-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2016-03-29 00:01
成長の限界に近づいている、若しくはすでに成長の限界にほぼ達したと考えられる現代において、世界的な文明崩壊がいつ起こっても不思議ではないと考えられます。実際にその兆候はあちこちで見られています。それなのにいまだに経済成長に囚われた人が沢山います。「沢山」というよりも「大半」の人々と言えるかもしれません。政治家など社会を動かしている人々(世界の指導者?)の中に特に沢山いるようです。
その結果、21世紀中に・・・あと数十年で・・・世界規模の制御不可能な崩壊が始まると考えられます。


 過去の崩壊した文明に於いて、社会のエリート層が大災害の警告に対して、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチを手遅れになるまで強く勧め続けたという研究が発表されています。
以前guyver1092 さんが書かれた記事【定常社会の会計基準】2014-11-5で紹介されていた NASA出資の科学的研究に採用されたSafa Motesharri氏の研究報告によれば、
資源が乱用され、社会の経済的な層がエリートと大衆に分断されることが、社会の崩壊の原因に成りうる事を発見したとのことです。
そして、最終的にエリートがあまりにも大量に消費するために、大衆に大規模な食料不足を起こし、結局は社会の崩壊をもたらすと警告しています。

何をもって「エリート層」と定義するのかはあいまいですが、ニュアンス的には、経済的に大衆を支配している人々(財閥等)のことでしょう。・・・「エリート」という言葉のの本来のニュアンスとは違う感じもします。寧ろ「悪賢く強欲な人々」と言う表現のほうが合っているでしょう・・しかし逆に、元来「エリート」とはそういう存在なのかも知れません。
それは兎も角
多くの富を所有しているということ自体、物欲が強いと言うことであり、現在の資本主義を引っ張っている財閥やその傀儡の政治家たちをエリートと呼ぶとすれば、Safa Motesharri氏が鳴らす警鐘は、適格だと言えましょう。

もう既に、脱成長に向かって進んでいなければ間に合わない時期であるのにも関わらず、「悪賢く強欲なエリート」達によって、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチが続けられています。彼らにとって地球の資源を大量に使い、自らの財産を守るとこ、増やすことが最大の関心事であるようです。

 そして、一般大衆も、指導者の指示に従って「業務は平常どおり」続けることになります。業務を平常どおり行わなければ職を失うからです。

文明崩壊の恐怖を身に染みて分かるまで、人々は「業務は平常どおり」続ける事になるのです。・・・・そして、「気付いたときには既に遅し・・・」となってしまいます。

この期に及んで、崩壊の危機を感知できず、「業務は平常通り」行う「エリート」達に任せておけば、崩壊の大災害から免れることはほぼ不可能であり、「崩壊は予測通り」起こるでしょう。
勿論、水の供給などのように、平常通り行わなければならない基本的な業務もあるでしょうし、消防やレスキューのように、非常事態にこそ必要な業務もあるでしょう。しかし、殆どの業務は、エネルギーや資源の消費のずっと少ない持続可能な形態に速やかにシフトしていく必要があります。これまでの平常通りの業務では持続出来ないと言う事を理性で判断する事が早急に必要です。

「業務は平常通り」と、指導する「エリート」は速やかに排除すべきですし、一般大衆も「業務より大切な行動」を考えていかなければならないでしょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2016/03/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

日銀のマイナス金利
guyver1092
 最近、検索語は忘れましたが経済について検索をかけたところ、日銀のマイナス金利政策で、世界の経済の潮流が変わり、経済縮小が始まったという分析を読みました。書いていたのは、経済成長至上主義を持つ人と思われましたが、水野和夫氏の「国債の長期金利は経済成長率と一致する」との分析と同じ考えでした。
 人間の経済の基盤である地球の大きさを押しつぶすほど大きくなったため、物理的な制約により縮小が始まっていると考えます。それなのにこのことを認めず、あくまでも経済成長を促進する政策を「業務は平常通り[Business As Usual] 」的に促進することは、自滅への道を暴走することに他ならないでしょうね

Re:日銀のマイナス金利
雑草Z
>世界の経済の潮流が変わり、経済縮小が始まったという分析

その分析が当たっていれば嬉しい事です。

>あくまでも経済成長を促進する政策を「業務は平常通り[Business As Usual] 」的に促進することは、自滅への道を暴走することに他ならないでしょうね

その暴走真っただ中の日本、そして世界ですね。
バブリーな「通常業務」は早急に止めるべきですね。
このguyver1092さんのコメントの最後の一文は、私の書いた記事の最後の結論に相応しいですね。

頭を使うということ
爽風上々
私も日々痛感していることが、社会のほとんどの人が日頃はほとんど頭を使わずに日常に流されているということです。
その間に事態はどんどんと進んで(悪化して)いきます。
かつての封建時代や社会主義国家(現代の中国を含む)では庶民は考えたとしても何も動かすことはできないという状況であったことも多いのですが、現在はなんと「主権在民」であり自分たちの投票で社会を動かすことができるのです。(可能性としては、無いではないという程度)

そんなわけですから、ブツブツ文句を言うだけでなくどうすれば良いのか頭を使って考えてみれば良いのですが、簡単には行きません。

一つ問題なのは、東アジアには禅宗仏教の伝統がありそこでは考えずに働くことで悟りに近づくという思想があることです。
禅宗では「働かざるもの食うべからず」という基本思想のもと、農作業や食事の支度、掃除などすべてを修行とみなして頭を空にして高僧も皆取り組むということがあります。

どのような社会であるべきかなどということを日々考え続け、もがき続けるなどという姿勢はとても禅の境地とは相容れないのですが、さて、どちらの態度を取るべきでしょうか。

Re:頭を使うということ
雑草Z
>社会のほとんどの人が日頃はほとんど頭を使わずに日常に流されているということ

一般庶民は、日々の仕事、雑事に追われて「社会全体・環境の事は政府が考えてくれる」と思い、
 その政府の指導者(エリート)は、私腹を肥やし、目先の利益ばかり考え「業務は通常通り」

つまり、大局的な将来の事をしっかり考えている人は殆どいない状態ですね。「発展」だと思っていたものが、「崩壊の始まりだったと悟ったときには既に遅し・・・

>「働かざるもの食うべからず」

が禅宗の教えだったのですね!初めて知りました。 そう考えると無我の境地を求める禅宗も、社会を破局に導く恐れがあると言う事ですね!…新たな知識です。有難う御座います。

禅の教え
爽風上々
ちょっと不適切な引用の仕方をしてしまい、禅が社会の破局につながるといった印象を与えてしまったようで、申し訳ありません。

本当の意味での無我の境地での作業というものは社会の矛盾を考えるということとは違ったレベルの話で、禅の悟りに達した修行者は社会の不幸にも目を向けているのは当然の話です。
自らの悟りだけでそのような社会を思いやることができないのは、生半可な修行者でしょう。

作業をしながらの修行といのは、座禅での修行ばかりがあまりにも強調されすぎていたことへの批判を含めて言われてきたことです。行住坐臥(座っていても寝ていても、仕事をしていても)悟りを開くための修行をしているというものが推奨されました。
しかし、それも行き過ぎると仕事をしていればそれで良しという風潮にもつながったのでしょう。
いずれも禅宗修行者でも低レベルの話です。

まあ、日常の仕事に追いまくられて考えるべきことも考えられないというのは、そのような段階の話でもなくさらに下位の世界でしょう。
「自主的な奴隷」のようなものです。
本当は自分たちが主権者なのに。

Re:Re:日銀のマイナス金利
guyver1092
 世界経済が縮小すること自体はエコロジカルフットプリントの点から考えれば喜ばしいことです。しかし、経済システムが経済成長を目指す仕組みの中で縮小を始めれば、庶民は不幸になり、悪逆な資本家はその不満を利用して、マンガサイボーグ009に出てきたブラックゴースト団のように戦争を操って、自らのみは成長しようとするでしょう。すでにアメリカは軍需産業が儲けを出していますし、日本もこれに参加するための準備を着々と進めていますね。
 この流れを何とかするには、マイナス成長の経済システムに切り替えるしかないのではないかと考えています。

Re:禅の教え
雑草Z
 爽風上々さんの先のコメントで、

>「働かざるもの食うべからず」

が、禅宗の教えだった事、及び

>考えずに働くことで悟りに近づくという思想

が、私にとって新たな知識でした。

さらに今回のコメントの

>作業をしながらの修行といのは、座禅での修行ばかりがあまりにも強調されすぎていたことへの批判を含めて言われてきたこと

も初耳でした。言われてみればさもありなんな事ですが・・

>日常の仕事に追いまくられて考えるべきことも考えられないというのは、そのような段階の話でもなくさらに下位の世界でしょう。 「自主的な奴隷」のようなものです。

世の中このような方が非常に多いように感じます。仕事をしっかりやり、仕事で成果を挙げれば、一角の人間だと評価されると思っています。

かく言う私も、日々の雑事に追われたり、 仕事優先になってしまい、社会の不幸に目を向けても、そこまで止まりで収まる事が殆どです。それじゃあ駄目ですね。





Re:Re:Re:日銀のマイナス金利
雑草Z
>経済システムが経済成長を目指す仕組みの中で縮小を始めれば、庶民は不幸になり、悪逆な資本家はその不満を利用して・・・・・戦争を操って、自らのみは成長しようとするでしょう。

のコメントは、現状をよく分析されて、本質をえぐり出していると思われます。

>すでにアメリカは軍需産業が儲けを出していますし、日本もこれに参加するための準備を着々と進めていますね。

とんでもない方向に突き進んでいますね。文明崩壊への道です。

>この流れを何とかするには、マイナス成長の経済システムに切り替えるしかないのではないかと考えています。

マイナス金利に対する評価はまだ保留でしたが、guyver1092さんのコメントには説得力があり、マイナス金利は脱成長への必要過程なのだと考えるようになりました。
利子が付くのが当然と言う考え方は、近代、現代社会の洗脳なのでしょうね。




論旨を元に戻し
爽風上々
最初から脱線させて申し訳なかったのですが、本来の論旨について少し考えてみました。

金儲けのことばかり考えている権力者層はどうしようもないでしょうが、それに使われているのに日々の仕事に追いまくられ、本当に考えるべき人類の行く末について何も考えられない状態が問題ということでしょう。

ただし、これには相当な障害物があります。
国家の主権が民衆にあるという建前になっているところでは、一応は責任も民衆にあるのですが、そういった国ばかりではありません。
北朝鮮では人類の将来を考える先に明日生きていく道を考えるので精一杯でしょう。
中国もそれほど差があるわけではないようで、主権は共産党にあり国民はそれに従うだけです。
こういった国々では人類の将来を考える前に圧制者の打倒を考えなければなりません。

一応民主主義国家で国民に主権というものがあるという建前になっている国で、主権者たるものが何も考えていないという問題が本来のここで取り上げている主題でしょう。(ここまでで人類の60%以上は外れるようです)

しかし、現代の民主主義国家ではその全てにおいて代議制が取られており、任期3年か4年の期限が切れる前の改選が庶民と政治との関与であるのはほぼ世界的に同様です。
私がこの前から何度か話しているように、これが民主政治の大問題になっています。
ほとんど自分の思想とは異なる候補者に任せざるを得ない代議制では政治への関心も投票時だけに限られてしまうのも有りがちなものでしょう。

細かい問題を調整するだけの代議員を選ぶのは仕方ないとしても、重大な問題は直接の国民投票で決定すべきではないでしょうか。
現代ではIT技術の進歩で投票も瞬時に集計することも可能になっています。ある程度の重大問題はすべて国民投票にかけることとし、その決定には全ての議員と政府が従わなければならないとすれば、国民の政治意識もまったく違うものとなるでしょう。

たとえば、原発稼働はおそらく瞬時に不可となるでしょうし、安保法制も廃案となるでしょう。

こういった制度を確立すれば否応なしに国民の政治意識は高まると思いますが。

内戦やパナマ文書
団塊親爺の遺言
 世界の指導者たちはいつも口当たりの好い事を謳っている

そんな中、世界で一番貧しい大統領が来日した ホセ・ムヒカさん
今の権力者たち全員に爪の垢でも飲ませたいものです

内戦で死の恐怖の中で逃げ出す事も出来ない多くの難民たちを
救う事も出来ない世界 その内戦で潤う武器商人たち・・
シリアで逃げ出す事の出来ない人たちは地獄で生きている様な
ものでしよう・・人類の質が非常に堕ちて来ています

神も仏も現れないなら・・宇宙人でも良いから圧倒的な力で
この世の浄化をお願いしたいと想うのは私だけ・・
日本だけが平和なのだとは到底 思われない パナマ文書で暴かれる
人間たちは大勢いて自分さえ良ければ良しとする考えの横行
今の世界は既に救い様の無い世界かも・・


コメントを閉じる▲
2016-02-13 21:40
今の世界の経済のシステムは複雑に出来ていて、経済学者、エコノミストに解説して貰わなければ良く判らない・・・と思われがちです。・・・世界には沢山のエコノミストがいて、大学の経済学部にも毎年沢山の学生が入学しているのですから、現代の経済は一筋縄ではいかない事は確かかも知れません。
『金融工学』なんて学問も流行っていました。(今でも流行っているのか、流行らされているのか分かりませんが、)初めてその言葉を聞いた時は「何で経済が工学なんだ?」って思った人も多かった事でしょう。
でも、経済学者、エコノミストの解説を聞いて現在の経済システムに納得がいくもので人はどのくらいいるのでしょうか?・・・現代経済システムに納得した人の殆どは、騙された、若しくは洗脳されたと考えています。何故なら現在の資本主義の経済システムは不公正と矛盾に満ちていますから・・。『金融工学』なんてその典型例でしょう。必要のないまやかしだと考えています。

経済はシンプルに考えるべきであると思いますし、シンプルに考えられるものでなければおかしいと思います。本質は至ってシンプルなものでしょう。

では何故現代の経済は複雑に見え、複雑に語られるのでしょうか?・・・その答えも至ってシンプルだと思います。それは、お金を更に増やしたい、お金で色々な世界を支配したいとの欲望を持っている人々が築いてきたシステムだからです。財閥、資本家が更に儲ける為に仕組んだまやかしであり、矛盾をどんどん上積みしていったからでしょう。矛盾に矛盾を重ね・・・詐欺的嘘を嘘で上塗りして、ばれないようにどんどん複雑に見せていった・・・これが現代の資本主義経済が複雑に見せられている本質でしょう。強欲な資本家が、もっと儲ける為に理に適わない事に理屈をつけているから、複雑に見える(見せている)のでしょう。

大学の経済学部の多くの学生が、そのまやかしの理論に洗脳されて、この矛盾に満ちたペテン社会の企業戦士となって行くのです。そんな経済学なら学ばない方がまし・・・かも知れません。複雑化されて騙され、洗脳された経済学部出身者は、近視眼的には現代社会に必要な人材と言われるのでしょうけれど、この矛盾に満ちた社会を支えて、更に不公正な社会を作る事に加担している事になりましょう。
長い目で見れば、不公正を助長し文明崩壊に進む推進力を荷っていると言えましょう。


そんな経済学部の学生、学者の中にも、昔からその矛盾に気が付いている学生も沢山いて、その中の一部の人々は現代資本主義社会の矛盾、不公正を世に発信しています。
私の乏しい知識から現代資本主義経済の大きな矛盾を指摘している経済学者を挙げさせて頂けば、カール・ポランニー、シルビオ・ゲゼル・・・(カール・マルクス、フリードリッヒ・エンゲルスは揚げないでおこうと思います。)日本で言えば、玉野井芳郎、室田武、多辺田政弘・・・(きっと)枚挙に暇はないでしょう。

現代社会を支える経済理論は矛盾に満ちた不公正なものですから、必ず破綻する筈です。
(と言うか、既に破綻していて、それを多くの御用学者達が必死で誤魔化して支えている積りでいる、まだこんな不公正な資本主義を無理に続けようとしているのが現代社会でしょう。

経済はもっとシンプルで分かり易い、理に適うものであるべきです。

現代はそんなオルタナティヴな経済学を提唱する人々が次々に現れて、パラダイムシフトにあと数歩・・・と言うところなのではないでしょうか?


関連記事 【経済学に疎くても】 をかなり以前に書いています。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2016/02/13 21:40】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

単純な部分複雑な部分
guyver1092
 単純な部分
Q地球という閉鎖された空間の中で拡大再生産を正義とする資本主義が存続できるか?
A不可能なのは、四則計算でもわかります。

 複雑な部分
Q明日から一年後ぐらいまでの期間に、どの株を買えば儲かるか?
Aとてつもなく複雑な計算式と、膨大なデータを処理してでないと分かりません。


Re:単純な部分複雑な部分
雑草Z
    guyver1092さん

またまた、風刺の効いたブラックジョーク有難う御座います。

単純な部分は納得ですが、複雑な部分は、
他の人間の思惑もあるから、いくら計算しても必ず儲かる株は分からないでしょうね(笑)

まあ、要するに、労せず儲けたい輩が経済を複雑に考え、複雑に見せかけていると言う事ですね。

>とてつもなく複雑な計算式と、膨大なデータを処理して

も、社会にとっては役に立たないばかりか、害毒でしょうね。
それが金融工学の正体でしょう。

承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
2015-11-11 01:12
減価する貨幣と、インフレは、どちらも、物に対するお金の相対価値が下がっていくと言う事では同じです。効果に明白な違いはあるのでしょうか?・・・この難題について、ここの常連のHN guyver1092 さんが書いて下さいました。(以下)


 減価する貨幣と、インフレターゲット政策とは効果として同じなのでしょうか。同じであれば、わざわざ新たな貨幣制度を作る必要はないでしょう。今ある制度で対応できるにもかかわらず、別の仕組みを作るのは、社会システムのエントロピーを増大させることで、してはいけないことと考えます。
 考察するために、まずインフレについておさらいをしてみます。

インフレーションの定義は「物価の上昇と通貨価値の下落が継続的に続く状態のこと」「通貨膨張による物価の持続的騰貴、その逆数としての貨幣価値の下落」などとされています。
リンク1 【インフレとは
リンク2 【インフレーションとは
リンク3 【インフレーション】Wiki

これらのページによると、さまざまな理由により起こるようです。大きく分けて次の二つで、それぞれをもっと細かく分けることもされているようです。
(1) バブルや戦争時など景気に左右されるインフレ
(2) 通貨の供給量に左右されるインフレ

日本人の多くは(政治家も含めて)インフレ=良いもの、デフレ=悪いものと単純に考えている者が多いようですが、その起こる原因により良いインフレであったり、悪いインフレであったりします。良いインフレといわれるものは、需要が増加し、供給が追い付かないことにより起り、この場合、生産力が増大しない場合は景気が後退しますが、それ以外の場合は景気が良くなるとのことです。このインフレは需要インフレーションと呼ばれ(前のバブルや戦争時など景気に左右されるインフレの中の一つ)、良いインフレといわれているのはこのインフレだけとの説もあります。(リンク4のページによる)
リンク4【「インフレ=善」、「デフレ=悪」 は本当か

 さて、現在の日本で起こっているインフレはどのような原因によるインフレでしょうか。現在のインフレは(2)の通貨の供給量に左右されるインフレで、アベノミクスという経済政策で意図的に行われたインフレターゲット政策の結果です。
 このような通貨安を意図的に行う政策は、リンク1のページによると「利下げの幅やタイミングなど調整を間違えると想定以上のインフレを引き起こし逆に経済を混乱させかねない。」とありますし、リンク4のページによると「最悪のインフレ」と評されています。
リンク3のページによると「貨幣の供給増加は貨幣に対する債券の相対価値を高めることになり名目金利を低下させる。このため通常は投資が増大し、需要増大をもたらす。そのプロセスが最終的に、需要インフレに帰結することでもインフレーションに結びつく。」とありますが、現在の日本の状態はどうなのでしょうか。

リンク5 【良いインフレ、悪いインフレ

リンク6 【物価値上がりで実質賃金大幅に減っている! 「悪いインフレ」に陥っている可能

リンク7【消費者物価指数に「悪いインフレ」の影

 リンク5~7のページによると、うまくいっていない、それどころか失敗して予想を超えた悪いインフレになりつつあるとの分析もされています。
実際にアベノミクスが始まってから連続2年3カ月に亘って実質賃金の低下が続きました。このマイナスを取り返し、経済成長するためには、このマイナスを取り返すほどの賃金上昇が必要なのではないでしょうか。GDPは、9月8日の政府発表で4~6月期はマイナス1.2%だそうで、うまくいっているとの感想は持てません。

 さて、インフレターゲットで現実に起こる事態はどんなものでしょうか。リンク2のページの「突然,物価水準が 100 から 110 へと上昇したとする。」以下と考えられるでしょう。平たく言うと、労働者=消費者が貧乏になることと引き換えに高い雇用をしようというようです。これは、労働者の実質賃金が下がりすぎて、消費者でなくなる(物を買えなくなる)と続けられない、言い換えれば永続的には続けられない可能性の高い政策ということになると考えられます。また、インフレターゲットの性質として、資本の蓄積を起こして経済成長を志向する傾向があるでしょう。この性質に関しては、繰り返しになりますが、地球という物理的大きさに絶対的に縛られますから、やはりいつまでも続けられない政策と言えるでしょう。
 まとめると、インフレターゲットは実行するには非常に大きな危険を伴い、なおかつ、それほど長期間続けることはできない政策と考えられます。

リンク8 【4~6月の実質GDP改定値

 インフレ政策は、物価は常に変動し続けるのに対して、減価する貨幣の社会では物価は安定する傾向になります。

リンク9 【化石燃料のなくなった後の経済システム


 減価する貨幣の社会はどうでしょうか。「シルビオ・ゲゼル入門」「エンデの遺言」によると、古代エジプト、中世ヨーロッパのブレクテアーテ、ヴェルグルをはじめとする、世界恐慌時のオーストリア等で行われました。その終焉は、古代エジプトではローマによる強制、ブレクテアーテは、領主の強欲、世界恐慌時は、中央銀行による禁止により終わったとあります。減価貨幣の社会の内部原因によって終わるものではないようです。
 さて、歴史上存在した、減価貨幣採用の社会の実情はこれらの本を読んでも、イメージがつかめません。その理由は、ヴェルグル等では、停滞していた経済が一気に加速し、2年もかからずに、世界恐慌の経済停滞を一気に解決したとある一方で、古代エジプト、ブレクテアーテでは落ち着いて安定した社会と記述されているからです。明らかに正反対です。古代エジプトで、何年間減価する貨幣が採用されていたかは、エンデの遺言に記述はありませんでしたが、ブレクテアーテは、200年続いたと記述があります。
 調べた中では、具体的に減価する貨幣の社会を表したページを見つけることが出来なかったので、これら入手できた資料から大胆ではありますが推測してみることにします。まず自分が大金持ちで、欲しい物が何でも買えると仮定してみます。何十年にも亘ってずっと商品を買いあさっても欲しい物が無くならないと言うことがあるでしょうか。私の物欲では、現在の収入でも欲しい物がない状態です。現代は技術力が進んで、商品開発に要する時間が短くなっているとは言っても、技術の本質的な部分は、ほぼ物理的限界に近いところまで効率が良くなっているので、永続的ににより高性能の新製品を作り出すことは不可能と考えられます。結果として、導入から一定の時間がたった減価する貨幣採用の社会は、欲しい物は皆が持っていて、生活するのにあまったお金を、長期的な投資する社会となると考えます。実際にヴェルグルでは、生活に余ったお金を植林に投資したそうですし、ブレクテアーテの時代には、聖堂に投資したそうです。また、入手したお金はなるべく使ってしまうと言う点で、江戸時代の「宵越しの銭は持たない」という庶民の態度が類似すると考えます。考えてみれば、江戸時代の日本では、お米が貨幣として働いており、減価する貨幣採用の社会ともいえるのでしょう。
 江戸時代の日本は、植物の生産力を最大限利用していた社会ですが、日本の面積は有限です。吉宗時代に日本人の人口増加はほぼ静止しましたが、植物を太陽エネルギー固定装置と考えれば、その当時の技術力で太陽エネルギーのみを利用して養える人口が、その当時の人口であったのでしょう。減価する貨幣に対する批判で、経済成長を阻害するとの議論がありますが、地球という有限の容器の中で無限に成長することのみに価値を見出すと言うことは、物理法則は人間の都合でどうとでも変えられると考えているかのようです。
現在、人類は様々な努力をして経済成長をしようとしていますが、効果は微々たるものです。私はこのことは、地球の物理的大きさのほぼ限界まで人類の経済が大きくなってしまったからだと考えます。現在の人類経済の大きさは、エコロジカルフットプリントから考えると、既に地球の大きさを超えているのでしょう。このままあくまでも経済成長を求め続ければ、太陽エネルギー固定装置としての植物を全て失い、NASAの研究通り、人類滅亡も十分起こりえるでしょう。
まとめると、減価する貨幣の社会は、江戸事態のような単純再生産の社会となり、生産した生産物は人々の生活で消費し、それでもあまる分は、長期的な財産に投資される社会になると考えます。
減価する貨幣を採用し、経済成長をしない社会を構築し、地球の大きさ以下まで人類経済を縮小することが出来れば人類滅亡を回避できるかもしれません。

補遺
 以下のページによると、減価する貨幣の社会でも経済政策は行うようです。現行貨幣では貨幣の総量を政策で変更するのみですが、減価する貨幣の社会では貨幣の総量と貨幣の流通速度(マイナス金利を上げたり下げたりする)との二つの手段がとれるそうです。
 単純に考えて、経済政策の効き目ははるかに高そうです。

リンク10 【ゲゼルの国際通貨同盟案
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/11/11 01:12】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ハイパーインフレにならずとも。
でなしNo.146
非常に濃い記事を拝読いたしました。ありがとうございます。

日銀の異次元緩和が予想外のハイパーインフレを起こす可能性については、ジンバブエのような大きな失策が無い限り「今のところ可能性は低い」と考えていますが、日本を舞台にしたこの壮大な社会実験の結果は「失敗」と思っています。

もともとは、「GDPを増やして日本を強くする」という目的のもとで計画されたこのマネーサプライをいじる方向性ですが、記事の中でも明言されているとおり、GDPを上げる起爆剤にはなりそうにありません。

複合的な理由、たとえば、円高によって輸出産業が為替要因で黒字を出すことができたり、日本買いが進んで日本関係の取引量が増えることによるGDPの微増はあるでしょうが、実態は企業が強くなっているわけでもなく、むしろ日本が外国に買われる状況になっていて本末転倒です。

むしろ、消費者を苦しくする政策という意味では、国民をじわじわ疲弊させるふざけたしろものと思っています。

また、うがった見方をもたれている方もいて、ハイパーインフレにして政府の借金を実質目減りさせる企みがある、というお話も聞きますが、少なくとも今の状況ではそれはなさそうです。
ハイパーインフレを引き起こすには、あと1つか2つくらい大きな失策を演じる必要があると思っているので、日銀と政府が出す計画を注視する必要はありますが、今ある材料で見る限りではならないでしょう。

ただ、繰り返しになりますが、ハイパーインフレにならずとも、本来の「GDPのかさまし」という目的は達成できそうにありませんし、結局、国民を疲弊させる結果に終わると思います。

そもそも、「GDP」や「経済成長」にこだわっている時点でドツボっているので、「GDPのかさまし」という目的が達成されたとしても後世で愚策だったと判断されると思いますので、早めにボロがでて良かったと切り替た方が精神衛生上良さそうです。

また、記事の中で
>生活するのにあまったお金を、長期的な投資する社会となると考えます。
という文言を読んで気づいたことなのですが、現在、強欲資本主義が弱まってきていて、どちらかというと「志」本主義が台頭しているように感じています。

お金があっても、目的や手段を間違えると大企業でも大ダメージを受ける時代です。

他でもアメリカで言えば、2010年にNPOである「Teach for America」が人気の就職先で1番となったり、NGO・NPOの台頭が始まっています。これらの組織でもっとも大切なことは志を共有して人を(あとお金も)集めることでしょう。

現在がインターネットの発達で記録社会化していることを考えれば当然の流れで、エゴにまみれた行動では購買を促せなくなってきていて、誰かの目にとまってネットに上げられればまたたくまに世界に広がる場合もあるのです。それがスキャンダラスであればあるほど、すぐ広まり、そしてこの先ずっと記録に残ります。
(子供へもネットリテラシーを最初に教えなければいけない時代ですね。)

こういう社会になった時に大切なことは、その団体や人の誠実さでしょう。
(もちろん、NPOに寄付している企業が全部良い企業とは言えませんが寄付をして世の中を良くしてほしいという部分は評価されるべきと考えます。)

購買を決断する際は人は感情で決断し、理論で後付けするといわれますが、その理論においても、「魅力」や「共感」や「正しさ」が感情面だけではなく、理論の部分でも重要視される社会になってきていると考えます。

これらを踏まえると、あまったお金について小さなお金を各人から集めて将来の世代(もしくは自分)のために植林をする基金を作ったり、株や不動産以外の分野で「投資的案件」が生まれて、人々の共感を得られるようになることも夢ではないのかな?と思ったりしています。
(前者についてはもうありますが、情報発信などの課題があると思います。)

減価貨幣制度の実態は私にはまだ理解がおよびませんが、その制度で重要な概念や考え方の素地は少しずつ整っているのかもしれません。

ハイパーインフレにならずとも。
guyver1092
お久しぶりです。
 私もハイパーインフレまではなかなかならないとは思っていますが、このまま失政ばかり続けていれば、いつかは起ると考えています。
実験結果が失敗というのは、ほぼ確実でしょうね。またぞろ、経団連に賃上げを要求したようですが、この春と同じで、実質賃金が上昇するほどは支払わないであろうと言うことは、今日の昼のニュースでのインタビューを聞けばほぼ間違いないと考えられます。
企業の収益が上がったというのは時々聞きますが、円ベースで上がっているだけで、ドルで考えれば、変わっていないそうです。
リンク3によると、需要が増えるからそれをきっかけとして良い経済の循環が始まるようなことが書かれていますが、現実には需要は増えず、かえって悪い循環を加速しているようですね。
「志」本主義は、企業以外の部分がほとんどなのではないでしょうか。ブラック企業が増えているようですが、これは企業が生き残りのため、強欲にふるまい始めたと考えています。
インターネットの発達によるプラスの社会運動は、戦争法案反対運動を見る限り、始まったのかもしれませんね。まだまだ安心できるレベルとは考えていませんが。
私は減価貨幣制度とは、物理法則を認めた社会、不滅貨幣社会は、妄想を暴走させ現実を見ていない社会であると考えています。


ブラック企業について
でなしNo.146
>ブラック企業が増えているようですが、これは企業が生き残りのため、強欲にふるまい始めたと考えています。

おっしゃるとおり、企業がブラック化しています。

私はこの現象について、いくつか考えていることがあって、

1.市場の価値観の変化と市場のパイの限界
2.ブラック企業の商品では消費者に価値を感じてもらえない
3.売り上げがつくれない、粗利が取れないため人件費に手をつける
4.従業員が長時間労働・サービス残業が増える
※もしくはフォルクスワーゲンやシャープのようにさまざまな偽装を行う。

上記のようなことが考えられます。

1.の価値観の変化ですが、以前は「価格」「機能」で勝負していれば良かったのですが、そこに「デザイン性」やこれらの「バランス」も要素に入ってきていて、市場に選ばれる方法が複雑化していると考えています。

つまり、過去に成功した戦略から抜け出せない企業は、効果がでなくなっている方法をマンパワー(たとえば営業力や商品開発頻度)で補おうとして疲弊している状況です。

以前の企業戦略というのは、たとえば、商品について「薄く・軽く・小さく・壊れにくく・早く・安く」を極めれば良い、というパラダイムです。そのさらに前は重厚長大系でしょう。
(これは成長期のフェーズでは使えるのですが、成熟した市場では効果が逓減するのです。)

以前はこの方法を極めることで日本企業の家電業界などは繁栄しましたが、パラダイムが変わった今はアジアの他の国にシェアを奪われています。

ブラック企業が生き残りをかけているという部分は私も感じておりまして、私の個人的な見解ですが、「以前のパラダイムから抜け出せない企業が生き残ろうとするとブラック化するしか道がない」と考えていて、10年後は買収されるか・倒産しているか別な仕事をする会社になっていると思います。

ただし、ブラック企業でも雑草さまが論じているような広い意味でのインフラ系の企業、たとえば農業を牛耳る「モンサント社」のような、国力の源泉になりうるような企業は「国策としての影の庇護(というか援護)」もあって、なかなか体質は改善されないと思います。
guyver1092さまが論じるブラック企業がこの部類でしたら、いただいたコメントの通りで、私の見解も一致しております。

しかし、今の10代~30代が主役になるような時代には過去のパラダイムが終わり、「感性」や「バランス」がより意識され、ネットでもより正確な情報や理想のあり方(いわゆる志)を提供する人が重宝されるようになるでしょう。

そして、企業群が「利益を最大化する」ことが最大の目的の時代から「継続性を重視して最適化する」時代へシフトすることが、これからの経営に必要な視点であることは若い企業家の多くは気づいています。

いまだにトップが古い頭だと、市場が成熟しきっているのに最大化を目指そうとするため、無理な戦略を選択してブラック企業化します。一方、多くの若い人は、成長期における最大化の舵取りは間違っていないけれども、山を登ったらあとは継続性を重視して最適化した方が市場で長く戦えることを気づいているのです。

ちなみに、最適化とは自分達が与えられる価値とそれを受け取りたいと思うお客さんからの売り上げを最適化するという意味です。

なお、この考え方が浸透したとしても、より積極的な環境破壊活動の縮小が必要だと思いますし、環境破壊活動を止めつつ、豊かさを感じられるような仕組みの実現が必要だと思います。

そこには、当然、物理法則などに基づいた、より「自然」な社会のあり方が重要になるでしょうし、人類がより理性的に成熟することも重要になるでしょう。

Re:ブラック企業について
guyver1092
 ブラック企業が増えている原因について、1の「市場の価値観の変化」は、物理法則的に技術の進歩の限界に近いため、本文で述べた「永続的により高性能の新製品を作り出すことは不可能」となり、現在所有している製品と比べた結果、買う価値が無いと判断する人が多数を占めてきたのではないでしょうか。また、4のとおり、労働力の買いたたきにより、買うだけの財力がない人(ワーキングプア)も増えてきている事も考えられます。後半の「市場のパイの限界」は、突き詰めていくと地球の物理的限界に、人類の作りだした経済システムが収まりきらなくなってきたことによると考えています。
 資本主義は拡大再生産が必要ですが、技術は物理法則による限界があり(製鉄を例にとれば、品位70%の鉄鉱石1トンからとれる鉄は0.7トン以上は無理)、地球の面積も質量も、物理量として決まっており、人の都合によって変化しませんので、これらの限界により拡大再生産はいずれ不可能になりますし、事実として限界がもうすぐそこに来ているのでしょう。本文にもある通り、拡大しないシステムへのパラダイムシフトが必要でしょう。
 モンサント等の巨大多国籍企業も、現代の会社である限り、拡大再生産が前提となっています。拡大再生産の余地が無くなれば、これらの企業もブラック化し、最終的に存続できないと考えます。

Re:Re:ブラック企業について
雑草Z
今回の記事は、非常に専門的でかつ殆どの人にとって、これまで考えた事が無いような斬新な内容で、経済学者でもコメント出来なかったり、コメントしてもありきたりなお門違いなコメントになってしまうと感じました。かく言う私も、まだ理解が足りない部分があります。
 減価する貨幣については、これまでにここでguyver1092さんが繰り返し述べて下さいましたし、それに触発されて関係の本も読んで、理解は進みましたが、インフレターゲットとの違いは難しいお題でした。困難な記事を書いて頂いて感謝します。

上のどのコメントも、本文のように深い内容で、本文の捕捉説明になっていますね。

>現在所有している製品と比べた結果、買う価値が無いと判断する人が多数を占めてきた

消費者が賢くなってきたという事でしょうか。現在の若者世代は「悟り世代」とも言われますが、消費者としては、理性的になったのだと思います。
企業は、経済拡大の(より多くを売る)為に「ニーズの開拓」として、モデルチェンジや壊れやすい商品の開発、販売対象の拡大等色々な戦略を練って来ますが、結局のところ、浪費の奨励をしているだけだと思います。環境を破壊し、資源を浪費しているだけです。「規格の変更」は最悪の方法ですね。既存の商品を使えなくすると言う事ですから。。

>拡大再生産の余地が無くなれば、これらの企業もブラック化し、最終的に存続できないと考えます。

なるほど・・・、これは「希望」と考えていいのでしょうか?

Re:Re:Re:ブラック企業について
guyver1092
>消費者が賢くなってきたという事でしょうか。

賢くならないと全ての財産を吸い上げられてしまうでしょうから、賢くなってきているのだと思います。エコ商品とか、省エネグッズとか、まだ知性が不足するところもあるでしょうが。

 ニーズ云々は過去にも議論しましたね。結論は過去と同じで、正しい分析をしたということですね。

 国策大企業がブラック化する場合と言うのは、成長の限界の場合と考えています。成長の限界に達した場合、人類の生存環境も破壊しつくされている事が考えられ、「希望」はないのではと考えています。

Re;Re:Re:Re:ブラック企業について
雑草Z
>国策大企業がブラック化する場合と言うのは、成長の限界の場合と考えています。成長の限界に達した場合、人類の生存環境も破壊しつくされている事が考えられ、「希望」はないのではと考えています。

なるほど。。国策大企業がブラック化し、存続できなくなれば、国策に距離を置く健全な企業が強くなる・・・と言う意味では無く、国策企業でさえ、存続できないのだから、企業どころか人類の存続も危ぶまれる成長の限界と言う事でしたか・・・しかし、国策大企業が存続できなくなれば、多の企業も存続できない・・・とは何とも悲しいですね。モラルハザードは解消できないと言う事でしょうか?
 現在は国策大企業のほうが多国籍超国家企業となって、国家よりも強くなりつつありますからね。その方向性も止めたいところですが。。。。方策はありましょうか?

Re;Re:Re:Re:Re:ブラック企業について
guyver1092
私が思いつく対策は、物理法則に反しない貨幣システムだけです。今までも主張している通り、不滅の貨幣は欲望を強欲に変換し、自滅と金を比較すれば必ず金を取るように理性を狂わせる物と考えています。

減価する貨幣の本質
雑草Z
 記事を何度か読み返して、やっと気が付いたのですが、
減価する貨幣制度は、「良いインフレターゲット」とも違って、経済成長を促進する訳ではありませんね。・・・すなわち、減価する貨幣は、米をお金のように用いた江戸時代、若しくはもっと以前の物々交換のように

>単純再生産の社会となり、生産した生産物は人々の生活で消費し、それでもあまる分は、長期的な財産に投資される社会になる

ですね。仰るように、一刻も早く単純再生産社会に移行しないと手遅れ・・・文明崩壊ですね。

「良いインフレターゲット」が良いとは感じなかったのも、この部分でした。経済成長を促進してはやはり破局を迎えますね。

>減価する貨幣に対する批判で、経済成長を阻害するとの議論がありますが、地球という有限の容器の中で無限に成長することのみに価値を見出すと言うことは、物理法則は人間の都合でどうとでも変えられると考えているかのようです。

ここが重要ですね。逆に経済成長を阻害するからこそ、減価する貨幣には絶対的な価値があるのですね。

Re:減価する貨幣の本質
名乗らず
 私は、専門に研究したわけではないので、ゲゼル主義の専門家から見ればおかしいとの指摘があるかもしれませんが、書籍と、エントロピーに対する理解、地球の物理的大きさから、理論的にこうなるであろうとの考えを述べました。
 不滅の貨幣社会は、保田氏の理解が及ぶ範囲内では、存続は不可能です。有限の世界の中に無限を詰め込めるシステムが開発されない限り、資本主義は地球の生態系を道連れに自滅すると考えています。自滅しないためには、地球の大きさ以下まで人類の社会を縮小し、単純再生産の社会に移行しなければならないと考えます。

コメントを閉じる▲
2015-09-23 00:01
大多数の国民の反対にも拘らず安保法案が参議院本会議で可決され成立しました。安保法案に反対した人々の理由の大きな柱は、「戦争法案であり、日本国憲法第九条に違反して海外に派兵する事になる。」「アメリカの戦争に加担させられ、巻き込まれる。日本人が他国の戦争に参加する事になる。」と言うものでした。非常にもっともなまともな理由です。

この法案を成立させる政府の真の目的に関して、山本太郎参議院議員は「日本国民を守る為では無く、経団連とアメリカの為」と言い切りました。この彼の発言は、アバウトに言えばその通りでしょう。最も核心に近い発言だと考えます。しかしそれでもまだかなりアバウト過ぎると思います。つまり、アメリカと言っても、アメリカ国民の大多数ではないし、経団連と言っても、そこに参加している企業の大多数の社員の事ではありません。大多数どころか、ほんの一握りの人々です。そのごく一部の人々の利権の為と言うべきでしょう。・・・勿論その事は山本太郎氏も百も承知の上で、細かい事に捉われずアバウトに発言しているのでしょう。しかし、そこを「経団連とアメリカ」と言ってしまうと、本質を逸れてしまう事になるでしょうし、要らぬ反発を招いてしまうかも知れません。

現在最も大きな問題であるTPPも原発再稼働も安保法案も(消費税増税も、)全て、国民の為では無く「アメリカと経団連の為」と言い切る事は、一般国民に問題の本質に気付いて貰ういい切っ掛けにはなるでしょう。大きく括れば本当のことと言えましょう。しかし、もっと厳密に絞って言えば、「アメリカと経団連の超国家企業の経営陣、資本家の為」となるでしょう。枕詞の「アメリカと経団連の」も要らないかも知れません。単にTPPや原発再稼働、安保法案で利権を得ようと目論む強欲な投資家、資本家の為でしょう。・・・こんな非常に脱力的な理由が全てとは申しませんが、かなり大きなウエイトを占めるでしょう。安全保障だとか、日本全体の経済の為だとか、エネルギー確保の為だとか言う「大義」も、確かに大きな理由の一つではあるでしょうが、そこに「利権」が無ければ、アメリカや経団連の超国家企業の傀儡である政府がここまで強力に推し進めたかどうかは甚だ疑問です。資本家達は「武器輸出で株価が上がる」「海外派兵で株価が上がる」「TPPで株価が上がる」「原発再稼働で株価が上がる」そして、それでお金が儲かる・・・と言った理由でTPP、安保法案、原発再稼働を目指しているのです。そして、善良(で無知?)な一般市民は、「国防の為、日本を守る為」「貿易障壁の撤廃、自由貿易で生活を楽にする為」「電力確保の為」と、踊らされて政府に賛成するのです。そう、一部の強欲な投資家の利権の為に、もっともらしい「大義名分」が与えられ、日本の、そして世界の重大な政策の多くが決められているのです。そう言う事を平気で出来る強欲なサイコパスが、投資家として大成して蔓延って来たのでしょう。これが世の中が良くならない大きな理由の一つでしょう。勿論、投資家の利権の為に全ての悪政が為されて来た訳ではありませんが、日本に限らず、世界中で、投資家の利権の為に、多くの悪政が為されて来たのは残念な現実です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/09/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

道具の奴隷
guyver1092
 金持ちほど、お金という道具の魔力に毒され、金儲けの行きつく先に何があるのか全く目に映っていないのですね、戦争は確かに、朝鮮特需で日本に利益をもたらしたことはありましたが、あのような事が当たり前と考えるのはいかにも浅はかですね。
 まして、今回の戦争法案は、アメリカの世界制覇のため、日本人のみが血と金を垂れ流すと言う物であるのに、本質のわかっていない者は、日本がより安全になるなどうと主張します。このような者は、永久に権力者にいいように搾り取られてしまうのでしょうね。近年、国民はかなり絞られて、貧乏な世帯が増えてきています。絞られているのが分からず、権力者に従う者は、最終的には自らの命も搾り取られるのみならず、子孫の生存に必要な環境も絞りつくされ、地球規模の文明崩壊が来るのも理解できていないのでしょう。


Re:道具の奴隷
雑草Z
>朝鮮特需

が狙いで戦争に加担するって、非常におぞましい行為ですが、それが強欲な投資家の常識なのかもしれません。

 お金と言う道具の魔力に毒された金持ちは、株式と言う、企業を投資の対象としたギャンブルの道具を持持ちました。これぞ、愚か者に刃物を持たせるのと同様に危険な行為でしょう。更に金融工学という怪しい道具で大きな投資を行うのが現代社会です。・・・強欲なサイコパスにそのような強力な道具を持たせる事こそ、文明の誤りですね。

階級闘争
爽風上々
アメリカといっても一概に言えるものではないことは、あちらで「99%」という訴えをしている人がいることからも分かります。いわゆる「アメリカ」というものを体現しているようなのはわずか1%であり、その他の一般庶民は全くそれからは疎外されている存在と言うことです。
それにも関わらずアメリカ人ということでテロの標的にもなるのも気の毒ですが、社会を変えられないという力不足の責任があるのも事実でしょう。

日本でもどうやらそれに近づいてきたようです。もう少しその比率は低いのではと思っていたのですが、どうやらほとんど99%に近い人々が豊かな社会と言うものの恩恵を受けることのできない社会になっているようです。

階級闘争と言う言葉は昔のマルクス主義のようで使いにくかったのですが、まさにそのものずばりのことをしなければならない状況になってきたようです。
1%の富裕層(日本もアメリカも)の持っている資産を開放するだけで社会はかなり改善される見込みがあります。通常の手続きでは難しいのですが、やるだけの価値はありそうです。

Re:階級闘争
雑草Z
 この記事を書いたのは、財閥の投資家達が、投資によって楽して巨額のお金を儲けようと言う陰謀が、TPPや安保法案の裏の目的(真の目的)だと思ったからです。彼等搾取階級は、国家間の対立と見せかけて自分たちへの批判を逸らそうとしているのでしょう。だからそれに乗せられて、日本人はアメリカ人と対立するべきでは無く、搾取される人々で団結しなければならない・・・と考えながら記事を書いていたら、「階級闘争」と言う言葉に行き着きました。
 階級闘争は、個々人が貧困から抜け出す事では無く、搾取される労働者階級全ての待遇改善に繋がらなければなりません。今回は階級闘争まで触れずに、改めて記事にしようと考えていたところです。今回の爽風上々さんのコメントを見て、驚くと同時に、やはり階級闘争に行き着くべきだと確信が持てました。

>階級闘争と言う言葉は昔のマルクス主義のようで使いにくかったのですが、まさにそのものずばりのことをしなければならない状況になってきたようです。

全く仰る通りです。おそらく今の若者は「階級闘争と言う言葉には抵抗があるでしょう。でも、非正規労働者などの搾取される側全体が待遇改善されなければ、格差社会の不公正は是正とは言えないでしょう。

>それにも関わらずアメリカ人ということでテロの標的にもなるのも気の毒

そうですね。9.11でも多くの一般市民がテロの犠牲になりました。

>通常の手続きでは難しいのですが、やるだけの価値はありそうです。

それを実行するのは困難を伴うでしょう。先ず思いつくの事は、強い正義の政治家を首相にする事でしょう。南米の反米国家のように・・・。


世直しの危険
爽風上々
あのほんの少しだけ対米従属に逆らおうとした鳩山由紀夫たちがいかに強固な抵抗にあったかと言う本を最近読みました。
米・官・業・政・電というのだそうですが、鳩山や小沢一郎を執拗なまでに訴追しようとした勢力もその一環です。また、総攻撃に近かったマスコミもその一派です。(”電”というのがそれに当たります)
(近いうちに読書記録をブログに載せます)

彼らに対するものでも総攻撃ですから、富裕層の基盤に直接かかわるような政策を打ち出す者に対するものは想像を絶するものになるでしょう。

やはり「革命」というものはどうしても社会をひっくり返すようなものになるしかないのかもしれません。

Re:世直しの危険
雑草Z
>ほんの少しだけ対米従属に逆らおうとした鳩山由紀夫たちがいかに強固な抵抗にあったかと言う本を最近読みました。

鳩山氏が対米従属に逆らおうとした事は、最近ネットで知りましたが、そんなに強固な手以降に合ってたのですか?!・・・是非内容を知りたいので、読書記録、期待しております。

>米・官・業・政・電

なるほど、原子力邑みたいですね。諸悪の根源はみんな大体同じなのかもしれません。富裕層の番犬といったところでしょうか?

