2008-06-01 00:11
5月30日、夕食時に何気なくTVのローカルニュースを見ていたら、
「今日はごみゼロの日です。県内の各地で、取り組みが行われました。郡山市では・・・」などと流れた。5月30日が530だから「ごみゼロの日」って事だ。ゴミを出さない運動か?って、何とは無しにどんな事やってるのか見てたら
「みんなで駅前や道路を清掃しました。」・なんてのはまだいいのだが、
「ポイ捨て禁止を呼びかけ、ゴミ袋を配りました。」・・・って、通行人に大きめのレジ袋のような袋を配ってる。ご丁寧に「ごみゼロの日・・・」とか印刷されている。・・・こんなどうしようもない事に税金を使っている。テレビに映し出された清掃作業も、よく見ると、ほうきとちり取りを持って・・・ではなく、大きなビニール袋を持って・・・ゴミを拾っている。こんな大きな袋を一人一人持って、袋がいっぱいにならなくても捨てるんじゃないのか?ごみゼロの日にゴミ袋を配りまくり、ゴミを増やす・・・本当に馬鹿な自治体だ!!どこの自治体でもゴミの最終処分場の確保には頭を悩ませている筈だから、ゴミを入れる袋がゴミの量を増やすという基本的事実は当然考えるべきだ。福島県の役人って東北地方の中でも特に御目出度いようだ。こんなお馬鹿な事がテレビに映し出されて、自分たちが ”立派な”仕事に取り組んでいる事をアピールしたいのだろうか?太鼓持ちのテレビ局もテレビ局だ。アナウンサーも能天気・・市町村長からしてこの前逮捕された前知事の佐藤栄作久みたいなのばっかりだし・・・元の矢祭町長は全国に誇れる素晴らしい町長なのだが・・・
ごみゼロの日ってあんまり関心がないけれど、本来はそんな事ではなく、ゴミの減量化が目的ではないのだろうか?。
他の自治体もこんなお馬鹿な作業をやってる所ばかりではないだろうけれど、お役所仕事は本当に愚かだ!!本質が見えないで、形だけさも頑張っているように見せかける。・・・それも税金を投入して・・・自分達で自分達の首を絞めるようなごみ対策を推進するごみゼロの日って何なんだ!!こういうお馬鹿な役人が多くて嘆かわしい。
他の県もこんな愚かな「ごみゼロの日」をやってるのだろうか?
「今日はごみゼロの日です。県内の各地で、取り組みが行われました。郡山市では・・・」などと流れた。5月30日が530だから「ごみゼロの日」って事だ。ゴミを出さない運動か?って、何とは無しにどんな事やってるのか見てたら
「みんなで駅前や道路を清掃しました。」・なんてのはまだいいのだが、
「ポイ捨て禁止を呼びかけ、ゴミ袋を配りました。」・・・って、通行人に大きめのレジ袋のような袋を配ってる。ご丁寧に「ごみゼロの日・・・」とか印刷されている。・・・こんなどうしようもない事に税金を使っている。テレビに映し出された清掃作業も、よく見ると、ほうきとちり取りを持って・・・ではなく、大きなビニール袋を持って・・・ゴミを拾っている。こんな大きな袋を一人一人持って、袋がいっぱいにならなくても捨てるんじゃないのか?ごみゼロの日にゴミ袋を配りまくり、ゴミを増やす・・・本当に馬鹿な自治体だ!!どこの自治体でもゴミの最終処分場の確保には頭を悩ませている筈だから、ゴミを入れる袋がゴミの量を増やすという基本的事実は当然考えるべきだ。福島県の役人って東北地方の中でも特に御目出度いようだ。こんなお馬鹿な事がテレビに映し出されて、自分たちが ”立派な”仕事に取り組んでいる事をアピールしたいのだろうか?太鼓持ちのテレビ局もテレビ局だ。アナウンサーも能天気・・市町村長からしてこの前逮捕された前知事の佐藤栄作久みたいなのばっかりだし・・・元の矢祭町長は全国に誇れる素晴らしい町長なのだが・・・
ごみゼロの日ってあんまり関心がないけれど、本来はそんな事ではなく、ゴミの減量化が目的ではないのだろうか?。
他の自治体もこんなお馬鹿な作業をやってる所ばかりではないだろうけれど、お役所仕事は本当に愚かだ!!本質が見えないで、形だけさも頑張っているように見せかける。・・・それも税金を投入して・・・自分達で自分達の首を絞めるようなごみ対策を推進するごみゼロの日って何なんだ!!こういうお馬鹿な役人が多くて嘆かわしい。
他の県もこんな愚かな「ごみゼロの日」をやってるのだろうか?
全く同感です!
BEM ホン〜トお役所っていうのは。お願いだから何もしないで!って言いたくなります。サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。
今回の洞爺湖サミット。捨てようとした新聞をチラッと目にした記事に「国際メディアセンター」が完成。とありました。建設費30億2000万円で国交省が作りました。が!サミットが終わったら解体するんですって。も〜冗談としか聞こえません。サミットの大きな課題は『地球温暖化』なんですよね。呆れてしまいます。
無駄な事ばかりやるお役所の体質
雑草Z BEMさん
コメント有難う御座います。
>サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。
そうですか?ほんとに馬鹿ですね。
「洞爺湖サミットを成功させよう!・・」などと言う袋とかチラシを配ったりポスターを張ったりしてやってるんでしょうね。
そのサミット後に解体する
>国際メディアセンター
ってのも本当に税金の無駄遣いですね。
地球環境の事を考えた会議なら、今まである施設を使って質素にやるべきですよね。その方がよっぽど説得力があります。
洞爺湖サミットの内容は期待しているどころか、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)にならなきゃいいと思っています。
おっしゃるようにお役所には
>お願いだから何もしないで!って言いたくなります
ですし、さらに
そんな無駄な事は自腹を切ってやれ!・・・と言いたくなりますね。
自浄作用が働いているお役所も少しずつ増えてる感じもするのですが・・
BEM ホン〜トお役所っていうのは。お願いだから何もしないで!って言いたくなります。サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。
今回の洞爺湖サミット。捨てようとした新聞をチラッと目にした記事に「国際メディアセンター」が完成。とありました。建設費30億2000万円で国交省が作りました。が!サミットが終わったら解体するんですって。も〜冗談としか聞こえません。サミットの大きな課題は『地球温暖化』なんですよね。呆れてしまいます。
無駄な事ばかりやるお役所の体質
雑草Z BEMさん
コメント有難う御座います。
>サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。
そうですか?ほんとに馬鹿ですね。
「洞爺湖サミットを成功させよう!・・」などと言う袋とかチラシを配ったりポスターを張ったりしてやってるんでしょうね。
そのサミット後に解体する
>国際メディアセンター
ってのも本当に税金の無駄遣いですね。
地球環境の事を考えた会議なら、今まである施設を使って質素にやるべきですよね。その方がよっぽど説得力があります。
洞爺湖サミットの内容は期待しているどころか、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)にならなきゃいいと思っています。
おっしゃるようにお役所には
>お願いだから何もしないで!って言いたくなります
ですし、さらに
そんな無駄な事は自腹を切ってやれ!・・・と言いたくなりますね。
自浄作用が働いているお役所も少しずつ増えてる感じもするのですが・・
2008-03-13 00:01
現在、ゴミ、廃棄物の処分場の枯渇が問題になっています。ゴミの処分場はどこでも自転車操業状態です。しかし、その問題は問題の深刻さと比べて、あんまり問題にされていません。時々テレビなどで特集を組まれると、そのときは大変だとは思っても、いつの間にか忘れ去られてしまいます。他の華やかな (?)環境問題、地球温暖化問題やエネルギー問題(環境問題とは言えませんが・・)などと比べると一見地味な問題に見えます。身近な問題として真剣に捉えている人は、多くないように感じます。それは、ゴミが人里離れた目立たないところで最終処分されているからでしょう。
ゴミは自治体内で処分することが一応原則ですが、処分場はどこの地域でも嫌がられるから、郊外のあまり人の住んでない場所に作られます。臭いものには蓋をする・・と言うか、汚いものは見えないところへ・・・の発想です。首都圏のゴミが東北の北の外れのへんぴな所まで運ばれます。日本国内では済まず、中国や東南アジアの国々へまで運ばれます。ゴミのたらい回し状態もしばしば表面化します。しかしこれは、氷山の一角でしょう。
ただのゴミが、トラックや船で莫大なエネルギーを使いながら、遠くへ運ばれるのです。フード・マイレージ ならぬウエイスト・マイレイジも定義すべきでしょう。
エネルギー問題を騒いでいるうちに、捨て場の枯渇で、工業や経済活動が限界を迎え、崩壊する可能性も高いでしょう。(減速する分にはいいことですが・・)
どこのゴミ集配場でも、たかが一週間分の家族のゴミが膨大に出されています。ここにさえ置いとけば、収集車がやってきてどっか自分達から遠い所で処分してくれるから・・・
いくらでも詰め込める秘密の穴でもあるかのような錯覚を持って、ゴミ捨て場の現状からは目が背けられています。放射性核廃棄物に至っては、「再処理」という名の下に六ヶ所村に押し込められています。
ゴミの減量化を目指して、ゴミの有料化、製造業者引き取り・・など色々試みられています。どれも無効な方法ではないでしょう。
しかし、ゴミは集めて人のいない所に持って行って捨てる・・と言う発想だから、たまり過ぎました。廃棄物問題は先延ばしされて途方もなく大きくなったのです。
ゴミを大量に集めて捨てる余裕のある場所なんてないのです。
ゴミは、出来るだけ小さなコミュニティーで集めて、地域内で処分するようにするべきでしょう。そうすれば、みんなすぐにでもゴミゼロを目指し、レジ袋も食品トレイも過剰包装も化粧箱もすぐになくなって、ゴミも、土に帰る、つまり自然を循環するものにすぐにでも変わるのではないでしょうか?。
そして、放射性核廃棄物のような人間の手に負えない廃棄物は出してはいけないと言うルールも身に染みて実感するでしょう。
だからゴミは身近な地域で処理!!が基本でしょう。
ゴミは自治体内で処分することが一応原則ですが、処分場はどこの地域でも嫌がられるから、郊外のあまり人の住んでない場所に作られます。臭いものには蓋をする・・と言うか、汚いものは見えないところへ・・・の発想です。首都圏のゴミが東北の北の外れのへんぴな所まで運ばれます。日本国内では済まず、中国や東南アジアの国々へまで運ばれます。ゴミのたらい回し状態もしばしば表面化します。しかしこれは、氷山の一角でしょう。
ただのゴミが、トラックや船で莫大なエネルギーを使いながら、遠くへ運ばれるのです。フード・マイレージ ならぬウエイスト・マイレイジも定義すべきでしょう。
エネルギー問題を騒いでいるうちに、捨て場の枯渇で、工業や経済活動が限界を迎え、崩壊する可能性も高いでしょう。(減速する分にはいいことですが・・)
どこのゴミ集配場でも、たかが一週間分の家族のゴミが膨大に出されています。ここにさえ置いとけば、収集車がやってきてどっか自分達から遠い所で処分してくれるから・・・
いくらでも詰め込める秘密の穴でもあるかのような錯覚を持って、ゴミ捨て場の現状からは目が背けられています。放射性核廃棄物に至っては、「再処理」という名の下に六ヶ所村に押し込められています。
ゴミの減量化を目指して、ゴミの有料化、製造業者引き取り・・など色々試みられています。どれも無効な方法ではないでしょう。
しかし、ゴミは集めて人のいない所に持って行って捨てる・・と言う発想だから、たまり過ぎました。廃棄物問題は先延ばしされて途方もなく大きくなったのです。
ゴミを大量に集めて捨てる余裕のある場所なんてないのです。
ゴミは、出来るだけ小さなコミュニティーで集めて、地域内で処分するようにするべきでしょう。そうすれば、みんなすぐにでもゴミゼロを目指し、レジ袋も食品トレイも過剰包装も化粧箱もすぐになくなって、ゴミも、土に帰る、つまり自然を循環するものにすぐにでも変わるのではないでしょうか?。
そして、放射性核廃棄物のような人間の手に負えない廃棄物は出してはいけないと言うルールも身に染みて実感するでしょう。
だからゴミは身近な地域で処理!!が基本でしょう。
団塊おやじの遺言 またもや 登場です 一つづつ良く読む様にしないと私の少ない脳細胞は吸収出来ないので やっとここに辿り着いた所です 5年前に買った生ゴミ処理器 どうやっても堆肥には成り得なかった 悪臭と見た事もない虫を見て 2ヶ月もしない内に 約5万円の投資はゴミになった 環境展にも行き
