はまだ一度もクーラーを使ってはいませんしこれからも使わない予定です。(若し使うとしても除湿だけにする積りです。)クーラーを封印してからもう数年経ちました。体も慣れて、クーラーが無くても過ごせる体質になっています。まあ、東京都内なら辛いかも知れませんが・・。しかしそんな私も、日々クーラーの効いた場所に行く機会だらけです。職場、公共施設、公共交通機関、お店、喫茶店・・・東北地方でも、クーラーの付いて無い建物は珍しくなりました。(北海道ではどうなのでしょう?)そんな場所では、結構設定温度も低めのところも多いのです。外気温が30℃以下でもクーラーを使っています。そんな場所に行くと、クーラーの設定温度が低過ぎる事に憤りを覚えつつも、体はやはり快適です。そして、そんなクーラーの効いた建物から出るとき、建物に入る前はそれほど暑いと思わなかった部屋の外のむっとした熱気に体が不快さを感じます。そして、もう少しクーラーの効いた部屋に居続けたいと体が感じるのです。そう、やっぱりクーラーはドーピング、麻薬や酒やたばこのように依存症を作り出し、暑さに弱い人間を量産しているのです。元々冷房が必要の無かった健康な大多数の人を、大量の無駄なエネルギーを投入して冷房依存症にさせるのです。
現代社会は、様々な依存症を作り出し、大量のエネルギー、資源投入で一時的に対処しようとしています。それを私は【ドーピング社会】と名付けましたが、この夏の暑さの中で、冷房もドーピング社会の典型的な象徴だと感じています。こんな社会が持続する筈は御座いません。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2013/08/11 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

暑いと言ってない
東京珈琲
今年はまだ自分から「暑い」とは言っていません。人から「暑いですね」と言われて「そうですねー」とは言いますけれど。
本当の暑さを知らないのです。炎天下何時間も農作業する暑さに比べたら普通に生活している暑さなんて快適です。とは言っても扇風機は使いますが。
人間は汗で体温調節しますが、その汗の出る汗腺は3歳頃までの環境で数が決まるようで、今の子供は冷房の中育つ為に汗腺が普通の人の半分位になってしまうそうです。なのでそういった人は熱中症になったり暑さに弱いようです。

森の中なんかは本当に涼しいですよね。農作業疲れてきたら歩いて数分の神社に行って手水舎の水飲んで涼んでます。
森の中に街を作れないのでしょうかね。
家もコンクリートでなく木の方が熱の吸収も少ないし、壁は断熱と湿気対策にもなる土壁にするべきです。日本の昔の建物はこうして作られて何百年と持ちます。
先人たちの知恵も交えながら上手く科学技術を取り入れたいですね。

Re:暑いと言ってない
雑草Z
    東京珈琲さん

>炎天下何時間も農作業する暑さに比べたら普通に生活している暑さなんて快適です。

なるほど、納得です。炎天下で農作業をしていれば、他の日常生活等大した暑さでは無いのですね!!素晴らしい事です。

>汗の出る汗腺は3歳頃までの環境で数が決まるようで、今の子供は冷房の中育つ為に汗腺が普通の人の半分位になってしまうそうです。なのでそういった人は熱中症になったり暑さに弱いようです。

子供を過保護に育てて弱くしてしまうのは何とも情けないお話ですね。これが「文明的な快適な生活」でしょうか?

>森の中なんかは本当に涼しいですよね。農作業疲れてきたら歩いて数分の神社に行って手水舎の水飲んで涼んでます

素晴らしい生活をなさっていますね。本当に森の中はいいですね!(・・・でも、蚊とか蚋御は大丈夫ですか?)

生物種としての生命力
guyver1092
 冷房が快適と言うのは認めざるを得ませんね。しかしおっしゃる通り、冷房の害はいろいろあるようです。

http://www.google.com/webhp?hl=ja#bav=on.2,or.r_qf.&fp=3875f22daf702525&hl=ja&q=%E5%86%B7%E6%88%BF%E3%80%80%E5%AE%B3

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q127128612

 また、 東京珈琲さんの言うように、汗腺の数を減らしてしまうと言うのでは、種としての生命力を損なっているということで、冷房の使用はもっと厳格な基準のもとに使用することにすべきですね(熱中症対策だけにするとか)。

 ちなみに私の職場は、建前にうるさいところで、エアコン温度は28度を守っています。私ではないのですが、この温度に慣れると、冷え過ぎず体が楽だと言う人もいました。

Re:生物種としての生命力
雑草Z
>冷房が快適と言うのは認めざるを得ませんね。

そうですね。しかし、その為に暑さに対する抵抗力が弱くなりますから、やっぱりドーピングの類ですね。

>汗腺の数を減らしてしまうと言うのでは、種としての生命力を損なっているということで、冷房の使用はもっと厳格な基準のもとに使用することにすべきですね

そうですね。抗生物質も乱用して、効かなくなってきていますが、乱用は良くないですね。エネルギーも浪費するし、熱も放出してエントロピーの増加を早めます。

>私の職場は、建前にうるさいところで、エアコン温度は28度を守っています。

それはとてもいい事だと思います。28℃で十分でしょう。28℃くらいで冷房を入れたがる人もいますが、そんな人に限って、冬は10℃くらいでも暖房を入れたがりますね。服で調整できる範囲ですけどね。彼等は、外気温に体温調整で適温出来るレンジが極めて低いと思います。生まれつきと言うよりも、自分の体を過保護にし過ぎたせいでしょう。(東京珈琲さんが言うように、赤ん坊の頃に汗腺の数を減らしてしまった場合は、親の過保護ですね。)

ところで、3年前の記事【最近夏が暑いのは・・・】に頂いたコメントに、guyver1092 さんは、
>この四月から転勤で片道12キロほどを自転車で通勤することにしたのですが、人が言うほどこの夏も暑くは感じません。

と、書かれていましたが、自転車通勤はまだ続けていらっしゃいますか?通勤日の半分でも自転車通勤出来ればいいですね。当時の私は通勤距離が長かったので、自転車通勤は夏場にたまに程度でした。

>クロスバイクにかえて、車道を走るようにしたところ30分にまでスピードアップしました。

と書かれていましたが、12kmで30分と言うのはかなり速いですね。平均時速24kmです。この速さで30分漕ぐのならかなり筋力を使いますね。途中、信号機などで何度も止まるのなら、走行中のスピードは30km/h近くなりましょうか。かなりな筋持久力がありますね。
  

自転車
guyver1092
 この四月にまた転勤になり、片道20キロほどの職場になりました。自転車だと片道1時間近くかかる計算で、朝の忙しいときに一時間はないだろうと言うことで、自転車通勤は止めました。
 現在、自転車は休日に、時間に余裕があるときに乗っています。ちなみに自動車に乗る代わりですので、汗をかき過ぎないよう、速度を抑えて乗っています。頑張れば今でも12kmで30分は可能とは思いますが、試していません。

Re:自転車
雑草Z
    guyver1092さん

>片道20キロほどの職場になりました。自転車だと片道1時間近くかかる計算で、朝の忙しいときに一時間はないだろうと言うことで、自転車通勤は止めました。

それは残念なことです。片道20kmでは、往復で2時間くらいかかりますね。確かに毎日40km2時間の自転車漕ぎでは負担が大き過ぎます。・・・でも、ごくたまに、仕事があまりない時、月に1、2回でも自転車通勤試してみて下さい。週末がいいかも知れません。 
 私も前の職場は片道20km以上ありましたが、一シーズン(春~秋)で10回以上の自転車通勤が目標でした。(3.11以降は止めました。)最近の田舎のよくないところは、「自動車通勤前提」に作られている事ですね。自動車通勤ならば45分のところを、電車とバスなど公共交通機関を乗り継いでいくと倍の1時間半以上かかりました。始発に乗っても勤務時間に間に合わないと言う異常な状況でした。おかしな話です。

guyver1092 さんの前の職場、12kmで30分は自転車通勤には若干遠い感じもしますが、ある程度理想的でもありますね。(もっと短くて徒歩で通えたほうがいいですが・・)おそらく、その道のりで信号待ち等も考慮すれば、自動車でも20~30分かかるでしょうから、時間的にも車に劣りませんね。自転車ならガソリンも使わないし、体力も付きます・・。

私の持論は、たかが通勤に自家用車を使うべきでないと言う事です。(通勤に限らず、自家用車はなるべく使わない方向にしたいものです。)でも、今の田舎ではそういう訳にはいきませんね。残念な事です。・・・それどころか、田舎の人に限って、1km未満でも・・・数百mでさえ・・・自動車を使いがちですね。これまたよくないドーピングです。

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2013-05-29 00:01
21世紀は、環境問題を中心とする様々な危機が、相互に影響しながら複合的に大崩壊へと向かう世紀であると【複合大崩壊】で論じました。
 そんな絶望的な状況から免れる方法は、脱工業化と脱人工物質、経済の縮小・・・脱成長路線へのパラダイムシフト以外に私には考えられません・・とも結論付けました。
 しかし、自由経済、現代の資本主義社会のシステムの中では、この暴走する文明に歯止めをかけるのは難しい状況です。
「自由主義」の名のもとに、モラルに反するような事も、法律に触れないからとの理由で次々に行われています。それどころか、それが社会にとっていい事であるようなプロパガンダが、広告代理店などを通してキャンペーンをはって行われています。
歯止めをかけるべき機関も、骨抜き状態であったり、推進派であったりします。
日本で言えば、原子力を規制して来た原子力安全委員会や原子力安全・保安院などは原子力推進派の人事でした。現在の原子力規制委員会なども原子力ムラから独立しているとは言い難い状況です。
日本だけが酷いのかと言えばさにあらず、このような事は世界中に見受けられます。
日本が規制緩和などの参考にするアメリカなどは日本以上に酷く、アメリカ政権と産業界との癒着は、「回転ドア」と揶揄されています。規制当局のトップクラスに、規制されるべき産業界の役員が就任して規制緩和を行い、また業界に戻る・・・と言う事の繰り返しです。モンサントをはじめとするアグリバイオ企業が、しばしば安全性に疑いのある製品の認可を迅速に受けてきたのも、この「回転ドア」による産官人事交流によるところが大きいのです。

化学物質も原子力も、バイオテクノロジーも、安全性に大きく問題があり、何か起これば、人類の存亡に関わるような危機に陥るかも知れないのに、歯止めをかけるべき組織が逆に推進し、歯止めのかからない状況です。倫理の歯止めも効かない状況です。
結局、市民運動で世論を盛り上げるしか有効な方法がない状況です。

これからの時代、いわゆる「進歩」を求めるよりも、その「進歩」によって人類が滅んでしまいそうな大きな危機に陥らないように「歯止め」を掛ける事の方が遥かに有意義で大切な事だと考えているのは私だけではないでしょう。


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【2013/05/29 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

文明の暴走 
guyver1092
 歯止めがどんどん無くなって行くのは、文明の暴走の証拠ではないでしょうか。今まで得ていた利益が拡大再生産主義の自壊により得られなくなってきたのを補うためには過去に行われた社会を存続させるための規制を廃止していくしかないのでは?
 廃止すれば、破滅の坂の向こうにある断崖絶壁への到達時間が短くなるだけと思うのですが。

お金が天下のまわりものになればいいな
ばあちゃんの畑
こちらには頭の良い方ばかりが参加されていて私など場ちがいですが…
今 本当に「金は天下の回りもの」という考え方が当たり前になれば…
日銀が無制限に大手銀行から国債を買い お札を刷ってばら撒かなくても
良いのでは?いくらばら撒いても本当に本当に必要な人のところには
回って行かないで あるところには使い切れないお金がたまっているとか
そしてバクチのような株取引などに素人までも巻き込んでいく…
こんな暴走を続けられると思うと鳥肌が立つてくる
でも これを止められるのは何処かの誰かではなく 先輩たちが苦労して
私たち一人ひとりに平等に贈ってくれた力を 自分自身が真剣に考えて
発揮することだと思う 無関心でいたらお金持ちのおもいのままに
されてしまう 私は悔しくてそんなことは我慢できない

Re:文明の暴走
雑草Z
>歯止めがどんどん無くなって行くのは、文明の暴走の証拠ではないでしょうか。

そうですね。文明の暴走の証拠とも言えますし、原因とも考えられますね。

>今まで得ていた利益が拡大再生産主義の自壊により得られなくなってきたのを補うためには過去に行われた社会を存続させるための規制を廃止していくしかない

なるほど、鋭い洞察ですね。確かに物が有り余っている現在、拡大再生産はとっくに自壊していますね。・・本来ならここで、拡大再生産の大きな危険性を認識し、脱成長の方向に舵を切るべきなのですが、強欲な指導者達は、拡大再生産の存続の為に・・・もっと言うならば、金融;マネーゲームの存続の為に、越えてはならない一線・・・社会を存続させるための規制 をも廃止しています。これが規制緩和の本質でしょうね。規制緩和が全て悪だとは申しませんが、現在進行している規制緩和の大部分は、アメリカや多国籍企業などの大資本の為であり、庶民の為ではありませんね。
 結果、文明は歯止めがかからず暴走し・・・・断崖から転落ですね・・。

Re:お金が天下のまわりものになればいいな
雑草Z
>いくらばら撒いても本当に本当に必要な人のところには
回って行かないで あるところには使い切れないお金がたまっているとか
>そしてバクチのような株取引などに素人までも巻き込んでいく…

そうですね。アベノミクスなどは所詮マネーゲームをやっている資本家や投資家を儲けさせる為のもので、マネーゲームと無縁な庶民にとっては、物価が上がって生活は苦しくなる一方です。早晩アベノミクスは崩壊し、莫大な負の遺産を残す事になりましょう・・・これで日本沈没かも知れません。

 ばあちゃんの畑さんの意図するところとは違いましょうが、一応現在の景気対策は、建前上全て金回りをよくする為のものでしょう。・・・少し理想論になりますが、本来は、お金が無くても生きていける世の中がいいと思います。具体例を示せば、昔・・数十年前まではアフリカではお金など無くても自給自足で十分に楽しく暮らすことが出来ました。貨幣経済の導入により、今は1日2,3ドル以下しか稼げない人々はどん底の生活を強いられています。・・・これはかつて世界中至る所で起こった事です・・。
 繰り返しますが、ばあちゃんの畑さんの意図されているところとは全く違うでしょうけれど、「お金を回す」と言う考え方は、現代経済の基本でしょうが、そこに大きな危険性が潜みますし、マネーゲームの匂いがします。

昨日のネギ
団塊親爺の遺言
何だ~~~これはネギじゃ 無いよ・・
スーパーで購入したネギの味 固くて風味無し

これが大量生産・消費の産み出すもの ガックリ
この食品が学校給食や食卓に利用されているのかな
いやタマタマなのだろうと 思いたい ネギの味
残り捨てました モンサント製のネギかもネ・・!!

気付けば買い物も車で行く様な距離 豆腐やネギに・・
大手の店に遣られ小さな店は消えました
年寄たちは大変です 何とか辿り着いても こんな味
喰えたもんじゃ無い 近所に八百屋 カムバックと叫んでも
もう遅い 昔の味よ・・もう一度と云っても・・同じ

そりゃあ・・弱肉強食の世界とは言ってもね・・

食品の害はじっくりと体を蝕み 病に懸り・・
病院は待ってましたと 薬売り・・人体実験 苦しみ薬代は
亡くなる迄・・大体は お決まりのパターンなのね

病の起源と云う番組で 癌遺伝子は人間の宿命だそうです
私達は健全な食べ物を採る事で正常な細胞は造られます
しかし今の食品は農薬漬けの大量生産商品です

無農薬の生産者が余りにも少ない 我が家の無農薬10年
のビワも色づいた あれぇ~通りすがりの人が食べている
好いんです 子供たちは我が家の味を知っているんです

本当に安全な自然の表害虫に負けない食べ物造り
我が家のほったらかしの果樹類には病害は無くなりました
好いものが広まらなければ企業の餌食に・・
そして就職難の若者たちよ 軽トラに無農薬の旨い食べ物を
積んで売りに来い 東京の爺婆が大変なのだ



ばあちゃんの畑
言葉の解釈を間違えて使ってしまったようです
私も自給のための畑をやるようになってから お金は最低限あれば余分
にはいらないなと思うようになりました しかしその人間らしく暮らす
ことさえもままならない人たちのところになんで回って行かないんだ
ろうと思うわけです よく とことんまで落ちてみないと気がつかない
から仕方がないという方もおられますが可愛い孫たちと一緒に暮らし
ていてそんなことは言いたくない 私にも出来ることは何かを考えたい

Re:昨日のネギ
雑草Z
団塊親爺の遺言さん

 大変面白いコメント有難う御座います。記事の趣旨からはちょっと外れてますが、ブラックジョークみたいなのもあり、楽しませて頂きました。
 書き出しから、

>何だ~~~これは

って思っちゃいますね。

私は田舎住まいの為か、それほどまずいネギに遭遇した事は有りませんが、素人の私が、自分の家の庭で有機無農薬で作った、形のあまりよくない野菜のほうが、スーパーなどで売っている形の良い揃ったっ野菜より美味しい事のほうが多いですね。
 化学肥料と農薬で作った野菜は、化学肥料の窒素分で無理やりに早く成長させられたと言うのは本当のようで、味が薄かったり、味気ないものが多いですね。それに対して、無農薬で殆ど有機肥料だけで作った作物は、虫食いなどがあっても味が濃くて美味しいですね。まさに

>これが大量生産・消費の産み出すもの ガックリ

ですね。

>モンサント製のネギかもネ・・!!

は受けました。いいですね。

>気付けば買い物も車で行く様な距離

日常的な買い物を自動車で行くって、おかしいですね。・・・それを普通だと思っている人間のほうが多いようですから世も末です。

>そりゃあ・・弱肉強食の世界とは言ってもね・・

弱肉強食は嫌ですが、その意図を隠して、世の中を救うため・・・と言って遺伝子組み換え作物等をプロパガンダしているのですから、酷いものです。

>我が家の無農薬10年のビワ

それは凄く羨ましいです。

>我が家のほったらかしの果樹類には病害は無くなりました

これぞ果樹園の理想ですね!!

>そして就職難の若者たちよ 軽トラに無農薬の旨い食べ物を積んで売りに来い 東京の爺婆が大変なのだ

この締めの言葉も凄くいいですね。
有機無農薬作物のような、食べ甲斐のある大変味の濃いコメント、有難う御座いました。大変味のある文章です。






Re:
雑草Z
    ばあちゃんの畑さん

 またコメント、有難う御座います。

>人間らしく暮らすことさえもままならない人たちのところになんで回って行かないんだろうと思うわけです

御もっともなお考えだと思います。何故そういう人達の所へ回っていかないのかと一言で言えば、それは資本主義社会だからでしょう。 具体的に言えば、金回りをよくしようとする景気対策が、トリクルダウン・セオリー[滴下理論]のように、先ずは金持ち資本家が沢山儲けて、おこぼれを貧乏人に回す・・・と言うような資本家中心の政策だからでしょう。欺瞞に満ちた政策です。だからこそ、ばあちゃんの畑さんは、もっと貧しい人達にお金を回すべきだ・・・と言うお考えで先のコメントを下さったのでしょう。御もっともです。その意味で、言葉の解釈は間違っていないでしょう。

 
 前の御返事にも書きましたが、このような現在となっては理想論と言われましょうが、お金が無くても生きていける社会がいいと思います。だから私は、お金を回すと言う景気対策法には賛同しません。お金をどんどん回すと言う事は、物をどんどん消費すると言う事にも繋がります。

>とことんまで落ちてみないと気がつかないから仕方がないという方もおられますが

底まで落ちれば、後は登るだけ・・・・と言う考え方もあるでしょうが、底まで落ちて死んでしまったり、登る気力が無くなる場合も多々あるのではないでしょうか。そんな辛い目には逢いたくないし逢う必要もないですね。

>私にも出来ることは何かを考えたい

ばあちゃんの畑さんも色々社会活動に励まれていて素晴らしいなと感じます。仰るように、環境、生態系の為に出来る事はどんどんやっていくべきですね。

 

再び;Re:お金が天下のまわりものになればいいな
雑草Z
    ばあちゃんの畑さん

この記事に関するコメントへの2年越しの再びのお返事です。
その後、「循環の経済学」とか参考になる本を色々読んでいるうちに、

>お金が天下のまわりもの

という考え方も非常に大切である事が判って来ました。

>お金が天下のまわりもの

という表現は江戸時代あたりから使われた言葉ではないかと思いますが、同じ頃と考えられる言葉に

>宵越しの銭は持たない

という表現もあります。その日に得た収入はその日のうちに使い果たすと言う意味で、金銭に執着しない江戸っ子の気質を表現した言葉です。
その逆の人を揶揄した
「江戸者の生まれそこない金の為」(誹風柳多留)と言う川柳もあるそうです。金に執着して貯め込むのは粋な江戸っ子では無いと言う意味でしょう。そんな粋とは遠くかけ離れた強欲な金融資本家達が貯め込んだお金をもっと増やす為に利己的なシステムをどんどん作って行った社会が、今日の金融資本主義でしょう。
だから、ばあちゃんの畑さんのおっしゃるように先ずは

>先輩たちが苦労して私たち一人ひとりに平等に贈ってくれた力を 自分自身が真剣に考えて発揮することだと思う

ですね。御返事で、ちょっと否定的な事を書いてしまい、非常に気になっておりました。ばあちゃんの畑さんのご意見は、正しいと思います。

私が

>お金が無くても生きていける世の中がいいと思います。

と書いたのは、それはそれでまともな意見だとは思いますが、あくまで理想ですね。先ずは、一般庶民にお金が回る事が優先ですね。

ずっと気になっておりましたので、再びお返事させて戴きました。

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2013-01-29 00:01
現代の無節操環境破壊の社会において、持続可能な社会へのパラダイムシフトをしなければ人類は滅んでしまうでしょう。・・・その大切なパラダイムシフトは可能な事なのかどうか・・・【ランディングの準備】は出来るのか・・・を考えてみます。

石川英輔氏の著書は最近マイブームです。以前読んだときよりも、私の考え方と非常に近い事が最近分かりました。非常に共感を覚えます。『大江戸リサイクル事情』(・・タイトルから、現代の、プラスチックやアルミ缶などの多くのエネルギーを投入しての小手先の「リサイクル」と誤解されそうです。そうではなくて、太陽エネルギーによる自然の循環を上手く利用した、もっと壮大な社会全体にわたる本質的なリ-サイクルです。)の中に、私がここのブログで繰り返し主張している事と共通する事を、もっと上手い例えで端的に表現している部分がありましたので、ご紹介いたします。
[文庫本版 「人を運ぶ車はなかった」章  p239]

  
 ~ここより引用
(封建社会~完全規制社会~か野放し社会かと言う両極端の二者択一では無くて、)・・・中間のどこかにあるもっと穏やかな状態で止まれないか、と言う人もいるが、それはただの夢物語に過ぎないと思う。
近代文明の導火線は、いったん火を点ければ消すことができず、止めどもなく燃え上がることは今では常識になっている。あまりに目先が便利で快適過ぎるから、現状を維持するだけの為にも成長を続ける必要があり、どこかで踏みとどまることなどできないのである。
もし止まる時があるとすれば、環境の極端な悪化、あるいはエネルギー資源の絶対的な不足などで、強制的にブレーキがかかった状態になり、進みたくても進めなくなるときだけだろう。現代人は、今、目先の利便さばかり追い求めてきた生活のツケを支払うよう求められかけている。古ぼけた問題に、リサイクルなどというカタカナ英語を無理やり当てはめて大騒ぎしなくてはならないのも、燃え上がった炎に手こずっているからにほかならない。
  ・・・・中略・・・
自分達の出したゴミの始末もできなくなりかけているわれわれに、軽率な進歩に対して非常に慎重だった先祖たちの態度を、偉そうな顔で批判する資格があるのだろうか。

   ~引用 ここまで。


 近代文明の導火線に火が点けられてしまった現在、石川英輔氏は、環境悪化やエネルギー資源の不足で、制御不可能な減退をはじめるまで、人類は自らの意思で踏み止まることは不可能と考えているようです。・・・私も踏み止まることは非常に困難な事だと思います。しかし、制御不可能な減退(・・エネルギー資源の不足よりも環境の極端な悪化が原因になる可能性のほうが遥かに高いでしょう。)を始めてからでは、事態はかなり深刻で悲惨なものになりましょうから、出来るだけ制御が可能なうちに踏み止まり、経済縮小を人類自らの意思で選択する必要があります。成長の呪縛からは脱する為に必要な事は、【ランディングの準備】等にも描いたように、成長の限界による環境破壊、崩壊の正当な「恐怖心」を人類が共有できれば、脱成長の合意を得られるかもしれません。そして、経済成長を続けることは、大きな脅威でしかないのに対し、脱経済成長は、早ければ早いほど、安定した平和な社会になれる可能性を秘めていると言う事を多くの人々が理解するように広めなければならないでしょう。石川英輔氏の 大江戸事情シリーズ のようなものがもっともっと世の中に広まる必要がありましょう。でもそこにも大きなパラドックスが存在します。【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】つまり、自然の循環に則した持続可能な社会は、近代文明の工業化社会に滅ぼされて来たという痛い歴史があるのです。・・やはり、制御不可能な減退まで脱成長は無理なのでしょうか?・・・それならばいっそのこと制御不可能な減衰が早くやってきて、その犠牲が出来るだけ小さく済む事・・奈落の底に落ちてしまわないようにする事・・を考えるべきなのでしょうか?・・・その時は近づいているのです。

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【2013/01/29 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


ほとけの提言
(雑草の言葉さんの記事)・・やはり、制御不可能な減退まで脱成長は無理なのでしょうか?・・・ → とても悲しいコメントです。ガンジーのアシュラムのような(農業を主体にした団体、地域、コミニティー)を発達させ、江戸時代の自然生活を再現して、仲間を増やしながら、一方では政治勢力を結集する。その間にすこしでも制御不能の兆しが出たら、一気に政権を奪取するという筋書きでが・・・・・考えが甘いといわれるかもしれませんが、とりあえずは同志が集まり、ユートピアンの暮らしを再現したいと思います。もう現在スタートしています。


ほとけの提言
リベラル21のブログに広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)大学教授の記事がありました。

以下です。 -「護憲民主政府」(仮称)の樹立以外に方法はないと考えているが、当面は「準備委員会」や「検討委員会」のレベルでとにかく議論をスタートさせて改憲阻止の世論をつくり、広範な護憲勢力の期待に応えていくことが重要だ。ー  http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-2254.html#more

そのブログに対して、私の提言です。
ー 当面は「準備委員会」や「検討委員会」のレベルでとにかく議論をスタートさせて改憲阻止の世論をつくり、ー のご意見に対して再び提言します。

参院選までには、残り5ヶ月ほどしかありません。もう、即日活動しなければなりません。そこで考えましたが、「護憲民主政府)(仮称)を総本山として一人一人が政党の代表になるという考え方です。「護憲民主政府〇〇〇〇党」と言う考え方です。政策は、九条・護憲、原発即日廃止の2点で一致します。その他の政策、思想、運動の仕方はそれぞれの各個人政党に任せます。政治団体の届出は、各個人の意志に任せます。本山、各個人政党との連絡方法は、メール、ツイッター、フエイスブックで行います。あとは、総本山の代表を誰にするかですが・・・・・如何でしょうか!