小沢一郎や田中角栄も対米従事に逆らおうとして失脚させられた・・・とネットでよく目にしますがどうなのでしょう?

民主党の「管おろし」も浜岡原発を止めて原発稼働ゼロにした管直人氏への米・官・業・政・電からの総攻撃だったのではないでしょうか?

>「革命」というものはどうしても社会をひっくり返すようなものになるしかないのかもしれません。

そうですね。そしてそれは人間が起こさなくても、「成長の限界」によって必然的に起きるでしょうね。「成長の限界」と言えば、鳩山由紀夫さんの書いた書評と言うか、宣伝文と言うかを読んだ記憶があります。ちょっと意外だったので記憶に刻まれています。この点だけでも鳩山氏を支持します。

コメントを閉じる▲
2015-08-29 01:25
反安保法案(戦争法案)デモ、反安倍政権デモは、この夏の始めのあたりから、かなり盛り上がっています。毎日どこかしらではデモや集会が行われていましたし、週末には全国の沢山の場所でデモや集会が行われて来ました。参加者もウナギ登りに増えています。
そして8月30日には、かなり前から告知され、「総がかり行動実行委員会」が準備し、呼びかけて来た『戦争法案廃止!安倍政権退陣!国会10万人・全国100万人大行進』をはじめ、多くの大規模なデモが行われます。赤旗新聞によると、(続き)この日は全国250か所以上でデモ、パレードなどが行われるそうです。(赤旗新聞はよくぞ掲載しました!・・・ネットワーク、流石です!)今年のデモの中でも最大級のデモの日となるでしょう。
この夏の終わりから行われる大規模なデモや集会などの抗議活動は、色々な意味で、様々な分野で人々の試金石となるでしょう。

先ずは、安保法制の行方・・・反対派が激増して焦り始めた安倍政権は、他の法制の国会審議を遅れさせても、強引に安保法案を通そうと言う目論んでいます。しかし彼等の説明には全く「理」がありません。集団的自衛権の例えは、余りに出鱈目で、稚拙過ぎて説得力はありませんでした。安倍政権に同調的で、反対運動をあまり報道しなかった大手マスゴミも、最近は圧倒的多数の世論に配慮してか、安保法案に反対する人々の意見を流すようになりました。次々と多くの人が声を挙げています。安保法案を直接止める事は難しいかも知れませんが、デモが徒労や無駄に終わる事は無いでしょう。現政権が多数の国民の声に少しは耳を傾けるかどうかの試金石になるでしょう。そして、何より国民一人一人の試金石になるでしょう。

そもそも政府の言う「集団的自衛権」が本当に諸外国から日本を守る為にアメリカが防衛してくれているのならいざ知らず、その実体は、アメリカの超国家企業の利権の為の侵略戦争に日本の自衛隊を出せ・・・という事…だと露呈してきました。そして、日本の超国家企業もそれに乗っかって軍需産業を伸ばそうと企んでいるのです。軍需産業で儲けようと経営陣がが企んでいる企業の、従業員の試金石にもなるでしょう。

NHKを筆頭に、大きなTV局、大手の新聞社の大半は、これまで反原発や反戦争法案デモのニュースをあまり流していませんでした。TVや新聞で流される反原発や反戦争法案デモの報道は、実際に行われたデモの回数のほんの一部です。数十分の一・・・それ以下かも知れません。数万人規模のデモでも、何度となく無視して来ました。2011年の3.11原発震災以降、1万人を超す規模のデモも幾度となく行われて来た事を、参加当事者や関係者など、関心のある人以外、知らない人が多いのも事実のようです。3.11以降、これらの大手マスコミに対する国民の不信感は非常に大きくなりました。
この8月になってそんな安倍政府側に偏った報道に対して国民の不満や批判が積っているNHKを囲むデモも行われるようになりました。デモでの主張は、「政府の広報はやめろ。」「市民の行動を伝えよ。」「自主自立を取り戻せ。」・・・と言うものです。こんなNHKをはじめとするTV局、マスコミにとっても試金石になるでしょう。8月30日のデモを、テレビも新聞も規模相応の時間や紙面を割いて報道しなかったとしたら、本当にマスコミはマスゴミとなり、国民のマスコミ離れはますます大きくなり、新聞社やTV局の存続にも関わるようになるでしょう。(NHKも例外ではないでしょう。)今回のデモも無視なんて事になれば、マスコミに対する糾弾も、大きな局面を迎えそうな勢いです。

デモに関しては国民の為でなく、政府与党や大企業の為に働いてきた警察、特に公安警察の動きにも注目です。反原発デモでは、わざと国会前の道路で工事を行って通行禁止にしたり、地下鉄からのある方向への出口や通路、道路を封鎖したり、デモ隊を分断したり、道を違う方向へ誘導したりと姑息な妨害を繰り返しました。顔写真を撮るのも日常茶飯事で、何時間もスタート地点の公園(日比谷公園、明治公園・・・)に足止めする事もありました。妨害し放題の警察でした。今回も安倍政権や都知事の要請に従って、様々な理由を付けて、またそんな姑息な妨害をするのでしょうか?見せしめの為の不当逮捕もする積りでしょうか??警察官になるときには「・・・・良心のみに従い、不偏不党且つ公平中立に警察職務の遂行に当たる事を固く誓います。」って宣誓した筈なのですが・・。妨害では無く、デモがスムーズに流れるようにして欲しいものです。それでこそ、国民に愛される警察官でしょう。これまた、デモの整理の指揮に当たる警察官、個々の警察官の試金石となるでしょう。
因みにデモの取り締まりや嫌がらせが酷いのは、勿論、霞が関~国会議事堂周辺です。今回のデモでは、「8.30国会集会への過剰警備を監視する国会議員団」が結成され、警察の過剰警備を監視します。更に弁護士の方々の監視ボランティアもあるようです。こんな事をされなければならない警察も情けないものです。・・・議員や弁護士、警官の試金石ともなるのです。

そう、この夏の終わりの大規模デモは、色々な意味で、日本国民一人一人の試金石になるのです。勿論、私にとっても・・・。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/08/29 01:25】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

日曜日
guyver1092
 日曜日に、地元で反安保集会があったので参加してきました。ちなみに五十年ほどの昔まで、デモ行進はなかったそうで、地元の警察署が手続きに非常に苦しんだそうです。
 参加して良かったことは、安保ガイドラインの新旧についての勉強会に参加した報告を聞けたことです。旧の安保ガイドラインには、日本が攻められたらアメリカが日本のバックアップ及び反撃をすると明記されていたのが、新ガイドラインではその部分がすっぽり抜け落ち、アメリカの都合で反撃をすることもある、反撃しないかもしれないというようなことが書いてあるそうです。少し探してみたのですが、まだ新旧対照のページを見つけられていません。
 ともあれ、この報告が本当なら、推進派の「もし中国が攻めてきたらどうするのか?」主張は、ガイドラインを全く読んでいない者のたわごとであり、新ガイドラインが動き出すと、自衛隊が海外で戦争しているすきに、中国が攻めてくるという事態になりかねないということになるのでしょう。
 

Re:日曜日
雑草Z
guyver1092さん も行かれましたか!?

 それは嬉しい事です。法案反対でも、デモなんてやっても仕方ない・・・と冷めた目で見ている方がいますが、その方々はデモに行かずに何をしているか?・・・大抵の人は法案阻止の為に何かしているわけでもないでしょう。

一方デモに参加すれば、色々な情報、報告も聞けますし、連隊も出来ます。その場に行かないとあの「空気」は分かりませんね。

>ちなみに五十年ほどの昔まで、デモ行進はなかったそうで、地元の警察署が手続きに非常に苦しんだそうです。

この日は全国300か所以上でデモが行われたようですので、そんなところもあったのですね!?…なかなかいい話です。一方、福島県は、脱原発デモで警察もだいぶ慣れたようです。・・・福島県は、勿論脱原発デモのほうが遥かに盛り上がりました。

>旧の安保ガイドラインには、日本が攻められたらアメリカが日本のバックアップ及び反撃をすると明記されていたのが、新ガイドラインではその部分がすっぽり抜け落ち、アメリカの都合で反撃をすることもある、反撃しないかもしれないというようなことが書いてあるそうです。

とんでもないですね。本文にも書きましたが、結局「集団的自衛権」の本当の姿は、アメリカの行う戦争に日本も一緒になってやれ・・・という事でしょう。

NHKをはじめとして、大手マスコミは腐ってしまっているところが大部分ですね。



コメントを閉じる▲
2015-07-17 00:01
制度疲労とは、一言で言えば制度が時代に合わなくなったと言う事になりましょう。制度が運用されているうちに社会状況が変化し、制度の目的と実情がずれてしまい、うまく機能しなくなった状況を指します。
この言葉は、官僚をはじめ、様々なところの責任者が自分達の失敗を誤魔化す為の言い訳にも使われています。「制度疲労により・・・」と言ういい訳にはうんざりです。「制度が疲労したとしたら、判った時点で改めるべきだった筈です。私は、制度疲労を起こしたと言われている制度の多くは、社会状況の変化によって制度が時代に合わなくなったと言うよりも、制度が制定された当初より、矛盾に満ちた、不公正な制度だったものであると考えます。その制度の施行当初よりどんどんストレスが蓄積して、状況が悪化していったものが大部分でしょう。
卑近な例では、かつての日本の社会保険庁の年金システムがそうです。最初は確かに上手く回っているように見えたかも知れませんが、それは上手く機能していたのではなく、問題を先送りしていただけなのです。経済はずっと成長し、年金収入も年々増えていくと言う最初の想定から、破局の運命は決まっていたのです。現代社会のシステムに典型的な、未来からの収奪の一例でしょう。制度疲労を起こしたのではなく、最初から欠陥システムだったのです。システムの欠陥に気が付いてもそのシステムにしがみ続けた事が、年金問題を大きく膨らましたのです。・・それによって社会保険庁は廃止になりました。社会保険庁の見直しによってできたと言われる日本年金機構も、最初からシステム不全なのだと思いますが、今回の記事の単なる一例で、主題にはあまり関係ないのでこれ以上言及致しません。

最近参考になった『衰退する現代社会の危機』(p163)には、
「核なき世界や温暖化対策、金融規制をきちんとすれば世界は救えても現行のカネ本位の資本システムは崩壊してしまう。これが彼ら(覇権国や巨大資本)にとって困るのだ。だから現行世界システムは制度疲労を起こそうとなんだろうと絶対に死守するしかない。
現行の世界システムは既に制度疲労を起こし、現実の人類の要請に答えられないでいることは多い。制度疲労が昂じて限界に達するとカタストロフが襲ってくる。それを避ける為には一日も早く新しいパラダイムと新しいシステムへの転換で世界の危機を救うしか道はないであろう。」
とあります。大筋で賛同致します。最後の対策に関しては大賛成です。・・・いつもの私の主張そのものです。しかし、一ヶ所、「現行の世界システムは既に制度疲労を起こし、」と言うところが引っかかりました。確かに当初は上手く機能しているように見えた部分は沢山あるでしょう。「その当時の世界の状況には適していたシステムだった」と大抵の経済学者は分析しているようですが、そうではなく、ストレスの蓄積が少なかっただけだからだと考えます。つまり、最初からとんでもない結果をもたらす矛盾に満ちた、若しくは不公正なシステムだったけれども、始めたばかりで累積が少なかったのです。借金や廃棄物と同様、最初は累積が少ないだけなのです。原子力も金融制度も、最初から世界破壊のシステムであり、やるべきでは無かったパンドラの箱だったのです。つまり、昔はしっかり機能していたが、段々と実情から乖離して来た・・・のではなく、はじめから破局のシステムだったと言う事です。
つまり、現在「制度疲労」と言われているシステムの大部分は制度が疲労したのでは無く、はじめから欠陥を持った制度であったと考えています。それは現代のパラダイムが、経済成長、資本主義、無限の技術革新と言う最悪の欠陥システムを前提としているからであると考えます。
この最初から狂っていた大前提は、いつ頃から公理のように扱われるようになったかは、定かではありません。大航海時代からか・・・、産業革命時代からか・・・高度経済成長時代からか・・・兎も角、これらの大前提を基に作られた制度は、疲弊したのではなく、作られた当初から破綻は決まっていた欠陥制度だったのです。当初からこの矛盾に満ちたシステムの犠牲になった人も沢山いた筈ですが、無視されて来たのでしょう。そして実際これらのシステムによって世界・・社会も環境もどんどん破壊されて来たのです。


現代に蔓延る常識、「経済成長」を「常識」として鵜呑みにする事が、世界を破局に導いている事は確かでしょう。だから、『衰退する現代社会の危機』の結論
「一日も早く新しいパラダイムと新しいシステムへの転換で世界の危機を救うしか道はないであろう。」
には勿論賛同致しておりますし、本書の主張に大筋で合意致しております。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/07/17 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

制度疲労あれこれ
爽風上々
金融システムや資本主義と言った「制度」が疲労しているというのはちょっと困った話で、もともと永続するはずもないシステムは疲労するのは必然です。

ただし、年金システムのような枝葉のシステムは疲労させずに時代に合わせて変えていくことが必要なのであり、それをしなかったのは為政者の怠慢でしかありません。平均寿命が短く年金受給世代が少なく、かつユースバルジと言うべき若い世代があふれていた時代に作った年金制度はすでに50年以上前に先行きの不安は見えていたはずです。それを何もせずに放っておいて、無駄遣いばかりをしていたのは許しがたいものであり、今になって少子化の方に責任転嫁などというのは能無し(脳なし)の証です。

ただし、制度が常に変わっていく社会に合わせなければならないかというとそれも真実とは言えず、7世紀の社会に合わせて成立したコーランを変えずに変わっていく社会を否定するというイスラム教の生き方もあります。

日本人は社会が変わっていくことを当然と考え、それを認めずに昔にこだわる人を批判する方が普通の価値観ですが、それがかえって社会の混乱を増すということもあるのかもしれません。

「制度」というものもいろいろあり、基本制度ともいうべきシステムは社会の変化に左右されない様な確固たるものを始めに確立すべきでしょうし、それほどでないシステムは社会変化に合わせて変えていけば良いことです。
また社会変化そのものを認めない社会と言うものも存在しうるものですが、社会の永続性からいうとそちらの方が可能性が高いのかもしれません。

Re:制度疲労あれこれ
雑草Z
爽風上々さんは
>もともと永続するはずもないシステムは疲労するのは必然

という見方をされていらっしゃいますが、私はそれを本文にも記したように

>制度が疲労したのでは無く、はじめから欠陥を持った制度であったと考えています。それは現代のパラダイムが、経済成長、資本主義、無限の技術革新と言う最悪の欠陥システムを前提としているからであると考えます。

つまり、「制度疲労」ではないと考えます。解釈の違いとも言えますが、大方「制度疲労」は体のいい言い訳でしょう。

>平均寿命が短く年金受給世代が少なく、かつユースバルジと言うべき若い世代があふれていた時代に作った年金制度はすでに50年以上前に先行きの不安は見えていたはずです。

もその通りで、最初から破綻は見えていたのだから制度疲労では無く、当初からの欠陥と捉えています。
結論の

>今になって少子化の方に責任転嫁などというのは能無し(脳なし)の証です。

には全く同意です。

>社会変化そのものを認めない社会と言うものも存在しうるものですが、社会の永続性からいうとそちらの方が可能性が高いのかもしれません。

それを本来は「保守」というのでしょうけれど、今は「保守」という言葉はかなり違った意味にも使われていますね。社会のシステムは何らかの大きな強制によって突然変えらる事がしばしば起こりますが、それが酷い方向に行く事が多々ですね。卑近な例で言えば現在の日本が正にその状態です。

不滅の貨幣
guyver1092
 不滅の貨幣とプラス金利を前提にする限り、有限の地球上で制度疲労を起こさないシステムは作れないと考えます。現在「制度疲労」と言い訳をしているシステムは、無限の経済成長を前提に作られており、いわば破滅の因子を内包していると言えるでしょう。(この辺りは合意事項ですね)
 自滅しないシステムを作るには、この地球上にある物理的制限を考えたシステムを作る以外ないでしょうね。
 不滅の貨幣をやめない限り、人類はローマクラブや、NASAの研究結果のように破滅するでしょうね。

Re:不滅の貨幣
雑草Z
>不滅の貨幣とプラス金利を前提にする限り、有限の地球上で制度疲労を起こさないシステムは作れない

なるほど、今回のタイトル「制度疲労」も御自分の持論に無理なく自然に繋げるあたりお見事です。

>現在「制度疲労」と言い訳をしているシステムは、無限の経済成長を前提に作られており、いわば破滅の因子を内包していると言えるでしょう。

またまた、本文で私がまとめた趣旨よりも上手くまとめられましたね。表現も妙です。この一文を本文の最後に付け加えさせて頂きたいと思います。

脱帽です。頗る参考になりました。

コメントを閉じる▲
2015-07-11 22:35
ベトナム戦争の末期、1973年の和平協定成立時にアメリカの徴兵制度は廃止されました。
1776年の独立戦争以来240年余りの歴史の中で、戦争が無かった年はわずか二十数年間しか無い、(アメリカは独立以来9割以上の年で戦争をしている)無類の戦争好き国家、アメリカは、ベトナム戦争後も、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争・・・など次々に戦争をしてきました。その徴兵制廃止後の兵士の人員確保をどうしていたかを考えた事は数年前までありませんでした。数年前に『ルポ 貧困大陸アメリカ』(堤未果著 2008年岩波新書)を読んで、その方法が判りました。それは一言で言えば、「貧困の利用」若しくは「貧困ビジネス」です。
貧困ビジネスの犠牲の究極の形の一つが志願兵でしょう。アメリカの若者の入隊動機の1位は、大学の学費です。貧困から抜け出す為に大学へ行く為の学費を軍が肩代わりするのです。そして2位が医療費、保険に入っていない貧困層の医療費は非常に高いのですが、入隊すれば家族も兵士用の病院で無料で治療が受けられるのです。
更にはアメリカの教育ローンは支払いの延滞が認められず、自己破産も出来ない仕組みになっていて、入隊と言う選択肢くらいしか残っていないのです。
不法移民は入隊と引き換えに市民権を得る手続きを始められるのです。
以上のように何重にも網を張って貧困層が志願するように仕向けているのです。
これが「経済的徴兵制」と呼ばれるものです。確かに形式的には「志願制」であり強制的な「徴兵制」ではありません。しかし、追いつめられて「志願」する以外の選択肢が殆どない状態になるのです。結局のところ戦争の前線には貧困層を送る・・・という事になるのです。形式的には本人の自由意思ですから、国家は責任もあまり取らないのです。

アメリカでは、戦争の民営化によって、基地建設や、兵士の食事の多くを民間会社が行っています。兵士そのものも傭兵会社から発注される場合が多々あります。スパイ活動や拷問まで民間に委託される場合があるとの事です。
貧困層のある者は兵士として、ある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えているのです。
「貧困層」は、格好の人材供給源であり、貧困ビジネスを行っている企業にとっての金づるなのです。
だから、アメリカではもはや徴兵制などいらないのです。政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけで、経済的追い詰められた国民は、イデオロギーの為でなく、生活苦のために兵隊になって戦争に行くのです。


アメリカのように、たった10年間も連続して戦争無しでやってきた事のない国に比べ、現在まで70年間も戦争をしないできた日本は、現在、道理が通じない総理を中心に、本気で安全保障関連法案、通称戦争法案を通そうとしています。その際首相は、「徴兵制は行わない」・・・と断言してます。彼等の狙いはまさにアメリカがやってきた「経済的徴兵制」でしょう。戦争を画策する富裕層の身内は、戦争に行かなくて済むので彼等にとっては非常に都合のいい方法でしょう。
「官製学生ローン」と言われる奨学金の最大手、独立行政法人・日本学生支援機構の運営評議委員にして、経済同友会・前副代表の前原金一氏は、「奨学金の返済延滞者は、防衛省でインターンシップ(就業体験)をさせたらどうか」と発言しています。この就業体験こそ、経済的徴兵制と言えるでしょう。
奨学金受給者や延滞者のリストを防衛庁に渡されているとも言われています。アメリカと同じような「経済的徴兵制」を日本でも行おうと企んでいると考えられます。実際には「徴兵制」では無いから、志願しない自由は確かにあるけど、その結果としての「貧困」は全て自己責任で片づけられてしまう危険性があります。
日本では既に様々な形の貧困ビジネスの類が横行していますが、その究極の形の一種、「兵隊に送られる」と言う事が行われようとしているのです。原発作業員も兵隊同様、貧困ビジネスの最悪の形の一つでしょう。つまり、日本では既に貧困ビジネスはかなり酷いところまで来ているのです。だから戦争も貧困ビジネスの一つに組み入れられる可能性は全く低くはないでしょう。
富裕層の強欲な資本家が、更に資本を増やすのが目的で仕掛ける戦争、原発・・・に、自らは戦争に行く事は無く、社会の弱者である貧困層が送られるのです。何ともやりきれない話です。
「外国に攻撃されそうなのに戦争に反対するなら、愛国心が無い、国賊だ」と批判して、実際は、強欲な資本家達の利権の為のギャンブルに利用されるような戦争の準備をさせてはいけません。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/07/11 22:35】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

兵士の命
爽風上々
国民の生命財産を守ると言いながらその矢面に立つ自衛隊員は死んでもいいのでしょうか。自衛隊員は国民には入らないのでしょうか。
たとえ戦死をしたとしてもそれは国を守るためであったから我慢しろという論法で日本ばかりでなく歴史上のすべての国は言いつくろってきました。
しかし、国のためと言いながら犬死としか言えない死に方をした兵士たちが大多数です。

愛国と言う言葉を多く使われるようになったらその国は愛するにはふさわしくない状態になったものでしょう。
太平洋戦争までの間に国のためと言いながら戦死をした兵士たちは国から何をしてもらったのでしょううか。
ほとんど国からは何ももたらされず、命を奪われた人々であるのは間違いのないところです。
十分に利益を受け取った人々はほとんど兵士にもならずに済んでいたことでしょう。

愛国と言う言葉が闊歩するたびに、その「国」と言うものが愛するに足るものかどうか考えてしまいます。
愛するに足る国とは自分の意見が尊重されるものでなければなりません。多数決と言う基本原理は存在するのは仕方のないことですから、すべて自分の意見が通らなければならないとは言えないのはもちろんですが、たとえ少数意見であってもはじめから無視されているような社会は自分の国とは言えません。

その社会の多数を占めるという人々の意見もしっかりと考えられたものでなければ、とても自分の国として従う気にもなりません。そのような馬鹿者たちとは運命を一緒にする気も出ません。

そのようなわけで現在のこの日本と言うところはとても自分の国として愛するという気にはなれないものに成り果てています。

このままいけば、おそらく日本国領内に直接の危機が迫るはるか以前に自衛隊の兵士たちの間に犠牲者が相次ぐでしょう。気の毒としか言いようがないのですがそれが運命です。

女性自衛官の本音…
ST
現政権の現首相より“共産党”のほうがマシだと感じておられる女性自衛官がとうとう出て来てしまいました。何をか況やですな…

生きる術を持て
団塊親爺の遺言
 猫に小判・・と云う

ロスチャイルドの貨幣の製造権を我に与えよ

地球上の生き物たちの中で人間以外は貨幣や金や貴金属には目もくれません 唯ひたすら自然の恵みの糧を食べ一生を終えるのです 私たちは金や資産が無いと生きられ無いと考えますが
これは他人様の造ったシステムなので我が家の周りの野良猫たちは一切紙幣や貴金属には無関心・・

ひもじさや飢餓には生物は耐えられません
無農薬・無化学肥料の我が家の今年の果樹類は今年も豊作です
この様な食べ物さえ私たちの身の周りに豊富に在るとしたら
皆が食べる心配さえ無ければ 健康に活きる事が出来れば・・
金が在ろうが無かろうが・・今の貨幣制度は無価値です

自然の恵みを知らず 自然破壊を繰り返す悪徳金貸しや企業は
世界の人々がこれらに目覚めた時が一番恐ろしいのかも・・
  

貧乏人が兵士になる
guyver1092
 貧乏人が経済的理由で兵士になることは、以前何かで読んだ記憶がありますが、大学行きを盾に取っているのは知りませんでした。英語という言葉は日本語と違って、高等教育を受けないと教えてもらえない単語があり、教養ははっきり最終学歴で差がつくそうです。なので最終学歴を上げないことには、貧乏から抜け出す良い仕事にはありつけないそうです。
 アメリカという国は戦争がないと、軍需産業が倒産してしまうので、定期的に大きな戦争をしなければならない国であるというのは読んだことがあります。湾岸戦争が始まる寸前に読みましたが、湾岸戦争が起こったということは、この説が正しいことを証明しているのでしょう。
 これらのことは、超国家企業による世界支配が既に完了しているということでしょう。この支配は巧妙で、お金の特権を最大限利用しています。普通に考えれば、乞食になって食うや食わずの生活をしなければこの支配から抜け出せません。巧妙に隠されていますが、(ほとんどの人が洗脳され、重大さがわかっていませんが)ゲゼル主義により、特権を廃止した貨幣を採用すれば支配を跳ね返せると考えています。

Re:兵士の命
雑草Z
>国のためと言いながら犬死としか言えない死に方をした兵士たちが大多数

仰る通りですね。国を守ると言いながら、一部の資本家の利権を守ろうとした場合もあるでしょう。

>愛国と言う言葉を多く使われるようになったらその国は愛するにはふさわしくない状態になったもの

なるほど、鋭い洞察ですね。まさに今の日本ですね。・・・ただ、日本の一般国民の多くは、愛すべき国民なのかも知れません。国の指導者がどうしようもない輩で溢れていますね。

>そのような馬鹿者たちとは運命を一緒にする気も出ません。

そうですね。現政権、日本の大企業の為に尽くす気は毛頭ないですね。

>日本国領内に直接の危機が迫るはるか以前に自衛隊の兵士たちの間に犠牲者が相次ぐ

それでも現政権は責任を取らないでしょう。それどころか、その「相手国」への敵意を煽って弔い合戦とかに持って行こうとするような連中に見えます。


Re:女性自衛官の本音…
雑草Z
 その事件は知りませんでした。ちょっとネットで探してみましたが見付けられませんでした。現政権がもみ消そうとして要るのかも知れません。 STさん、その事件のソースが判れば教えて下さい。

Re:生きる術を持て
雑草Z
>食べ物さえ私たちの身の周りに豊富に在るとしたら
>皆が食べる心配さえ無ければ 健康に活きる事が出来れば・・
>金が在ろうが無かろうが・・今の貨幣制度は無価値です

お金が無くても食べれる世の中だったら、いやいや志願して戦場に行く若者は殆どいないでしょうね。山や森、里山から只で食料を手に入れられる世の中・・・昔は沢山あった筈です・・・に住みたいですね。


Re:貧乏人が兵士になる
雑草Z
>英語という言葉は日本語と違って、高等教育を受けないと教えてもらえない単語があり、教養ははっきり最終学歴で差がつくそうです。

なるほど、興味深い情報有難う御座います。しかし、これからは、そんな教養もネットでつけられるのではないでしょうか?・・・彼らが欲しいのは「学位」なのでは・・?

>大学行きを盾に取っているのは知りませんでした。

アメリカの兵制はあからさまで、貧困層は、先に軍に入るか、教育ローンで首が回らなくなり、卒業後就職が無くて、軍に入るか・・・でしょうか?・・・それを日本も真似ようとしているみたいです。日本学生支援機構への返済が滞って、自衛隊への就業体験→海外派兵・・・なんて事も冗談で無くなるやも知れません。

>アメリカという国は戦争がないと、軍需産業が倒産してしまうので、定期的に大きな戦争をしなければならない国

独立戦争以来93%の年で戦争をしていますから驚きです。正に好戦国家ですね。

>超国家企業による世界支配が既に完了しているということでしょう。

う~ん、嫌な推定ですが、 guyver1092 さんの洞察は当たっているでしょうね。今はTPPなどで、世界支配を強化していると言ったところでしょうか?

>お金の特権を最大限利用しています。

・・と、言うか、お金に特権を持たせているのも彼らでしょうね。

>ゲゼル主義により、特権を廃止した貨幣を採用すれば支配を跳ね返せると考えています。

guyver1092さんの解決策が現実のものとなる事を願います。

アメリカの戦争
爽風上々
アメリカは第1次世界大戦で「儲かる戦争」に目覚めてしまい、第2次世界大戦でも十分に利益を得ました。

朝鮮戦争、ベトナム戦争でもそれを目指したのですが、失敗したようです。
それでもまだ夢を追い求めて数々の戦争を起こしています。

なお、あのベトナム戦争でも「自衛のため」の戦争であると言い張っていたようです。そのため、韓国やオーストラリアは「集団的自衛」の名目で参戦をさせられたということです。

女性自衛官の発言のソースは…
ST
日刊SPAのNetNewsがそのソースなんだと思います…
http://nikkan-spa.jp/878879 がそのURLです。

コメントを閉じる▲
2015-07-05 00:01
米上院が6月24日に、通商交渉の権限を大統領に委ねる貿易促進権限;TPA法案を可決したことで、TPP法が成立する条件が整った・・・と言われています。
いよいよTPP交渉が合意されそうな危機です。しかし、アメリカも日本も国民の多数はTPP賛成ではありませんから、事態はまだまだ流動的のようです。

さて、少し前の記事【TPPをやりたいのは誰か?】で言及しました通り、TPPを推進しているのは、アメリカの国益などどうでもいいと考えている多国籍企業である超国家企業、並びに超国家企業に操られている政府と言う事になりましょう。アメリカに限らず、日本の大企業も含まれます。国籍に因らない超国家企業のトラップと言えましょう。

TPPは元々2002年にチリ、シンガポール、ニュージーランドの3か国間で交渉が開始され2005年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国間で調印されました。この頃までは、小国がお互いの繁栄の為に貿易をスムーズに行う為の協定だったのでしょう。2008年にアメリカが交渉に参加すると表明した頃から、TPPの姿が当初の参加国の意図とは全く違った方向に変貌し始めたようです。グローバリゼーションの罠が次々に仕掛けられていきます。アメリカが交渉に参加したときに「投資」と「金融」と言う新たな分野が追加されました。その後、参加表明国は増えていき、2011年暮れには日本も参加表明します。日本国内の超国家企業の代表、経団連が強く希望したのです。アメリカには日本の経団連に相当するような、企業連合の圧力団体はありませんが、超国家企業がロビイストや傀儡の政治家を使って、アメリカや日本のTPP参加を煽ってきたのでしょう。TPPに参加する事による超巨大企業の利害関係はほぼ一致しています。
日本がTPP参加を表明した当初から、状況を良く分析している方々は、「TPPの真の目的は、参加各国、特に日本の関税、非関税障壁を取り払い、アメリカのやり方に染め上げて、属国化する事がアメリカの真の狙い」・・・だと主張して来ました。
それは大筋では当たっているでしょう。しかし厳密に言えばアメリカと言う国が属国化しようとしているのではではなく、アメリカ政府を操っている超国家企業が日本を属国化しようとしているのです。


アメリカの一般市民の多くも、TPP参加に賛成と言う訳では無く、逆にアメリカでも反TPP運動は盛り上がっています。反対する議員も沢山います。その代表、エリザベス・ウォレン 民主党マサチューセッツ選出上院議員 の主張は正義感に溢れ、非常にまともで理に適っています。【ワシントンポスト2015/2/15】。
(彼女の支持者の多くは2016年の大統領選への彼女の立候補を望んでいますが、本人は立候補の意思が無いと語っています。)彼女は、
「TPPは、米国が外国を搾取する法案以外の何ものでもない」とも述べています。この「米国」とは、米国の一般市民でも国家でも無く、米国の超国家企業を指している事は、彼女の他の発言からも明らかです。
・・・余談ですが、彼女が、次期米国大統領になる事は、かなり望ましい事と感じていますが、彼女でさえ、大統領になったら、超国家企業、財界等の圧力で色々妥協させられてしまうのでしょうか?さもなければ暗殺されてしまう可能性も低くないでしょう。・・・それを十分に承知しているからこそ、彼女は「出馬しない」と語っているのかも知れません。


TPPの問題に関しては【サルでもわかるTPP
がお薦めです。タイトル通り、判り易いだけではなく、タイトルからは意外なほどかなり詳細に書かれています。これを一通り読めばTPPの問題点の殆どを把握出来るでしょう。
TPPをやりたいのは誰か?】でも書きましたが、
①参加国の代表では無く、超国家企業の代表、ロビイストによってTPPの内容が話し合われ、決められようとしている事
②ISD条約[Investor State Dispute Settlement 投資家対国家間の紛争解決条項]によって,企業が国家を、世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに提訴して、国家に損害賠償を請求出来る事。
③ラチェット規定により、一度自由化・規制緩和された条件は、当該国の不都合・不利益に関わらず取り消すことができないこと
④関税障壁のみならず、非関税障壁も撤廃する事が盛り込まれている事

のどれ一つとっても、超国家企業による国家の支配、国民からの搾取が目的である事は十分に想像出来ます。そして、どれ一つだけ見ても不公正過ぎて、十分に不参加の理由になるでしょう。・・・と言うよりも、こんな無茶苦茶な協定に参加する事自体、狂っているとしか思えません。

TPPを仕掛けたのは超国家企業で、超国家企業が国民から財産を絞り取る為に国家にさせようとしている罠でしょう。TPPは一般市民にとっては何一つメリットの無い協定なのです。参加したら取り返しのつかない酷い事態になるでしょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/07/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

真の支配者
guyver1092
 TPPは、真の支配者が誰であるかを良く表している仕組みですね。全ての富を自分達だけで独占し、文句は言わせたくないという意図がはっきり見えますね。
 案内のページ良いですね。支配者の犬の嘘がよくわかります。
 所で、衆議院選挙で、TPPを見極めたうえで、場合によっては引き返すなどとほざいて、あたかも反対派である顔をして当選した犬は、今、どのような主張をしているのでしょうか。非常に興味があります。

Re:真の支配者
雑草Z
>TPPは、真の支配者が誰であるかを良く表している仕組みですね。

はい、TPPの事をしっかり知れば、アメリカの国益ともかけ離れた、単に強欲な超国家企業の利益を追及した仕組みである事が見えてきます。

>案内のページ良いですね。

>【サルでもわかるTPP】

は、タイトルから想像されるステレオタイプでは無く、詳しく本質が見えるように書かれています。

>【ワシントンポスト2015/2/15】

も是非読んで下さい。エリザベス・ウォレン 民主党マサチューセッツ選出上院議員が次期アメリカ大統領になれば、アメリカもいい方向に軌道修正されるのではないかと思います。なかなか大変ですが・・・オバマよりもいいかと感じます。如何でしょうか?

>あたかも反対派である顔をして当選した犬

あれだけ反TPPを掲げて、当選したらTPP推進ってのは、詐欺ですね。許せません。あれだけ選挙公約を踏みにじっていいものでしょうか?

