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2010-04-01 00:03
今日の酷い自然破壊の現状を考えると、目をそむけたくなるような事だらけです。悪い冗談であって欲しいと感じる事ばかりです。
そんな事例は多過ぎて枚挙に暇がありませんが、多くの人が似たような経験をしている事例を書いてみます。

私は岩手県の内陸で育ちました。いわゆる山国育ちに入るでしょう。少年時代、ごくたまに、遠足やら家族旅行やらで、海岸に行くと大きな驚きがありました。海岸の生態系の豊かな事、豊かな事・・。海岸には動物がうようよいたので、海は、砂浜の海岸で泳ぐ事よりも岩場の海岸のほうが遥かに好きでした。岩場に足を踏み入れると、気が狂うほどに沢山のカニやらフナ虫やらが、いっせいにどっと逃げはじめました。そして、海の水には、様々な小魚が群れていて、軟体動物も沢山いました。水底には貝やヒトデがびっしりいました。巻貝は水面近くの岩一面にびっしりと付き、巻貝かと思うと、足を出して歩き始め、ヤドカリだったりしました。イソギンチャクもあちこちの岩にくっついていて、指で触ると、小さなミサイルのような毒の嚢を沢山指に撃ち込みます。あのくっつくような感触が結構気持ちがいいものでした。岩から無理に離そうとすると、小さく縮んで水を噴き出します。軟体動物は海水にも沢山浮かんでいました。クラゲ、アメフラシ、ウミウシ・・・よくもまあ、こんなに沢山の生き物が棲んでいたものです。・・山にも沢山の生物が棲んでいましたが、海の生物は見かけが派手で、物珍しさも手伝って、存在感がありました。非常に密度が高く共生していたように感じました。海岸は物凄く多くの動物がひしめき合って棲んでいる・・という強烈な印象がありました。

 数年前の夏の日に、あの大量にいる海岸の動物を確かめたくて、子供にも見せたくて三陸の海岸に行って見ました。先ずは福島県から近い松島の海岸に行きました。ウミネコが沢山いて、遊覧船ではみんなで餌をやってなかなか楽しい感じでした。しかし、松島の海岸にはカニを見つけられませんでした。・・このままでは帰れない・・・・もっと北の岩井崎まで行けば、まだ海岸も荒らされてなくて、カニも沢山いるのではないか。カニだけではなくアメフラシもヒトデも沢山いるだろう・・。そう思ってリアスス式海岸である三陸海岸を北上しました。岩井崎は、中学生時代に遠足で行って1,2時間滞在しただけでしたが、その海岸生物の多さにみんなはしゃいだ思い出の場所でした。
・・岩井崎に着くと、印象が変わっていてなんか静かな雰囲気です。素晴らしい海岸が整備されて自然破壊されていました。海岸には山のように土が盛られて見晴らし台になっていました。生物の躍動が感じられません。あのうじゃうじゃいたカニもイソギンチャクも小魚もアメフラシも、やっと探して一匹二匹見つかった程度でした。
これは何かの間違いだ、悪い冗談かなんかだ、こんな工事が平気でなされていい筈がない・・と思わずにはいられませんでした。

・・・「悪い冗談でした。」、「ドッキリカメラでした」・・・と岩陰に隠れていたカニやイソギンチャクやヤドカリがどっと出てきてくれたら・・・と願わずにはいられませんでした。「今は夏ですが、エイプリル・フールです!」・・・と。


 このような体験は他にも色々ありました。幼いころ遊んだ川エビの沢山いる沼も埋められてしまいました。フナやアブラハヤが沢山泳いでいた川もコンクリートが被せられて、魚も住まなくなってしまいました。庭に飛んできたホタルもいつの間にやら来なくなりました。・・・どんどん自然が荒らされて生態系が縮小しています。

 日本中、世界中の人々がこのような体験をしているのではないでしょうか?・・もっともっと自然に恵まれた大きな生物の楽園が思い出の地で、そこが破壊されてしまって心が痛んでいる人も沢山いることでしょう。自然が破壊された代償は、ノスタルジー的な意味だけではなく、生態系の問題としても計り知れなく大きいのです。

 子供の頃遊んできた生態系豊かな自然が壊されている現状を見る度に悪い冗談であったらいいのに・・と感じます。「今日もエイプリル・フールです」・・・と。
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【2010/04/01 00:03】 | 思い出 トラックバック(0) |


路傍の石ころ
雑草Zさん

こんにちは。

 岩井崎というのはどこかなと、地図をみると気仙沼の近くですね。「海岸には山のように土が盛られて見晴らし台になっていました」 とのことですが、建設残土でも捨てたのでしょうか。けしからんですね。もしかしてその残土に紛れて産業廃棄物も混ぜ捨てているかもしれません。そしてその痕跡を隠すために表面だけ綺麗な土をかぶせ、公園にする……、ということはよくあることですね。表面上は、観光客誘致のため見晴らし台が要るのだと地方議員が動いていて、その真意を探るとその議員の関係業者が廃棄物を不法に捨てようともくろんでいた……、などと、つい想像してしまいます。
 よくあるんですね。私の住む島でもこのようなことが起こっています。ひどいのはビルを解体したコンクリート片などを大量に沖の海底に捨てています。ときどき発覚して事件になっています。漁場が破壊されて島の漁師さんたちがカンカンに怒っています。

 日本中の海岸が、主に建設業界の餌食になっています。やたらと護岸工事をするし、消波ブロックを並べたがります。海岸の生態系を護ろうと自然保護団体が護岸工事に反対すると、行政や業者は離岸堤に変更します。反対運動を受け入れて海岸は護る代わりに、100メートルほどの沖に堤防をつくるのです。しかし離岸堤を作ると潮流の流れが変わり、護った筈の海岸の生態系が砂で埋まってしまいます。行政や業者のやっていることを見ていると、その工事が必要でしているのではなく、工事がしたくて工事をしているのは、ほぼ間違いありませんね。こうして豊かな多様な生き物をはぐくんでいる自然海岸が破壊されつづけています。こまったことですね。

 ちょっと気になったところがあるのですが、何回か三陸海岸を観察された際は、大潮のときの干潮時に行かれましたか? 大潮の時には、干潮と満潮の潮位差が、太平洋沿岸では2メートル、瀬戸内海西部では3~4メートル、九州有明海では5メートルもあります。(日本海側では30~40センチ程度で常に満潮状態みたいな感じがします)
 観察した際の潮位によって、観察できる生物の様子は一変します。大潮の干潮時の観察では、海岸の生物相の豊さにはおどろかされます。しかし小潮の時には何もいないなと生物相は貧弱にみえてしまいます。

 大潮の満潮の潮位を高潮線と言い、大潮の干潮の水位を低潮線と言って、その間 (潮間帯) を普通4帯 (上部・中部・下部・最下部) に分けています。それぞれの分布帯に特有な生物が、見事な垂直分布をみせて棲み分けています。それで大潮の潮位が最低になったときには、4帯に加えて高潮線より上の飛沫帯と低潮線よりも下の漸深帯の6帯に生息するたくさんの海藻や動物が観察できます。
 これはちょうど3000メートルの山を登るとき、ふもとから丘陵帯→低山帯→山地帯→亜高山帯→高山帯と植生が変化していくのによく似ています。それで大潮の時でないと海岸生物の多様性や豊かさが十分に観察できないのです。

>松島の海岸にはカニを見つけられませんでした
ということですが、観察された時の潮位が関係しているのでは? という印象を強くうけました。

 子供のころから島や四国・岡山県あたりの海岸や磯を40年あまり見ていますが、埋め立て・護岸工事・開発などで磯や干潟がどんどん破壊されてはいますが、破壊を免れた自然海岸はいまでも生物相は驚くほど豊かで生物多様性に富んでいます。

 昨日は大潮だったので、破壊から免れた磯へ行きまして、サザエと 「ながれこ」 をたくさん採ってきました。アワビやトコブシは漁業権の問題で無断で採ってはいけないのですが、実質は同じなのに名前を変えて「ながれこ」 は獲ってもよいということに私の地方ではなっています。京阪神という人口密集地帯の至近距離のところで、破壊の魔の手にさらされやすいのですが、自然海岸の磯は昔と変わらぬ豊かさです。

 雑草さんに反論するような形になり恐縮ですが、埋め立てや開発や廃棄物投棄などで、多様な海岸生物の生息地の根こそぎの破壊はなんとしてでも阻止すべき事と思います。しかし自然のままの海岸は生物の豊さはそう変わっていません。大阪I大学の某教授の男が、島の東南部の磯の生物の変化のモニタリングを5年ほど前からやっています。そして生物多様性が破壊されていると騒ぎたてています。私のみたところこの教授の男は研究費を得る為に、事を大きくしているのだなと見ています。自然保護活動をする運動家と環境問題にとりくむ研究者には、その主張を額面通りに受けてはいけない面があると、私は考えています。

またまた、長文、すみませんでした。

 
 




海岸の生態系
雑草Z
    路傍の石ころさん

 こんばんは。 

>子供のころから島や四国・岡山県あたりの海岸や磯を40年あまり見ていますが、

なるほど、私は山国育ちですが、路傍の石ころさんは、海国育ちなわけですね?・・・詳しい方からの大変参考になる長いコメント有難う御座います。

 海岸に山のように土が盛られて見晴らし台になっていたのは、土建業者が儲ける為にやった事だとは思っていましたが、

>もしかしてその残土に紛れて産業廃棄物も混ぜ捨てているかもしれません。

なるほど、その可能性は高いでしょうね。建築廃材でも埋めたのでしょうか。

>日本中の海岸が、主に建設業界の餌食になっています。やたらと護岸工事をするし、消波ブロックを並べたがります。

本当にそうですね。酷いものです。海岸に延々と並んでいますね。それが無いと海岸が浸食される・・・と言って・・

>自然保護団体が護岸工事に反対すると、行政や業者は離岸堤に変更します。

なるほど、そう言う訳で、あの 離岸堤 というのも沢山あるのですね。

 工事で破壊されてコンクリートを乗せられる下の岩場は悲惨でしょうね・・・いつもそう思います。


>小潮の時には何もいないなと生物相は貧弱にみえてしまいます 

なるほど、そう言う可能性もあるのですね。するともしかして、

>大潮のときの干潮時

に行けば、沢山の動物が見つかるかもしれないのですね!・・少し可能性が出て来ました。

>雑草さんに反論するような形になり恐縮ですが、

いえいえ、動物が沢山いる海岸を確認出来れば万々歳です。多少希望も出て来ます。

 松島の海岸・・・と言っても島の一つ一つを見たわけではなく「松島」の地の水族館の近くの(島ではない)一つの護岸工事された海岸の内側の磯の部分を見ただけです。

>破壊を免れた自然海岸はいまでも生物相は驚くほど豊かで生物多様性に富んでいます。

それは嬉しいですね。今年の夏にでも是非確認してみたいと思います。でも、破壊された海岸が多過ぎませんか?東北地方でさえ、破壊を免れた海岸はあまりないように感じてしまいます。・・・私はあまり海岸に行ってないのではっきりとは言えませんが・・。