最新の生ゴミ処理の実態を見たが 電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった
しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生するこれが大手のメーカーが推奨するものか・・
発酵を知らないのでは 今の若い技術者は 肥溜めとか堆肥場を見た事がないのでは 糠漬けなどは毎日 攪拌する事で良い発酵が 腐敗させてはいけない・・自分で作る事にした
丸いポリ容器に生ゴミを詰め 4個の車(50ミリ)の上に置きクルクルと回す 中のゴミは上になったり下になり攪拌が出来る 一月位で堆肥らしきものが出来るが毎日投入する物とじっくり発酵させる2基必要 この台の下に移動用の車を付けどこにでも運べる様にした 特許が60日位でとれたのです この東京で水分の多い生ゴミを焼却処理に掛かる経費は一世帯軽く10万円は超える 勿論悪臭と虫には天然の資材が活躍している 捨てればゴミ 生かせば資源 いつからこの様な・・私の近くの給食センターには今でも豚の飼料として残飯を回収している 生ゴミは飼料にも畑の肥料にもなる 外国からの輸入にばかり頼らず 我々の意識さえ変えれば 特にこの東京が動けば 助かる人達が多いと思います
生ゴミ処理機は最低ですね
雑草Z 団塊おやじの遺言 さま
またのコメント有難う御座います。それも古い記事への遡ってのコメント感謝いたします。
参考になるコメントです。興味深く読ませて戴きました。
さて、
>電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった。しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生する
との事ですが本当に最低ですね。ただ儲ける事優先で、環境の為には寧ろマイナスでしょう。これだけの機械を作る材料と動かすエネルギーの浪費ですね。
生ゴミ処理機の酷さについては、私もこのブログで何度か触れました。
【最もリサイクルすべきもの】 2007-02-17
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-133.html
などでです。
電気エネルギーを使うと言う発想が狂ってますね。
>肥溜めとか堆肥場
のほうが、遥かに優れた生ゴミ処理場でしょう。
2007-10-19 00:01
最終処分場とは、不要になったもののうち再利用や再資源化が困難なものを処分する施設との事ですが、早い話が処理し切れなかった廃棄物の最終置き場です。
江戸時代あたりのゴミなら埋め立てしても安心ですが、今の酷いゴミは、そう簡単にはいきません。有機塩素系や水銀などの重金属系の廃棄物は厄介です。・・・放射性廃棄物に至っては、お手上げと言うしかないでしょう。
最終処分場にも種類があり、有害廃棄物は遮断型処分場へ、既に安定している無害な廃棄物は安定型処分場へ、埋め立て後も維持管理を要するなら管理型処分場へ・・・と言う区別はあるようですが、もともと廃棄物は混ざってしまってエントロピーの増えた状態が多いでしょうから、しっかり区別は出来ずに、例え安定型であっても、水が汚染されることはたびたびあるでしょう。
どこの住民だって、地元に最終処分場を作られることには反対です・・・賛成する方や団体は、ほとんど利権がらみです。各地に実質放置されたような状態の最終処分場もよく見受けられます・・・不法投棄と区別がつかないようなところも沢山あります。
国や自治体も、どこかには作らなければならないから・・・と言う理由で、比較的人口の少ない山間部や過疎地に処分場を押し付けます。実際は最終処分場に使うべき土地なんてありません。
最終処分場に使う土地はいつも不足していて、自転車操業ですし、最終処分場の維持管理も大変です。・・「最終」ですから、基本的には維持管理は無毒化するまで続けられなければなりません。無毒化しても不毛の地になってしまう土地も多いでしょう。もともと無毒化が困難だから、遮断するわけですが、完全な遮断は出来ていません。絶えず外部に漏洩する不安にさらされます。・・実際沢山漏洩しています。
最終処分場をどこに作るかと言う議論の前に、最終処分場を作ってまでも、物を生産する必要があるのか?・・・と言うことをしっかり議論すべきです。・・・誰もが嫌がる最終処分場を何処かに引き受けさせてまでも、ものを作る必要はありません。
・・・と言うより、「最終処分場」に捨てるべき廃棄物は出してはなりません。既に世界中そこかしこが最終処分場になりつつあります。
自然の、生態系の循環に流れない物質を作って最終処分場を作り続ければ、やがて処分場はなくなります。
最終処分場に捨てなければならないようなもの・・・自然の循環に回らない物質は使ったり作ってはいけないのです。持続可能な社会の鉄則の一つです。
最終処分場をどこに作るか?と言うような対象療法ではなく、作らないと言う予防原則が必要です。
江戸時代あたりのゴミなら埋め立てしても安心ですが、今の酷いゴミは、そう簡単にはいきません。有機塩素系や水銀などの重金属系の廃棄物は厄介です。・・・放射性廃棄物に至っては、お手上げと言うしかないでしょう。
最終処分場にも種類があり、有害廃棄物は遮断型処分場へ、既に安定している無害な廃棄物は安定型処分場へ、埋め立て後も維持管理を要するなら管理型処分場へ・・・と言う区別はあるようですが、もともと廃棄物は混ざってしまってエントロピーの増えた状態が多いでしょうから、しっかり区別は出来ずに、例え安定型であっても、水が汚染されることはたびたびあるでしょう。
どこの住民だって、地元に最終処分場を作られることには反対です・・・賛成する方や団体は、ほとんど利権がらみです。各地に実質放置されたような状態の最終処分場もよく見受けられます・・・不法投棄と区別がつかないようなところも沢山あります。
国や自治体も、どこかには作らなければならないから・・・と言う理由で、比較的人口の少ない山間部や過疎地に処分場を押し付けます。実際は最終処分場に使うべき土地なんてありません。
最終処分場に使う土地はいつも不足していて、自転車操業ですし、最終処分場の維持管理も大変です。・・「最終」ですから、基本的には維持管理は無毒化するまで続けられなければなりません。無毒化しても不毛の地になってしまう土地も多いでしょう。もともと無毒化が困難だから、遮断するわけですが、完全な遮断は出来ていません。絶えず外部に漏洩する不安にさらされます。・・実際沢山漏洩しています。
最終処分場をどこに作るかと言う議論の前に、最終処分場を作ってまでも、物を生産する必要があるのか?・・・と言うことをしっかり議論すべきです。・・・誰もが嫌がる最終処分場を何処かに引き受けさせてまでも、ものを作る必要はありません。
・・・と言うより、「最終処分場」に捨てるべき廃棄物は出してはなりません。既に世界中そこかしこが最終処分場になりつつあります。
自然の、生態系の循環に流れない物質を作って最終処分場を作り続ければ、やがて処分場はなくなります。
最終処分場に捨てなければならないようなもの・・・自然の循環に回らない物質は使ったり作ってはいけないのです。持続可能な社会の鉄則の一つです。
最終処分場をどこに作るか?と言うような対象療法ではなく、作らないと言う予防原則が必要です。
2007-10-17 00:02
「環境に優しい商品」・・・と云う言葉は好きではありません。うさん臭いものばかりで大抵信用出来ません。
最近、エコ製品が世の中に溢れています。・・・それを最大のセールスポイントにしている製品も多々あります。・・・騙されないようにその見極めが大切ですが・・・しかし、現在使っている「環境にあまり優しくない製品」と言われている製品を廃棄してまで環境に「優しい製品を買うこと」が、本当に環境負荷が減ると鵜呑みにしてはいけません。
例えば、石油と電気のハイブリッドカー。ハイブリッドカーは作る時に同じランクの普通のガソリン車より、CO2だけではなく、他の有害物質も多く排出します。作るときの環境負荷はハイブリッドカーの方が大きいのです。だから製造コストも高いのです。
そして、買い替えて現在の車を廃車にするとスクラップが出ます。その環境負荷を考えずにメーカーは、ハイブリッド車への買い換えをエコだと言います。・現在使っている車が、非常に燃費が悪く、有毒ガスを撒き散らす車でもない限り、そのまま古い車を乗り続ける方がエコな場合が多いのです。「買い換えるのは勿体ない」の感覚は間違いでないのです。(でも、ハイブリッドカーを買う日本人のほとんどは、エコよりも、ガソリンが高くなったから、経済性で買うと車のセールスマンが言ってました・・・)
省エネのテレビも冷蔵庫もパソコンもみんな同様でしょう・・・今使っている製品を廃棄してまで新しい製品を買うほうが環境負荷が優しいなんて事は、滅多にありません。・・・・こう言うと、データを示して、何年使えば、エコになる・・・という方もいるでしょうが、その何年を待てば、もっと省エネの製品が出るのです。そこまで待って、更にその時点での最高のエコ製品が元を取る年月限界まで古い商品を使って・・・と言うことを繰り返していけば、結局古い製品を使い続ける方がエコになるのです・・・って詭弁でしょうか?(笑)・・・廃棄物の環境負荷はかなりシビアーです。
なるべく買い替えずに一つの製品を大切に使い、修理しても使えなくなった時点で、新たに買うのならエコ製品!ってところが妥当でしょう。
買い替えた方が環境に優しいと主張する事は、環境対策ではなく経済対策です。
余談ですが今度ノーベル平和賞を受賞することになったアル・ゴアも、
「現在使っている様々な製品をエコな製品に買い替えましょう!」
などと、平気でプロパガンダしています。何年も環境を研究しているとは思えないほど軽薄なエコロジスト(?)に感じます。
最近、エコ製品が世の中に溢れています。・・・それを最大のセールスポイントにしている製品も多々あります。・・・騙されないようにその見極めが大切ですが・・・しかし、現在使っている「環境にあまり優しくない製品」と言われている製品を廃棄してまで環境に「優しい製品を買うこと」が、本当に環境負荷が減ると鵜呑みにしてはいけません。
例えば、石油と電気のハイブリッドカー。ハイブリッドカーは作る時に同じランクの普通のガソリン車より、CO2だけではなく、他の有害物質も多く排出します。作るときの環境負荷はハイブリッドカーの方が大きいのです。だから製造コストも高いのです。
そして、買い替えて現在の車を廃車にするとスクラップが出ます。その環境負荷を考えずにメーカーは、ハイブリッド車への買い換えをエコだと言います。・現在使っている車が、非常に燃費が悪く、有毒ガスを撒き散らす車でもない限り、そのまま古い車を乗り続ける方がエコな場合が多いのです。「買い換えるのは勿体ない」の感覚は間違いでないのです。(でも、ハイブリッドカーを買う日本人のほとんどは、エコよりも、ガソリンが高くなったから、経済性で買うと車のセールスマンが言ってました・・・)
省エネのテレビも冷蔵庫もパソコンもみんな同様でしょう・・・今使っている製品を廃棄してまで新しい製品を買うほうが環境負荷が優しいなんて事は、滅多にありません。・・・・こう言うと、データを示して、何年使えば、エコになる・・・という方もいるでしょうが、その何年を待てば、もっと省エネの製品が出るのです。そこまで待って、更にその時点での最高のエコ製品が元を取る年月限界まで古い商品を使って・・・と言うことを繰り返していけば、結局古い製品を使い続ける方がエコになるのです・・・って詭弁でしょうか?(笑)・・・廃棄物の環境負荷はかなりシビアーです。
なるべく買い替えずに一つの製品を大切に使い、修理しても使えなくなった時点で、新たに買うのならエコ製品!ってところが妥当でしょう。
買い替えた方が環境に優しいと主張する事は、環境対策ではなく経済対策です。
余談ですが今度ノーベル平和賞を受賞することになったアル・ゴアも、
「現在使っている様々な製品をエコな製品に買い替えましょう!」
などと、平気でプロパガンダしています。何年も環境を研究しているとは思えないほど軽薄なエコロジスト(?)に感じます。
Repairの精神って大切ですね。
おかっぱ頭 何年も愛用した製品が故障した時、もう部品が無いからと言う理由で修理が出来ず、廃棄処分しなければならないって腹立たしいですね。「環境に優しい商品」と言う前に、「商品に優しい」メーカーになって欲しいと思います。それが結果、環境に優しい事に繋がるのではないでしょうか?
