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2007-11-05 06:46
”環境への配慮は、先進国の気楽な金持ちにだけ許される贅沢で、貧困にあえぐ第三世界の住民にそういうものを押しつけるべきではない”
という意見はよく聞かれます。

 ジャレド・ダイアモンドは、その著書『文明崩壊』で、
こう言う意見は、おもに第三世界の実情を知らない先進国の気楽な金持ちたちの口から聞かされてきた
 と述べています。さらに彼は、環境問題と人口が増大しつつある第三世界の国々で過ごした経験から、
地元の住人たちが、人口増加や森林破壊、魚介類乱獲などのもたらす害について熟知しているという印象を受けた。彼らは身をもって、家を建てるための木材の不足、多量の土壌浸食の罰を受けている
と述べています。自然とともに生きている、「未開」に近い人々は、自然の摂理を熟知しています。森林破壊や魚類乱獲の害について、先進国のほうが科学的に研究しているからよく知っていると思うのは、先進国の自称知識人達の「驕り、勘違い」ではないでしょうか?アメリカインディアンやアイヌの例を出すまでもなく、西洋文明に蝕まれていない「未開」に近い人々は、自然の摂理を熟知して生きてきたのです。(乱獲や乱開発した古代文明はことごとく滅んでいます。)人口増加に対してさえ、シビアな問題として捉える理性を持っていたのです。 
 しかし実際、途上国の森林の方が、無秩序に伐採されているのは、日本をはじめ、先進国の身勝手な需要があるからです。ジャレドはそのことを
それでもなお伐採されるのは、腐敗した政府が村人の(ときに激しい)抗議を無視して命令を下したか、あるいは村人たちが泣く泣く、子供たちの養育費を捻出するために伐採契約に署名したという事情による
と、述べています。
 贅沢やレジャー施設のために森林伐採したり、クルーザーでフィッシングを楽しんでいる先進国の金持ちたちのほうが、よっぽど脳天気でしょう。とんでもないのは、自然破壊が原因で起こる自然災害という『罰』を受けているのは、大きな環境破壊活動を行った先進国の脳天気な人々ではなく、途上国の貧しい・・貧しくさせられた・・・人々なのです

 ジャレドの言うような、先進国の気楽な金持ちだけでなく、途上国の中でも、先進国のようになりたいと思って先進国と癒着した政府や民間の人々、逆に先進国からの借金で首が回らなくなっている自治体の人々、そして、先進国に「あこがれさせられた」先進国のような生活をしたい人々が、
「途上国に環境対策を押し付けるな!」
と、言って経済優先とばかりに乱開発して環境破壊しているのではないでしょうか?


 話は変わりますが、最近CO2温暖化対策として、途上国に原発を!!という議論が盛んになされていて、事実そういう方向で話が進んでいる例もありますが、これは全くのとんでもない話です。
それこそ、先進国の企業が巨大な利権をちらつかせて、それぞれの政府と癒着して自分達の利権のためにやっていることです。
 実質のエネルギーを産み出すとは言えない原発は世界中どこでも必要ありませんし、事故を起こさなくても確実に危険なものです。先進国でも持て余している核廃棄物を途上国で、安全に処分出来る筈がありません。途上国で原発が行われたら、処分のために先進国の補助金が出て、そこまで先進国の企業が吸収すると言う、先進国の企業を中心にした、一部の利権構造の強化が起こるだけです。途上国は取り返しのつかない事になります。原発をはじめとして途上国に押しつける CO2温暖化対策は、ほとんど先進国の利権だけのとんでも対策です。
 
 だから、この手の、似非環境対策(その問題自体が「似非」かどうかは別として、「対策」が「似非」なもの。)は、その言葉どおり
「途上国に対する非常に迷惑な押しつけ」
以外の何ものでもありません。

しかし、森林伐採、魚類の乱獲、地下資源の採掘などに対する途上国の住民の意識は決して低くはなくて、寧ろ先進国よりも高いのです。それはその深刻な被害を「身をもって」体験しているからです。

そういう途上国の環境破壊に対して原住民の人々の多くはそんなことはしたくないのに、先進国に、乱開発されているのです。

  先進国の気楽な金持ちが、
「途上国の貧しい人々は環境への配慮をする余裕がない」
と言うのは、非常に身勝手な言い分
で、先進国が多くの環境問題をかかえながら不自由のない生活を送る事が出来るのは、その問題を途上国の人々に押しつけているからに過ぎません。先進国はゴミでさえ途上国に輸出しているのですから・・

 原発などのニセ環境対策は、論外として、途上国に押しつけてるべきでないものは、
『環境への配慮』というよりも、『先進国の環境破壊のつけ』と言うべき
でしょう。
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【2007/11/05 06:46】 | 未分類 トラックバック(1) |

環境問題
yutakarlson
はじめまして。ピザテンフォーのyutakarlsonです。ジャレド・ダイアモンドの言い草、軍事問題や領土問題になると先進国的な口ぶりとなり、環境問題になると、中国はまだ後進国だからという、中国の高官のようです。ピザ宅配というと、環境問題からは縁遠いと思われがちですが、私達は紙のピザボックスそのものを、なくす運動を展開中です。詳しくは、私のブログをご覧になってください。
ピザテンフォー全店で、紙のピザボックスをなくしたとすると、年間500トン以上のCO2削減効果があります。削減量はわずかなものですが、長期的に見た場合確実にコスト削減になります。先進国の企業など、このようなことを見出しどんどん実施していくべきです。

脈絡がないですね
雑草Z
 はじめましてじゃなくて、一度、後半は似たようなコメント戴いてますよ。ほとんどスパム状態で、コメントしたことも覚えてないんでしょうね。ジャレド・ダイアモンドの言い草も何からそう思ったのでしょう?この脈絡のなさは、ナンセンスのセンスでしょうか?ただピザを売りたいだけでしょうね。こういうやり方は良くないですよ。まずいと思ったら削除して下さい。こっちで削除しようか?