>そして生物多様性が破壊されていると騒ぎたてています。

山を見ても生態系はかなり破壊されていますが、海が大丈夫だとは思いません。

 議論に関係ありませんが、私はカニが大好きです。沢でも海でもカニを見つけると、生態系がまだしっかりしている・・・と感じてホッとします(笑)




路傍の石ころ
すみません。コメントする場所をまちがえました。

ほんの10年前まで…
でなしNo.146
最近、小学校に上がるものが家族にいましたので、自分の母校(小学校)を見てきました。

私が小学生の頃、ザリガニやメダカがいた池は、現在、濁りきってミドリ色になり、アメンボがやたらと目立つ池になりはてていました。

池の水が循環しなくなったのが原因だと思いますが、うまく循環していたものに手をくわえることで、崩れてしまうものは多いという事を知りました。

やはり、私もそのとき「ウソだろ…」と思いました。

このまま生き物の住みかを奪い続けたら、子ども達の時代にはどうなっているのだろう…本当に心配になりました。

自滅の道を加速度的に突き進む人類にどうやったらブレーキをかける事ができるのか?
最近、よくそういう事を考えます。


雑草Z
    路傍の石ころさん

 私も<シイタケの味>と言うタイトルのコメントを間違えてここに書いてしまい、【使い捨て容器】のほうにコピー&ペーストして、こちらのコメントは削除しました。
・・路傍の石ころさんもそのお返事をここに書いたら、私の記事は削除された後だったのかも知れません。すみません。
 路傍の石ころさんのコメント、
<「美味い・美味くない」考> も【使い捨て容器】のほうにコピー&ペーストさせて頂き、そちらでお返事させて頂きます。投稿日付は一日遅くなりますが、悪しからず。


 *シイタケについてのコメントも、【使い捨て容器】の記事からは大分離れているのですけどね(笑)流れですね! 

目に見えるものだけではないかも
guyver1092
 過去に三重県熊野市に勤務していたことがあるのですが、あの辺りは、護岸等はないのですが、やはり生物は減っているようです。
 理由の一つに、合成洗剤を挙げる人もいました。また他の人は、ダムを挙げる人がいました。
 現代人のすることは、どうもすべてが生物の生息に悪影響を与えるようです。

自然破壊は年々酷くなっている現状
雑草Z
    でなしNo.146さん

私と同じ悲しい体験談ですね。・・・自然を愛する気持ちを持っている現代人なら大抵の人は感じた事がある「嫌な体験」でしょう。

>ザリガニやメダカがいた池は、現在、濁りきって

悲しいですね。メダカはもう絶滅危惧種になってしまって、会津地方でさえ珍しくなってしまったようです。


>うまく循環していたものに手をくわえることで、崩れてしまうものは多いという事

全くその通りですね。酷い事に自然観察・・・の名のもとに川に工事をして「川の学校」とか名前を付けて自然破壊している現場も沢山あります。そっとしておくか、あくまでも自然の循環を手伝う程度でなければかえって逆効果ですね。

>このまま生き物の住みかを奪い続けたら、子ども達の時代にはどうなっているのだろう

そう、自然破壊は年々酷くなっていきます。その事については次の記事にしています。・・実は でなしNo.146 さんの今回のコメントは次の記事のコメントにぴったりです。
 



海岸に動物がうじゃうじゃいるところ
雑草Z
    guyver1092さん

guyver1092さんもやはり海岸の動物は減っているように感じていらっしゃるのですね。
 私は海にはあまり行かないのですが、ここ10年以内に行った何回かの海岸は、どこも昔のように気が狂うばかりの海岸の動物がうじゃうじゃいるところはありませんでした。あちらに一匹、こちらに一匹・・と言う感じで非常に寂しい感じでした。
 合成洗剤もダムもプラスチック製品も・・・

>現代人のすることは、どうもすべてが生物の生息に悪影響を与える

本当に今は歯止めが効かない状態ですね。非常にヤバい状態だと思います。エコ技術・・・なんて開発している場合じゃなくて、経済活動も工業も一端止めて行かなければ間に合わないでしょうね。

 植物・・・海藻はまだまだいっぱいあるようですが、海岸に生物がうじゃうじゃいるようなところは本州の海岸ではどこにあるのでしょうか?・・一抹の不安を感じます。今年の夏にまた行って確認したいと思います。

 私は、カニをはじめ、海岸の動物は大好きでしたが、guyver1092 さんは如何ですか?
 


路傍の石ころ
雑草Zさん

こんばんは。

 良いニュースととらえるか、悪いニュースと解釈するかは、その人の立場や自然観により評価の分かれるところですが……、よろしければ次のニュースをご覧ください。
http://news.biglobe.ne.jp/animal/394/km_100402_3944983673.html
 和歌山県中部のある漁協で漁師さんたちが、ヒジキが減って困っているという話です。水産試験場が調査したらウニ類(ウニにもたくさん種類があります)がうじゃうじゃ。駆除しなければいけないほど、うじゃうじゃ。海藻が生育できないほどウニや魚がうじゃうじゃというのは嬉しいことですね。
 巻貝でも二枚貝でもウニ類・アメフラシ類……など、うじゃうじゃいるところには、いるんですね。そんなところはたいてい海岸に道路がないところです。道路がないということは、ヒトがあまり来ないとか、家がないから生活排水等も流れ込まないような「自然海岸」です。
 私の住む島でも島の南部に数キロにわたってそんなところがあります。そこはサザエやアワビやタコ・ナマコ・ウニ・ギンポという魚が一杯います。四国の海岸を歩いてみても太平洋岸にはそんなところが沢山あります。

 でも大きな町のあるところの海岸はかなりひどいものです。

 それと台風の後とか、海が大しけのあとは磯にはなにもいませんよ。磯の動物は沖に退避したのか岩の下に隠れたのかわかりませんが、目につくところにはいなくなります。極端な大雨のあともそうです。陸地から大量の土砂が海に流れ込み、その影響か、しばらく磯の動物がみられなくなります。
 
 この問題は感覚的に捉えたら見誤ります。きちんとした調査が必要な話だと思います。

 磯に鉄棒などの標識を打ち込んでロープを張り、たとえば100平方メートルぐらいの調査区をあちこちに沢山つくり、できれば四季おりおり年4~5回ぐらい大潮の際に調査が必要です。調査項目は主にそこで確認される生物種の個々の名前と個体数です。
 実はこれは大変な調査です。大潮で磯が引いているのはわずか2時間ほどで、厳しい時間制限があります。生物の分布というのは一様分布は少なく、ランダム分布が普通ですから1メートル四角の調査では小さすぎます。10×10メートルは欲しいところです。しかし小動物は無数にいますから途方もない調査になります。
 まず沢山の生物種を正確に見分けて同定するのは、大変なことです。大勢の専門家と協力者の人手が必要です。その協力者もそれなりの知識が要求されます。石の下などに隠れている動物や泥の中にひそんでいるものもいますから、その調査区に生息する生物をすべて記録するのは不可能でしょう。可能なのは、沢山の生物のなかから10種とか20種とかを抽出して、それを重点的に調査するのであれば可能かもしれませんが、それでも大変なことです。
 いろいろ問題もあって、人為が加わるといけないから、調査区周辺の磯は立ち入り禁止の措置も必要となってきます。
 そしてそういう克明な調査を毎年30年も40年も続けて、膨大なデータを積み上げ、解析して初めて、その調査区の生物群集の動態が分かります。そこまでして、ようやく海岸の生物(動物)が減ったか減っていないかが分かってくる話ではないでしょうか? すくなくともそこまでしなければ定量的に減ったとか減らないとか言えないのが、自然科学の方法というものではないでしょうか。
 いろいろ調べているんですが、海岸の磯の動物の数十年にわたる克明な観察・調査記録は私の捜した範囲では、見当たりません。私も感覚的に情緒的に言っていますが、多くの人々も感覚的にしか言っていないのですね。そう思います。

 理科系の方に申すのは、ほんとに釈迦に説法ですが、もっとデータをふまえて定量的なことを主張したいものですね。大阪I大学の某教授を批判しているのは、理系の専門家なのに彼も感覚的な言い方で、世論を煽るようなことを主張してやたらと新聞記事にしようとしているからです。






過去の定量調査データが無い場合・・
雑草Z
    路傍の石ころさん

 こんばんは。いつも長いコメント有難う御座います。

 例えば私の家の前を流れる川・用水路兼排水路・・などの魚は、詳しく調べた定量調査などはしていませんが、10年前、20前、30年前と比べて段々減った事は十分に分かります。それは昔からずっと観察し続けているからです。昔は土だったところに三面張りを施したりして、うじゃうじゃいた魚でしたが最近は殆ど見かけなくなりました。最近はヘドロが溜まって排水溝と化してます。
 でなしNo.146 さんの池の例もguyver1092さんの三重県熊野市の海岸の例も人々が観察して感覚的に言っている事だと思いますが当たっていると思います。
 その理由は洗剤であったりダムであったり水の循環の破壊であったり、路傍の石ころさんのおっしゃるような道路工事であったり・・でしょう。

 きっと岩井崎とかも護岸工事やら何やらで土砂が盛られて磯の動物が減ったのだと思います。・・ただしそこは近所の川と違って何度も観察したわけではなく、数十年前と数年前と2回行って観た感じですから断言は出来ません。毎日観察していれば変化は少しずつですが、数十年振りに同じ場所を訪れて、あまりの変わりように驚く・・と言う事はよくある事でしょう。その自然破壊の悲しみを記事にしました。路傍の石ころさんのおっしゃるように潮位の関係もあるのかも知れません。大潮のときの干潮時に行けばもっと磯の動物がいれば、嬉しい事です。
 確かに私が海岸の生物が減った・・と思った全ての場所は路傍の石ころさんの御指摘のように道路工事や護岸工事の進んだ場所でした。そのような場所では海岸の生物が減っている・・・と言ってもいいのではないでしょうか。
 路傍の石ころさんが御指摘のように海岸に道路が無い場所ではまだ生態系がしっかりしているのかも知れません。それなら嬉しい事です。場所によっては幾つかの種が以前よりも増えたりもしている事でしょう。海辺に住んでいないので確かにそういう場所にはなかなか行く機会がありませんでした。だから、そのような場所についてははっきり言及は出来ません。でも、想像するに、汚染や周りの環境悪化でそのような場所でも昔よりは減っているところのほうが多いのではないかとは思います。

