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2016-03-17 21:42
「スポーツ少年団」って、いつ頃から日本に現れたのでしょう?・・・私が子供の頃の田舎には無かったなあ・・・と考えていたらそれは記憶違いで、実は私よりも年上の従兄弟が小学生の頃から剣道の団体に所属していました。正式名称が「スポーツ少年団」かどうかは兎も角、確かにその類の団体であったと思います。第二次世界大戦後の早い時期から田舎町にもスポ少の類はあったのかも知れません。更に遡って戦前にも似たような団体はあったのやも知れません。スポ少の歴史に興味があるわけではありませんのでその事実関係は調べませんが、現在は田舎町でも、様々なスポーツ競技でスポーツ少年団のような組織があるようです。野球、サッカー、相撲、バスケットボール、水泳・・・・私はスポ少にはまるっきり興味・関心が無かったので、あまり列挙はできませんが、最近地元にも、かなりマイナーと思われる水泳の「飛び込み競技」にもそんな団体がある事を知りました。田舎町でも、多くのスポーツの競技にスポ少かそれに準ずる組織があるようです。

世間を見渡すと、スポ少に大きな価値を置いている保護者、大人が沢山います。少なくとも、テレビゲームよりは遥かに素晴らしい・・・と考える大人が多数派でしょう。
スポーツを通して体を鍛え、(社会の) ルールを学び、人間関係を学び、競争社会で生き残る逞しさを身に付け・・・・と、色々長所も謳われています。
 しかし私は、テレビゲームよりも、スポーツ少年団の活動のほうが素晴らしい、とは考えません。確かにテレビゲームは、体は鍛えられないでしょうし、頭もあまり鍛えられないでしょう。どちらかと言えば体も頭も退化するようなイメージです。社会性も身に付くとは期待できません。つまり、テレビゲームには、ネガティヴなイメージが付けられています。(体や頭が鍛えられたり、社会性が身に付くゲーム考案されているようですが・・・。)
それに対して、スポ少は社会的に認められているような風潮です。しかし、環境負荷と言う観点では、スポーツ少年団よりもテレビゲームのほうが遥かに環境負荷は小さいでしょう。テレビゲームも、ハードを作る時に資源を使い、ゲーム中は電力も消費します。それでもスポ少の活動の現状よりは遥かに環境負荷は小さいでしょう。現在のスポ少は、練習場まで車で送迎し、練習場等では大掛かりなナイター設備を使う事も珍しくありません。スポ少の活動に多くの資源とエネルギーが消費されているのです。
大会ともなると、父兄が自家用車を持ち寄って、若しくはバスをチャーターして遠くまで遠征する事も厭いません。そして、遠い場合、ホテルに宿泊して、ホテルで浪費します。基礎体力のトレーニングはするけれど、ホテルの階段はあまり使わず、専らエレベーターを使います。試合やトレーニングに行く為に多くのエネルギーを消費(浪費)するのです。
つまり、いわゆる「経済効果」も大きい点が、スポ少が社会から歓迎される一つの理由になっていることでしょう。大げさな言い方をすれば、スポ少も「経済成長主義」のオト落とし子とも言えましょう。
小さな少年の頃から、スポーツの為には、この手の資源とエネルギーの浪費行動が普通の事、いい事だと思い、罪悪感なく行動できる子供を育てているように感じます。

スポーツ選手をヒーロー視する子供も沢山います。スポ少に所属する子供たちの多くは、自分と同じ種目でプロになった人、若しくはトップクラスの選手にあこがれ、ヒーロー視します。しかし、スポーツが強い人が即、社会に貢献していると考えることには反対です。そんな風潮は頂けません。(現在、このような主張をすると、「ひねくれ者」と扱われるかと思いますが、そういう社会の風潮がおかしいと思います。)そうやってスポーツというものが絶対的な大きな価値のあるもの、社会の中心だというスポーツ偏重の社会が形成されてきました。そして、政治や災害、世界情勢のニュースを抑えて、プロスポーツやスポーツの国際大会のニュースがトップニュースとして扱われる事も一般的になっています。現代はスポーツ偏重社会と言えましょう。
現代の格差社会において、子供をスポ少に入れて子供のサポートが出来ない家庭も沢山あることでしょう。日本の子供の貧困率は16%を超えました。そういう意味では、スポ少に子供を所属させることの出来る家庭は、ある程度裕福ともいえるでしょう。そんなある程度以上に裕福な家庭の子供がスポーツ漬けの少年時代を過ごし、頭の中まで筋肉になっていくのです。
現在、スポ少のような団体は世界中で流行っているようですが、スポーツというゲームの世界に身を投じ、スポーツの勝負の世界が生活の中心となって大人になっていく子供が多いことに危惧を感じます。スポーツが単なる趣味の域を大きく逸脱していると感じます。
私の(ひねくれた)価値観からすれば、スポーツも囲碁や将棋もテレビゲームも同じゲームの範疇です。スポーツは、体が鍛えられる分「ましかな」位です。スポーツが他のゲームよりも気高いとは思えません。
スポーツの本来の姿は、人力の最大限の活用で、他の外部エネルギーは極力投入すべきではないと考えます。しかるに現在のスポーツはエネルギーをどんどん浪費しています。それだけでもスポーツの進んできた方向がおかしいと感じます。
 
学校での部活動のスポーツでもやり過ぎはよくないと感じますが、スポ少に所属し、スポーツ偏重の少年時代を過ごす少年が増え過ぎだと感じます。「塾とスポ少だけの放課後」という子供も増えてきたのではないでしょうか?危惧すべき状況だと感じます。子供はもっと自然に触れるべきですし、もっと社会問題にも対峙するべきです。子供をシビアな現実に対峙させるのは酷だと考える大人も沢山いるだろうし、私もそう感じる部分も小さくありません。しかし、そんな深刻な現実からずっと目を背け、スポーツに没頭するような大人が多数派だから、現代の深刻な問題はなかなか解決されないのでしょう。それどころか年々先送りされて肥大化しています。スポ少に子供を入れて、その活動に没頭している親の多くが3S政策に嵌っていると言えなくもないでしょう。スポ少で活躍して、社会人になれば企業戦士に育っていく・・・・そんなステレオタイプを理想としている親も多いと感じます。しかし、そんな人々がこんな住みにくい社会を作った一翼を担っているのです。現代社会は、多くの少年がスポ少の世界に没頭してられるような平和な社会ではないのです。
スポ少ブーム、スポ少奨励を好ましいとは考えません。逆に危惧を抱いております。

以上、一見ひねくれた見方でスポ少を論じさせて頂きましたが、根本に流れる考え方はここで主張した通りです。
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【2016/03/17 21:42】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

塾とスポ少
でなしNo.146
塾とスポ少が子供の頃の思い出とは少し寂しいですね。
自然に触れる機会の方が絶対に大事ですし、バランスのとれた大人になると思います。
私も塾の講師をしたことがありますが、いろいろ悩ましい事も多かった記憶があります。
おかしい事はおかしいと言える勇気や自分で考える力は塾とスポ少では伸ばせません。
暗記と団体行動も重要だと思いますが、人間として大切なことはほかにも沢山あると思います。