 


はすざわ
↑の人(もちろん雑草Zさんは飛ばして)、CO2温暖化否定論(懐疑論)に対する否定論(懐疑論)は時々見かけますが、こういうコメントは自分は初めて見ました。
 なんか、ブログ主の言ってることとは全然違うこと&ジャレド・ダイアモンドの言ってもないことにコメントつけてて、webの世界でいう「シャドーボクシング」のお手本みたいなコメでしたね(笑)。

スパムとして削除しなかった理由
雑草Z
    はすざわさま

 本人は、適当に選んで記事もろくに読まずにコメントしているから覚えてないんでしょうけど、こちらは彼の「シャドーボクシング」(なるほど、そういう表現があるのですね)2度目なので、覚えています。
 すぐに削除しようかとも思いましたが、コメント返しして、ちょっとだけ様子みてから削除しようと思ったところ、思いがけずに、はずざわ氏の貴重なコメント戴けたので、これがこのコメントを削除しなかった結果論的な理由になりました(笑)こういう存在理由もあるんですね。

先進国、特にアメリカの搾取(少し主題から離れますが)
aguri
アメリカはオイル利権を確固とするため、以前イラン・イラク戦争時代、イラクのフセインに軍事援助をしていました。フセインがクゥエートに攻め入ると今度は、ブッシュの親父が国連に働きかけ、オイル安定供給確保のため(実際はブッシュ親子、オルブライトチェイニー副大統領、ウオルフォウィッツなど全部オイル利権企業との関わりがある)、イラク軍事攻撃をやりました。そして結果イラクの軍事能力は鎮圧され、カルザイ傀儡政権をアメリカは作ったわけです。

しかし、イスラム世界の中では、このような先進欧米諸国に反感を持つアルカイダ組織などもあり、アフガニスタン攻撃を境に、9.11テロでWTCが米国本土での初めて攻撃を受けた後、ブッシュの息子に至って、イラクのフセインを失脚させたのですが、これは中東でのパンドラの箱を開けたようなものです。テロの脅威は世界中に広まる結果となり、イランも核保有を宣言。米国との強い対立が生まれています。

さて、このような経済発展至上主義によるオイル利権確保闘争のようなものは、更なる国際紛争や戦争を引き起こしかねません。したがって、日本の立場は国際社会で大変に微妙な立場となっています。テロ特措法の問題もその一つです。

そこで、これからの人類の未来を考えた場合、このような経済発展至上主義がいつまで可能なのかだと思います。中国やインドの巨大な人口が、物質的豊かさを求めるようになっている世紀ですが、更なる環境・資源問題がエスカレートするのは確実だと思います。

したがって、日本自身が地球環境に配慮したエネルギー・資源消費効率や汚染に対する高度な技術を開発するような産業の育成の範を世界に示す必要があると考えます。そんな簡単なものじゃないとの意見は当然だと思います。ですが、今のままで世界の物質的経済発展至上主義が続くと、人類自ら自分の首を絞めることになると危機感を感じます。


nao
ピザですか(笑)。まだまだ環境を商売のネタにする人々は増えるんでしょうね(笑)。

Re: まだ先があったとは!
★文筆、部屋主**雑草---------☆管理&映像**こーき&坂番
>全く驚きの新技術ですね。

このような研究が行われてしまった事も残念ですが、それを商売にしようと言う強欲で自然の摂理を理解出来ない酷い輩がいる事が嫌ですね。それを国家も容認する勢いですから、如何に国家は大企業の傀儡かが分かりますね。

御紹介のページは、私が参考文献として挙げた
安田節子著  「自殺する種」

の内容をほぼそのまま掲載しているようです。
そして、

>これはもう損害賠償ビジネスである。

と書かれていますし、それを受けてguyver1092さんは、

>かってに飛んだ花粉による受粉で他の作物を汚染し、盗んだといちゃもんをつけて金をせびりとるための技術のようです(皮肉です)。

とコメント下さいましたが、残念ながらこれは皮肉でもブラックジョークでもありません。本書には、モンサンが、損害賠償をビジネスとして展開して、お金を沢山儲けててきたと書かれています。こんな無茶苦茶なモンサンに損害賠償を払えと判決する米司法界も多国籍大企業に牛耳られています。情けないものです。
>かってに飛んだ花粉

と言うよりも、「勝手に飛ばしている花粉」と言った方が実情に合っているでしょうね。

身勝手なシャドーボクサー達
雑草Z
    naoさま & はすざわさま


 紙のピザボックスをなくす事は悪いことではないかも知れません。でもこのピザ屋さんは身勝手で失礼ですね。記事をろくに読まずに似たようなコメントを2度もよこしたのですから・・・。

 スパムコメントは時々あり、大体削除してますが、典型的なスパムではなく、このような、内容を読んだふりして、自分の仕事の宣伝でしかない迷惑コメントは、あと数人よこしてます。

 これもその代表↓ 
【CO2温暖化が疑わしい証拠】2006-12-29
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-107.html#comment178
の最初のnakamura という方のコメントです。
やはり、全く述べていない内容にコメントした、ふざけたようなシャドーボクシングで、ある意味笑っちゃいます。

 ちょうどそこの下のほうにある ヴァルフリート という狂犬のようなコメントも、この後の記事にもいくつかきて、
自分で勝手な議論を作って シャドーボクシング しまくってます。
【気候シミュレーションは有効か?】2006-12-31
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-108.html#comment

 こんなアホな無礼者のコメントを削除しない私も・・遊んでますかね?