コメントを閉じる▲
2015-06-29 00:01
最近読んでいた本に「超国家企業」と言う表現が何度も出て来ました。最初は「多国籍企業」の別表現だな、「多国籍企業」で十分なのに紛らわしいな・・・と思いながら読み進めました。・・・私に限らず、殆どの人が「多国籍(大)企業」と「超国家企業」を同じ意味で使っていることと思います。
・・・その洞察は、それはそれで妥当かと思いますが、何度かこの表現を目にしたとき、「超国家企業」は「多国籍企業」の進化形(凶悪化形)とも言え、これまでここ<雑草の言葉>の記事で私が「多国籍企業」と表現して来たものは21世紀の現在は「超国家企業」と表現した方がよりニュアンスが伝わる・・・と感じるようになりました。何故「超国家企業」と言う表現を敢えて使ったかが見えて来たからです。だから以後、これまで「多国籍企業」と表現していたものを「超国家企業」と表現する事にしようと思います。

先ず「超国家企業」を連呼していた件の本;『衰退する現代社会の危機』に従って「超国家企業」を定義致します。
超国家企業とは、多国籍企業の21世紀に進化・変異した形態であり、21世紀の新しい称号です。アメリカの調査会社「FORBES2000」にランクインされている2000社を念頭に置いているとの事です。
20世紀に「多国籍企業」として台頭してきました。
これら超国家企業2000社は、2008年~2009年の金融危機以降も売り上げの数%を毎年利益として上げて、年々肥え太っています。
超国家企業2000社といわゆる先進国群(アメリカ・日本・ヨーロッパ・オーストラリア)と比べる興味深い(恐ろしい)表が件の書物に載っています。それによると2007年の超国家企業2000社の売上高は30兆ドルで先進国群は36兆ドルでほぼ同レベルに達しています。そして、超国家企業2000社の総資産は119兆ドルですが、先進国群はマイナスです。(国家負債40兆ドル以上)。その結果、財政収支は、超国家企業2000社は2.4兆ドル/年 に対し、先進国群は、-2兆ドル/年 です。即ち、年々超国家企業の利益は増え続け、先進国家群は負債を抱えて格差は広がるばかりです。国家の負債は、肥え太っている超国家企業への「資金援助」による部分が大きいのですから、開いた口が塞がりません。各国政府は様々なバブル崩壊に際して、超国家企業(特に「超国家金融企業」)に救済名目などで財政を投入し、さらには法人税減税まで行ってきました。即ち、国家は、体よく(国民の預金の保護、失業の回避等)国民の税金を超国家企業に投入して、自らは赤字財政で苦しんで、デフォルトの危機にさえ瀕しているのです。
改めて「超国家企業」と言う名を考えてみます。「国家の経済力を超えた大きな経済力」と言う意味以外に「国家と言う枠を超えた権力」と言う意味も見出せます。即ち、彼らには「国家の中の企業」と言う意識は薄くなって(若しくは皆無になって・・・アメリカの多国籍企業が典型例・・)国家から独立した存在のように振る舞うようになったのです。超国家企業は、「多国籍企業」が主体ですから、国民・国家の福祉・繁栄に寄与する気は無く、自らの利益を追及しているのです。利益は労働者には還元せず、海外移転、海外投資に回し、労働者はどんどんリストラや非正規化して賃金を引き下げています。労働者は単なる資本の一形態とみなしているのです。それなのに国家は超国家企業に奉仕しているのです。「泥棒に追い銭」。政治家の多くが超国家企業の傀儡・エージェントで、超国家企業は、世界中の国家を隷属化しようとしているのです。


(長くなりそうなのでここで一端切りまして<続く>とさせていただきます。・・・「超国家企業」の問題は、西欧の大航海時代の植民地化と同じように大問題化しつつありますので、いくつかテーマを設けて論じていきたいと思います。)


参考文献:
衰退する現代社会の危機  松久 寛 監修  中西 香著  日刊工業新聞社
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/06/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

御用商人
爽風上々
超国家企業といっても政治と無関係なわけではなく、政治を最大限利用して利益を上げます。
このような存在と言うものはかつての封建国家や独裁国家でもあり、日本では御用商人、政商などと呼ばれていました。
政権から莫大な上納金を要求されもしましたが、それ以上に特権を得て暴利を貪っていたわけです。

ところが、一応民主国家となった各国でもその勢いはまったく衰えるどころか、国を超えて世界を股にかけるようになりました。
当然ながら政治もその企業に隷従しているかのようになっています。
その政権が民主的選挙によって維持されているというのも、選挙民を誘導する力によるものなのでしょう。
アメリカの共和党、日本の自民党はあからさまな企業隷従政党ですが、両国の民主党、日本の維新などもまったくそれから自由であるわけでもなく、かえってひどいかもしれません。

法人税も下げる一方ですが、どの国でも「他国と比べて法人税が高いと企業が逃げ出す」と言っているのにはお笑いです。

御用商人と言っていた時代にはまだ政治の方が一応は上位に立っていたのでしょうが、今ではその序列も危うくなりました。政権中枢などといっても、巨大企業から見れば使いっ走りのようなものになっているのかもしれません。

Re:御用商人
雑草Z
>超国家企業といっても政治と無関係なわけではなく、政治を最大限利用して利益を上げます。

はい、その通りでしょう。記事本文に
>国家から独立した存在のように振る舞うようになった
と書いたから誤解されたのかもしれませんが、これは、国家の下にいた存在から、経済力も権力も国家と対等以上の関係になったと言う意味です。それが21世紀の超国家企業であると・・。
 ただ、20世紀以前にもあった事かも知れません。陰謀論では、ロスチャイルドなどの財閥が資金を提供した国が戦争で勝って、財閥の資産を大きく増やしたとか、戦争自体も彼等の思惑で起こされた・・と言われていますし、それを否定出来ない要素はあるでしょう。・・・ただそれが「裏」の顔だったのが、21世紀の超企業国家は、次第に表舞台で堂々と国の支配を始めたようにも見えます。気付いた時にはもう遅い・・・と言う事だけは避けたいものです。

>御用商人と言っていた時代にはまだ政治の方が一応は上位に立っていたのでしょうが、今ではその序列も危うくなりました。政権中枢などといっても、巨大企業から見れば使いっ走りのようなものになっているのかもしれません。

の御洞察通りだと思います。

国家の御主人さま
guyver1092
 水野氏の本にも、企業は国家の上位にあるという主張がされれていましたが、他にも同様の見方をする人もいると言うことですね。
 うまい表現と思います。私も買ってみることにします。

Re:国家の御主人さま
雑草Z
『衰退する現代社会の危機』の、「超国家企業」の説明部分に、
「水野和夫氏は超国家企業を『21世紀最大の勝利者』と呼んだ」と紹介されていて、その理由も説明されています。
つまり、著者、中西香氏は、「資本主義の終焉と歴史の危機」を読んで、それを受けて本書の記述を行っています。

本書は、昨年、ある集会で、監修の方から戴いた本ですが、最近読んで、予想以上に面白い内容でした。機会があれば、ここに書評を書いてみたいと思います。guyver1092さんも「資本主義の終焉と歴史の危機」の書評を書い戴けませんか?この書物には関心を持っています。著者の肩書き(元証券会社チーフエコノミスト)だけ見ると、読みたくないような感じですが(笑)guyver1092さんも中西香さんも評価が高いようですので、私も読んでみたいと思っております。


Re:Re:国家の御主人さま
guyver1092
 そうなのですか。やはり、現代の人類経度いのあり方に疑問を持つ者の考えはここに収斂するのでしょうね。
 以前にも少しふれた記事を書いたと思いますが、水野氏の書評考えてみます。

Re:Re:Re:国家の御主人さま
雑草Z
21世紀は国家を企業が隷属化すると言う酷い方向へ進んでいます。この流れを変えなければなりませんね。一方、これが資本主義経済の行き着くところとも言えますね。

『衰退する現代社会の危機』には
「現行システムは制度疲労を起こしている」と書かれていました。一理はあるかと思いますが、私は資本主義制度は、出発当初から、理の無い不公正なシステムだったと思います。この結果はかなり予測できた筈です。

超国家企業に対処するには
爽風上々
超国家企業と言うものに対応するには超国家といえる国家、すなわち世界連合国家というものができなければ根本的な解決にはなりません。
まあほぼ無理でしょう。その前にエネルギー枯渇や環境悪化で人類文明も尽きてしまいそうです。

今でも法人税の少しでも安いところに本社機能を移転という策が取られています。ぬらぬらと動くアメーバのようなイメージですが、向こうもそれだけの生き残り策は取るでしょう。

現在の国の枠組みの中でできることは、その国の中での活動には完全に制約を掛けることだけです。
その国の中の行動はすべて国の法律に基づき規制し、その国で儲けた利益には十分に課税するということはしていかなければならないでしょう。
そのように行動する国が増えていけば超国家企業をつぶすまではできないにしてもかなり制限はできるでしょう。

ただし、今のような企業の言うがままの政権が世界の国々のほとんどを占めているようでは期待薄です。
これには政権維持のための資金スポンサーが企業であること、そして金さえ掛ければ簡単に政権を取れるような「民主国家」であることが理由となっています。
結局、国民それぞれの意識にかかっているのですが。

Re:超国家企業に対処するには
雑草Z
 今回の爽風上々さんのコメント通りで、 残念ながら、肥大化した超国家企業を排除するのは非常に困難ですね。

>その前にエネルギー枯渇や環境悪化で人類文明も尽きてしまいそうです。

は、私も同じ危惧をしていることは、ここのサイトにも繰り返し述べております。

>その国の中の行動はすべて国の法律に基づき規制し、その国で儲けた利益には十分に課税するということはしていかなければならないでしょう。

現代の西欧式資本主義ではそれもかなり可能でしょうが、米国式資本主義は最悪で(超国家企業に取り込まれています)、日本は米国に追随させられています。安部政権はそのステレオタイプで、TPPは、その仕上げ・・・ってところでしょう。

ただ、ヨーロッパでは、経済成長洗脳から解け始めた人も多く、脱成長の方向へ舵を切るのも遠くないかも知れません。急展開もあり得ると思います。

頑固親爺は生きている
団塊親爺の遺言
 私は皆さんの様な聡明な頭脳は持ち合わせておりませが・・毎日近所に来る
豆腐屋の親爺 今日、絹ごし豆腐と揚げを買いました 値段はその辺のスーパー依りは遥かに高いかも・・
230円 味は納得・・の味です 本物を売る姿勢は善し

  人生に於いて 自分の信念を貫く生き方

世の中に流される人生は厭です 正しいと想う事を貫く生き方

今の儲ければ良いの社会は続きません 食べて幸せを感じ
生きる喜びの無い食事は 楽しく無いのです

大量生産 大量消費に逆らい薬剤拒否の親爺も居る事を
お忘れ無く・・化学薬剤で造る食べ物は全て毒である

 それに気づかなければ 悲惨な人生が待っています 



Re:頑固親爺は生きている
雑草Z
    団塊親爺の遺言さま、当方も、最近、個人店が作っている豆腐に嵌っています。

>本物を売る姿勢は善し

ですね。最近豆腐屋さんを志す人が増えて来たのも嬉しく思います。

>大量生産 大量消費に逆らい薬剤拒否の親爺も居る事を
お忘れ無く

私もお仲間に入れて下さい。これも反グローバリゼイション、反TPPの一つの姿と言えますね。

コメントを閉じる▲
2015-04-23 23:52
~誰が入りたいのか?誰を入らせたいのか?~

TPP[Trans-Pacific Partnership]交渉は、現在難航し先行き不透明と言われています。それが本当のことならば喜ぶべきことですが、実情は藪の中です。実質まともなメリットも無く、大きなデメリットだらけで、さまざまな危険の可能性を孕んでいるTPPはこのまま交渉が決裂して締結しないで欲しいと切実に感じます。突然TPPの締結が発表された場合、その内容、本当の姿に唖然とする多くの国民の姿も想像されます。そして、締結後は「後の祭り」で、日本は海外企業、投資家たちにいいように利用され、財産を剥ぎ取られ、環境を破壊されていくでしょう。TPP参加で当初は得をする者もある程度多く出現するかも知れませんが、数年もすれば、得をする者は人口のほんの1%足らずで、多くの国民がハゲタカ企業にさまざまな財産を奪われてゆくことになるでしょう。
参加のメリットと言われている、「グローバル化が加速され、関税の撤廃により貿易の自由化が進み日本製品の輸出が拡大する、海外に進出しやすくなる」などは、すべて逆も言えることで(海外製品の輸入が増える、海外企業が進出してくる・・・)、本当にメリットとは考えられません。
それに対し、デメリットは明白に複数指摘出来ます。
ISD条約[Investor State Dispute Settlement 投資家対国家間の紛争解決条項]は、海外の投資家を保護する為の仕組みです。企業・投資家が損失・不利益を被った場合、国内法を無視して世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに提訴することが可能・・・と言う条約です。(2013年11月6日、訴訟の乱発を防ぐことを条件に合意に至る。)
これで、その国の主権はないがしろにされます。国際投資紛争解決センターで、一度判決が決まれば上訴することはできず、それが最終判決となるのです。ほとんどの審査は秘密で行われるため、存在すら公表されないことが多いのです。
実際、過去15年間にアメリカ企業が127回も外国政府を訴え、それによって数十億ドルもの賠償金を得ていることが国連の発表で明らかにされています。そんな大企業の訴訟にお墨付きを与えるのがISD条約でしょう。ISD条約は国家の中の国民よりも、企業の利益を守る条約なのです。

ラチェット規定は、一度自由化・規制緩和された条件は、当該国の不都合・不利益に関わらず取り消すことができないという制度です。(2013年11月23日、日本を含む参加12カ国により合意に至る。)これはTPP締結後、その内容が自国の不利益になることを知った国家が、抜けたいと申し出ても抜けられないと言う事です。その国の(国民の)財産を絞り取ろうと言う魂胆ではないでしょうか?


TPP交渉は企業やそのロビイストによって行われているのです。あらゆる交渉が秘密の中で行われ、途中経過は明かさないというルールです。つまり途中経過を知って、その内容の不公正な酷さで途中脱退出来ないようにする為でしょう。非常にいかがわしい交渉と言えましょう。。
以上のように、TPP条約は、交渉の段階で既に公正さは無く酷過ぎます。ISD条約、ラチェット規定のどちらか一方だけで十分に不参加の理由になるでしょう。不公正なTPPに縛り付ける為の罠でしょう。こんな詐欺的な交渉に参加しようとする政府は、それによって利権を貪ろうとしている一部の者達・・・巨大企業や投資家の回し者と言えましょう。


日本では参加に反対の人々もかなりいましたが、なし崩し的にTPP交渉に参加してしまいました。実際にTPP参加した場合、当初は得をする者もある程度の割合で出現するでしょうが、数年もすれば、得をする者はほんの一握り、1%足らずの人々で、その他大勢の国民がハゲタカ企業にさまざまな財産を奪われることになるでしょう。

日本国内の参加反対者の多くは、TPPはアメリカの仕掛けたトラップであると考えている人が多いようです。しかし現実にはアメリカでもTPP推進派はごく一握りの人々です。アメリカ国民にも参加反対者が非常に多いのです。アメリカ国内での反TPPデモの規模も頻度も日本よりも遥かに大きいのです。


では、本当にTPPの参加推進をしているのは誰でしょうか?
・・・それは、大企業の経営陣、投資家、多国籍企業の経営陣でしょう。それはアメリカに限らず、日本でも、そうでしょう。そう、TPPで利権を得て、大儲けを企んでいるのは、アメリカ国民ではなく、ほんの一握りの人々なのです。他のTPP参加賛成派は、彼らの体のいいプロパガンダに踊らされているだけでしょう。
TPPで交渉されている29項目のうち、関税など貿易に関するものは5つだけで、残りは法的ルールや環境など企業の権利を守るためのものだと言われています。
つまり、TPPはこれまで政府が持っていた権利を自分たちの企業に移行させる為の手段と言えましょう。これは多国籍企業が、政府より上の支配権を握る為の陰謀と言えましょう。。
TPPを推進しているのは、アメリカの一般国民ではなくて、アメリカの利益などどうでもいいと考える多国籍企業などの資本家が中心と言えましょう。
その証拠に日本のみならず、アメリカでもTPP反対のデモが、大規模に、頻繁に行われてきました。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/04/23 23:52】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

国際分業制
爽風上々
TPPを見ているとこれまでに進められてきた「国際分業制」というものを究極にまで高めようという方向であるものと思います。
これまでも「世界の工場」として日本が活躍し、それが中国やベトナムに移行していくとか、「世界の金融センター」がイギリスやアメリカであるとか、そういった「分業」が存在してきたのですが、まだまだ未熟な段階ではあったものと言えます。それをさらに推進しようとしています。

それ自体が「絶対の悪」と言うことは難しいでしょう。すでにその方向性で長い間進んできていますから。
それに慣らされているのが政財界の中心メンバーでもあり、経済学者という連中でもあります。

だとしたら、その究極の国際分業制推進を止めさせる論理は何か。
効率化という点ではさらに積極的な分業推進を行ない、工場は一つ、銀行も一つ、農場も一つといった具合に進める方が理想的でしょう。しかし、分業をしていくと「何の役にも立たない地域」という分業化もあり得るわけですし、「施しを受けるだけの地域」という分業も出てくることになります。

こういった分業は「道義的ではない」という論理が会います。論理というよりは倫理というべきかもしれません。
してみるとTPPを押し止める論理は「効率」と「道義」のせめぎ合いなのでしょうか。

まあ現状の議論の中ではその方向に向かうのはやむを得ないことかもしれません。
ただし、私が以前から主張している面から見れば非常に危険なのが「エネルギー依存のグローバル化」であるということです。
国際分業が成り立つのはあくまでも移動や輸送コストが非常に安い時だけです。これが崩れれば維持することは不可能です。
いくら世界の工場を一つにまとめても輸送コストが高ければ配送ができません。世界の農場も同様ですが、これは輸送が不安定になれば直接人々の命に関わります。

TPPは経済しか考えていません。輸送や食糧供給問題、エネルギー問題など危険なことは数多くあるのですが、総合的に捉えられる人はほとんど居ないのでしょう。

推進する者
guyver1092
 おっしゃる通り、推進の者は、他人の利益を合法的に自分に付け替えることを画策する、資本主義社会の真の支配者達でしょうね。対する国民は、彼らの長年の教育により、深く考える能力を失っており、意図的にリークされた撒き餌にのみ反応し、賛成という物も一定数います。過去の文明崩壊の歴史を検証する限り、富を一部の者が独占しすぎると文明は崩壊しているようです。やはり彼らの目的は文明の自滅であるという気がしてしまいます。

Re:国際分業制
雑草Z
国際分業制の歴史は良くは把握していませんが、他の歴史を見ても明らかなように、自然の成り行きで進められたのではなく、一部の利権の為にもっともらしい理由を付けられて推し進められたのではないかと想像します。だから、
>「絶対の悪」
とは言えないまでも、
>すでにその方向性で長い間進んできています
と言うのが、正当化の理由にはならないでしょう。

>効率化という点ではさらに積極的な分業推進を行ない、工場は一つ、銀行も一つ、農場も一つといった具合に進める方が理想的でしょう。

とは思いません。なので、

>TPPを押し止める論理は「効率」と「道義」のせめぎ合い

ではないと思います。推進の本音は多国籍企業などの経済成長目的のもっと汚い手段を選ばない方法で

「利権と不公正条約で罠に嵌める」だと思います。
だから
「罠に掛けるか掛らぬか?」だと考えています。

爽風上々御指摘のように、

>国際分業が成り立つのはあくまでも移動や輸送コストが非常に安い時だけ

と言うのが現実的かも知れませんが、例えコストが安くても、エネルギーの浪費であり、環境問題を悪化するので、将来に悪影響を及ぼす負の遺産となるでしょう。

>総合的に捉えられる人はほとんど居ないのでしょう。

そうですね。先ずは狂った現代経済学の洗脳から抜け出さなければなりませんね。脱グローバル化は理性で考えれば当然の帰着点でしょう。




Re:推進する者
雑草Z
>推進の者は、他人の利益を合法的に自分に付け替えることを画策する、資本主義社会の真の支配者達
>対する国民は、彼らの長年の教育により、深く考える能力を失っており、意図的にリークされた撒き餌にのみ反応し、賛成という物も一定数います。

要点を盛り込んでしっかりまとめて戴いて有難う御座います。私の書いた本文よりもすっきりしますね。

>過去の文明崩壊の歴史を検証する限り、富を一部の者が独占しすぎると文明は崩壊しているようです。

この辺り、興味深いです。是非記事にまとめて欲しいと思います。

>やはり彼らの目的は文明の自滅であるという気がしてしまいます。

いつもの、guyver1092さん一流の持論ですね。
これまでguyver1092さんが何度も繰り返し述べてきたことであり、私はその、文明の自滅を目的にする理由をお尋ねして来ました。もう一度しつこくお聞きします。
彼らが
「文明の自滅を目的にする理由」をどのように想像されますか?西洋文明(も社会主義国家も)破壊して、台頭しようとする勢力の陰謀でしょうか?それとも・・・
しつこくてすみません。

コメントを閉じる▲
2015-04-05 00:01
物が余って売れなければ世の中は不景気と言われ、好ましくない状態と見なされています。しかし、逆に必要物資が不足したときこそ危機を感じるべきでしょう。物が十分にあって余っていると言う状態で失望しなければならない社会って異常でしょう。・・そんな社会のシステムは狂っていると考えるべきでしょう。あまりに理不尽なシステムです。そんな生物は人間しかいません。それなのにそんな社会を普通だと思う現代人は、集団で洗脳されていると言えるのではないでしょうか?
・・そのシステムを肯定し、その上に構築する経済学は、大前提が狂っているのですからまともな筈も御座いません。つまり経済論理は依って立つ前提が異常なのですから、矛盾だらけなのが当然です。
物が余ったら大変だ・・・使っている物をスクラップにしてどんどん作れ・・・それが成長を無条件に妄信している現代社会と言えましょう。
そこに難しい経済理論は必要ないのです。経済理論で理由付けする必要はないのです。ただ一言、「システムがおかしいから変えなければならない」と言えばいいのです。
現代社会の異常さは、単純に考えて理に適わない事を、難しい(まやかしの)理論で説明するところにあるのではないでしょうか?それでもそんなシステムが蔓延るのは、そのシステムで得をする、利権構造があるからでしょう。
世の中はもっとシンプルに考えて「理に適う」理性的なシステムであるべきでしょう。


~以上、ここのサイトで繰り返し主張してきた、経済に対するスタンスを簡単にまとめてみました~
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/04/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

本物の味
団塊親爺の遺言
 私は東京に来てから水は自然水 乳製品は北海道産しか摂りません 東京へ来て水の不味さに吃驚 乳製品もしかり何故に
こんなにも味が不味いのか こんなものを飲んでいたら身体が可笑しく成ると本能的に感じました 皆さんは感じませんか

食べ物 飲み物の本物の味が判らなければ私たちは健康に活きられ無い 社会の在り方 国は安全・安心を国民に謳っていますが 本物の味の知らない連中が音頭を摂り 全国民に指導しているとしたら恐ろしい事です 田舎出身の私は自然の味に親しんで来ました 今の食品店に並ぶものは全て偽物と云っても善いのでは・・これ等を食べ物の原点と考える若者たちは病気で苦しむ世代に・・これこそが医療や薬剤企業が待ち望む社会

今の制度は完成されたものでは無い事です 未だ発展途上の
仕組 自然に学ぶ事が一番と考え介護保険の支払はストップ
させました 文句が在るなら刑務所でも・・と考えています
仕事はベテランの職人が良いと云う方も多く私は休みが摂れません 人の為に頑張る不良老人が居る事 私の人生・・   

Re:本物の味
雑草Z
食べ物 飲み物の本物の味がお分かりになる団塊親爺の遺言さんは、現代の日本にとって、貴重な存在だと思います。

私自身、山になる野生の木の実や里山で放って置いても美味しい実のなる果実の味には感動しますし、塩素の多い水道水と美味しい湧き水の違いくらいは分かりますが、乳製品の本物の見分けは付きません。残念な事です。きっと美味しい搾りたての業乳とかを飲んでいれば、味の違いも分かるのでしょうね。

>自然に学ぶ事が一番と考え介護保険の支払はストップさせました

骨がありますね。年金もそうですが、国がやっている事がいい加減なのだから、介護保険を使わない事、年金を貰わない事を前提に、支払いをストップする権利はある筈ですね。・・それが理由で刑務所に入る云われはありませんね。

現在の政権のやることは信用出来ませんからね。国民に目が行ってないからでしょう。 

前提がおかしい
guyver1092
 おっしゃる通りだと思います。現代文明の前提は、「望めば無限」と言ったところでしょうね。地球は有限であるかと問われれば、おそらく全員が有限と答えるでしょうが、「有限の上で無限に経済成長はできない」と言われると、少なくとも指導者層は可能と答えるのでしょうね。指導者たちの知性にもこまったものです。

Re;前提がおかしい
雑草Z
>現代文明の前提は、「望めば無限」

これはこの記事で主張している大前提が狂っていることの内容を一言で端的に表現していますね。いい得て絶妙な表現です。

>有限の上で無限に経済成長はできない」と言われると、少なくとも指導者層は可能と答えるのでしょうね。

そうですね。それを代表する詭弁が「持続可能な経済成長」と言うのでしょう。あくまで「成長」「発展」と言う概念を残したいのが
>指導者たちの知性

でしょうね。
成長の限界を感知できない指導者達の限界
とでも申しましょうか?

コメントを閉じる▲
2015-03-29 00:01
サイコパスとは、一言で言えば「良心の呵責を感じない人」と私は解釈していますが、ネットで調べてみると、もう少し細かい定義が見つかります。
・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的

です。社会を動かしている人々・・・組織の上層部・・にサイコパスが沢山入り込んでいると感じています。国や自治体の上層部、官公庁、企業のトップに沢山のサイコパスらしき人が入り込んでいるように感じます。そうでなければ、これほどモラルハザード的な事が次々に起こらないでしょう。
例えば
原発の安全コストを次々とカットさせて、それが直接の原因で、地震で原発が持たずに深刻な事故を起こしたら、海外に移住して悠々自適の生活を送っている元電力会社の会長や社長・・・普通なら、責任を感じて精神を病んでしまうでしょう。
原発の汚染水が太平洋にたれ流し状態になっているのに、「汚染水はコントロールされている」と言ってのける某国首相・・・普通の人なら世界の人々にこれだけ見え見えの嘘をついたら夜も眠れないでしょう。
遺伝子組み換え作物の特許を取って、それを売る為に、政府にどんどんロビイストを派遣して次々にとんでもない事・・・「固定種の作物は市場に流通させてはいけない」とか「遺伝子組み換えでない事を表記してはいけない」とか「遺伝子組み換え作物の花粉が飛んで他の畑の作物と受粉したら、それは遺伝子組み換え作物の特許を持っている企業の管理下に置かれる」とか、およそ理不尽な法律を合法化する企業のトップ。そもそも、生態系に対する悪影響を考えたら、恐ろしくてこんな事業は出来ないでしょう。
ごく一部の例を挙げましたがこのような例は枚挙に暇が無いでしょう。
勿論人間には欲望がありますから、他の人よりも秀でたい、多くの収入が欲しい、いい暮らしがしたい、名誉が欲しい・・・と言う欲望は否定出来ません。
しかし、そんな自分の欲望実現のために、他の人が多大な犠牲を払う・・と判ったら、普通の人ならば自分のエゴを通す事を躊躇し、止めるでしょう。そのブレーキ・・・「良心の呵責」がなくて、逆に他の人の犠牲を踏み台にのし上がろうとする人々がいわゆるサイコパスでしょう。

組織の上層部の人々が、一般の呼称として「偉い人」と俗に言われますが、
彼らサイコパスは偉い筈もありません。それどころか社会に大いなる迷惑と災禍をもたらす「とんでもな」人達でしょう。
昔から色々な組織のトップや上層部にサイコパスが入り込んでいたでしょうが、現代はその傾向が非常に強いように感じます。科学技術が肥大化した現代社会で、サイコパスに社会を動かされ続けたら確実に文明は崩壊するでしょう。サイコパスが社会の上層部に登れない仕組みが必要だと感じる今日この頃です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/03/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

希望を失わず
爽風上々
どうもこのところ難しいお題ばかりですね。
サイコパスと表現した人々は政治家や経済界トップなどとお見受けしました。そのような立場に登るには普通の人間では及びもつかないような資質が必要で、そうでなければ低い位置で挫折するか淘汰されてしまうでしょう。世襲政治家が多いのも遺伝的に解釈できるかも知れません。そういった段階を経て選抜された「サイコパス」がどうしても社会中枢に居座ってしまいます。

とはいえ、そういった連中に支配されている社会と言うものも困ったものなのですが、アメリカはともあれ、日本では政治家の基盤など簡単に崩せることは判りました。民主党政権に代わったことでそのようなボス的な支配体制は終わるかと思ったのですが、彼らの存在をかけた闘争で民主党は葬られもとの木阿弥となりました。それでも可能性としてはまだ無くなったわけではありません。
まあ民主党のメンバーも負けず劣らずの資質だったようですが。

企業のトップ人事にも外からは触れることが出来ないようですが、今のような大企業の操り人形のような政治にピリオドを打てれば適正な税制を駆使してグローバル企業と言えど力を弱めることはできそうです。そうなれば間接的ですが企業もコントロールすることは可能です。

その全てが民主主義という現在の体制にかかっています。色々なものに目をくらまされ、また目隠しをされているような選挙有権者が目を開けば打破は不可能ではありません。
もちろん非常に厳しい闘いでしょうが道はあるものと思います。

Re:希望を失わず
雑草Z
    爽風上々さん

上手く表現出来なかった部分のある記事の内容を補って余りあるコメント有難う御座います。それらの表現を本文に使っていたら、もっと充実した内容になっていたことでしょう

>そのような立場に登るには普通の人間では及びもつかないような資質が必要で、そうでなければ低い位置で挫折するか淘汰されてしまうでしょう
>そういった段階を経て選抜された「サイコパス」がどうしても社会中枢に居座ってしまいます。

まさにその通りです。漠然と感じていた事を的確な表現で表わして戴いて有難う御座います。

>アメリカはともあれ、日本では政治家の基盤など簡単に崩せることは判りました。

確かに、アメリカはプロパガンダが上手いだけで、理想国家とは程遠く、サイコパス国家としての基盤が出来上がってますね。オバマ大統領誕生で、少しはそれを打破するとは思いましたが・・・日本の民主党と似たようなものでした。それに比べて確かに日本は可能性はより高いでしょう。

>今のような大企業の操り人形のような政治にピリオドを打てれば適正な税制を駆使してグローバル企業と言えど力を弱めることはできそうです。

是非とも近い将来そのような事が実現して欲しいものです。

今回は記事を補うばかりか、随所に希望が見えるコメント有難う御座います。
結構前々から暖めていた主題でしたが、実際書いてみると表現落ちの感じです。同じタイトルで爽風上々さんが描かれた方が上手くまとめられそうですね。

褒められて伸びる?
爽風上々
私は誉められて伸びるというよりは「誉められると増長する」タイプですので、ほどほどにしてください。

さて、そのようなサイコパスと言えるような政財界の指導者であっても生殺与奪の権利は民主主義の世の中ですので国民が握っていると言えますが(民間企業の指導者であってもそれが可能です)、希望はないとは言えないものの道は遠く霞んでいると言わざるを得ません。

マヤカシの経済政策に騙されたり、選挙の時には原発に全く触れずに済ませた政権になにも異議を唱えず為すがままにされているのもその主権者の国民です。

長らく日本社会を見てきましたが、選挙に関して言えば期待を感じさせた選挙はほとんどありませんでした。
古くは露骨な農業潰しの政策を取っている政権政党に怖ろしいほどに忠実に投票し続けた農民層や、形だけの改革にごまかされた都会の浮動層、郵政選挙に手も無く踊らされたコイズミ選挙など、有権者の愚かさだけが見える状況にはあきらめを覚えるほどです。

時まさに統一地方選に差し掛かるこの時期ですが、特に県議会、市議会の選挙の空虚さには怖ろしくなるほどです。
政策の違いというほどのものもなく、皆が地域発展だけを言うばかり。若年層に選挙棄権が増え、民主主義の危機という指摘もありますが、たしかにどれにも投票する気にもなれないのも間違いありません。

泡沫候補でもよいから自分で立候補して言いたいことを話すというのも選挙の使い方の一つでしょうが、金のない身としてはそのような道楽もできない辛さです。

おっしゃる通り
guyver1092
 高度経済成長時代は指導者の中にはあまりいなかったようなイメージがありますが、経済成長が難しくなるにつれ、指導者層にサイコパス的な人物が増え始めていますね。
 地球の物理的な制限により、経済成長に対しマイナス要素が大きくなるにもかかわらず、無理な経済成長をするためには、搾り取るための層を大きくしなければならないからでしょう。
 しかし、 爽風上々氏の分析通り、過去に日本人は、自分達被支配階級の利益を投げ出す選択をしてきました。更には、日本人は、自民党がする経済政策の失敗はいくらでも許せるようですが、それ以外の政党のする失敗は絶対に許せないようですね。
 私には理解不能の選択ですが、日本人はいつまでも愚かな選択をし続けるのでしょうか。いくら失敗を続けても日本は沈没しないと信じているかのようです。

お付き合いの人生
団塊親爺の遺言
サイコパス的な人は何処にも居ます
例えば信号が赤に成っても止まらない 暗く成ってもライトを
点けない モラルが無いのかボケているのか自分の都合で簡単に
殺人事件迄起こす世の中に・・人の価値感は様々です

選挙の時には素晴らしい言葉で私たちを魅了します
現実はあの泣き喚いた金だけが目的の人の本性でしょう

子供たちに この世の汚さをどう説明すれば良いのでしよう
昔は本当に食べられずに姥捨て山とか人身売買とかが現実でした 
この印刷された紙幣の数字に踊らされる現在の社会・・

サイコパス的な人等は何処にでも居るのでは在りませか・・?
私の66年の人生に於いて汗水を垂らしながら仕事をして
お客に喜んで貰い報酬を頂く人生は間違ってはいなかったのかもです 
その為には多くの失敗や挫折が在り 苦労は伴います

楽しくなければ人生では無い 苦労も踏まえてのやり遂げた
人生は充実感に満ち怖いもの無しの人生に・・
人は人を信じ 嘘の無い付き合いで永い付き合いに・・ 


Re:褒められて伸びる?
雑草Z
>マヤカシの経済政策に騙されたり、選挙の時には原発に全く触れずに済ませた政権になにも異議を唱えず為すがままにされているのもその主権者

確かに、調子のいい事を言う与党に主権者は簡単に踊らされてきましたね。国民が愚かと言ってしまえばそれまでですが、マスコミもそれを助長してきましたね。マスコミの与党批判が手ぬる過ぎますし、ときに与党のよいしょのし過ぎです。

>古くは露骨な農業潰しの政策を取っている政権政党に怖ろしいほどに忠実に投票し続けた農民層

農民の多い都道府県に限って保守王国でしたからね。

>露骨な農業潰しの政策

にも拘らず、気がつかなかったのでしょうか・・?・・かく言う私も、

>露骨な農業潰しの政策

と感じるようになったのは比較的最近です。それまでは私自身その露骨さに気付かなかったという事でしょう。

>形だけの改革にごまかされた都会の浮動層、郵政選挙に手も無く踊らされたコイズミ選挙

確かに裏の目的のために表では体のいい事を言って、それに多数の国民が騙されて来ましたね。

>皆が地域発展だけを言うばかり。

本当にこの手の選挙運動は情けないですね。

××××  ××××  ××××  ××××  ××××

ここ2回のコメントをまとめると一つの読み応えのある記事が出来そうですね。
そんな記事を書かれたら是非そちらのサイトに載せて下さい。

Re:おっしゃる通り
雑草Z
>高度経済成長時代は指導者の中にはあまりいなかったようなイメージがありますが、経済成長が難しくなるにつれ、指導者層にサイコパス的な人物が増え始めていますね。

>地球の物理的な制限により、経済成長に対しマイナス要素が大きくなるにもかかわらず、無理な経済成長をするためには、搾り取るための層を大きくしなければならないから

なるほど、新たな見解ですね。私にはその相関関係が定かではありませんんが、
『無理な経済成長を推し進めるサイコパス』と言う構図はありそうですね。

>日本人は、自民党がする経済政策の失敗はいくらでも許せるようですが、それ以外の政党のする失敗は絶対に許せないようですね。

これこそ、マスゴミの世論誘導ではないでしょうか?自民党、財界、マスコミ、広告代理店の世論誘導ですね。広告代理店はマスゴミ以上に酷いですね。

>日本人はいつまでも愚かな選択をし続けるのでしょうか。いくら失敗を続けても日本は沈没しないと信じているかのようです。

残念ながら、アベノミクスの失敗とその他諸々の安倍政権の失策によって、日本は沈没をはじめそうですね。

Re:お付き合いの人生
雑草Z
>サイコパス的な人は何処にも居ます

そうですね。数年前にちょっと流行った
「良心をもたない人たち」によれば、
“良心をもたないサイコパス”は、25人に一人との事ですからね。まあ、日本人はその平均よりは少ないかとは思いますが、
団塊親爺の遺言さんのおっしゃるように、誰の身近にも何人かはいるのかも知れません。

>子供たちに この世の汚さをどう説明すれば良いのでしよう

私達のように、平和な戦後の日本で生まれた子供達はもっと社会は理想的だと思ってるでしょうから、事実を教えたら、希望を失うかもしれませんんね!?・・でも早い時期から教えないと社会を正常化出来ないでしょうね。

>汗水を垂らしながら仕事をして
お客に喜んで貰い報酬を頂く人生

>昔は労働の対価とはそういうものだと習った筈ですが、サイコパスが作って中心となって運用している社会の「常識」は嫌らしい感じです。

政治家の資質と軍事指導者
爽風上々
政治指導者にサイコパスのような異常者が居たら困りますが、軍事指導者にはどうかというと一概には言えないと感じます。
もちろん、平然とうそをつくとか、責任感がないといったことがあるとダメでしょうが、冷淡であるとか良心の欠如といった性質は歴史上の大きな足跡を残した軍事指導者には見られるようです。
なにしろ、ぎりぎりの戦争で勝利するためには味方であっても犠牲にしても勝つためには省みないで、それに尻込みするようでは勝てなかったのかも知れません。「一将功なりて万骨枯る」というところでしょう。

平時の政治家や経営者がそれでは、国民や部下がたまりませんが、もしかしたらそこまで追い詰められるほどに現代社会は状況が悪化しているのかも知れません。

昔の戦争では、負けると全国民皆殺しとか、奴隷とされるといったことがあり、勝利というものが民族の存続のための必須条件であったことも多かったのですが、現在の経済戦争というものも負けたら奴隷以下の生活かもしれず、そのような段階に来ているのかも知れません。
そのために、良心とか同情心などというものは欠落させた政治経済指導者が出現したと言うことなのでしょう。

だとすると、単にそのような指導者は代えてしまえというだけでは済まないことになります。
この異常なほどの競争に放り込まれるグローバル経済社会自体に何らかの対応を決めなければなりません。


Re:政治家の資質と軍事指導者
雑草Z
>ぎりぎりの戦争で勝利するためには味方であっても犠牲にしても勝つためには省みないで、それに尻込みするようでは勝てなかったのかも知れません。

冷徹な現実ですね。野生の厳しさに通じるものがあります。その意味ではやはり人間は動物なのでしょうか。

>昔の戦争では、負けると全国民皆殺しとか、奴隷とされるといったことがあり、勝利というものが民族の存続のための必須条件であったことも多かったのです

何か蟻どうしの戦争みたいですね。

>もしかしたらそこまで追い詰められるほどに現代社会は状況が悪化しているのかも知れません。

そのような面もあるかも知れませんが、強欲な金融資本家が巨万の富をもっと増やしたい・・・のようなどうしようもない本音もあると思います。

>現在の経済戦争というものも負けたら奴隷以下の生活かもしれず、そのような段階に来ているのかも知れません。

どうでしょうか?多くの人々は・・・少なくとも平和ボケした日本では、そこまで考えている人は殆どいないでしょう。私もそこまでは考えていませんでした。

××××  ××××  ××××  ××××  ××××

ここ2回のコメントに今回のコメントを追加してまとめると、独特な読み応えのある完成した記事になりますね。
ここのコメント欄では勿体ないので、是非まとめられて記事をアップして下さい。

コメントを閉じる▲
2015-02-17 00:01
欧州債務危機、通称ユーロ危機は、2009年10月のギリシャ政権交代による国家財政の粉飾決算の暴露から始まったと言われています。ギリシャからアイルランド、ポルトガル、イタリア、スペインへと飛び火し、ドミノ倒し的にヨーロッパ全体に広がったと言われています。最近は、ヨーロッパの経済大国であるドイツも経済が失速してユーロ危機再燃か・・・と言われています。その国の大手銀行が経営破綻したとか、国家そのものがデフォルトの危機に陥っているとか実際にデフォルトしてしまったとか・・・日本でもマスコミが連日取り上げていました。そこではエコノミストたちが、財政赤字比率が高過ぎるとか、デフレに陥ると債務が実質的に増えるから、量的緩和とかインフレターゲットが必要だとか解説していました。

世界規模の経済危機が、大半のマスコミやエコノミストに煽られる中、それを危機では無く好機と捉えている人が沢山いるのはご存知でしょうか?それも、デフォルト対象の当事国の人々がこぞって歓迎しているのです。・・・いえいえ、国家のデフォルトで得をするような先物取引をやっている強欲なギャンブラー達の事ではありません。その国の一般市民の事です。その事実を日本をはじめ、世界の主要メディアが無視して殆ど報道しないので、知らない人が殆どかも知れません。

先ず、2008年に中央銀行を国有化したアイスランドでは、貨幣クローナは無価値になり、株式市場は停止し国家は破算状態に陥りました。翌年国民が抗議デモを行い、内閣は総辞職して総選挙が行われました。そこで国の(銀行の)負債はイギリスとオランダに支払う事が決められます。その支払いに対して反対した国民は、更に翌年の2010年、抗議デモを行って、国民投票の権利を勝ち取り、支払い拒否が93%で可決されます。つまり、借金の踏み倒しと言う事です。(銀行の)借金を支払う代わりに、国民はこの借金を作った責任者達を逮捕、投獄します。そして、国民がみんなで憲法を改正する為に市民の代表が選ばれました。銀行は国有化されました。
この一連の流れは正に無血革命と呼ぶにふさわしく、アイルランド革命と呼ばれます。また、「鍋とフライパン革命」とも呼ばれているようです。国民が鍋とフライパンを叩きながらデモ行進を行ったからでしょう。・・・日本でも反原発デモなどで「鍋とフライパン(その他ドラムなどのパーカッション)デモ」は良く見られる光景です。


続いて(と言うよりもアイスランドと平行して)ハンガリーでは2010年に発足したオルバン新政権が、前政権の粉飾決済を公表し財政破綻の可能性が語られるようになりました。2011年に民族主義者であるオルバン首相は、国際通貨基金[IMF] とイスラエルの金融業者からの巨額の債務を作り出した前首相の政策をことごとく否定し、中央銀行に対する政府の関与を強める法案を可決し、必要に応じて負債無しの通貨を発行出来るようにしました。そして、通貨を大量に発行してインフレ政策に舵を切り、IMFから借りていたユーロの支払いを前倒しで済ませます。さらに、新政権はIMFに対して事務所の閉鎖を要請します。更にアイスランドのように、多大な負債を国家にもたらした責任で過去3人の首相を告訴しました。
オルバン新政権になって、投資などの国際格付けは、ジャンク級まで下がった・・・と、エコノミストたちは、オルバン政権の経済政策は失敗であると指摘しています。しかし、そんな格付けはあくまで資本家の金儲けの為の指標であって、そんな事で政策批判するのはお門違いでしょう。
オルバン政権は、「国際金融カルテルの所有する連邦準備銀行等の銀行からの支援は受けたくないし必要とも思わない。」と告げ、ハンガリー国内から、銀行の利権を排除する事に努めています。2014年の総選挙では所属するフィデス党[ハンガリー市民同盟党]は議席を減らしたものの、続投が決まりました。オルバン首相は国民の人気がある一方、ポピュリストとも揶揄されています。
オルバンの他の政策を知らないので彼の政治家としての全体評価は出来ませんが、国際カルテルを排除して中央銀行を政府の管理下に置き、無利子の紙幣を発行した功績だけでも十二分に評価できます。
国際金融カルテルは(暗殺も含む汚い手による)オルバン政権潰しを図る可能性は低くないでしょう。何としても踏ん張って潰されないで欲しいものです。世界中から応援したいものです。

これらの国の通貨発行権の獲得を機に、世界中で中央銀行を国際金融カルテルの手から各国政府の管理下に移行させる運動が盛り上がって、銀行券では無く、国家紙幣を発行すると言う当然の権利を獲得して欲しいものです。


参考HP
聖なる経済学を語る  アイスランドに続いてハンガリーでも中央銀行を拒否

ROCKWAY EXPRESS ハンガリーは銀行の足かせを捨て去る


Facebook 桐沢凛々子 アイルランドに続いてハンガリーでも中央銀行を拒絶し・・・

阿修羅 人類史上空前の快挙、通貨発行権を取り戻したハンガリー


(↑重複記事有り)

余談ですが、アイスランドとハンガリーの債権不良のニュースは多くのマスコミで報じられましたが、それに付随して中央銀行を国際金融カルテルから奪還した等のニュースは殆ど皆無に近かったようです。やはり、日本に限らず世界の大手メディアは国際金融カルテルの支配下にあるようです。ジャーナリスト魂はどこに行ってしまったのでしょう??
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/02/17 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

自立せよ
団塊親爺の遺言
 この記事は国民にとっても国家にとっても 最重要
明日の私たちの生甲斐と思います 姿の見えないどこの誰かも
知れない者に知らない内に皆の労働の糧の何割かが吸い取られる

それにしても政治家やマスコミはこれを本当に取り上げませんね 
濡れ手に粟の金貸したちの造った戦略に何百年従うのか・・

世界中の99%の大衆が団結すれば直ぐに出来る事 
人類に税金を懸ける様なほんの一握り者たちは
未来永劫使い切れない資産を持ち王族や権力者を仲間に
陰に隠れ人類を弄ぶのを喜びとしている輩たちです

マッチから核兵器迄、ありとあらゆる物が支配された世界で
戦争すら莫大な利益に・・人類の歴史とは金と利益だけでは
無い筈です この金貸したちに自然破壊や戦争の賠償を
させたいものです 私たちもこの様な輩に踊らされない様
実態を学ばなければ・・又、戦争に駆り出されるかもです

政治家やマスコミが何時この問題を取り上げるかではなく
私たちが声を上げる時なのですね
ありがとう勉強になりました

Re:自立せよ
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 頼もしいコメント有難う御座います。
国家の財政が破綻するかも知れない危機の原因が、実は中央銀行のシステム・・中間搾取にあると言うのは、本当にとんでもない話です。政府が紙幣を発行する権利があればどんどん発行し過ぎてインフレになるから中央銀行が必要だと言ってますが、それが営利団体の法人であるなんておかしな話です。

>それにしても政治家やマスコミはこれを本当に取り上げませんね 

マスコミは権力者の御用組織になり下がってしまってますね。情けないものがあります。

>世界中の99%の大衆が団結すれば直ぐに出来る事


そうですね。世界がアイスランドやハンガリーに続いて欲しいものです。おそらく21世紀の前半がその時でしょう。それ以上は遅らせられませんね。

>私たちが声を上げる時なのですね

そうですね。権力者はネット支配にも乗り出しているので大変です。最近ネットの監視や妨害を感じる事がよくあります。
お互い気を付けて、急がず慌てずやっていきましょう。

お金の性質
guyver1092
 コメント遅くなり申し訳ありません。
 アイスランドについて少し調べてみました。以前ネット上でも読んだ記憶もあります。アイスランドは、国を挙げてヘッジファンドをしていて、リーマンショックで大打撃を受けたようですね。
 要は、不滅の貨幣の性質を最大限享受しようとして失敗したということですね。外国からの借金を踏み倒したということで否定的な考えの人もいるようですが、交換の媒介物が資源の増加よりはるかに多いという事態が異常なわけで、資源よりお金を信じるのが悪いという自己責任との考えもできますね。
 これに近い事態として、世界最初のバブルであるチューリップバブルを思い出しますね。この時は、なし崩し的に債権債務はなかったことになり、影響はほんの少しであったとか。
 ヘッジファンドを始めた遠因が現在の貨幣システムなら、利息のない政府紙幣制度であれば、ヘッジファンドを始めることも無いのかもしれませんね。ただ、歴史の教訓を生かして発行しすぎがないよう自制は必要でしょうが。

Re:お金の性質
雑草Z
    guyver1092さん、コメントお待ちしておりました。この記事の中のアイスランドとハンガリーの市民の動きに関するguyver1092さんの評価を知りたかったのです。特にハンガリーが
通貨を大量に発行してインフレ政策に舵を切り、IMFから借りていたユーロの支払いを前倒しで済ませた
と言うインフレ政策についてです。
一般のインフレ政策には反対の私ですが、この場合のように、国際金融カルテルに借金を返済して縁を切るには、この方法が最適だと考えます。さもなければアイスランドのように借金を踏み倒すしか無いでしょうね。

>交換の媒介物が資源の増加よりはるかに多いという事態が異常なわけで、資源よりお金を信じるのが悪いという自己責任との考えもできますね。

なるほど、そう言う考え方が出来るわけですね!guyver1092さん一流のオリジナルな発想ですね。勉強になります。

>これに近い事態として、世界最初のバブルであるチューリップバブルを思い出しますね。

チューリップバブルについては世界最初の投機のバブル崩壊と言う事くらいしか知りませんでしたが、

>なし崩し的に債権債務はなかったことになり、影響はほんの少しであった

のでしたか!!そのような史実や今回のアイスランドの借金踏み倒しを考えると、真面目に利息を支払って借金返済する方法は馬鹿らしく感じますね。ハンガリーのように中央銀行を国有化してハイパーインフレを起こさない限り不可能ですし・・・。どうせ持続出来ない中央銀行制度ですから、金融カルテルにリセットの恐慌を仕掛けられる前に、政府紙幣でハイパーインフレ策を取るほうがいいでしょう。世界中デフォルトの嵐が吹くかも知れませんね。

ハンガリー
guyver1092
 ネットにはハンガリーが政府紙幣発行等IMFからの支配脱却以外にどのような政策をしたというのが紹介されていないようですね。
 政府紙幣発行ののみで、経済の立て直しが出来たというメカニズムの紹介があればうれしいのですが・・・
 どのような経済の動きによって立て直しとなったかが理解できないうちは、何とも言えないですね。


Re:ハンガリー
雑草Z
今回のguyver1092さんのお返事では、政府紙幣は中央銀行発行の紙幣と比較すべき政策の一つと言う事でしょうか?

