2006-12-05 23:48
生態系の栄養循環を維持するためには、糞尿は食料生産地に還元すべきものです。だからと言って、糞尿をまた食料生産地に輸出して戻せと言っているのではありません。そんな事はエネルギーの無駄使いです。と言うよりも、食料を輸入する段階でエネルギーの浪費です。はじめから輸入するなと言う事です。自給自足、地産地消です。地産地消と言うのは、エネルギー節約にも非常に大切な事です。
土の痩せた貧しい東南アジアなどの国から食料を輸入する事は、その国の土地から栄養を奪い取っている事になります。この結果、貧しい国の地力は窒素などが減って低下し、これを補う為に、化学肥料を買わせられ、化学肥料によって土壌は荒廃されていきます。そして、遂に砂漠化するのです。
一方食料を輸入した日本などは、家畜の糞尿まで入れると糞尿を肥料として使うだけでも、栄養過多になり、化学肥料など全く必要がないくらい栄養過剰になるのです。それなのに実際は化学肥料を沢山使って、糞尿は、下水処理されてもされなくても、海洋投棄されて海洋汚染されるのです。
農業生産物の貿易はやめるべきです。国ごと、さらにもっと小さな自治体ごとに自給自足しなければ、持続可能な社会には成り得ません。理想的には農作物を運ぶ距離の限度は、化石燃料を使わずに人力程度で足りる範囲にすべきでしょう。
そしてこれは農業生産物に限らず、多くの資源について言える筈です。
糞尿を肥料として使って自給自足している国(江戸時代の日本など)に、糞尿処理の問題は起こらないはずです。循環量がバランスをとっている筈です。
糞尿を肥料として食糧を自給自足するという一昔前の農業は非常に自然の摂理にあっているのです。
<関連記事>自然の摂理から環境を考える。kasiさん
※→人糞、糞尿の肥料としての利用の歴史から必要性までしっかり体系的にわかります。
2006/11/8 ;地力を高める回収型農業とは?
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/11/post_36.html
中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
2006/10/23 ;中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/10/post_25.html
土の痩せた貧しい東南アジアなどの国から食料を輸入する事は、その国の土地から栄養を奪い取っている事になります。この結果、貧しい国の地力は窒素などが減って低下し、これを補う為に、化学肥料を買わせられ、化学肥料によって土壌は荒廃されていきます。そして、遂に砂漠化するのです。
一方食料を輸入した日本などは、家畜の糞尿まで入れると糞尿を肥料として使うだけでも、栄養過多になり、化学肥料など全く必要がないくらい栄養過剰になるのです。それなのに実際は化学肥料を沢山使って、糞尿は、下水処理されてもされなくても、海洋投棄されて海洋汚染されるのです。
農業生産物の貿易はやめるべきです。国ごと、さらにもっと小さな自治体ごとに自給自足しなければ、持続可能な社会には成り得ません。理想的には農作物を運ぶ距離の限度は、化石燃料を使わずに人力程度で足りる範囲にすべきでしょう。
そしてこれは農業生産物に限らず、多くの資源について言える筈です。
糞尿を肥料として使って自給自足している国(江戸時代の日本など)に、糞尿処理の問題は起こらないはずです。循環量がバランスをとっている筈です。
糞尿を肥料として食糧を自給自足するという一昔前の農業は非常に自然の摂理にあっているのです。
<関連記事>自然の摂理から環境を考える。kasiさん
※→人糞、糞尿の肥料としての利用の歴史から必要性までしっかり体系的にわかります。
2006/11/8 ;地力を高める回収型農業とは?