 でも、つい先日きた
「新井泉さんが虐待されているどうのこうの・・・」という迷惑コメントは削除しました。不気味で訳わからんし、被害妄想で自分を神と思っているパラノイアのようです。「新井泉」で検索すると・・・事実が見えてきますが・・時間の無駄です。

 シャドーボクサーは無視するか、相手をしてもほどほどに・・・(って、普通相手にしないでしょうね。) 

今日も気象異常です
aguri
日本でも気象異常ですが、今日の報道によるとメキシコのタバスコ州、80%が洪水で壊滅的らしいです。

人間の物欲は、歯止めが利かないほど不公平で、天井知らずです。しかし、私は共産主義(計画経済)を肯定しているわけではありません。明らかにベルリンの壁崩壊、ソ連邦の崩壊、そして北朝鮮など、共産主義を掲げる経済モデルは破綻しています。

ですが一方、アダム・スミスの純粋資本主義、あるいは市場主義が人類の富と環境の問題をうまく解決してくれるかと言うと、これも全くの間違いです。現実的に人類は愚かで行き着くところまで行き、痛い目に合わなければ、わからないかも知れません。

ただ一つの問題緩和要因があるとすれば、セイの法則、生産は需要を生むみたいな、無駄なものを生産する単純経済サイクルからの脱却は早急に考え直さなくてはならないでしょう。

それと雇用の形態、これも問題です。18世紀の産業革命以来、人は工場、会社での労働対価として、価値の裏づけのない、紙切れの紙幣で給与をもらい生計を立てるようになりました。しかし、この経済構造は非常に不安定でもろく、人の安定生活をもたらさなくなっていることにも気が付くべきでしょう。

発展?幸せ?
スモールイズビューティフル
発展とは、人々が物質的に豊かになった、とも言い換えられますが、

それで、本当に幸せになったのか、
考え直してみる必要があると思います。

欲しい物を手に入れても、そのうち満足できなくなり、次の物が欲しくなる。
どこまでも行ってもキリがありません。

企業がそのようなサイクルを作って、私たちを煽っているからです。

加速度的に膨張する生産活動に労働者が組み込まれて、精神をすり減らし、生活と安らぎを犠牲にしているのですから、
豊かさと引き換えに失ったものは、あまりにも大きいと思います。

そう考えると、私が子どもの頃の貧しい時代の方が、
今よりもずっと幸せだったと思います。

そもそも豊かとか貧しいとかは相対的なものですから。現代の状況だって、このまま「成長」が続けば、貧しかったってことになるんですから。

環境の話に戻れば、企業が作り出している膨張のサイクルに歯止めをかけることです。

そのためには消費者が「企業の煽りにだまされない」ことが大事じゃないですか。本当に必要なものだけ消費することです。

政治も企業がコントロールしていますから、やはり私たちがしっかりチェックしなければならないと思いますね。

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2007-07-13 22:44
動物は、みんな本能を持っています。それは時に、彼等が生き延びるために不思議なほど的確な行動をとらせます。
 肉食動物は必要以上に自分達の食料となる他の動物を殺しません。冬眠する前の熊だって、一冬分の食料以上は食い貯め致しません。本能で自分や自分の種の為に生き、それが結果として生態系の循環を作り出します。
 動物の中で本能が最も退化しているのが人間でしょうか?
 自分が一生かかっても使いきれないお金を貯めてもまだ貯めたい人間。 輸入してまで、食べきれないほどの食糧を宴席に出して、箸もつけずに捨てられている食べ物のなんと多い事・・・

 しかし、人間は、本能なのか理性なのかは分かりませんが、昔から自然の摂理に対する感覚は持ち合わせていた筈です。その感覚が壊れている人間が、最近特に増えてきたのではないでしょうか?

 自称先進国と言われている人々の余計なお世話によって、未開の原住民と呼ばれる人々は、最近めっきり減っていますが、未開人と呼ばれる人々の自然の摂理に対する感覚は、先進教育を受けた人々よりずっと的確でした。
 「生態系」なんて言葉は使わないでしょうが、実に生態系の循環に沿った生き方をしていました。
リサイクル率100%、Re-cycle と言うより寧ろ、そんな恣意的な Re- という接頭語抜きの Cycle 100%、 使ったもの、食べたもの、体を通ったもの、全て自然の循環に回す循環率100%の生活をしていたでしょう。
 
 そんな未開と呼ばれる人々でなくとも、江戸時代の日本だって循環率100%であったし、太平洋戦争前の日本人だって、自然に対する感覚を普通に持っていた人の方が多く、循環率も高かったでしょう。
 少なくとも生態系の循環をしない地下資源を、現代のように乱消費していませんでした。 

 それがいつの頃からか、全くと言えるほど自然の摂理に対する感覚のない人が沢山現れました
 例えば、都会で生まれ育った人の中には、都会だけで世の中が成り立つことが出来ると考えている人がいるのではないでしょうか?・・・そこまで愚かでなくとも、都市が成り立つためには、その都市の何倍もの大きさの郊外の田舎;農地、森林、河川や海がなければならないことを分からない人間が多いのではないでしょうか?
 生態系を循環しない地下資源を浪費することを平気でする人間、必要のないものを沢山生産し沢山消費することに不安を感じない人間・・・
 もっと身近かな具体例で言えば、 生ゴミや抜いた雑草をビニールのゴミ袋に入れて、平気でゴミに出す人は、沢山います。そうじゃない人の方が少ないかもしれません。
 若し、あなたも何の抵抗もなく生ゴミや草をビニールの袋に入れてゴミとして出すことに抵抗がなければ、自然の摂理に対する感覚が麻痺しています。・・・
 都市に住んでいる人で、住宅事情によって、やむを得ず生ゴミをゴミ袋に入れて出す人はいるでしょう。・・・しかし、そんなことをしててはいけないと、抵抗感を感じなくなっては危険です。現代は、生まれたときから生ゴミをビニール袋のゴミ袋に入れて捨てたり、地下資源を生ゴミと混ぜて捨てるのに慣れた、自然の摂理に反する行為に抵抗を感じなくなった人が増えています。大変危険な状況です。
・・都会にいる人は生ゴミ処理機を購入しよう!・・という主張ではありません。生ゴミ処理機のように、生ゴミを処理するのさえ、電気などのエネルギーを使うと言う感覚も、自然の摂理に対する感覚の麻痺でしょう。
 世の中で起きている環境破壊は、モラルハザードによるものも沢山ありますが、自然の摂理に対する感覚の欠如した人の所業に因る部分も沢山あるでしょう。だから、世界は破局に向かっているのです。
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【2007/07/13 22:44】 | 未分類 トラックバック(0) |
2007-07-11 23:20
お腹が空いている時に、食べると旨い。特に高級なものでなくても、納豆にみそ汁、白いご飯・・・粗食と云われている物や庶民的なものの方が実は旨い。毎日空腹を満たす程度に美味しいものを食べているだけでも幸せです。
 でも
 『人間は、パンのみに生きているのではなく、人生の目的がある。 
なんて言葉が常識のように現代の文明人と自ら呼いる人々の間に浸透しています。

