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2016-03-29 00:01
成長の限界に近づいている、若しくはすでに成長の限界にほぼ達したと考えられる現代において、世界的な文明崩壊がいつ起こっても不思議ではないと考えられます。実際にその兆候はあちこちで見られています。それなのにいまだに経済成長に囚われた人が沢山います。「沢山」というよりも「大半」の人々と言えるかもしれません。政治家など社会を動かしている人々(世界の指導者?)の中に特に沢山いるようです。
その結果、21世紀中に・・・あと数十年で・・・世界規模の制御不可能な崩壊が始まると考えられます。


 過去の崩壊した文明に於いて、社会のエリート層が大災害の警告に対して、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチを手遅れになるまで強く勧め続けたという研究が発表されています。
以前guyver1092 さんが書かれた記事【定常社会の会計基準】2014-11-5で紹介されていた NASA出資の科学的研究に採用されたSafa Motesharri氏の研究報告によれば、
資源が乱用され、社会の経済的な層がエリートと大衆に分断されることが、社会の崩壊の原因に成りうる事を発見したとのことです。
そして、最終的にエリートがあまりにも大量に消費するために、大衆に大規模な食料不足を起こし、結局は社会の崩壊をもたらすと警告しています。

何をもって「エリート層」と定義するのかはあいまいですが、ニュアンス的には、経済的に大衆を支配している人々(財閥等)のことでしょう。・・・「エリート」という言葉のの本来のニュアンスとは違う感じもします。寧ろ「悪賢く強欲な人々」と言う表現のほうが合っているでしょう・・しかし逆に、元来「エリート」とはそういう存在なのかも知れません。
それは兎も角
多くの富を所有しているということ自体、物欲が強いと言うことであり、現在の資本主義を引っ張っている財閥やその傀儡の政治家たちをエリートと呼ぶとすれば、Safa Motesharri氏が鳴らす警鐘は、適格だと言えましょう。

もう既に、脱成長に向かって進んでいなければ間に合わない時期であるのにも関わらず、「悪賢く強欲なエリート」達によって、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチが続けられています。彼らにとって地球の資源を大量に使い、自らの財産を守るとこ、増やすことが最大の関心事であるようです。

 そして、一般大衆も、指導者の指示に従って「業務は平常どおり」続けることになります。業務を平常どおり行わなければ職を失うからです。

文明崩壊の恐怖を身に染みて分かるまで、人々は「業務は平常どおり」続ける事になるのです。・・・・そして、「気付いたときには既に遅し・・・」となってしまいます。

この期に及んで、崩壊の危機を感知できず、「業務は平常通り」行う「エリート」達に任せておけば、崩壊の大災害から免れることはほぼ不可能であり、「崩壊は予測通り」起こるでしょう。
勿論、水の供給などのように、平常通り行わなければならない基本的な業務もあるでしょうし、消防やレスキューのように、非常事態にこそ必要な業務もあるでしょう。しかし、殆どの業務は、エネルギーや資源の消費のずっと少ない持続可能な形態に速やかにシフトしていく必要があります。これまでの平常通りの業務では持続出来ないと言う事を理性で判断する事が早急に必要です。

「業務は平常通り」と、指導する「エリート」は速やかに排除すべきですし、一般大衆も「業務より大切な行動」を考えていかなければならないでしょう。
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【2016/03/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

日銀のマイナス金利
guyver1092
 最近、検索語は忘れましたが経済について検索をかけたところ、日銀のマイナス金利政策で、世界の経済の潮流が変わり、経済縮小が始まったという分析を読みました。書いていたのは、経済成長至上主義を持つ人と思われましたが、水野和夫氏の「国債の長期金利は経済成長率と一致する」との分析と同じ考えでした。
 人間の経済の基盤である地球の大きさを押しつぶすほど大きくなったため、物理的な制約により縮小が始まっていると考えます。それなのにこのことを認めず、あくまでも経済成長を促進する政策を「業務は平常通り[Business As Usual] 」的に促進することは、自滅への道を暴走することに他ならないでしょうね

Re:日銀のマイナス金利
雑草Z
>世界の経済の潮流が変わり、経済縮小が始まったという分析

その分析が当たっていれば嬉しい事です。

>あくまでも経済成長を促進する政策を「業務は平常通り[Business As Usual] 」的に促進することは、自滅への道を暴走することに他ならないでしょうね

その暴走真っただ中の日本、そして世界ですね。
バブリーな「通常業務」は早急に止めるべきですね。
このguyver1092さんのコメントの最後の一文は、私の書いた記事の最後の結論に相応しいですね。

頭を使うということ
爽風上々
私も日々痛感していることが、社会のほとんどの人が日頃はほとんど頭を使わずに日常に流されているということです。
その間に事態はどんどんと進んで(悪化して)いきます。
かつての封建時代や社会主義国家(現代の中国を含む)では庶民は考えたとしても何も動かすことはできないという状況であったことも多いのですが、現在はなんと「主権在民」であり自分たちの投票で社会を動かすことができるのです。(可能性としては、無いではないという程度)

そんなわけですから、ブツブツ文句を言うだけでなくどうすれば良いのか頭を使って考えてみれば良いのですが、簡単には行きません。

一つ問題なのは、東アジアには禅宗仏教の伝統がありそこでは考えずに働くことで悟りに近づくという思想があることです。
禅宗では「働かざるもの食うべからず」という基本思想のもと、農作業や食事の支度、掃除などすべてを修行とみなして頭を空にして高僧も皆取り組むということがあります。

どのような社会であるべきかなどということを日々考え続け、もがき続けるなどという姿勢はとても禅の境地とは相容れないのですが、さて、どちらの態度を取るべきでしょうか。

Re:頭を使うということ
雑草Z
>社会のほとんどの人が日頃はほとんど頭を使わずに日常に流されているということ

一般庶民は、日々の仕事、雑事に追われて「社会全体・環境の事は政府が考えてくれる」と思い、
 その政府の指導者(エリート)は、私腹を肥やし、目先の利益ばかり考え「業務は通常通り」

つまり、大局的な将来の事をしっかり考えている人は殆どいない状態ですね。「発展」だと思っていたものが、「崩壊の始まりだったと悟ったときには既に遅し・・・

>「働かざるもの食うべからず」

が禅宗の教えだったのですね!初めて知りました。 そう考えると無我の境地を求める禅宗も、社会を破局に導く恐れがあると言う事ですね!…新たな知識です。有難う御座います。

禅の教え
爽風上々
ちょっと不適切な引用の仕方をしてしまい、禅が社会の破局につながるといった印象を与えてしまったようで、申し訳ありません。

本当の意味での無我の境地での作業というものは社会の矛盾を考えるということとは違ったレベルの話で、禅の悟りに達した修行者は社会の不幸にも目を向けているのは当然の話です。
自らの悟りだけでそのような社会を思いやることができないのは、生半可な修行者でしょう。

作業をしながらの修行といのは、座禅での修行ばかりがあまりにも強調されすぎていたことへの批判を含めて言われてきたことです。行住坐臥(座っていても寝ていても、仕事をしていても)悟りを開くための修行をしているというものが推奨されました。
しかし、それも行き過ぎると仕事をしていればそれで良しという風潮にもつながったのでしょう。
いずれも禅宗修行者でも低レベルの話です。

まあ、日常の仕事に追いまくられて考えるべきことも考えられないというのは、そのような段階の話でもなくさらに下位の世界でしょう。
「自主的な奴隷」のようなものです。
本当は自分たちが主権者なのに。

Re:Re:日銀のマイナス金利
guyver1092
 世界経済が縮小すること自体はエコロジカルフットプリントの点から考えれば喜ばしいことです。しかし、経済システムが経済成長を目指す仕組みの中で縮小を始めれば、庶民は不幸になり、悪逆な資本家はその不満を利用して、マンガサイボーグ009に出てきたブラックゴースト団のように戦争を操って、自らのみは成長しようとするでしょう。すでにアメリカは軍需産業が儲けを出していますし、日本もこれに参加するための準備を着々と進めていますね。
 この流れを何とかするには、マイナス成長の経済システムに切り替えるしかないのではないかと考えています。

Re:禅の教え
雑草Z
 爽風上々さんの先のコメントで、

>「働かざるもの食うべからず」

が、禅宗の教えだった事、及び

>考えずに働くことで悟りに近づくという思想

が、私にとって新たな知識でした。

さらに今回のコメントの

>作業をしながらの修行といのは、座禅での修行ばかりがあまりにも強調されすぎていたことへの批判を含めて言われてきたこと

も初耳でした。言われてみればさもありなんな事ですが・・

>日常の仕事に追いまくられて考えるべきことも考えられないというのは、そのような段階の話でもなくさらに下位の世界でしょう。 「自主的な奴隷」のようなものです。

世の中このような方が非常に多いように感じます。仕事をしっかりやり、仕事で成果を挙げれば、一角の人間だと評価されると思っています。

かく言う私も、日々の雑事に追われたり、 仕事優先になってしまい、社会の不幸に目を向けても、そこまで止まりで収まる事が殆どです。それじゃあ駄目ですね。





Re:Re:Re:日銀のマイナス金利
雑草Z
>経済システムが経済成長を目指す仕組みの中で縮小を始めれば、庶民は不幸になり、悪逆な資本家はその不満を利用して・・・・・戦争を操って、自らのみは成長しようとするでしょう。

のコメントは、現状をよく分析されて、本質をえぐり出していると思われます。

>すでにアメリカは軍需産業が儲けを出していますし、日本もこれに参加するための準備を着々と進めていますね。

とんでもない方向に突き進んでいますね。文明崩壊への道です。

>この流れを何とかするには、マイナス成長の経済システムに切り替えるしかないのではないかと考えています。

マイナス金利に対する評価はまだ保留でしたが、guyver1092さんのコメントには説得力があり、マイナス金利は脱成長への必要過程なのだと考えるようになりました。
利子が付くのが当然と言う考え方は、近代、現代社会の洗脳なのでしょうね。




論旨を元に戻し
爽風上々
最初から脱線させて申し訳なかったのですが、本来の論旨について少し考えてみました。

金儲けのことばかり考えている権力者層はどうしようもないでしょうが、それに使われているのに日々の仕事に追いまくられ、本当に考えるべき人類の行く末について何も考えられない状態が問題ということでしょう。

ただし、これには相当な障害物があります。
国家の主権が民衆にあるという建前になっているところでは、一応は責任も民衆にあるのですが、そういった国ばかりではありません。
北朝鮮では人類の将来を考える先に明日生きていく道を考えるので精一杯でしょう。
中国もそれほど差があるわけではないようで、主権は共産党にあり国民はそれに従うだけです。
こういった国々では人類の将来を考える前に圧制者の打倒を考えなければなりません。

一応民主主義国家で国民に主権というものがあるという建前になっている国で、主権者たるものが何も考えていないという問題が本来のここで取り上げている主題でしょう。(ここまでで人類の60%以上は外れるようです)

しかし、現代の民主主義国家ではその全てにおいて代議制が取られており、任期3年か4年の期限が切れる前の改選が庶民と政治との関与であるのはほぼ世界的に同様です。
私がこの前から何度か話しているように、これが民主政治の大問題になっています。
ほとんど自分の思想とは異なる候補者に任せざるを得ない代議制では政治への関心も投票時だけに限られてしまうのも有りがちなものでしょう。

細かい問題を調整するだけの代議員を選ぶのは仕方ないとしても、重大な問題は直接の国民投票で決定すべきではないでしょうか。
現代ではIT技術の進歩で投票も瞬時に集計することも可能になっています。ある程度の重大問題はすべて国民投票にかけることとし、その決定には全ての議員と政府が従わなければならないとすれば、国民の政治意識もまったく違うものとなるでしょう。

たとえば、原発稼働はおそらく瞬時に不可となるでしょうし、安保法制も廃案となるでしょう。

こういった制度を確立すれば否応なしに国民の政治意識は高まると思いますが。

内戦やパナマ文書
団塊親爺の遺言
 世界の指導者たちはいつも口当たりの好い事を謳っている

そんな中、世界で一番貧しい大統領が来日した ホセ・ムヒカさん
今の権力者たち全員に爪の垢でも飲ませたいものです

内戦で死の恐怖の中で逃げ出す事も出来ない多くの難民たちを
救う事も出来ない世界 その内戦で潤う武器商人たち・・
シリアで逃げ出す事の出来ない人たちは地獄で生きている様な
ものでしよう・・人類の質が非常に堕ちて来ています

神も仏も現れないなら・・宇宙人でも良いから圧倒的な力で
この世の浄化をお願いしたいと想うのは私だけ・・
日本だけが平和なのだとは到底 思われない パナマ文書で暴かれる
人間たちは大勢いて自分さえ良ければ良しとする考えの横行
今の世界は既に救い様の無い世界かも・・


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2016-03-17 21:42
「スポーツ少年団」って、いつ頃から日本に現れたのでしょう?・・・私が子供の頃の田舎には無かったなあ・・・と考えていたらそれは記憶違いで、実は私よりも年上の従兄弟が小学生の頃から剣道の団体に所属していました。正式名称が「スポーツ少年団」かどうかは兎も角、確かにその類の団体であったと思います。第二次世界大戦後の早い時期から田舎町にもスポ少の類はあったのかも知れません。更に遡って戦前にも似たような団体はあったのやも知れません。スポ少の歴史に興味があるわけではありませんのでその事実関係は調べませんが、現在は田舎町でも、様々なスポーツ競技でスポーツ少年団のような組織があるようです。野球、サッカー、相撲、バスケットボール、水泳・・・・私はスポ少にはまるっきり興味・関心が無かったので、あまり列挙はできませんが、最近地元にも、かなりマイナーと思われる水泳の「飛び込み競技」にもそんな団体がある事を知りました。田舎町でも、多くのスポーツの競技にスポ少かそれに準ずる組織があるようです。

世間を見渡すと、スポ少に大きな価値を置いている保護者、大人が沢山います。少なくとも、テレビゲームよりは遥かに素晴らしい・・・と考える大人が多数派でしょう。
スポーツを通して体を鍛え、(社会の) ルールを学び、人間関係を学び、競争社会で生き残る逞しさを身に付け・・・・と、色々長所も謳われています。
 しかし私は、テレビゲームよりも、スポーツ少年団の活動のほうが素晴らしい、とは考えません。確かにテレビゲームは、体は鍛えられないでしょうし、頭もあまり鍛えられないでしょう。どちらかと言えば体も頭も退化するようなイメージです。社会性も身に付くとは期待できません。つまり、テレビゲームには、ネガティヴなイメージが付けられています。(体や頭が鍛えられたり、社会性が身に付くゲーム考案されているようですが・・・。)
それに対して、スポ少は社会的に認められているような風潮です。しかし、環境負荷と言う観点では、スポーツ少年団よりもテレビゲームのほうが遥かに環境負荷は小さいでしょう。テレビゲームも、ハードを作る時に資源を使い、ゲーム中は電力も消費します。それでもスポ少の活動の現状よりは遥かに環境負荷は小さいでしょう。現在のスポ少は、練習場まで車で送迎し、練習場等では大掛かりなナイター設備を使う事も珍しくありません。スポ少の活動に多くの資源とエネルギーが消費されているのです。
大会ともなると、父兄が自家用車を持ち寄って、若しくはバスをチャーターして遠くまで遠征する事も厭いません。そして、遠い場合、ホテルに宿泊して、ホテルで浪費します。基礎体力のトレーニングはするけれど、ホテルの階段はあまり使わず、専らエレベーターを使います。試合やトレーニングに行く為に多くのエネルギーを消費(浪費)するのです。
つまり、いわゆる「経済効果」も大きい点が、スポ少が社会から歓迎される一つの理由になっていることでしょう。大げさな言い方をすれば、スポ少も「経済成長主義」のオト落とし子とも言えましょう。
小さな少年の頃から、スポーツの為には、この手の資源とエネルギーの浪費行動が普通の事、いい事だと思い、罪悪感なく行動できる子供を育てているように感じます。