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/11/post_36.html
中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
2006/10/23 ;中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/10/post_25.html
2006-12-01 00:01
福岡正信氏の『わら1本の革命』によると、彼は、作物の足下にクローバーかうまごやしを播いて、緑肥としたそうです。この緑肥は、ほかの雑草が生えるのも防いでいたそうです。つまり、草が肥料になり、除草不要にもするということです。これが、「草は草で制する」ということです。これをバランスをとってしっかりやると、無肥料、無除草だけでなく、耕す必要さえなくなるのです。素晴らしい事です。
更に緑肥の中に雑草が増えても作物はしっかり出来るのです。否、雑草がある方が健康な作物はよく出来るのです。
これは、声を大にして言いたいと思います。
土地を耕したり、肥料をまいたり、農薬を散布する変わりに、雑草を上手く使えばいいのです。凄いではないですか!この昔の自然への回帰は、農業革命だった筈です。
この『わら1本の革命』は1983年に第一刷が発行されています。福岡正信氏が自然農法を試み始めたのは更に遡る事45年といいますから、第二次世界大戦の頃から彼は自然農法を実践しているのです。
この画期的な福岡正信氏の自然農法がその素晴らしさに比べてそれ程脚光を浴びず、未だにそれ程普及していない理由はきっと、エンジン付き農業機械や肥料や農薬を売る企業や農協が必要なくなってしまうからでしょう。経済性、つまり、無駄がないからでしょう。これが経済の本質です。本当に勿体ない無駄を作る事が経済の活性化なのです。
今は、作物も改良が重ねられて、大きく、栄養豊かに大事に育てられて、作物は今の方が美味くて栄養豊かと思っていたのは、幻想、思い込み、洗脳だったのです。昔の農業は自然農法近いものがあり、実は今よりも楽して旨い健康的な作物を食べていたのでしょう。
福岡正信氏の人間の知恵の否定という事は、一事が万事であって、他のあらゆる事にも適用出来る筈なんです。環境問題もこの発想から始めないと、現在行われているどうしようもない「環境技術」の対処療法になってしいます。
更に緑肥の中に雑草が増えても作物はしっかり出来るのです。否、雑草がある方が健康な作物はよく出来るのです。
これは、声を大にして言いたいと思います。
土地を耕したり、肥料をまいたり、農薬を散布する変わりに、雑草を上手く使えばいいのです。凄いではないですか!この昔の自然への回帰は、農業革命だった筈です。
この『わら1本の革命』は1983年に第一刷が発行されています。福岡正信氏が自然農法を試み始めたのは更に遡る事45年といいますから、第二次世界大戦の頃から彼は自然農法を実践しているのです。
この画期的な福岡正信氏の自然農法がその素晴らしさに比べてそれ程脚光を浴びず、未だにそれ程普及していない理由はきっと、エンジン付き農業機械や肥料や農薬を売る企業や農協が必要なくなってしまうからでしょう。経済性、つまり、無駄がないからでしょう。これが経済の本質です。本当に勿体ない無駄を作る事が経済の活性化なのです。
今は、作物も改良が重ねられて、大きく、栄養豊かに大事に育てられて、作物は今の方が美味くて栄養豊かと思っていたのは、幻想、思い込み、洗脳だったのです。昔の農業は自然農法近いものがあり、実は今よりも楽して旨い健康的な作物を食べていたのでしょう。
福岡正信氏の人間の知恵の否定という事は、一事が万事であって、他のあらゆる事にも適用出来る筈なんです。環境問題もこの発想から始めないと、現在行われているどうしようもない「環境技術」の対処療法になってしいます。
2006-11-30 00:01
最近私は農業に関心深いのですが、実践と言うと躊躇いたします。私は結構面倒くさがり屋です。そう言う意味でも、前回書いた福岡正信氏の自然農法は魅力を感じます。目標は、『何もしない農業』ですから・・
思い返すと、私も、『何もしない農業』の体験があることに気付きました。「農業」とは呼べないかも知れませんが、確かに何もしないで素晴らしい果実の収穫を得た体験がありました。
小学生の時、近くの同級生が、柿の種を小さな庭に蒔いたら出てきたという50cmほどになった木を貰って来て当時住んでいた小さな借家の庭の真ん中に植えました。はじめこそ水をくれてたりしたと思いますが、すぐに何もしなくなりました。枝が邪魔だと言われて切ったことがあるくらいでしょうか?高校生ぐらいになって実が2、3個成りました。何んと!柿と言われた木に梨がなりました。友達が間違ったのでしょう(笑)。大きくなるのをかなり待ちましたが、大きくはならず、みかんの大きさぐらいにしかなりませんでした。食べてみると・・何と香ばしくて美味しい!こんな美味しい梨は食べたことがありません。・・それから毎年なる梨の実の数も増えてきて、梨がなるのが楽しみでした。そう、何の手入れもしない1本だけ生えた梨の木になる小さな梨の実が頗る美味しかったのです。
このような体験はまだあります。
家族が福島県に引き上げてきて、庭に誰が植えたのか分からないけれど小さな桃ノ木があって、やはりあの梨の木になったくらいの大きさの、普通の桃よりずっと小さく、すもも位の大きさの桃がなったのですが、これまた市販の桃よりずっと香ばしくて美味い。一言で言うと、実が引き締まって味が濃いのです。
学生時代、友達の親が趣味で作った痩せっぽちの貧弱なキウイも頗る美味く驚きました。
現在近くの親戚もやはりキウイを手入れせずに作っていて、やっぱり痩せて貧弱な見かけなのですがニュージーランド産等の売っているキウイよりずっと美味いのです。その見かけゆえ、彼の家の人が食べないのをいい事に、取りに行って沢山戴いてきて食べています。(笑)
思いました。沢山単一作物を育てていると、きっとその果物に特有な旨味成分が土の中からなくなってしまうのでしょう。1本くらいならその隠し味の成分がなくならないのでしょう。そして、過保護状態でなく、土を耕さずに放っておくとしっかりした子孫を残すために実の引き締まったうまい果実がなるのではないでしょうか?