 私は、それはシステムの大きな違いであり、憲法改正レベルの大きな転換だと考えております。以前議論した事と関連がありますが、先ず、シニョレッジは全国民に還元されるようにしなければ、公正でないし、政府の借金がいつまで経ってもなくならないでしょう。

>政府紙幣発行ののみで、経済の立て直しが出来たというメカニズムの紹介があればうれしいのですが・・・

それはこれからの話になるかと思います。経済の立て直しは分かりませんが、財政の健全化はされたのではないでしょうか?経済建て直しが出来無ければ評価しないと取れますが・・・。

>どのような経済の動きによって立て直しとなったかが理解できないうちは、何とも言えないですね。

場合によっては、中央銀行による紙幣発行のほうがいいと言う事でしょうか?・・・当方は、中央銀行が、政策的に政府から独立しても良いかと思いますが、法人であっては駄目と考えます。

当方が、

>アイスランドとハンガリーの市民の動きに関するguyver1092さんの評価

とお聞きしたから、このようなお答えになったのかとも思いますが、その後。経済の立て直しの如何に関わらず、当方は支持します。中央銀行を国有化せずに膨大な借金のままで何か他に方法はありますか?

Re:Re:ハンガリー
guyver1092
 アイスランドが、借金を踏み倒してリセットしたから過去の負債を引きずらずに済み、持ち直したというのはよくわかりますが、ハンガリーが借金の踏み倒しをせずに経済を立て直したというのが腑に落ちなかったのです。利息のみでそこまで変わるのか?というのが私の疑問でした。数日考えて、「地域通貨入門」を思い出しました。現在赤字の企業も、利息がなければ十分な収益が上がると言う物でした。 政府紙幣は、利息の点で中央銀行紙幣より優っていると考えています。

Re:Re:Re:ハンガリー
雑草Z
数日考えて戴き感謝です。

>現在赤字の企業も、利息がなければ十分な収益が上がると言う物でした。

なるほどそうですね。利息は何重にも付いて、商品や材料の3割近くになると言う試算がありますね。

しかし、今回のハンガリーは記事にも書きましたように
政府紙幣に切り替えてから
通貨を大量に発行してインフレ政策に舵を切り、借金を前倒しで済ませたのです。

この方法は何度も使ったら混乱をもたらすでしょうが、政府紙幣に切り替えた時に、はじめの一回だけ使って借金をチャラにする伝家の宝刀と言えるのではないでしょうか?
私はguyver1092さんに、特にこのインフレ政策についての評価をお聞きしたかったのです。何故なら私は一般にインフレ政策は支持しませんが、この方法には賛同出来たからです。

コメントを閉じる▲
2015-02-11 00:01
国家運営の為のお金を国家が発行すれば利子無しで発行する事も可能ですし、返済の義務もありません。然るに、中央銀行制度は、新たなお金は国家が自国にある中央銀行から借金して賄うという制度です。この制度下では、国家財政は借金から発生し、どんどん借金が増えて行く仕組みになっています。
中央銀行が発行するのは、貸し出す元金だけですから、金利の分のお金は元々社会に流通していないのです。だから必ず誰かしらは新たな借金をする必要があるのです。そのお金を生み出す為に経済成長が必要になるのです。つまりこの矛盾に満ちた欺瞞のシステムを維持する為に、GDPの増加で定義される経済成長が必須条件になるのです。しかしそのからくりは借金の上乗せの繰り返しによる多重債務、ネズミ講のようなもので、問題の先送り、肥大化に過ぎないのです。いつかはバブルのように破裂するしかないのです。
実際中央銀行のある国は赤字だらけです。そのような中央銀行制度に理はあるのでしょうか?その借金の利息ばかりかシニョレッジ[発行益、]まで、法人である中央銀行(とその株主)の懐に入るのです。中央銀行員の給与は、公務員に準ずるように体系化されているようです。それは、中央銀行が国の公共企業のようなものだと国民に思わせる為のようです。
公平性の意味からは勿論、通貨の信頼は国家の信頼に基づくと言う意味からも、通貨発行権は本来国家が持って然りでしょう。
このような中央銀行制度が何故出来たかは色々な書物やサイトで見付ける事が出来ます。
私はお金のしくみを調べて行くなかで、参考文献やいくつかのサイトで繰り返し目にして来ました。大抵、お金の歴史に遡っての説明が多いのですが、面倒にも感じますが、それが理解する為の的確な方法で、逆説的に近道かもしれません。何故なら、現在、経済学の基本と言われている『信用創造』と呼ばれる、銀行がお金を生み出す仕組みは、歴史的には、金細工師達が無からお金を貸し付けて利子を取る為に作ったトリック(興味のあるからはここをご覧ください。)・・・錬金術・・・の焼き直しに過ぎないからです。詐欺的なトリックだからこそ、中央銀行の通貨発行権と言う利権はタブーにされて来たのでしょう。

金細工師達の話までは遡らずに(興味のあるからはここをご覧ください。)発券銀行として中央銀行の原型となったイングランド銀行の事から簡単に触れます。17世紀にフランスとの長い戦争の為に資金を必要としていたイギリス政府に、金融業者が民間から120万ポンドの資金の提供を申し出ます。彼の条件は、年間8%の利息と120万ポンドまで銀行券を発行する権利でした。このときイングランド王は自ら紙幣を発行すると言う考えが浮かばず、金融業者の条件を飲み、資金を調達します。イングランド銀行は裏付けとなる金貨が無いにもかかわらず、銀行券を発行して利子を取りました。これが銀行ビジネスの基本となっているのです。銀行は、「信用創造」の名のもとに預金者が預け入れたよりも遥かに多くのお金を貸し付けているのです。この「信用創造」によって中央銀行ではない一般の銀行も新たなマネーを作る事が出来るのです。

イングランド銀行の創立も、詐欺的な手法である事を否定出来ませんが、アメリカの中央銀行に当たるFRB[連邦準備銀行]の創立も詐欺的手法によってかなり強引に行われました。(この辺りも参考文献には詳しく書かれています。)
歴代アメリカ大統領の中で暗殺された有名な大統領と言えばリンカーンとケネディですが、二人とも銀行券の使用を廃止し、政府紙幣を発行しようとしていました。二人の暗殺には様々な陰謀説がありますし、それらの複合的理由(いくつかの利害関係で一致した人々による暗殺)と考えるのが妥当かも知れませんが、一つに絞れと言われれば、私はこの政府紙幣の発行阻止が最も大きな要因だと考えます。彼ら二人以外にも、大統領就任中に暗殺されたりして亡くなった大統領はあと4人ほどいるようですが、そのうち2、3人は政府紙幣を発行しようとしたりして、国際金融カルテルを排除しようとした大統領であったようです。最近アメリカのデフォルトの危機が問題になっていますが、これもアメリカがFRBから返しきれないほど莫大な負債を負っているからです。決してアメリカ政府の財政の浪費だけが原因ではありません。

世の中は数多くの陰謀論で溢れています。特にネットの世界では失笑を買うような「とんでも」陰謀論を真面目に議論している人も沢山います。しかし、私は、紙幣発行権や国際金融カルテルによる中央銀行に関する陰謀論は、「陰謀との推測」の域を出て、多くが事実だと考えています。それから発展した、国際金融カルテルがマスコミやマスメディアを支配していると言う説、暗殺論や戦争をわざと引き起こしていると言う陰謀論、さらに、様々な国際事件の背後には国際金融カルテルが暗躍している、○○は国際金融カルテルの手先、傀儡だ・・・と言うような陰謀論も、全面的には信じていませんが、かなり当たっているものが多いと感じています。少なくとも簡単に否定出来ないと考えています。


参考文献:

1. 金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った  安部芳裕 著 徳間書店
2. アングロサクソン資本主義の正体  ビル・トッテン 著  東洋経済新聞社



以上の参考文献以外にネットの様々なサイトを参考にしましたが、かなり以前の事ですので上にリンクした一つのサイト以外思い出せません。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/02/11 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

貨幣は奥が深い
guyver1092
 物質からの切り離しは、ローマから行われていましたが、貨幣用の合金、信用創造等だんだん手が込んて来たようですね。貨幣は元々交換のための媒体として発明されましたが、その便利さによりプレミアが発生し、これが、プラス金利となったのですね。このプラス金利はエントロピーの法則に反し、貨幣中心の経済を無理やり行うことにより現在の経済的混乱が発生していると私は考えています。
 中央銀行制度をとる限り、プラス金利は基本的に必要となるのでしょうね。中央銀行制度はプラス金利の経済システムとの車輪の両輪ですね。

Re:貨幣は奥が深い
雑草Z
そう言えば、guyver1092さんはかなり以前から貨幣制度に関して色々調べていてコメント下さいましたね。最初は私も良く理解出来ませんでしたが、タイムラグがありましがguyver1092 さんから感化されて、私もお金の事を調べ始めたのだと思います。ゲゼルの減価するお金も興味深いですね。最初は良くわかりませんでしたが・・。

>その便利さによりプレミアが発生し、これが、プラス金利となったのですね。

なるほど、面白い解釈です。

>このプラス金利はエントロピーの法則に反し、

これは非常に興味があります。是非この事に関して書いて下さい。

>中央銀行制度をとる限り、プラス金利は基本的に必要となるのでしょうね。

そうですね。それが中央銀行の本質であり、目的ですね。中央銀行の本来の目的は、金利の搾取ですね。私が記事に赤茶色の色をつけた部分が正に中央銀行の弊害ですね。

他人の欲望
団塊親爺の遺言
 私の拙い推論ですが・・
人間の欲望は無限で在りブラックホールの様なもの
歴史から見ても人間の横暴は際限無く残虐な血の歴史だった

人間の様々な欲望は抑える事が出来ない

どんなに強い王が誕生しても寿命が在り 人には猜疑心等が在りいつも様々な争いが起こる どうしたら安住の地を見いだせるのか 壮大な戦略を金貸しの一族は考えたのでは・・

 人間の社会ではユートピアの様な世界は造り出せない

 人間の本質は永遠に変わらず 自己満足の為に生きる

自然は人を裏切らない ペットや動物たちも愛情を注げば
幸せを人間に与えてくれる それで私は美味しい自然卵を
与えてくれる鶏飼いを思考中・・私の欲望です

それにしても自然界では狼や様々な生き物が活きて居た時は弱肉強食ですが
バランスの摂れた生命溢れる世界でした 人間が活きる事で消える生命たち

Re:他人の欲望
雑草Z
団塊親爺の遺言さまのおっしゃる通りだと思います。

ただ、それが全ての人間に当てはまるかと言えば、欲望の為に残忍になる可能性は全ての人間にあるとは思いますが、多くの一般庶民は、法で罰せられなくとも、自分の欲望の為に人を殺したり、多くの人を犠牲にしたりはしないでしょう。

>壮大な戦略を金貸しの一族は考えたのでは・・

おっしゃる通りかと思います。お金のシステムに関する色々な書物やネットを読んで行くと、虐げられた民族のごく一部の一族が、金貸しになって、卑劣な方法だろうがなんだろうが、様々な方法を使って自分達に莫大なお金が入るようなからくりを作り上げたようです。これは陰謀論の域を出て、大まかには事実のようです。

要するに強欲で、支配欲の強い特殊な人(一族)が金融の世界を支配しているのです。
このような欲望が世界を破局に導いていると考えます。

>私は美味しい自然卵を 与えてくれる鶏飼いを思考中・・私の欲望です

皆さんがこのような、人に迷惑をかけないささやかな欲望に満足すれば世の中ももっと平和で棲みやすくなるでしょうし、それは不可能ではないと思います。

コメントを閉じる▲
2015-02-05 00:01
日本の借金に関して調べていたら、ネットの質問&回答コーナーに興味深い、しかし、とんでもなく経済成長主義に洗脳された(毒された)やり取りを見つけました。【日本国民に国の借金背負わせて・・・】(YAHOO!知恵袋での20014年12月のやり取り)です。

概要はこうです。
<質問>日本国民に国の借金を背負わせて、返済の為と言って消費税の税率をどんどん上げているが、本気で返したいのなら30 %は必要との事。日本の経済破綻も迫っているといわれていますが、阿部首相が国民をペテンにかけて騙していると考えますが・・・皆さんは気づいていますか?
と言った質問内容に関して、質問者がベストアンサーに選んだ回答の概要は以下です。
<回答>現在の貨幣制度では、誰かが借金をしないと絶対にお金が増えません。日銀が発行したお金を国民が借りることによってお金が社会に流通するからです。借金と貨幣は表裏一体です。国民の金融資産はすべて借金で、統計的にも経済全体の金融資産と負債は必ず一致します。これは通貨制度を守るための制度です。お金は生産物を消費するときに意味を持つので、お金を作ったときには必ず国民に貸して「(国民に)借金で消費した分は生産します。」と約束させて、その信用で貨幣価値を守っているのです。
現実には、借金(消費)と労働生産が常に一致する事はありません。労働に比べて消費が少ないと不況になりますし、借金ばかり多くて労働の質が低い途上国は国民が豊かになれません。
借金が多ければ必然的に消費も多く、消費が多いならば好景気になるので「借金大国で消費不足の不況」というのは有り得ません。借金は、常に返済も行われていますがそれ以上に新たな借金をするのが基本です。日本政府も返済する以上に新たな借金をしています。経済は借金と生産の増加を前提としているので、そもそも本気で返す必要は無いのであって、どこの国でも借金を増やしています。ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンも「日本に債務危機は存在せず、増税見送りと大規模な財政拡張が必要」と提言しています。破綻するのは「借金しているのに労働しない国」で、このような国は貨幣価値が減少してハイパーインフレに陥るか、デフォルトする事になります。国民の労働以上に消費は出来ません。逆に労働している以上、借金して消費しない事には経済が回りません。借金を個人は労働、政府は税金で借金を返済しています。国民が借金を背負うのが嫌ならば、国民代表である政府が借金することで、国民全員に生産の約束をさせるのは正しいと言えます。誰が借金するかの違いでしかなく、借金の総額は増やし続けなければならないのです。


この回答に対しての<質問した人からのコメント>は
ご指導いただき有難うございます。大変勉強になりました。


との内容でした。

もっとまともな回答はいくつかあったのに、質問者は最悪の回答をベストアンサーに選んだようです。あっさりと自分の見解を取り下げて、この回答者の、「国の(政府と国民の)借金の総額は増やし続けなければならない」と言う主張に賛同して終わっています。時期が時期だけに(2014年末のアベノミクスのほころびが多くの国民にも見え始めた時期)この回答者は、政府与党の工作員か、与党のネット監視員かとも思いましたが、質問者自体もいかがわしく、質問者と回答者がぐるではないかとさえ疑えます。そうでなければあまりにも洗脳され過ぎなとんでもないやり取りです。
この<回答者>は一見理路整然と述べているようですが、脈絡がおかしく、かなり矛盾した事も述べていて我田引水的です。

一つ一つ個々の指摘はここの読者にお任せしたいと思います。(よろしくお願いいたします。)私は全体的な批評を申します。この回答には、現代の経済成長洗脳とその目的を垣間見ることが出来ます。
現代人はローンを抱えている人も多く、「借金を背負わされ、その返済の為に働かされている」という認識を持った人も少なくはないと思いますが、それが理想の姿とは思わないでしょう。借金の為に奴隷になるって事にも聞こえます。江戸時代の女郎や、戦前の女工哀史のようです。現代で言えば、借金返済の為に借金を重ねてどんどん増やし続けている多重債務者のようです。・・・・確かに現在の貨幣制度の本質はそれと大差はないかも知れません。がその状態が社会の在り方と言うのは、搾取階級の体のいい我田引水的ロジックです。「借金を返す行為が経済を成長させる」と言うよりも「借金についた利息分だけ経済が成長する」といったほうがより正確でしょう。そう、この借金には利子が付くのです。その利益やシニョレッジ[通貨発行利益]は誰が受け取るかは言及されていません。国(国民全体)が受け取るのならば、ある意味、公正で、それなりの理もあるかと思いますが、それらは法人である銀行の(株主の)利益になるのです。経済をどんどん成長させて、社会の財産を増やせば、その利益の多くをこのような銀行法人が受け取るのは不公正です。金融マフィアが仕組んだ詐欺的手法といえましょう。
直接銀行からお金を借りる人でなくても、私たちの支払う全ての物価には利子部分が含まれているのです。銀行への支払い部分が物価に含まれるからです。
試算によれば、物価の30%前後が、利子として負担していることになるそうです。
その利子の利益を最も享受しているのは、銀行家であり、その株主であり、金融資産家なのです。彼らへの借金返済の為に庶民は働き、必要のないものまで必要と見せかけて売り、利息を払うのです。そのために自然環境もどんどんと破壊し、収奪しているのです。
環境問題や社会格差の原因は全てこの銀行による経済成長戦略だと言う方もいますが、それは極論ではなく、かなり理があると感じます。経済成長強迫は、現代の精神的病の最たるもの、最悪のものだと思いますが、そう思い込ませるだけではなく、広く一般庶民に実際に借金を背負わせて、経済成長に加担するように仕向けているのが金融カルテルマフィアたちでしょう。
部分的に論理の破綻している回答ですが、それなりに理解しているであろう回答者が、ここまで「現在の貨幣制度」を知っているのに、その詐欺的構造に気付かないのであれば、知識があっても理性が足りないと言えましょう。逆に知ってて話題を逸らしているのなら、彼は金融カルテルの太鼓持ちか工作員でしょう。
兎も角、銀行は、一般庶民に借金を背負わせて、奴隷化し、その利息を搾取していると言えましょう。経済成長をもたらす借金返済の為に、あくせく働く事止む無し・・・と言う社会は、理想社会でも何でもなく、とんでもなく酷い不公正社会です。


この記事の回答者への個々の部分への反論等を募集いたします。コメント欄によろしくお願いいたします。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/02/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

借金経営
爽風上々
借金をしないとお金が増えないというのは一面の真実なんでしょうが、なぜ「お金が増えないといけないのか」ということが判っていないのがこの回答者なのでしょう。

お金が増えると資本家が儲かるというのが資本主義の本質です。労働者には関係がありません。おこぼれ頂戴のトリクルダウンには関係するかもしれませんが。

会社も株式上場をすると一人前になるような気がして、上場記念で祝賀会という話も聞きますが、実際は株式など上場せずに銀行からも借金をせず、自己資本だけでやって行くのが最上です。株式配当というのも微々たるものですがある程度の用意が必要ですし、銀行借り入れの利子返済も馬鹿になりません。

国の借金も日本ではさして問題ではないと言った論者が多くいますが、国の予算案を見ると国債費といった項目が大きな割合をしめ、圧迫していることは間違いがありません。

また「IF」の想像力を働かせると、もしも国債が全く無く収支均衡財政が守られていたならどうであったかと考えると、かなり政策の自由度も増していただろうと思います。

国債が爆発的に増えたのは言わずと知れたバブル崩壊後の景気回復を理由とした公共事業費の垂れ流しです。本来ならばそのような政策を取った政治家は罪を問うのが当然ですがなぜかこの国ではまだ偉そうな顔で政権についており、さらにそれに上乗せしたような政策を取っています。

このような「経済」というものに頭も心も乗っ取られたかのような人々が早く目覚めて欲しいものです。

現実では違うことが起こっている
guyver1092
>借金が多ければ必然的に消費も多く、消費が多いならば好景気になるので「借金大国で消費不足の不況」というのは有り得ません。

 日本の借金は増え続けていますが、日本の消費は、バブル崩壊後増えていませんし、好景気ではありません。
 また、日本はバブル崩壊後の景気対策で、生産力を向上させた結果、消費不足に陥っています。

 だれの妄想ですかね。

Re:借金経営
雑草Z
>「お金が増えないといけないのか」ということが判っていないのがこの回答者
>お金が増えると資本家が儲かるというのが資本主義の本質です。労働者には関係がありません。

全くその通りですね。お金が増えると儲かる銀行の為の仕組み=詐欺的構造ですね。

>国の予算案を見ると国債費といった項目が大きな割合をしめ、圧迫していることは間違いがありません。

借金返済の予算が国の財政を圧迫している状況で、国の借金が問題ない筈がありません。この借金で得をするのは主に中央銀行や金融資本家達です。

>もしも国債が全く無く収支均衡財政が守られていたならどうであったかと考えると、かなり政策の自由度も増していただろうと思います。

そこの部分をビルトッテン氏は明確に数値を上げて試算しています。全くその通りでしょう。

>国債が爆発的に増えたのは言わずと知れたバブル崩壊後の景気回復を理由とした公共事業費の垂れ流しです。本来ならばそのような政策を取った政治家は罪を問うのが当然です

結局、公共事業のたれ流しで、土建業界や銀行等に流した金が借金として上乗せしていった結果ですからね。同じ失敗を繰り返してきました。現在もまた同じ失敗を繰り返すアベノミクス。


Re:現実では違うことが起こっている
雑草Z
>日本の借金は増え続けていますが、日本の消費は、バブル崩壊後増えていませんし、好景気ではありません。
>日本はバブル崩壊後の景気対策で、生産力を向上させた結果、消費不足に陥っています。

このような的確な御指摘が欲しかったところです。

回答者は知識はある方かとも思いましたが、guyver1092さんの的確な御指摘の通り、回答者は知識も滅茶苦茶な妄想家ですね。こんな最悪の回答をベストアンサーに選んだ質問者も駄目ですね。マッチポンプのヤラセでしょうか?


選挙の結果を見れば…
ST
国民の少なからずが質問者と同じなのかも知れません。
見事なマスコミ等による「洗脳」の結果が出たのです。

Re:選挙の結果を見れば…
雑草Z
STさん、お久し振りのコメント有難う御座います。

確かに選挙の結果を見ればそう感じます。

この質問者は、当初、国の借金で経済破綻といいながら、しょうもない回答者に感化されて直ぐ前言を撤回しましたが、このように自分でしっかり考えられない洗脳され易い人が多ければ困ったものです。

自作自演のヤラセ?
爽風上々
あまりにもいい加減な質問回答で、もしかしたらマッチポンプのヤラセ?との感想も出るところですが、それはどうでしょう。

相撲やサッカーなど八百長疑惑が出るものも数多くありますが、聞いた話によると八百長相撲というものは双方納得の上での勝負になるので、極めて迫真の見ごたえのある相撲になることが多いそうです。
かえって立会いの変化ではたき込みなとどいう勝負は勝ち負けにこだわるだけの相撲であり、これは絶対に八百長ではないとか。

そういった観点からこの質問解答を見てみると、まるではたき込み相撲そのものですので、まず八百長の可能性はないのではないかと思います。

おそらく興味本位でちょっとかじっただけの財政赤字問題を質問してみたら、本格的で見たところ専門家(怪しいものですが)からの回答が来たために恐れをなしてすぐに撤退したのでしょう。
それにしても何の思考的な訓練もしていない人であることは明らかです。

一昔前は普通の人間が自分の考えを文字にするということもあまりなく、ましてやそれを万人が目にする場所に公表するということはほとんど考えられないものでした。あえてそれを為そうとする人は、たとえ新聞の投書欄であってもある程度の覚悟がいるものでした。
しかし、せいぜいここ10年のネット環境の発展で本当に「誰もが自分の考えを発表できる」ようになってしまいました。
しかし、それにふさわしい中味を持つ人はごくわずかであり、ほとんどはどうでもいいことや、有害なものを垂れ流すばかりです。

当分はこのような状態が続くでしょう。その中で、玉石混交の「玉」に当たるようなこちらのサイトが末永く無事に続くことを祈ります。

Re:自作自演のヤラセ?
雑草Z
なるほど、確かにはたき込みですね。

>興味本位でちょっとかじっただけの財政赤字問題を質問してみたら、本格的で見たところ専門家(怪しいものですが)からの回答が来たために恐れをなしてすぐに撤退した

なるほど、このストーリーは説得力がありますね。この爽風上々さんの御指摘の通りかも知れません(確実性の高い推論だと思います。)

確かに質問者は

>何の思考的な訓練もしていない人であることは明らか

ですね。質問内容もちぐはぐです。(記事に記した「概要」は要旨をまとめたので筋は通りますが、原文はもっと無茶苦茶です。文体も稚拙です。)

御指摘有難う御座います。

高度成長の呪縛
爽風上々
冗談のような感想はさておき、あの高度成長時代(自分の幼児から少年時代と重なります)というものが現在の指導的年代の人々の考え方、感じ方というものの根本に影響を与えているのでしょう。
もっと大きな目で見ればあの時代の方が異常だったということが見て取れるはずですが、三つ子の魂百までという言葉のとおりです。

あのような時代であれば積極的に借金をしてでも経営を広げていく人々が成功を収めたのでしょうが、拡大ができない時代では自殺行為です。その辺の会社が自殺をしたところで(従業員は気の毒ですが)あまり関係もありませんが、国や自治体が破産してもらっては困るのですが、その危険性を深く考える人は居ないとは言えませんが主流派からははずされてしまいます。
その結果、社会全体として自殺に向かっているわけです。

その後のオイルショック時代に少年期を迎えた人はまだまし?かもしれませんが、バブル期に青少年世代だった人々は精神構造の中に深くバブル体質を残しているのかもしれません。
高度成長呪縛世代に自分たちが言うのもなんですが、今の30-40位の人たちも危なっかしいものかもしれません。

Re:高度成長の呪縛
雑草Z
>あの時代の方が異常だったということが見て取れるはずですが、三つ子の魂百までという言葉のとおり

確かにそうですね。人間は自分の短い限られた経験の世界で判断して、それが世の常と思ってしまうんでしょうね。そうやって景気回復策と称して借金で財政を投入して、回収出来ないまま借金が膨らんだのに懲りずにまた柳の下の泥鰌を再び・・・と借金の上乗せをしているのが現状ですね。旨い経験だけにしがみついているのでしょうか?

>その危険性を深く考える人は居ないとは言えませんが主流派からははずされてしまいます。

そこが大問題ですね。結局、特殊な高度経済成長時代を普通に実県出来ると考えている愚かな人々が社会のリーダーになっていると言う事でしょうか。

>バブル期に青少年世代だった人々は精神構造の中に深くバブル体質を残しているのかもしれません。

そうですね。その下の悟り世代のほうが期待できるかもしれません。しかし、悟り世代は悟り世代で、自然の摂理をよく理解していない人が多いように思います。

悟り世代はマイカー離れが進んでいると言われていますが、そのような世代の人々には期待できるかもしれません。
まあでも結局は世代よりも個人の資質が大きいかも知れません。

アベノミクスをステレオタイプとして、高度経済成長時代の遺物には、早く政治の舞台から退いて貰うべきですね。

コメントを閉じる▲
2015-01-29 00:02
「日本銀行券」を一か所で区切るとすると「日本・銀行券」ではなくて「日本銀行・券」となりましょう。即ち現在日本で流通している円の紙幣は、<日本>(国政府)が発行した<銀行券>ではなくて、特殊法人である<日本銀行>が発行した(銀行)<券>なのです。特殊法人と言うと何となく胡散臭く、天下り組織や脱税を想起する方も多いと思いますが、日本の銀行の頂点に君臨しているように見える日本銀行も、実はそのような胡散臭い組織の一つなのです。日本銀行は政府から独立した特殊法人であり、株式も上場されているのです。その株式の55%は日本政府が保有していますが、残りの45%の株主が誰なのかは、日本政府も日銀も国民には教えてくれないそうです。〔・・参考文献4より引用〕株主を秘密にするって事が民主主義国家にある株式会社に許されることなのでしょうか?・・・残りの45%の株式の多くを占めるのは、世界の多くの国家に紙幣発行権のある「中央銀行」を設立する事に関わってきた多国籍国際金融組織ではないでしょうか。

中央銀行の役割は、①紙幣を独占的に発行する「発券銀行」、②民間銀行に対して預金を受け入れたり貸し出しをする「銀行の銀行」 ③税金など政府資金を管理し、また国債の償還、利払いの事務などを扱う「政府の銀行」   があるとされています。そして「それらの役割を通して物価の安定や景気の調整を図り、経済の健全な成長を維持する事が目的」とされています。しかし、これらの役割は、①紙幣を独占的に発行する発券銀行 としての位置を正当化する為に後から取って付けられたような「役割」と考えられます。
だから①発行銀行の役割 についてだけ論じます。そうすれば、中央銀行を設立した「本当の目的」も自ずと見えてくるでしょう。

新券を発行するとは、日本銀行券を印刷して作ると言う事です。電子マネー時代の現在であれば、その金額を通帳に記入するだけでもOKです。(これは信用創造と言う事です。信用創造についてはまた機会があれば記事にしたいと考えています。・・汚れたり破損したお札を廃棄してその分新券を発行する場合は別です。)自分でお金を印刷して、若しくは通帳に記入して、新たなお金を作り出すのです。それなりの労働の報酬としてお金を稼ぐのではなく、またそれなりの物やサービスの対価としてでは無く、錬金術よろしく、国内に流通する円を、無いところから勝手に作り出すことが出来るのです。そんな特権を、特殊法人と言えども、一民間企業に与えてよい筈がありません
『アングロサクソン資本主義の正体』によると、日本の通貨流通量[money supply]は、1968年に約34兆円、2008年に760兆円ですから、この40年間に20倍以上に増えています。言い換えれば、2008年のマネーサプライ760兆円の95%以上・・即ち殆どは、1968年以降に、日銀によって作られたのです。その金額は、印刷の材料費などの経費を抜いてほぼ丸儲けです。(このような通貨発行利益を“シニョレッジ”と言います。)2000年以降、日銀は、1年間に多い年で6兆円、少ない時でも0.2兆円、平均しても年間1兆円以上の通貨を作っているのです。ただ印刷して発行し(日本政府に)貸しだしただけなのです。これこそ、ぼろ儲けの錬金術と言えましょう。
その儲けたお金は、日銀の社員、役員の高額な給料となったり、株主のものとなるわけです。先に書いたように株主の55%は日本政府ですが、残りの45%は不明です。その残りの45%の懐にも毎年高額のお金が労なく入るのです。それこそあぶく銭でしょう。この儲け・・・シニョレッジは日本国民全員に還元されるべきでしょう。
日本銀行の株主がお金を沢山儲けようとすれば、流通するお金を印刷するなり通帳に記入するなりして増やせばいいわけです。物価を上げてインフレを起こして通貨を発行すればするほど、日銀の株主は確実に儲かるのです。インフレターゲットで最も確実に得をするのは日銀の株主でしょう。


『アングロサクソン資本主義の正体』で、ビル・トッテン氏は、次のように試算しています。(表を示して、計算しています。)
「政府が全てのお金を1968年から創造していれば、日本政府は(2008年時点での)547兆円の公的債務の代わりに、619兆円の黒字になっていた筈である。あるいは、政府がはじめからお金を作っていれば1968年には公的債務ゼロ、1969年からは、税金を67%減税する事が出来たであろう」
この試算は、概ね正しいと思います。・・・・諸条件を誤差の範囲で変えても、現在の公的債務はほぼ無くなり(あっても現在の100分の1以下…1兆円未満で、)消費税増税しなくても(若しくは消費税が無くても)やって行ける事になったでしょう。

通貨発行権は政府が持ち、シニョレッジ[通貨発行利益]は国民に還元されるべき当然の権利なのです。一企業である日本銀行の社員や役員、株主だけがシニョレッジの恩恵に預かるなんてどう考えても不公平です。

多くの人が指摘するように、アベノミクスで日本の借金を返済する事は不可能でしょう。何せ好景気を演出する為にばら撒いた税金よりも、税収の増加は低いのですからお話になりません。公共工事を減らし、歳出をカットしたほうが遥かに有効です。実際に日本の借金は、アベノミクスで減ったどころか、さらに増え続けています。昨年日本の借金総額は1000兆円を突破して仕舞いました。日本のデフォルトも目前です。
 これを回避するには、徳政令のように今までの借金をチャラにするとか、思い切って財政支出を減らすとか言う方法も考えられなくもないでしょうが、今考え得る最も有効な方法は、紙幣発行権を政府が持つことでしょう。
勿論政府紙幣を発行しようとすれば、中央銀行の利権を享受している大きな勢力が色々理屈を付けて邪魔しようとするでしょうから、簡単な事ではないでしょう。その事については、次の記事で描かせて頂く予定です。


参考文献:

1. 金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った 安部芳裕 著徳間書店
2. 金融崩壊の後の世界      安部芳裕 佐々木重人 著   文芸社
3. エンデの遺言          河邑厚徳  グループ現代 著  講談社
4. アングロサクソン資本主義の正体 ビル・トッテン 著  東洋経済新聞社

どれも非常に参考になり、面白く一挙に読めます。敢えてお奨めの順番をつければ、4,3,1,2の順となります。

4. アングロサクソン資本主義の正体  は一番最近読んだから・・・と言う事もありますが、今回の記事を書くに当たって最も参考にしました。いくつか引用もさせて頂きました。これ一冊だけでも十分に、政府紙幣の必要性から「カジノ経済」や現在のマネーの支配者による富の収奪の酷さまで広く知ることが出来るでしょう。政府紙幣発行に対するよくある批判・反論に対する再反論も書かれており、ある意味必要十分な本です。

3.エンデの遺言 では、童話作家のミヒャエル・エンデだけでは無く、経済学者ではない様々な分野の複数の人物によって解明された、お金、金融のからくりが紹介されています。(経済学者の著書よりも遥かに、理に適う洞察です。)

1. 金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った  は、金融の歴史にページを割いて紹介しています。マネーの支配者による富の収奪のシステムに関しても詳しく説明しています。読み物としても面白く読めます。そして、多くの陰謀論を「事実」として紹介しています。その中のいくつかは、本当であろう・・・と思えましたが、いくつかは眉唾、嘘とは断定出来ないまでも、はっきり事実とも言えないだろうと言う内容でした。だから陰謀論に関しては内容すべてを鵜呑みには出来ないと思いました。それでも、金融の詐欺的構造の知識は確実に付きますし、十分に面白く読めました。
2. 金融崩壊の後の世界  も、1. 金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った と同じ人物が共著者になっていますので、内容もかなり重複しています。しかし新たに役に立ちそうな興味深い知識も色々得られました。ただ、本書のタイトルでもある金融崩壊後の世界に関する内容(予測、提言)に関しては、物足りなさも感じましたし、賛同できない部分もありました。

以上、最もお薦めは、4. アングロサクソン資本主義の正体 で、次にお薦めは
3.エンデの遺言  ですが、どれも十分に読む価値はありますし、どれか1冊を読むだけでもお金、金融に仕組まれた収奪のからくりがわかり、政府紙幣の必要性を痛感出来ます。私自信は4冊すべて読んで良かったと思っております。どれも必要に応じて、部分的に読み直ししています。
・・・最後は、参考文献を示すに留まらずに、書評っぽくなってしまいました・・・


参考HP
 金貸しは、国家を相手に金を貸す  

サイト名から、そのまま中央銀行の役割(悪行)を暴露しているようなサイトです。
 かなり以前の事なので記憶は曖昧ですが、政府紙幣の必要性を最初に知ったのがこのHPだと思います。十分に価値のあるHPだと思います。しかし一方、参考文献の1.2.のように陰謀論も沢山載っているので、自分で取捨選択し、見極めて読む必要があると思います。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/01/29 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

インフレ
guyver1092
 政府紙幣のことはよくわかっていなかったので、wikiを読んでみました。過去には、政府紙幣を発行しすぎてインフレになり、国民に害を及ぼしたこともあったようですね。
 後ろのほうに結論めいたことも書いてあり、厳格に運用すれば何の問題も無いと書いてありました。
 さて、現在日銀はインフレターゲットを行い、すでに破たんの兆候も出ているとの説もあり、どこが発行しようが、貨幣の発行をいい加減に行えば、中央銀行だろうが政府貨幣だろうが同じと言うことですね。
 このように考えると、55%の株主となって発行益の55%を得るよりも、政府紙幣にして100%の発行益を得るほうが、賢いということになると考えられますね。

日本人のマネーリテラシーの低さ。
でなしNo.146
個人的には金融というものについて中学校や高校くらいで教えるべきだと思っています。

記事でも書かれているとおり、日本銀行・券に価値があるようにみんなが信じているのが世の中であり、本来20円ほどの原価+製造費で作成できる紙1枚を10000円の価値があると「信じて&流通させて」暮らしているという状態です。

ある人は「信じている」というより「妄信」と言いましょうか、例えば「10000円札って1万円の価値ないよね?」という日本語の文章は今回の記事のロジックがわかっている人以外には頭がおかしいと思われる発言でしょう。

1万円札の価値を疑うことすら発想にないのです。

そしてどこからお金が来るのか?というのもほとんどの人が知ろうともしませんし、おそらくごく表面の知識で満足していると思います。

頭の余計なキャパシティを使わないことは省エネと見ることもできますが、知的に怠惰で、後で痛い目を見る可能性も多分に孕んでいますね。

今回の記事で政府発行通貨の重要性を認識できました。

そうなると、なぜ、通貨発行権を取り戻せないのか?という疑問が浮かぶのですが、このあたりはここでは割愛いたします。
(某サイトにほんの少し気を使いまして笑)

通貨発行権の有効活用!

あ、でもこれ言った大統領ってみんな暗殺されるんでしたっけ(^^;)
陰謀説なのかわかりませんが、整合性が取れる仮説を考えてみたいと思います。

Re:インフレ
雑草Z
>wikiを読んでみました。過去には、政府紙幣を発行しすぎてインフレになり、国民に害を及ぼしたこともあったようですね。

政府でお金を発行すれば、発行し過ぎてインフレになる・・・という理屈は、利権の為に各国に中央銀行を作った国際金融マフィアのプロパガンダでしょう。株式会社である一法人が作った方がよっぽど危険でしょう。シニョレッジが即その法人の儲けになるのですから、株主の為にはどんどん紙幣を発行するでしょう。
お金を使う行政が紙幣発行権を持つのはおかしい・・・とよく三権分離を例に出して言われるようですが、三権分立の行政も司法も立法もお金の出所は政府です。立法機関が民間の株式会社だったら大変でしょう・・・それと同じ事で、紙幣発行権を一民間企業に与えるなんて非常におかしな話です。

>貨幣の発行をいい加減に行えば、中央銀行だろうが政府貨幣だろうが同じ

いえ、違います。紙幣の発行を政府が行っても政府の借金(=国民の借金)は増えません。かなり大きな違いです。

>政府紙幣にして100%の発行益を得るほうが、賢いということになると考えられますね。

そう言う事です。現在考え得る現実的な日本の借金、負債を無くすベストな方法は、政府紙幣の発行だと思うのですが、guyver1092さんはどうお考えでしょうか?