スポーツ選手をヒーロー視する子供も沢山います。スポ少に所属する子供たちの多くは、自分と同じ種目でプロになった人、若しくはトップクラスの選手にあこがれ、ヒーロー視します。しかし、スポーツが強い人が即、社会に貢献していると考えることには反対です。そんな風潮は頂けません。(現在、このような主張をすると、「ひねくれ者」と扱われるかと思いますが、そういう社会の風潮がおかしいと思います。)そうやってスポーツというものが絶対的な大きな価値のあるもの、社会の中心だというスポーツ偏重の社会が形成されてきました。そして、政治や災害、世界情勢のニュースを抑えて、プロスポーツやスポーツの国際大会のニュースがトップニュースとして扱われる事も一般的になっています。現代はスポーツ偏重社会と言えましょう。
現代の格差社会において、子供をスポ少に入れて子供のサポートが出来ない家庭も沢山あることでしょう。日本の子供の貧困率は16%を超えました。そういう意味では、スポ少に子供を所属させることの出来る家庭は、ある程度裕福ともいえるでしょう。そんなある程度以上に裕福な家庭の子供がスポーツ漬けの少年時代を過ごし、頭の中まで筋肉になっていくのです。
現在、スポ少のような団体は世界中で流行っているようですが、スポーツというゲームの世界に身を投じ、スポーツの勝負の世界が生活の中心となって大人になっていく子供が多いことに危惧を感じます。スポーツが単なる趣味の域を大きく逸脱していると感じます。
私の(ひねくれた)価値観からすれば、スポーツも囲碁や将棋もテレビゲームも同じゲームの範疇です。スポーツは、体が鍛えられる分「ましかな」位です。スポーツが他のゲームよりも気高いとは思えません。
スポーツの本来の姿は、人力の最大限の活用で、他の外部エネルギーは極力投入すべきではないと考えます。しかるに現在のスポーツはエネルギーをどんどん浪費しています。それだけでもスポーツの進んできた方向がおかしいと感じます。
 
学校での部活動のスポーツでもやり過ぎはよくないと感じますが、スポ少に所属し、スポーツ偏重の少年時代を過ごす少年が増え過ぎだと感じます。「塾とスポ少だけの放課後」という子供も増えてきたのではないでしょうか?危惧すべき状況だと感じます。子供はもっと自然に触れるべきですし、もっと社会問題にも対峙するべきです。子供をシビアな現実に対峙させるのは酷だと考える大人も沢山いるだろうし、私もそう感じる部分も小さくありません。しかし、そんな深刻な現実からずっと目を背け、スポーツに没頭するような大人が多数派だから、現代の深刻な問題はなかなか解決されないのでしょう。それどころか年々先送りされて肥大化しています。スポ少に子供を入れて、その活動に没頭している親の多くが3S政策に嵌っていると言えなくもないでしょう。スポ少で活躍して、社会人になれば企業戦士に育っていく・・・・そんなステレオタイプを理想としている親も多いと感じます。しかし、そんな人々がこんな住みにくい社会を作った一翼を担っているのです。現代社会は、多くの少年がスポ少の世界に没頭してられるような平和な社会ではないのです。
スポ少ブーム、スポ少奨励を好ましいとは考えません。逆に危惧を抱いております。

以上、一見ひねくれた見方でスポ少を論じさせて頂きましたが、根本に流れる考え方はここで主張した通りです。
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【2016/03/17 21:42】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

塾とスポ少
でなしNo.146
塾とスポ少が子供の頃の思い出とは少し寂しいですね。
自然に触れる機会の方が絶対に大事ですし、バランスのとれた大人になると思います。
私も塾の講師をしたことがありますが、いろいろ悩ましい事も多かった記憶があります。
おかしい事はおかしいと言える勇気や自分で考える力は塾とスポ少では伸ばせません。
暗記と団体行動も重要だと思いますが、人間として大切なことはほかにも沢山あると思います。

食料生産者以外の人々
爽風上々
最近面白い本を読みまして、ルース・ドフリースというアメリカの研究者のものなんですが、「食糧と人類」というものです。
その本によると2007年に世界人口のうちの過半数が都市生活者となったそうです。
わずか50年あまり前の20世紀中期にはそれが30%ほどだったのが大きな伸びです。
これは食料生産の効率化により生産者の必要数が減り続けているせいなのですが、そこから解放され都市に向かった人々は工業や商業、それからその他の産業に従事します。
スポーツや芸能といったまったく生産とは離れた人々も数多く存在できるのが現代の社会でもあります。
学校での成績が芳しくない人々にとってスポーツで収入を得るというのは魅力的でしょう。しかしほとんどの人にとってそれは夢でしか無いということは歴然としています。
まあ、このような時代というのもエネルギー漬けの食料生産が可能である間だけの存在ですから、また元の木阿弥の世界になるのでしょうが、過ぎてしまえば不思議な世界としか見えないのが現在の状態かもしれません。

Re:塾とスポ少
雑草Z
>自然に触れる機会の方が絶対に大事ですし、バランスのとれた大人になると思います。

全くその通りだと思います。自然の摂理を体験的に体で覚える事は重要だと思います。

大学で体育会系の学生は「体制側」と言われてましたが、スポ少に入っている子供たちは、その予備軍に感じます。

ラテンアメリカの人々は過激な人が多く感じますが、政治に関しては彼等のように、もっと積極的に関心をもって、行動を起こして欲しいと思います。

でなしNo.146さん、早々のコメント、有難う御座います。

Re:食料生産者以外の人々
雑草Z
    爽風上々さん

滞りがちになった当ブログを見捨てずに、早速のコメント有難う御座います。

>2007年に世界人口のうちの過半数が都市生活者となったそうです。 わずか50年あまり前の20世紀中期にはそれが30%ほどだったのが大きな伸びです。

何か怖い事ですね。極端な話、都市生活者は必要ありませんからね。これから反転して都市生活者は減っていくでしょう。

>このような時代というのもエネルギー漬けの食料生産が可能である間だけの存在ですから、また元の木阿弥の世界になるのでしょうが、過ぎてしまえば不思議な世界としか見えないのが現在の状態かもしれません。

仰る通りです。昨年末にアップした
【会津は物理的に独立国になり得るか?】
にも描いたように、あまり広くない自治体ごとに自給自足出来る事が、必要な時代になるでしょうね。食糧が持っている使用可能なエネルギー以上に輸送エネルギーを投入する事は馬鹿げています。



記事趣旨に戻ってスポ少
爽風上々
前のコメントはちょっと記事の趣旨から飛びましたが、スポ少ということに戻ると、身体を鍛えたいとか、礼儀を身につけたいとかいった希望を持つ親も多いかと思います。
これは競技の種類により差はあるでしょう。野球やサッカーなどプロが盛んな競技ではプロへの希望を持つ子供も多いでしょうが、その他のスポーツはそこまで期待できないということもあるかもしれません。(それでもどんな競技でもトッププレイヤーはプロではなくてもある程度生活できるでしょう)

そんな環境ですのでそれらの団体には数々の問題点があるようです。もっとも自由に子供を遊ばせられる環境でもありませんので、それよりはスポ少に入れておいたほうがまだましということかもしれません。

まあ、現在のようなエネルギーバブル文明という時代のあだ花のようなものなのでしょう。その子どもたちの将来が食物を確保するだけで精一杯となれば、子供時代のスポーツの思い出は夢の様な記憶になるのかもしれません。

Re:記事趣旨に戻ってスポ少
雑草Z
    爽風上々さん

更に記事の趣旨に沿ってのコメント有難う御座います。

>身体を鍛えたいとか、礼儀を身につけたいとかいった希望を持つ親も多いかと思います。

確かにそんな親は多いですね。喘息を直す為に水泳を始めさせたと言う親を複数知っています。


>それらの団体には数々の問題点があるようです。

スポ少の嫌らしい面はネットの話題にもなっていましたし、私も今回の記事でスポ少を批判しましたが、私のスポーツ好きな友人はスポ少に子供たちを入れ保護者会長なんかもしてかなり入れ込んでいましたが、子供たちが成人してスポ少を離れた後も保護者の付き合いは続いていて今日も先輩の還暦の祝いに行ってます。PTAの付き合いのように、子供が卒業しても一生付き合っていくスポ少の保護者も沢山いるようです(笑)それはそれでいいもんですね。

>もっとも自由に子供を遊ばせられる環境でもありませんので、それよりはスポ少に入れておいたほうがまだましということかもしれません。

確かに、昔のように子供を安心して自由に遊ばせられる環境は減って来ましたね。その方が問題かも知れません。
スポ少批判をしてきた私ですが、爽風上々さんのコメントに答えているうちに、風向きが変わって来ました。

>現在のようなエネルギーバブル文明という時代のあだ花のようなものなのでしょう。

が結論ですね。その通りだと思います。

またちょっと脱線
爽風上々
また少し論旨が離れますが、
もう人生もあとわずかな私などはどこまで世界の変化を見られるか分かりませんが、今産まれたばかりの子供が幸運にも成長し老人に達することがあるとすると、彼らは自分たちの子供の頃の世界というものをどのように思い出すかということを想像したことがあります。
(このテーマでSF小説が書けないかと思ったこともありますが、文才が乏しく無理でした)

暗い電球が一つだけ点った部屋で貧しい食事をしながら、「おじいちゃんの小さな頃はスポーツというものがあって、ボールを投げたり走ったりしたものだ」と話すと、孫達は「またおじいちゃんの昔話が始まった。そんな無駄なことできるわけないじゃない」とか言って相手にしないでしょう。
「おじいちゃんの小さな頃には夜に電球を何万個も点けて昼間のように明るくしたものだ」などは孫もまったく馬鹿にしきった反応をするかもしれません。

今生まれる子どもたちがそのような老人になるまで約70年、無事にその日を迎えられるかどうかかなり怪しいものです。

Re:またちょっと脱線
雑草Z
>今産まれたばかりの子供が幸運にも成長し老人に達することがあるとすると、

非常に重い言葉です。成長の限界による文明崩壊の時期に関して、爽風上々さんは私ほど、早急とは考えていないと思っておりましたが、そうではなかったようですね。今の子供の世代に崩壊が始まる可能性が高いと考えていらっしゃいますね。縮小社会への以降の切迫性を再認識致しました。

>今生まれる子どもたちがそのような老人になるまで約70年、無事にその日を迎えられるかどうかかなり怪しいものです。

私も同様に予測しております。


私はここのところフィクションの小説に興味関心が湧かず、読もうと思っても途中で止めていましたが、3年ほど前に石川英輔氏の『2050年は江戸時代』を久々に面白く読めました。内容が経済成長主義からの脱却とスローランディングの成功例の提示だったからです。多くの人から「暗い未来像で若者に悪影響だ」と批判されたようですが、私はこれでもかなり理想的なランディングで、この程度のスローランディングは無理で、もっともっとハードなランディングになるであろうと考えています。

>暗い電球が一つだけ点った部屋で貧しい食事をしながら、「おじいちゃんの小さな頃はスポーツというものがあって、ボールを投げたり走ったりしたものだ」と話すと、孫達は「またおじいちゃんの昔話が始まった。そんな無駄なことできるわけないじゃない」とか言って相手にしないでしょう。
>「おじいちゃんの小さな頃には夜に電球を何万個も点けて昼間のように明るくしたものだ」などは孫もまったく馬鹿にしきった反応をするかもしれません。

興味深く読ませて戴きました。「読ませどころ」のある文章になりそうですね。最高に上手くスローランディングしてもこんな感じでしょうか?

>このテーマでSF小説が書けないかと思ったこともありますが、

今の時代に最も必要な未来予測SF小説だと思います。
是非とも書いて世に出して欲しいと願います。書くべきだと思います。期待が高まります。私も文章に自信はありませんが、同じテーマで書いてみたいところです。

文才の欠如
爽風上々
50年後の世界というSF小説は場面や登場人物まで考え、幾つかのエピソードも浮かんできたのですが、読ませる文章を書くという文才は持ちあわせておらず、諦めました。
このアイディアは差し上げますのでどうか立派な文章にしてやってください。

ちなみに、幾つかのエピソードのうちには、「小川を利用する小規模水力発電で部落の各家庭にわずかずつの電力を供給するが、渇水期には停電が相次ぎ、管理担当者の主人公が苦境にたつ」とか、「村一番の大金持ちが金にあかせて最後の自動車を乗り回し、子供がはねられる」とか、「真っ暗な家の中での夕食で爺さんが昔話で神戸などのイルミネーションの話をするが孫も子供も相手にしない」といったものを考えていました。

しかし、細かい人間関係などを会話でリアリズムの色付けをするというのが私の最も苦手とするところで、何とも残念です。

Re:文才の欠如
雑草Z
随分具体的な場面や登場人物、エピソードまで考えていらっしゃったのですね。
 ブログの記事も量産されている爽風上々さんですので、文章はすらすら書けますね。(このブログの更新を見て頂ければ分かる通り、当方は愚図です。)

>細かい人間関係などを会話でリアリズムの色付けをするというのが私の最も苦手とするところ

なるほど、それは大変な作業かも知れません。それなら、爺さんなり孫なり、一人の人間を主人公としてその人の目を通した「主観」で書くのはどうでしょうか?若しくは、あんまり「小説然」として書かなければいいかも知れません。


今の時代に非常に必要な未来予測SF小説だと確信致しました。是非とも世に出したいですね。

>このアイディアは差し上げますのでどうか立派な文章にしてやってください。

有難う御座います。愚図な私ではいつになるか、完成出来るやも分かりませんが、・・・それ以前に手を付けられるかも分かりませんが・・考えてみようかと思います。「その気」が湧いてきました。爽風上々さんも是非再度御検討下さい。

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2016-02-13 21:40
今の世界の経済のシステムは複雑に出来ていて、経済学者、エコノミストに解説して貰わなければ良く判らない・・・と思われがちです。・・・世界には沢山のエコノミストがいて、大学の経済学部にも毎年沢山の学生が入学しているのですから、現代の経済は一筋縄ではいかない事は確かかも知れません。
『金融工学』なんて学問も流行っていました。(今でも流行っているのか、流行らされているのか分かりませんが、)初めてその言葉を聞いた時は「何で経済が工学なんだ?」って思った人も多かった事でしょう。
でも、経済学者、エコノミストの解説を聞いて現在の経済システムに納得がいくもので人はどのくらいいるのでしょうか?・・・現代経済システムに納得した人の殆どは、騙された、若しくは洗脳されたと考えています。何故なら現在の資本主義の経済システムは不公正と矛盾に満ちていますから・・。『金融工学』なんてその典型例でしょう。必要のないまやかしだと考えています。

経済はシンプルに考えるべきであると思いますし、シンプルに考えられるものでなければおかしいと思います。本質は至ってシンプルなものでしょう。

では何故現代の経済は複雑に見え、複雑に語られるのでしょうか?・・・その答えも至ってシンプルだと思います。それは、お金を更に増やしたい、お金で色々な世界を支配したいとの欲望を持っている人々が築いてきたシステムだからです。財閥、資本家が更に儲ける為に仕組んだまやかしであり、矛盾をどんどん上積みしていったからでしょう。矛盾に矛盾を重ね・・・詐欺的嘘を嘘で上塗りして、ばれないようにどんどん複雑に見せていった・・・これが現代の資本主義経済が複雑に見せられている本質でしょう。強欲な資本家が、もっと儲ける為に理に適わない事に理屈をつけているから、複雑に見える(見せている)のでしょう。

大学の経済学部の多くの学生が、そのまやかしの理論に洗脳されて、この矛盾に満ちたペテン社会の企業戦士となって行くのです。そんな経済学なら学ばない方がまし・・・かも知れません。複雑化されて騙され、洗脳された経済学部出身者は、近視眼的には現代社会に必要な人材と言われるのでしょうけれど、この矛盾に満ちた社会を支えて、更に不公正な社会を作る事に加担している事になりましょう。
長い目で見れば、不公正を助長し文明崩壊に進む推進力を荷っていると言えましょう。


そんな経済学部の学生、学者の中にも、昔からその矛盾に気が付いている学生も沢山いて、その中の一部の人々は現代資本主義社会の矛盾、不公正を世に発信しています。
私の乏しい知識から現代資本主義経済の大きな矛盾を指摘している経済学者を挙げさせて頂けば、カール・ポランニー、シルビオ・ゲゼル・・・(カール・マルクス、フリードリッヒ・エンゲルスは揚げないでおこうと思います。)日本で言えば、玉野井芳郎、室田武、多辺田政弘・・・(きっと)枚挙に暇はないでしょう。

現代社会を支える経済理論は矛盾に満ちた不公正なものですから、必ず破綻する筈です。
(と言うか、既に破綻していて、それを多くの御用学者達が必死で誤魔化して支えている積りでいる、まだこんな不公正な資本主義を無理に続けようとしているのが現代社会でしょう。

経済はもっとシンプルで分かり易い、理に適うものであるべきです。

現代はそんなオルタナティヴな経済学を提唱する人々が次々に現れて、パラダイムシフトにあと数歩・・・と言うところなのではないでしょうか?