>そしてそういう克明な調査を毎年30年も40年も続けて、膨大なデータを積み上げ、解析して初めて、その調査区の生物群集の動態が分かります。

それはそうでしょうが、そこまでしなければ論じてはいけない場面は限られているでしょう。感覚で話してもいい場面のほうが普通でしょう。
 漁師が感覚的に昔よりも魚が減ったとか、私の家の周りにもホタルが飛んできたのに今は来なくなったから明らかに私の地域のホタルは減った・・とか、その手の話でも、多くの人が明らかに感じている事なら信頼に足ると思います。

>この問題は感覚的に捉えたら見誤ります。きちんとした調査が必要な話だと思います。
>海岸の磯の動物の数十年にわたる克明な観察・調査記録は私の捜した範囲では、見当たりません。

 定量的な話が出来ればそれに越した事はありませんが、
過去の定量的なデータが無いのだから、減っているとは言うな・・・では土建業者のようですね。路傍の石ころさんがそんな事主張しているとは思いませんが、観察して感覚的に明らかに減っている・・と感じた事は主張して何ら問題が無いと思います。何パーセント減った・・と言う研究論文なら、克明な調査が必要でしょうが、今回の記事の性格からしてもその必要はないと思います。自分の体験談ですしカテゴリーも【思い出】です・・。

 路傍の石ころさんも、荒らされていない生物がうじゃうじゃいるところを知っていて、そう言う場所はまだまだあるとお考えでも、(日本の)海岸全体で考えれば、様々な環境破壊により磯の動物が減っていると感じていらっしゃいますよね?
 路傍の石ころさんは島中まわって生物を観察しているのですから、どこのどの種が減っているようだとか増えているようだとか観察して感覚的に話す事もおありでしょうし、それは何ら問題のない事でしょう。
 
 磯の動物がうじゃうじゃいるところがまだまだある・・・と教えて下さって有難う御座います。落ち込んだ気持ちが救われます。この夏にでもこの目で確かめられればいいなと思います。

 余談ですが、内陸の沢ガニの生息地もどんどん減っています。・・これも定量的なデータは取っていませんが、観察して十分に感じているところです。・・・そんな折、2年ほど前に沢ガニが沢山いるところを紹介して頂き、その方や地元の子供たちと一緒に行って獲ってみたら、100匹以上獲れました。・・これだけ沢山の沢ガニがいる場所が地元に残っていて非常にうれしく思いました。・・・獲った沢ガニは、自分の家で飼いたいと言う子供2,3人が、雄雌1つがいずつ持ち帰った以外は全て元の沢に戻しました。

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2009-06-17 00:01
 生ゴミをごみ袋に入れて出す人の気が知れません。・・・まあ、都会の団地などに住んでいれば、仕方がない事なのかも知れませんが、田舎で、なお且つ自宅に住む人が、生ゴミを袋に入れて出すのは許せないものを感じます。・・・そもそも生ゴミと言う表現が間違っているのかもしれません。・・・『生の残り物、食べれない部分』・・とか言うべきでしょう。

××    ××××    ××××    ××××    ××

 私が学生時代暮らしていたアパートは、一階の部屋でアパート共通の植え込みみたいな場所があったので、そこに穴を掘って、生ゴミを埋めてました。・・・大家さんから苦情は来ましたが、「じゃあどうするんですか?」とこちらで問うたとき、「袋に入れてゴミに出して下さい・・・」などと言おうものなら、こちらで、「生ゴミをそんな事しては駄目ですよ・・・埋めれば植え込みの肥料にもなりますよ・・。」などと言い返すものだから、大家のほうでも仕方がないと思ってか「じゃあ、埋めたらすぐに土をかけて下さいね。」と言ったものです。・・・そこで私を追い出そうとしなかっただけ、いい大家さんだったのかも知れません。(笑)
 勿論一人暮らしだったので、そんなに生ゴミは出しませんでしたが、果物が好きでよく買って来ては・・大抵、スーパーではなく八百屋さんから買っていました。・・食べられる部分は全て最後まで食べて、皮や種や芯の部分だけ埋めていたものです。
 ある夏の日、ふと気付くと、埋めたプリンスメロンの種が発芽してツタが伸びて、アパートの敷地の境目の金網に絡まってました。そして、小さな小さなプリンスメロンの実がなっていました。それを大事に大事に観察して大きくなるのを待ちました。肥料は生ゴミが一緒に入っているので十分かと思いました。
 待ち焦がれていたプリンスメロンの実が大きくなった時はもうすっかり秋になっていました。10月末頃だったと思います。季節外れですがそれは仕方がありません。もともと来年なる種だったのでしょうから・・・・。

 友達を連れて来て、ずしりと重いちょっと平たいカボチャのようなプリンスメロンを包丁で切ったら、かぼちゃを切る時のように硬めな感じがしました。・・・・友達と食べたら、きゅうりみたいに甘味のない味で、青臭くて食べるに堪えないものでした。・・・結局、少し食べてから、芽を出していた元の場所に穴を掘って埋めたと思います。
・・・やはり来年発芽する筈の種だったからでしょうか?・・季節外れだったからでしょうか?・・・その時は、やはりプロの農家じゃないから肥料のやり方が悪かったのかとも思いました。・・・今に思えばF1品種だったので、種は使えなかったのかも知れません。


 学生時代は、小さな炊事場兼洗面所の三角コーナーに捨てたスイカの種が発芽して、そのまま水栽培した事もあります。途中で枯れてしまいましたが、日当たりが悪かったからかも知れません。・・その三角コーナーの下にミミズがいてびっくりした記憶もありますが、きっと排水管を逆に上って来たのでしょう。・・外に逃がしても数日後にまたいました。・・・まさか同じミミズではないと思いますが、大きさも感じも同じくらいのミミズでした。・・・それが3回くらいいたので不気味でした。普通だったら、「うわっ・・気持ち悪い・・」と言う事になるのでしょう。まあ、ミミズが台所にいた訳ですから自分もちょっと引きましたが、そんな事で殺虫剤をまく必要は全然ないでしょう。・・・生態系が豊かだった・・・と言えるかも知れません。

 最後は台所に発生したミミズの記憶の話になってしまいました。(笑)

 子供の頃から、庭に穴を掘って捨てた場所から果物や野菜が生えて来た事は何度もありましたが、スイカやメロン、ウリはみんなきゅうりのように美味くなかった記憶があります。かぼちゃは美味しく食べられた記憶があります。・・・まあどんな結果でも、埋めた生ゴミから果物が発芽しているのを見つけて育てるのは浮き浮きしたものがありました。・・・今でも時々庭に埋めた生ごみから発芽した植物を見つけると、心がワクワク致します。






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【2009/06/17 00:01】 | 思い出 トラックバック(0) |

すごい!メロン栽培
BEM
やっぱり簡単においしいメロンを作るというのは難しいんでしょうか、残念でしたね(^^;

それにしてもアパートで生ゴミ埋めるって雑草Zさんスゴい! 学生の頃から大家さんを説得するほどだったんですね。
私が一人暮らしを始めたアパートの周辺には土すらないような状況だったから、そんなこと思いもしなかったです(笑)
今はせっせと土に埋めたり、密閉型のコンポストに入れたりしてます。
土に埋めた方は数週間で跡形も無くなるのには感心してます。
ミミズも増えて土もだんだん良くなってるな〜って実感してます。

札幌市は7月1日からゴミ有料化になるので、生ゴミ対策は緊急課題のようです。


Anthony
ウチはゴーヤが生えてきました。



生ゴミは土に返しましょう。
雑草Z
    BEMさん

昔から、生ゴミをごみ箱に捨てたり、ビニールのごみ袋に入れて出す事には非常に抵抗を感じます。・・・資源の分別だとかリサイクルだとか言う以前の基本かと思います。
 生ゴミをビニールの袋に出すのなら、野山に撒いたほうがいいのでは・・・と思います。

 桃やプラム、梨などの木は、庭とかにあって放っておいても、実は小さくても美味いのに、メロンは駄目ですね・・・栄養たっぷりの生ゴミの中から出てくるのに何が駄目なのでしょうか?

>ゴミ有料化
で不法投棄が増えると嫌ですね。

BEMさん、別々の記事へ2つ連続のコメント有難う御座います。 


雑草Z
    Anthonyさん

ゴーヤですか!? 
どうやったら生えるのでしょう?

 

アナログとデジタル
団塊おやじの遺言
今朝のNHKで デジタルの際限の無い世界と
アナログの世界の違いを見る事が出来ました
生き物 人間も例えば 食事の量や欲望に 適切な限度が有りますが デジタルにはそれが無い 数字だけが際限なく膨らむ そして破綻・・デジタルは冷たい こんな血の通う話はデジタルには無縁なんですね パソコンが苦手の私 人間はアナログです デジタルから見ると 人間も数字に置き換わります 井戸端会議が好いんですよね~人間だから・・
デジタルから見られる人間になってしまった今の社会!
こんなものに 負ける訳には いかない 暖かい血が流れているんだぞ~  

解釈によって意味が変わりますね。
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 そのテレビは見ていないので、アナログとデジタルをどう定義したか分かりませんが、比喩的な意味で表現したのでしょうか?
 もともとデジタル[digital]の語源は、「指で数えられる」であり、離散的な数値
それに対してアナログは連続的な数値ですね。

>デジタルの際限の無い世界

ってどんな事を表現したのでしょうか?


