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2014-06-05 00:01
プラスチックやビニールなどの自然に帰らない使い捨て製品が蔓延っています。食品をはじめさまざまな製品が使い捨て容器に入れて販売されています。かなり昔から問題とされて来た事ですが、一向に改善されていません。改善されるどころか、こんなものにまで・・・という使い捨て製品がどんどん作られてきました。割り箸は昔から使い捨てでしたが、(自然に分解される木で出来ていますので、石油製品よりは許容できます。)今では外食産業のナイフとフォークもプラスチック製の使い捨て製品が出回っています。昔からのカップラーメンのカップから、コンタクトレンズやスリッパまでもが使い捨て製品が作られています。
ただ一回の食事でさえも複数の使い捨て容器が使われています。私はラップやビニール袋でさえ勿体無いと感じます。ホテルなどのアメニティグッズも使い捨て製品で溢れています。こんなものに石油を使っていいのだろうかと常々心を痛めています。石油資源が勿体無い以上にその廃棄物の悪影響が心配です。環境を汚染し生態系を破壊します。

使い捨て製品を頑なに拒否して使わない企業があたとしても、競合する使い捨て製品を販売する企業に販路を拡大されて負けてしまう現実があります。・・・そして、使い捨て容器は常識になってしまいました。
外食産業で割り箸を使うのを止める傾向が見られるようになってからかなり経ちますが、これは半分経済的な理由もあるのでしょう。弁当などではまだまだ割り箸が主流です。(割り箸ではなく、塗り箸などを付けろ・・・という主張ではありません。箸は付けるべきでないという主張です。箸は別売で売れば、本当に必要な者だけが買う事になるでしょう。)

原発での作業服なども放射能汚染されるため、使い捨てにされます。被曝をできるだけ防ぐ為の方法と言う事は十分に理解していますが、そもそも、それは誰かがやらなければならない必要な仕事・・・ではなく、最初から原発そのものが必要なかったのです。被曝労働の存在一つとっても、原発は存在してはならないものなのです。


使い捨て製品による環境汚染はかなり深刻な問題なのですが、現代社会では、もっとほかに問題が多過ぎて、使い捨ての問題が放置されてしまっています。本来は、石油化学製品のような生態系の循環をしない物質の使い捨てはかなり深刻な問題であり、真剣に対峙しなければならない問題ですが、最近は原発問題、異常気象、PM2.5から、経済の停滞問題、国際紛争・・・の影に隠れている感じが致します。更にはもっとどうでもいいエンターテインメント、スポーツや芸能のニュースよりも取り上げられていません。石油化学製品の廃棄物問題は、既に取り返しの効かないところまで来ているのではないか・・・と危惧されます。

使い捨て時代を考える会】こそ現代社会にとって必要で大切な団体である筈です。設立されてだいぶ経つ筈です。然しなかなか広まっていません。ゴミ、廃棄物問題に対する危機意識がもっともっと高くなくては、廃棄物問題でも文明は崩壊するでしょう。


そして最後に、意味合いは違いますが、人間も使い捨てにされる時代になってきました。人間の体は生態系を循環する有機物だから、使い捨てにしても環境汚染は少ない・・・なんてブラック・ジョークになりそうです。
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【2014/06/05 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

根本にあるもの
guyver1092
 現代社会の使い捨ての根本にあるものは、石油という資源の安さと考えます。使い捨てにしたほうが安く上がる場合が多いようです。私はしたことがないのですが、自動車のタイヤのホイールは、安いものだと、タイヤをホイールに組み付ける工賃より安いそうです。
 使い捨てにすると、廃棄物の処分費用がごみの量に比例して多くなりますが、このコストは企業のみが負担するのではなく、社会全体で負担するので、企業の会計帳簿には上がりません。これは、排水口が、取水口の下流にあるということと考えます。
 最近、少しづつですが石油が値上がりしていますが、いまだに使い捨てが横行しているということは、まだまだ安いということでしょうね。おそらく、もっと石油が高くなれば、使い捨ては少なくなっていくでしょうが、環境破壊を考えると、人為的に税金をかける等をして、石油等の枯渇の前に、使い捨て社会から脱却しないと、人類に大きな不幸が訪れるでしょうね。
 最近、水野和夫という経済学者を知ったのですが、この人と、白井聡という人との対談の中で、資本主義の究極的な行きつく先は、奴隷制という議論をしていました。

http://shinsho.shueisha.co.jp/kotoba/tachiyomi/140303.html#1

 資本主義を極限まで突き詰める過程で、人間も使い捨てにすることを選択しようとしているのでしょうね。

使い捨て
東京珈琲
以前、弁当屋に弁当箱を持って行って「これに入れてください」と言ったら変な顔されました。対応はしてもらえましたけれど。プラスチックの容器分安くしてくれたら容器持参の客も増えるとは思うのですが。
昔は油にしろ醤油にしろ自前の容器(一升瓶等)を持って買いに行っていたようですから、そういう事をもう一度復活させたら良いのではないでしょうか。
人間の使い捨ても酷いものです。企業側も大変なのでしょうけれど。職業安定所にいる沢山の中年の人々はいったいどうするのかと心配になります。人のこと言えないのですが。
やはり搾取される側はずっと搾取されつづけるのでしょうね。教育やメディアの洗脳により一揆を起こすこともなく、辛かったら自殺を選ぶ。お金をいっぱい持っている人の思いのままの世界になって行くのですね。

Re:根本にあるもの
雑草Z
>現代社会の使い捨ての根本にあるものは、石油という資源の安さ

 一つに絞れば確かに其の通りでしょうね。いつも、簡潔な言葉でズバリ本質を突いた分析です。有難う御座います。

>使い捨てにすると、廃棄物の処分費用がごみの量に比例して多くなりますが、このコストは企業のみが負担するのではなく、社会全体で負担するので、企業の会計帳簿には上がりません。

このコストを全て企業に持たせないと駄目ですね。それも、原料を購入する時点で、税として徴収しないと色々不正が起こるでしょうね。


>これは、排水口が、取水口の下流にあるということと考えます。

なるほど、これまた鋭い御指摘です。そこまで考えが及びませんでした。脱帽です。

>人為的に税金をかける等をして、石油等の枯渇の前に、使い捨て社会から脱却しないと、人類に大きな不幸が訪れるでしょうね。

全くその通りです。現代社会の石油の浪費は酷過ぎます。愚行極まれり・・・と言う感じです。

>資本主義の究極的な行きつく先は、奴隷制

貼り付けて頂いたページ、読ませて頂きました。非常に興味深い内容でした。いつもここでguyver1092さん達と議論している内容と本質的には同じですが、より経済論的で、経済学的には専門的ですね。(資源論、エントロピー的には我々の議論のほうが進んでいると感じます。)兎も角、このような事を主張する方が増えて来て嬉しいですね。そう遠くない時期に大転換が始まる確信が持てました。・・・問題は、そう、「間に合うか」「被害をどこまでで食い止められるか」ですね。いっそのこと、アベノミクスで日本経済が立ち直れないまでに潰れたほうがいいかも知れません。経済だけで環境のダメージが大きくなければ何とかなりますが・・・環境破壊も半端じゃないか・・。


PS 貼り付けて頂いた対談中には、
>資本主義の究極的な行きつく先は、奴隷制

以外にも我々の議論にも通じるキーワードが色々ありましたね。そのうち一つを使って記事を書きませんか?

Re:使い捨て
雑草Z
>弁当屋に弁当箱を持って行って「これに入れてください」

いいですね。素晴らしいです。

>プラスチックの容器分安くしてくれたら容器持参の客も増えるとは思うのですが。

結構容器代も高いですよね。絶対に容器代は割り引くべきです。

>人間の使い捨ても酷いものです。

これは、まさに上のコメントにある

>資本主義の究極的な行きつく先は、奴隷制

ですね。

>教育やメディアの洗脳により一揆を起こすこともなく、辛かったら自殺を選ぶ。お金をいっぱい持っている人の思いのままの世界になって行くのですね。

いいところ突いてますね。日本のマスメディアは正に国民の「大人しい子羊化」に寄与してますね。いわゆる3S政策はその代表でしょう。
でも、ラテンアメリカをはじめ、東南アジアやアラブ諸国の国民は、もっと闘う民族かとも思います。

>お金をいっぱい持っている人の思いのままの世界になって行くのですね

いや、資本主義社会は崩壊の手前です。崩壊したら、金持ちの思いのままと言う世界でもないでしょう。そこに期待持てるかな????

使い捨て・・・
tukasisutedorei
 使い捨て時代を考える会については2007年5月6日付けの雑草さんのブログで既に出ていますね。
 この会は1973年にできたとのことで、もう40年以上前のことになるんですね。しかし、あの頃よりも更に使い捨ての現状は酷くなるばかり、延々と使い捨て時代が続いています。本当に「使い捨て時代」を考え、また考えるだけでなくいわゆるMOTTAINAIを実践に移さねばと危機感を持ちます。「使い捨て時代」が一刻も早く歴史の1ページになるようにしなければ我々だけではなく地球環境が大変なことになります。

Re:Re:根本にあるもの
guyver1092
 実は、水野氏の本は買ってあります。これまでに得た知識と併せてより深く現状分析できたらと考えています。

Re:使い捨て・・
雑草Z
    tukasisutedoreiさん

 このHNでは、初めてのコメントですが、初めまして・・・でしょうか?それともブログを始めた当初に近い頃(からの)読者の方でしょうか?・・以前、確かに【使い捨て時代を考える会】に関して記事にしました。・・・HNは、『使い捨て奴隷』ですね?・・正に現代人を表現するHNですね。兎も角、素晴らしいコメント、有難う御座います。
今年、【使い捨て時代を考える会】の代表者であった槌田劭さんにお遭いしてお話する機会がありましたので、再度記事に取り上げさせて頂きました。

>あの頃よりも更に使い捨ての現状は酷くなるばかり、延々と使い捨て時代が続いています

其の通りなんですね。使い捨てを止めようと言う動きは非常に鈍いと感じております。

>使い捨て時代」が一刻も早く歴史の1ページになるようにしなければ我々だけではなく地球環境が大変なことになります。

全くおっしゃる通りです。21世紀は、この使い捨てによる環境の悪化(資源の枯渇よりも環境汚染のほうが深刻だと考えます。)によって望む望まざるに関らず、人類社会は縮退するでしょうね。問題は、文明が崩壊して絶滅まで行くか、縮小の後、定常社会に移行できるかでしょうね。

tukasisutedoreiさん、また、コメント頂ければ嬉しく思います。 

Re:Re:Re:根本にあるもの
雑草Z
 そうでしたか!?・・読書家のguyver1092さんならさもありなんですね。では是非ともその中のキーワードなどを題材に、記事を書いて頂ければ幸いです。

毛虫対策に行ったO村は・・
団塊親爺の遺言
先日 毛虫に困っているお客様がいて行って来ました

山奥で無農薬の農業を目指し自給自足に近い若者の家族でした
味噌も手作り 都会から3年前に移住し米も野菜も果樹も生産
幼い子供たちも元気一杯の子でした病弱な子供たちの為に移住

私たちはスーパー等に並ぶ農薬剤タップリのモノを食べています
初めは安く設定された燃料等も普及すると大幅な値上がり
便利さを武器に環境破壊を進める今の社会は狂っています

今の社会はこの若者に見捨てられた環境なのです
将来は無農薬の食べ物を広めると言い切る若者に感動
私の毛虫対策にも喜んで頂き村の名所を案内して貰いました
村内でも注目の若者でした この出会いは本当に良かった

私も現場で病害虫に取り組み お客に喜んで貰った経験は
一生のお付き合いに成りそうです この自然の仕組の病害対策は
一切の農薬剤は必要が無い事の私の自信にも成りました

Re:毛虫対策に行ったO村は・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 日々の雑事に追われて記事の更新が大幅に遅れているのに、コメント有難う御座います。

>山奥で無農薬の農業を目指し自給自足に近い若者の家族でした味噌も手作り 都会から3年前に移住し米も野菜も果樹も生産幼い子供たちも元気一杯の子でした病弱な子供たちの為に移住

素晴らしい若者ですね。現代の工業化社会、何でも経済に換算する社会に慣れた人々(実際は「洗脳された人々」と言うべき・・)かわすれば、ただの「物好き、社会からの逃避者」としか目に映らないでしょうが、このような人々の生活こそ持続可能で、人に迷惑を掛けない責任ある生き方だと思います。このような人が増えればいいですね・・・昔は普通に沢山いたでしょうね。私も彼等にお会いしたいです。

>便利さを武器に環境破壊を進める今の社会は狂っています

全く同感です。そんな社会が持続する筈がないですね。そろそろ終焉を迎えるでしょう。

私も細々と無農薬作物を作っていますが、趣味程度で、自給自足には程遠い状態です。

お互いこれからも無農薬の作物作りを頑張りましょう。

団塊親爺の遺言 さんの今回のコメントを見て、速く記事を更新しようと思いました。


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2014-03-29 00:01
『成長の限界』は1972年に書かれた古い書物ですが、環境問題に関する興味深い記述を発見することができます。その中でも最も印象深かった一節を紹介いたします。

それは成長から均衡状態への以降するための実際的手段を考察している部分で、本書p167 にある記述です。
システムにいくつかの簡単な安定化のためのフィードバック・メカニズムを導入する示唆として2つの例が示されています。
はじめの例は
「汚染と資源枯渇という社会的コストは製品の価格に反映されるべきである」
という、現在よく言われている至極当然の事です。(残念ながら殆ど実行されてはいませんが・・・)
そして次にある一節が非常にインパクトがありました。
「河川の使用者は取水口を放水口の下流に設けるべきである」
最初、読み間違いかと思って読み直ししましたがやはりそう書かれていました。そして、最初に一瞬感じた違和感とは反対に、これこそ、究極の汚水対策、汚染水を環境中に放出しない為の自己責任の在り方であると思いました。1972年に書かれた内容にも関わらず、汚水放出防止の為の対策で、このような提案や示唆をそれまで私は見たことも聞いたこともありませんでした。
現在、汚水処理対策の一般的方法では、汚水は取水口のある河川とは別の下水道に流して処理します。しかし結局、処理後は河川の下流域に放水することになるでしょう。別系統のままでも、最終的には海で合流することになります。この下水処理後の水をもう一度直ぐに同じ使用者が使うことは殆どないでしょう。
それに対し、この古くて新しい提案では、取水口を排水口の下流に設けるのです。排水口に流れ出た水は、上流から流れてきた水と合流して、薄まることにはなりますが、兎も角、自分(の企業)で排水した「処理済み」の水をまた取水口から取り入れて直ぐに自分(の企業)で使うことになるのです。これは究極の自己責任の取り方でしょう。この水の利用者である企業が、工業用水として使っているのであれば、この下流の取水口から取り入れた水を、更に飲み水にも使うべきでしょう。
いくら企業が、「排水は安全で飲んでも大丈夫」と言っても、下流の排水口から流して自分達が使わないのであれば、信用出来ないでしょう。実際に下流で環境汚染が発生した例は枚挙に暇が御座いません。病気まで発生した例も多々あります。しかし、このように取水口を排水口の下に設け、そこから取り入れた水を同じ企業で飲料水にも使っているのならば、その企業の「処理」には十分に信頼を置けるでしょう。企業は、汚水をしっかり処理するでしょうし、それ以前に、はじめからあまり汚染しないように使用するでしょう。
ここまで徹底してやることはなかなか難しい事かも知れませんが、そこまでの覚悟がないのであるならば、企業は水を使用すべきではないとすべきでしょう。このようなことを原則にすることは、環境を守る為には必要なことでしょう。

日本の原子力発電所は水冷式で、みんな海岸沿いに建てられて、海の水で冷却しています。毎日大量の海水を取り入れて冷却水に使っている彼らが、この冷却水の排水を海に流しても安全だと言い張るならばこの冷却水の排水を取り入れて、上水として自ら飲めばいいのです。・・・ただし、現場の被爆労働者ではなく、安全なコントロールセンターにいる正社員や役職者、経営陣が飲料水にすべきでしょう。そのような覚悟がないのならば、原発の冷却水として海の水を使うべきではない・・と言うのが本筋でしょう。

河川の使用者は、下流の使用者に対して最大限に配慮すべきです。そのための非常に有効な方法が、この「河川水の使用者は、取水口を排水口の下流に設けるべきである」でしょう。そして、このことは河川水の使用のみでなく、汚染対策の一般的原則として広く応用され得る事です。
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【2014/03/29 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

江戸時代
guyver1092
 記事を読んで、以前読んだ本の記憶がよみがえってきました。
 内容は、「江戸時代の人がなぜ、当たり前のように省資源省エネルギーの生活に舵を切った理由は何か」です。当時の日本では、侵略して他人の資源を強奪するという選択が不可能となった中で、狭い範囲の資源を使って生きるしかなく、その中での自分のした結果が、自分の目に明らかに見えたからだと書かれていたように記憶しています。すなわち、取水口が、放水口の下流にあったと言うことだと思います。
 現代社会では、社会の規模がとてつもなく大きくなっており、自分の行動の結果が自分の目に見えると言うことはないと思いますが、現代の情報伝達技術、情報処理技術からすれば、その結果を知ることは可能です。人類の指導者、マスコミ等がこの因果関係を国民に知らしめないということは、彼らの目的が、人類文明の破壊と消去であると言われても反論できないと考えます。

Re:江戸時代
雑草Z
    guyver1092さん

 流石、読書量が豊富で多くの引き出しを持っていらっしゃいますね。

>狭い範囲の資源を使って生きるしかなく、その中での自分のした結果が、自分の目に明らかに見えたからだと書かれていたように記憶しています。

なるほど、それを

>すなわち、取水口が、放水口の下流にあったと言うことだ

と、捉え得るという事がことの本質ですね。さらに言及すれば、自分の行動の結果が自分の目に見えて、即自分に跳ね返ってきたという事ですね。そこから考えれば、

>現代社会では、社会の規模がとてつもなく大きくなっており、自分の行動の結果が自分の目に見えると言うことはない

と言う事は、由々しき問題ですね。

>人類の指導者、マスコミ等がこの因果関係を国民に知らしめないということは、彼らの目的が、人類文明の破壊と消去であると言われても反論できないと考えます。

本当におかしな話ですね。その場限りの快楽主義のようでもあります。

小さなイースター島では、自分のした結果が、自分の目に明らかに見えたでしょうけれど、ああなってしまったのは、何故でしょうね?・・日本よりも愚かだったのでしょうか?
・・・まあ、現代日本も今のところ同じ末路を辿る道を選択しているわけですが・・・。(もっと悪い崩壊を辿りそうで恐ろしいですね?)


小さなイースター島
guyver1092
 文明崩壊下巻p226あたりから、回答と思われることが書かれていますね。自分の目に明らかに見えていても、危機と認識できない場合があるそうです。毎年の変化が、ごくわずかで、老人が、子供のころを思い出して、やっと変化していることが分かる程度のスピードでの変化だと、危機と認識できないのではないかと推測しています。根拠として、ジャレド氏自身のモンタナの氷河後退についての地元住民と自分の認識の違いを上げています。地元民は毎年の事で、そのようなものだと認識しており、後退しているとの認識はなかったそうですが、ジャレド氏はかなりの過去の記憶を基に考えているので、認識できたそうです。
 それに対し、過去の日本については、森林の消失のスピードが急速で、将軍が危機として認識できたのではと推測しています。ちなみに文明崩壊では、振袖火事とは書かれていないようですが、私は振袖火事の再建のために目に見えるスピードで森林が消失したのではと考えています。

Re:小さなイースター島
雑草Z
    guyver1092 さま

>文明崩壊下巻p226あたりから、回答と思われること

読み直してみました。過去に2~3回読んだと思いますが、すっかり忘れていました。それもなんと、しっかりイースター島の失敗例と江戸の成功例を比較していましたね(汗)

イースター島より遥かに大きな日本のほうが森林消失のスピードが急速だったというのは疑問でしたが、guyver1092さんご想像の

>振袖火事の再建のために目に見えるスピードで森林が消失した

というのは、結構説得力があるかと思いました。将軍の目に止まらない山奥では無く、江戸の大火とそれに伴う森林の消失なら、将軍も心を痛める事でしょう。
guyver1092さんの最初のコメントのように

>現代社会では、社会の規模がとてつもなく大きくなっており、自分の行動の結果が自分の目に見えると言うことはないと思いますが、現代の情報伝達技術、情報処理技術からすれば、その結果を知ることは可能です。

の筈ですね。映像としても情報としても多くの政治家に伝わっている筈なのに、森林消失などの環境問題に対して対応が遅過ぎますし甘過ぎます。それよりも経済優先・・・って本当に狂気の沙汰だと感じています。



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2013-09-23 00:12
学生時代、大変世話になった友人の下宿に遊びに行った時の事です。その友人の部屋に置いてあったごみ箱はよくある円筒形で上側が開いているタイプでしたが、その上の口に、ダンボールで作った手製の蓋が被せてありました。
「この蓋自分で作ったんだ?・・いいね!」
「うんでも、臭いものに蓋をするという発想はよくないんだけどね。」
「えっ??なんで・・・?臭いものに蓋をするのは当然だよね?・・・蓋をしないで匂うほうが嫌だよね。」
「そうとも言えるけど、そうとも言えないんだよね・・・ゴミを直接目に見えないようにするだけで、なんの解決にもなっていない・・・。」
予期しなかった妙な事を彼は言うな・・・と感じたので記憶に鮮明に残ったようです。この日の会話は他に何も覚えていません。何故こんな事を言ったか、彼の真意は定かではありませんでしたが、彼は部屋のゴミ箱自体のことを言ったのではなく、諺としての比喩的な意味で、「根本的な解決をはからずに、一時しのぎの手段で、人に知られないように隠すのは良くない」と一般的な事を言おうとしたのかも知れません。このときの会話はその後どう続いたかは覚えていません。これで終わって直ぐに違う話題に移ったのかと思います。
兎も角、このさりげない会話はかなり潜在意識に響いたようで、ずっと記憶に残っていました。そして後日だいぶ経ってからも様々な場面でこの言葉が思い出されました。

「臭いものには蓋をする」というのは、典型的な対症療法でしょう。長い間日本のごみ行政の基本でした。ゴミの場合正確には「臭いもの、汚いものには蓋」と言うべきでしょうか。リサイクルを大々的に謳って、実際のリサイクルは勿体程度のプロパガンダ用。大部分のゴミは大きな穴を掘ってあまり分別せずに捨てて、穴がいっぱいになったら土で埋める。(蓋をする)・・・最近自治体はリサイクルに以前よりは真剣に取り組むようになってはきましたが、まだまだ費用対効果やEPR(エネルギー産出比)が破綻している場合が多々あります。
兎も角、第二次世界大戦の敗戦後のアメリカナイズされた高度経済成長期以降の日本のゴミ処理は典型的な「臭いものには蓋をする」でした。国民も、自分の身の回りからどこか遠くの知らない場所に持って行ってもらえば、後は忘れて関知せず・・・一部ゴミ処理場近くの住人だけが騒いで問題にしていました。大量のゴミに蓋をして作った広大な埋め立て地が、「夢の島」等と名付けられて実際に土地として使われていますので、役に立っていないとは言いませんが、産業廃棄物も沢山埋められている事でしょう。埋め立てによって又別の大きな問題も生み出してきました。


 放射性廃棄物の処理もステレオタイプの「臭いものには蓋」でしょう。放射性廃棄物は「臭いもの」などと悠長な話では済みません。高レベルなものは近くに数分いるだけで死んでしまいます。「危険なものには蓋」でしょうか?放射性物質の放射能は時間のみの関数で減衰するので、時間をかける以外に放射能を無能化することは出来ません。長い時間、人間の目に触れず、放射能も届かないように、地面深くに遮蔽して埋めればOK・・・と言う、安易な発想です。その「長い時間」とは、放射能が人体に悪影響を及ぼさないくらい低レベルになるまでですが、それだけの時間封じ込める技術は確立されていません。実際は、放射能が無害になる遥か以前に地上に漏れ出してくる可能性が大です。ほぼ100%と言えるでしょう。つまり、現段階での処理法は、放射性廃棄物をガラス固化して、粘土で囲って、更に金属の厚い容器に入れて地下1000mレベルの場所に埋める訳ですが、現在の技術では1000年以内に地上に漏れ出て来るであろうと言われています。放射性核種の中には、ウランやプルトニウムをはじめ、半減期でさえ1000年以上である核子は色々あります。
非常に危険な放射性廃棄物をこのような安易な方法で処理しようという発想が狂ってます。無責任にもほどがあります・・・。「安全に処理出来ないものは使うべからず・・・。」
大事故を起こした福島第一原発なんて、蓋も出来ずに海に漏れ出す始末…今年2013年の選挙後に発表されましたが、最近始まったことではなく、事故当初より、かなり漏れていたに違いないでしょう。

以上、実際に「蓋をする」場合の例を書かせて頂きましたが、この21世紀になっても臭いもの(産業廃棄物や一般の廃棄物など)の処理法は「蓋」をすることばかりで、根本解決(害毒物質の安全な分解等)ではないのです。かなりいい加減な対応と言えましょう。現在、世界中不完全な「蓋」だらけです。安全になる前に蓋が開いてしまったり、蓋をしっかりしても、底や側面に穴が開いていたり・・・いい加減な処理ばかりで、至るところで「漏れ」事故を起こしています。福島第一原発なんて、蓋は開くは、側面か底に穴は開くは・・・何処に穴が開いているかさえ特定できていないという不甲斐無さです。こんな状態で、他の原発を動かすとか原発を輸出するとか、無責任にも程があります。
世界中で産業廃棄物、家庭の廃棄物に一時的に蓋を被せて見えなくして、根本処理もしないままに次の産業廃棄物を産み出す事の繰り返し・・・が現代社会の廃棄物処理の実態です。汚染水だけでは無く対処し切れなくなるのは時間の問題です。と言うよりも既に対処しきれなくなって蓋で隠している状態です。オリンピック開催なんて言っている場合ではないでしょう。

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【2013/09/23 00:12】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

そういえば
guyver1092
 槌田敦氏の本のどれかで読んだことを思い出しました。日本の支配者たちには、生ゴミと毒物の区別を付けるだけの知能がないそうですね。
 そういえば、福島原発の汚染水漏れという事実も臭かったのでしょうね。情報と言う臭気が漏れないように蓋をしていたのでしょうが、結局漏れてしまったようですね。
 このような体たらくになるのが分からず、東京電力存続を決めた民主党も知能の程度が疑われますし、この期に及んでもなお、原子力推進を図る自民党の正気が疑われます。もちろん自民党を選んだ日本人の正気もですが。