関連記事 【経済学に疎くても】 をかなり以前に書いています。
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【2016/02/13 21:40】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

単純な部分複雑な部分
guyver1092
 単純な部分
Q地球という閉鎖された空間の中で拡大再生産を正義とする資本主義が存続できるか?
A不可能なのは、四則計算でもわかります。

 複雑な部分
Q明日から一年後ぐらいまでの期間に、どの株を買えば儲かるか?
Aとてつもなく複雑な計算式と、膨大なデータを処理してでないと分かりません。


Re:単純な部分複雑な部分
雑草Z
    guyver1092さん

またまた、風刺の効いたブラックジョーク有難う御座います。

単純な部分は納得ですが、複雑な部分は、
他の人間の思惑もあるから、いくら計算しても必ず儲かる株は分からないでしょうね(笑)

まあ、要するに、労せず儲けたい輩が経済を複雑に考え、複雑に見せかけていると言う事ですね。

>とてつもなく複雑な計算式と、膨大なデータを処理して

も、社会にとっては役に立たないばかりか、害毒でしょうね。
それが金融工学の正体でしょう。

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2016-01-17 20:52
世間では、次々に新たな造語が作られていきます。その中には頻繁に使われ、流行語になるものもあります。そして流行語大賞と言う賞もあります。過去の流行語大賞を見てみると、あんまり上手いとは思えない言葉や、ピンとこない言葉も多々あります。素晴らしい、言い得て妙な「これぞ!」と言う表現の言葉はあんまり見当たりません。
ところが先日、ネットを見ていたら、言い得て妙な「これぞ!」という造語を見つけました。それは、ある女子高から流行り始めた言葉だそうで
「安倍過ぎる」
です。意味は安倍首相を支持するかしないかによって、ポジティブなものからネガティヴなものまで色々想像出来るでしょうが、(ネガティブなもののほうが圧倒的に多いと思われますが・・・)

1. 馬鹿すぎる。
2. 他人の話が聞けない。
3. 聞かれたことに答えない。
等複数の意味・・・だそうです。


ソースがはっきりしないので出どころが本当に女子高かどうかは定かでは無いようですが、本当に高校生の間で流行っているとすれば、高校生の感性も鋭いというかまともと言うか、良識的と言えましょう。
18歳からの選挙権に対しては、あまり賛成ではありませんでしたが、「安倍過ぎる」なんて造語を作る高校生は、国会で何が行われているかをしっかり見ていると思えます。そんな18歳なら投票権があってもいいかと思えます。

安倍首相に対する誹謗中傷だとかいう見解もありますが、あんな答弁をする安倍首相に非はあるでしょう。
実際、国会での安倍総理の答弁は、都合が悪くなっったり応えられなくなると、
まともに返答せずに、話をすり替えたり、聞かれてもいない持論を滔々と繰り返します。
レベルの低さ、恥をさらけ出しています。あんな答弁が許されていい筈がありません。
地方の町村の議会、否、小中学校の学級会でさえも、あんな答弁をしたら「ちゃんと答えろ!」、「話しを誤魔化すな!」、「ふざけるな!」・・と非難の嵐でしょう。あまりに稚拙で卑怯な答弁です。日本の国会で堂々とあんな答弁が行われている事を国民として恥かしいと感じます。あれを観た良識ある高校生は驚き呆れる事でしょう。あんな事を言う様がTVの国会中継で全国に放映されても首相として恥ずかしくならない感性には呆れるばかりです。

~余談ですが
この造語が広まるのを阻止しようとする勢力があるようです。・・・いわゆるネット右翼達でしょうか。・・・火消に躍起です。
「他人の話を聞かなかったり聞かれたことに答えないのは、安倍首相では無く、質問している野党だとか左翼だ」とか書き込みます。そのくせ具体例は挙げられません。
「『安倍過ぎる』という言葉は、検索にかからないから、使っている人は殆どいない」とかも書き込まれていました。・・・驚いたことに、先日は検索に沢山出てきたのに、後日検索に全く引っかからないサイトも出てきました。検索サイトによっては全く出て来ません。ネット検閲は確かに行われており、逆SEO対策を施して、検索に引っかからないようにしているようです。『工作員』も確かに存在するようです。~ここのサイトも既に逆SEO対策されています。~

特に工夫のある造語では無く、ある意味ストレイトな造語です。高校生では無く誰が作った造語であっても、ここまで言い得て妙な、そしてとんでもない愚かな暴走を的確に表現して、社会を風刺しているこの造語は流行らせるべきでしょう。そしてこの言葉こそ今年の流行語にすべきだと考えます。流行語大賞となれば、歴代で最も風刺の効いたものだと思いますが、大賞ならずとも、その候補としてマスコミは取り上げるべきでしょう。この言葉をマスコミが取り上げないとしたら、マスコミもかなり腐敗してやっぱりマスゴミだと言えましょう。

この表現はネットで拡散していきましょう。
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【2016/01/17 20:52】 | 時事問題 トラックバック(0) |

国会答弁
guyver1092
 熱心に国会中継を見ることはほとんどありませんが、過去の記憶から言うと、ずれた返答をすることは過去にもあったかと思います。ただ、安陪首相は限度を超えていると感じます。国会を規制する法律は、まともに答えなくてもよいと書いてあるのでしようか?
 もしもの話、与野党が逆転した時にやり返されたら自民党はどう思うのでしょうか。まるで絶対に与野党逆転はないと感じているかのようです。
 ひょっとしたら、中国のように自民党一党の独裁政権までのロードマップが完成し、その通りに日本を導くための手段が整っているかのようです。

Re:国会答弁
雑草Z
   guyver1092 さん

私が言いたかった事を上手く的確にまとめて戴き有難う御座います。


>過去の記憶から言うと、ずれた返答をすることは過去にもあったかと思います。ただ、安陪首相は限度を超えていると感じます。

全く以てその通りです。こんな出鱈目な事を国会でやっていい筈がありません。モラルハザードでもありますね。恥ずかしすぎる行為です。

>中国のように自民党一党の独裁政権までのロードマップが完成し、その通りに日本を導くための手段が整っているかのようです。

不正選挙さえ真実味を帯びてきました。このままだと戦前の日本のように一党独裁体制になって暴走しそうです。止めなければ大変です。

安倍の正体
爽風上々
こういった話題が出てくるほどに安倍の政治姿勢というものに対しての疑問が広がってきているのなら良いのですが、内閣支持率を見るとまだ騙されている人々が多いように思います。

しかし、原油安によるオイルマネー消滅で株価下落の危機を迎え、アベノミクスの化けの皮が最終的に剥がれてしまうのはご本人が一番自覚しているでしょうから、最後のチャンスを求め権力を使える間にできるだけのことをしてしまいたいと考えて様々な手段を使ってくるでしょう。
まだ楽観できる状況ではなく、見方によっては最も危険性が高まる可能性もあります。

Re:安倍の正体
雑草Z
>こういった話題が出てくるほどに安倍の政治姿勢というものに対しての疑問が広がってきているのなら良いのですが

本文にも書きましたが、火消しに躍起な輩がいるようで、検索にかかりにくくしたりして「安倍過ぎる」を流行らせないように工作しているようです。日本でもネットはかなり検閲されています。中国を非難できません。

>見方によっては最も危険性が高まる可能性もあります。

私はかなり危険な状況かと考えています。色々な不正に近い方法で独裁に近い状況にしそうです。

この先の不安
爽風上々
彼らにとって都合の良い状況で推移したうちは強引な手段には出なくても良かったでしょうが、今後はそうは行かないでしょう。
原油安という予想外の出来事が起きたという事態ではあるのですが、株価安、円高という逆風が続けばさすがにこれまでの化けの皮も剥がれてしまいます。
これからが本当に危機意識を持って政権の行動を注視しなければならないところでしょう。
前回の政権の時のように情けない顔で退陣発表をしてくれればよいのですが、今回はどうなるかわかりません。
当方はネット規制の状況はまだ感じていませんが、マスコミは半分以上は政権に取り込まれているように感じます。危ないという思いは強く持ちながら動いていく必要がありそうです。

Re:この先の不安
雑草Z
>彼らにとって都合の良い状況

は、今までもまやかしっぽかったのですが、これからも演出し続けようとして、マスコミを飴と鞭で操ろうとするでしょうね。更に年金をジャンクなどの株購入に充て続けるのではないでしょうか?その結果、日本の国民の財産の多くが超国家企業に持って行かれるでしょう。


>マスコミは半分以上は政権に取り込まれているように感じます。

そうですね。御用エコノミストや御用マスコミがどんどん離れて梯子を外せばいいのですが、各企業のトップが取り込まれています。

>今回はどうなるかわかりません

バックの経団連や欧米金融超国家企業がいる間は強気でしょう。

>株価安、円高という逆風が続けばさすがにこれまでの化けの皮も剥がれてしまいます。

そうなって大多数が安倍自民党から離れればいいのですが・・・安倍政権が倒れるまでみんなで声を大にして安倍政権の酷さを発信して行かなければなりません。


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2015-12-29 18:14
福島県は、大きく分けて西側から、会津、中通り、浜通りに分かれます。(このような福島県の地理は、3.11福島第一原発事故以降、広く日本中の人に知られる事になったと思います。)私の住む会津地方は、福島県の西の部分40%ほどの面積、約5400k㎡です。福島県の半分の面積にも満たないのですが、会津地方よりも大きな都道府県は全国で26だけです。なんと21もの都道府県が会津地方よりも小さいのです。関東では比較的大きく感じられる千葉県よりも大きいのです。そして、人口は約27.5万(2015年現在)。千葉県の県庁所在地である千葉市一つだけの人口の数分の一です。人口密度は、約51人/ k㎡ 日本の人口密度337人/ k㎡ のおよそ 1/6.6です。北海道よりも(少し)少ないのです。現在の日本の人口は12688万人ですが、会津並みの人口密度でしたら、そのおよそ6.6分の1の1919万人となります。鎖国していた江戸時代初期の人口と同じくらいになります。人口が少ない事を心配する人がいますが、そんな心配は無用でしょう。逆に人口が少なければ自給自足が出来るかも知れないし、食料不足にならなくていい・・・と喜ぶべきでしょう。
福島県の食糧自給率が80%ほどですから、福島県の中でも人口密度が少ない農業地域の会津の食料自給率はカロリーベースで考えても軽く100%を超えているでしょう。(北海道の200%以上と推測します。)


ここで、会津地方が独立国になれる可能性について考えてみましょう。

先ずは水。水道水が無くとも地下水にも恵まれています。何よりも各地に沢山の湧水が出ています。飲み水に限らず農業用水なども豊富にあります。水の心配は無用でしょう。
会津地方は山に囲まれています。海のない山国では致命的に不足しがちと考えられている塩も、会津には沢山あります。西会津町や北塩原村など各地に塩分を沢山含んだ温泉があります。北塩原村の大塩裏磐梯温泉では、かつては塩を生産していました。最近また塩の生産を始めたようです。つまり、会津は水、塩、食料は豊富にあるのです。
熱帯産のバナナやチョコレートはありませんが、他に美味しい果物は沢山あるし、日本古来の美味しいお菓子も沢山あります。(地熱を利用すれば熱帯の作物も十分に栽培可能でしょうが・・。)
エネルギーはどうでしょうか?会津地方は豊富な自然エネルギーで溢れています。水力、地熱・・・。電気だって十分に作れます。喜多方市の大和川酒造では「会津電力構想」を掲げています。電力は東京電力によって首都圏に持って行かれている水力発電だけでも十分余るでしょう。更に地熱発電も可能です。柳津の西山温泉にある地熱発電所は、地熱発電所の発電量としては日本一なのです。
会津地方は食料と同様、他の地域に売るほどの発電能力があるのです。


過疎化が心配・・・なんて事を言う方が沢山いますが、それは現代の洗脳だと考えます。人間が暮らすのにはこのくらい余裕のある人口密度でいいのです。東京のような人口過密の巨大都市は、交通が遮断されて孤立した場合、大変です。数日もしたら大混乱となりましょう。そして、食料不足、エネルギー不足になれば、大都会から大量の人々が脱出を図って地方になだれ込むでしょう。会津地方にも「もう来ないでくれ」・・・と言うほどに人が流れ込むやも知れません。現在も、会津の各地にIターンで都会からやってきて住みついて、農業などに従事している人達が少なからずいます。彼らは時代を先取りしているのかも知れません。

心配しなければならないことは、福島第一原発とか新潟県の柏崎刈羽原発の事故でしょう。(放射性廃棄物が桁違いに多く集まっている青森県六ヶ所村も・・遠くとも心配です。)
PM2.5などの粒子も心配ですが、会津よりも前に、西日本の他の地位のほうが大変な状況になるでしょう。

以上、政治的な可能性は別として、水、塩、食料、エネルギー・・・物理的には会津は独立国になれるでしょう。不自由を厭わなければ、鎖国(外部閉鎖)だって可能です。
・・・と、ここまで書いて来ましたが、言いたいことは、会津を独立国家にしようと言うことではありません。21世紀のこれからは、地方自治体が鎖国して自給自足できるくらいの機能を備えていることが大切だと言うことです。
それもなるべく狭い地域の単位で・・・今回述べたような都道府県レベルでも大き過ぎるでしょう。市町村やさらに小さな地域のコミュニティ、果ては各家の単位で自給自足出来る事が好ましいと考えます。現在、日本、世界中は、グローバル化に踊らされて、国際競争、国際分業なんて事ばかりに視点が行きがちです。その結果、地域の機能が偏ってしまい、他の地域に依存する社会になってしまっています。だから、輸送機能が麻痺しただけで大パニックに陥るのです。
実は「グローバル化」なんて既にかなり時代遅れになっていると考えます・・と、言うよりも、それは世界中の富を集めたい一部の強欲な人々の野望の為のプロパガンダ、洗脳でしょう。
グローバル化に進む世界に勝ち続けなければ、生き残れない・・・等と言う、トーナメント戦のような経済競争に踊らされるよりも、いざという時に自給自足できるような地域作りが大切だと考えます。
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【2015/12/29 18:14】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

グローバル化
爽風上々
国際的大企業のグローバル展開ということは、高度な情報化もさることながら、絶対的な条件としては安価な輸送費というものが必要不可欠のものでした。
船舶輸送というものは非常に効率がよく当分の間は廃れそうもありません。とは言え港からの配送のための自動車や鉄道輸送は燃料を浪費しますので燃料費高騰の影響は強いでしょう。

それにしても、すべてのグローバル化の根底には化石燃料があります。もしも地球上での化石燃料の存在量の初期値が10分の1であったなら、この石炭・石油時代というものも数十年前には終焉を迎え、世界の人々もこれほど野獣化することもなかったでしょう。地球環境の歴史の偶然なのですが、罪作りな偶然だったといえます。

会津地方の自立は可能なことでしょう。他と独立した地形であることはうらやましいところです。熊本県内では人吉盆地と天草諸島は可能でしょうがそれ以外の地方は難しいところです。
こちらにも福岡の過剰人口がありますので、独立を守ろうとしてもそちらからの難民が多数押し寄せる可能性が強いと思います。
まあそういった事態になる前に理性的な地方自立の方向性を確立するべきでしょうが。

Re:グローバル化
雑草Z
>すべてのグローバル化の根底には化石燃料があります。もしも地球上での化石燃料の存在量の初期値が10分の1であったなら、この石炭・石油時代というものも数十年前には終焉を迎え、

そうですね。他のところにも書きましたが、石油は最初から無ければ良かったと思います。
現状では石油にはもっと重税をかけるべきですが、アメリカ始め、石油メジャーの傀儡の政府ですからね。

>世界の人々もこれほど野獣化することもなかったでしょう。

最悪の野獣が石油メジャーのドンですからね。

>熊本県内では人吉盆地と天草諸島は可能でしょうがそれ以外の地方は難しいところです。

そうですか?各地で食料に限らず、生活用品からエネルギー源に至るまで、地産地消を推し進め、自立可能な場所を増やして行くべきですね。其方でも論じましたが、21世紀は
グローバル化の逆に、ローカル化の時代にすべきですね。

食糧の自給
爽風上々
日本の食料自給率は40%未満と言われています。単純に考えれば食料輸入が止まれば5000万人程度の人しか生きていけないということでしょう。
しかし、これには裏があり食糧輸入の大きな部分は畜産飼料用の穀物であるので、それの比率が下がればより多数の食料に回せます。
逆に、化学肥料の輸入も止まるとすれば日本の農業生産性もがた落ちとなり、生産量も下がります。
あれやこれやを計算すると6000万人分程度ではないかと言う数字が出ています。

まあ半分しかキャパシティーが無いということですね。

とはいえ、日本国内でも地域ごとに考えると食料自給率が100%を越える地域と言うのは存在します。逆にほぼ0%という地域も東京などがそれに当たります。
自給率の高い地方でも商品作物の生産がほとんどであり、それだけで自立できるわけではありませんが、可能性は十分にあります。

Uターン、Iターンとか、地方移住ということを考える人も無いわけではないようです。年金受給者などでとりあえず最低限の収入はある人が少しでも農業生産を行うという方策も考える必要があるかもしれません。


Re:食糧の自給
雑草Z
食糧の自給は主権国家にとって非常に重要な事だと思うのですが、日本ではないがしろにされていますね。食料自給率が日本より低い国は、揚げるのも難しいくらいですね。バチカンやシンガポールのような都市国家、ソマリアやルワンダのような紛争による飢餓国家・・・イスラエルもか?