食料生産者以外の人々
爽風上々
最近面白い本を読みまして、ルース・ドフリースというアメリカの研究者のものなんですが、「食糧と人類」というものです。
その本によると2007年に世界人口のうちの過半数が都市生活者となったそうです。
わずか50年あまり前の20世紀中期にはそれが30%ほどだったのが大きな伸びです。
これは食料生産の効率化により生産者の必要数が減り続けているせいなのですが、そこから解放され都市に向かった人々は工業や商業、それからその他の産業に従事します。
スポーツや芸能といったまったく生産とは離れた人々も数多く存在できるのが現代の社会でもあります。
学校での成績が芳しくない人々にとってスポーツで収入を得るというのは魅力的でしょう。しかしほとんどの人にとってそれは夢でしか無いということは歴然としています。
まあ、このような時代というのもエネルギー漬けの食料生産が可能である間だけの存在ですから、また元の木阿弥の世界になるのでしょうが、過ぎてしまえば不思議な世界としか見えないのが現在の状態かもしれません。

Re:塾とスポ少
雑草Z
>自然に触れる機会の方が絶対に大事ですし、バランスのとれた大人になると思います。

全くその通りだと思います。自然の摂理を体験的に体で覚える事は重要だと思います。

大学で体育会系の学生は「体制側」と言われてましたが、スポ少に入っている子供たちは、その予備軍に感じます。

ラテンアメリカの人々は過激な人が多く感じますが、政治に関しては彼等のように、もっと積極的に関心をもって、行動を起こして欲しいと思います。

でなしNo.146さん、早々のコメント、有難う御座います。

Re:食料生産者以外の人々
雑草Z
    爽風上々さん

滞りがちになった当ブログを見捨てずに、早速のコメント有難う御座います。

>2007年に世界人口のうちの過半数が都市生活者となったそうです。 わずか50年あまり前の20世紀中期にはそれが30%ほどだったのが大きな伸びです。

何か怖い事ですね。極端な話、都市生活者は必要ありませんからね。これから反転して都市生活者は減っていくでしょう。

>このような時代というのもエネルギー漬けの食料生産が可能である間だけの存在ですから、また元の木阿弥の世界になるのでしょうが、過ぎてしまえば不思議な世界としか見えないのが現在の状態かもしれません。

仰る通りです。昨年末にアップした
【会津は物理的に独立国になり得るか?】
にも描いたように、あまり広くない自治体ごとに自給自足出来る事が、必要な時代になるでしょうね。食糧が持っている使用可能なエネルギー以上に輸送エネルギーを投入する事は馬鹿げています。



記事趣旨に戻ってスポ少
爽風上々
前のコメントはちょっと記事の趣旨から飛びましたが、スポ少ということに戻ると、身体を鍛えたいとか、礼儀を身につけたいとかいった希望を持つ親も多いかと思います。
これは競技の種類により差はあるでしょう。野球やサッカーなどプロが盛んな競技ではプロへの希望を持つ子供も多いでしょうが、その他のスポーツはそこまで期待できないということもあるかもしれません。(それでもどんな競技でもトッププレイヤーはプロではなくてもある程度生活できるでしょう)

そんな環境ですのでそれらの団体には数々の問題点があるようです。もっとも自由に子供を遊ばせられる環境でもありませんので、それよりはスポ少に入れておいたほうがまだましということかもしれません。

まあ、現在のようなエネルギーバブル文明という時代のあだ花のようなものなのでしょう。その子どもたちの将来が食物を確保するだけで精一杯となれば、子供時代のスポーツの思い出は夢の様な記憶になるのかもしれません。

Re:記事趣旨に戻ってスポ少
雑草Z
    爽風上々さん

更に記事の趣旨に沿ってのコメント有難う御座います。

>身体を鍛えたいとか、礼儀を身につけたいとかいった希望を持つ親も多いかと思います。

確かにそんな親は多いですね。喘息を直す為に水泳を始めさせたと言う親を複数知っています。


>それらの団体には数々の問題点があるようです。

スポ少の嫌らしい面はネットの話題にもなっていましたし、私も今回の記事でスポ少を批判しましたが、私のスポーツ好きな友人はスポ少に子供たちを入れ保護者会長なんかもしてかなり入れ込んでいましたが、子供たちが成人してスポ少を離れた後も保護者の付き合いは続いていて今日も先輩の還暦の祝いに行ってます。PTAの付き合いのように、子供が卒業しても一生付き合っていくスポ少の保護者も沢山いるようです(笑)それはそれでいいもんですね。

>もっとも自由に子供を遊ばせられる環境でもありませんので、それよりはスポ少に入れておいたほうがまだましということかもしれません。

確かに、昔のように子供を安心して自由に遊ばせられる環境は減って来ましたね。その方が問題かも知れません。
スポ少批判をしてきた私ですが、爽風上々さんのコメントに答えているうちに、風向きが変わって来ました。

>現在のようなエネルギーバブル文明という時代のあだ花のようなものなのでしょう。

が結論ですね。その通りだと思います。

またちょっと脱線
爽風上々
また少し論旨が離れますが、
もう人生もあとわずかな私などはどこまで世界の変化を見られるか分かりませんが、今産まれたばかりの子供が幸運にも成長し老人に達することがあるとすると、彼らは自分たちの子供の頃の世界というものをどのように思い出すかということを想像したことがあります。
(このテーマでSF小説が書けないかと思ったこともありますが、文才が乏しく無理でした)

暗い電球が一つだけ点った部屋で貧しい食事をしながら、「おじいちゃんの小さな頃はスポーツというものがあって、ボールを投げたり走ったりしたものだ」と話すと、孫達は「またおじいちゃんの昔話が始まった。そんな無駄なことできるわけないじゃない」とか言って相手にしないでしょう。
「おじいちゃんの小さな頃には夜に電球を何万個も点けて昼間のように明るくしたものだ」などは孫もまったく馬鹿にしきった反応をするかもしれません。

今生まれる子どもたちがそのような老人になるまで約70年、無事にその日を迎えられるかどうかかなり怪しいものです。

Re:またちょっと脱線
雑草Z
>今産まれたばかりの子供が幸運にも成長し老人に達することがあるとすると、

非常に重い言葉です。成長の限界による文明崩壊の時期に関して、爽風上々さんは私ほど、早急とは考えていないと思っておりましたが、そうではなかったようですね。今の子供の世代に崩壊が始まる可能性が高いと考えていらっしゃいますね。縮小社会への以降の切迫性を再認識致しました。

>今生まれる子どもたちがそのような老人になるまで約70年、無事にその日を迎えられるかどうかかなり怪しいものです。

私も同様に予測しております。


私はここのところフィクションの小説に興味関心が湧かず、読もうと思っても途中で止めていましたが、3年ほど前に石川英輔氏の『2050年は江戸時代』を久々に面白く読めました。内容が経済成長主義からの脱却とスローランディングの成功例の提示だったからです。多くの人から「暗い未来像で若者に悪影響だ」と批判されたようですが、私はこれでもかなり理想的なランディングで、この程度のスローランディングは無理で、もっともっとハードなランディングになるであろうと考えています。

>暗い電球が一つだけ点った部屋で貧しい食事をしながら、「おじいちゃんの小さな頃はスポーツというものがあって、ボールを投げたり走ったりしたものだ」と話すと、孫達は「またおじいちゃんの昔話が始まった。そんな無駄なことできるわけないじゃない」とか言って相手にしないでしょう。
>「おじいちゃんの小さな頃には夜に電球を何万個も点けて昼間のように明るくしたものだ」などは孫もまったく馬鹿にしきった反応をするかもしれません。

興味深く読ませて戴きました。「読ませどころ」のある文章になりそうですね。最高に上手くスローランディングしてもこんな感じでしょうか?