Re:そういえば
雑草Z
>日本の支配者たちには、生ゴミと毒物の区別を付けるだけの知能がない

その表現は、凄く皮肉な言い方にも感じますが、実際生ごみを一般ゴミと一緒に出して焼却処分して平気な連中は、そこまで馬鹿と言えるかも知れません。

>福島原発の汚染水漏れという事実も臭かったのでしょうね。情報と言う臭気が漏れないように蓋をしていたのでしょうが、結局漏れてしまったようですね。

これまた、guyver1092 さん一流のブラックですね。確かに政府はこの隠しきれない情報に蓋をしようと必死でしたね。まだまだとんでもない事を隠しているでしょう。ネットで予測されている多くの悪い想定を隠しているように思えます。

>東京電力存続を決めた民主党も知能の程度が疑われますし

確かに東電の存続を認めたら、モラルハザードの極みですね。

>原子力推進を図る自民党の正気が疑われます。

唯の強欲な愚か者だと思います。

guyver1092さん、いつも読み応えのあるコメント、感謝しています。


この侭では・・
団塊親爺の遺言
本質を隠す・・今の社会
現在の医療費等の高騰する社会
様々な病気が発生し 薬や病院が繁盛する

例えば癌の死因の原因 80~90%は治療に依る薬害が
死因だと云う・・癌細胞は誰にでも毎日発生し健全な免疫が
死滅させているそうです 健全な細胞と不健全な細胞は生きる
生命の活きる証しです 正常な細胞を造る健康な生き方とは 
自然の健全な食べ物から産れ私たちの体が造られます
今のスーパーの買い物棚には 無農薬の食品類は在りません

そして化学薬剤だらけの食べ物では健康な生き方は出来ない

世界で1%の富裕層の人間も薬剤漬けの同じ食品類を食べているのか・・?
 疑問ですよね・・





Re:この侭では・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 興味深い情報と考察有難う御座います。

>80~90%は治療に依る薬害が死因だと云う・

なるほど、あながち大げさな表現とも言えませんね。

>癌細胞は誰にでも毎日発生し健全な免疫が死滅させている

にも関わらず、へんな薬物投与によって、病気が更に重くなる事も多々あるでしょうね。

>正常な細胞を造る健康な生き方とは自然の健全な食べ物から産れ

に賛成です。虫食いでも、農薬の無かった頃の作物のほうが、現在よりも遥かに健康の為に良かったでしょうね。

出来ることなら農薬のない時代に戻りたいものです。

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2012-05-23 00:01
現在地球の環境問題は色々あります。原発推進と連動して、二酸化炭素地球温暖化説ばかりが強調されてプロパガンダされた為に、もっとシビアな環境問題がその陰に隠れている場合が色々あります。そんな深刻な環境問題の一つがゴミ、廃棄物問題でしょう。二酸化炭素温暖地球化問題に比べて、廃棄物の問題はあまり大きく取り上げられていませんが、非常に深刻な問題です。生態系の循環を回らない物が地表にばら撒かれて増え過ぎ、生態系は破壊されて、地球上が生物の住めないところになりつつあります。20世紀以降、高々100年の間に、生態系に循環しない廃棄物が増え過ぎ,生態系は危機に瀕しています。

現在家庭や産業界で廃棄される、生態系を循環しない廃棄物は、沢山あります。その代表が何と言ってもプラスチック、ビニールなどの石油製品でしょう。これらのゴミは燃やしても有害物質が出ます・・・勿論二酸化炭素も出ますが、もっともっと遥かに有害物質が出されます。・・・燃やさずに廃棄する場合も問題があります。海にはこれらのゴミの大きな溜まり場、「ゴミの浮島」があり深刻な問題になっています。

地下資源の鉱物のゴミも半端ではありません。その鉱物から作った製品の廃棄も深刻な問題になりますが、それ以前に鉱石を採掘して精錬する際に、体積でも、質量でもその鉱物の何倍もの・・・数十倍から数千倍もの廃棄物を出します。それらの廃棄物はその場に放棄されて、河川や湖沼の汚染源になったりしています。昔は技術が無かったので、鉱物の含有率が高い鉱石を精錬していましたが、現在は資源の枯渇に伴って鉱物の含有率の低い鉱石も採鉱するようになり、廃棄される不要物の率も増えています。これら鉱物の残滓などによる被害はかなり酷い状態ですが、現在は貧困が多い途上国などに被害が多く、あまり大きく報道されていないのが実情です。日本では足利鉱毒事件が有名です。


放射性廃棄物の問題は一番シビアです。隔離しなければなりません。その為にガラスで固めて厚い鉄板で覆い、更に粘土で固めて地下深く埋めます。・・・それを最低でも数万年続けなければなりませんが、500年くらいで放射能が漏れ出すであろう事は、日本原子力研究開発機構(旧 動燃)も認めるところです。
原発が運転され続ける限り、放射性廃棄物は増え続けて、最終処分場=捨て場 に困っています。現在日本原子力研究開発機構は、なりふり構わず最終処分場の候補地をさがしていますが、それはもう放射性廃棄物が出過ぎて、仮の処分場である六ヶ所村が満杯になってきているからです。現在、世界中で放射能汚染された物質はどんどん増え続けています。最終処分場など見つかるものではありません。八方塞がりの状態です。出口はありません。だからこそ原発は早急に凍結して止めるべきです。再稼働など以ての外です。これまで繰り返し言及してきました。原発は、放射性廃棄物の問題だけで事故が起こらなくてもやってはならない事なのです高々数十年の発電の為に、子孫は放射性廃棄物や廃炉を半永久的に管理しなければならないのです。


石油化学工業や原子力産業は破滅の産業といえましょう。石油がもたらした現代の繁栄ですが、実は石油は悪質な麻薬のようなもので、生態系をどんどん破壊尽くしているのです。長い目で見れば、人類は原子力に手を出さなかった方が良かったのと同じように、石油に手を出さなかったほうが幸福だったことでしょう。
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【2012/05/23 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

エントロピーの法則
guyver1092
 エントロピーの法則等、物理学に経済システムが一致していないからこその破滅的事態ですね。経済システムは物理法則に適合させて作らない限り、人類の未来は暗いと言わざるを得ないですね。
 具体的には、廃棄物に対するコストを会計の内部に正しく反映させる決まりが必要ですね。そのような決まりがあれば、核廃棄物の処分費用が確定するまでは原子力発電が出来ないことになると考えます。処分費用が莫大なものになればだれも原子力発電をしようとは思わないでしょうね。


団塊親爺の遺言
 自然に学ぶ事を忘れた今の社会システムは

今の世界は悪魔に魂を渡した事態と変わりませんね・・
一見、進歩や便利に見せて実は限界

それでも悪人たちは利益を求め世界中の人々を
従わせようと躍起に成っています 自然破壊を
しながら・・最後に見棄てられるのは私たち・・

子供の頃、農家に預けられた私は鶏や豚君たちに
野菜クズや御飯の残りを与え代わりに美味しい卵
を味わえました 買い物をしても紙や木の薄皮で
包まれ五右衛門風呂の焚きつけになるものでしたので
ゴミは日常生活では余り生まれ無い時代でした

近くの小川ではドジョウや小魚がいたり 山菜も木の実も
豊富に在った時代です 放射能や農薬の心配の無かった
環境が半世紀前には当たり前でした・・自給自足が可の

生きる上に於いて今の世界の仕組みは間違いだらけです





Re:エントロピーの法則
雑草Z
>物理学に経済システムが一致していないからこその破滅的事態

二酸化炭素温暖化説のように不確実な怪しいものが大きく取り上げられて、エントロピーの法則のように根源的な科学の法則が等閑されている現代社会は、「科学の時代」と言うよりも「似非科学の時代」と呼ぶべきかも知れませんね。

>廃棄物に対するコストを会計の内部に正しく反映させる決まり

これは非常に重要な事ですね。これこそ早急に検討すべき課題です。

>核廃棄物の処分費用が確定するまでは原子力発電が出来ないことになると考えます。処分費用が莫大なものになればだれも原子力発電をしようとは思わないでしょうね。

まともに考えたら原発などやってはいられない筈ですね。会社は即破算ですし、考えられないような負債を背負いますね。東電に限らず、原発をやっている電力会社は全て破算では済ませられない大きな負債を抱えている事になります。

ゴミ問題はかなり深刻で急を要する問題なのに、かなり放置されているのが現状です。


>自然に学ぶ事を忘れた今の社会システム
雑草Z
    団塊親爺の遺言さま

>一見、進歩や便利に見せて実は限界

そうですね。「進歩」と言ってる現実は「破局」に向かって進んでいます。

>今の世界は悪魔に魂を渡した事態と変わりません

経済優先で、廃棄物問題を先送りしているのは確かに悪魔に魂を売り渡したようです。このままでは、廃棄物問題は自己責任で無く、未来の子孫に負の遺産として渡す事になりますね。

>ゴミは日常生活では余り生まれ無い時代でした

このような時代からまだ半世紀くらいしか過ぎていない訳ですね。人類は21世紀半ばからの百年ほどで、地球をゴミの惑星に変える積りでしょうか?

>子供の頃、農家に預けられた私は鶏や豚君たちに 野菜クズや御飯の残りを与え代わりに美味しい卵 を味わえました買い物をしても紙や木の薄皮で 包まれ五右衛門風呂の焚きつけになるものでしたのでゴミは日常生活では余り生まれ無い時代でした

そのような事が、ごく普通の日常だった頃が今では理想的な社会に感じます。

郷愁を誘ういいお話、有難う御座います。この手のお話は色々お聞きしたいところです。そのような方向に戻れたらどんなにいいでしょうね。 

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2012-03-29 00:01
日本各地で震災の瓦礫を受け入れる、受け入れないの議論が巻き起こっています。
当方も津波の被災地を訪れて1年も経っていまだに瓦礫の処理が殆ど進んでいない実態を目のあたりにしました。4トラックで数百万回分くらい運ばなければならない量です。エネルギー、石油の無駄遣いもいいところだと思います。従来よりゴミも地産地消すべきだと考えていますので、瓦礫が放射性物質で汚染されていなくとも、瓦礫を遠くに持っていって処分する事には反対です。一体あの膨大な瓦礫に膨大な石油を使って、他所に持って行くメリットがあるのでしょうか?まして、放射性物質の処理は拡散させないのが原則です。そうでなくともかなり拡散してしまった放射性物質を遠くまで・・・北海道や西日本にまで・・持って言って拡散させるとは、何たる愚行か!?と感じます。
3.11から1年が経とうとする頃から、政府、環境省による瓦礫受け入れキャンペーンが、メディアを通して怒涛の如く流されるようになりました。そして、あたかも瓦礫を受け入れないのは、非国民であると言わんばかりの論調もまかり通り始めています。しかしこれは必ずしも被災地の要望ではありません。瓦礫をよそに持って行かないで、地元で処分しよう、堤防とか高台を作るのに利用しようと言う案も出ています。
戸羽太・陸前高田市長は
「現行の処理場のキャパシティーを考えれば、全ての瓦礫が片付くまでに3年は掛かる。そこで陸前高田市内に瓦礫処理専門のプラントを作れば、自分達の判断で今の何倍ものスピードで処理が出来る。国と県に相談したら、門前払いで断られました。」
と怒ってます。
伊達勝身・岩泉町長は
「現場からは納得出来ない事が多々有る。山にしておいて10年、20年掛けて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。元々、使ってない土地が一杯あり、処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこに有るのか?」
と述べています。
彼らの言う事はもっともだと思います。
東日本大震災の瓦礫の広域処理の対象は、2300万トンの瓦礫の内、400万トンだけと言う事です。この400万トンだけ他の地域に持って行って処理する意味が分かりません。
1995年の阪神淡路大震災の瓦礫の量も2000万トンくらいで、今回の東日本大震災の瓦礫の量と比べて多いとは言えません。ただ、今回の東日本大震災の被災地域は、神戸よりも遥かに広いし、人口はずっと少ないのであるから、瓦礫処理も地元で出来る筈ですし、その方が遥かに能率もいい筈です。まして、津波の被災地は、またその土地に町を作るかどうかもはっきり決まっていません。そこに瓦礫があって困っているという地域ばかりではありません。
誰のための瓦礫の広域処理なのでしょうか?
例えば、東京都に搬入予定の瓦礫処理を受け入れる元請け企業は、東京電力が95.5%の株式を保有する東京臨海リサイクルパワーです。この期に及んでも政府は東電に儲けさせたいようです。(賠償金の捻出なら、東電を解体したほうがよっぽど効果的です。)広域瓦礫処理が利権の為に為されようとしている側面も否定出来ないのです。

放射能汚染物質処理の大原則は、拡散させずに自然の循環・・大気・水の循環、生態系の循環・・から隔離することです。
放射能が許容量を超えた瓦礫は、現時点では事故を起こした福島第一原発の周りに、自然の循環から隔離して管理することが、最も有効な方法でしょう。政府・環境省の要請は結果的に日本全土に放射能汚染物質をばら撒き、汚染地帯にすることになるのです。

細野豪志原発事故担当相が「福島の皆さんには一番つらい思いをさせてしまっているので、そこを分かち合う部分が必要」「福島を最終処分場にすべきではない」と述べ、汚染瓦礫の県外処分を検討する考えを明らかにしましたが、それは逆に許されざる事でしょう。最終処分場をどこかに決めなくてはならないとしたら、最も処理しやすいと言う意味でも(それでさえも困難を極めますが・・)拡散を防ぐという意味でも原発事故現場周辺にするのが一番いい方法でしょう。・・・これは将来的に他の原発立地でも言える事になりましょう。

他の遠くの地域は、瓦礫を引き受けて、日本中を放射能汚染するのではなく、土地の被曝は出来るだけ押さえて、被災者・・放射能からの避難民受け入れ、支援に尽力すべきです。

 原則として瓦礫を地元で全て処分するとして、自治体は自ずと処分の困難な自然の循環を回らない物質は、放射性物質も含めて、使わないようにするべきでしょう。首都圏なども、今回瓦礫の受け入れなどを表明する事はせずに、その代わりこれからは自分の自治体で出たゴミを東北地方などに持って行って捨てる事(不法投棄等)を止めるべきです。
日本では、大津波で海辺の町が壊滅的な被害を受けたと言う話は昔から各地に残っていますが、昔は、瓦礫をそのままにして置いても、浜は数年で自然に帰って行った事でしょう。
「瓦礫」がその漢字通り、瓦と小石だけなら、波に洗われているうちに自然に戻るのも早いでしょうが、現代の化学物質だらけの瓦礫は、なかなか自然には帰らないばかりか、周りの環境を更に汚染します。波に洗われて、放射性物質でなくとも有毒物質も撒き散らします。「科学の時代」は、田舎の海辺の小さな町ですら、有毒な、自然の循環に回らない化学物質だらけの町にしてしまいました。

 地元で瓦礫を「処理」する事によって、廃棄物を含めた総合的な「地産地消」を目指すべきでしょう。
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【2012/03/29 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

申し訳ありません
団塊親爺の遺言
福島の現状を見るに 余りにも・・

雑草さんの言葉は 他人に迷惑を懸けない・・
覚悟と言うか 無駄は駄目と言う普段の考えに
沿った主張に驚きました 何も出来無い私たち
本当に頭が下がります・・

子供たちでも遊んだ後に親は片付けなさいと言う
片付け無ければ もう遊ばせませんよと・・

原発を推進して来た大人たちは片付けようともせずに
再稼働を目論む・・悲しい人たちの言い分は虚しい・・

せめて今の子供たちの未来に責任を持って言って欲しい
こうすれば・・福島は元通りに・・安心ですと

福島を棄てての再稼働は有り得ません


Re:申し訳ありません
雑草Z
団塊親爺の遺言様に謝って頂く必要はありません。
謝るべきは、原子力邑の原子力推進の人々でしょう。・・謝って済む話ではありませんが・・。

何の因縁か自分の住む県が原発事故に遭いましたが、もしこれが他の遠くの県で起こっても私は同じ主張をします。
ゴミを遠くに運ぶために石油などのエネルギー源を浪費する事は愚かな事だと思いますし、放射性物質は拡散させてはいけません。日本中住めない場所になったら大変です。
(・・日本中の原発の核のゴミの事を考えれば、日本中住めなくなる可能性も高いと考えます。)

 本文にも書きました通り、放射性物質を帯びた瓦礫は地元に置いて(若しくは、原発近くに持って行って)遠くの地域では、放射能汚染の高い地域の人々を受け入れてくれた方が遥かにいいでしょう・。

目的
guyver1092
 瓦礫処理に関するいろいろな記事を読んで出た結論は、「ズバリ復興特需を我々にもくれ」だと思います。運送屋がもうかりますし、処理能力を超えた地方は、新たにプラントを作ってそこでゼネコンがもうかりますし、国策ですから、補助金も出るのでしょうね。相変わらず、人類の将来を削って、今儲けましょうという政策ですね。

Re:目的
雑草Z
>ズバリ復興特需

その通りですね。震災で多くの財産が奪われ、それでなくても財政が破綻しかけているのに、復興特需は税金の投入が主ですから、日本の膨大な累積赤字が更に増えて、首が回らなくなるでしょうね。現在議論されている消費税の値上げもこの為ですね。

大きな資源、財政の投入があるのですから、出来るだけ無駄を省いてやらなければならないのに、迂回政策ばかりしています。・・電気エネルギーの話と共通しますね。(笑)

>相変わらず、人類の将来を削って、今儲けましょうという政策

全くその通りです。ネズミ講のような破局に向かう政策です。

guyver1092さんがよく使われるブラックのように、人類の絶滅が目的としか考えられないような政策です。・・他の国が日本の破局を目論んでいるとも言えそうな危険な政策です。・・これで日本がデフォルトに陥らないという確信があるのでしょうか??

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2010-03-21 00:02
前回の【使い捨て容器】の続編です。

 資源の枯渇は問題としてよく取り上げられますが、捨て場・・最終処分場の枯渇・・に関してはあまり取り上げられません。しかし、ゴミ、廃棄物の捨て場の問題は資源の枯渇以上に切迫した深刻な問題です。しかし、だからと言って、そこの住民が嫌がる最終処分場をもっともっとどんどん作るべきだ・・とは全く思いません。【最終処分場は必要か?】でも述べたとおり、対症療法的な最終処分・・処理し切れなかったものを最終的に捨てる場所を確保してそこに持って行って廃棄するだけ・・では根本的な問題解決にはなりません。それどころか、最終処分場の建設は、問題の先送りであり、この問題をもっと大きく深刻なものにするのです。
 その典型が原発で出てくる放射性廃棄物です。放射性廃棄物の最終処分場に名乗りを上げる自治体は普通に考えればありません。(・・名乗り出て、住民に反対運動された例はありますね。・)どんなに補助金をもらおうが、こんな危険なものを置いておく最終処分場を地元に作る事を同意するのは、愚の骨頂であり、地元民に対する裏切り行為であります。もしあるとすれば、電力会社なり政府と癒着しているとしか考えられないでしょう。放射能の危険性が十分に小さくなるまでには何万年もかかるのに、放射能が漏れ出すまでに数百年・・・と言う事は原発関係者も認めるところなのですから・・・このままでは、最終処分場はどこにも作られず、そのまま放置・・・と言う事態になるかも知れません。つまり原子力発電所があるその場所が最終処分場になると言う可能性も高いでしょう。放射性廃棄物の最終処分場など地球上に存在してはいけないのです。それははじめからわかっていた事です。だから、原子力発電ははじめからやってはいけない事だったのです。

 原発だけでなく、自然に循環しないプラスチックやビニールの最終処分も大変です。・・・だから燃やしてしまえ・・と言う方法も、最終処分場に埋めえ建てるよりはましかもしれません。
 話を元に戻しましょう。地球上の生態系は全ての物を循環させて来たから何億年も続いて来たのです。何一つ浪費されないし、最終処分もされて来なかったのです。全ての物質・・原子、分子は循環し再利用されて、新たなものの一部に生まれ変わっていたのです。だから、地球上には最終処分場は必要なかったのです。そしてあってはならないものなのです。それがここ100年以内の20世紀以降に、循環しないゴミがあちこちにばら撒かれ、対策としてゴミの最終処分場が作られました。それ以来いつも各地の最終処分場は足りなくなりそうで自転車操業状態です。
 昔の遺跡を発掘すると、貝塚のようなものが見つかりますが、現代文明が滅んで、後の世の新たな文明の人間が現代文明を発掘すると見つかる物は、循環しないゴミの山でしょう。有毒なものも沢山溢れているでしょう。・・洒落になりません。これでは滅びる筈だ・・・と言われる事でしょう。
 最終処分場を改めて作らなくても、地球上どこもかしこも最終処分場状態です。海の巨大ゴミ海域は日本の面積の数倍に達しています。循環しないビニールやプラスチックのゴミが落ちていない地域なんてもう、世界中どこにも見当たらないのではないでしょうか?このままでは世界中腐らないゴミだらけになってしまうのも時間の問題です。深刻な切迫した問題です。

 昔のように不要になったものをその辺に捨てておけば、直ぐに腐って分解して循環するほうがどんなに便利でしょう。腐って自ら分解していく事こそが理想的な処分方法ではないでしょうか?。
 金属などで出来た物は、長く大切に使って、最終的には仕方がないから人間の手でリサイクルするしかないでしょう。でもそれは特殊な場合であって、自然の生態系を循環しない物は生産しない、使わない・・が原則でしょう。その辺に捨てておいてもすぐに自然に生態系の循環をする物質だけを使って生活をして行くべきでしょうし、結果としてそれが一番便利でしょう
 自然の循環の範囲内で活動するのが、自然のつつましさ、優雅さを備えた豊かな社会と言うものです。そして、それ以外に持続可能な社会は作れないのです。
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【2010/03/21 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(1) |

リサイクル以外の捨て方の指定
上々
今使われている物はすべて元々地球の中にあったものを使って作られていますから、元に戻してやれば何の問題もないはずなんですが、鉱物のように地中深くから掘り出して精錬という濃縮をしてやったために元に戻し難いものもあれば、複雑な合成で戻し難くしてしまったものもあります。

リサイクル製品にはリサイクルの仕方を書いてあります。
リサイクル自体には疑問点が多くありますが、表示と言う点では他のただ捨てるだけの製品にも見習わさせるべきでしょう。

製造された商品にはすべて、使い終わった後の捨て方まできちんと決めて表示させる必要があります。単に燃やせばよいのか、分解して燃やすものと回収するものを分けるのか、その辺のところが製造者の義務であるはずなのに、全く触れずに自治体任せというのはおかしいですね。


捨て方、捨て場
雑草Z
    上々さん

>鉱物のように地中深くから掘り出して精錬という濃縮をしてやったために元に戻し難いものもあれば、複雑な合成で戻し難くしてしまったものもあります。

そうですね。これらは地下に戻しても元通りにはならないばかりか、有害な場合も多いですね。文明人は地下資源を安易に使い過ぎて来ました。

>使い終わった後の捨て方まできちんと決めて表示させる必要があります

そうですね。そして、使い終わった時の事まで考えて処理し易いように製品を作る事を考えるべきだと思います。・・そのような方向に徐々に進んでますが・・。
 ただ、本文にも書きました通り、自然の循環を回らない物をただ廃棄するばかりでは、資源の枯渇とそれ以上に捨て場の枯渇を招きます。循環しない物の廃棄・・・という行為は生態系の破壊であり、子孫に対する負の遺産ですから、出さない方向に進むべきでしょう。

 *  ***    *****      *******
 いつも複数の記事へのコメント有難う御座います。最近は休日のコメントも多くなりましたね。恐縮です。
 当方では昨夜もパラパラ雪が降って、うっすら積っています。そちらでは雪はすっかり消えたでしょうか?・・

江戸時代のゴミ
guyver1092
 江戸時代には、ゴミはほとんど問題にならなかったようです。税金の仕組み等をを何とかいじって、ゴミの出ない社会システムをつくれないかと考えています。
 ※ゴミとして捨てれば捨てるほど、税金がかかる、ただし回収システムのあるところへ分別して持っていけばお金が返ってくる。

 核のゴミについて一番最初に知ったのはGraceさんと同じく、室田武氏の「原子力の経済学」でした。それによると、軽水炉で一年間燃焼した燃料棒は、約千年で短寿命の放射性物資はほぼなくなりますが、長寿命の核物質はそれからじわじわと放射線量が増え続け、七十万年後に最大に達します。そして百万年後にほぼすべての放射性物質がなくなるそうです。
 ところでどこで読んだのかは覚えていないのですが、高度燃焼した燃料棒の放射線がこれと同レベルまで低下するのは、三億年と読んだ記憶があります。これれはたとえば、マントルの対流の一周が二億年だそうですので、マントルの中に捨てることができても、また地上に出てきてから一億年は放射線を出し続けることになるということです。
 例によって、彼らの考えを推測してみましょう。

一 科学が進んで、核物質の消滅ができるようになる。

二 科学が進んで、反物質炉の燃料にすることができる。

三 信仰心により核物質は消滅する。

四 すべての高等生物の死滅が目的である。

最終処分場が必要なものは作ってはいけませんね。
雑草Z
    guyver1092さん

 江戸時代は循環性のあるゴミが主であった事や、物を大切にする文化がしっかりしていて、経済的にも100%リサイクルが可能だったようですね。現代のごみ行政は、使う物質も含めて江戸時代よりも遥かに劣る事は間違いありませんね。


原発に関しては、やるメリットは何もなく(・・軍事目的だけでしょうか・・・)デメリットだけなのにやるのは狂っているとしか思えませんね。

>例によって、彼らの考えを推測してみましょう。

放射性廃棄物の処理法について、今度は4択ですね。
こんな理不尽なものは、guyver1092 さんの示されたようなありそうでない理由しか思いつきませんね。
実態は、放射性廃棄物の事はなるべき考えずに原発の事だけを考えている・・・と言う究極の愚か者なのではないでしょうか?・・・原発を促進するなんて、まともな人間の理性では考えられない事です。悪夢か最悪の冗談です。

 

消費財
上々
もう何十年も前に亡くなりましたが、明治生まれの祖父母たちはほとんど物を捨てると言うことなしに、過ごしていたようです。
端切れは言うに及ばず、紙切れでも何かに使おうととっていました。