 なんとか食っていけるだけが目標と言うの文明人はあまりいないでしょう。・・それは人間らしくない・・・などと言うかも知れません。・・・でも、そんな人がいたら逆に非常に達観した人かもしれません。・・・

 人間、必要な衣・食・住 しか望まない事は愚かでしょうか? 確かに他の動物のように食べ物などだけ求めている生き方は人間らしくないかも知れません。
 しかし、自分達を先進国と呼んでいる不遜な人々は、それ以上の事をあまりに求め過ぎます。
 必要な 衣・食・住 以外の+αのためにとんでもない事をしてきました。
 こんな言葉で夢とロマンを求め、人間が住める地球環境を破壊してきたのではないでしょうか?
 この現在の絶滅の危機がある種の『夢の達成』の結果ではないでしょうか。

 「未開の人々を文明化する」と言う名の下に
西洋の人々によって、世界の多くの原住民が西洋化させられ、時には滅ぼされてきました。実は、これは西洋人たちの支配欲だったのではないでしょうか?
 パンを食べる事以外の目標を持った自称文明人の『立派な目標』は、実は非常に世俗的な「夢」、
・・金持ちになる、名声を得る、権力を得る・・・
が多いのではないでしょうか?

 「パンのみに生きているのでない」
と言って、「崇高な目標」を持った自称先進国の文明人は、
 「パンのみに生きている」
と言われている途上国の弱い人々のパンさえ奪って、自分達の「人生の夢」を実現してきた事を直視すべきです。


 「パンのみに生きているのでない」
と言うところの、「崇高な目標」とは、持続可能な社会のために還元されるべきものでしょう。
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【2007/07/11 23:20】 | 未分類 トラックバック(0) |


nao
これですね。http://journeytoforever.org/jp/foodfirst/report/hunger/12myths.html 発展途上国の食料やエネルギーを収奪して我々、先進国民は豊かな生活を約束されています。リサイクルと言うのなら先進国の無駄を発展途上国にリサイクルせねばなりません。そして、それが出来るのは「立法府のみ」という現実があります。

立法府の改質
雑草Z
なかなか興味深いサイトのご紹介有難う御座います。一通り全部目を通させて戴きました。
 自由貿易や巨大開発という資本主義の象徴が、途上国の人口爆発、貧困を引き起こしたのですね。
 先進国のODAによる援助は、先進国の政官癒着の温床で、途上国の生活破壊です。先進国も税金の無駄使いです。

 立法府の人間の質をもっとまともにしなければ話にならないでしょうね。
 先ず、どの国も自給自足出来る国家になるべきです。 

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2007-06-29 01:02
 先日【U字溝】でも書いた通り、幼い頃雑魚取りが大好きだったからでしょうか、その頃から現在まで、川や沼、用水路から側溝、どぶを見つけると、魚を中心に、水中生物がいるかどうか確認致します。そして、魚を見つけると安心致します。
 最近はめっきり魚の数が減って来たので、危機感を持って、多少ムキになって、川魚を探して歩いています。まだ、2.3年前までは、町の中の川に、思いもよらぬ大きな鱒のような魚を見つけて安心したりしていましたが、最近はめっきり魚が減りました。

 小学校に入る以前の幼い頃、一中(第一中学校)の校舎に沿った狭い側溝に沢山魚がいたので、父母に連れられて魚取りに行った事がありました。中学校の授業中に教室の横で魚取りをして、中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんが窓からニコニコ覗いていたのが懐かしく思い出されます。・・・私の父の転勤で、中学校はずっと遠くでしたが、会津に帰ってきた夏休みに、従兄弟の小学生に雑魚取りを楽しんでもらおうと、夜に一中に網を持って行ったことがあります。その側溝に流れ込んでいるコンクリでは固めていない小さな川に、暗がりで網を入れて掬ったら、小魚・・・フナやアブラハヤが沢山取れて、従兄弟が狂ったように大声を上げて喜んだ事を今でも覚えています。あんなに沢山いた魚が・・・今ではめっきり減ってしまいました。

 家の近くを流れる辰の川・・・名前は凄いのですが、ほんの川幅1メートル強の、下流はコンクリートで固めた町を流れる短い川ですが、10年ほど前はもっと魚がいた筈なのに、今年はまだ小さなフナを数匹見ただけです。私が中学生だった頃は、沢山の魚が泳ぎ回っていて、もう中学生になって雑魚取りから引退していた筈なのに、思わず大きな網を買って雑魚取をやりました。その網が物置きに残っていて、その網で昨年あたりから魚取りをやって、魚を探しています。かわりブナも見つけられたら嬉しいものですが、そんな事言っている余裕がないほど魚がいません。

 
 水草は結構生えているのですが、魚がいません。

 本日は夕方待ち合わせをして、魚大好き少年のヒロアキ君に頼んで、猪苗代湖周辺の魚のいそうな場所を探して回りました。
国道のすぐ近くにほとんど地元の人しか知らないような結構な穴場がありました。
 雷魚がいると言う牛沼には、雷魚はいませんでしたが、大きな鯉は見つけました。しかし、大小様々な用水路には、水草こそ沢山生えていて、水もきれいなのですが、魚が見当たりません。
 硫黄採掘所から流れ出している長瀬川は、酸性が強くて魚が住めないのは納得ですが、その他の川にも見当たりません。水草の辺りを用意した網ですくっても、魚が一匹も取れません。こんな田舎の清流に魚が見当たらないのです。まだ、夏でないから?と思ってももう、6月下旬です。ドジョウや鯉など多少は魚を見つけたとは言え、沢山群れている姿を見たいと、日が暮れるまで探して、湖への河口付近ならいるだろうと、行けるだけ行ってみると、魚が沢山飛び跳ねていました。ヒロアキ少年は飛び跳ねている魚の種類をひとつひとつ教えてくれました。タナゴ、アブラハヤ、ブルーギル・・・まあ外来種も仕方ないかもしれません・・・。少しだけ安心して帰れましたが、やはり川魚の減少は否定出来ませんでした