このような政治活動を成功させて、その他の政策でも一致させれば、新しい政治手法にならないかとも思います。言ってみれば直接民主主義に近い、間接民主主義ともいえます。このような新しい政治思想、経済主義を構築しなければ世の中が変わらないと思います。
又選挙の手法ですがダグラス・スミスさんが提案されている、「政治家をくじ引きで決める」を導入して候補者を決めればよいと思います。くじ引きはとてもよいと思います。これは後日又提案します。



ほとけの提言
ダグラス・スミスさんの記事をアップします。
●経済成長がなければ私達は豊かになれないのだろうか。   ダグラススミス著

今、私達が民主主義と呼んでいるのは代表民主主義です。この代表制がいつから民主主義といわれるようになったのか。アリストテレスが書いていることですが、古代ギリシャでは、選挙で代表を選ぶと言うのは
民主主義ではなかった。選挙は貴族制だとアリストテレスは言っています。なぜかと言うと、選挙をすれば、一番有名な人、一番お金のある人、一番社会で目立つ人が選ばれるのであって、それは貴族だからです。

民主主義でもし代表を選ぶ、民主的に代表を選ぶとしたら、それはくじで選ぶべきである。実際古代ギリシャではくじで選んでいました。そうすれば、目立つ人、金のある人、有名人が選ばれるのではなく、市民なら誰でも選ばれる可能性がある。なぜこれが民主的なのでしょうか。いくつかの側面が有ると思いますが、一つは市民なら全員が、代表になるかもしれないという、心の準備を持たなければならない。どの市民を選んでも代表を務められる、それだけ共同体に対する責任感があるという前提なのです。いつ自分のところに来るか分らない、心の準備が必要なわけです。

もう一つ、そういうふうにくじで選ばれた人は、選ばれたという事を威張る理由がないわけです。選ばれたから自分が優れているということではなく、もうすこし、私でもいいのだろうかという、謙虚の気持ちでやる事になる。そして任期が終わったらまたくじ引きで決めるから、同じ人が続けて選ばれることがほとんどない。だから一人の人間が権力を握ってだんだん堕落していくという可能性はとても低い。

だからギリシャでは昔、代表を選ぶとすればくじ引きで選び、あるいは市民が直接政治に参加する、ということが民主主義だったわけです。民主主義は長い間そういうものを意味していました。その伝統がずっと続いた。


パラドックス
guyver1092
 人類が直面しているパラドックスは、対処がとても難しいですね。私の思いつく対処は、地域通貨で部分的にでも切り離しておくと、引きずられて共倒れになる危険が小さくなるぐらいしか思いつきませんね。この対策は、経済の自滅の対処にはなりますが、資源争奪殲滅戦争の対処にはなりませんし。

Re:一気に政権を奪取するという筋書き
雑草Z
    ほとけの提言さん

 3つのコメントに一気にお返事するか、分けてお返事するか考えましたが、それぞれにお返事する事に致します。コメントにはタイトルを付けて頂くと、お返事もし易く呼応出来ますので以後宜しくお願い致します。

 さて、最初のコメントですが、やはり現在の経済成長路線、工業化社会の未来が、悲惨な破局に至る事をかなり多くの割合の人々が共通認識しなければ無理でしょう。
成長の限界による環境破壊、崩壊の正当な「恐怖心」を人類が共有する事が非常に大切だと思います。そうでなければ、仰るような
>一気に政権を奪取するという筋書き

は無理でしょう。たとえ1カ国が出来たとしても、アメリカのような経済成長主義、工業化の先鋒のような国が放って置かないでしょう。それは、歴史が証明しています。アメリカなどが自ら経済成長と工業化を止めると言う選択をすれば大きな希みが出ますが・・間に合うでしょうか?



Re:護憲民主政府
雑草Z
    ほとけの提言さん

>「護憲民主政府)(仮称)を総本山として一人一人が政党の代表になるという考え方

一つの理想的な考え方かも知れませんが、現在の多数決民主主義選挙では、議席を確保する事は難しいでしょう。

>一人一人が政党の代表になる

は現在の選挙制度ではかなり不利でしょう。立候補の調整も難しいでしょう。現在の選挙制度も良くありませんが、変える為には多数派にならなければならないと言うパラドックス。

Re:くじで選ぶ政治家
雑草Z
 お金が無ければ選挙に勝てなかったり、地盤のある2世議員やタレント候補など有名人が多数の票を獲得して議員になる現在の選挙よりはくじで政治家を選んだほうがましだと思います。
 くじで政治家を選ぶと言う事もやってみる価値はありそうです。でもそれはそれで大きな不安が出てくるでしょうね。官僚にいいように操られる心配も出てきますね・・・今の政治家も変わりありませんが・・・。 

Re:パラドックス
雑草Z
    guyver1092さん

 経済自滅のパラドックスの対処法有難う御座います。結局、グローバル化による連鎖崩壊を防ぐと言う事ですね。
経済に限らず多くの問題でグローバル化による連鎖崩壊を防ぐことはこれからの時代に非常に大切な事でしょう。


「生態系の循環を尊重した持続可能な社会が、工業化の進んだ経済成長主義の持続不可能な崩壊社会に滅ぼされる」
という大きなパラドックスの解決策を見出すことがここのサイトの大きな目標になっています。これからも共に考えていきましょう。宜しくお願い致します。

石川英輔氏の著書
ほとけの提言
図書館で借りて「大江戸えねるぎー事情」と「大江戸えころじー事情」を読んでいます。とても感動する内容です。何回も読んで自分のものに致します。昭和30年に戻る、江戸時代に戻る、縄文時代に戻るという私の目標に取り入れたいと思います。今後ともご指導ください。有難うございました。

Re:石川英輔氏の著書
雑草Z
    ほとけの提言さん

 石川英輔さんは、著作を読む以前は江戸を研究されている作家程度の認識しかありませんでしたが、著書を読んでみると面白くて興味深く、非常に共感出来ます。

ほとけの提言さんが借りて来られたという

「大江戸えねるぎー事情」と「大江戸えころじー事情」
は共に名著だと思います。石川英輔氏の著書の中でも特に読む価値があると思います。「大江戸えころじー事情」は、本文にも描いた通り、今流行っている小手先の「リサイクル」では無く、石油など他のエネルギーの投入なく、太陽エネルギーだけによる自然の循環を利用した、社会全体にわたる本格的なリ-サイクルの事が述べられています。
ほとけの提言さんの描く
>昭和30年に戻る、江戸時代に戻る
という目標の方向がはっきりと見えますね。
その方法として、『2050年は江戸時代』は、大刷新など参考になるでしょう。本書は小説ですし、原発の事がすっぽりと抜けていて、現実と比べてかなり甘めの前提によるソフトランディングの成功例としての「大刷新」ですが、大きな方向としては間違っていないでしょう。
石川英輔さんの著書を読んで何か素晴らしい発見があればお知らせください。

私は以前、槌田敦氏の著書のファンで、めぼしい書物は大方読んで仕舞いちょっと残念でしたが、石川英輔氏の読みでのある著作を見つけて嬉しく思っています。
槌田敦氏も石川英輔氏も、著書は金太郎飴状態で、数冊読めば、彼らの優れた考え方、哲学は大体掴めます。

 

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2013-01-23 00:02
『保守』をそのまま字面で読めば「保ち守る」です。現状が不満で改革を望む「革新」に対して現状維持を望む事です。
保守=右翼 、革新=左翼 と言う俗的な混同した解釈では無く、「保守」を既存の価値・制度・信条などを保ち守ると言う本来の意味で考えれば、共産・社会主義国圏では、保守が共産・社会主義の左翼、革新が資本主義の右翼と言う自由経済資本主義圏と逆の思想を示す事になりましょう。
・・・話が逸れましたので戻しますが、
ここでは、通常の社会で言われている「保守」では無く、漢字の本来の意味である「保ち守る」即ち
「長い歴史や文化を守る、急激な変化に反対し、旧来の風習・伝統・考え方等を重んじて守っていこうとする事」
と改めて本来の意味まで遡って定義し直してみます。・・・そのように考えれば、保守的な社会とは先住民的な社会がイメージされます。社会は日々動いていますが、見掛けの変化のあまり無い定常状態に近い社会が連想されます。勿論日々小さな「改善」は為されて当然ですが、決してせっかちに進歩(・・と言う名の工業化、自然破壊・・)し続ける社会ではありません。今日と殆ど変わらぬ明日、今年とほぼ変わらぬ来年、生まれた時とあまり変わらぬ大人になってからの環境、社会の状態を望む姿でしょう。
そこには「経済成長」もありませんし、せっかちな工業化もありません。
経済に関して「保守」=定常状態 とは何かと考えれば、「一定水準の経済の維持」です。経済成長は消費を増やすと言う事ですから、定常状態の維持では無く革新です。


「保守」とはいつの時代を基準にするかでも解釈は変わるでしょう。日本で言えば、縄文時代から見れば弥生時代は革新、江戸時代から見れば明治時代は革新でしょう。(明治維新は革新と言うよりも、革命・・もっと端的に言えば「クーデター」でしょう。)そして、太平洋戦争(第二次世界大戦)前から考えれば戦後も大きな革新です。そして、第二次世界大戦後に始まる日本の高度経済成長時代からはずっと「革新の時代」と言えましょう。この時からずっと日本は保守では無かったのです。「保守政党」と呼ばれた政党がやってきた事も勿論保守と呼ぶには程遠く、第二次世界大戦前の日本の伝統、文化をどんどん破壊して刷新して行きました。日本の自然と共に農業を破壊して工業化し、アメリカの文化や制度をどんどん取り入れました。まさしく「革新」です。保守政党が「保守」であったと言える部分は、旧態依然とした経済優先などの政治のやり方だけでしょう。


現代は、社会も科学も何もかもがめまぐるしく変化していると言われます。技術だけでは無く、何もかもが生まれた時と比べて、大人になった頃には大きく変わってしまっています。つまり現代は時代そのものが、「革新の時代」と考える事が出来ましょう。それを現代人は「進歩」と呼んで来ましたが、行き詰まりが顕著になってきた現在、疑問を持つ人が増えています。・・・「退歩」ではありませんが、「好ましい方向」に進んでいると言うよりも、大きな穴に落ち込んでいると言えそうです。

理想的な保守とは、現代のようなせっかちで見切り発車ばかりして首の回らなくなった社会では無く、安定した社会を維持し守る事でしょう。経済水準も一定で、経済成長はせずに、森や川や海の自然も維持され、変化するときも安全性を確認しながら少しずつゆっくりと着実に変化して行く社会でしょう。
10代、20代の頃は、革新と言う言葉に正義を見出し、保守と言う言葉には否定的でしたが、「保守」と言う言葉には、本来社会が守り維持して行くべき大切な概念が含まれている事がだんだんわかって来ました。

以上あくまで社会通念の「保守」の意味では無く、根本的な意味での「保守」を個人的に見直してみた、理想的な「保守」です。
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【2013/01/23 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


ほとけの提言
という事は!極小の我が政党(今はまだ政治団体)は日本の保守の本基だったんですね。今後20~25年で政権奪取を計画しています。裏社会からの妨害が当然予想されますが、仏、自然、天、地球、神が常に見守っていると思います。とてつもない悪魔との闘いですが、仏、自然、天、地球、神の味方があり確実に成功すると思います。

開国を続けながら「保守」する…
ST
日本は江戸時代末期に攘夷から開国へ変わったのですが…どうもせっかちに性急に開きすぎたのかも知れません。
裏の画策にも気づかずホイホイと「文明開化」も進めた。しかも未だに気づかない人々が大勢な状況です。
これからの課題は如何に開国しつつ「擬似鎖国」の政策が実現出来るかと言う事に尽きるのではないでしょうか?
具体的なものとして取り敢えず頭に浮かんだのは「部分的、修正的なプラウト経済」+「何がしかのそれに見合った政体」くらいの思いつきですが…
世界との連携は中々難しい上に国内、いや小さなコミュニティに浸透させるのも一苦労かも知れません。
集合して自治組織的に実験的に有志間で組織し、漸次運用してみるとかの方策しか無いのかも知れません。
そこで連携の方法としてネットが有効に使えるといいのですが皆さんはどのようにお考えになりますか?


現在の保守の正体
guyver1092
 漢字本来の意味の保守については、おっしゃる通りと思います。そして現在の「保守」という言葉が指している勢力は文明崩壊を目指す勢力と考えて間違いないでしょうね。そういえば新右翼は、右翼からみると完全に左翼だそうです。序文にありましたが、立場によって「保守」も、いろいろ指すものが変わりますね。

Re:
雑草Z
    ほとけの提言さん

 自給自足的な生活を基本に、反グローバルで地域社会を中心とする昔ながらの生活を維持し、守る事が本来の保守だと思います。その意味で、ほとけの提言さんの主義は本来の意味での保守でしょうね。

Re:開国を続けながら「保守」する…
雑草Z
    STさん

>裏の画策にも気づかずホイホイと「文明開化」も進めた。

そうですね。欧米列強の策略に嵌った部分も大きいでしょうね。

>これからの課題は如何に開国しつつ「擬似鎖国」の政策が実現出来るかと言う事に尽きる

う~ん、深いですね。やはり宣言して鎖国を実行するのは困難でしょうか?・・・将来的にはそのような状態に近づかざるを得ないのですけどね。

>「部分的、修正的なプラウト経済」

は存じませんので、簡単に御説明して頂けますか?


>連携の方法としてネットが有効に使えるといいのですが

小さなコミュニティ内ではネットが無くても大丈夫ですが、やはり他のコミュニティなどとの連携には、ネットが物凄く有効でしょう。心配なのは、ネットをグローバルな支配者に抑えられる事です。それをどうやって防御するかが問題ですね。



Re:現在の保守の正体
雑草Z
日本では

>現在の「保守」という言葉が指している勢力

は、ただの経済優先の強欲資本主義の事ですね。そして、経済成長主義・・・凡そ字そのものの持っている本来の「保守」の意味からはかけ離れていると思います。

「部分的、修正的なプラウト経済」…
ST
これはまぁ私が創った造語みたいなものですが
「政治経済にエコ・ロハスを積極的に取り入れ持続的に社会システムを保つようなシステム」
とでも言ったらいいでしょうか。
以下の2つのURLもそれなりに参考になりそうなのでご紹介します。
http://universal.raaq.jp/theory/newpra.htm
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/777.html
色々なケースなりにある程度は柔軟性をもってドグマ(教条)主義にならないようにしなければ
なりませんし、ややスピ掛かっている面も見られるので修正も必要でしょうね…

情報提供
guyver1092
 既にご存知かもしれませんが、週刊SPA!1月29日号に、『結論「原発は廃炉」が経済的に正しかった。』という記事が出ていました。
 ネット上にも、いくつもこの記事をもとにしたページが出ていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/7336513/

http://saikadososhinet.sakura.ne.jp/ss/archives/1369

参考までに上げておきます。

Re:「部分的、修正的なプラウト経済」…
雑草Z
プラウト経済自体、よくわからないので、ご紹介のページを流し読みさせて頂きましたが、よくわかりません。
ポスト資本主義的な経済学らしきところは良さげです。

>現実社会に不都合が起きる度に理論を変更し、対症療法の如く応急処置を施すのではなく、不都合が起きない社会の構築を目指す

これもこれからの社会では必要な事ですね。


Re:情報提供
雑草Z
>『結論「原発は廃炉」が経済的に正しかった。』

これは、私やguyver1092さんの間では当然の事ですが、それが記事としてしっかり広められるのはいい事ですね。
週刊SPA! の記事になった事は知りませんでしたので、情報提供有難う御座います。この内容が世間の常識になる日が早く来ればいいと思います。

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2013-01-17 00:01
現代社会は殆ど全てが短期的合理性で動いていると言っても過言ではないでしょう。
例を挙げれば枚挙に暇がありません。例えばゴミ問題。要らないもの、汚いもの、臭い物は目の前から無くなればいいとゴミを大量に集めて遠くに持っていって捨てています。自然界に回らないプラスチックやビニールを短期的に便利だからと沢山作ってどんどん使い、直ぐに使い捨てにしてゴミにして遠くに捨てる。最近は資源が勿体無いからとエネルギーを沢山投入してのリサイクルで誤魔化していますが、根本解決には程遠い状態です。究極が核のゴミでしょう。安全に処理する方法がないのに原発を見切り発車してしまって、日本では未だに最終処分の場所も方法も決まっていません。

現代農業は、農薬、化学肥料を使って農地の単位面積当たりの収穫率を飛躍的に上げましたが、生態系が壊され土地も痩せて、使用量がどんどん増えていくと言うスパイラルに陥ってしまいました。免疫が出来た害虫に対してはより強い農薬を作って使用しています。まさにイタチごっこです。毎年毎年の「短期的合理性」によって長期的には農地が使いものにならなくなるのです。土壌の流出が起こり、土地(の生態系)が死んで不毛になり、行き着く先は、砂漠化です。

経済政策などは短期的合理性のオンパレードです。同じ失敗にも懲りずに「経済の活性化」と称してその場凌ぎの公共事業をどんどん行い、税金で集めたり増量して刷ったお金をばら撒き借金を増やして、インフレを引き起こしデフォルト危機に陥ります。一時的な景気の為に環境破壊と資源の枯渇を引き起こしています。特に、経済成長戦略こそ短期の合理性の極みでしょう。経済成長政策によって経済が肥大化すればするほど、市場に投入しなければならない物資、資金は多くなります。資源の投入が無くなれば、バブル経済になります。最近の日本では、投入した資金以上に景気は良くならず、お金は一定方向に多く流れ、富の偏在・・格差を助長を繰り返しています。もし投入した資金以上に景気が拡大すれば拡大したで、それを維持するのが更に難しくなるだけです。

地下資源の開発など全て「短期の合理性」でしょう。地下資源を掘り起こして、地球の貯蓄を崩して使っているだけです。その為に資源が一方的に減少するのは勿論の事、採掘が終わってからもずっと続く環境汚染を引き起こしています。

現在行われている政策で、長期的合理性・・・何世代も下の子孫にとっても良いと思われる政策は殆ど見当たりません。企業や政府が言うところの「長期的展望」はせいぜい数十年の話です。そして大部分が長期的合理性など似非に過ぎません。彼らの言うところの「合理性」は我田引水的で、企業自らの利益の為、特定の企業の利益の為の合理性に過ぎません。世界の多くの人々にとっては「不合理」極まりないのです。

現代社会では選挙制度にも大きな問題がありそうです。選ばれる方も選ぶ方にも問題があるでしょう。候補者は短期的合理性を叫び、長期的展望は、具体的政策には決して触れずに、抽象的な理想論を語るだけです。曰く、「よりよい未来の為に」「未来の子供たちの為に」
 そして、選ぶ有権者も短期的な自分の利益だけで投票する人が多数派です。

現代社会の様々に肥大化した深刻な問題の多くは、人類の純粋な理性、英知の失敗と言うよりも、この『短期的合理性』の積み重ねによるものでしょう。
昔の人よりも賢くなったと自負している現代人は、雑学的知識の量だけ増えて、集団で短期的利益しか考えられない思考回路になってしまったようです。「短期的合理性」の発想は、そこから生まれる新たな問題はすべて無視して後の世代に先送りしてきました。そして先送りされた問題は肥大化する一方です。
現代社会では、 『短期的合理性』は『問題の先送りによる肥大化』 と同じ意味になってしまっていると言えましょう。

江戸時代には長期の展望に立って森林を守り、人口の増加を抑制して循環型社会を維持していました。【江戸時代の日本の文明崩壊回避策】。アメリカの先住民は七代先の事まで考えて物事を決めていたと言われています。
それに対して、現代人はほんの目先の事しか考えていません。超短期の合理性で動いていると言えましょう。
人類の活動が大きくなり、大きな科学技術を手に入れた現代こそ、短期的合理性による活動は危険極まりありません。一歩間違えば、人類の滅亡まで導いてしまうでしょう。もう手遅れに近い状態のものもあります。原発によって作られた放射性廃棄物などは、既に手の施しようが無い段階まで来ています。
人類が生き残り、持続可能な文明にシフトする為には、今こそ本当の意味での長期的展望が必要です。


今回のタイトル『短期的合理性』は、石川英輔著【大江戸リサイクル事情】から、引用させて頂きました。
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【2013/01/17 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


ほとけの提言
去年から読ませていただいていますが、本当に素晴らしい。いつも感激して読んでいます。今後ともよろしくお願いします。

歴史に学ぶ
guyver1092
 歴史的には、マイナス金利の社会では、人々の価値判断基準は長期的なものになるそうです。いきなりすべての貨幣をマイナス金利にするのは難しいでしょうが、地域通貨をマイナス金利にして導入することから初める必要があるでしょうね。これには、世界的な通貨危機に対する、防壁にもなります。地域通貨が導入されていれば、その地域は、地域通貨の割合だけ世界から切り離されていますので、影響がそれだけ小さくなります。

Re:
雑草Z
    ほとけの提言さま

こちらこそ、宜しくお願い致します。

Re:歴史に学ぶ
雑草Z
>地域通貨をマイナス金利にして導入することから初める

 単純な疑問ですが、この場合、そこの地域に住んでいる人で、金利で損をしたくないと思う人々などは「地域外貨」を購入するようになると思われますが、如何でしょうか?

金利で儲けようと考えた資産家を中心に、今日の歪んだ金融中心社会が作られてきたのが大きな問題です。これこそ経済の「短期的合理性」でしょうね。

Re:Re:歴史に学ぶ
guyver1092
 ヴェルクルの例では、導入時に入念な準備を行い、住民からは非常に高い評価を受けていたようです。また、「エンデの遺言」だったと思いますが、現代でもマイナス金利を採用している地域通貨では、好況時には、政府通貨が好まれ、不況時には地域通貨が好まれるそうです。理由は、政府通貨は不況時には中央に吸い上げられ、地方は使いたくても使えず、価値の受け渡しをするためには、地域通貨を利用するしかなくなるからのようです。

不正選挙疑惑の会社情報です
トモ
19日は誠にに有難う御座いました!
お話しました開票集計に関する疑惑を調べた方のブログ記事が大変興味深いです。
コメント欄にも有効の情報がありました。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2682.html


Re:Re:Re:歴史に学ぶ
雑草Z
>導入時に入念な準備を行い、住民からは非常に高い評価を受けていたようです。

なるほど、どう言った準備なのでしょうね。入念な準備が必要ではないでしょうか?・・・内容とメリットを周知するとかそのような事でしょうか?