本当は捨て方を決めると言うのもおかしな話なんですが、今はそう言わざるをえない程度の状況と思います。
せめてきちんと捨てて残らないようにするところから始めなければ。

****
石川は平地はほぼ雪は消えていますが、すぐそばの低い山でも上の方には残っています。白山は真っ白です。
休日も買い物に出るときはついでに事務所に寄ってメールチェックをしますので、さっと目を通します。

Re:消費財
雑草Z
    上々さん

>明治生まれの祖父母たちはほとんど物を捨てると言うことなしに、過ごしていたようです。

それが普通の事だったのでしょうね。・・今では理想です。次第に物が溢れて棄てざるを得なくなったのですね。使い捨てに慣れてしまった現代人は自然の摂理の感覚を失っていますね。滅びへの道をひた走っています。

>端切れは言うに及ばず、紙切れでも何かに使おうととっていました。

私も近いものがあります。これから望む望まざるにかかわらず、そうしなければならなくなるでしょうね。

 *  **   ***    ****     *****

 白山は高いですからね。東北地方には、白山より高い山はありません。でも家から見える飯豊山(いいでさん)は、夏でも消えない万年雪があります。
 裏日本にもそろそろ春が来ましたね。


ウランピーク
上々
石油ピークと同じように、ウランの埋蔵量にも限りがあり、ピークは間近、あるいはすでに過ぎているという話もあります。
この辺はウランの鉱石の質とも関係があり、石油と同様、質の良いものから採掘して使っているため、残っているのはウランの含有率の低い低質のものだそうです。
このような状況で、世界各国が原子炉建設を進めて行けばそう遠くはない未来に枯渇と言うことになるかもしれません。
それで最終処分の心配も少なくなるとは言えませんが。

また、含有率の低い鉱石から抽出するには当然大量のエネルギーが必要になりますので、EPRがますます下がると言うことにもなるようです。

****
白山の雪は6月頃まであるようです。
出ましたね、「裏日本」。こっちに来てからこの言葉はなるべく使わないようにはしていましたが、実際「裏」という感じを強く受けます。

Re:ウランピーク
雑草Z
    上々さん

 ウランの埋蔵量の事は気にかかっていましたが、

>ピークは間近、あるいはすでに過ぎているという話もあります。


>そう遠くはない未来に枯渇と言うことになるかもしれません 

ウランなど速く枯渇して欲しいものです・・・と言うよりも埋蔵していなかったらどんなに良かっただろうかと思わずにはいられません。

   * ***    *****    ***  *

>出ましたね、「裏日本」

はははっ・・・あんまりいい言葉ではなかったですね。まあ私の住んでいる福島県の会津地方は内陸ですが、どちらかと言えば、「表日本」ではなく「裏日本」です。

 私は日本海側の寂しい雰囲気が結構好きです。

資源確保
上々
昨日のニュースで政府が資源確保の方針を示したとか言ってましたが、どこまで本気で考えているのやら。
いくら本気で考えたくても前提となる情報の質が悪ければ、考えるだけ間違った方向に進んでしまいます。

ウランも取り合いになれば生産国に対する干渉など、現在の中東問題がそちらに移るかもしれません。
他にも金やプラチナやリチウムや、その他多くの元素など、火種は数知れずあります。
肥料用のリン鉱石やカリも同様です。
いよいよ本当に狼が来たというところでしょうか。

*****
それほど海岸を見に行ったわけではないですが、やはりなんとなく寂しいですね。人が全くいないと言う点では、南九州の海岸線の方が上かもしれませんが、明るさが違います。
それと冬の波の荒さは、ほとんど毎日海上暴風警報です。
あと一息で春の訪れですが。

Re:資源確保
雑草Z
    上々さん

 いくら資源確保しても、石油とかウランだとか、枯渇する資源を確保する事は問題の先送りで、結局問題をもっと深刻化しますね。

>ウランも取り合いになれば生産国に対する干渉など、現在の中東問題がそちらに移るかもしれません。

 深い読みですね。ウランの産地は、いわゆる未開の地が多いですから、開発援助に名を借りた略奪みたいな形になるかも知れませんね。

>いよいよ本当に狼が来たというところでしょうか。

やはり、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの範囲で(・・勿論、太陽光発電とか言う意味ではありません。・・)慎ましく生活する社会に移行するしかないでしょうね。現代社会は無駄に大量のエネルギーを浪費しています。

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2010-03-17 00:01
使い捨て文化に関しては日頃より心を痛めています。ここのサイトでも【使い捨て時代】など何度か言及しています。日本古来の『勿体ないの文化』が見直されて久しいのに、21世紀になっても使い捨て社会は酷くなる一方です。特に生態系を循環しないプラスチック類の使い捨てゴミの問題は非常に深刻化しています。【アフリカの国花】などがその例です。

先日集会で、昼食に弁当が出ました。弁当の容器がプラスチック制で、割り箸が付いて、みそ汁も発泡スチロールのカップめんのような容器、その中に具やみそ汁が、ビニールの袋に入っていました。弁当は全て使い捨て容器に入っていました。・・これが現状です。
 最近、レジ袋が廃止され、飲食店でもリターナル箸(割り箸でない何度も使う普通の箸)が使われるようになり、それはそれで評価出来ますが、この手の食品の使い捨て容器は殆ど改善されていないようです。・・ちょっと薄くなったくらいでしょうか・・・
プラスチックゴミの分別回収は進んでいますが、そんな事では解決にならない事は何度も言及しています。【リサイクルには気をつけよ!

 もう昔の話になるのでしょうが、ケンタッキーフライドチキンに初めて入った時の非常に嫌な感触を覚えています。お店の中で食べるのに、フライドチキンが紙の箱に入ってきて、スプーンやフォークまでプラスチック製で、飲み物の容器まで使い捨てのプラスチックでした。食べもの以外全て使い捨てでした。挙げ句に客も店員も、ゴミとしてプラスチックの容器と一緒に生ごみである食べ残しや鳥の骨を同じゴミ箱に捨てていました。・・・生ゴミとプラスチックを同じところに捨てても平気な感覚・・・自然の摂理に対する感覚が壊れてしまっています。【現代人の壊れた感覚】で述べたとおりです。
 その後、アメリカ旅行した時の使い捨て容器の消費の多さにも閉口でした。普通に飲食店の容器が使い捨て・・と言うのがざらでした。安い店に限って、人件費削減の為か、使い捨て容器のオンパレードでした。いちいち心を痛めていたら、神経が持ちません。・・・最悪の使い捨て文化の国であったアメリカの例をこれぞとばかりに見せられました。
・・それ以来ケンタッキーフライドチキンには入ってませんが(・・日本の手羽先などのほうが美味いですし・・)、気がつくと、日本でもケンタッキーに限らず、ハンバーガーチェーン店も列車や航空機の食事や飲み物サービスも、コンビニや弁当屋の弁当も、みんなプラスチックの使い捨て容器が主流になってきました。
 そんな中、弁当の仕出しが、再利用のおひつやお椀に入っていたりすると、ちょっとほっとします。・・・一昔前まで普通であった事・・・敢えて『良識』と呼ぶべき事でもない普通であった事が、現代の目先の経済効率の中で駆逐されていくのを見ると胸が痛みます。

 使い捨て容器の使用により、資源の枯渇も大いに懸念されるところですが、それよりもプラスチックのように自然に循環しない物質をどんどん撒き散らして、生態系を破壊する事のほうが、より切実な問題です。二酸化炭素温暖化問題の陰に隠れてあまり表に出て来ませんが、二酸化炭素温暖化説のように曖昧で因果関係もはっきりしない問題ではなくて、プラスチックのごみを中心とする因果関係の明らかな大きなゴミ問題が世界中に噴出しています。非常に深刻な環境問題です。猶予はありません。
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【2010/03/17 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

仕組みを換えればなくなりますが・・・
guyver1092
 以前、廃棄食料品についてでも書きましたが、使い捨てすると税金が多くかかるように税制を変えればなくなるでしょう。企業が営利目的である以上、税制を変えれば、世の中が動きます。
 政府が本気で二酸化炭素削減を考えるのなら、当然使い捨て容器の禁止も政策に入ってきて当然ですが入っていないのは、二酸化炭素削減は口実であって目的ではないのでしょう。
 目的は何かって?
 推測してみましょう。

その一
 二酸化炭素削減を口実に、無駄に物を買わせて景気をよくする。

その二
 本気で現在の政策が二酸化炭素削減に役立つと思っている。

その三
 二酸化炭素削減を口実に、無駄に資源を消費して、環境を破壊しつくし、文明崩壊が早く来るようにする。

ハラン
雑草Z
    路傍の石ころさん


>植物の葉で食品を包むという素晴らしい文化がありました。

そうですね。本当に素晴らしい文化です。そして、ほんの数十年前までは、それが当然の事でした。植物の葉ならば、その辺に捨てておいても自然に枯れて自然の循環に戻りますからね。笹の葉はよく使われますが、
ハランと言う植物の名前は知りませんでした。御紹介のサイトを見たり検索してみますと、寿司などに使われる葉ですね。お寿司屋さんでは、葉蘭の葉の上に寿司が出される事もありますね。見覚えのある葉でした。いい植物を知る事が出来ました。有難う御座います。

>庭や公園にはこのハランを栽培し、プラスチック類を追放しましょう。

なかなか素晴らしいご提言ですね。賛同いたします。


>買い物をしたら風呂敷につつむとか。

私も買い物袋(・・エコバック・・という言葉はあまり使いたくはありませんが・・)は買い物するときは従来より持ち歩いていましたが、数年前に風呂敷を頂き、その色々な素敵な使い方を教えて頂き、気に入って、時々使っています。風呂敷を畳んで小さくして持ち歩くのも何かと便利ですね。

>缶入りのコーヒーとか清涼飲料は禁止

缶とペットボトルですね。早く禁止にすべきですね。本当にプラスチックのゴミ問題は深刻ですね。

 +   +++++++ +++++++++    +++++  +

 私は山国育ちですので、ワカメやヒジキを採って食べた事はありませんが、どちらも好物です。ワラビ採りは小中学生の頃よくしました。大人になってからも時々見つけては採っています。・・ワラビは大好物です。

>自給自足に加えて、「採集自足」 も目指しています。

サツマイモ栽培以外にも色々されていらっしゃるのですね。
かなり自給率が高いのではないでしょうか・・?あんまりお金で食べものを買わなくても済むくらいなのではないでしょうか?
 もしよろしければ、少しずつ教えて頂ければ有難いです。
自給自足的生活は理想、目標とする部分ですので、多少とも御指南頂ければ幸いです。路傍の石ころさんを自給自足の師と仰ぎたいと思います。
 「採取生活」が出来るくらい地球の恵みが残り続けて欲しいものです・・・勿論今の人口全部は無理でしょうけれど・・・これ以上地球の生態系は破壊されないように運動して行きたいですね。

葉蘭の御紹介や、自給自足、採取生活など貴重な素敵なお話有難う御座います。

出ましたね!!
雑草Z
    guyver1092さん

>使い捨てすると税金が多くかかるように税制を変えればなくなるでしょう。

そうですね。法律でしっかり禁止するか、重税を課すべきですね。


>目的は何かって? 推測してみましょう。

いいですね!この前の記事【二酸化炭素温暖化対策の大罪】での「二酸化炭素の排出増加を推進する彼らの環境破壊に対する認識」に次いで、3つのパターンですね。

その一 と その二 の両方が多いでしょうね。人によってその割合が その一寄りだったり、その二寄りだったり・・

その三 は、ブラックジョークとか揶揄の類で、例の
>惑星開発委員会 
・・ですね!?。・・流石にそんな人はいないでしょうけれど・・・ 

例によって、その一、その二、その三、どれも冗談のレベルで笑って済ませないところに問題の深刻さがありますね。・・多くの人が洗脳され切ってますね。

石油の用途
上々
象徴的な意味では石油をプラスチックにして使い捨てというのはいけないことなんですが、量的にはそれほど多くはありません。
というより、いかに大量の石油を燃料用に使っているかと言うことなんです。

プラスチック原料としてはナフサが当てられますが、一応燃料にも使える分子量らしいんですがその割合は5%程度だそうです。

あと、ゴミが散乱するのは中途半端なリサイクル意識のせいもあり、全部回収して燃やしてしまうのが現状では間違いのない処理方法だと思います。

なお、guyver1092さんの例示のうちではやはりほとんど1、若干2なんでしょうが、今の「理系内閣」も基礎知識は大丈夫なんでしょうか。

十分に大量です。
雑草Z
    上々さん

>量的にはそれほど多くはありません。

石油の用途としては、おっしゃるように割合は少ないかもしれませんが、(・・そういう意味ですね?)プラスチックゴミの問題は【アフリカの国花】に書いたようにアフリカでは非常に深刻です。アフリカに限らず世界中で深刻ですね。海洋汚染も深刻です。生態系を循環しない腐らないゴミの問題は深刻です。生態系にとって脅威です。象徴的な意味の範疇では済ませられないでしょう。
 ゴミとして放置したりリサイクルするより燃やして燃料にしたほうがまだまし・・でしょう。槌田敦さんの本にもそう書かれていました。ただその為には分別をしっかりする必要がありますね。

アーミッシュ
上々
アーミッシュの人達の暮らし方の本当のところを見たことはないのですが、非常に参考になります。
まあおそらく否応なしに全世界的にそういった生活にそのうちなるとは思いますが。

ただ、宗教の力を借りなければできないとすると情けない話で、人間の理性を基にそのような社会を作り出すべきだと思います。
そのような社会を選べる人と、浴びるほどに石油を使い、使い果たして自滅する人と分かれて別の未来を選べれば良いのですが、できなければ道連れにされます。

プラスチックの分別には個人的に恨みがあり、過剰反応のバカな自治体のゴミ収集で、プラスチックも分けてかなり離れた集積場まで運ばされております。
しかも食品包装のものなど、油を洗い落とすのに手間もかかるし、その洗浄廃水は下水処理をしているというのもバカな話です。食品包装プラスチックは洗わずにそのまま一緒に燃やすというのが最良と思います。

難題
雑草Z
    路傍の石ころさん

 いつも長い中味の濃いコメント有難う御座います。今回のお返事はいつもより熟慮しなければなりません。


>政治家も官僚も国民も、「経済成長の病」に洗脳され、呪縛されています。

本当にこれは酷いものです。人間の理性と言うものを疑ってしまします。大多数の人間が洗脳されていますし、「経済優先」なんて事が言われる事自体、「経済ファシズム」と呼ぶべき事態でしょう。ここの一番上のタイトル<雑草の言葉>のところにも書いているように、経済ファシズムは、人類史上最大最強最悪のファシズムでしょう。


アーミッシュに関しては、存在を知っている程度で、具体的には何も知らなかったので、今回、御紹介のサイトなどをしっかり読ませて頂きました。

>ノーベル賞はIPCCやゴア氏よりも、アーミッシュの人々に授与すべきですね。

そうですね。それから槌田敦さん・・・ノーベル賞も政治がらみで、人選が変なものばかりですね。かつての佐藤栄作元総理が平和賞に選ばれた時点で、どうしようもない賞だと思ってます。アメリカの経済学者の受賞者の大部分がどうしようもない人達です。・・そう言う意味ではノーベル賞もらった人は信頼出来ないかも知れません。
 話が逸れましたが、贅沢せずに質素に暮らす・・と言うのは、モラル的な意味ばかりではなく、環境問題の意味からも社会の持続性からも、必須の事になりますね。
 その意味で、アーミッシュの人々の暮らし方は参考になりますね。ただ、修行僧ではありませんので、禁欲的な生き方を戒律にする事には賛成出来ません。広義で、人生は楽しむ事も目的とも考えられます。
アーミッシュの戒律は
>原則として快楽を感じることは全て禁止
との事ですが、
お金や物量的な事による快楽を求める事を禁止しても、一般の快楽全てを禁止するのには賛同できません。


>宗教とか信仰の凄さ
としてアーミッシュの例を挙げられたのでしょう。

>宗教は、狂信に走り誤った方向に進むと恐ろしいものですが、正しい方向に行くのであるのならば、宗教的信仰による信念や洗脳も、また良きかな

は、私も賛同致します。しかし、キリスト教などよりも日本古来の神道や、世界の先住民族の自然崇拝により共感致します。

 
 
 北国の東北もそろそろ雪も消えてきて、春になりました。そろそろ土いじりをして、だんだん作物も植える事が出来そうです。
路傍の石ころさんのことは、自給自足の師と仰いでおりますので、サツマイモ作りをはじめとして、自然農法的なものを色々御指南頂ければ幸いです。

 当方は、この前路傍の石ころさんに御指摘されたように、ここの記事を書くばかりでなく、行動を再開しなければならないかなと思っております。この週末、東京に行ってきました。ある団体立ち上げの話に混ぜて頂いてもらいました。
 これまで入っていた団体は活動すると思うと納得がいかなかったりレベルが低かったりで、団体に所属するのもどうかと思っています。

 この辺の事は改めて書かせて頂きます。最後、中途半端ですが、取り敢えずお返事まで。

一蓮托生は理不尽
雑草Z
    上々さん

>まあおそらく否応なしに全世界的にそういった生活にそのうちなるとは思います

そうですね。物質的には望む望まざるの話ではないですね。・・物理的にそうせざるを得なくなるまでに、人間が自らそうする理性があるかどうかですね。自ら出来るようなら、絶滅は免れますね。

>そのような社会を選べる人と、浴びるほどに石油を使い、使い果たして自滅する人と分かれて別の未来を選べれば良いのですが、できなければ道連れにされます。

グローバル化社会ですから、残念ながら道ずれですね。理不尽です。

>食品包装のものなど、油を洗い落とすのに手間もかかるし、その洗浄廃水は下水処理をしているというのもバカな話

リサイクルするものを洗剤で洗うと言うのは本当に馬鹿げていますね。「エコキャップ運動」と言うペットボトルキャップを回収して送る運動がありますが、たったあれだけの物をリサイクルする為に洗剤で水を汚して、運送のエネルギーをかけてリサイクルするのはギャグ効果・・ギャグのような逆効果ですね。どうしようもありません。

採取、栽培、自給自足
雑草Z
    路傍の石ころさん

 山菜もいいですね。幸い、会津地方は山菜の宝庫です。ただ、会津では山菜採りはまだですね。ふきのとうがそろそろでしょうか?
こちらはワラビは5月くらいからです。ワラビがもう採れるとはやはり瀬戸内は温暖ですね!そして、栽培ではなく自生のシイタケが沢山採れるなんて、淡路島は自然豊かなのですね!!海藻もあるから、山よりも採取出来る食べものは多いですね。

>島に自生する山菜はすべて利用

>フキ、タラの芽、~……枚挙にいとまがありません~・・・これらは野菜としても通用するものばかりです。


そうですかあ。当方は殆ど山菜採りはしていなかったので、今年は是非したいと思います。路傍の石ころさんが挙げられた山菜の中でも、 "ハリギリの芽" って知りませんでしたし、キノコ類は毒キノコの区別がつかなかったのでずっと手を出さないできました。シマサルナシも初めて聞きましたが、頗る美味しそうです。とても食べてみたいです。
 是非採取生活の師も宜しくお願い致します。採取生活は頭になかったので、瓢箪から駒の嬉しい展開です。


 米は最近関心があって好きですが、・・・槌田敦さんの著書によると、麦などの畠と違って塩害が防げるから持続可能な農業が出来るとの事ですが・・・芋も好きですし・・・サツマイモだけでなくジャガイモやサトイモもあれば味がかなり違いますから楽しめますね。・・路傍の石ころさんのコメントからも、米よりもずっと芋の栽培のほうをやってみたいと思っています。
・・と、言う事で自給自足のほうも師と仰がせて頂きます。宜しくお願い致します。

>飢饉などという言葉は、歴史上の古語だなどと思っていたら、大きな認識誤りだと思います。

 その通りだと思います。・・その飢饉のときに、芋、特にサツマイモが有効だと言う事を路傍の石ころさんに教えて頂きました。

>主食はイモ、副食にはマメから蛋白質を、緑の菜っぱからビタミン類を、それが理想的

参考にさせて頂きます。豆と菜っぱがいいとは私の親も言ってました。

>私もそう厳格なわけではなく、教義を破ることはよくあります。

路傍の石ころさんは、芋を主食として食べるのはどの位の割合なのですか?また、自分で作られたり採取したりする食料自給率はどの位なのでしょうか?・・食料品を買う場合、何をどの位の頻度で買われるのでしょう?・・色々興味深いものがあります。宜しければ教えて下さいませ。




少し前に戻りましょう
BEM
雑草Zさん、こんにちは!
リクエストしておいて、コメントが遅くなってすみません(^^;
さすが雑草さん、分かりやすくて痛快ですね!
私はケンタッキーじゃなくて、ロッテリアでそのゴミの量の多さに閉口しました。
それまで、たまにハンバーガーも食べることはありましたが、改めてこれは何だ! と感じました。
(お店で食べるのに、紙コップやほとんどが再利用しないものばかりでした。モスバーガーなどはマグカップでコーヒーを出されるのでそれほど感じなかったというのもあります)
それ以来ファストフード、コンビニやスーパーの弁当、ほか弁の類いは一切購入しなくなりました。

個人的には割り箸は間伐材を使っていればいいのでは? とも思うのですが、実際お店で販売しているものは中国産でわざわざ森林を伐採して作っているというものがほとんどのようなので、割り箸も一切家からなくなりました。

どちらにしても慣れてしまうと、全然困らないんですよ。これが♪
多分、その欲求をくすぐるのはテレビのコマーシャルなのでしょうね。
マクドナルドなどはホントに宣伝上手で、子供にはオモチャで釣ったり、大人には安さと芸能人でしょうか(笑)

そのゴミの量たるや、一体ファストフードの1店舗でどのくらいのゴミが出ているのか。
是非公表して欲しいです。
guyver1092さんのおっしゃる通り、使い捨ての容器に課税するというのも大賛成です!!
また、そのゴミに対する税金もかけて欲しいところです。
そういったゴミになるようなモノを購入しない我々にしてみれば、税金によってゴミの収集することは非常に腹立たしいものがあります。

なんにしてもたった4、50年で日本人の食生活も変わり、使い捨てが横行し、大量の消費大国になってしまったことにため息が出てしまいます。

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2009-12-13 00:02
前回の【ゴミこそ地産地消・・・地消は廃棄まで・・・】の続きです。

 テレビなどで、よくゴミ屋敷のことが問題になります。ゴミが家の中や敷地に放置されて、ゴミに埋め尽くされた家の事です。家の主が他の家からゴミを集めてくる場合もあるようですし、割れ窓理論よろしくゴミ屋敷には他の人がさらにゴミを持って来て捨てる場合もあるようです。しかし、そんな場合を除いて自分の家で出たゴミだけでも、1年、5年、10年・・と溜め込んで置いておくと、あれだけのゴミになるのです。飲食店とかやっていて、ゴミを捨てなければ、数か月でゴミ屋敷になってしまうでしょう。ひとつの家庭でも何年もゴミを出さないでいればあれだけのゴミが溜まる・・・と云う事自体が恐ろしい事です。
 ゴミ屋敷は確かに近所迷惑でしょうけれど、あのゴミを撤去して、ゴミ処理場に持って行けば済むと言う話ではないでしょう。ゴミ収集車でどこかへ持って行って廃棄すると言う事は、対症療法であり、問題の先送りです。今現在ゴミを家から出す事を禁止したら、ゴミ屋敷になってしまう家が殆どでしょう。つまり、ゴミ屋敷になるかならないかは、ゴミをよそに持って行くかどうかの違いです。・・ゴミを(自治体のゴミ収集などで)遠くへ持って行って貰う事が責任ある行動とは思えません。勿論根本解決には程遠いでしょう。

 ゴミの減量の事が言われてから久しい筈ですが、あまりゴミの減量は進んでいない証拠ではないでしょうか。食べ物でさえ、一つ一つの商品にあれだけの包装をして売っているのですから、捨てなければゴミは溜まって然るべきです。容器や包装でなくとも、製品自体、使えなくなったら、実質は廃棄するだけの物が沢山あります。

そんなゴミを捨てないで自分の敷地内に置いておく事はある意味良心的とも言えるかも知れません。(往々にして敷地をはみ出してしまうようですが・・)

 物を捨てられない人も多く、捨てないでいるうちに物が溜まり過ぎてしまいます。 ・・・私自身、物は捨てられずに溜めこむほうです。妥協して少しずつ捨てます(笑)・・・物を捨てずに溜めこんで困ってしまえば、普通はあれだけのゴミ屋敷になる前に、物は必要最小限しか買わないほうが賢い・・と言う事を悟るでしょう。・・ゴミ屋敷の主は、限界を超えてどんどん溜めこむところは病気と言えるかも知れません・・

 逆に物をポイポイ捨てて、整理整頓が上手い人もよく見かけます。整理するにはどんどん捨てろ・・・みたいな整理術を主張します。でもそれって好ましい事でしょうか?ゴミを自分の知らない遠くに持って行って貰って廃棄し、自分の身の回りはきれいにする・・・と言う発想は戴けません。実はその手のきれい好きがゴミ問題を深刻化している大きな要因になっているのではないでしょうか?
 自分で出したゴミは自分で責任を持って始末する・・・と言う事は、出したゴミを遠くへ持って行って廃棄する事ではなく、しっかり自然に返して、自然の循環に回す事でしょう。中古製品として再利用するのもいいでしょう。再資源化が簡単で投入エネルギーも少なくて済む物質は、再資源化に回すのもいいでしょう。・・・それが出来ないなら、個人で持っていろ・・・それでも嫌なら買うな・・・と言うのが地球の環境に対する本当の責任でしょう。・・・(その前に、再資源化出来ないものは販売するな・・と言うべきでしょうが・・・)

 ごみ屋敷を批判する前に、そんなゴミが沢山出て来る社会のシステムを批判すべきでしょう。ゴミ屋敷と同じくらいのゴミを普通の家庭は、「ゴミ」として、家の外に廃棄している事実にも着目して、その根本問題から解決すべきでしょう。
・・・ゴミの「地消」の究極の理想例は、各家庭内で始末出来るということでしょう。・・・