限界の無い世界
団塊おやじの遺言
そうですよね 一方的で申し訳ありません
アメリカの破綻した金融機関の経営者たちは 数字だけを眺めている それは0が幾つでも増やせる世界 それに対し地球の資源や 生き物の食べる物には限界や一度に食べる量には節度がある事がアナログだと 限界があるのに デジタルでは 数字だけが 幾らでも増やせ 限界が無い世界 今の経営者たちがデジタルの目で社員や人間世界を眺めるのは危険だ! これを見て 雑草さんの 生ゴミから 芽が出たの記事を見て これこそ人間の世界と感じたもので・・決してパソコン苦手の私が 釈迦に説法の様な話じゃない事 ご理解お願いします デジタルからは 芽が発生しない・・

ドングリ
東京珈琲
僕の住んでいる寮にもチューリップとかが生えてる花壇があるんですが、そこに秋に拾った大きなドングリを植えたんです。
先月、ようやく芽が出て跳んで喜んだんです。見てるだけでなんだか癒されました。死ぬまで一緒に生きて行けたら良いのにとか思ってたんですが。
ある日、見に行ったら消えていたんです。誰かが引っこ抜いたんでしょうか。
僕は死にたくなりましたね。子供のように育てていたのに。まぁ大袈裟だと思うでしょうが。
どんな木になるのか凄く楽しみだったです。
また秋になったらドングリ植えます。
果物もいいですね。そういえば、栗から芽が出るのも見てみたいです。


うちの大家さんには、ジャガイモ、タマネギ、キュウリ貰ったりしてます。寮の隣に畑があるので。大変助かります。
都会でこんな事は難しいでしょうね。


エコとはかけ離れてますが、ブログ始めました。よかったら来てください。最近ちょっと東京珈琲気味です…。

アメリカ式マネーゲームは最低ですね。
雑草Z
     団塊おやじの遺言さん

 なるほど、そういう意味だったのですね。
この番組では「デジタル」を「実態のない仮想マネー」のような意味で使ったと言う事ですね。狂ったアメリカの金融を例えたのですね。
アメリカの金融業は本当に狂ってますね。資本主義の最低の部分の集合体です。・・・こんなものを野放しにした政府も最低だと思います。・・・マネーゲームで儲けようとする貪欲な金の亡者に社会も環境も破壊されますから、彼らは社会から一掃する必要がありますね。

  +++++++++    +++++++++   +++
余談ですが・・・
「アナログ」って言葉が「アナログ人間」だとか、「古い、時代遅れ」などと言う意味に使われるようになりましたが、これって勘違いから始まった使用法かなと思います。
 その「アナログ」に対してデジタルは、「新しい電子技術を駆使した」とか「バーチャルの」とか言う意味でその番組は使ったのかと思います。・・私の不勉強かも知れませんが、その使い方には多少違和感がありましたので、先のお返事となりました。
 先にも述べましたように「デジタル」に対する「アナログ」の意味は決して、「最新の技術」に対する「古くて時代遅れ」の意味ではないと思います。
 デジタルなものは完全再現可能ですが、アナログのほうは奥が深くて決して完全再現出来ません。その意味においての「無限」は寧ろアナログのほうかも知れません。
 ただ、生物の遺伝子などを考えると「デジタル」的な面も多く、自然をどこまでデジタル表現可能なのか・・?って考えてしまいます。


どんぐりころころ・・のこころ
雑草Z
    東京珈琲 さん


 私もブナ科の果実のドングリは大好きです。折角植えて生えてきたドングリの芽が誰かに抜かれたのは非常に残念ですね。
今度は、横に小さな名札でも立てて置いたらどうですか?・「ドングリ」とか書いて・・・
 花壇の中なら、大きくなるまでそこには置けないかも知れないし、そこは寮の花壇・・・と言う事で、東京珈琲さんも数年でそこを出るのでしょうから、鉢植えにするのも手ですね。・・・その場合、水やりと日当たりをしっかり管理しなくてはなりません。・・・私も夏の暑い時期に、ブナの鉢植えを日当たりの非常に良い場所に置いて3、4日留守にして水もやらずに枯らしてしまったと言う苦い経験があります。・・・広葉樹が夏に沢山光合成するように・・・とあんまりガンガン照りの所に置くのは良くないようです。

そこの寮の大家さん・・・寮の「管理人さん」ではなくて「大家さん」ですか?・・・は植物の面倒見がいい土いじりの好きな方のようですから、寮を出るときドングリを記念に置いて行くのもいいかも知れませんね。

 

>死ぬまで一緒に生きて行けたら良いのに

終の棲家に植えて、ご自分のお子さんやお孫さん、曾孫さんまでドングリの実で楽しませてくれて、見守ってくれるような大木になればいいですね。
・・・それまで日本、世界が滅びなければいいですね。


・・・どんぐり一個植えるだけで、色々未来の空想が広がりますね。

 最近は木の苗から植えてますが・・・苗から植えるのよりも種から植えるほうがロマンがありますね。・・・また初心に帰って種から植えてみましょう・・・ってもう植える場所かないかな・・・。 

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2007-08-07 02:07
 私の住んでいる福島県会津地方に、会津高田という町がありました。この前の平成の大合併で3町村が合併して、現在は会津美里町の一部です。そこに、伊佐須美神社という田舎にしては結構大きな神社があります。
 その敷地内だと思うのですが、神社からは離れたはずれの部分に、ひょうたんプールという名の非常に魅力的で神秘的で面白い池がありました。・・そう、プールというよりは池と呼ぶべきでしょうけど・・池というよりも自然な感じで、沢と沼という感じでした。・・・・?沢と沼?・・その理由はこれからかきます。

 子供の頃、夏場に高田町の親戚の家に行く一番の楽しみは、このひょうたんプールに行く事でした。いとこの男の子数名で、水泳パンツ一丁のような格好で行くのですが、泳ぐわけではありません。泳ぐにはちと冷た過ぎる温度です。
 
 かつて、プールとしてひょうたん形に作られたという事です。水は土手を挟んだ反対側の大川(阿賀川の支流)から、地下を通して引かれ、ひょうたんの二つのこぶの小さい方の真ん中の部分から、沸き出すように作られたとの事です。沸き出し口は、直径2mほどのコンクリで囲んであって、きれいな砂利が敷き詰められていました。湧き出してくる水は川の水よりもずっと冷たく感じられました。はじめ、プールとして作られましたが、冷たすぎて泳げなくて放置されているうちに、自然豊かな神秘的な池に変わっていったらしいのです。


 このひょうたんの小さい方のこぶは、底が石場で、沢の生物・・・カジカ(魚のほう)、沢ガニなどが棲んでいました。水が湧き出ているきれいな沢のイメージそのものでした。 
 そして、真ん中のくびれから大きいこぶ方向に水が流れ出して、こぶの下の向こう端から、小川になって流れ出していました。その大きいこぶの方は、回りにうっそうと茂った木の陰の部分が多く、底が泥で、藻が沢山浮いていて、沼の雰囲気でした。そして、いとこが会津の方言でいうところの「トゲチョ」、巣作り魚で有名な「イトヨ」の生息地でした。

 つまり、この池は、沢と沼がくびれの部分でくっついたような不思議な池だったのです。川の水が湧き出す小さなこぶ部分は、底が砂利で、沢の生物が棲み、それがくびれ部分まで続き、そこで、大きなこぶの、底が泥の部分に水が流れ出しているさまは、沢の水が沼に流れ込む感じです。そして、大きなこぶの沼部には、巣作り魚のイトヨが、群れていました・・・。

 はじめのうちは、小さいこぶの方の沢ガニやカジカとりに夢中になっていましたが、だんだん大きなこぶの沼に入って「とげチョ」を網で追うようになりましたが、トゲチョは逃げてなかなか網に入らなかった記憶があります。

 このひょうたんプールを数年前懐かしくなって見にいきました。・・ちゃんと存在したのですが、残念なことに、かつての魅力は失われていました。・・・今日も見に行きましたが濁った水で水量が多く、くびれの部分に鳥小屋が作られ小さい方の楕円には、水鳥が放され泳いでいました。周りの木も切られたのか、間引きされ、池の周りは歩けるように小ぎれいに整備されていました。川の水質の変化もあったでしょうが、何故こういうことを平気でしてしまうのでしょうか?ただのよくある公園の池に成り下がっていました
カニもカジカもトゲチョもいなくなってしまったでしょう。

 ひょうたんプールは、本当の沢や沼ではなかったけれど、沢と沼がくっついていて、その限られた部分に(プールとしては大きなプールでしょう)神秘的で野趣溢れる自然を体現していました。現在もあの状態だったら、天然記念物に指定されてもいいくらいでしょう!
 それを見事に人工のつまらない池に改修されてしまいました。
 大規模工事だけでなく、全国の小さな沢や沼でこういう酷い改修がなされているのです。


 あの、かつての神秘的なひょうたんプールの素晴らしい自然を現在の子供たちにも体験させたいものです。 
070807_1317~0002.jpg

現在のひょうたん池…普通の池にしては趣があるほうでしょうが…かつてはずっと野趣溢れる神秘の池…

070807_1316~0001.jpg

手前が水が湧き出している小さいほうのこぶ

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【2007/08/07 02:07】 | 思い出 トラックバック(0) |

感性
天地 はるな
たぶん、雑草さんの日記を読まないで、写真を見たら、いいとこだなと思うかもしれません。
でも、ほんと、鳥小屋は、ちょっといだだけませんね。
私たちの感性が違うのでしょうか。
どこも過剰な装飾をしたり、木を伐ったりします。
なにを基準にそんなことをするのかと不思議です。



かつての野趣溢れる神秘的な姿を知らない人は
雑草Z
 素敵な池だと思うかもしれませんが、かつての姿を知っている私が現在の変わり果てた姿を見たときには、愕然ときました。

 水鳥の泳ぐ小さいほうのこぶの水は、かつては透き通って沢の生き物が棲んでいました。・・もうカジカも沢ガ二もいないでしょう。
 向こうの大きなこぶには、かつては藻が沢山浮いていて、トゲチョが巣を作って泳いでいました。・・そのとげちょも、もういないでしょう。

 >過剰な装飾をしたり、木を伐ったり

するのは、感性が狂っていますね。
それだけではなく、単に税金などをつかって、業者に儲けさせたい場合もあるのでしょう。
 そのままにしていれば素晴らしい自然を、いじくりまわして滅茶苦茶にするのが人間では、悲しすぎますね。 

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2007-07-05 23:05
昔、川で泳ぐのが危険だなんて、何故騒ぎ立てたのだろう。水泳のレースなら、プールの方がいいに違いないが、泳いで遊ぶなら、プールより海が面白い。そして、海より川の方が断然面白い。
 学校にプールが完備されはじめたのは、いつ頃だろう?若しかしたら、これもゼネコンなどのプロパガンダだったかも知れない。そりゃあ、プールで泳ぐよりは、川で泳ぐ方が危険だろうけれど、川で泳ぐ事を学校教育でなされていたら、川も今ほど汚染されず、魚も沢山いて、今でもいたるところで泳げるくらいにきれいでメダカもそこここで見られたかも知れない。 
     