不耕起、無肥料、無農薬、無除草で確かに抜群に美味しい果物が育ったのです。
化学肥料などで、果実は大きくはなりますが、本来の旨味成分は薄められるのではないでしょうか。
昔の野生の果実の木は、梨畑や桃畑のような単一栽培でなく、色々な植物に混ざって点在していたわけです。そして、きっとその方がその植物固有の旨味成分が果実に沢山凝縮されるのでしょう。
単一果実栽培はやめて、いろんな果実の木を混ぜて育てた方がいいのではないでしょうか?。さらに、果実以外の色々な雑木や雑草も適度に生えていた方がいいのでしょう。
『何もしない自然農業』が基本だと確信している今日この頃です。
思い返すと、私も、『何もしない農業』の体験があることに気付きました。「農業」とは呼べないかも知れませんが、確かに何もしないで素晴らしい果実の収穫を得た体験がありました。
小学生の時、近くの同級生が、柿の種を小さな庭に蒔いたら出てきたという50cmほどになった木を貰って来て当時住んでいた小さな借家の庭の真ん中に植えました。はじめこそ水をくれてたりしたと思いますが、すぐに何もしなくなりました。枝が邪魔だと言われて切ったことがあるくらいでしょうか?高校生ぐらいになって実が2、3個成りました。何んと!柿と言われた木に梨がなりました。友達が間違ったのでしょう(笑)。大きくなるのをかなり待ちましたが、大きくはならず、みかんの大きさぐらいにしかなりませんでした。食べてみると・・何と香ばしくて美味しい!こんな美味しい梨は食べたことがありません。・・それから毎年なる梨の実の数も増えてきて、梨がなるのが楽しみでした。そう、何の手入れもしない1本だけ生えた梨の木になる小さな梨の実が頗る美味しかったのです。
このような体験はまだあります。
家族が福島県に引き上げてきて、庭に誰が植えたのか分からないけれど小さな桃ノ木があって、やはりあの梨の木になったくらいの大きさの、普通の桃よりずっと小さく、すもも位の大きさの桃がなったのですが、これまた市販の桃よりずっと香ばしくて美味い。一言で言うと、実が引き締まって味が濃いのです。
学生時代、友達の親が趣味で作った痩せっぽちの貧弱なキウイも頗る美味く驚きました。
現在近くの親戚もやはりキウイを手入れせずに作っていて、やっぱり痩せて貧弱な見かけなのですがニュージーランド産等の売っているキウイよりずっと美味いのです。その見かけゆえ、彼の家の人が食べないのをいい事に、取りに行って沢山戴いてきて食べています。(笑)
思いました。沢山単一作物を育てていると、きっとその果物に特有な旨味成分が土の中からなくなってしまうのでしょう。1本くらいならその隠し味の成分がなくならないのでしょう。そして、過保護状態でなく、土を耕さずに放っておくとしっかりした子孫を残すために実の引き締まったうまい果実がなるのではないでしょうか?
不耕起、無肥料、無農薬、無除草で確かに抜群に美味しい果物が育ったのです。
化学肥料などで、果実は大きくはなりますが、本来の旨味成分は薄められるのではないでしょうか。
昔の野生の果実の木は、梨畑や桃畑のような単一栽培でなく、色々な植物に混ざって点在していたわけです。そして、きっとその方がその植物固有の旨味成分が果実に沢山凝縮されるのでしょう。
単一果実栽培はやめて、いろんな果実の木を混ぜて育てた方がいいのではないでしょうか?。さらに、果実以外の色々な雑木や雑草も適度に生えていた方がいいのでしょう。
『何もしない自然農業』が基本だと確信している今日この頃です。
豊作貧乏
天地 はるな 今、ピーマンが、大根が、白菜が出来すぎて、捨てられています。
もったいない・・・。(ノД`)
効率のみを考えて作ったらこうなるんですよね。
いろんなものを、自分の食べる分とちょっと・・・。
余ったら漬物にしたり、干したり・・・。
そうありたいです。
やたらに、掘り起こさない福岡正信氏の農業は、「地球を傷つけない」農業ですね(^-^)
粘土だんご
hamakyo 雑草Zさんこんにちは。
この前は、ブログにコメントありがとうございました。
福岡正信さんの話は、以前から聞いたことがありました。
福岡さんの作る粘土だんごに興味があります。
いろんな、種をまいておくと、ほっといても、その中からその土地にあった作物や、植物が勝手に強く育っていくという。その農法なら、アフリカなんかの砂漠化を救えるかもしれないのに・・・って。でも、種を勝手に外国に出すのって法律で禁じられてるんでよね。他にも、いろいろ問題ありそうですしね。
野菜くらい自給/粘土団子
雑草Z はるなさま