Re:日本人のマネーリテラシーの低さ。
雑草Z
>個人的には金融というものについて中学校や高校くらいで教えるべきだ

自分自身金融のシステムを中学や高校で習った記憶はありませんが、今は、現代社会とか政治経済で、簡単に教えるのではないでしょうか?
 本文に記した中央銀行の3つの役割とか、銀行ビジネスの基本としての「信用創造」とか・・・もしかしたら大学の経済の授業とかで学ぶのかもしれませんが・・・そのような金融カルテルの騙しのプロパガンダを習うのかも知れません。そこでおかしいと思う学生も沢山現れていいと思うのですが、「そんなもの」と捉えてしまう学生が大半なのでしょうね。つまり、金融マフィアのプロパガンダは成功しているわけです。
おそらく、アメリカやヨーロッパでもそんなまやかしのプロパガンダを教えるのではないでしょうか??

>どこからお金が来るのか?というのもほとんどの人が知ろうともしませんし、おそらくごく表面の知識で満足している

の通りだと思います。そして、「エンデの遺言」で取り上げられている建築家のマルグリット・ケネディのように賢明な人はある時そのとんでもないからくりに気付き、怒りに震えるのでしょう。

>でもこれ言った大統領ってみんな暗殺されるんでしたっけ(^^;)

よくご存知で・・・私の挙げた参考文献のどれかを読まれましたか??・・・それとも私が言及したことがありましたか??

そこのところも次の記事にも書きたいと考えているところです。

>なぜ、通貨発行権を取り戻せないのか?

何と、既に取り戻している国もあるんですよ!!!!!


鶏でも飼うか・・
団塊親爺の遺言
私もお金の仕組や社会の仕組をネットで知りこんな流れの中で自分たちは生きていたのかと・・? まあ昔からの年貢の様に社会の安全や安定の為には多少は必要と考えていましたが今のマネーゲーム世界には後から生まれて来た者には奴隷への人生の様なものかもしれません 人々を対立させ戦争を起こさせたり環境を壊す事で儲ける金貸し共が造った今の社会は終わらせなければなりません もう何百年も続いた妄想から私たちが目覚め解放される時代が来たのかもしれませんね 例え相手がマフィアやISISでも私たちは99%の羊では無い

私も昨年末に体が壊れ 病院で大修理 古いものは時々修理が必要なのですね 入院中は食事は無し 点滴だけで何故か無性に卵かけごはんが食べたく成り自然養鶏の本を読み自分も本物の卵や竜馬の愛した軍鶏鍋等を冥途の土産にと想うこの頃 田舎に少々の土地を借り鶏の餌に成る種を撒き自給の自然養鶏を現在、思案中です 自然放牧の家畜たちは現在も鳥インフルエンザ等には無縁だそうです まあこんな事位しか今は出来ませんが強欲な金貸し対策への一歩です

Re:鶏でも飼うか・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さま

からのコメントが暫く来て無くて寂しいと思っておりましたが、体調を壊して入院されていたのですか!?・・・改めましてお見舞い申し上げます。

>何故か無性に卵かけごはんが食べたく成り

私も卵かけご飯に現在嵌っております。鶏を放し飼いにしている方の卵を戴いて食べると本当に美味しいです。

>田舎に少々の土地を借り鶏の餌に成る種を撒き自給の自然養鶏を現在、思案中です

それは素晴らしいアイディアですね。でも、家畜の飼育は休みが無くて大変ですね。

>お金の仕組や社会の仕組をネットで知りこんな流れの中で自分たちは生きていたのかと

御もっともです。中央銀行の存在は詐欺そのものですね。

>後から生まれて来た者には奴隷への人生の様なものかもしれません

そうなってしまう事も無きにしも非ずですね。おっしゃる通り、

>金貸し共が造った今の社会は終わらせなければなりません

ですね。  

Re:Re:インフレ
guyver1092
 私は、貨幣という物の商品との引換証との性質から、商品(資源)のバランスを崩すほど貨幣を発行すれば、必ずインフレになると考えています。(はじめ一対一の比率であったバランスを、貨幣を十倍発行して一対十のバランスにする等)
 不勉強で申し訳ないのですが、政府紙幣は、このような紙幣の発行をしてもインフレにならない仕組みがあるのですか。
 

Re:Re:Re:インフレ
雑草Z
>政府紙幣は、このような紙幣の発行をしてもインフレにならない仕組みがあるのですか。

私も分かりませんが、そんな仕組みはないでしょう。おそらくこの辺のしくみについては私よりもguyver1092 さんのほうが、遥かに知識と見識があると思います。

最初のコメントで guyver1092 さんが

>貨幣の発行をいい加減に行えば、中央銀行だろうが政府貨幣だろうが同じと言うことですね。

との見解を述べられましたが、その見解は全くその通りだと思います。私がその見解を軽率に否定したのは、貨幣の発行をしてもインフレにならない仕組みがあると言う事では無く、政府が貨幣を発行しても借金にならないと言う事です。これこそ大きな違いだと思う訳です。誤解のある表現でしたら申しわけ御座いません。

私の先のコメントの最後の部分の繰り返しになりますが、
私は、現在考え得る現実的な日本の借金、負債を無くすベストな方法は、政府紙幣の発行だと思うのですが、guyver1092さんはどうお考えでしょうか?

Re:Re:Re:Re:インフレ
guyver1092
 返事が遅くなって申し訳ありません。いまだ不勉強ですが、一応の結論は私の中で出ました。
 短期的には、おっしゃる様に借金、負債をなくすことは可能と考えます。ただし、長期的な事及び、これまで政府の行ってきた政策を考えると、先のコメントでも言及した通り、日本国内のモノ、サービスと貨幣のバランスを壊し、インフレ傾向をもたらすすことになると考えます。インフレという物は経済が拡大する場合を除き、必ず弱者に負担が掛かります。そして現在、地球という物理的な制限により経済の拡大が禁止されている場合にこれを行えば、インフレによる、大衆の財産を政府に付け替える事態となると考えます。

Re:Re:Re:Re:Re:インフレ
雑草Z
guyver1092さんお返事有難う御座います。おっしゃる意味は分かりました。
私が議論したい政府紙幣の発行とは、あくまで紙幣発行権を中央銀行では無く政府が持とうと言う事です。

確かに
>これまで政府の行ってきた政策を考えると、

現在の政権の政府なら政府紙幣もどんどん発行しようとするでしょうが、それは中央銀行から借りて使う量と変わらないでしょう。中央銀行から借りているからとブレーキ機能は働いていません。同じ使うなら、利子の付かないまたは返済義務の無いほうがいいでしょう。それによってインフレが起こればどちらにしても財政を緊縮しなければなりませんから。

>現在、地球という物理的な制限により経済の拡大が禁止されている場合

政府紙幣なら止める事も可能ですが、中央銀行からの借金は利子が付きますから、経済成長を止める事は出来ないでしょう。わざと一時的に恐慌にしてリセットするのが彼等の常套手段ではないでしょうか?

この議論、面白くなってきました。次の記事への参考、布石にもなりますので、以上に対して更に御意見お願い致します。





コメントを閉じる▲
2015-01-23 00:01
経済成長はどのような時代にどのように行われて来たかを具体的に歴史に学ぶことは、大きな意味がある事でしょう。経済成長を半永久的に続ける事が不可能である事を多くの人が理解できるでしょうし、経済成長は、社会にとって決して好ましい事とは言えないという事もわかる筈だと考えておりました。
だから、いつか日本と世界の経済成長の歴史をそれぞれまとめて記事にしようと考えておりましたが、自分自身、経済成長の歴史をよく知りませんでした。特に日本の場合、経済成長が著しかったのは「高度経済成長時代」である事は知っていても、それ以前の事は余り知りませんでした。簡潔にまとまっている書物やサイトも見付けられませんでした。


そんな折、昨年の暮れに、日本の経済成長の歴史をごく簡潔に短くわかり易くまとめた記事を見つけました。
<爽風上々の日記>2014-12-31 【2014年まとめ 経済成長に振り回される】です。

以下、この記事から部分的に抜粋して転載致します。(ちなみに、もとの記事の日本の経済成長の部分のみを抜粋させて頂きましたが、この記事は他の部分も秀逸な洞察で、全体を通して読む価値があると思います。)

(以下抜粋転載)
(日本において)経済成長が盛んで景気の良かったと言えるのはどのような時代だったのでしょう。まず江戸時代の新田開発が盛んな時代があげられます。これは人々の労働と努力と言えますが、見方を変えれば自然というものを収奪しただけのことかもしれません。新田となった場所の元の自然に住んでいた生物は概ね死滅しました。
明治時代になり殖産興業という名の元で工業化が進みますが、これは裏ではアジア各国からの農業産物などの輸入というもので支えられてきました。それで食糧も増えて人口の増加にもつながりました。より確実にできるように植民地化を進めた過程で列強との摩擦が増し戦争になりましたが、この辺の事情は西欧列強の経済成長の経緯と重なります。資源供給国からの収奪で成長できただけのことと言えます。

敗戦後、復興の延長のように高度経済成長期が訪れますが、これも他の国々と同様に「安価な石油に支えられた工業化」による成長でした。石油だけではなく鉄やコンクリートなどの資源もその時代を支えている限りでは無限のように思えるものでした。私はこれは「エネルギー資源からの収奪による成長」であったと考えます。人類史上極めて稀な事態だったと考えています。おそらく後の世から見れば一瞬の幻と感じられるでしょう。
最後の経済成長はバブル経済だったのでしょうが、身分不相応と言うべき円高水準になったためにアブク銭が出回り(まさにバブル)これまた一瞬の夢の時代が到来し去っていきました。これもその後の経過を見たときに感じられるのは「後世からの収奪」だったのでしょう。あれからの20年という時代のあるべき利益をすべて一瞬にまとめて受けたようなものでした。

このように見れば「安定的な経済成長」などと言うものは幻にすぎず、それを求める限り何らかの歪みが出てくるのは当然でしょう。

(以上、抜粋転載)


以上を読めば、昔から経済成長は他からの収奪によって為されて来た事がわかるでしょう。つまり、自然、他の生物、他の地域、他の民族、地下資源、そして後の世代・・・・からの収奪です。最後のバブル時代は、既に収奪する相手がいなくなり、実体のないバブルを作り出しました。そしてそれは、後世に引き継ぐべき資源や環境から大きな収奪を行い、代わりに後世に借金を引き継がせました。これは、正に後世からの収奪と言えるでしょう。では、後世からの収奪によってバブルと言う見掛けの経済成長をしてしまった後の現代社会は、どこから収奪して経済成長が出来ると言うのでしょうか? バブル以降の財政出動による景気刺激策はことごとく失敗して日本の借金を増やしただけです。日本の経済成長の歴史の流れを見れば、この手の政策は既に通用しなくなっている事は火を見るよりも明らかでしょう。・・それこそ残された方法は、他国と戦争して、資源を収奪する事にでもなりませんでしょうか?? (実際は戦争に勝てるかどうかも分からないし、勝っても既に収奪するものが無いかも知れません。戦争を行えば、多くの国民が犠牲になる事は間違いありません。)

借金で調達した国のお金を公共工事でばら撒いて経済を刺激して、経済成長する事によって税収を(消費税増税で)増やし、財政再建を果たして膨大な借金を返そうとする政策・・・が如何に愚かで不可能である事がおわかりでしょう。
だから勿論アベノミクスなんて失敗する事は目に見えているでしょう。・・・世紀の愚策です。仮に成功したとしたら、生態系が破壊され、更に過酷な状況になるでしょう・・・。つまり、アベノミクスはやらないことが最善策です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/01/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ご紹介御礼
爽風上々
拙記事をご紹介くださいましてありがとうございます。
素人の直感だけで書いたようなものですので、専門家から見れば穴だらけでしょうが、意外に真実はそこらにあるのではないかと思っています。

収奪できるフロンティアもなくなり、エネルギーもふんだんに使うことができなくなった現在はパイは増やしようもなくせいぜいゼロサムゲームしかできないようです。
(本当はマイナスサムだと思いますが)
その中で経済成長というものは他からの強奪に他なりません。これまでの中国の成長というものは正に日本など他国からの強奪というべきものでしょう。それも陰が差してきたようです。



日本の経済成長の歴史
雑草Z
    爽風上々さん

 こちらこそ、記事を掲載させて戴いて有難う御座います。本文にも記したように、私は世界の・・と言うよりも西欧諸国の経済成長は、大航海時代や産業革命による他国や地下資源からの収奪と言う事は賭けたと思いますが、日本の経済成長に関しては高度経済成長期以前は、良く分からなかったので、こんなに簡潔にすっきりとまとめる事は出来ませんでした。だから自分の勉強にもなりました。その意味でも有難う御座います。

>現在はパイは増やしようもなくせいぜいゼロサムゲームしかできないようです。(本当はマイナスサムだと思いますが)

そうですね。だから日本の借金は増えているし(別な理由もありますが、それは次に書きます。)富の不公平分配による格差が広がっていますね。
 成長の限界による崩壊の兆しは世界中で始まっています。本格的な崩壊が積を切ったように始まるのが怖いですね。

経済成長とは
爽風上々
経済成長というものに疑問を持ったのは、初めは「年○○%成長」というのがどういうことなのか、誰もわかっていないように見えたことでした。

成長が続くということは、たとえば2%であれば翌年には1.02になりますがその翌年には1.02×1.02=1.0404となります。1年なら1.02×2=1.04と大差がないようですが、何年も先になると大きな差になります。
これは預金の複利計算と同じことですが、指数関数というもので、期間が長くなるほど先の上昇率は大きくなります。
年2%だと、20年で1.5倍、35年で約2倍となります。

GDPの成長はエネルギー消費や資材などの消費量と直結しています。2倍になったときにエネルギーが2倍供給できると考えられるでしょうか。

そのために、経済成長というものが大きかった時代の最後はどこも大混乱に陥っているようです。
結局「持続的な経済成長」などというものは言葉の中身の完全な矛盾であるということでしょう。

ならばどうするか、適正な規模であれば全く成長の無い定常状態で継続できるのですが、現在の経済はすでに適正規模を大きく越えています。定常状態でもいずれは破綻するでしょう。少しでも早く縮小することが破綻を避ける道です。

Re:経済成長とは
雑草Z
人間(生物)の感覚は対数感覚的ですから、指数関数的でなければ、色々な伸びを実感出来ないでしょう。リニアな1次関数的伸びと言うのは人間のお遊び(数学)の世界のものかも知れません。指数関数的増加に対して生物の対数関数的感覚が、自然の実体とも言えましょう。

>少しでも早く縮小することが破綻を避ける道です。

この辺りは、共通認識の部分です。指数関数的な増加は、理学系の基本だと思いますが、わからない人も多いんでしょう。現代人の経済成長志向は、それが儲けの本質である金融業、銀行が仕掛けているとも考えられます。そのようなシステムで世界は動いているので、そこにメスを入れなければならないと考えています。

執拗過ぎる経済成長主張
爽風上々
私自身も長いこと勤め人をしていましたので、決まったサラリーの中で生活をしてきましたが、企業がなぜ利潤を上げなければいけないかということまではあまり考えたこともありませんでした。

企業の会計では雇用者の賃金まですべて固定費として計上し、それらすべてを払った残りが利潤としその中から出資者に対する配当を払います。その要求が強くなればできるだけ固定費を圧縮し配当にあてる費用を捻出しなければなりません。

経済成長を求めるだけならまだしも、現在の政策では物価上昇すら求めています。これは名目の上での企業の売り上げを上昇させ、決算での利益を上げて配当に当てる費用を増加させるだけのものに見えます。
雇用者の賃金を上げるという目的に使われるならまだましなのですが、それよりも配当が重視されているような風潮に感じます。

それが資本主義というものなのでしょう。あくまでも出資者の利益を最重視するというのが資本第一主義です。それを達成するためであれば何もかも崩してもよいのでしょう。

しかし、それが不可能であるということは再三申し上げている通りです。縮小しつつある経済であっても出資者への配当はなくなるわけではありません。それで満足していれば良いものを、欲を出してさらなる配当を求めるから世界が乱れていくわけです。

誰が世界の敵かということも段々と明らかになってきたように思います。

Re:執拗過ぎる経済成長主張
雑草Z
資本主義なんてものを多くの人が容認するのはおかしな話です。資本家[Capitalist]の社会[Society]で、資本家から見れば労働者も資本の一つです。完全に人間の差別だと思います。財閥、資本家の御用政府、御用学者は、自由経済と資本主義を同じものだとしてプロパガンダしていますがそれは詐欺的プロパガンダでしょう。一歩譲っても、資本主義は自由経済の特殊な一形態としか言えないでしょう。まして自由主義と資本主義が一体の訳がありませんが、共産主義に対する言葉として、わざと「Freedom」と言う言葉を使い、自分達の特権を維持しようとしているのでしょう。私はこれを「抱き合わせの自由経済」と言っています。

>誰が世界の敵かということも段々と明らかになってきたように思います。

金融業(銀行)と資本家は表裏一体と言えましょう。


地球という入れ物の制限
guyver1092
 地球の大きさによる制限を人類は分かっていないですね。豊かな生態系という人類にとってタダに見える物を消費して経済成長を行ったれけですが、現在、生態系の致命的な縮小により、地球規模の文明崩壊の危機にひんしています。豊かな生態系が何よりも大切であることが分からないのでは、破滅を回避することは不可能でしょうね。

Re:地球という入れ物の制限
雑草Z
確かに地球と言う入れ物の大きさは、ある意味大き過ぎて分っていませんね。「ある意味」と言うのは、人間の感覚と比べて・・・と言う意味です。確かに大航海時代までは、(西洋人から見て)「未開の地」が果てしなくあり、現在もその価値観のままの「高度経済成長時代の遺物」が残っているわけです。日本で言えばアベノミクスを推進する人々が典型例でしょう。
 しかし、槌田敦さんや石川英輔氏が江戸時代の事を書いた書物を読みますと、当時の人々の中にも沢山「成長の限界」を肌で感じていたようですね。だからシビアな人口間引き等を行っていたのでしょう。これは「文明崩壊」に載っていた海外の島国(名はどこか忘れました。)でも同じです。つまり、一定の土地に定住してきた民族は、「成長の限界」を肌で感じ取っていたのではないでしょうか?・・・「グローバル化」なんて言葉に騙される現代人は理性を失ったと言えましょうか・・?・でもまた最近「成長の限界」を感知している若者が増えたとも感じています・・・。

自由とは
爽風上々
フランスのテロ事件でも、「表現の自由」の問題が大きくクローズアップされてきているようです。
日本でも「ヘイトスピーチ」の問題が絡んできますが、完全な「表現の自由」というものはありえないように感じます。

同じような問題は「自由経済」というものの中にも潜んでいます。何をやっても自由というような「自由経済」というものは、理想論の中ではあるかもしれませんが、実態では弊害の大きさがわかるばかりです。
自由というものはあくまでも他に迷惑をかけない程度に制限されなければなりません。どこまでも自由などというものを認めれば、強者が完全支配まで突き進むばかりです。

しかし、それまでの歴史であまりにも自由を制限するようなことが起こってきたために、自由こそ最大の目的という風潮ができたことも間違いありません。
そこのところを整理して考えるためには、「弱者の自由」と「強者の自由」をはっきりと分けて考えるところから始まるのでしょう。これを一律に議論することはすべて「強者への迎合」と考えるべきなのかもしれません。

Re:自由とは
雑草Z
>自由というものはあくまでも他に迷惑をかけない程度に制限されなければなりません。

そして、公正でなければモラルハザードを引き起こしますね。今の資本主義経済こそまさしく不公正のステレオタイプでしょう。

だから、
>何をやっても自由というような「自由経済」

は理想では無く、弱肉強食の無情なものでしょうね。
よく、社会主義、共産主義は、運営する人々が優等生で無ければ悲惨なものになると言われますが、資本主義も同様、若しくはそれ以上に酷くなるでしょう。

果たして現在のほうが過去よりも自由なのでしょうか?

コメントを閉じる▲
2015-01-05 00:01



農業以外の職業と自給的農業を兼業する事が一つの理想形と考えております。・・勿論、その為にはもう一つの仕事もあまり多くなく“ほどほど“である事が必要です。半○半農で、自分(および家族)の食べる分くらいは自分で生産する自産自消が一つの理想ですが、当方が現在行っている作物栽培は、農業と呼ぶにはおこがましく、趣味の家庭菜園程度です。自産自消も程遠く、食卓の足しにしたり、知人にお裾分けする程度です。お裾分けを頻繁に行うようになった事が前進と言える程度です。

日本の都道府県の中で食料自給率が高く、100%に近いのは、北海道と、東北6県くらいです。(北海道は軽く100%を越えています。)東北地方は人口密度も高く無くて(丁度いいくらいだと思います。)自然も豊かです。そんな東北は好きなので、片手間で作物を育てながら、一生過ごそうと漠然と考えていました。
一方、作物を育てる上で、冬の気温があまり下がらず、雪もあまり降らず、一年を通して農業が出来る地域、二毛作、二期作が出来る東北地方よりも南の温暖な地域を羨ましくも思っておりました。
3.11を機に、それまで全く考えてもみなかった西日本の温暖な地域に移住して自給的農業をやる事もほんの少しだけ考え始めました。昨年は関西に行く機会が何度もありましたが、ついでに農地を観に行ったり就農の相談所を訪れたりもしました。温暖な西日本の太平洋側で、原発からも遠い紀伊半島の内陸部が好さげかなと見ております。

一方、他の仕事をしながらの家庭菜園にはちょっと疲れると感じるようになりました。夏場・・・5月頃から11月頃までほぼ毎日何がしかの作業をします。平日は朝6時前に外に出て収穫やら支柱立て、水やりや草取り、施肥等を行って(と言っても毎朝1時間以内ですが・・)から出勤し、土日や休日には、月に何回かは、終日畑仕事をして来ました。(はじめから終日畑仕事をする積りでは無く、食事も取らずに、あと少し・・と思って延長しているうちに日が暮れるまで作業してしまいます・・だから、学生時代のように、その日の最初の食事が夕食・・・と言う日も増えました・・笑)

他に色々やる事もあり、そんなこんなで昨年の秋は、畑に秋野菜の種を蒔くのを止めました。・・・春に植えた作物などの収穫は11月まで続きましたしが、秋蒔きの大根やほうれん草などの、年を挟んでの作業、収穫は無くなりました。

愚図で怠け者だからかも知れませんが、1年中農業をやるのは疲れる、農閑期もいいものだ・・・とこの秋頃から考えが変わりました。
畜産のように、農閑期の無い農業は本当に大変だと思います。

農閑期もいいものです。石川英輔氏の大江戸シリーズあたりに書いてあった記憶ですが、江戸時代は農閑期には夏場に備えて色々行った・・例えば稲藁利用の様々な物を作ったりした・・・民芸品では無く、草鞋とか蓑とかです・・・とあります。雪の中で活動するよりも、そうやって冬籠りするのも悪くないと思います。
また、昔から雪国では、冬場は杜氏として酒蔵に出稼ぎに出ていた農家も多かったようです。杜氏は全て農家からの出稼ぎ、その蔵一番の腕のいい杜氏も農家からの出稼ぎ・・・と言う酒蔵も多かったようです。この伝統は今でも続いています。私の知人でも、夏場は農業、冬場は酒蔵・・・と言う人がいます。ただ、彼は出稼ぎでは無く、冬場も自宅からの通勤です。
出稼ぎと言えば、東北地方や北陸、信越などの雪国では冬場は都会へ出稼ぎに出る農家が沢山いました。東北地方育ちの私は、子供の頃、出稼ぎは他人事の様な感じがしていましたが、ある日(結構大きくなた高校生の頃)冬場に農家の友達の家に遊びに行ったときに、父親が出稼ぎに行っていて正月の後は春に帰ってくる・・と聞いて、「出稼ぎ」を強く実感した記憶が印象深く残っております。
農家の農閑期における出稼ぎは、いつ頃が盛んだったのでしょうか?20世紀初期以前よりも、子供を学校に出したりする為に多額の現金収入が必要になった昭和時代以降に増えたようです。いわゆる高度経済成長時代には都市部では出稼ぎ労働者の需要も多かったでしょう。現在は兼業農家が圧倒的に多く、地方に工業団地も沢山出来たので(過剰状態です。)、出稼ぎはかなり減った・・と言うよりも、農閑期に出稼ぎをするという事自体が無くなったようです。・・・つまり、農閑期の出稼ぎは昭和時代の特徴だったと言えるでしょう。

出稼ぎをしなければならないのならまた話は別ですが、最近、冬場の農閑期は、あったらあったでいいものだと思うようになりました。家庭菜園程度でも、暫し農作業から離れて、春からの活力を蓄える時期があるのもいいと思います。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2015/01/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

分業と兼業
guyver1092
 1人で何種類もの仕事を持つということは、危険が分散され、何らかの危機が起きた場合のダメージが少ない半面、効率という点で大きく劣り、投入産出比として悪くなるのは避けられないようですね。
 自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。

Re:分業と兼業
雑草Z
 私の少年の頃からの目標は「専門バカ」でした。色々興味はありましたが、一つの分野で専門バカになるのが、少年の頃から青年の頃までの目標でした。 guyver1092 さんは如何だったでしょうか?
 現在その目標とは程遠い職業に就いていますが、専門バカは未だに一つの理想形だと考えております。

だた、それとは別に、いつ頃からか(そんなに昔からではありません。このブログを始めた頃前後からだと思います。)食料に関しては、自給自足するのが一つの理想形だと考えております。

 一人で何種類もの仕事を持とうとは考えませんが・・・それはそれでやって行けるなら悪くないと感じますが・・・食料に関しては自給自足が一つの理想かと考えています。

>自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。

それはいい考えですね。でも、15年前の私にそんな事言っても、それはそうだと共感しても、自分はその仲間には入らないだろうと思ったと思います。(汗)

コメントを閉じる▲
2014-10-29 00:01
ここのサイトの大きな主題は脱経済成長です。
経済成長志向の愚かさについてはここのサイトでしつこく論じてきましたが、会計基準や法律の側面から論じた事は殆どありませんでした。私の着想になかったからです。これから何度かに渡り、経済成長志向の原因やその対処法について、ここの常連の HN guyver1092氏に 法律、会計基準の面から論じて戴きます。私の切り口とは大きく異なった側面からの記事となります。

先ずは、その原因についてです。

+  +++    +++++      +++++++      +++++    +++  +

 現代日本はバブル崩壊後、成長のために工夫すればするほど人々の生活は苦しくなり、一方でごく一部の富裕層がますます富んでゆくという二極分化が進んでいます。起死回生を願って国民に選ばれた安倍内閣の三本の矢の内、異次元の金融緩和により円安を実現しましたが、人々の思うような、輸出増大よる景気のV字回復という幻想はもろくも崩れ去りました。
そもそも資本主義とはどのようなものでしょうか。資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムであり、商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムです。この原則からすれば、有限の面積の、有限の資源しかない地球上で、無限に経済成長することは不可能です。無理に経済成長しようとすれば、どのような事態が予測できるでしょうか。古くはローマクラブ、最近ではNASAが予想を行っていますが、両者とも結論は同じで、文明崩壊です。
   【現代文明は崩壊の道を辿っている NASA出資の研究結果

 なぜ、人類は対策を取ろうとしないのでしょうか? むろん、様々な人、さまざまな団体が破滅の到来を警告していますが、大企業、行政の中で文明崩壊へ至る破滅への道からの離脱を目標に掲げ、活動しているとの情報は聞いたことがありません。現在行われている程度の活動では、文明崩壊回避は、不可能に近いものを感じます。
 私はこの原因を、人類が己の法律に自滅を規定しているからだと考えます。常識から考えて、そんなバカなことをするはずがないとだれもが思うでしょう。確かに人類破滅法だとか、文明崩壊法等があるわけではありません。しかし、考えてみてください。現代社会の税法をはじめとする会計関連の基準は、経済成長を促す様々な方策が規定されており、この仕組み上で経済活動する限り、拡大再生産をしようと考えていなくても、活動の結果は経済成長を目指してしまうのです。
 私は、この税制を含む会計基準が全ての法律の基礎に置かれており、経済成長を阻害すると支配者が考える法律はすべて作りかえられ、あるいは骨抜きにされていると考えています。ですから、文明崩壊の回避を与党の政治家に期待をしても、無駄というものです。では、官僚はどうでしょうか。ほとんどの官僚は権限が決まっており、行政に己の考えを反映させることはできません。また、考えを行政に反映できる立場の者も、国策という方針の中で政策を立案しなければそれこそ首になってしまいます。そうなると法律に基づき、文明崩壊の方針を回避するために遺された手段は、裁判及び選挙です。裁判について、裁判官は法律に基づき判決を書かなければなりません。法律的に考えて理論的でなくてはいけないのです。そして、法律の根本にあるのは経済成長志向です。結果は文明崩壊を推進する政策がほとんど勝ちます。今までの原発裁判を見れば明らかですね。ただ、最近ひょっとしたらその流れが変わったかもしれない結果も出ています。上級審の結果が注目されます。  【大飯原発3・4号機差し止め請求裁判

 選挙については、理屈上立法府を選ぶわけですから、自滅が記述されている会計基準関連の法律を変えると主張する政党を政権等にすることが出来れば、自滅を回避できるでしょう。残念ながらこれについては、少なくとも現在の日本人は、法律に自滅が記述されている事を理解できていないと感じます。理解できなければ、文明崩壊回避は不可能ということになります。
 現代の会計基準は、余剰を作り出し、それを投資して利潤を得、資本の自己増殖をするよう設計されています。また、バブル崩壊後は低下した経済成長率を上昇させるため、投資減税などの政策も行われています。
このような仕組みに従う限り、この社会で生きる人々は、消費する資源を経済成長するのに合わせ増やしていくことになります。会計基準に従う限り、経済成長は永遠に続けなければならず、人々はより多くの資源の消費を強制されることになります。しかし、再度言いますが現実の地球の大きさは有限です。地上にある資源・エネルギーも当然有限です。経済成長は、地球の大きさという物理的な制限を必ず受けるのです。そして、心ある人は、経済成長の限界が目前といってよいぐらいまで迫っていると警告しています。成長の限界は古代文明でもたびたびおこっており、限界に達した文明は崩壊し、人口の激減、文化の消滅等が起こっています。会計基準に従い経済活動するということは、文明崩壊を目指すことに他ならないのです。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/10/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長洗脳だけではなかったのですね。
雑草Z
 現代社会の経済成長志向は「経済成長があらゆる問題を解決する」と言う狂った洗脳によるものだと考えていましたが、そればかりでは無かったのですね。今のところ少数派である経済成長を是としない人々さえも、現在の法律に従って、若しくは会計基準に照らし合わせて不利にならないように活動していくと、経済成長に貢献するようなシステム荷っていると言う事ですね。
 とんでもないシステムです。主に財界、大手金融投資家達が政治家と癒着して作っていった法律でしょうか。

 目から鱗の記事でした。

Re:経済成長洗脳だけではなかったのですね。
guyver1092
 会計基準とは慣習法だそうですので、長年にわたって少しづづ改良(?)されてきたのでしょう。公平に分配するためですから、大手かどうかは分かりませんが投資家の欲望同士の調整の為でしょうね。慣習法であるので、政治家がどう絡んでいるかは私にはわかりません。

http://www2.plala.or.jp/dogcat/kinndai%20kaikei.htm

 私としては、これが文明の暴走の本体ではないかと考えています。普通に生きようとしただけで、文明ごと自分を滅ぼそうと言うおぞましいシステムですね。
 

Re:Re:経済成長洗脳だけではなかったのですね。
雑草Z
御紹介のページは、腰を入れて読まなければ内容がよく分かりませんが、
>長年にわたって少しづづ改良

されて、投資家に有利に帰られて来たという事でしょうか?
資本主義そのものが、金が余っている者が投資で更に財産を増やす為の不公平な社会ですね。

>「近代」とは、宗教的暗黒時代から開放され、

とはとても思えません。また別のもっととんでもない暗黒時代に突入したと感じます。

>文明ごと自分を滅ぼそうと言うおぞましいシステム

であると私も思います。

Re:Re:Re:経済成長洗脳だけではなかったのですね。
guyver1092
 おっしゃる様に資本主義そのものが投資家の為の者ですので、会計基準についても、投資家に有利に改良してきたというよりも、投資家同士の公平を考えていて、労働者は眼中になかったのではないでしょうか。

>「近代」とは、宗教的暗黒時代から開放され、

 宗教は私は嫌いですが、宗教にある権力者に対する歯止めの部分を宗教的暗黒と感じたのでしょうね。

>また別のもっととんでもない暗黒時代に突入したと感じます。

 私もそう思います。


Re:Re:Re:Re:経済成長洗脳だけではなかったのですね。
雑草Z
>宗教にある権力者に対する歯止めの部分を宗教的暗黒と感じたのでしょうね。

なるほど、宗教が権力者の行動を規制して、歯止めの役割をしていたわけですね。権力者はそれを「宗教的暗黒」と感じていたわけで、その歯止めから解放された権力者が、横暴な事をやり放題になってきているのが現代ですね。
暗い過去よりも現代のほうが素晴らしい・・・と言うプロパガンダは、新たな権力者によって為される洗脳ですね。
 丁度明治維新のときのプロパガンダ・・・江戸時代は暗く、明治の文明開化は素晴らしい・・・のようなものでしょうね。
資本家の為の資本主義社会ほど酷い社会は、過去に例を見ないかも知れませんね。

暗黒時代
guyver1092
 人権という意味で、現代社会は過去のどの時代よりも人身売買が盛んだそうです。人間も立派な商品として消費される、過去に例を見ないひどい社会ですね。
 この上更に、国民が自分の意思で戦争したくなるように、国民を貧困に陥れようと画策しているように感じます。

Re:暗黒時代
雑草Z
>人権という意味で、現代社会は過去のどの時代よりも人身売買が盛んだそうです

これはちょっと意外な驚きですが、言われてみれば、その可能性が高そうです。

>人間も立派な商品として消費される

資本主義社会では、労働者も人材資源と呼ばれ、企業経営上の意味では資本家からは、資材と同等に扱われますから、確かに消費財ですね。

>この上更に、国民が自分の意思で戦争したくなるように、国民を貧困に陥れようと画策している

アメリカはかなり以前から既にそうなっているし、日本も現政権はそのような方向に向かっていますね。非常に軽率で場当たり的な旧態依然とした政権です。
 そして、日米に限らず、世界中の多くの国でこの方向に向けようとしている勢力が暗躍しているようです。

残念ながら現代は確かに暗黒時代ですね。
・・・その大きな原因の一つが会計法にあるとは、以前の私同様多くの人が気付かないでしょうね。拡散の必要性を感じます。

「エンデの遺言」もその一つでしょう。そして、今回のguyver1092 さんの記事も。

Re:Re:暗黒時代
guyver1092
 どこで読んだのかは覚えていませんが、ネット上にも歴史上最多との記事がありました。
http://democracynow.jp/video/20090909-4

 貧困になると、今日生きることが精いっぱいになって、平たく言えば、ばかになるようですね。プラス、教育によりモノを考えず、他人の言うことを鵜呑みにするよう教育していますから、たちが悪いですね。
 私が会計基準に記載されていると気がついたヒントは、槌田氏の補助金行政批判でした。「補助金だけでここまで歪むか?」との疑問から、会計に記述されている事に気がつきました。世界で最初に気がついたと主張する気はありませんが、少なくとも、私の知る限りネット上にはありませんでした。

なぜ税法や会計基準関連で。
でなしNo.146
税法や会計基準が経済成長を促すように作られているとのことで、会計基準については不勉強であまりわからないのですが、税法については要点は「国として強くなる」という目的が根っこにあると考えています。

国として強くなるという意味を税の視点からざっくりまとめると、「多くの税収を恒久的(よる多くなるように)に上げること」と言い換えることができると思います。

他の多くの税収を上げる国には理論上はなかなか勝てないので、生き残るためには税収をより多く上げるという点は国としては落とせないポイントなのでしょう。

経済学の中で部分最適と全体不適合ということが昔から問題になっていますが、国レベルでみれば、それぞれの国が税収の増大(部分最適)を狙うおかげで地球が耐えられないレベルの活動が行われている(全体不適合)という見方もできます。

こう考えると人類が直面している環境問題は、欲望と理性との戦いの結果の集積が表出している、と言えると思いました。

Re:Re:Re:暗黒時代
雑草Z
>私が会計基準に記載されていると気がついたヒントは、槌田氏の補助金行政批判でした。

私も槌田敦氏の補助金行政批判を読んで全くその通りだと思いましたが、

>「補助金だけでここまで歪むか?」との疑問から、会計に記述されている事に気がつきました。

と言う事には全く気付きませんでした。

>世界で最初に気がついたと主張する気はありませんが、少なくとも、私の知る限りネット上にはありませんでした。

これは凄い発見だと思います。ここの記事に使わせて戴いて恐縮です。この偉大な記事を拡散したいものです。



コメントを閉じる▲
2014-10-19 18:56
警察に密着取材して、取り締まりの現場の様子を放送するドキュメントTV番組が流行っています。警察に限らず、現場の活躍の様子を実際に取材して報道する事はかなり意味のある事でしょう。大抵のフィクションよりは興味深く見ることが出来、実情も知ることが出来ます。
先日も、違法賭博場の現場を取り締まる警官の活躍がTV番組で流されていました。カフェバーとかナイトクラブのような場所で会員制の違法カジノが開かれていて、それを警察が内偵して違法行為の確証を得て突入する・・・と言った内容です。「正義の警察」が「悪の違法賭博場」を取り締まるドキュメントです。警官達もTV局の取材を受けて、張り切っていいところを見せているのかも知れません。
しかし、この手の番組には違和感があります。
違法賭博は確かにいいものではないでしょうが、違法賭博は儲かる者も損する者も原則としてその賭博に参加している内輪の人々の世界です。外の世界に迷惑がかかるわけではありません。(勿論、いかさまもあるでしょうし、間接的には回りにも迷惑をかけるでしょう・・・)競馬・競輪・競艇、パチンコ・・・合法賭博でも同じような事が毎日沢山行われています。(公営ギャンブルは儲けが社会事業に使われると言う点は違います・・。)
 この手の違法ギャンブルは、小悪の部類でしょう。あんな大げさに大勢で押し掛けて取り締まるのならもっと巨悪に立ち向かって欲しいと感じてしまいます。
世の中には、違法カジノよりも遥かに額も大きく、世の中に対する影響も非常に大きな・・・経済を大きく動かす・・・合法賭博場が存在します。それは金融市場です。現在の金融市場は完全に巨大なカジノです。違法賭博場との大きな違いは、合法である事です。そして、賭けの対象が、さいころやルーレットの目、トランプのカードでは無く、株であったり現実の企業であったり為替であったり農作物であったりするところです。即ち、彼等の賭けによって、企業で働く人々の給与に影響が出たり、為替相場が変動して農作物の値段が不安定になるのです。最近ではデフォルトなど国家を破算に導く事も珍しく無くなって来ています。そしてその不安定さを利用して、金融投資家が利益を得ているのです。隠れてこそこそ行われている違法賭博と違って、投資と言う名の巨額のギャンブルが堂々と合法的に行われているのです。そして、投資家達のギャンブルによって、ギャンブルをしない労働者が汗水流して得たお金をも搾取されているのです。これこそ悪質なギャンブルと言えましょう。この巨悪に比べれば、クラブでこそこそと行われている会員制違法賭博など「プチ悪」でしょう。

違法賭博場を摘発している警察官たち、TVの取材陣達はこの事を認識しているのでしょうか?彼が行っている取り締まりは、「プチ悪」の取り締まりであって、本当の巨悪には手を出しません。「プチ悪」を取り締まる事によって、庶民に法治国家はしっかりと機能していると思い込ませ、「悪」を懲らしめていると言う正義感をくすぐっているだけかも知れません。いわゆる庶民の「ガス抜き」に過ぎないのです。・・・それを知っていて、虚しく感じている警察官も中にはいるのでしょうか?
勿論、悪の芽は早い段階で摘み採っておく事も大切でしょうから、違法賭博場の取り締まりも否定はしませんが、警察は常に国家権力の犬であり、国家権力と癒着した巨大権力には立ち向かわないと言う事を再認識してしまいました。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/10/19 18:56】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

カジノ
爽風上々
公認のカジノを作ろうかという時期に違法カジノは取り締まりというのは面白い話です。
もちろん、公認カジノができても違法カジノの取り締まりは続けるのが行政の考えでしょうが。

この前のビルトッテンさんの著書に書かれていた「カジノ経済」という言葉を思い出します。
世界経済全体を巻き込むような賭博行為にはひれ伏しておきながら、チンピラの寺銭稼ぎはゆるさないと言う、まさに小役人の政治そのものでしょう。

このようなくだらない政府でもそれを選んだのは選挙民なんですが。

起源
guyver1092
 元々の株式会社の起源は、外国貿易という博打でした。単独で船を出すと失敗した時のダメージが大きいので、危険を分散させるため出資を募り、公平に分配するために会計が発達したそうです。
 博打で始まった資本主義は、高度成長時代はまっとうなものと認識されていましたが、成長の限界に達しつつある現在は、最初期の博打に原点回帰しているのですね。
 時代劇では、博打で身を持ち崩すシーンがよく出てきますが、社会を牛耳っているのが博徒では、人間社会が身を持ち崩すのも時間の問題ですね。

Re:カジノ
雑草Z
>この前のビルトッテンさんの著書に書かれていた「カジノ経済」という言葉を思い出します。

そうですね。この記事を書いたとき、確かに最近読んだ何冊かの資本主義の酷さに関する本が頭にありました。勿論ビルトッテンさんの書物もその一つです。(2冊と言うべきでしょうか。)

>世界経済全体を巻き込むような賭博行為にはひれ伏しておきながら、チンピラの寺銭稼ぎはゆるさないと言う、まさに小役人の政治そのものでしょう。

世界全体を巻きこむカジノ経済は本当に酷いもので、マネーの暴力は、アジアやアフリカを食いものにして来ました。彼らがギャンブルで大儲けする為に、貧困が作り出され、環境が破壊されます。

>このようなくだらない政府でもそれを選んだのは選挙民

民主主義と言う名の大衆政治、金権政治ですね。これが民主主義政治と言う物の限界なのでしょうか?