>自給率の高い地方でも商品作物の生産がほとんどであり、それだけで自立できるわけではありませんが、可能性は十分にあります。

日本も付加価値とか言って商品作物を沢山作っていますが、食糧自給も出来ないのに外貨を稼ぐ商品作物を作るって、かつての欧米の植民地だった国と同様の事をしてますね。

>年金受給者などでとりあえず最低限の収入はある人が少しでも農業生産を行うという方策も考える必要があるかもしれません。

そうですね。老後の海外旅行とか趣味の講座何てよりも、少しでも自分の食べるものを自分で生産した方が、いいですね。食料問題だけでなく本人の健康にもいいでしょう。

兎も角、会津のように自立可能な地域をグローバルスタンダードの国際競争に巻き込んで自給できない国にするのではなく、自立可能な地域を増やす方向が大切ですね。


大都市圏の老齢化問題
爽風上々
今は地方の過疎化地帯に行けば周辺部では歯止めのない人口減少ですが、地方都市段階では高齢者増加による介護施設増加と「葬儀社」の異常な増加が目立つところです。
うちの方でも主要産業は老人介護と葬祭業になっています。
ところが、現在は若者の多いように見える大都会がもうすぐとんでもない高齢者社会になるようです。
しかも、そちらでは田舎のように介護施設がどんどん増えていってもとても追いつかず、入所困難者が急増する見込みのようです。

そのうちに、否応なしに都会の年寄りが地方の介護施設へIターンということになるのでしょう。
まあ高額年金受給者たちが来れば少しは地方の金回りも良くなるのかもしれませんが。

本当は、そこまで行かない年金生活者が地方の生産活動に少しでも参加できる方策を整えるというのが、前にも触れたように緊急の課題ですが。

Re:大都市圏の老齢化問題
雑草Z
>地方都市段階では高齢者増加による介護施設増加と「葬儀社」の異常な増加が目立つところです。

都市どころか、今は一万人レベルの町でも介護施設と葬儀社はあるところが多くなってきてますね。十数年前までは、田舎では老人介護も葬式も自宅が一般だった事もあり、葬儀場も無かったし、介護施設も空き待ち状態でしたが、今では過当競争になって、客のほうが選べる状態になってきています。

>現在は若者の多いように見える大都会がもうすぐとんでもない高齢者社会になるようです。

その話は初耳ですが、言われてみればそうなりそうですね。そして、田舎ですら何年も要したのですから

>田舎のように介護施設がどんどん増えていってもとても追いつかず、入所困難者が急増する

見込みは当たりそうですね。更に爽風上々さんの仰るように

>否応なしに都会の年寄りが地方の介護施設へIターンということになるのでしょう

限界集落の問題なんて、都市の脆弱性と比べれば大した問題では無いと考えていましたが、確かに様々な意味で地方の時代になるでしょうね。都市のスラム化のほうが深刻な問題になりそうです。

>年金生活者が地方の生産活動に少しでも参加できる方策

まだ小さいですが、あちこちで地方自治体やNPOレベルでそのような活動は行われ始めたようです。そこに国がしゃしゃり出てへんなスタンダードを持ちこまないで欲しいと考えています。



自給自足の機能
guyver1092
 各地方が独立して存続できるほど基本的資源が自給できることは、とても素晴らしいことと思います。石油等の地下資源には量としての限界が必ずあり、現在のような石油漬けの社会は永久には不可能です。いろんな予想がされていますが、オイルピーク論が正しいとすれば、あと数十年で人間一人当たりの石油消費量は減ることになるので、現在のような長距離の物質の輸送は、最終的には不可能になるのでしょう。現在のような広範囲での物質の交換は、そうなった場合には贅沢なことになるのでしょうね。
 現在ももしもの時のためとして、保険という商売が成り立っています。おっしゃる様に産地の災害等のための保険としても、地域ごとの資源の自給体制は視野に入れておくべきでしょうね。

Re:自給自足の機能
雑草Z
グローバル化は、移動の為の豊富な安いエネルギーが前提であり、かつ環境汚染環境破壊問題の先送り、肥大化ですね。
21世紀こそローカル化に戻るべきであり、グローバリズムこそぢ大錯誤だと思います。

>現在のような長距離の物質の輸送は、最終的には不可能になるのでしょう。

こそ、21世紀の共通認識にすべきです。

>地域ごとの資源の自給体制は視野に入れておくべきでしょう

はい、もっと積極的に地域毎の自立は確保すべきだと考えます。


団塊親爺の遺言
 本年も宜しくご指導お願い致します

自立の出来る地方を目指しての考え方に大賛成です

自然の恩恵を利用し活きてゆくのが一番ですね

地熱や温泉施設の排水熱を利用した技術を向上させる事で
様々なビニールハウスや畜産施設の燃料費を減らし家畜の
飼料等を全てを周りで生産したり社会から出る賞味期限切れ
の食糧や野菜クズ等を利用する事で大幅に輸入飼料や肥料は
減らせるのにね・・大手企業の言いなりでは実現しない

本当に自立しようと想うなら 他人の造ったレールを走るな
地域に根差した伝統や味や空気こそ財産と想う 
故郷に帰り大手資本に駆逐された様は余りにも悲しい・・

 内の家内は近くの介護施設へ週に3日程働きに行くが中身は
至れり付くせりの完全介護の個室で管理され何も考えない日々
を過ごすそうです 私は言った それじゃ~動物園の檻の中の
猿と変わらないのではと・・そういえば施設で亡くなった叔母に
見舞時に言われた 死ぬ前に一度で善いから自分の畑にと・・
叔母の身内の反対で出来なかった叔母の夢・・悔いが残る

Re:本年も宜しくご指導お願い致します
雑草Z
これからも色々宜しくお願い致します。

>地熱や温泉施設の排水熱を利用した技術を向上させる事で
様々なビニールハウスや畜産施設の燃料費を減らし家畜の
飼料等を全てを周りで生産したり社会から出る賞味期限切れ
の食糧や野菜クズ等を利用する事で大幅に輸入飼料や肥料は
減らせるのにね

全く仰る通りです。そうやって遠くからの輸入は無くすべきですね。

>大手資本に駆逐された様は余りにも悲しい・・

そうですね。大手資本が入り込むときには地域との協力を謳いますが、侵略して地元から利益を吸い取るのが目的ですね。


無理な延命措置よりも、人間らしく自然と共生して行きたいものです。

 重く考えさせられるコメントでした。有難う御座います。

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2015-12-23 18:26
先日、来年の日本の国家予算の最終案が決議され、歳出は過去最高を更新したと報じられました。防衛費と公共事業費の4年連続の増額など、いまだに経済成長戦略を主とする浪費財政です。
この秋には、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人[GPIF]が、世界同時株安の影響で7~9月期に被った損失は、約10兆円に上ったと報じられたばかりです。GPIFは利回りの高い『低格付け債』への投資も始めると発表しました。『低格付け債』は投機的水準である「ダブルB」以下の低格付けで「ジャンク債券」とも呼ばれるそうです。利回りが高いと言う事は、リスクも高いと言う事で、将来デフォルト(債務不履行)となる危険性も低くありません。多くの人々が危険性を指摘して反対したのに、株高を支えてアベノミクスを演出する為に、年金を株などの投資に充てて損失を出したのです。それに懲りずに更にリスクの高いギャンブル的な投資をしようと言うのです。10兆円でも相当な損失ですが、このままジャンク債などに投資すれば、その損失は更に莫大な金額になるでしょう。これは実はギャンブルですら無いかも知れません。始めからアメリカのハゲタカ金融に日本の年金を吸収させていると言う見方がありますが、その見解が当たっているかも知れません。今更資金を引き上げたら投資家は逃げて更なる暴落を招くと言うのは経済の常識・・・なのかも知れませんが、それでも引き上げた方が、痛手は小さくて済むのではないでしょうか?・・・年金の大方が超国家金融業に略奪されてしまいそうです。
年金の破綻から、国家の財政破綻まで、足音を立てて近づいている感じです。

 自民党の公約破りのTPPに関しても、大筋合意とか、既に合意は為されていると言われています。日本の多くのマスコミがTPPの合意を「日本経済への恩恵も大きい」等と報道していますが、実質、超国家企業である多国籍企業の利益優先のルールの押し付けに他なりません。日本を超国家企業に隷属させる罠と見るべきでしょう。今からでも抜けて欲しいのですが抜けられましょうか?
安保法制によって日本の自衛隊は海外派兵が可能になりました。日本が攻撃されたときにアメリカ軍が守ってくれると言うのは不確実な事であり、実質は、アメリカが仕掛けた戦争に派兵すると言う事になってしまうでしょう。アメリカ人が「悪を懲らしめる」とプロパガンダして、実質、超国家企業の利権の為にやる(経済的)侵略戦争に参加させられるのです。今まで日本を友好的に見ていた多くの国・・・アラブ諸国も中南米諸国も、日本が侵略戦争国家の仲間入りしたと見なすのでしょう。日本もテロの標的にされる・・・と言う見方も現実味を帯びて来ました。
 安倍政権によってとんでもない政策が次々に断行されています。
第二次世界大戦前の情報統制や軍国主義に似た状況になって来たという話を目にする事も多くなってきましたが、それも真実味を帯びて来ました。
今年の日本の主な政治的な動きの多くが、日本が陥れられていると見えます。日本を超国家企業の餌食にしようとするものばかりです。
この年末感じる事は、来年への期待よりも大きな不安です。
オリンピック開催なんてお気楽な事を言っていていいのでしょうか?
日本の沈没が顕著になるのが、オリンピック前か後か・・・?と言う状況ではないでしょうか?・・・どうせ沈没するのなら、なるだけ早い方が痛手も少ないでしょう。オリンピック前に落とされて、オリンピック返上…の方が、日本が再生できる可能性も高いと感じます。
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【2015/12/23 18:26】 | 日本 トラックバック(0) |

国民の選択
爽風上々
アメリカの共和党の大統領候補の中では、トランプ氏がもっとも支持率が高いようですが、その異常とも言える言動には問題視する向きも当然ながら多いようです。
しかし、この問題発言をも容認し支持する人々が多いのも事実で、共和党支持者の間ではトランプ発言指示と言う意見が過半数を占めているようです。

このような状況を見れば、異様とも見える政治家の発言や行動もそれを支持する国民がさせているということが明らかです。
かつてのドイツのヒトラー政権もその始まりはきちんと選挙制度に則った行動からでした。最初から武力で国民を押さえつけたわけではありません。

今の安倍政権の行動もそれを支持した国民の意志と言われても仕方のないことです。
実際はその支持は経済政策のためであり、その他の安保政策、原発再稼働、TPPなどは支持していないと言ったところで相手は聞く耳は持っていないでしょう。議席がある以上は全面委任を受けたと言い張れるのが代議制民主政治というものです。

それを止めさせるのは選挙という手段でしかありません。安保法制審議中のような世論の盛り上がりが急激にしぼんでしまったかのような状況ですが、国政選挙だけでなく地方選挙の段階からすべての自民党公明党候補者を落としていくという行動が無い限り、安倍政権の目は覚めないでしょう。

Re:国民の選択
雑草Z
>それを止めさせるのは選挙という手段でしかありません。

確かにそうかも知れません。一方、現在の選挙制度にも問題がありそうです。1人区問題も大きいし、大選挙区と言っても日本の全国区でないので死票が増えます。政治に興味の無い人に投票を呼び掛けて、適当に選んだ1票も(18歳からの投票も。)なんだかなあと思います。不正選挙の話もあながち胡散臭い陰謀論とも思えなくなっています。かといって、他にいい方法もなかなか無いでしょう。

余談ですが
トランプ氏は酷いですね。あの自己顕示欲のトランプタワーのトランプと同一人物ですから脱力です。
彼が大統領になることがあれば、オバマと比べて対日政策もかなり酷いものになるでしょう。深刻な事態に陥りそうです。

安倍政権の目覚め
爽風上々
「安倍政権の目が覚めない」と書いてしまったのですが、別に目を覚ましてもらう必要はないというべきでした。
速やかに退場してもらえれば目覚めるかどうかは関係ありません。どこかの豪邸のご自宅の中で妄想に囚われながら寂しい老後を送っていただければ十分です。

選挙制度はひどいものですが、これを審議するのも国会議員自らであるという大矛盾のせいでどうにもなりそうもありません。
小選挙区制というのも困りもので最近の政治の退廃の大きな要因になっているようです。
また、参議院の制度・役割ももはや存在意義自体が疑われるほどのものになっています。

トランプもひどいということは間違いないのですが、それを共和党の候補者の第1席に座らせている共和党支持者が多いということが問題です。トランプがいなくなってもその構造が変わらなければいくらでも代わりが出てくるでしょう。

Re:安倍政権の目覚め
雑草Z
>小選挙区制というのも困りもので最近の政治の退廃の大きな要因

全くです。確か自民党の総獲得総数は25%程度だったかと・。


>どこかの豪邸のご自宅の中で妄想に囚われながら寂しい老後を送っていただければ十分です。


そうですね。本来なら責任を取らせて全財産没収の上(彼が日本に負わせた損失の何万分の一でしょうが・・)別荘(監獄)に行って貰うべきですね。

>トランプがいなくなってもその構造が変わらなければいくらでも代わりが出てくるでしょう。

しかし、差し当たってトランプが大統領になれば、日本はオバマ時代よりも遥かに酷い処遇を受けるでしょう。トランプは超国家企業そのものですから。アメリカの大統領の権限はかなり大きいですよね。

国民の賢さ
guyver1092
 目先のお金の使い方としては、国民は多少賢くなったようですが、少なくとも前回の参議院選挙時には、国政選挙と自分達の安全(原子力災害の可能性)とは結び付けるだけの賢さがなかったようです。
 今回の戦争法案では、政府に反対の意思表示をするようになりましたが、記事内のさまざまな裏切りにはほとんど反応していないようです。次の選挙ではもっと賢くなって欲しい物です。