中国から野菜まで輸入して、日本の取れ過ぎた分を潰すのでは、日本の農業は育ちませんね。おっしゃるとおり漬物を作るなりして、野菜くらい自給率100%保たないと恐ろしい未来が待ってますね。野菜を輸入するということ事態、異常です。日本の農業政策は完全に間違いってます。
hamakyoさま
私に、福岡正信氏の本を貸して下さった方は、粘土団子の事を教えて下さって、その事が書いてあると思って読んだ、『わら1本の革命』に『何もしない自然農法』の事が書いてあったのです。本当に素晴らしい本です。粘土団子の発想も素晴らしいですね。そこの砂漠に元々生えていた種を粘土団子に入れるとか工夫すればいいですかね。
「プロフェッショナル」
天地 はるな こんばんわ。
今日、12/7、NHKで「プロフェッショナル」という番組があります。
雑草を生かした農業をしている方が出るそうですよ。
福岡正信氏の自然農法に魅せられた一人
雑草Z 貴重な情報有難うございます。
福岡正信氏の自然農法の本が映っていましたね。
雑草は生やしたままのほうがいいと云う事をさらに確信致しました。
あそこまで、散々やられても農薬をまかなかった彼の信念には感服ですね。
極端な話
楼主 極端な話になるが、農業とはつまり環境破壊だということは頭の片隅に置いておくといいかもしれない。本来そこになかった植物を持って来て植える、というのは環境破壊に他ならない。
>「農業」とは呼べないかも知れませんが、確かに何もしないで素晴らしい果実の収穫を得た体験がありました。
仰るとおりそれは農業ではなく、採集と呼ぶべきだろう。
砂漠周辺や草原など、降水量が不足しているところによけいな植物を植えると、砂漠化がよけいに進行してしまうので、ぜひ考えることすら止めていただきたい。
どれも答える必要性を感じませんが
雑草Z 先ず、
>極端な話になるが、農業とはつまり環境破壊だ
そういう極端な意味ではそうかと誰でも思ってますよ。何の情報にもなりません。問題は「程度」です。このコメントの先にあるものは、「環境破壊だから、農薬を使っても除草剤を使っても、使わなくても同じ」と言うことでしょうか?まさかそんな愚かな話はしないでしょうね?
>頭の片隅に置いておくといいかもしれない
って、とんでもなく無意味に聞こえてしまいます。
次に
>「農業」とは呼べないかも知れませんが、
って、まあ「採集」ではなくて「採取」と言いたいのでしょうけれど、それはどうでも良く、
不耕起、無肥料、無農薬、無除草で確かに抜群に美味しい果物が育った事が言いたかった事は誰でも分かると思います。
全く手をかけないのは無理ですが、あまり手をかけずに安全な作物が作れる事は素晴らしいことです。
>砂漠周辺や草原など、降水量が不足しているところによけいな植物を植えると、砂漠化が余計に進行してしまう
その可能性は結構あるでしょう。でも福岡さんの作る粘土だんごは、砂漠に植えるのです。砂漠に井戸を掘ると砂漠化が進みますが、井戸を掘らずに植物が定着すれば、葉からの蒸散作用はありますが、水を固定する働きもあります。砂漠のままのほうが水の蒸発量は多いと思います。
「環境蘇生事業」を慎重に考えることは大切です。
揚げ足取りがお好きなようで
楼主 >「環境破壊だから、農薬を使っても除草剤を使っても、使わなくても同じ」と言うことでしょうか?
なにもしない農法で、日本の人口を養っていくだけの収穫を確保するにはどれだけの農地面積が必要なのか、ご教授願いたい。
砂漠に植えるという粘土だんごを検索してみたら、http://www.minohonosaru.com/tanbo1/tannbo.htmlがみつかった。写真を見る限りではかなり小さいようだ。これを砂漠に植えたら、水もない砂漠に植物が定着するというのはとても興味深い。その根拠を教えていただきたいものだ。
木を盲信してはいけません。
http://cruel.org/economist/notrees.html
は、あなたにとっては既知の内容かもしれない。
砂漠のように不毛なお話ですね。
雑草Z 現在日本は食料自給率が低すぎるので、近代農法でも日本の人口を養っていくだけの収穫は確保は出来ていません。
化学肥料や農薬を用いた農業が、一時的に土地の収穫を上げても、それが土地をやせさせ、土地の流出を増やしています。砂漠化の原因にもなります。投入した量に比べてそれほど収穫は上げていません。石油漬けの農業で持続性もありません。有機農法に自然農法を組み合わせた方法でないと土地が破壊されます。現在使われている不必要な物を出来るだけ排除せよということです。