Re:起源
雑草Z
>元々の株式会社の起源は、外国貿易という博打でした。単独で船を出すと失敗した時のダメージが大きいので、危険を分散させるため出資を募り、公平に分配するために会計が発達したそうです

言われてみれば確かに株の起源は大航海時代の冒険航海の費用でしたね。この頃から金持ちの余った金を増やす為に資本主義が発達したのでしたね。

>博打で始まった資本主義は、高度成長時代はまっとうなものと認識されていましたが、成長の限界に達しつつある現在は、最初期の博打に原点回帰している

なるほど、興味深い分析です。確かにそう思えます。

>社会を牛耳っているのが博徒では、人間社会が身を持ち崩すのも時間の問題ですね。

guyver1092 さん一流のブラックジョークならいいのですが、現実に博徒、それも不公正な賭けを仕組む博徒が牛耳っているのですから笑えない恐ろしい現実です。


真善美の探究
阿頼耶
【真理と自然観】

《真理》

結論から言って, 真偽は人様々ではない。これは誰一人抗うことの出来ない真理によって保たれる。

“ある時, 何の脈絡もなく私は次のように友人に尋ねた。歪みなき真理は何処にあるのか, と。すると友人は, 何の躊躇もなく私の背後を指差したのである。”

私の背後には『空』があった。空とは雲が浮かぶ空ではないし, 単純にからっぽという意味でもない。私という意識, 世界という感覚そのものの原因のことである。この時, 我々は『空・から』という言葉によって人様々な真偽を超えた歪みなき真実を把握したのである。我々の世界は質感。また質感の変化からその裏側に真の形があることを理解した。そして我々はこの世界の何処にも居らず, この世界・感覚・魂の納められた躰, この意識の裏側の機構こそが我々の真の姿であると気付いたのである。



《志向性》

目的は何らかの経験により得た感覚を何らかの手段をもって再び具現すること。感覚的目的地と経路, それを具現する手段を合わせた感覚の再具現という方向。志向性とは或感覚を具現する場合の方向付けとなる原因・因子が具現する能力と可能性を与える機構, 手段によって, 再具現可能性という方向性を得たものである。

『意識中の対象の変化によって複数の志向性が観測されるということは, 表象下に複数の因子が存在するということである。』

『因子は経験により蓄積され, 記憶の記録機構の確立された時点を起源として意識に影響を及ぼして来た。(志向性の作用)』

我々の志向は再具現の機構としての躰に対応し, 再具現可能性を持つことが可能な場合にのみこれを因子と呼ぶ。躰に対応しなくなった志向は機構の変化とともに廃れた因子である。志向が躰に対応している場合でもその具現の条件となる感覚的対象がない場合これを生じない。但し意識を介さず機構(思考の「考, 判断」に関する部分)に直接作用する物が存在する可能性がある。



《思考》

『思考は表象である思と判断機構の象である考(理性)の部分により象造られている。』

思考〔分解〕→思(表象), 考(判断機能)

『考えていても表面にそれが現れるとは限らない。→思考の領域は考の領域に含まれている。思考<考』

『言葉は思考の領域に対応しなければ意味がない。→言葉で表すことが出来るのは思考可能な領域のみである。』

考, 判断(理性)の機能によって複数の中から具現可能な志向が選択される。


《生命観》
『感覚器官があり連続して意識があるだけでは生命であるとは言えない。』

『再具現性を与える機構としての己と具現を方向付ける志向としての自。この双方の発展こそ生命の本質である。』


生命は過去の意識の有り様を何らかの形(物)として保存する記録機構を持ち, これにより生じた創造因を具現する手段としての肉体・機構を同時に持つ。

生命は志向性・再具現可能性を持つ存在である。意識の有り様が記録され具現する繰り返しの中で新しいものに志向が代わり, その志向が作用して具現機構としての肉体に変化を生じる。この為, 廃れる志向が生じる。


*己と自の発展
己は具現機構としての躰。自は記録としてある因子・志向。

己と自の発展とは, 躰(機構)と志向の相互発展である。志向性が作用した然としてある意識(現象)から新しい志向が生み出され, その志向が具現機構である肉体と意識に連動して作用する。生命は然の理に屈する存在ではなくその志向により肉体を変化させ, 然としてある意識, 世界を変革する存在である。

『志向(作用)→肉体・機構』



然の理・然性
自己, 志向性を除く諸法則。志向性を加えて自然法則になる。

然の理・然性(第1法則)
然性→志向性(第2法則)



【世界創造の真実】

世界が存在するという認識があるとき, 認識している主体として自分の存在を認識する。だから自我は客体認識の反射作用としてある。これは逆ではない。しかし人々はしばしばこれを逆に錯覚する。すなわち自分がまずあってそれが世界を認識しているのだと。なおかつ自身が存在しているという認識についてそれを懐疑することはなく無条件に肯定する。これは神と人に共通する倒錯でもある。それゆえ彼らは永遠に惑う存在, 決して全知足りえぬ存在と呼ばれる。

しかし実際には自分は世界の切り離し難い一部分としてある。だから本来これを別々のものとみなすことはありえない。いや, そもそも認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう?

言葉は名前をつけることで世界を便宜的に区分し, 分節することができる。あれは空, それは山, これは自分。しかして空というものはない。空と名付けられた特徴の類似した集合がある。山というものはない。山と名付けられた類似した特徴の集合がある。自分というものはない。自分と名付けられ, 名付けられたそれに自身が存在するという錯覚が生じるだけのことである。

これらはすべて同じものが言葉によって切り離され分節されることで互いを別別のものとみなしうる認識の状態に置かれているだけのことである。

例えて言えば, それは鏡に自らの姿を写した者が鏡に写った鏡像を世界という存在だと信じこむに等しい。それゆえ言葉は, 自我と世界の境界を仮初に立て分ける鏡に例えられる。そして鏡を通じて世界を認識している我々が, その世界が私たちの生命そのものの象であるという理解に至ることは難い。鏡を見つめる自身と鏡の中の象が別々のものではなく, 同じものなのだという認識に至ることはほとんど起きない。なぜなら私たちは鏡の存在に自覚なくただ目の前にある象を見つめる者だからである。

そのように私たちは, 言葉の存在に無自覚なのである。言葉によって名付けられた何かに自身とは別の存在性を錯覚し続け, その錯覚に基づいて自我を盲信し続ける。だから言葉によって名前を付けられるものは全て存在しているはずだと考える。

愛, 善, 白, 憎しみ, 悪, 黒。そんなものはどこにも存在していない。神, 霊, 悪魔, 人。そのような名称に対応する実在はない。それらはただ言葉としてだけあるもの, 言葉によって仮初に存在を錯覚しうるだけのもの。私たちの認識表象作用の上でのみ存在を語りうるものでしかない。

私たちの認識は, 本来唯一不二の存在である世界に対しこうした言葉の上で無限の区別分割を行い, 逆に存在しないものに名称を与えることで存在しているとされるものとの境界を打ち壊し, よって完全に倒錯した世界観を創り上げる。これこそが神の世界創造の真実である。

しかし真実は, 根源的無知に伴う妄想ゆえに生じている, 完全に誤てる認識であるに過ぎない。だから万物の創造者に対してはこう言ってやるだけで十分である。

「お前が世界を創造したのなら, 何者がお前を創造した?」

同様に同じ根源的無知を抱える人間, すなわち自分自身に向かってこのように問わねばならない。

「お前が世界を認識出来るというなら, 何者がお前を認識しているのか?」

神が誰によっても創られていないのなら, 世界もまた神に拠って創られたものではなく, 互いに創られたものでないなら, これは別のものではなく同じものであり, 各々の存在性は虚妄であるに違いない。

あなたを認識している何者かの実在を証明できないなら, あなたが世界を認識しているという証明も出来ず, 互いに認識が正しいということを証明できないなら, 互いの区分は不毛であり虚妄であり, つまり別のものではなく同じものなのであり, であるならいかなる認識にも根源的真実はなく, ただ世界の一切が分かちがたく不二なのであろうという推論のみをなしうる。



【真善美】

真は空(真の形・物)と質(不可分の質, 側面・性質), 然性(第1法則)と志向性(第2法則)の理解により齎される。真理と自然を理解することにより言葉を通じて様々なものの存在可能性を理解し, その様々な原因との関わりの中で積極的に新たな志向性を獲得してゆく生命の在り方。真の在り方であり, 自己の発展とその理解。


善は社会性である。直生命(個別性), 対生命(人間性), 従生命(組織性)により構成される。三命其々には欠点がある。直にはぶつかり合う対立。対には干渉のし難さから来る閉塞。従には自分の世を存続しようとする為の硬直化。これら三命が同時に認識上に有ることにより互いが欠点を補う。

△→対・人間性→(尊重)→直・個別性→(牽引)→従・組織性→(進展)→△(前に戻る)

千差万別。命あるゆえの傷みを理解し各々の在り方を尊重して独悪を克服し, 尊重から来る自己の閉塞を理解して組織(なすべき方向)に従いこれを克服する。個は組織の頂点に驕り執着することなく状況によっては退き, 適した人間に委せて硬直化を克服する。生命理想を貫徹する生命の在り方。


美は活活とした生命の在り方。

『認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう? 』

予知の悪魔(完全な認識をもった生命)を否定して認識の曖昧さを認め, それを物事が決定する一要素と捉えることで志向の自由の幅を広げる。予知の悪魔に囚われて自分の願望を諦めることなく認識と相互してこれを成し遂げようとする生命の在り方。




Re:真善美の探究
雑草Z
    阿頼耶さん

 初めまして・・・長いコメント有難う御座います。・・・と言いたいところですが、記事の内容と特に関係の無い長文のコピペのようですね。御自分の文章でしょうか?
 スパムと見なしてそのうち削除しようかと思います。悪しからず。

バブルというカジノ。
でなしNo.146
バブルについて研究した近代経済学者の第一人者はガルブレイスだったと思ったのですが、彼は興味深いことをいくつか提言しています。

すごいざっくり言えば注意すべきことは、

1.レバレッジをかける仕組み
2.懐疑の排斥

この2つの点です。

この2つが組み合わさるとバブルがおきます。

つまり、(株式)資本主義(1.)と人間の欲望の暴走(2.)が組み合わさるとバブルが生成されるわけです。


そしてバブルはいつかはじけます。そのはじけることについて考察すると、

A.バブルを仕掛けた者
B.バブルに乗る者
C.バブルを壊す者

としたとき、AとCは同一団体(人物)であることが多いのです。

そして大損をするのは逃げることを知らなかったBの人達です。

つまり民衆です。


カジノはシステムがバブル的で、ほぼ仕掛けた人が勝つ仕組みになっていますが、金融市場のバブルも同じだと言えると思います。

ただ、違うことは、カジノには負けない方法があります。

「賭けない(参加しない)」という方法です。


一方、資本主義(経済)はゲームに参加しなければ、生活を営めないのが切ないところです。
金融市場に直接は参加しなくても、物価などで余波がくるあたりはもらい事故のひどい感じとでも言いましょうか。。。

そして、これからもどこかで大小さまざまなバブルが発生し、判断も付かないような、将来の予測もできないような人がバブルの泡となっていくんだと思います。
(あと、参加してないつもりでも余波を受ける人。私もその1人。)

自分は今、どのバブルに参加しているのか?
そしてバブルはいつ潮目が変わり、はじける流れになるのか?

こういう視点もこれから一層大切になると思っています。

Re:バブルというカジノ。
雑草Z
興味深い提言の御紹介有難う御座います。ガルブレイスって知りませんでしたが、調べてみると、最初の脱物質主義者の一人と捉えられているのですね。その事からも彼の提言は読む価値があると感じます。でなしNo.146 さんは、彼のどんな著書を読まれたのですか?・・お薦めは?

>A.バブルを仕掛けた者 と C.バブルを壊す者
が同一団体(人物)であることが多い

と言うのも、興味深いですね。納得です。世界大恐慌も、金融財閥が仕掛けたと言う説もあり、一理ありますからね。
仕掛けるものと壊すものが同じと言う事は、完全に自分達の利益の為に社会を不安定にさせていますね。ある意味諸悪の根源と言う事も出来ますね。

>資本主義(経済)はゲームに参加しなければ、生活を営めないのが切ないところです。

そうですね。参加してない積りでも、間接的に参加させられています。本文にも書きましたが、彼等のギャンブルの対象が、企業であったり農業であったり為替相場であったりしているのですからどうしようもありません。違法カジノよりも、人間の生活に関わる部分を賭けの対象にしてはいけないと言う法律のほうが大切ですね。

>参加してないつもりでも余波を受ける人。私もその1人

私も、数年前から株やFXなどの投資は一切しない事にしていますが、それでも色々カジノ経済で搾取されている事実に気付くと、ふざけるなと言いたいですね。
 最近読んだ本に建築家のマルグリット・ケネディと言う人の事が描かれていました。彼女は「金融のシステムが大半の戦争の根であり、大半の対立、社会崩壊の根であるが、その事が伝えられていなません。その真の原因を理解したら、誰もがおかしくなる筈です。」と述べています。全くその通りだと思います。
現代社会は昔よりも住みやすくなったのではなく、とんでもないカジノ経済世界社会の真っただ中・・・そろそろ崩壊するところ・・・ですね。  
 

コメントを閉じる▲
2014-10-05 00:01
現代の金融システムでは、お金を借りた人が、当然のことのように利子を払います。これをおかしいと思う人はまずいません。しかし、それに異を唱えたのがシルビオ・ゲゼルです。彼は「ロビンソン漂流記」のパロディーを描き、利子問題に関する根強い臆断・・・貸したお金には報酬として利子が付いて当たりまえ・・・と言う固定観念を取り除こうとしました。
その内容をごく簡単に紹介致します。

漂流して無人島に流れ着いて生活していたロビンソン・クルーソーは、3年間で運河を建設する計画を立てます。その3年間分の食料や衣服などを貯蔵しているところへ、メンサナと名乗る男がやって来ます。彼の船もまた難破してこの島へやって来たのです。彼もこの島で原野を開墾して、最初の収穫が得られるまで、ロビンソンの蓄えを貸して欲しいと頼みます。しかも自分の信仰上の理由から、無利子で貸して欲しいと言います。ロビンソンは、「何故無利子で、大切な蓄えを貸すと思うのか」と尋ねると、メンサナは、それはロビンソンの私利の為、ロビンソンは十分に儲かるからだと答えます。
そしてその理由を説明します。
服は、衣装棚にしまっておいても衣魚やネズミが入り込んで傷んでしまいます。食料も腐ります。長持ちする小麦などの穀物でも何割かは駄目になります。それをメンサナに貸し付けて、3年後に新品同様の新たな服、新たな小麦を返されれば、十分にロビンソンの得になると言うのです。納得したロビンソンは、衣服も食料も鋤や荷車、工具をも無利子で貸す事にします。


・・・以上、かなり内容を端折って凝縮しました。話には更に続きがあり、貨幣はマルクスの言う「単なる購入した商品の価格を支払うと言う働き以上の働きをしていると言う事まで言及しています。詳しくは、こちら→【ゲゼルの「ロビンソンクルーソー物語」】をご覧ください。

お金の問題を考えてみるとき、お金が存在しない状態を先ず想像してみる事により、その問題が浮き彫りになるのです。お金の無い世界でのモノの貸し借りの取引が一定期間維持される契約関係を考えれば、蓄えを持つロビンソンのほうが不利になるのです。ものは朽ちて劣化する性質・・・減価があるからです。だから、返す時には、物の減価分、更には保管費用も差し引いて返済しても、貸した方は損にはならないのです。貸した時と同じ状態のものが戻ってくれば十分に得なわけです。
しかしそこにお金が介在すると事情は変わります。お金は、いつまで持っていても、原則、価値が変わらないので、自然界にはない、不自然な事、不平等な事が起こるのです。お金が無くて物を売りたい人は、物は劣化するので早く売りたいのに対して、お金を持っている人間は、取引が有利になるまで待っていればいいのです。お金持ちとそうでない人では、取引に際して立場が違い過ぎるのです。だからお金を貸すに当たって利子を取って当たり前と思うようになるのです。


余談ですが、この物語の最初の部分で、メンサナは、無利子で貸して欲しい理由を、自らの信仰上の理由にしています。曰く、「私の信仰は利子を取る事も、支払う事も禁じているんです。」
かつて、イスラム教もキリスト教も利子は禁じていたと言いますからその事を指しているのでしょうか。利子を禁じた理由は、利子が無くても貸す方も十分に得であると言う、ゲセルの理論のような事を理解していたのかどうかは分かりません。そうでは無く、困っている人から利子を取るなんて非人道的な事はするなとの教えだったのかも知れません。兎も角、利子を禁じた昔の宗教は、気高く道徳的で、なお且つ賢かったと感じます。それを現代まで順守していれば、金融による様々な深刻な問題・・・環境問題さえも酷くならなかったであろうと思います。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/10/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

貨幣と資源
guyver1092
 少し前に、極限まで単純化した社会を考えてみました。人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。交換がないなら貨幣を所有している者は最終的に飢え死にし、資源を持っている者は資源の再生産が出来る限り、生き続け、貨幣のない人と無主の貨幣が残ります。
 現実の社会は、複雑に交換を行いながら資源の再生産を行っていますが、ゲゼルの言う貨幣の特権により、常に貨幣を持っている者の有利な交換が行われています。先の単純な社会でこれを当てはめてみると、貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にするのでしょうね。現実の社会もこのような傾向がはっきりしてきました。
 これも、人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っているのだと考えます。どこかで読んだ気がします。思い出しました。古代ギリシャ人ですね。貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。

Re:貨幣と資源
雑草Z
ゲゼルの「ロビンソン・クルーソー物語」は、最近読んだ本に載っていましたが、ゲゼル主義に詳しいguyver1092 さんは、おそらく以前から知っていたお話でしょう。

今回のguyver1092 さんのコメントの

>極限まで単純化した社会

のお話は、ゲゼルのロビンソンクルーソーのお話のように面白く、目から鱗の内容です。

>人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有

の状況では、確かに資源を持っている者が遥かに有利ですね・・・と言うよりもお金は何の役にも立ちませんね。

それにも関わらず、

>貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にする

のが、お金に支配された現代社会の不合理ですね。おっしゃるように

>人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っている

のですね。

>貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。

これこそ、今回の記事の結論に相応しいですね。是非ともその内容を描いて下さい。

コメントを閉じる▲
2014-09-23 00:01
~成長を強いることこそ暗い~

最近あるところで成長の限界に関して話し、脱成長の必要性を述べた時「成長を望めない社会は、希望、夢がなくなるようなイメージがある」のようなことを言った人が何人もいました。今の社会では(経済)成長が是とされ、それに経済成長志向派が大多数である事を再認識しました。
そういえばかつて、脱成長を柱の一つとする団体の話し合いの席でさえ、「脱成長という言葉は、暗いイメージがあるから、他の表現がないものか・・・」などという話題が上がってきました。
「成長がないのが暗い」という発想する事自体が、現代の(経済)成長絶対志向に洗脳された発想でしょう。

経済成長[Economic growth] の定義は、GDPの増加です。これを成長[Growth] ということ自体が混乱の原因の大きな一つの要因でしょう。この定義では、昨年と同じ事をするのに、昨年よりも余計経費がかかったら、「成長」です。・・・普通の感覚では逆ではないでしょうか?つまり、同じ事をするのに要領よく、経費も削減できれば「成長」でしょう。
つまり、GDPの増加で定義される「経済成長」は、無駄の増加、浪費の増加のイメージです。GDPの増加によって、物の消費も増えますし、それに伴い廃棄物の量も増えます。そのような「経済成長」の先にあるものは、明るい活気のある社会と捉えているのでしょうか?仮にそんな事になろうともそれはほんの一瞬の事で、その後には、環境や社会の悪化が起こり、廃棄物が溜まるのです。「経済成長」と言う言葉を非常に不快と感じるのは私だけでしょうか?

一般の企業で考えて見ますと経済成長は、売り上げを伸ばすことになります。毎年毎年売り上げを伸ばしていくことが強いられれば、プレッシャーが大きく苦痛と感じる社員のほうが多いでしょう。売り上げをも伸ばさなくていいのなら、遥かに楽でしょう。
売り上げを伸ばさなければ給料が下がる・・・としたら、それはおかしな話です。昨年と同じ売り上げなら、昨年と同じ給料・・・が基本のはずです。そうではなく、ある程度売り上げを伸ばさないと昨年と同じ給料を貰えないとしたら、それは中間搾取されるからです。具体的には、銀行、投資家、経営者に搾取されるのです。


このようなことを話すと、「それでは進歩がない、他の動物と違って、進歩や夢があるのが人間である・・・・」のようなことを言う輩が必ずと言っていいほど現れますが、そんな肥大化膨張だけが「進歩や夢」だとするのなら発想が貧し過ぎます。『そんなこと』が「進歩や夢」だとしたならば進歩や夢なんてないほうがいいでしょう。
ここで言う『そんなこと』を具体的に表現してみましょう。
食事ならば、毎年毎年、高い高カロリーのものを食べていってぶくぶく太ること・・・
旅で例えるならば、近場から、他県、外国、果ては宇宙まで旅行すること・・・
所有物ならば毎年毎年所有物が増えて膨大になっていくこと。その増加率自体も毎年毎年増えること・・・

私は、毎年昨年よりも高価なものを食べたいとは思わないし、宇宙旅行もしたくないし、所有物も必要以上に増やしたくありません。

お金をどんどん使って資源を浪費して達成するそんな物事が「進歩や夢」なのでしょうか?・・・そんなことを求めなくても、同じ食材で工夫によって美味しくいただけますし、そんなに遠くに行かなくても、身近なところに新たな発見はありますし、所有物もほどほどで十分です。
「大きな幸せは必要なく、そこそこの幸せで十分だ」という事ではありません。それはそれで悪くはない発想ですが、「お金が有り余るほど無ければ、大きな幸せは掴めない」「お金や物を沢山所有すれば、それに比例した大きな幸せが得られる」・・・と考える事がかなり貧しい発想だと言う事です。

 今日のように物資が有り余るようになった社会、成長の限界に直面した社会に達しても、経済成長しなければならない・・・と強いるのは大きなプレッシャーです。明るくも楽しくもないし、希望も見いだせません。経済成長する事の必要もありません。経済成長は、環境を破壊し、人類を追い詰めるだけです。
「脱成長」は決して暗いイメージや希望を失う言葉ではありません。それどころか逆に、固定観念のがんじがらめのプレッシャーから開放され、自由が得られる事でしょう。


←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/09/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

洗脳
guyver1092
 日本人(おそらくは世界中の人)の大多数は、経済成長は絶対的な善という洗脳がしみわたっているのは間違いないと考えます。たとえば、エネルギー問題に関して知人と議論したことがあるのですが、新エネルギーの開発によって、石油代替は成ると考えているようでした。新エネルギーは人類の科学的知見からすると、絵空事であることを説明すると、絵空事を納得した後の言葉は「原子力しかないのか」でした。原子力も絵空事であることを説明し、経済成長は地下資源が無くなるまでであろうと言うと、「随分暗い未来しかない」との感想を持ったようでした。
 私の好きな小説の中に「進歩や夢」ではありませんが、あらゆる変化から保護された社会に対して「進化も発展もないではないか」との疑問を発したのに対し、「人類はすぐに進化とか発展とかを口にするが、そのためにこのように破滅に付け込まれることになったのではないか」と応答するシーンを思い出してしまいました。事実、現代社会は、進歩という名の破滅の坂を転がり落ちている最中で、崖はあと数十年との研究もあるようです。

http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11839715029.html


Re:洗脳
雑草Z
>経済成長は地下資源が無くなるまでであろうと言うと、「随分暗い未来しかない」との感想を持ったようでした。

記事の冒頭のケースと同じ反応ですね。私は、地下資源が無くなる以前に環境汚染で破局を迎えると考えています。その汚染の酷さを少なくする為に、石油を筆頭に地下資源は少ない方がいいと考えています。

>経済成長は絶対的な善という洗脳がしみわたっているのは間違いないと考えます。

ですね。私は今回の記事で経済成長の呪縛のほうが人間を苦しめると言う事を描いているのですが、そんな「当然のこと」にも気が付かないほどに、経済成長洗脳は常識化してますね。

>「人類はすぐに進化とか発展とかを口にするが、そのためにこのように破滅に付け込まれることになったのではないか」と応答するシーン

私もまさにそのような事を言いたいのです。この小説のタイトルと作者を教えて下さい。

>崖はあと数十年との研究もあるようです。

これまでの記事で何度か述べているように、私も同じような見解です。つまり21世紀は「夢の世紀」ではなくて、「破局の世紀」であると。

それを避ける方法として

>自然からの資源の一人あたりの配分量を環境維持可能なレベルにまで減らし、また、資源が合理的な範囲で公平に分配された場合


と描かれていますが、これまた私も同じ見解です。そしてその有力な方法が、以前からguyver1092されている、ゲゼルの減価するお金ではないかと気が付きました。
関連の記事を描こうと考えています。guyver1092 さんは今までに何度か描かれていますが、また違った角度から描いて下さいますか?
「リアルマネー、原価するお金が世界を破局から救う」






破滅に付け込まれる
guyver1092
 この小説は、私がたまにコメントのネタにしている「百億の昼と千億の夜」です。作者は光瀬龍といいます。テーマは神、終末等です。
 エントロピー会計基準は、企業についてはめどがついた気がしますが、自然人の成長しないための税制を思いつかず苦戦しています。
「リアルマネー、減価するお金が世界を破局から救う」 について、まだ読んでははいないのですが、似たようなことを書かれているであろう本もあるようです。
http://www.amazon.co.jp/dp/4062183897/ref=wl_it_dp_o_pC_nS_ttl?_encoding=UTF8&colid=1643M2WQ7QKJ3&coliid=I3BZRRH3IGA5RF
 順番は後になりますが、書いてみます。

Re:破滅に付け込まれる
雑草Z
私は小説は殆ど読みませんが(いちばん近いところで読み通した小説は「2050年は江戸時代」かも知れません。)

>「百億の昼と千億の夜」

は、guyver1092さんがネタにも使っているということですし、読んでみたいです。今回の内容も非常に興味があります。作者の光瀬龍は、私の通った高校の先輩にあたる方ですので名前だけは高校の時から知っていました。これも何かの縁ですので、彼の作品も一つくらいは読んでみようと思いました。この作品が妥当ですね。

当方は、金融の仕組みを調べているうちにお金の仕組みの不合理にも行き着き、ゲゼルの洞察の鋭さにやっと気がつきました。guyver1092さんにかなり遅ればせながら、ゲゼルはちょっとしたマイブームです。

>順番は後になりますが、書いてみます。

ぜひお願いします。


コメントを閉じる▲
2014-09-11 00:02
ある物資の生産状況などを見るとき、もしくは地域や企業を比べるときには、単純に生産量(もしくは単位あたりの生産量)を比べるのが普通でしょう。
昨年よりもどれだけ伸びたかを比較するような場合などには、その「増加率」を比べることもあるでしょう。しかしそれはあくまでも伸び率であり、現状を比較するのならばやっぱり単純に生産量そのものでしょう。だから国の経済状況を比較するときには、その名のとおり、国内総生産GDP[Gross Domestic Product] を比べるということになりましょう。
然るに、現代社会では、経済を語るときにGDPそのものよりも、その「増加率」である「経済成長」が問題にされることのほうが多くなりました。そしておかしなことに、いつの頃からかGDPの達成水準の目標・・・どこまで成長すべきか・・・が示されずに「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。
GDPが国民の豊かさを計る指標だとは全く思いません。寧ろ浪費のレベルだと考えています。(【GDPは何の指標か?】2007-11-11で述べました。)しかし百歩譲って、GDPが物質的豊かさを示す量だとしても、その到達水準の目標も設定せずに、毎年毎年GDPが増大すること=経済成長 を目標にすることは理性で考えれば非常におかしなことです。このことは既に何度も論じてきました。(【とんでも経済】2006-11-20【消費拡大の本質】2007-5-18など)
例えば、一人当たりの1年間の食料が何カロリーであれば十分であるとわかれば、その量のカロリー摂取が全手の人に可能になることが目標になるでしょう。・・・勿論、備蓄の分の考慮も必要です。さらに余分のカロリー摂取は肥満のもとであって必要ないのです。健康を損なってしまいます。ここで、一人の人間の摂取カロリーを毎年毎年増やしていくことを目標にしたら、誰もが狂っていると思うでしょう。毎年摂取量が増えていくのは、成長期の限られた時期だけです。人間で言えば、せいぜい二十歳くらいまででしょう。それ以降も摂取カロリーを増やし続ければ肥満になり健康を害します。
GDPも同様です。高度経済成長期が終われば、経済成長は止まって然りです。それ以上無理にGDPを増やそうとすれば、経済的に不健康である「バブル」を起こすことになりましょう。バブルは将来的には必ずはじけて、被害をもたらすのです。

ここで、何故GDPの増加率で定義される「経済成長」が目標にされるようになったか・・・を考えて見ます。・・・すると行き着く先は金融業です。金融業は本来、お金を貸してその利息が、彼らの利益になるからです。・・・最近は、それ以外の詐欺まがいのような理不尽な金融商品がたくさん出回っていて、それで儲けているようですが、基本は「経済成長の利ざや」を稼ぐことといえましょう。・・・そう、金融業は経済成長そのものが「金儲けの為の条件」となるのです。【金融の役割】2009-3-17 に書きました。経済が成長する過程で、金融業界は無から有を生み出せるのです。(実際には金融業界がごり押ししてそのような不合理なルールを政府に認めさせてきたのです・・・)銀行は、経済成長によって 新しいお金を印刷して増やせるのです。現代では印刷する必要もなく、書類に記入し経済成長に対応して電子マネーをどんどん作り出せばいいだけです。
現代社会はほとんどの業界で、可能ならば未来に向かってどんどん成長して伸びていったほうがいいように思えますから、どの産業も経済成長を志向するでしょう。しかし、経済成長が本当に必要な業界は金融業なのです。他の業界は成長なしで安定していてもやっていくことが出来るのです。
日本でも他の国でも当初は(日本で言えば明治維新の頃から)経済成長の目的はインフラの整備だとか生活水準向上だとか、成長の達成水準を目標にしていた筈です。その為の生産目標があったのです。つまり経済成長を志向しても、そこには「達成目標」=「これ以上の成長は必要ないレベル」があった筈です。それがいつの間にか「経済成長」することそのものが声高に叫ばれるようになり、その到達目標水準も示されなくなって、若しくはその目標が毎年毎年次々と付け加えられて、いつの間にか「毎年毎年経済規模が増加すること」即ち「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。そこの論理の飛躍には無理があり「洗脳」と呼ぶにふさわしいでしょう。これは実は多くの人の共通理解から始まったのではなくて、金融業界、財閥、金融資本家による洗脳によるものではないでしょうか。「経済成長」自体が目標として大きくプロパガンダされるようになったのは、日本では第二次世界大戦後、1970年代の高度経済成長時代以降からではないでしょうか?(もっと後かも知れません。)・・・そして経済成長志向は、1980年代のバブルの頃に更に強まりました。その後に起きたバブルの崩壊、ブラックマンデーやらリーマンショックやら、いわゆる「百年に一度の経済危機」は、どれも経済成長志向の行き過ぎた結果でしょう。・・・ちなみにこれら20世紀の末から21世紀の初めにかけて起きた経済危機は序の口で、百年に一度の経済危機の筈がありません。「経済成長」を志向する限りもっと深刻な大崩壊が百年先よりもずっと早くやってくる筈です。政治家やマスコミはこの期に及んでも「経済成長」がすべての社会問題の解決策の基本であるかのように経済成長を連呼しています。長年にわたって洗脳されて来たので、「経済成長」は人々の心の中に入り込み、それがあたかも「常識」であるかのように、疑いを持たずに「経済成長」は必要である、全である・・・と、思い込んでしまった人もごまんといる事でしょう。これらはひとえに金融業界、財閥のプロパガンダ、による「洗脳」の賜物でしょう。
人間の活動に伴うフローはもう既に物理的限界、再生可能な成長の限界を越えて仕舞ったのです。それなのにこれ以上目先の利益の為に経済成長を優先していれば、成長の限界を超えた人類の活動は、環境を大きく破壊し続け、環境汚染がますます酷くなり、生態系も破壊されていくのです。このままでは近い将来、制御不可能な減退が始まり、大崩壊が始まるでしょう。人類の歴史に幕が下りる・・・と言う結末も決して冗談の範疇ではありません。

「経済成長を続けること」は、人類に課された命題でもありませんし、人類を幸福にする政策でもないのです。経済成長志向はすべての人間の本性ではないのです。
世の中には「成長」よりも「安定」を求める人のほうが多いのではないでしょうか?財閥、金融資本家達が長年に渡って洗脳し続けた結果、「経済成長信仰」は広く行き渡りました。現在、信者は、イスラム教徒よりもキリスト教徒よりも人数が多いでしょう。しかし、そのほとんどは、漠然とした経済成長信者であって、経済成長を続けなければならない理由もよくわからないのではないでしょうか?ごく一部のコアな経済成長志向者・・・極端な競争や弱肉強食、戦争を起こしてまで経済成長を希望するは、ほんの一握りの金融資本家くらいしかいないのではないでしょうか。そう、この「経済成長洗脳」を始めた一部の人間だけでしょう。彼らの「経済成長は必要である」という大前提は、彼らの莫大な資産をさらに増やしたいという強欲から来たものでしょう。そんな大きな詐欺に引っかかってはいけないのです。

現在、「経済成長を続けること」は自明の公理の如く扱われるまでになりましたが、理性で考えれば、非常に矛盾だらの不合理なことなのです。とんでもない話です。そろそろ人々は改めて「理性で考えて」経済成長信仰の洗脳から解けてもいいでのではないでしょうか。機は十分に熟している筈です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/09/11 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長とは
爽風上々
一番悩ましい問題かと思います。
資本主義というものは投資に対して得られた利潤が投資家に戻ることで成り立っていますが、経済が成長している限りはその配当が十分に得られるわけです。

では、経済の成長が止まってしまったらどこにその配当の資源を求めるのでしょう。

この辺のところは現実の経済の細部にわたり細かくつつくような検討を重ねている経済学者や評論家と言う人々には分析能力は負けますが、あくまでも大まかなところを把握していけば間違いはないでしょう。

経済成長が止まってしまえば企業により利潤が得られるものと得られないものとが峻別されます。つまり、ゼロサムゲームないしはマイナスサムゲームとなるわけです。
利潤が得られた企業では投資家への配当もできますが、利潤が無かった企業はそれもできません。
そうなると利潤が無い企業へ投資した投資家には配当も無いということになるわけです。

これが経済が成長している社会ではかなり能力が劣る企業でも利潤が上がるのではないでしょうか。
そうなればどこの企業に投資している投資家にも一定の配当が転がり込むということになります。
それが、資本主義を信奉している人々にとっての理想社会なのでしょう。

これまでのデフレ社会でも利潤を上げられている企業は存在していましたが、能力の乏しい経営者の企業は利潤もなく、その会社は配当も途絶えていきました。それでは投資家がやっていけないということで、インフレ政策が求められていたわけです。

経済学はともすれば難しい解釈ばかりになりますが、このような単純な図式化をしてみればどうでしょう。判りやすいのが一番です。

経済学は何故難しい解釈をするか?
雑草Z
爽風上々さんのご指摘の通り、経済学は、単純なことを難しく解釈しようとしてるように見えますが、それは現代資本主義社会が金融業や資本家にかなり有利に、言い換えれば非常に不平等に出来ている事を誤魔化す為でしょう。

資本主義自体が、その名の通り、資本家の為の社会であり、労働者は資本の一つに見なされています。つまり、差別社会だということです。

本文では、経済成長が金融業の為である事を中心に書きましたが、もっと広く金融資本の為と言うべきでしたね。。爽風上々さんのご指摘のように資本主義そのものが、経済成長志向ですからね。その単純明解な観点から論じるべきですね

経済成長
guyver1092
 資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムです。商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムですね。年々消費と、その対価の貨幣が増え続ける経済成長がどうしても必要なシステムです。この性質から考えると、資本主義社会である限り、浪費は宿命と考えます。資本主義を維持する限り、経済成長は目標にせざるを得ないでしょう。
 資本主義は、無限に広がる先が必要なシステムですから、有限の地球上ではいつかはやめないといけないシステムです。この時期は、エコロジカルフットプリントが一以下の時点で終らなければならなかったでしょうね。
 資本主義の成立には12~13世紀説、15~16世紀説、18世紀説とがあるそうですが、12~13世紀には、キリスト教が利子を認めるようになったことにより少なくとも資本主義の萌芽が始まったとの理論構成だそうです。この時期に金融が発達し始め、銀行家がこっそり利子を取り始めたそうです。この説が正しいとすれば、資本家は最初から金融資本家だったということですね。

投資とは
爽風上々
実は最近仕事を辞めまして、そのとき貰った退職金を投資に当てました。投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態です。

その自己の状況を顧みると、資本金を元に運用してできるだけ配当が得られれば助かるのは確かです。
しかし、自分がなにも働いていないのも間違いのないことで、大きな顔をできるわけではありません。

しかし、微々たる額の投資とは言えそれが元本も破綻してしまえば困るのも確かです。それがいやなら貯蓄で握っている手もあるのですが、少しでも稼げる状況であればやはり欲しくなるのも事実です。

それでも不労所得というのはいけないんでしょうね。

しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。
危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

Re:経済成長
雑草Z
>資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステム
>品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステム
>資本主義社会である限り、浪費は宿命


上記のguyver1092さんの分析のように

資本主義の維持の為には、経済成長は目標にせざるを得ないでしょうから、資本主義である限り社会は破局を迎えるまで膨張を続ける事になりそうです。やはり資本主義は、社会を破滅に導くシステムと言う事になりますね。

そして、その本質は、単に資本家達の余剰財産をもっと増やす為に出来たシステムと言う事になりましょうか?・・・つまり、資本主義は資産家の余剰財産を投資で増やす為に社会を破壊する
事を正当化するとんでもないシステムと言う事になりそうです。

Re:投資とは
雑草Z
>投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態

爽風上々さん、現実社会に対応する為の実情的なお話、有難う御座います。
投資はギャンブルと変わらないと考えていますが、資本主義社会とはその名も投資家の社会ですから、投資家に非常に有利に出来ています。いわゆるギャンブルよりも割りが良くて、自己責任も小さく出来ています。…ただそれは、あくまで財閥、大資本家にとって極端に有利なだけで、一般の個人投資家には大して有利では無いですね。データは見つかりませんがバブル以降は、一般の個人投資家は、全体として損しているでしょう。

最近の投資は、社会に役立つ企業、伸びる会社の株が上がるというよりも、財閥、大手の金融投資家の思惑で仕手株が動いていますから、投機筋の先を読んで儲けるイメージです。
・・ただ、それはあくまで短期の話で、長期的に見ればまだまともな(?)評価通りに株価が動いているのでしょうか??
 それから、これだけマネーバブルが膨らんだ金融で、相応の配当金って、どれだけ見込めるのでしょう?・・・見当が付きません。
爽風上々さんはおそらく色々研究されて投資されているのかと思いますが、私自身は個人投資家でやっていくのは難しいと考えています。

>しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。

そうですね。だからほぼ確実に年金は破綻するのでしょうね。

>危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

日本に、更に言えば人類に「数千年先」はあるのでしょうか?先を見通す能力の高い上々氏から見て如何でしょうか?私は資本主義は21世紀中(それも早い時期)に決着する(=終焉を迎える)と見ています。資本主義以外にも乗り切らなければならない障壁が沢山あって(複合多重障壁)大変な世紀になると考えています。上手くパラダイムシフトしなければ人類に22世紀はないと考えています。
 

職人は見た・・
団塊親爺の遺言
私には皆さんの様に正確に経済分析出来る脳細胞は在りませが・・

先日、或る町の別荘の工事へ・・そこで見たものとは・・

町の風景を一望する これが富を持つ者か 世界で1%の富豪の別荘の様です 私の永年の仕事の中でも初めて見るものでした

敷地は1000坪程 建屋は300坪程 華美では無く・・
非常にシックな造りですが 全てが一流品の仕上げです

我が家とは比べ様も無く 小さな幸せや我慢をする教育を受けた私にも 驚愕の光景でした 多くの人たちがそこの主に奉仕
現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人なのでしようか・・

今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・
皆、中流層と云われた時が懐かしく想われます
国の様々な制度は維持するのが難しい時代に・・

この世には確実に金持ちに成る方法も幸せに成る方程式も無いが
ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと 中に服を着た子供たちが
7~8人居る 何事かと聴くと お背中流し隊と云う・・
早速頼む う~~~ん極楽・極楽じゃ~ 金も無いがさして幸せと言う程でも無いが 地域の思い遣りが在れば 心の温まる人生は送れるものだ ありがとうと子供たちへお礼の言葉を・・

今日の晩酌のお供は 魚のアラ煮だ・・安くて旨い~
余り難しい経済の事は 今後も判らないので勉強させて下さいね 
儲かりますとか・・? 今の社会は本当に信用の出来ない社会
私は仕事も現役で身体の動く内は 約束事は必ず守り重宝されています
信頼と思い遣りの社会は 生甲斐の在る社会と考えています


guyver1092
 爽風上々さんのコメントを見て、過去のコメントで止めたくても止められないのが暴走であるというのがあったのを思い出しました。資本主義を採用した時点で、すでに文明は暴走段階に入っていたのですね。

文明暴走
爽風上々
「文明の暴走」という認識は間違いないもので、それを考えるかどうかが適切な対策が取れるかどうかの差になるものと思います。

ただ、それが資本主義採用の時点かというとそれは少し早すぎるのかもしれません。
もちろん、その芽はその時にあったのでしょうが、長い間暴走したくてもできない時代が続いたのではないでしょうか。
やはり、エネルギーの解放(使い放題)と科学技術の発達で、生産体制の爆発的増殖と通信技術の進歩、IT技術による情報処理技術の進化が協働し、金儲け技術の暴走につながってきたと思います。

止められないものではないのかもしれませんが、止めるためには「金の支配」を抜け出す強力な思想が必要です。

Re:職人は見た・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 実際に見た場所のレポート有難う御座います。


21世紀に入ってからマスコミメディアが

>現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人

をセレブとか呼んで持ち上げるようになりました。非常に下世話な感じがします。

>今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・

税制、その他アメリカを見習って、金持ちに有利に改正されています。福祉国家とは程遠い感じですね。

>小さな幸せや我慢をする教育

身近な小さな幸せで満足する人々ばかりの社会ならば、もっと住みやすいでしょうね。格差や環境問題も起こらなかったでしょう。

>ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと・・・・

最後に心の温まるお話で締めて戴き有難うございます。いい感じで仕事に出掛けられそうです。 

コメントを閉じる▲
2014-09-05 00:11
私が一般に経済学者の理論を信用していない事は今までに何度か言及しています。【経済学に疎くとも…】2009-12-01 等です。

公正な自由市場はローカルの日常生活的な小さな市場には見出せますが、市場が大きくなればなるほど、自由市場は公正で無くなって来ます。グローバル化された市場が世界的に公平な競争の場だなんて信じている人はこの期に及んでもいるのでしょうか?【看板ばかりの自由主義】2011-3-05 で論じました。


「市場経済における行動原理は自由則であり、需要と供給の価格メカニズムで資源を最適に分配するシステムである」なんて事は現在、絵に描いた餅になっています。世界の経済が、経済的合理性[economic rationality]で動いているなんて端から思っていません。

最近読んだ本に、ビル・トッテン[賀茂川耕助]氏のコラムの記事が引用されていました。タイトルは【今日の世界経済を理解するために】です。私が現在の経済理論に抱いている不信感を、しっかりと説明してくれていました。西洋人らしい例も豊富で非常に読み応えのある内容となっています。


概要は「世界経済の歴史の流れは、公正な市場における合理性で動いてきたのではなく、戦争、武力による威嚇、権力によって作られて来た・・・」と言った感じです。上記の私の過去の記事では、資本家と政治家、行政との癒着、既得権益と言った観点から公正な市場は機能していないと論じましたが、このコラムではさらに踏み込んで、戦争や武力的威嚇や数々の犯罪的不正によって蓄財し、権力を手に入れた人々について言及しています。
「経済学者は、正当な価格は公正な市場均衡点で落ち着くと説明し、世界が公正であったことなどなかったにもかかわらず、世界が架空のしかも「おとぎ話」のようなすばらしい世界であるかのように、公正な市場がいかに機能するかという研究を続けている。」
と、経済学者を皮肉り、その理論では世界的な掠奪者から自国を守ることは出来ないと述べています。
大富豪や資本家が富を蓄積し、権力を強化する為に、横領、契約不履行、略奪、窃盗などの不正を繰り返した様々な例が列挙されています。

そう、今日の大財閥、大富豪は、公正な市場競争(・・そもそもそんなものがあるかどうかさえ疑わしい状況ですが・・・)で、正々堂々と勝って、庶民に支持されてきたのではないでしょう。普通に良心のある人ならばためらうような悪どい手段を使い続けてのし上がってきた・・・と言うのが当てはまるでしょう。彼等の立志伝の多くも、御用作家が書いてきた作られた美談が大半でしょう。

経済的合理性で動いていない社会では、市場競争で公正な方法だけで勝つことは不可能です。・・市場競争で勝つことがいい事だとも思いませんが、横領、契約不履行、略奪、窃盗などの不正な方法で蓄財した連中を認める事は出来ません。しかし現実には彼等の傀儡政権が市場のシステムを作り、法律を作っているのです。理に適う筈がありません。

そして、
「今日、学生たちが受ける経済教育は、世界が実際にどのように機能しているかを示す学術的な描写ではなく、特別利益団体を擁護するための粉飾的理論にすぎない。」と結論付けています。
 
このようなあからさまな世界の現実を若い学生に包み隠さず見せる事は、その失望を考えれば心が痛みます。しかし、本コラムでは、子供たちがいずれ直面しなければならない現実に対処する準備を整えさせることが必要であると述べています。

  +  +++    +++++    +++  +

ビル・トッテン氏の記事は、このブログを始めた頃から、調べ物をすると、時たま検索にかかるようになりました。私の興味関心のある記事を書かれているからでしょう。彼の記事を読む度に、その素晴らしい内容に驚き、共感していました。分析も鋭く、どう言った人物か関心を持っておりました。現在日本に住んでいるアメリカ人(帰化人?)の中で最も関心を持っていて、お逢いしてみたい方です。しかし、このブログに取り上げるのは今回が初めてでした。これからときどき折に触れ、共感を持った興味深い記事などを紹介していきたいと考えています。(余談ですが、お逢いしたいとはっきり意識していると、思いがけなくお会いする機会が出来るものです。)
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/09/05 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ビル・トッテンさん
爽風上々
ビル・トッテンさんが賀茂川耕助という名前で出しているブログを見てみました。
もうかなりの長期にわたり連続して書かれているようで、大量の記事がありますが全部は見ていません。

アメリカ嫌いというのは間違いのないことのようです。非常に厳しい反アメリカの論調です。
一方、経済に関してはご自身がIT企業経営ということもあり現実的な見方かと思います。

相当時間はかかるかもしれませんが、ブログの前の記事も要所を読んでみればもう少し輪郭がはっきりとつかめるかもしれません。

Re:ビル・トッテンさん
雑草Z
 ビル・トッテンさんは20世紀からコラムを書かれているようですから、大量の記事がありますね。

>全部は見ていません。

と言う事は、逆に結構な量を読まれたという事ですね。流石、読書家です。おそらく読む速度も速いのでしょうね。・・かく言う私は読むのが遅く、ビルトッテンさんのコラムはごく一部しか読んでいません。

>非常に厳しい反アメリカの論調です。

彼のアメリカ批判は核心を突いていると思います。殆ど彼の主張は正しいと思われます。アメリカ内部にいて、その汚さを痛感していたのでしょう。痛いところを突かれていたアメリカ政府からマークされて、日本国籍を取得して移住したのですからね。

以前、「田中宇」と言う方の「国際ニュース解説」 と言うのを一時期読んでいたのですが、彼の記事よりもビルトッテン氏の記事のほうが遥かに読み応えがあり、参考になります。共感出来ます。(・・田中はガセネタっぽさもあって、今一つ信頼出来ませんでした。)だからビルトッテン氏のコラムを知ってからは田中宇からは離れました。


ビル・トッテンさん続
爽風上々
ビルさんが日本に帰化したのもアメリカ批判が強すぎたためのようですね。

経済関連、国際政治等々さまざまな方面に鋭い指摘をされていますが、最近の記事で興味深かったのはアメリカのシェールガスというものが期待を持たせるような形で使われていても実際はまったく使い物にならないということをはっきりと述べたものでした。これは別のところで聞いた話とも符合しており、事実に近いのではないかと思います。

また、大阪から北海道を結んでいたトワイライト・エキスプレスという寝台列車が来年3月で廃止されますが、それを愛用されていて惜しむ記事も印象深かったです。

公正でない市場の例
guyver1092
 「資本主義の終焉と歴史の危機」によると、石油価格の主導権は、原油先物市場を作ることにより、アメリカの都合のよい値段で売買できるようになったそうです。先物市場を作ると、その商品は金融商品になるそうです。詳しい理屈は書かれていませんでしたが、お金が支配の道具であることの証拠の一つでしょうね。さらには先物市場のある商品はすべて、公正でない取引を強制されているということでしょうね。

Re:ビル・トッテンさん続
雑草Z
>最近の記事で興味深かったのはアメリカのシェールガスというものが期待を持たせるような形で使われていても実際はまったく使い物にならないということをはっきりと述べたものでした。

興味があったので早速チェックしてみました。

>No. 1074 選ぶべき省エネの道

ですね。おっしゃるようにシェールガスは費用対効果が駄目ですね。EPRも現時点で1以下で破綻しているようですね。

この記事で彼は最後に

>今こそ再生可能エネルギーを増やし、それにあわせて一般国民は省エネの道を選ぶべきではないか。原発やシェールガスに頼っては、安全で安定した日本の未来はない。

と締めています。大筋で合意ですが、再生可能エネルギーを増やす事よりも先ずは省エネ、それも1割だとかそんな減らし方では無く、先ずは半分、長期的には桁違いに省エネする事が重要・・・と言うよりもその道しかないと考えています。

>トワイライト・エキスプレスという寝台列車が来年3月で廃止されますが、それを愛用されていて惜しむ記事も印象深かった

上々さんと御趣味が一致していますね。経済に対する現実的なスタンスも上々さんとかなり一致しているように思えます。かなりウマが合うんじゃないでしょうか?