まだまだ大量生産・大量消費・大量廃棄の悪循環がなされていると思います。
ゴア氏の発言も相当政治やビジネスに結びついたものだと思います。今年1月に来日した際の経団連会館での講演内容は、
『 「危機」と言う文字には、<危険>という意味と<チャンス>という意味が含まれていると聞きました。温暖化対策はビジネスチャンスです! 』
あまりにも明快過ぎますね。
そうですね!Repairって大切ですね。
雑草z 修理して使うという事、本当に大切ですね。自分の持ち物に愛着を持って、修理しながらいつまでも使うという事が、本当の「環境にやさしい」でしょう。
自分のところで作った製品を「部品の在庫がない」という理由で修理してくれないメーカーって嫌ですね。部品の在庫がなくても工夫して修理するのが本当の職人、技術者でしょう。
ドイツでは、製品のバリエーションを犠牲にしてまで修理には、ずっと応じてくれると聞きました。・・日本でもそんな良心的なメーカーもありますね・・。その前に、ドイツ製品は壊れにくいですね。
私が書き落とした、『修理して使う』という事をフォローして下さり有難うございます。
××××××××××××××××××××××××
>『温暖化対策はビジネスチャンスです!』
アル・ゴアだったら言いそうな言葉ですね。
「不都合な真実」は見るつもりはあまりありませんでしたが、最近DVDを貸してくれた人がいたので見てみましたが、環境問題をある程度かじったことがある人ならば、みんな知ってることばかりで、
「新しい真実」なんてない「使い古しの真実」って感じの「演出された映画」でした。
でも、アメリカや日本の浪費しか知らない人々にとっては、いい教訓になるのでしょう。
世界中にはもっと深い知識と洞察を持った本物の環境の指導者は沢山います。この程度の極めて政治的な人物がノーベル賞ですからね。
でもまあ、「佐藤栄作と同じ、ノーベル平和賞」と考えれば納得ですかね!?
とにかく自分で修理
かんちゃん 世の中、マイコン制御が電気製品を筆頭としてあらゆる製品に蔓延して利便性を追及したことが問題ですね。マイコン制御は素人には手出しできないブラックボックスです。修理ではなくその部分はごっそり取り替えです。こういったところが修理代を押し上げ新しく買った方がお徳ですという商売になっているのでしょうね。
僕はペレットストーブの販売を手がけており、今日もデモストレーションをしてきました。僕が買っているストーブは電気も使わず価格は189,000円ですが、高いもっと安くなるだろう、そうしないと売れはしないよといわれます。
でも僕はやんわりとこういいます。お父さん、例えばあのジャパネットタカタで40インチの液晶テレビを買っても20数万円はするでしょう。でもせいぜい10年でまた買い替えでしょう。ストーブは鉄の箱ですよ。20年でも30年でも持ちますよ。それでお部屋はあったかいですよ。どちらがお徳でしょうかね。お父さん、あなたがここへ乗ってきた4WDの軽トラック。新車で100万円ぐらいしますね。このストーブ4つは買えますね。どちらがお徳でしょう。
話しずれてしまいましたが、つまるところ人がだらしなくなっているということです。僕は百姓もしていますがほとんどの機械は部品をかつて来て自分で修理します。マイコン制御部分以外は(^^)。中古の部品取りもして手元に置いときます。いつか役に立つのです。だってメーカーの部品は10年が在庫期間ですから。
皆さん、ほとんどの機械は自分で直せますよ。すぐに買い換えるのはやめましょうね。
私の「不都合な真実」
雑草Z かんちゃんさま
おっしゃるとおり、マイコン制御ってのは、修理と言うよりも、大きな部品の交換って感じですね。非常に勿体無いですね。
マイコン制御なんて付いているばっかりにかえって修理しにくいばかりか使いにくい製品も沢山あります。
かんちゃんさんのペレットストーブの販売の誘い文句は上手いもんですね。やはり、『真実』があるからこそ、自信をもっておススメ出来る訳ですね!。
『真実』と言えば、おかっぱ頭さんのコメントを受けて、
『Repairの精神』の大切さ、修理こそエコだ!と言う事を書かせて戴きましたが、そこにはちょっとばかり私の『不都合な真実』が、ありました。・・それは、私は、修理不器用というか修理無精と言う事です。
例えば、自転車で遠出するのは厭いませんが、タイヤがパンクしたときに、自分で修理した事がありません。自転車屋さんまで、引いて持っていきます。
そして、たまに壊れたものを自分で修理するときも、結構大雑把で、安全に使えりゃいい!!って感じです。
だからかんちゃん氏の
>ほとんどの機械は部品を買って来て自分で修理します。
と言うのは、素晴らしい事ですが、とても真似は出来ません。
物を捨てられない性格なので
>中古の部品取りもして手元に置いときます。
と言う事は、私もしますが、かんちゃん氏のように
>いつか役に立つのです。
とは結果的に言えません。ずっとそこにあるだけのものが結構あります。(笑)
永久運動機関もアイディアだけノートに書き溜めて(記録は好きなもので・・)作ってみなかったのも私らしい無精です。(って、組み立ててみても動く筈ありませんが・・笑)
と云うことで、永久機関と来れば
(話の繋がり、展開が強引ですね。)
かんちゃん氏の4代前のご先祖様のお話をもっとお聞きしたいものです・・・とても魅力のある人物です。
お徳? お得ですよね(^^)``
かんちゃん 誤字、ごめんなさい。
部品取りのことですが、確かにいつ使えるかわからないものもあり、時々処分もしています。
モーター類はとにかくとって置くようにしています。先日も農作業中に負荷のかけ過ぎでモーターを潰してしまいましたが(炎が上がり危うく火災になるところでした)、30年ぐらい前の他のメーカーのやつをなんとかくっつけて直しました。でも、この夏に草刈機を修理したのは部品が高くついて、危うく新品の値段になるところでした。
4代前のご先祖様ですが、あの後久しぶりに図面を引っ張り出してみましたが、驚いたのは一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています。当然当時は土木機械なんかは無いわけですから、深い谷をダムを作るように人力で埋めていったのですね。今そのため池を下から見上げると先人たちの人間力のすごさにため息が出ます。
雑草様。僕が知っているのは爺様から聞いた話がすべてですし、残された資料で確認できるものは僅かです。
人力の偉大さ
雑草Z かんちゃんさま
モーター類は、プラモデルやおもちゃ用の小さなものは、壊れたものから外して転用した事がありますが、おもちゃ以外の大きなモーターは扱った事がありません。古い他のメーカーのモーターを付けかえるかんちゃん氏は、器用ですね。メカ好きですか?。
>一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています
凄いものが残っていましたね。明治時代のものですよね?かんちゃん氏の家は、いわゆる『旧家』なわけですね。
>深い谷をダムを作るように人力で埋めていった
と言うのも素晴らしい話ですよね。その技術も大変だったと思います。『人力』はやはり偉大ですね。ご存知でしょうが、私は『人力』推進派です。
××××××××××××××××××××
考えて見ると、2代前の祖父母の事は少しは分かりますが、3代前の曽祖父など名前すらわかりませんし住んでいた場所すら行った事もありません(笑)まして、4代前の方の事など、何も知りません。かんちゃん氏の家は旧家である事もあったのでしょうが、4代前のご先祖様が、アイディアマンで、色々取り組み、村のための偉大な功績も残っているので、地域の人々の記憶に残っているのでしょうね。
何かまた4代前のご先祖様のものが出てきたら是非教えてください。
おかっぱ頭 何年も愛用した製品が故障した時、もう部品が無いからと言う理由で修理が出来ず、廃棄処分しなければならないって腹立たしいですね。「環境に優しい商品」と言う前に、「商品に優しい」メーカーになって欲しいと思います。それが結果、環境に優しい事に繋がるのではないでしょうか?
まだまだ大量生産・大量消費・大量廃棄の悪循環がなされていると思います。
ゴア氏の発言も相当政治やビジネスに結びついたものだと思います。今年1月に来日した際の経団連会館での講演内容は、
『 「危機」と言う文字には、<危険>という意味と<チャンス>という意味が含まれていると聞きました。温暖化対策はビジネスチャンスです! 』
あまりにも明快過ぎますね。
そうですね!Repairって大切ですね。
雑草z 修理して使うという事、本当に大切ですね。自分の持ち物に愛着を持って、修理しながらいつまでも使うという事が、本当の「環境にやさしい」でしょう。
自分のところで作った製品を「部品の在庫がない」という理由で修理してくれないメーカーって嫌ですね。部品の在庫がなくても工夫して修理するのが本当の職人、技術者でしょう。
ドイツでは、製品のバリエーションを犠牲にしてまで修理には、ずっと応じてくれると聞きました。・・日本でもそんな良心的なメーカーもありますね・・。その前に、ドイツ製品は壊れにくいですね。
私が書き落とした、『修理して使う』という事をフォローして下さり有難うございます。
××××××××××××××××××××××××
>『温暖化対策はビジネスチャンスです!』
アル・ゴアだったら言いそうな言葉ですね。
「不都合な真実」は見るつもりはあまりありませんでしたが、最近DVDを貸してくれた人がいたので見てみましたが、環境問題をある程度かじったことがある人ならば、みんな知ってることばかりで、
「新しい真実」なんてない「使い古しの真実」って感じの「演出された映画」でした。
でも、アメリカや日本の浪費しか知らない人々にとっては、いい教訓になるのでしょう。
世界中にはもっと深い知識と洞察を持った本物の環境の指導者は沢山います。この程度の極めて政治的な人物がノーベル賞ですからね。
でもまあ、「佐藤栄作と同じ、ノーベル平和賞」と考えれば納得ですかね!?
とにかく自分で修理
かんちゃん 世の中、マイコン制御が電気製品を筆頭としてあらゆる製品に蔓延して利便性を追及したことが問題ですね。マイコン制御は素人には手出しできないブラックボックスです。修理ではなくその部分はごっそり取り替えです。こういったところが修理代を押し上げ新しく買った方がお徳ですという商売になっているのでしょうね。
僕はペレットストーブの販売を手がけており、今日もデモストレーションをしてきました。僕が買っているストーブは電気も使わず価格は189,000円ですが、高いもっと安くなるだろう、そうしないと売れはしないよといわれます。
でも僕はやんわりとこういいます。お父さん、例えばあのジャパネットタカタで40インチの液晶テレビを買っても20数万円はするでしょう。でもせいぜい10年でまた買い替えでしょう。ストーブは鉄の箱ですよ。20年でも30年でも持ちますよ。それでお部屋はあったかいですよ。どちらがお徳でしょうかね。お父さん、あなたがここへ乗ってきた4WDの軽トラック。新車で100万円ぐらいしますね。このストーブ4つは買えますね。どちらがお徳でしょう。
話しずれてしまいましたが、つまるところ人がだらしなくなっているということです。僕は百姓もしていますがほとんどの機械は部品をかつて来て自分で修理します。マイコン制御部分以外は(^^)。中古の部品取りもして手元に置いときます。いつか役に立つのです。だってメーカーの部品は10年が在庫期間ですから。
皆さん、ほとんどの機械は自分で直せますよ。すぐに買い換えるのはやめましょうね。
私の「不都合な真実」
雑草Z かんちゃんさま
おっしゃるとおり、マイコン制御ってのは、修理と言うよりも、大きな部品の交換って感じですね。非常に勿体無いですね。
マイコン制御なんて付いているばっかりにかえって修理しにくいばかりか使いにくい製品も沢山あります。
かんちゃんさんのペレットストーブの販売の誘い文句は上手いもんですね。やはり、『真実』があるからこそ、自信をもっておススメ出来る訳ですね!。
『真実』と言えば、おかっぱ頭さんのコメントを受けて、
『Repairの精神』の大切さ、修理こそエコだ!と言う事を書かせて戴きましたが、そこにはちょっとばかり私の『不都合な真実』が、ありました。・・それは、私は、修理不器用というか修理無精と言う事です。
例えば、自転車で遠出するのは厭いませんが、タイヤがパンクしたときに、自分で修理した事がありません。自転車屋さんまで、引いて持っていきます。
そして、たまに壊れたものを自分で修理するときも、結構大雑把で、安全に使えりゃいい!!って感じです。
だからかんちゃん氏の
>ほとんどの機械は部品を買って来て自分で修理します。
と言うのは、素晴らしい事ですが、とても真似は出来ません。
物を捨てられない性格なので
>中古の部品取りもして手元に置いときます。
と言う事は、私もしますが、かんちゃん氏のように
>いつか役に立つのです。
とは結果的に言えません。ずっとそこにあるだけのものが結構あります。(笑)
永久運動機関もアイディアだけノートに書き溜めて(記録は好きなもので・・)作ってみなかったのも私らしい無精です。(って、組み立ててみても動く筈ありませんが・・笑)
と云うことで、永久機関と来れば
(話の繋がり、展開が強引ですね。)
かんちゃん氏の4代前のご先祖様のお話をもっとお聞きしたいものです・・・とても魅力のある人物です。
お徳? お得ですよね(^^)``
かんちゃん 誤字、ごめんなさい。
部品取りのことですが、確かにいつ使えるかわからないものもあり、時々処分もしています。
モーター類はとにかくとって置くようにしています。先日も農作業中に負荷のかけ過ぎでモーターを潰してしまいましたが(炎が上がり危うく火災になるところでした)、30年ぐらい前の他のメーカーのやつをなんとかくっつけて直しました。でも、この夏に草刈機を修理したのは部品が高くついて、危うく新品の値段になるところでした。
4代前のご先祖様ですが、あの後久しぶりに図面を引っ張り出してみましたが、驚いたのは一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています。当然当時は土木機械なんかは無いわけですから、深い谷をダムを作るように人力で埋めていったのですね。今そのため池を下から見上げると先人たちの人間力のすごさにため息が出ます。
雑草様。僕が知っているのは爺様から聞いた話がすべてですし、残された資料で確認できるものは僅かです。
人力の偉大さ
雑草Z かんちゃんさま
モーター類は、プラモデルやおもちゃ用の小さなものは、壊れたものから外して転用した事がありますが、おもちゃ以外の大きなモーターは扱った事がありません。古い他のメーカーのモーターを付けかえるかんちゃん氏は、器用ですね。メカ好きですか?。
>一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています
凄いものが残っていましたね。明治時代のものですよね?かんちゃん氏の家は、いわゆる『旧家』なわけですね。
>深い谷をダムを作るように人力で埋めていった
と言うのも素晴らしい話ですよね。その技術も大変だったと思います。『人力』はやはり偉大ですね。ご存知でしょうが、私は『人力』推進派です。
××××××××××××××××××××
考えて見ると、2代前の祖父母の事は少しは分かりますが、3代前の曽祖父など名前すらわかりませんし住んでいた場所すら行った事もありません(笑)まして、4代前の方の事など、何も知りません。かんちゃん氏の家は旧家である事もあったのでしょうが、4代前のご先祖様が、アイディアマンで、色々取り組み、村のための偉大な功績も残っているので、地域の人々の記憶に残っているのでしょうね。
何かまた4代前のご先祖様のものが出てきたら是非教えてください。
2007-10-15 00:01
再生不可能な地下資源などはいずれ枯渇します。・・特に、現代の大量生産大量消費の社会のままでは枯渇はすぐでしょう・・石油をはじめ多くの資源が今世紀中に枯渇されるといわれています。(石油は、20世紀に枯渇すると言われていましたが・・・)そして、地下資源の枯渇の問題は、色んなところで議論されていますが、枯渇する資源は、自然の循環に乗って再生しないからです。つまり最後には処分不可能な廃棄物になるのです。・・・
資源の枯渇問題は、ある程度昔から叫ばれて、問題視されています。しかし、人類が再生不可能な地下資源などの枯渇で苦しむ姿は、想定される未来予測の中では、かなりいいほうではないでしょうか?その前に廃棄物の捨て場がなくなったらもっと悲惨です。そして、現在の無節操な廃棄物の放出が続けば、資源よりも先に廃棄物の捨て場が枯渇するほうが、かなり早いのではないでしょうか?