 確かに「ごみ屋敷」が近所にあれば迷惑でしょう。廃棄物は家ごとに点在させるより一か所にまとめておくほうが土地の有効利用は出来るでしょう。・・・しかし、廃棄物はよそに持って行って捨てよう・・・と言う発想が素晴らしいとは思いません。ゴミ屋敷は、個人の責任・・と言うよりも現代の物質文明を反省する材料にすべき存在ではないでしょうか。

 やはりゴミこそ地産地消にすべきです。そうすれば一時的にゴミが自治体に溢れるような事態になるかも知れませんが、その後急速なゴミの減量が進み、ゴミ問題の解決方向に向かうでしょう・・・人類が愚か過ぎなければ・・・
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【2009/12/13 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

塩素を含む物
guyver1092
 ビニール等は塩素を含んでいなければ燃やしてしまうのが一番ですね。

 親戚でごみをかまどで燃やしているという人がいました。今はどうか知りませんが。

 各家庭で、ごみを完全分別できれば、マテリアルリサイクルも可能かもしれませんが、社会全体の効率を考えると、包装はなくすほうが良いですね。容器は、各自が店に持ち込んでそれに入れて持ち帰るというのが合理的でしょうね。

 以下冗談
 ごみ屋敷の住人は実は予知能力者で、近いうちに石油製品の価値が金以上に高騰するのを知っているから貯めているんです。

ゴミは本来は資源・・
雑草Z
    guyver1092さん

>ビニール等は塩素を含んでいなければ燃やしてしまうのが一番ですね。

 燃やすなら、ただ燃やすのは勿体ないので燃料にすべきでしょうね。・・・と言うか、やはり基本的には使い捨てのビニールは禁止にすべきでしょう。

>社会全体の効率を考えると、包装はなくすほうが良い

包装は本当に早急に廃止にすべきだと思います。


>容器は、各自が店に持ち込んでそれに入れて持ち帰るというのが合理的

そうですね。昔はみんなそうだったのですけどね。マイ箸マイバッグと言わず、マイタッパー、マイボトル・・でしょうね。物にもよりますが・・


いつもながら面白い冗談ですね。・・・今回は「ブラックジョーク」という表現は不適切ですね。
 予知能力はないでしょうが、ゴミを資源と思って捨てない人は沢山いるでしょう。誰かがゴミを撤去しようとしたら、ゴミ屋敷の主が「捨てるな!」・・・と怒っているシーンを見た事があります。・・・その感覚は悪くないと思います・でも、もっと分別しないといけませんね。(笑)


Anthony
家庭用の小型ゴミ焼却 給湯&発電システムつーのが、できないかなぁ



ゴミの質・・
雑草Z
    Anthonyさん

 その為には先ずは、燃やせる有機物のごみ・・昔のようなゴミにもどして、プラスチックなどのごみは減らすべきでしょうね。
 基本は、腐って自然に分解して自然に戻るゴミでしょう。

でもゴミ屋敷はイヤ
BEM
先日仕事でカビ取りやスズメバチ、カメムシの駆除をしている方に会ったのですが、以前はいなかった北海道にもゴキブリが多くなっており、それもゴミ屋敷でスゴい事になっているそうで、話しを聞くだけでちょっと背筋がゾクッとしました(^^;

私が子どもの頃の話しですが、田舎である美幌町では(今でも田舎ですが♪)街の中心部からは少し離れていたので、家で出たゴミは自由に家の前で燃やしていました。

子どもでしたが、親と一緒に燃やしたり、中学高校生くらいになると、自分でもゴミを燃やしていましたよ。
それで思うのは今のように、ほとんどが紙ゴミのようなもので、燃やすと有毒な真っ黒な煙が出るということもあまりなかったように思うのです。

最近はプラゴミなどを分別するようになったため、それだけで毎週袋一杯になります。資源ゴミとは言いますが、本当に資源化されているのか怪しいと睨んでおります(笑)

この30年の間に自然に返らないゴミがいかに増えたことかと、この記事には考えされられました。
しかし、製造する側にその危機感はないのでしょうかね。

タイトルが受けました(^^;
雑草Z
    BEMさん

 北海道にもゴミ屋敷があるんですか?
珍しいものかと思いましたが、結構沢山あるのかも知れませんね。…程度にも拠るでしょうが全国にどのくらいあるのでしょうね。…記事に書いたようにゴミ屋敷の主には多少シンパシーを感じますが、近所にあるのは嫌でしょうね。(笑)

>でもゴミ屋敷はイヤ

というタイトルは実感がこもってますね。


 私も子供の頃は燃えるゴミは家で燃やしていましたし、そう言えば小中学校などには焼却炉があり、掃除当番が焼却炉にゴミを捨てに行ってたような記憶があります。

>この30年の間に自然に返らないゴミがいかに増えたことかと、

そうですね。それも使い捨ての容器が増え過ぎです。本来の問題はそっちであって、ゴミ屋敷はそれに起因する一つの現象に過ぎませんね。

モラルの問題の前に自然に帰らない使い捨て容器などを法律で禁止すべきでしょうね。
 


Gizen-H
手元から離れたら、目の届かない場所に移ってしまえば、それでお仕舞い。そのような考えがあるかどうかは分かりませんが、深刻と言われている割には周囲でゴミ問題に対する意識が低いような気がします。

自然に帰ることのない、または循環を遥かに上回る「ゴミ」を大量に出す構造が社会を成り立たせている、そのようにも思います。

初めての書き込み、失礼いたしました。

遠くに持って行かない事
雑草Z
    Gizen-Hさん

 はじめまして、初の書き込み、賛同のご意見有難うございます。

>目の届かない場所に移ってしまえば、それでお仕舞い。

・・は、そう考える人もいるでしょうけれど、大抵の人はそこで意識から離れてしまうのでしょう。そうやって知らぬ間に、ゴミ問題は深刻化しているのだと思います。だからこそ、ゴミこそ遠くへ持っていかずに身近で始末するべきだと考えます。そうすれば、現在のような無節操な大量生産大量消費、過剰包装は無くなる方向へ進むでしょう。

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2009-12-09 00:03
 地産地消・・・地元で作った物を地元で消費・・・と言う昔の社会では当然だった事が最近また見直されています。(・・昔はごく当然の事だったので、「地産地消」と言う言葉も無かったのではないでしょうか?・・)グローバル化の弊害も見えるようになって、地産地消はますます見直されてきています。
「地産地消」と言う言葉は、現在は大体食物について使われています。これから持続可能な社会を築くにあたっては、食物ばかりでなく、あらゆる資源、製品について地産地消が必要でしょう・・・そして、ゴミ、廃棄物に関しても、「地消」と言う事が大切でしょう。

現在、ゴミ、廃棄物の問題は、資源の枯渇問題以上にシビアな問題です。切迫感がないように感じるのは、ゴミを人の少ない地域に持って行ったりして、ゴミ処理の現場が身近になかったりするからでしょう。海洋投棄したり、途上国と呼んでいる国に持って行ったりする事も頻繁に行われています。実際は捨て場の枯渇問題は深刻です。しっかり処理しきれてないゴミも沢山あります。循環する物質ならいざ知らず、廃棄物を喜んで受け入れる場所なんてないのです。このように、ゴミを自分の地域で処理せずによそに持って行く事は、解決どころか問題を先送りして、もっともっとゴミ問題を深刻にするだけです。

廃棄物の処理場の特に不足している都市部こそ、廃棄物の「地消」・・・つまり自分の住んでいる地域での処理をするべきでしょう。・・・・「そんな事は無理だ」・・と言う都市部の住民は沢山いるでしょう。・・・でもそれなら廃棄物を出さなければいいのです。
これだけの膨大な廃棄物をよそに持って行かなければ、大都市が、持続不可能で成り立たなくなる・・と言う事に気付くべきでしょう。


・・・誰も欲しがらない石油化学物質の廃棄物や、放射性廃棄物こそ、責任を持って地消するべきでしょう。
そうすれば、ゴミの減量に対して人々はもっともっとシビアにしっかり取り組むようになり、不必要なものやゴミを出す商品は買わなくなるでしょう。プラスチックなどの人工化学物質は処理し切れないので使わなくなり、作らなくなるでしょう。勿論、人間の手に負えない放射性廃棄物は絶対に出さないようにするでしょう。つまり、原発は廃止されるでしょう。リサイクルの殆どが、如何に愚かでエネルギーの浪費であるかも気付くでしょう。

逆に生ゴミ、糞尿はしっかり自然の循環に回るようにするでしょう。自然に捨ててやるのに人間がわざわざ投入するエネルギーが必要ないと言う事が、どんなに素晴らしい事か実感するでしょう。・・・本来は当然の事なのですが・・。ゴミの大規模埋立地とか大規模下水道のようなものが、如何に対症療法的その場しのぎで問題の先延ばしである事に気付くでしょう。

 みんなが嫌がるゴミ処理こそ、自分達の地域の自分達が見える場所で!!
ゴミ問題の実態をみんながしっかり認識し、腐らないゴミ・・・プラスチックや放射性廃棄物・・がいかに厄介な代物である事を実感し、ゴミ問題にしっかり対処するようになるでしょう。

ゴミこそ地産地消・・・です。

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【2009/12/09 00:03】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

地産地消
上々
どうも地産地消と言う言葉には胡散臭さが伴い、それを主張しているのは地方のJAが多いというのもありますが、それなら地元だけに出荷して他の地方には売るなと言いたい私はひねくれ者です。

さて、ゴミの地産地消というのは面白い考え方ですが、都会の限られた地域を対象とすれば無理なんですが、周辺地域まで入れて、その地域内で全部処理するというのであれば、推進すべきものでしょう。というより、そういう風に都会を作りなおすべきでしょう。
数万人規模の町の部分と、それを取り巻く還元する部分を1セットの「地元」としていけば無理な話ではありません。
日本全体をその原則で組み直せば、今問題となっているかなりの部分はなくなるかもしれません。
その単位「地元」の世界では「国際競争力」や「グローバリズム」などと言うものが忘れられるようになるでしょう。

まあ言ってみれば江戸時代の藩の規模なのかもしれません。

資源
guyver1092
 本当に資源がなくなるとごみ問題は自然に解決するのではないかと考えています。共産圏が崩壊後のキューバでは、ペットボトルからウサギの給水装置を作るなどしていたそうです。おそらくその他のごみも何らかの利用をしていたと推測しています。また有機物のごみはウサギ、モルモットを使って肉に変換していたそうです。

 ごみの地産地消は真に持続可能な社会にするための準備としてよい方法かも知れませんね。具体的方法としてはデポジット制が良いかもしれません。ごみは混ざっているからごみなので預かり金を受け取れる先をたとえば鉄、銅、ガラス等回収する物を専門化しておけば家庭で出た廃棄物が資源に変換できるかもしれません。各家庭で壊れたものを分解するという負担は増えるかもしれませんが。

 そういえば、原子力のごみを皇居だったか中央省庁の中にだったかに捨てよという主張を読んだような気がします(受益者負担という意味で)。
 槌田氏の毒物等物品税も良いでしょうね。

 資源に分けやすい単純な製品のほうが預かり金が少なくなるよう設計されたデポジット制ができればなお効果が良いかも知れません。

Re:地産地消
雑草Z
    上々さん

>地産地消と言う言葉には胡散臭さが伴い・・・地元だけに出荷して他の地方には売るなと言いたい私はひねくれ者

いやあ、お気持ちはよくわかります。その通りだと思います。・・・と、同時にJAも本気で地元でしっかり売ることを考え地元に根付いたJAになって欲しいものです。肥料も地元で出た生ゴミ、糞尿を使うとか・・。化学肥料や農薬をを売りまくったり、農家にたかる中央官庁のいいなりのJAから脱皮して欲しいですね。民主党政権でJAにも変化ありそうですか・・?

>周辺地域まで入れて、その地域内で全部処理する

そうですね。無理な話ではないし、そうしなければ破局が訪れる事は明らかでしょう。巨大都市と言うものは、周辺のその何倍もの面積の郊外、森林や農地があってやっと成り立っている砂上の楼閣である・・・と言う事を多くの人にしっかり認識して欲しいものです。

おっしゃるように、これが反グローバリズムの流れで、昔の定常的に持続可能な社会に戻す方法でしょう。

 このあたりも全く見解が一致してますね。
 

資源の枯渇か、捨て場の枯渇か?
雑草Z
    guyver1092さん

>本当に資源がなくなるとごみ問題は自然に解決する

地下資源が早く枯渇すればゴミ問題はかなり解決するでしょうが、それまでにどれだけ環境負荷がかかるかでしょうね。
地下資源の採掘現場での環境破壊も凄まじく・・・いつか記事にしようかと思います。石油を代表として、地下資源って開けるべきではなかったパンドラの箱でした。

>各家庭で壊れたものを分解するという負担

企業は、壊れた時の分解の容易さ・・使用時にちょっと不便でも、沢山の物質を細かく混ぜて使わない、エネルギーの投入がわずかで分解出来る・・まで考えて製品を作るべきですね・・・勿論法律化。

>原子力のごみを皇居だったか中央省庁の中にだったかに捨てよ

そうすべきですね。原発推進派の重役は、原子力発電所の近くに住み、自分の家の庭に放射性廃棄物を置くべきですね。・・地球上で、放射性廃棄物を捨てていい場所なんてありゃあしないのだから・・。


そうだ、そうだ〜!
BEM
ホントにそう思います!
散々ゴミになるものを作り、散々消費しておいてゴミの処分する所は自分からできるだけ遠い所に。ってエゴの塊のようなものです。
私の自治体もゴミを少なくすることに躍起になって色々やっていますが、その入り口に関することはほとんど無に近いような気がします。

随分前からゴミの処分場がなくなって日本がゴミの山になるなんて想定もしていましたが、その都度海を埋め立て山を埋め立ててやってきたのでしょうか。

デポジット制も分からないでもないんですが、大量消費している分別のない金持ち達なら、金で済むのならと問題解決にはならない気がします。
ワンウェー瓶の廃止だとか、処分に費用のかかるものは使わないというような作らせないくらいしないとダメかもしれませんね。

放射性廃棄物の処分に関しては、私は通産省と電力会社本社に貯蔵しては?と考えますが、いかがでしょう(^^

ゴミ問題の一番の解決策
雑草Z
    BEMさん

 シビアな環境問題は、遠くではなく、身近で実感すべき・・と考えます。ゴミとは真剣に向かい合わなければならないでしょう・・・遅すぎるくらいです。
 ゴミを喜んで受け入れる自治体はない・・・と言う事からも、ごみは地元で処分すべきですね。そうすればゴミを減らす事を本気で考え、現在の10分の1レベルには簡単に落とせると思います。

おっしゃるように、

>その入り口に関すること

からしっかりやらないと根本解決にはなりませんね。

>ワンウェー瓶の廃止

の為にはデポジット制は有効だと思います。


>放射性廃棄物の処分に関しては、私は通産省と電力会社本社に貯蔵しては?と考えますが、いかがでしょう

おお、いいですね。みんなが使う電気だから・・・と問題をすり替えて、自分達の出した工業廃棄物である放射性廃棄物をよその土地に埋める・・・って酷い話です。原発推進派はそのくらいの覚悟があって然るべきです。
・・と言うか、早く原発やめましょう。



東京ゴミ戦争
上々
昔、東京都内で清掃工場建設を巡って地域間で争ったゴミ戦争っていうのがありましたよね。
今は東京都内では停戦してしまい、一方的に地方に押し付けるばかりです。
地方が戦争を起こせば良いのに、経済的な餌をちらつかされて何もできない。

今からは地方の小都市が主体となる国づくりをしなければいけないのに、なんの誇りももっていない。
地方自治体も政府からの金が来ないとおたおたしているばかり。

理想を持たなければ。地方の10万都市・地域の複合体としての国づくりをしなければ。

やっぱりゴミこそ地産地消
雑草Z
    上々さん

 東北地方にはかなりゴミが持ち込まれています。不法投棄もかなり行われています。山の中に怪しいものが色々放置されています。一日数台しか通らず、冬期は半年くらい閉鎖されるみどり資源が作った広域林道は、不法投棄の専用道路になっています。車が通らないから不法投棄されても目撃されないのです。

>地方が戦争を起こせば良いのに、経済的な餌をちらつかされて何もできない。

・・戦争は大げさですが、経済的な餌につられるのは情けないですね。・・・放射性廃棄物さえ甘んじて受け入れる六ヶ所村の議員や村長は脅されているのでしょうか?・・・どの自治体も「ノー」を突き付ければ、放射性廃棄物の問題ももっとしっかり考えるでしょう。ニューモとか放射性廃棄物の捨て場を焦って探しているのは、放射性廃棄物もいよいよ保管場所がなくなって来たのでしょう。

>地方の10万都市・地域の複合体としての国づくりをしなければ。

またまた同意見ですね。賛同いたします。私はもう少し人口規模が少なくてもいいのかとも考えています。 

10万人規模
上々
雑草Z様
 熊本県では熊本市が約70万人なんですが、第2の都市の八代市が13万人です。市町村合併前の旧八代市がちょうど10万人でした。
 農業も工業も盛んなので、結構いい規模ではないかと思います。
 
 石油高騰後の農業では従事者数が今よりはるかに多く必要です。それに地域社会内での最小限の工業従事者・商業従事者も入れば、10万程度かなと思っています。

 そうなると、日本の適正人口が4000万人として、400の地域が必要になります。40道県で割ると10平均ですか。
 何とかいけるかなというイメージです。

地産地消の自治体の規模
雑草Z
    上々さん

 上々さんはいつも具体的構想があって素晴らしいなと感じます。
 10万人規模の自給自足の自治体の構想の根拠もよくわかりました。
 福島県で10の自治体では、一つ一つが大きすぎますが(・・面積は当然、人口も2倍程度になります・・)福島県は元々大きな県なので、福島県で20の自治体・・と考えれば、なかなか妥当かもしれません。・・オーダーとしては同じですね。・・
 兎も角、食料は勿論、ゴミも含めたあらゆる物資の自給自足、地産地消の自治体レベルは、
国とか県レベルではなく、市町村の自治体レベル…ということで、またまた意見が一致ですね。


 福島県の会津地方(会津地方だけで、千葉県くらいの面積です。)の最大都市が10万都市です。会津地方に10の自治体・・と考えればなかなかいいレベルです。人口は、今の会津地方のレベルで十分かとも・・・30万人くらいですから、密度で言いますと日本の人口は一千万人レベルです。
 実はこのことも一度記事にしています。今回の議論にぴったりの内容ですので是非お読みください。

【都市の規模】 08-12-9
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-358.html

コメントがあればあちらでもこちらでも歓迎です。 

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2009-12-05 00:02
 現在、スーパーでもコンビニでも製品の多くはプラスチックの容器に入っています。スーパーやコンビニに置かれている商品のうち、容積にしても重量にしても、大きな割合が一度だけ使う容器のプラスチックです。現在レジ袋の廃止運動が進んでいて、レジ袋の廃止によって、どの位の石油が節約されて、CO2の排出がどの位減った・・・なんて盛んにアピールされています。それはそれで勿論好ましい方向ですが、レジ袋はポリエチレン[PE]で出来ていますが、実際に使われているプラスチック製品のごく一部です。スナック菓子の袋などもポリエチレンです。一度切りの使い捨てのプラスチック容器や袋に入れられて売られ、容器、袋は廃棄されます。食品トレイは、ポリスチレン[PS]やポリプロピレン[PP] 、ペットボトルは、ポリエチレンテレフタレート[PET]・・。ポリ塩化ビニル[PVC] の毒性については有名です。・・・・・・かなりシビアな問題ではないでしょうか?

 プラスチック製品が使われるようになったのは20世紀になってからです。使われはじめてから高々100年です。プラスチック製品が溢れだしたのは、20世紀の後半からです。20世紀は使用量が指数関数以上・・・超指数関数的に増えて行きました。その百年間で地球はプラスチックにかなり汚染されてしまいました。至る所にプラスチックのごみが落ちています。土を掘り返しても、腐らないプラスチックごみなどがどんどん出てきます。海岸には大量のプラスチック容器が散らばっています。海にはゴミの溜まり場の海洋渦もあります。海洋の底には大量にゴミが堆積しています。(プラスチックは一般には水に浮きますが、いずれは水分を含んだり付着生物の重みで海底へ沈むものも多いようです。)海洋汚染も悲惨です。・・・関連記事アフリカの国花


 腐らないもの・・は発明されたときは凄く貴重だ・・・とも考えられたでしょうが、同時にそれが廃棄されてゴミになった場合の問題についてもしっかり予想された筈です。・・しかし、その処理については無視されて、石油化学の会社などによって、どんどんプラスチック製品が作られてきました。

 プラスチックごみは、ゴミとしてその辺に捨てるよりは、焼却処分にするほうがいいのかも知れませんが、二酸化炭素の発生はまだしも、ダイオキシンやSOx , NOxの発生なども考えれば、焼却処分は、根本解決にはならないでしょう。ペットボトルなどのプラスチック製品のリサイクルも、プラスチック製品を作る免罪符のようなもので、解決になっていません。作らない事が一番の対策です。

 循環しないで廃棄物が溜まる一方の物質を利用すると言う事は、非常に危険な事です。勿論持続可能な社会ではありません。今の世の中は、腐らないプラスチックを必要とする(・と、言われている)製品が沢山出ていますが、資源の枯渇以上にシビアな廃棄物問題を解決出来ないのであれば、プラスチックなど石油化学合成物質の使用は早急に止めるべきでしょう。先ずは、使い捨て容器はすぐに法律で使用禁止にすべきでしょう。そして、容器でなくとも、石油化学製品の使用は順次廃止して行かなければならないでしょう。・・・本来、本当に必要なプラスチック製品ってどのくらいあるのでしょう?

 腐らない物質・・と云うのはある意味人類のあこがれであったのでしょうが、日常生活で使い捨てにするものであってはならない筈です。・・非常に危険な物質です。そして、その腐らないゴミの為に現在ゴミ問題は最もシビアな環境問題となっています。

二酸化炭素排出削減・・・なんて叫ぶ前に早急に循環しないゴミを出さない方向に進まなければ、取り返しのつかない事になるでしょう。
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【2009/12/05 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

デポジット制度
guyver1092
 私としては、デポジット制をとると良いのではと考えています。すなわち過去に出されたプラスチックごみの分までの高い預り金を製品にかけるのです。そうすればプラスチックごみを回収する業も成り立つでしょうからあらゆるところからごみを回収するでしょうし、新たに不用な製品を買う人はいなくなるでしょうから真に必要なプラスチック製品だけ残るのではないかと考えます。

Re:デポジット制度
雑草Z
    guyver1092さん

 デポジット制は一つの有力な対策ですね。
おっしゃるような色々な効果があるでしょう。

>プラスチックごみ

ではなくなりますね。「使える容器」

・・・そう言えば私も、以前「デポネット」・・・デポジット容器を普及させ、法律化するネットワークに所属していましたが(・・今でも所属だけはしているかも知れません。)最近は活動してません。当時本拠地は東京にあったので。

もうすぐ
上々
えー、しつこいようですが石油はもうすぐ非常に高騰し始めます。
プラスチックもほとんどが石油から作られていますので、やはり高騰します。
今大量に捨てられているプラスチックゴミもそうなると「資源」と考えられることになるのかもしれません。

今はあちこちに資源を貯蔵していることになっていたりして。

そうなるとゴミの山の仕分け人なんていうのも立派な職業になるのかもしれません。

プラスチック
雑草Z
    上々さん

 「もうすぐ」のスパンがどの位を意図されているかはわかりませんが、
 石油がもう直ぐ非常に高騰すると言う根拠を教えて下さい。私もいつかそうなる事は否定はしませんが、あと暫く石油は枯渇しないかとも思います。・・・現代の石油の浪費の仕方は、もう直ぐ枯渇するような使い方には感じられません・・・でも急速に枯渇に向かう可能性も否定できませんね。・・上々さんの予測も可能性高いかも知れません。

>今はあちこちに資源を貯蔵していることになっていたりして。

ははは、そうかも知れませんね。・・・でも、貯蔵している場所が酷過ぎます。海洋上、海底、土の中、土の上・・もう少し分別してないと資源としては使いにくいでしょう。・・だから

>ゴミの山の仕分け人なんていうのも立派な職業になる

のですね。そんな仕事も悪くないかも知れません。少なくとも現在の多くの職業よりもまともで役に立つかも知れません。


Anthony
スーパーでお刺身を買うと付いてくる「プラスチックの菊の花」が、死ぬほどキライ(笑)


ウチの近所のスーパーでは、肉にも付いてくる...