>現代でもマイナス金利を採用している地域通貨

あるのですね!?・・以前も触れた事がありますが、マイナス金利として、穀物の兌換紙幣とかが有効でしょうか?

Re:Re:Re:Re:歴史に学ぶ
guyver1092
 入念な準備とは、多くの人に老化貨幣の理解を高め、多くの人、商店に受け入れてもらう約束を取り付けたようです。その結果、町の経済のいわば血液として、スムーズな循環をして経済を助けたようです。
 少し記憶違いをしていました。「エンデの遺言」ではなく、「シルビオゲゼル入門」でした。現在も利用されている老化貨幣は、キームガウアーといいます。記憶違いはもう一つあって、好況不況によって支持が変わるのは、利息ゼロのヴィアという通貨でした。

 マイナス金利の地域通貨と言うだけでは、役に立たないと考えます。利息と言うよりも、循環するかどうかが一番の問題と考えます。ヴェルクルの例でいうと、最大の理由は税金もこれで納められたことだと考えています。町から労働者、労働者から商店、商店から町と言うように、循環が保障されていたから大きな効果を発したと考えています。

Re:不正選挙疑惑の会社情報です
雑草Z
    トモさん

 
お世話になりました。今回の衆議院選挙が不正選挙だとしたら由々しき事です。
確かにムサシは胡散臭い会社です。業者選定の経緯も不透明です。
無きにしもあらず・・です。情報あればまた宜しくお願い致します。


Re:Re:Re:Re:Re:歴史に学ぶ
雑草Z
>入念な準備とは、多くの人に老化貨幣の理解を高め、多くの人、商店に受け入れてもらう約束を取り付けた

なるほど、やはりかなり入念に説明し、色々約束しなければ導入は難しいでしょうね。

>マイナス金利の地域通貨と言うだけでは、役に立たないと考えます。

やはりそうですね。私もそう思います。

>循環が保障されていたから大きな効果を発した

これが達成できるかどうかが導入の最大の試金石ですね。
実のところ、マイナス金利の通貨に関しては、まだまだ導入のイメージが湧きません。

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2013-01-05 00:01
 電車(やバス)での長旅はとてもいい読書の時間です。家にいるときよりも遥かに読書のモチベーションが高くなり一気に読む事が出来ます。東京へ行くのに、遅くて時間がかかる会津鉄道をわざわざ利用して読書するのが好きです。安いし、混んでないので2人掛け(もしくは4人掛け)の席を一人で使えるし、窓から見える風景も非常に魅力的です。・・・
昨年の暮れに、東京に出掛けるとき、前に読んでいた本が読み終わったところで、バッグに本が入っていませんでした。いつものように列車時間ぎりぎりになり、本をしっかり見繕う事が出来ませんでしたので、以前気に入って沢山購入していた石川英輔の本の一つ「2050年は江戸時代」をバックに詰めて家を飛び出しました。石川英輔が江戸時代を研究して書いた『大江戸事情』シリーズのファンでしたので、この本だけは小説と知りながらも、以前大江戸事情シリーズと一緒に試しに購入して置いたのです。間一髪で列車に乗り込んでから、本を読もうとした時に後悔しました。「2050年は江戸時代」は小説です。ここのところ長い間、作り話の小説を読む気は失せていました。大江戸事情シリーズのような文明論などのノンフィクションのほうが遥かに魅力的です。・・しかし、持ってきた本はこの本だけだったので、しぶしぶ読み始めたら、直ぐに入り込みました。小説がこんな面白く読めたのは久し振りです。

1995年に初版本が発行された本書を作者はSF小説と位置付けていますが、その内容をごく簡単に紹介致します。

生活に必要な資源の大部分を外国に頼っていた、もろい「豊か」な社会であった日本は、2,000年代前半には多くの企業が沈滞し、工業も東南アジアの新興工業国に追い越され、外貨も稼げず、食料も石油も輸入出来なくなってきて、それまでの大量生産大量消費社会のシステムが次から次へと破綻して日本は収縮期に入る。大部分の政治家や官僚は、日本を経済大国、工業大国へ戻そうと努力したが、国民の多くは村落へ移り住み、日本はなし崩し的に自給自足社会に移行していく。・・・この移行を『大刷新』と呼んでいる。・・大刷新以降、人々は、二度と経済効率第一の「東京時代」(・・20世紀の経済優先の社会をこう呼んでいる・・)に戻れないし、戻りたいとも思わなくなったし、戻ってはいけないと考えている。

以上のような内容を、物語としても引き込まれる面白い読み物に書きあげてあり、非常に楽しみながら興味深く読めました。著者石川英輔氏の「大江戸えねるぎー事情」等を読めば、彼が循環型社会を理想とし、大量生産、大量消費社会を批判しているのは明らかですが、ここまで徹底して、現代の工業化、経済優先社会からの脱却を考えているであろう事に、今まで以上に強い共感を持ちました。

2010年代の現代でも、既に起こっている事がここかしこに記述され、石川英輔氏の洞察力の深さに感心致します。
この物語は紛れも無く、経済成長主義、工業優先社会からのスローランディングの成功例です。餓死者が出るなどの犠牲があったなどと言う事も描かれてはいますが、かなり理想的なスローランディングです。これ以上のスローランディングはなかなか望めないでしょう。
ただ、一つ大きくすっぽりと抜けているのが、原発の事です。大刷新後の日本では、廃炉になる事は明らかでしょうが、石油が入って来ない状態で冷却もままならず、政府が小さくなってしまった状態で、廃炉処理、管理はどうするか?・・・と言う大問題が残ります。放射能は漏れ出すし、メルトダウンの危機も続くでしょう。その意味でも、再稼働などせずにこのまま廃炉処理を早急に始めなければ、日本はこの物語のような理想的なスローランディングは望めないでしょう。頭の痛い問題です。

私の読んだのは1998年に発行された文庫本です。文庫版のためのあとがきに、その3年前に発行されたハードカバー本を読んでの読者からの意見や感想がまとめてあり、そこに「青少年に日本の未来がこんな形になると言う誤解を与えるから良くない。」と言った批判の意見があったと書かれています。それに対し、石川氏は「SF小説である架空の未来の内容が気に入らないと言って叱られても、作者としてはただ困るだけだ」と述べています。これはうっちゃった返事でしょう。とんでもない滅茶苦茶な未来像を描いたSF小説が山ほどあるのに、様々なデータを使って描かれた本作品の描く未来像にクレームをするのはお門違いです。批判した人々は、もしかしてそこに「実現の可能性」を感じて怖くなったのかも知れません。私は本作品を批判する気はあまり御座いませんが、敢えてクレームをつけるとすれば、前述の方々の批判とは逆に「制御不可能になってなし崩し的にはスローランディングは出来ない。もっとハードランディングになるだろう」・・という、もっと悲観的な立場からの批判になるでしょう。

多くの人が本書を読んで、現代経済成長の呪縛からの(スロー)ランディング、『大刷新』をしっかりと考えて欲しいと願います。
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【2013/01/05 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

これは“油断”に匹敵する作品かと…
ST
だいぶ昔、多分35年以上前の「油断」と言うSFを思い出しました。
2050年は江戸…というSFノベルは仁(JIN)ににた感じでしょうか?
諸外国とは全く違うとすればどうも「鎖国に近い状態」となって
いる設定にならざるを得ませんね、「鎖国政策」ねぇ…、本当???
それが実現出来るのか、否、「第一次産品の輸出植民地化」か、
何か「明治維新」で“開国 or 攘夷”再来? 似だとしても違いが、
どっちにしても現在の状況では核の脅威ならぬ核汚染の脅威が残る…

Re:これは“油断”に匹敵する作品かと…
雑草Z
「油断」と言う小説は存在を知りませんでした。タイトルが掛け言葉で上手いですね。ネットで調べてみたら、書評には「予測小説」とか「シミュレーション小説」とかカテゴライズされて概ね好評でした。
「2050年は江戸時代」は「油断」に対する石川英輔氏のアンサー小説かも知れませんね。「油断」は日本に石油が入らなくなったら、どのような危機に陥るかが中心のようですが、「2050年は江戸時代」は、日本の国力が落ちて輸出入が極端に落ち込んだ場合のスローランディングが主題だと考えます。「危機」を煽っているのでは無く、肯定的に受け止めて来るべき「大刷新」の成功例を示しているのでしょう。

仁(JIN)については、現代の医師が江戸時代にタイムスリップする物語・・くらいしか知りませんが、原作者の村上もとかの他の漫画は、面白く読んだ記憶があります。仁(JIN)は、江戸時代をある種の理想社会として描いているのでしょうか?・・・・SFでもタイムスリップものは、荒唐無稽で矛盾が多過ぎて、私の許容範囲外です(笑)。タイムスリップ自体荒唐無稽ですが、過去に行って歴史を変えるとかそれ自体矛盾の塊です。百歩譲ってタイムスリップ出来たとして、「過去を変え無いように注意しなければならない。」なんてストーリーが溢れていますが、タイムスリップしただけで、他の事は特に何もしなくても、バタフライ効果は半端なく膨大でしょう。・・その時点でそこに存在した物質はどうなるのでしょう?核反応を起こさないのでしょうか?そしてその「過去」を踏まえて歴史は動いているのだから、現在が変わる筈もありません。・・などと矛盾を突きだしたら止まりません(笑)。・・・かく言いつつも、石川英輔氏も「大江戸神仙伝」などタイムスリップものを描いているようなので、購入して読んでみようと思っています(笑)。

>諸外国とは全く違うとすればどうも「鎖国に近い状態」となっている設定

諸外国も、石油は手に入りにくい状況になりつつある設定です。日本の貿易は、ピーク時よりも桁違いに減っている状況ですが、まだ特殊な技術をもった企業は輸出もしている設定です。そして、諸外国は、資源も少なく、工業も衰えている日本は、利用価値が無くなってきているとの評価設定です。
諸外国が鎖国をさせてくれるのならば、鎖国に向かって社会構造を変えることは有意義だと思いますが、それが出来るでしょうか・・?原発の廃炉も・・・。問題が山積みです。 ST さんのおっしゃるように、鎖国状態が実現出来るかが大きな問題ですね。


お返事はまだまだ色々したいところですが、長くなりましたので、ここらへんで一先ず終わりにさせて頂きます。

 +  +++    +++++    +++  +

昨年末からSTさんのコメントの頻度が多くなってきて嬉しく思っております。これからもどんどん貴重なコメントを戴ければ幸いです。

不満
guyver1092
 この本は、興味のある部分を立ち読みし、結局は買いませんでした。ちなみに興味があったのは『大刷新』の現在進行形のところです。ここの部分は、データから考えて最も起こり得そうな未来予測では、小説が違う結論になってしまいそうなのでごまかしたのかな?と思ったような記憶があります。(江戸時代にしたいのに、イースター島の生活を書いていたのではタイトルに偽りありです。)
 あと、廃車が村の貴重な財産であるくだりは強烈な皮肉を感じましたね。いつぞや、ゴミ屋敷の住人がお金持ちになるとのブラックジョークを書いた気がしますが、これが頭のどこかに残っていたのかもしれません。

Re:不満
雑草Z
    guyver1092さんの不満も理解出来ます。十分に伝わりました。
私が、本文で

>「制御不可能になってなし崩し的にはスローランディングは出来ない。もっとハードランディングになるだろう」・・という、もっと悲観的な立場からの批判

と書いたところの不満がもっと強く、許容できなかったのですね。

>江戸時代にしたいのに、イースター島の生活を書いていたのではタイトルに偽りあり

つまり、資源や食糧の不足はもっと深刻になり、もっともっと餓死者が出て、人類はかなり貧しくなると言う事ですね。イースター島の物資、食料不足に加えて、もっと酷い環境汚染も起こるでしょうから、更に酷くなりそうですね。

>廃車が村の貴重な財産であるくだりは強烈な皮肉

これは、書き出し部分から描かれていますが、やはり私も疑問に思えましたし、廃車は資源と言うよりも環境汚染をもたらす廃棄物的要素が大きいと思いました。でも、このような発想の転換も有りかとも思いました。


かなり理想化し過ぎの「大刷新」かも知れませんが、工業や経済の縮小を肯定的に捉え、理想的なスローランディングの例を描いて見せたと言う意味で、大きく評価致しました。来るべき縮小期を「大刷新」として肯定的に捉えることは必要な事かと思います。

SF
guyver1092
 小説ですから、厳密な未来予測を書く必要もありませんし、予言する必要もありませんが、「なるほど」と思える理屈を作ってほしかったのです。
 昔の話ですが、アメリカのSF小説家が、原子爆弾がどのようなものかを想像し、自分の小説に書いたところ、どこから原爆の機密が漏れたかと捜査しに来たことがあったそうです。
 石川氏の作った理屈どおり事実が推移すればそれは素晴らしいことですが。

希望・・・
雑草Z
>「なるほど」と思える理屈を作ってほしかったのです。

確かに、制御出来ない崩壊が始まったら、もっと悲惨になるでしょうね。でも、『2050年は江戸時代』にも、餓死者が大量に出たり、食物の略奪があったりの「移行期」があった事が述べられています。これでも、非常に上手く行った「大刷新」を描いていると思いますが、
「日本がこんなになってしまったら大変だ」と言う、guyver1092 さんや私と逆の危惧を持った読者もいたようです。困ったものです。
私のようにもっと悲惨なランディングになると予測している者から見れば希望の『大刷新』かも知れません。

「大江戸えねるぎー事情」は、原子力文化財団のPR誌「原子力文化」に連載した記事であると石川氏が書いています。そんなわけで、原子力批判がすっぽりと抜けていたならば非常に残念な事です。しかし一方大きな発電所で発電して電気を浪費する事に対する批判はしっかりと為されています。

素晴らしい記事です。
ほとけの提言
私は、とても小さい政党(政治団体)の代表をしていますが、「2060年には1955年(昭和30年)2080年には江戸時代の生活に戻る」が基本政策です。冗談では有りません。この記事を見ましてとても驚きました。うれしくなりました。その時代が来ると確信しています。今は誰も理解してくれませんが・・・・・雑草さんの、多くの記事を党の綱領にしたいと考えています。ところで雑草さんはどんな職業の方ですか差し障りがなければお教えください。よろしくお願いします。又雑草さんの記事をフエイスブックに投稿してよろしいですか、お教えください。

Re:素晴らしい記事です。
雑草Z
>「2060年には1955年(昭和30年)2080年には江戸時代の生活に戻る」が基本政策です。

それこそ、素晴らしい政策です。現在はその政策を「冗談」のレベルでしか捉えられない人が多いでしょうが、一方その「素晴らしさ」を理解できる人もこれからどんどん増えてくるでしょう。
 私は現在の経済システムはかなり早い時期に破綻すると考えておりますので2060年よりも前倒しになると考えますが、時期については今はアバウトでいいでしょうね。

>その時代が来ると確信しています。

制御不可能でそうなるか、自らの意思でスローランディングに近づけるか・・・でしょうね。

>ところで雑草さんはどんな職業の方ですか

 特に公言するほどのものではありませんが、私も、ほとけの提言さんの政治団体の事を知りたいので、メール頂けますか?このコメント欄下段の投稿者名「雑草Z」の所をクリックして下さい。

>雑草さんの記事をフエイスブックに投稿してよろしいですか

はい、どうぞよろしくお願い致します。

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2012-12-11 00:01
今回の衆議院選挙の争点は【一つに絞るべき今回の衆議院選挙の争点】で脱原発一つに絞るべきだと主張しましたが、国民の大部分(8割以上)が脱原発派である事を受けて、殆どの政党が票の確保も狙って、程度の差こそあれ脱原発を掲げています。笑ってしまうのは、「脱原発を主張するのはポピュリズムだ」等と批判していた政党までが、曖昧な形で脱原発を主張するようになりました。「脱原発は全ての政党が主張しているからもはや争点では無い。」等とのたまう輩まで現れましたが、それは勿論まやかしです。自民党や維新は勿論、大飯原発を再稼動させ、大間原発などの建設も再開させた民主党も選挙後に積極的に脱原発に動く事はないでしょう。1930年代までに脱原発などと言っている民主党は、今回もしも政権を取ったとしても(その可能性はほとんどありませんが・・)1930年まで政権を維持する事は無いでしょうから公約を守るも守らないもありません。マニフェスト破りを堂々と行った野田政権の公約が信じられる筈もありません。自民、民主、維新は、脱原発どころか現在停止中の原発を次々に再稼働させ、震災後に建設中断していた着工中の原発の着工を再開させる可能性が高いでしょう。この3つの政党は、脱原発派とはみなせません。だから、脱原発は今回の選挙の争点に十分になり得ます。
では、「卒原発」を唱えている「日本未来の党」はどうか・・?「10年で卒原発」と言うキャッチフレーズはあまり戴けませんが、「10年以内に完全廃炉」と言っていますから、(「完全廃炉」の定義が曖昧ですが、)着工中の原発工事は中止にし、再稼働もしないと言う事になりましょう。即撤廃を主張している共産党や次いで強固な反原発の社民党、新党大地、新党日本など、原発撤廃を強く主張する党と原発政策に置いては協力し、脱原発を目指し、尽力する党になりましょう・・・、議員数の数で言えば、最も勢力のある脱原発政党になるでしょう。「日本未来の党」は、新しく結党された政党の中で、最も期待が出来るでしょう。頂けない主張もありますが、脱原発、反TPP、反消費税増税の大同で最も力のある政党になるでしょう。今回は無理でも次の選挙以降政権を取れるかも知れません。この政党が出て、今回の選挙はそれ以前よりは希望が持てるようになりました。

 さて、今回の選挙の最も重要な争点は原発で、次いでTPP、消費税の順だと考えられますが、大手マスコミの世論調査の争点では、景気・経済対策が大体トップです。マスコミの作為も感じる世論調査ですが、国民の関心事の上位である事に間違いはないでしょう。自民党は、景気対策として、規制緩和、金融緩和でデフレ脱却、そして極めつけは旧態依然とした公共工事を挙げています。「事前防災」のため10年間で200兆円を投資する「国土強靭化」を主張しています。TPPに参加せず、日本は内需拡大にシフトすべき・・・と言う部分は反対ではありません。ただ、同じ内需拡大でも、もっと別の政策があるでしょう。山梨県の中央自動車道・笹子トンネル崩落事故を受け、道路などの点検、メンテナンスに力を入れるのは結構な事ですが、新規道路や橋、河川工事は必要ないものが殆どでしょう。財源として大量の国債を発行する積りでしょうが、結局それは税金で払われることになります。つまり消費税を上げて、直接間接、そこから支払う事になるのです。社会福祉の為の増税と言いながら、実質はゼネコンや大企業減税の穴埋めに使われるのです。つまり内需拡大でも何でもなく、ただ、国民から集めた税金をゼネコンなどの大企業に回すだけです。だから消費税増税は反対です。震災復興予算もあれほど出鱈目に使われている現在、消費税増税はなかなか国民の理解は得られないでしょう。右肩上がりの経済成長は望めませんから、それでなくとも膨大な国の借金が、更に膨らむ一方です。

先に、「TPPに参加せず、日本は内需拡大にシフトすべき」と書きましたが、厳密に言えば単に「内需拡大」でかなく「外需から内需へのシフト」するべきだと考えます。即ち、内需拡大によって経済成長させるのではなく、経済のグローバル化を止めて、経済の殆ど・・需要も供給も・・・国内でまかなうと言う事です。

予言めいた事を書くのは、ちょっと躊躇しますが、今回自民党が(連立)政権与党となる可能性は高いでしょうが、彼らの旧態依然としたやり方はことごとく失敗し、大きな危機を招く事になりましょう。麻生内閣や今回の民主党政権のような感じで、大部分の国民からスカンを食らう事になりましょう。それだけならまだやり直しが効きますが、3.11のような日本の存亡に関る一大事にまで発展するかも知れません。その次の選挙まで日本が持ちこたえ、まともな政府が出来る事を祈ります。

残念なことは、今回の選挙でも相変わらずどの政党も、経済成長策を訴えている事です。GDPの増加率で定義される経済成長は、国民の豊かさの指標ではなく、実体は浪費指数です。経済が成長すればするほど、環境は破壊され、文明崩壊へ近づいている事に気付くべきです。・・・多くの国民…世界の多くの人々が気付き始めています。脱原発、反TPPに続いて、脱成長まで掲げる政党が現れるのは時期尚早なのでしょうか?・・否、機は熟してきています。脱原発論議のように脱成長論議がなされ、今回の脱原発のように、経済成長主義派もいつの間にか経済成長を否定する時が来るでしょう。早晩・・・遅くとも今世紀中には、脱経済成長路線に変更せざるを得なくなるでしょうし、それが主流になるでしょう。そこまで見極めたいものです。
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【2012/12/11 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

Re:予言めいたもの
guyver1092
 当たるでしょうね。理論的に考えて、過去と同じことをしたら同じ結果にしかならないですよね。過去に失敗した政策なら、今回も失敗するでしょう。
 自民党は明らかに原発推進派ですので、自民党が政権を取れば原発はどんどん再稼働します。自民党の支持者は、もう一度過酷事故を起こせば日本は終わりだとは考えないのでしょうかね。

Re:Re:予言めいたもの
雑草Z
主題とは少し外れた面白い部分へのコメント、有難う御座います。

>過去と同じことをしたら同じ結果にしかならない

更に、現状は経済成長と人口圧で、環境負荷が大きくなりましたので、公共工事の拡大は、長い目で見れば自殺行為でしょう。投入資金は回収出来ずにどぶに捨てるようなものです。・・と言うよりも税金を使ってゼネコン業者に環境破壊させるようなものです。借金は膨らむ一方です。

>自民党の支持者は、もう一度過酷事故を起こせば日本は終わりだとは考えないのでしょうか

巨大地震などが起きずに、原発事故が起こらない事を前提にしているだけでしょう。つまり、運を天に任せているだけでしょう。そして、実際にシビアアクシデントが起こっても責任を取ろうとさえしない事は、福島第一原発事故で実証されました。過酷事故が起こらなくても放射性廃棄物を出し続けるだけで、運転すべき代物ではありません。

緑の党
地下水
 世界のコンセンサスを構築しはじめた、緑の党に一票を入れてはどうでしょう。クリーンでグリーンを目指す・・・。 今回の擁立に日本の緑の党は間に合いませんでしたけども、無理なエコ、エコノミーは目指さないそうですので。
 各地に生まれた脱原発政党が、近い将来、緑の党にまとまれば、・・・。
 宇宙から見れば、地球はクリーンでグリーンでないと困りますから、・・・。でも放射能汚染はすぐには目に見えないから、たちが悪いですけども、・・・。

Re:緑の党
雑草Z
 日本の緑の党は、他の既存政党と比べて期待が持てると思う団体だと思います。
 その前身のさらに前身のみどりのテーブルの頃は期待感を持って、私も若干関わってきました。それが 似たような団体と合流して『みどりの未来』になり、今年、日本の 『緑の党』 が結成されました。結成式には参加しました。
脱原発は強く主張しているものの、太陽光や風力の自然エネルギーを強く推進しています。それは他の既存政党と差別化出来ません。重要な脱成長を全然前面に押し出さなくなってきました。それはドイツの本家の緑の党も同じで、ドイツの緑の党の方の講演も、ひたすら自然エネルギー推進でした。脱経済成長にはあまり関心がないようで、残念でした。
 これでは、今回結成された 『日本未来の党』 とあまり変わりません。だから、若干『緑の党』は期待外れの面があります。

>各地に生まれた脱原発政党が、近い将来、緑の党にまとまれば

それは賛成ですが情勢的には、『日本未来の党』にまとまるかも知れませんね。


地下水さん

 コメントお待ちしておりました。お久し振りのコメント有難う御座います。
 別件ですが、今年は、ミニトマトのお裾分けが多くの人に何度も出来ました。お裾分けはいいものですね。来年も目指します。 

Re:Re:緑の党
地下水
 選挙結果は過半数で自民法案が無批判にドンドン成立する事態になりました。
 御存知かと思いますが、参照を広める必要があると思うので、緑の党の結成宣言をうつします。雑草Zさんの考えと重なるところのある貴重な宣言だと思います。

3.11 後の 今 ここに
新たな道を歩み出す

森を奪う都市文明から
森に寄り添う文明 数多(あまた)へ
答えを生きる 時がきた

果てない世界市場化と
経済成長呪縛から
世界各地が共に奏でる
色どる経済成熟へ
答えを生きる 時がきた

いのち汚す原発と
奪い合いの地下資源より
太陽による 永遠の平和へ
答えを生きる 時がきた

はやさ 大きさ 効率主義 から
スロー スモール シンプル で
適正規模と多様性へ
答えを生きる 時がきた

過剰なほどに カネ追わず
過剰なほどに モノ造らず
過剰なほどに 働かず
仕事と時間を 分かち合い
豊かなこころを 蘇らせる
答えを生きる 時がきた

買うしか術ない暮らしより
手 足 知恵で 創るを楽しみ
与え 支え いのちを謳歌し
自立しあう 安心へ
地域でつながる 循環へ
答えを生きる 時がきた

色んな人と 色んな生き方
互いに凸凹△ 認め合い
組み合わさって 補い合い
使命を宿し おのおの輝く
答えを生きる 時がきた

テレビの向こうに 決断任せず
自ら責任 引き寄せて
足元からの 微力をつらね
笑顔の未来 えらびとる
答えを生きる 時がきた

今日から土に 種を蒔き
こころに緑を 育てよう
いのちにぎわう 豊かな地球を
いのちみんなで 分かち楽しみ
100年先を 見渡して
答えを生きる 一歩をここに
歩み出したい 一歩をここに