Re:国民の賢さ
雑草Z
>記事内のさまざまな裏切りにはほとんど反応していないようです。

どれに関しても反対運動があるようですが、マスゴミが無視を決め込んで、更にはネットでも検索にかかりにくくして封じ込めているようです。マスコミが政府の御用機関になり下がって、ネットの監視も強くなったようです。日本の報道の自由度ランキングが安倍政権になってから急速に下がりました。危険な状態です。

 小選挙区も、良くないし、大選挙区も全国一区では無いし、選挙制度もかなり恣意的ですね。こんな感じで第二次世界大戦に突入したんでしょうね。選挙制度に変わる妙案もありませんが、選挙も制度も何だかなあと思う事ばかりです。

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2015-12-11 23:47
機械に不具合が生じ、危険性が現れたらすぐに止めるでしょう。それが公共交通機関であったり、公共のインフラであったりしたら尚更です。そのまま稼働し続けて、大参事に繋がったら大変です。・・・・現実に、そのような大事故が起こり、世論の大きな批判を浴び、重大な責任問題にまで発展することもあります。「予防原則」で、危険になる可能性が無視できなくなった時点で、稼働は停止するべきでしょう。


さて、現在深刻な状況が続く中国の大気汚染は、この12月に「赤色警報」が出されました。2013年に警報システムが導入されてから初めての4段階の最悪である警報とのことです。このような重度汚染の状況では、心臓病・肺疾患患者が症状が悪化するのはもとより、健康な人にも被害が出、多くの北京市民が呼吸器系等の疾患を抱えています。全ての人が屋外活動を控えるべきだとされ、小中学校も休校になりました。中国の大気汚染はもうかなり前から深刻化していて大きな問題になっています。PM2.5の被害は日本にまで及んでいます。大気汚染のもととなる経済活動の大規模縮小が必要でしょう。
現在、大気汚染の問題は中国が最も取り上げられていますが、大気汚染源は中国だけではありません。20世紀半ばに12000人の死者を出したといわれるロンドンスモッグ事件をはじめとして世界中で問題になってきました。日本でも四日市喘息が有名です。2011年の原発震災では大気中に大量の放射能が放出されました。この事故に限らず、他も色々な原発事故がありました。事故が起こらなくとも原発は大気中に放射能を放出し続けてきました。

一方海洋のゴミ問題も深刻な状況です。2010年のメキシコ湾原油流出事件や、2011年の日本の原発震災による放射能の海洋への垂れ流しに限らず、日々世界中で海洋は汚染され続けています。特に最近マイクロプラスチックによる汚染が問題視されています。生態系への悪影響が懸念されています。もう手遅れに近い状況かも知れません。海洋汚染となる経済活動、工業活動は停止すべきでしょう。

大気と水の汚染は人間に限らず、全ての生物にとっての脅威でしょう。大気汚染と海洋汚染が止まるまで、殆どの経済活動を止めるべき…という単純明快な結論が出ないのが不思議です。「子供が思うほど簡単ではない、経済、社会的な理由があり、そう簡単には止められるものではない。」という大人が大多数でしょう。しかし、そうでしょうか?現在の世界の大気汚染と海洋汚染は危機的状況です。このままでは文明崩壊に止まらず、大量絶滅も時間の問題です。それも、今世紀中の事でしょう。大気汚染と海洋汚染の影響は世界の全ての人間のみならず、全ての生物に及ぶのです。電車の1台や2台が止まるのとは訳が違うのです。経済活動と天秤にかけて、経済優先になるのは現代社会の狂気の洗脳というべきでしょう。
それによく考えてみて下さい。人間は衣食住があれば生きていけます。特に十分な食料。世界の大気汚染と海洋汚染の大きな原因は、それ以外の産業による部分がかなり大きいのです。・・・・そして「それ以外の産業とは、言い換えれば「+αの産業」もっと言えば「不要な産業」といえるのです。実際には人間が生きるためには必要ないばかりかないほうが豊かな人生を送れるものも少なくないでしょう。
単に強欲な資本家がもっと儲けたい、財産を増やしたい…という、単純明快な事に、色々な「理論」、言い換えれば「屁理屈」を付けて「経済には難しいことがあり、簡単にはいかない」と言っているだけではないでしょうか?(例えばトリクルダウン理論)

現代の政策は「技術で解決」が主流ですが、技術には限界がありますし、副作用(更なる別の環境汚染)もあるのです。百歩譲って、技術で解決できる可能性があるとしても、その「解決技術」が確立するまで産業活動は停止して然るべきでしょう。正に現在は人類の存亡の危機なのです。環境汚染に待った無しです。

本当に必要最小限の活動以外は、産業活動を止めるべき時期なのです。時機を逸したら、生態系が破壊されつくして、人類も他の多くの生物も滅亡するでしょう。
先ずは直ぐに止めるべき・・・声を大にして言い続けなければならないと感じています。
このような危機意識を持っている人間は私だけではないでしょう。最近指数関数的(・・ロジスティック関数的)に増えていると感じていますし、それが一縷の望みです。
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【2015/12/11 23:47】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

環境汚染
爽風上々
二酸化炭素の上昇と言う、あるのかないのかも怪しいものには大袈裟な国際会議で各国首脳まで集めた茶番劇をやっているのに、今この時も健康をむしばみ続けている環境汚染に何もしようとしないのは怪奇現象です。

中国やインドだけではなく、急激に経済成長が起こっているところではどこも危険な汚染が進行し、住民の生命の危険も増していますが、資源収奪の現場での重金属汚染などもひどいものです。こちらは経済成長と言う撒き餌もないだけにさらに残酷な状況になっています。

環境汚染は絶対に許さないという国際ルールを確立しなければなりません。COP21などよりはるかに対応が急がれる急務でしょう。

Re:環境汚染
雑草Z
二酸化炭素の濃度上昇はあると思いますが(近藤邦明氏のHPの解説は完全に間違っています。)植物の栄養ですから地中貯留とかの対策は狂気の沙汰ですね。二酸化炭素を汚染物質と呼ぶのはおかしな事です。
 それは兎も角、
 予防原則と言うのなら、先ずは大気汚染と海洋汚染を止めるべきですね。待った無しの危機的状況です。北京などで、大気汚染の為に部屋を閉め切って空気清浄機を回し続けるっってどれだけ異常な事でしょう?

>資源収奪の現場での重金属汚染などもひどいものです

確かにそれも酷い状況です。他所からの資源収奪ですね。

>環境汚染は絶対に許さないという国際ルールを確立しなければなりません。COP21などよりはるかに対応が急がれる急務でしょう。

全く仰る通りです。既に遅すぎるかも知れませんが、今からでも早急にルールを作るべきです。しかし、その大元が、国よりも権力を持っている超国家企業だから質が良くないですね。財閥解体のような事をすべき時期なんですが・・。

確かに、

止められないのは文明の暴走
guyver1092
 不滅の貨幣と拡大再生産の経済システムを使う限り、文明の暴走は不可避と考えています。経済成長を求めるのならば、真に役立つ環境破壊対はしてはいけない禁じ手です。真に環境対策をする代わりに、二酸化炭素のみに問題を矮小化して、対策と称して無駄に地下資源を燃やし、経済成長を行うのが目的でしょう。
 残念なことに、政府がマスコミと一体となって国民を誤った方向に洗脳を続けているので、個人の力ではなかなか対抗できないですね。

Re:止められないのは文明の暴走
雑草Z
>不滅の貨幣と拡大再生産の経済システムを使う限り、文明の暴走は不可避と考えています。

私も拡大再生産が諸悪の根源と考えています。そしてこれは単に強欲な人間が資産を増やす事を最大の目的としている事に起因していると思います。

>不滅の貨幣

を拡大再生産に並列にして加えたところがguyver1092さん独特の持論ですね。私も段々感化されて来ました。不滅の貨幣は現在電子マネーとなってより質が悪くなっていると考えてよいでしょうか?



管理通貨制
guyver1092
 私は、管理通貨制度になって最悪の通貨の基礎が出来たと考えています。電子マネーは、流通速度がけた違いにアップしたと考えて良いのでしょうか。速度が速くなったのであれば、地球環境に対する破壊力もアップしているので、より悪性の度合いが進行したと言えるのではないでしょうか。

Re:管理通貨制
雑草Z
なるほど、管理通貨制度になって、不節操に通貨を発行出来るようになってしまったのですね。「管理通貨」と言う言葉とは裏腹に、電子マネーで止め処なくマネーサプライがされている現状ですね。そして、それが現在の限界に達した地上での見掛けの経済成長策でしょうか?

 ・・・・
 ところで、この議論は、一つ前の記事
「減価する貨幣とインフレターゲットの違い」のコメント欄で議論した方が相応しいですね?

汚染の広がり
爽風上々
日本では中国の大気汚染ばかりが報道されるようですが、他の途上国の都市での汚染も広がっています。
インドの都市がひどいということも徐々に知られるようになってきました。

原因は自動車の急増と火力発電からの汚染物質排出による他、家庭での石炭や薪燃焼と言う影響もあるようです。

水資源も汚染されており、ただでさえ水不足が広がる中で使える水が汚染されてしまえばより影響は大きくなるでしょう。

ブラジルでは金鉱山からの水銀汚染で中毒者も出ているとか。水俣病の教訓など何も生きていないことが分かります。

日本は環境汚染対策技術に自信を持っているようですが、それで解決できるかどうかも分かりません。
石炭・石油の燃焼による窒素や硫黄の酸化物、微細粒子を除去する技術は開発してきましたが、今後の化石燃料の品質は悪化することが予測できます。さらに困難になるかもしれません。

また、放射性物質のトリチウム(水素同位体)は水との分離が難しいために排出せざるを得ないということが福島でも問題になっていますが、このような分離困難な有害物質は他にもあるでしょう。

途上国でのエネルギー資源の大量使用はいずれ化石燃料の供給減少につながり、供給不安から燃料価格暴騰につながると考えていましたが、それよりも早く環境汚染の問題拡大に現れてしまいました。
社会の変革を迫るということでは、どちらも同じような作用を示しますが、人間の健康にとってははるかに厳しい事態になってしまいました。
痛みは大きくなりましたが、化石燃料の使用を全世界で制限するような国際間の取り組みが急務です。

汚染と微生物
団塊親爺の遺言
 人類の欲望はブラックホール 金と権力を持つ資本家は世界

制覇を目指し今日もテロ集団等に武器を売り腹心の多くの部下

たちを、こき使い シコタマ儲けているのでしようね・・

自然破壊を余りにも続けた結果 抗生物質等の効かない生物が

登場・・薬だ 医者だと泣き喚いても・・手遅れかも

汚染すれば様々な 病原菌類の温床に・・

自然は絶妙なバランスで私たちが活きられる

環境を造って来たのにね・・

人類は自らの手で 死の道を選ぼうとしている

こんな悪魔の手先の様な連中が造った偽装社会

人間らしく生きる事 するとこんな 爺々にも

多くの仕事が舞い込み 若者たちに教えている

仕事を通し お互いが感謝しながらの人生は

楽しく 遣り甲斐の在るものです・・

支配されたり指図されるのが嫌いな我儘爺々の生き方

健康で身体が動けば 死ぬ迄働けるのです

健全に生きるのには本物の食べ物を摂る事

残念ながら・・本物の食べ物が少ないのが現状

それなら身体に蓄積される毒素類を排泄する事で

私には肩こりとか変な病に侵されずに生きて来ました

化学薬剤に頼らない生活 自然に寄り添う生き方

我儘爺々の戯言 許されよ・・

  

Re:汚染の広がり
雑草Z
>他の途上国の都市での汚染も広がっています。

世界中汚染だらけですね。
日本も、局地的には、水俣や四日市等、汚染の酷かった時期と比べて良くなっていると言っても日本全体で見れば、汚染は酷くなっている事でしょう。確かにインドも酷そうです。

>このような分離困難な有害物質は他にもあるでしょう。

年々新たな化学物質が合成されていますから、ダイオキシンよりも猛毒が作られてしまう可能性も低くないでしょうね。

>それよりも早く環境汚染の問題拡大に現れてしまいました。

はい、前にも爽風上々さんと議論致しましたが、エネルギーや資源の枯渇(に近づく事)より先に汚染の問題が深刻化すると思いますし、資源不足よりも汚染問題のほうが遥かに深刻だと考えています。

>痛みは大きくなりましたが、化石燃料の使用を全世界で制限するような国際間の取り組みが急務です。

化石燃料(石油、石炭・・)が現代の環境汚染の殆どの原因と言えますからね。



Re:汚染と微生物
雑草Z
>人類の欲望はブラックホール 金と権力を持つ資本家は世界

そうですね。そして欲望が強く、自分の利益しか考えないものだからこそ、不正な方法でお金を儲け権力を握っています。

>こんな悪魔の手先の様な連中が造った偽装社会

が超国家企業となって国家さえ支配しようとする酷い社会になって来ました。


>自然は絶妙なバランス

本当に微妙で巧妙なバランスがあるのに、人間はいい加減な技術でその微妙なバランスを破壊してきました。その付けが大きくなって返っています。

普通に人間らしく生きる事が困難になって来ている現状ですね。


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2015-11-11 01:12
減価する貨幣と、インフレは、どちらも、物に対するお金の相対価値が下がっていくと言う事では同じです。効果に明白な違いはあるのでしょうか?・・・この難題について、ここの常連のHN guyver1092 さんが書いて下さいました。(以下)


 減価する貨幣と、インフレターゲット政策とは効果として同じなのでしょうか。同じであれば、わざわざ新たな貨幣制度を作る必要はないでしょう。今ある制度で対応できるにもかかわらず、別の仕組みを作るのは、社会システムのエントロピーを増大させることで、してはいけないことと考えます。
 考察するために、まずインフレについておさらいをしてみます。

インフレーションの定義は「物価の上昇と通貨価値の下落が継続的に続く状態のこと」「通貨膨張による物価の持続的騰貴、その逆数としての貨幣価値の下落」などとされています。
リンク1 【インフレとは
リンク2 【インフレーションとは
リンク3 【インフレーション】Wiki

これらのページによると、さまざまな理由により起こるようです。大きく分けて次の二つで、それぞれをもっと細かく分けることもされているようです。
(1) バブルや戦争時など景気に左右されるインフレ
(2) 通貨の供給量に左右されるインフレ

日本人の多くは(政治家も含めて)インフレ=良いもの、デフレ=悪いものと単純に考えている者が多いようですが、その起こる原因により良いインフレであったり、悪いインフレであったりします。良いインフレといわれるものは、需要が増加し、供給が追い付かないことにより起り、この場合、生産力が増大しない場合は景気が後退しますが、それ以外の場合は景気が良くなるとのことです。このインフレは需要インフレーションと呼ばれ(前のバブルや戦争時など景気に左右されるインフレの中の一つ)、良いインフレといわれているのはこのインフレだけとの説もあります。(リンク4のページによる)
リンク4【「インフレ=善」、「デフレ=悪」 は本当か

 さて、現在の日本で起こっているインフレはどのような原因によるインフレでしょうか。現在のインフレは(2)の通貨の供給量に左右されるインフレで、アベノミクスという経済政策で意図的に行われたインフレターゲット政策の結果です。
 このような通貨安を意図的に行う政策は、リンク1のページによると「利下げの幅やタイミングなど調整を間違えると想定以上のインフレを引き起こし逆に経済を混乱させかねない。」とありますし、リンク4のページによると「最悪のインフレ」と評されています。
リンク3のページによると「貨幣の供給増加は貨幣に対する債券の相対価値を高めることになり名目金利を低下させる。このため通常は投資が増大し、需要増大をもたらす。そのプロセスが最終的に、需要インフレに帰結することでもインフレーションに結びつく。」とありますが、現在の日本の状態はどうなのでしょうか。