 福島県の会津地方から新潟県に流れ込む阿賀川の魚もめっきり減ったそうです。鳥が食べてしまう為と言われているそうですが、そればかりが原因の筈は御座いません。
 日本では、川の水がきれいさを取り戻し、魚が増えている川もあるそうですが、中国の川の汚染は、酷すぎます。滅びつつある魚も多いでしょう。魚ではありませんが、揚子江の川イルカも去年絶滅したそうです。そんな犠牲の上に経済発展を続ければ、必ずしっぺがいしが来るでしょう。

 私は、純粋にこんな田舎でも川魚がいなくなっている事を悲しんでいるのですが、魚がいなくなるだけで済む筈がごさいません。生物はつづれ織りのように繋がっています。こんな生態系の破壊は、人間にも影響しない筈は御座いません。こんな田舎の会津の地の川魚がいなくなる日には、人間も滅んでいるかも知れません。

 清水の湧き出し口でもない限り、水草が茂っているのに魚のいない澄んだ水の川は不気味です。水草もなくなったらもっと悲惨です。
 
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【2007/06/29 01:02】 | 未分類 トラックバック(1) |

悲しいことですね
スモールイズビューティフル
魚がいなくなる、
魚に限ったことじゃないでしょうが、
とても悲しいことですね。

年配の人の話を聞くと、昔の川は深い渕が必ずあったし、
水量ももっとあったそうです。
郡上八幡の川でしたか、高い橋の上からの飛込みが名物になっていますが、
どこもあんな感じだったんでしょうね。

杜の都仙台の広瀬川でも、夏は枯れ川に近い状態です。
山の保水力の低下、ダムの取水、コンクリートの護岸、
中洲の取り払い、無理やりの流筋修正。

川に魚の隠れ場所がなくなり、
岸辺の木も草も虫も少なくなり、
結果、魚を養うエサがない。
これでは、魚が減って当然だと思います。

私たち人間を取り巻く自然環境の悪化に警鐘が鳴らされていますが、

生き物たちを取り巻く環境はその数倍深刻です。

雑草さんのおっしゃる通り、
自然界の生き物は全てつながっています。

この大ききなつけは、
早晩人間に回ってくると思いますね。


生態系を無視した治水工事は愚の骨頂ですね
雑草Z
 最近になればなるほど、役に立たないばかりか、ほとんど治水にもならずに、生態系も大きく破壊するお馬鹿な治水工事が多いようです。業者に仕事をあげること以外に真の目的はないようです。
 名ばかりの環境アセスをして、結局生態系を壊しているのですから、かなり野蛮な愚かな行為としかいいようがありません。21世紀にもなってとても科学的とは思えません。地元の人も喜んでいないし、利権に群がる人々しか喜んでいないようです。

 自分が子供の頃でも、自然は沢山破壊されていましたが、せめてあのときくらいの魚が川にいてくれたら、凄く嬉しいと思います。川魚は沢山群れて泳いでいました。

 余談ですが、
>昔の川は深い渕が必ずあったし、
 で思い出しましたが、私が少年時代住んでいた岩手県に、釜ヶ淵という淵があり、川に岩場が長く突き出ていて、その下が非常に深く、近くに遊泳禁止の看板が立っていました。
 遊泳禁止の理由は、深くて危険な事だと思いますが、水質汚濁もあったかもしれません。高校生くらいになって、そこで泳いだら本当に面白い事・・・。やってみたら、淵の底まで潜れました。底なしかと思ったら、底がありました。(笑)底には冷たい水が沸いていました。
川で泳げる環境って、頗るいいものです。こんな環境を取り戻せたら頗る嬉しい限りです。

ウナギ
天地 はるな
50年ほど昔は、竹で作ったモジという仕掛けでウナギをとっていました。
子供は見るだけですが・・・。
川蟹もこれでとれたし、ほんとうに豊かな川でした。

今では、ウナギは幻の魚になってしまいましたね。
護岸工事ばかりしている川をよみがえらせるために、
コンクリートを取り払うということをやって欲しいです。

責任者は出て来いって言いたいですね。



めだか
雑草Z
 最近はめだかも見られなくなってきていますが、
 昔は、めだかなんて、川に行くと、
「めだかの学校」
 の歌のようにいつも群れて沢山いて、
 珍しくもなんともなかったと思います。

 
 私は川でうなぎを見つけたことは有りませんが、
 中学時代の友達は、雨の日に道路まであがってきて這っているのを見たことがあると言っていました。
 最近TVで見たら、うなぎって本当に、水のないところまで這って歩けるんですね。。
 
 地元の人も悲しむ護岸工事、治水事業、本当にふざけています。
 税金を使って自然、生態系を破壊しているのですから許されざる行為です。

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2007-04-27 00:26
人間に限らず、生物が成長して成体に育てば、体の大きさは安定致します。さらに過剰な食べ物を食べれば太っていきます。太ってさまざまな病気になります。
 いつまでも成長を続ける生物は存在致しません。仮に、いつまでも成長を続ける生物が存在したとしても、それは素晴らしい事どころではなく、その生物にとっても、周りの生物にとっても、大変悲惨な事でしょう。
 体が大きくなり続けたら、それに伴い食料も沢山必要になるし、服もきつくなり棲家も狭くなっていきます。不便と言うような生易しい表現ではなく、悲惨と言うべきでしょう。
 周りの生物にとっては、その生き物は怪物になっていくわけですから大変な脅威です。食料をはじめ、あらゆる資源を根こそぎ持って行かれてしまいます。

 大きな体で力が強くなり、他の生物には負けなくなるでしょうが、はじめはアドヴァンテージと思っていた大きな体は、周りも破局に向かわせ、自分自身も破綻に向かっていくのです。自分で自分の首を絞めているようなものです。だから、生存競争に於いても有利とは言えないでしょう。

    
「常に成長する」と言う表現は、前向きな人を賛美する言葉としてもよく使われますが、そんなことは不可能です。人間の妄想に過ぎません。成長を続けると言うことは、決して好ましい事では有りません。それどころか、とんでもない酷い話なのです。この有限の地球に於いては、成長を続けると言うことは、危険この上ない事ではないでしょうか?