「緑の党」を 立ち上げる



          2012年7月28日緑の党結成総会


Re:Re:Re:緑の党
雑草Z
    地下水さん

緑の党の結成宣言のうつし、有難う御座います。確かに私の考え方と重なる部分があり、地下水さんのお考えとも重なる部分も多々あるでしょう。
 そして、江戸時代の日本人も、言葉に出して明確化しなくとも、このような考えは漠然とした常識としてあったと思います。このように考えられなくなった現代人は病んでいると言えましょう。今こそこの考え方に回帰すべき時でしょう。
 それを破壊した考え方が、GDPの増加で定義される経済成長信仰とか科学万能主義、工業化でしょう。現代は狂った特殊な時代です。

反核
地下水
 脱原発も、反核で結集することで、より大きな力にする必要があります。
 ヒロシマ・ナガサキの年代の人や、原水爆実験の地域の方は被爆の恐さを伝えて下さいますし、組織もありますし、歌も文学もあります。原水禁と原水協も分裂していますが、今回の反核の選挙の足並みの乱れを見ると、おもうものがあります。
 沖縄基地や、各地の基地の地域の方は、核持ち込みの怖れや、核標的の怖れを伝えて下さいます。
 福島や、ホットスポットの地域の方は、汚染被害や避難生活の困窮を伝えて下さいます。
 自然エネルギーの開発や、普及に努められている方や団体や企業の方は、反核に賛同して下さいます。
 チェルノブイリのホットスポットの地域の方や、ドイツの緑の党の方などは、反核政治の実現への道のりを伝えて下さいます。
 原発の下請けや、核開発をされてきた方で、被爆されてきた方の、声無き話を集めて伝えねばなりません。
 反核、反核戦、反核開発、核被害、反核政治を結集した、目的と効果と期限の明確な団体が必要です。
 
 今、日中は石原にダマされて、何百億円も損をしましたが、さらに大損に拡大しそうです。

Re:反核
雑草Z
    地下水さん

>脱原発も、反核で結集することで、より大きな力にする必要があります。

おっしゃるように、小異に拘らず反核で結集すべけでしょうね。

>原水禁と原水協も分裂

この辺りの経緯は知りませんが、原水協がソ連の核開発を認めたので原水禁が出来たと言われていますね。
それから現在でも一方は原発は認めていると聞きました。(どちらかご存知ですか?)
兎も角、反核と言ったら、原爆も原発も認めてはいけませんね。「核の平和利用」はまやかしですからね。

>反核政治を結集した、目的と効果と期限の明確な団体が必要です。

これが緑の党と言う事になりましょうか。

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2012-12-05 00:01
 現在の世界情勢をみる限り、人類社会は文明崩壊に向けてますます加速しているように感じますが、これを回避するための参考として、江戸時代の日本がいかにして文明崩壊の危機を乗り切ったかを、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」[下巻第9章]、その他の書籍から考えてみたいと思います。

 よく、循環型社会の一つの理想として江戸時代が語られますが、江戸時代のすべての時代が循環型社会であったのではないのです。たとえば江戸時代の人口は、戦国時代が終わった1615年の段階で1227万人でした。そして1720年頃まで人口は増加し続け、この時代に3128万人まで増えてしまったのです。この人口増は、新田開発、生産性の高い作物の導入(ジャガイモとサツマイモ)、病気の蔓延が少なかったこと等のさまざまな要因かうまく重なり合ったことによります。
 しかし、この人口増加は森林資源の枯渇をもたらし、これにより木材、燃料、飼料用の木の不足、巨大建造物が建設不能、土壌侵食による洪水等により、作物の生産量低下を引き起こし、飢饉が何度も起こりました(17世紀後半以後。明暦の大火ごろからでしょう)。この事態は、村同士、村内部、大名同士、大名と幕府が森林を取り合う等の、さまざまな社会不安を引き起こしました。
 日本の森林破壊は、西暦800年ごろの畿内盆地を皮切りに、時代を追うごとに伐採範囲を拡大し、1000年には四国、1550年には国土の四分の一まで伐採が進んでいました。そして秀吉、家康等の権力者の権威の象徴としての巨大建造物、城下町と都市の誕生、火災の復興による需要等により、本土の森林資源は枯渇に向かい、1678年には北海道の森林に目を向けざるを得ないほどまでになっていました。1710年にはついに、主要三島と、北海道南部の手近な森林はほぼ消失し、急斜面や近づきにくい地域、江戸時代の技術では労力や費用がかかりすぎて伐採不可能な場所だけに原生林が残っている状態にまでなっていました。日本は文明崩壊寸前まで追い詰められていたのです。
 この危機に対して警鐘を鳴らした事件があります。振袖火事とも呼ばれる、明暦の大火(1657年)です。この火事からの首都再建のための木材の需要は、おそらく日本の山々の風景を一気に塗り替えてしまったことでしょうし、これを原因とする水害及び飢饉も多発したのではないでしょうか。幕府は森林消失に対して大きな危機感を抱いたことでしょう。これ以後、幕府はさまざまな対策を講じ、文明維持に成功します。
 まず、1660年代には社会のあらゆる階層において森林の利用を規制する全国的な取り組みを開始しました。これらの中には、江戸城天守閣の再建断念、本丸御殿の再建延期も含まれているのでしょう。
木材供給の歴史/火災と再建

 また、1666年には森林伐採による土壌侵食、河川の沈泥、洪水の危険性を警告し、植林を促す布告を行っています。そして森林再生のために伐採された土地を閉鎖する、焼畑による農法の禁止、木材の切り出し及び放牧の制限等を行いました。これに合わせて諸大名も幕府とほぼ同じ森林政策をとりました。また、これ以外の地元の共有の森林では、入会と呼ばれる権利の制限が発達し、森林を持続的に利用する枠組みが出来ました。
木材の消費を抑制するために、森林資源の目録を作り資源として管理する、各地に番所を設け運搬を監視する、消費段階では、社会的地位ごとに消費できる上限を設けました。吉宗をはじめとする歴代将軍の倹約令も森林保全の為との面もあったのでしょう。
また、積極的に森林を増やし土壌浸食を防ぐために、林学者たちが観察と実験を繰り返し、1697年には「農業全書」という日本独自の科学的な森林管理の方法が、書籍としてまとめられ活用されました。また、石炭も一部地域で利用され、木材消費を抑制しています。
筑豊炭田 江戸時代までの歴史

 これらの政策は、国民の生活に対しても様々な影響を及ぼしました。木材及び森林の利用の上限を満たすため、建築物が軽量なものに変わり、炊事炉が熱効率のよいかまどに変わりました。干鰯等の魚類を肥料とすることも始まりました。暖房も家全体を温める方法から、火鉢で人を温めるようになりました。また漁網の改良、遠洋漁業の開始、北海道から輸入を増やす等、外部からの食糧調達も行われ始めました。また人口もゼロ成長になり、1721年から1828年の間はほとんど増えませんでした。
 日本人口半減、明治時代に戻る!

ジャレド氏は、享保の改革あたり以降の人口ゼロ成長は、晩婚化、授乳期間の延長による授乳性無月経、避妊、堕胎、嬰児殺より達成され、それは「それぞれの夫婦が食料等の資源の不足を認識して対応した」と分析しています。証拠として、江戸時代の出生率の上昇と下降が米価の上昇と下降に連動していることを上げています。以下のページによると新田開発が限界に達し、耕地面積が増えなくなったのがこの時期です。
 農業と人口 ⑥ 江戸時代

また、ジャレド氏は、日本は強固な上意下達型の強固な社会であったので、幕府の方針が全国にいきわたったと分析していますが、最近の江戸時代の研究によると、幕府は絶対的権力で君臨していたのではなく、事前の根回しで各藩が従うかを見極めたうえで命令を出していることから、各藩も幕府と同じ危機感を抱いたからこそこれらの命令が実行されたのではないでしょうか。その他、日本が独自で発達させた森林管理法は、樹木を数十年かけて成長する作物とみなす概念を発達させましたが、この延長として数十年以上先まで考える経済政策を、少なくとも幕府、大名、森林所有者に共有させたのではないでしょうか。分地制限令が1673年に出されていますが、
江戸幕府の法は農民がつくらせた!?分地制限令のページを見る限り、農民も将来を見据えて自制しているように見受けられます。

江戸幕府の法は農民がつくらせた!?分地制限令
 限られた資源の中で、長期的な生活設計を考え、その中で最良の生活をしようとした結果が、資源循環型社会であったのでしょう。そのためにさまざまな資源回収サービスが出現しました。また、江戸内では車で荷物を運ぶことが禁止されていました。これらは、仕事の分け合いとして働き、社会不安の防止に貢献したのでしょう。

 これらから考えると、文明を存続をさせるためには、エネルギー、資源の供給を長期的に予測し、エネルギーの範囲で社会内部での資源の分配を行うことが必要という結論になるでしょう。現代文明はどこまで、これらの視点を持って動いているのでしょうか。

その他の参考文献
槌田敦著書多数
江戸の真実
江戸・キューバに学ぶ”真”の持続型社会


 +  +++    +++++      +++++    +++  +

かなり以前から、循環型社会の理想に近い形として江戸時代を描いてみたいと考えていましたが、この度このサイトの常連の guyver1092さんが独特の切り口で大作を描いて下さいましたので掲載させて頂きました。非常に参考になる内容です。環境負荷が制御不可能なくらいに膨れ上がり、文明崩壊の兆しが至る所に出現している現在、非常に重要な視点です。来る選挙でも本当は、このような視点が非常に大切ですが、残念ながら日本人の一番の関心は経済対策のようです。
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【2012/12/05 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

現代日本人のほうが愚かなようですね。
雑草Z
色々知らなかった事も捕捉されていて読み応えがありました。

>エネルギー、資源の供給を長期的に予測し、エネルギーの範囲で社会内部での資源の分配を行うことが必要という結論

この結論の通りですね。もっと具体的に言えば、供給の長期的予測は安定的なものであって、再生可能なものばかりでの供給であり、右肩上がりではありませんし、あり得ませんね。

意外だったのは、

>暖房も家全体を温める方法から、火鉢で人を温めるようになりました。

の件です。家全体を暖める方式は、現代に現れたしょうもないエネルギー浪費暖房だと思っていました。かつては全館暖房方式だったのが、江戸時代に局所暖房にしたのですね。炬燵もこの頃でしょうか?・・・炬燵は局所暖房として非常に優れていると思います。足元を温める頭寒足熱で理想的です。発熱に電気を使用する事は愚行ですが、炬燵なら電気の使用も認めても良いかと思います。

Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
guyver1092
 化石燃料が枯渇した後は、地球の面積を上限に、森林増加があれば、その間は右肩上がりでしょうが、それ以後は物理的に不可能ですね。
 江戸時代には貨幣経済が農村に浸透するに従い、農民に負担がかかるようになったらしいので(学校の授業でも習った記憶があります)、エネルギー、資源の適正な分配は、プラス金利の貨幣システムでは不可能なのでしょうね(時間がたつにつれ、価値が下がる食料品等と、金利がついて価値が上がる貨幣の価格差を使って収奪されたのでしょう)。
 家全体の暖房は私も知りませんでしたが、46ページ7~8行目に載っていました。炬燵は載っていませんでしたね。どこで読んだか記憶がありませんが、電気炬燵は非常に暖房効率が高いそうです。

Re:Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
雑草Z
日本でも西欧でも、もともと、燃料としての木が不足したから化石燃料、石炭を代替に使ったわけです。燃料としての木から石炭に移行した時期は、現代と比べて人口も一人当たりのエネルギー消費量も数分の一・・ところによっては数百分の一だったでしょうから、現在の人口と一人あたりのエネルギー消費量を維持しながら木を中心としたバイオエネルギーに移行したら、森林が増えたとしても、途端に木は切り倒され尽くして森林は消滅するでしょう。バイオエネルギーへの代替以前に人口とエネルギー消費を桁違いに減らさなければなりません。だから、バイオエネルギーで右肩上がりは実現不可能でしょう。
ジャレド・ダイアモンドは、伐採を減らす事を『消極策』、生産を増やす事を『積極策』・・・と呼んでいますが、『消極策』のほうが大切だと思います。ジャレドは消極策をnegativeと捉えて表現したのでは無く別な単語を用いたのではないかと思いますが、passiveでも受け身過ぎますが・・原書を確認したいものです。

>エネルギー、資源の適正な分配は、プラス金利の貨幣システムでは不可能

ここのところ大切です。以前にも書いて頂きましたが、御説明を宜しくお願いします。

「文明崩壊」の第9章、この前書いた記事【深刻な人口問題】を書く為に前半を読み直しましたが、今回の guyver1092 さんの記事を受けて、後半も読み直しました。細かな忘れていた部分沢山あって新鮮でした(笑)。名著ですので、他の章も読み直ししたいものです。第11章のドミニカ共和国のパラゲール大統領のところが特に気に入っています。

Re:Re:Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
guyver1092
>バイオエネルギーで右肩上がりは実現不可能でしょう。 
 そうですね。現実的には右肩上がりは不可能ですね。できるとしたら、突然人類の人口が千分の一に急減するという事態でもない限り無いでしょうね。

>ここのところ大切です。以前にも書いて頂きましたが、御説明を宜しくお願いします。
 再度説明します。商品は、時間とともに価値が下がりますが(腐る、錆びる等)、お金は預金しておくと、利子がつきます。どちらの状態で持っているほうが有利かは誰でもわかりますね。そして立場の強いものがこの価値の差を利用して、お金を吸い上げています。交換するお金がなくては、お金のないところに資源もエネルギーも配分はされないですね。
 ちなみに歴史的な傾向は、プラス金利の社会では、人々は短期的な戦略をもって行動し、マイナス金利の社会では長期的な戦略をもって行動するそうです。

マイナス金利
雑草Z
 このマイナス金利の社会の事は、以前にguyver1092 さんに御紹介頂き初めて知りました。実験的であれ、半世紀以上前にマイナス金利が試みられた地域がある事も驚きですね。

>立場の強いものがこの価値の差を利用して、お金を吸い上げています。

彼ら、財界の金融業者が金利で儲ける為に経済成長が利用されていますね。経済成長主義の本質はそんな情けないものでしょう。

>歴史的な傾向は、プラス金利の社会では、人々は短期的な戦略をもって行動し、マイナス金利の社会では長期的な戦略をもって行動する

これは理性で考えれば当然の帰着点でしょうね。
 脱成長を主張する私でも、マイナス金利社会は想像しにくいですが、経済成長主義が破綻しようとしている現代でも、実践してみたいものです。

Re:マイナス金利
guyver1092
 物、サービスは実体として存在しており、いわば物理的存在です。お金はいわば約束で、観念的存在です。この約束と、事実としての物、サービスの総量は、現在どんどん乖離が進んでいます。いずれ破たんすると考えます。マイナス金利のお金だけの社会でも、物、サービスの総量と、お金の総額の乖離があれば、やはり最終的には破綻するのではと考えます。だから物、サービスの総量とお金の増額は一致していなければならないと考えます。

 古代エジプトはマイナス金利社会だそうで、古代エジプトの歴史を研究している人に聞けばイメージがつかめるかもしれませんね。ちなみに、江戸時代の日本も部分的にマイナス金利社会なので、ある程度は近いものがあるのではと考えています。もし、江戸時代が完全マイナス金利社会だったとすれば、豪商が発生せず、徳政令を出さずに済んだ社会になっていたのでは?と考えています。

視点を変えてみる必要性。
でなしNo.146
>日本が独自で発達させた森林管理法は、樹木を数十年かけて成長する作物とみなす概念を発達させましたが、この延長として数十年以上先まで考える経済政策を、少なくとも幕府、大名、森林所有者に共有させたのではないでしょうか。


私はこの部分に、非常に共感いたしました。
現代人は、寿命が延びたくせに長期的視野は失ってしまったように感じております。
個人的には、後の世代のことを考えて社会を良くしたいと常々思っています。

たとえば、「新年の目標をたてる」という概念はかなり一般的ですが、「10年後までにどうすればいいのか?」とか、「20年後にはどうするべきか?」といった視点を持っている人は多くはありません。


現代人は原発に代表されるような、驚くほど短期の視点しか持っておらず、そのせいでいろんなものに振り回されているような気もしています。
(原発の使用後燃料の処理や廃炉の管理について話をすると、むしろだから止められないんだとか言う輩がいる始末です。今だけよければいいんですね^^;)


また、江戸時代においては日本国内での資源の枯渇の問題でしたが、現代においては地球規模での資源の枯渇が問題になってきています。
日本国内に関わらず地球規模でものを考えて、案を提示できるような視点も必要になります。

ただ、地球規模と言っても、現在の主権国家体制で言えば各国が適切な対応を取れれば結果として地球規模で問題解決に向かうのかもしれません。
それこそ、幕府、大名、森林所有者の世界バージョンと言った感じですかね。

ただ、そこには「利害関係」などもあるでしょうし、この部分をうまく解決して足並みをそろえることが重要になると思います。

Re:長期的視野
guyver1092
 実は日本という国家は、国家戦略がないそうです。これは日本の国家が、短期的利益を追求していればよい企業に完全に支配され、企業の短期的な視点から国家が運営されているからだと考えています。特に現代の企業の姿勢は、視界に入るものすべてを売り払い、自分の儲けにしようという強欲ぶりですので、そのひとつの現われが原発政策でしょう。
 まして地球規模となると、もう絶望的です。世界の国家を見ても、地球規模での環境破壊に対する対策も、二酸化炭素に矮小化され(二酸化炭素問題も本質からずれており、さらに真犯人は別にいると言うでたらめさ)、本当に削減するならまだしも、二酸化炭素排出権事業という金もうけにすり替わるばかばかしさです。
 地球の物理的制約、エントロピー、エネルギー産出比、エコロジカルフットプリント等の制限基礎におき、真に科学的な経済学を構築し、それに基づき政治を行わなければ、人類は、将来確実に地球規模で文明崩壊を起こすでしょう。

Re:Re:長期的視野
雑草Z
>日本の国家が、短期的利益を追求していればよい企業に完全に支配され、企業の短期的な視点から国家が運営されているから

guyver1092さんの御指摘通りだと思います。そして、国民の多くも短期的利益を追及している状態でしょう。選挙の投票も、短期的に経済的に自分の利益になる党を選択のメインに考えている人が多いように感じます。これが自由経済、資本主義の本質かもしれません。

>人類は、将来確実に地球規模で文明崩壊を起こすでしょう。

現状を見る限り回避は難しいでしょうね。



Re:資本主義
guyver1092
 プラス金利の社会を極限まで追求すると、金融資本主義になるのでしょうね。束ねられる力が過去の文明の何よりも大きく、結果、破壊力が強くなっていますね。人間の短期的利益追求も、ネット取引で買ってすぐ株を売るなどのデイトレードがどんどん増えているようですね。江戸時代の日本とは全く逆の思考方法ですね。
 望みがあるとすれば、環境を破壊しつくす前に、金融資本主義が自壊するぐらいですね。あまり期待できませんが。

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2012-10-05 00:12
 日本でエネルギー政策や経済、産業を論ずるときに必ずと言っていいほどに出てくる決まり文句が「日本は資源の乏しい国」と言う言葉です。この命題の為に、日本は、資源を輸入し続けなければならず、シーレーンの確保が大切だとか、エネルギー安全保障上、原発は必要だとかの(お門違いの)主張がまかり通っています。(原子力の「少ない燃料で多くのエネルギーを作りだす国産エネルギー」と言うプロパガンダは、ウラン採掘や製錬から始まるライフサイクルを無視した騙しです。原発の燃料のウランも輸入に頼っているので、「純国産エネルギー」にはなり得ません。核燃料サイクルのように、とっくに破たんしているたわごとです。)さらには、だから世界はグローバル化は必要不可欠だと言う議論にまで発展しています。

これは誰がいつ頃言いだした言葉なのでしょうか?
先ず、「日本が資源に乏しい国」と言われる場合、この「資源」とは、一般に埋蔵されている地下資源を指しています。第二次世界大戦に突入した1940年頃には既に鉄鉱石も石油も大部分を輸入していたのですから、それ以前から言われていた事は確実でしょうが、鎖国していた江戸時代には全て地下資源は自給していました。それどころか、かつては「資源の博物館」「鉱物の標本室」等と呼ばれるほど地下資源が豊富な国と言う認識をされていました。明治時代になっても石炭も十分にあり、輸入の必要はありませんでした。だから日本が「資源の乏しい国」と言われるようになったのは、日本が工業国と呼ばれるようになって、産業構造が転換され、石炭に代わって石油が使われるようになった頃からでしょうか?経済を成長させる為に、資源を輸入して工業製品を作る「加工貿易」を国策にしたあたりからでしょうか?工業優先政策の為に日本の農業は犠牲になり衰退して、食料自給率も低くなっていきます。コスト面から利用出来る地下資源が乏しくなった・・と言う事も事実でしょうが、これ以降、「資源の乏しい国日本」と言うフレーズは、工業優先の国策の正当化の為のスローガンのようになってきたのではないでしょうか?