つまらない習慣ですね
雑草Z
    Anthonyさん

 そんなものがありましたね。あれは何なのでしょう?もともとは本物の菊の花を付けたのでしょうね。きっとあのプラスチックの造花が付いてないからと買わない人は先ずいないでしょうね。お店のほうもコストダウンでいいでしょう。
あんな習慣はすぐに止められる筈ですね。

プラスチックの油化装置
guyver1092
 昔、雑誌でプラスチックの油化装置の記事を読んで感動したことがあります。その記事によると後数年したら完全に実用化してプラスチックごみの問題は完全解決するとあり、期待していました。

 しかし数年経ってふと思い出しても、プラスチックごみ問題は解決していませんでした。

 インターネットで検索したところどうも詐欺だったようです。すなわち、油化ではなく、発泡スチロールをスチレンモノマーに戻す装置を油化装置と宣伝していたようです。その装置の名は、倉田式油化還元装置といいます。

 今回思い出してもう一度、プラスチック油化で検索をかけたところ、プラスチックを油に戻すのは業として成り立たない可能性が高いようです。

 その理由は、プラスチックといっても種類が非常に多く、その雑多なプラスチックが混ざった状態で油に戻すのは質の低下が大きく業として成り立たず、プラスチックを種類ごとに完全に分けたとすれば、油に戻すよりも、そのままその種類のプラスチックとして使うほうが賢いからだとのことでした。

 そのホームページによると、プラスチック油化装置は景気対策として消費拡大策だとのことでした。


プラスチックの使用は極力減らすべきでしょう
雑草Z
    guyver1092さん

 プラスチックの油化・・・って燃料にするって事ですよね?石油製品は最後に燃やして終わり・・・って、そのまま腐らないゴミにするよりはいいかも知れませんね。

 今回 guyver1092 さんが御調べになったサイトは、良質な参考になるサイトですね。


>プラスチックといっても種類が非常に多く、その雑多なプラスチックが混ざった状態で油に戻すのは質の低下が大きく業として成り立たず、プラスチックを種類ごとに完全に分けたとすれば、油に戻すよりも、そのままその種類のプラスチックとして使うほうが賢い

全く以てその通りだと思います。そのサイトご紹介下さいますか?・・いつも有効な情報有難う御座います。

石油高騰
上々
雑草Z様
 石油ピーク論について一番の誤解は「枯渇する」ということです。
 今の最悪の見方でも、これまでに人類が使ったのは埋蔵量の半分です。つまり、これ以上の増産は難しいということだけで、無くなるのは相当将来ということです。
 しかし、もし増産ができないということになるとどうなるでしょう。
 当然、欲しい人がたくさん(ほぼ全人類)居るので、奪い合いになるわけです。最初は価格競争で、どんどん高騰するという予測になるわけです。
 最後は本当の奪い合い(武力)になりかねないというのが最悪のシナリオです。特に今どんどん欲しがっている国々は武力も持ち、相当お行儀が悪い国が多いので。

 といったわけで、石油は枯渇するわけではありません。無くなる前に相当大きな紛争があるだろうと思うわけです。

石油問題
雑草Z
    上々さん

 なるほど、増産は難しいでしょうね。そして、恐慌で石油の需要が落ちたとしても、新興国などでは石油需要量が増えていますからね。
 確かに奪い合いで紛争になる可能性は高いでしょうね。

 それでも、暫くはプラスチックなどの化学物質が大量に製造されて、腐らない有害なゴミが世界中にばらまかれ続ける・・・と考えると憂鬱になりますね。・・・ペシミズムの話題は別の記事でした・・。

 石油は人類にとって正にパンドラの箱だったと思います。

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2009-10-25 00:02
 かつてゴミのない大陸と言われたアフリカには近年までゴミ箱がないのが普通だったそうです。人々は不用になった物をそこらへんに捨てていたそうです。生ゴミや木で作った物なら動物が食べたり、すぐに腐って分解したから、ゴミ箱は要らなかったのです。・・アフリカに限らず、どこの国でも昔はゴミ箱なんてそんなに必要ではなかったでしょう。

 1990年あたりまでアフリカでは、市場で買った食材を鍋とかに入れて持ち帰っていたのですが、1990年以降、軽くて持ち運びが便利なポリ袋を使いはじめ、市民生活のあらゆる所に普及しました。その結果、大量のポリ袋がゴミとなって町中に散乱して酷い状況になりました。下水道を詰まらせ、水の流れが止まり、蚊が大量発生し、マラリヤなどの伝染病が蔓延しました。雨期には下水が詰まって溢れ出しました。農地に捨てられたポリ袋が風によって畑まで飛ばされてきて、土に埋もれたり農作物にからまったりして、収穫が半分以下に減ってしまった農地もあちらこちらに沢山出て来ました。
アフリカの国の中には、風に吹かれて木に引っ掛かったポリ袋があまりにも多い事から、このポリ袋を『国花』・・と皮肉って呼ぶ国もあるくらいだそうです。

 そこで政府は、ゴミ箱を設置してポリ袋をゴミ箱に捨てる習慣をつけようとしています。ポリ袋を使ってカバンや人形を作っている取り組みもあります。それはそれで悪くないでしょうが、対症療法の感がぬぐえません。・・やはり、元から経たなければダメでしょう。

 現在アフリカでは、ポリ袋の使用や販売を禁止する法律を作ったり、税金を課しても決定的な対策にはなっていない・・・といいますが、それはやり方次第でしょう。やはり、ポリ袋をリサイクルするよりも使わない方向に戻すべきでしょう。買い物袋(・・エコバックなんて大げさな表現です・・)を持って買いに行く事の徹底や葉っぱ等すぐに腐るもので物を包んで売る・・・という昔ながらの文化に戻るべきでしょう。
 腐るプラスチック・・などの研究もされていますが、そんなものを研究開発しなくとも、植物を使えば十分な筈です。

 実はこれはアフリカだけでなく世界中が取り組むべき問題でしょう。ポリ袋をゴミ箱に捨てれば済む問題ではありません。
 日本のようにゴミがしっかり集められても、その処分にはかなり苦労しています。リサイクルでは解決出来ません。・・・その証拠に、ゴミ問題でかなり困っているアフリカなどに日本などの「先進国」と自ら名乗っている国が、経済力に物を言わせて有害ゴミを運んでいます。自分の国で処分しきれなくなったから・・・という身勝手な理由でせす。

 科学技術が問題を解決するのではなく、科学技術がこのシビアな問題を起こした・・という事実にしっかり対峙すべきでしょう。世界では、資源の枯渇問題のほうが大きくクローズアップされていますが、腐らないゴミの大量出現によって、資源の枯渇の前に廃棄物の捨て場の問題のほうがシビアになる可能性がかなり高くなったのではないでしょうか?
 だから、ゴミが出てからの対症療法ではなく、根本解決・・・自然の循環に乗らない物を作らない、使わない・・・という方向に行くべき・・・戻るべきでしょう。


 ゴミ箱に、腐らないゴミを捨てる習慣が確立した社会よりも、ゴミ箱が無くても困らない社会・・・その辺に捨てたものが自然に土に帰り、資源に戻る社会のほうが素晴らしいと思いませんか?。
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【2009/10/25 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

合成の誤謬
guyver1092
 現代文明の技術力はまさしく合成の誤謬の宝庫ですね。何か新しいことをするたびに必ず複数の不都合が生じます。

 ひょっとして人間という生き物は、部分について賢くなると、全体を見る能力が落ちてしまうようにできているのでしょうか。

 具体的な対策としてマイナス経済成長のほかにデポジット制の強化は効果があるかもしれません。理由は産業界が反対しているからです。


以下ブラックジョーク

 自民党政権があのまま続いていたら消費者が消費するための金を全て吸い上げられて、結果的にごみ問題が解決していたりして。

新たな技術は新たな問題を引き起こす。
雑草Z
    guyver1092さん

 私は経済畑の人間ではありませんので、
『合成の誤謬』のような経済用語はあまり慣れてませんが、
guyver1092さんは経済学を離れて使ってらっしゃっている点が、ユニークですね。

>現代文明の技術力はまさしく合成の誤謬の宝庫ですね。何か新しいことをするたびに必ず複数の不都合が生じます。

確かに、新しい技術は、新しい問題を引き起こしている場合が圧倒的に多いですね。・・でも、それを「合成の誤謬」と呼んでいいものかはちょっと疑問です。どういう観点で「合成の誤謬」と言えるのでしょうか?


>具体的な対策としてマイナス経済成長のほかにデポジット制の強化は効果があるかもしれません。

そうですね。先ずは生産縮小ですが、デポジットも不可欠でしょうね。


>理由は産業界が反対しているからです。

あはは!・・・これ、とっても素晴らしいブラックジョークですよ!!・・・ヒット作です。・・・実際そうですから、ブラックジョークと言い切れないのが怖いですね。

 腐らない物質の大量生産大量消費は、深刻な問題を引き起こす事ははじめから十分に予測のついた事だと思うのですが、こんな状態まで放っておく・・・って、ここでも利権が優先されたのでしょうね。 

合成の誤謬2
guyver1092
 私の知っている語彙の中で一番近かったので拝借しました。
「ミクロの視点では正しいことでも(この場合では「便利」なポリ袋を導入する)、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、かならずしも意図しない結果が生じることを指す(アフリカの人々にとってごみはその辺に捨てれば消えていくという認識に反していつまでもごみとして残る)」という感じです。



 新技術を導入した結果、思いもよらぬマイナスが生じているので

予測はどの位出来たか・・
雑草Z
    guyver1092さん

 その言葉の使い方は適切かわかりませんが、
意図するところはよく伝わってます。

>新技術を導入した結果、思いもよらぬマイナスが生じている

と言う事も、その通りだと思う一方、
ポリ袋を使う事の弊害などは、予想できたのではないかと思います。・・ただ、止める機関なり人物がいなかった・・・と言う事になりましょうか?

ゴミはなくなるという認識かぁ・・・
BEM
捨てたものが何代も無くならないという発想はなかったんでしょうね。
確かにポリ袋に代表されるようなプラスチック製品は便利なものではありますが、一度使って便利さを感じてしまったらそれをやめる事は容易ではないでしょう。

日本でもこれだけゴミ問題が何十年も前から提起されているのに、次から次へと新しいゴミになる製品を開発しているのには呆れてしまいます。

アフリカに援助しに出掛けている海外協力隊の持ち込むペットボトル等も大きな問題となっているようですね。
一体何しに行っているのだか。先進国はアフリカや途上国でのゴミの認識が甘過ぎます。

温暖化?で海に沈みかけているツバルも観光客が持ち込むゴミに悩んでいるとか。新製品を作る側の方便にはもううんざりです。

ごみは自然に帰るという認識・・・
雑草Z
    BEMさん

ゴミは自然にゴミで無くなって、自然に帰る・・・という発想は、元々は正しかったのですね。
『文明人』が科学の力で腐らない物を作り出した事が諸悪の根源ですね。それも、大量生産して大量消費するのだから堪ったものではありませんね。
ポリ袋を一度しか使わないと言う発想は恐ろしいと思います。そして、それはアフリカばかりではなく、「先進国」と自ら呼んでいる国々でも同様でしょう。

>一度使って便利さを感じてしまったらそれをやめる事は容易ではないでしょう。

 その結果もたらされる災害を考えたら、止められると思います。・・・ただし、一斉に止める為には法律化が必要でしょうね。

>アフリカに援助しに出掛けている海外協力隊の持ち込むペットボトル等も大きな問題

そうでしょうね。もともと援助しなければならない状態にしたのは、欧米列強の「先進国」ですし、ODAなどの援助も利権がらみで、挙句に腐らないゴミを普及させて、酷過ぎますね。


>新製品を作る側の方便にはもううんざりです。

同感です。

BEMさんのコメント
guyver1092
 BEMさんのコメントを見て、思い出したことがあります。 私の同僚の父の話ですが、大雨が降って増水すると近所の川に粗大ごみを捨ててよく流れていくと大喜びをするそうです。また日本のごみ行政でも必ず埋め立てが行われますが、これは要するに、ごみは埋めたり、水に流せばれば消えてなくなるという意識が、日本人の中にもしっかり根付いたままなことの表れではないでしょうか。

 本当か嘘かは知りませんが、旧日本軍がどこかの熱帯雨林に進軍した際、これほどの森なら何らかの食べられるものがあると判断して、食料を少ししか持たず入ったところ、食べられるものがなくて、ひどい目にあったとか。(現地人の協力者には食料を持たずに行くのは止められたにもかかわらず)

 自分の常識で(古いごみは埋めれば消えるという常識で)新しいものを判断すると、(粗大ごみもプラスチックも埋めれば消える)ひどい目にあうでしょう。

ゴミも地産地消がいいでしょう。
雑草Z
    guyver1092さん

 いつも連続のコメント、有難う御座います。

>ごみは埋めたり、水に流せばれば消えてなくなるという意識が、日本人の中にもしっかり根付いたままなことの表れではないでしょうか。

 無くなるとは思っていなくても、目の前から無くなればひと安心なのでしょうね。だから、ゴミ処分場もよそに作る分には賛成の人も多いのでしょう。・・・そして、田舎に捨てたり、海外に持って行ったりして捨てて、漠然と、まだまだ使い捨て時代が続くと思っている人間が多いのではないでしょうか?・・・実際は捨て場の問題はかなりシビアです。本文にも書いたように、資源の枯渇以上に切迫した問題かもしれないのに、他に持って行ってるだけで、何となくまだまだ大丈夫な気になってしまうのでしょう。


>自分の常識で(古いごみは埋めれば消えるという常識で)新しいものを判断すると、(粗大ごみもプラスチックも埋めれば消える)ひどい目にあう

その通りですね。・・・だからこそ、新しい物の導入には慎重になるべきでしょう。

ゴミも地産地消・・・よそに持って行かないようにする事がゴミの減量に一番効果的でしょう。

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2009-07-21 00:12
 私の町での資源ごみの回収では、瓶は色ごとの回収です。透明系、茶色系、緑系、青系・の色の箱に分けて入れて回収します。茶色の一升瓶とビール瓶、スタミナドリンクの100ccの小瓶が同じ箱で一緒に回収です。
 これは即ち、回収した瓶を洗って再利用[Reuse] しようと言う事ではなくて、融かして再資源化[Recycle]しようと言う事です。折角ビンの形に作ったガラスを石油などのエネルギーを投入して融かして、またビンを作る・・・何たる無駄でしょう!?
そんな事をしなければならないのは、瓶の種類が多過ぎるからでしょう。確かに中味は同じでも、飲み物の容器のデザインによっても売り上げは左右されるでしょう・・・そこも企業の工夫の部分・・・と考えられるでしょうが、高級な洋酒類は、高級な洒落た瓶で・・・などといってる場合じゃありません。有限の地球の限られた資源、廃棄場所の事を考えたらそんな悠長な事を言ってられないでしょう。瓶は大きさによって形は統一、規格化して同じ容量ならどの会社の容器も使えるように戻すべきです。・・・『戻す』と書いたのは、昔は、瓶はしっかり規格化されていて、共通だったからです。それが省資源になるのですから容器は統一して、中味で勝負・・に戻すべきです。

現在のような使い捨て容器だらけの社会は、長く続く筈もなく早晩終焉を迎える事は明らかですが、資源不足と廃棄場所の捨て場の不足になって、制御不可能になってから終焉を迎えたら悲惨です。それこそ文明崩壊です。人間に理性があるのならば、意図的に自ら一回限りの使い捨て容器は止めるべきでしょう。

 以前生協で買い物している時に、300mlの小瓶が不揃いな容器に入れられて売られている日本酒を見つけました。瓶の色も透明から緑や青・・、形も微妙に違い、ガラスもストレートなものから表面がぼこぼこに加工してあるものまで色々でした。・・・ラベルの説明を読むと、新潟県の菊水酒造というところの製品で、限られた資源を有効に使う為に、瓶を割って作りなおすのではなく、そのまま再利用したほうが省資源である・・・みたいな事が説明されていました。・・つまり、回収した外見の違う他社の瓶でも再利用していたのです。・・それが気に入ったので、日本酒はなるべくこの菊水を買うようにしていました。・・・暫く菊水を購入していなかったので、この記事を描く為に生協に行って確認したところ、地元産の日本酒ばかり売っていて、他県の菊水は置いていませんでした。だからそのビンのラベルの正確な説明を載せられませんでした。また、現在もその色んな容器に入った日本酒が売られているかどうかも確認できませんでした。
 しかし、この手の本物の『エコ』こそこれから支持されて行く事でしょう。割りばしを止めて洗って使う箸に変えた飲食店が支持されているように・・・多くの会社で試みて欲しいものです。


ビンの事を書きましたが、製品の容器、入れ物については何度も使うのが当然でしょう。食品のトレイも牛乳パックも、リサイクル・・・なんてすぐに止めて再利用出来る容器を用いた方向にすべきでしょう。段ボール箱も大きさによってしっかり規格を決めて何度も使うべきでしょう・・・。

 もともとそうした『当然の』システムがあったのにも拘らず、廃棄物の事を無視した『効率主義』で使い捨て容器の社会に変わってしまいました。
 【使い捨て時代】なんてコピー文句に躍らされた時代が過ぎたにも関わらず、そう言われた1970年代あたりより現代のほうがよっぽど使い捨て製品、使い捨て容器が蔓延っています。・・・効果の少ない『エコ』に踊らされて、リサイクル運動するのではなく、先ずはユース・ワンスの容器は基本的に止めて、容器を規格化して再利用するべきでしょう。・・・これは、各自の意識の問題だけでなく、国でしっかり法律化しなければ徹底出来ないでしょう。・・・使い捨て容器を容認したから世の中がゴミで溢れたのです。大量生産、大量消費の大企業の言いなりにならずに、今こそ政府はユース・ワンスの容器をしっかり規制すべきでしょう。


勿論、再利用[Reuse]も回収時にエネルギーを使います。大量生産大量消費の是正に繋がるとも言えません。ここで述べた事は、再資源化[Recycle]は最後の手段であって、その前に再利用[Reuse]すべきだ・・・と言う事です。その先には大量生産大量消費からの脱却・・・Reduce&Refuseがあるのです。
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【2009/07/21 00:12】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(1) |

はじめまして
タッキー
私も同感です。
リサイクルするよりも、そのまま使えるリターナブル瓶の考え方が良いと思っています。

洗うより、溶かして新しく作った方が、環境にやさしいなんていう人がいるようですが、私はなんだか、変だなと思うんです。

ペットボトルを使うにしても、以前私の訪れた国では、複数回使っていると聞きましたし、食品も量り売りをしていました。

とてもいいシステムだなあと思い、何故日本ではそれが出来ないのか不思議でなりません。


大量生産大量消費は最悪だ
なんでもたまこ
「大量生産大量消費」は一部の人間が儲けるための合言葉だと思います。
1億円儲けるのに、1000万人からだと1人10円儲ければいいんです。10人からだと1人1000万円ですから大変です。
 又、最近景気が良くなれ良くなれと大合唱ですが、景気が良いとされたバブルといわれた時期に今の仕事に着いた私。
雇われた事務所(東京都新宿区の高層ビル)に初出勤した夜に、突然、これから、いわき(福島県)に飛んでくれと言われ、切符を渡された。勿論着替えなんか持っているわけもない。夜の10時頃にお先にといって事務所をでると、お前は早く帰るな、何か不満でもあるのかと問い詰められる。朝5時頃帰宅して、風呂だけ入って7時には出勤。3日も徹夜していると所長はご機嫌、午前1時ころにやって来て、御苦労さんと万札を切る。景気が良いとはこんなことなんですよ。
エコなんて言う言葉で結局また多量のゴミを作っていますよね。

 
 

分明の暴走
guyver1092
 儲けのためには、Reuse、Reduce、Refuseを無視し、最後に取るべきRecycleという手段さえ、効率をわざと無視して、無駄に資源を使うように捻じ曲げた方法を採用する現代日本は、文明崩壊の前段階である分明の暴の走真最中なのかも知れませんね。ちなみに解っていても止めたくても止められないのが分明の暴走だそうで、分明暴走中のそれぞれ個人の生活というものは、たとえば木を切って生活している者が、切るべき森があと少ししかないのに、木を切るのをやめてしまうと今日からすぐに食べ物がなくなってしまうような状態ではないかと考えています。
 武田教授について、槌田氏より掘り下げが浅く、しかも出版時期も後で二番煎じだとは思っています。しかしリサイクルのするしとないの分岐点を研究のテーマにしているとのことであったので、前面に出すことにしたのです。リサイクルについてするしないの分岐点は、正確には投入産出比が基準と思っています。


Anthony
ビール瓶は、本当に優等生ですね。あと、酒の一升瓶も。




日本には物を大切にする文化があった筈ですね。
雑草Z
    タッキーさん

 はじめまして、賛同のコメント有難う御座います。

>洗うより、溶かして新しく作った方が、環境にやさしいなんていう人

そこまでわからず屋がいますか?・・・人為的なエネルギーの投入無しですぐに自然に循環する物質なら兎も角、ガラスや鉄やプラスチックを溶かして新たしく使うのはかなりのエネルギーの投入が必要ですね。

>何故日本ではそれが出来ないのか不思議でなりません

かつての日本・・・江戸時代はもとより、第二次世界大戦以前の日本には、再利用や物質循環の文化がしっかり根付いていた筈です。・・・戦争に勝って日本を支配したアメリカの影響も強いでしょうね・・・大量使い捨ての文化は、アメリカから入って来たものでしょうね。

スケール・メリット
雑草Z
    なんでもたまこさん

 大量生産は、単価が下がって、メリットがあるように言われていますが、・・・そうとも言い切れませんね。
生産地と消費地が遠くなり、輸送費がかかるとか、無駄になる場合も多いとか、・・・膨張し過ぎた大量生産システムはお荷物であるばかりか、環境破壊システムですね。
・・・いいお題を思い出させて戴きました。次の記事の主題にしたいと思います。

景気が良いとは・・・の経験談も興味深く読ませて戴きました。
・・景気が良くても仕事が多く、ストレス解消にお金を使う・・・では悪循環ですね。・・・景気が良いと環境汚染も進みますね。
 バブルの時代は持続不可能な社会の見本市でしょう。

止められそうになくても、止めなくてはなりませんね。
雑草Z
    guyver1092さん

>文明崩壊の前段階である分明の暴の走

『分明』とはどういう概念でしょうか?『文明』との違いがわかりません。ご説明お願い致します。

 現在の文明は明らかに破局に向かって暴走しています。そして、それは止められない勢いに思えますが、それは、日々の生活が忙しい事と破局を切迫したものに感じていないからでしょう。・・・みんなひとまず休んで、この持続不可能な社会体制を見通しのよい山の上からでも眺めて深刻さを実感するべきでしょうね。

 +++++    +++++++    +++++++

>武田教授について、槌田氏より掘り下げが浅く、しかも出版時期も後で二番煎じだとは思っています

guyver1092さんもそう思われますか?・・・私は前にも書いたように、立ち読みしてパラパラ見た時の印象ですから、もし槌田氏にはない画期的な事が描かれていたなら教えてください。・・・槌田敦氏の本は、金太郎飴状態の部分もありますが、彼独特の外論的主張があり、非常に面白く読めましたし、目から鱗の部分もありました。
 

同じ瓶で・・
雑草Z
    Anthonyさん

 瓶の見かけのイメージ戦略で飲み物を売るのは止めて、同じ規格の同じ形の瓶に入れて、中味で勝負して欲しいですね。・・・利き酒、効きジュース・・・先入観なしの中味の比較も容易になりますね。

 一升瓶とビール瓶には頑張って欲しいものです。 
 

分明→文明
guyver1092
 申し訳ありません。単なる変換ミスです。投稿前、読み直したつもりでしたが、チェック漏れでした。

>槌田氏にはない画期的な事が描かれていたなら教えてください。
 実は私は武田教授の本は1冊だけしか所有していません。理由は掘り下げが浅い、二番煎じといったところです。有意義だと思ったのは、各ゴミについて、リサイクルする意味があるかないかをそれぞれ計算したところです。ちなみにその研究によると、体積あたりの重さの重いものほど、リサイクルの意義があるとの結果だったそうです。

 戦国時代の終わるころ、実は日本は分明崩壊寸前だったそうです。何とかとどまってほしいものです。

環境対策懐疑本
雑草Z
    guyver1092 さん

お返事有り難うございます。

>掘り下げが浅い、二番煎じ

やはり、そう感じましたか?・・・話題になったけど大した事ない本でしょうかね。・・・でも、多少、参考になる部分もありそうですね。
 ビヨルン・ロンボルグの『環境問題を煽ってはいけない』
ほど酷くはありませんね。
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-235.html
この本を参考にして環境問題を語る輩が結構いますが、こんな薄っぺらな内容に騙されるインテリを気取った輩が多い事にがっかりです。・・・・


話がそれましたが、

>有意義だと思ったのは、各ゴミについて、リサイクルする意味があるかないかをそれぞれ計算したところ

それは非常に有意義ですね。論理はわかっていても、定量的な計算は、参考資料が必要で、その資料の信頼性も調べなくてはならないので疲れます・・・だから個人レベルではなかなか出来ません。その結果だけでも興味深いですね。 

>体積あたりの重さの重いものほど、リサイクルの意義があるとの結果

なるほど、言われてみればそういう傾向はありそうですね。

お聞きして良かったです。有難う御座います。


>戦国時代の終わるころ、実は日本は文明崩壊寸前

これも武田氏の本に書かれていたのでしょうか?・・・私は槌田敦さんの本に書かれていたのは読んだ記憶があります。・・・江戸時代の政策、文化で回復する事が出来た・・・とも。



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2009-07-01 00:02
最近、スーパーやコンビニ、企業、学校などで、たった一度くらいしか使わなかったまだ新しい段ボール箱を解体して気軽にリサイクルや廃品回収に出しているのが目立ちます。
 曰く、「これは捨てるんじゃない、リサイクルして再資源化するんだ・・環境に配慮して資源を大切に使っている・・・」
 ・・この考え方は、非常にまずいと思います。その段ボール箱を運搬するにも、溶かしてまた紙を作るのにもエネルギーや他の資源を沢山使うのです。・・・そんな事するよりも、段ボール箱はそのまま、何度も使ったほうが省資源になります。もし、潰して畳んだとしても、再資源化する[Recycle]よりは、また組み立てて再利用[Reuse]するほうが、エコに違いありません。・・・そんな当然の事に気づかずに、リサイクル運動を行う事は危険ですし、省資源効果もあまりないでしょう。

 リサイクル[Recycle]と言う言葉は、広義では、リユース[Reuse]、つまり中古製品の再利用などにも使いますが、ここでは、狭義の意味・・・即ち、製品化されて使われた物を再資源化して、新たな製品の原料とする・・と言う意味に使います。

その狭義のリサイクルに対するスタンスは、これまで何度も言及しています。
produceless2】 , 【リサイクルには気をつけよ!
,【リサイクルすべきでないもの】 , 【必ずリサイクルすべきもの

そこで議論したように、リサイクルはあくまで最後の手段で、奨励すべき事ではないでしょう。特に、現在分別回収しているような自然に循環しないようなものは、先ずは使わないで[Refuse]、 減らす事[Reduce] が大切でしょう。壊れても、直して[Repair]、また使う[Reuse]事が基本でしょう。
 5つのRのうち、狭義のリサイクル[Recycle]、再資源化・・は最後の手段でしょう。・・・廃棄するよりはいいかな・・と言う程度で考えたほうがいいのかも知れません。・・・
 実際は再資源化する処理のほうが、コストばかりか投入するエネルギーや資源も多く、やればやるほどさらに資源を浪費し、廃棄物も多く出す・・・と言う場合も多く、燃やしたり廃棄したほうが環境負荷は少ない・・・というリサイクルもありますから要注意です。・・  そのような費用対効果も資源対効果も計算せずにやっている自治体やNPOも多いから呆れるばかりです。例えば、ペットボトルのキャップを「エコキャップ」と称して集めている事などはその典型例でしょう。
・・この事に関しては、しっかりわかりやすく論じているブログ<道草、より道、まち歩き>があります。
ボトルキャップは集めるな】 、 【ボトルキャップ集めはエコじゃない】 、 
善意のボトルキャップ53万個】 、 【これでも エコ キャップ だろうか?