>このテーマでSF小説が書けないかと思ったこともありますが、

今の時代に最も必要な未来予測SF小説だと思います。
是非とも書いて世に出して欲しいと願います。書くべきだと思います。期待が高まります。私も文章に自信はありませんが、同じテーマで書いてみたいところです。

文才の欠如
爽風上々
50年後の世界というSF小説は場面や登場人物まで考え、幾つかのエピソードも浮かんできたのですが、読ませる文章を書くという文才は持ちあわせておらず、諦めました。
このアイディアは差し上げますのでどうか立派な文章にしてやってください。

ちなみに、幾つかのエピソードのうちには、「小川を利用する小規模水力発電で部落の各家庭にわずかずつの電力を供給するが、渇水期には停電が相次ぎ、管理担当者の主人公が苦境にたつ」とか、「村一番の大金持ちが金にあかせて最後の自動車を乗り回し、子供がはねられる」とか、「真っ暗な家の中での夕食で爺さんが昔話で神戸などのイルミネーションの話をするが孫も子供も相手にしない」といったものを考えていました。

しかし、細かい人間関係などを会話でリアリズムの色付けをするというのが私の最も苦手とするところで、何とも残念です。

Re:文才の欠如
雑草Z
随分具体的な場面や登場人物、エピソードまで考えていらっしゃったのですね。
 ブログの記事も量産されている爽風上々さんですので、文章はすらすら書けますね。(このブログの更新を見て頂ければ分かる通り、当方は愚図です。)

>細かい人間関係などを会話でリアリズムの色付けをするというのが私の最も苦手とするところ

なるほど、それは大変な作業かも知れません。それなら、爺さんなり孫なり、一人の人間を主人公としてその人の目を通した「主観」で書くのはどうでしょうか?若しくは、あんまり「小説然」として書かなければいいかも知れません。


今の時代に非常に必要な未来予測SF小説だと確信致しました。是非とも世に出したいですね。

>このアイディアは差し上げますのでどうか立派な文章にしてやってください。

有難う御座います。愚図な私ではいつになるか、完成出来るやも分かりませんが、・・・それ以前に手を付けられるかも分かりませんが・・考えてみようかと思います。「その気」が湧いてきました。爽風上々さんも是非再度御検討下さい。

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2015-10-03 00:02
現代社会は、日本をはじめ、世界中の多くの国がスポーツを偏重し過ぎていると感じています。
 スポーツニュースやスポーツ新聞等、エンターテインメント系の媒体でスポーツを取り上げるのならまだ分かりますが(それでも、そんな新聞、雑誌、番組が多過ぎます。)普通のニュースや一般の新聞にスポーツの事が大々的に・・・時にはトップニュースとして取り上げられる事に異様さを感じるのは私だけでしょうか?
大リーグで本塁打を何本打ったとか、テニスの世界大会で優勝したとか、サッカーのワールドカップでどうたらこうたら、そんなことが国を挙げて騒ぐ事でしょうか?・・・これらのニュースが安保法案や原発再稼働、福祉や火山爆発のニュース等と並行して、ときには同格以上に取り上げる様は、異様としか思えません。

スポーツの社会での位置は、
個人がする分には、ゲームの一種、そして体力をつける為の運動 
観戦する分には、それこそエンターテインメントの一つでしょう。広義で芸能などと同じと考えます。芸能以上に特別気高いものだ・・・なんて言えないだろうし、そんなこと言ったら音楽家や演劇界等芸能人に失礼でしょう。
スポーツは、世界大会だろうがオリンピックだろうが、個人競技に限らず、団体競技でも、国家の威信を賭けて戦うものではないでしょう。・・・ごく一部、そのように認識している人もいまだにいるやも知れませんが、現代は原則、個人(チーム)同士の競い合いとのコンセンサスはある筈です。国際試合を行う事によって、戦争の代理行為として、(闘牛のように)戦争による人の殺し合いが防げるのならば、大きな意味があるでしょうが、そんな機能がスポーツにあるとは言えません。逆にサポーター同士の暴力行為はよく耳にするところです。世界一好戦的な国家アメリカで世界一(プロ)スポーツが流行っている事から、もしかしてスポーツ好きと好戦的な事には正の相関係があるかも知れませんが、負の相関関係があるとは言えないでしょう。(今のところ、相関関係はあんまりないと言うべきでしょう。)


あるサイトのコメントに、
「オリンピックと言ってもエンターテインメントの一つに過ぎない」
と書いたら、
「オリンピックがただのエンターテイメントだって?ふざけてるんですか?暴論にもほどがある 一流のアスリートがどれだけ真剣にスポーツに取り組んでいるのかわかっているんですか?」
と言う反論のコメントを頂いた事があります。それに対して私は、
「オリンピックがエンターテインメントでないとしたら、何なのでしょう?こんなものに巨額の税金を投入すべきではありません。社会福祉やセイフティネット、環境保全に税金を投入すべきです。」
と反論し、更に
>どれだけ真剣にスポーツに取り組んでいるのかわかっているんですか?
に対しては
「この論点には笑うしかありません。真剣に取り組めば湯水の如く税金を投入するのが許されるとでも思っているのでしょうか?音楽の演奏家も真剣だし、プロの画家も真剣です。一般の企業の経営者も従業員の多くも真剣です。更に言えば泥棒も詐欺師も真剣ならばいいのでしょうか?」
と返した事があります。それに対する再反論はありませんでした。
私はそこに記したようにスポーツは大きく括れば芸能と同じエンターテインメントや趣味の領域であると考えていますし、それを越えさせてはいけないと考えています。しかし、現代社会でのスポーツのポジションは、既にそれ以上のモンスターに祭り上げられています。スポーツは、他のエンターテインメントとは一線を画した気高く神聖なものだ・・・等と考えている輩も結構いるのかも知れません。

スポーツを趣味でやる分には真剣でも構いませんし、自分達でお金を出してやる分にも構わないと思っています。個人的に大きな価値観を持つ分にも否定する必要はないでしょう。競技によってはプロの選手が存在して、それでお金を稼いでもいいでしょう。
しかし、オリンピックのようなスポーツ行事に税金を湯水の如く投入して、施設を新築したり建て替えたり、補助金を出したりするのには反対です。何故にスター選手の為に税金を投入する必要があるのでしょう?国家が音頭を取って、オリンピックを誘致したり、スポーツを振興する必要は無いでしょう。そして趣味の領域を越えて、一般のニュースに、大々的に取り上げることにも反対です。

その意味で、東京オリンピック開催の[成功決議案]に反対した国会議員がたった一人だけだった事には呆れますし、そのたった一人の山本太郎議員の私の中での評価はますます高くなりました。


私も少年時代から20代くらいまでは、好きなスポーツもいくつかあって、テレビ観戦くらいはしていました。しかし最近の異常なまでのスポーツ偏向報道に対しては嫌気がさしています。ここ暫くはTV等でもスポーツ観戦をしなくなりました。

陰謀論の一つに3S政策と言うのがあります。大衆の関心を政治に向けさせなくするような愚民化政策として、Screen(・・現在はTVやNetでしょう。) , Sport , Sex に大衆の目を向けさせると言う政策です。敗戦後の日本の占領政策としてアメリカが行なったとも言われていますし、現在、世界の各国で行われているとも言われています。それが実際に政府を通して行われている陰謀なのか、商業ベースで社会のニーズで行われているだけなのかは定かではありませんが、日本での安保法案や特定機密保護法案、原発再稼働の問題に平行して、(優先して、)マスコミは(かなり意図的に)スポーツニュースを大々的に流しているイメージがあります。政府の指示か、経団連の支持か、愚民策の匂いがぷんぷんします。それが陰謀では無く、単に国民の需要、興味関心と言ってしまうのならば、それこそマスコミのジャーナリズムはコマーシャリズムに押しつぶされてしまったと言えましょう。そして、国民もスポーツ中毒になっていると言えましょう。確かに現在のスポーツブームはマスコミの過剰露出による宣伝効果に負うところが大きいでしょう。
現代の、スポーツが偉大だと言う価値観のプロパガンダには辟易です。