ここで、日本は、本当に資源の乏しい国なのかと考えれば、石油や鉄鉱石やレアアースなど現在の工業の構造、規模で考えれば地下資源は不足していると言っているに過ぎません。
どんどん他国の資源を輸入した結果、そのような産業構造になってしまい、ますます他国の資源が必要になってきたのでしょう。
 しかし最近は、日本周辺の海底にメタンハイドレートやレアメタルなど、膨大な地下資源が眠っている事が分かって来ました。都市鉱山と言う家電製品などのゴミの中に金や銀、レアメタルなど莫大な資源があるとも言われています。無尽蔵に近い地熱エネルギーもあります。・・これらの理由から、今や日本は資源大国だと言う主張もされるようになりました。その主張には『理』がありますから、日本はもはや資源に乏しい国とは言えないでしょう。しかしここではそんなありふれた議論をする積りは毛頭ありません。
 地下資源が日本海に大量に埋蔵されていても、地下資源は掘り続けていればいつかは枯渇します。それ以上に地下資源を掘るときには環境の破壊が起こります。当然深い海底を掘削すれば、深刻な環境汚染が起こるでしょう。・・ならば都市鉱山をフル活用して、リサイクルを徹底すればよい・・となりましょうが、リサイクルにもエネルギーは必要ですし、リサイクルの過程で品質低下や資源の減少も起こるでしょう。(100%リサイクルは不可能です。)
都市鉱山や海洋資源などを考えなくても、雨の多い日本は、植物も多く、再生可能な資源も多いのです。だから江戸時代はそれなりに豊かな暮らしが出来ました。・・現在のほうが豊かだとは思えません。・明治維新以降、工業化を押し進めて、経済の為にエネルギーをはじめとする資源の消費を増やし「加工貿易」を確立し、右肩上がりの経済成長を保とうとして来たからこそ、「資源の乏しい日本」と言うキャッチフレーズが必要だったのではないでしょうか?
しかし、「資源が乏しいから加工貿易」と言う発想はかなり短絡的過ぎましょう。仮に資源が乏しいのなら、「如何に資源を使わずに豊かになれるか」を考えればいいのです。それが本当の人間の英知と言うものでしょう。否、資源があろうが無かろうが、物やエネルギーを沢山消費しなければ豊かになれない・・・という発想そのものが貧し過ぎます。物は 生物学的に必要な量+α 消費される訳ですが、その+αの部分を異常に膨らませ過ぎました。その浪費の為に、よその国から資源を持ってくると言う発想こそ危険です。植民地主義の流れを汲んでいるとも言えましょう。「新興国」なんて言葉が生まれた現在、殆どの国が資源を全て自給自足しようとは考えず、多くを他国から取ろうとしています。資源の奪い合いこそが最もシビアな国際問題、戦争の主因です。
 「資源の乏しい日本」と言うキャッチフレーズから、そんな資源の略奪を連想するのは私だけではないでしょう。その意味でもこのキャッチフレーズは、浪費型経済成長主義の典型的な刷り込みに他ならないでしょう。
真のエネルギー問題】にも描いたように、本当のエネルギー問題は、膨らみ過ぎたエネルギーの消費(浪費)です。真の解決法は、代替エネルギーの開発よりも、エネルギーを使わない社会にシフトしていく事です。エネルギー資源に限らず、一般に資源は自給自足を原則にすべきでしょう。足りない資源はよその国から持ってくるのではなく、使わないか、自国で賄える資源で代用する事を考えるべきです。「使わない」と言う選択こそ賢いと言えましょう。
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【2012/10/05 00:12】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

文明の形
guyver1092
 拡大再生産文明を真の文明と定義すれば、確かに日本は資源小国でしょうが・・・ この形の文明は、偽物の文明です。これを真の文明と主張する者は、バイオスフィア水槽を使い、この水槽を壊さず、ミジンコの数を無限に増やせることを証明しなければなりません。ミジンコにも体積はあります。水槽も当然あります。算数が出来る人間なら、このような馬鹿な主張はしないはずですが。
 真の文明は、更新世資源を更新世資源として使いながら(現在のように消耗品として扱わずに)永続できる文明でしょうね。

危ない橋
みしぇぽん
雑草さんのご指摘どおり、無理に無理をかさねて過度な化石燃料に依存して抜き差しならなくなった社会は、やみくもに成長経済で打開しようと迷走し、資源の獲得で紛争・内乱・戦争を誘発していきます。誤解を恐れずに言えばふかしすぎたエンジンを冷やそうと気がついてもすでに社会システムは自由と民主主義の強固な土台に築かれた砦に政治は身動きできないどころか、改革をとりつくろうとフクシマ後に見られるようにウソの上塗りで自らが自らを取り繕ってゆくのです。
とくに戦争など環境破壊の最たるもので、エコエコなどとうかれている間にすべてのケンゼンなシステムは破壊されてゆくでしょう。そして、その紛争なり戦争の遠因の加担者は、武器商人や利権家だけではなく、便利さを享受して後もどりできなくなっている地球市民なのです。

追記
近隣国とのマサツを演出しているのは、原子力ムラの連中でしょう。フクシマでケチョンケチョンにばかにされてしまった彼らのしぶとい反撃が開始されているのです。仮想敵国との擬似戦争を演出して、脱原発勢力の追撃を粉砕しようと画策しているのです。恐ろしいことです。

Re:文明の形
雑草Z
> 拡大再生産文明

なんてものがまかり通るだけで、現代文明は十分に病んでいますね。

>これを真の文明と主張する者は、バイオスフィア水槽を使い、この水槽を壊さず、ミジンコの数を無限に増やせることを証明しなければなりません。

「暴走する文明」に書いてありましたが、地球上に人口はいくらでも住める・・・なんて主張した輩もいましたね。そんな事を平気で言う学者がいて、それを支持する人々がいて・・・本当に現代人の多くはどこかねじが外れています。

>更新世資源を更新世資源として使いながら(現在のように消耗品として扱わずに)永続できる文明

その為には、やはり経済縮小が必要ですね。現在でも過剰レベルの経済規模です。経済を最優先する事は危険過ぎますね。文明の存亡をかけてまで経済を優先する現代社会は、狂気の沙汰です。

Re:危ない橋
雑草Z
    みしぇぽんさん

またコメント有難う御座います。

>誤解を恐れずに言えば

誤解どころか、本質を突いた素晴らしい比喩です。

>ふかしすぎたエンジンを冷やそうと気がついてもすでに社会システムは自由と民主主義の強固な土台に築かれた砦に政治は身動きできないどころか、改革をとりつくろうとフクシマ後に見られるようにウソの上塗りで自らが自らを取り繕ってゆくのです。

全くこの比喩の通りだと思います。お見事な比喩です。

>近隣国とのマサツを演出しているのは、原子力ムラの連中でしょう。フクシマでケチョンケチョンにばかにされてしまった彼らのしぶとい反撃が開始されているのです。

>仮想敵国との擬似戦争を演出して、脱原発勢力の追撃を粉砕しようと画策しているのです。恐ろしいことです。

なるほど、鋭い御指摘です。それなら問題の発端が石原東京都知事から・・と言うのも繋がりますね。日本には原発があちこちにあるので、核爆弾を持たずとも、核攻撃の危機にさらされています。それも、原発よりも何倍もの威力があります。今更核弾頭など役に立たないでしょうし・・。

エリートの喪失感
みしぇぽん
私が言う原子力ムラというのは東電・原発産業・官僚・政治家を取り巻く連中のみではなく、原発を暗に推進してきた大学、マスコミ、大半の国民のことです。
その原子力ムラを大雑把に現代の知的エリートということにします。今回の原発大事故でその知的エリート層の精神的喪失感は大変なものなのです。
そのよたよたした精神的不安は社会の到る所に、いろんな軋轢となって混乱を引き起こしているのです。
彼らは、その劣勢をなんとしても挽回しなくてはならないのです。その体現が、ナショナリズムを刺激して自己を建て直し、また、一気に脱原発運動をも粉砕しようとしているのです。
雑草さんのように長年反原発の論陣を張ってきた方には信じられないかもしれませんが、日本の半分が知的エリート層として戸惑っているのです。そこにつけこんでいるのが、対外敵をつくって、精神浄化を図ろうとしているのです。非常に危ない状況なのです。
もちろん、私は、もともと知的エリートではないし、国民の後の半分の脱原発に立っております。

Re:エリートの喪失感
雑草Z
    みしぇぽんさん

 当方が guyver1092 さんと みしぇぽんさんにした先の2つのお返事(10月8日付)は、ちょっとずれていましたね。すみません。

>原発を暗に推進してきた大学、マスコミ、大半の国民のことです。

ここまで「原子力ムラ」に含めますか!?・・・責任の所在が曖昧になりそうです・だから事故以来今まで誰一人として罰せられていないと言えますね。確かに彼らも原子力ムラの周辺住人と言えそうです。

>その原子力ムラを大雑把に現代の知的エリートということにします。

これは、皮肉でしょうか?・・ただ長いものに巻かれていた理性の無い人々とも言えそうですが・・。彼等を「現代の知的エリートとするのなら、人類はかなりの愚か者ですね。

>日本の半分が知的エリート層として戸惑っているのです。

そう言われても、確かに私は信じられません。・・そんな馬鹿な・・・と言いたいところですが、このみしぇぽんさんのコメントを読むと、妙に説得力があり「さも有りなん・・」と思えてしまう部分もあります。みしぇぽんさんのほうが、人間に対する洞察が深いのかも知れません。

みしぇぽん さんのこのコメントは何度も読み返して解釈を試みましたが、みしぇぽんさんのおっしゃるところの
>知的エリート

とは、似非知的階級を皮肉った表現と考えていいかそうでないかの判断がつきません。

この辺り、guyver1092さんの見解もお聞きしたいところです。

みしぇぽんさんのコメントには、いつも考えさせられます。

 

訂正します
みしぇぽん
知的エリート層、のくくりは、間違っているし、はしょりすぎました。当方、自称詩人で論理的なものいいが不得手なのです。知的大衆、とでもいったらいいいかもですが、ちょっとすっくりきません。3.11後のこのクニをおおっている精神風土(病み)にはまた、べつの角度からなされるものでしょう。また、ときどき寄らせていただきます。

Re:訂正します
雑草Z
 知的エリート層、のくくりは、確かに説明ははしょり過ぎだったかも知れませんが、みしぇぽんさんには一定の想定があったのだと思います。その表現も「あり」かと思いました。

>当方、自称詩人で論理的なものいいが不得手

私は、みしぇぽんさんは、理系の方かと感じていました。直観による洞察は鋭く、ユニークで、書き込みは興味深く、参考になっています。もっと色々コミュニケーションしたいと感じております。


××××   ××××   ××××    ××××

みしぇぽんさんからここのサイトに最初に頂いたコメントは、
記事【エネルギーの枯渇以前に起こるべく問題】に頂いた、

>過剰な自動車は原発に匹敵する危機ではないでしょうか。

と言うものでした。かなり共感出来るインパクトのあるコメントでした。そこで、2回目のコメントのお返事にさらにお返事頂けなかったのが残念でしたが、再度、いい方を変えてお聞き致します。
 みしぇぽんさんも、経済成長主義が諸悪の根源だとお考えではないでしょうか?・・即ち、私やguyver1092さんなどと同様に、脱(経済)成長主義者ではありませんか?

お返事頂ける事を期待しています。



もちろん脱成長です
みしぇぽん
「いまが一番いい時かもしれません」

これは、槌田敦先生からちょっとした立ち話でお聞かせいただいた言葉です。
当方、あつかましくも文系くずれ(とくに3.11後の状況は、文系か理系か言っていられない)でも槌田敦さんを勉強しており一度だけ少しお会いしました。

さて、もちろん脱成長すべきです。
これから社会にはエネルギー制約が色んなかたちでどんどんやってくるだろうし、縮小経済を意図していけば破滅的な崩壊を緩和していける唯一の方法となるでしょう。
またはしょりますが、それが簡単ではないというのが私の結論です(脱原発はただちに政策決定すべきです)。
たぶん、社会はそのつどの内部崩壊を改革といって取り繕っていくぐらいしかできないでしょう。それは、経済恐慌や内紛、内乱、戦争などを結果していくでしょう。
雑草さんのしたたかな論調は、そういう社会に確実に警鐘をならしつづけております。敬意を表します。
感覚でしか、語れません。お許しを。

追記
はっきり言ってはいけないのですが、もったいない学会の主宰者は、どうも石油業界の利権代弁の深謀遠慮のような感じがしています。それも感覚ですので、間違っているかもしれません。

また、以下の本を最近読んで参考になりました。温暖化説の下りは捨象しても、今後人類が遭遇するだろう危機に対して諦めない技術者の熱意を感じました。
岩波新書新赤版 
『適正技術と代替社会』  ―― インドネシアでの実践から ―田中直著


Re:もちろん脱成長です
雑草Z
    みしぇぽんさん

 期待していたお答えを戴き、嬉しく思います。
ここのサイトの大きな柱は脱成長です。

>社会にはエネルギー制約が色んなかたちでどんどんやってくるだろうし

私は、エネルギー制約より先に廃棄物の制約、環境負荷の制約のほうがやって来ると考えています。エネルギー枯渇が近づくまで経済を成長させたら取り返しがつかなくなるでしょう。(・・既に取り返しがつかない状態ですが・・)

>はしょりますが、それが簡単ではないというのが私の結論です

みしぇぽんさんは、これからも是非、直感を大切にされてはしょって論じて下さい。もしもご説明願いたいときには、その旨書きます。
さて、私もそれは簡単でないと思います。・・はっきり言ってソフトランディングは無理だと考えています。ハードランディングの衝撃をどれだけ抑えられるかだと考えています。
この事に関して、以前(原発震災前)記事を書いていますので、宜しければそこにみしぇぽんさんの見解をコメント頂ければ幸いです。
【降り方を考える】2010-08-13
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-521.html


>社会はそのつどの内部崩壊を改革といって取り繕っていくぐらいしかできないでしょう。

「内部崩壊を『改革』と言って取り繕う」ですか!・・・なるほど、鋭い御指摘です。既に世界中でその兆候が現れていますね。

>それは、経済恐慌や内紛、内乱、戦争などを結果していくでしょう。

これも、もう世界中で兆候が出ていますね。そして、もっともっと深刻な状況になっていくでしょうね。1930年代の世界大恐慌なんて生易しいものではないでしょう。・・・現在は、環境負荷の大きさ、深刻さが桁違いです。リーマンショックなどは、ほんの兆候に過ぎないでしょうね。

>感覚でしか、語れません。

私は、一応理系ですが、感覚で語る方が好きです。理詰めで説明するのは面倒ですし、経済成長が、危険な事で、文明崩壊に繋がると言う事を、理詰めで証明しなければ納得しないような輩(・・「馬鹿」と言いたいところですが・・)と議論するのは脱力です。その意味でもみしぇぽんさんが感覚で論じて下さる事は歓迎です。(・・決して誰でも「感覚」で論じてくる事を歓迎するものでは御座いません。)

>もったいない学会の主宰者は、どうも石油業界の利権代弁のような感じがしています。

御見解、有難う御座います。もったいない学会 に関しては今までは肯定的に捉えておりました。理事会メンバーに東電の社員も名を連ねているので胡散臭い部分はありますね・・・ただ、よく知りませんので、自分の見解は出せません。アドバイスとして心しておきます。

ついでですが、「もったいない学会」といつも混同するのが、「使い捨て時代を考える会」なのですが、こちらは槌田敦さんの弟の劭さんが主宰しています。まともな素晴らしい会だと考えています。


>今後人類が遭遇するだろう危機に対して諦めない技術者の熱意

それは魅かれるものがありますね。

>『適正技術と代替社会』  ―― インドネシアでの実践から ―田中直著

は、是非読んでみたいと思います。ご紹介感謝致します。

これからも宜しくお願い致します。

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2010-12-29 00:00
 本年の締めくくりとして、現代社会の狂気についてまとめさせて戴きます。
 世界征服を企むマッド・サイエンティストなり狂信的な政治家、独裁者の小説や映画というのがあります。その小説や映画を鑑賞する人は、普通その内容を荒唐無稽な内容として、あくまでフィクションとして捉える事でしょう。(絶対に起こりえないと)可能性としては否定出来ないまでも、あくまでフィクションの世界と捉えていることでしょう。

 現代から見れば、昔は狂気の沙汰と思われるようなことが色々あったようにも見えます。古代ローマのコロシアム、人柱や生け贄、大航海時代の西洋人の数々の横暴、残虐行為・・・・。それらに比べると現在はそこまで酷い狂気の沙汰はない・・・と思っている人が結構いるかも知れません。・・・しかし、現実的には、現在も狂気の沙汰があちこちに存在します。大虐殺もついこの間まで行われていました。人類史上最悪の戦争である第二次世界大戦だって大昔の出来事ではなく20世紀の出来事です。ファシズム、ホロコースト・・・そう、第一次、第二次世界大戦をはじめとして、20世紀にも多くの狂気の沙汰が行われました。第二次世界大戦後だけでも枚挙に暇がありません。ベトナム戦争、天安門事件、ルワンダ大虐殺・・・そして、チェルノブイリ原発事故・・。20世紀ほど高密度に狂気の沙汰が行われた世紀ってそれより過去に見当たりません。・・それは単に私の歴史の知識不足でしょうか・・・?・・・もしかしたら21世紀が更に酷い狂気の沙汰が行われている世紀かも知れません。
21世紀に入ってからも多くの狂気の沙汰が行われてきました。9.11の同時多発テロ事件やそれに端を発するアメリカのアフガン侵攻やイラク戦争・・、メキシコ湾原油流出事故(・・これは災害と言っても人災的側面が大いにあります。)・本当に酷い狂気の沙汰です。これからも世界大戦や大虐殺でさえ起こりそうな危うさを孕んでいます。それらの事件や事故を防ぐ対策も色々論じられていますが、それらは対症療法的なものばかりです。事件や事故が起こらなくても、社会の構造自体に狂気の沙汰を含んでいるのです。資本家に都合のいいように作られた市場原理主義やグローバリズム・・現在の矛盾だらけの資本主義社会とそれを正当化する為の数々の穴だらけの理論体系、そしてそれを受け入れる多数派の人々・・・正に狂気の沙汰と言えるでしょう。これを現代人の多くは進歩と呼んでいるようですが、進歩と言うよりも破局への大行進と呼ぶ方がふさわしいかも知れません。

現代社会の中でも社会的に認められて罪の意識もなく行われている狂気の沙汰が存在します。・・これが一番始末に悪いでしょう。

開発と言う名の環境破壊も狂気の沙汰です。20世紀以降行われた巨大開発は、殆ど全てが利権目的で行われており、それによって地域住民の大多数が幸福になった例など皆無に等しいでしょう。
「エコ」と言う名の逆効果なども枚挙に暇が御座いません。その代表が、原発であり、エコ替え、エコポイント・・・グリーンニューディール政策でしょう。新種の利権開発です。

それもこれも現代人の大多数が経済の奴隷になっているからと言えましょう。現代ほど、経済が優先されている時代は過去にはなかったでしょう。財界人や資本家はもとより、政治家やマスコミに煽られて一般庶民の猫も杓子も経済成長、経済成長と唱える様は正に狂気の沙汰と言えましょう。社会構造の中心に経済が居座るようになって経済に支配されるようになってしまった現代社会の構造そのものが狂気の沙汰と言えるのではないでしょうか?

早くパラダイム・シフト・・大転換すべきでしょう。
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【2010/12/29 00:00】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

今年もお世話になりました♪
ぴのこ
年の瀬も押し迫ってきました。
本年もありがとうございました♪
今年は、なんでや劇場にもお越しいただき、より近く感じられとても充足いただきました。ありがとうございました。

現在、自然の摂理ブログでは、年末年始シリーズが今日から始まっています♪
テーマは、代償充足から本源充足へ~『社会期待の歴史』~です。
ぜひお立ち寄り下さい☆

また来年もよろしくお願いします。
つながりの深い一年にできたら・・と思っています☆+゜

Re:今年もお世話になりました♪
雑草Z
    ぴのこさん

 初のコメントですね。有難う御座います。ぴのこさんも、<自然の摂理から環境を考える>のメンバーでしょうか?ご無沙汰しておりましたが、今覗いてみると、12月も興味深いタイトルの記事が並んでいました。また改めて読ませて戴きます。先日東京会場に参加させて戴いたときにお遭いした方でしたか?

 現代の狂気の沙汰、経済成長路線の社会にあって、類ネットワークの存在は、一縷の希望かと思います。このようなネットワークの存在を非常に嬉しく思っています。
 だから来年もまた参加したいとも考えています。しかし、正直言わせて戴きますが、人類の昔からの歩みの講義などが冗長過ぎました。ちょっとワンウエイ的な学習会の講義形式は飽きました。意見の交換はやぶさかではありませんので、参加する場合は当方も発言させて戴きます。(・・前回もそうさせて戴きましたが・・)

 さて、失礼ながらぴのこさんのコメントは、最初一瞬スパムコメントかなと思いました。何故なら、記事の内容に触れていないからです。ここの記事は、類ネットワーク、<自然の摂理から環境を考える>で取り上げているテーマと共通する部分もあると思いますので、記事の内容に関するコメントも書きやすいのではないかと思います。今からでもコメント書いて下さいな。・・期待してます。他のメンバー・・かっし~さんやy.suzuki さん達はしっかりコメントも書いて下さってましたよ。

 ・・と、若干色々クレームさせて戴きましたが、「なんでや劇場」の雰囲気も良かったし、参加メンバーも大変気に入りましたので、機会があればまた厚かましくも参加させて戴きたいと思います。そのときは宜しくお願い致します。

 類ネットは、日本に本当の意味でのサステナビリティ革命を起こす一翼を担う存在であると考えて期待しております。深い進展を期待しております。


2011年
上々
年明けのテレビでは今年は良い年になりますようにという祈りばかりですが、どうもそうはなりそうもないですね。
世界のどこかで景気が回復すればすぐに資源制約から価格高騰が始まりストップがかかるということの繰り返しでしょう。

閉塞感が高まればテロや戦争の脅威も増して行き、実際に事件が起こる可能性も高くなるでしょう。

人間の狂気を全開にしたような事件が続くかもしれないという予想をしておきます。

あけましておめでとうございます
guyver1092
 昨年最大の狂気の沙汰は、私はもんじゅの再起動と思います。これは信じられないほどの幸運により、放射能の漏れがない致命的事故が起きて世界は無事でしたが。(これで運を使いつくしてしまっていないか不安ですが)


 経済システム限定で考えれば、企業減税が決まったことでしょうか。企業に減税しても、景気は良くならないのは、バブル崩壊後、20年同じ政策をして失敗し続ければ、いい加減わかりそうなものですが。

Re:2011年
雑草Z
上々さん

 あけましておめでとうございます。年明け早々からのコメント感謝致します。私もワールドワイドな狂気の沙汰が起こらない事を祈るばかりです。

>世界のどこかで景気が回復すればすぐに資源制約から価格高騰が始まりストップがかかるということの繰り返しでしょう。

 年明け早々から相変わらずの鋭い洞察ですね。人類の科学技術の進歩(・・と言う名の破局への大行進、無軌道な暴挙)と経済、社会のグローバル化により、狂気の沙汰もグローバルになってきています。その意味でも現代の狂気の沙汰は、有史以来最悪の狂気の沙汰となり得るでしょうね。

>人間の狂気を全開にしたような事件が続くかもしれないという予想

予想が当たりそうで怖いですね。グローバルな狂気の沙汰にはあまり逃げ場がない事が恐ろしい点です。
早くこの狂気の社会構造から脱出する大転換が起こって欲しいものです。

 今年も上々さんの豊富な知識と判断による世界情勢の分析等、様々なコメントを期待しております。宜しくお願い致します。

Re:あけましておめでとうございます
雑草Z
    guyver1092さん

 新年早々からのコメント有難う御座います。狂気の沙汰をウイットを効かせたブラックジョークで書いて戴いたら、guyver1092 さんは読み応え満載の記事を書けるいでしょうね。

>昨年最大の狂気の沙汰は、私はもんじゅの再起動

おっしゃる通りですね。幸いにも(・・と言えるのかどうかはわかりませんが・・)このもんじゅで3.3トンの炉内中継装置を原子炉の中で落としてしまうとお粗末過ぎる事故があって、槌田敦さんの見解ではもう使い物にならないだろうと言う事です。槌田さんは、「ニセもんじゅ」(文殊菩薩を詐称する原子炉)が「お釈迦」になったと上手い事を言っています。これは、 HP <『環境問題』を考える> 
http://env01.cool.ne.jp/index02.htm
の 4.核開発に反対する会ニュース
にも載っています。 

実は、現代の【狂気の沙汰】と言うタイトルで最初に書いたのは原発の事でした。2010年の締めと言う事で、現代社会の狂気の沙汰全般について後で書いた方を載せましたが、原発のほうの記事もありますので、後日アップしたいと考えています。今までに書いた原発の狂気をまとめて書きましたのでそちらにもコメント戴ければ幸いです。(・・ただ、今年は、ポスト経済成長社会やその大転換などについて多く書きたいので、この記事のアップは少し先にしたいと思います。)

>企業に減税しても、景気は良くならないのは、バブル崩壊後、20年同じ政策をして失敗し続ければ、いい加減わかりそうなものですが。

民主党も自民党と同じく経済成長路線に疑問を持っていませんから(・・鳩山前首相は、「成長の限界」を読んで感銘を受けて、自らその内容を受けた著書も出している筈でしたが・・・)、話になりませんね。色々新戦略を提案しても、経済成長を唱える時点でその政党は終わっていますね。「旧態依然」と言う言葉は成長フェティシズムの人々に使う言葉にしたいものです。2010年の年明けの記事【兆し】に書いたように、脱成長路線を掲げる団体が台頭してくるでしょう。その事も新年の記事に致しますね。

 今年も経済成長主義などの愚を論じていきますが、そればかりではなく、脱成長の方策とその後の路線について色々考えていきたいですね。guyver1092さんの得意とされる大転換の発想です。宜しくお願い致します。 

あけましておめでとうございます。
Power
雑草Zさん


21世紀の狂気の沙汰はズバリ「核兵器」でしょう。北朝鮮やイランが核開発しているとされ、常任理事国は「核開発を止めるべきた!」などと騒いでいますが、完全に狂気の沙汰です。


世界最先端の技術が集まるのが軍需産業のため、経済膨張で世界をリードしたい常任理事国は他国が核兵器を持つのを嫌がります。他国は核開発の理由を「抑止力のため」と説明しますが、実際は経済膨張をするためです。


今や発展途上国でさえ、経済膨張のために核開発をしたいと考える政治家が出て来ているのです。全世界が核開発をすれば、他国からの抑止力にはなるでしょうがさらなる経済膨張 を引き起こし、技術革新による所得格差が凄まじいスピードで拡大し続け、どの国も内戦状態となって滅ぶでしょう。


核兵器を持つ、常任理事国+インド+パキスタンは「抑止力のため」と言わずに、正直に「経済膨張のため」と言うべきでしょう。もうそこまでしないと、経済膨張し続ける流れは止まらないのです。

Re:あけましておめでとうございます。
雑草Z
    Powerさん

 早々のコメント有難う御座います。直球のコメントですね。

>21世紀の狂気の沙汰はズバリ「核兵器」

21世紀か20世紀かは決めかねますが(・・20世紀で留まって欲しいところです。)核兵器は現代の狂気の沙汰の代表でしょうね。世界の人々に「現代の狂気の沙汰は何か?」と言うアンケートをとったら、かなり沢山の人が選ぶでしょうね。最大多数かも知れません。この記事を書くにあたって核兵器は余りにストレイト過ぎて頭から抜けていました・・・勿論第二次世界大戦と言う範疇には含まれていましたが・・。
 日本に落とされた2つの原爆は、真に狂気の沙汰ですね。もう日本の敗戦は決まったも同然の時期でしたから、終戦を早めると言う意味はあっても戦争に勝つ目的で使われたとは言えません。日本に落としたのは人種差別もあったかもしれませんし、ウランとプルトニウムの核分裂爆弾の多義にわたる比較実験と言う意味もあっただろうし、終戦後のアメリカの覇権を強化すると言う意味もあったでしょう。その為にあれだけ悲惨な犠牲を払ったとすればまさに狂気の沙汰です。