リンク5 【良いインフレ、悪いインフレ

リンク6 【物価値上がりで実質賃金大幅に減っている! 「悪いインフレ」に陥っている可能

リンク7【消費者物価指数に「悪いインフレ」の影

 リンク5~7のページによると、うまくいっていない、それどころか失敗して予想を超えた悪いインフレになりつつあるとの分析もされています。
実際にアベノミクスが始まってから連続2年3カ月に亘って実質賃金の低下が続きました。このマイナスを取り返し、経済成長するためには、このマイナスを取り返すほどの賃金上昇が必要なのではないでしょうか。GDPは、9月8日の政府発表で4~6月期はマイナス1.2%だそうで、うまくいっているとの感想は持てません。

 さて、インフレターゲットで現実に起こる事態はどんなものでしょうか。リンク2のページの「突然,物価水準が 100 から 110 へと上昇したとする。」以下と考えられるでしょう。平たく言うと、労働者=消費者が貧乏になることと引き換えに高い雇用をしようというようです。これは、労働者の実質賃金が下がりすぎて、消費者でなくなる(物を買えなくなる)と続けられない、言い換えれば永続的には続けられない可能性の高い政策ということになると考えられます。また、インフレターゲットの性質として、資本の蓄積を起こして経済成長を志向する傾向があるでしょう。この性質に関しては、繰り返しになりますが、地球という物理的大きさに絶対的に縛られますから、やはりいつまでも続けられない政策と言えるでしょう。
 まとめると、インフレターゲットは実行するには非常に大きな危険を伴い、なおかつ、それほど長期間続けることはできない政策と考えられます。

リンク8 【4~6月の実質GDP改定値

 インフレ政策は、物価は常に変動し続けるのに対して、減価する貨幣の社会では物価は安定する傾向になります。

リンク9 【化石燃料のなくなった後の経済システム


 減価する貨幣の社会はどうでしょうか。「シルビオ・ゲゼル入門」「エンデの遺言」によると、古代エジプト、中世ヨーロッパのブレクテアーテ、ヴェルグルをはじめとする、世界恐慌時のオーストリア等で行われました。その終焉は、古代エジプトではローマによる強制、ブレクテアーテは、領主の強欲、世界恐慌時は、中央銀行による禁止により終わったとあります。減価貨幣の社会の内部原因によって終わるものではないようです。
 さて、歴史上存在した、減価貨幣採用の社会の実情はこれらの本を読んでも、イメージがつかめません。その理由は、ヴェルグル等では、停滞していた経済が一気に加速し、2年もかからずに、世界恐慌の経済停滞を一気に解決したとある一方で、古代エジプト、ブレクテアーテでは落ち着いて安定した社会と記述されているからです。明らかに正反対です。古代エジプトで、何年間減価する貨幣が採用されていたかは、エンデの遺言に記述はありませんでしたが、ブレクテアーテは、200年続いたと記述があります。
 調べた中では、具体的に減価する貨幣の社会を表したページを見つけることが出来なかったので、これら入手できた資料から大胆ではありますが推測してみることにします。まず自分が大金持ちで、欲しい物が何でも買えると仮定してみます。何十年にも亘ってずっと商品を買いあさっても欲しい物が無くならないと言うことがあるでしょうか。私の物欲では、現在の収入でも欲しい物がない状態です。現代は技術力が進んで、商品開発に要する時間が短くなっているとは言っても、技術の本質的な部分は、ほぼ物理的限界に近いところまで効率が良くなっているので、永続的ににより高性能の新製品を作り出すことは不可能と考えられます。結果として、導入から一定の時間がたった減価する貨幣採用の社会は、欲しい物は皆が持っていて、生活するのにあまったお金を、長期的な投資する社会となると考えます。実際にヴェルグルでは、生活に余ったお金を植林に投資したそうですし、ブレクテアーテの時代には、聖堂に投資したそうです。また、入手したお金はなるべく使ってしまうと言う点で、江戸時代の「宵越しの銭は持たない」という庶民の態度が類似すると考えます。考えてみれば、江戸時代の日本では、お米が貨幣として働いており、減価する貨幣採用の社会ともいえるのでしょう。
 江戸時代の日本は、植物の生産力を最大限利用していた社会ですが、日本の面積は有限です。吉宗時代に日本人の人口増加はほぼ静止しましたが、植物を太陽エネルギー固定装置と考えれば、その当時の技術力で太陽エネルギーのみを利用して養える人口が、その当時の人口であったのでしょう。減価する貨幣に対する批判で、経済成長を阻害するとの議論がありますが、地球という有限の容器の中で無限に成長することのみに価値を見出すと言うことは、物理法則は人間の都合でどうとでも変えられると考えているかのようです。
現在、人類は様々な努力をして経済成長をしようとしていますが、効果は微々たるものです。私はこのことは、地球の物理的大きさのほぼ限界まで人類の経済が大きくなってしまったからだと考えます。現在の人類経済の大きさは、エコロジカルフットプリントから考えると、既に地球の大きさを超えているのでしょう。このままあくまでも経済成長を求め続ければ、太陽エネルギー固定装置としての植物を全て失い、NASAの研究通り、人類滅亡も十分起こりえるでしょう。
まとめると、減価する貨幣の社会は、江戸事態のような単純再生産の社会となり、生産した生産物は人々の生活で消費し、それでもあまる分は、長期的な財産に投資される社会になると考えます。
減価する貨幣を採用し、経済成長をしない社会を構築し、地球の大きさ以下まで人類経済を縮小することが出来れば人類滅亡を回避できるかもしれません。

補遺
 以下のページによると、減価する貨幣の社会でも経済政策は行うようです。現行貨幣では貨幣の総量を政策で変更するのみですが、減価する貨幣の社会では貨幣の総量と貨幣の流通速度(マイナス金利を上げたり下げたりする)との二つの手段がとれるそうです。
 単純に考えて、経済政策の効き目ははるかに高そうです。

リンク10 【ゲゼルの国際通貨同盟案
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【2015/11/11 01:12】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ハイパーインフレにならずとも。
でなしNo.146
非常に濃い記事を拝読いたしました。ありがとうございます。

日銀の異次元緩和が予想外のハイパーインフレを起こす可能性については、ジンバブエのような大きな失策が無い限り「今のところ可能性は低い」と考えていますが、日本を舞台にしたこの壮大な社会実験の結果は「失敗」と思っています。

もともとは、「GDPを増やして日本を強くする」という目的のもとで計画されたこのマネーサプライをいじる方向性ですが、記事の中でも明言されているとおり、GDPを上げる起爆剤にはなりそうにありません。

複合的な理由、たとえば、円高によって輸出産業が為替要因で黒字を出すことができたり、日本買いが進んで日本関係の取引量が増えることによるGDPの微増はあるでしょうが、実態は企業が強くなっているわけでもなく、むしろ日本が外国に買われる状況になっていて本末転倒です。

むしろ、消費者を苦しくする政策という意味では、国民をじわじわ疲弊させるふざけたしろものと思っています。

また、うがった見方をもたれている方もいて、ハイパーインフレにして政府の借金を実質目減りさせる企みがある、というお話も聞きますが、少なくとも今の状況ではそれはなさそうです。
ハイパーインフレを引き起こすには、あと1つか2つくらい大きな失策を演じる必要があると思っているので、日銀と政府が出す計画を注視する必要はありますが、今ある材料で見る限りではならないでしょう。

ただ、繰り返しになりますが、ハイパーインフレにならずとも、本来の「GDPのかさまし」という目的は達成できそうにありませんし、結局、国民を疲弊させる結果に終わると思います。

そもそも、「GDP」や「経済成長」にこだわっている時点でドツボっているので、「GDPのかさまし」という目的が達成されたとしても後世で愚策だったと判断されると思いますので、早めにボロがでて良かったと切り替た方が精神衛生上良さそうです。

また、記事の中で
>生活するのにあまったお金を、長期的な投資する社会となると考えます。
という文言を読んで気づいたことなのですが、現在、強欲資本主義が弱まってきていて、どちらかというと「志」本主義が台頭しているように感じています。

お金があっても、目的や手段を間違えると大企業でも大ダメージを受ける時代です。

他でもアメリカで言えば、2010年にNPOである「Teach for America」が人気の就職先で1番となったり、NGO・NPOの台頭が始まっています。これらの組織でもっとも大切なことは志を共有して人を(あとお金も)集めることでしょう。

現在がインターネットの発達で記録社会化していることを考えれば当然の流れで、エゴにまみれた行動では購買を促せなくなってきていて、誰かの目にとまってネットに上げられればまたたくまに世界に広がる場合もあるのです。それがスキャンダラスであればあるほど、すぐ広まり、そしてこの先ずっと記録に残ります。
(子供へもネットリテラシーを最初に教えなければいけない時代ですね。)

こういう社会になった時に大切なことは、その団体や人の誠実さでしょう。
(もちろん、NPOに寄付している企業が全部良い企業とは言えませんが寄付をして世の中を良くしてほしいという部分は評価されるべきと考えます。)

購買を決断する際は人は感情で決断し、理論で後付けするといわれますが、その理論においても、「魅力」や「共感」や「正しさ」が感情面だけではなく、理論の部分でも重要視される社会になってきていると考えます。

これらを踏まえると、あまったお金について小さなお金を各人から集めて将来の世代(もしくは自分)のために植林をする基金を作ったり、株や不動産以外の分野で「投資的案件」が生まれて、人々の共感を得られるようになることも夢ではないのかな?と思ったりしています。
(前者についてはもうありますが、情報発信などの課題があると思います。)

減価貨幣制度の実態は私にはまだ理解がおよびませんが、その制度で重要な概念や考え方の素地は少しずつ整っているのかもしれません。

ハイパーインフレにならずとも。
guyver1092
お久しぶりです。
 私もハイパーインフレまではなかなかならないとは思っていますが、このまま失政ばかり続けていれば、いつかは起ると考えています。
実験結果が失敗というのは、ほぼ確実でしょうね。またぞろ、経団連に賃上げを要求したようですが、この春と同じで、実質賃金が上昇するほどは支払わないであろうと言うことは、今日の昼のニュースでのインタビューを聞けばほぼ間違いないと考えられます。
企業の収益が上がったというのは時々聞きますが、円ベースで上がっているだけで、ドルで考えれば、変わっていないそうです。
リンク3によると、需要が増えるからそれをきっかけとして良い経済の循環が始まるようなことが書かれていますが、現実には需要は増えず、かえって悪い循環を加速しているようですね。
「志」本主義は、企業以外の部分がほとんどなのではないでしょうか。ブラック企業が増えているようですが、これは企業が生き残りのため、強欲にふるまい始めたと考えています。
インターネットの発達によるプラスの社会運動は、戦争法案反対運動を見る限り、始まったのかもしれませんね。まだまだ安心できるレベルとは考えていませんが。
私は減価貨幣制度とは、物理法則を認めた社会、不滅貨幣社会は、妄想を暴走させ現実を見ていない社会であると考えています。


ブラック企業について
でなしNo.146
>ブラック企業が増えているようですが、これは企業が生き残りのため、強欲にふるまい始めたと考えています。

おっしゃるとおり、企業がブラック化しています。

私はこの現象について、いくつか考えていることがあって、

1.市場の価値観の変化と市場のパイの限界
2.ブラック企業の商品では消費者に価値を感じてもらえない
3.売り上げがつくれない、粗利が取れないため人件費に手をつける
4.従業員が長時間労働・サービス残業が増える
※もしくはフォルクスワーゲンやシャープのようにさまざまな偽装を行う。

上記のようなことが考えられます。

1.の価値観の変化ですが、以前は「価格」「機能」で勝負していれば良かったのですが、そこに「デザイン性」やこれらの「バランス」も要素に入ってきていて、市場に選ばれる方法が複雑化していると考えています。

つまり、過去に成功した戦略から抜け出せない企業は、効果がでなくなっている方法をマンパワー(たとえば営業力や商品開発頻度)で補おうとして疲弊している状況です。

以前の企業戦略というのは、たとえば、商品について「薄く・軽く・小さく・壊れにくく・早く・安く」を極めれば良い、というパラダイムです。そのさらに前は重厚長大系でしょう。
(これは成長期のフェーズでは使えるのですが、成熟した市場では効果が逓減するのです。)

以前はこの方法を極めることで日本企業の家電業界などは繁栄しましたが、パラダイムが変わった今はアジアの他の国にシェアを奪われています。

ブラック企業が生き残りをかけているという部分は私も感じておりまして、私の個人的な見解ですが、「以前のパラダイムから抜け出せない企業が生き残ろうとするとブラック化するしか道がない」と考えていて、10年後は買収されるか・倒産しているか別な仕事をする会社になっていると思います。

ただし、ブラック企業でも雑草さまが論じているような広い意味でのインフラ系の企業、たとえば農業を牛耳る「モンサント社」のような、国力の源泉になりうるような企業は「国策としての影の庇護(というか援護)」もあって、なかなか体質は改善されないと思います。
guyver1092さまが論じるブラック企業がこの部類でしたら、いただいたコメントの通りで、私の見解も一致しております。

しかし、今の10代~30代が主役になるような時代には過去のパラダイムが終わり、「感性」や「バランス」がより意識され、ネットでもより正確な情報や理想のあり方(いわゆる志)を提供する人が重宝されるようになるでしょう。

そして、企業群が「利益を最大化する」ことが最大の目的の時代から「継続性を重視して最適化する」時代へシフトすることが、これからの経営に必要な視点であることは若い企業家の多くは気づいています。

いまだにトップが古い頭だと、市場が成熟しきっているのに最大化を目指そうとするため、無理な戦略を選択してブラック企業化します。一方、多くの若い人は、成長期における最大化の舵取りは間違っていないけれども、山を登ったらあとは継続性を重視して最適化した方が市場で長く戦えることを気づいているのです。

ちなみに、最適化とは自分達が与えられる価値とそれを受け取りたいと思うお客さんからの売り上げを最適化するという意味です。

なお、この考え方が浸透したとしても、より積極的な環境破壊活動の縮小が必要だと思いますし、環境破壊活動を止めつつ、豊かさを感じられるような仕組みの実現が必要だと思います。

そこには、当然、物理法則などに基づいた、より「自然」な社会のあり方が重要になるでしょうし、人類がより理性的に成熟することも重要になるでしょう。

Re:ブラック企業について
guyver1092
 ブラック企業が増えている原因について、1の「市場の価値観の変化」は、物理法則的に技術の進歩の限界に近いため、本文で述べた「永続的により高性能の新製品を作り出すことは不可能」となり、現在所有している製品と比べた結果、買う価値が無いと判断する人が多数を占めてきたのではないでしょうか。また、4のとおり、労働力の買いたたきにより、買うだけの財力がない人(ワーキングプア)も増えてきている事も考えられます。後半の「市場のパイの限界」は、突き詰めていくと地球の物理的限界に、人類の作りだした経済システムが収まりきらなくなってきたことによると考えています。
 資本主義は拡大再生産が必要ですが、技術は物理法則による限界があり(製鉄を例にとれば、品位70%の鉄鉱石1トンからとれる鉄は0.7トン以上は無理)、地球の面積も質量も、物理量として決まっており、人の都合によって変化しませんので、これらの限界により拡大再生産はいずれ不可能になりますし、事実として限界がもうすぐそこに来ているのでしょう。本文にもある通り、拡大しないシステムへのパラダイムシフトが必要でしょう。
 モンサント等の巨大多国籍企業も、現代の会社である限り、拡大再生産が前提となっています。拡大再生産の余地が無くなれば、これらの企業もブラック化し、最終的に存続できないと考えます。

Re:Re:ブラック企業について
雑草Z
今回の記事は、非常に専門的でかつ殆どの人にとって、これまで考えた事が無いような斬新な内容で、経済学者でもコメント出来なかったり、コメントしてもありきたりなお門違いなコメントになってしまうと感じました。かく言う私も、まだ理解が足りない部分があります。
 減価する貨幣については、これまでにここでguyver1092さんが繰り返し述べて下さいましたし、それに触発されて関係の本も読んで、理解は進みましたが、インフレターゲットとの違いは難しいお題でした。困難な記事を書いて頂いて感謝します。

上のどのコメントも、本文のように深い内容で、本文の捕捉説明になっていますね。

>現在所有している製品と比べた結果、買う価値が無いと判断する人が多数を占めてきた

消費者が賢くなってきたという事でしょうか。現在の若者世代は「悟り世代」とも言われますが、消費者としては、理性的になったのだと思います。
企業は、経済拡大の(より多くを売る)為に「ニーズの開拓」として、モデルチェンジや壊れやすい商品の開発、販売対象の拡大等色々な戦略を練って来ますが、結局のところ、浪費の奨励をしているだけだと思います。環境を破壊し、資源を浪費しているだけです。「規格の変更」は最悪の方法ですね。既存の商品を使えなくすると言う事ですから。。

>拡大再生産の余地が無くなれば、これらの企業もブラック化し、最終的に存続できないと考えます。

なるほど・・・、これは「希望」と考えていいのでしょうか?