 現在のリサイクル運動は、作るべきでないものの大量生産、大量消費を肯定している部分があるのではないでしょうか?・・現在のシビアな廃棄物問題に関して、この手のリサイクル運動では話にならないでしょう。「やれる身近なエコからやっていこう・・・」などと言うコピーが流行っていますが、それならば、出来るだけ買わない[Refuse&Reduce]、買ったら廃棄しないで何度も使う[Repair &Reuse]・・・と言う事のほうが遥かに大切でしょう。そのほうがよっぽど環境負荷が少ないというものです。

 因みに原子力のリサイクルほど、愚かなものはありません。・・・あれをリサイクル・・と呼ぶのは詐欺です。・・・詳しくは、これまでに何度か言及しています。【原発のCM】 など・・・


 大量生産、大量消費の悪循環を断ち切る為には、非循環物質の大量生産を肯定するような、リサイクル運動はすべきではありません。

 繰り返しますが、先ずは物の生産を減らして[Reduce] 、作った物は何度でも再利用し[Reuse]、壊れたら捨てるのではなく修理し[Repair]・・・製品もはじめから修理しやすいように作るべきです。何よりも、無駄な物を作る事をみんなで・・自治体で、拒否して[Refuse] いくべきです。それでは経済は行き詰まる・・・ってそれは当然です。現在の経済成長路線が持続可能な筈は御座いません。・・・「いかに経済を成長させるか・・?」などと言う愚かな議論はそろそろやめるべきでしょう。大量生産・大量消費を拒否する事[Refuse] こそ、これからの永続可能な社会の為に最も力を入れるべき事でしょう。

 理想的にはリサイクルは自然の手に任せられるもの・・・自然を循環するもの・・に限るべきでしょう。・・・生命由来の有機物などです。・・人間がわざわざ他のエネルギーを投入して行うものではなくて、その物質自体が持っているエネルギーや太陽光で自然に循環する物質に限るべきでしょう。・・・リサイクル・・などと言う大げさな言葉ではなく、唯のサイクル[Cycle]と呼ぶべきかも知れません。・・・何故なら、再資源化・・・と言うよりも、循環のそれぞれの過程でそれぞれの生態系に役に立つ訳ですから・・・。
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【2009/07/01 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


Anthony
「リサイクル」は、地球を破壊する者の免罪符だと思います。



同感です。
雑草Z
    Anthonyさん

 リサイクルは、大量生産・大量消費を是認する企業や政府の輩の免罪符ですね。
 リサイクル運動じゃなくて、他の4Rの運動をすべきですね。


BEM
ブログの紹介ありがとうございます。

リサイクルという言葉は万能でなんとなく「エコっぽい」せいか、なんでもリサイクルと言っているようです。
私も高齢の方にはリユースといっても分かってくれないかなあと思い、ついついリサイクルと言ってしまいます。

おっしゃるように大事な事はリサイクルではなく、リフューズ、リデュース、リペア、リユースですね。
それを市民に伝える自治体、子どもに伝える学校・教師がなんでもかんでもリサイクルに置き換えてしまっては、プラスチックの再資源化、給食の残りを堆肥にしたりすることで、環境意識が高まったと勘違いをしてしまっている風潮ができてしまったのかもしれません。

エコキャップはその中のほんの一つですが、これこそが市民の環境意識が全然進んでいない表れではないかと思います。
キャップを集める事で本当に二酸化炭素が減ったり、外国の子どもの命が長らえるのなら自信をもって宣伝するべきでしょうが、とてもそうだとは思えません。なんとなくキャップ集めをするのではなく、まずは自分の頭で考えて欲しいです。

こちらこそ、有難う御座います
雑草Z
     BEM さん

 こちらこそ、リンクさせて戴いた上にコメント有難う御座います。

>エコキャップはその中のほんの一つですが、これこそが市民の環境意識が全然進んでいない表れ

そうですね。市民があまり考えずにそういう運動に賛同してしまうのも問題ですが、そういう事を推進している団体があるから、「きっと役に立つ」・・・と思ってしまうのでしょうね。そういう意味で、「NPO法人エコキャップ推進協会」は社会悪の団体だと思います。


   ++++++   +++   ++++   +++++

 私自身は食べ物を残して捨てる・・・という行為は大いに抵抗がありしませんが、

>給食の残りを堆肥にしたりする

と言う行為は、もし学校にそういう設備・・・と言っても土地と捨てる畑とコンポスト程度・・・があって、輸送の為に車で遠くまで運んだりしないのであれば、本文の最後にも書いたように、唯のサイクル[Cycle]と呼ぶべき、エネルギーの投入無しに自然の循環に任せられる理想的リサイクルの一つと考えられると思います。

 その為の大げさな施設をつくって、車で遠くまで運んで行うのはいいとは思いませんが、学校に堆肥を作る簡単な施設はあっていいと思います。・・・実際持っている学校もありますね・・・まあ、食べ残しではなくて、卵のからや果物の皮のようなもともと食べない部分をたい肥化するのがいいですね。


Anthony
キャップは燃やしてエネルギーに!



リサイクルの効率
雑草Z
     Anthony さん

 ペットボトルやそのキャップは、わざわざ分別回収して洗って溶かしてリサイクルするよりも、燃やして火力発電のエネルギーにしたほうがまし・・・と言うのが現状でしょうか。・・リユース出来るようにすればいいんですけどね。


松田まゆみ
おっしゃる通りです。なんだかリサイクルすればエコだと捉えている人も多いようですが、リサイクルは資源の浪費を少し減らすだけのことです。やらないよりはマシですが、根本的な解決方法ではありません。ゴミになるようなものを出さない生活を心がけることのほうがよほど環境への負荷が小さいはずです。

エコキャップというのも、リングプル集めと同じみたいですね。北欧のペットボトルは、キャップが本体から離れないような構造になっていました。そのほうがよほど合理的でしょう。あちらは自動販売機もないし、清涼飲料の種類も少ないし、無駄なものが少ないという印象ですね。

日本では大量消費に抵抗を感じない人が多いように思いますが、とても恐ろしいことです。

同感です
guyver1092
 はじめまして。私も同感です。リサイクルというものは、地球に良いことをしているとみんなに思い込ませて、実は人類の生存基盤である持続可能な地球の物質循環を良いことをしていると信じさせてその実、壊させる、最悪の仕掛けだと思います。


Anthony
ペットボトルのお茶を入れて水筒かわりにして、10回使ってから捨てる。

を、くりかえしてます。

元々、小容量のペットボトルって、意味が無いような・・・




大量生産大量消費に対する抵抗感
雑草Z
    松田まゆみ さん

 ご訪問&コメント有難う御座います。

ゴミ問題が深刻になってから久しいのに、ゴミはどんどん増えてきました。・使い捨て商品も増え、生態系を循環しないゴミもどんどん増えてきました。
・・・だからリサイクルしましょう・・・では問題解決には程遠いですね。
・・・こんな社会が続けられる筈が御座いませんね。

>日本では大量消費に抵抗を感じない人が多いように思いますが、とても恐ろしいことです。

そうですね。日本だけではないと思いますが、ペットボトルでも紙でも生ゴミでも、何の抵抗もなくゴミ箱に捨てられる感覚は非常に危険だと思います。
 廃棄物と廃棄場所の問題は資源の枯渇問題以上に深刻かも知れません。

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2008-06-01 00:11
 5月30日、夕食時に何気なくTVのローカルニュースを見ていたら、
「今日はごみゼロの日です。県内の各地で、取り組みが行われました。郡山市では・・・」などと流れた。5月30日が530だから「ごみゼロの日」って事だ。ゴミを出さない運動か?って、何とは無しにどんな事やってるのか見てたら
「みんなで駅前や道路を清掃しました。」・なんてのはまだいいのだが、
「ポイ捨て禁止を呼びかけ、ゴミ袋を配りました。」・・・って、通行人に大きめのレジ袋のような袋を配ってる。ご丁寧に「ごみゼロの日・・・」とか印刷されている。・・・こんなどうしようもない事に税金を使っている。テレビに映し出された清掃作業も、よく見ると、ほうきとちり取りを持って・・・ではなく、大きなビニール袋を持って・・・ゴミを拾っている。こんな大きな袋を一人一人持って、袋がいっぱいにならなくても捨てるんじゃないのか?ごみゼロの日にゴミ袋を配りまくり、ゴミを増やす・・・本当に馬鹿な自治体だ!!どこの自治体でもゴミの最終処分場の確保には頭を悩ませている筈だから、ゴミを入れる袋がゴミの量を増やすという基本的事実は当然考えるべきだ。福島県の役人って東北地方の中でも特に御目出度いようだ。こんなお馬鹿な事がテレビに映し出されて、自分たちが ”立派な”仕事に取り組んでいる事をアピールしたいのだろうか?太鼓持ちのテレビ局もテレビ局だ。アナウンサーも能天気・・市町村長からしてこの前逮捕された前知事の佐藤栄作久みたいなのばっかりだし・・・元の矢祭町長は全国に誇れる素晴らしい町長なのだが・・・
 ごみゼロの日ってあんまり関心がないけれど、本来はそんな事ではなく、ゴミの減量化が目的ではないのだろうか?。
 他の自治体もこんなお馬鹿な作業をやってる所ばかりではないだろうけれど、お役所仕事は本当に愚かだ!!本質が見えないで、形だけさも頑張っているように見せかける。・・・それも税金を投入して・・・自分達で自分達の首を絞めるようなごみ対策を推進するごみゼロの日って何なんだ!!こういうお馬鹿な役人が多くて嘆かわしい。
 他の県もこんな愚かな「ごみゼロの日」をやってるのだろうか?
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【2008/06/01 00:11】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

全く同感です!
BEM
ホン~トお役所っていうのは。お願いだから何もしないで!って言いたくなります。サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。
今回の洞爺湖サミット。捨てようとした新聞をチラッと目にした記事に「国際メディアセンター」が完成。とありました。建設費30億2000万円で国交省が作りました。が!サミットが終わったら解体するんですって。も~冗談としか聞こえません。サミットの大きな課題は『地球温暖化』なんですよね。呆れてしまいます。

無駄な事ばかりやるお役所の体質
雑草Z
    BEMさん

 コメント有難う御座います。

>サミットを前にして北海道はゴミ拾いのオンパレードです。

 そうですか?ほんとに馬鹿ですね。
「洞爺湖サミットを成功させよう!・・」などと言う袋とかチラシを配ったりポスターを張ったりしてやってるんでしょうね。

そのサミット後に解体する
>国際メディアセンター
ってのも本当に税金の無駄遣いですね。
地球環境の事を考えた会議なら、今まである施設を使って質素にやるべきですよね。その方がよっぽど説得力があります。
 洞爺湖サミットの内容は期待しているどころか、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)にならなきゃいいと思っています。
 おっしゃるようにお役所には
>お願いだから何もしないで!って言いたくなります

ですし、さらに
そんな無駄な事は自腹を切ってやれ!・・・と言いたくなりますね。
 自浄作用が働いているお役所も少しずつ増えてる感じもするのですが・・

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2008-03-13 00:01
 現在、ゴミ、廃棄物の処分場の枯渇が問題になっています。ゴミの処分場はどこでも自転車操業状態です。しかし、その問題は問題の深刻さと比べて、あんまり問題にされていません。時々テレビなどで特集を組まれると、そのときは大変だとは思っても、いつの間にか忘れ去られてしまいます。他の華やかな (?)環境問題、地球温暖化問題やエネルギー問題(環境問題とは言えませんが・・)などと比べると一見地味な問題に見えます。身近な問題として真剣に捉えている人は、多くないように感じます。それは、ゴミが人里離れた目立たないところで最終処分されているからでしょう。

 ゴミは自治体内で処分することが一応原則ですが、処分場はどこの地域でも嫌がられるから、郊外のあまり人の住んでない場所に作られます。臭いものには蓋をする・・と言うか、汚いものは見えないところへ・・・の発想です。首都圏のゴミが東北の北の外れのへんぴな所まで運ばれます。日本国内では済まず、中国や東南アジアの国々へまで運ばれます。ゴミのたらい回し状態もしばしば表面化します。しかしこれは、氷山の一角でしょう。
 ただのゴミが、トラックや船で莫大なエネルギーを使いながら、遠くへ運ばれるのです。フード・マイレージ ならぬウエイスト・マイレイジも定義すべきでしょう。
 エネルギー問題を騒いでいるうちに、捨て場の枯渇で、工業や経済活動が限界を迎え、崩壊する可能性も高いでしょう。(減速する分にはいいことですが・・)

 どこのゴミ集配場でも、たかが一週間分の家族のゴミが膨大に出されています。ここにさえ置いとけば、収集車がやってきてどっか自分達から遠い所で処分してくれるから・・・

 いくらでも詰め込める秘密の穴でもあるかのような錯覚を持って、ゴミ捨て場の現状からは目が背けられています。放射性核廃棄物に至っては、「再処理」という名の下に六ヶ所村に押し込められています。

 ゴミの減量化を目指して、ゴミの有料化、製造業者引き取り・・など色々試みられています。どれも無効な方法ではないでしょう。
 しかし、ゴミは集めて人のいない所に持って行って捨てる・・と言う発想だから、たまり過ぎました。廃棄物問題は先延ばしされて途方もなく大きくなったのです。
 
 ゴミを大量に集めて捨てる余裕のある場所なんてないのです。
ゴミは、出来るだけ小さなコミュニティーで集めて、地域内で処分するようにするべきでしょう。そうすれば、みんなすぐにでもゴミゼロを目指し、レジ袋も食品トレイも過剰包装も化粧箱もすぐになくなって、ゴミも、土に帰る、つまり自然を循環するものにすぐにでも変わるのではないでしょうか?。
 そして、放射性核廃棄物のような人間の手に負えない廃棄物は出してはいけないと言うルールも身に染みて実感するでしょう。
 だからゴミは身近な地域で処理!!が基本でしょう。
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【2008/03/13 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


団塊おやじの遺言
またもや 登場です 一つづつ良く読む様にしないと私の少ない脳細胞は吸収出来ないので やっとここに辿り着いた所です 5年前に買った生ゴミ処理器 どうやっても堆肥には成り得なかった 悪臭と見た事もない虫を見て 2ヶ月もしない内に 約5万円の投資はゴミになった 環境展にも行き
最新の生ゴミ処理の実態を見たが 電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった
しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生するこれが大手のメーカーが推奨するものか・・
発酵を知らないのでは 今の若い技術者は 肥溜めとか堆肥場を見た事がないのでは 糠漬けなどは毎日 攪拌する事で良い発酵が 腐敗させてはいけない・・自分で作る事にした
丸いポリ容器に生ゴミを詰め 4個の車(50ミリ)の上に置きクルクルと回す 中のゴミは上になったり下になり攪拌が出来る 一月位で堆肥らしきものが出来るが毎日投入する物とじっくり発酵させる2基必要 この台の下に移動用の車を付けどこにでも運べる様にした 特許が60日位でとれたのです この東京で水分の多い生ゴミを焼却処理に掛かる経費は一世帯軽く10万円は超える 勿論悪臭と虫には天然の資材が活躍している 捨てればゴミ 生かせば資源 いつからこの様な・・私の近くの給食センターには今でも豚の飼料として残飯を回収している 生ゴミは飼料にも畑の肥料にもなる 外国からの輸入にばかり頼らず 我々の意識さえ変えれば 特にこの東京が動けば 助かる人達が多いと思います



生ゴミ処理機は最低ですね
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

 またのコメント有難う御座います。それも古い記事への遡ってのコメント感謝いたします。
 参考になるコメントです。興味深く読ませて戴きました。

 さて、
>電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった。しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生する

との事ですが本当に最低ですね。ただ儲ける事優先で、環境の為には寧ろマイナスでしょう。これだけの機械を作る材料と動かすエネルギーの浪費ですね。
生ゴミ処理機の酷さについては、私もこのブログで何度か触れました。
【最もリサイクルすべきもの】  2007-02-17
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-133.html

などでです。
電気エネルギーを使うと言う発想が狂ってますね。

>肥溜めとか堆肥場

のほうが、遥かに優れた生ゴミ処理場でしょう。




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2007-10-19 00:01
最終処分場とは、不要になったもののうち再利用や再資源化が困難なものを処分する施設との事ですが、早い話が処理し切れなかった廃棄物の最終置き場です。
 
 江戸時代あたりのゴミなら埋め立てしても安心ですが、今の酷いゴミは、そう簡単にはいきません。有機塩素系や水銀などの重金属系の廃棄物は厄介です。・・・放射性廃棄物に至っては、お手上げと言うしかないでしょう。 
 
 最終処分場にも種類があり、有害廃棄物は遮断型処分場へ、既に安定している無害な廃棄物は安定型処分場へ、埋め立て後も維持管理を要するなら管理型処分場へ・・・と言う区別はあるようですが、もともと廃棄物は混ざってしまってエントロピーの増えた状態が多いでしょうから、しっかり区別は出来ずに、例え安定型であっても、水が汚染されることはたびたびあるでしょう。  

  どこの住民だって、地元に最終処分場を作られることには反対です・・・賛成する方や団体は、ほとんど利権がらみです。各地に実質放置されたような状態の最終処分場もよく見受けられます・・・不法投棄と区別がつかないようなところも沢山あります。

 国や自治体も、どこかには作らなければならないから・・・と言う理由で、比較的人口の少ない山間部や過疎地に処分場を押し付けます。実際は最終処分場に使うべき土地なんてありません。
 最終処分場に使う土地はいつも不足していて、自転車操業ですし、最終処分場の維持管理も大変です。・・「最終」ですから、基本的には維持管理は無毒化するまで続けられなければなりません。無毒化しても不毛の地になってしまう土地も多いでしょう。もともと無毒化が困難だから、遮断するわけですが、完全な遮断は出来ていません。絶えず外部に漏洩する不安にさらされます。・・実際沢山漏洩しています。

最終処分場をどこに作るかと言う議論の前に、最終処分場を作ってまでも、物を生産する必要があるのか?・・・と言うことをしっかり議論すべきです。・・・誰もが嫌がる最終処分場を何処かに引き受けさせてまでも、ものを作る必要はありません。
・・・と言うより、「最終処分場」に捨てるべき廃棄物は出してはなりません。既に世界中そこかしこが最終処分場になりつつあります。

 自然の、生態系の循環に流れない物質を作って最終処分場を作り続ければ、やがて処分場はなくなります。
 最終処分場に捨てなければならないようなもの・・・自然の循環に回らない物質は使ったり作ってはいけないのです。持続可能な社会の鉄則の一つです。

 最終処分場をどこに作るか?と言うような対象療法ではなく、作らないと言う予防原則が必要です。
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【2007/10/19 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-10-17 00:02
「環境に優しい商品」・・・と云う言葉は好きではありません。うさん臭いものばかりで大抵信用出来ません。

 最近、エコ製品が世の中に溢れています。・・・それを最大のセールスポイントにしている製品も多々あります。・・・騙されないようにその見極めが大切ですが・・・しかし、現在使っている「環境にあまり優しくない製品」と言われている製品を廃棄してまで環境に「優しい製品を買うこと」が、本当に環境負荷が減ると鵜呑みにしてはいけません。

 例えば、石油と電気のハイブリッドカー。ハイブリッドカーは作る時に同じランクの普通のガソリン車より、CO2だけではなく、他の有害物質も多く排出します。作るときの環境負荷はハイブリッドカーの方が大きいのです。だから製造コストも高いのです。
 そして、買い替えて現在の車を廃車にするとスクラップが出ます。その環境負荷を考えずにメーカーは、ハイブリッド車への買い換えをエコだと言います。・現在使っている車が、非常に燃費が悪く、有毒ガスを撒き散らす車でもない限り、そのまま古い車を乗り続ける方がエコな場合が多いのです。「買い換えるのは勿体ない」の感覚は間違いでないのです。(でも、ハイブリッドカーを買う日本人のほとんどは、エコよりも、ガソリンが高くなったから、経済性で買うと車のセールスマンが言ってました・・・)

 省エネのテレビも冷蔵庫もパソコンもみんな同様でしょう・・・今使っている製品を廃棄してまで新しい製品を買うほうが環境負荷が優しいなんて事は、滅多にありません。・・・・こう言うと、データを示して、何年使えば、エコになる・・・という方もいるでしょうが、その何年を待てば、もっと省エネの製品が出るのです。そこまで待って、更にその時点での最高のエコ製品が元を取る年月限界まで古い商品を使って・・・と言うことを繰り返していけば、結局古い製品を使い続ける方がエコになるのです・・・って詭弁でしょうか?(笑)・・・廃棄物の環境負荷はかなりシビアーです。

なるべく買い替えずに一つの製品を大切に使い、修理しても使えなくなった時点で、新たに買うのならエコ製品!ってところが妥当でしょう。

 
 買い替えた方が環境に優しいと主張する事は、環境対策ではなく経済対策です。


 余談ですが今度ノーベル平和賞を受賞することになったアル・ゴアも、
「現在使っている様々な製品をエコな製品に買い替えましょう!」
などと、平気でプロパガンダしています。何年も環境を研究しているとは思えないほど軽薄なエコロジスト(?)に感じます。
 
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【2007/10/17 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

Repairの精神って大切ですね。
おかっぱ頭
 何年も愛用した製品が故障した時、もう部品が無いからと言う理由で修理が出来ず、廃棄処分しなければならないって腹立たしいですね。「環境に優しい商品」と言う前に、「商品に優しい」メーカーになって欲しいと思います。それが結果、環境に優しい事に繋がるのではないでしょうか?
 まだまだ大量生産・大量消費・大量廃棄の悪循環がなされていると思います。

 ゴア氏の発言も相当政治やビジネスに結びついたものだと思います。今年1月に来日した際の経団連会館での講演内容は、
『 「危機」と言う文字には、<危険>という意味と<チャンス>という意味が含まれていると聞きました。温暖化対策はビジネスチャンスです! 』
 あまりにも明快過ぎますね。

そうですね!Repairって大切ですね。
雑草z
 修理して使うという事、本当に大切ですね。自分の持ち物に愛着を持って、修理しながらいつまでも使うという事が、本当の「環境にやさしい」でしょう。
 自分のところで作った製品を「部品の在庫がない」という理由で修理してくれないメーカーって嫌ですね。部品の在庫がなくても工夫して修理するのが本当の職人、技術者でしょう。
 ドイツでは、製品のバリエーションを犠牲にしてまで修理には、ずっと応じてくれると聞きました。・・日本でもそんな良心的なメーカーもありますね・・。その前に、ドイツ製品は壊れにくいですね。

 私が書き落とした、『修理して使う』という事をフォローして下さり有難うございます。

××××××××××××××××××××××××

>『温暖化対策はビジネスチャンスです!』

 アル・ゴアだったら言いそうな言葉ですね。
「不都合な真実」は見るつもりはあまりありませんでしたが、最近DVDを貸してくれた人がいたので見てみましたが、環境問題をある程度かじったことがある人ならば、みんな知ってることばかりで、
「新しい真実」なんてない「使い古しの真実」って感じの「演出された映画」でした。


 でも、アメリカや日本の浪費しか知らない人々にとっては、いい教訓になるのでしょう。
 世界中にはもっと深い知識と洞察を持った本物の環境の指導者は沢山います。この程度の極めて政治的な人物がノーベル賞ですからね。
 でもまあ、「佐藤栄作と同じ、ノーベル平和賞」と考えれば納得ですかね!?
 