Re:公正でない市場の例
雑草Z
    guyver1092さん

>先物市場を作ると、その商品は金融商品になるそうです。

そうですか!・・貴重な情報有難う御座います。そうするとおそらく原油に限らず、需要の大きい資源は、地下資源も食料資源も価格操作されているでしょうね。
公正な市場における合理性、需要と供給の価格メカニズムで価格が決定しているのではないでしょうね。
グローバリズムは世界的な価格競争で物資が安く手に入る・・・と言うプロパガンダとは裏腹に、巨大金融資本の不正な価格操作の為の手段でしょうね。アメリカと言うよりも、アメリカに対する愛国心もない多国籍企業の金融資本家の欲望によるものでしょう。



ウマが合うかどうか
爽風上々
趣味が似ているかどうかはともかく、主義主張がどうかというところが一番の問題です。

ビルさんは世界の政治経済につき非常に広い情報を確実な判断力をもって整理する能力があるようですが、問題は現代文明が非常に近い将来に「文明の形を変えなければならない事態に遭遇する」ことが理解できているかどうかです。

私の予測では「油切れ」のためにそのような未来を迎えると考えていますが、「環境破壊」や「二酸化炭素地球温暖化」(これは無いか)のためかもしれません。
これが理解できない人々は、その対策の必要性をいくら言っても「そのようなことは現実的ではない」と言うばかりです。
文明の激変という事態を前にその「現実」を理解できずに「現実的でない」と逃避してしまうのが、一般的な結構知識も持つ人々なのですが、ビルさんはどうでしょうか。
ビルさんがいまだ会社経営の実務の真っ只中に居るだけにその辺の認識が「現実的」である疑いを持ってしまいます。
まあ、もう少しブログを隅々まで見て判断したいと思います。

Re:ウマが合うかどうか
雑草Z
>文明が非常に近い将来に「文明の形を変えなければならない事態に遭遇する」ことが理解できているかどうか

そのあたりは勿論理解されていると考えています。ビル・トッテン氏は、近い将来にパラダイムシフトが必要であると考えている事はほぼ間違いないでしょう。
彼は、近い将来日本に大恐慌のようなもの(GDPの暴落)が来ると予測しています。理由は、グローバル経済の破綻、石油時代の終焉、環境破壊などです。

>ビルさんがいまだ会社経営の実務の真っ只中に居るだけにその辺の認識が「現実的」である疑いを持ってしまいます。

それぞれ現代社会に住んでいるわけですから、現代社会のルールに従って生活の糧を得る必要はあるでしょう。それは私も上々さんも同じ事でしょう。パラダイムシフトの為に革命の戦士になって、生活の手段はカンパに頼るのもそれはそれで尊重し立派だと思いますが、社長として金銭的余裕を持って講演活動などで、パラダイムシフトを説く方法は、彼の主張を広める非常に有効な手段だと思います。
 彼は経済縮小に対応して『「年収6割でも週休4日」と言う生き方』という本を書いて自らの会社で実践しようとしています。

それに彼は口先だけでは無く、かなり言行一致しています。 有機無農薬で自給的家庭菜園もやっています。かなり徹底していて、雨水を貯めて、馬糞や牛糞、鶏糞をリヤカーで集めてくるだけでは無く、自らの人糞も肥料に使っています。車には乗らずに公共交通機関以外は殆ど徒歩です。

彼の生き方には非常に共感を持てます。私はまだ彼ほど徹底していませんが、彼と同様にかなりディープにエコロジーを実践すべきだと考えています。・・・・もしかして上々さんよりも私のほうがウマが合うかも知れません。

賀茂川ブログ
爽風上々
どうも会社経営者というだけで目にフィルターがかかってしまうようで、長年の会社勤めの弊害が出てきます。

ブログNo1021自民党政権に望むという記事では、まあ当然ご本人は自民党には何も期待できないことは承知の上でしょうが、考え方が端的に出ているようです。

日銀を国有化し国債を買い取りというのはどういうことかよくわかりませんが、失業者対策を公共事業として手厚く行うというのは妥当でしょう。
また、エネルギーを使わない方向に向かわせるというのもまったくそのとおりかと思います。

当然のことながら、その後の自民党政権は彼の希望とはまったく異なる政策をゴリ押ししています。

Re:賀茂川ぶろぐ
雑草Z
確かに会社経営者は目先の利益に捕らわれて、大局的な見方ができず、社会全体的な問題に対しては、ポーズだけの方が多いですね。昔のカリスマ経営者、松下幸之助等も、その類いかと思います。

ブログNo1021読ませて頂きました。大変興味深い内容でした。
今の自民党には望むべくもないことが羅列されて居ましたが、可能性の低い希望を書いたのか、皮肉なのか、判断がつきかねます。

民主党がとってきた政策と逆の政策を取ることに期待---って、自民党の政策の転換を出来なかったものばかりですからね。

彼の提案は消費を増やす事以外はほぼ賛成です。
日銀を国有化し、国債を日銀に買い取らせると言う提案に、私は大賛成です。彼が書いているように、貨幣を作って発行する特権は民間に渡しておくのはかなり危険で、不公平です。政府紙幣の発行によって、金融資本主義の暴走を抑えることもかなり可能になるでしょう。

コメントを閉じる▲
2014-08-23 00:32
現在、世界中のあちこちの国で金融危機が憂慮されています。そしてその危機を乗り越える方法も色々と議論されています。現在金融業は世界経済の中心に居座り、国家を大きく動かすまでの存在になっています。その金融業が潰れれば国家が立ち行かなくなる、国家が潰れる・・・大変だ、金融を救え!・・と言う事になっています。
しかしこれまでの世界において、金融業の果たしてきた役割が大きく、重要だったとしても、現在の社会に於いては、金融業はお荷物、不要な仕事を創出し続ける疫病神のような存在ではないでしょうか。つまり、金融業が潰れることが国家の脅威になるのでは無くて、逆に存在し続けた方が国家の危機を大きくするのではないでしょうか。
成長の限界が近づいてきた、あるいは限界を超えてしまった現代社会に於いて、これ以上金融業が社会の中心に居座ることこそ、資源を浪費し、環境を破壊し、社会の破局を導く事になりましょう。・・・・。金融業が存在するが為に、不要で無駄な仕事が創出され、続けられ、資源が浪費され、廃棄物が次々に生産されて、世界が汚染されていくのです。つまり、金融業は社会に対して負の遺産を量産する司令塔になるのではないでしょうか。

それはあたかも、軍需産業を生き延びさせる為に(若しくは更に成長させるために)戦争を起こし続ける政策、ゼネコンを生き延びさせるために不要で自然を破壊する公共工事を続ける政策と似ています。・・・・というよりも、それらの政策も、元を辿れば金融業に行き着くでしょう。現代の不要な産業の大元締めが金融業と言っても過言ではないでしょう。

地球の有限性を考えるまでもなく、限りない経済成長は不可能です。掟破りの巧妙な方法で(・・バブル、実体のないマネー経済等・・)可能だと仮定しても、それが人類にとって必要だとはとても思えません。次々に禍を呼び起こす事になるでしょう。経済成長が人類に幸福をもたらすという発想自体が、狂気の洗脳なのです。限りない経済成長は、資源の浪費を増加し、汚染物質を次々に廃棄し続け文明崩壊をもたらすものです。その大きな原動力が現在の金融業です。

経済成長がなく、定常社会に移行した場合、各産業も定常状態になれば存続することが可能です。企業の中には拡大するものもあれば、縮小するものもあります。全体としてはプラスマイナスゼロのゼロサムゲームとなるのです。然るに、それでは存続できない商売があります。それが金融業です。金融業は、基本的に利子で利益を出します。すなわち経済成長があって、その伸びの部分から利ざやを稼ぐのです。(各企業に寄生して伸びしろを頂くとも言えましょう。)だからゼロサムゲームでは生きて行けません。経済成長が必要になるのです。金融業は定常社会で生き延びることは出来ないと言う事です。定常社会では存在意義も無いでしょう。・・・他の企業から財産を奪い取ることでしか生き延びられないでしょう・・・それがバブルであり、マネー経済でしょう・・・
経済成長が鈍ってきた現代社会において、既に金融業は掟破りの酷い手段に出ています。現在、少しずづでも見せ掛けの「成長」があるのは、実際には金融業が生き延び、更に大儲けする為に、掟破りの色々な手を打っているからです。実体経済が行き詰ったので、バブル経済を作り、電子マネーで実体のないマネー経済を作り出しているのです。それらは実体が無いので、必ず破局を迎えます。金融業は経済成長の終焉とともに既に役割を終えたと言うべきでしょう。
 これから持続可能な定常社会に移行する為には、金融業を解体、縮小していくべきでしょう。そうしなければ文明が崩壊する事になりましょう。金融危機は必然の流れであり、憂うべき事では無く、逆に歓迎すべき事なのです。勿論痛みは伴いますが、それでも金融業は解体して無くすべきです。公的資金で救済すればするほど、断末魔の金融業はモラルハザードを撒き散らして大暴れして社会を破壊するでしょう。・・もう既にかなり以前から繰り返している事です。
金融業はその役割を終えたのです。持続可能な社会への移行には、先ずは、金融業を解体縮小して、無くすことが必要条件でしょう。


最初に「これまでの世界において、金融業の果たしてきた役割が大きく、重要だったとしても、・・」と書きました。そして最後に「金融業はその役割を終えた・・」と書きました。実際に20世紀の頃は、その役割=影響」は非常に大きかったでしょう。一般には、「経済発展に大きく寄与して来た」と評価されて来たでしょう。然し、それが社会をよくしてきたかと言えばそうとは思えません。はじめから詐欺の匂いのする社会を悪くするシステムだったのではないかと感じています。・・・その事に関してはまた次の機会に書きたいと考えています。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/08/23 00:32】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

資本主義
爽風上々
金融業は実業への投資(融資)を行ないそこからの配当を受け取るというのが従来の姿でしょうが、手品か詐欺のような金融自体の操業ということを発明して以来、単なる害毒となってしまいました。

日本のバブル崩壊のあと、そうそうたる大会社が本業をお留守にしたバブル時期の投資の失敗でつぶれていったのも記憶に新しいものです。(若い人は違うでしょうが、中高年以上の話です)
しかし、本業であろうと資産運用であろうと、儲けた金には名札は付いていませんので仕方のないところかも知れません。

しかし、資本が利益を求めればこそ経済成長もインフレも必要になるということです。人間が働いただけ報酬を貰うならば衣食住だけ安定すれば良いのですが、資本が働けばその報酬も金でなければなりません。そこが何かおかしいという感覚が生まれなければ資本主義に対する疑問も生じないでしょう。

アメリカの金融資本は特に狂っているとしか言いようが無い状態のようです。しかしそれを留めることができる者は居りません。金の力で彼らを止めることは不可能です。政治力で止めることが必要なのですが、それができる勢力はありません。

Re:資本主義
雑草Z
爽風上々さん

>手品か詐欺のような金融自体の操業ということを発明して以来、単なる害毒となってしまいました。

そうですね。金融資本主義はまさしく詐欺ですね。
 私は、自由経済とか市場経済と言う概念は認めても、「資本主義」は容認出来ません。ここで何度か書いてきましたが、Capitalist Society なんて社会体制に冠するとはかなり狂気の沙汰だと思います。「資本家に非ずば人に非ず」とまでは言わなくても(一部の大資本家達にはそのような意識はあるようです。)「資本家の為の社会」のニュアンスです。

>資本が利益を求めればこそ経済成長もインフレも必要になる

そうですね。資本は拡大再生産を求めますから、発散から崩壊と言う流れ以外に考えずらい筈ですね。

>アメリカの金融資本は特に狂っているとしか言いようが無い状態

本当に強欲でモラルハザードです。そして世界中の金融資本家がアメリカに習っていますね・・・と言うか、金融資本家達が多国籍企業を作って、自国の利益を追及するのではなく、単に自分達の利益追求に国家を利用している現状です。

>政治力で止めることが必要なのですが、それができる勢力はありません。

止めなければ多くの庶民が一部の金融資本家の奴隷になって仕舞いそうです。そのうちに人類も滅んで仕舞うのでしょうか?・・どうすればいいのでしょうね。「出口無し」とは思いませんが・・。

必要性
guyver1092
 金融危機とは、信用創造の逆の信用収縮によってはじまるとされていますね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%9E%8D%E5%8D%B1%E6%A9%9F#.E5.AF.BE.E7.AD.96

 それが正しいとすると、金融危機を起こさない究極の方法は、信用創造を禁止することになります。仮に本気で禁止すると、資金不足により、事業を起こす、又は拡大することが出来なくなるということになるのでしょうか。
 現在、拡大再生産が限界に達しつつあるのは間違いないことと考えています。このことから考えれば、雑草Zさんのおっしゃる様に、金融業は不要になったと言うのは真実と考えます。そして不要かつ巨大な物を無理やり維持するのは、国家にとって負担であり、巨大さの程度によっては危機でもあるでしょうね。

資本主義の終焉
爽風上々
もしも数々の制約から資本主義が終わり、”平衡経済社会”に首尾よく平和的に移行できたとしたら、(その可能性は低いと思いますが)そこでは余剰の資金はかえって障害となるものと考えられます。
余剰資金は投資に向かいますが、投資から得る配当は平衡経済では他の関係者からむしり取るものになるでしょう。そうなれば社会全体から見ればさらに経済を縮小させていくものになるでしょう。

それにしても金融業というのは資本主義の本体ともいえるようなものですが、それが無い方が良いと言う事実は資本主義自体が存続不可能であることを示しているのでしょう。

Re:必要性
雑草Z
>金融危機を起こさない究極の方法は、信用創造を禁止することになります。

金融資本主義を肯定している輩達から言えば、
「何をふざけた事を!」
となるのでしょうが、これこそ本質的解決策でしょうね。
バブルを作らなければバブルは崩壊しません。ネズミ講を禁止すれば、ネズミ講の被害者は現れません。
つまり、「もと」から発生させない根本解決策ですね。現在世界中で行われている対症療法よりも遥かに有意義な方法だと思います。(アベノミクス等の対症療法は問題の先送り肥大化です。)

金融業は現代社会の癌ですね。

Re:資本主義の終焉
雑草Z
>”平衡経済社会”に首尾よく平和的に移行できたとしたら、(その可能性は低いと思いますが)そこでは余剰の資金はかえって障害となる
>余剰資金は投資に向かいますが、投資から得る配当は平衡経済では他の関係者からむしり取るものになる

なるほど、確かにそうですね。理に適ったご説明です。

>そうなれば社会全体から見ればさらに経済を縮小させていくものになる
経済をどんどん縮小させていくことは基本的に悪くない方向ですが、資本家が労働者からますます搾取する事になりますね。この現象は既に始まっていますね。

>金融業というのは資本主義の本体ともいえるようなものですが、それが無い方が良いと言う事実は資本主義自体が存続不可能であることを示しているのでしょう。

そうですね。元々金融のシステムはお金が余っている投資家がより儲けようとしてあみだした仕組みですし、その為に「自由市場経済」と「資本主義」を混同させて抱き合わせにして資本主義社会に導いたのも彼らでしょう。資本主義は、矛盾と不公平だらけで不合理ですね。


この先も
爽風上々
将来にはその存続が疑われるとしても現在が金融資本が支配している社会であることは間違いがなく、この先も当分はその支配が続くでしょう。

将来の「平衡経済社会」にあっては物品の製造が一番の価値ある行為になるでしょうが、ここしばらくは金そのものが一番の価値という状況が続くでしょう。
その間には資源エネルギー価格の暴騰という事態がやってくるでしょうし、そのことが意識の変革を産むはずです。

人が生きていくための物品事態が貴重であり、それを作り出す行為が尊重されるものであり、金はあっても買えないものであるということになれば、抜本的な資本主義からの変革が進むような気がします。

Re:この先も
雑草Z
>現在が金融資本が支配している社会であることは間違いがなく、この先も当分はその支配が続くでしょう。

現代社会では、政治家もマスコミも、そして(御用)学者も、、金融資本の傀儡ですから、その意味で、「三権分立」なんて絵に描いた餅ですね。巨大化した金融支配を直ぐに切り崩すのは困難でしょう。しかし、近代・・・高々ここ2~3世紀の間に台頭して来た精力ですし、安定はしていませんから、切り崩す方法はあるでしょう。それが、上々さんの予測では、

>資源エネルギー価格の暴騰という事態

による意識変革から始まるという事ですね。
他にも格差の拡大や、環境の悪化、食料危機や金融支配のモラルハザードが大きくカミングアウトする事などが考えられます。それによって金融離れが起これば、金融業も終焉を迎えるかも知れません。
 現在、金融業を介したマネーゲームは、一部の財閥、大金融資本家以外はほぼ赤字になって来ている事と思われます。こう言った内容が世界中に拡散すれば金融離れも加速するではないかと思います。

>将来の「平衡経済社会」にあっては物品の製造が一番の価値ある行為になるでしょうが、

その件に関しては、疑問符”?”です。衣食住足りれば、それ以外の物欲は大きくならないかも知れません。(今の若い「悟り世代」がそうですね。「平衡経済社会」に上手く移行出来たとして、そこではどんなことが最も価値がある事になるのでしょうかね?


コメントを閉じる▲
2014-08-05 00:11
最近、水野和夫という経済学者の存在を知りました。彼の主張の核心は「資本主義は、利潤率が2%を下回る期間が長期化すると、資本主義が維持できなくなり、資本主義が終焉を迎えることである」です。
 私の知る限り、資本主義の終焉を主張したのはローマクラブ、ジョージェクス・レーゲン等のエントロピー派経済学者たち、ラビ・バトラ等ですが、水野氏は証券会社出身で、バリバリの経済人であった筈が、資本主義=拡大再生産の限界が来るという結論を導き出したという点で画期的な人物と考えます。
 彼がおかしいと最初に感じたのは、10年国債の利回りが2%を下回った1997年で、その後、ITバブルが起きても、小泉政権で戦後最長の成長を経験しても、利回りは2%を超えなかったことから、従来の景気循環と異なる資本主義の異変が始まったと感じたそうです。彼は、過去の歴史に着目し、過去の利子率が2%をきった時代と場所、その事態背景を分析した結果、資本主義の終わりが始まることを確信したそうです。
 なぜ利子率が2%を切ると、資本主義が維持できなくなるのでしょうか? 理由は、利潤率が2%を下回ると、実質の利益が無くなるからだそうです。実質の利益がないということは、株主に配当を払えなくなり、配当を払えないということは、だれも出資してくれないということになり、ここまでくれば、会社は存続が不可能になるということです。
 さて、その状況で資本が行うことは何でしょうか。過去の歴史からみると、新しい周辺を見つけることなのです。過去、2%以下の金利を記録したのは、16から17世紀のイタリアジェノバです。この当時、南米から銀が大量に流入していましたが、この銀の投資先が無い状態でした。具体的には、その当時の最先端の投資先はワインの製造でしたが、この当時のイタリアは、山の頂まで全てブドウ畑ばかりになっていたそうです。ヨーロッパで投資する先が無くなった後、覇権はイギリスに移ります。理由はイギリスの海運の能力です。優秀な海運能力により、ヨーロッパの外に周辺を作り出すことに成功し、ここに投資することにより、資本主義を存続させることに成功しました。
翻って現在は、すでに全地球に資本主義が広まっており、過去の海の外の世界に匹敵する、資本主義を維持できるほどの物質的周辺はもはやないのです。
その状況で資本家が行ったことは、新たな周辺としての電子・金融空間の創設です。具体的には、ITバブル、住宅バブルのためのCDSなどの金融商品、この金融商品を作り出すための、世界恐慌で禁止されたはずの、銀行と証券会社の一体化の許容等です。
しかし、新たな周辺とは言っても、作り出した空間は、現実にある世界を基礎に置いています。現実の何かから利益を吸い上げなければそれこそ絵に描いた餅となってしまいます。現実の社会で、電子金融機関の利益のために犠牲となったのは主に雇用者です。大部分の雇用者である中間層の取り分を、資本家の利益として付け替えたのです。これがアメリカでのサブプライム層、日本の非正規労働者なのです。また、国家としてはEUでのギリシャ、キプロスです。
また、水野氏は指摘していませんが、新たな投資機会として、官の行ってきた福祉や、水道のような公共の仕事の民営化等も新たな周辺の創出でしょう。
 資本家は、資本主義を存続させるため、新たな周辺を作り出しましたが、やはりというべきか、無から有を作り出すことはできず、リーマンショックが起きます。



 上記の知恵袋を読んで、当時の特集番組を思い出しましたが、永遠に土地が値上がりするとの前提の下、本来危険なサブプライム層に対する債権を、危険でないと思い込ませるトリックを使ったということなのでしょう。現実は、土地の需給、及びサブプライム層の返済能力という現実の世界の制限の前に、トリックは破綻ました。
 結果、作り上げた電子・金融空間も縮小に転じてしまいます。この付けを、結局は政府に押し付けましたが、バブルを作っては、その付けを政府に永遠に押しつけ続けることは不可能です。政府が付けを負担できなくなったときに、世界の経済秩序は、完全崩壊するのでしょうか。
 さて、この資本主義の死の前兆の利潤率の低下はいつから始まったのでしょうか。水野氏はこの始まりを、1974年と考えています。1970年代はオイルショックと、ベトナム戦争の終結がありました。この二つは、近代資本主義の大前提である、エネルギーコストの普変性と周辺の拡大、即ち、資本主義の及ぶ範囲の拡大が不可能になり始めたことを意味しています。
また、この時期は奇しくも、槌田敦氏の言う、最終財と資源の消費量の比例関係が崩れた=生産システムのエントロピーの増大が無視できなくなり始めた時期とほぼ一致しています。生産システムのエントロピーが増大するということは、技術革新による効率のアップが出来なくなったということでしょう。資本主義の前提の破綻と、技術革新の限界が同時に来れば、やはり、この時期に資本主義の終わりが始まったのは真実と考えます。
 資本主義の後の経済システムについて、水野氏は明確には語っていません。ただ、このシステムを構築するには定常状態のシステムである必要は認識しています。私として残念に思うのは、水野氏は、日本の現在のレベルでの定常状態を前提に考えていることです。現在の経済レベルが、地球の生産力の範囲であればその通りでよいでしょうが、現在日本のエコロジカルフットプリントは地球の大きさを超えているのです。地球の中の日本という大きさは、現実世界の制限であり、絶対に無視してはいけない制限なのです。
 私が以前、資本主義後の経済システムについて考えてみたのが、 【化石燃料のなくなった後の経済システム
です。
 私は、人類は過去に定常状態の社会システムで生活をしてきていたのですから、あまり考え込まずとも過去のシステムに近いものを作ればよいだけであると考えています。注意すべき点は、経済成長を前提とした、会計基準は、経済成長しないように設計したものである必要があると考えます。貨幣を固定出来た太陽エネルギーを基準に発行すれば、自然に正しいシステムになる気はしていますが。
 どこで読んだかは記憶していないのですが、ラビバトラは、日本から資本主義の次のシステムが始まると予想したそうです。世界が破綻する前に新たなシステムが出来れば、文明崩壊は回避できるかもしれませんね。


****以上、いつもコメントを頂いている HNguyver1092さんに執筆して頂いた記事です。********
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/08/05 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

過去の定常社会システム
雑草Z
 副タイトル、『ろうそくの燃え尽きる瞬間』はインパクトがありますね。今日、まさにその瞬間が訪れようとしています。 

実はこの7月に【金融業の終焉】と言うタイトルの記事を書きましたが、他の記事を優先にしているうちにまだアップしていない状況です。8月中にはアップしますので、この記事と比べてみたいです・・・と言うか当方の記事はやはり金融業に焦点を当てていますので、根底にあるものは同じでも、内容はかなり違います。こちらの記事のほうがより包括的です。
 兎も角、21世紀の早い時期(目前)に金融資本主義は崩壊するという事で一致していますね。

この記事の最後の部分に、素晴らしい提言がさらりと述べられています。まさに目から鱗の、最高の部分です。

>人類は過去に定常状態の社会システムで生活をしてきていたのですから、あまり考え込まずとも過去のシステムに近いものを作ればよいだけであると考えています。

まさにその通りです。本来、持続可能な社会像を色々模索する必要はない筈ですね。愚かな人間が軽率に持続可能な定常社会を壊してしまったのが現代ですね。・・・まだほんの百年程度・・・過去の定常社会に戻ればいいだけです。非常に重要な考えです。この事に関して記事を書くべきですね。今回の記事はこの部分だけで、最高の主題を持った記事であると感じます。

水野和夫さん
爽風上々
水野和夫さんは証券会社に勤務のあと、大学に転進されていますが、その卓見には驚かされます。
私も2冊の本を読みましたが、著者の考えているとおりだとすると怖ろしくなります。

「もはや成長が望めない最大の理由はエネルギー価格の上昇」という著者の意見は私自身の持論とも一致します。少し心強くなります。

その書評は自分のブログに書いておりますのでよろしかったらご覧ください。
(爽風上々日記・読書記録)
http://d.hatena.ne.jp/sohujojo/20131004/1380834167

Re:過去の定常社会システム
guyver1092
 過去の社会では、生産物は自己の維持のために消費して、余りが出た場合は会計の閉めの日に消費しつくしていたようです。あとは、この生産の量を、人類社会の入れ物である自然環境の再生産の範囲に抑えれば大枠が決まりますから、その範囲内なら基本的に何をしてもよいのではと考えます。
 経済を成長させようとするのなら、槌田敦氏の言うように、この自然の再生産能力を大きくする=自然環境を豊かにすればよいだけだと考えます。

 PS 【金融業の終焉】楽しみにしています。

Re:水野和夫さん
guyver1092
 始めまして。水野さんは、証券出身であるにもかかわらず、資本主義を冷徹に評価しているところがすばらしいですね。普通の日本人なら、贔屓の引き倒しで、理論が破綻してしまうところですが・・・
 私が現在読んだことのある水野さんの本は「資本主義の終焉と歴史の危機」だけですが、少しずつ読んでいこうと考えています。ちなみにこの本の中では、経済成長が出来なくなった理由は、地球上に資本主義の広がるためのフロンティアが無くなってきたためと述べられていますが、「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」では、エネルギー価格の上昇であると述べておられるのでしょうか。
 資本主義が終わるのは、それほど恐れることはないと私は考えています。理由は、最近の研究成果によると、資本主義が始まる前の日本はそれほど不幸な社会ではなかったからです。現代は、江戸時代よりも知恵の蓄積が多くなっています。正しく知性を働かせれば、石油が無くなった後でも、江戸時代よりもましな生活はできると考えます。
 

水野さんの著書
爽風上々
私が読んだ水野さんの著書もまだ2冊だけです。以下にその要約を記しておきます。(もちろん要約の責任は私にあり、適切ではないかもしれません)

「人はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」
 グローバル企業は新たな帝国となっている。新帝国主義。これまでの近代資本主義とはまったく異なる秩序を求める。
 これまでは先進国がそれ以外の国から収奪するという構造だったのが、国の中に収奪構造をつくる。大企業と中小企業の関係も変わり、共存関係から収奪構造になってしまう。
 労働分配率は下がり続け、収入の二極化はさらに拡大するので世界的なテロの蔓延は防げない。
 マネーサプライでの政府の経済運営をしても自国に投資が落ちるとは限らない。つまり各国政府は自国への経済への影響力を失ってしまった。
 成長至上の近代モデルは通用しなくなったのでドメスティック経済圏では成長せずに続けていくという定常モデル、すなわち新中世主義が取りうるモデルである。

「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」
 近代の入り口の16世紀も低金利が続いていたが、新大陸発見、つづいて化石燃料使用が始まり資本主義の拡大が続く近代が始まった。しかし、石油ショックが起こりそのような近代は終焉が始まった。
 たまたまコンピュータの発展が起こったためにITが発達して「電子・金融空間」が作られたために大きな発展を遂げたが、それは「バブル」にすぎずリーマンショックで終わりを告げた。
 もはや成長が望めない最大の理由は石油をはじめとするエネルギー価格が極端に上昇したことによる。
 1バレル200ドル以上になると現在の経済構造では作れば作るほど苦しくなる。燃料価格が上がると削れるところは人件費しかなく、際限ない賃下げが続き中間層がどんどん没落していく。


『爽風上々日記』訪問させて戴きました。
雑草Z
>1バレル200ドル以上になると現在の経済構造では作れば作るほど苦しくなる。燃料価格が上がると削れるところは人件費しかなく、際限ない賃下げが続き中間層がどんどん没落していく。

これぞ資本主義の末期症状を示す酷い典型例ですね。強欲な金融資本家が醜態を晒しながら矛盾だらけの資本主義を持続させようと次々に公正でない汚い方法に打って出ている資本主義の末期ですね。
リンクのページの読書記録「終わりなき危機、君はグローバリゼーションの真実を見たか」に書かれていらっしゃるように、アベノミクスは傷口を広げるだけですね。

++++++++++++++++  ++++++++++ +  +++++

ところで、
「爽風上々」と言うHNを見た時は、もしや・・?と思いました。コメントに

>「もはや成長が望めない最大の理由はエネルギー価格の上昇」という著者の意見は私自身の持論とも一致します。

とあったので、おそらくそうだろうと思いながら、『爽風上々日記』訪問させて戴きました。読書日記以外のタイトルをざっと見せて戴いたところ、ちょっと「らしくない意外な」記事もあったので「別人かな」とも思いました。しかし、エネルギー関連の記事もいくつかあり、いくつかを流し読みさせて戴いたところ、オイルピーク関連の事やEPR,EPT勿体ない学会などについても描かれており、内容的に確信致しました。
かつての常連で、guyver1092 さんくらい沢山のコメントを下さったHN 上々さんですね!?・・・お久し振りのコメント有難う御座います。感謝致します。
以前議論した事などで、その後、上々さんの読みのほうが当たっていたことがあったなあ・・・と感じていたところです。また、色々議論したいですね。上々さんのブログも訪問させて戴きます。
爽風上々さんの読書量の豊富さにも驚きです。一日一冊くらいの割合で読んでいらっしゃいますね。興味ある本の書評、参考にさせて頂きます。お奨めの本をいくつかご紹介いただければ幸いです。
 これからも宜しくお願い致します。


Re:水野さんの著書
guyver1092
 要約ありがとうございます。水野氏の進化がよくわかりました。
 水野氏の現在の考えについて、私が不足と考えているのは、日本社会の定常状態を現在のレベルでと考えているところです。人類社会の定常状態は、地球の再生能力範囲内でないと破綻すると考えていますので、この点についてはいただけないと感じます。

Re:Re:水野さんの著書
雑草Z
>guyver1092さん

>水野氏の現在の考えについて、私が不足と考えているのは、日本社会の定常状態を現在のレベルでと考えているところです。

本文にも明記されているこの部分は、私もguyver1092さんのおっしゃる通りだと思います。経済規模エネルギー消費量、人口・・・一端縮小しなければ定常状態には持ち込めないでしょう。それも一桁くらい減らさなければならないと思います。

エネルギー定常状態
爽風上々
この点については以前からの持論ですが、太陽エネルギーの流れの総量(貯蔵分は含まず)のみで賄うことができるだけというのが上限とすべきだと考えます。

それは計算上はかなりの量になるわけですが、そこを捉えて太陽エネルギー変換のみで人類の必要エネルギーは十分まかなえるなどと唱える人々も出てくるわけです。
もちろん、太陽エネルギーは薄く広く流れてくるので、使えるような形で捕捉するためには何らかの装置が必要となります。

これは全くの例え話ですが、もしも小雨だけが水分供給であり、それを地面に落ちる前にすべて捉えなければ使えないとしたら、その水は使えるでしょうか。大掛かりなプールのような装置をコンクリートや鉄材を使って作り、それでようやく少量の真水を得るのみです。
今の太陽光発電などというものにはその程度のイメージしか持てません。

しかし、どうも経済学者・評論家といった人々はそのような科学技術上の問題点の在処に気がつかず、一部の扇動科学者の口車に簡単に乗せられることが多いようです。

Re:Re:Re:水野さんの著書
guyver1092
 雑草Zさんの言うとおり、人口×1人当たりの消費量で、ひとけたぐらいは減らす必要かなという気はします。(ヤマカンですが)
 太陽光を直接、ロスのない形でどこまで利用が出来るかにより、使える量は変わってくるでしょうが、現在の人類の技術では、ロスなく使えるのは太陽炉だけだそうです。太陽炉の類で集められる太陽エネルギーの使い道はどのようなものでしょうね。太陽炉の類は、蓄積という点で大きな問題があると考えます。

コメントを閉じる▲
2014-07-23 00:11
フォルト・ツリー解析[FTA=Fault Tree Analysis ]は、システムに起こり得る事故や故障の発生確率を求める場合に使われる確率論的手法です。 システムにおけるある事故の原因を、システム各部における部分的故障のシナリオの因果関係が分かるようにフォルトツリーと言う樹形図で表し、その部分のシナリオ毎の確率を求め、最上位にある事故(解析したい事故)が起こる確率を計算する手法です。
特に大きなリスクを抱えた原子力の事故発生を確率論的に評価しようと・・・と言うよりも、事故発生の確率を過小評価する為に・・使われて来た手法です。原発推進派にとってはシビアアクシデントは起こり得ないと主張する為の画期的な手法であったようです。試しにネットで検索してみると、3.11以降の現在でさえも、色々なところの原発のFTAを見付けることが出来ます。
その最初の代表例が、1975年にアメリカ原子力規制委員会[Nuclear Regulatory Commission]から公表された原子炉安全性の研究報告書 [通称 ラムッセン報告]です。
フォルトツリーの各部分におけるシナリオ毎の故障の確率は、これまでの経験や実験で値を決めています。
そして、ラムッセン報告によれば、炉心溶融事故の起こる確率は、2万炉年に一度とされ、大規模事故の確率は、原子炉1基当たり10億年に1回で、それはヤンキースタジアムで野球観戦中に頭上に隕石が落ちて来て死ぬ確率よりも小さいから現実には心配の必要が無いとされました。(「ヤンキースタジアムで野球観戦中に頭上に隕石が落ちて来て死ぬ確率」と言う表現自体曖昧で、確率を問えないものです。・・・例えば、それは野球観戦者の中の特定の一人の事か、観戦者全員のうちの誰かか、1回の試合か、ヤンキースタジアムの歴史を通してか・・・など様々な厳密な仮定を変えれば、100万倍以上のオーダーで確率が違ってくるでしょう。・・・でもそんな事まで議論していては、この解析の酷い問題点には迫れませんから、無視します。)兎も角、こんな馬鹿げた稚拙な研究を拠り所に原発推進派は原発の安全を主張し、その功績によりラムッセンはエンリコ・フェルミ賞と言う賞も受賞したのです。

日本でも、この手法で原発が安全だという根拠とされて来たのですから、開いた口が塞がりません。・・・こんなどうしようもない詭弁で安全神話が作られて来たのです。原子力推進の為の御用科学は、インチキペテンのオンパレードですが、このラムッセン報告のフォルト・ツリー解析も、明らかに間違った手法である事は簡単に指摘できます。
実際、1979年には、憂慮する科学者同盟[The Union of Concerned Scientists]等によって批判や反論が為されたそうです。
そして直ぐにアメリカではスリーマイル島の原発事故が起こりました。その後チェルノブイリ、福島の原発事故も起こりました。1基あたり10億年に1回と言うのだから、多めに見積もって世界の原発が500基だとしても、200万年で1回しか起こらない筈の大規模事故が、実際は50年ほどの間に3回も(福島第一原発でシビアアクシデントを起こした原子炉は3基ですから、3回と数えるべきです。そうすると計5回も)起こっているのです。このような事故は稀現象であり、ポアソン分布に従いますから、連続で起こる事もあり得るのですが、それでも200万年に1回の確率の事故が50年で5回、ほぼ10年に1回の割合で起きているのですから、現実の事故発生状況から考えただけでもラムッセン報告が間違っていたと考えられます。
しかし、現実に起こる以前に、ラムッセン報告に限らず、多くの原発でのフォルト・ツリー解析は数学的に完全に間違った方法です。これはその計算方法を見れば一目瞭然です。
炉心溶融などの重大事故は、いくつもの部品や安全装置が同時に故障する場合に起こると仮定して、炉心溶融事故のフォルトツリーの各部の事故の確率を掛け合わせているのです。簡単に言えば、部分的に10年に1度の故障が9つ同時に、1000年に1度の故障なら3つ同時に起る確率は、掛け算で10億年に1度と計算されます。(実際には、その故障が起こっている時間・・修復されるまでの時間も考慮し、故障している時間が全て重なった場合に事故が発生すると考えるのでしょう・・・)