私も木の植林事業にはかなり懐疑的です。方法を慎重にすべきです。繰り返しますが環境再生事業は慎重にすべきです。しかし、最近まで森林だったところで、人間が破壊したところは上手くやれば森林に戻す事が出来ると考えます。泥団子やその1つの可能性があると思います。
返事を書くときは貴方の方策をしっかり書いてください。今までの貴方の方策は「砂漠に植物を植えることすら考えるな!」というだけですね。「何もしない農業」と似てるかも。主張がないと不毛かも
つまり
楼主 一:なにもしない農法で、日本の人口を養っていくだけの収穫を確保するにはどれだけの農地面積が必要なのか、ご教授願いたい。
答えられないということは、つまり試算さえできていない、と。
二:これを砂漠に植えたら、水もない砂漠に植物が定着するというのはとても興味深い。その根拠を教えていただきたいものだ。
答えられないということは、つまり根拠がない、と。
>貴方の方策は「砂漠に植物を植えることすら考えるな!」というだけですね。
全くその通り。あなたや我輩のようなド素人はヘタな対策は考えない方がよい。あなたや我輩のようなド素人がよけいなことをして砂漠化を進行させてきたのだから、専門家に任せておきなさい。
不毛の砂漠はこれでおしまいの獅子舞
雑草Z どんな農法でも日本の現在の人口レベルでは自給自足は困難な筈です。耕地も不足しています。それを知っていて聞いているのではありませんか?自然農法にすれば100%自給出来るとは言ってません。日本の自給率の低さは私の憂えるところです。
例えば現在大豆の自給率5%、仮にこの量を自給すると250万ヘクタール必要で現状の水田より大きな面積が必要だから大変な話です。この量を自給するのではなく例えば飼料にする分を減らすべきだとか思いますので試算は大変ですよ。
繰り返しますが農薬、除草剤使わないほうがいいと言っているのです。
砂漠には水は地下を通って流れてきて蒸発しています。粘土団子は水分を定着するので、植物は育つ可能性はかなりあると思います。植物が少しでも育てば、さらに水分の定着はすすみます。砂漠でも岩地でもはじめは小さな植物から育ちます。
でもまあ、貴方のおっしゃるように砂漠化は慎重に対処すべきです。粘土団子はいい方法かなと思いますが、「粘土団子を植えよう」と言う主張はしていません。他の方のコメントにお答えしていい方法だと思うと答えたら、私と同様
>ド素人
のあなたがよけいなお世話で
>ぜひ考えることすら止めていただきたい。
とおっしゃったので、それはないと思うのです。みんなで考えるのはいいことだと思いますよ。なぜ私と同じくド素人のあなたがこの程度のコメントのやり取りに断言口調で
>ぜひ考えることすら止めていただきたい。
と偉そうにおっしゃるのでしょうか?今までのコメントのやり取りを順を追って見て下さいな。
ここのブログを下らないと思ったら訪れないでご自分の立派なHPを充実させたらいかがでしょうか?お互い新しい記事をアップしたほうが有意義でしょう。
福島正信氏の「わら一本の革命」
無記名 7年ほど前にネットで「わら一本の革命」という本のことを知り、夢中になって周囲の人々に宣伝しました。残念ながらまだ読んでいませんが、この本を貫く哲学こそが私の哲学です。日本でもこれからこういう農業を実行に移す人々が増えてくるでしょう。言ってみれば私の子供時代に帰るようなものです。山菜やきのこ、木の実などは自然に野山にはえていて、それを採ってきて食べていればよかったのです。ああいう生活をもう一度味わってみたいものです。
そういう生活のほうが恵まれていますね。
雑草Z はじめまして・・・でしょうか?心も和む素晴らしいコメントですので、お名前でも、HNでも書いて欲しいですね。
現在の、便利さの為にあくせく働いて、実質搾取されている社会は、心の潤いに不足しています。
「わら一本の革命」を貫く思想は、おっしゃるように素晴らしい思想です。私も時間がかかりましたが、集中して一気に読んだ記憶があります。是非読んでくださいね。
「農業をはじめとして、何もしないほうが、いい場合が多い」って発見も大切ですね。目から鱗でした。
本当に恵まれていました
絹川翔子 たとえ退職後であっても土地を借りたりしてこの農法を実行する熟年世代が増えることを心から期待しています。すべては与えられていると信じます。
自然農法の小農が増えることが理想です
雑草Z 私自身、農業をやるのは、かなり大変かと考えますが、理想は、農薬や機械に頼らない小規模の農家が増えることです。昔のように、農家でなくとも自給自足出来る程度の自然農法をやる方も増えればいいですね。
福岡正信氏の「わら一本の革命」は、一気に読んだと申しましても、日にちはかなりかかったと記憶しています。・・・目から鱗の農法でした。