 私が岩手県に転校した時、小学校にプールはなく、小学校で川に連れて行かれて泳いだのを覚えている。子供心にもプールでなく川で泳ぐのは、凄いことだと思った。まだ、しっかり泳げる前だったから、流れがあって泳ぎにくい感じはしたけれど、頗る面白かった。
 小学校高学年になって、プールを作ろうと運動がおこって、寄付金まで集めてプールが出来上がった。普通の都会の学校と同じくなって、それはそれで面白かった。川で泳いだことはそれほど恋しいとは思わなかった。・・・その頃は、プールに水カマキリがよく入ってきたのがやけに印象深い。・・・急な流れや深いところがあって危険な事と、農薬などで汚染されていることで、川で泳ぐのは、都会並に禁止された。・・・・そういう流れに乗らない郡上八幡とかは、 素晴らしい!・


 私も、川で泳がなくなった。・・・流れは魅力だったが、農薬や化学薬品で汚染された川では泳ぎたくないと思った・・・。

 私が育った岩手県一関市の萩荘(はぎしょう)地区には、北上川の支流の磐井川が流れていた。小さい頃は福島県の砂や砂利の下流のような川を見て育った私にとって、岩場が多く、野趣溢れる磐井川は素晴らしいところであった。父も磐井川が好きで、よく父と自転車で出かけた。その他友達と行ったり、一人で行ったりしていた。化石が取れる場所があり、化石取りにはかなり嵌った・・・磐井川のこの化石がとれた場所を釜ヶ渕と云う。
 釜ヶ渕には遊泳禁止の看板が立ててあった。
丁度一番危なそうな場所だ。岩場が、川の下流に向かって何メートルも長く張り出していて、その下流側が恐ろしく深い。一見底なしのような深さだ。それだけではない。その川に張り出した岩場の下に穴が入り込んでいる。・・・かつて溺れ死んだ少年が、その岩場の下から出てきたなんて話も残っていた・・・。


 非常に深い渕である。近くの高専(工業高等専門学校)から、実験などの汚い廃液が流れ込んでいた。農薬だって無節操に使われていた時代だと思う。
 高校生以上になって、釜ヶ渕で泳ぎたいと思った。禁止されていたから逆らってみたいのではなく、本当に魅力的な冒険であった。恐ろしいと同時に非常に面白そうな場所であった。はじめは一人で、後に高校時代の友達二人を加えて3人で泳いだ。はじめは、突き出た岩場と下流の岸の間を横断した。だんだん慣れて来たら、底まで潜る為に漬け物石くらいの石を持って、突き出た岩場から深い渕に飛び込んだ。耳がキーンと鳴った。漬け物石から手を離すと水面に飛び出た。スリルと恐怖が同居して面白かった。意外と浅く、すぐ底まで着けた。・・・深さは3~5mくらいか?突き出た岩場の下の穴にも入ってみたが、流石にちょっと入っただけで引き返した。


×××××××××××××××××××××××××××××× 
 ある日、数人の小学生も浅瀬で水遊びや魚救いをやっていた。渕の深みで泳いでいたのは我々3人だけだったと思う。小学生が急に騒ぎはじめた。足の立たない深みで水から頭を出してみると、川岸の薮の中から、緑の小人みたいなものが飛び出して来て、我々が泳いでいる渕に飛び込んだ。何だぁ~あって、あっけにとられていると、飛び込んだ緑の生物が私からほんの数メートルの所から頭を水の上に出した。赤ちゃんぐらいの顔の大きさで、逆三角形の形で顔中緑色。私と目が合うと、おじぎのように頭をこっちに向けて垂れた。・・・こちらに向けた頭の上は、ゼリーのような質感であった。・・・これが、河童の皿だろうか?
 「河童だ!河童だ!」水辺の小学生たちが騒ぎはじめた。・・・その生物・・河童?は水に深く潜り込むと、突き出た岩場の下に入り込んだ穴の下に消えて行った。我々3人は、恐ろしくなり急いで水からあがった。それから小学生たちと岸の上からその「河童」を探したが、二度と姿を現さなかった。・・・  
 水の上で小学生の最年長らしき子供は、
「ここで溺れ死んだ人は、みんな河童に足を引きずり込まれて、尻子玉(しりこだま)を抜かれて死んだ」
とか、「岩場の下の穴はずっと続いていて、薮の中に出口がある」
とか、おじいちゃんから聞いた話とか言って、盛んにしゃべっていた・・・・。日が暮れたので、興奮冷めや
らぬまま、おのおの土産話を持って、帰路についた・・・・
××××××××××××××××××××××××××××××


 この話をすると、何故かみんな疑いもなく信じた。特に釜ヶ渕の神秘的な景色を知っている者は、
 「あそこならさもありなん」
て思ったからではないであろうか?
 私は、かなり遊び心はあって、イタズラ好きだが、虚言僻はない。
でも当時この話を聞かせた奴はみんな信じたので、いい気になって、いくつかの場面で何人かの人間にこの話をした。
 去年、家族と丁度近くを通りかかったとき、懐かしくなって、家族にもその風景を見せたいと釜が渕に行ってみた。釜ヶ渕のある河原に下りようと思ったら、降り口が閉鎖されていた。別な降り口もなくなっていた。降り口を探したが見つからず、釜ヶ渕にたどり着けないどころか、上から見ることさえ出来なかった。
 日暮れで時間もなかったので、仕方なく帰った。
色々開発が進んで、地理が変わっていた。不法投棄でもされていたら残念だ。
 どうなったか是非とも近いうちに確かめたい。
こう云う魑魅魍魎とした話って、信じないけど面白い!

 ちなみに、このカッパの話を聞いて、初めて嘘だと発言した者は・・・話を聞いている途中に彼は突然思いあたる事があって、私に次のように言い放った。

 「その時一緒に泳いでいた高校の友達って俺達の事か・・あんときのことだべ?・・じゃあ、作り話か!?(笑)しょうもねえ!!!」
 
 
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【2007/07/05 23:05】 | 思い出 トラックバック(0) |

雑草Zさん、こんばんは。
TF(霧島)
いつもどうもです。

カテゴリー「思いで」の中にありましたよ。(笑)

そうですか、萩荘は、宮城県に近いほうなんですね。。。
変わっていたのは、厳美渓の手前あたりですね。
バイパスみたいな立派の道路ができていて、
鉄筋コンクリート造りの大きな旅館、かんぽの宿
なんかができていましたね。

こちらこそ、宜しくお願いします。それでは。



萩荘
雑草Z
    TF(霧島)さん

 
 コメント有難う御座います。カテゴリー「思いで」の古い記事まで読んで戴いて恐縮です。

「萩荘」と言う言葉に吃驚!反応してしまいました。郷愁を感じる地名です。

萩荘は、一関市の南西部です。丁度厳美地区と東西に続く境界線を接しその南部に在ります。
 私が住んでいた頃は、県道だった457号線が通り、一関市内から出て宮城県の岩ヶ崎へ抜けます。分岐して栗駒ダムの方へ行く道です。
 市内から厳美渓への手前だったら、赤萩(あこうぎ)地区ではないでしょうか?

町も発展しないで昔のままであって欲しいものです。
 ・・・なんかローカルな懐かしい響きのお話です。

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2007-06-27 23:11
 幼い頃、いとも簡単にアゲハ蝶を素手で捕まえられました。

 幼い頃、庭にアゲハ蝶がよくやって来ました。花にとまったところにそっと近づいて、簡単に捕まえられました。いつも素手で捕まえては、母に自慢に見せていたものです。普通のアゲハキアゲハが多く庭を訪れ、捕まえていました。クロアゲハを捕まえたときはもっと嬉しく、カラスアゲハはさらに嬉しいものがありましたが、カラスアゲハは普通もう少し山に行かなければいませんでした。捕ったアゲハは、お菓子かなんかの紙箱に、箸で穴をあけて脱脂綿や綿に砂糖水などをつけて飼ったりしましたが、中が見えないし、蝶も、箸であけたいくつかの穴から光が差し込む以外は暗くて、嫌だったでしょう。あばれると羽がボロボロになって可愛そうでした。死んでしまうのが嫌で、1日くらい飼って逃がしていたような記憶があります。虫かごは小さすぎてあまり使いませんでした。
 
 その頃は、虫を飼う大きな小屋でもあればいいと思ったものです。でも、今思うと、囲って飼うという発想はよくありません。捕まえる必要もないでしょう。生態系はあくまで外から観察して楽しめばいいのではないでしょうか?


 昆虫採集も小学校の宿題かなんかで夏休みとかにやりましたが、注射で殺して針に差すのは好きではなく、死んでからの昆虫を整理して出していました。防腐剤を注射して殺して採集するのは反対です。無闇な殺生は良くないでしょう。

 さて、幼い頃、素手でアゲハ蝶をいとも簡単に捕まえていた私が、成人してから、子供の頃を思い出してアゲハ蝶を素手で捕まえようとした事があります。
アゲハが止まっている花に近づいたら次の花に逃げられました。またそっと追いかけたつもりですが、さらに遠くに飛んでいってしまいました。幼い頃の記憶と違い、結構難しいのです。不思議でした。子供の頃何故あんな簡単に素手でアゲハ蝶を捕まえられたのでしょうか?子供の頃は、人間の気配があまりなかったのでしょうか?