スポーツに対する個人的思い入れはいくらあっても個人の自由ですが、
スポーツの社会的位置は、先に述べたように、ゲーム、体力をつける為の運動、そしてエンターテインメントくらいであり、社会的にはそれ以上の過大な意味はありませんし、持たせるべきでもないと考えます。

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【2015/10/03 00:02】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

スポーツの役割
東京珈琲
愚民化で相違無いと思います。
まず日本においてスポーツ系の部活は、上下関係を徹底して学ばせ社会に出てから上司の言いなりになるような人間を育てる良い場です。反骨精神のある人は潰されます。
会社に就職してからは、ストレスを会社に持ち込まれると厄介なのでスポーツで発散させるのでしょう。また、スポーツに集中させる事により政治への関心も低下します。
それと人間には多かれ少なかれ暴力性がありますからそれの昇華としてスポーツがあると思われます。なのでスポーツがあることにより犯罪を少なくしているかもしれません。
その他はおっしゃる様にエンターテイメントと健康の為、金儲けでしょう。
スポーツ関係のニュースや新聞は見ていて辟易するのは同感です。
スポーツはもっと生産性のある事で競技すれば良いのではないでしょうか。植樹競争とか稲刈り競争とか。
膨大な金を使ったり自然を破壊してまでやる事ではないでしょう。
オリンピックで被災者に勇気と希望をと言いますが、選手がメダルを取ったら被災者の家が建つ訳でも亡くなった家族が帰って来る訳でもありませんし、放射能が消える訳でもありません。むしろオリンピックが近づくにつれ世は震災の事を忘れて行ってしまうのではないでしょうか。

スポーツ偏重
guyver1092
 おっしゃる通り、愚民化政策でしょうね。3S政策も以前何かで読んだことがあります。近年芸能人で国民的〇〇と言うほどの人気を誇る者が出ないので、ナショナリズムと結び付きやすい、国際的試合のあるスポーツ選手を芸能人の代わりにしようとしている気がしますね。
 ちなみに私は、自分でするスポーツ以外は興味がなく、テレビでスポーツ観戦をした記憶がありません。

Re:スポーツの役割
雑草Z
    東京珈琲さん

 賛同のコメント有難う御座います。

>日本においてスポーツ系の部活は、上下関係を徹底して学ばせ社会に出てから上司の言いなりになるような人間を育てる良い場です。

そうですね。体育会系の人間は、「企業戦士」向きかも知れませんね。多くの企業が頭も筋肉な体育会系の人間を採用して、企業が不正を働いてもチーム(企業)の為に貢献する人材を求めるのでしょう。

>スポーツに集中させる事により政治への関心も低下します。

これが本文でも取り上げた愚民化政策の目的ですね。大きな社会問題と並列してスポーツのニュースを流すのは異様ですが、そう感じない洗脳された人々も多くなったのでしょう。

>昇華としてスポーツ

も否定出来ませんね。でも、もっと有意義な昇華の方法も沢山あるでしょう。デモに参加する人のほうが、スポーツで消化する人よりもまともだと考えます。

>スポーツはもっと生産性のある事で競技すれば良いのではないでしょうか。植樹競争とか稲刈り競争とか。

そうですね。大賛成です。

>オリンピックで被災者に勇気と希望

こう言って庶民を躍らせて、利権を貪る輩がいるのです。

>オリンピックが近づくにつれ世は震災の事を忘れて行ってしまうのではないでしょうか。

それも彼等の目的の一つでしょう。

Re:スポーツの役割
雑草Z
>ナショナリズムと結び付きやすい、国際的試合のあるスポーツ選手を芸能人の代わりにしようとしている気がしますね

なるほど、その御推測は当たってそうですね。
 それとは別に、現代の政治家や財界人達も3S政策で育ってきた人々ですので、スポーツ好きが多いように感じます。自分の趣味を政治に持ち込んでいるような感じもします。

>自分でするスポーツ以外は興味がなく、テレビでスポーツ観戦をした記憶がありません。

それはいいですね。とても好ましく感じますが、そう言う人は日本ではかなりな少数派かも知れませんね。
そう言えば、以前イギリス人で、「どんなスポーツでも競技のスポーツは嫌いだ!」と私に言った方がいて、西洋人にはこのように毒されていない方も多いのかな・・?と、新鮮に感じた記憶があります。

スポーツ談義には混ざりたくありません。

まったく同感です 
m yoko
まったく同感です。至極まともなご意見で安心しました。
私も昨今のスポーツ偏重や現代社会の幼稚化には辟易してます。世界的傾向とは思いますが、日本は極端な気がしますね。
3S政策は否定できませんし、オリンピックで被災者に勇気と希望云々なんて、すり替えもいいとこですよね。
スポーツ番組をドラマ仕立て、美談仕立て、お涙頂戴に仕立て上げてる国なんて日本ぐらいのものでしょう。
日本人は物事をあまり深く考えない、お人よしが多いですからね、馬鹿にされてることに気付かないといけないのですけどね~ 
これからリオ五輪や夏の高校野球でマスコミは連日連夜のお祭り報道、大衆は熱狂。大事な問題は目隠しされ、いつのまにか葬り去られることでしょう。
あらゆる世界のリーダー、マスコミ、大衆等が文武両道の真の意味を理解して欲しいものだと思います。





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2008-11-29 00:12
 昔、高校生くらいの頃でしょうか?学校の保健の教科書か体育の本に、器具を使わないトレーニングの方法が書いてあるのを読みました。柔軟や腹筋、腕立て伏せやスクワットなどは器具を使わないのが普通ですが、例えばエキスパンダー等を使わずに、両手を結んで引っ張ったり、逆に手のひらを合わせて押す・・・・ほとんど動きがなくて、静止状態でも筋力がつく・・・と言う筋肉トレーニングの方法のイラストが描かれていました。・・・目から鱗・・と言えば大げさかもしれませんが、作用反作用の法則・・・などと物理法則を持ち出さなくとも当然の事に・・・なるほど!と気付きました。

 同じ筋肉をつけるのに、器具を必要とするほうが代金もかかるし面倒です。器具を使わないほうが色々な意味で優れた方法と言えるでしょう。・・・器具を使った方が怪我だって多いでしょう。それ以来トレーニングマシーンってお馬鹿な器具だと思っています。・・・もっとも、定量的にどの位の重さを持ち上げられるのか?とか、どの位の筋力があるのか?とか測定しながら出来る良さもあり、私も、学生時代などは、学校の体育館の隅などに置いてあるトレーニング器具は使いましたけどね・・・流石にお金を出して、遠くまで通ってスポーツジムに通う積もりは毛頭ありませんでした。