日本の場合でも、都会にはゴミの捨て場が枯渇しているのは明らかで、産業廃棄物などを田舎に持って来たりしています。しかし、田舎の自治体のゴミの最終処分場も、自転車操業で、次々に新たな捨て場を確保しなければ、パンクしてしまいそうです。・・・不法投棄もかなり盛んです。
最悪なのは、最も最終処理の難しい・・と言うよりも、遠くに置いておくより手の施しようがない核廃棄物を青森県の六ヶ所村に集めたりしているところです。最終処分場として捨てているのだと言うと、さすがに六ヶ所村の住民も怒るからと、プルサーマルとして使う再処理工場なるものを作って誤魔化しています。・・・プルサーマルを実行すれば、放射性廃棄物の放射能レベルがずっと上がってさらに手に負えなくなるだけなのですが・・・
半永久的に無くならない最悪の放射性廃棄物は史上最悪の廃棄物です。
先進国は、自国のゴミの山を少しでも減らすために、途上国に捨てに行きます。最近では、コンピューターなどの廃棄電子機器や、有害化学廃棄物をアフリカの途上国や中国などにお金で引き取らせています。・そこには捨ててもいい場所があるとでも思っているのでしょうか?
・・・実際は「引き取らせたら後は知らないよ!」って姿勢でしょう。
田舎だろうが、途上国だろうが、人間の住んでいない場所だろうが、地上には有害ゴミの捨て場なんてないのです・・・火山の中にでも放り込みましょうか?
考えてみて下さい・・・・・・・・。
都会には確実に捨て場がないからと田舎に行っても捨て場にしたいような場所があるわけありません。誰だって住んでいる近くに有害物質を投棄して欲しい筈がありません。・・・・じゃあ、人の住んでいない手つかずの自然が残っている大自然に捨てましょうか?原生林、熱帯雨林、渓谷、川の源流がある山の中・・・まさか、そんな大自然を汚染出来ないでしょう!?海だって汚染が拡散して大変です。・・・じゃあ、砂漠に捨てましょうか?日本ならば鳥取砂丘ですか???(中国ならゴミ(ゴビ)砂漠でしょうか?・・なんてシャレを言ってる場合ではありません。)
そう、有害廃棄物を捨てる余裕のある他の土地なんてないのです。・・・ただ、捨て場がないから、より捨てやすい場所に捨てているに過ぎないのです。
そして、実際には、都会にも田舎にも原生林にも渓谷にも砂漠にも海にもゴミが投棄されているのです!!!!”正規の”最終処分場と言われる場所に廃棄されたゴミからも、実質は多くの有害物質が漏れています。
資源の枯渇よりも有害廃棄物の捨て場の枯渇の方がよっぽど大きな環境問題なのです。
ゴミは出したその土地で処分するべきなのです。もっと言えば、ゴミを出した本人がその場所で処分すべきなのです。・・・そう考えれば、ゴミは、生態系を循環して自然にかえる物質だけに限るべきであることは自ずと分かる筈です。
資源の枯渇問題は、ある程度昔から叫ばれて、問題視されています。しかし、人類が再生不可能な地下資源などの枯渇で苦しむ姿は、想定される未来予測の中では、かなりいいほうではないでしょうか?その前に廃棄物の捨て場がなくなったらもっと悲惨です。そして、現在の無節操な廃棄物の放出が続けば、資源よりも先に廃棄物の捨て場が枯渇するほうが、かなり早いのではないでしょうか?
日本の場合でも、都会にはゴミの捨て場が枯渇しているのは明らかで、産業廃棄物などを田舎に持って来たりしています。しかし、田舎の自治体のゴミの最終処分場も、自転車操業で、次々に新たな捨て場を確保しなければ、パンクしてしまいそうです。・・・不法投棄もかなり盛んです。
最悪なのは、最も最終処理の難しい・・と言うよりも、遠くに置いておくより手の施しようがない核廃棄物を青森県の六ヶ所村に集めたりしているところです。最終処分場として捨てているのだと言うと、さすがに六ヶ所村の住民も怒るからと、プルサーマルとして使う再処理工場なるものを作って誤魔化しています。・・・プルサーマルを実行すれば、放射性廃棄物の放射能レベルがずっと上がってさらに手に負えなくなるだけなのですが・・・
半永久的に無くならない最悪の放射性廃棄物は史上最悪の廃棄物です。
先進国は、自国のゴミの山を少しでも減らすために、途上国に捨てに行きます。最近では、コンピューターなどの廃棄電子機器や、有害化学廃棄物をアフリカの途上国や中国などにお金で引き取らせています。・そこには捨ててもいい場所があるとでも思っているのでしょうか?
・・・実際は「引き取らせたら後は知らないよ!」って姿勢でしょう。
田舎だろうが、途上国だろうが、人間の住んでいない場所だろうが、地上には有害ゴミの捨て場なんてないのです・・・火山の中にでも放り込みましょうか?
考えてみて下さい・・・・・・・・。
都会には確実に捨て場がないからと田舎に行っても捨て場にしたいような場所があるわけありません。誰だって住んでいる近くに有害物質を投棄して欲しい筈がありません。・・・・じゃあ、人の住んでいない手つかずの自然が残っている大自然に捨てましょうか?原生林、熱帯雨林、渓谷、川の源流がある山の中・・・まさか、そんな大自然を汚染出来ないでしょう!?海だって汚染が拡散して大変です。・・・じゃあ、砂漠に捨てましょうか?日本ならば鳥取砂丘ですか???(中国ならゴミ(ゴビ)砂漠でしょうか?・・なんてシャレを言ってる場合ではありません。)
そう、有害廃棄物を捨てる余裕のある他の土地なんてないのです。・・・ただ、捨て場がないから、より捨てやすい場所に捨てているに過ぎないのです。
そして、実際には、都会にも田舎にも原生林にも渓谷にも砂漠にも海にもゴミが投棄されているのです!!!!”正規の”最終処分場と言われる場所に廃棄されたゴミからも、実質は多くの有害物質が漏れています。
資源の枯渇よりも有害廃棄物の捨て場の枯渇の方がよっぽど大きな環境問題なのです。
ゴミは出したその土地で処分するべきなのです。もっと言えば、ゴミを出した本人がその場所で処分すべきなのです。・・・そう考えれば、ゴミは、生態系を循環して自然にかえる物質だけに限るべきであることは自ずと分かる筈です。
エコ猫 宇宙へ放射性廃棄物をポイしたらっていう議論も行われてましたね。英語ですが、参考になれば幸いです
http://www.corwm.org.uk/(2004年夏の資料)
要約すると、地球に最降下しない場所まで廃棄物を持っていくのが難しいのと、お金がものすごくかかりますってことみたいです。あとは倫理的な問題も関わってくるみたいですが、将来の可能性にはなりそうですね。
なにはともあれ、ゴミは出さないのが一番ですね!
愚かな議論の前に早く原発の廃止を!!
雑草Z 地球の重力場から脱出するエネルギーは膨大で、宇宙から資源を持ってくることも、宇宙に物質を廃棄する事も、議論するまでもありません。地球の大きな環境破壊になります。
→【宇宙開発を考えるほどの馬鹿でなし】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-169.html
そこにも書いたように、確かに人間の手に負えない高レベルの放射性廃棄物は宇宙に捨てたくもなります。しかし既にその量は多過ぎます。コストの問題だけではなく凄まじい大気汚染が起こるだろうし、ほかの様々な環境汚染も起こるでしょう。ロケットに積む技術もないだろうし、失敗して落ちて来たら大変です・・・ていうか、原発はすぐに止めるしか方法はありません。既に出してしまった放射性廃棄物はお手上げです。
どんな角度から見ても原発は負の面しかありません。
(カテゴリー【原子力】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-category-18.html 参照)
連日のご訪問有難う御座います。折角のご紹介のページですが、その手の議論をするよりも、一刻も早く原発を廃止すべきです。
2007-05-15 00:01
山や森、川や湿原など、自然が残された場所では、ゴミ箱が設置されていない所が多く、ゴミの持ち帰り運動が定着しています。
私は以前より、このゴミの持ち帰り運動には疑問を持っていました。いや、普通にゴミ箱を設置せよという積もりは毛頭ありません。人がこんな所まで持ってきたゴミを、わざわざ税金を使って回収する必要はないでしょう。それなら自分達で持ち帰るべきです。
私の疑問は、こういう場所からゴミを持ち帰る事が、果たしていい事だろうか?という事です。根本的な解決策になっていないどころか、余分な環境汚染を作り出しています。
確かに残された大自然を大切にするべきです。現在の形態のゴミを山や森、川や湿原に置いて来たら、それこそ不法投棄現場のように、すぐに酷く荒れた状態になってしまうでしょう。
しかし、その特殊な場所・・・壮大な自然の残された場所だけをサンクチュアリーとして、ゴミは持ち帰って別の場所に捨てる・・・っ て、ゴミ問題から言えば何の解決にもなっていません。ゴミの絶対量は減らないどころか増やしています。・・あちこちにばら撒くよりはいいでしょうが・・・。こう言う手法は、環境問題対策とは言えないと考えます。
それだけではありません。地上の栄養分は重力によって下へ下へと落ちていきます。程度問題では有りますが、山の上へ生ゴミを置いてくるのはあながち悪くもないことではないでしょうか?