 経済でも同じ事が言えるでしょう。『経済成長』は単なる妄想、現代人の心の病です
経済成長が止まれば、世の中のいろんな仕組みが破綻して大変だ!とよく経済学者や財界人は言いますが、それは、頭が固いのです。経済成長を前提とした世の中の仕組みを作ってしまったからそうなるのです。違う価値観による違う仕組みを作ればよいのです。作らなければ破滅です。急速に破局へ向かっている経済成長はやめなければなりません

 成長から安定へ!

 安定と言う言葉は、特に若い頃はかなり抵抗のあった言葉でしたが、池でも島でも、物質や空間について(準)孤立系と考えられる所では、安定こそが生態系の持続の必要条件です。継続的な『成長』は、『破局』への道でしかありません。
安定』こそ『持続可能』と同意語でしょう。これだけ経済規模が大きくなった現代は、地球を池や島と同様に物質的には準孤立系と考えなければならないことは明らかでしょう。

 現代の経済は膨らみ過ぎて過剰なドーピング状態ですから、縮小してから安定すべきです。
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【2007/04/27 00:26】 | 未分類 トラックバック(0) |
2007-03-12 00:01
小学生の頃でしょうか?親が見ていた、旧ソビエト連邦を取材したTV番組で、集合住宅に住むソ連の家族が、水道の水が勿体ないからと、食器洗いは汲んで溜めた水で一回だけ洗い、風呂の水もかなり少なめに汲んで無理して大勢入っている様子を取材していました。この家族の主婦は、「国民として当然の事です。」みたいな事を言っていた記憶があります。
 番組を見ていた母は、「だからソ連は洗剤の付いたままの食器で食事を食べるから体に悪い」とか「政府に監視されているから、ああ言わせられるのだ」等と言ってた記憶があります。確かに政府によるプロパガンダの意味もあったろうし、TV取材と言う事もあったのかも知れません。でもその家族の様子は、ごく自然ないつもの姿に見えました。
 社会背景は分からなかったにしても、私自身は、こう言う心掛けは大切だと感じたものです。

 自分が中学生になると、お風呂に入るのが家族の中でもダントツに最後になりましたが、水がかなり減っていても、ぬるくても、(みんなに続いて入ればそんなにぬるいなんて事はなかったのでしょうけれど・・苦笑)ソ連の家族の映像を思い出し、冬には寒くてなかなか上がれないお風呂に入ったものです。・・・。無駄使いに対する罪悪感とは少し違ってたかも知れません。体を鍛えるためにやっていたのか、意地でやっていたのか、強迫観念でやったのかは、定かでありませんが、慣れれば大した事はなく、習慣化しました。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 現在読んでいる 『文明崩壊』の作者 ジャレド・ダイアモンド は、アメリカ人ですが、この本のプロローグに興味深いことを書いていました。

  - 私たちは、ほんの二、三十年前の自分達と比べても、環境被害に対する意識が格段に高くなっている。ホテルの部屋に掲げられた注意書きまでが、環境に優しくすることを呼びかけていて、宿泊客は、新しいタオルを要求したり、お湯を流しっ放しにしたりすることに罪悪感を覚える。今日、環境を損なう行為は、倫理的に非難されるべきものとみなされているのだ。- ・・(上巻 p22)

 現代の最高の環境破壊国アメリカの人々でさえ、こう言う意識が定着してきているのです。(でも、一方アメリカは、二、三十年前より一人当たりの環境破壊はずっと増えている筈ですが・・苦笑)
もっと環境意識の進んだヨーロッパの国々では、さらに意識がしっかりしている筈です。
 それに比べて日本ではどうでしょうか?ホテルでのサービスはさらに細かいところまで行き届くようになりましたが、その分不要な勿体ないサービスがさらに増えたのではないでしょうか?。宿泊者に対して環境に配慮する呼びかけなども、あまりしていないでしょう。
「何でもお申し付け下さい。サービス致します。」とか言って、畳に落ちた割り箸でも「新しいものとお取り替えいたします」と持ってくるのがサービスの常識・・・
 ・・・新しいタオルを要求したり、お湯を流しっ放しにしたりすることに罪悪感を覚える客がどのくらいいるでしょう?「どうせ料金が同じだから、ホテルではお湯をたっぷり使って、タオルもいつも新しいのを使おう!」という客の方が圧倒的に多いのではないでしょうか?
 日本人の場合、個人レベルの無駄遣いによる環境破壊に対する意識は非常に低いのではないでしょうか? 二、三十年前と比べて意識が高くなっているとは思えません。
 日本固有の言葉『勿体ない』の精神の欠如、いろいろなモラル意識の低下との関連もあるのだろうけれど、政府や企業の姿勢も酷いものがあります。つまり、『勿体ない』よりも、経済優先で環境問題さえビジネスに結び付けて、実は資源の無駄遣いになる事の多いリサイクルなどで『消費縮小』から目をそらし、『消費拡大』を続ける姿勢です。
 でも、そのような政府、企業の意識を許しているのは国民です。
無駄遣いに対する日本人の意識の低さはかなり恥ずかしい事です。
 
 ハリウッド スターがハイブリッドカーに乗って環境に優しい事をアピールする一方で自家用ジェット機に乗ったり、CO2排出削減を大々的に呼びかけている元副大統領の家が、普通の家庭の何十倍の電力を浪費していた・・・なんて言うアピールと行動との不一致もアメリカらしいけれど・・・そう言うアピールが増えて支持されると言うことは、環境破壊に対する意識は高まったと言うことでしょう。