 そう、スポーツジムに通ってトレーニングする事って、非常に滑稽に感じます。
 ・・その中でも最高に滑稽なのは自転車型のマシーンです。あれを漕ぐのは本当にお馬鹿な光景だと思います。本物の自転車を漕ぐほうが、爽快です。周りの景色も楽しめますし風も感じられます。同時に外の四季の移ろいもわかります。・・・それに比べ、自転車型のマシーンは籠の中の鉄の輪の中で走り続けるハムスターのように滑稽です。・・・まあ、籠に閉じ込められたハムスターには、あれがいい運動であり、ストレス解消であり、遊び心もあるんでしょうが、それはあくまで檻に閉じ込められて不自由だからでしょう。自由に大地を走り回っていたのなら好んであんな事はしないでしょう。
 それなのに人間は、車に乗ってスポーツジムにやってきて、前に進まない自転車を必死で漕いでいるのですから滑稽です。こんなお馬鹿な行為を、先進国の文明人の贅沢と言うのでしょうか?
 ああ!もっと他にも酷い運動機具がありました。ウォーキングマシーンです。電動でベルトが動き、その上を歩く・・・散歩のほうがよっぽどいいですね。・・・体の筋肉を鍛える為の負荷を電動で掛ける・・・本当にお馬鹿です。人間がエネルギーを消費するだけでは収まらず、他のエネルギーまで投入するって何なのでしょう??、
 ちょっとネットで調べてみたら、最近の筋トレ用具って電動の物が多いですね。スポーツジムの筋肉トレーニングって一事が万事この手のものでしょう。電動にして、大袈裟にして高く売りつけているだけだと思うのですが・・・。

 電動よりは、非電動。器具を使うよりは使わないで体だけでやるのが優れた方法でしょう。
 ・・・すべての筋肉は、器具なんて使わなくてもお手軽に鍛えられるものでしょう。
  まあ、リハビリには、器具を使ったほうが効果的な場合もあるかも知れませんが、筋トレに道具は必要ないでしょう。


 しかしもっと根本的に考えると、本来筋肉を鍛える為にトレーニングする・・・と言う発想がおかしいのではないでしょうか?現代人の愚かな洗脳の一つでしょう。
農作業なり、遠出で歩いたり、作業をしたり、そのために必要な筋肉が発達していく・・・と言うのが本来の姿でしょう。

 必要のない機材を購入して、必要のない筋肉まで鍛える・・・って現代社会の愚かさの象徴に感じます。
 もともとお金も他の物も使わないで出来る事にお金と時間をかけて、素晴らしいサービスを受けた・・・と勘違いする事・・・・その為に時間と精神と体をも削ってお金を稼ぐ・・・お馬鹿な行為だと思うんですがね。
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【2008/11/29 00:12】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

カゴの中のハムスターですね(^^
BEM
ベルト式のウォーキングマシンで思い出すのが(笑)
それからスポーツジムって古代ローマ(?)の船底で人力で櫓を漕いだり、沢山の奴隷がなんだか回しているのを思い出します。

私も招待券を貰って立派なジムや、利用料が安い区の体育館のトレーニングマシンを使った事がありますが、飽きてしまうんですね、あれは。やっぱり一歩一歩変わる外の風景の方が楽しくて、気持ちがいいです。

先日子どもの自転車の人力発電の製作を手伝いましたが、スポーツジムのマシンも全て発電器に繋げて、ムダな汗を流さないで発電すれば良いのにと常々思っています。


nao
あの退社後にスポーツジムに通い休日にゴルフをする人の神経がまったくわかりません。普段からよほど楽して金儲けをしているとしか考えられない。僕が以前働いていたスタンドの社長はものすごく楽して金儲けをしてました。何しろゴルフの為だけにニュージーランドに行くのですから。観光もせずに。

人力を有効に使いましょう!!
雑草Z
    BEMさん

 いつも的確なコメント有難う御座います。

>スポーツジムって古代ローマ(?)の船底で人力で櫓を漕いだり、沢山の奴隷がなんだか回しているのを思い出します。

 ああ、その感じありますね!!・・・筋トレの奴隷ってとこでしょうか?・・古代ローマの奴隷たちも、自分はエネルギーを供給しながらトレーニングしてるんだ!って思えたら良かったのでしょうか・・・ブラックジョークに近いでしょうか?


>利用料が安い公共の体育館のトレーニングマシン

って田舎ではいつもがら空きのイメージがあります。何故か多くの人はお金を沢山出して、民間のジムに行きたがるようですね。


>スポーツジムのマシンも全て発電器

そうですね。ローマの奴隷のように役に立てるべきですね。・・この事は以前ずっと考えていましたが、発電能率や蓄電技術が問題のようです。現在の家庭の電力を賄うのは無理みたいですが、(無駄も多いからですが・・)ラジオを聞いたり電燈を点けたりは可能ですね。人力発電にはロマンがありますけどね。

・・やっぱり非常に有効な省エネは、自転車マシーンを漕いだりベルトの上を歩くのではなく、自動車を使う代わりに、自転車や徒歩で移動する事でしょう。

楽して金を儲けて、スポーツ・・・
雑草Z
    naoさん

 退社後にスポーツジムに通うなら、徒歩や自転車通勤するべきですね。一石二鳥じゃないですか!!いや、一石三鳥かな??・・通勤できる、体力はつく、お金はかからない・・・

 記事に書いたように、時間と体力と精神を消耗してお金を稼いでスポーツジムに行く連中よりも、楽して・・と言うより、搾取してお金を儲け、スポーツやる連中のほうが酷いですね。特にゴルフをやってる連中はどうしようもないですね。こんな自然破壊をステータスシンボルとさえ思っているのだから、愚かです。世の中から一掃すべきですね。

 


Anthony
以前、スポーツ・ジムの取材の仕事をしましたが、車で来る人がとても多くてビックリしました。

で、館内の廊下がランニング・コースになってまして、そこをぐるぐると走り続ける人々・・・


はぁ~~?


そんなんなら、車を使わずに道路でジョギングしてれば、いいのに=と思いました。


お金を払って、走る!

なんだ?そりゃ??


P

そう言われれば、
雑草Z
     Anthony さん

 私も以前(20年ほど前)会員である同僚と一緒に車で民間のスポーツ・ジムにビジターとして行った事があります。そこも施設の周りの館内のギャラリーがジョギング・コースだった記憶があります。まあ、ベルトの上を走るジョギングマシーンよりはましかも知れませんが、車でそこまで行って走るって本当にお馬鹿ですよね。民間のスポーツジムに行ったのはそれが最初で最後だったと思います。
 まあ、税金を使って作って、殆ど誰も使わない市町村のトレーニング・センターよりはましだと思いますが。

 


mao
スポーツジムのことを考えると、ついつい怒りがこみ上げます。
スポーツジムは本当に多くの矛盾を抱えていますよね。

生きるエネルギーを得るために食べた物を無駄な
エネルギーに変えている矛盾。

外は空気が汚い、危ないからと言ってジムの自転車マシーンを
に乗るために、空気を汚し危険を生む車に乗って通う矛盾。

楽をしたくて環境を破壊しながらせっかく稼いだお金を、
しんどい思いをして価値を生まずにお金を減らす矛盾。

など。一体何がしたいのか?どうなりたいのか?

自然に逆らわず、人力を生かして仕事をすれば、
そもそもジムなんていらないのに…。

しかし、きっと多くのジム支持者は言うのでしょう。
楽しければいいんじゃないか?経済も潤うし。

この真っ向違う考え方をいつも不思議に思うのですが、
このブログに集う方々はなぜジムに反対という
発想が生まれるのでしょうか?
一般的に生活している中では、そもそもジムに疑問を
持つことは無い気がします。

小さい頃の親の教育に依るものでしょうか?
友達からの入れ知恵でしょうか?
前世からの何かでしょうか?
先祖代々の宗教的思想に基づくものでしょうか?