 私の通っていた小学校の近くにカラタチの木の生け垣があり、アゲハ蝶の幼虫が沢山いました。小さい幼虫は黒かった記憶があります。ある程度大きくなると、脱皮して緑色の芋虫になります。ちょっかいを出すと赤い角を出して悪臭を出します。悪臭といっても、ちょっと甘ったるいような匂いの記憶がありますが、・・・その匂いも忘れてしまうくらいアゲハの幼虫をしばらく見ていません。

 そこからアゲハの幼虫を捕ってきて、家で何度か玄関で飼いました。さなぎになって、暫くして、朝、脱皮して、アゲハ蝶がいた時には感動致しました。脱皮したばかりの蝶のなんときれいなこと!暫くして、玄関を開けると大空に飛んで行きました。      
 この感動をもう一度!とまたアゲハの幼虫を飼って、さなぎになり、暫くすると、今度は脱皮せずに、さなぎの体に真ん丸い穴が開いていました。そして、近くに黒いハチのような昆虫がいました。寄生していたハチが出て来たのです。
 なんとも言えぬ虚脱感がありましたが、そのハチも外へ逃がしたような記憶があります。

 蝶に限らず、動物でも植物でも生き物を育てる時、失敗してもそこから軌道修正するしかありません。コンピュータゲームのようにリセットは出来ません。
 人間、長い間生きて色々後悔があったりすると、リセットしてやり直したいと思うものです。でも。そんな妄想があっても、現在から修正して行かなければなりません。ごく当たり前のことです。
 生き物を飼うことをそれほど奨励は致しませんが、生き物の飼育は、、昔流行ったタマゴッチのように、人間がプログラムしたコンピュータゲームのようなシンプルなものではなく、無限のバリエーションのある、リセットの効かないものです。 
 
 子供の頃、色んな虫が好きでしたが、アゲハ蝶もそのひとつでした。
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【2007/06/27 23:11】 | 思い出 トラックバック(0) |

我が家の屋上では
cantama
度々お邪魔しますっ。
屋上やベランダの柑橘類の木にはアゲハチョウの幼虫がいます。時々すず(猫)に親蝶がやられていますがクロチョウみたいです。
我が家は東京の下町ですが近くに古い庭園もあるせいか結構いろいろやってきますよ、母親には害虫として駆除されてしまうので私が管理している屋上だけは聖域です。
と言っても鳥に食べられるのも自然ですからそのままです。

都会の屋上やベランダの木にアゲハが卵を産むって素敵ですね
雑草Z
 同日に2度のご訪問有難う御座います。

東京の下町の家の屋上やベランダの木に、アゲハチョウがやって来て卵を産むなんて素敵ですね。
 東京って、場所によっては結構緑が多いですよね。
これで、川の生態系もある程度あれば、ちょっとした里山の代わりになりますね。
 河畔林はないにしても、魚の住んでいる川や沼はありますか?ゲンゴロウは東京では絶滅したそうですね。

PS 
 私の住んでいるのは雪国ですから、家に屋上はありません。急斜面の屋根です(笑) 


nao
蝶々の幼虫ってみかんなんかの山椒系の木に多いんですよね、確か。

山椒もミカン科なんですね。
雑草Z
 アゲハの幼虫って、カラタチなどの柑橘類の葉を食べますが、何故か山椒の木にもついているので、不思議に思いネットで調べたら、山椒はミカン科と載っていました。なるほど・・匂いはちょっと違いますが・・・
 子供の頃、虫や動物には詳しかったのですが、植物は今でもあまり知りません。
新しい発見がありますね。
 ちなみに、モンシロチョウの幼虫は、キャベツに沢山ついていた記憶があります。


おから
キアゲハの幼虫はパセリが好きなのですよ。
それも、葉っぱではなく、花のつぼみの方が好きなようです。
プランターで栽培していた頃、キアゲハの幼虫とわからなくて、気持ち悪くて、つまんで捨てていました。
息子が幼稚園の頃、幼虫を何匹か持っていき、みんなで育ててましたよ。
そのうち、何匹かが蝶になったみたいで、先生も、感動しておられました。
私の人生もリセットできるといいと何度も思いました・・でも、軌道修正ですね。がんばります。
うちにはゲームはありませんが、クラスでもっていないのは、1,2人。
友達の家に遊びに行っても、ゲームで遊んでいる子が多いようですよ。びっくりですね。

昆虫観察
雑草Z
    おからさん

>キアゲハの幼虫はパセリが好きなのですよ。

ええっ・・そうなんですか?・・私のアゲハの幼虫が好く植物のイメージは、何と言ってもカラタチです。農作物に付くイメージは、キャベツの葉に付くモンシロチョウの幼虫ですね。

>キアゲハの幼虫とわからなくて、気持ち悪くて、つまんで捨てていました。

あははっ・・アゲハの幼虫は確かにグロテスクとも言えますね?・・しかし、アゲハの幼虫を知らなかった・・って若い人や女の人には結構いるのかなあ・・?虫が好きだった私は小さい頃から知っていましたから、アゲハの幼虫を知らない・・・て不思議な感じがします。


>私の人生もリセットできるといいと何度も思いました・・でも、軌道修正ですね。

実はこの記事では、アゲハ蝶の様々な思い出だけではなく、子供は動物を飼う事から、人生はリセット出来ない事を体得しなければならない・・・と言う事も隠れ主題でした。
 そう、リセットしたいと思う事って何度もありましたね。
でも動物は、リセットする事は出来ないんですよね。
 何度でもリセット出来るテレビゲームって、自然の摂理に反するゲームなのかも知れませんね?

そうですね。
おから
動物は、リセットすることはできないのに、リセットしようとする人はたくさんいますね。
死んでしまえば、リセットできると思う大人もたくさんいるのではないでしょうか?家族のことや、周りのことを考えず、自分さえ、リセットできればいいと思うのでしょうか?
きっと、病気のときは、そう思うのでしょうね。
そして、薬で、どんどん抑えて・・・
本当に、自分がどうしたいのか、どう生きたいのか、どんどんわからなくなっていくのではないでしょうか?
年をとっても、病気になっても、死ぬまで、自分らしく、いたいですね。

環境問題のリセット
雑草Z
    おからさん

 生態系も一度壊れたらなかなか元には戻りませんね。
マンモス、リョコウバト、ドードー、・・・絶滅した動物の種も枚挙に暇がありません。中国のカワイルカが絶滅したのはごく最近のお話です。毎日毎日沢山の種が絶滅しています。現代は絶滅の時代なのかもしれません。絶滅してしまった種は、二度と地球上には現れません(・・少なくとも人類が生きている間は・・・)
 現代の酷い環境問題もリセットしたいと感じる事が沢山ありますが、環境問題のリセットには、人間がいなくなることも条件でしょうね。・・・そんな事にならない為にも、早急な軌道修正が必要でしょう。それは、エコ替えのような逆効果の対策ではなく、人間活動の縮小です。


 またまたこんな前の記事に遡ってのコメント、有難う御座います。

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2007-03-03 17:09
地元で作ったものを地元で消費する地産地消。主に農産物などの食料品に使われる言葉ですが、その他広くいろんな商品にも使われています。
 最近地産地消の意識が高まり、ここ会津の地でも、地産地消の学校給食を行っている村もあるとの事です。でもそれって、ある程度昔は、普通の事だったでしょう。
 特にここ会津の地では、今でも食糧自給率が100%を超えますから、地産地消した後、残りは他で消費という形に出来るでしょう。

 地産地消自給自足と表裏一体の関係にあります。
 究極の地産地消、自給自足は、食べる時に家の周りの畑から野菜や芋を採って来て食べるという形態でしょう。・・・そこまでではなくとも、農作物を収穫してから食べる人のもとに渡るまで、調理の前の段階まで、人力以外の石油などのエネルギーを使わないのが理想です。
(勿論、生産の段階でのエネルギー投入が問題ですが、それは別な機会に・・)
 私が子供の頃、夏場には農家の方々(特に女の方々)が朝リヤカーを引いて、各家をまわって野菜や果物を売って歩いたものです。その日の朝に収穫したものをそのままリヤカーに積んで売りに来た訳です。朝早く「おはよーございます」と次々に来るので、母が「小さい子供(私)が起きるから静かにしっせ!」
などと玄関で言っていた事を懐かしく思い出します。勿論、特に声がうるさいなんて感じた記憶はありません。
 八百屋さんよりずっと安くて新鮮な野菜や果物でしたが、日が高くなってくると・・8時頃でしょうか?もっと後でしょうか?その頃になると、リヤカーに余った野菜をかなり安く投げ売りしていたものです・・余った・スイカにトマトとキュウリと茄子と全部まとめていくらとか・・懐かしいですね。

 これこそ、収穫してから食べる人のもとに渡るまで、人力以外のエネルギーを使っていません。理想の形だと思います。
 田舎のこういう形態、今だからこそ、戻れればいいと思います。・・こう言う昔の日常生活を今はスローライフなどと言って、贅沢な感じさえある訳です。
 その為には生産者だけでなく消費者の意識も大切でしょう。
 
 今回は、社会形態の考察で書くつもりが、思い出になってしまったようです(笑)
 こういう考察をしているとつくづく、(日本の)大都会は駄目だと感じます。自給自足の地産地消は無理だし、それだけでなく、回りの地域に多くの廃棄物
を放出しています。このような都市の在り方についても、近々書きたいと考えています。
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【2007/03/03 17:09】 | 思い出 トラックバック(0) |

こんばんは 
kumacom
私も幼い頃は道内の田舎にいたので、
祖父が作った沢山の野菜をいつも食べていました。
形が悪くても今の売られている野菜より、
味が濃かったように思います。
今年はベランダで何か作ってみようかと思います。

日本のスーパーでも「フードマイル」表示を始めたら良いですよね!今度又、ポスフールに意見してきます♪

味がいいだけでなく、健康にも良かったでしょうね。
雑草Z
 おじいさまが作ってくれた野菜は農薬もあまり使っていなかっただろうし、栄養もたっぷりだったでしょう。形のいい野菜を求める今のスーパーや消費者もへんですね。
 フードマイレージと言うか、
「○○産、ここから□□km」
くらいがいいと思います。でも、「○○産」で産地ブランドしか意識しない消費者ばかりでしょうね。
「こんな遠くから持ってきてるんだ、勿体無い!」
という意識になるにはまだまだですね。

だいぶ前の記事へのコメントですが・・
たびけん
こんにちは。最近知った話を少し・・。

私の地元は人口が1万に満たない、小さな田舎町です。

そんな町でも、小中学校は、わずかながらありまして、お昼には給食が出ます。
人口が少ないといっても、給食で使われる野菜などは結構な量です。
そして、その野菜はもちろん地元産のものだろう、と思っていました。
ところが、現場で働いている人にお話を伺ったところ、実は、冷凍野菜を使っているとのことでした。
地元に大量生産しているところがなく、小売店からの仕入れだと、お金が高くつくからです。
だから、使われている野菜(冷凍野菜)は、地元のものどころか、遠く離れた、静岡産だったりするのです。
さらに、あくまで『地元』にこだわるために、大きな店があっても、地元の商店組合に入っていないために、仕入れることができないそうです。

では、なぜ「冷凍野菜」は許されるのでしょうか?