ご返事有難う御座いました。なんとなく男の方かと思ってましたが・素敵なお名前ですね。本名かHNかはお尋ねせずにおきましょう。またのご訪問お待ちしております。
天地 はるな 今、ピーマンが、大根が、白菜が出来すぎて、捨てられています。
もったいない・・・。(ノД`)
効率のみを考えて作ったらこうなるんですよね。
いろんなものを、自分の食べる分とちょっと・・・。
余ったら漬物にしたり、干したり・・・。
そうありたいです。
やたらに、掘り起こさない福岡正信氏の農業は、「地球を傷つけない」農業ですね(^-^)
粘土だんご
hamakyo 雑草Zさんこんにちは。
この前は、ブログにコメントありがとうございました。
福岡正信さんの話は、以前から聞いたことがありました。
福岡さんの作る粘土だんごに興味があります。
いろんな、種をまいておくと、ほっといても、その中からその土地にあった作物や、植物が勝手に強く育っていくという。その農法なら、アフリカなんかの砂漠化を救えるかもしれないのに・・・って。でも、種を勝手に外国に出すのって法律で禁じられてるんでよね。他にも、いろいろ問題ありそうですしね。
野菜くらい自給/粘土団子
雑草Z はるなさま
中国から野菜まで輸入して、日本の取れ過ぎた分を潰すのでは、日本の農業は育ちませんね。おっしゃるとおり漬物を作るなりして、野菜くらい自給率100%保たないと恐ろしい未来が待ってますね。野菜を輸入するということ事態、異常です。日本の農業政策は完全に間違いってます。
hamakyoさま
私に、福岡正信氏の本を貸して下さった方は、粘土団子の事を教えて下さって、その事が書いてあると思って読んだ、『わら1本の革命』に『何もしない自然農法』の事が書いてあったのです。本当に素晴らしい本です。粘土団子の発想も素晴らしいですね。そこの砂漠に元々生えていた種を粘土団子に入れるとか工夫すればいいですかね。
「プロフェッショナル」
天地 はるな こんばんわ。
今日、12/7、NHKで「プロフェッショナル」という番組があります。
雑草を生かした農業をしている方が出るそうですよ。
福岡正信氏の自然農法に魅せられた一人
雑草Z 貴重な情報有難うございます。
福岡正信氏の自然農法の本が映っていましたね。
雑草は生やしたままのほうがいいと云う事をさらに確信致しました。
あそこまで、散々やられても農薬をまかなかった彼の信念には感服ですね。
極端な話
楼主 極端な話になるが、農業とはつまり環境破壊だということは頭の片隅に置いておくといいかもしれない。本来そこになかった植物を持って来て植える、というのは環境破壊に他ならない。
>「農業」とは呼べないかも知れませんが、確かに何もしないで素晴らしい果実の収穫を得た体験がありました。
仰るとおりそれは農業ではなく、採集と呼ぶべきだろう。
砂漠周辺や草原など、降水量が不足しているところによけいな植物を植えると、砂漠化がよけいに進行してしまうので、ぜひ考えることすら止めていただきたい。
どれも答える必要性を感じませんが
雑草Z 先ず、
>極端な話になるが、農業とはつまり環境破壊だ
そういう極端な意味ではそうかと誰でも思ってますよ。何の情報にもなりません。問題は「程度」です。このコメントの先にあるものは、「環境破壊だから、農薬を使っても除草剤を使っても、使わなくても同じ」と言うことでしょうか?まさかそんな愚かな話はしないでしょうね?
>頭の片隅に置いておくといいかもしれない
って、とんでもなく無意味に聞こえてしまいます。
次に
>「農業」とは呼べないかも知れませんが、
って、まあ「採集」ではなくて「採取」と言いたいのでしょうけれど、それはどうでも良く、
不耕起、無肥料、無農薬、無除草で確かに抜群に美味しい果物が育った事が言いたかった事は誰でも分かると思います。
全く手をかけないのは無理ですが、あまり手をかけずに安全な作物が作れる事は素晴らしいことです。
>砂漠周辺や草原など、降水量が不足しているところによけいな植物を植えると、砂漠化が余計に進行してしまう
その可能性は結構あるでしょう。でも福岡さんの作る粘土だんごは、砂漠に植えるのです。砂漠に井戸を掘ると砂漠化が進みますが、井戸を掘らずに植物が定着すれば、葉からの蒸散作用はありますが、水を固定する働きもあります。砂漠のままのほうが水の蒸発量は多いと思います。
「環境蘇生事業」を慎重に考えることは大切です。
揚げ足取りがお好きなようで
楼主 >「環境破壊だから、農薬を使っても除草剤を使っても、使わなくても同じ」と言うことでしょうか?