Re:Re:Re:ブラック企業について
guyver1092
>消費者が賢くなってきたという事でしょうか。

賢くならないと全ての財産を吸い上げられてしまうでしょうから、賢くなってきているのだと思います。エコ商品とか、省エネグッズとか、まだ知性が不足するところもあるでしょうが。

 ニーズ云々は過去にも議論しましたね。結論は過去と同じで、正しい分析をしたということですね。

 国策大企業がブラック化する場合と言うのは、成長の限界の場合と考えています。成長の限界に達した場合、人類の生存環境も破壊しつくされている事が考えられ、「希望」はないのではと考えています。

Re;Re:Re:Re:ブラック企業について
雑草Z
>国策大企業がブラック化する場合と言うのは、成長の限界の場合と考えています。成長の限界に達した場合、人類の生存環境も破壊しつくされている事が考えられ、「希望」はないのではと考えています。

なるほど。。国策大企業がブラック化し、存続できなくなれば、国策に距離を置く健全な企業が強くなる・・・と言う意味では無く、国策企業でさえ、存続できないのだから、企業どころか人類の存続も危ぶまれる成長の限界と言う事でしたか・・・しかし、国策大企業が存続できなくなれば、多の企業も存続できない・・・とは何とも悲しいですね。モラルハザードは解消できないと言う事でしょうか?
 現在は国策大企業のほうが多国籍超国家企業となって、国家よりも強くなりつつありますからね。その方向性も止めたいところですが。。。。方策はありましょうか?

Re;Re:Re:Re:Re:ブラック企業について
guyver1092
私が思いつく対策は、物理法則に反しない貨幣システムだけです。今までも主張している通り、不滅の貨幣は欲望を強欲に変換し、自滅と金を比較すれば必ず金を取るように理性を狂わせる物と考えています。

減価する貨幣の本質
雑草Z
 記事を何度か読み返して、やっと気が付いたのですが、
減価する貨幣制度は、「良いインフレターゲット」とも違って、経済成長を促進する訳ではありませんね。・・・すなわち、減価する貨幣は、米をお金のように用いた江戸時代、若しくはもっと以前の物々交換のように

>単純再生産の社会となり、生産した生産物は人々の生活で消費し、それでもあまる分は、長期的な財産に投資される社会になる

ですね。仰るように、一刻も早く単純再生産社会に移行しないと手遅れ・・・文明崩壊ですね。

「良いインフレターゲット」が良いとは感じなかったのも、この部分でした。経済成長を促進してはやはり破局を迎えますね。

>減価する貨幣に対する批判で、経済成長を阻害するとの議論がありますが、地球という有限の容器の中で無限に成長することのみに価値を見出すと言うことは、物理法則は人間の都合でどうとでも変えられると考えているかのようです。

ここが重要ですね。逆に経済成長を阻害するからこそ、減価する貨幣には絶対的な価値があるのですね。

Re:減価する貨幣の本質
名乗らず
 私は、専門に研究したわけではないので、ゲゼル主義の専門家から見ればおかしいとの指摘があるかもしれませんが、書籍と、エントロピーに対する理解、地球の物理的大きさから、理論的にこうなるであろうとの考えを述べました。
 不滅の貨幣社会は、保田氏の理解が及ぶ範囲内では、存続は不可能です。有限の世界の中に無限を詰め込めるシステムが開発されない限り、資本主義は地球の生態系を道連れに自滅すると考えています。自滅しないためには、地球の大きさ以下まで人類の社会を縮小し、単純再生産の社会に移行しなければならないと考えます。

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2015-10-11 18:45
貧しい家に生まれ子供の頃に辛い思いをしたので、努力して貧困を抜け出し金持ちになった・・・と言う「夢の実現」はアメリカンドリームのステレオタイプでしょう。貧困を抜け出して金持ちになった彼や彼の家族は物質的に豊かになったかも知れませんが、社会の貧困問題は何も解決していません。それどころか、彼のような「努力によって貧困から抜け出せた例」によって、「努力すればだれでも貧困から抜け出せる、だから貧困は自己責任」と言う理屈をバックアップさえするかも知れません。曰く「金持ちになったのは本人の努力の賜物。逆に貧困は怠け者の代償・・・」。アメリカの財閥、富豪たちは、そのようなアメリカンドリームの話を歓迎することでしょう。(その実、「成り上り者」として、軽蔑して利用価値が無くなれば足を引っ張る事でしょう。・・・自分達もかつての「成り上り者」であった事を棚に置いて・・・)頑張って努力して、自分達富豪の仲間入りを目指しなさい・・・と貧困層に上から目線で呼びかけます。貧困層に限らず庶民がみんなアメリカンドリームを夢見て追いかける限りにおいては、金持ちは目標であり、憧れであり、不公平による非難の対象ではありません。階級闘争は起きませんので、富裕層は安泰です。

それに対し、貧しい労働者階級に生まれた者達が、何の生産性も無い労働をしない「資本家階級」によって搾取されるのはおかしい、もっと自分達の労働の対価に見合った報酬があって然るべきだ・・・と、貧しい労働者同士連帯してブルジョア階級により多くの(当然受けるべき)報酬を要求して、闘い、権利を獲得してある程度まで豊かな生活が出来るようになる事を目標にする・・・と言うのが階級闘争でしょう。これこそ貧困問題を根本から解決する一つのまともな方法ですしょう。

ただ、実際の歴史では、「ブルジョア階級と闘うプロレタリア階級」と言う事は稀で、マルクス主義を実践しようと階級闘争を起こしたのは第3の階級・・・「リベラルな知識層」であったとも言われています。
兎も角、誰が階級闘争を起こして来たかは別として、階級闘争とは、資本を持たざる労働者階級が搾取される社会構造、社会的格差を克服する為に起こされる闘争であり、労働者が資本家に搾取される構造を克服する闘争と考えられます。


今の時代、「階級闘争」と言う言葉にはネガティヴな印象が出来上がっているようです。・・・階級闘争を恐れる財閥、資本家;搾取階級が広めた、プロパガンダでしょう。「左翼か共産主義者か・・?」等と言う表現も、侮蔑の表現として使われています。共産主義、「階級闘争」と言う言葉への多くの日本人の拒否反応は、アメリカ政府や自民党など、搾取階級の代理人達によるプロパガンダ、扇動によるところが大きいでしょう。

  
近代以降起こされて来た様々な国家間の対立・・・日本対アメリカ、日本対中国・・・、日本と他国間との対立に限らず、世界中の国家間の対立の多くは、【黒幕】にも書いたように、実は利権を狙っている財閥、投資家・・・いわゆる搾取階級者達によって推進され、多くの国民は彼等のプロパガンダに踊らされて来たのでしょう。

最近の例を挙げればTPP。日本の労働者も農民も、アメリカの労働者も農民も、実は反対多数です。それでも推進し続けて来たのは、TPPでお金が儲かると考えられる企業、日本で言えば経団連の、アメリカで言えば様々な大企業の・・・・経営陣、株主・・・ごく一部の搾取階級でしょう。それに、彼等の傀儡政権やマスコミによるプロパガンダやバックアップ、様々な工作により、TPPによって多くの企業の利益が上がり、国民の多くの生活も良くなる・・・と信じた一般市民、ちょっとだけ投資している小株主も一緒になってTPPが推進されて来ました。
ほんの数十年まえ前まで一億総中流と言われた日本社会は、21世紀に入り格差社会になりました。ここ数年でかなり酷くなりました。戦後の高度経済成長時代以降改善されていった労働条件も、ここのところどんどん改悪されています。安倍政権での労働者派遣法改正(改悪)が典型例です。(企業の人件費を浮かせて、政治献金を増やし、与党の議員を人件費を削る方向に動かした・・・と言われています。)非正規雇用もどんどん増え、ブラック企業も沢山存在し、戦前の日本の「女工哀史」や「蟹工船」のレベルにまで来てしまった感があります。


年々酷くなる日本社会の格差問題の解決策として、経済を活性化して、株価を上げて、貧困階級にまでお金を回そう・・・と言う話が溢れています。いわゆる滴下理論[Tricle-down effect] です。アベノミクスはそのステレオタイプでしょう。これらは、あくまで富裕層が更に儲けたら、貧困層にもおこぼれを回す・・・と言う「効果」です。セイフティネットとは程遠く、富裕層がお金を使ったときに貧困層にもお金が回る機会が増えるだろう・・・と言う事のみです。つまり滴下理論なんて所詮ただの金持ち優遇策に御用学者が社会的意義を付けた裏付けのない空論でしょう。

 ならば格差問題を本当に解決するにはどうするか・・・と言えば、富の公平分配と言う事が当然の帰結でしょう。現在の労働者階級は更に、正規と非正規に分断されてしまいましたが、契約社員、派遣社員等、非正規雇用の待遇改善こそ先決でしょう。(安倍内閣が成立させた労働者派遣法改正によって、非正規雇用者は非常に窮地に追い込まれています。)同一労働同一賃金の原則が全く機能せず、非正規雇用の人々は、正規雇用の人々と同じ仕事をしても賃金は遥かに少ない・・・と言う状況です。その差額は明らかに不公正に搾取されていると言えましょう。そう、非正規社員の安い賃金から不公正にお金を搾取して、富裕層は金銭的に潤った生活しているのです。この「富裕層」はそれまでは資本家の経営陣を指していたのでしょうが、現代の日本では、しっかり待遇が安定している高給取りの正規雇用の社員も含まれるでしょう。労働者間でも不公正な搾取が行われているのです。

この不公正を正すには、労働者派遣法を改悪して、弱い立場の非正規労働者を更に追い詰めた現政権には全く期待出来ません。政治に期待するなら、共産党や社民党(若しくは生活の党)などに政権交代しなければ無理でしょう。
そして、政権交代以外に残された方法が、階級闘争です(階級闘争の最終目的も政権交代と言えるでしょう。)現在は非正規雇用者の組合も作られていますが、まだまだ影響力は大きくありません。非正規の大変な労働環境の中で、更に労働争議を行っていく事も困難を極めるでしょう。直ぐに首切りされてしまう危険性もあります。色々なパワハラもあるでしょう。(その為の派遣法改悪でした。)だからこそ、この階級闘争には、派遣階級の人々以外の多くの支援が必要です。その支援者達が「リベラルな知識階級」と呼ばれる人たちでしょうか?・・・この呼称には、あまりいいイメージは湧きません。・・・正規雇用や個人事業主、政治家・・・様々な人々が「公正」の為に団結して活動しなければならないでしょう。

格差問題を国家間の紛争にすり替えられて、戦争に行かせられ、犠牲にされるのはいつも搾取される貧困階級です。それぞれの国で搾取されて、貧困に甘んじさせられ、挙げ句の果て、「国の為」と言う大義名分で戦争に行かせられるのです。不公正極まりない事態です。搾取する富裕層は戦争による利権を求めて戦争を起こしはするけれど、戦争には行かず、代わりに搾取して貧困層にした人々を戦争要因として戦場に送るのです。今や戦闘要員も員混ビジネスで供給しているのです。そんなアメリカを真似て、日本でも経済的徴兵制が行われる危険性が増しています。
近代以降の戦争は、イデオロギーの対立に見せかけていますが、実質は利権の為の戦争であった・・・・と言う陰謀論は、陰謀論の範疇を越えて、実際に本当である事が多いのではないでしょうか。・・建国以来の90%以上の年月を戦争に明け暮れてきた国家アメリカも、それぞれの戦争には「大義名分」を立てて来たわけですが、そこには必ず、利権の為に戦争を推進した戦争利権屋の暗躍もあったものと想像します。
兎も角、搾取されて貧困層に落とされた人々が戦争にも行かせられると言う不条理は是正されるべきです。
そのような事も含めて、広義の階級闘争は必要でしょう。
労働者対資本家階級と言うステレオタイプの階級闘争を「狭義の階級闘争」とした場合、
「広義の階級闘争」とは、正規と非正規の格差是正も含めた、正当な労働報酬の権利獲得の為の闘争と定義します。勿論、現代資本家の不当な搾取構造は是正すべきです。
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【2015/10/11 18:45】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

階級社会
爽風上々
現在の日本が階級社会かと言われるとそうだとも言えないのですが、極めてそれに近い状態になっているのかもしれません。まだ完全な固定化はされていないものの。

どうも階級闘争というと共産主義の用語と思われるために触れることがはばかられるような雰囲気ですが、「日本の景気を良くする」なんていう言葉がなんの反省もなく使われている状況ではこれをきちんと見直すことが必要でしょう。
ただし、昔のロシアなどのように、農民や労働者という階級があり、それが為政者となるような闘争というものだけが階級闘争ではないでしょう。
企業経営者と労働者はそのままの関係でも、その利益配分を劇的に変化させるとか、下請け中小企業の取り分を増やすとかいった活動も実はそれぞれの階級の闘争であるかもしれないのです。

経済成長政策などこれ以上取らずにいても、大企業に溜まりすぎた利益をきちんと配分するだけで十分に多くの国民が実感できるだけのものはあるはずです。
それを実現するためにも、自らの階級というものを改めて見直し、その同じところに属する人たちとの連帯を強め、自分たちの利益を高めるような政策を実施できる政党に結集するという行動が必要であり、ばらばらに地元利益ということだけを主張する自民党公明党議員を減らしていかなければなりません。

貧困救済
東京珈琲
国のトップを貧困経験のある人物にやらせる。安倍さんは貧困対策を「持続可能な質の高い成長」というよく解らない事を言っている。
本当に困っている人に漏れなく生活保護を受給させれば良い。不正受給はしっかり対策する。その点においては国民総背番号制は役に立つかも。ベーシックインカムを考えても良いのでは。財源は預金に税をかける。特別会計の見直し。
問題は国民の投票率が低い事。投票にも行かない人達に階級闘争は出来ない。
パチンコ競馬その他のギャンブルを無くす。酒タバコの増税もしくは禁止。貧困層はこれらにお金使いすぎ。
格差固定対策は教育費を無くす。また、大学の質の向上。今の大学は遊び場と化している。
後は社会からの離脱。自給自足で豊かな暮らしを。

階級
guyver1092
 最近の階級の作り方は、マルクスの時代よりもはるかに巧妙で、持株会社とか、労働者派遣会社等を使い、支配者が直接、被支配者とは接触しない仕組みが作られ活用されています。このような中間緩衝材を作るだけでは飽き足らず、偽装請負等も横行しているようです。更に巧妙なことに、小口の株を広く被支配階級にバラまき、自分達が支配者階級に食い込んでいるとの幻想も植え付けています。実際は、情報量の圧倒的な差により、カモられているだけですが。
 このような状況では、マルクス時代の階級闘争では全く対応できないと私は考えています。
 現在の巧妙な仕組みを跳ね返す方法として、私が真っ先に思いつくのは、減価する貨幣の導入です。現在の支配の仕組みは、不滅の貨幣の仕組みを前提に構築されているので、この土台である不滅の貨幣を否定すれば、この仕組みは意味を失うであろうと考えるからです。

Re:階級社会
雑草Z
>完全な固定化はされていない

そうですね。本文に書いたように固定化されていないから、チャンスがあると感じさせ、、「努力すればだれでも貧困から抜け出せる」と言うアメリカンドリーム的な「希望」を持たせる事が財閥の支配者層の戦略でしょうか。