缶やペットボトル、ビニール袋などの人工物質は持ち帰るべきでしょうが、生ゴミ、糞尿は、目立たぬように置いてくるのも決して悪いことではないと考えます。・・・自然に腐る過程で、ほかの生き物の栄養になっていくのです。
例えば、最近携帯トイレを登山口とかで売って、山でした便の持ち帰り運動がなされていますが、私はこれには反対です。それならば、バイオトイレの方がずっといいでしょう。自然の循環に流せる糞尿を、携帯トイレの容器に入れて麓に帰ってから捨てれば、その容器は人工物質で、自然に循環はしませんから、折角の栄養分たっぷりの糞尿を自然の循環から隔離して、結果として余分なゴミを増やすのです。
- かつて、5年ほど前「東北自然保護の集い」とかに出席してみた時、この携帯トイレを推進している方がいて、この携帯トイレ推進運動を大会アピールの一つとして採択する事に私が一人で反対して、採択が流れた事があります。(その時以来もうその集会には出ていませんが・・)
採択しようと言う方達は、
「赤ちゃんの紙おむつと同じようなものだから、山を汚さずにいいではないか・・・」
と言ってましたが、私は、「だからこそ駄目だ!」と反対しました。紙おむつは、利便性だけ求めて家庭をきれいにして、環境汚染物質を増やしているのです。まさに、携帯トイレは紙おむつと同様に、局所を汚すのを防ぐ代わりに、もっと広域を環境汚染するのです。
犬の糞の持ち帰り運動も同様です。確かに犬の糞を道ばたや玄関先に置いていかれたら酷いと思うだろうし、マナー知らずだと思うでしょう。しかし、家に持ち帰った糞は、大抵ゴミとして袋に入れて出すそうです。極端な場合は、化学物質で固めて燃えないゴミに出すと言うのを聞いたことがあります。
こんな事がマナーになったのも、どこもかしこもコンクリートやアスファルトで鋪装したり、側溝までもU字溝を使うからです。犬の糞くらい、土をちょっとかぶせるくらいが適当な処置でしょう・・・そんな余裕のない都市部は、人口過剰過ぎるのです。森で犬が糞をしても目くじら立てて騒がないでしょう。
余談ですが、私が育った岩手県の田舎では、通学路などに馬や牛の大きな糞が落ちていたものですが、誰も文句は言いませんでした。
こう言う局所的な環境保護運動は、地球規模と言わずとも、もう少しマクロに見れば、環境汚染を増やしているだけの事だと思います。こんな事は環境問題対策と呼ぶべきではありません。
山で便意をもよおしたら、「花摘み」と言って、木陰などで用を足して、土を少しかけてくる・・・そういう大らかな伝統が、下方の海に流れてしまう栄養を山の上に戻していたのでしょう。、山の上から、ずうっと下って下の地区までの栄養供給にもなるのです。
確かに過剰な場合は山の生態系に影響はあるので良くないでしょう。
尾瀬の水芭蕉も人間の捨てた生ゴミで肥大化しています。人間の糞尿は栄養分が強すぎて、低い養分で生きている高山植物に過分な養分を与えると言う危険性もかなり有ります。しかしそれも程度問題でしょう。オーバ ーユースを制限すればいいのです。万年雪の残る山とかを除けば、
多少の「野グソ」は、生態系にとっては「恵み」ではないでしょうか?
- 以上、昔からの私の持論は、槌田敦氏の以下の文献が後押ししてくれました。
『熱学外論 ー 生命・環境を含む開放系の熱力学』
・・・これが、物理の熱力学の本だと言うからびっくりです。本書については後日また色々書きますが、こんなに面白い熱力学の本を書く槌田敦さんは、それ
だけでも素晴らしいと思ってしまいます。
『エコロジー神話の功罪 ー サルとして感じ、人として歩め』
・・・槌田氏の得意とする似非環境保護についての本です。サブタイトルもGoooo!!
私は以前より、このゴミの持ち帰り運動には疑問を持っていました。いや、普通にゴミ箱を設置せよという積もりは毛頭ありません。人がこんな所まで持ってきたゴミを、わざわざ税金を使って回収する必要はないでしょう。それなら自分達で持ち帰るべきです。
私の疑問は、こういう場所からゴミを持ち帰る事が、果たしていい事だろうか?という事です。根本的な解決策になっていないどころか、余分な環境汚染を作り出しています。
確かに残された大自然を大切にするべきです。現在の形態のゴミを山や森、川や湿原に置いて来たら、それこそ不法投棄現場のように、すぐに酷く荒れた状態になってしまうでしょう。
しかし、その特殊な場所・・・壮大な自然の残された場所だけをサンクチュアリーとして、ゴミは持ち帰って別の場所に捨てる・・・っ て、ゴミ問題から言えば何の解決にもなっていません。ゴミの絶対量は減らないどころか増やしています。・・あちこちにばら撒くよりはいいでしょうが・・・。こう言う手法は、環境問題対策とは言えないと考えます。
それだけではありません。地上の栄養分は重力によって下へ下へと落ちていきます。程度問題では有りますが、山の上へ生ゴミを置いてくるのはあながち悪くもないことではないでしょうか?
缶やペットボトル、ビニール袋などの人工物質は持ち帰るべきでしょうが、生ゴミ、糞尿は、目立たぬように置いてくるのも決して悪いことではないと考えます。・・・自然に腐る過程で、ほかの生き物の栄養になっていくのです。
例えば、最近携帯トイレを登山口とかで売って、山でした便の持ち帰り運動がなされていますが、私はこれには反対です。それならば、バイオトイレの方がずっといいでしょう。自然の循環に流せる糞尿を、携帯トイレの容器に入れて麓に帰ってから捨てれば、その容器は人工物質で、自然に循環はしませんから、折角の栄養分たっぷりの糞尿を自然の循環から隔離して、結果として余分なゴミを増やすのです。
- かつて、5年ほど前「東北自然保護の集い」とかに出席してみた時、この携帯トイレを推進している方がいて、この携帯トイレ推進運動を大会アピールの一つとして採択する事に私が一人で反対して、採択が流れた事があります。(その時以来もうその集会には出ていませんが・・)
採択しようと言う方達は、
「赤ちゃんの紙おむつと同じようなものだから、山を汚さずにいいではないか・・・」
と言ってましたが、私は、「だからこそ駄目だ!」と反対しました。紙おむつは、利便性だけ求めて家庭をきれいにして、環境汚染物質を増やしているのです。まさに、携帯トイレは紙おむつと同様に、局所を汚すのを防ぐ代わりに、もっと広域を環境汚染するのです。
犬の糞の持ち帰り運動も同様です。確かに犬の糞を道ばたや玄関先に置いていかれたら酷いと思うだろうし、マナー知らずだと思うでしょう。しかし、家に持ち帰った糞は、大抵ゴミとして袋に入れて出すそうです。極端な場合は、化学物質で固めて燃えないゴミに出すと言うのを聞いたことがあります。
こんな事がマナーになったのも、どこもかしこもコンクリートやアスファルトで鋪装したり、側溝までもU字溝を使うからです。犬の糞くらい、土をちょっとかぶせるくらいが適当な処置でしょう・・・そんな余裕のない都市部は、人口過剰過ぎるのです。森で犬が糞をしても目くじら立てて騒がないでしょう。
余談ですが、私が育った岩手県の田舎では、通学路などに馬や牛の大きな糞が落ちていたものですが、誰も文句は言いませんでした。
こう言う局所的な環境保護運動は、地球規模と言わずとも、もう少しマクロに見れば、環境汚染を増やしているだけの事だと思います。こんな事は環境問題対策と呼ぶべきではありません。
山で便意をもよおしたら、「花摘み」と言って、木陰などで用を足して、土を少しかけてくる・・・そういう大らかな伝統が、下方の海に流れてしまう栄養を山の上に戻していたのでしょう。、山の上から、ずうっと下って下の地区までの栄養供給にもなるのです。
確かに過剰な場合は山の生態系に影響はあるので良くないでしょう。
尾瀬の水芭蕉も人間の捨てた生ゴミで肥大化しています。人間の糞尿は栄養分が強すぎて、低い養分で生きている高山植物に過分な養分を与えると言う危険性もかなり有ります。しかしそれも程度問題でしょう。オーバ ーユースを制限すればいいのです。万年雪の残る山とかを除けば、
多少の「野グソ」は、生態系にとっては「恵み」ではないでしょうか?
- 以上、昔からの私の持論は、槌田敦氏の以下の文献が後押ししてくれました。
『熱学外論 ー 生命・環境を含む開放系の熱力学』
・・・これが、物理の熱力学の本だと言うからびっくりです。本書については後日また色々書きますが、こんなに面白い熱力学の本を書く槌田敦さんは、それ
だけでも素晴らしいと思ってしまいます。
『エコロジー神話の功罪 ー サルとして感じ、人として歩め』
・・・槌田氏の得意とする似非環境保護についての本です。サブタイトルもGoooo!!
2007-05-12 00:07
最も多いゴミは何でしょう?・・・ゴミ収集所で出されたゴミ袋の中を見ると、袋の中は、容器や袋だらけなんてことはよくあります。つまり、特に「使い捨て」にする必要のない容器や袋包みなどの「使い捨ての入れ物」が、最も多いゴミではないでしょうか?
日本でも過剰包装の勿体無さが叫ばれて久しい筈ですが、過剰包装はなくなるどころか余計に増えています。パッケージ専門店なんてのまで現れる始末です。
なくならない過剰包装一つとってみても、日本のゴミ行政の、対処療法しかやっていない事のいい加減さ、無策を感じます。日本の過剰包装は本当に情けなく、とんでもないものまで包装していますが、その中でも最もどうしようもないものの一つが、ゴミの過剰包装ではないでしょうか?
最近人々は極端なきれい好きになって、公共施設も会社も各家庭も、ゴミ箱の内側に、ゴミ袋をすっぽりセットして置く事が当たり前の事のようになってしまいました。・・・回収しやすいように・とか、ゴミに残っていた液体がゴミ箱を汚さないように・・・等が理由と考えられますが、その為にゴミの量が一段と増えました。
回収用ゴミ袋の中に、各家庭用のゴミ箱につけるビニールゴミ袋、そのビニールゴミ袋の中にレジ袋、レジ袋の中に空の容器や袋が沢山入っていて、その袋の中にキャンディーやせんべいを一つ一つ包んでいたビニール袋・・・・・・なんてのは、よくある光景です。結局、禅問答ではありませんが、容器の中身は容器で、そのまた中身も容器・・・と、辿っていっても入れ物の中身は、入れ物自身であって中身がない・・・・。ゴミ袋をさらに大きなゴミ袋に入れていけば、当然の事ですが、ゴミがどんどん増えていきます。ゴミ袋でどんどんゴミを増やしているのです。まさにゴミバブルです。
見方を変えれば、ゴミを捨てるだけの為にゴミを過剰包装しているのです。
ゴミの回収にさえ、使い捨ての「ゴミ袋」を使う必要はないでしょう。ちょっとくらい不便でも、ゴミ箱が汚れようと、ゴミ袋は使わずに、家庭では直接ゴミ箱に、ゴミの回収では備え付けの容器に、ゴミを入れるシステムに戻すべきでしょう。
製品を買う時に過剰包装して買い、その過剰包装の容器や包み紙が主なゴミとなり、さらにそのゴミを捨てる時にも何重にも包装して捨てるわけです。とんでもないお話です。ゴミがゴミを呼ぶというか、小さなゴミが大きなゴミを作り出しているのです。
ゴミまで過剰包装・・・・こんなふざけた事をずっとやってきているのです。
最近定着してきた、山や海や観光地、または地域社会でのでのボランティアによるゴミ拾い運動も同じ問題があります。ゴミを拾う人それぞれに袋を渡してゴミを拾い、一人一人の袋はいっぱいにならずとも、その個人の袋ごと、さらにまとめて大きなゴミ袋に入れて回収・・・なんて事もよく見かけます。ゴミ袋が勿体ないだけでなく、明らかに「ゴミ袋」というゴミを増やしています。そして、集めたゴミをよく見ると、枯れ草や木の枝、生ゴミや虫の死体・・・なども多く、ゴミ袋にさえ入れなければ、自然の循環に戻れるものも沢山あります。それを酷い時には、他の種類のゴミ・・・金属やプラスチック、と混ぜてしまっています。・・・しかし、混ぜなくともビニールなどの袋に入れれば混ぜたことと同じでしょうが・・。
ゴミ行政で切迫した問題は沢山ありますが、その大きな一つが最終処分場の問題でしょう。こんな善意のゴミ拾い運動が、最終処分場の寿命を縮め、生ゴミなどを生態系の循環にもどすチャンスも奪ってしまうのです。
だから、こんなゴミ拾い運動はやるべきではないと考えます。・・・じゃあ、ゴミだらけになって困るじゃないか・・・?と言う人がいるでしょうが、現実を直視して困るべきです。困ったら、お役所も企業も、そんなゴミを出さないように、過剰包装をやめ、生態系で循環しないものの製造はやめるという方向を本気で考えるのではないでしょうか?
日本でも過剰包装の勿体無さが叫ばれて久しい筈ですが、過剰包装はなくなるどころか余計に増えています。パッケージ専門店なんてのまで現れる始末です。
なくならない過剰包装一つとってみても、日本のゴミ行政の、対処療法しかやっていない事のいい加減さ、無策を感じます。日本の過剰包装は本当に情けなく、とんでもないものまで包装していますが、その中でも最もどうしようもないものの一つが、ゴミの過剰包装ではないでしょうか?