  
 

とにかく自分で修理
かんちゃん
世の中、マイコン制御が電気製品を筆頭としてあらゆる製品に蔓延して利便性を追及したことが問題ですね。マイコン制御は素人には手出しできないブラックボックスです。修理ではなくその部分はごっそり取り替えです。こういったところが修理代を押し上げ新しく買った方がお徳ですという商売になっているのでしょうね。
僕はペレットストーブの販売を手がけており、今日もデモストレーションをしてきました。僕が買っているストーブは電気も使わず価格は189,000円ですが、高いもっと安くなるだろう、そうしないと売れはしないよといわれます。
でも僕はやんわりとこういいます。お父さん、例えばあのジャパネットタカタで40インチの液晶テレビを買っても20数万円はするでしょう。でもせいぜい10年でまた買い替えでしょう。ストーブは鉄の箱ですよ。20年でも30年でも持ちますよ。それでお部屋はあったかいですよ。どちらがお徳でしょうかね。お父さん、あなたがここへ乗ってきた4WDの軽トラック。新車で100万円ぐらいしますね。このストーブ4つは買えますね。どちらがお徳でしょう。
話しずれてしまいましたが、つまるところ人がだらしなくなっているということです。僕は百姓もしていますがほとんどの機械は部品をかつて来て自分で修理します。マイコン制御部分以外は(^^)。中古の部品取りもして手元に置いときます。いつか役に立つのです。だってメーカーの部品は10年が在庫期間ですから。
皆さん、ほとんどの機械は自分で直せますよ。すぐに買い換えるのはやめましょうね。

私の「不都合な真実」
雑草Z
かんちゃんさま
おっしゃるとおり、マイコン制御ってのは、修理と言うよりも、大きな部品の交換って感じですね。非常に勿体無いですね。
 マイコン制御なんて付いているばっかりにかえって修理しにくいばかりか使いにくい製品も沢山あります。

 かんちゃんさんのペレットストーブの販売の誘い文句は上手いもんですね。やはり、『真実』があるからこそ、自信をもっておススメ出来る訳ですね!。
『真実』と言えば、おかっぱ頭さんのコメントを受けて、
『Repairの精神』の大切さ、修理こそエコだ!と言う事を書かせて戴きましたが、そこにはちょっとばかり私の『不都合な真実』が、ありました。・・それは、私は、修理不器用というか修理無精と言う事です。
 例えば、自転車で遠出するのは厭いませんが、タイヤがパンクしたときに、自分で修理した事がありません。自転車屋さんまで、引いて持っていきます。
 そして、たまに壊れたものを自分で修理するときも、結構大雑把で、安全に使えりゃいい!!って感じです。
 だからかんちゃん氏の

>ほとんどの機械は部品を買って来て自分で修理します。
 
と言うのは、素晴らしい事ですが、とても真似は出来ません。
物を捨てられない性格なので

>中古の部品取りもして手元に置いときます。

と言う事は、私もしますが、かんちゃん氏のように

>いつか役に立つのです。

とは結果的に言えません。ずっとそこにあるだけのものが結構あります。(笑)
 永久運動機関もアイディアだけノートに書き溜めて(記録は好きなもので・・)作ってみなかったのも私らしい無精です。(って、組み立ててみても動く筈ありませんが・・笑)


 と云うことで、永久機関と来れば
(話の繋がり、展開が強引ですね。)
かんちゃん氏の4代前のご先祖様のお話をもっとお聞きしたいものです・・・とても魅力のある人物です。 

お徳? お得ですよね(^^)``
かんちゃん
誤字、ごめんなさい。

部品取りのことですが、確かにいつ使えるかわからないものもあり、時々処分もしています。
モーター類はとにかくとって置くようにしています。先日も農作業中に負荷のかけ過ぎでモーターを潰してしまいましたが(炎が上がり危うく火災になるところでした)、30年ぐらい前の他のメーカーのやつをなんとかくっつけて直しました。でも、この夏に草刈機を修理したのは部品が高くついて、危うく新品の値段になるところでした。

4代前のご先祖様ですが、あの後久しぶりに図面を引っ張り出してみましたが、驚いたのは一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています。当然当時は土木機械なんかは無いわけですから、深い谷をダムを作るように人力で埋めていったのですね。今そのため池を下から見上げると先人たちの人間力のすごさにため息が出ます。

雑草様。僕が知っているのは爺様から聞いた話がすべてですし、残された資料で確認できるものは僅かです。


人力の偉大さ
雑草Z
かんちゃんさま

 モーター類は、プラモデルやおもちゃ用の小さなものは、壊れたものから外して転用した事がありますが、おもちゃ以外の大きなモーターは扱った事がありません。古い他のメーカーのモーターを付けかえるかんちゃん氏は、器用ですね。メカ好きですか?。

>一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています

 凄いものが残っていましたね。明治時代のものですよね?かんちゃん氏の家は、いわゆる『旧家』なわけですね。

>深い谷をダムを作るように人力で埋めていった

と言うのも素晴らしい話ですよね。その技術も大変だったと思います。『人力』はやはり偉大ですね。ご存知でしょうが、私は『人力』推進派です。

××××××××××××××××××××

考えて見ると、2代前の祖父母の事は少しは分かりますが、3代前の曽祖父など名前すらわかりませんし住んでいた場所すら行った事もありません(笑)まして、4代前の方の事など、何も知りません。かんちゃん氏の家は旧家である事もあったのでしょうが、4代前のご先祖様が、アイディアマンで、色々取り組み、村のための偉大な功績も残っているので、地域の人々の記憶に残っているのでしょうね。

 何かまた4代前のご先祖様のものが出てきたら是非教えてください。

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2007-10-15 00:01
 再生不可能な地下資源などはいずれ枯渇します。・・特に、現代の大量生産大量消費の社会のままでは枯渇はすぐでしょう・・石油をはじめ多くの資源が今世紀中に枯渇されるといわれています。(石油は、20世紀に枯渇すると言われていましたが・・・)そして、地下資源の枯渇の問題は、色んなところで議論されていますが、枯渇する資源は、自然の循環に乗って再生しないからです。つまり最後には処分不可能な廃棄物になるのです。・・・ 
 
 資源の枯渇問題は、ある程度昔から叫ばれて、問題視されています。しかし、人類が再生不可能な地下資源などの枯渇で苦しむ姿は、想定される未来予測の中では、かなりいいほうではないでしょうか?その前に廃棄物の捨て場がなくなったらもっと悲惨です。そして、現在の無節操な廃棄物の放出が続けば、資源よりも先に廃棄物の捨て場が枯渇するほうが、かなり早いのではないでしょうか?

 日本の場合でも、都会にはゴミの捨て場が枯渇しているのは明らかで、産業廃棄物などを田舎に持って来たりしています。しかし、田舎の自治体のゴミの最終処分場も、自転車操業で、次々に新たな捨て場を確保しなければ、パンクしてしまいそうです。・・・不法投棄もかなり盛んです。
 最悪なのは、最も最終処理の難しい・・と言うよりも、遠くに置いておくより手の施しようがない核廃棄物を青森県の六ヶ所村に集めたりしているところです。最終処分場として捨てているのだと言うと、さすがに六ヶ所村の住民も怒るからと、プルサーマルとして使う再処理工場なるものを作って誤魔化しています。・・・プルサーマルを実行すれば、放射性廃棄物の放射能レベルがずっと上がってさらに手に負えなくなるだけなのですが・・・
 半永久的に無くならない最悪の放射性廃棄物は史上最悪の廃棄物です。
 
 先進国は、自国のゴミの山を少しでも減らすために、途上国に捨てに行きます。最近では、コンピューターなどの廃棄電子機器や、有害化学廃棄物をアフリカの途上国や中国などにお金で引き取らせています。・そこには捨ててもいい場所があるとでも思っているのでしょうか?
・・・実際は「引き取らせたら後は知らないよ!」って姿勢でしょう。

 田舎だろうが、途上国だろうが、人間の住んでいない場所だろうが、地上には有害ゴミの捨て場なんてないのです・・・火山の中にでも放り込みましょうか?

 考えてみて下さい・・・・・・・・。
都会には確実に捨て場がないからと田舎に行っても捨て場にしたいような場所があるわけありません。誰だって住んでいる近くに有害物質を投棄して欲しい筈がありません。・・・・じゃあ、人の住んでいない手つかずの自然が残っている大自然に捨てましょうか?原生林、熱帯雨林、渓谷、川の源流がある山の中・・・まさか、そんな大自然を汚染出来ないでしょう!?海だって汚染が拡散して大変です。・・・じゃあ、砂漠に捨てましょうか?日本ならば鳥取砂丘ですか???(中国ならゴミ(ゴビ)砂漠でしょうか?・・なんてシャレを言ってる場合ではありません。)

 そう、有害廃棄物を捨てる余裕のある他の土地なんてないのです。・・・ただ、捨て場がないから、より捨てやすい場所に捨てているに過ぎないのです。
 そして、実際には、都会にも田舎にも原生林にも渓谷にも砂漠にも海にもゴミが投棄されているのです!!!!”正規の”最終処分場と言われる場所に廃棄されたゴミからも、実質は多くの有害物質が漏れています。

資源の枯渇よりも有害廃棄物の捨て場の枯渇の方がよっぽど大きな環境問題なのです。

 ゴミは出したその土地で処分するべきなのです。もっと言えば、ゴミを出した本人がその場所で処分すべきなのです。・・・そう考えれば、ゴミは、生態系を循環して自然にかえる物質だけに限るべきであることは自ずと分かる筈です。
 
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【2007/10/15 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


エコ猫
宇宙へ放射性廃棄物をポイしたらっていう議論も行われてましたね。英語ですが、参考になれば幸いです
http://www.corwm.org.uk/(2004年夏の資料)
要約すると、地球に最降下しない場所まで廃棄物を持っていくのが難しいのと、お金がものすごくかかりますってことみたいです。あとは倫理的な問題も関わってくるみたいですが、将来の可能性にはなりそうですね。
なにはともあれ、ゴミは出さないのが一番ですね!

愚かな議論の前に早く原発の廃止を!!
雑草Z
 地球の重力場から脱出するエネルギーは膨大で、宇宙から資源を持ってくることも、宇宙に物質を廃棄する事も、議論するまでもありません。地球の大きな環境破壊になります。

→【宇宙開発を考えるほどの馬鹿でなし】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-169.html

 そこにも書いたように、確かに人間の手に負えない高レベルの放射性廃棄物は宇宙に捨てたくもなります。しかし既にその量は多過ぎます。コストの問題だけではなく凄まじい大気汚染が起こるだろうし、ほかの様々な環境汚染も起こるでしょう。ロケットに積む技術もないだろうし、失敗して落ちて来たら大変です・・・ていうか、原発はすぐに止めるしか方法はありません。既に出してしまった放射性廃棄物はお手上げです。
 どんな角度から見ても原発は負の面しかありません。
(カテゴリー【原子力】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-category-18.html 参照)


 連日のご訪問有難う御座います。折角のご紹介のページですが、その手の議論をするよりも、一刻も早く原発を廃止すべきです。


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2007-05-15 00:01
 山や森、川や湿原など、自然が残された場所では、ゴミ箱が設置されていない所が多く、ゴミの持ち帰り運動が定着しています
 私は以前より、このゴミの持ち帰り運動には疑問を持っていました。いや、普通にゴミ箱を設置せよという積もりは毛頭ありません。人がこんな所まで持ってきたゴミを、わざわざ税金を使って回収する必要はないでしょう。それなら自分達で持ち帰るべきです。
 私の疑問は、こういう場所からゴミを持ち帰る事が、果たしていい事だろうか?という事です。根本的な解決策になっていないどころか、余分な環境汚染を作り出しています。

 確かに残された大自然を大切にするべきです。現在の形態のゴミを山や森、川や湿原に置いて来たら、それこそ不法投棄現場のように、すぐに酷く荒れた状態になってしまうでしょう。
 しかし、その特殊な場所・・・壮大な自然の残された場所だけをサンクチュアリーとして、ゴミは持ち帰って別の場所に捨てる・・・っ て、ゴミ問題から言えば何の解決にもなっていません。ゴミの絶対量は減らないどころか増やしています。・・あちこちにばら撒くよりはいいでしょうが・・・。こう言う手法は、環境問題対策とは言えないと考えます。
 それだけではありません。地上の栄養分は重力によって下へ下へと落ちていきます。程度問題では有りますが、山の上へ生ゴミを置いてくるのはあながち悪くもないことではないでしょうか?
 缶やペットボトル、ビニール袋などの人工物質は持ち帰るべきでしょうが、生ゴミ、糞尿は、目立たぬように置いてくるのも決して悪いことではないと考えます。・・・自然に腐る過程で、ほかの生き物の栄養になっていくのです。

 例えば、最近携帯トイレを登山口とかで売って、山でした便の持ち帰り運動がなされていますが、私はこれには反対です。それならば、バイオトイレの方がずっといいでしょう。自然の循環に流せる糞尿を、携帯トイレの容器に入れて麓に帰ってから捨てれば、その容器は人工物質で、自然に循環はしませんから、折角の栄養分たっぷりの糞尿を自然の循環から隔離して、結果として余分なゴミを増やすのです。

 - かつて、5年ほど前「東北自然保護の集い」とかに出席してみた時、この携帯トイレを推進している方がいて、この携帯トイレ推進運動を大会アピールの一つとして採択する事に私が一人で反対して、採択が流れた事があります。(その時以来もうその集会には出ていませんが・・)
採択しようと言う方達は、
「赤ちゃんの紙おむつと同じようなものだから、山を汚さずにいいではないか・・・」
と言ってましたが、私は、「だからこそ駄目だ!」と反対しました。紙おむつは、利便性だけ求めて家庭をきれいにして、環境汚染物質を増やしているのです。まさに、携帯トイレは紙おむつと同様に、局所を汚すのを防ぐ代わりに、もっと広域を環境汚染するのです。


 犬の糞の持ち帰り運動も同様です。確かに犬の糞を道ばたや玄関先に置いていかれたら酷いと思うだろうし、マナー知らずだと思うでしょう。しかし、家に持ち帰った糞は、大抵ゴミとして袋に入れて出すそうです。極端な場合は、化学物質で固めて燃えないゴミに出すと言うのを聞いたことがあります。

 こんな事がマナーになったのも、どこもかしこもコンクリートやアスファルトで鋪装したり、側溝までもU字溝を使うからです。犬の糞くらい、土をちょっとかぶせるくらいが適当な処置でしょう・・・そんな余裕のない都市部は、人口過剰過ぎるのです。森で犬が糞をしても目くじら立てて騒がないでしょう。
 余談ですが、私が育った岩手県の田舎では、通学路などに馬や牛の大きな糞が落ちていたものですが、誰も文句は言いませんでした。

 こう言う局所的な環境保護運動は、地球規模と言わずとも、もう少しマクロに見れば、環境汚染を増やしているだけの事だと思います。こんな事は環境問題対策と呼ぶべきではありません。

 山で便意をもよおしたら、「花摘み」と言って、木陰などで用を足して、土を少しかけてくる・・・そういう大らかな伝統が、下方の海に流れてしまう栄養を山の上に戻していたのでしょう。、山の上から、ずうっと下って下の地区までの栄養供給にもなるのです。

 確かに過剰な場合は山の生態系に影響はあるので良くないでしょう。
尾瀬の水芭蕉も人間の捨てた生ゴミで肥大化しています。人間の糞尿は栄養分が強すぎて、低い養分で生きている高山植物に過分な養分を与えると言う危険性もかなり有ります。しかしそれも程度問題でしょう。オーバ ーユースを制限すればいいのです。万年雪の残る山とかを除けば、
多少の「野グソ」は、生態系にとっては「恵み」ではないでしょうか?


 - 以上、昔からの私の持論は、槌田敦氏の以下の文献が後押ししてくれました。

『熱学外論 ー 生命・環境を含む開放系の熱力学』
・・・これが、物理の熱力学の本だと言うからびっくりです。本書については後日また色々書きますが、こんなに面白い熱力学の本を書く槌田敦さんは、それ
だけでも素晴らしいと思ってしまいます。

『エコロジー神話の功罪 ー サルとして感じ、人として歩め』
・・・槌田氏の得意とする似非環境保護についての本です。サブタイトルもGoooo!!
     
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【2007/05/15 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-05-12 00:07
 最も多いゴミは何でしょう?・・・ゴミ収集所で出されたゴミ袋の中を見ると、袋の中は、容器や袋だらけなんてことはよくあります。つまり、特に「使い捨て」にする必要のない容器や袋包みなどの「使い捨ての入れ物」が、最も多いゴミではないでしょうか?

 日本でも過剰包装の勿体無さが叫ばれて久しい筈ですが、過剰包装はなくなるどころか余計に増えています。パッケージ専門店なんてのまで現れる始末です。
 なくならない過剰包装一つとってみても、日本のゴミ行政の、対処療法しかやっていない事のいい加減さ、無策を感じます。日本の過剰包装は本当に情けなく、とんでもないものまで包装していますが、その中でも最もどうしようもないものの一つが、ゴミの過剰包装ではないでしょうか?


 最近人々は極端なきれい好きになって、公共施設も会社も各家庭も、ゴミ箱の内側に、ゴミ袋をすっぽりセットして置く事が当たり前の事のようになってしまいました。・・・回収しやすいように・とか、ゴミに残っていた液体がゴミ箱を汚さないように・・・等が理由と考えられますが、その為にゴミの量が一段と増えました。
 回収用ゴミ袋の中に、各家庭用のゴミ箱につけるビニールゴミ袋、そのビニールゴミ袋の中にレジ袋、レジ袋の中に空の容器や袋が沢山入っていて、その袋の中にキャンディーやせんべいを一つ一つ包んでいたビニール袋・・・・・・なんてのは、よくある光景です。結局、禅問答ではありませんが、容器の中身は容器で、そのまた中身も容器・・・と、辿っていっても入れ物の中身は、入れ物自身であって中身がない・・・・。ゴミ袋をさらに大きなゴミ袋に入れていけば、当然の事ですが、ゴミがどんどん増えていきます。ゴミ袋でどんどんゴミを増やしているのです。まさにゴミバブルです。
 見方を変えれば、ゴミを捨てるだけの為にゴミを過剰包装しているのです
ゴミの回収にさえ、使い捨ての「ゴミ袋」を使う必要はないでしょう。ちょっとくらい不便でも、ゴミ箱が汚れようと、ゴミ袋は使わずに、家庭では直接ゴミ箱に、ゴミの回収では備え付けの容器に、ゴミを入れるシステムに戻すべきでしょう。

 製品を買う時に過剰包装して買い、その過剰包装の容器や包み紙が主なゴミとなり、さらにそのゴミを捨てる時にも何重にも包装して捨てるわけです。とんでもないお話です。ゴミがゴミを呼ぶというか、小さなゴミが大きなゴミを作り出しているのです。

 ゴミまで過剰包装・・・・こんなふざけた事をずっとやってきているのです。

 最近定着してきた、山や海や観光地、または地域社会でのでのボランティアによるゴミ拾い運動も同じ問題があります。ゴミを拾う人それぞれに袋を渡してゴミを拾い、一人一人の袋はいっぱいにならずとも、その個人の袋ごと、さらにまとめて大きなゴミ袋に入れて回収・・・なんて事もよく見かけます。ゴミ袋が勿体ないだけでなく、明らかに「ゴミ袋」というゴミを増やしています。そして、集めたゴミをよく見ると、枯れ草や木の枝、生ゴミや虫の死体・・・なども多く、ゴミ袋にさえ入れなければ、自然の循環に戻れるものも沢山あります。それを酷い時には、他の種類のゴミ・・・金属やプラスチック、と混ぜてしまっています。・・・しかし、混ぜなくともビニールなどの袋に入れれば混ぜたことと同じでしょうが・・。

 ゴミ行政で切迫した問題は沢山ありますが、その大きな一つが最終処分場の問題でしょう。こんな善意のゴミ拾い運動が、最終処分場の寿命を縮め、生ゴミなどを生態系の循環にもどすチャンスも奪ってしまうのです
 だから、こんなゴミ拾い運動はやるべきではないと考えます。・・・じゃあ、ゴミだらけになって困るじゃないか・・・?と言う人がいるでしょうが、現実を直視して困るべきです。困ったら、お役所も企業も、そんなゴミを出さないように、過剰包装をやめ、生態系で循環しないものの製造はやめるという方向を本気で考えるのではないでしょうか?
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【2007/05/12 00:07】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-05-09 00:01
私は物をあまり捨てません。・・・まだ使える物・・・ペットボトルや食品トレイなどしか思い浮かびませんが・・・を捨てる時、罪悪感があります。 一瞬なんとも嫌な気持ちがします・・・・

 しかし一方、ほとんど罪悪感を感じない場合があります。
それは例えば、食べ忘れて腐ってしまったもの・・・腐らせてしまうまで食べ忘れていた事には、失敗したと罪悪感がありますが、これを捨てることには罪悪感がありません。
・・・これをゴミ袋に捨てれば、きっと罪悪感がありますが、私の家では、生まれたときから(何度か引っ越しましたが、いく先々で)庭と言うか土の部分に穴を掘って埋めていますので、また土の栄養になって、野菜や木の栄養でなくとも、雑草の養分にでもなると思うので、気持ちは楽です。
 ・・それよりも、水洗トイレで糞尿を流すほうが、折角の肥料が勿体ないと感じます・・

 食べ残しでも・・・これも私は滅多にしません・・、エビのしっぽから、茄子のへたまで食べてしまいます。(笑)・・・猫や雀や小魚や蟻の餌にしたり・・・土の微生物に有効活用して貰って、形を変えて巡ってくれば、それでいいと感じます。
 廃棄物が自然の循環に回ればいいのです。・・・人為的なリサイクルでは駄目です。外部からのエネルギーや別の物資の投入が必要だからです。

 最近は犬の糞の持ち帰り運動もすっかり定着してしまいました。これは、道でも側溝でも何でもかんでもコンクリートで固めて、土を露出させていないからです。人や動物の密度の大きさも問題です。しかし、生ゴミでも糞尿でもその辺に放って置けばすぐに腐って小動物から微生物の餌になって土に帰って行く自然の完璧な仕組みを大いに利用すべきでしょう。
 
 使っているものがみんな生態系の循環に乗るもので、道ばたや身の回りに土が露出し、捨てたものを腐らせて、二酸化炭素や水や無機物質に分解するまでエネルギーを多くの生き物が有効利用するような自然の循環に囲まれた生活をしたいものです。
 そういう環境では、物を捨てても罪悪感はないでしょう。

 江戸時代のように、生態系の物質・・糞尿や体そのものを完璧な自然の循環に戻せる仕組みをしっかりさせて、生態系の物資を使い捨てしても何の環境汚染にもならない生活に戻りたいものです。

 使い捨ての出来る生活 = 使い捨てしても環境汚染の起こらない生活 
= 使い捨てしたものが生態系の循環を回る生活・・・それが、持続可能な社会の最低条件でしょう。
そのような意味での、使い捨ての出来る生活をしたいものです。
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【2007/05/09 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

土に感服!
おかっぱ頭
10年程前から庭にコンポストを置いて生ごみ処理に使用しています。が、失敗談を。
生ごみをただポイポイ入れるだけで堆肥に変えてくれる優れもの、と思いきや、蓋を開ける度にすごい悪臭!すごい虫!それでもごみとして出したくはなかったので、息を止め、目をつぶって数年間入れ続けていました。
後で判ったのですが、中央にだけ生ごみが山の形に固まって発酵、分解が進まず、ただ腐敗した状態だったからのようです。
発酵促進剤なる物もあるようですが、それよりも何よりもこれを解決してくれるすごく簡単な方法、それは ~生ごみを平らに広げて入れたらその上に土をかぶせる、たまにスコップでかき混ぜる、その繰り返し~ たったこれだけで微生物が発酵と分解を早めてくれて・・以来悪臭からも虫からも解放されました。土の威力には感服します。
堆肥になった部分は家庭菜園に使用し、古くなった土はまた生ごみにかぶせると云う風にうまく循環が出来ています。秋には落ち葉を一ヶ所に集めておくのですが、これも有効利用しています。
楽しいから継続出来ているのだと思います。
犬の糞も今の時代は持ち帰らざるを得ませんが、トイレに流さず各家庭でうまく工夫がなされれば理想的ですね。

そうですね。土に感謝です。
雑草Z
 土をコンクリートやアスファルトで覆ってしまうのは、本当に愚かな事ですね。生ゴミでも糞尿でも土に混ざって土に帰せば、養分の高い土になるのです。こうした土の土地は化学肥料や農薬と違って、砂漠化の心配もありません。

 なるほど、生ゴミを平らに広げて土をかければいいのですね?確かに生ゴミは十分空気があって広げておけば、嫌な匂いはあまりしないそうです。早速試してみようと思いますが・・・
 家では、現在の家に住むまでは、コンポストを使った事がなく、大きな穴を掘って埋めていました。そこでは、雑草もかなりの背丈に大きく生えました(笑)
 コンポストは、母が町から買わせられたようですが、コンポストって、本当に必要なのでしょうか?確かにコンポストでないとハエなどの虫は沢山集まって大変かもしれません。でも家のコンポストの中も下の隙間から入り込むのか、ハエなどの虫だらけになります。家では穴を深く掘ってコンポストをかぶせてます。穴が周りの土の高さぐらいになると埋めて、場所を移動していますので、家では本来のコンポストの使い方ではなくて、穴の蓋として使っているのかも知れません(笑)

 確かに発酵促進剤などは出来るだけ使いたくないですね。
いつも役立つ情報有難う御座います。

PS
 犬の糞の持ち帰りについてはもっと申したい事があるので、5/15にアップ致します。 
  

コンポストの正しい使い方初めて出来たようです
雑草Z
 家のコンポストも、上のコメントにかいたように、ただ穴の蓋みたく使っていて、生ゴミを捨てるときは、おかっぱ頭さんの家のように蓋を開ける度にすごい悪臭で、物凄い勢いで沢山の虫が飛び出してきて脅威でした。
 上のおかっぱ頭さんのコメントを読んで、やってみようと考え、先月に前の穴を埋めて、新たに穴を掘って試しています。生ゴミを捨てたときには、スコップで捨てた生ゴミを切りながら穴の側面の土を削ってかけるようにしてならしたています。悪臭もしなくなり、虫もほんの小さな虫が底のほうに少しだけになりました。本当に使い方によってこれだけ変わるのですね。正しい使い方のご指南有難う御座いました。
 
 沢山の虫が発生して、鳥の餌が増えて鳥が集まってくるのもいいかも知れません(コンポストから沢山の虫と一緒にすずめが飛び出てきた事もあります。)が、そこまでは我慢できず、スプレー式の殺虫剤を使ってしまうことになりかねません。

 コンポストも使い方一つなんですね!コンポストの意味も分かったような・。

お役に立てて嬉しいです。
おかっぱ頭
実践して下さったのですね!きっといい堆肥が出来る事と思います。
スコップで生ゴミを細かく切ってらっしゃるのもすごくいい事かと。その分早く分解しますね。

私も知り合いから教えてもらい上手くいってからは、逆にコンポストの蓋を開けるのが楽しみになった位です。

これからも気長に楽しみながら、そして何より土をかぶせる時は感謝を込めて、ですね!

羽虫はコンポストの外に出しましょう
雑草Z
 つい最近、去年までというより、一月ほど前までは、コンポストの中の沢山の虫を外に出したのでは自分の家にもハエ等の羽虫が増えるだけでなく、近所迷惑かとも思っていましたが、槌田敦氏の本を読んで、こういう虫の大切さを再認識しました。
 私の家の庭には沢山の色々な鳥が集まるのですが、これも庭の木の実だけでなく、生ゴミを庭に捨てているからでしょう。腐る前の生ゴミを食べたり、その腐りかけの生ゴミに集まる虫を食べに集まるのでしょう、(横からか、コンポストの中にまで入り込みます。)。
 コンポストに虫が沢山発生しなくなった今、コンポストを開けるときは虫を退治しないで、外に出して見ようかと思います。本当は槌田敦氏の提案に沿って、鳥を使って、山に木を育てる実験もしたいのですが、そんな山は近くにありませんし、かなり時間もかかります。

 槌田氏の森の再生の提案に関しては近々アップしたいと考えています。大変面白い素晴らしい提案だと思います。

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2007-05-06 00:01
 かつて使い捨て時代などと言われた時代がありました。ひと昔以上前、1970年代頃でしょうか?「消費は美徳」とさえ言われたとんでもない時代です。
 経済優先の考え方から、大量生産・大量消費・大量廃棄が行われ、数々の公害問題が起きた時代です。
 子供の頃この言葉を聞いたときは、なんとも嫌な気持ちにさせられたものです。
日本には、「勿体ない」と言う言葉があるのに、経済優先の悪しき流れに乗って、こんなコピーフレーズを流行させたのは、大手の広告代理店でしょうか?酷いものです。
消費は美徳」のフレーズを考えた人間は最低だと思います。

 その頃の時代の人は、使い捨てによって起こるゴミ問題などの環境汚染を考えつかなかったなどと言う人が結構いますが、それはかなりのお門違いでしょう。 その頃は、地球の有限性はみんな知っていたし、ゴミの処分場にも困っていたでしょう。公害なども問題になっていました。それまで質素倹約を美徳として生きていた日本人の多くは疑問に思った筈です。その証拠に日本では1973年に、「使い捨て時代を考える会」という会が結成されています。・・・経済優先の論理で企業がそれを奨励し、政府も奨励したので、何となく大丈夫ではないか?と思ってしまったのではないでしょうか?