 余談ですが、
 文明崩壊  - 滅亡と存続の命運を分けるもの
 COLLAPSE - How Societies Choose to Fail or Succeed
    Jared Diamond 著     楡井浩一 訳   
 は、アメリカのベストセラーで、上、下巻のあるぶ厚い本です。
 私は、通常ベストセラーはほとんど読みませんが、この本は昨秋、本屋の店頭で気になって購入致しました。
 読むに際し、他に優先して読みたい本が次々に現れて、そちらから繰り上げて読んでいったので、本書は未だに上巻の半分までも読んでません。作者は、生物学者だった事も有り、そういう立場からの文明崩壊論は、店頭でぱらぱら拾い読みした時は、かなり期待出来そうでしたので、購入いたしました。しかし、期待した程素晴らしい内容ではないかも知れません。アメリカの農家が日本の農家と共通する境遇で、意識もかなり共通していたりする事は、とても参考になりましたが・・・ハイブリットカーに乗るハリウッド スターや、電気を浪費するCO2温暖化脅威論者みたいなアメリカンウエイである香りもする本です(笑)。興味深く読めている部分も多いので、読み終わらないとまだ、評価は言えませんが・・・
 この本より先に優先して読んだ近藤邦明氏や槌田敦氏の本は、期待を遥かに超える素晴らしい書物でした・・・。
 
 総じて現在、日本人の環境意識はアメリカ人より低いようですが、
 日本人の書いた環境問題関連の本の中には、かなりレベルの高い本物があると実感しています。
 
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【2007/03/12 00:01】 | 未分類 トラックバック(0) |


ラグナロク
記事とは関係ない話題で恐縮ですが、今日近藤さんのHP、環境問題を考えるを見たら「雑草の言葉」がバナー付きでリンクされていました。

私も恐縮です。驚きました。
雑草Z
 年末年始に、
『温暖化は憂うべきことだろうか・・・』-考
 をシリーズで書くにあたり、現在、悪質なヴァルフリート坊や達の荒らしなどの為にコメント書き込みを中止されているアンケートのコメント欄に、
 この<雑草の言葉>で、この本を取り上げたとこを書かせて戴きました。(確かラグナログさんはそれを見て訪問して下さったのですよね。!?)
 その後、この記事などの事で近藤邦明さんに何度か質問等のメールをさせて戴きましたが、その度に非常に素早く的確なご返事を下さいました。その後、こちらのHPにリンクさせて戴く事も快く了承くださいました。

 すると、いつの間にか近藤邦明さんもこの<雑草の言葉>をバナーまで付けてリンクして下さったと言うわけです。
 早速御礼のメールを差し上げたところ、邦明氏もこの拙ブログを読んでいて下さっているとの事で、恐縮致しておる次第です。

 ところで、ラグナロクさんは、
 HP<『環境問題』を考える>は、
 どのくらい読まれましたか?
 私も、訪問は致しておりますが、この、沢山の窓の多いHPは、まだ読んでいない記事がかなり多いのです。
 多くのお門違いや似非の環境問題のHPが多い中で、これだけ質の高い環境問題のHPはないのではないかと思います。

 と、言う事で、この春は
<『環境問題』を考える>
 のリンクなどの部分を除いて、本文は一通り読破してみようと考えています。当方の拙ブログ<雑草の言葉>でも、その内容を参照させて戴いて、記事を書こうかと考えています。

 またまた、『文明崩壊』を読むのが遅れてしまいそうです(笑)。『文明崩壊』も決してつまらない本ではありません。・と、云うより興味深く面白く読める本ですが、やや冗長なのが、欠点かも知れません。・・と云うか、
 『文明崩壊』は、最近出た環境問題関連の本の中でも名著なんだと思いますが、近藤邦明氏や槌田敦氏の書かれたもののほうが、さらに、素晴らしい発見があると云うべきでしょうか!?
 HP<『環境問題』を考える>は、
 本『文明崩壊』よりも
 厚い内容で、奥が深いのでしょう。
 比較するべきものではないでしょうけれど・・  


ラグナロク
<この<雑草の言葉>で、この本を取り上げたとこを書かせて戴きました。(確かラグナログさんはそれを見て訪問して下さったのですよね。!?)

■はいその通りです。
近藤さんのホームページも例の学力の高い大学のお坊ちゃまをはじめとする輩達の荒らしにより、書き込みを遮断してしまいましたが、それも仕方ないでしょう。
近藤さんも要らないストレスに惑わされずに記事の更新をどんどんと進めていただきたいと思います。
 やはり近藤さんと連絡されていたのですね。

 さすがに近藤さんの記事全部ははっきりとは読んでいませんが、大分目を通してはいます。
 それではまだまだ理解出来ていませんが


真偽眼
雑草Z
 近藤邦明氏の<『環境問題』を考える>は、本当に数少ない真の環境問題を扱ったサイトだと思います。そんなページの閉鎖要求をする輩は、具体的にどこが矛盾しているかと言う反論なしに追い詰められたカルト教団のようにヒステリックに閉鎖要求していますね。ときどき反論する人もあまりにお門違いだったり、こじつけっぽいと感じます。
・・かく云う私も、
<『環境問題』を考える>
 の全部の内容は鵜呑みに出来ない部分もあり、どこまで信頼できるか(全部信頼出来るか)出来るだけ検証致したいと思う次第です。
 この考察はかなり時間がかかると思います。
 でも一方、環境問題総論や、公共事業等に関しては、近藤邦明氏の言うことが正しいと思っております。素晴らしい考察だと思います。
 

ダイエット・カー
TheorySurgery
ハリウッド・スターがハイブリッド・カーを乗り回すのも、なんだか、ダイエットしたい人がダイエット・コーラをがぶ飲みしているのと同じくらい違和感のある光景ですね。ファット・フリーだけどシュガーたっぷりのお菓子とか、なんてアメリカンな発想なんだろうか。本当にダイエットしたいのなら運動しましょって感じです。ゴアにもそんなアメリカンなにおいがプンプンします。しかし日本でもヘルシー系産業は盛んですな。

近藤さんのサイトは私も全部は読んでいませんが、非常に示唆にとんだ考察がなされていると思います。雑草Zさんの評を読んで『文明崩壊』も読みたくなりました。日本は「右へ倣え」でいったん空気が醸成されると思考停止に陥り、がむしゃらに突き進む悪い癖があると思います。温暖化ヒステリーはその表れかもしれませんね。近藤さんや槌田さんのような時流に流されない人たちの存在は非常に貴重だと思います。流れに乗って暴徒とかしたものに歯止めをかけるのは非常に困難なことですから。