 さて、
>世界最先端の技術が集まるのが軍需産業
と言うのはおっしゃる通りだろうし、核開発の結果、経済膨張もするというのもその通りだと思いますが、核を持ちたい直接の理由は、やはり軍事的圧倒的有利さでしょう。現在のの最強兵器と言えるでしょうから。経済成長はその後について来るものでしょう。

 それに比べて原発は偽善性がずっと強いと言えましょう。「核の平和利用」と言う詭弁で押し切っているのですから・・。そして、地球温暖化防止の名目で、また勢いを取り戻し、どんどん作られようとしているのですから始末に負えません。・・しかし、原発も核兵器も基本は同じウラン(やプルトニウム)の核分裂ですから(核融合の核兵器、水爆はありますが、核融合発電が実用化されたらそれこそ狂気の沙汰の極みでしょう。)核兵器と核発電をまとめて、「人類が原子核をいじって変えると言う事」が狂気の沙汰とまとめさせて戴きましょう。

 原発の狂気の沙汰に関しては今まで何度も記事にしていますが、また改めてアップさせて戴きます。宜しくお願いします。
 
 

21世紀だぞ!
BEM
雑草Zさん あけましておめでとうございます(^^
20世紀末には「恐怖の大王が〜」なんて話しを信じてはいませんでしたが、それでも何かしら大転換なんかをちょっとだけ期待しましたが、戦争、内戦のようなものも民族間の争いも武器の削減も環境破壊もさっぱり改善されてない気がします。

それも根底にあるのは先進国の経済優先の社会があるのかもしれないなって感じます。
原発に関しては今後中国、インドなどが増産される恐れもありますが、なぜ放射性廃棄物の処理が確率されていないのに突き進むのでしょう。
まさに狂気の沙汰ですね。

日産はこれから電気自動車に力を入れていきますが、それによって電気需要が高まり原発推進に拍車がかからないかと気がかりです。

今年もよろしくお願いします。

狂気の沙汰2(先進国では日本限定)
Power
雑草Zさん


仰る通り、核兵器よりも原発の方が偽善性が強いですね。
「平和利用」を掲げて本質を隠すという。
最も、核兵器も「100%、軍事的優位性を持ち抑止力
のための所有」などと言ったら原発ほどではないにしろ偽善では
ありますが。


さて、追加で狂気の沙汰2があります。
タイトルにもあるように「先進国では日本限定」の狂気の沙汰
・・・それは、「あらゆる無駄だらけ」です。

欧米先進国からみれば、理解しがたい無駄が日本には多数あります。

電車が遅れた際の遅延証明書の発行がそうです。
遅延証明書をもらうために、改札で列を作って並ぶという無駄。
並ぶ時間があるなら、携帯電話で勤務先に「電車遅延のため、
遅刻になります」と連絡すればいいのにと思ってしまいますね。

「紙の遅延証明書を提出しないと勤務先が信用しないから」
などの理由もあるかと思いますが、それでも、今ではweb上で
遅延証明書の発行もできるのだからわざわざ紙の遅延証明書
をもらうために改札に列を作って並ぶ必要がないのです。

最も、携帯電話で勤務先に連絡するのが一番効率がいいのですが。

・・・こういった無駄が日本には多いです。
これも、狂気の沙汰ですね。
駅員の仕事(遅延証明書を渡す)や印刷屋の仕事(遅延証明書
の印刷)やIT企業の仕事(遅延証明書のweb作成)などを
作り出して、無駄に経済成長させているようにしか思えません。

欧米先進国よりもたちが悪いです。

欧米先進国にはない日本独自のこういった無駄をなくしたら
GDPが半分どころか3/1を切ってしまうんじゃないかと
思うくらいです。

以上、狂気の沙汰2(先進国では日本限定)でした。
欧米先進国より日本の方が実際はヤバいのかもしれませんね。

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2010-09-23 00:02
科学が発達した社会に暮らしていると自負している現代人は、往々にして昔の人の無知さ加減を上から目線で評価します。そして自らは客観的に評価している積もりです。
「科学の発達していなかった昔は、迷信を信じていた」、「天動説を信じていた」、「熱素説を信じていた」、「病気になっても非科学的なお祓いで直そうとした・・」(・・お祓いなどは現在でも広く残っていますが・・)などと言って昔の人の無知を鼻で笑います。・・・・
曰く、「昔は野蛮で無知であった・・・・。非科学的な迷信を鵜呑みにしていた・・・」

 しかし、かく言う現代人の多くが、昔の人よりも賢いと言えるでしょうか?大抵の現代人は、少なくとも知識に関しては、昔の人よりも豊富なものを持っていると思っているでしょう。現代は情報化社会で沢山の情報を手に入れている訳ですから。しかしその知識が、昔よりもまともな理性的な知識と言えるかと言えば、そうでもありません。現代人の大半も、何の根拠も裏付けもない事を漠然と信じています。絶え間なく垂れ流される情報の中で「権威」が発表した不合理な事を、「常識」として捉えている人間が何と多いことでしょう。現代人が、昔の封建制度なり迷信を愚かな思想と笑う事は出来ません。現代人の多くがより始末の悪い事を盲信しているからです。

 一例を挙げます。
 電力会社関係者、原発従事者に限らず一般の人々の中にも原発が現代の科学技術の結晶、最高の発電方法だ・・・なんて思い込んでいる人間が沢山いるのではないでしょうか。だから原発が見切り発車されてしまったし、いまだに廃止されません。原発についてのしっかりした知識があれば、科学技術が生み出した最悪の負の遺産、失敗例の典型であることには直ぐに気付いて然るべきでしょう。二酸化炭素排出を減らすために原発を推進するという事は世紀の愚策です。・・・それはあたかも銃刀兵器を削減する為に核兵器を作るようなものです。主客転倒の論理です。

 バベルの塔は架空の建物とされていますが、仮にそれが本当に存在していたとして、実現不可能な天まで届くバベルの塔をどんどん高く作り続けようとした古代メソポタミア人の姿は、現代人には愚かに映るでしょう。しかしそれでも経済成長を続けようと躍起になっている現代人よりは遥かにまともに感じるのは私だけでしょうか?バベルの塔を限界以上に高く積み上げて崩壊したとしても、被害を受けるのは塔が崩れた周辺地域だけです。それに対し、グローバルな経済成長路線は、地球全体の資源が枯渇に向かいますし、環境もグローバルに破壊されてしまいます。挙げ句に限度を超えて無理に続けようとして崩壊すれば、世界中が巻き込まれて、大打撃を被るでしょう。世界中の政治家から経済学者、・・大多数の一般人までが「経済成長、経済成長」と唱えるさまは、カルト宗教の信者達よりも異様な光景にも感じますが、それが現代の日常です。集団で洗脳されていると言えるのではないでしょうか?経済成長志向によって世界は崩壊に向かって加速しているのに、更なる経済成長を望んでいるのです・・。
永遠に成長を続けられるものなんて無いのに、ゴールのない「経済成長論」を信じている時点で、現代人は愚の極みではないでしょうか。
  現代の経済成長路線は人類の愚行だったと評される時代が来るでしょう。これだけ科学技術が発達して、沢山の知識が集積されているにも関らず、経済成長主義に支配されている社会は、史上最悪の時代と言えるかも知れません。
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【2010/09/23 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

たしかに
上々
どこかにそういったことを言う人が居そうですが、実際は現代人が科学的・合理的思考ができているなどと言うのは妄想に過ぎません。
新たな迷信に過ぎない疑似科学に簡単に取り込まれているように見えます。
文明の利器?というのも使うことだけは長けていても原理も何も分かりません。

人間が知識の発展を成し遂げられたのは先人の成果を簡単に学ぶ方法を見つけ、利用できたからです。成果とは失敗も成功も含めた努力の結果と言うことです。
それがあるので一から始めなくて良くなり、その積み重ねで結果的に長足の進歩が遂げられたのであり、先人の失敗を笑うものは何も付け足すことができない者です。

それにしても先人の失敗例というのはこれほど多くあるのになぜ同じ失敗をしてしまうのか。

社会全体で貯めた知識
guyver1092
 科学技術の発展により、過去の社会とは比べ物にならない知識を貯めたのは間違いないでしょうが、知識を活用する情報処理能力は低下していると考えます。文明崩壊の原因を突き止めているにもかかわらず、現在の自分たちの経済活動が文明崩壊を促進していることを認められないのですから。

知識の集積
上々
自然科学分野での知識の集積は一部おかしなものはあるにしてもかなりストレートなのに対し、人文社会科学分野ではそれが正(成功)なのか負(失敗)なのかも明らかではなく、どのように活かすかも曖昧なものが多いからではないでしょうか。
まあ正にも負にもなり得る物ばかりなのかもしれませんが。

ただし、科学技術も使うのは人間であるということから、その使い方の良し悪しも曖昧であると、暴走に向かうということも間違いないところで、人間本来の性質と言えるのかもしれません。

現代人の脆弱性
雑草Z
 人間も生まれた場所、時代の環境に大きく支配されるのは当然の事でしょう。生まれた時から人工的な環境に住んでいる人々は、それが自然な姿だと勘違いし、科学の進歩と共に経済成長もずっと続くと漠然と思い込んでいるのでしょう。

>実際は現代人が科学的・合理的思考ができているなどと言うのは妄想に過ぎません。
>新たな迷信に過ぎない疑似科学に簡単に取り込まれている

その通りですね。マスコミ等のプロパガンダに簡単に取り込まれていますね。時代が作り出した薄っぺらな価値観に踊らされています。

>現在の自分たちの経済活動が文明崩壊を促進していることを認められない

これが非常におかしな部分です。多くの過去にも学べるはずですし、理性でも十分にわかる部分でしょう。
「経済成長すること」が自明の理なのに
「限りない経済成長は不可能」が自明の理で無いところが現代の病理です。現代人が自然の摂理に沿った科学的・合理的思考が出来ているとは全く言えません。

>先人の失敗例というのはこれほど多くあるのになぜ同じ失敗をしてしまうのか。
>知識を活用する情報処理能力は低下している

原因は色々考えられますが、ここの部分の原因究明が重要ですね。
上々さん、 guyver1092 さんはどのようにお考えでしょうか?


y.suzuki
現代人の思考方法についてはおっしゃるようにかなり低下しているように感じます。かなり進行しているやばい状況です。ただし、自然をあいてにする産業のひとは、現実をありのままに捉えるという思考の立脚点があります。限定的ですがその局面ではまともな思考なのだと思います。最近、取沙汰されているプラス思考も、実は、この現実をありのままに捉えるということ自体がプラスの原点であると思います。

一方、市場社会は、相手を蹴落として競争することが前提なので、初めから否定視する思考となります。これが余計な猜疑心、憶測をめぐらすこととなり、正しい行動方針にいたらないのではないかと思います。この原因は、経済成長が絶対という価値観とさらにそれを推進するマスコミの洗脳です。結果、大半のひとが思考停止しているのではないでしょうか?

昨今の民主党代表選でのマスコミの論調や、検察などの官僚機関の迷走ぶりをみても、現実をみない彼らほどその洗脳にはまっている可能性もありそうですね。


Re:知識の集積
雑草Z
    上々さんの二つ目のコメントは
 
 私が上々さんの一つ目のコメントとguyver1092 さんのコメントにまとめて(内容が呼応してましたので・・)お返事差し上げている最中に頂き、お返事してませんが、私も感じていた興味深い題材ですので、改めてお返事致します。

 自然科学でさえ、おかしなものが結構ある事を痛感いたしておりますが、人文科学は穴だらけですね。最初の前提、公理からして曖昧で、そんな事を公理にしていいのか?・・というものだらけです。人文科学は「科学」と呼べないものが多いのではないでしょうか。

経済成長理論の公理は
「経済が成長すれば人類は幸せになる」・・でしょうか?
こんなものが公理ではお話になりません。最初の出発点から不合理な公理を信じるのは宗教の領域かも知れません。宗教のほうが理想論を追うだけまともなものが多いかも知れません。
 曰く「不合理故に我信ず・・。」  

思考の転換時期
雑草Z
    y.suzukiさん

 お久し振りのコメント有難う御座います。

>自然をあいてにする産業のひとは、現実をありのままに捉えるという思考の立脚点があります。限定的ですがその局面ではまともな思考

そうですね。昔からある職業の農林水産業などでしょうか。・・しかし一方そんな職業の方の中でも軽率な現代流の循環破壊のやり方をしている人も多々いますね。

>市場社会は、相手を蹴落として競争することが前提

この徹底した個人主義によって、世界各地で共有地の悲劇が沢山起こっていますね。それは危機的状況です。

>経済成長が絶対という価値観とさらにそれを推進するマスコミの洗脳です。結果、大半のひとが思考停止しているのではないでしょうか?

今、経済成長派と脱成長派が議論すれば、経済成長派が負けるのではないでしょうか?・・・経済成長理論は限定的なもので無ければ破局に向かうに決まっています。現在は、経済成長路線を突き進んできた結果、格差は広がり、みんなが幸せになれなかった世界の無残な姿を思い知った事でしょう。物資の浪費を抑える事が不幸だと言う経済成長論の本質的酷さを理解出来るでしょう。


歴史に残るものとは・・
団塊おやじの遺言
今の文明社会・・コンクリートや石油社会の有様・・
利権や経済成長の影が 色濃く成って来ましたね

この社会は 自然を無視した暴走ですね・・
企業の利益に 大勢の人たちが右向け 右です・・

京都や奈良に見る歴史は 一千年持つ木造等の歴史が・・
そこに先人たちの様々な工夫や技術が在るのにね・・

今の文明で千年持つ様なものが在るでしょうか??

人間の欲望が文明を滅ぼす世界に・・

ひとつの地球で生きる私たち 雑草さんの論理を理解する様
努力する人間がここにもいます・・この歳でも仕事が切れません
人が喜ぶ 付き合いこそ 永く続くのです・・  

Re:歴史に残るものとは・・
雑草Z
>企業の利益に 大勢の人たちが右向け 右・・

そうですね。騙されているのか、仕方なくやっているのか、社会の構造が大企業、資本家中心のいいように作られてしまった部分が大きいですね。

>今の文明で千年持つ様なものが在るでしょうか??

要らない原発の放射性廃棄物はかるく千年以上持ちますね。将来、愚かだったと言われるばかりでなく、そんな負の遺産を残した事を恨まれる事になるでしょう。いまだかつて、これほどの負の遺産を未来に残した時代は無いでしょう。

>人が喜ぶ 付き合いこそ 永く続く

そのような信頼関係を永く続けられればいいですね。

歴史に学ぶ
上々
最初に修正ですが、「科学技術」はある程度合理的な成否が分かっていると思いますが、「科学技術の使い方」は全く人間的なものであり、間違った方向を平気で選んでいる可能性が強いものです。
原子力発電で廃棄物処理はどうするかと言う疑問に対し、こういう手段が取れると言うのは合理的な科学判断です。しかし、それがどのような欠点があり、それが致命的かどうかを考えずに採用してしまうというのは人間的な判断です。

人間は個々も複数でも極めて複雑なものであり、それが集まった社会などと言うものは複雑極まりないものです。
歴史を顧みても個々の現場で当事者がどのような判断をし、その後どうなったかと言うことは興味あふれるもので、歴史小説というものはノンフィクションであっても十分に感動を与えるものではあります。
しかし、それが結果が良かったからと言って似たような場面で同様の手段を取っても良くなるとは限りません。
かえって歴史を良く知っていると似たような場面をいくつも思い起こしてしまい、的確な判断ができない場合も多いかと思います。

まあできるだけ人間の複雑さの要素を排し、自然科学的な確実な根拠だけで話をできるように持っていくのが間違いのない方法でしょう。

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2010-09-05 00:01
真空の宇宙空間での天体の動きのような、単純で理想状態の未来予測は、見事なくらい良く当たりますが、一般には未来予測なんて当たる筈が御座いません。複雑系カオスの地球上での現象の予測は非常に難しく、なかなか当たるものではないでしょう。しかしながら、現代社会は破局に 向かっていることは明らかです。そして、現在の環境対策は逆効果の愚かなものばかりですし、現代の人類社会が進んでいる方向は、経済成長、人口増加・・・と言うとんでもない方向です。これは明らかに持続可能な筈が御座いませんから、必ず破局は訪れるでしょう。現在のシステムが長く続く筈は御座いません。後世から見れば、一世紀前後の、打ち上げ花火のようなとんでもなくはかないお祭り騒ぎであったと思うのではないでしょうか?そして、地球の環境も資源も無駄に浪費して喰い荒して、とんでもない負の遺産を残した酷い時代だったと評価される事でしょう。・・・評価する人間がどの位残っているかはわかりませんが・・。
 今回はその破局がどのように訪れ、世界はどのような方向に進んでいくかをアバウトに展望してみます。当然、定量的なことはあてになりませんから、定性的なことを中心に描いてみます。

 先ず、残念ながら成長主義に冒された指導者の下、世界の環境はこれからもどんどん悪くなって行くでしょう。勘違いしていけないのは、現在の環境対策は、大局的に功を奏しているとは言えないと言う事です。大掛かりなものほど、環境対策としては逆効果で、ますます環境を悪化させています。その代表が二酸化炭素削減に的を絞った温暖化対策です。・・・この件に関しては今までに何度も言及していますし、また改めて書く予定ですので、今回は詳しい内容は書きませんが、兎も角、間違った愚かな環境対策によって、地球環境はこれからも暫くは悪化の一途を辿るでしょう。・・悲しい現実です。
 現代社会には自然の摂理に対する正当な感覚を持っている人が少なく、金融業を典型例に、社会のシステムも成長経済を元に動かすと言う愚行を続けてきたので、これを止めるのには大きな困難が伴うでしょう。しかし一方、理性で考えれば限りない成長を続けた結果の帰結は破局である事は明らかですので、この破局に突き進む洗脳「成長主義」を疑う人々も(指数関数的に)増えています。今はほんの一握りでも、いつか脱成長派が主流になるでしょう。(・・今世紀中にはなると考えています・・・)。そしてそこからが、やっとまともな環境対策、社会改革が始まり、持続可能な社会へ移行するのです。・・・しかし悲しいかな、その方向へ進むのが遅過ぎるでしょうから、その前に非常に大きな犠牲を払う事になりましょう。
 現代社会には、早急に解決しなければならない深刻な問題が放置されて山積しています。食料不足、ゴミ・廃棄物問題、生物の種の絶滅、森林の減少、大気・水質汚染・・・これらの問題が複合して人間社会をどっと襲ってきています。それらを原因として、戦争になる可能性も高いでしょう。

これらの問題を解決するには
〔人類の環境負荷の総量〕=〔人口〕×〔1人当たりの環境負荷〕
を現在よりも桁違いに・・・現在の十分の一以下のレベルまで・・・早急に落とさなければならないでしょう。しかし現在、そんな根本対策はまだまだ実施されず、現在の対策は殆ど対症療法的で場当たり的な愚策です。人類社会は破局に向かって加速度さえ増しています。

 だから成長を目指している狂った現代社会は、制御不可な経済と人口のダウンが、大きな事故などをきっかけに突然大波のように押し寄せてくるでしょう。
 天災よりは寧ろ人災と呼ぶべき非常に大きな事故が何度か起こった後に突然始まるでしょう。・・・油田の流出、原発事故、・・・そして戦争突入・・。そのきっかけも十分に悲惨ですが、その後の破局、崩壊も、これまでに人類が経験した事が無いくらい悲惨なものになりそうです。
そんな経験を通して、やっと人類は成長主義の愚かさを思い知って脱成長路線に方向転換をするでしょう。


・・・・・・以上がこれからの社会の展望です。定量的な事は当てにならないと書きましたが、21世紀の展望・・と言わせて頂きます。そして、これはオプティミスティミストの面もある私の大げさではない展望です。世界中で脱成長派が十分に増え、一刻も早く脱成長の方向へ進み、破局、崩壊のレベルが少しでも小さく済む事を望みます。


今回描いた展望のそれぞれの部分のより詳しい内容や根拠について、これから数回にわたって描いて行こうと思います。
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【2010/09/05 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

経済成長はおいしかった
guyver1092
 高度経済成長は、とても甘くておいしかったので、ほとんどの人がこの成功体験(ただし近視眼的)にとらわれ、経済成長と聞くと理性をなくしてしまうのでしょうね。有限の中で無限に経済成長できないというと、だから再開発するのだとの反論もありますが、例えば都市の再開発は財産である建物をすべて壊して、無理やり作った空間に都市をまた作るということで、タコの自分の足を食べるに等しい行為と考えます。そういえば、雇用についても再開発していますね。正規雇用をやめて派遣を雇う賃金切り下げ政策を。

依存性のある麻薬の味付け
雑草Z
 とても甘くておいしかったので、どんどん食べて、幸せ・・・と思っているうちにぶくぶく太って糖尿病になってしまいました。成分を調べると、金融業と言う、依存性の強い麻薬が含まれていたので、食べずにはおれなかったのでしょう。指導者達は、この太った体を維持する為にもっと喰え、もっと喰え・・・と、さらに太らせ続けています。そんな事したら死んでしまうしかないでしょうに・・・。まともな対策は食事を控える事しかないでしょう。勿論その為には、麻薬成分の金融業は廃業してもらうしかありません。


  *************  ****  *********

 都市の再開発や雇用の再開発の例えは的を得た絶妙な表現ですね。ついでに自動車、電気製品等の再開発が、エコ替え、エコポイント補助金・・・ですね。どの再開発も資源の消費を早める「浪費」ですね。エコロジーの筈が御座いません。『科学の時代』が聴いて呆れます。



Re:依存性のある麻薬の味付け
地下水
>『科学の時代』が聴いて呆れます。
 科学というのは本来、対象を尊重してよく調べる事です。対象が生命や農業、さらに生態系ともなると、なおさらです。
 経済は経世済民でした。近頃、脱経済成長と言われます。スモール・イズ・ビューティフルとも言われます。オムロンの音波歯ブラシを使い始めてから、歯医者に行かなくても良くなりました。こう言う、小さくてあまりエネルギーも使わない有難いものが、社会組織すら変えて行くのではないでしょうか。福祉、幸福度、環境、農、健康の社会が来ると言われています。

本来の『科学』、『経済』
雑草Z
 『科学技術』と言う言葉をはじめとして、本来の科学の姿が忘れられている面が多過ぎるようです。それは目先の経済性を追及しているからでしょう。・・・その目先の経済性も、長い目で見れば負の面のほうが圧倒的に大きいですね。
地下水さんのおっしゃるように原点に帰って
>科学というのは本来、対象を尊重してよく調べる事です。
が必要な時代です。現代は似非科学が蔓延り過ぎです。

>経済は経世済民

そうだったのですね!?・・『経済』と言う言葉にはいいイメージを持っていませんでしたが、本来は理想的な意味があったのですね。その本来の意味からは、経済をGDPで計るのはおかしいですね。その増加率を経済成長などと言って目標にすると言う愚行をするから社会、環境が壊れてくるのです。




kk0638
現在の地球の人口は多すぎると思います。日本だけで見ても1億2千万人もいますが、日本と同程度の面積をもつヨーロッパの国などは、数千万人程度です。地球全体で見ると、もはや地球が養いきれないレベルになるのではないでしょうか。その背景として、成長路線があると思います。人口が減少すると労働力が減り、経済成長を妨げるからです。しかし成長路線は、貧富の格差を広げ、環境破壊を加速し、国家間での資源の奪い合いを招いてきました。成長路線は必ずしも人類を幸福にするとは限らないし、資本主義もまた、人類にとって有益かどうかは疑問があるところです。かつて中国が一人っ子政策を実施して国連に表彰されたことがありますが、いまや地球全体で脱成長路線、人口抑制を行うべきではないでしょうか。また、原子力の問題も改めて考える必要があると思います。かつて5大国だけが持っていた核が、今や所有が公然の秘密である国も含めれば、倍以上です。核兵器の数は減っても、所有する国がこれだけ増えれば、近い将来、核兵器が使用される日が来るでしょう。平和利用を訴えても、発電用に濃縮した時点で兵器と変わらないし、原子力自体の有害性も無視できません。科学の原点は物をよく調べる事だそうですが、日本は唯一の被爆国で、核の恐ろしさは十分わかっているはずなのに、それでも原子力を使ってしまっています。これは原子力の事をよく調べていないからなのか、それとも危険を承知で使うしかない現代社会の性なのか、後者だとすれば何故そんな事になってしまったのか、改めて考えなければならないと思います。

Re:
地下水
 様々な未来予測がされていますが、一例では2075年に90億人余りに達し、飢餓や汚染や資源の枯渇等で減少を始めるそうです。日本も今世紀中に5000万人以下になるそうです。そうなると予測されるのであれば、今から徐々にブレーキを踏んで、経済の路線を変えて行くのが予測を無駄にせず、幾らか事態を緩和する知恵と言うものですね。
>科学の原点は...
 生きた対象を尊重して調べることが大切なわけですが、ここでは実際に被爆して生き残った方の苦労話をよく聞く事ですね。世界では既に何千発もの核爆弾の実験がされており、日本よりさらに多くの被爆者がおられますので、世界的なコンセンサスも持てるのではないでしょうか?。比較的被害が少ないとされてきた地下核実験地の下流域の地下水も実際は広く汚染されており、植物、生物、食物も心配です。
 原子力は既に30年間燃料棒を交換しなくても良い物が開発されています。ビル・ゲイツと東芝は百年交換不要な物を開発すると、大きな投資をするそうですね。未来予測年表でも、2100年には原子力が世界の発電の6割を超えています、めざす理想と異なりますね?
 余談ですが、未来技術年表から少し明るい?展望を。2018年、LED照明が広く普及する。2023年、新エネやコージェネの工場が普及する。2030年、日本における一人当たりのエネルギー消費量が現在より半減する。

やってはいけない事を平気でする人間
雑草Z
    kk0638さん

 国ごとの人口の許容範囲は最大で、食料自給できる範囲でしょうね。それも、持続可能な農業、即ち有機無農薬農業などのレベルでも自給自足出来る範囲内でしょうね。それを考慮すれば、人口は一桁多いと思います。

おっしゃるように、人口を増やして経済を成長させると言う方法は、非常に愚かとしか言いようがありませんね。ネズミ講と同じ考え方です。こんな事を本気で言っている政治家や財界人には早く引退して頂かなければ取り返しのつかない事になるでしょう。

>成長路線は必ずしも人類を幸福にするとは限らないし、資本主義もまた、人類にとって有益かどうかは疑問

そうですね。本文にも書いたように成長路線や資本主義は、数百年の打ち上げ花火のような破壊行為でしょう。

>いまや地球全体で脱成長路線、人口抑制を行うべきではないでしょうか。

全くその通りです。ここのサイトの主題です。

原子力に関してもおっしゃる通りです。そして捕捉させて頂くと、平和利用だけでも、物理的に処理不可能な放射能がどんどん出て溜まる一方です。非常に深刻な問題です。これも、数十年の発電の為に、以降、半永久的に管理しなければならないと言う世紀の愚行をしています。
 世の中酷い出鱈目が通るものです。人間はこんなに愚かな存在なのでしょうか?