雑草様以外の方々にもコメントいただければ幸いです。

私は4つめの影響かなぁと思います。
最近コメントが無いですが、栽培生活のブログの主の方も、
宗教的思想が影響してか自然に倣った生き方をされているように思います。
(人口論では本ブログで議論があり、私は雑草様の
考え方支持派ですが(^^;))

スポーツジムは経済成長主義の象徴
雑草Z
    maoさん

 長尺のコメント有難う御座います。スポーツジムについて、maoさんは私と同じご意見をお持ちのようで嬉しく思います。
こんなむちゃくちゃな商売を考えたのはアメリカ人あたりでしょうか。


>自然に逆らわず、人力を生かして仕事をすれば、 そもそもジムなんていらないのに…。

と言う考え方こそこのブログの主張でもあります。

>一般的に生活している中では、そもそもジムに疑問を持つことは無い

理由は、そんな事に慣れてしまった社会に生まれたからでしょう。・・はじめに出来た頃は、無駄だと思った人が多かったのではないでしょうか?

maoさんは4つの影響を書かれましたが、それぞれ多少ともそんな影響もあるでしょうが、私は、プロパガンダによる洗脳が最大の要因かと思います。
 こう言う立派な設備のもとでやれば、能率がよく、気持ちよく筋肉がつく、ステータスシンボルになるいい趣味である、・・・・などのプロパガンダに踊らされているだけでしょう。現在の経済成長路線の末期症状現象とも言えるかも知りませんね。
 しっかり理性で考えれば下らないという事に気付くでしょう・・・

議論の活性化の一助になれば。。。
でなしNo.146
すみません。
まずコメントへのコメントです。

>maoさま
私は他人の入れ知恵ですね^^

ちょっとしたきっかけと、まともな神経をしていたら、「何かおかしくね?」と気づくと思います。

他にも、投資の雑学、お金の生まれてくる仕組み、マーケティングなどを勉強すれば、世の中の流れや隠している事がわかります。


>雑草さま
>こんなむちゃくちゃな商売を考えたのはアメリカ人あたりでしょうか。

たしかに、ジムと言うのは実に資本主義的な考え方ですよね。

一日中デスクワークをして、お腹が出るから、ジムで筋トレ。

働くことに時間を使うために、短時間で効果的な運動をして脂肪を燃焼させ体型維持を図る。

効率を追い求めて、時間とお金が多く得られる方を選択…と、

まさに、
>経済成長路線の末期症状現象
だと、私も思います。


まぁ、確かに、デスクワーク系の仕事をしていてジムに行く人の給料は、ジムに行かずに力仕事をする人の給料に比べて、多くもらっているケースがほとんどですから、資本主義にどっぷり浸かっていたら矛盾なんて感じない人が多いかもしれません。
(むしろ、何と何が矛盾しているのかさえわからない?…慣れや洗脳はホント怖い。)


ただ、個人的には、この辺の「働くことがすべてに優先する」的な価値観の崩壊がこれから起きてくる(てか、もう起きてる)と思うので、ジムは数十年後にはお伽話になっていると予想します。

バブル全盛のディスコのように…


mao
コメントありがとうございます。
雑草様もでなし様も、理性で考える力と、
ちょっとしたきっかけがあれば、
雑草様のブログに書かれていることに
気づけるとのご見解ですね。

う~ん、だったら世の中もう少し持続可能な方向へ
変わっていても良いと思うんですが…。
相変わらず、少子化対策、不況対策としての資金注入、
原油高騰対策等、ほとんどの人が必要だと思っていることに
なんとなく絶望感を感じたりする今日このごろ。
このブログが救いだったりする私って一体…(^^;

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2008-07-01 00:12
 数週間前の6月の土曜日、自転車で、隣町の柳津虚空蔵尊まで行ってみた。国道はあまり通りたくなかったので、途中裏道を聞いてみたら、山道で自転車では走れないけど、森林公園を通っても行けると聞いたので、遠回りだけれど行ってみた。
 車が全く通らないが鋪装された立派な道路を自転車で登って行くと、山を切り開いて作ったと思われる立派な・・と言うよりも大げさな森林公園に着いた。公園内はメインの道が鋪装されて、車が十分にすれ違える広さだ。森林もかなり切り開かれ、芝生が敷かれ、フィールド・アスレチックが設置されていて、幅1~2mのサイクリング・ロードも作られている。一台も使われていない貸し自転車が自転車置き場で錆び付いていた。もともとあったであろう小川も整備されて、川端がコンクリートで固められて人工的な感じがする。・・恐ろしいことに、魚をはじめ、大きめの生物がほとんど見当たらない。・・・アメンボウでさえ見つけられなかった。この公園には、夏も近い土曜の夕方だと言うのに、誰もいやしない。こぎれいな管理等もトイレも閉鎖されている。人っこ一人いないキャンプ場にがらんとしたバンガローがひっそりと並んでいる。

 そう言えば、最近、森林公園や森林公園のようなものがあちこちに沢山ある。私の住む会津地方だけではなく、日本中多くの市町村に森林公園の類いだらけだ。結構な都会の郊外にも良く見かける。この手の森林公園の共通点は、ほとんど利用されていない事。夏休み中に訪れても、ほとんど人の姿をみない。まして、満員であったことなどない。・・・この手の運動公園が利用される代わりに、お金のかかる遊園地のほうがよっぽど混んでいる。
 この手の自然公園は、自然に親しむ・・・と言う事を名目の目的でどんどん作られていったのだろうが、実際は、多くの道路などの公共工事と同様、作る事自体が目的であろう。そう、作る事のみが目的だから、作って税金で払ってしまえばあとはどうでもいい・・・管理出来ないから、放棄して放っておく。又は・・・特別な日・・・夏休みや冬を除く土日だけ営業・・・・
 あとは経済効果のいい、遊園地やレジャー施設に行ったほうが、産業界にも好都合・・・
 税金を湯水の如く使って、関係者にばら撒けば、あとは夕張市のように財政破綻してもいい訳だ。山の中にあって、利用者も少ないので、告発もされにくい・・・本当に考えているなら、各地の失敗例を見て慎重にするべきなのだろうが、作ること自体が目的なので、失敗例を横目で見ながらどんどん作っていったのだろう。

 そう、森林公園は、人々に自然を親しんでもらう・・・という目的は名目上の建て前のお話で、作る側は、そんなことはどうでもいいのだ。本当の目的は、ダムや河川の工事、側溝の三面張り同様、作ること自体が目的なのである。税金の無駄遣いである。

 森林はいじらずにそのままにしておけばいいものを、天然林を伐採して、芝生なんぞ植えて、天然林の光合成の能力を著しく減らして、生態系を破壊している現在の森林公園は作るべきではなかった・・・。 
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【2008/07/01 00:12】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

金を発見!
団塊おやじの遺言
本当に夢は無くなって来ましたね 誰かのエゴで 自然にこの様な施設を造り ここが歩く場所とか ここが休憩する処と勝手に 決めつけ その様に 生きなさいと!この様な施設は街中には在っても良いかもしれないが・・しかし自然の豊かな場所では 自分の子供時代、山で葡萄やこくわ等を探し擦り傷も当たり前 川では金を見っけ!とこれで大金もちだと家に帰ると 親は笑っていた 黄銅鉱・・
樹の葡萄のつるにぶら下がり 川で魚とり 今の子供達は経験するのだろうか・・

本当の自然の中での体験
雑草Z
    団塊おやじの遺言さま

 そうですね。自然公園に夢も冒険もありません。

>ここが歩く場所とか ここが休憩する処と勝手に 決めつけ

 まさにその通り・・そして、歩く場所はコンクリやアスファルトで固め、休む場所には建物、バンガロー、ベンチ・・・それが自然散策でしょうか?そのために天然林を破壊して・・馬鹿です。