最近人々は極端なきれい好きになって、公共施設も会社も各家庭も、ゴミ箱の内側に、ゴミ袋をすっぽりセットして置く事が当たり前の事のようになってしまいました。・・・回収しやすいように・とか、ゴミに残っていた液体がゴミ箱を汚さないように・・・等が理由と考えられますが、その為にゴミの量が一段と増えました。
回収用ゴミ袋の中に、各家庭用のゴミ箱につけるビニールゴミ袋、そのビニールゴミ袋の中にレジ袋、レジ袋の中に空の容器や袋が沢山入っていて、その袋の中にキャンディーやせんべいを一つ一つ包んでいたビニール袋・・・・・・なんてのは、よくある光景です。結局、禅問答ではありませんが、容器の中身は容器で、そのまた中身も容器・・・と、辿っていっても入れ物の中身は、入れ物自身であって中身がない・・・・。ゴミ袋をさらに大きなゴミ袋に入れていけば、当然の事ですが、ゴミがどんどん増えていきます。ゴミ袋でどんどんゴミを増やしているのです。まさにゴミバブルです。
見方を変えれば、ゴミを捨てるだけの為にゴミを過剰包装しているのです。
ゴミの回収にさえ、使い捨ての「ゴミ袋」を使う必要はないでしょう。ちょっとくらい不便でも、ゴミ箱が汚れようと、ゴミ袋は使わずに、家庭では直接ゴミ箱に、ゴミの回収では備え付けの容器に、ゴミを入れるシステムに戻すべきでしょう。
製品を買う時に過剰包装して買い、その過剰包装の容器や包み紙が主なゴミとなり、さらにそのゴミを捨てる時にも何重にも包装して捨てるわけです。とんでもないお話です。ゴミがゴミを呼ぶというか、小さなゴミが大きなゴミを作り出しているのです。
ゴミまで過剰包装・・・・こんなふざけた事をずっとやってきているのです。
最近定着してきた、山や海や観光地、または地域社会でのでのボランティアによるゴミ拾い運動も同じ問題があります。ゴミを拾う人それぞれに袋を渡してゴミを拾い、一人一人の袋はいっぱいにならずとも、その個人の袋ごと、さらにまとめて大きなゴミ袋に入れて回収・・・なんて事もよく見かけます。ゴミ袋が勿体ないだけでなく、明らかに「ゴミ袋」というゴミを増やしています。そして、集めたゴミをよく見ると、枯れ草や木の枝、生ゴミや虫の死体・・・なども多く、ゴミ袋にさえ入れなければ、自然の循環に戻れるものも沢山あります。それを酷い時には、他の種類のゴミ・・・金属やプラスチック、と混ぜてしまっています。・・・しかし、混ぜなくともビニールなどの袋に入れれば混ぜたことと同じでしょうが・・。
ゴミ行政で切迫した問題は沢山ありますが、その大きな一つが最終処分場の問題でしょう。こんな善意のゴミ拾い運動が、最終処分場の寿命を縮め、生ゴミなどを生態系の循環にもどすチャンスも奪ってしまうのです。
だから、こんなゴミ拾い運動はやるべきではないと考えます。・・・じゃあ、ゴミだらけになって困るじゃないか・・・?と言う人がいるでしょうが、現実を直視して困るべきです。困ったら、お役所も企業も、そんなゴミを出さないように、過剰包装をやめ、生態系で循環しないものの製造はやめるという方向を本気で考えるのではないでしょうか?
2007-05-09 00:01
私は物をあまり捨てません。・・・まだ使える物・・・ペットボトルや食品トレイなどしか思い浮かびませんが・・・を捨てる時、罪悪感があります。 一瞬なんとも嫌な気持ちがします・・・・
しかし一方、ほとんど罪悪感を感じない場合があります。
それは例えば、食べ忘れて腐ってしまったもの・・・腐らせてしまうまで食べ忘れていた事には、失敗したと罪悪感がありますが、これを捨てることには罪悪感がありません。
・・・これをゴミ袋に捨てれば、きっと罪悪感がありますが、私の家では、生まれたときから(何度か引っ越しましたが、いく先々で)庭と言うか土の部分に穴を掘って埋めていますので、また土の栄養になって、野菜や木の栄養でなくとも、雑草の養分にでもなると思うので、気持ちは楽です。
・・それよりも、水洗トイレで糞尿を流すほうが、折角の肥料が勿体ないと感じます・・
食べ残しでも・・・これも私は滅多にしません・・、エビのしっぽから、茄子のへたまで食べてしまいます。(笑)・・・猫や雀や小魚や蟻の餌にしたり・・・土の微生物に有効活用して貰って、形を変えて巡ってくれば、それでいいと感じます。
廃棄物が自然の循環に回ればいいのです。・・・人為的なリサイクルでは駄目です。外部からのエネルギーや別の物資の投入が必要だからです。
最近は犬の糞の持ち帰り運動もすっかり定着してしまいました。これは、道でも側溝でも何でもかんでもコンクリートで固めて、土を露出させていないからです。人や動物の密度の大きさも問題です。しかし、生ゴミでも糞尿でもその辺に放って置けばすぐに腐って小動物から微生物の餌になって土に帰って行く自然の完璧な仕組みを大いに利用すべきでしょう。
使っているものがみんな生態系の循環に乗るもので、道ばたや身の回りに土が露出し、捨てたものを腐らせて、二酸化炭素や水や無機物質に分解するまでエネルギーを多くの生き物が有効利用するような自然の循環に囲まれた生活をしたいものです。
そういう環境では、物を捨てても罪悪感はないでしょう。
江戸時代のように、生態系の物質・・糞尿や体そのものを完璧な自然の循環に戻せる仕組みをしっかりさせて、生態系の物資を使い捨てしても何の環境汚染にもならない生活に戻りたいものです。
使い捨ての出来る生活 = 使い捨てしても環境汚染の起こらない生活
= 使い捨てしたものが生態系の循環を回る生活・・・それが、持続可能な社会の最低条件でしょう。
そのような意味での、使い捨ての出来る生活をしたいものです。
しかし一方、ほとんど罪悪感を感じない場合があります。
それは例えば、食べ忘れて腐ってしまったもの・・・腐らせてしまうまで食べ忘れていた事には、失敗したと罪悪感がありますが、これを捨てることには罪悪感がありません。
・・・これをゴミ袋に捨てれば、きっと罪悪感がありますが、私の家では、生まれたときから(何度か引っ越しましたが、いく先々で)庭と言うか土の部分に穴を掘って埋めていますので、また土の栄養になって、野菜や木の栄養でなくとも、雑草の養分にでもなると思うので、気持ちは楽です。
・・それよりも、水洗トイレで糞尿を流すほうが、折角の肥料が勿体ないと感じます・・
食べ残しでも・・・これも私は滅多にしません・・、エビのしっぽから、茄子のへたまで食べてしまいます。(笑)・・・猫や雀や小魚や蟻の餌にしたり・・・土の微生物に有効活用して貰って、形を変えて巡ってくれば、それでいいと感じます。
廃棄物が自然の循環に回ればいいのです。・・・人為的なリサイクルでは駄目です。外部からのエネルギーや別の物資の投入が必要だからです。
最近は犬の糞の持ち帰り運動もすっかり定着してしまいました。これは、道でも側溝でも何でもかんでもコンクリートで固めて、土を露出させていないからです。人や動物の密度の大きさも問題です。しかし、生ゴミでも糞尿でもその辺に放って置けばすぐに腐って小動物から微生物の餌になって土に帰って行く自然の完璧な仕組みを大いに利用すべきでしょう。
使っているものがみんな生態系の循環に乗るもので、道ばたや身の回りに土が露出し、捨てたものを腐らせて、二酸化炭素や水や無機物質に分解するまでエネルギーを多くの生き物が有効利用するような自然の循環に囲まれた生活をしたいものです。
そういう環境では、物を捨てても罪悪感はないでしょう。
江戸時代のように、生態系の物質・・糞尿や体そのものを完璧な自然の循環に戻せる仕組みをしっかりさせて、生態系の物資を使い捨てしても何の環境汚染にもならない生活に戻りたいものです。
使い捨ての出来る生活 = 使い捨てしても環境汚染の起こらない生活
= 使い捨てしたものが生態系の循環を回る生活・・・それが、持続可能な社会の最低条件でしょう。
そのような意味での、使い捨ての出来る生活をしたいものです。
土に感服!
おかっぱ頭 10年程前から庭にコンポストを置いて生ごみ処理に使用しています。が、失敗談を。
生ごみをただポイポイ入れるだけで堆肥に変えてくれる優れもの、と思いきや、蓋を開ける度にすごい悪臭!すごい虫!それでもごみとして出したくはなかったので、息を止め、目をつぶって数年間入れ続けていました。
後で判ったのですが、中央にだけ生ごみが山の形に固まって発酵、分解が進まず、ただ腐敗した状態だったからのようです。
発酵促進剤なる物もあるようですが、それよりも何よりもこれを解決してくれるすごく簡単な方法、それは 〜生ごみを平らに広げて入れたらその上に土をかぶせる、たまにスコップでかき混ぜる、その繰り返し〜 たったこれだけで微生物が発酵と分解を早めてくれて・・以来悪臭からも虫からも解放されました。土の威力には感服します。
堆肥になった部分は家庭菜園に使用し、古くなった土はまた生ごみにかぶせると云う風にうまく循環が出来ています。秋には落ち葉を一ヶ所に集めておくのですが、これも有効利用しています。
楽しいから継続出来ているのだと思います。
犬の糞も今の時代は持ち帰らざるを得ませんが、トイレに流さず各家庭でうまく工夫がなされれば理想的ですね。
そうですね。土に感謝です。
雑草Z 土をコンクリートやアスファルトで覆ってしまうのは、本当に愚かな事ですね。生ゴミでも糞尿でも土に混ざって土に帰せば、養分の高い土になるのです。こうした土の土地は化学肥料や農薬と違って、砂漠化の心配もありません。
なるほど、生ゴミを平らに広げて土をかければいいのですね?確かに生ゴミは十分空気があって広げておけば、嫌な匂いはあまりしないそうです。早速試してみようと思いますが・・・
家では、現在の家に住むまでは、コンポストを使った事がなく、大きな穴を掘って埋めていました。そこでは、雑草もかなりの背丈に大きく生えました(笑)
コンポストは、母が町から買わせられたようですが、コンポストって、本当に必要なのでしょうか?確かにコンポストでないとハエなどの虫は沢山集まって大変かもしれません。でも家のコンポストの中も下の隙間から入り込むのか、ハエなどの虫だらけになります。家では穴を深く掘ってコンポストをかぶせてます。穴が周りの土の高さぐらいになると埋めて、場所を移動していますので、家では本来のコンポストの使い方ではなくて、穴の蓋として使っているのかも知れません(笑)
確かに発酵促進剤などは出来るだけ使いたくないですね。
いつも役立つ情報有難う御座います。
PS
犬の糞の持ち帰りについてはもっと申したい事があるので、5/15にアップ致します。
コンポストの正しい使い方初めて出来たようです
雑草Z 家のコンポストも、上のコメントにかいたように、ただ穴の蓋みたく使っていて、生ゴミを捨てるときは、おかっぱ頭さんの家のように蓋を開ける度にすごい悪臭で、物凄い勢いで沢山の虫が飛び出してきて脅威でした。
上のおかっぱ頭さんのコメントを読んで、やってみようと考え、先月に前の穴を埋めて、新たに穴を掘って試しています。生ゴミを捨てたときには、スコップで捨てた生ゴミを切りながら穴の側面の土を削ってかけるようにしてならしたています。悪臭もしなくなり、虫もほんの小さな虫が底のほうに少しだけになりました。本当に使い方によってこれだけ変わるのですね。正しい使い方のご指南有難う御座いました。
沢山の虫が発生して、鳥の餌が増えて鳥が集まってくるのもいいかも知れません(コンポストから沢山の虫と一緒にすずめが飛び出てきた事もあります。)が、そこまでは我慢できず、スプレー式の殺虫剤を使ってしまうことになりかねません。
コンポストも使い方一つなんですね!コンポストの意味も分かったような・。
お役に立てて嬉しいです。
おかっぱ頭 実践して下さったのですね!きっといい堆肥が出来る事と思います。
スコップで生ゴミを細かく切ってらっしゃるのもすごくいい事かと。その分早く分解しますね。
私も知り合いから教えてもらい上手くいってからは、逆にコンポストの蓋を開けるのが楽しみになった位です。
これからも気長に楽しみながら、そして何より土をかぶせる時は感謝を込めて、ですね!