脱成長の展望
雑草Z
    地下水さん

>日本も今世紀中に5000万人以下

これは望む望まざるに関らずそうならざるを得ないでしょうね。それなのにいまだに少子化対策と称して人口を減らさない努力をしようとする政府の愚策・・・やればやるほど人口縮小時の悲劇が増大するでしょうね。少子化対策は世紀の愚策です。

>既に30年間燃料棒を交換しなくても良い物が開発されて
>百年交換不要な物を開発


こんな事、放射性廃棄物の根本解決策には全くなりませんね。かえって問題を深刻にさえするでしょう。


>2100年には原子力が世界の発電の6割を超えています

この予測は大きく外れるでしょう。それまで大事故が起きない可能性は低いでしょうし、放射性廃棄物の最終処分場がなくて、原発は頓挫するでしょう。

>日本における一人当たりのエネルギー消費量が現在より半減する。

これまで省エネ商品が色々出ても、パーキンソンの法則よろしく、結局総消費量は増える一方でした。そうならない為には、技術革新だけではなく、脱成長路線のコンセンサスが必要でしょう。そして、エネルギー消費量は全体としては、桁違いに縮小しなければならないでしょう。

>今から徐々にブレーキを踏んで、経済の路線を変えて行くのが予測を無駄にせず、幾らか事態を緩和する知恵と言うものですね。

おっしゃるようにブレーキは踏んで行く必要がありますが、最近、一気に踏み込んで急速に脱成長しなければならないと考えるようになりました。
【降り方を考える】2010-8-13 
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-521.html
に書いた通りです。 

 

 

Re:脱成長の展望
地下水
>かえって問題を深刻にさえするでしょう。
 余談ですが、「ハッカーズ」を読んで見ると、契約をたてにとって独り占めしていくビル・ゲイツの手口が許せないのです。無数のフリーウェアやGNUの開発者とは基本的なスタンスの違いがあります。彼は、無数の無料の好意者に平等に分けるべきです。彼の様な利己的な金のもうじゃが投資する原発に、漠然とした危険性を感じます。
>これまで省エネ商品が色々出ても...結局総消費量は増える一方でした。
 これが事実ですね。廃車工場もエゴ替えで、まだ乗れるのにスクラップが増えて忙しくて、肝心のリサイクルの為の部品回収をする時間が無くて、そのまま捨てている状況が起きているそうですね。
>最近、一気に踏み込んで急速に脱成長しなければならないと考えるようになりました。
 最近、米国でも家庭菜園が桁違いに急増していますね。私もまた白菜の金将二号を250個育苗床に植えました、余った苗は近所にあげます。白菜は虫が中心の芽を食べて駄目になり、葉にも虫が付き易いので難しいですぅ、また失敗すると思いますがやってみます。大根の方が楽でおすすめですね。食べた桃の種も植えてみました。
 以前、レスター・ブラウンが戦時の速さで、風力発電を普及させ、2020年までに環境社会へ移行する必要があると述べていました。方向や使用資源は異なっているかもしれませんが、急速に2020年までに環境社会へ移行する必要があると言うのは、農業政治学者である彼の試算した、かなり正当な状況予測であろうと思うのですが?
 

Re:Re:脱成長の展望
雑草Z
    地下水さん

>契約をたてにとって独り占めしていくビル・ゲイツ

ビル・ゲイツについてはよく知りませんが、彼は技術者と言うよりも、アメリカ流の「契約」主義の冷徹な起業家であり、現在は金に貪欲な実業家、投資家でしょうね。

>無数の無料の好意者に平等に分けるべき

心情的にその通りなのでしょうが、最初から人のアイディアを盗んで起業していたビル・ゲイツには通じないでしょうね。彼はいつでも人のアイディアを法律を盾に上手く盗んでいますね。このような強引で多くの犠牲の上に成り立つ酷いやり方がアメリカン・ドリームの現実の姿ではないでしょうか。

>廃車工場もエゴ替えで、まだ乗れるのにスクラップが増えて忙しくて、肝心のリサイクルの為の部品回収をする時間が無くて、そのまま捨てている状況

おっしゃる通り、自動車の補助金減税は、税金を使って自動車産業を潤し、自動車のスクラップを増やし、環境をますます悪化させただけです。「エコ替え」が聞いて呆れます。


>白菜の金将二号

よろしければこの品種を選んだ理由を教えて頂けますか?

>食べた桃の種も植えてみました。

苗ではなくて、実際食べた果物の種を植えて木になって実がなるのって、いいですね。当方もやってみようと思っています。

>2020年までに環境社会へ移行する必要がある

風力発電が有効かどうかは疑問の余地がありますが、実際早急に現在の社会のシステムは止めなければ文明崩壊は時間の問題ですね。先ずは経済効果を優先しない脱成長社会への移行が必要でしょう。

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2010-07-21 00:01
~大事故からハードランディングへ~

核戦争が起こったら、その時点で人類社会の破局が突然始まる事は想像に難くない事です。
成長の限界による破局は、突然顕著になって、制御不可能な崩壊・・・カタストロフィーが始まる事は、理性で想像すれば当然の帰着であり、ここの記事でも何度か言及しています。いわゆるハードランディングというやつです。
それに対して、計画的に制御しながら経済を縮小して、持続可能な社会に落ち着く事をソフトランディングと言います。


このままの成長開発路線を推し進めれば、様々な環境負荷が限界を超え、ある日突然制御不可な崩壊が始まるであろうと想像していましたが、その引き金となるのが人為的大事故である可能性が高い事を、メキシコ湾の原油流出事故で再認識致しました。今回の事故が、そんな崩壊の引き金にはならないように早く原油流出が止まる事を祈るばかりですが、一方、原油流出が止まって、また相変わらず経済成長優先・・・とばかりに愚かな開発が続けられれば、そのうちさらなる深刻な大事故が起こり、文明崩壊に繋がる可能性も大きいでしょう。人間活動が大きくなり、資源が急速に減ってきた現在、成長路線を維持する事は、非常に無理がありますので、成長路線を推し進める限りに於いては、今後もこのような大事故が起こる可能性は大きくなるのではないでしょうか。増してそこに「経済性」と言う「コストの計算」が働けば、安全性もしっかり保てなくなるでしょう。・・本来は、事故が起こった場合の損失まで期待値に入れて計算すべきですが、事故は無いものとして計算するから今回のような大事故に繋がるのでしょう。今回の原油流出事故も、コスト削減による安全対策の手抜きが、大きな原因と言われています。そして、技術的にも無理があったのです。こんな大きな危険を孕んだ事業を、オプティミスティックに始める感覚が狂っていると言えましょう。過剰な開発競争と経済優先の結果でしょう。

 つまりこのまま無理に経済成長路線を走り続ければ、ハードランディングする事になりましょう。大混乱のもとに経済は縮小し、自然は収奪されて破壊され、人口は減っていく事になるでしょう。
はじめは一部の地域に起きた事でもまたたく間に世界に伝播していくでしょう。何故なら世界はグローバルに繋がって、どの地域も環境負荷が限界に近付いて、人間の起こす大事故が、地球規模になってきたからです。そして、崩壊せずにうまく切り抜けて、成長開発路線が続けば続くほど、各地の環境負荷は溜まっていく一方で、ひとたび引き金となる大事故が起きたら、凄い勢いで崩壊が起こるでしょう。砂上の楼閣は、高く積み上げられれば積み上げられるほど、崩壊の時の勢いも激しくなるのです。
 今のところ、人類社会がソフトランディングする可能性はかなり低く、ハードランディングする事になりそうです。経済成長に洗脳された人間が大部分だからです。現在、殆どの開発は即刻中止すべき・・・と言う案に賛同する人は残念ながら殆どいないでしょう。だからハードランディングも早い方が、人類の文明が存続する可能性は高いでしょう。飛行機の高度が高くなれば高くなるほど、操縦不可能になった時、助かる可能性は低くなるでしょう。・・・ある程度以上の高さになったら、どんな高さでも可能性は変わらないでしょうが・・どうせ助からない・・・と言う意味に於いて・・
 
 現在は、ハードランディングが殆ど確実であっても、その中で出来るだけソフトランディングする方向を探りたいものです。その為には、成長路線は破局へ突き進む悪魔の路線である事をしっかり認識し、成長路線を放棄する事です。脱成長派が十分に増えて、脱成長路線へ進むべきなのです。
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【2010/07/21 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

生きることに関わる何かとの距離感
坂下の番長
雑草さん
お久しぶりです.坂下の番長です.

お元気ですか.
私は大学院に進みました.
大学院の授業で「緩和策」のレポートがあり,
参考にすることは無いかと久しぶりに立ち寄りました.
大盛況ですね,このブログ(笑)
もうすぐ30万アクセス,ちと感動しました.

ついでにコメントしてきます.
「生きることに関わる何かとの距離感」について


最初に核戦争の例を挙げてましたが,
まあ,確かに核戦争はヤバイですが・・・

核戦争はイメージできても,
ハードランディングすると何が自分の身に降りかかるのか,
想像できない人は少なくないと僕は思います.


蛇口を捻れば直ぐに水が手に入る.

原油の流出が止まらなくても自分には影響がない.


生きることに関わる何か,
或いは死ぬことに関わる脅威.

それらとの距離感があまりに大きくなっている.

何に生かされて生きているのかハッキリ言ってわからない.
そんな人達が(私も含め),そんな人達だからこそ,
今の現状を生んでいると思います.


ではどうやって脱成長路線に向けていくか,
カタストロフィーの行方を皆がイメージできるようになるには?

・・・このブログの意義は大きいと思います.

もっと恐怖を植えつけましょうよ(笑)


自然の摂理に関する感覚の欠如
雑草Z
    坂下の番長さん

 お久し振りのコメント有難う御座います。100年ぶりくらいでしょうか?

>原油の流出が止まらなくても自分には影響がない.

これはこれから世界中の人々の生活に影響すると思います。ここから破局が大きくなるのでは・・と懸念しています。狂気の沙汰としか思えません。

>生きることに関わる何か,
或いは死ぬことに関わる脅威.
それらとの距離感があまりに大きくなっている.

最近の人間は生まれた時から石油をはじめとするドーピング漬けの状態のまま育っていますから、自然の摂理に対する感覚が欠如した人が大多数かも知れません。簡単な例で言えば、現在の都市は、石油が使えなくなったら直ぐに機能が麻痺して大混乱に陥り、崩壊する・・・と言う事も考えられない、考えた事がない人で溢れています。だからこそ現代社会は破局に向かってまっしぐらに進んでいるのでしょう。危機的末期症状です。

>もっと恐怖を植えつけましょうよ

ここの記事の破局に対する表現を、大げさだとか極端だとか感じる人も多いようですが、決して誇張して書いている訳ではありません。寧ろ私自身、オプティミズムを持ってますから、甘めの予測かも知れません。

シャーレの中のバクテリアは、はじめは指数関数的に増えて、そのまま増え続ける筈もなく、容量を超えて増えて成長を続ければ、あるとき絶滅を始めるのは当然の帰着です。そんな当たり前の事に関する同意も出来なくて、いまだに開発優先、成長経済策を行っている殆どの国々の人々は、愚かな経済成長論に洗脳されているとしか思えません。
 だからハードランディングの危機を訴え続けるのも方法論の一つだと考えています。
 本文に書いたように、現代社会はスムーズなソフトランディングは不可能に近く、ハードランディングは必至の様相です。そのハードランディングの衝撃をどれだけ抑えられるか・でしょう。先ずそれには、現在の成長路線の先にある破局の恐怖を感知し、人類がどれだけ愚行を行っているか立ち止まって考えるべきだと思います。 

大事故
guyver1092
 三峡ダムが決壊すると、中国で五千万人ほどの死者が出で、下流の都市はほぼ壊滅し、日本近海まで海の生態系が影響を受けるとか。この事故が起きれば確実ですね。
 その他、高速増殖炉の事故は、たとえばフランスで起きたとすると全ヨーロッパが壊滅とか、六ヶ所村の再処理工場が事故を起こすと、日本の半分が人の住めない土地になるとか読んだ記憶があります。

良い政治家、悪い政治家、普通の政治家
 良い政治家は、文明崩壊しないように、事前に経済縮小します。普通の政治家は、成長を目指しますが、文明崩壊を考えて、保険を掛けておきます。悪い政治家は、文明崩壊がより悲惨なものになるよう、文明崩壊促進策を文明崩壊防止策と宣伝し、国民をだまします。

さてクイズです。日本の政治家はどのタイプの政治家でしょうか?

Re:大事故
雑草Z
    guyver1092さん

またまた、情報有難う御座います。人類は本当に酷いものを次々に作っていますね。狂気の沙汰です。

中国の三峡ダムは本当に酷いですね。確か三峡ダム一つで日本のダム全ての貯水量の2倍とか言われていますね。蓄積される水があまりにも多過ぎて、岩盤や地質が水の重さに耐え切れずに地震になるかも知れないとも報告されていますね。

>中国で五千万人ほどの死者

いや、また桁はずれな数字ですね。

>高速増殖炉の事故は、たとえばフランスで起きたとすると全ヨーロッパが壊滅とか、六ヶ所村の再処理工場が事故を起こすと、日本の半分が人の住めない土地になる

こんな途方もないリスクを背負ってやる事の筈がないですね。早く廃止して欲しいものです。
こんなものが各地にあって、いつかどれかが事故を起こすだろうと言う事は、杞憂では片づけられない問題です。
 ただの利権で人類はここまでやってはいけない事を平気でするのでしょうか?

  +  ++++   ++++++   +

久々の三択面白く読ませて頂きました。日本の政治家の殆どは、良い政治家ではないですね(・・でもそのうちに脱成長派が国政にも参加するようになると読んでいます・・)
普通の政治家もいるとは思いますが、

>文明崩壊を考えて、保険を掛けておきます。

は現在いないでしょうね。保険を賭けるにしても、ただの不況対策や、事故対策でしょうね。それに文明が崩壊したら保険を賭けていても支払われないでしょう。保険会社も潰れてしまうでしょうからね。(笑)

かと言って、悪い政治家でもないでしょうね。
「悪い政治家」と言うよりも、「愚かな政治家」でもありますね。開発、成長経済、景気刺激策を続けるでしょうから・・。
しかし

>文明崩壊がより悲惨なものになるよう、文明崩壊促進策を文明崩壊防止策と宣伝し、国民をだまします。

の皮肉は効いてますね。guyver1092 さん一流の言い回しであって、結局利権優先の政治家と企業が開発、成長経済を維持しようとして、「経済対策」と称して、環境負荷をどんどん掛けて、結果的に文明崩壊を誘発する・・・と解釈して宜しいですね?・・・それが一番多い日本の政治家のタイプでしょう。







たしか…
でなしNo.146
たしか、中国が今年でアメリカのエネルギー消費量を抜き、世界第一位になるという報道がされたと思います。

多くの人口を抱えているので一人一人の生活水準が上がれば、当然エネルギー消費も爆発的に増えるんですね。
…10年前なんてアメリカの半分ほどのエネルギー消費量だった国がすごいことになってますね(汗)

私が恐れているのは、これからさらに経済成長を続ける中国と、それに負けじと走るアメリカの環境に与える負荷です。

この二つの国で経済的にも、軍事的にも、エネルギー戦略的にも、限界まで競争されたら、近々人類は滅びそうですね。

その他でも、ブラジル、ロシア、インドなど次に成長する国が挙げられていますが、インド(人口約12億人)あたりが経済成長して、中国レベルになったら、もう終わりだと思います。

この場合、ハードランディングですら、ありがたい。と思うしかありません。

そうならないように、
ソフトランディングの可能性を探り続けなくてはいけない、と思いました。



二カ国だけでも・・
雑草Z
 人口最大の中国が、GDPも世界最大になり、環境破壊も世界最大になるであろう事は予測はしていましたが、実際なってみると本当に脅威ですね。アメリカ並みの環境破壊大国がもう一つ出来たのですから、深刻な脅威です。そしてこの勢いで行くと、アメリカ以上の環境破壊大国になりそうです。かつて日本が何十年前かに経験した高度経済成長でも世界中の資源を買いあさって、他の国々の環境破壊をして来ましたが、それを人口が10倍の規模で行われているのですから恐ろしいものがあります。現在の中国はかつての日本以上に世界の資源を輸入しまくっています。日本海の海底油田開発も着手しているようですし、とんでもない観光破壊を行っています。資源の消費、汚染物質の放出が中国とアメリカ2カ国だけで、持続可能な限界を超えてしまっているでしょう。狂気の沙汰です。先進国と呼ばれた国のかつての愚行を繰り返しています。その先頭に立っているのが共産主義国の中国政府と資本家なのだから狂っていると言えましょう。

 その後にも、インドだ、ブラジルだ、ロシアだ・・・・と次々にこれでもかとばかりに大きく経済成長をする国が現れ、世界は修羅場に向かっています。

 早く脱系成長主義派が政治の実権を握らないと、ハードランディングも非常にハードでしょう。そして世界は破局を迎えるでしょう。・・・その時の環境汚染のレベルを考えると人間に限らず生物がどの位生き残れるかさえ心配です。酷い世の中になったものです。

拡大は縮小へ
地下水
 ここ半世紀、日本のして来た事を見ると、拡大路線の慣性は、中印露ブラジルなどに広がるのは必至です。日本では、周辺の地価が上がって儲かるからと、道路が付き、政治家に賄賂が渡った様です。そして山が削られ、自動車が必需品の不便な斜面に宅地が広がりました。その後、周辺の湧き井戸が枯れ、工業製品を売り農産物を輸入するバーター条約で、休耕田が増え、後に工場などになりました。
 しかし今や人口減少が始まり、この様な事が日本ではできなくなり、拡大政策に乗ってきた大銀行は欠損を出し、しかしまだ環境経済には移行できず、ここ10年間も法人税を払っていない事態に陥っています。中印露ブラジルなども同様の道をたどり、地球規模での環境破壊が予測されますが、環境経済への移行が遅れる事になり、その時には資源も環境も疲弊し、より深い縮小に陥る厳しい事態が考えられます。
 2030年頃までは拡大が続き、人心は環境破壊を軽んじますが、その後2070年頃まで縮小が続き、多くの人が亡くなり、環境が悪化すると予測されています。ここ40年間で、既に野生の脊椎動物の個体数が6割まで減少し、魚の平均体重も半減していますが、2050年頃には海洋酸性化などで漁業は壊滅的打撃を受ける様です。大陸の内陸の灌漑地下水も水位の減少と塩分濃度の増加で使えなくなり、穀倉地帯が打撃を受けます。

拡大から縮小に転ずるとき
雑草Z
    地下水さん

色々遡っての記事へのコメント有難う御座います。

 日本、世界の、経済絡みの的確な分析、有難う御座います。定量的な予測(時期の予測など)は、かなり不確実でしょうけれど、定性的な事(進む方向など)は実現性を持っている予測と感じます。地下水さんのおっしゃるように21世紀は試練の世紀になるでしょうね。人類がやってきた軽率な環境破壊の付けをこれからどんどん支払わされていくのでしょう。

>中印露ブラジルなども同様の道をたどり、

ヨーロッパ各国やアメリカ、日本のような自ら「先進国」と呼んでいる環境破壊大国の辿ってきた愚かな道を他の国には踏襲して欲しくはないのですが、目先の欲望が理性に勝り「先進国」と同じ過ちを繰り返そうとしていますね。暗雲垂れ込んでいます。

人類は、制御不可能な崩壊に陥る前に自ら縮小策をとれるくらいの理性はあると思うのですが、財閥や資本家が社会を動かしているようでは駄目でしょうね。 

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2010-06-25 00:02
夜の電灯に集まる昆虫のごとく、多くの人間が都市に引き寄せられて集まります。都市には人間を惹きつける魅力があります。その魅力は、大勢の人によって作られた極めて人工的なものです。勿論都市に集まる理由は人によって様々でしょう。金もうけや人に認められる為の場合もあるだろうし、職を求めてやってきたり、大学や専門学校等にやってくる場合もあるでしょう。その場合、必ずしも都会が好きなわけではなく、仕方なく都会に来ている人も沢山いるでしょう。しかし一方、どのような目的の場合でも、大抵田舎にも選択肢がありますが、敢えて都会を選ぶ人が沢山います。都会の華やかさに「夢」を求めてやってくる人も沢山いるのでしょう。人が沢山いるところが好きな都会好きは寂しがり屋なのかも知れません。

 都会に惹き付けられる人が多い一方、都会が嫌いな人も沢山います。田舎に住んでいる人の中で都会には住みたくないと思っている人も沢山いますし、都会から田舎にIターンしてくる人も増えて来ました。都会に住みたくないと思っていても、はじめから住んでいる人もいますし、家族や本人の転勤で都市生活をせざるを得ない人もいるでしょう。悲惨なのは、元々田舎が好きで都会に住みたくない・・・と思っていた人の家の周りが開発されて都市化してしまった場合です。こんな事も日本に限らず世界中で、特別なお話ではなく日常茶飯事の事になってしまいました。
 私自身は田舎町で生まれ、自然を満喫して育ったので、都会に住みたいと思った事はありませんが、それでも20代の頃は都会に行って遊ぶのは好きでした。・・それまで理解出来なかった都会の魅力も色々味わいました。今でも年に数度東京などの都市に出掛けて行きますが、今は出来るだけ都会には長居したくないと感じています。・・・特に都市が存続不可能である事をわかってしまった現在は、都市には殆ど魅力を感じません。魅力を感じるどころか、早いところ解体してしまった方がよいと思っています。勿論、解体するにしても多くの問題点があります・・。


 昔から、都市は人間を惹き付けて止まない存在でした。町に人が沢山集まって活気づくと、更にそれを求めてどんどん人が集まり、都市はどんどん膨張していきました。そして、どんどん膨らみながら時間が経つと、持続出来なくなって崩壊していきました。崩壊の理由は古代都市によって様々な事が言われていますが、火山の爆発のような天変地異でもない限り、基本的には人間が増え過ぎて、人間の活動がその土地の定常性・・持続可能性・・を奪い、生態系を破壊して滅んで行った場合も多いようです。そして滅んだ古代都市の跡は大抵砂漠化しています。
 