>山で葡萄やこくわ等を探し擦り傷も当たり前

 それが子供にとっては、たまらなくいいんですよね。今は桑や木イチゴもチェインソーで切ってしまうし、残っていても食べる人が少ないですね・・・私は見つけるとすぐに食べますが・・・
 こういう楽しみが日本全国、世界中でなくなっているのでしょうか。・・淋しい話ですし、生態系にとっても致命的でしょう。人間は経済に頭を冒されて愚かになってしまったのでしょう。

団塊おやじの遺言さまも、この種の経験を子供たちに伝えて、愚かな大人にならないようにご指導されているのでしょうね。 

不良中学生対 団塊おやじ
団塊おやじの遺言
今日はうちの裏にいた子供達 公園でたむろしていた10人くらいの子供達ボールを公衆便所に投げつけていた 壁は壊れ この間はトイレの紙に火を付けた様だ・・私は怒り 注意した 以外に素直に聞き入れた またその集団に夕方に出会う 今度はおじさんの葡萄やイチゴを食べにおいでと言ってやった 子供達は いつ 食べれますかと 凄く丁寧な言葉で 先に書いた様な事をする様な子供達では無い様な・・
何か お友達になれたのかなと 凄く気分が良くなった 注意して 良かった! 子供は 本当は良い子なのだ
それを 見ない振りをする 私達こそ おかしい・・


近所のうるさいおじさん
雑草Z
    団塊おやじの遺言さま

 一昔前まではどこの町内にもいた、よその子供でも悪い事をすれば叱る、おじさん、おばさんって大切ですね。
 そういう存在が減って来たから、道理のわからぬ屁理屈を言う変な子供が増えてきたのではないでしょうか?
それが、モラルハザードにも繋がりますね。
 いつまでも、近所のちょっとうるさいおじさんでいて下さいね。
 私も同じような注意はするように心掛けています。
 ただ、今回の中学生達のように素直じゃなくて、それが通じない子供も増えてきたのでご注意下さいね。
 記事の主題とは違ってますが、この手のお話、好きです。
 

いつも 有難う
団塊おやじの遺言
つい嬉しくて晩酌がすすみ 投稿してしまいました
今後は晩酌をしない時に投稿する様に 宣言したいのですが
今ちょつと もう飲んでしまいました 済みません
人は絆 あなたの主張や観点は素晴らしく私の人生の楽しみ
つい帰って来てシャワーの後の晩酌をしながら見るのが楽しみです どこにでも居る 親爺と思い お諦めください
でも 人畜無害ですので お付き合い宜しくお願いします
私もこの年で現場に行き 弟子を指導しながら 仕事をしています 体や仕事の事では 誰にも負けません 若いもんに任せちゃ おけねえ~と! 

この手の投稿も歓迎です
雑草Z
     団塊おやじの遺言さま

 いつも投稿有難う御座います。晩酌をされながらの投稿も禁止しておりません(笑)。寧ろ歓迎です。

>今後は晩酌をしない時に投稿する様に 宣言したいのですが

 そんな宣言されなくていいですよ。こちらも読んでほのぼのするコメントでした。万が一酷いコメントだったらその旨お伝えしたりするまでですからどうぞご遠慮せずに・・。

>現場に行き 弟子を指導しながら 仕事

いいですね。そういう職人気質の慣習は、古き良き日本の伝統でしょうか。

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2007-09-19 00:01
オリンピックはいつまで続くのでしょう?未だにオリンピックの激しい誘致合戦が行われているようですが、そんな事がいつまで続くのでしょう?望むと望まざるとに拘らず、そのうち・・近い将来・・そんな事をやっていられなくなるでしょう・・・・

 次の、来年のオリンピックは中国の北京で行われるようですが、現在、アメリカを抜いて世界最悪の環境破壊大国になろうとしている中国が、経済発展とその象徴のようなオリンピック等に躍起にならずに、少しは環境問題に本気で取り組んで欲しいものです。

 中国の多くの都市部の住人が、大気汚染から身を守るためにハンカチや手ぬぐいのようなもので鼻と口を覆って歩いている映像をよく目にします。北京の大気汚染が酷いので、イギリスの水泳選手団は、試合ぎりぎりまで北京入りをしないとか言うニュースもやってました。
 北京周辺では、オリンピックのために地上げ屋が横行して、住居を強制立ち退きさせたり、市民が寝ている住宅を夜間にブルドーザーで破壊したり・・・酷いものです。日本のバブル時代の地上げ屋よりずっと酷いようです。
・・格差社会も日本より酷そうです。・・日本はアメリカに次いで世界で2番目に格差が酷いと言われていますが、それはデータの取り方で、中国は、ほんの一握りの大金持ちと、日本よりずっと貧しい沢山の貧乏人がいます。・・その一握りの大金持ちの多くは、政治家とつるんだ、違法行為やそれに近いことをやっている連中です。

・・・・まあ、こんな最近のステレオタイプの情報ばかりで語るような酷さばかりが中国ではないでしょうが、それでもオリンピックなどをやっている場合ではありません。日本以上に格差是正とか、農業問題とか、福祉の問題とか人権問題とか政治家のモラルとか・・・問題が山積みです。そして、何よりも酷い環境問題に最優先で取り組むべきでしょう。


 オリンピック用の競技場をつくったり道路などの整備をやってる場合ではありません。
・・・・でも、それでも現在進行中の世界最大のダムやそれよりさらに巨額の金額がかかると言われている2つの開発計画と比べれば大した事はないのでしょう。(その愚かな3つの超巨大開発計画については後日書きます。)



 しかし、物は考えようです。中国でのオリンピックで世界の目が中国に注目している間に、中国の実態をもっと世界中に暴露すべきでしょう。オリンピックの中継はまあ、どうでもいいですから、マスコミは、競技場の外の中国の実態、特に暗部をしっかり映し出して欲しいと思います。

 中国のオリンピックと経済発展を見て来よう!とか言うツアーも流行りはじめたみたいですが、(旅行会社の画策?)その目的は改めるべきでしょう
・・・・中国の環境汚染、環境破壊の実態を体感してくる視察ツアー!
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2007/09/19 00:01】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

初めまして
ロッピー
環境問題について検索していましたら、『環境問題』を考えるのサイトがヒットしました。私はごくごく普通の主婦で、ほかの家庭の方と同じように、ごみの分別や地球温暖化、環境問題などについて考えていましたが、環境問題の常識をくつがえす本を読み、あまりにもショッキングなことが書いてあり「今まで真剣に環境についてやろうとしていたことは、何だったんだろう?」と、がっかりしました。

やはり、『環境問題』を考えるのサイトを見させていただいても、「そうだったのか・・・」と、落胆した思いで読ませていただきました。

情報がとびかう現在は、正しいことも間違っていることも早く、そして誇張して入ってくるので、何が正しいのか判断する時間さえもなく踊らされている気がします。

私は専門家ではないので、きちんとしたデータもなく、予測もできないので、こうしていろいろな方のご意見などを参考にするしかないのですが、今では頭が混乱し、一体どういう生活をしていればいいのかわからなくなりました。

同時に、周囲にもどんな風に説明すればいいのかもです。
小さな子供は、これからきっと「分別収集」から学ぶでしょう。でもそれが、誰かの策略だとしたら、親として教えることはできないです。