羽虫はコンポストの外に出しましょう
雑草Z つい最近、去年までというより、一月ほど前までは、コンポストの中の沢山の虫を外に出したのでは自分の家にもハエ等の羽虫が増えるだけでなく、近所迷惑かとも思っていましたが、槌田敦氏の本を読んで、こういう虫の大切さを再認識しました。
私の家の庭には沢山の色々な鳥が集まるのですが、これも庭の木の実だけでなく、生ゴミを庭に捨てているからでしょう。腐る前の生ゴミを食べたり、その腐りかけの生ゴミに集まる虫を食べに集まるのでしょう、(横からか、コンポストの中にまで入り込みます。)。
コンポストに虫が沢山発生しなくなった今、コンポストを開けるときは虫を退治しないで、外に出して見ようかと思います。本当は槌田敦氏の提案に沿って、鳥を使って、山に木を育てる実験もしたいのですが、そんな山は近くにありませんし、かなり時間もかかります。
槌田氏の森の再生の提案に関しては近々アップしたいと考えています。大変面白い素晴らしい提案だと思います。
おかっぱ頭 10年程前から庭にコンポストを置いて生ごみ処理に使用しています。が、失敗談を。
生ごみをただポイポイ入れるだけで堆肥に変えてくれる優れもの、と思いきや、蓋を開ける度にすごい悪臭!すごい虫!それでもごみとして出したくはなかったので、息を止め、目をつぶって数年間入れ続けていました。
後で判ったのですが、中央にだけ生ごみが山の形に固まって発酵、分解が進まず、ただ腐敗した状態だったからのようです。
発酵促進剤なる物もあるようですが、それよりも何よりもこれを解決してくれるすごく簡単な方法、それは 〜生ごみを平らに広げて入れたらその上に土をかぶせる、たまにスコップでかき混ぜる、その繰り返し〜 たったこれだけで微生物が発酵と分解を早めてくれて・・以来悪臭からも虫からも解放されました。土の威力には感服します。
堆肥になった部分は家庭菜園に使用し、古くなった土はまた生ごみにかぶせると云う風にうまく循環が出来ています。秋には落ち葉を一ヶ所に集めておくのですが、これも有効利用しています。
楽しいから継続出来ているのだと思います。
犬の糞も今の時代は持ち帰らざるを得ませんが、トイレに流さず各家庭でうまく工夫がなされれば理想的ですね。
そうですね。土に感謝です。
雑草Z 土をコンクリートやアスファルトで覆ってしまうのは、本当に愚かな事ですね。生ゴミでも糞尿でも土に混ざって土に帰せば、養分の高い土になるのです。こうした土の土地は化学肥料や農薬と違って、砂漠化の心配もありません。
なるほど、生ゴミを平らに広げて土をかければいいのですね?確かに生ゴミは十分空気があって広げておけば、嫌な匂いはあまりしないそうです。早速試してみようと思いますが・・・
家では、現在の家に住むまでは、コンポストを使った事がなく、大きな穴を掘って埋めていました。そこでは、雑草もかなりの背丈に大きく生えました(笑)
コンポストは、母が町から買わせられたようですが、コンポストって、本当に必要なのでしょうか?確かにコンポストでないとハエなどの虫は沢山集まって大変かもしれません。でも家のコンポストの中も下の隙間から入り込むのか、ハエなどの虫だらけになります。家では穴を深く掘ってコンポストをかぶせてます。穴が周りの土の高さぐらいになると埋めて、場所を移動していますので、家では本来のコンポストの使い方ではなくて、穴の蓋として使っているのかも知れません(笑)
確かに発酵促進剤などは出来るだけ使いたくないですね。
いつも役立つ情報有難う御座います。
PS
犬の糞の持ち帰りについてはもっと申したい事があるので、5/15にアップ致します。
コンポストの正しい使い方初めて出来たようです
雑草Z 家のコンポストも、上のコメントにかいたように、ただ穴の蓋みたく使っていて、生ゴミを捨てるときは、おかっぱ頭さんの家のように蓋を開ける度にすごい悪臭で、物凄い勢いで沢山の虫が飛び出してきて脅威でした。
上のおかっぱ頭さんのコメントを読んで、やってみようと考え、先月に前の穴を埋めて、新たに穴を掘って試しています。生ゴミを捨てたときには、スコップで捨てた生ゴミを切りながら穴の側面の土を削ってかけるようにしてならしたています。悪臭もしなくなり、虫もほんの小さな虫が底のほうに少しだけになりました。本当に使い方によってこれだけ変わるのですね。正しい使い方のご指南有難う御座いました。
沢山の虫が発生して、鳥の餌が増えて鳥が集まってくるのもいいかも知れません(コンポストから沢山の虫と一緒にすずめが飛び出てきた事もあります。)が、そこまでは我慢できず、スプレー式の殺虫剤を使ってしまうことになりかねません。
コンポストも使い方一つなんですね!コンポストの意味も分かったような・。
お役に立てて嬉しいです。
おかっぱ頭 実践して下さったのですね!きっといい堆肥が出来る事と思います。
スコップで生ゴミを細かく切ってらっしゃるのもすごくいい事かと。その分早く分解しますね。
私も知り合いから教えてもらい上手くいってからは、逆にコンポストの蓋を開けるのが楽しみになった位です。
これからも気長に楽しみながら、そして何より土をかぶせる時は感謝を込めて、ですね!
羽虫はコンポストの外に出しましょう
雑草Z つい最近、去年までというより、一月ほど前までは、コンポストの中の沢山の虫を外に出したのでは自分の家にもハエ等の羽虫が増えるだけでなく、近所迷惑かとも思っていましたが、槌田敦氏の本を読んで、こういう虫の大切さを再認識しました。
私の家の庭には沢山の色々な鳥が集まるのですが、これも庭の木の実だけでなく、生ゴミを庭に捨てているからでしょう。腐る前の生ゴミを食べたり、その腐りかけの生ゴミに集まる虫を食べに集まるのでしょう、(横からか、コンポストの中にまで入り込みます。)。
コンポストに虫が沢山発生しなくなった今、コンポストを開けるときは虫を退治しないで、外に出して見ようかと思います。本当は槌田敦氏の提案に沿って、鳥を使って、山に木を育てる実験もしたいのですが、そんな山は近くにありませんし、かなり時間もかかります。
槌田氏の森の再生の提案に関しては近々アップしたいと考えています。大変面白い素晴らしい提案だと思います。
2007-05-06 00:01
かつて使い捨て時代などと言われた時代がありました。ひと昔以上前、1970年代頃でしょうか?「消費は美徳」とさえ言われたとんでもない時代です。
経済優先の考え方から、大量生産・大量消費・大量廃棄が行われ、数々の公害問題が起きた時代です。
子供の頃この言葉を聞いたときは、なんとも嫌な気持ちにさせられたものです。
日本には、「勿体ない」と言う言葉があるのに、経済優先の悪しき流れに乗って、こんなコピーフレーズを流行させたのは、大手の広告代理店でしょうか?酷いものです。
「消費は美徳」のフレーズを考えた人間は最低だと思います。
その頃の時代の人は、使い捨てによって起こるゴミ問題などの環境汚染を考えつかなかったなどと言う人が結構いますが、それはかなりのお門違いでしょう。 その頃は、地球の有限性はみんな知っていたし、ゴミの処分場にも困っていたでしょう。公害なども問題になっていました。それまで質素倹約を美徳として生きていた日本人の多くは疑問に思った筈です。その証拠に日本では1973年に、「使い捨て時代を考える会」という会が結成されています。・・・経済優先の論理で企業がそれを奨励し、政府も奨励したので、何となく大丈夫ではないか?と思ってしまったのではないでしょうか?
現在の21世紀を、いまだに使い捨て時代が容認されていると思っている人はいないでしょう。しかし現実は、明らかに使い捨て時代は続いていて、さらにもっと酷くなっています。
使い捨て時代と言われた20年以上前には、使い捨て商品は、割り箸や紙コップ、食品トレイとか色々ありましたが、使い捨てはやめようと言われて久しい現在も、その時代の使い捨ての商品はなくなるどころか消費量は増え続けています。
そして、「消費は美徳」と言われたその時代でさえも、さすがに使い捨てにするには忍びなかったような商品が、現在では使い捨て商品として出回っているものが沢山あります。
カメラ、コンタクトレンズ、おむつ、カイロ、手袋・・・混浴温泉での使い捨て水着なんてのもある始末・・・ふざけています。エレキバンなんて永久磁石を使い捨てにする健康商品もありました。永久磁石をどうして使い捨てにする必要があるのでしょう?
・・・そして、現在、広告でも
『使い捨て出来る○○○』なんて台詞がキャッチコピーになっています。
とても使い捨て時代が終わったとは思えません。
その結果、ゴミの量も、使い捨て時代と言われた時代よりも何倍も増えています。
最近日本の各地で力を入れているリサイクルも、使い捨てを助長しているとしか思えません。
【リサイクルには気をつけよ!】
そして、人間まで使い捨ての時代になってしまいました・・・
少なくとも日本に於いては使い捨て時代は実質終わってないどころか、酷くなっています。 20年以上前に終わらせるべきだとみんなが思った使い捨て時代は、いまだに続いています。そしてより酷くなっています。・・やはり、法律化しないと効力がありません・・。
それによって起こる環境汚染・・・ゴミ問題は最も深刻な環境問題の一つです。
・・・・・・・・・・・・次回は、今回の内容に一見矛盾するようなタイトル・・・・・
【使い捨ての出来る生活】 を描かせて戴きます。
経済優先の考え方から、大量生産・大量消費・大量廃棄が行われ、数々の公害問題が起きた時代です。
子供の頃この言葉を聞いたときは、なんとも嫌な気持ちにさせられたものです。
日本には、「勿体ない」と言う言葉があるのに、経済優先の悪しき流れに乗って、こんなコピーフレーズを流行させたのは、大手の広告代理店でしょうか?酷いものです。
「消費は美徳」のフレーズを考えた人間は最低だと思います。
その頃の時代の人は、使い捨てによって起こるゴミ問題などの環境汚染を考えつかなかったなどと言う人が結構いますが、それはかなりのお門違いでしょう。 その頃は、地球の有限性はみんな知っていたし、ゴミの処分場にも困っていたでしょう。公害なども問題になっていました。それまで質素倹約を美徳として生きていた日本人の多くは疑問に思った筈です。その証拠に日本では1973年に、「使い捨て時代を考える会」という会が結成されています。・・・経済優先の論理で企業がそれを奨励し、政府も奨励したので、何となく大丈夫ではないか?と思ってしまったのではないでしょうか?
現在の21世紀を、いまだに使い捨て時代が容認されていると思っている人はいないでしょう。しかし現実は、明らかに使い捨て時代は続いていて、さらにもっと酷くなっています。
使い捨て時代と言われた20年以上前には、使い捨て商品は、割り箸や紙コップ、食品トレイとか色々ありましたが、使い捨てはやめようと言われて久しい現在も、その時代の使い捨ての商品はなくなるどころか消費量は増え続けています。
そして、「消費は美徳」と言われたその時代でさえも、さすがに使い捨てにするには忍びなかったような商品が、現在では使い捨て商品として出回っているものが沢山あります。
カメラ、コンタクトレンズ、おむつ、カイロ、手袋・・・混浴温泉での使い捨て水着なんてのもある始末・・・ふざけています。エレキバンなんて永久磁石を使い捨てにする健康商品もありました。永久磁石をどうして使い捨てにする必要があるのでしょう?