残念ながら、その方は、そこまでご存知ではありませんでした。

大都会どころか、地方の田舎ですら、地産地消ができていないのです。
これからきちんと、流通システムを見直していかなければいけないと強く思います。


そういう時こそ農協の出番の筈が・・・
雑草Z
 >地元に大量生産しているところがなく

って凄くいい事だと思います。大規模農業なんて農薬付けの場合が多いですから・・・
だから、そういう時こそ農協、JAが音頭を取って小さな農家から野菜を集めて地元の小中学校の給食に食材を提供すればいいと思います。
 JAも農薬の殺虫剤や除草剤や化学肥料ばかり売ってないで、そう言った事を積極的にやるべきでしょう。
 丁度、中国製のとんでも野菜なども問題になっている今こそ、JAは、全国展開などやらずに、地域密着型の有機農法の地産地消を進めれば、再評価されるのではないでしょうか? 

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2006-10-20 19:04
 「自転車対自動車」とくれば、
今までの私の話の流れからすると、自転車と自動車のエネルギー効率や、環境負荷の話を想定されるでしょう?でも、その話は大体したし、自転車の圧勝に疑問の余地はない。そうではなくて、
 
 今回は単純に自転車と自動車のレースの話。
 ただ、しっかりしたレース会場でやるのではなく、暴走族のように、一般道での非公式レース。自転車の運転手は学生時代の私。自動車の運転手は不特定多数。(笑)  

 ルールは簡単!バイト先の塾に自転車で通うとき、同じ方向へ進む不特定多数の自動車と勝負する。1台の自動車を抜くと+1、抜かれると-1とカウン ト。これで、トータル得点が、+だったら自転車(私)の勝ち。-だったら負け。
 距離は、行く教室によっても違うが、5km~20kmくらいだったと思う。コースは、片側1車線の地方道など。片側2車線以上の国道では、車をカウントしにくいし、勝てないかも知れない(笑)と、云うより、自転車の走り安い近道を選ぶと自然に地方道になった。
時間帯は夕方のラッシュアワーが多かった。これも自転車には有利に働いた。(笑)
 帰りの夜は、21時過ぎ、0時を過ぎる事もあった。自動車もあまり通らないしバイト仲間と飯食いに行ったりして、勝負はしなかった。しても負けていただろう。(笑)

 面白い試合であった。少しずつ自動車に抜かれて行って、マイナスポイントが、積み上げられて行くが、信号待ちのところで、一挙にプラスポイントを稼ぐ。 
  -8 , -7 , -6 , -5 , -4 , -3 , -2 , -1 , 0 , +1 , +2 , +3 , +4 , +5 ・・・・ 
と、一挙に逆転だ!(笑)

自転車だったら、多少の信号無視も大丈夫(笑)
結果は・・・、いつも自転車(私)の圧勝だったと思う。よく覚えてないが、今日は+50が目標だとか、そんなレベルだったと思う。途中でカウントが分からなくなってリセットしたり・・なんか懐かしい・・・

  私は、マイカー通勤と云うものに反対だが、現実の問題として、それを厳しく実施するまでは、色々諸条件の整備が必要だ。
 しかし学生は自動車免許禁止にすぐに出来る。大学生までは簡単に出来るはずだ。高校生までは実施しているのだから。排ガス問題等にもエネルギー問題にも大変有効だろう。今すぐにでも実施するべきだ。でも、こう云う事は政府はやらんだろうな。
自動車会社も反対するだろうし、アメリカなんか高校生からOKなんだから・・と、くるだろう。
最高の環境破壊国の真似することないんだけどね。
 学生マイカー禁止       大田総理どうですか?
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【2006/10/20 19:04】 | 思い出 トラックバック(0) |

こんばんは
NAOママ
自転車・・・何だかとても懐かしい響きがします。すっかり乗らなくなって、どのくらい経つでしょうか。私も、社会人になるまで車を運転したことがありませんでした。あの頃は、充分事足りていたのです。雨の日も風の日も・・・
実は私も、自転車通勤を試みたことがあるんです。当時、職場からアパートまでは約2.5km。実家から自転車を持ってこよう!!と思い立ち、約27kmの道のりをひたすら漕ぎました。体力にはそこそこ自信のあった私ですが、20半ばを過ぎた身体は、だいぶ錆び付き、相当燃費の悪いものになっていたようです。きつかったぁ~。
今の私は・・・考えただけでもゾッとします。雑草さんの言う通り私は、最高に効率のいいエネルギーをその都度使いきることなく、脂肪という名の、燃やすには更に困難なものに形を変え、なんとひたすら蓄えていたのです。目から鱗!私のBMI指数が環境問題と繋がっていたなんて。まさに今、考えるときなのだと思っています。

先ずは近場から
雑草
 続けてのご訪問有難うございます。NAOママ さまからのコメントは、書き続ける励みになります。
 買い物だとか、近場に行くときは、歩くか自転車。これって習慣です。町の中だったら、私のようにレースしなくても(笑)自転車のほうが早いだけでなく駐車場を見つける必要もなく便利な筈です。
 買い物手さげをもって自転車でお買い物。こういう風景っていいですね。都市部のほうがまだ沢山見かけます。
 お子さんがある程度大きくなったら、一緒にサイクリングも楽しいですよ。

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2006-09-27 00:40
 小学2年の時、岩手県一関市の萩荘と云う、自然に恵まれた田舎に引っ越した。
転校してすぐ、当日か翌日あたり、新しいクラスの友達に小学校のすぐ裏の川に下る小径を案内してもらった。その小径で、水がちょろちょろ流れているところに貝殻みたいなものを見つけた。立ち止まって、その辺りの石を裏返してみたら、沢がにがいた。自分が初めて見つけたかにの住処だ。というより、沢がにそのものを初めて見たと思う。!貝殻かと思ったのはかにの脱皮した殻だったのだ。
 その場所は、田んぼが土手の上にあって、一度田んぼの水が土に染み込んで、すぐにまた土手の下から湧き出ている水だった。それでも飲めそうなきれいな水であった。実際飲んだと思う。(土のろ過の威力は凄いものだ!)その、沢と呼ぶには、本当に幅が狭くて水もチョロチョロで、下の川までも十数mくらいの範囲がかにの住んでいる場所だった。
 後からわかった事だが、沢ガニなんてそれほど珍しくない土地であったが、何せ、小学校のすぐ近く。休み時間にでも捕りに行ける。その時から、転校した自分のクラス2年A組の男子の間で、毎日毎日カニ取りが始まった。朝、休み時間、放課後・・私が朝小学校についた頃には、もう既に数匹捕まえている子供もいた。
 
 しかし、ほんの短い沢、子供たちは無邪気にも、カニを求めてその小さな沢を掘り返し、いつの間にか、かにはいなくなってしまった。どの位の期間かは覚えていない。二、三日か、一週間か一月か、確実なのは、その年というか、その春にかにはいなくなってしまった。私が見つけたばかりに絶滅してしまった。思い出す度に心が痛んだ・・・
 その後、何年かして、小さなかにをそこで見つけて安心した記憶がある。ホントに嬉しかった。しかし、夢かうつつかわからない。都合のいい記憶違いかも知れない。本当だったら凄く嬉しい・・。 

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【2006/09/27 00:40】 | 思い出 トラックバック(0) |


アルテミス
こんばんは^^お邪魔します。
百姓めざしているのにこんな時間に…なんてお叱りは無でお願いします。無理せずゆるく目指してますので!

雑草さんは、心優しい小学生時代を過ごされたのですね。
私の生まれ育った所は近くに川はありませんでしたので、その経験は羨ましいです。小学生で生き物に対して想える心を持っていたなんて偉いです。私はその頃でしたら、近所の高学年と一緒に蝉とりやクワガタとり、昆虫採取に励んでいたと思います!いつからかは解りませんが、虫達の命を大切に思うようになりました。それまでは今思うと残酷なことをしました。

今は、子供が飼育したいと言ったら、成長を踏まえて容認してますが、それ以外のときはなるべくそっとしてあげたいという感じです。畑を起こす時に結構ミミズ君とか犠牲をだすのですが、なるべくそれも起きないように作物を作る方法を試行錯誤しております。

沢がにへの拘り・・
雑草Z
    アルテミスさん

 こちらの記事へのコメントも有難う御座います。
私は幼い頃から虫が大好きでしたが、小さい頃は残酷な事もして来ましたよ。

>私の生まれ育った所は近くに川はありませんでしたので、

??・・そんなところってあるのですか?・・・もしかして都会の真ん中ですか?

 ここの<雑草の言葉>にコメント下さる方は、農作物や植物、昆虫の好きな方はいらっしゃって、嬉しいのですが、沢蟹が好きだと言うコメントはまだ戴いておりません。
 私は上の記事にあるように、小学校2年の時に沢蟹の棲みかを見つけて以来、沢蟹には非常に愛着があります。沢蟹が好きな方のコメントが欲しいと思っておりますので、今度、沢蟹の棲みかで写真を撮ってきて記事にしたいと思います。


アルテミス
こんばんは^^

都会ではなく、中途半端に田舎ってわかりますかね?
小学生や中学生の足では川の場所へいけないような地域でした。護岸整備で沢も生活排水だらけでしたし…。

沢蟹の記事、楽しみにしてますね^^

川のない地域・・?
雑草Z
 私の住んでいる(住んでいた)地域は、小さな川を含め、いたるところ川がありましたから、近くに川が無い場所って想像がつきませんでしたが、川が下水路化して、三面張りや上まで覆われた四面張りと言う事でしょうか。
 そう言えば最近は田舎町でもそのような傾向があって嘆かわしいです。・・そんな問題もしっかり取り組まなければなりませんが、(・・記事にもしてますが・・)今は脱原発です・・・。
 里山の川には、魚や蟹がいっぱいであって欲しいものです。
 

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2006-09-07 23:47
ベルリンの壁の崩壊は、その1月前くらいまで予想した人は皆無に等しい。20世紀中には無理だろうと思っていた人がほとんどであろう・・・。この事で、将来の予測なんてたとえ専門家でもあてにならない、明日、どんなどんでん返しがあるか分からないと言う事、何事も諦める必要がない事を悟った。