研究にしても論文になりやすいだとか、共同研究のためとかで、大風呂敷を広げる機会が増えていると思います。応用は大事なことかも知れませんが、科学的な厳密さという点で隙ができる要因にもなると思います。企業研究や特許では怪しい言説が飛び交っているのもそのためだろうか。

アメリカンな匂い・・
雑草Z
 アメリカ人の環境対策も、多くがインチキの臭いプンプンですが、新しいタオルを要求したりお湯を流しっぱなしにすることに対する呵責を感じる人も増えて来たのも事実でしょう。アピールだけの人も沢山いる事も事実ですが・・。

 『文明崩壊』は、確かに面白く、興味深い新たな知識も得られました。それぞれ検証の方法もしっかり書いてあるのも科学者らしく好ましい点です(多少冗長になってしまうきらいはあります。)この作者のジャレド・ダイアモンドもアメリカンな香りプンプンです。

 面白いのは、ジャレドはこの本のはじめのほうに、釣りを趣味にして楽しんでいる事を書いていますが、一方槌田敦氏は、釣りは生態系を壊すから禁止にすべきだと言っています。釣りくらい・・・と思うかも知れませんが・・・私は個人的には、魚は網で取るのに賛成です。喉に針を引っ掛けて釣るのは残酷で好きではありませんので、釣りは致しません。(魚は痛みを感じないとの説も有ります・・こんな事で動物愛護を訴えている訳ではありません。)

 そんな理由でもありませんが、槌田敦氏の
『熱学外論』は、至極の名著だと感じます。『概論』でなく、『外論』である理由も素敵です。
 2部構成で、
 第2部の「応用編;自然環境と人間社会」
は、大胆な書き方ですが、環境問題の本質を突いていて目から鱗です。非常に興味深く面白く読めました。
年が明けて、まだ年のはじめのほうですが、私が今年読んだ本のベストに早くも決定でしょう。
 因みに昨年のベストは、近藤邦明氏の
 『温暖化は憂うべきことだろうか・・』です。
 『文明崩壊』は、上下2巻のまだ上巻を読んだだけですが、この1巻分より薄くて高い(ベストセラーでないので、大量印刷できないからでしょう・・笑)『熱学外論』は、一押しです。近いうちにこの本の内容もアップしたいと考えています。出来れば槌田敦氏の了承を得てから・。
 槌田敦氏の大胆な説の数々は、素晴らしい反面、疑問に思う部分もいくつかありますので、そこを確かめてみたいものです。 

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2007-01-19 01:20
昨年の秋、とある環境関係の集まりで川田龍平さんをお見かけ致しました。そのときは、お互い手作りの名刺を交換して、二言三言言葉をかわして握手しただけでしたが、彼の人懐こいけれど少しはにかんだような表情が印象的でした。そして、「持続可能な社会実現に向けて選挙に立候補してくれ」との要請に、困惑しながらも、立候補するという意志を固めた姿に非常に共感、好感を持ちました。勿論それ以前にTVなどで彼のしっかりした発言を知っていましたが、実際にお遭いしてより信頼致しました。

川田龍平さんは、薬害エイズ事件で、東京HIV訴訟の原告団に加わり、19歳のときに実名公表した、あの勇気ある方です

 今年に入り、去る1月12日に東京渋谷で、「川田龍平を応援する会」が行われるとの案内が来たので私はその時会員ではありませんでしたが行って参りました。この日は彼の誕生会でもありました。そして彼は参議院選に東京選挙区から無所属で出馬することを決めていました。当日彼は忙しくてあまりお話は出来ませんでした。しかし、彼のスピーチなども聞き、スタンスを理解致したうえで、彼を応援致したいと思います。
 薬害エイズ訴訟の時から気持ち的には応援致しておりましたが、彼の支援団体等には入ったことがありませんでした。彼は本格的に環境問題と取り組み,脱成長して持続可能な社会を目指すスタンスを持っています
そこでいただいたリーフレットに載っている彼のスローガンは7つほどありますが、そのうち3つほどをご紹介いたします。

 2.競争より共生を、格差より公正を
 3.環境と人間が大切にされるスローな社会へ
 4.将来世代に借金を残さない財政を


これだけでは伝わらない部分もあると思いますが、彼は本格的に持続可能な社会に向けて取り組んでくれる事でしょう。次の参議院選挙で彼ほど環境問題にしっかり取り組んでくれる人はなかなかいないと思います。私は東京都に選挙権はありませんが、微力ながら少しばかり応援させて戴こうと思い、ここに書かせて戴きました。
関心のある方は、彼の応援集会に是非顔を出してみて下さい。応援集会に参加しても、応援する会に入るかどうかは自由です。
川田龍平氏のHPは以下です↓
http://www.kawada.com

私は、手遅れになる前に脱経済成長し、環境優先の持続可能な社会を目指す政治に切り替わることを強く希望致します
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2007/01/19 01:20】 | 未分類 トラックバック(0) |

同感です。
天地 はるな
テレビなどでみる政治家は、政治屋です。
私利私欲のみを考える政治屋はもういりません。
環境問題は、もはや、一部の心ある人の行動では、解決できないくらい、最悪な状態になっています。
おっしゃるように、真の環境政治家を送りだす必要が私たちにはあると思います。

環境問題の本質を理解した政治家に!
雑草Z
 日本に限ったことではありませんが、ほとんどの政治家は「環境問題の本質なにか?」といった事には始めから関心がなく、専ら国の環境予算を食い物にする企業に与えることばかり考えています。だから、CDM(クリーン開発メカニズム)制度とか、CO2を海底に埋めるとか、とんでもない逆効果のことをやろうとするのです。
 そんなどうしようもない人々を相手にするのは大変ですが、川田龍平さんも、環境問題の本質を見誤らないで頑張って欲しいと願います。

環境立国
エゴ&エコ社長
ご意見同感です。
小生の意見もご覧頂ければ幸いです。

この手のコメントは・・
雑草Z
    エゴ&エコ社長 さん

 内容を全然読んでなくてもかけるコメントです。スパムと区別がつきません。ただ、自分のサイトの宣伝と解釈されます。ある意味失礼です。


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