 以上の事からも、都会が好きか嫌いか・・・と言う問題は、ただの好みの問題では済まされないのではないでしょうか?それは例えば、ある食べ物が好きか嫌いか・・とか言う問題ではなく、麻薬が好きか嫌いか・・・と言うようなシビアな話ではないでしょうか?つまり、都市に住む事を好きな人間は、人間の体をどんどん蝕んでいく麻薬が好き・と言うような話と同じレベル・・・いや、それより遥かにシビアな話ではないでしょうか?・・・都会好きが多いから、いまだに開発が続き、自然が破壊されていても無頓着な人が多いのではないでしょうか?(・・勿論自然破壊は利権が絡んでいる場合が多いのですが・・)
日本に限らず、世界中の町の多くが都市化し過ぎました。その結果、その都市の殆どで生態系が破壊されて、周辺の田舎の地域に存続を依存するような存在になってしまいました。これ以上の都市化は文明崩壊を引き起こしますし、今現在世界中に存在する都市だけでも、環境負荷が大き過ぎて存続は不可能です。これから持続可能な社会を目指すならば、・・都市を好きな人間が多い事は危険です。都会好きが麻薬好きだとすると、田舎好きは健康な自然食が好きな人に例えられるでしょう。

そう、都市は、周りの広大な郊外の田舎;農地、森林、河川や海・・が無ければ存続できなのです。その周りの郊外から絶えず食料やきれいな水や空気、資源を供給され、代わりに廃棄物を周りに出し続けてやっと都市は存続出来るのです。【都市の存続条件
都会は持続可能ではないのに、魅力がある存在なのです。・・・と言う事は都会は人類にとって麻薬のような存在とも言えるでしょう。

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【2010/06/25 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

都会の魅力
上々
そもそも高校までは東京郊外で育ち、大学は東京の真中に通いましたがまったく東京になじめず、就職は田舎になりました。(別にこちらで選んだわけではないですが)
その頃からあまり東京に魅力を感じていなかったですね。

都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。
本当の「悪」もあちこちにありますが、そこまで行かなくても少しだけその匂いがするものがあふれており、そこに特に若い人は引かれるのでしょう。
まあ田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

そういえば今でも残ってはいますが昔は東京でも小さな工場があちこちで操業していました。段々と減ってきているのでしょう。
そうなるとますます「生産」の性格を失い「消費」だけの地域になっていっているのでしょう。

アメリカでは大きな会社でも本社を地方に置いているところが結構ありますが、日本では大きくなるほど東京に出て行きたくなるようです。大阪や名古屋の本社の会社が東京に移ったと言うのはよくある話ですが、なぜなんでしょう。

都市の大きさ
guyver1092
 縄文時代の三内丸山遺跡のことも考えると、人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

 持続可能な規模の都市は江戸時代のことを考えると、百万人の都市は実現できるかも知れません。当然、現代人が今の消費を続けながらできるという意味ではありませんが。条件の一つは江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要がありますし(資源、栄養塩が域内で循環していて外部から補給する必要がない)、一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。
 北海道から魚を輸入していたことを考えると、もう少し少ない人口規模しか実現できない可能性のほうが高いでしょうが。

 現代人には不可能に思えますね。

Re:都会の魅力
雑草Z
    上々さん

 そうですかぁ!上々さんも東京に馴染めませんでしたか?
なんだか親近感持てますんね。

>都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。

「悪」の香り・・と言うか、デカダンの香りは若者にはちょっと魅力なんですけど、やっぱりあの塗り固められたコンクリートに囲まれたところにごちゃごちゃ人間がいる状態は、人間に自然の摂理に対する感覚を麻痺させるでしょうね。

>消費の魅力

は、本当に幻想ですね。朝にゴミ集積所にゴミ袋が山のように積まれ、臭い匂いが漂っている感じが嫌ですね。
 それこそ、石油によって周辺の田舎と物資の交換が出来るから、やっと存続出来ている「砂上の楼閣」でしょうね。

>田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

はっはっは・・・そうですね。刺激を求めて都会に行きたく成る事はありましたね。・・しかし、地方都市でさえこれだけコンクリートやアスファルトで塗り固められた現在、この退屈な田園風景は貴重な癒しでもあります。

>「消費」だけの地域になっていっている

そうですね。これは、いよいよ現代都市が崩壊して行く兆候なのかもしれません。

 いつもと違った観点でも、上々さんと感覚や意見が大体一致していましたね!?

 これだけの情報化社会なのだから、東京一極集中はだんだん意味が無いものになっていくでしょうね。

Re:都市の規模
雑草Z
    guyver1092さん

>人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

猿などの類人猿を見てもわかる事は、人間は基本的には集団生活する生物でしょうね。


>百万人の都市は実現できるかも知れません。

都市の面積にも因るでしょうけれど、百万都市はなかなかしんどいと思います。

>江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要があります

>一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。

ここの一連の御意見は、全くおっしゃる通りだと思います。 そして、現代社会はことごとく逆効果の対策ばかりしていますね。

>現代人には不可能に思えますね。

現段階では全くそうなのですけど、脱成長派が指数関数的に増えている現在、何年か後には、guyver1092さんの挙げられた方策が検討されるようになる期待も出来ない訳でもありません。


夜の都会
上々
まあ都会には夜も昼もあまり無いようにも思えますが。
新宿や渋谷で飲んだこともありますが、その辺にやけに詳しい連中について行くだけですけど、目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。
致命的な危険性と言うのもありますが、そこそこ危険というのも魅力の一つなんでしょう。

田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

都市の規模の件ですが、江戸時代は主要食料の米の生産流通がそれなりに全国規模で確立していたので江戸、大阪集中もなんとかやっていけたわけですね。
現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。
米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。

都会・・・
おから
私は、富山に住んでいますが田舎だと思います。
学生時代も、田舎でしたが、電車で1時間も行けば、都会で、よく飲みに行ったものです。
何か、興味があれば、一人でも、東京に行ったものです。
何でも、ありますから・・・。
息子が生まれてからも、東京に、何度も旅行に行きましたし、ディズニーランドや、ユニバーサルスタジオにも行きました。
でも、ここ数年、人ごみがイヤになり、都会にも、行きたくなくなりました。お祭りなどに行くと、いろいろな食べ物の不自然な匂いが、ダメになりました。
静かな自然のあるところはいいですね。
・・・とは言っても、山を切り開いた、公園とかが、多いかもしれません。不自然だけど・・・。
私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。
家も、田んぼだったところを埋め立てた住宅地に家を建てたのですから、これ以上、家が増えないで~って思うのは、身勝手でしょうか・・・。
富山は田舎だからって、非行に走る子供が少ないと思っていましたが、すごく多いそうです。
田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?


都会の危険&食料の空輸
雑草Z
    上々さん

 私自身、学生時代など、昼夜入れ替わった生活・・とまでは行かなくても、日が昇る頃寝て、お昼頃に起き出す生活は好きな時代がありました。

>目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。

 そう言えば思い出しましたが、新宿の危ない街で、危険な目に遭った事があります。あの辺りで商売している店や客引きの中には、人を騙す事を何とも思っていない人が沢山いる事を身を持って知りました。あんな街で生活していると、人間性が歪んでくるのかも知れません。

>田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

なるほど、・・・と頷きながら読みましたが、考えてみると、自然から来る危険も都会と田舎がどっちが多いかわからない状態になってしまいましたね。
 例えば集中豪雨などの自然災害もコンクリートで固められ尽くしている都会のほうが危険ですね・・・都会は低い土地にある事も関係していますが・・・。地震などの災害も、都会に住んでいた方が危険です。
 田舎のほうが危険なのは、熊に襲われたり蛇に噛まれる危険ぐらいでしょうか?・・・そう言えば小学校2年生の時、蛇に噛まれて家じゅう大騒ぎで医者に連れて行かれましたが、シマヘビだったので大した事ありませんでした。(笑)

>現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。

そうですね。人口一人当たりの物資の消費量が江戸時代の何十倍ですからね。・・現代は、高層ビルなど立体的に人を配置して集中度を高めていますね・・・危険性は高く、ほんとに砂上の楼閣です。

>米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。

野菜、肉類を冷凍して船で運ぶ・・・なんてなったら、エネルギーの浪費もいいところですね。

 しかし、もう、魚を空輸している場所もあるのですからどうしようもないですね。
 アフリカのヴィクトリア湖に、ナイルパーチを放して、元々の生態系を破壊し、食用として空輸してヨーロッパや日本に運んでいます。・・どうしようもない愚行です。


 

これから田舎の時代がやってきます。
雑草Z
    おからさん

>私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。

【自然は年々減っている】2010-04-05
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-488.html

などにも書きました通り、日本中でいまだに開発が行われ、都市化が進んでいる事は由々しき事ですね。土建屋と国、地方自治体の癒着を切らないと大変な事になりますね・・・もうかなり深刻な状況です。


>田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?

そう言う子供もいるでしょうが、それよりも色んな情報が悪いと思います。子供の犯罪も携帯電話やパソコンのネットの犯罪が急増したようですからね。田舎でも都市化が進み、人々の心が荒んできたと言う面もあるでしょうね。 

都市の大きさ2
guyver1092
 都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力だと考えています。(槌田氏の受け売りですが)
 過去の文明の未発達だった時代では、余剰食糧により食糧生産から解放された、ある一定以上の数の技術者を養い競わせるには、都市という選択は意味があったかと思いますが、文明(技術)の進歩に物理的な限界が見えてきた現代では、余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。
 現在、技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術でしょう。

余剰食糧と輸送能力
雑草Z
    guyver1092さん

>都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力

そうですね。確かに槌田敦さんの文明論か何かに書いてありましたね。そして、現在この余剰食糧は分配の不公平による「余剰」ですね。

>余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。

なるほど、これは非常に大切な洞察だと思います。確かにこの石油文明社会下では、余剰食糧と輸送力の限界はかなり高く、その限界に挑めば、大きな環境破壊があるでしょう・・・と言うよりも既に大きく環境破壊されていますね。
これ以上限界に挑む事は非常に危険ですね。
guyver1092さんのおっしゃるように

>技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術

ですね。




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2010-06-05 00:02
これまでの人類の歴史の進歩と呼ばれてきた物事は、成功と言う名の一方通行ではありませんでした。成功よりも圧倒的に多い失敗を経て、数多くの試行の中に数少ない成功の道を発見し、その成功の道を辿ってきました。つまり、試行錯誤[try&error]の上に成り立ってきました。・・ここで注意しなければならない事は、成功だと思われて来た道も、実はその先で失敗だったと気付く可能性も大いにあると言う事です。

 失敗をしない秘訣は何か・・・と言えば、それは何もしない事でしょう・・・つまり何事にも挑戦しない事です。現在的価値観では、何事にも挑戦しない事は、往々にして敗北を意味します。曰く「失敗を恐れていたら何も出来ない・・・。」
でも人間の活動が大きくグローバルになってきた現在、これまでのような、「自由な」・・・別な言葉で言えば、「安易で軽率な」、試行錯誤は・・・非常に危険と言うべきでしょう。一歩間違えば、文明崩壊を招きますし、人類の絶滅さえ引き起こす可能性も否定出来ません。だからこそ、これからの社会は、新たな技術の開発や試行に関しては極めて慎重にするべきでしょう。危険な可能性がある新たな物事の導入は、安全性が保障されるまで(・・誰が保障するかの問題点もありますが・・)見送るべきなのです。見切り発車よりも「失敗を恐れて実行しない」ほうが、社会にとって危険回避になる場合が圧倒的に多いでしょう。

 失敗を恐れずに見切り発車した最悪の例が、原子力発電でしょう。原発一基だけでも大事故を起こせば、一国が滅ぶほどの被害を及ぼします。危険性の回避や放射性廃棄物の処理の方法もしっかり確立する前に見切り発車した原発は、軽率な開発&試行の代表です。人類はそこまで愚かな存在だったのです。それは歴史が証明する事になるでしょう。原発は封印すべき悪魔の技術だったのです。

 現在も先を争うように様々な分野で技術開発競争が繰り広げられていますが、この現状は極めて危険な状態と言うべきでしょう。何故なら、新たな技術は、成功よりも圧倒的に失敗のほうが多いからです。人類の存亡を代償に技術開発合戦を繰り広げるなんて、愚の骨頂と言うべきでしょう。一見、日々進歩を重ねているように見える現代社会は、一歩間違えば文明崩壊の危機を孕んだ綱渡りをしているのです。その証拠に、環境問題は回復どころか、毎年毎年深刻度が増しています。・・そんな綱渡りをしてまで新たな技術が必要でしょうか・・?
新しい技術の導入が必要ないとは申しませんが、これからの社会では技術開発や新たな技術やシステムの導入には、石橋を叩いて渡るような慎重さが必要でしょう。人間社会の破局の可能性を孕んだせっかちな新技術の導入は、慎むべきです・・・法でしっかり規制するべきでしょう。これからの時代は、技術の進歩を急ぐ事は非常に危険です。「環境対策の為にも、早急な技術の開発が必要である」・・・とよく言われるところですが、それは経済発展の為の口実でしかない・・・と感じるのは私だけではないでしょう。・・環境対策の為には新たな技術は必要ないのです。止める事が一番の対策なのです。

 余談ですが、地球が温暖化している事が事実として、地球温暖化に対してはどう対処すべきか・・?・・・と問われれば、二酸化炭素に限らず、温暖化に関係すると思われる行為を全て控えるべき・・と答えましょう。ヒートアイランドを防ぐために、地面をコンクリートで固めるのはやめるとか、物をなるべく燃やさないとか、自家用車を使わないとか・・・勿論石油の使用をしない・・・これが正しい地球温暖化に対する対策でしょう。
二酸化炭素の地下貯留だとか、代替エネルギーシステムだとか、原発だとか・・・新しい技術の導入だけを考えて経済活動を野放しにしても逆効果でしかありません。・・そう、現代の二酸化炭素温暖化対策は、逆効果であり、別な環境問題、社会問題を発生させる危険を孕んだ世紀の愚策と言えましょう。

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【2010/06/05 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

なぜ進歩した技術を使わないのか
guyver1092
 現代の進歩した技術では、いろいろシュミレーションとかの事前評価技術が発達しているはずなのに、なぜ使わないのか不思議ですね。
 少なくとも新エネルギー開発などは、エネルギー産出投入比を計算すれば一発でトライする意味がないのがはっきりするでしょうに。
 目的が違っているのでしょうね。

試行錯誤以前
雑草Z
    guyver1092さん

 おっしゃる通りですね。シミュレーションは場合によってかなり信頼度は怪しいものがありますが、

>少なくとも新エネルギー開発などは、エネルギー産出投入比を計算すれば一発でトライする意味がないのがはっきりするでしょうに

は、その通りですね。現代に於いてまさかエネルギー産出投入比が1になるかどうかも怪しい技術を導入するなんて、思いもよりませんでしたが、そんなものが横行している現状には、溜息も出ませんね。試行錯誤以前の愚行ですね。

>目的が違っているのでしょうね。

そうですね。その暴走を止めなければなりませんね。特に二酸化炭素温暖化対策。




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2010-05-17 00:02
 石油可採年数は何度も訂正されてきました。1960年代に、「石油は30年で枯渇する」と言われていましたが、それから半世紀以上経っても石油は枯渇していません。しかし、たとえ石油が無機起源だとしても、埋蔵量は有限で、消費を続ければいつか枯渇するでしょう。
 現在、そのいつか枯渇するであろう石油に人間社会はどっぷりとドーピングされてしまいました。
石油は、エネルギー資源としては勿論の事、(石油化学)製品の原料として広く使われています。現在の産業界で、全く石油を使わない業界を探す事は不可能に近いでしょう。農業にも大量の石油が使われています。そう、近年の農業生産の増加は、石油による、持続不可能な一時的な大増産です。遠距離大量輸送を可能にしたのも石油であるし、都会にこれだけ集中して住む事が出来るのも石油あっての事でしょう。現在、石油の代替エネルギーの開発さえも、石油が無ければお手上げの状態です。そして、経済成長も石油あってのお話になっています。はじめから石油が無ければ、現在の世界のGDPは一桁レベルで現在よりも小さかったと思いますし、世界の人口も一桁レベルで少なかったのではないでしょうか?


 人類は、近年、【パンドラの箱】、石油の扉を開けてしまい、石油漬けになってしまったのです。現在のエネルギー消費レベルを維持して、他の代替エネルギーシステムに移行する事はほぼ無理でしょう。

 そして、このままの状態で(・・実際には更に経済が成長して・・)石油が枯渇して行けば、現代社会の様々なシステムが維持出来なくなるでしょう。・・・そう、様々な文明のシステムが壊れ、至る所で社会混乱が起こるでしょう。様々な施設、設備が廃墟となり、荒んでいくでしょう。つまり、文明崩壊に近い状態を引き起こすでしょう。
 石油文明のつけ・・は現在、人類に重くのしかかってきているのです。人類は背負い切れないような重荷を背負って行かなければならないのです。

これに対処する手段は、一つだけでしょう・・・少なくとも私はそれしか思いつきません。
それは、敢えて自ら、システムを縮小するのです。・・・経済縮小です。

これからの時代、いかに経済を縮小していくかを第一に論じるべきで、他の事に取り組んでいる余裕はありません。まして、経済成長の方策を練るなどと言う事は、逆効果であり、「ふざけた愚行」と言うべきでしょう。
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石油文明の付けは大き過ぎて・・・
ワタル
石油ピークを言う人は多い。だが、石油の需給量や無機起源も含め埋蔵量など、従って今後の経済も現状維持できるのか、長期低減かあるいは急激な混乱かもよくわからない。
これまでの石油危機、温暖化騒ぎ、金融経済危機などと経済成長、石油需要などを並べてみると、意外と資源制約が基調にあるような気がしてくるのだが、これもよくわからない。
精神論も必要だが要注意でもあるだろう。



石油生産コスト
上々
石油ピークを信じたがらない人でも石油の生産コストがどんどん上がっているのは理解できるでしょう。
昔の油田は油層までパイプが届けば自噴して原油が噴き出してきた。
それが今では、汲み上げ装置が壊れてメキシコ湾に原油を撒き散らしている事故が示すように、多大なコスト(エネルギー・貨幣両方とも)を費やして掘り上げなければいけません。

あと半分か、これまで使用量の2倍あるかと言っても、このようなコストを計算に入れなければ残余数量が変わってきます。
完全にコストを無視してとにかく石油分がどのくらい残っているかと言えばこれまで使った分の10倍以上というのも間違いではありません。
しかし、その最後の方では使う量より掘り出すためのコストの方がはるかに大きくなるでしょう。

とにかく、これから先は石油にかかる費用がどんどん高くなっていくということ、それが石油ピーク論の本質です。

なお、無機生成論というのもありますが、それが本当かどうかはここでは問わないとしても、現在まで枯渇していった油田がみるみる間に再生してきたという例はない以上、少なくとも短時間で生成するものではないのは間違いなく、結局当面の石油需要という問題に対しては何の意味もないことは確かです。

不確実さはかなりありますね。
雑草Z
    ワタルさん


>だが、石油の需給量や無機起源も含め埋蔵量など、

このあとに、「よくわからない」とか「不確実である」とかを書き落とした・・と考えて宜しいでしょうか?

それならば、確かに、未来予想なんて不確実な事だらけで、はっきり予測は出来ませんが、

>今後の経済も現状維持できるのか

は地球の有限性を考えれば無理でしょう。

>精神論も必要だが要注意でもあるだろう。

これは、記事に対してではありませんね?・・記事では精神論は論じていませんから。

コメント全体に、 ちょっと、いいたい事が伝わらない部分があります。主張もよく分かりません。
 「これからどうなるかはよく分からない」と言う事でしょうか??

 次の上々さんのコメントも、かなり参考になると思います。

石油も有限
雑草Z
    上々さん

 このあたりは上々さんの得意とされる分野ですね。

今回のコメントは、先のワタル氏にもお答えになっている・・と考えて宜しいですね?

>これから先は石油にかかる費用がどんどん高くなっていくということ、それが石油ピーク論の本質です。

なるほど、上々さんが前々からおっしゃっていらっしゃるところですね。

>現在まで枯渇していった油田がみるみる間に再生してきたという例はない以上

枯渇していった油田に石油が溜まっていた・・と言う例はあるようです。ネットで読んだ事もありますし、最近知りあった方もおっしゃってました。
 しかし、隣の油田から漏れて来た・・と言う可能性もありますね(笑)。
上々さんのおっしゃるように

>結局当面の石油需要という問題に対しては何の意味もないことは確か

だと思います。私も本文に書きましたように、無機起源だろうが有限ですね。地球内部で石油が作られているとしても、そのエネルギーと材料は必要なわけで、エネルギー保存則とエントロピーの法則から考えても、石油が地球内部で作られ続ける事は無いでしょうね。

油田
上々
石井吉徳先生も繰り返し書かれているように、地下の油田と言うものはステンレスの地下タンクのようなものが埋まっているのではなく、多孔質の岩盤に油分がしみ込んでいるようなものです。
したがって、油層の圧力が一定以下に下がり採掘不能となった場合でも残りの油分が徐々に浸み出してきて溜まってくると言うことはあり得る話です。
それが無機生成説の論拠とはならないでしょう。

とにかく、現在の石油使用量は大変なもので、一年で中程度の油田地帯を使ってしまうほどのものです。わずかずつ無機から生成したところで、間に合うわけがありません。

Re:油田
雑草Z
    上々さん

 流石、ピークオイルにはお詳しいですね。

>残りの油分が徐々に浸み出してきて溜まってくると言うことはあり得る話です。それが無機生成説の論拠とはならないでしょう。

その通りだと思います。無機起源質の根拠とされている事は、生物の堆積物が殆どないと思われる非常に深い地点(深さ5000m以上)で油田が沢山見つかっている事などでしょうね。でもよくわかりませんね。

 最近お会いした方のお話によると、一端採掘不能になった油田が暫くすると、石油が増えて採掘可能になるような油田が結構あるそうです。その理由は上々さんがおっしゃるように

>残りの油分が徐々に浸み出してきて溜まってくる

と言う可能性が高いでしょうね。無機起源で新たに生成されると言えるわけではありませんね。・・でももう少し調べてみたい感じもします。

>現在の石油使用量は大変なもので、一年で中程度の油田地帯を使ってしまうほど

それは大変ですね。枯渇する以前に環境破壊が大いに心配です。


自滅したい人のための経済成長
guyver1092
 石油を使った結果の汚染、及び環境破壊、その結果の食料危機を意識の外に追いやっている人が人類の指導者層に多いのはまったく困ったことですね。
 
 地球が人類の経済規模に対して十分に大きかった時代の認識のままでは、大混乱を起こしてしまうのは間違いないでしょうね。

 ドバイショック、ギリシャショック等の経済危機の結果、経済システムのみ打撃があり、環境が保全されるという都合のよいことが起こらないかなあと見果てぬ夢を見る今日この頃です。

Re:自滅したい人のための経済成長
雑草Z
    guyver1092さん

>石油を使った結果の汚染、及び環境破壊、その結果の食料危機を意識の外に追いやっている人が人類の指導者層に多いのはまったく困ったこと

そうですね。世界の指導者の大部分が、経済成長路線を維持するために石油の確保に躍起になっていますね。そんなことやっていたら人類は滅びますね。

>地球が人類の経済規模に対して十分に大きかった時代の認識のままでは、大混乱を起こしてしまうのは間違いない

全くその通りですね。いまだに経済成長路線を維持しようととんでもない対策ばかりやっているのが大多数の国ですね。人類はそれほど愚かな存在なのでしょうかね?


>経済システムのみ打撃があり、環境が保全されるという都合のよいことが起こらないかなあと見果てぬ夢を見る今日この頃です。

シビアな現状を認識しているからこそ、そんな『夢』を思い描くのですね。・・分かります。そんなミラクル起こったらいいですね。
 

資源採掘と環境破壊
上々
石油と言うものが極めて取扱しやすいものだったために、これだけの原油採掘をしていても油田近辺の環境破壊が少なかったのは稀な例でしょう。
その他の資源(金属等)の鉱山の周辺環境の破壊はひどいものです。これはどのような資源でも非常に希薄な状態で産出するために精錬する必要があるので、その残渣を廃棄するのが主因でしょう。

原油の場合は石油精製と言う過程は必要ですが、それ以前に濃縮する必要はなかったということです。

しかし、メキシコ湾での事故を見ても、またタンカー事故による流出事故を見ても、危険性は増しているのかもしれません。
それだけ、採掘にも輸送にも無理が出てきているでしょう。

石油に先行き不安が広がったために、電気自動車と言う期待が高まっていますが、電池の原料はどうするのでしょう。リチウム鉱山での環境破壊のひどさは指摘されています。
自動車での移動と言うこと自体を縮小しなければいけないのに。

Re:資源採掘と環境破壊
雑草Z
    上々さま

石油に関して、お詳しいですね。参考になります。

>石油と言うものが極めて取扱しやすいものだったために、これだけの原油採掘をしていても油田近辺の環境破壊が少なかったのは稀な例でしょう。


なるほど!石油は濃縮の必要のない稀な例なのですね。


>自動車での移動と言うこと自体を縮小しなければいけないのに。

全く以てその通りですね。それで確実に石油の消費量が減りますね。更なる石油の浪費に繋がりなねない電気自動車や燃料電池車の開発を進める事よりよっぽど確実で効果的な筈ですのに、しょうもない対策ばかりやってますね。。

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