これは確率論の基本を知らない恥ずかし過ぎる理論です。
各々の故障する確率を掛け合わせるのは、その各々の事象が独立の場合です。例えば3つのさいころを投げてそれぞれが1の目の出る確率は1/6ずつで、それぞれのさいころを投げた結果出る目は、互いに影響されないと考えられるので、3つのさいころの出る目は独立と言えるのです。この場合、3つとも1の目の出る勝率は、1/6を3回掛けて1/216 と言えます。
それに対し、例えば、ある棚に入っている全部で5つのガラスのコップが、壊れる・・割れるという事故は独立ではありません。
例えば話を簡単にする為に、何らかのミスか事故、災害などによって、一つのコップが割れる確率が平均1年に1回とします。ある棚に入っている全部で5個のコップを全て同時に(同じ日に)割る確率は、それぞれのガラスコップが割れる事象が独立ならば、1/365の5乗(.・・・これだけでも10億年に1回以下の確率となります。・・・)になりますが、現実の世界に置いて、同じ棚の中のコップが割れるという事象が独立とは考えられないでしょう。同じ棚の中にあれば、一つのコップを倒して割ってしまったときに、他のコップに当たって、他のコップも一緒に割るかも知れません。人が棚にぶつかって、全部一度に落として割って仕舞う場合もあるでしょう。同じ地震で一度に全部割れてしまう事故も普通に考えられるでしょう。・・・即ち、同じ棚に置いてあるコップが割れるという事象は独立では無いのです。こんな事は、小学生でも簡単に理解出来る事でしょう。
 炉心溶融事故のフォルトツリーの場合も、同じ棚の中のコップと同様に考えて良いでしょう。同じ原子炉建屋内で、若しくは同じ敷地内での部品や装置の事故が、独立でしか起こらないと考えるほうが無理があります。一つの装置の故障が他の装置、部品の損傷の原因になる可能性は否定出来ません。トラブルが連鎖的に起こる例はいくらでも考えられます。例えば一つの部品が爆発したら、他の部品も破壊される可能性は何も起こらなかった場合よりも遥かに高くなるでしょう。地震や津波が発生すれば、それぞれの装置や部品が故障したり破損したりする確率は一斉に高くなるでしょう。地震や津波が原因で、沢山の装置が同時多発的にトラブルを起こす可能性を考えない方がおかしいでしょう。つまり、同じ建屋内、敷地内の装置、部品の事故は、独立ではなく従属関係にあります。そこには積の法則を当てはめてはいけないのです。積の法則を使うのは愚の骨頂です。こんな事を平気で主張する原発推進派は、やはり無茶苦茶なごり押し団体と言うべきでしょう。

因みに、スリーマイル島と、チェルノブイリの原発事故は、同じ発電所内の人為的ミスが独立でない事=連鎖した事 の実例であり、福島第一原発事故は、地震や津波によって、同じ発電所内の装置や部品の事故は従属的に起こることに加えて、先の二つの原発事故同様に人為的ミスの従属性によるものでしょう。実際に炉心溶融などのシビアアクシデントが発生する以前に、原子炉事故のフォルトツリーの部分的アクシデントが、それぞれ独立でない事は、自明の理でしょう。


参考文献
 開発リスクの政治経済学 第2章 開発の環境リスク  
安部竜一郎 著   文眞堂 発行 (論文集)2013年10月発行
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/07/23 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

東日本大震災
guyver1092
 震災後、日本の原発事故の確率は、500炉年に一回と発表したのを覚えていますが、これを引っ込めてまたぞろ非現実的な数値を主張しているのですか。次の原発事故が起きた場合、福島ほどの幸運がまたあると考えているとしたら異常ですね。なぜ選挙では、日本人はこのような異常者ばかりを選ぶのでしょうか。

原発事故の確率
雑草Z
>震災後、日本の原発事故の確率は、500炉年に一回と発表したのを覚えていますが、

これは、日本の全ての原発の総稼働年を実際の深刻事故(=メルトダウン)発生数(福島第一で3基)で割って、出した数値なので、ラムッセン報告よりも遥かに意味のある数値だと思います。
【日本の原発シビアアクシデントの確率】2011-11-05
に書きましたが、日本の総原発数を考えると20年足らずの間に一度の割合で起こるという、非常に怖すぎる値です。

>これを引っ込めてまたぞろ非現実的な数値を主張しているのですか。

すみません。誤解を受けるような書き方でした。ラムッセン報告以降、日本でもフォルトツリーによる間違った方法で、深刻事故の確率を非常に低く見積もったと言う事です。
3.11以降に見積もったという事では無く、フォルトツリーの誤用によって非常に低く見積もった事故の確率の試算が、HP等にまだ残っているものがあったという事です。

しかし、10億年に1回が、500年に1回に修正されるって酷過ぎる話です。200万倍に修正されたという事です。全くインチキだったって事ですね。

Re:原発事故の確率
guyver1092
 事故確率を200万倍に修正したのにもかかわらず、このような試算をしたものに何の咎めもないのは、無責任ですね。
 原発再稼働について、原子力規制委員会も、総理も責任を取らないと明言し、立地県の知事は、国や原子力規制委員会が責任をとるから再稼働するなどと言い放つのも、このような先例があるからなのでしょうね。

Re:原発事故の確率
雑草Z
 原子炉1基当たり10億年に1回というのは、さすがに信じなかったとしても(堂々とプロパガンダされていたので、そんなことを信じていた人々もいたことでしょう。)3.11以前、原発事故の確率はかなり低く、自分が生きている間、若しくは自分が現役(の政治家、経営者)の間は申告事故が起こることはまずないだろうとたかをくくっていた輩が多かったでしょう。しかし、3.11以降は、原発再稼働の責任をとるとは言えなくなったのでしょう。・・そんなら再稼働を推進すべきではないですすね。無責任です。実際、現在日本では原発は一機も動いてなくても足りているのですから。

再稼働しなくても、日本の原発は密度が高すぎて、抱えきれないような負の遺産です。

コメントを閉じる▲
2014-07-11 00:01
――――前回の記事の続編です。――――

3 税負担配分変更
 古くは財政再建のため、同時に消費税で得た税収は福祉に使うと言って導入された消費税。「福祉を充実させる」との名目で行われた消費税の5%への増税。「日本の1000兆円の借金を返すため」「デフレから脱却するため」との理由で行われた今回の8%への消費税増税。これらの【『税制改革』の結果をグラフにしたもの】があります。
 消費税導入、消費税増税のしばらくのちに法人税が減税になっているのがわかります。今回も、法人税減税は決定されていますね。導入、増税に際していろいろお題目を問えていますが、これらは文字通りお題目で、真実の目的は税の負担割合を企業に軽く、大衆に重くすることであるのが結果から導き出されます。
真実、これらのお題目を実現するつもりがあるのであれば、法人税も併せて増税する必要があるでしょう。
資本主義の延命には、企業の取り分を増やすのではなく、家計の取り分こそ増やさなければならないのですが・・・



4 人件費抑制政策
 支配者は、近年の経済成長低下による収益の悪化の対策として、【労働者への分け前を減らす政策】を年々強化しています。
 導入さえできればしめたもので、後は省による政令のみで残業代ゼロの労働者を大量に作るつもりのようです。

また、以下のような記事も見つけました。

<配偶者控除見直しを提言 政府税調、女性の社会進出に向け >
2014/6/11 20:41
 政府の税制調査会は11日、専業主婦らがいる世帯の所得税を軽くする配偶者控除について、女性の社会進出に向けて見直すよう提言をまとめた。税の 分野だけでなく、社会保険制度の改正や企業の賃金制度の見直し、保育所の整備も必要だと指摘した。今月下旬に決定する成長戦略に反映する。
  配偶者控除は専業主婦や一定の収入にとどまる主婦の世帯を対象に減税している。見直し案として、妻の年収がいくらであっても世帯の控除額が変わらないよう な仕組みを検討する。政府は女性の社会進出を促す税や社会保障制度の見直しを検討する組織を経済財政諮問会議につくる方針だ。
 11日の税制調査会では生活必需品の消費税率を低く抑える軽減税率についても議論した。ほとんどの委員が制度の導入自体に反対した。軽減税率は自民、公明両党が消費税率10%時に導入できるよう制度設計の議論を始めている。
 いろいろな理由を述べていますが、目的は人件費抑制のみでしょう。過去には、人件費抑制の結果、【業績向上の数値】が出たようです。
 しかし、率というのが曲者で、企業収益が悪化すると労働分配率が上昇するようです。
給料:賃金アップを阻む「労働分配率論」のまやかし

 上記のページの「逆相関する労働分配率と人件費の伸び率」の2012年4月以後では、それまで、逆相関の関係だった労働分配率と人件費の伸び率が、分配率が低下したにもかかわらず、人件費が減っていますね。
 これらの人件費抑制政策の延長を予測してみましょう。簡単です。即ち、人件費がゼロになるまで人件費は削られ続けます。奴隷制ともいいますが。
なぜか日本人は、資本主義を維持するためには自分達が犠牲になる必要があると感じているようです。
また、リストラと称して、正社員を派遣社員等、非正規労働者に置き換え、更に雇用する人数を減らすことも始まってから長くなりました。
「労働契約法」に反対しよう!~労働分配率が低下すれば・・・
 上記のページでも紹介されていますが、このままの傾向が続けば労働者が奴隷になるのもそう遠くはないように感じます。


まとめ・・・・・

さて、支配者たちは何を考えているのでしょうか。まず、原子力については、会計基準で原子力のマイナス面は他人負担となっているので、経済的な理由で推進していると考えられます。少子化対策についても、経済成長をして儲けるためには、人口が増え続ける必要があるので、やはり、経済的理由でしょう。税負担配分変更、人件費抑制政策についても、直接に会計に影響するので経済的理由でしょう。
これらの政策による弊害もいろいろ取りざたされているようですが、反省する気配もなく、さらに強力に推進する様子がうかがえます。
これらの政策は、個々に見ると経済的な理由であると説明を付けることはできるでしょうが、全体を文明崩壊という基準で評価してみるとどうなるでしょうか。過去の文明崩壊の過程では、等しく、下層階級から貧困により衰えてゆき、やがては上層階級にも及んでいきました。税負担配分、人件費抑制政がとられているということは、明らかにこの過程に入ったということでしょう。
人は、石油を飲む、又は電気を充電して命をつなぐことはできません。少子化対策を行い、これが成功した場合、食料をどうするつもりでしょうか。無限に増え続ける人口を養う農地を、有限の地球の表面積から工面することは不可能です。原子力発電のごみは捨てられません。捨てれば必ず人の世界に逆流します。
支配者の行動から、彼らの目的を推測すれば、人々を貧困に貶め、地球の養える人口以上に人口を強制的に増やし、捨てられないごみの管理を強制するという結論になります。
私には彼らの目的が、文明の破壊と消去であるとの疑問がどうしても消せません。
皆さんはどうでしょうか。


――――以上、ここの常連であるHN guyver1092さんに執筆して頂いた記事を二回に分割して掲載掲載致しました。――――
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/07/11 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

3 税負担配分変更
雑草Z
消費税率のアップは、

>「福祉を充実させる」

は単なるお題目で、実際はおっしゃるように、税負担配分変更ですね。つまり(大企業の)法人税を減らして、一般庶民からの税負担を増やすことになりますね。消費税は公平な税負担のように言う人が沢山いますが、累進課税を止めて、金持ちの税率を減らすことにも繋がりますね。資本家に極端に有利な国家を作り上げたいようです。

Re:税負担配分変更
guyver1092
 そうですね。少しずつ着実に奴隷制に向かっていますね。国民をだます嘘はいつも同じで、「経済成長に必要」です。経済成長は、ほとんどの国民にとって害毒になっていますが、気がついている者は、ほんの一握りのようですね。

Re:Re:税負担配分変更
雑草Z
>「経済成長に必要」

の中味、本質を知るべきですね。「投資家、金融業に必要」資本家がより儲ける為に必要」と言う酷い目的で、その行きつく先は破局、文明崩壊です。


>経済成長は、ほとんどの国民にとって害毒になっていますが、気がついている者は、ほんの一握りのようですね。

目先の景気に釣られてるだけですね。それだけ国民も余裕が無いというか、考えていないと言うか・・。

破局に向かってひた走っています。

Re:Re:Re:税負担配分変更
guyver1092
 水野和夫氏によると、現在、中間層にとって資本主義を維持するメリットは無くなっているそうですが、ほとんどの人がそれに気がついていないようです。だからこそ異次元の・・・というフレーズにころっとだまされたのでしょうね。
 だまされた結果は、資本主義の余命の減少という対価を払わされているのでしょう。生命を養える太陽エネルギーの固定装置を損なわないうちに資本主義が破たんすれば、長い目で見れば人類の為かも知れませんが。

4 人件費抑制政策
雑草Z
日本に限った事ではありませんが、
人件費抑制政策は、今や世界の流れですね。日本では一時期は、人件費が上がって国民総中流などと言っていたのですが、21世紀に入ると一気に格差社会に突入しましたね。
3 税負担配分変更 とも関連がありますが、資本家に有利な社会を構築しているとしか思えませんね。

>このままの傾向が続けば労働者が奴隷になるのもそう遠くはないように感じます。

も、ブラックジョークでは済まされそうにありません。単に金持ちの強欲に過ぎないのですが、様々な屁理屈をつけて、・・トリクルダウンセオリーなどその典型ですね・・・格差社会を助長していますね。強欲な利己主義が社会を崩壊させていると言えましょうか?



先送り体質。
でなしNo.146
政府のやっていることを見ると文明の破壊・消去を目的としているように見えるのは私も同じです。

やっぱり、おかしい、と思うわけです。

ただ、なんでそんなことしているのか?と考えると、やはり「先送り」という姿勢が見えてきてしまうのです。

延命治療と言うか、それが逆にあるべき姿とのギャップを大きくして魔法が解けた時のダメージを大きくするような気がしてならないのですが。。。

今回の増税についても、自民党の票田である経団連には良い顔をし、企業群を生かして日本経済を死なないようにしつつ、国民から徴税した消費税で破綻してる年金になんとかお金を充て、うまくまわっているように見せる。

年金の政府発表の「100年安心プラン」という試算表があるのですが、ネーミングからふざけていると思うのはボクだけではないはずです。(だってすでに試算が大幅に狂っているんですから。)

前の記事のコメントにも書かせていただいたのですが、先送りされてワリを喰うのは若者ですね。

先人達よりも厳しい環境を生きねばいけない若者こそ、選挙に行ったり、将来のことを考えないといけないと思いました。

Re:4 人件費抑制政策
guyver1092
 水野氏の最近の主張にもありますが、資本主義の資本の自己増殖が不可能になりつつある現在日本で、資本家の強欲を満足させるためには、利益の付け替えをしないことには不可能だからこその奴隷制指向なのでしょうね。これは、資本主義をろうそくに例えれば、残りのロウを強制的に燃やしていることですので、資本主義の終焉を早める結果になるでしょう。
 ちなみに、資本主義の延命薬は、資本主義に制限を加えることだそうで、現在日本では、もっとも資本主義に反対の立場の共産党が政権をとれば、資本主義が最も長生きするということになるのでしょうか。

Re:先送り体質
guyver1092
 続けてのコメントありがとうございます。支配者たちは延命のつもりがあるのかどうかは分かりませんが、彼らの対策は、かえって資本主義の寿命を縮めているように感じます。
 一番被害を受けるのは、確かに若い世代ですね。教育によって、嘘を教え、気がつかないようにしているのは明白な気がしますが。

Re:Re:4 人件費抑制政策
雑草Z
    guyver1092さん  のお返事が、
大変面白くて、逆説的に理に適っていたので、思わず、
「なるほど!」とつぶやきました。
それは、

>もっとも資本主義に反対の立場の共産党が政権をとれば、資本主義が最も長生きするということになるのでしょうか。

確かにその通りだと感心致しました。

>資本主義の延命薬は、資本主義に制限を加えること

ですからね。そう考えると、強欲な資本家達は、現在オウン・ゴールを決めているという事になりそうですね。
財政支出など、アベノミクスの3本の矢のような付け焼き刃の対策は、みんなそうでしょう。原発再稼働もそこに含まれそうですね。...でもそれらの先の見通しが甘過ぎる(若しくは見通していない)対策は、資本主義の終焉を早めるというよりも、文明崩壊を早めている状態ですね。資本主義の終焉の先は無く、終わっていた・・・では本当にブラックです。

ジンバブエ
guyver1092
 以前にも書きましたが、ジンバブエのハイパーインフレは、国内の農業生産が健全であったおかげで自然に収束したそうですが、日本でアベノミクスのオウンゴールで経済危機になったとしたらシャレにならない事態になる気がしますね。致命傷にならないうちに化けの皮が剥がれたらよいのですが。

コメントを閉じる▲
2014-07-03 00:01
支配者の価値判断基準への消せない疑問1

――――久し振りの更新となりますが、今回から2回連続、ここの常連であるHN guyver1092さんに、執筆して頂いた記事を掲載致します。一つの記事を二つに分割して掲載する形となります。――――

現在の政府の政策は、私の価値判断基準では根本的な矛盾を含むものがほとんどと感じます。原子力政策、少子化対策、景気対策としての税負担配分、人件費抑制政策です。

1 原子力政策
 私の判断では、原子力は文明を支えるエネルギーにはなりえませんが、支配者たちは原子力をベースロード電源と呼び、現代文明の基礎を支える存在と位置づけています。私が原子力には文明を支える能力がないと考える理由は、原子力のエネルギー産出比は1以下であると考えられるからです。
 支配者たちの変なところはまだあり、福島事故で東京電力の40年分の利益を一瞬にして失ったにもかかわらず、いまだ原子力発電の再開に意欲を燃やしていることです。過去の事故、たとえば、関越自動車道バス事故では、運転手の連続運転距離の規制強化を行い、また、熊野沖のフェリーありあけ転覆事故では、積み荷の固定の基準を見直されました。結果としては、フェリー転覆はいまだ起きていませんが、高速バス事故は起きました。運転手に対する健康診断に問題がある可能性が指摘されています。
 原発事故被害額はいろいろ試算されていますが、【震災3年 原発事故の損害額11兆円超に】によると11兆円を超えたそうです。



 原子力発電所の保安基準を厳しくして、原発再稼働を目論んでいますが、高速バスのように規制の網の外の原因による原発事故が起きてしまった場合、どう責任を取るつもりなのでしょうか。下記のページの最悪の試算では457.8兆円との結果が出ています。
東日本大震災と福島原発事故の被害額について


事故が起きれば特需が発生するので、大歓迎とでも考えているのでしょうか。



2 少子化対策
 もう20年も対策を実施しているそうですが、合計特殊出生率からすると役に立っていないと言えるのではないでしょうか。
「国はどこまで本気ですか?」・・・少子化危機を突破する政策


また、企業にとって妊婦を雇うということは負担になると見えて、【マタニティハラスメント】という行為を行い、少子化策に熱心なようです。

 ちなみに私の考えている少子化の根本原因は、国民が貧乏になりつつあることであると考えています。子供を育てるには収入が少なすぎると感じて、妊娠を抑えているのでしょう。実際、野生動物の世界では、食料が少ないと子供を捨てたりするそうです。人間の社会でも、経済のうまくいっていない国では、子供を捨てるものが多くいて、ストリートチルドレンという社会問題になっているようです。
話を元に戻しますが、政府は育児休業制度の整備、傷病児の看護休暇制度の普及促進、保育所の充実などの子育て支援や、乳幼児や妊婦への保健サービスの強化を進めていますが、前記の対策は国民の収入額には直接繋がらず、一方で行う、国民への給付額減少政策による収入減を補う役には立っていないのでしょう。
以前読んだことのある小説で、「巨大な組織は、右手のしている事を左手は知らない。」との記述があり、印象に残っていたのですが、日本の少子化対策は、まさしくこれでしょうね。右手の努力を、左手が一生懸命邪魔をしていると言えるでしょう。


【支配者の価値判断基準への消せない疑問2】へ続く
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/07/03 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

目先
雑草Z
先ずは 1原発政策  から

原発は、廃炉を決めた時点で不良債権化しますし、関連産業の仕事が消えます。(実際は既に不良債権なのですが、会計上は廃炉を決定した時点で「財産」から「不良債権」に変わるわけです・・・guyver1092さんのおっしゃるところの「会計学の不良部分」ですね・・)ただ、それだけの理由で、原発を延命して、大事故を起こし、手に負えない放射性廃棄物を貯め込んだのですから、政府、電力会社は大馬鹿者です。目先の利益の為に日本を存亡の危機に晒しているのです。
現在の政治家も官僚も、そのような財界の「目先の利益」を優先し、長期的、大局的見方の出来ない愚者ばかりが蔓延っているのだと思います。


支配からの脱却
団塊親爺の遺言
 私は今の社会に安心感は持てません
何故なら今の社会は昔から支配者の欲望の餌に・・
原発問題や環境政策はここで述べられる事には納得です

少子化問題は今の母親たちは子供たちの安全な食べ物は
何処に在るのか右往左往しています 産れたての子供たちは 
本能的に食べません今の野菜は体に良いのか 農薬剤で造られた
野菜は本当に体に良いのでしょうか 見かけだけの・・社会
子供が健全に育つかどうか・・不安が付き纏う社会

私は今 無農薬の菜っ葉野菜をプランターで造り 根元で
千切ると又、暫らくすると再生します 何度も食べられます
病害虫も全く付きません 天然粉と土の自然の仕組に感動~

私たちは健全な食べ物さえ在れば生きて行けます
しかし今のスーパーに並ぶ食べ物は不健全なものばかり・・
自然界で健全に育つ食べ物こそ食べて 健康の源なのです
お隣のペットの亀も我が家の野菜類を喜んで食べています

疑いを持たない人たちは今の野菜類は危険と云う事に無関心
癌や病に懸かり 薬剤治療に懸かり苦しむ 知人や身内たち・・
私は煙草も酒も飲むが・・未だに徹夜の仕事もこなすのです
自分の仕事を安売りしないで 後何年生きられるか・・?
判らないが 自分の見た真実は世に広めたい



Re:目先
guyver1092
 人類社会を測る尺度の一つが会計ですが、現在の人類の会計法は、エントロピーの法則から見て異常ですね。
 おっしゃるように、原発はエントロピー的に破綻は明白で、金銭的にも本文に書いたとおり、破綻しているにもかかわらず、会計法上は廃炉を決めない限り資産になるのですからね。
 最近、会計法をエントロピーの法則に即して組直せば、文明崩壊を防げるのではという思いが強くなってきています。ほとんどの人には、理解されないとは感じますが。

Re:支配からの脱却
guyver1092
 現代社会を縛る見えない網は、巧妙に人類を破滅へ導いているように感じます。食べ物一つとっても、ほとんどの植物が一代雑種で、さらにはトレーター技術、ターミネーターテクノロジーと、生命の摂理から反する物ばかりが作られ、世界を席巻しています。狂った会計法を真理と定めている限り、文明崩壊は避けられないと感じています。

Re:Re:目先
雑草Z
>会計法をエントロピーの法則に即して組直せば、文明崩壊を防げるのではという思いが強くなってきています。

guyver1092さんらしい独創的なご提案ですね。
「会計法をエントロピーの法則に即して組直す」と言う事は、奇抜ながら非常に理性的、合理的な方法に感じます。・・・と、言いつつ具体的には考えが及びません。
是非「エントロピー会計学」を書いて下さい。


愚策
雑草Z
 次に 2 少子化対策  についてですが

 ここの記事にもかいてきましたが、私は少子化対策は愚策だと考えています。
 もともと日本の少子化問題は年金政策の失敗(・・後の世代に払わせると言う事で、年金の積み立てを浪費してしまった事の問題のすり替え)から騒がれ始めました。
 適正人口の規模を論じずに、人口が減る事だけを問題にする方法論から間違っています。
更に日本の人口は江戸時代に安定しています。その時に定常状態になったと考えることが出来ます。明治維新以降の人口の増加は、科学技術の勝利ではなく、ドーピングでしょう。食料輸入の増加は言うに及ばす、土地の生産性の増加も石油等によるドーピングでしょう。少子化は自然の流れであるし、人口が増える事のほうが脅威です。少子化に歯止めをかけるのは世紀の愚策です。

廃炉路線に舵を切れない理由
でなしNo.146
私も原発は全廃するべきだと思っています。

廃炉まで考えたコストは発電方法では一番高いですし,放射性物質の管理を半永久的にやる必要を考えると,お金という視点以外でも,膨大な時間が必要になります。

これは次の世代に先送りされる負の遺産と言って良いでしょう。

私が考えるに,廃炉決定をしない理由は雑草さまがおっしゃるように不良債権化の問題で,付け加えるならば電力会社へ貸し付けを行っている銀行がコゲ付いて、資産価値がふっ飛ぶことを政府関係者は恐れているのだと思います。
(つまり、銀行の破綻などの経済混乱)

こう考えれば、廃炉にした方が良いとわかっているけど、それをやらない現状が説明できると思うのです。

東電は生かさず殺さず。むしろ生かしたいのは銀行群だったという感じですね。

バブル後の公的資金注入のお話が思い出されます。

Re:Re:Re:目先
guyver1092
 まず間違いを訂正させてください。会計法は国の会計のみの法律のようです。企業の会計の法律はWikipediaによると、「企業会計原則を中心として、論点ごとにまとめられた多数の文書(代表的なものを下記に列挙)により構成されており、慣習法として商法第1条2項、会社法や金融商品取引法により、法体系の一環を成す規範である。」とあり、慣習法であって、単一の法律ではないようです。
 この会計基準は、税法と一体となって、拡大再生産をするように、社会の仕組みを人間の欲望を利用して拘束していると考えています。個々の文書すべてについて作るのは私には不可能ですが、拡大再生産を否定する理念なら作れるかもしれません。会計基準についていろいろ調べる必要もあり、気長に待っていただかなければならないとは思いますが、やってみることにします。

Re:愚策
guyver1092
 本文にも書いたように少子化対策は失敗しているのですが、失敗しているからこそ、問題がより困難にならずに済んでいると考えています。年金政策を失敗したのは知っていましたが、これをごまかすためとは知りませんでした。情報ありがとうございます。
 日本の適正人口を考えることは、非常に重要ですね。おっしゃるように、枯渇性資源である石油の力を借りた食料供給能力を基に、日本の適正人口を論じるのは非常に危険です。枯渇性資源を使わずに日本がどれだけの人口を養えるかの計算をした人はいるのでしょうか。文明を維持するには、一定の森林が必要ですので、現代の、一人当たり使用面積を考えれば、江戸時代プラスアルファという人口が妥当という気がします。

Re:廃炉路線に舵を切れない理由
guyver1092
 お久しぶりです。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF0100K_R01C13A0EB1000/

 廃炉に舵をきれない理由が会計的なものであるのは、上記の記事で証明できますね。資源の消費から考えれば、なるべく早く廃炉にすることが最も合理的であるにもかかわらず、人間同士の約束である会計基準から考えると、原発は廃炉にしないのが最も合理的であるようです。人間の都合で物理法則とか、物質の物理量がいくらでも変わるのなら、今の会計基準でもよいでしょうが、物理法則も、物理量も人間の都合では変わってくれません。
 この愚かな拘束具を何とかしない限り、文明崩壊は確実ですね。

コメントを閉じる▲
2014-05-11 00:28
1972に発売された最初の『成長の限界』は名著と評価していますが、ローマクラブの会員でもある日本の監訳者、大来佐武郎氏のはしがきは、5ページ足らずの短文なのに拘わらず、頂けない部分が沢山あります。その最たる部分が「発展途上国の成長率を引き上げ、少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」と言う部分です。「成長の限界」の報告に対する「ローマ・クラブの見解」で、日本の監訳者、大来佐武郎氏自身が強く主張した・・・と、記されています。彼は日本のODAの回し者か?・・とさえ疑ってしまいます。

経済が成長しなければ人間らしい暮らしが出来ないと考える事自体、狂ってます。GDPが低い国が貧しい国だと言う洗脳にこそ、「成長の限界」は警鐘を鳴らすべきです。人類の歴史・・・何万年か何十万年か、若しくは百万年以上・・人類の歴史を何年と捉えるかは、研究や解釈の問題でしょうが、少なくとも一万年以上と捉えられている人類の歴史の中で。経済が大きく成長したのはつい最近・・・高々200年ほどの間です。それまで人類は人間らしい暮らしが出来なかったと考える事自体、経済成長神話に洗脳されていると言えましょう。豊かさ、貧しさをGDPと呼ばれる経済活動だけで決める発想の貧しさ・・・物やお金が回れば回るほど豊かと考えるのは経済成長洗脳に他なりません。更に踏み込んでそれが「成長」するとは、金回りに加速をつけると言う事です。つまりより金遣いが激しくなっていく社会が「豊かな社会」と言う事です。どんどんお金が必要になっていく社会と言う事になりましょう。そんな社会が豊かってどれだけ貧しい発想なのでしょう。

途上国と呼ばれている国は、経済が成長していなかったから不幸だったのではありません。西欧諸国に植民地化されて搾取されたから不幸になったのです。経済成長を拒否して自給自足していた方がよっぽど幸福だったのではないでしょうか?

散々搾取しておいて、
「少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」
と言うのは、西欧の常套手段です。日本も高度成長時代以降ODAを通して似たような事を散々して来ました。「援助」の名のもとに日本の税金を投入して、日本の大企業がそのお金で潤う・・・結局自国の企業の為の援助でした。結局、先進国の強欲な人々を儲けさせることになるのです。・・・話が脱線しました。この話はまた機会があれば・・・と言う事で、話を戻します。

自ら「先進国」と呼んでいる国の人々の多くが「野蛮」と考えてる人々の物欲を刺激して「援助」して、自らの後追いをさせて、「発展途上国」にする行為こそ余計なお世話でしょう。自給自足したい人間を無理に、若しくは物欲を刺激して、経済圏に引き込む行為こそ、先進国の利己主義です。そして、非常に重要な問題意識が欠如しています。
すなわち「先進国の生活は持続可能ではない」と言う事実です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/05/11 00:28】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

神話世界の住人
guyver1092
 この大来という人物は、成長神話世界の住人ですね。経済成長を信じる者は救われると考えているようですが、この地球を含む、三次元のこの世界は物理法則に支配されています。地球の面積は物理的に測れますし、その地球から採掘できる資源も有限です。
 有限の面積の世界で、有限の資源を利用する社会が、無限に成長することは物理的に不可能です。この当たり前の結論が出ないという思考構造は私には理解不能です。
 経済成長をした国の人間は、より多くの資源を消費する生活が出来るようになりましたが、その一方で、それまで消費していた資源を奪われ、貧困に陥る人々も出ています。今現在、生きている人すべてを豊かに出来たとしても、将来の子孫が生きていけないほど資源を消費しているのが現代資本主義の実情です。
 経済成長教信者が主流である限り、文明崩壊は避けられないと考えます。

Re:神話世界の住人
雑草Z
    guyver1092さん

 すみません。大来氏の「監訳者はしがき」は端折り過ぎました。省略した部分も付け足してかけば、
「経済開発の遅れた国の現状が固定化される事のないよう、先進国が成長を減速させると同時に、発展途上国の成長率を引き上げ、少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」

です。だから、経済成長主義者と言う訳ではないだろうと思われるのですが、先進国ですら1970年代の現状よりも経済成長を(減速して)すべきだし、途上国は「一定レベルまで、成長率を引き上げなければ、人間らしい生活を出来ない」・・と考えているところが、駄目だ・・・と感じたのです。・・・・ってことはやっぱり経済成長神話世界の人でしょうかね?・・・ここまで端折らないで考えた場合、guyver1092さんはどうお感じになりますか??

兎も角、「成長の限界」に書かれている内容は、至極まともで、理性的な事なのですが、この研究を要請したローマクラブの会員が、財界の人が主流で、残念な人達に感じます。少なくとも日本のメンバーはしょうもないと感じました。

>経済成長教信者が主流である限り、文明崩壊は避けられないと考えます。

全く同感です。文明崩壊を避ける為には経済成長信者を即刻引退させることは必要条件かと思いますが、どうすれば可能でしょうか??

Re:Re:神話世界の住人
guyver1092
 本心は、資源を途上国にも配分しようという意味のようですね。ただ、成長"率"と言っているところで本質を見誤っている事が丸わかりと感じますが。その当時はなかったかも知れませんが、真の意味でのフェアトレードをしなければと言えば良かったような気がします。
 経済成長信者を排除するのは、難しいと考えます。すべきことは、教育と考えます。教えるのは、経済も物理的制限があることと、地球が有限であることですね。あとは、この有限が、如何に経済に具体的に影響を及ぼすかの例と、無限と考えた既存の経済学の皮算用と、物理的制約を組み込んだ真実の計算を対比したものを教えるべきと考えます。ほとんどの人は、信仰心で物理法則の限界を突破できると言い張るかもしれませんが。


雑草Z
    guyver1092さん

>成長"率"と言っているところで本質を見誤っている事が丸わかりと感じますが。

その通りですね。「経済レベル(GDP)を一定水準まで引き上げる」と言うのが正確ですね。「成長"率"」と言った時点で、お馬鹿さんですね。経済成成長神話を信じているとも取れましょう。

>真の意味でのフェアトレードをしなければと言えば良かったような気がします。

なるほど!ニュアンスは少し異なりますが、これぞ本質を捉えた解釈ですね。

>すべきことは、教育と考えます。教えるのは、経済も物理的制限があることと、地球が有限であることですね。

これまた、なるほどです。唯、それを教えなければ「限界」に気が付かないのは、それこそ成長神話の洗脳でしょうね。今の世の中で普通に良く使われる「無限の可能性」とか「やる気があれば何でもできる」みたいな価値観もよくないのではないでしょうか?・・・兎も角もこの高々百年ほどの成長局面に於いて形成された価値観が現代の主流であるのがよくないですね。その手の記事を書こうかと思います。

>無限と考えた既存の経済学の皮算用と、物理的制約を組み込んだ真実の計算を対比したものを教えるべきと考えます。

大切な事ですね。理性で考えればわかる筈ですが・・・


 guyver1092 さん、私の書いた本文以上の深い洞察、恐れ入ります。非常に参考になりました。

ヘドロの味の貝 
団塊親爺の遺言
 昨日ご近所から頂いたアサリ貝

私の住む江戸川区は東京湾へ流れ込む川の最終地
隣町の浦安の海浜から沢山採って来たという
アサリは大好物ですが少し変な臭いが・・ヘドロ
の臭いがします これは食べられない

魚釣りも盛んです 江戸前と言いますが自然破壊の中で
魚介類は未だこんなものです 自然環境後進国なんです
そんな環境でも必死に生きている生き物たちを見ると
憐れですよね 一見綺麗に見える街並み 足元は腐って
います 自然の保護が如何に大切かを知らない輩たちに 
経済成長とか自然開発とかの名目を与え税金を投入
一部の悪代官が搾取 この構図は昔から変わりません
見た目さえ良ければ善しとする今の社会は豊かでは無い

後進国でも豊かな自然が在れば食べるのに困らない
今の私たちはアクセク働いて稼がなければ生きられ無い
電気の無い時代でも生きて来た私たち 生きる術は
食べる事 家族や仲間で分け与える事 便利さは私たち
から何を奪ったのか 金が支配する世の中に その金で
自然の残る豊かな南国で暮らしたいと考える人も多いのでは
私たちが最後に求めるのは豊かな自然で在って欲しい

私が育ったオホーックの沿岸は海が荒れた翌日には様々な
貝が浜に上がり 野山には山菜や木の実が豊富でした
戦後の食糧難の時代でも生きて来られたのは自然のお蔭です

それからヘドロ臭いアサリは私の天然粉を入れ一晩置くと
臭いも味も普通に戻りました さすがは自然の浄化作用です
でも傍の川に放流しようと考えています



Re:団塊親爺の遺言
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 現在でも東京湾の付け根の江戸川の河口でアサリが採られ、食べられていた事には驚きでしたが、やはりヘドロ臭くなって仕舞いましたか・・・残念な事ですが、あれだけ汚い水を排水すれば当然ですね。・・・江戸川河口のアサリは、高度経済成長時代以降もずっと食べられていたのでしょうか?
江戸前の魚も、江戸川河口付近でもずっと食べられていたのですか?

>環境でも必死に生きている生き物たちを見ると憐れですよね

そうですね。環境保護が叫ばれて、一時、局地的に環境改善された場所はあっても、結局経済優先で、全体的には環境は悪化してきました。

>一見綺麗に見える街並み 足元は腐っています
>見た目さえ良ければ善しとする今の社会は豊かでは無い

全く同感です。私もその事に心が痛んでいます。街をきれいに見せて、ゴミをどんどん他に持って行って廃棄しています。自然破壊はその付けですね。 

>豊かな自然が在れば食べるのに困らない

そう、そこです。昔は自然からの恵みで、お金が無くても食べて行けたのですよね。

>私が育ったオホーックの沿岸は海が荒れた翌日には様々な
貝が浜に上がり 野山には山菜や木の実が豊富でした

団塊親爺の遺言さまは、北海道のオホーツク沿岸で育ったのでしたか!?・・・・海が荒れた翌日に様々な貝を浜で収穫出来た・・・って、これぞ自然の恵みですね。そういう自然を大切にすべきです。そのような時代に戻れるものなら戻りたいですね。貴重な体験の情報、非常に参考になりました。

>傍の川に放流しようと考えています

その川は淡水でしょうか?・・アサリが生きられる環境なら、そこで繁殖すればいいですね。自然を浄化出来れば素晴らしいですね。


はじめまして
funaborista
はじめまして、funaboristaといいます。
開店休業状態の左翼系ブロガーです。
半年くらい前から拝見させていただいております。

私の最近のテーマの一つは「経済」です。
というのも「右」はおろか多くの「左」の人たちも「そもそも経済とはなにか」がよくわかっていないために、(大学で経済学を専攻した訳でもない)私ごときが議論を修正しなければならないという事情があるからです(本来は専攻の社会学と数学が自分の分野だと思っています)。

では、私の考える「そもそも経済とはなにか」。

私にとって「経済とは(大)自然と同じ」です。
(なにしろ「経済(学)economy」と「生態系(or 学)ecology」は同語源ですしね)
つまり「経済は大自然に学ぶべき」であり・・・というよりもむしろ「経済は大自然をそのまま再現するべき」であり「それだけで現在のほとんどの経済問題は解決して、経済はうまく循環するようになる」と考えています。

「循環」。これこそが経済におけるキーワードであり、「成長」は必要に応じて可能な範囲でさせればよく(介護事業等)、マクロでは「同じ人口が同じレベルで経済活動したならば、『成長』も『縮退』もしていないのだから結果的に『定常』経済」でなければおかしいはずです。
しかし、最近特に「左」の人々の中で「経済は成長がなければ循環しない」というおかしな考え方が幅を利かせていて(私に言わせれば信仰もしくは狂気)、まあ「人間には欲がある」と言われればそれはそうなんですけれど、たいていそういう人は「そんな人間の欲とは関係なく」「(指数関数的)成長には限界があり」「実体経済を支える資源にも限界があり」「したがって成長には限界がある」ということを受け入れようとしないんですよね。

日頃そういう人たちに「成長を否定する『脱成長』という考え方が弱者を殺している」などと非難(内容が伴っていないので「批判」ではない)されて、まあこちらとしては苦笑するしかないのですが、ただ「むしろ成長を強制することこそ弱者を殺してきた」ことには早く気づいて欲しい、とは思っています(彼らも私たちと同じ一票を持っていますから)。

自己紹介が長くなってしまいましたが、最近時間もとれるようになったし、これからは時々コメントさせていただこうかと思っています。
ちなみにfunaboristaというHNは、都営新宿線の船堀近辺に住んでいるというのが由来で、団塊親爺の遺言さんと同じ江戸川区民です。


Re:はじめまして
雑草Z
    funaboristaさん

はじめまして、そして初のコメント、有難う御座います。とても興味深い内容で新たな知識もつきました。感謝致します。半年前くらいから訪問して頂いたとの事、感謝致します。丁度半年くらい前の冬から春にかけて、初めて参加した団体の東京での集会等に何度か行っていたのですが、ひょっとしてその時に名刺を交換した方でしょうか?

>「右」はおろか多くの「左」の人たちも「そもそも経済とはなにか」がよくわかっていないために、(大学で経済学を専攻した訳でもない)私ごときが議論を修正しなければならないという事情があるからです

そのお立場、非常に良く分かります。現在の経済の仕組みは狂ってますからね。GDPの増加率で定義される「経済成長」を絶対目標とする狂った経済システムを是とする限り人類は破局への道を辿るでしょうね。

>私にとって「経済とは(大)自然と同じ」です。

これは新たな独創的な見解です。「経済」って多分に人工的な感じがしますから・・・しかしその後の御説明は説得力がありますね。

>「経済(学)economy」と「生態系(or 学)ecology」は同語源

私もこの似た二つの単語はよく対比して議論してきましたが、語源が同じでしたか!?・・・教えて戴き有難う御座います。

>「経済は大自然をそのまま再現するべき」であり「それだけで現在のほとんどの経済問題は解決して、経済はうまく循環するようになる」と考えています。

なるほど、説得力がある洞察です。この辺の事、記事に書かれた事あればご紹介下さい。とても興味が湧きました(・・上の御説明だけでも良く分かりましたが・・)

>「循環」。これこそが経済におけるキーワードであり、
>『定常』経済」でなければおかしいはず

この辺り、賛同致します。
私が全く同意見である事は、半年くらい前から読んで戴いているならお分かりですね。同じ考え方の方と知り合えて嬉しく思います。ここの常連の方は基本的に同じ考え方です。

>「経済は成長がなければ循環しない」というおかしな考え方

本当におかしな発想ですね。利息の付く金融業が経済の中心に居座っているからこそのシステムで、洗脳ですね。「循環」と言うよりも、破局へ続くスパイラルと言うべきでしょうね。

>「成長を否定する『脱成長』という考え方が弱者を殺している」

現代成長神話に洗脳された人の危険な発想ですね。おっしゃるように

>「むしろ成長を強制することこそ弱者を殺してきた」

ですね。


今回の funaboristaさんの自己紹介を読んで、考え方、主張が一致している事が良く分かりました。これから宜しくお願い致します。またのコメントを楽しみに致しております。 



funaboristaさん
guyver1092
 はじめまして。横から失礼します。経済がわかっていない人はそこまでなのですか。おそらく、経済政策を立案する者たちも同様なのでしょうね。だからこそ経済政策をしても役に立たっていないのですね。
 じつは、同僚と、赤旗の集金人に(別の機会ですが)地球の物理的制限による成長の限界を話したことがありますが、反応は、同僚は「戦争等で壊れれば、またそこから成長できる」で、集金人は無反応でした。(笑) 同僚はもう少し、エネルギーの有限を突っ込んだところ、限界を認めましたが。
 今、水野和夫という経済学者の「資本主義の終焉と歴史の危機」がかなり売れているようです。この本もタイトル通り資本主義の終焉を主張していますので、この本をまじめに理解する人がもっと増えれば、文明崩壊への一本道から抜け出せるかもしれませんね。

Re:funaboristaさん
雑草Z
更に横から失礼いたします。現在の政府の具体的な経済政策について、funaboristaさんとguyver1092さんの批判は非常に似ていると感じます。(私の意見はもっと大きく抽象的になってしまいます・・・。)

funaboristaさんのHPの記事の【永遠の途上国】2012-9-17は、guyver1092さんのブラック的記事を彷彿としました。

http://d.hatena.ne.jp/funaborista/20120917/1347844136#c

 

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。