 現在の21世紀を、いまだに使い捨て時代が容認されていると思っている人はいないでしょう。しかし現実は、明らかに使い捨て時代は続いていて、さらにもっと酷くなっています。 
 使い捨て時代と言われた20年以上前には、使い捨て商品は、割り箸や紙コップ、食品トレイとか色々ありましたが、使い捨てはやめようと言われて久しい現在も、その時代の使い捨ての商品はなくなるどころか消費量は増え続けています。

 そして、「消費は美徳」と言われたその時代でさえも、さすがに使い捨てにするには忍びなかったような商品が、現在では使い捨て商品として出回っているものが沢山あります。
 カメラ、コンタクトレンズ、おむつ、カイロ、手袋・・・混浴温泉での使い捨て水着なんてのもある始末・・・ふざけています。エレキバンなんて永久磁石を使い捨てにする健康商品もありました。永久磁石をどうして使い捨てにする必要があるのでしょう?

・・・そして、現在、広告でも
『使い捨て出来る○○○』なんて台詞がキャッチコピーになっています。
とても使い捨て時代が終わったとは思えません。
 その結果、ゴミの量も、使い捨て時代と言われた時代よりも何倍も増えています。
 最近日本の各地で力を入れているリサイクルも、使い捨てを助長しているとしか思えません。
【リサイクルには気をつけよ!】
   
 そして、人間まで使い捨ての時代になってしまいました・・・

 少なくとも日本に於いては使い捨て時代は実質終わってないどころか、酷くなっています。 20年以上前に終わらせるべきだとみんなが思った使い捨て時代は、いまだに続いています。そしてより酷くなっています。・・やはり、法律化しないと効力がありません・・。
それによって起こる環境汚染・・・ゴミ問題は最も深刻な環境問題の一つです

 
       ・・・・・・・・・・・・次回は、今回の内容に一見矛盾するようなタイトル・・・・・
         【使い捨ての出来る生活】   を描かせて戴きます。 
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【2007/05/06 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-02-21 00:01
リサイクル再考5

 地下資源の特徴は、生態系を循環しないと言うことです。(生命に必要な金属元素はごく微量ですので考慮いたしません。)生態系を循環して再生しませんし、新たに生産もされません。・・・鉱物資源を「生産」すると言いますが、ただ掘り起こして精錬するだけの事です。

 そんな地下資源は、人工物質とともに環境汚染物質の大半を占めます。(環境汚染を引き起こす人工物質も大抵地下資源である石油などから作られます。)鉄のように、酸化して土の成分になるものも有りますが、現在のように量が多過ぎれば、やはり環境汚染物質でしょう。

 私のスタンスとしては、生態系の循環に流せないものは、一切使用するな!という事ですから地下資源は、本来一切使うな!と言うべきです。そして、今まで地下資源である石油や鉱物で作っていたものを、
生態系に流せる有機物で代用することを考えるべきだと思います。科学の力を信頼するならば、そうするべきでしょう。
 
 ・・それが駄目なら(そんな悠長な事は言ってられないのですが・・)エネルギーを浪費しない方法でリサイクルを考えるべきです。
・・それは、金属を出来るだけ混合して使わないと言うことです。「単体は資源」「混ぜれば(エントロピーの増大)ゴミ」は基本ですから・・・この頃は至る所合金が主流ですから混ぜないと言うことは大変なことですが、昔は結構単体で使っていた筈です。そこに戻るのです。
 例えばアルミニウムは、ボーキサイトからアルミニウムを精錬するよりもアルミ屑からリサイクルして地金を作る方がコストやエネルギーが少なくて済むから、「リサイクルの優等生」とか「リサイクルの王様と言われてきました。日本でも盛んにアルミ缶のリサイクルが行われてきました。しかし、実はアルミニウムの再生地金は、『劣化資源』なのです。不純物が多く含まれているからです。
 例えばアルミ缶。アルミ缶のプルトップ部分を引けばすぐ開くのは、マグネシウムが混ぜてあるからです。このプルトップの部分の為にアルミ缶のリサイクルは困難になっているのです。(だからプルトップだけ別に回収するのですね。)要するに便利さの追求のために、不純物を混ぜている訳です。
 ・・しかし、こんな事の為に、アルミニウムがリサイクルしにくいと言うのは間違っています。不便でも、アルミニウム100%のものを使うべきでしょう・・と、言うよりも飲料に関しては、使い捨てのアルミ缶を使うこと自体が間違っています。仮にアルミニウム100%の金属缶にしても、その表面に商品名など塗料をぬるし、缶の中にわずかに残った飲み物も不純物になります。そもそも、飲み物を使い捨て容器に入れて販売すること自体間違っています。デポジット瓶(リターナブル瓶)にすべきでしょう。
 
 と、言うことで、地下資源は(短期には)循環しません。だから、基本的には使うべきではありません。実際には大量に使われていますから、このままではいずれ枯渇します。枯渇しないようにする為には、使用を控えることが第一ですが、使う場合は、出来るだけ合金にせずに純物質のまま(低エントロピーで)使うべきです。
つまり、使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。

 参考:京都精華大学人文学部環境社会学科 授業公開 細川弘明氏
リサイクルが地球を救わない理由;アルミ缶回収の裏側で  
http://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/class/2003/hosokawa/   

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【2007/02/21 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(1) |

前に雑草さんが言っていましたが
スモールイズビューティフル
久しぶりに書き込みさせてもらいます。

リサイクルが環境に良いような風潮になっていますが、
(前に雑草さんが言っていた通り)リサイクルというのは
本当に最後の手段だと思いますね。

おっしゃるように、ペットボトルやアルミ缶は、
たとえ回収率が向上したとしても、
しょせん「使い捨ての容器」だということを
はっきり認識するべきです。

人の慣れは恐ろしいもので、ファーストフード店の
容器はもったいないと思っても、
ペットボトルやアルミ缶には何も感じなくなっています。

わずか20数年前はリターナブルが当然だったんですけどね。
いったい、何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
私は詳しくは分かりませんが、やっぱりこれもメーカーの責任放棄なんでしょうかね?

消費拡大の言い訳にもなっているリサイクル
雑草Z
 「リサイクル再考1 【リサイクルには気をつけよ!】」でも書いたように、リサイクルは消費拡大の手段にさえなっています。だから、本来、リターナル瓶を使うべきところにも使い捨て容器のアルミ缶などが使われています。酷いものです。もっと資源は別な節約の仕方が有りますね!(他の4つのR)
>何がリターナブルボトルの普及を阻止してるんでしょうか?
 のひとつの考察をご紹介致します。
自然の摂理から環境を考える  reiko727 さん
【何故ワンウェイ容器がふえつづけるの?】
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2007/02/000101.html
スモールイズビューティフルさん、久しぶりのご訪問歓迎致します。いつもなるほどと言うレスポンスを入れて下さいますね!   


リターナブル瓶の存在
社枯
>使うときの便利さよりも廃棄して循環させるときの事を優先して考えるべきなのです。
全くその通りですね。
ゴミを処理するのに新たなゴミを産んでしまっては……。

今が良ければいい、という考えは危険だと思います。
何か取り返しのつかないことが起こっても、後悔先に立たずですよね。

企業側の思いと消費者側の思いが一致したと言っても、後々の地球の事などを考えたら、リターナブル瓶を使う方向へ向かって欲しい…ですが、やっぱりそういう方向へ市場を動かすのは簡単ではないですね。

自由主義社会の原則は市場を動かす事ですが・・
雑草Z
 市場原理で動いて行けば、
 環境問題が解決するのは、人々がみんな、環境に関するマナーを守って、行動すると言う前提が必要です。
 これは、共産主義は、人々が、それだけしっかりした理念を持ち合わせて気高くなければ、成功しないと言うのと同様でしょう。
 残念ながら、これまでの市場経済は、そのマナーを守らない人に有利に働く面が強くありました。
     2007/3/6 【割れ窓理論】
だから、しっかりした政治家が出て、法律化するべきなのです。
アリとキリギリスのお話ではありませんが、
>今が良ければいい、という考えは危険
ですね。残念ながら、取り返しのつかない事は近い将来起こるでしょう。もう、環境カタストロフィーは避けられないところまで来ているでしょう。問題は、どのくらい生き残り、絶滅を免れるか?という事でしょうか?
 多くの人が、しっかり現状分析出来る真偽眼を持って欲しいですね。

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2007-02-19 00:04
リサイクル再考4
 
  前回、最もリサイクルすべき物は、生物の体内で作り出した全ての物であると断言致しました。そして、その中でも特に強調したいのが、人間や動物のうんちやおしっこです。
 現代社会は、自然の摂理の感覚の欠如により、とんでもない糞尿の処理がなされています。一言で言えば、糞尿を生態系に循環させていないのです。その為、このままでは、食糧生産も落ち、社会は持続不能でしょう。だから、糞尿の処理についてもう一度重点的に述べさせていただきます。
(以前にかかせて戴きました。↓)
【動物として最低限果たすべきこと】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-94.html
【食料自給と糞尿処理】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-95.html
 
植物が光合成で、生態系の循環に最も寄与しているとすれば、 
動物は糞尿で、生態系の循環に最も寄与しているのです。
この糞尿は、生態系に流れれば、小動物や微生物の呼吸(えさ・・生命活動のエネルギーを得る事)に使われ、最後に植物の栄養になるのです。
 そう、糞尿は決して廃棄物ではなくて、エネルギー源なのです。それも食べ物と同等に効率のいい、クリーンなエネルギー源(笑)なのです。・・石油のように生態系で使えないどころか酸性雨の原因になる酸化窒素や酸化硫黄も放出しません。完璧に利用された後は、二酸化炭素と水になり、植物の光合成の材料となるのです。十分クリーンではないですか・・・そして完璧です!!!

 また、生物の作り出した有機物ですから、もともとはそのまま放って置いてもリサイクルする最も優れた物質なです。この糞尿をわざわざ石油などのエネルギーを投入して下水処理して生態系から隔離することは、本当に愚かな行為です。 特に日本でもかなり普及している大規模な下水処理は、自然の摂理を無視した最低の処理法です。
自然の摂理から環境を考える;かっし~さん。↓
【日本人はウンチを処理するために、石油を輸入している?!】2006/12/8
http://www.sizen-kankyo.net/cgi/mt-tb.cgi/61
【地力問題3:下水道の普及って良いことづくめ??】2006/11/19
http://www.sizen-kankyo.net/cgi/mt-tb.cgi/52
 
折角トイレで糞尿だけ分離しているのに(分ければ資源!)他に下水に流れてくるものと一緒に混ぜてしまう(混ぜればゴミ!・・・エントロピーの増大)のですから愚の骨頂です。そして、石油をはじめとしたエネルギーを処理に使い、最後に海洋投棄したり埋め立てなどに使うというから、恐ろしいことです。
 このままでは、土地が痩せて枯れて、最後には砂漠化してしまいます。糞尿は土地の栄養にしなければなりません。(・・・人工物質である化学肥料は、土地を痩せさせ、ついには砂漠化致します)

 日本の肥溜めが基本だと思います。
自然の摂理から環境を考える;かっし~さん。↓
【地力問題②:地力を高める回収型農業とは?】2006/11/8
http://www.sizen-kankyo.net/cgi/mt-tb.cgi/43
 衛生的でないと言うのならエコサン[Ecological sanitation]でしょうか?
自然の摂理から環境を考える;かっし~さん。↓
【世界のトイレ事情~下水道に頼らない『エコサン』とは?~】2007/2/5
http://www.sizen-kankyo.net/cgi/mt-tb.cgi/88
 ↑ 個人的には上記のエコサンでは一寸不十分であると思うものもありますが、水洗トイレの下水処理よりは遥かに優れていると思います。本来はやはり設備を使わずに、自然の中に撒くべきでしょうが(そうすると問題が起こるのは、本来は人口や家畜の数が過剰だという証拠だと思います。)、そこまで出来ないのなら、設備は必要最小限の小規模なものが好ましく、外からのエネルギーの投入のほとんどない、全て生態系の循環に乗るものにすべきです。こうしないと生態系の循環は途絶え、生命活動は終焉を迎えます。

繰り返します。
 うんちやおしっこを生態系の物質の循環に乗せなければ、社会は持続出来ません。
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【2007/02/19 00:04】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


TheorySurgery
こんにちは。うちは農家でしたから糞尿も使っていて、昔はくさいだの汚いだの言う人もいました。たまに、大鋸屑が山のようにあり、そのときはカブトムシが取り放題でした。

今はなんでもコンクリで固めて、川も山も、見ていて窒息しそうです。安全・安心で、大量の人を守るためにはある程度仕方のないことなのかもしれませんけど、どこか、もう少し知恵が働かないものかとも思います。もともと、日本人は四季のうつろいなど、自然に対する感受性を持っているはずなんです。西欧人は自然と人工の物を対立したものと捉えますが、日本人は障子などの仕切りや縁側など、境界が入り組んだ曖昧さも持ち合わせています。

確か、江戸時代には糞尿も売り買いして、しっかりと経済循環・環境循環が進んでいたと聞いたことがあります。江戸時代にできて、現代人にできないはずがない。あとはやる気の問題かもしれませんね。どれだけ、本気になって国民の意識が高まるか。

古きよき時代に戻りたい郷愁を感じました
雑草Z
 物質が循環しなくて至る所に廃棄されている現代社会って、何が進んでいるかって言えば、絶滅へのカウントダウンでしょうか?
 TheorySurgeryさんのコメントを読んだら、人類の絶滅なんて心配のなかったのどかな、田舎の昔に戻りたくなりました。私は岩手県育ちですが、確かに堆肥の中にカブトムシの幼虫が大量にいましたね。・・郷愁を感じます・・
 江戸時代の鎖国は、自給自足が完璧で、物質の循環、真のリサイクルがなされていて、現代人より賢かった気が致します。
 TheorySurgery さんのおっしゃるとおり、何でもかんでもコンクリで固めるって、非常に愚かなことですね。循環を経ち、養分を海に垂れ流して・・・
 ウンチやおしっこは絶対にリサイクルしないと生物は生きていけませんね。

 改名後のご訪問有難う御座います。今は真夜中ですが、TheorySurgeryさんのコメントを読んだら、自分が育ったのどかな田園風景の日の入りの光に包まれている感覚が沸いて、ちょっと浸っていたい気分です。
 この感覚を思い出させて下さり感謝致します。
 
 

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2007-02-17 00:03
リサイクル再考3
 
 どんなことがあっても絶対にリサイクルすべき物は、何でしょうか?!?
・・・私は生物の体で作った全ての物であると考えます。(基本は有機物ですが有機物でなくとも、生物の廃棄物である二酸化炭素や水も勿論含めます。)これこそ、言葉の意味のまんま、Re-再び  cycle-循環する でしょう。 つまり、「生物の個体の中に取り入れられて、ほんの一時的に個体内に止まって循環から隔離されていたものを、また、生態系の循環にまわす」と言う解釈ですが、生物の体内に取り入れられている期間も大きな目で見れば循環の最中とも解釈できるでしょう。
・・兎も角、この完璧な生態系の循環に回すことをリサイクルと呼ばずして、何をリサイクルと呼びましょう?
 水や二酸化炭素などは、一応自然の循環系に戻されているので、今回は置いといて(そうとも言い切れない馬鹿なこともされているのですけれど・・)生物の体で作る有機物のリサイクルについて論じさせて戴きます。 
 生物の体で作り出した有機物とは、具体的に言えば、生物の体そのものや、排泄物です。これらはもともと放って置いてもリサイクルする最も優れた物質です。
何故放っといてもリサイクルするかと言えば、ちゃんと次々に利用する生物・・・動物から菌類や細菌類(生物どうしのつながりの役割で言えば--分解者)までが待っていて、さらにその後に植物が待っているのです。・・・完璧ではないですか・・
 そして、植物が光合成で利用する前の段階まで、エネルギーを出し続けるのです
動物の死体や糞尿は、決して廃棄物ではなくて、それを利用する生き物たちの大切なエネルギー源なのです。

 ・・だから例えば、生ゴミ処理機は愚の骨頂です。なんでエネルギーをたっぷり持った有機物を処理するのに、贅沢なエネルギーである電気などのエネルギーを使う必要があるのでしょうか?(現在購入して困ってしまった人が沢山中古市場に出しているようです・・笑)コンポストで十分ですし、私は、地面の土に穴を掘って埋めるだけでも十分だと思います・・実際そうして来ました・・・
 生ゴミに群がる虫などの小動物たちは、本当は生ゴミの分解を補助する働きをしているのですから大切にしなければなりません・・・と、いいつつ、私もハエなどは殺してしまいます(笑) 
 
 生物の体内で作り出した有機物の中でも、排出物である糞尿は、最もリサイクルすべき物質であると強調します。だから、次回はこの事に焦点を絞って論じさせて戴きます。  
               <<続く>>
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【2007/02/17 00:03】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-02-13 00:01
リサイクル再考1

 このブログを始めた初期の頃に、リサイクルに対する基本的スタンスは何度か言及しています。
→ 【Produceless2】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-8.html

 この時↑リサイクルの本質も概ね説明したつもりです。そこであまりリサイクルに積極的でない理由も述べています。
でも、現在行われているリサイクルがあまりにも酷過ぎて、すればする程逆に環境汚染になる類のリサイクルも多いので、もう一度しっかりリサイクルについて数回に渡って考察させて戴きます。
 

 この頃日本では、愚かにもリサイクル活動が活発化し始めました。『愚かにも』と言ったのは、「今さらリサイクル?」という感がありますし、方法がとんでもなく間違っている場合が多いからです。

 基本的にリサイクルは、5つのR・・・・ Repair , Reuse , Refuse , Reduce , Recycle・・・
のうち最後の手段です
。(以前よりR 1つ・・Repair・・追加しました)
 リサイクルの前に、修繕してまた使う(Repair& Reuse・・捨てないで長く使う、中古市場を利用する・・)、断って減らす(Refuse&Reduce・・・断ってマイバッグやマイ箸・物を買わない・・)ほうが大切です。
 リサイクルは、省エネ・省資源を進めるどころか、日本では今もって大量生産大量消費を奨励しているような感さえ致します
 つまり、政府なり企業が、消費拡大を続けたい為に、ほかの4つのRに目を向けさずに、リサイクルだけ奨励している感が否めません。
 「リサイクル出来るからどんどん使え!!」みたいなところが感じられます。
 5つのRのうち、リサイクルのみが、省エネ、省資源にならない危険性をはらんでいるのです。

 だから、Recycle の前にほかの4つのRを!! 
 Recycleは、本当に本当に最後の手段!・・・です。
 リサイクルは十分慎重に!


 リサイクルしてはいけないもの、逆に必ずリサイクルすべき物も存在します。それらに関しては、次回からアップ致します。
               <<続く>> 
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【2007/02/13 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(1) |

こんばんは
スローライフ・スローリッチ ヒロ
 私もこの言葉を、高木義之から聞いたのはもう何年前だったか?その頃、少し、「地球村」の活動もしてました。そうですね、Recycleというのは、最後の手段ですよね。世間でリサイクルショップと言われてるお店は、正確には、(Reuse)リユースショップですよね。そう呼べば良いのにね。瓶もペットボトルも、何か他のものに加工する前に、何度も使ったほうがいいですよね。ではまたーv-222

本来Reuseすべき物を・・・
雑草Z
 無理にRecycleしている事が多いですね。スローライフ・スローリッチ氏(ヒロ氏とお呼びしたほうがいいですか?)の仰るとおりアルミ缶やペットボトルをやめて、リターナル瓶を使うとか・・簡単に出来る事なんですがねぇ。

 因みに、3つのR・・・ Reuse,Recycle,Reduce は、かなり前から知っていましたが、
 Refuse は、高木義之氏の書物から、
 Repairは、池内了という物理学者の書物から昨年知りました。

 高木義之氏の「地球村」の活動ってどんなですか?宜しければご感想など・・

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2006-10-28 09:00
 前回は、拡散の方法がどんなに愚かかを述べたが、拡散ほど愚かではないが、やはり愚かな方法に「埋める」という方法がある。大気中や海に「散らす」のに対して、地面に穴を掘って埋める方法である。
 勿論、有機物を埋めて微生物の力で肥えた土に戻すのは、大賛成だ!! 
 そう言う循環系以外の廃棄物が問題だ!

 危険なゴミは、外に漏れると大変だからと更に大きなゴミとなるシートまでつくって敷く。そして当然の事ながらシートは破れる。行政は破れる筈がないと言っても、何故か地下汚染される。
 核廃棄物は、放射能レベルの低い作業員の服等を燃やして圧縮したものは、ドラム缶に入れて埋めてコンクリートで固める。(燃やすと言う事は、一部が空気中に拡散されていく。・・・フィルターを通しても、全部除去出来る筈もなく核廃棄物を空中拡散している訳だ。酷過る!)

 より放射能の多い、危険な核廃棄物は、何百メートル(500m~1000m)も深く掘って、ガラス等で固めて埋める・・・計画だ。核廃棄物といっても40年位たった原発用原子炉はそのまま全体が核廃棄物だ。解体して全部埋める。とんでもない話だ。大型原発一基埋めるのに費用は一兆円を越すらしい。
 核廃棄物は埋めるのに量を減らす為に濃縮するから、発熱して何年も埋められない。埋めるのも、人が被爆するから、ロボットという事になるけれど、そんな技術はまだない。
 つまり、放射能と言う半永久的に危険がなくならない廃棄物は、処理方法がない。これは、核物理の根本原理であるから、将来的にも変わらない筈だ。地下に半永久的に埋めると言う事の危険性は、地震大国日本ではなおさらだ。チャイナ・シンドロームなんてのも現実味を帯びてくる。

・・原発の話になると、余りに酷過ぎるので、その事に集中してしまう。話を戻す。 
 
 処理出来ないものを埋めると云う方法は、拡散と同様、場当たり的な対処法だ!

  拡散も駄目、埋めるのも駄目、ならどうやって、処分すか?・・・簡単である。
処分出来ないものは作るな!って事。
 これは極当然な事で、しかもとても大切な事である。

 
 じゃあ、原始生活に戻れって事か?まあ、絶滅するならその方がいいが、そう云う事でもない。地球は人間の歴史と比べて無限に近い長さの年月をかけて奇跡的に、完全な循環系を作り上げたのだ。エネルギーで云うと炭水化物は何度も述べているように完璧な循環エネルギー。炭水化物に窒素元素等を使って植物が作り上げる体の部品、タンパク質も完璧な材料(これは、燃料でない。製品材料だ!燃料にすると、NOx やSOxも出る・・)
 こう云う素晴らしい循環系をしっかり有効利用する事だ。処理出来ないものは、処理して循環させられる技術がきちんと完成するまで(核廃棄物については絶対に無理だ。)即、生産、使用中止。・・・これって基本中の基本だ!
 注意する事は、リサイクル出来ても、他の多くのエネルギーが必要なリサイクルは、循環系とは言い難い。人力エネルギーくらいでリサイクル出来る仕組みを開発する事だ。

 絶滅がかかった背水の陣である事を忘れない事だ。
・・そんなに難しい事ではない。
  江戸時代の日本でも出来ていた事だ。
 
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【2006/10/28 09:00】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

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2006-10-27 00:01
 酸性雨の原因は、化石燃料の使用によって排出されるNOx とSOxによる大気汚染だ。工場の煙突からの廃棄ガスや自動車の廃棄ガス。
 自動車の廃棄ガスは急激に自動車の増えた最近は深刻だが、昔は主に工場の煙突からの廃棄ガスのほうが問題視された。日本でも1960年代頃から『公害問題』として騒がれていた。
 そして、公害対策に限らず、なにか問題が起きたら、
 『元を絶つ』と云うのが基本だと思うが、
本当にしょうもない方法、「煙突を高くする」という方法がかなり堂々と対策として実施された。
 勿論、脱硫装置、脱硝装置のフィルター等、有害物質を大気中に出さないなどの対策もなされ、それは日本が得意とするところたが、
  元を絶つ=工場の稼働停止
などの措置は、本当に酷い時意外は実施されていない。

 「煙突を高くする」と云う方法は、いわゆる「拡散」の方法であって、
 もっともやってはいけない方法である。まして、地球は球形で有限である事が十分わかってからの時代の話である。「高い煙突」と言った時に反対する人はあまりいなかったのか?こんなことがまかり通っていた事が不思議だが、「拡散」の方法は現在でも、大気中に限らず、海でも行われているから本当にどうしようもない。それも大気中なり海の許容量の研究の裏付け無しにだ。(都合のいいように作られてしまった研究データは沢山あるだろう。)
 これはあたかも適正人口の論議なしでの少子化対策をしている日本の現政府と似ている。(今まで何度も述べたが、適正人口の許容量は自給率100%であると確信する。)無能者の対策である。

 その結果、酸性雨の原因となるNOxやSOxは、上空の気流に乗って、広範囲に広がった。 スウェーデンやノルウェーがドイツやイギリス等から、カナダがアメリカからの貰い酸性雨の被害が深刻である。
 日本も最近中国等からの貰い酸性雨が酷くなってきているが、日本企業が中国や東南アジアに進出して、向こうに工場を建てているから
自業自得の部分もある。そればかりか現地にはもっと酷い迷惑をかけている。


 話をもどすと、熱と違って、大気中の物質は、宇宙までは飛んで行かない。(最近熱もCO2に吸収されて、余分に地球に残っているが・・・じゃあ、宇宙まで飛ばせばいいかというとまた別な問題が起こる・・・別な機会に述べる。)

 こんな子供が考えてもおかしく愚かな『拡散の方法』を今だに対策にしている政府や企業には任せられない。 


 汚染物質を拡散させなければ、現地の被害はもっと酷くなるが、
 その分もっと早くから真剣に対策を考え

根本的な生産方法や、構造改革の話(結局、Produce less 生産縮小に行き着く)になる筈だ。

 
拡散の方法は、
問題先送りの愚作であるばかりか、問題を肥大化させる

局地的な環境問題は

その場しのぎの『拡散の方法』によって、
世界的に深刻な、
人類の破滅の問題まで成長する。
 
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【2006/10/27 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

煙突が高くなる理由について
坂番
授業でとったノートそのまんまです。
http://blog74.fc2.com/z/zassou322006/file/20061029050034.jpg

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