>二酸化炭素地球温暖化による地球環境の悪化という恐怖宣伝を行うことによって洗脳し、主に主婦層を二酸化炭素温暖化対策という新たな消費行動に誘導する極めて悪質な謀略放送である。
この文を見たときは思わず笑ってしまいました。まんまとひっかかった私がいるのですから(笑)

ただ一つ言えることは、ものは大事に使いなさいという小さいときに言われたことは守ってもいいのではないかなと思っています。

長々と失礼しました。

国境を越えて..
おかっぱ頭
 4年に1度のオリンピック、その間に冬期もあるわけですから、正確には2年に1度でしょうか。その何年も前から整備事業という名の工事が行われるのですから、オリンピックだけに限っても、ほぼ毎日のように休み無く自然が壊され続けているようなものですね。
 北京に水を、電気を、~を・・・で、酷い弱者切り捨て、環境破壊が進み、胸が痛みます。
 大気汚染に関して言えば、日本でもこの春あちこちで光化学スモッグ注意報が発令され、汚染物質が西風に乗って流れ込んだ越境汚染ですね。

 オリンピック誘致に躍起の知事もおられるようですが、その方が最近、地球温暖化の現状を自分の眼で、とツバルを視察訪問されたとか。
「温室効果ガス削減」「環境保護」・・・発せられる言葉からすごい矛盾を感じました。


nao
こんばんは。
アホな仕事のせいで疲れ切ってますのでとりあえずリンクだけ。http://blog.m.livedoor.jp/safe_food_of_asia/c.cgi?id=50010839
ご存じかも知れませんが。
あ、それと金持ちは、リッチーブラックモアです。くだらなくてスミマセン(笑)。
では又、改めて(笑)。

「ものは大事に使いなさい」と小さいときに言われた教え
雑草Z
  ロッピー さま はじめまして

”『環境問題』を考える”からのリンクで来られたのでしょうか?

>今では頭が混乱し、一体どういう生活をしていればいいのかわからなくなりました。

 とのことですが、

>専門家で、きちんとしたデータがある方々でも、

予測している事は、まちまちで、インチキな御用学者も沢山います。
それに比べ、いわゆる”未開”と呼ばれる先住民の人々、
アメリカインディアンやアイヌの方々は、持続可能な生き方の知恵を持っていました。
 日本人だって、大昔でなくとも第二次世界大戦前あたりまではそういう知恵を持っていた方は沢山いた筈です。
だから、そういう昔の人々の環境に関する教えのほうが、本質を突いているかも知れません。

* * * * * * * *
 
 ロッピーさんのおっしゃるように、
ものを大切に使うこと は基本でしょう。

 あとは、リサイクルさせるべきものは、生態系に循環する有機物(生物の体、排泄物等)で、地下資源は原則として使わないか節約する・・・など詳しくは、左側のカテゴリーの 【ゴミ・廃棄物】を見てくださいね。
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-category-13.html

 環境問題は、科学の側面も否定できませんが、おっしゃるようにこの分野でも似非科学が非常に多いので、先ずは感性で納得のいく部分からはじめていいのではないでしょうか?
 かく言う私もこのブログを始めた去年あたりは、政府機関等の発表を鵜呑みに受けてかいた部分もありました。

>情報がとびかう現在は、正しいことも間違っていることも早く、そして誇張して入ってくるので、何が正しいのか判断する時間さえもなく踊らされている気がします。

というしっかりされた認識をされる方ですから、先ずはご自分の感性で理があると感じた事を実行されていけば宜しいかと思います。

まあ、環境問題で何を信じていいかわからなかったら、
<雑草の言葉>を信じてくださいね。(笑) 

>二酸化炭素温暖化対策という新たな消費行動に誘導する極めて悪質な謀略

は、その通りですね。映画 ”不都合な真実”のアル・ゴアも、
「環境にいい製品に買い換えるべき」
などと言っているから信頼を置けません。 ロッピーさんのおっしゃるように、買い替えより、我慢して買わないこと、同じものを大切に使うことが基本ですよね!?

「二酸化炭素温暖化対策」と言うのなら、石油を使わないことと植物を増やす事ですね。CO2温暖化説が間違っていても、石油の使用で酸性雨が降って植物にダメージを及ぼす事は明らかですから。


 環境問題の根本原因は、経済です。経済優先の政策、経済成長主義、です。


>長々と失礼しました。

 いえいえ、論点のまとまった、しっかりしたコメントで、返事のし甲斐が有りましたよ!内容も混乱してませんよ。また訪問してコメントを下さいね。

The Dark Side Of The Olympics
雑草Z
おかっぱ頭 さま

 オリンピックに限らず、ワールドカップでも、世界陸上でも、国体でさえも、現在ある施設を有効活用せずに、ここぞとばかりにわざわざ新しい施設を作るから嫌ですね。
 日本を考えても、もう十分立派なスポーツ施設が各地に沢山あり、地方の立派な運動公園や体育館の中には、利用者が少なく、がらがらで、管理費だけがかさむ施設も沢山あります。

>北京に水を、電気を、~を・・・で、酷い弱者切り捨て、環境破壊が進み、胸が痛みます。

 その通りですね。巨大ダムまで作って・・・

オリンピックと抱き合わせて
「中国の経済発展を見る」
なんて目的で修学旅行に行く学校もあると言いますから、本当に愚かです。
「中国の経済優先策の愚かさを見る」
と言うならまだ理解できますが・・・
私は只でも、中国の経済発展なんか見に行きたくたくないですね。・・・

>「温室効果ガス削減」「環境保護」

確かにオリンピック施設建設をやめれば、大きな効果がありますね。その知事は、それ以上の効果を上げる対策は出来ないでしょう。
 
 オリンピックなんかに浮かれている場合じゃありません!! 
   

そこじゃなくて・・
雑草Z
naoさん

「黒い金持ちは、リッチーブラックモア」
はもろですから分かりましたが、そこではなくて、
その前に直氏がつけた形容詞
「『二位の』
の意味が不明だから解説願います」とかいたのです。
対応を考えると
”more”が対応しそうなんですが・・・
変な事に拘ってすみませんが、気になるもので・・(笑)


コウタ (深紫)
実は書き込みは初めてではありません。

某A高校で深紫マニアだったコウタです。

ちなみにnaoさんとは知り合いではないです。


nao
二位がモアです。ボキャがアレでごめんなさい。
コウタさん、深紫に反応しました。失礼しました。
リンクも変な感じになったみたいです。ごめんなさい。
よろしければ「アジアの安全な食べ物」「七色の川」で検索していただければ中国のアレを見ていただけます。
少しスランプなので、変な書き込みごめんなさい。

虹の七色に紫は含まれますが・・・
雑草Z
 七色の川の色に深紫は含めたくないですね。
 深紫は向こうでは、もっとロマンチックな黄昏時をさすのですけれど・・・
深紫の黒い金持ちが虹を作ったのですね!その虹は素晴らしいけど、私は深紫一族では白蛇が一番のお気に入り・・・


nao さん

>深紫に反応しました
っていいですね。私も大いに反応致しました。

中国の七色の川は、酷いもんですね?こんな事までして経済発展したい奴らは狂ってますよ・・・
http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/archives/50010839.html
川の事書くにも、これは憂鬱ですね。



コウタ (深紫) さん
今回は、どなたか分かりましたが、

>実は書き込みは初めてではありません。
って吃驚です。他のHNで書き込まれた事があるのですか?!


PS
 これを機に、その手のHP立ち上げようか・・と。書いてる時間あんまりなさげですけれど・・・

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