なにもしない農法で、日本の人口を養っていくだけの収穫を確保するにはどれだけの農地面積が必要なのか、ご教授願いたい。
砂漠に植えるという粘土だんごを検索してみたら、http://www.minohonosaru.com/tanbo1/tannbo.htmlがみつかった。写真を見る限りではかなり小さいようだ。これを砂漠に植えたら、水もない砂漠に植物が定着するというのはとても興味深い。その根拠を教えていただきたいものだ。
木を盲信してはいけません。
http://cruel.org/economist/notrees.html
は、あなたにとっては既知の内容かもしれない。
砂漠のように不毛なお話ですね。
雑草Z 現在日本は食料自給率が低すぎるので、近代農法でも日本の人口を養っていくだけの収穫は確保は出来ていません。
化学肥料や農薬を用いた農業が、一時的に土地の収穫を上げても、それが土地をやせさせ、土地の流出を増やしています。砂漠化の原因にもなります。投入した量に比べてそれほど収穫は上げていません。石油漬けの農業で持続性もありません。有機農法に自然農法を組み合わせた方法でないと土地が破壊されます。現在使われている不必要な物を出来るだけ排除せよということです。
私も木の植林事業にはかなり懐疑的です。方法を慎重にすべきです。繰り返しますが環境再生事業は慎重にすべきです。しかし、最近まで森林だったところで、人間が破壊したところは上手くやれば森林に戻す事が出来ると考えます。泥団子やその1つの可能性があると思います。
返事を書くときは貴方の方策をしっかり書いてください。今までの貴方の方策は「砂漠に植物を植えることすら考えるな!」というだけですね。「何もしない農業」と似てるかも。主張がないと不毛かも
つまり
楼主 一:なにもしない農法で、日本の人口を養っていくだけの収穫を確保するにはどれだけの農地面積が必要なのか、ご教授願いたい。
答えられないということは、つまり試算さえできていない、と。
二:これを砂漠に植えたら、水もない砂漠に植物が定着するというのはとても興味深い。その根拠を教えていただきたいものだ。
答えられないということは、つまり根拠がない、と。
>貴方の方策は「砂漠に植物を植えることすら考えるな!」というだけですね。
全くその通り。あなたや我輩のようなド素人はヘタな対策は考えない方がよい。あなたや我輩のようなド素人がよけいなことをして砂漠化を進行させてきたのだから、専門家に任せておきなさい。
不毛の砂漠はこれでおしまいの獅子舞
雑草Z どんな農法でも日本の現在の人口レベルでは自給自足は困難な筈です。耕地も不足しています。それを知っていて聞いているのではありませんか?自然農法にすれば100%自給出来るとは言ってません。日本の自給率の低さは私の憂えるところです。
例えば現在大豆の自給率5%、仮にこの量を自給すると250万ヘクタール必要で現状の水田より大きな面積が必要だから大変な話です。この量を自給するのではなく例えば飼料にする分を減らすべきだとか思いますので試算は大変ですよ。
繰り返しますが農薬、除草剤使わないほうがいいと言っているのです。
砂漠には水は地下を通って流れてきて蒸発しています。粘土団子は水分を定着するので、植物は育つ可能性はかなりあると思います。植物が少しでも育てば、さらに水分の定着はすすみます。砂漠でも岩地でもはじめは小さな植物から育ちます。
でもまあ、貴方のおっしゃるように砂漠化は慎重に対処すべきです。粘土団子はいい方法かなと思いますが、「粘土団子を植えよう」と言う主張はしていません。他の方のコメントにお答えしていい方法だと思うと答えたら、私と同様
>ド素人
のあなたがよけいなお世話で
>ぜひ考えることすら止めていただきたい。
とおっしゃったので、それはないと思うのです。みんなで考えるのはいいことだと思いますよ。なぜ私と同じくド素人のあなたがこの程度のコメントのやり取りに断言口調で
>ぜひ考えることすら止めていただきたい。
と偉そうにおっしゃるのでしょうか?今までのコメントのやり取りを順を追って見て下さいな。
ここのブログを下らないと思ったら訪れないでご自分の立派なHPを充実させたらいかがでしょうか?お互い新しい記事をアップしたほうが有意義でしょう。
福島正信氏の「わら一本の革命」
無記名 7年ほど前にネットで「わら一本の革命」という本のことを知り、夢中になって周囲の人々に宣伝しました。残念ながらまだ読んでいませんが、この本を貫く哲学こそが私の哲学です。日本でもこれからこういう農業を実行に移す人々が増えてくるでしょう。言ってみれば私の子供時代に帰るようなものです。山菜やきのこ、木の実などは自然に野山にはえていて、それを採ってきて食べていればよかったのです。ああいう生活をもう一度味わってみたいものです。
そういう生活のほうが恵まれていますね。
雑草Z はじめまして・・・でしょうか?心も和む素晴らしいコメントですので、お名前でも、HNでも書いて欲しいですね。
現在の、便利さの為にあくせく働いて、実質搾取されている社会は、心の潤いに不足しています。