>企業経営者と労働者はそのままの関係でも、その利益配分を劇的に変化させるとか、下請け中小企業の取り分を増やすとかいった活動も実はそれぞれの階級の闘争であるかもしれない
>自らの階級というものを改めて見直し、その同じところに属する人たちとの連帯を強め、自分たちの利益を高めるような政策を実施できる政党に結集するという行動が必要

 私が「広義の階級闘争」と定義して漠然と書いたものの具体例を色々示して頂き有難う御座います。

>経済成長政策などこれ以上取らずにいても、大企業に溜まりすぎた利益をきちんと配分するだけで十分に多くの国民が実感できるだけのものはあるはずです

これが大きなポイントですね。強欲な搾取階級の優遇策が本当の問題なのに、経済成長政策等に問題をすり替えていますね。経済成長政策は、ある意味富の再分配から目を逸らす姑息な手段ですね。今更ながらの経済成長策は、実は環境破壊、資源の浪費であり、今から無理やり高度経済成長をさせようとすれば、逆に分配できる富も枯渇してしまうでしょう。

Re:貧困救済
雑草Z
東京珈琲さん、様々な理想論を並べて下さいましたね。

>ベーシックインカムを考えても良いのでは。財源は預金に税をかける。特別会計の見直し。

他に財源は、重い累進課税、企業の税率、相続税率を上げる事でしょう。税金の集め方にも大きな不公平があります。

最後の

>社会からの離脱。自給自足で豊かな暮らしを。

この最後の一節いいですね。階級闘争と言うよりも、一種のアナキズムでしょうね。

Re:階級
雑草Z
>最近の階級の作り方は、マルクスの時代よりもはるかに巧妙で、持株会社とか、労働者派遣会社等を使い、支配者が直接、被支配者とは接触しない仕組みが作られ活用されています。

なるほど、勉強になります。

>小口の株を広く被支配階級にバラまき、自分達が支配者階級に食い込んでいるとの幻想も植え付けています。実際は、情報量の圧倒的な差により、カモられているだけですが。

これは私も思っておりました。バブル以降小口の株主は、全体として損をしているのではないかと考えています。その手のデータ(投資額によって分けた損得額)を公開すれば、小口投資家が如何にカモられているかよく判るでしょう。「自分も投資家で資本家である」と言う幻想を抱かせるだけでは無く、彼等からお金を絞り取っているのですね。

>現在の巧妙な仕組みを跳ね返す方法として、私が真っ先に思いつくのは、減価する貨幣の導入です。現在の支配の仕組みは、不滅の貨幣の仕組みを前提に構築されているので、この土台である不滅の貨幣を否定すれば、この仕組みは意味を失うであろうと考えるからです。

これまた、guyver1092 さん独特の方法ですね。私は、guyver1092さんのこの手のお話はこの場で何度も御説明頂いたので、理解は進みましたが、それでもまだ多少曖昧な感じが残ります。普通の人では思いもよらない方法でしょう。
 もう少し詳しい御説明を読みたいところです。

自分探しの旅
団塊親爺の遺言
日々、殺戮や胸糞の悪くなるニュースの飛び交う現在

人間性が失われて行く 世界に成っていますよね・・

自分も善く今迄生きて来られたものだと思います
社会へ出てからの他人様の造ったシステムが嫌で 何度仕事を
変わった事か・・あの儘、我慢をしていたら生きては居なかった 我儘な自分の性格・・片田舎から東京で生活している自分
が居ます 気の合う仲間たちと仕事をこなし その仕事に見合う対価を貰う人生 不満は在りません 全て自分の責任です
自営業ですが幾人かの若者たちを育て送り出しています

こんな世の中で理不尽な仕組に流され無い様に生きる事は
若者たちも大変です 今の大企業や国の政策は何も完成された
ものでは無く我慢すると身体に悪い 人の役に経ち喜ばれる仕事を探す人生は永かったが 何とか・・先が見えて来た


階級という社会構造
爽風上々
すでに確実に存在している階級というものを考えずに「景気を良くする」などという文句に引っかかっているのが今の日本の有権者です。

階級間の配分というものに手を付ければ比較的簡単に得られるものが、日本全体の経済成長などという夢物語をしなければ得られないかのように思わされてしまい、結局儲けることの上手な連中(=政権中枢部)の思うがままにされています。

アベノミクスで輸出大企業、投資家といった連中には莫大な富が転がり込みました。それを公正に再配分するだけでかなりのことができるのに、何やらおかしな理屈をこねて逆方向に向かうのが政府とその応援団たちです。

法人税の減額などではなく増税、累進課税の緩和などでなく強化、さらに企業の利益だけに課税するような現行法制を改めて企業活動自体に課税できる制度を設けること。
さらに為替取引にも課税できるようにすれば相当な財源が得られます。
これを推進できる政党は今のところありません。それが必要なのかもしれません。

Re:自分探しの旅
雑草Z
>人間性が失われて行く 世界に成っていますよね・・

 強欲な富裕層の資本家階級が、労働無しにより多くの富を求め、モラルハザードが起こっていることが大きな要因の一つでしょう。一般人が持っている「良心」の感覚の欠如かと思われます。

>こんな世の中で理不尽な仕組に流され無い様に生きる事は若者たちも大変です 

このままの資本主義が続けば、21世紀は夢の世紀からは程遠い過酷な世紀になるでしょう。どこかで大転換があるでしょうね。
団塊親爺の遺言様もそこまで見届けて欲しいと思います。

Re:階級という社会構造
雑草Z
>階級間の配分というものに手を付ければ比較的簡単に得られるものが、日本全体の経済成長などという夢物語をしなければ得られないかのように思わされてしまい、結局儲けることの上手な連中(=政権中枢部)の思うがままにされています。

経済成長推進は、成長の限界を認められない愚者の政策かと考えていましたが、実は格差社会是正の方向に世論が行かない為に掲げた偽りの目標である面も大きいですね。
今回の爽風上々さんのコメントを通して明確化してきました。

>法人税の減額などではなく増税、累進課税の緩和などでなく強化、さらに企業の利益だけに課税するような現行法制を改めて企業活動自体に課税できる制度を設けること。 さらに為替取引にも課税できるようにすれば相当な財源が得られます。

その通り!これらも広義の階級闘争ですね。

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2015-10-03 00:02
現代社会は、日本をはじめ、世界中の多くの国がスポーツを偏重し過ぎていると感じています。
 スポーツニュースやスポーツ新聞等、エンターテインメント系の媒体でスポーツを取り上げるのならまだ分かりますが(それでも、そんな新聞、雑誌、番組が多過ぎます。)普通のニュースや一般の新聞にスポーツの事が大々的に・・・時にはトップニュースとして取り上げられる事に異様さを感じるのは私だけでしょうか?
大リーグで本塁打を何本打ったとか、テニスの世界大会で優勝したとか、サッカーのワールドカップでどうたらこうたら、そんなことが国を挙げて騒ぐ事でしょうか?・・・これらのニュースが安保法案や原発再稼働、福祉や火山爆発のニュース等と並行して、ときには同格以上に取り上げる様は、異様としか思えません。

スポーツの社会での位置は、
個人がする分には、ゲームの一種、そして体力をつける為の運動 
観戦する分には、それこそエンターテインメントの一つでしょう。広義で芸能などと同じと考えます。芸能以上に特別気高いものだ・・・なんて言えないだろうし、そんなこと言ったら音楽家や演劇界等芸能人に失礼でしょう。
スポーツは、世界大会だろうがオリンピックだろうが、個人競技に限らず、団体競技でも、国家の威信を賭けて戦うものではないでしょう。・・・ごく一部、そのように認識している人もいまだにいるやも知れませんが、現代は原則、個人(チーム)同士の競い合いとのコンセンサスはある筈です。国際試合を行う事によって、戦争の代理行為として、(闘牛のように)戦争による人の殺し合いが防げるのならば、大きな意味があるでしょうが、そんな機能がスポーツにあるとは言えません。逆にサポーター同士の暴力行為はよく耳にするところです。世界一好戦的な国家アメリカで世界一(プロ)スポーツが流行っている事から、もしかしてスポーツ好きと好戦的な事には正の相関係があるかも知れませんが、負の相関関係があるとは言えないでしょう。(今のところ、相関関係はあんまりないと言うべきでしょう。)


あるサイトのコメントに、
「オリンピックと言ってもエンターテインメントの一つに過ぎない」
と書いたら、
「オリンピックがただのエンターテイメントだって?ふざけてるんですか?暴論にもほどがある 一流のアスリートがどれだけ真剣にスポーツに取り組んでいるのかわかっているんですか?」
と言う反論のコメントを頂いた事があります。それに対して私は、
「オリンピックがエンターテインメントでないとしたら、何なのでしょう?こんなものに巨額の税金を投入すべきではありません。社会福祉やセイフティネット、環境保全に税金を投入すべきです。」
と反論し、更に
>どれだけ真剣にスポーツに取り組んでいるのかわかっているんですか?
に対しては
「この論点には笑うしかありません。真剣に取り組めば湯水の如く税金を投入するのが許されるとでも思っているのでしょうか?音楽の演奏家も真剣だし、プロの画家も真剣です。一般の企業の経営者も従業員の多くも真剣です。更に言えば泥棒も詐欺師も真剣ならばいいのでしょうか?」
と返した事があります。それに対する再反論はありませんでした。
私はそこに記したようにスポーツは大きく括れば芸能と同じエンターテインメントや趣味の領域であると考えていますし、それを越えさせてはいけないと考えています。しかし、現代社会でのスポーツのポジションは、既にそれ以上のモンスターに祭り上げられています。スポーツは、他のエンターテインメントとは一線を画した気高く神聖なものだ・・・等と考えている輩も結構いるのかも知れません。

スポーツを趣味でやる分には真剣でも構いませんし、自分達でお金を出してやる分にも構わないと思っています。個人的に大きな価値観を持つ分にも否定する必要はないでしょう。競技によってはプロの選手が存在して、それでお金を稼いでもいいでしょう。
しかし、オリンピックのようなスポーツ行事に税金を湯水の如く投入して、施設を新築したり建て替えたり、補助金を出したりするのには反対です。何故にスター選手の為に税金を投入する必要があるのでしょう?国家が音頭を取って、オリンピックを誘致したり、スポーツを振興する必要は無いでしょう。そして趣味の領域を越えて、一般のニュースに、大々的に取り上げることにも反対です。

その意味で、東京オリンピック開催の[成功決議案]に反対した国会議員がたった一人だけだった事には呆れますし、そのたった一人の山本太郎議員の私の中での評価はますます高くなりました。


私も少年時代から20代くらいまでは、好きなスポーツもいくつかあって、テレビ観戦くらいはしていました。しかし最近の異常なまでのスポーツ偏向報道に対しては嫌気がさしています。ここ暫くはTV等でもスポーツ観戦をしなくなりました。

陰謀論の一つに3S政策と言うのがあります。大衆の関心を政治に向けさせなくするような愚民化政策として、Screen(・・現在はTVやNetでしょう。) , Sport , Sex に大衆の目を向けさせると言う政策です。敗戦後の日本の占領政策としてアメリカが行なったとも言われていますし、現在、世界の各国で行われているとも言われています。それが実際に政府を通して行われている陰謀なのか、商業ベースで社会のニーズで行われているだけなのかは定かではありませんが、日本での安保法案や特定機密保護法案、原発再稼働の問題に平行して、(優先して、)マスコミは(かなり意図的に)スポーツニュースを大々的に流しているイメージがあります。政府の指示か、経団連の支持か、愚民策の匂いがぷんぷんします。それが陰謀では無く、単に国民の需要、興味関心と言ってしまうのならば、それこそマスコミのジャーナリズムはコマーシャリズムに押しつぶされてしまったと言えましょう。そして、国民もスポーツ中毒になっていると言えましょう。確かに現在のスポーツブームはマスコミの過剰露出による宣伝効果に負うところが大きいでしょう。
現代の、スポーツが偉大だと言う価値観のプロパガンダには辟易です。

スポーツに対する個人的思い入れはいくらあっても個人の自由ですが、
スポーツの社会的位置は、先に述べたように、ゲーム、体力をつける為の運動、そしてエンターテインメントくらいであり、社会的にはそれ以上の過大な意味はありませんし、持たせるべきでもないと考えます。

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【2015/10/03 00:02】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

スポーツの役割
東京珈琲
愚民化で相違無いと思います。
まず日本においてスポーツ系の部活は、上下関係を徹底して学ばせ社会に出てから上司の言いなりになるような人間を育てる良い場です。反骨精神のある人は潰されます。
会社に就職してからは、ストレスを会社に持ち込まれると厄介なのでスポーツで発散させるのでしょう。また、スポーツに集中させる事により政治への関心も低下します。
それと人間には多かれ少なかれ暴力性がありますからそれの昇華としてスポーツがあると思われます。なのでスポーツがあることにより犯罪を少なくしているかもしれません。
その他はおっしゃる様にエンターテイメントと健康の為、金儲けでしょう。
スポーツ関係のニュースや新聞は見ていて辟易するのは同感です。
スポーツはもっと生産性のある事で競技すれば良いのではないでしょうか。植樹競争とか稲刈り競争とか。
膨大な金を使ったり自然を破壊してまでやる事ではないでしょう。
オリンピックで被災者に勇気と希望をと言いますが、選手がメダルを取ったら被災者の家が建つ訳でも亡くなった家族が帰って来る訳でもありませんし、放射能が消える訳でもありません。むしろオリンピックが近づくにつれ世は震災の事を忘れて行ってしまうのではないでしょうか。

スポーツ偏重
guyver1092
 おっしゃる通り、愚民化政策でしょうね。3S政策も以前何かで読んだことがあります。近年芸能人で国民的〇〇と言うほどの人気を誇る者が出ないので、ナショナリズムと結び付きやすい、国際的試合のあるスポーツ選手を芸能人の代わりにしようとしている気がしますね。
 ちなみに私は、自分でするスポーツ以外は興味がなく、テレビでスポーツ観戦をした記憶がありません。

Re:スポーツの役割
雑草Z
    東京珈琲さん

 賛同のコメント有難う御座います。

>日本においてスポーツ系の部活は、上下関係を徹底して学ばせ社会に出てから上司の言いなりになるような人間を育てる良い場です。

そうですね。体育会系の人間は、「企業戦士」向きかも知れませんね。多くの企業が頭も筋肉な体育会系の人間を採用して、企業が不正を働いてもチーム(企業)の為に貢献する人材を求めるのでしょう。

>スポーツに集中させる事により政治への関心も低下します。

これが本文でも取り上げた愚民化政策の目的ですね。大きな社会問題と並列してスポーツのニュースを流すのは異様ですが、そう感じない洗脳された人々も多くなったのでしょう。

>昇華としてスポーツ

も否定出来ませんね。でも、もっと有意義な昇華の方法も沢山あるでしょう。デモに参加する人のほうが、スポーツで消化する人よりもまともだと考えます。

>スポーツはもっと生産性のある事で競技すれば良いのではないでしょうか。植樹競争とか稲刈り競争とか。

そうですね。大賛成です。

>オリンピックで被災者に勇気と希望

こう言って庶民を躍らせて、利権を貪る輩がいるのです。

>オリンピックが近づくにつれ世は震災の事を忘れて行ってしまうのではないでしょうか。

それも彼等の目的の一つでしょう。

Re:スポーツの役割
雑草Z
>ナショナリズムと結び付きやすい、国際的試合のあるスポーツ選手を芸能人の代わりにしようとしている気がしますね

なるほど、その御推測は当たってそうですね。
 それとは別に、現代の政治家や財界人達も3S政策で育ってきた人々ですので、スポーツ好きが多いように感じます。自分の趣味を政治に持ち込んでいるような感じもします。

>自分でするスポーツ以外は興味がなく、テレビでスポーツ観戦をした記憶がありません。

それはいいですね。とても好ましく感じますが、そう言う人は日本ではかなりな少数派かも知れませんね。
そう言えば、以前イギリス人で、「どんなスポーツでも競技のスポーツは嫌いだ!」と私に言った方がいて、西洋人にはこのように毒されていない方も多いのかな・・?と、新鮮に感じた記憶があります。

スポーツ談義には混ざりたくありません。

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