・・・そして、現在、広告でも
『使い捨て出来る○○○』なんて台詞がキャッチコピーになっています。
とても使い捨て時代が終わったとは思えません。
その結果、ゴミの量も、使い捨て時代と言われた時代よりも何倍も増えています。
最近日本の各地で力を入れているリサイクルも、使い捨てを助長しているとしか思えません。
【リサイクルには気をつけよ!】
そして、人間まで使い捨ての時代になってしまいました・・・
少なくとも日本に於いては使い捨て時代は実質終わってないどころか、酷くなっています。 20年以上前に終わらせるべきだとみんなが思った使い捨て時代は、いまだに続いています。そしてより酷くなっています。・・やはり、法律化しないと効力がありません・・。
それによって起こる環境汚染・・・ゴミ問題は最も深刻な環境問題の一つです。
・・・・・・・・・・・・次回は、今回の内容に一見矛盾するようなタイトル・・・・・
【使い捨ての出来る生活】 を描かせて戴きます。
2007-02-21 00:01
リサイクル再考5
地下資源の特徴は、生態系を循環しないと言うことです。(生命に必要な金属元素はごく微量ですので考慮いたしません。)生態系を循環して再生しませんし、新たに生産もされません。・・・鉱物資源を「生産」すると言いますが、ただ掘り起こして精錬するだけの事です。
そんな地下資源は、人工物質とともに環境汚染物質の大半を占めます。(環境汚染を引き起こす人工物質も大抵地下資源である石油などから作られます。)鉄のように、酸化して土の成分になるものも有りますが、現在のように量が多過ぎれば、やはり環境汚染物質でしょう。
私のスタンスとしては、生態系の循環に流せないものは、一切使用するな!という事ですから地下資源は、本来一切使うな!と言うべきです。そして、今まで地下資源である石油や鉱物で作っていたものを、
生態系に流せる有機物で代用することを考えるべきだと思います。科学の力を信頼するならば、そうするべきでしょう。
・・それが駄目なら(そんな悠長な事は言ってられないのですが・・)エネルギーを浪費しない方法でリサイクルを考えるべきです。
・・それは、金属を出来るだけ混合して使わないと言うことです。「単体は資源」「混ぜれば(エントロピーの増大)ゴミ」は基本ですから・・・この頃は至る所合金が主流ですから混ぜないと言うことは大変なことですが、昔は結構単体で使っていた筈です。そこに戻るのです。
例えばアルミニウムは、ボーキサイトからアルミニウムを精錬するよりもアルミ屑からリサイクルして地金を作る方がコストやエネルギーが少なくて済むから、「リサイクルの優等生」とか「リサイクルの王様と言われてきました。日本でも盛んにアルミ缶のリサイクルが行われてきました。しかし、実はアルミニウムの再生地金は、『劣化資源』なのです。不純物が多く含まれているからです。
例えばアルミ缶。アルミ缶のプルトップ部分を引けばすぐ開くのは、マグネシウムが混ぜてあるからです。このプルトップの部分の為にアルミ缶のリサイクルは困難になっているのです。(だからプルトップだけ別に回収するのですね。)要するに便利さの追求のために、不純物を混ぜている訳です。
・・しかし、こんな事の為に、アルミニウムがリサイクルしにくいと言うのは間違っています。不便でも、アルミニウム100%のものを使うべきでしょう・・と、言うよりも飲料に関しては、使い捨てのアルミ缶を使うこと自体が間違っています。仮にアルミニウム100%の金属缶にしても、その表面に商品名など塗料をぬるし、缶の中にわずかに残った飲み物も不純物になります。そもそも、飲み物を使い捨て容器に入れて販売すること自体間違っています。デポジット瓶(リターナブル瓶)にすべきでしょう。
と、言うことで、地下資源は(短期には)循環しません。だから、基本的には使うべきではありません。実際には大量に使われていますから、このままではいずれ枯渇します。枯渇しないようにする為には、使用を控えることが第一ですが、使う場合は、出来るだけ合金にせずに純物質のまま(低エントロピーで)使うべきです。
つまり、使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。
参考:京都精華大学人文学部環境社会学科 授業公開 細川弘明氏
リサイクルが地球を救わない理由;アルミ缶回収の裏側で
http://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/class/2003/hosokawa/
地下資源の特徴は、生態系を循環しないと言うことです。(生命に必要な金属元素はごく微量ですので考慮いたしません。)生態系を循環して再生しませんし、新たに生産もされません。・・・鉱物資源を「生産」すると言いますが、ただ掘り起こして精錬するだけの事です。
そんな地下資源は、人工物質とともに環境汚染物質の大半を占めます。(環境汚染を引き起こす人工物質も大抵地下資源である石油などから作られます。)鉄のように、酸化して土の成分になるものも有りますが、現在のように量が多過ぎれば、やはり環境汚染物質でしょう。
私のスタンスとしては、生態系の循環に流せないものは、一切使用するな!という事ですから地下資源は、本来一切使うな!と言うべきです。そして、今まで地下資源である石油や鉱物で作っていたものを、
生態系に流せる有機物で代用することを考えるべきだと思います。科学の力を信頼するならば、そうするべきでしょう。
・・それが駄目なら(そんな悠長な事は言ってられないのですが・・)エネルギーを浪費しない方法でリサイクルを考えるべきです。
・・それは、金属を出来るだけ混合して使わないと言うことです。「単体は資源」「混ぜれば(エントロピーの増大)ゴミ」は基本ですから・・・この頃は至る所合金が主流ですから混ぜないと言うことは大変なことですが、昔は結構単体で使っていた筈です。そこに戻るのです。
例えばアルミニウムは、ボーキサイトからアルミニウムを精錬するよりもアルミ屑からリサイクルして地金を作る方がコストやエネルギーが少なくて済むから、「リサイクルの優等生」とか「リサイクルの王様と言われてきました。日本でも盛んにアルミ缶のリサイクルが行われてきました。しかし、実はアルミニウムの再生地金は、『劣化資源』なのです。不純物が多く含まれているからです。
例えばアルミ缶。アルミ缶のプルトップ部分を引けばすぐ開くのは、マグネシウムが混ぜてあるからです。このプルトップの部分の為にアルミ缶のリサイクルは困難になっているのです。(だからプルトップだけ別に回収するのですね。)要するに便利さの追求のために、不純物を混ぜている訳です。
・・しかし、こんな事の為に、アルミニウムがリサイクルしにくいと言うのは間違っています。不便でも、アルミニウム100%のものを使うべきでしょう・・と、言うよりも飲料に関しては、使い捨てのアルミ缶を使うこと自体が間違っています。仮にアルミニウム100%の金属缶にしても、その表面に商品名など塗料をぬるし、缶の中にわずかに残った飲み物も不純物になります。そもそも、飲み物を使い捨て容器に入れて販売すること自体間違っています。デポジット瓶(リターナブル瓶)にすべきでしょう。
と、言うことで、地下資源は(短期には)循環しません。だから、基本的には使うべきではありません。実際には大量に使われていますから、このままではいずれ枯渇します。枯渇しないようにする為には、使用を控えることが第一ですが、使う場合は、出来るだけ合金にせずに純物質のまま(低エントロピーで)使うべきです。
つまり、使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。
参考:京都精華大学人文学部環境社会学科 授業公開 細川弘明氏
リサイクルが地球を救わない理由;アルミ缶回収の裏側で
http://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/class/2003/hosokawa/
前に雑草さんが言っていましたが
スモールイズビューティフル 久しぶりに書き込みさせてもらいます。
リサイクルが環境に良いような風潮になっていますが、
(前に雑草さんが言っていた通り)リサイクルというのは
本当に最後の手段だと思いますね。
おっしゃるように、ペットボトルやアルミ缶は、
たとえ回収率が向上したとしても、
しょせん「使い捨ての容器」だということを
はっきり認識するべきです。
人の慣れは恐ろしいもので、ファーストフード店の
容器はもったいないと思っても、
ペットボトルやアルミ缶には何も感じなくなっています。
わずか20数年前はリターナブルが当然だったんですけどね。
いったい、何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
私は詳しくは分かりませんが、やっぱりこれもメーカーの責任放棄なんでしょうかね?
消費拡大の言い訳にもなっているリサイクル
雑草Z 「リサイクル再考1 【リサイクルには気をつけよ!】」でも書いたように、リサイクルは消費拡大の手段にさえなっています。だから、本来、リターナル瓶を使うべきところにも使い捨て容器のアルミ缶などが使われています。酷いものです。もっと資源は別な節約の仕方が有りますね!(他の4つのR)
>何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
のひとつの考察をご紹介致します。
自然の摂理から環境を考える reiko727 さん
【何故ワンウェイ容器がふえつづけるの?】
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2007/02/000101.html
スモールイズビューティフルさん、久しぶりのご訪問歓迎致します。いつもなるほどと言うレスポンスを入れて下さいますね!
リターナブル瓶の存在
社枯 >使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。
全くその通りですね。
ゴミを処理するのに新たなゴミを産んでしまっては……。
今が良ければいい、という考えは危険だと思います。
何か取り返しのつかないことが起こっても、後悔先に立たずですよね。
企業側の思いと消費者側の思いが一致したと言っても、後々の地球の事などを考えたら、リターナブル瓶を使う方向へ向かって欲しい…ですが、やっぱりそういう方向へ市場を動かすのは簡単ではないですね。
自由主義社会の原則は市場を動かす事ですが・・
雑草Z 市場原理で動いて行けば、
環境問題が解決するのは、人々がみんな、環境に関するマナーを守って、行動すると言う前提が必要です。
これは、共産主義は、人々が、それだけしっかりした理念を持ち合わせて気高くなければ、成功しないと言うのと同様でしょう。
残念ながら、これまでの市場経済は、そのマナーを守らない人に有利に働く面が強くありました。
2007/3/6 【割れ窓理論】
だから、しっかりした政治家が出て、法律化するべきなのです。
アリとキリギリスのお話ではありませんが、
>今が良ければいい、という考えは危険
ですね。残念ながら、取り返しのつかない事は近い将来起こるでしょう。もう、環境カタストロフィーは避けられないところまで来ているでしょう。問題は、どのくらい生き残り、絶滅を免れるか?という事でしょうか?
多くの人が、しっかり現状分析出来る真偽眼を持って欲しいですね。
スモールイズビューティフル 久しぶりに書き込みさせてもらいます。
リサイクルが環境に良いような風潮になっていますが、
(前に雑草さんが言っていた通り)リサイクルというのは
本当に最後の手段だと思いますね。
おっしゃるように、ペットボトルやアルミ缶は、
たとえ回収率が向上したとしても、
しょせん「使い捨ての容器」だということを
はっきり認識するべきです。
人の慣れは恐ろしいもので、ファーストフード店の
容器はもったいないと思っても、
ペットボトルやアルミ缶には何も感じなくなっています。
わずか20数年前はリターナブルが当然だったんですけどね。
いったい、何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
私は詳しくは分かりませんが、やっぱりこれもメーカーの責任放棄なんでしょうかね?
消費拡大の言い訳にもなっているリサイクル
雑草Z 「リサイクル再考1 【リサイクルには気をつけよ!】」でも書いたように、リサイクルは消費拡大の手段にさえなっています。だから、本来、リターナル瓶を使うべきところにも使い捨て容器のアルミ缶などが使われています。酷いものです。もっと資源は別な節約の仕方が有りますね!(他の4つのR)
>何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
のひとつの考察をご紹介致します。
自然の摂理から環境を考える reiko727 さん
【何故ワンウェイ容器がふえつづけるの?】
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2007/02/000101.html
スモールイズビューティフルさん、久しぶりのご訪問歓迎致します。いつもなるほどと言うレスポンスを入れて下さいますね!
リターナブル瓶の存在
社枯 >使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。
全くその通りですね。
ゴミを処理するのに新たなゴミを産んでしまっては……。
今が良ければいい、という考えは危険だと思います。
何か取り返しのつかないことが起こっても、後悔先に立たずですよね。
企業側の思いと消費者側の思いが一致したと言っても、後々の地球の事などを考えたら、リターナブル瓶を使う方向へ向かって欲しい…ですが、やっぱりそういう方向へ市場を動かすのは簡単ではないですね。
自由主義社会の原則は市場を動かす事ですが・・
雑草Z 市場原理で動いて行けば、
環境問題が解決するのは、人々がみんな、環境に関するマナーを守って、行動すると言う前提が必要です。
これは、共産主義は、人々が、それだけしっかりした理念を持ち合わせて気高くなければ、成功しないと言うのと同様でしょう。
残念ながら、これまでの市場経済は、そのマナーを守らない人に有利に働く面が強くありました。
2007/3/6 【割れ窓理論】
だから、しっかりした政治家が出て、法律化するべきなのです。
アリとキリギリスのお話ではありませんが、
>今が良ければいい、という考えは危険
ですね。残念ながら、取り返しのつかない事は近い将来起こるでしょう。もう、環境カタストロフィーは避けられないところまで来ているでしょう。問題は、どのくらい生き残り、絶滅を免れるか?という事でしょうか?
多くの人が、しっかり現状分析出来る真偽眼を持って欲しいですね。
2007-02-19 00:04
リサイクル再考4
前回、最もリサイクルすべき物は、生物の体内で作り出した全ての物であると断言致しました。そして、その中でも特に強調したいのが、人間や動物のうんちやおしっこです。
現代社会は、自然の摂理の感覚の欠如により、とんでもない糞尿の処理がなされています。一言で言えば、糞尿を生態系に循環させていないのです。その為、このままでは、食糧生産も落ち、社会は持続不能でしょう。だから、糞尿の処理についてもう一度重点的に述べさせていただきます。
(以前にかかせて戴きました。↓)
【動物として最低限果たすべきこと】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-94.html
【食料自給と糞尿処理】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-95.html
植物が光合成で、生態系の循環に最も寄与している
前回、最もリサイクルすべき物は、生物の体内で作り出した全ての物であると断言致しました。そして、その中でも特に強調したいのが、人間や動物のうんちやおしっこです。
現代社会は、自然の摂理の感覚の欠如により、とんでもない糞尿の処理がなされています。一言で言えば、糞尿を生態系に循環させていないのです。その為、このままでは、食糧生産も落ち、社会は持続不能でしょう。だから、糞尿の処理についてもう一度重点的に述べさせていただきます。
(以前にかかせて戴きました。↓)
【動物として最低限果たすべきこと】
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【食料自給と糞尿処理】
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植物が光合成で、生態系の循環に最も寄与している