「わら一本の革命」を貫く思想は、おっしゃるように素晴らしい思想です。私も時間がかかりましたが、集中して一気に読んだ記憶があります。是非読んでくださいね。
「農業をはじめとして、何もしないほうが、いい場合が多い」って発見も大切ですね。目から鱗でした。
本当に恵まれていました
絹川翔子 たとえ退職後であっても土地を借りたりしてこの農法を実行する熟年世代が増えることを心から期待しています。すべては与えられていると信じます。
自然農法の小農が増えることが理想です
雑草Z 私自身、農業をやるのは、かなり大変かと考えますが、理想は、農薬や機械に頼らない小規模の農家が増えることです。昔のように、農家でなくとも自給自足出来る程度の自然農法をやる方も増えればいいですね。
福岡正信氏の「わら一本の革命」は、一気に読んだと申しましても、日にちはかなりかかったと記憶しています。・・・目から鱗の農法でした。
ご返事有難う御座いました。なんとなく男の方かと思ってましたが・素敵なお名前ですね。本名かHNかはお尋ねせずにおきましょう。またのご訪問お待ちしております。
2006-11-29 00:01
私は、最近まで農業にはあまり縁がありませんでした。日本や世界の食糧自給という大変深刻な問題を考えていくうちに、次第に農業や土に興味を持ちはじめました。
特に今年から農業の本をいくつか読んで、とても素晴らしいと思ったのが、
自然農法の本です。
福岡正信 著 『わら1本の革命』
は、目から鱗の素晴らしい本です。環境関係で初対面の方から御借りして、あまりに素晴らしいので、後日拝み倒して譲り受けました。
福岡氏の目指す自然農法は、
『何もしない農業』です。
4大原則は、
不耕起;大地は植物の根や地中の動物、微生物に自然に耕される。
無肥料;自然の動植物の生活循環を活発にし、土壌を肥沃化する。
無農薬;不自然から病体の作物が出来る。健全な作物を作れば良い。
無除草;機械や農薬で殲滅作戦をとらず、草は草で制する。
です。
1つ1つ素晴らしい考え方で、各発想はしっかり繋がり、全体として一貫しています。
つまり、自然の循環に逆らわない、最も効率の良い農法が自然農法でしょう。
この農法で、近代農法よりも収穫率や収穫作物の品質が落ちても、農業機械や肥料、農薬等にコストがかかっていないわけですから、収支は、近代農業よりもいいわけです。しかし、驚くべきは、福岡正信氏によると、収穫率や品質も近代農法よりいいそうです。
これって、実は今の経済優先社会、工業化社会の本質を突いていると感じました。つまり、農業機械や肥料や農薬を売り、農協や町や国の仕事を作る為の需要開拓から出来た思い込みと言うか、洗脳の一種があるから自然農法は無理だとか、近代農法に劣ると思ってしまうのでしょう。
福岡正信氏の思想は、農業だけでなく、全ての環境問題対策にも通じる画期的なものだと思います。私のProduce less の考えとも一致いたします。
<続く>
今回、雑草シリーズとして『無除草』について、かこうと思っていたのですが、夏前に読んだ『わら1本の革命』のインパクトを思い出しました。雑草の事はまたの機会にして、もう少し自然農法について書きたいと思います。
特に今年から農業の本をいくつか読んで、とても素晴らしいと思ったのが、
自然農法の本です。
福岡正信 著 『わら1本の革命』
は、目から鱗の素晴らしい本です。環境関係で初対面の方から御借りして、あまりに素晴らしいので、後日拝み倒して譲り受けました。
福岡氏の目指す自然農法は、
『何もしない農業』です。
4大原則は、
不耕起;大地は植物の根や地中の動物、微生物に自然に耕される。
無肥料;自然の動植物の生活循環を活発にし、土壌を肥沃化する。
無農薬;不自然から病体の作物が出来る。健全な作物を作れば良い。
無除草;機械や農薬で殲滅作戦をとらず、草は草で制する。
です。
1つ1つ素晴らしい考え方で、各発想はしっかり繋がり、全体として一貫しています。
つまり、自然の循環に逆らわない、最も効率の良い農法が自然農法でしょう。
この農法で、近代農法よりも収穫率や収穫作物の品質が落ちても、農業機械や肥料、農薬等にコストがかかっていないわけですから、収支は、近代農業よりもいいわけです。しかし、驚くべきは、福岡正信氏によると、収穫率や品質も近代農法よりいいそうです。
これって、実は今の経済優先社会、工業化社会の本質を突いていると感じました。つまり、農業機械や肥料や農薬を売り、農協や町や国の仕事を作る為の需要開拓から出来た思い込みと言うか、洗脳の一種があるから自然農法は無理だとか、近代農法に劣ると思ってしまうのでしょう。
福岡正信氏の思想は、農業だけでなく、全ての環境問題対策にも通じる画期的なものだと思います。私のProduce less の考えとも一致いたします。
<続く>
今回、雑草シリーズとして『無除草』について、かこうと思っていたのですが、夏前に読んだ『わら1本の革命』のインパクトを思い出しました。雑草の事はまたの機会にして、もう少し自然農法について書きたいと思います。
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