 そのベルリンの壁が崩壊したすぐ後、1990年の頃、ドイツを一人旅した。ベルリンの壁崩壊に希望かなにかを見いだして浮かれていたのかも知れない。
 その頃一応職には就いていたが、モラトリアムしていた私は、ベルリンの壁がまだ撤去されずに残っている間に行くべきだと漠然と感じていた。しかし他にも目的はいろいろあった。当時、量子力学をドイツに渡って研究していた友人が、物理の難問の1つ「三体問題」を解いて発表したと聞いていたので会いたいものだと旅の直前に手紙を出しておいた。それから当時私は、ドイツのへヴィーなロック、”ジャーマン メタル” にハマっていた。毎晩そんな系統のクラブに通おうと思っていた。これが一番の目的だったかも知れない。
 まあ何かと色々な理由をつけて当時マイブームだったドイツへ渡った。
 ドイツに渡る前に数日寄ったイギリスのロンドンは、着いたその日にぼったくりバーに入って散々だった。いい思い出も結構あったと思うがそれほど印象にない。逆に言えばロンドンのヒースロー空港(私の好きな Jimmy Page の父が働いていた場所)から渡ったドイツの思い出は鮮明だ。
 始めに到着したジュッセルドルフからして気に入ってしまった。道に迷っているとみんな親切に声を掛けてくれた。背の高い、聡明な瞳のドイツ女性がにっこり笑って、お登りさんのような私に、「何処へ行きたいのですか?」。ベルリン行きの列車の切符売り場まで連れて行ってくれて、時刻表まで調べてくれた。
 電車の発車時間まで立ち寄ったパブでは、樽からコップに注いでくれるオルトビールが素晴らしく美味しく、後にも先にもこんなにビールが美味いと感じた事はない。しかも、そこにいた地元の客が人なつっこく奢ってくれた。列車の切符を買ってなかったら、明け方までそのパブで過ごしたいと感じた。食べ物もロンドンのようにまずくなく、みな頗る美味い。
そんなこんなで幸先良い感じで、ジュッセルドルフに後ろ髪を引かれながらベルリンに向かう夜行列車に乗ったのは、ベルリンに早く行きたいという気持ちより寧ろ、単に一晩の宿賃を節約する為だったのかも知れない。夜中に、手紙を出しておいた彼の住むボヒェムとかいう町に着いたが、私は降りずに直接ベルリンに行くほうを選んだ・・。

 ちゃんと眠ったのかどうかは忘れたが、ガラガラだった客車は、明け方過ぎて客が増えていた。私のボックスに、中年のご夫婦と、大学院生かの若者が同席した。大学で働いているとかいうご主人と環境問題の話をし、私はゴミは100パーセント細かく分別回収すべきだ等と話していた。ご主人も同意していた。そして、もう一人同席していた大学院生だったかの学生にその事について意見を求めたら、それまで黙ってシニカルな表情で話に混ざらなかった彼は「それでは駄目だ」と言った。
 分別回収が駄目ってどう言う事?彼に、「ならどうすべきか」聞いた時に彼が発した言葉が
”produce less” 「生産を減らせ!」 
 後になって考えると、”produce” と”less”が繋がっていて”produceless”「非生産」かも知れない。
 「それでも、確かにエネルギーは使うがリサイクルも必要でないか?」などと(ムキになって?)言ったら、彼は、首を振りながら、
 「大学で環境の研究をしてきた。そこで出した結論は、環境問題は救いようがない方向に向かっている。リサイクルなんて甘い方法では解決にならない。この問題を解決出来る唯一の方法は、Produce less であるが、今の世界の経済システムではそれは、実現不可能で、それ故現状は悲惨極まりなく、私はPessimistic だ!」
 と、答えた。
 その後の議論の展開は覚えていない。そこで話は途絶えたのかも知れない・・。
その後、ベルリンに着いて、まだ完全に取り壊されずに残っていた壁の所へ行った。壁を削っていた人から壁のかけらを買った。ハイな気分の日が続き、毎日昼頃宿泊先を出て夜中まで出歩いた。ベルリンで年越しをしたような記憶がある。何日か楽しんでベルリンからハンブルクへ行って、ここでも毎晩出歩いて夜遊びした。と言うか、ほろ酔いでほっつき歩いた。クラブに通って、古っぽいブルーズやらジャーマン・メタルを楽しんだ。引き寄せられるように初めて出遭った究極のオドロオドロしいデスメタルらしきものが鳴っている壊れた人形が飾ってあるお化け屋敷のような真っ暗で歩くのも手探りのようなパブが妙に記憶に残っている。きっとドイツに行って望んだような事は色々出来て、ロンドンよりずっと充実して良かった筈だ。ドイツは頗る気に入った・・・。

 しかし後になって最もしっかり覚えていた出来事は、ベルリンへ向かう列車の中で、あの学生の発した ”Produce less”という言葉だ。当初は少し否定したかった部分もあったかも知れない。しかし、すぐに彼の洞察は的確だと確信するに至った。この時以降私の環境問題に関するスタンスは”produce less”「生産を減らせ!」または”produceless”「非生産」である。
 今の日本の様にゴミ減量のメインの解決法がリサイクルだと考えて、リサイクルの効力を信じていたら私は言うであろう。リサイクルよりも”produce less”「生産を減らせ!」

 あの彼は今だに環境問題に絶望しているのだろうか?否、きっとよりシビアーな循環型社会の実現目指して活動している様に思う。彼ともう一度話をしたい。今の私とどっちが地球の現状に、よりペシミスティックであろう?そして彼はなにか新たな方策を考えたであろうか?彼に遭っても顔は記憶にないから判らないだろうけれど・・・。
 
 確かにゴミ問題、環境問題の根本的な解決策は ”produce less”若しくは”produceless”であり、
それが最高の対策に違いない。
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【2006/09/07 23:47】 | 思い出 トラックバック(0) |
2006-08-31 23:43
子供の頃、物を捨てるのが嫌いだった。 強迫神経症的に、がらくたでも何でも取って置いた。片付かなくてどうしても捨てろと親に言われて捨てられた時、また資源として役に立つのだと自分を納得させた。当時分別回収なんてなかったが、きっと集めてから分別するのだと子供心に言い聞かせた。・・・だから、また資源に戻さずに、ただ燃やしたり埋めたりする事を知ったとき、唖然とした。私が行政に不満をもった初めての瞬間かも知れない。当時、くず屋さんと言うのもあったし、ぶたのえさとして残飯を集めてくれる人もいた。だから、まさか行政がそんな子供が普通に考えても大変な結果を生み出す事をやっているなんて思わなかった。
 当時、環境問題なんて言葉もなかったけれど、ちゃんと回収業者がいたのだ。それなのに、その回収業者のないゴミは、再利用どころか燃やしたり埋めたり・・何故か?それは高度経済成長時代と呼ぶところの『経済効率』。なんてこった!

中学に入って紙のリサイクルを中学校で試みた。回収してまとめた。先生に頼んで業者に連絡してもらったら、業者が引き取ってくれなかった。否、一部は引き取って貰ったのかも知れない。新聞紙だとか、均質の紙でないとダメと言われた。自分もそこでやめてしまった。そのゴミは私が卒業した後にゴミとして捨てられたのだろうか?当時は許されていた学校の焼却炉で燃やされたのだろうか?誰かが再挑戦してしっかり回収業者に引きとって貰っただろうか?途中でやめた自分の無責任さに、時々思い出して心が痛んだ。
  
 
 江戸時代はゴミで埋め立てなんかせずに、それこそそれぞれのゴミの回収業があったそうだ。今で言うところの分別回収があったのだ。それが普通なのだけれど、今から見れば、今よりしっかり進んでいたのだ。リユース、リサイクル率100%。明治以降も概ねそれは続いて、戦前までは、ゴミ問題は顕著化していなかったであろう。(明治から昭和初期までのゴミの分別回収について知っている人に教えて欲しい。)

 NA (Native American) もリサイクル100%だったそうだ。そう、我々黄色人種はどこでも自然と共存共栄する思想に満ち、白人社会の様に自然を開拓すべき対象とは見ていなかった筈だ。それがどうだろう!今は白人社会の方がリサイクルリユースに積極的で,(アメリカは最悪の部類)日本なんか、今だに形式だけだったり全く徹底していない。白人社会は確かに産業革命が早くて環境破壊が早く起こったからと言うのも一つの理由だけれど、白人から入った文化を鵜呑みにして、今だに悪い面を直さない。日本人も悲しい。そして、こんな日本を嫌っている筈の中国も韓国も、経済優先の点では悪い日本を見本にしている。
 黄色人種は素直で従順で疑う心が少ないのだろうか?植民地化されたから仕方がないのだろうか?植民地が終わった今でさえこんなに酷いなんて、征服されてる間に我々の思考のDNAが麻痺してしまったのだろうか?白人社会でもアメリカはいまだにひどいけれど。

 ゴミの事だけでなく、次第に悪くなる環境問題で、古き良き時代を懐かしむペーソスだけの世の中はフィクションであって欲しい。そうじゃなければ悲し過ぎてやるせない。そんな古き良き時代が来る様にオプティミズムを持って諦めないで取り組まないと・・中学時代の後悔を繰り返すのはまっぴらゴメン。
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【2006/08/31 23:43】 | 思い出 トラックバック(0) |

私も小さい頃
社枯
物を捨てるのが嫌いでした。割れてしまったペンケースやアメ・ガムの包み紙まで捨てられずに取って置いていました。
親に怒られて片っ端から捨てられましたが…。

今の時代でリサイクル率100%が実現できたらどんなに良いか…。
日本はこれまでで、経済的な面は豊かになったのかもしれませんが、そんなことよりもっと大切な事がどんどん失われていきますね…。

物を捨てられない心。
雑草Z
 物を捨てるのが嫌いというのは、現在の日本では、物の整理がつかなくて大変みたいですが、そんな使い捨ての時代が続く筈がありません。本来、物を大切に使う事はいい心掛けに決まってます。 
>割れてしまったペンケースやアメ・ガムの包み紙まで捨てられずに
 と云うところがとてもいいですね。
そう云う部分、非常に共感出来ます。同志って感じが致します(笑)。私は、勿体無い精神と共に、強迫観念もあったのですが、この部分から想像するに、社枯さんも結構強迫観念あったみたいですね?(笑)
 「使い捨て出来るくらい物が溢れて経済面が豊かになった」なんて事は、素晴らしいどころか、心が貧しすぎますね。
 精神的な事ばかりでなく、今のゴミの大量放出は、大切な資源をどんどん失い、環境汚染が進み、生物が棲めない環境になって生態系破壊、人間社会崩壊をもたらしますね。
 ただ、リサイクルはエネルギーを使うので、全てのものをリサイクルするのがいい訳ではなく、リサイクル率100%には、条件があります。そこのところは、
【リサイクル再考】シリーズ(2007年2/13~2/21)などを見て下さいね。

 <雑草の言葉>を始めた初期の頃(字の大きさも一定で、色も付けていません・・笑)の、誰もコメントくれなかった頃の記事にコメント戴き、非常に嬉しく思います。この頃は、Yahoo!ブログにいて、訪問者も非常に少なかった頃の記事です。(移転しました)

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